水と陸の狭間に潜むモノ
●木霊する叫び
夕暮れ時の河川敷だった。
高校生……いや、体育会系の学生ゆえに体格はいいが、幼さの濃い顔立ちからすると中学生だろう。十数人の少年たちが野球をしている。
試合は大詰め、八回の裏だ。先攻のチームは五点を入れており、後攻の今から攻めるチームは一点しか獲得していない。ここから、逆転ができるのか。最初の打者は緊張した面持ちでいる。
ふと西の空を見やると、夕日は沈み、わずかに赤い光を残すのみ。それもまもなく消えていき、空は青紫色。それから黒へと変わっていく。
――夜が来る。この国に暮らす者なら、中学生でも知っている。この時間帯がただ家へと帰り、夕食を食べ、眠るだけの時間ではないことを。
だが、途中で試合をやめる訳にはいかない。後少し。後少しで決着がつくのだから、どうかそれまでプレーしていたい。それに、川は流れているがここは人の生活圏だ。夜にだって明かりは数多くあるし、滅多なことでは奴らが現れることもないだろう。
そう誰もが思っていたからこそ、試合は続いていた。
試合は続く。夏の日に河川敷で遊ぶのは気持ちがよかった。飲めるほど奇麗な川ではないが、手足を浸したりするぐらいなら問題がないし、風が吹く度にいくらかの涼を取ることができる。
しかし、年若い彼らは、水が人の生活に欠かせないものである反面、水辺にはよからぬものが潜んでいる、そう古来より言われていることを知らなかった。あるいは、知っていてもそのことを完全に失念してしまっていた。
そいつは、ボールが高く打ち上げられたのと同時に、姿を現した。元より妖は夜に現れるものだが、蝦蟇――ヒキガエルとは夜行性の生き物だ。それが妖と化したものであっても、その生態は大きくは変わらない。
川から飛び出した大蝦蟇は、グゴ、グゴ、と人間流に言うなら、喉に何かが引っかかっているかのような、耳障りな声で鳴き、川のすぐ傍、三塁を守っていた少年に襲いかかった。一メートルはあるかといった巨体が、少年の体を押し潰す。
「う、うわぁ!!!」
それを多くの少年たちは呆然と、アニメか何かのワンシーンのように眺めていたが、一人の冷静なのか冷静じゃないのかわからない少年が大声を出し、それに釣られて他の少年たちも意味のない叫びを上げた。
試合の終盤とはいえ、野球を楽しむだけの体力や脚力を備えた少年たちだが、一人も逃げ出そうとはしない。完全にパニックを起こし、腰が抜けてしまっている。
更に大蝦蟇は川から二体現れる。そいつらは無表情に、それが当たり前のことのように淡々と少年たちを襲う。十数人の少年が全滅するのに、そう多くの時間はかからなかった。
●
「――ということなんだ。遊んでいるやつらを片っ端からやっちまうなんて、むかっ腹が立つ妖だろ?夢で見た河川敷の場所はもうわかってる。今から行けば、夕暮れ時には間に合うと思うぜ」
夢見の一人である久方相馬(nCL2000004)は集まった覚者たちに自分が見た夢の内容を説明した後、拳を強く握りしめた。彼に戦う力はないが、妖たちが引き起こす事件の夢を見る度に、強い憤りを感じていた。
「やってもらいたいことは二つ。時間に余裕があるはずだから、まずは野球をしている学生たちを避難させてくれ。試合のいいところなんだし、反発もあると思うけど、上手いこと説得して、できるだけ川からは引き離してやらないとな」
ま、緊急事態なんだし、怒鳴り飛ばして帰らせてもいいぜ、と笑いながら言う。
「ただし、あんまり騒ぎを大きくしたくないし、FiVEの名前は出さないでくれよな。んで、学生たちを避難させた後は、大蝦蟇を三体とも倒しちまってくれ。ま、そこまで難しいことじゃないだろ?信じてるぜ、みんな」
夕暮れ時の河川敷だった。
高校生……いや、体育会系の学生ゆえに体格はいいが、幼さの濃い顔立ちからすると中学生だろう。十数人の少年たちが野球をしている。
試合は大詰め、八回の裏だ。先攻のチームは五点を入れており、後攻の今から攻めるチームは一点しか獲得していない。ここから、逆転ができるのか。最初の打者は緊張した面持ちでいる。
ふと西の空を見やると、夕日は沈み、わずかに赤い光を残すのみ。それもまもなく消えていき、空は青紫色。それから黒へと変わっていく。
――夜が来る。この国に暮らす者なら、中学生でも知っている。この時間帯がただ家へと帰り、夕食を食べ、眠るだけの時間ではないことを。
だが、途中で試合をやめる訳にはいかない。後少し。後少しで決着がつくのだから、どうかそれまでプレーしていたい。それに、川は流れているがここは人の生活圏だ。夜にだって明かりは数多くあるし、滅多なことでは奴らが現れることもないだろう。
そう誰もが思っていたからこそ、試合は続いていた。
試合は続く。夏の日に河川敷で遊ぶのは気持ちがよかった。飲めるほど奇麗な川ではないが、手足を浸したりするぐらいなら問題がないし、風が吹く度にいくらかの涼を取ることができる。
しかし、年若い彼らは、水が人の生活に欠かせないものである反面、水辺にはよからぬものが潜んでいる、そう古来より言われていることを知らなかった。あるいは、知っていてもそのことを完全に失念してしまっていた。
そいつは、ボールが高く打ち上げられたのと同時に、姿を現した。元より妖は夜に現れるものだが、蝦蟇――ヒキガエルとは夜行性の生き物だ。それが妖と化したものであっても、その生態は大きくは変わらない。
川から飛び出した大蝦蟇は、グゴ、グゴ、と人間流に言うなら、喉に何かが引っかかっているかのような、耳障りな声で鳴き、川のすぐ傍、三塁を守っていた少年に襲いかかった。一メートルはあるかといった巨体が、少年の体を押し潰す。
「う、うわぁ!!!」
それを多くの少年たちは呆然と、アニメか何かのワンシーンのように眺めていたが、一人の冷静なのか冷静じゃないのかわからない少年が大声を出し、それに釣られて他の少年たちも意味のない叫びを上げた。
試合の終盤とはいえ、野球を楽しむだけの体力や脚力を備えた少年たちだが、一人も逃げ出そうとはしない。完全にパニックを起こし、腰が抜けてしまっている。
更に大蝦蟇は川から二体現れる。そいつらは無表情に、それが当たり前のことのように淡々と少年たちを襲う。十数人の少年が全滅するのに、そう多くの時間はかからなかった。
●
「――ということなんだ。遊んでいるやつらを片っ端からやっちまうなんて、むかっ腹が立つ妖だろ?夢で見た河川敷の場所はもうわかってる。今から行けば、夕暮れ時には間に合うと思うぜ」
夢見の一人である久方相馬(nCL2000004)は集まった覚者たちに自分が見た夢の内容を説明した後、拳を強く握りしめた。彼に戦う力はないが、妖たちが引き起こす事件の夢を見る度に、強い憤りを感じていた。
「やってもらいたいことは二つ。時間に余裕があるはずだから、まずは野球をしている学生たちを避難させてくれ。試合のいいところなんだし、反発もあると思うけど、上手いこと説得して、できるだけ川からは引き離してやらないとな」
ま、緊急事態なんだし、怒鳴り飛ばして帰らせてもいいぜ、と笑いながら言う。
「ただし、あんまり騒ぎを大きくしたくないし、FiVEの名前は出さないでくれよな。んで、学生たちを避難させた後は、大蝦蟇を三体とも倒しちまってくれ。ま、そこまで難しいことじゃないだろ?信じてるぜ、みんな」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.野球をしている学生たちを避難させる
2.大蝦蟇×3の撃破
3.なし
2.大蝦蟇×3の撃破
3.なし
βシナリオということで、どんな方にも存分に力を振るっていただけるようなシナリオを作らせていただきました。少し気持ち悪い、大きなカエルの妖を相手に、皆さまのキャラクターの活躍を描くことができれば、と考えております。
●討伐対象:大蝦蟇(生物系・ランク1)×3
体長一メートルほどの、大きなカエルの妖です。知能は高くなく、近くにいる相手を攻撃します。カエルではありますが、陸上でも長く活動することができます。
使用スキル
・ジャンププレス(A:物近単)……大きく飛び上がった後、踏み潰してくる攻撃です。威力は大きめですが、命中は低めです。
・水鉄砲(A:特遠単)……口から圧縮された水の弾丸を放ちます。弾速はありますが、それほどの威力はありません。
仲間と連携する、傷ついた相手を狙う、ピンチになると水へ逃げる、といった戦略的な行動は取りませんが、遠距離攻撃を持つため、距離を取る意味はあまりありません。上手く役割分担して、各個撃破してもらえれば、と思います。
戦いの場所となる河川敷は野球ができるほどの広さがあるため、戦う上でこれといった不都合はありません。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
0LP[+予約0LP]
0LP[+予約0LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年08月16日
2015年08月16日
■メイン参加者 8人■

●避難を急げ!
七回の表。既に試合の大局は決したと言ってもいい。この回までに先攻は四点を取り、そして今からエースがホームベースに立つ。更に一点入れば、相手の精神面にも更なる追撃を与えられることだろう。
控えの選手たちも、緊張した面持ちでエースを見送る。そして、彼はおもむろにバットを持ち上げた。更にその先で夕暮の空を示す。予告ホームラン。思わず控えが沸く。
そこに、この先の未来を夢見から聞き、無事にエースが追加点を入れることも、その後の後攻チームが得点することがないこと。更にその後、野球の試合どころではなくなることを知っている者たちが辿り着いた。
「ずいぶんと盛り上がっているようですわね。なんだか邪魔をするのも無粋な気がしますけど、仕方がありませんわ」
『番犬』カトラ・ドォルズ(CL2000038)が野球少年たちを見てつぶやく。一般人である少年たちの避難、そしてこれから現れる妖の討伐を目的とした覚者たちの内、女性陣は少年たちの気を引くことを担当することになっていた。
「余にかかれば、俗物どもの気を引くなど造作もないこと。神をも欺く余の演技力を見るがよい!」
独特の口上と共に、『遠い記憶のルシファー』久遠 流子(CL2000617)が息を巻く。
「私は演技なんてできそうにないので、賑やかしとして後ろにいますね……」
対照的に『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)は無表情に二人の後ろに立つことにした。実は到着した覚者の中にはもう一人、女性はいるのだが、彼女は容姿の都合もあって後から合流するつもりでいる。
「みなさん、盛り上がっていますね!何をされているのですか?」
最初にカトラが近くにいた少年に声をかける。彼はついさっき三振したばかりであり、落ち込んでいたのが狙い目だと一行は判断したのだった。
「えっ、野球だけど……というか、君、誰? この辺じゃ見ないけど」
男ばかりで野球をしていたところに、突然女性。しかもカトラのような金髪碧眼の外国風の美少女が現れ、少年は思わずたじろく。その頬は紅潮していて、早くも色仕掛けの効果が出ているようだ。
「野球、といいますの? 私、この国には来たばかりで、よく知りませんの。よければ、詳しく教えてくださらない?」
カトラはここぞとばかりに少年に擦り寄る。すると、効果てきめん。少年は思わずにやけ顔になる。
「え、ええ……でも、試合中だし、いくらしばらく打順が回ってこないと言っても……」
それでも必死に己を保とうとするのは、スポーツマンとしての誇りなのかもしれない。
「あの、申し訳ありません……。私にも詳しく話してくださりませんか?」
更に、流子が追い打ちをかけるように迫った。しかも、服の胸元をぱたぱたと仰ぎ、白い肌がちらついている。もう騒ぎは一人の少年では収まらず、周りのメンバーも集まって大事となってきた。
少年たちも中学生、女性陣三人も同年代ということもあり、野球少年たちは戸惑いながらも、もう野球なんてそっちのけでいいや、というような雰囲気になってしまってきている。それでいいのか、スポーツマンよ。
「そ、それでさ、君たちなんでこんなところに? まさか俺たちの試合を見に来てくれたの?」
ありもしないことを口走る。色香にほだされた少年の妄想は無限大だ。
「お~うィ! ここは雨降ると川が増水してヤバイっぽいぞぉ!」
そこに、ある意味でこの場にふさわしくない大人の男性の声が響き渡った。椎野 天(CL2000864)が他の覚者たちも引き連れて、夜回り先生として少年たちを追い払いにきたのだ。
「えっ、増水?」
「そうです。なんでも上流で雨が降ったそうで、氾濫の危険性があるとか」
燐花もこれぐらいなら言える、と仲間を援護する。少年たちはデレデレ顔から一転、疑問といくらかの恐怖心に満たされる。
「そうなんだよ、増水したら危ないだろ? ここらへんで切り上げてもらっていいかな?」
天が演じる夜回り先生、ビッグマグナムテンさん先生の生徒役の鳴海 蕾花(CL2001006)が一番発言力のありそうなキャプテン格を説得する。しかし、キャプテンは川の増水よりも別なことに気を取られていた。
「でっか……」
蕾花は腕を組み、ただでさえ豊満な胸を更に大きく強調していたものだから、健全な青少年の視線は嫌でもそれに集中してしまう。蕾花はその視線にうんざりしながらも、とりあえず注意を惹くという役目は果たせて安心していた。
「へへっ、なんだよ、胸ばっかり見てよ。俺に言わせてみれば、他の子のスレンダーな魅力も大したもんだぜ?」
同じく、テン先生の生徒役の『侵掠如火』坂上 懐良(CL2000523)は少年と肩を組んで、馴れ馴れしく一緒に女性陣の品定めを装う。……割と本気なのかもしれないが。
「ボクは検査機関から来たんだけど、今度の増水はかなり酷いことになりそうなんだ。早く避難をしてもらえるかな?」
スーツを着込んだ大男、天羽 ガリクソン(CL2000170)が演じるのは増水の状況を調べるために来た検査機関の役員だ。実は年齢的にはそう少年たちとも変わらないのだが、見た目だけなら大の大人に見えた。
注意を惹く係、少年たちを避難させようとする係。そして、ワル乗りに走る者……と混沌とした空間が出来上がってしまったが、少なくとも野球の試合は崩壊してしまっている。試合への未練を失くした少年たちは声を掛け合い、それじゃあ帰るか、などと言い合ってた。
「そうだぜそうだぜ。良い子は家に帰る時間だ。可愛い女の子もいるみたいだし、きちんと送り届けてやってくれや」
天の言葉を受けて、少年たちは野球道具を直し、覚者の女性陣もろとも帰っていく。しかし、ここで問題が起きてしまった。
「それでさ、君、彼氏とかいないの?」
「何? 余はニンゲンなど……じゃなくて、私はその、恋愛とかは……」
あろうことか、少年たちはまっすぐ家に帰るどころか、少女たちを口説き始めた。当然、歩くスピードはのろのろとしている。空を見ると、既に夕日は沈みかけていた。――時間がない!
「お前ら何やってんだ! この川はこういう天気の時は一気に来るんだ、水かさが増してからじゃ遅えぞ! 早く逃げろ!!」
そこに、野太い男の大声が叩き付けられた。思わず少年たちも、そしてその声の主が仲間である『ハイパーメディアホームレス』人生谷・春(CL2000611)だということを知っている覚者たちも、びくりと飛び上がる。河川敷に住んでいたホームレスを装った彼が、大声で避難を呼びかけたのだった。
これに泡を食った少年たちは、慌ててその場を走り去っていく。それでもナンパを続けようとしていたのか、覚者たちの腕を引いて走っていたが、いつの間にかにその手は離れ、女性陣は河川敷に引き返していた。
「全く、アホな子たちだわ。こっちはあんたたちを守るためにきたっていうのに」
「同感……」
春は野球少年たちが消えた方向を見やりながら、冷ややかにつぶやく。隣で蕾花もため息をついた。もしも自分が少年たちに手を引かれていたら、反射的に殴ってしまっていたかもしれない、と思いながら。
●
息を切らせて戻ってきた女性陣を迎えて、覚者たちは改めて態勢を立て直した。もうまもなく、倒すべき妖である大蝦蟇が姿を表すはずだ。相手は三体、対する覚者は八人。少し人数バランスは悪くなってしまうが、三人のチーム二つと、二人のチームで迎え討つことになっている。
「おっ、おでましみたいだぜ!」
川の水が不自然に振動したと思うと、大きな水しぶきを上げて巨大なカエルたちが飛び出してきた。懐良は自らの刀を抜いて構えつつ、チームを組む予定だった蕾花の傍に立つ。
「うわっ、覚悟はしてたけど、結構いやな見た目だな……殴ったらなんかぬめぬめが付きそうだ。終わったら、すぐにシャワー浴びないと」
敵である大蝦蟇の見た目は、カエルをそのまま巨大化させたような、特に女性には嫌悪感を与えるものだ。蕾花は拳を固め、向かってくる敵に第一撃をお見舞いした。猫のそれに変化した拳が、ぶよぶよの表皮を切り裂く。
すぐに相手は足に向けて舌を伸ばす反撃を試みたが、蕾花は持ち前の反応速度でこれを避ける。もしも当たっていれば、足を絡め取られてしまっていたかもしれない。大蝦蟇の舌は表皮以上にぬるぬる、ぬめぬめとしていた。
「おー、やるぅ! 正直、このまま蕾花とカエルの大格闘を見物してたい気もするけど、仲間として無視はできないよな。錬覇法!」
前衛二人の攻撃的なチームだが、考えなしに攻撃を繰り出していては、互いの持ち味を殺してしまう。懐良はまず自己強化に務め、決定的なチャンスに斬り込む準備を固めた。
「私がお守りしますわ! 機化硬!」
一方では、流子、カトラ、天の戦いが始まっている。まずはカトラが前衛に出て自身の守りを固め、味方の盾となる。後衛である流子の力を活かすために最適な作戦だ。
「カトラちゃん、このタフなナイスガイのことも忘れないでくれよな!」
誰かが高速で突っ込んできたかと思えば、蔵王による防御の強化を終えた天だ。足をローラーに変化させているので、文字通り、大蝦蟇とカトラの間に滑り込んで一撃をお見舞いする。
「ナイスですわ! さて、私も!」
天の攻撃に呼応して、カトラも斧で追撃を与える。二人の猛攻に、敵は自由な行動を取れずにいた。
「ふむ……あの様子では、ニンゲンどもだけで十分ではないのか? しかし下賤な妖など、余の前に長くのさばらせてはおれぬな。ひとつ、我が力を見せつけてやろうぞ」
完全に大蝦蟇の注意はカトラと天に向いている。流子はその間に錬覇法による強化を済ませ、続く攻撃の準備に入る。
「……よし。ニンゲンよ! 一時引くがよい。余の一撃をその妖に食らわせてやろう」
「おっと、準備万端ってか? カトラちゃん、近くにいると味方の攻撃に巻き込まれちまうぜ!」
「ええ! すぐに離れましょう」
大蝦蟇の頭上には、既にカトラが呼び出した雷雲が浮かんでいる。薄闇の中で、雲をかけ巡る雷だけが光を放っていた。
「我、天より堕り立ちて雷を招かん! 落ちよ、召雷!」
雷雲から一筋の雷が放たれ、大蝦蟇の体を直撃する……!
川から出てしばらく経っているとはいえ、その表皮は水と粘液に覆われているため、電撃は一瞬の内に全身を駆け巡り、その体力を激しく奪った。
「ふ、余の手にかかればこんなものだ。余はルシファーなのだからな!」
一仕事終えて、流子は高笑いを上げる。
相手は虫の息だが、まだ完全に倒せたという訳ではない。また二人が前に出て、油断なく構えた。
「よーし、じゃあトドメといこうぜ。カトラちゃん、先に頼む!」
「承りました。これで終わりですわ!」
地面に伸びている相手に対して、容赦なく斧を打ち下ろす。ぐげっ、と耳障りな声を上げる。そこに、天が上から降ってきた。
「て、天さん?」
「琴桜で腹部を硬化して、ボディプレスだ! COOLな意趣返しだろ?」
今回の戦闘では、誰かが大蝦蟇の下敷きにされてしまうことはなかった。しかし、ここに覚者たちが現れなければ、無力な少年たちには確実に訪れていた凄惨な結末だ。完全に動かなくなった相手を確認し、天はニヤリと笑った。
「カエルのモノマネなどしおって、恥ずかしくはないのか?」
「ふふっ、でもいい気味ですわ。さあ、他の仲間の加勢に参りましょう!」
●
同じ頃。燐花、ガリクソン、春もまた陣形を整え、大蝦蟇と対峙していた。こちらも前衛は燐花とガリクソンの二人が務めて、中衛より春が遠隔攻撃を狙う作戦でいる。
「要するに、後はこの妖を倒すだけなのでしょう? この身倒れるまで、戦うのみです」
武器である苦無を両手に、燐花が速度で圧倒する戦いを見せる。大蝦蟇は大きな外見の通り、鈍重で反応速度がよくない。それだけに一撃の威力も大きいが、どんなに破壊力のある攻撃でも、当たらなければ意味をなさない。
「さっすが、やるわねぇ燐花ちゃん。そのまま遠慮なくいっちゃっていいわよ」
大蝦蟇は燐花の動きに翻弄され、中衛である春にまでは気が回っていない。たまに相手が反撃に転じようとしても、ガリクソンが前衛の穴を埋めていた。その間に春は念のために機化硬を使った上で、大蝦蟇の急所へと狙いを定めていた。
「見た感じ、口なんかよさそうね。それに、ぶよぶよのお腹にも思いっきりかましてやれば、いい感じに効きそうだわ」
大蝦蟇は隙さえあれば、大技のジャンププレスをかまそうと、いつでも飛び上がれるような姿勢を保っている。しかし、それは同時に表皮が薄くなっている腹部も晒してしまうリスクを抱えている。妖とはいえ、根本はただのカエルである相手には、その危険性がわかっていないのだろう。
「燐ちゃん、ガリー、ちょっと気をつけなさいよ! 思いっきりやっちゃうんだから!」
大蝦蟇の頭上に雷雲が現れ、雷がほとばしる。ただし、一撃で相手をダウンさせるほどの威力はない。だが、予想外の攻撃を受けた大蝦蟇は目を見開き、口を大きく開いて舌を露出させた。
「ふふっ、そこよ。こいつはアタシからのおごりにしといてあげるわ!」
春が手にしたグレネードランチャーから、凶悪な破壊力を持った擲弾が放たれる。普段は命中率の悪い攻撃だが、自ら作り出したチャンスに対して撃ち込まれた攻撃はしっかりと命中し、相手の口内で大爆発を起こした。
「ナイスです、人生谷さん」
「二人が敵の注意を惹きつけてくれていたお陰よ。さあ、もうひと踏ん張りしましょ。できるだけ、アタシのために射線は開けておいてね」
「よし、わかったよ。ここから一気に決めよう」
前衛の二人はまた敵の目前に飛び出し、左右から挟撃の態勢に入る。目の前が開いているため、遠距離攻撃の水鉄砲が春に向かうが、これに備えるための自己強化だ。大したダメージにはならない。
「そんなヘナヘナの水鉄砲より、アタシの方がよっぽど強いわよ!」
先ほどの召雷で焼け焦げていた腹部に、グレネードランチャーが炸裂する。あまりの衝撃に大蝦蟇はひっくり返り、そこに燐花が武器を振り下ろし、確実なトドメとする。
「……やりました。他の方は?」
「そこだ、炎撃! 懐良、続けてくれ!」
三組はほぼ同時に戦いを始めていたが、さすがに蕾花、懐良の組は他よりも時間がかかっている。しかし、蕾花は暗視を使って薄暗い中でも視界を確保しているため、被弾を最小限に抑え、懐良との連携も順調だ。
「よしきた、飛燕! ……っと、他のカエルはみんなダウンか? おいおい蕾花、俺たちが一番遅いみたいだぜ」
「しゃーないだろ、人数が少ないんだから。それにあたしは手数で攻める方なんだから、火力が欲しいなら、もっとあんたが攻めてくれよ」
「いや、そうは言われても今ので氣力切れだしな……。それになにより、もうちょっと蕾花の観察を……」
「またあんたは、あたしの胸ばっかり見てんのか!」
口論しながらも手は止めず、それぞれの攻撃で大蝦蟇を追い詰めていく。よく周りを見てみると、既に自分たちの戦いを終えた仲間たちが加勢に向かってくれているのがわかった。このまま二人だけでもいずれは倒せそうだが、まだ余力があるらしい味方の手を借りないのはもったいないし、信頼していないみたいで失礼というものだろう。
「鳴海さん、状況はどうですか?」
「ああ、もうちょっとってところかな。一発デカいのを入れてくれたら、あたしが仕留めるよ」
「よう、かねよっちゃん。蕾花ちゃんのことばっかり見てて、真面目に戦ってなかったなんてことはなかったよな?」
「いやだなぁ、天さん。そんな訳ないだろ。しっかり働いてたぜ。ほら見てくれよ、あのどてっ腹の傷。あれも俺の手柄なんだぜ」
声をかけ合いながら、一度体勢を立て直し、各々が残った力で攻撃をしかける。雷が落ち、鋭い斬撃と打撃が相手を貫き、最後の一撃は蕾花と懐良の手に委ねられた。
「蕾花、いい戦いだったぜ。最高の初陣だった」
「な、なんだよ、調子狂うな……。あたしもまあ、いい戦いだったとは思うよ。意外と真面目に戦ってたし」
「意外と、か。それを取ってもらうために、俺もまだまだ精進しないとな」
二人の攻撃が大蝦蟇の体を切り裂き、地面に打ち倒す。これで全ての妖は倒された。覚者たちの初陣は、この後にまで響くような負傷をした者もおらず、大勝利という形で終わった。
「ふ、まあこんなものか。しかし余の力はこんなものでは留まらぬ。いずれ世界は、明けの明星の再臨を知ることとなるだろう……」
「よーし、みんなお疲れさん。ラーメンでも食いに行こうぜ! テンさん先生の奢りだ!」
「そうは言っても、もう結構な時間よ? まだ若い子も多いんだし、まっすぐ帰らせてあげなさいよ」
「いや、俺は別にいいぜ? 結構、腹減ったもんなぁ」
戦いを終えた覚者たちは、それぞれが思い思いのことを口にしながら、戦場となった河川敷を後にした。
しかし、忘れてはならない。戦いの終わりは、次なる戦いの始まりでもある。次に彼らが戦う相手は容易には倒せない強敵かもしれないし、単純な力では解決できない、困難な仕事かもしれない。それでも、それを解決していくのがFiVEだ。
だが、ひとまずは覚者たちの勇戦を称え、勝利を祝福し、次の勝利を祈ろう。
新たなる戦いは、ここから始まる。
七回の表。既に試合の大局は決したと言ってもいい。この回までに先攻は四点を取り、そして今からエースがホームベースに立つ。更に一点入れば、相手の精神面にも更なる追撃を与えられることだろう。
控えの選手たちも、緊張した面持ちでエースを見送る。そして、彼はおもむろにバットを持ち上げた。更にその先で夕暮の空を示す。予告ホームラン。思わず控えが沸く。
そこに、この先の未来を夢見から聞き、無事にエースが追加点を入れることも、その後の後攻チームが得点することがないこと。更にその後、野球の試合どころではなくなることを知っている者たちが辿り着いた。
「ずいぶんと盛り上がっているようですわね。なんだか邪魔をするのも無粋な気がしますけど、仕方がありませんわ」
『番犬』カトラ・ドォルズ(CL2000038)が野球少年たちを見てつぶやく。一般人である少年たちの避難、そしてこれから現れる妖の討伐を目的とした覚者たちの内、女性陣は少年たちの気を引くことを担当することになっていた。
「余にかかれば、俗物どもの気を引くなど造作もないこと。神をも欺く余の演技力を見るがよい!」
独特の口上と共に、『遠い記憶のルシファー』久遠 流子(CL2000617)が息を巻く。
「私は演技なんてできそうにないので、賑やかしとして後ろにいますね……」
対照的に『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)は無表情に二人の後ろに立つことにした。実は到着した覚者の中にはもう一人、女性はいるのだが、彼女は容姿の都合もあって後から合流するつもりでいる。
「みなさん、盛り上がっていますね!何をされているのですか?」
最初にカトラが近くにいた少年に声をかける。彼はついさっき三振したばかりであり、落ち込んでいたのが狙い目だと一行は判断したのだった。
「えっ、野球だけど……というか、君、誰? この辺じゃ見ないけど」
男ばかりで野球をしていたところに、突然女性。しかもカトラのような金髪碧眼の外国風の美少女が現れ、少年は思わずたじろく。その頬は紅潮していて、早くも色仕掛けの効果が出ているようだ。
「野球、といいますの? 私、この国には来たばかりで、よく知りませんの。よければ、詳しく教えてくださらない?」
カトラはここぞとばかりに少年に擦り寄る。すると、効果てきめん。少年は思わずにやけ顔になる。
「え、ええ……でも、試合中だし、いくらしばらく打順が回ってこないと言っても……」
それでも必死に己を保とうとするのは、スポーツマンとしての誇りなのかもしれない。
「あの、申し訳ありません……。私にも詳しく話してくださりませんか?」
更に、流子が追い打ちをかけるように迫った。しかも、服の胸元をぱたぱたと仰ぎ、白い肌がちらついている。もう騒ぎは一人の少年では収まらず、周りのメンバーも集まって大事となってきた。
少年たちも中学生、女性陣三人も同年代ということもあり、野球少年たちは戸惑いながらも、もう野球なんてそっちのけでいいや、というような雰囲気になってしまってきている。それでいいのか、スポーツマンよ。
「そ、それでさ、君たちなんでこんなところに? まさか俺たちの試合を見に来てくれたの?」
ありもしないことを口走る。色香にほだされた少年の妄想は無限大だ。
「お~うィ! ここは雨降ると川が増水してヤバイっぽいぞぉ!」
そこに、ある意味でこの場にふさわしくない大人の男性の声が響き渡った。椎野 天(CL2000864)が他の覚者たちも引き連れて、夜回り先生として少年たちを追い払いにきたのだ。
「えっ、増水?」
「そうです。なんでも上流で雨が降ったそうで、氾濫の危険性があるとか」
燐花もこれぐらいなら言える、と仲間を援護する。少年たちはデレデレ顔から一転、疑問といくらかの恐怖心に満たされる。
「そうなんだよ、増水したら危ないだろ? ここらへんで切り上げてもらっていいかな?」
天が演じる夜回り先生、ビッグマグナムテンさん先生の生徒役の鳴海 蕾花(CL2001006)が一番発言力のありそうなキャプテン格を説得する。しかし、キャプテンは川の増水よりも別なことに気を取られていた。
「でっか……」
蕾花は腕を組み、ただでさえ豊満な胸を更に大きく強調していたものだから、健全な青少年の視線は嫌でもそれに集中してしまう。蕾花はその視線にうんざりしながらも、とりあえず注意を惹くという役目は果たせて安心していた。
「へへっ、なんだよ、胸ばっかり見てよ。俺に言わせてみれば、他の子のスレンダーな魅力も大したもんだぜ?」
同じく、テン先生の生徒役の『侵掠如火』坂上 懐良(CL2000523)は少年と肩を組んで、馴れ馴れしく一緒に女性陣の品定めを装う。……割と本気なのかもしれないが。
「ボクは検査機関から来たんだけど、今度の増水はかなり酷いことになりそうなんだ。早く避難をしてもらえるかな?」
スーツを着込んだ大男、天羽 ガリクソン(CL2000170)が演じるのは増水の状況を調べるために来た検査機関の役員だ。実は年齢的にはそう少年たちとも変わらないのだが、見た目だけなら大の大人に見えた。
注意を惹く係、少年たちを避難させようとする係。そして、ワル乗りに走る者……と混沌とした空間が出来上がってしまったが、少なくとも野球の試合は崩壊してしまっている。試合への未練を失くした少年たちは声を掛け合い、それじゃあ帰るか、などと言い合ってた。
「そうだぜそうだぜ。良い子は家に帰る時間だ。可愛い女の子もいるみたいだし、きちんと送り届けてやってくれや」
天の言葉を受けて、少年たちは野球道具を直し、覚者の女性陣もろとも帰っていく。しかし、ここで問題が起きてしまった。
「それでさ、君、彼氏とかいないの?」
「何? 余はニンゲンなど……じゃなくて、私はその、恋愛とかは……」
あろうことか、少年たちはまっすぐ家に帰るどころか、少女たちを口説き始めた。当然、歩くスピードはのろのろとしている。空を見ると、既に夕日は沈みかけていた。――時間がない!
「お前ら何やってんだ! この川はこういう天気の時は一気に来るんだ、水かさが増してからじゃ遅えぞ! 早く逃げろ!!」
そこに、野太い男の大声が叩き付けられた。思わず少年たちも、そしてその声の主が仲間である『ハイパーメディアホームレス』人生谷・春(CL2000611)だということを知っている覚者たちも、びくりと飛び上がる。河川敷に住んでいたホームレスを装った彼が、大声で避難を呼びかけたのだった。
これに泡を食った少年たちは、慌ててその場を走り去っていく。それでもナンパを続けようとしていたのか、覚者たちの腕を引いて走っていたが、いつの間にかにその手は離れ、女性陣は河川敷に引き返していた。
「全く、アホな子たちだわ。こっちはあんたたちを守るためにきたっていうのに」
「同感……」
春は野球少年たちが消えた方向を見やりながら、冷ややかにつぶやく。隣で蕾花もため息をついた。もしも自分が少年たちに手を引かれていたら、反射的に殴ってしまっていたかもしれない、と思いながら。
●
息を切らせて戻ってきた女性陣を迎えて、覚者たちは改めて態勢を立て直した。もうまもなく、倒すべき妖である大蝦蟇が姿を表すはずだ。相手は三体、対する覚者は八人。少し人数バランスは悪くなってしまうが、三人のチーム二つと、二人のチームで迎え討つことになっている。
「おっ、おでましみたいだぜ!」
川の水が不自然に振動したと思うと、大きな水しぶきを上げて巨大なカエルたちが飛び出してきた。懐良は自らの刀を抜いて構えつつ、チームを組む予定だった蕾花の傍に立つ。
「うわっ、覚悟はしてたけど、結構いやな見た目だな……殴ったらなんかぬめぬめが付きそうだ。終わったら、すぐにシャワー浴びないと」
敵である大蝦蟇の見た目は、カエルをそのまま巨大化させたような、特に女性には嫌悪感を与えるものだ。蕾花は拳を固め、向かってくる敵に第一撃をお見舞いした。猫のそれに変化した拳が、ぶよぶよの表皮を切り裂く。
すぐに相手は足に向けて舌を伸ばす反撃を試みたが、蕾花は持ち前の反応速度でこれを避ける。もしも当たっていれば、足を絡め取られてしまっていたかもしれない。大蝦蟇の舌は表皮以上にぬるぬる、ぬめぬめとしていた。
「おー、やるぅ! 正直、このまま蕾花とカエルの大格闘を見物してたい気もするけど、仲間として無視はできないよな。錬覇法!」
前衛二人の攻撃的なチームだが、考えなしに攻撃を繰り出していては、互いの持ち味を殺してしまう。懐良はまず自己強化に務め、決定的なチャンスに斬り込む準備を固めた。
「私がお守りしますわ! 機化硬!」
一方では、流子、カトラ、天の戦いが始まっている。まずはカトラが前衛に出て自身の守りを固め、味方の盾となる。後衛である流子の力を活かすために最適な作戦だ。
「カトラちゃん、このタフなナイスガイのことも忘れないでくれよな!」
誰かが高速で突っ込んできたかと思えば、蔵王による防御の強化を終えた天だ。足をローラーに変化させているので、文字通り、大蝦蟇とカトラの間に滑り込んで一撃をお見舞いする。
「ナイスですわ! さて、私も!」
天の攻撃に呼応して、カトラも斧で追撃を与える。二人の猛攻に、敵は自由な行動を取れずにいた。
「ふむ……あの様子では、ニンゲンどもだけで十分ではないのか? しかし下賤な妖など、余の前に長くのさばらせてはおれぬな。ひとつ、我が力を見せつけてやろうぞ」
完全に大蝦蟇の注意はカトラと天に向いている。流子はその間に錬覇法による強化を済ませ、続く攻撃の準備に入る。
「……よし。ニンゲンよ! 一時引くがよい。余の一撃をその妖に食らわせてやろう」
「おっと、準備万端ってか? カトラちゃん、近くにいると味方の攻撃に巻き込まれちまうぜ!」
「ええ! すぐに離れましょう」
大蝦蟇の頭上には、既にカトラが呼び出した雷雲が浮かんでいる。薄闇の中で、雲をかけ巡る雷だけが光を放っていた。
「我、天より堕り立ちて雷を招かん! 落ちよ、召雷!」
雷雲から一筋の雷が放たれ、大蝦蟇の体を直撃する……!
川から出てしばらく経っているとはいえ、その表皮は水と粘液に覆われているため、電撃は一瞬の内に全身を駆け巡り、その体力を激しく奪った。
「ふ、余の手にかかればこんなものだ。余はルシファーなのだからな!」
一仕事終えて、流子は高笑いを上げる。
相手は虫の息だが、まだ完全に倒せたという訳ではない。また二人が前に出て、油断なく構えた。
「よーし、じゃあトドメといこうぜ。カトラちゃん、先に頼む!」
「承りました。これで終わりですわ!」
地面に伸びている相手に対して、容赦なく斧を打ち下ろす。ぐげっ、と耳障りな声を上げる。そこに、天が上から降ってきた。
「て、天さん?」
「琴桜で腹部を硬化して、ボディプレスだ! COOLな意趣返しだろ?」
今回の戦闘では、誰かが大蝦蟇の下敷きにされてしまうことはなかった。しかし、ここに覚者たちが現れなければ、無力な少年たちには確実に訪れていた凄惨な結末だ。完全に動かなくなった相手を確認し、天はニヤリと笑った。
「カエルのモノマネなどしおって、恥ずかしくはないのか?」
「ふふっ、でもいい気味ですわ。さあ、他の仲間の加勢に参りましょう!」
●
同じ頃。燐花、ガリクソン、春もまた陣形を整え、大蝦蟇と対峙していた。こちらも前衛は燐花とガリクソンの二人が務めて、中衛より春が遠隔攻撃を狙う作戦でいる。
「要するに、後はこの妖を倒すだけなのでしょう? この身倒れるまで、戦うのみです」
武器である苦無を両手に、燐花が速度で圧倒する戦いを見せる。大蝦蟇は大きな外見の通り、鈍重で反応速度がよくない。それだけに一撃の威力も大きいが、どんなに破壊力のある攻撃でも、当たらなければ意味をなさない。
「さっすが、やるわねぇ燐花ちゃん。そのまま遠慮なくいっちゃっていいわよ」
大蝦蟇は燐花の動きに翻弄され、中衛である春にまでは気が回っていない。たまに相手が反撃に転じようとしても、ガリクソンが前衛の穴を埋めていた。その間に春は念のために機化硬を使った上で、大蝦蟇の急所へと狙いを定めていた。
「見た感じ、口なんかよさそうね。それに、ぶよぶよのお腹にも思いっきりかましてやれば、いい感じに効きそうだわ」
大蝦蟇は隙さえあれば、大技のジャンププレスをかまそうと、いつでも飛び上がれるような姿勢を保っている。しかし、それは同時に表皮が薄くなっている腹部も晒してしまうリスクを抱えている。妖とはいえ、根本はただのカエルである相手には、その危険性がわかっていないのだろう。
「燐ちゃん、ガリー、ちょっと気をつけなさいよ! 思いっきりやっちゃうんだから!」
大蝦蟇の頭上に雷雲が現れ、雷がほとばしる。ただし、一撃で相手をダウンさせるほどの威力はない。だが、予想外の攻撃を受けた大蝦蟇は目を見開き、口を大きく開いて舌を露出させた。
「ふふっ、そこよ。こいつはアタシからのおごりにしといてあげるわ!」
春が手にしたグレネードランチャーから、凶悪な破壊力を持った擲弾が放たれる。普段は命中率の悪い攻撃だが、自ら作り出したチャンスに対して撃ち込まれた攻撃はしっかりと命中し、相手の口内で大爆発を起こした。
「ナイスです、人生谷さん」
「二人が敵の注意を惹きつけてくれていたお陰よ。さあ、もうひと踏ん張りしましょ。できるだけ、アタシのために射線は開けておいてね」
「よし、わかったよ。ここから一気に決めよう」
前衛の二人はまた敵の目前に飛び出し、左右から挟撃の態勢に入る。目の前が開いているため、遠距離攻撃の水鉄砲が春に向かうが、これに備えるための自己強化だ。大したダメージにはならない。
「そんなヘナヘナの水鉄砲より、アタシの方がよっぽど強いわよ!」
先ほどの召雷で焼け焦げていた腹部に、グレネードランチャーが炸裂する。あまりの衝撃に大蝦蟇はひっくり返り、そこに燐花が武器を振り下ろし、確実なトドメとする。
「……やりました。他の方は?」
「そこだ、炎撃! 懐良、続けてくれ!」
三組はほぼ同時に戦いを始めていたが、さすがに蕾花、懐良の組は他よりも時間がかかっている。しかし、蕾花は暗視を使って薄暗い中でも視界を確保しているため、被弾を最小限に抑え、懐良との連携も順調だ。
「よしきた、飛燕! ……っと、他のカエルはみんなダウンか? おいおい蕾花、俺たちが一番遅いみたいだぜ」
「しゃーないだろ、人数が少ないんだから。それにあたしは手数で攻める方なんだから、火力が欲しいなら、もっとあんたが攻めてくれよ」
「いや、そうは言われても今ので氣力切れだしな……。それになにより、もうちょっと蕾花の観察を……」
「またあんたは、あたしの胸ばっかり見てんのか!」
口論しながらも手は止めず、それぞれの攻撃で大蝦蟇を追い詰めていく。よく周りを見てみると、既に自分たちの戦いを終えた仲間たちが加勢に向かってくれているのがわかった。このまま二人だけでもいずれは倒せそうだが、まだ余力があるらしい味方の手を借りないのはもったいないし、信頼していないみたいで失礼というものだろう。
「鳴海さん、状況はどうですか?」
「ああ、もうちょっとってところかな。一発デカいのを入れてくれたら、あたしが仕留めるよ」
「よう、かねよっちゃん。蕾花ちゃんのことばっかり見てて、真面目に戦ってなかったなんてことはなかったよな?」
「いやだなぁ、天さん。そんな訳ないだろ。しっかり働いてたぜ。ほら見てくれよ、あのどてっ腹の傷。あれも俺の手柄なんだぜ」
声をかけ合いながら、一度体勢を立て直し、各々が残った力で攻撃をしかける。雷が落ち、鋭い斬撃と打撃が相手を貫き、最後の一撃は蕾花と懐良の手に委ねられた。
「蕾花、いい戦いだったぜ。最高の初陣だった」
「な、なんだよ、調子狂うな……。あたしもまあ、いい戦いだったとは思うよ。意外と真面目に戦ってたし」
「意外と、か。それを取ってもらうために、俺もまだまだ精進しないとな」
二人の攻撃が大蝦蟇の体を切り裂き、地面に打ち倒す。これで全ての妖は倒された。覚者たちの初陣は、この後にまで響くような負傷をした者もおらず、大勝利という形で終わった。
「ふ、まあこんなものか。しかし余の力はこんなものでは留まらぬ。いずれ世界は、明けの明星の再臨を知ることとなるだろう……」
「よーし、みんなお疲れさん。ラーメンでも食いに行こうぜ! テンさん先生の奢りだ!」
「そうは言っても、もう結構な時間よ? まだ若い子も多いんだし、まっすぐ帰らせてあげなさいよ」
「いや、俺は別にいいぜ? 結構、腹減ったもんなぁ」
戦いを終えた覚者たちは、それぞれが思い思いのことを口にしながら、戦場となった河川敷を後にした。
しかし、忘れてはならない。戦いの終わりは、次なる戦いの始まりでもある。次に彼らが戦う相手は容易には倒せない強敵かもしれないし、単純な力では解決できない、困難な仕事かもしれない。それでも、それを解決していくのがFiVEだ。
だが、ひとまずは覚者たちの勇戦を称え、勝利を祝福し、次の勝利を祈ろう。
新たなる戦いは、ここから始まる。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
