おうちに帰るまでがハロウィンパーティです
●どこか
「うえーん、ふえーん」
「なんかべたべたしてる」
「おかあさん」
「ママぁ」
「甘いにおい……きもちわるい……」
「暗いよう、怖いよう」
「たすけて……」
●管理人室
ルルルルル、と軽快に鳴っていた電話が、留守番電話に切り替わった。録音されたメッセージが流れ、ピーッ、と発信音が鳴る。
「もしもし? 703の坂井ですけど、うちの子、お邪魔していないでしょうか。まだ帰ってこな」
ばきっ。焦った女性の声をさえぎって、大きな魚の骨が受話器に突き刺さった。耳障りな雑音を最後に、電話は沈黙する。
「何度も鳴ってうるさいって? お前のせいだよ。親はみんな子供を心配するんだよ」
魚の頭に、部屋の奥から何かが呼びかけた。
「そこをどいてよ。子供たちを帰さないと、ぐあっ」
空気を裂いて、白い骨が飛ぶ。苦悶の声。魚の頭骨がにやりと笑ったように見えた。
「みんなが帰ってからぼくををいじめるなら、好きなだけやったらいいよ。だから、ああああっ」
無数の小骨が乱れ飛ぶ。テーブルが割れ、飴の袋が床に散らばった。スナックのパッケージがはじける。クッションが裂ける。マンガの表紙が破れていく。
「……やめ……て、よ……」
針山のようになった『ふようルーム』のプレートが、ぱたんと磨かれた床に落ちた。
●五麟学園
「子供15人が、魚の骨の妖に襲われるぜ。分類は、えーっと、生物系になるな」
会議室に呼んだ覚者たちに、久方 相馬(nCL2000004)はそう話し始めた。
「場所はJ市団地の管理人室。子供たちは管理人に呼ばれてハロウィンパーティをしてたらしい。15人が遊べて、3メートルある魚の骨が暴れられる管理人室、なんて普通はないだろ。どうも妙な力で広げられてるっぽいんだ」
確証はないけど、と彼は続けた。
「管理人はどうも古妖が化けてるみたいだな。子供たちはどこかに閉じ込められてるみたいだったけど、そいつが何かの能力を使ったんだと思う。古妖の力に惹かれてきた妖から隠したんだ」
夢を思い出しながらうんうんとうなずき、相馬は目を開いた。
「古妖のことは向こうに行ってからじゃないと詳しくわかんねえかな。でも、とにかく妖を倒すのが第一だ。頼んだぜ!」
「うえーん、ふえーん」
「なんかべたべたしてる」
「おかあさん」
「ママぁ」
「甘いにおい……きもちわるい……」
「暗いよう、怖いよう」
「たすけて……」
●管理人室
ルルルルル、と軽快に鳴っていた電話が、留守番電話に切り替わった。録音されたメッセージが流れ、ピーッ、と発信音が鳴る。
「もしもし? 703の坂井ですけど、うちの子、お邪魔していないでしょうか。まだ帰ってこな」
ばきっ。焦った女性の声をさえぎって、大きな魚の骨が受話器に突き刺さった。耳障りな雑音を最後に、電話は沈黙する。
「何度も鳴ってうるさいって? お前のせいだよ。親はみんな子供を心配するんだよ」
魚の頭に、部屋の奥から何かが呼びかけた。
「そこをどいてよ。子供たちを帰さないと、ぐあっ」
空気を裂いて、白い骨が飛ぶ。苦悶の声。魚の頭骨がにやりと笑ったように見えた。
「みんなが帰ってからぼくををいじめるなら、好きなだけやったらいいよ。だから、ああああっ」
無数の小骨が乱れ飛ぶ。テーブルが割れ、飴の袋が床に散らばった。スナックのパッケージがはじける。クッションが裂ける。マンガの表紙が破れていく。
「……やめ……て、よ……」
針山のようになった『ふようルーム』のプレートが、ぱたんと磨かれた床に落ちた。
●五麟学園
「子供15人が、魚の骨の妖に襲われるぜ。分類は、えーっと、生物系になるな」
会議室に呼んだ覚者たちに、久方 相馬(nCL2000004)はそう話し始めた。
「場所はJ市団地の管理人室。子供たちは管理人に呼ばれてハロウィンパーティをしてたらしい。15人が遊べて、3メートルある魚の骨が暴れられる管理人室、なんて普通はないだろ。どうも妙な力で広げられてるっぽいんだ」
確証はないけど、と彼は続けた。
「管理人はどうも古妖が化けてるみたいだな。子供たちはどこかに閉じ込められてるみたいだったけど、そいつが何かの能力を使ったんだと思う。古妖の力に惹かれてきた妖から隠したんだ」
夢を思い出しながらうんうんとうなずき、相馬は目を開いた。
「古妖のことは向こうに行ってからじゃないと詳しくわかんねえかな。でも、とにかく妖を倒すのが第一だ。頼んだぜ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.魚の骨の妖の撃破。
2.子供15人の保護。
3.なし
2.子供15人の保護。
3.なし
子供たちの友達みたいな団地の管理人さんは、どうも人間ではないようです。
不思議な力の秘密は、助けることができれば教えてくれるかもしれません。
●魚の骨の妖(生物系、ランク2)
死んだ魚が妖となり、全量3メートルに肥大化した。身の部分が無い、魚版の骸骨。
・スキル
ボーンニードル→遠距離単体攻撃。鋭く太い骨を飛ばして攻撃。
ボーンレイン→全体攻撃。針のような小骨をまき散らす。出血のバッドステータスを与える。
●現場
J市団地管理人室。
見取り図で見ると4畳もない部屋だが、何らかの力で5メートル四方の広さになっている。
壁にはマンガの入った棚が並び、床にはお菓子の乗ったテーブルとクッション、おもちゃがある。
入り口近くの事務机には入居者情報のファイルや内線電話が乗っている。
●管理人
5年前にやってきた、30代くらいの女性。
主な仕事は廊下とごみ置き場の清掃、廊下の電球交換、掲示板の管理、鍵を忘れた子供の世話など。
まじめな仕事ぶりで、24時間いつでも対応してくれる。
子供たちからは『ふようさん』と呼ばれてなつかれているが、冗談で妖怪扱いされていたりする。
ハロウィンパーティの告知を掲示板に張った。
●子供たち
団地に住む、小学校3年生から保育園児までの15人。
普段はマンガ目当てで訪ねたり、宿題を教わったり、親が遅い日の夕食を一緒に食べたりしている。
現在も部屋にいるが、夢では姿が確認できなかった。
『甘いにおいがして、暗くて狭いべたべたする場所』にいるらしい。
皆様、ふるってご参加くださいませ。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年11月14日
2015年11月14日
■メイン参加者 6人■

●ドアの前
管理人室の扉には手作りのチラシが貼ってあった。
「ハロウィンは元々悪霊などに対する魔除けの意味もあったそうですが、この時勢ですと『わるいもの』が出るのに時期など選びませんね」
『アイティオトミア』氷門 有為(CL2000042)は口にしてから、ふと怪訝な顔をする。
「この辺は細い路地と民家ばっかだ。管理人室にも正面から入るしかなさそう……ん?」
団地を1周してきた『オレンジ大斬り』渡慶次 駆(CL2000350)も、全員が扉を見つめていることに気付いて足を止めた。
「何だ?」
「はい、この扉なんですが」
賀茂 たまき(CL2000994)が代表で言葉を返す。
「中に妖がいるのに、音もしない。傷もない……これも『ふようさん』の古妖の力なんでしょうか」
「人々の中で暮す古妖か。害意がなければ積極的に守りたい存在だね」
『積極的』に自分を鼓舞するようにアクセントを置いて、四条 理央(CL2000070)はえいっとドアノブに手をかけた。冷たい感触。見た目はつるんとしているが、金属に無数の傷がついているのが皮膚でわかる。
「骨の先で引っかいたような傷があるよ。やっぱり」
妖はここにいる。そして扉には『ふようさん』の力が働いている。
「子供達を護ろうとしとるんやろ? ならそれだけで救う理由には十分、ちゃっちゃと魚の骨を砕いたろか!」
ためらいを吹き飛ばすようなからりとした声で宣言して、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が抜刀した。
「子供たちも管理人さんも、なんとしても救い出さねば!」
『六尺様は練り歩く』犬童 アキラ(CL2000698)の台詞に全員がうなずく。それを確認して、形式上ノックをしてから、理央は扉を引き開けた。
●妖の部屋
「何や骨って言うても出汁くらいとれるんかと思ったらえらいきったない骨やなぁ」
真っ先に飛び込んだ凛は、部屋の入り口をふさいでいる檻のような骨に向かって頓狂な声を上げる。
「出涸らしのお茶っ葉より酷い、でっ!」
燃え盛る焔の刀紋をひらめかせ、目にもとまらぬ速さで2度振り抜いた。尾に近い骨が跳ね飛び、入口に近い蛍光灯に命中する。ガラスの雨が凛に降りそそいだ。
「わっ、危ないです」
たまきが素早く土の鎧を纏い、破片を止める。部屋の外から駆が呼びかけた。
「おーい、中の子供らは見えるか? ふようさんは?」
「そうですね、暗くて」
振り向いて答えかけた腕にぷすりと、ガラスではない何かが刺さった。
「全体攻撃……?」
有為が身構える前に、色の白い手がその胸を突き飛ばす。
「たまきちゃん!」
悲痛な叫び声の直後に理央の手からノブがもぎ取られた。部屋の外の仲間を守るために、たまきがとっさの判断でドアを閉めたのだ。有為が慌てて開け直そうとしたが開かない。ドアに骨の刺さる音がする。
「解身(リリース)!」
凄まじい音と光とともに力を解放したアキラが、黒鋼色の機械となった手で強引にドアを引いた。がこんと音がして戸板が蝶番から外れ、ノブにしがみつくように体を丸めたたまきが引きずり出されてくる。骨の雨は止んでいた。
「……み、皆さん、大丈夫ですか?」
「おう、お前も無事みてえだな」
駆が戸板ごと倒れこむ細身を受け止める。出血こそあるが、刺さった骨は足元に落ちたものの3分の1の数もなかった。
「焔陰流、舐めてもらったら、困る、わ……っ」
腕から血を滴らせて凛が座り込む。動体視力で見切った骨を片っ端から叩き落とすという力技で、彼女もまた仲間を守っていた。
「2人とも、無茶しすぎだよ」
感謝はするけど、と言いながら、理央はまず凛へと癒しの滴を投げかける。
「ボク達も一緒に戦うんだから」
「皆で帰宅するまでが遠足でありますからな。パーティ、任務とて同じこと!」
凛を下がらせ、床の小骨を踏み砕きながら、アキラが大きな動きで骨に打ちかかった。折れた1本が部屋の奥へ飛んでいって見えなくなる。ドアは外れたが、夕暮れの光では部屋の奥まで届かないのだ。
「窓がないせいか暗いであります」
「電灯も壊されたのかもしれないですね」
炎の力を得て風のように切りかかった有為が、振り上げた斧の先から竜系守護使役を飛ばせる。
「カール。天井の真ん中あたりに」
丸い卵に入った小さな竜は彼女の言葉通り天井に向けて浮き上がり、魚の骨に頭からぶつかった。有為の切った骨も部屋の奥の闇にまぎれる。
「天井まで届く大きさですか……」
「道なら開けてやるぜ。ナウマクサンマンダ・バサラダン・カン!」
高らかに真言を叫んだ駆が、小骨まみれの机の上に飛び乗った。鉈を振り上げた腕が、踏みしめた足が、みるみる若さを取り戻してぐっと引きしまる。ラグビーで培った強靭な筋力が別の1本を切り飛ばした。開いた隙間を抜けて天井についたカールは、中央を目指して移動する。
「……これは」
ともしびに照らし出された部屋を見て、たまきは息を飲んだ。
部屋中の至る所に針のような小骨が刺さり、散乱したクッションやマンガは針山のようになっている。3メートルの魚の骸骨は、尾を入り口に向け、部屋の手前を三角に仕切る壁のように鎮座していた。ぽっかりと空いた目を持つ頭骨は、棚の陰を見ている。
「……う」
呻き声と一緒に、ぼろぼろのクッションが床に転がった。それを盾にしていたらしい女性が、後を追ってぱたんと倒れ伏す。
「ふようさん、ですよね」
確認するように呼ばれた名前に顔をあげて、女性は戦っている覚者たちに目を見開いた。
「……! 危ないよ……出てって……」
「お心遣い痛み入ります。が、従えないのであります!」
「信じられないかもしれませんが、私たち、あなたを助けに来たんです」
黒鋼色の正拳と伝説の詩人の名を冠した斧が、また太い骨を砕く。が、女性はうわ言のようにだめだと繰り返すばかりだ。
「だめだよ、ここ、は……部屋の外なら……骨、来ない……」
「来ない? それはキミの力で?」
思わず尋ねた理央の声に、女性がうなずいた。
「だから、逃げ」
「いや、逃げない」
壊れたドアにちらっと目をやって、理央はきっぱり言った。
「部屋の奥に攻撃が集中すれば、外に被害はないってことだよね。団地の人に被害を広げないためにも、ここで倒さないと」
「なるほどな」
にっと歯を見せた駆は両手で構えた鉈を魚の尾に振り下ろした。尾と背骨の交点、太い骨に刃が食い込む。
「さあ、こっちに来てもらおうか!」
そのまま机を飛び下り、女性と反対側の部屋の隅へと魚の背骨を手繰り寄せる。踏みとどまろうとした妖は、身を震わせて小骨を発射した。覚者たちの身体に白い針が刺さり、赤い血が玉のように吹き出す。
「大人しゅうせい!」
理央の治癒を受けた凛が骨を蹴散らしながら突進し、魚の頭に刀の柄をぶち当てた。突き抜けるような衝撃を受け、頭骨が斜めにかしぐ。できた隙間を、英霊の力を得たたまきの腕が強引に押し広げた。仲間を守る優しい腕は、金属質の固い武器に変わっている。
「ふようさん、しっかりしてください!」
呼びかける身体に再び小骨が突き立っていくが、理央の癒しの滴が流血を止めた。
「なるべく早く決着をつけないと。回復も無限じゃないし、ふようさんもいつまでもつか」
「子供たちも心配であります。急ぎましょう」
焦る気持ちを抑え、アキラはまた別の太い骨を折り取った。大きく振り抜いた拳で、派手な音を立てて弾き飛ばす。首をひねられた妖が、恨めしげに振り向いた。飛ばされた骨は壁に刺さる寸前、尾を引っ張っている駆を指して停止する。
「駆さん、避けて!」
「っ、ぐうっ!」
有為の警告もむなしく、骨がきりもみしながら駆の腿を貫いた。
「理央ちゃん!」
「もちろん」
斧を振るって骨を切り飛ばし、妖の腹にあけた隙間を、有為は理央を守りながら通り抜ける。理央は走りながら神秘の力を左手の術符に込め、水に託して飛ばす。脂汗を流して顔をしかめる駆は、しかし理央が骨に手をかけても鉈の柄を離さなかった。
「痛いだろうけど、抜かせてもらうよ」
「やってくれ。俺はこいつを放す気はねえけど、な!」
引き戻された鉈をさらに深く食い込ませながら、駆は後ろに倒れこむように体重をかけた。有為がその隣に立ち、自身の弾斧の刃も背骨に打ちこむ。元の位置に戻りかけた妖は、ぐいと部屋の奥に引き寄せられた。
「凛ちゃん、たまきちゃん、今のうちに!」
「おっしゃ!」
棚と頭骨の間にあいた通路を、凛はたまきの手を引いて猛スピードで駆け抜ける。幾本もの小骨が刺さった腕を肩に回して、たまきが女性を助け起こした。
「ふようさん、大丈夫ですか?」
女性が逆の腕でセーターの下を庇うのを、凛は目ざとく見つけていた。編み目の下に、缶の形が透けている。
「そん中なら安心やな」
呟いた凛の言葉に、たまきも女性が抱えているものに目を向けた。視線に気づいた女性が、大きくはない缶をぎゅっと抱きしめる。まるで宝物でも入っているかのように。
「自分を盾にしてまで……子供達のことをどれだけ大切に思っているかが伝わりました」
たまきの生成する蒼みがかったシールドが、女性を妖から守るように立ちはだかる。
「よくぞ子供を守ってくれた、ありがとう」
「今少しそのままお待ちいただきたいであります」
「妖は私達が倒します。安心して」
「怪我は後からボクが治すから」
駆が、アキラが、有為が、理央が、シールドの向こうから呼びかける。くずおれそうになった身体を、たまきと凛が支えて本棚の影に避難させる。缶を抱えてうずくまった女性は、ありがとう、と蚊の鳴くような声で言った。
「ふようさん、とんかく子供達を頼むで!」
片頬でほほ笑むと凛はシールドを飛び越える。下あごの骨をなぐように降り抜き、返す刀で片方の眼窩に溝を刻んだ。妖はのたうち、背骨をCの字に曲げていく。自分を骨の檻にして、駆、有為、理央を本棚との間に閉じ込める気のようだった。ぶるぶると体を震わせ、小骨を発射する。
「また、全体攻撃……っ」
理央と駆をかばった有為が膝をつく。
が、それで怯む覚者たちではなかった。
「それで追い詰めたつもりかよ」
「……穴ならさっき、私が開けましたよ」
相手を自分たちに切り替えたと見るや、駆は骨に食い込ませた2つの刃をゆすって外した。命を削って立ち上がった有為の武器も一緒に抱え、彼女の盾になりながら妖の腹を走り抜ける。散々骨を折り取られた魚の腹は、櫛の歯が欠けたようになっていた。2人に続いて背骨の下をくぐりつつ、理央は左手の術符から水煙を生み出す。
「全員に攻撃しても、もう無駄だよ」
元素の力の宿った霧は、ともしびにきらめきながら部屋全体に広がった。覚者たちの傷をふさぎ、痛みを和らげる。
「っし、行けるか?」
「はい!」
理央が骨を抜けたことを確かめると、駆と有為は息を合わせて再び得物を振り上げた。
「せーの!」
2つの刃が先刻まで突き刺さっていた位置を、寸分たがわず打ちつける。めきめきと音を立てて、妖の尾が落ちた。頭骨が絶叫するように口を開いた。
「もうふようさんは傷つけさせません!」
たまきの蒼鋼壁が跳ね返した骨が、頬に刺さる。
「自分たちも続くであります!」
「了解!」
その骨ごと、アキラは妖の頭を殴り飛ばした。岩より硬い漆黒のこぶしが頭骨の下半分を粉砕する。飛び上がった凛が首のつなぎ目を突きでえぐり、上半分も床に落ちて後を追った。
「っしゃ!」
尾と頭を失った骨格が、きしみながら倒れていく。本棚に体を預けながらも、妖はまだ抵抗するように動いていた。背骨がくねり、再び小骨が撒き散らされる。
「うあっ……!」
空中で攻撃を受けた凛の身体が、どさりと横ざまに着地した。
「まだ暴れんのか!」
「そろそろ限界は近いはずですが」
「あと一息だよ」
息を切らす駆と有為に、理央はうなずく。
「これ以上長引かせたくない。一気に」
「一気に叩こやないか!」
理央の言葉を、よろよろと立ち上がった凛が引き取った。どんな傷を負っても、刀を床につき縋ることだけはしない。
「焔陰流21代目(予定)焔陰凛、推して参る!」
焔の刀紋をともしびに反射させ、凛は妖の体の中央目がけて飛びかかった。1本、2本。並んだ骨を刃が抉り取る。理央の右手から放たれた紐のついた苦無は、2つの切り痕の真ん中に突き刺さった。妖はもがくが、抜けない。
「逃がさないよ!」
「この部屋で、倒します!」
たまきが床を踏み鳴らす。ぐうっと盛り上がった土が床板を破り、魚の胴をつなぎとめた。
「行きます!」
「おう!」
力を振り絞り、有為と駆も走る。振りかぶった斧と鉈の面で狙うのは、骨ではなく苦無だ。
「これで!」
「最後!」
2人のパワーで根元まで押し込まれた苦無は、楔となって背骨を真っ二つに分断した。折れた箇所から、背骨はさらさらと砂のように崩れ落ちていく。他の骨も後に続く。終わった。誰もがそう思った瞬間
「こんばんはー?」
「ふようさーん」
親子連れが壊れた入口から顔をのぞかせた。覚者たちが気を取られた一瞬、消えかけた骨格から自身を引きちぎるように、1本の骨が離れる。
「え」
ぱきっ、という音に親子が反応できた時にはもう、妖の最期の一撃は彼らを目指して飛び始めていた。女性が悲鳴を上げて手を伸ばすが、到底届かない。全身の悪意を1本の骨に込め、ドリルのように直進する骨は
「はあっ!」
直後、付喪の右手に砕かれる。
「お怪我はないでありますか?」
親子の前に立ちはだかりざま、顔の前に構えた手を振り抜いて、正確に骨の先端を打つ裏拳。目にもとまらぬ、しかし美しい体術で2人を守ったアキラは、入口を振り向いて敬礼の姿勢をとった。
「少々取り込んでおりましたが、今終わりましたのでご安心ください。あ、我々、通りすがりのおせっかいではありますが、後片付けはきちんとさせていただくであります」
●妖の消えた部屋
「はしゃぎすぎてしまいまして、掃除の間、ふようさんは子供達を連れ出しているのであります」
「帰ってきたら703号室に送ってやるから安心してくれ」
アキラのワーズ・ワースの力を使った説得に、50間近の姿に戻った駆が言葉を添える。母親にくっついた男の子は、言葉がわからないらしく半べそをかいていたが、理央が優しく頭をなでると落ち着いたようだった。
「この子、眠くなっちゃったみたいだよ。おうちで寝かせてあげて」
母子を見送る理央の背中には、植物系守護使役のリーちゃんが隠れていた。
「まあ、話が通じない以上しょうがないよね」
3人が説得にあたっている間に、部屋はある程度きれいさを取り戻していた。
「ごみはこれで全部やな?」
凛が積み上げたごみ袋の中には、ぼろぼろのマンガやクッション、そして妖の変化した砂が詰まっている。アキラと駆で倒れた本棚を起こすと、部屋は細かな穴と床の大穴を除いてほぼ元通りになった。
「……ごめんなさい」
「いいよ」
うつむいたたまきの声に、床におろされた女性は力なく首を振った。
「ぼくも出ていかなくちゃだったよ。頼られて嬉しくて、楽しくて居座っちゃったけど……今日あれが来たのだってぼくのせいだよ。子供達を怖い目にあわせた」
「そのことなんだけど」
治癒を続けながら、理央が口を開いた。缶はまだ女性が抱えたままだ。
「ボクの守護使役には、他人の記憶をすいとる力があるんだ」
「知ってるよ。でもいいよ」
あっさりと投げやりですらある返答に、理央の方がたじろいだ。
「必要ない、ってこと?」
「ぼくの記憶全部消すのは無理だよね。だったら子供を襲った怪物だと、思われた方がいいよ。怪物が死んでいなくなったって」
「嘘」
有為が台詞をさえぎる。声こそクールだが、目はうるんでいた。
「『ふようさん』を覚えていてほしいと思える子供達だからこそ、守れたんじゃないの?」
「ご自身のことを知られるかもしれない力を、子供達を傷つけないために使ったんですよね」
たまきがひざまづき、女性の手を取る。
「どうか、子供達の前から消えたりしないで下さい……ね?」
「『ふようさんな、ずっと皆の事心配して護ってたんやで』『あんたらずっと寝てたで』うちらもどっちでも話合わすし」
「力の及ぶ限りお手伝いさせていただくであります」
「んで一段落したら飯でも食わねえ? 妖のことでも俺たちにできることあるだろうし」
凛、アキラ、駆もそれぞれに励ましの言葉をかけた。女性の頬を、呪符から湧き出るしずくとは違う水滴が伝う。それに気づかないふりをして、理央は締めくくった。
「キミの生活を壊す気はないよ。どっちを選んでくれてもいい」
「……ぼくは」
意を決したように、女性は治りきった手をぱちんと叩いた。姿が掻き消え、部屋が一気に4畳ほどに縮まる。床は穴で埋め尽くされた。
「『ぶよ』だよ。ものの広さと見た目は自由にいじれるよ。でも……心はどうにもできない」
残された缶の上に、小さな蜂のような虫が止まっていた。
「『ふようさん』……?」
「ぼくは、まだここにいたいよ。楽しい遊び相手でいたいよ」
駄々っ子のように唱えながら、女性が姿を現す。目と鼻が赤い。
「だから」
「わかったよ」
理央と一緒に全員がうなずいた。リーちゃんを従え、理央はぶよに言う。
「開けて。今日の記憶をすいとるよ」
管理人室の扉には手作りのチラシが貼ってあった。
「ハロウィンは元々悪霊などに対する魔除けの意味もあったそうですが、この時勢ですと『わるいもの』が出るのに時期など選びませんね」
『アイティオトミア』氷門 有為(CL2000042)は口にしてから、ふと怪訝な顔をする。
「この辺は細い路地と民家ばっかだ。管理人室にも正面から入るしかなさそう……ん?」
団地を1周してきた『オレンジ大斬り』渡慶次 駆(CL2000350)も、全員が扉を見つめていることに気付いて足を止めた。
「何だ?」
「はい、この扉なんですが」
賀茂 たまき(CL2000994)が代表で言葉を返す。
「中に妖がいるのに、音もしない。傷もない……これも『ふようさん』の古妖の力なんでしょうか」
「人々の中で暮す古妖か。害意がなければ積極的に守りたい存在だね」
『積極的』に自分を鼓舞するようにアクセントを置いて、四条 理央(CL2000070)はえいっとドアノブに手をかけた。冷たい感触。見た目はつるんとしているが、金属に無数の傷がついているのが皮膚でわかる。
「骨の先で引っかいたような傷があるよ。やっぱり」
妖はここにいる。そして扉には『ふようさん』の力が働いている。
「子供達を護ろうとしとるんやろ? ならそれだけで救う理由には十分、ちゃっちゃと魚の骨を砕いたろか!」
ためらいを吹き飛ばすようなからりとした声で宣言して、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が抜刀した。
「子供たちも管理人さんも、なんとしても救い出さねば!」
『六尺様は練り歩く』犬童 アキラ(CL2000698)の台詞に全員がうなずく。それを確認して、形式上ノックをしてから、理央は扉を引き開けた。
●妖の部屋
「何や骨って言うても出汁くらいとれるんかと思ったらえらいきったない骨やなぁ」
真っ先に飛び込んだ凛は、部屋の入り口をふさいでいる檻のような骨に向かって頓狂な声を上げる。
「出涸らしのお茶っ葉より酷い、でっ!」
燃え盛る焔の刀紋をひらめかせ、目にもとまらぬ速さで2度振り抜いた。尾に近い骨が跳ね飛び、入口に近い蛍光灯に命中する。ガラスの雨が凛に降りそそいだ。
「わっ、危ないです」
たまきが素早く土の鎧を纏い、破片を止める。部屋の外から駆が呼びかけた。
「おーい、中の子供らは見えるか? ふようさんは?」
「そうですね、暗くて」
振り向いて答えかけた腕にぷすりと、ガラスではない何かが刺さった。
「全体攻撃……?」
有為が身構える前に、色の白い手がその胸を突き飛ばす。
「たまきちゃん!」
悲痛な叫び声の直後に理央の手からノブがもぎ取られた。部屋の外の仲間を守るために、たまきがとっさの判断でドアを閉めたのだ。有為が慌てて開け直そうとしたが開かない。ドアに骨の刺さる音がする。
「解身(リリース)!」
凄まじい音と光とともに力を解放したアキラが、黒鋼色の機械となった手で強引にドアを引いた。がこんと音がして戸板が蝶番から外れ、ノブにしがみつくように体を丸めたたまきが引きずり出されてくる。骨の雨は止んでいた。
「……み、皆さん、大丈夫ですか?」
「おう、お前も無事みてえだな」
駆が戸板ごと倒れこむ細身を受け止める。出血こそあるが、刺さった骨は足元に落ちたものの3分の1の数もなかった。
「焔陰流、舐めてもらったら、困る、わ……っ」
腕から血を滴らせて凛が座り込む。動体視力で見切った骨を片っ端から叩き落とすという力技で、彼女もまた仲間を守っていた。
「2人とも、無茶しすぎだよ」
感謝はするけど、と言いながら、理央はまず凛へと癒しの滴を投げかける。
「ボク達も一緒に戦うんだから」
「皆で帰宅するまでが遠足でありますからな。パーティ、任務とて同じこと!」
凛を下がらせ、床の小骨を踏み砕きながら、アキラが大きな動きで骨に打ちかかった。折れた1本が部屋の奥へ飛んでいって見えなくなる。ドアは外れたが、夕暮れの光では部屋の奥まで届かないのだ。
「窓がないせいか暗いであります」
「電灯も壊されたのかもしれないですね」
炎の力を得て風のように切りかかった有為が、振り上げた斧の先から竜系守護使役を飛ばせる。
「カール。天井の真ん中あたりに」
丸い卵に入った小さな竜は彼女の言葉通り天井に向けて浮き上がり、魚の骨に頭からぶつかった。有為の切った骨も部屋の奥の闇にまぎれる。
「天井まで届く大きさですか……」
「道なら開けてやるぜ。ナウマクサンマンダ・バサラダン・カン!」
高らかに真言を叫んだ駆が、小骨まみれの机の上に飛び乗った。鉈を振り上げた腕が、踏みしめた足が、みるみる若さを取り戻してぐっと引きしまる。ラグビーで培った強靭な筋力が別の1本を切り飛ばした。開いた隙間を抜けて天井についたカールは、中央を目指して移動する。
「……これは」
ともしびに照らし出された部屋を見て、たまきは息を飲んだ。
部屋中の至る所に針のような小骨が刺さり、散乱したクッションやマンガは針山のようになっている。3メートルの魚の骸骨は、尾を入り口に向け、部屋の手前を三角に仕切る壁のように鎮座していた。ぽっかりと空いた目を持つ頭骨は、棚の陰を見ている。
「……う」
呻き声と一緒に、ぼろぼろのクッションが床に転がった。それを盾にしていたらしい女性が、後を追ってぱたんと倒れ伏す。
「ふようさん、ですよね」
確認するように呼ばれた名前に顔をあげて、女性は戦っている覚者たちに目を見開いた。
「……! 危ないよ……出てって……」
「お心遣い痛み入ります。が、従えないのであります!」
「信じられないかもしれませんが、私たち、あなたを助けに来たんです」
黒鋼色の正拳と伝説の詩人の名を冠した斧が、また太い骨を砕く。が、女性はうわ言のようにだめだと繰り返すばかりだ。
「だめだよ、ここ、は……部屋の外なら……骨、来ない……」
「来ない? それはキミの力で?」
思わず尋ねた理央の声に、女性がうなずいた。
「だから、逃げ」
「いや、逃げない」
壊れたドアにちらっと目をやって、理央はきっぱり言った。
「部屋の奥に攻撃が集中すれば、外に被害はないってことだよね。団地の人に被害を広げないためにも、ここで倒さないと」
「なるほどな」
にっと歯を見せた駆は両手で構えた鉈を魚の尾に振り下ろした。尾と背骨の交点、太い骨に刃が食い込む。
「さあ、こっちに来てもらおうか!」
そのまま机を飛び下り、女性と反対側の部屋の隅へと魚の背骨を手繰り寄せる。踏みとどまろうとした妖は、身を震わせて小骨を発射した。覚者たちの身体に白い針が刺さり、赤い血が玉のように吹き出す。
「大人しゅうせい!」
理央の治癒を受けた凛が骨を蹴散らしながら突進し、魚の頭に刀の柄をぶち当てた。突き抜けるような衝撃を受け、頭骨が斜めにかしぐ。できた隙間を、英霊の力を得たたまきの腕が強引に押し広げた。仲間を守る優しい腕は、金属質の固い武器に変わっている。
「ふようさん、しっかりしてください!」
呼びかける身体に再び小骨が突き立っていくが、理央の癒しの滴が流血を止めた。
「なるべく早く決着をつけないと。回復も無限じゃないし、ふようさんもいつまでもつか」
「子供たちも心配であります。急ぎましょう」
焦る気持ちを抑え、アキラはまた別の太い骨を折り取った。大きく振り抜いた拳で、派手な音を立てて弾き飛ばす。首をひねられた妖が、恨めしげに振り向いた。飛ばされた骨は壁に刺さる寸前、尾を引っ張っている駆を指して停止する。
「駆さん、避けて!」
「っ、ぐうっ!」
有為の警告もむなしく、骨がきりもみしながら駆の腿を貫いた。
「理央ちゃん!」
「もちろん」
斧を振るって骨を切り飛ばし、妖の腹にあけた隙間を、有為は理央を守りながら通り抜ける。理央は走りながら神秘の力を左手の術符に込め、水に託して飛ばす。脂汗を流して顔をしかめる駆は、しかし理央が骨に手をかけても鉈の柄を離さなかった。
「痛いだろうけど、抜かせてもらうよ」
「やってくれ。俺はこいつを放す気はねえけど、な!」
引き戻された鉈をさらに深く食い込ませながら、駆は後ろに倒れこむように体重をかけた。有為がその隣に立ち、自身の弾斧の刃も背骨に打ちこむ。元の位置に戻りかけた妖は、ぐいと部屋の奥に引き寄せられた。
「凛ちゃん、たまきちゃん、今のうちに!」
「おっしゃ!」
棚と頭骨の間にあいた通路を、凛はたまきの手を引いて猛スピードで駆け抜ける。幾本もの小骨が刺さった腕を肩に回して、たまきが女性を助け起こした。
「ふようさん、大丈夫ですか?」
女性が逆の腕でセーターの下を庇うのを、凛は目ざとく見つけていた。編み目の下に、缶の形が透けている。
「そん中なら安心やな」
呟いた凛の言葉に、たまきも女性が抱えているものに目を向けた。視線に気づいた女性が、大きくはない缶をぎゅっと抱きしめる。まるで宝物でも入っているかのように。
「自分を盾にしてまで……子供達のことをどれだけ大切に思っているかが伝わりました」
たまきの生成する蒼みがかったシールドが、女性を妖から守るように立ちはだかる。
「よくぞ子供を守ってくれた、ありがとう」
「今少しそのままお待ちいただきたいであります」
「妖は私達が倒します。安心して」
「怪我は後からボクが治すから」
駆が、アキラが、有為が、理央が、シールドの向こうから呼びかける。くずおれそうになった身体を、たまきと凛が支えて本棚の影に避難させる。缶を抱えてうずくまった女性は、ありがとう、と蚊の鳴くような声で言った。
「ふようさん、とんかく子供達を頼むで!」
片頬でほほ笑むと凛はシールドを飛び越える。下あごの骨をなぐように降り抜き、返す刀で片方の眼窩に溝を刻んだ。妖はのたうち、背骨をCの字に曲げていく。自分を骨の檻にして、駆、有為、理央を本棚との間に閉じ込める気のようだった。ぶるぶると体を震わせ、小骨を発射する。
「また、全体攻撃……っ」
理央と駆をかばった有為が膝をつく。
が、それで怯む覚者たちではなかった。
「それで追い詰めたつもりかよ」
「……穴ならさっき、私が開けましたよ」
相手を自分たちに切り替えたと見るや、駆は骨に食い込ませた2つの刃をゆすって外した。命を削って立ち上がった有為の武器も一緒に抱え、彼女の盾になりながら妖の腹を走り抜ける。散々骨を折り取られた魚の腹は、櫛の歯が欠けたようになっていた。2人に続いて背骨の下をくぐりつつ、理央は左手の術符から水煙を生み出す。
「全員に攻撃しても、もう無駄だよ」
元素の力の宿った霧は、ともしびにきらめきながら部屋全体に広がった。覚者たちの傷をふさぎ、痛みを和らげる。
「っし、行けるか?」
「はい!」
理央が骨を抜けたことを確かめると、駆と有為は息を合わせて再び得物を振り上げた。
「せーの!」
2つの刃が先刻まで突き刺さっていた位置を、寸分たがわず打ちつける。めきめきと音を立てて、妖の尾が落ちた。頭骨が絶叫するように口を開いた。
「もうふようさんは傷つけさせません!」
たまきの蒼鋼壁が跳ね返した骨が、頬に刺さる。
「自分たちも続くであります!」
「了解!」
その骨ごと、アキラは妖の頭を殴り飛ばした。岩より硬い漆黒のこぶしが頭骨の下半分を粉砕する。飛び上がった凛が首のつなぎ目を突きでえぐり、上半分も床に落ちて後を追った。
「っしゃ!」
尾と頭を失った骨格が、きしみながら倒れていく。本棚に体を預けながらも、妖はまだ抵抗するように動いていた。背骨がくねり、再び小骨が撒き散らされる。
「うあっ……!」
空中で攻撃を受けた凛の身体が、どさりと横ざまに着地した。
「まだ暴れんのか!」
「そろそろ限界は近いはずですが」
「あと一息だよ」
息を切らす駆と有為に、理央はうなずく。
「これ以上長引かせたくない。一気に」
「一気に叩こやないか!」
理央の言葉を、よろよろと立ち上がった凛が引き取った。どんな傷を負っても、刀を床につき縋ることだけはしない。
「焔陰流21代目(予定)焔陰凛、推して参る!」
焔の刀紋をともしびに反射させ、凛は妖の体の中央目がけて飛びかかった。1本、2本。並んだ骨を刃が抉り取る。理央の右手から放たれた紐のついた苦無は、2つの切り痕の真ん中に突き刺さった。妖はもがくが、抜けない。
「逃がさないよ!」
「この部屋で、倒します!」
たまきが床を踏み鳴らす。ぐうっと盛り上がった土が床板を破り、魚の胴をつなぎとめた。
「行きます!」
「おう!」
力を振り絞り、有為と駆も走る。振りかぶった斧と鉈の面で狙うのは、骨ではなく苦無だ。
「これで!」
「最後!」
2人のパワーで根元まで押し込まれた苦無は、楔となって背骨を真っ二つに分断した。折れた箇所から、背骨はさらさらと砂のように崩れ落ちていく。他の骨も後に続く。終わった。誰もがそう思った瞬間
「こんばんはー?」
「ふようさーん」
親子連れが壊れた入口から顔をのぞかせた。覚者たちが気を取られた一瞬、消えかけた骨格から自身を引きちぎるように、1本の骨が離れる。
「え」
ぱきっ、という音に親子が反応できた時にはもう、妖の最期の一撃は彼らを目指して飛び始めていた。女性が悲鳴を上げて手を伸ばすが、到底届かない。全身の悪意を1本の骨に込め、ドリルのように直進する骨は
「はあっ!」
直後、付喪の右手に砕かれる。
「お怪我はないでありますか?」
親子の前に立ちはだかりざま、顔の前に構えた手を振り抜いて、正確に骨の先端を打つ裏拳。目にもとまらぬ、しかし美しい体術で2人を守ったアキラは、入口を振り向いて敬礼の姿勢をとった。
「少々取り込んでおりましたが、今終わりましたのでご安心ください。あ、我々、通りすがりのおせっかいではありますが、後片付けはきちんとさせていただくであります」
●妖の消えた部屋
「はしゃぎすぎてしまいまして、掃除の間、ふようさんは子供達を連れ出しているのであります」
「帰ってきたら703号室に送ってやるから安心してくれ」
アキラのワーズ・ワースの力を使った説得に、50間近の姿に戻った駆が言葉を添える。母親にくっついた男の子は、言葉がわからないらしく半べそをかいていたが、理央が優しく頭をなでると落ち着いたようだった。
「この子、眠くなっちゃったみたいだよ。おうちで寝かせてあげて」
母子を見送る理央の背中には、植物系守護使役のリーちゃんが隠れていた。
「まあ、話が通じない以上しょうがないよね」
3人が説得にあたっている間に、部屋はある程度きれいさを取り戻していた。
「ごみはこれで全部やな?」
凛が積み上げたごみ袋の中には、ぼろぼろのマンガやクッション、そして妖の変化した砂が詰まっている。アキラと駆で倒れた本棚を起こすと、部屋は細かな穴と床の大穴を除いてほぼ元通りになった。
「……ごめんなさい」
「いいよ」
うつむいたたまきの声に、床におろされた女性は力なく首を振った。
「ぼくも出ていかなくちゃだったよ。頼られて嬉しくて、楽しくて居座っちゃったけど……今日あれが来たのだってぼくのせいだよ。子供達を怖い目にあわせた」
「そのことなんだけど」
治癒を続けながら、理央が口を開いた。缶はまだ女性が抱えたままだ。
「ボクの守護使役には、他人の記憶をすいとる力があるんだ」
「知ってるよ。でもいいよ」
あっさりと投げやりですらある返答に、理央の方がたじろいだ。
「必要ない、ってこと?」
「ぼくの記憶全部消すのは無理だよね。だったら子供を襲った怪物だと、思われた方がいいよ。怪物が死んでいなくなったって」
「嘘」
有為が台詞をさえぎる。声こそクールだが、目はうるんでいた。
「『ふようさん』を覚えていてほしいと思える子供達だからこそ、守れたんじゃないの?」
「ご自身のことを知られるかもしれない力を、子供達を傷つけないために使ったんですよね」
たまきがひざまづき、女性の手を取る。
「どうか、子供達の前から消えたりしないで下さい……ね?」
「『ふようさんな、ずっと皆の事心配して護ってたんやで』『あんたらずっと寝てたで』うちらもどっちでも話合わすし」
「力の及ぶ限りお手伝いさせていただくであります」
「んで一段落したら飯でも食わねえ? 妖のことでも俺たちにできることあるだろうし」
凛、アキラ、駆もそれぞれに励ましの言葉をかけた。女性の頬を、呪符から湧き出るしずくとは違う水滴が伝う。それに気づかないふりをして、理央は締めくくった。
「キミの生活を壊す気はないよ。どっちを選んでくれてもいい」
「……ぼくは」
意を決したように、女性は治りきった手をぱちんと叩いた。姿が掻き消え、部屋が一気に4畳ほどに縮まる。床は穴で埋め尽くされた。
「『ぶよ』だよ。ものの広さと見た目は自由にいじれるよ。でも……心はどうにもできない」
残された缶の上に、小さな蜂のような虫が止まっていた。
「『ふようさん』……?」
「ぼくは、まだここにいたいよ。楽しい遊び相手でいたいよ」
駄々っ子のように唱えながら、女性が姿を現す。目と鼻が赤い。
「だから」
「わかったよ」
理央と一緒に全員がうなずいた。リーちゃんを従え、理央はぶよに言う。
「開けて。今日の記憶をすいとるよ」

■あとがき■
お帰りなさいませ。お疲れ様でした。
皆さんのお力で子供たちとふようさんの未来は守られました。
誰に知られなくても、ふようさんは感謝してくれるはずです。
MVPは『守る』ことを常に考えていらした賀茂 たまきさんにお贈りします。
ご参加ありがとうございました。
皆さんのお力で子供たちとふようさんの未来は守られました。
誰に知られなくても、ふようさんは感謝してくれるはずです。
MVPは『守る』ことを常に考えていらした賀茂 たまきさんにお贈りします。
ご参加ありがとうございました。
