街中で生まれた怪物。或いは、陽だまりで眠る脅威。
街中で生まれた怪物。或いは、陽だまりで眠る脅威。


●岩窟王の憂鬱
 鉄柵に囲まれた、大型マンション跡地の真ん中。巨大な穴が空いている。
 数カ月前までそこに何があったのかも、ほとんどの人は覚えていないだろう。建物とは、そんなものだ。 
 取り壊しが始まった瞬間から、その建物は外界から遮断され、作業員以外は誰も立ち入らなくなるのだから。そして、時間が経てばまた、新しい建物なり、駐車場なりに姿を変える。
 取り壊し完了から、数カ月。工場跡地の地面から、コンクリートの基礎を壊して姿を現したのは、ごつごつとした岩の棘を背中に生やした、亀やアルマジロに似た怪物だった。
 地下の岩が、妖として覚醒したものだ。
 夜中のうちに、地上に這い出し、日の光を浴びながら寝息をたてている。
 暗い地下から、地上に出たばかりなので本調子ではないのだろうか。
 十分に睡眠をとり、明るさにも慣れたなら、怪物は工場跡地から外へ出て、人を襲い始めるだろう。
 その証拠に、怪物は寝息をたてながらも、永いサソリのような尾を地面に突き刺し、周囲の音を拾っているのだから。
 人の声、足音、車の走る音に、電車の騒音。地面を伝わるそれらの音を、尾で拾って周りの地形を確認する。
 大きさ3メートルほどの、巨大な身体を持つそいつは、不機嫌だった。
 大きな身体に、あり余った力。それを十全に発揮するには、街中はどうにも狭すぎる。
 まどろみの中、そいつは考える。
 まずは、周囲に立ち並ぶマンションやアパート、ホテルなどを粉々にしてさら地に変えよう。
 それから、やたらと数の多い、二本脚の生き物を喰って……。
 あとのことは、それからだ。
 そう決めて、そいつはゆっくり目を閉じた。
 
●土くれから生まれた怪物
 モニターに映ったマンション跡地の中央には、岩の怪物が眠っている。その周辺には、直径2メートルはあろうかという大きな穴があいていた。怪物が地上に出てくる際に通った穴だ。
「名前がないと不便だねっ? 資料には(ダンテス)って呼び名がおすすめ、って書いてあるから、そう呼ぶね」
 手元に資料に目を向けて、久方 万里(nCL2000005)は言う。それから、自然系・妖(ダンテス)を見て、感心したように溜め息を吐いた。
「この場所の地下にも、結構大きな空間があるみたいだねっ。たぶんダンテスが生まれたときに出来たものだと思うけど」
 ダンテスの背中や、手足、サソリのような尻尾は岩石で出来ている。それ以外に部分は、凝縮した土で形成されているようだ。見た目よりも、大量の土や岩の集合体なのである。
 身体は重く、そして硬い。[ノックバック]や[毒][麻痺]などの状態異常に耐性を持っている。
「動きは遅いけど、土の弾丸を吐き出す攻撃と、尻尾を使った攻撃のリーチは長いから注意が必要だねっ」
 また、ダンテスは穴を掘って地中に潜ることがある。半ば、土に同化するようにして穴を掘るのだ。地上での移動速度と比べると、地中を移動する方が速い点も厄介だ。
「土の弾丸には[鈍化][物防無]、尻尾での攻撃には[虚弱][重圧]の状態異常が付与されているみたいね」
 説明は以上! と、万里は叫んで資料をテーブルの上に置く。
 それから、軽く弾むような足取りで部屋を出て行った。
 最後に一言。
「怪我、しちゃだめだよっ?」
 と、そう言い残して。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:病み月
■成功条件
1.ターゲットの撃破
2.一般人に被害をださないこと
3.なし
こんばんは、病み月です。
今回のターゲットは、マンション跡地で生まれた岩と土の怪物です。硬い相手なので、頑張って削ってください。
それでは以下詳細。

●場所
マンション跡地。周囲には同じような建物が立ち並んでいるが、鉄柵とビニールの囲いのおかげで、外から跡地を見ることは出来ない。
一般人が近づく可能性は十分にあるので、注意が必要。
ダンテスが跡地から外に出た場合、一般人が被害を受ける可能性も高くなる。
跡地全体が、ダンテスの縄張りである。
時間帯は、午前。足場、視界に問題はない。
地下空間はその限りではなく、真っ暗で、足場も悪くなっている。

●ターゲット
物質系・妖(ダンテス)×1
ランク2
岩で出来た棘と、手足、サソリのような尻尾を持っている岩の怪物。それ以外の箇所は、凝縮された土の塊で構成されている。
また、尾を地面に突き刺すことで周囲の音を拾い状況を把握する能力を持っている。
動きは鈍いが、非常に頑丈。
土中での移動は、静かで素早い。
[ノックバック][毒][麻痺]を無効化するようだ。

【土石弾】→物遠単[鈍化][物防無]
岩の弾丸を撃ち出す攻撃。一方向にしか撃てないが、体のどこからでも射出できる。
【岩尾の一撃】→物近単貫2[虚弱][重圧]
サソリのような尾を使った一撃。使用前、使用中は音による周囲の状況確認ができなくなる。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/8
公開日
2015年11月20日

■メイン参加者 4人■


●昼寝の最中
 暖かい陽の光を浴びながら、数カ月前まではビルだった、街中の更地で岩の怪物が昼寝をしていた。
 工事シートで覆われているため、ビルの跡地から外の様子は窺えない。
 怪物は、静かに寝息をたてている。
 仮称ではあるが、とある小説になぞらえ名前を(ダンテス)と言う。地下の土石が覚醒して発生した、
妖と呼ばれる存在だ。
 無数の棘を生やした身体。姿は亀やアルマジロに似ているかもしれない。それに加えて、サソリのような長い尻尾を持っている。尻尾の先を地面に突き刺し、ブルーシートの向こうで飛び交う、街の喧騒の音を聞いているのだ。 
 うるさい、と地面を伝って聞こえてくる騒音に唸り声をあげ、いらだたしげに地面を叩く。それだけで、地面は大きく揺れた。
 昼寝が済んだら、うるさい連中を黙らせにいこう、とそう決めて、ダンテスはゆっくりと地面に頭を置いて、静かに目を閉じた。
 彼の耳には、更地へと向かってくる4人分の足音が聞こえてきたが、ダンテスにとって人間4人など、なんら脅威でもない。
 心地よく眠る。
 元が土故、時間の概念は曖昧なのだ。
 静かに、暖かな陽の光を浴び、眠っていたい。それがダンテスの望みであり、その為にはまず、周囲を走る車や、行き交う人は邪魔だった。
 
「静かなところで生まれ、静かに生きるなら、何もなかったのですけど……街中に被害が出る前に倒しましょうね」
 物影に身を隠し、『深緑』十夜 八重(CL2000122)はそう呟いた。彼女の足元は、地面から数センチばかり浮遊していた。音に敏感なダンテスに、居場所を悟らせずに近づく為の策である。
「さよ、全身全霊を持って頑張らせて頂きますですっ!」
 胸の前で拳を握りしめ離宮院・さよ(CL2000870)は気合いを入れた。回復役に徹底すべく、仲間達の最後尾で、しゃがみこんでいる。
 今のところ、ダンテスはこちらの存在に気付いては居ないようだ。深緋・幽霊男(CL2001229)は、頭を掻きながら、まずはどう行動すべきかを思案する。とりあえず、更地を囲うシートのあちこちに「危険」「立ち入り禁止」と書かれた掛札を取りつけてはいるが、不安は残る。
「何ぞ寝取てればよいものを。まぁ、良い。肩慣らし程度には、丁度よかろう」
「堅そうな上に明確に人に対して敵意を持っているみたいだから厄介だけど普通に倒さないとねん」
 それじゃあ行きましょうか。
 そう言って、魂行 輪廻(CL2000534)と、幽霊男は物影から飛び出す。
 2人が地面を蹴ったその刹那、ぐるる、と唸り声をあげダンテスはゆっくりと顔を上げる。
 地面に突き刺したサソリの尾はそのままに、視線だけをまっすぐ2人の元へと向けた。

●岩石王
 視線の先には、2人の女。何のつもりか、まっすぐこちらへ向かってくる。叩きつけられる敵意が、ダンテスには酷く気に障る。せっかくの昼寝を邪魔されて、怒りにも似た感情が湧き上がる。元より、本能に従って行動する妖である。
 気に入らなければ、消せばいい。
 それだけのことだ。
 ダンテスは大口を開け、そこから巨大な岩の弾丸を吐き出した。

 風が唸る。吐き出された岩の弾丸は、まっすぐ輪廻と幽霊男を襲う。
 回避行動をとろうとした2人の背後、八重が物影から飛び出し、地面から数メートルの高さで急停止。刀を振り下ろす動作と共に、空気の弾丸を放つ。
「合わせます。そのまま進んでください。ふふ、尾を狙って気を逸らせたりしてみましょうか」
 空気弾と岩弾が空中で激突。突風と、砕けた岩片を撒き散らす。岩の欠片から顔を庇いながら、まっすぐに輪廻と幽霊男は駆け抜ける。
 ダンテスが、次弾を放つよりも速く、眼前に2人が迫った。岩を撃ち出している時間の余裕はない。頑丈な身体に、1発2発攻撃を受けたところで、大したダメージにはならないが、鬱陶しいことに変わりは無いのだ。
 ダンテスの尾が、地面から引き抜かれる。風を切る音。岩で出来た長い尾が、空中で旋回。まっすぐ、2人へと突き出される。サソリの尾に似て、ダンテスの尾は先端が鋭く尖っている。至近距離なら、人間の1、2人貫通できるほどの、速度と重さを込めた一撃。
「そうはさせません。鬼さんこちら手の鳴る方に……って遊んでる場合でもないですね」
 刀を翻し、ダンテスの尾を受け流したのは八重である。重さを支え切れずに、八重の手首が軋んだ。尾の先端が、八重の額を掠める。流れた血が、視界を赤く塗りつぶす。
「逃げられれば追うのは困難。早期撃破を心掛けよう」
「寝起きじゃ今一しゃっきりしない?  本調子じゃない時が攻めるチャンスねぇ♪」
 幽霊男は、手元のコンパウントボウに素早く矢を番える。引き金を引いて、続けざまに2発、ダンテスの額へ矢を撃ちこんだ。
 1発目は、ダンテスの額に僅かな罅を入れるにとどまったが、2発目は見事、ダンテスの硬い身体へ突き刺さる。
 ダンテスの尾は、素早く空中を飛びまわる八重を追っている。その隙に、尾の付け根へと輪廻は鞭を打ち付ける。素早く、鋭く、何発も。鞭に削られ、砕けた岩の欠片が飛び散った。

 眉間には矢が突き刺さり、尾は刀で切りつけられ、体は鞭で削られて、それでも平然としているダンテスの身体は、どれほど頑丈に出来ているのだろう。
 刀と鞭から逃がすように、ダンテスは尾を地面へと突き刺す。
 尾の脅威が無くなると、八重は素早くダンテスの背へと跳び乗った。背に乗った八重を無視し、ダンテスの標的は、眼前にいた幽霊男へと向かう。
 限界まで口を開き、ダンテスは幽霊男へと喰いついた。
 幽霊男の腕が、ダンテスの口中へと消える。ミシ、と骨の軋む音。噛まれた皮膚が裂け、鮮血が溢れる。幽霊男は、ダンテスの鼻頭へ矢を撃ち込む。ダンテスが僅かに怯んだその隙に、幽霊男はダンテスの咥内から腕を引き抜いた。
「動き遅いみたいだし、この時に一気に攻めて倒せれば良し、無理でもダメージはここで稼ぎたいわねぇ♪」
「あぁ。少しでも、効率のよくダメージを叩き出せるよう心掛けようか」
 ダメージを負った右腕を庇い、ボウガンを構える幽霊男。ダンテスが動き始める前に、顔へ向かって矢を放つ。
 ダンテスの行動を妨害するべく、輪廻の鞭が閃いた。鋭い音が鳴り響く。その度に、ダンテスの身体は削られていく。
 八重の刀が、ダンテスの背を切り裂いた。無数に生えた岩の棘を切断。ダンテスの装甲を削っていく。
 煩わしげに、ダンテスは唸る。
 ダンテスは頭を低くし、手足を身体の下へと折りたたんで身体を丸める。その姿はまるで、巨大な岩石の塊だ。
 顔を身体の下へと隠す、絶対防御姿勢。視界はゼロに等しいが、音を感知する尾のおかげで、正確にターゲットの居場所を感知できる。
 今が好機と見て、3方向から同時に攻撃を仕掛ける八重、幽霊男、輪廻。
 猛攻撃の最中、ただ一人、遠くから戦場を俯瞰していたさよだけが、ダンテスの異変に気付く。
「皆さん! 様子が変です! 気を付けてくださいです!」
 さよが叫んだ時にはすでに遅い。渾身の力を込め、ダンテスの背に刃を突き立てた八重の足元で、ダンテスの背が、大きく隆起。岩で出来た身体全体を砲台とし、音もなく放たれたのは巨大な岩石の塊だった。
「え……? あ、しまっ!?」
 気付いた時にはすでに手遅れ。岩の弾丸が、八重の腹部に直撃。内臓が破裂するかと思うほどの衝撃に、八重の意識が飛びかける。
 辛うじて意識を繋ぎとめたものの、八重の動きは明らかに鈍くなっている。
 追撃に備え、刀を構えた八重の眼前に、サソリの尾が迫る。輪廻が鞭を打ち付けるが、ダンテスの動きは止まらない。微々たるものではあるが、確実にダメージを与えているはずだ。しかし、ダンテスにとって、体の一部が崩れることなど、大した問題ではない。
 岩なのだ。砕けることもある、と本能で理解しているのだ。もしかすると、痛みの感覚が鈍いのかもしれない。
「くっ!」
 間に合わないと判断し、八重はパチンの指を鳴らした。
 ダンテスの背に仕掛けた種が急成長。ダンテスの尾に蔦が絡む。
「へぇ? いいね、それ」
 八重の真似をして、幽霊男も指を鳴らす。上手く鳴らせず、ぱしゅん、という気の抜ける音が鳴った。それでも、合図として機能はしたようで、ダンテスの咥内に仕掛けた種が発芽。ダンテスの頭部に、鋭い棘の生えた蔦が巻き付く。
 ダンテスの尾が、めちゃくちゃに振り回された。尾の先端が、八重の腕を打ちすえ、刀を弾き飛ばす。次いで、めちゃくちゃな軌道で振り回された尾は、輪廻の側頭部へ命中。
 よろめく輪廻を、幽霊男が受け止める。
 幽霊男は、落下してくる八重を受け止めるために腕を伸ばした。

 ダンテスは、敵対する何者達かを抹殺すべく尾をめちゃくちゃに振り回す。手足や顔には蔦が撒きつき、暫くは満足に動けないだろうが、問題ない。
 先ほど、刀を薙ぎ払った際に、空中へと浮いた少女の位置は把握している。
 勘と、僅かな物音を頼りに狙いを澄まし尾を突き出す。
 空気を切り裂く、鋭い一閃。
 ダンテスの尾が、八重の腹部を貫いた。

 だらん、と両腕を垂らし八重の身体は空中に縫いつけられた。腹部と口からは、だくだくと血が溢れている。意識はないのか、ピクリとも動かない。
 八重の腹部から、サソリの尾が引き抜かれた。重力に引かれ落下する八重を待ちうけるのは、蔦を引き千切って、大きく開かれたダンテスの口。
 そのまま、八重の身体を噛み砕くつもりか。

 翼を広げ、空を駆ける小柄な少女。黒い髪が、風に踊る。ギリリ、と唇を噛みしめて、恐怖に震える身体を、強い意思で無理矢理に抑えつけ、さよはまっすぐダンテスの元へと飛んで行く。
 仲間の命を救うため、ありったけの勇気を翼に込めて、速度を上げる。
 手を伸ばし、今にもダンテスに喰らいつかれそうになっている八重の襟を掴んだ。
「さよが……さよがすっごく頑張らないとっ!」
 跳ね上がったダンテスの尾が、さよの肩を打ちすえた。
 バランスを崩し、地面へと落ちるさよ。咄嗟に、八重の身体を抱きしめる。八重を庇いながら、さよはそのまま地面へ激突。地面を滑り、小さな呻き声を上げる。
 痛みに顔をしかめながら、さよは、八重の呼吸が止まっていないことを確認し、僅かに微笑む。
 よかった……と、呟いたさよの腕の中で、八重は薄く目を開いた。

「回復はお任せくださいですっ! 皆さんは攻撃に集中をっ」
 八重の腹部に手をあて、傷の治療を施しながら、さよが叫ぶ。さよの周囲に淡い燐光が舞い散った。燐光が滴となって、さよの身体に降りかかる。
 呆けていた幽霊男と輪廻は、さよの声で我にかえると、視線をダンテスへと移す。
 蔦を引き千切ったダンテスは、面倒くさそうに身を起こすと、ぐるると再度唸り声を上げる。ダンテスの尾は、地面に突き刺さったままだ。
 幽霊男はボウガンを、輪廻が鞭を構えたその時、ダンテスの足元で、地面が割れた。

●岩窟の主
 地盤の弱くなっていた箇所を、尻尾で貫くことにより生じた地盤沈下。地下には元々、広い空洞が広がっていたこともあり、地面は砕け、ダンテスは輪廻と幽霊男を巻き込み、地中へと落下していった。
 数メートルほど落下しただろうか。土の中から、輪廻と幽霊男が這いだした時には、すでにダンテスの姿は見当たらなくなっていた。半ば土に同化し、音を立てずに移動することができるダンテスにとって、地中こそ本来の力を十全に発揮できる、聖域のような場所である。
「う……痛たた。着物がどろどろ」
「仕方あるまい。早々に終わらせて、シャワーでも浴びたいね」
 顔についた泥を拭い、幽霊男はそう囁いた。
 ゆっくりと視線を巡らせ、2人はダンテスの居場所を探る。この場から逃げ出している可能性も視野に入れての捜索だが、そうなった場合は、街に被害が広がる可能性もある。
 真っ暗な土の中。頭上から差し込む僅かな光源だけでは、視界が悪い。
 はぁ、と小さな溜め息を零したのは輪廻だ。
 その瞬間。
 輪廻の足元から飛び出したサソリの尾が、彼女の太ももを刺し貫いた。

 光の滴が舞い踊る中、地面に横たわった八重の腹部、ダンテスに貫かれた傷口に手を押し当てさよは必死に治療を続ける。
 零れそうになる涙を堪えるさよ。噛み締めた唇からは、血が滲んでいた。
 命数の使用により一命を取りとめはしたものの、重傷には違いない。
「酷い怪我……。でも、それでも頑張らなくちゃいけませんね」
 どうにか、動ける程度には回復しただろうか。
「もう平気です……。その、危ないので……下がってくださいね」
 地面に落ちていた愛刀を拾い上げ、八重は立ち上がった。渇いた血が、パリパリと皮膚から零れ落ちる。
 向かう先には、地面に空いた大きな穴。穴の底から、激しい戦闘の音が聞こえてくる。
 ダンテスとの戦いに終止符をうつべく、八重は翼を広げて穴の中へと跳び込んだ。

 ダンテスは、土中に身を潜め輪廻と幽霊男の位置を探っていたらしい。輪廻が溜め息を零した瞬間、その僅かな音を尾で探知し、奇襲を仕掛けた。
 外見上、大したダメージを負っているようには見えないダンテスだが、その実、蓄積した負荷は着実にその体力と生命力を奪っていた。逃げても奴らは追ってくる。
 そう判断したダンテスは、この場で輪廻達を葬り去ることに決めた。

 地面に膝を突く輪廻の眼前、地面の中からダンテスの頭部が現れる。半ば土と同化し、彼女の足元まで移動していたのだ。足元からの不意打ちを受けた輪廻は、即座に癒力活性を使用することで、傷を塞ぐ。体力の回復は完全ではないが、これで戦闘を続行することは可能になった。
「一度姿を現してしまえば……静かに動けるっていっても物音はゼロじゃないわよねん」
 暗闇の中、土と同化したダンテスの姿は視認し辛いが、輪廻の聴力はダンテスのたてる僅かな物音を捉えている。
「あまり得意じゃないけどっ」
 圧縮した水の滴を、高速で放つ輪廻。空気が震える。暗闇の中を疾駆した水弾が、ダンテスに着弾。僅かな唸り声が聞こえてくる。
「なんぞ硬そうではあるが、関節部分は比較的脆いようだね」
 着物を翻し、幽霊男が駆ける。輪廻の指示に従い、暗闇の中、至近距離からダンテスの首元へとボウガンの矢を打ちこんだ。ダンテスの首に突き刺さった矢には、植物の種を仕込んである。急成長した蔦が、ダンテスの首を絞めつけた。
 ミシ、と岩が軋む。
 ダンテスが尾を振り回す。幽霊男の腹部を、尾が叩く。口の端から血を零し、幽霊男は地面に倒れ込んだ。幽霊男を援護すべく、輪廻が水弾を放つのと同時、ダンテスの姿は再び地面の中へと消えた。

 静寂は一瞬。
 音を頼りにダンテスの位置を確認するため、輪廻は目を閉じ、意識を耳へと集中させる。激しい鼓動の音は、自分の胸から。血の流れる音や、筋肉の収縮する音に混じって、土と岩の擦れる音が耳朶を叩く。
「上っ!?」
 咄嗟に地面を蹴って、後方へと跳ぶ輪廻。間に合わない。頭上から落下してきた岩の塊は、ダンテスの巨体に他ならない。巨体による圧殺こそ回避したものの、ダンテスの背から撃ち出された岩の弾丸が、輪廻の胸を強打した。
 薄れる意識の中、輪廻は最後の力を振りしぼりダンテスの尾へと水弾を放つ。たび重なる攻撃により、脆くなっていたのだろう。ダンテスの尾は、水弾の威力に耐えきれず、土くれと化して崩れ落ちた。
 
 意識を失った輪廻が倒れている。
 ダンテスの意識が輪廻へ向かないよう、幽霊男は続けざまに矢を放つ。至近距離へと駆け寄ったのは、ダンテスをその場から逃がさないようにするためだ。
 一瞬の隙を突き、ダンテスの額へ種を植え付け、発芽させる。急速に伸びた蔦が、ダンテスの視界を奪った。ダンテスの肩から撃ち出された岩の弾丸を、ギリギリのところで回避。
 幽霊男は、地面を這うようにして後退。
「頼んだよ」
「えぇ。お任せ下さい」
 パチン、と手の平を打ち付ける小気味の良い音が響く。治療を終え、急降下して来た八重と前衛を後退。
 八重は、地面すれすれを滑るように滑空し、刀を構えた。
 ダンテスの腕が、力任せに振り下ろされる。
「ふふ、残念ですけどもう一度土に返ってくださいね?」
 霞返し。
 ダンテスの巨腕を受け流し、八重の刀がダンテスの首を一刀の元に切り落とした。

 唸り声をあげ、ダンテスの身体は崩れて行く。既に戦う意思も、力も残っていないのだろう。頭部を失い、それでもなお、ダンテスは歩く。
 真っ暗な地下の空洞の、その中心。暖かい陽の光が差し込む場所へ。
 頭を失い、手足は崩れ、岩と土の塊と化したダンテスは、光の中で息絶えた……。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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