あなたを守るためだけの騎士だった
●Knight of Dead End
古い教会である。
プロテスタント系の派生の派生。今では名前も残らぬ小規模の信仰をもっていたこの教会は、少女一人と騎士一人を残すのみ。
「ここもすっかり寂しくなったわね」
幼い少女はしかし大人びた口調で、燭台の火をひとつひとつ灯していく。
手燭を持って身体ごと振り返る。
「ねえ、騎士さま。お願いがあるんだけれど」
彼女の顔を照らす炎は、床に跪く甲冑の騎士をも照らし出していた。
全身を覆う西洋甲冑。かぶとは外しており、顔つきはオーストラリア系の男性に見える。
「なんなりと。お嬢様」
「お嬢様はやめてって言ったじゃない……ま、いいわ」
スキップのように近づいて言う。
「私より、後に死んでね」
鼻を突くガソリンのにおい。
床の絨毯はびっしょりと濡れている。
少女は手燭から手を離し、自由落下に任せた。
「おねがいよ」
やがて教会は炎にまかれ、小ぶりな屋根も崩れていく。
そして全てが終わったのだと。
思った、その翌朝。
がれきを押しのけて、立ち上がるものがあった。
全身を覆う西洋甲冑の、騎士である。
「お嬢様……私は、これからどうすればいいのでしょう」
かぶとを装着し、目元を隠す。
そして騎士は。
破綻者へと堕ちていった。
●
夢見からの説明はこうだ。
ランク2の破綻者が発生。これを討伐せよ。
かつて教会だった場所が潰れた。宗教としての規模を保てなくなったため宗教法の庇護下から外れ、滅亡を余儀なくされた教会である。
最後に残ったのはその家の娘と、家を守ってきた覚者の騎士である。
しかしその娘と教会すらも消えたいま、騎士は未来を閉ざして破綻者となった。
天行×機。ただし破綻者化の影響で全てのステータスが大幅上昇している。
八人チームで撃破にあたること。
任務内容は、以上である。
古い教会である。
プロテスタント系の派生の派生。今では名前も残らぬ小規模の信仰をもっていたこの教会は、少女一人と騎士一人を残すのみ。
「ここもすっかり寂しくなったわね」
幼い少女はしかし大人びた口調で、燭台の火をひとつひとつ灯していく。
手燭を持って身体ごと振り返る。
「ねえ、騎士さま。お願いがあるんだけれど」
彼女の顔を照らす炎は、床に跪く甲冑の騎士をも照らし出していた。
全身を覆う西洋甲冑。かぶとは外しており、顔つきはオーストラリア系の男性に見える。
「なんなりと。お嬢様」
「お嬢様はやめてって言ったじゃない……ま、いいわ」
スキップのように近づいて言う。
「私より、後に死んでね」
鼻を突くガソリンのにおい。
床の絨毯はびっしょりと濡れている。
少女は手燭から手を離し、自由落下に任せた。
「おねがいよ」
やがて教会は炎にまかれ、小ぶりな屋根も崩れていく。
そして全てが終わったのだと。
思った、その翌朝。
がれきを押しのけて、立ち上がるものがあった。
全身を覆う西洋甲冑の、騎士である。
「お嬢様……私は、これからどうすればいいのでしょう」
かぶとを装着し、目元を隠す。
そして騎士は。
破綻者へと堕ちていった。
●
夢見からの説明はこうだ。
ランク2の破綻者が発生。これを討伐せよ。
かつて教会だった場所が潰れた。宗教としての規模を保てなくなったため宗教法の庇護下から外れ、滅亡を余儀なくされた教会である。
最後に残ったのはその家の娘と、家を守ってきた覚者の騎士である。
しかしその娘と教会すらも消えたいま、騎士は未来を閉ざして破綻者となった。
天行×機。ただし破綻者化の影響で全てのステータスが大幅上昇している。
八人チームで撃破にあたること。
任務内容は、以上である。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.破綻者の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●騎士
剣を装備した全身鎧の騎士です。
使用スキルは不明ですが、天行のスキル『召雷』『纏霧』および近接戦闘用の体術をスロットインしているものと思われます。
破綻者化のためスペックが全体的に高く、弱点をつくというより総力で押し切ることを考えたほうが良いでしょう。
彼が破綻者化した後からの介入で、教会跡地が戦場になります。
補足。
ランク2の破綻者が撃破後に覚者状態へ戻ったケースが過去に報告されています。
ただし一般的には元に戻らないケースの方が多く、条件らしきものがあると推測されています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年12月03日
2015年12月03日
■メイン参加者 8人■

●『私の手にあるものが私の意味となるなら、それを喪った私は何者だろうか』――ドイツの社会心理学者
結末を最初に語る。
やけ崩れた教会跡地に、八人の覚者がいた。
彼らは騎士鎧を脱いだ男の死体と、身元が分からないほどになった焼死体。その二つを前に手を合わせていた。
日本は未だ法治国家だ。正規手続きのもと、すぐに彼らは共同墓地へと埋葬されるだろう。
「なんで」
それまで黙って遺体発掘作業をしていた『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)が、持っていたスコップを地面に叩き付けた。
「なんでこんなことになっているんですか。この人は、女の子が焼身自殺をしているのを黙ってみていた上に、私たちを利用して遠回しに自殺したっていうんですか? こんな、他人の迷惑にしかならないようなこと――」
「まあまあ、しかたないじゃありませんか」
防止につもった灰をはらってかぶり直す『便利屋』橘 誠二郎(CL2000665)。
「僕らはいわゆるワイルドカードを切ったんです。手元にそのカードがないから、他人から借りて。ならその他人に主導権が移るのは仕方ないですよ」
「だったら『伝えなかったら』よかったんです。この人は他人に迷惑をかけた分、きちんと償うべきだったんじゃないんですか?」
「それを決めるのは拙者たちではないでござるよ。それに償うというなら、死より重い罰は無いはずでござる……」
『直球勝負の田舎侍』神祈 天光(CL2001118)はそう言って、倒れた柱に腰を下ろした。
「なんでそんなことが言えるんですか。この人は生きるべきだったって、そう思わないんですか?」
「思うでござるよ。この場の全員、そう思っていた筈でござる」
そうだろうという視線を向けられて、四月一日 四月二日(CL2000588)は気まずそうに目をそらした。
「そりゃあね、関わるならハッピーエンドがいいじゃん。その後なんかツライことになってもさ、そういう……なんていうか、波? みたいにさ。悲しいことばっかじゃなくて、いいこともあるんじゃないかって」
言いながら、四月二日は再び焼死体に目を向ける。
「死ぬのって、そういうのが終わることじゃん? だから、未来があってもいいだろってさ」
「それは、可能だったと思います」
服のほこりを払う梶浦 恵(CL2000944)。
「そしてそれだけの労力は払っていました。それこそ橘さんのように、全てを薙ぎ払うようなワイルドカードを切ってしまったと、考えるべきでしょう」
「俺は納得しないよ、そんな理屈」
視線を向けられて、鈴白 秋人(CL2000565)は咳払いした。
「俺は……仮に『あんな風に願われた』のだとしても、あの人は生きるべきだったと思います。大切な人が残していったものを、紡いでいく役目が、彼にはあったんだと……その、思います」
「だあああっ! ごちゃごちゃややっこしいな!」
頭をがしがしとかきまぜる『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)。
「ンなこと言ったって、『お嬢様』はあいつに死んで欲しいなんて思ってなかったんだろ? 親密な人が死ぬってのは……こう、なんていうかさ……死ぬほど苦しいもんだよ。自ら願う奴なんて……」
言いながら、雷鳥は唸った。
「…………」
沈黙して、スコップで地面を掘り続ける『暁の脱走兵』犬童 アキラ(CL2000698)。
貴重そうな遺品があるなら彼らと一緒にしておきたいと考えているからだ。
「たとえば」
手を止める。
「騎士が『お嬢様』の意志を継いで教会を復興させようとして……いわゆる聖戦を起こすかもしれなかった。自分たちはそれを防げたし、支えられた。けれど『お嬢様』は恐れたんだ。彼が本当の闇に落ちる可能性を。だから」
「だから、だからどうだっていうんですか」
肩を怒らせる灯。
「この人たちの気持ちが分かりません。あなたには分かるって言うんですか、大切な人が目の前で自殺しようとしているのを、黙って見過ごす人の気持ちなんて――!」
「わかる」
小さく呟く天光。
「そうしなければならない人間の気持ち。それを強いなければならない人間の気持ち。そして彼らが望んでも、できなかったこと……」
まだ残る灰が、寒空へと舞い上がっていく。
この日、騎士と彼が守ったお嬢様は死んだ。
「それを、自分たちは……」
●『子供にとっては、家族が世界のすべてなのだ』――オーストリアの個人心理学者
時間を遡る。
雷鳥と騎士の突撃が衝突し、粉塵と灰を嵐のように巻き上げた頃だ。
二人の武器は同じく突撃槍。騎士の鎧と硬化した雷鳥の胸でそれぞれ止まる。
腰の鞘から素早く剣を抜く騎士。
雷鳥は槍を手放し鋭い蹴りを繰り出した。護身格闘において相手の銃やナイフを跳ね上げる技だが、今回跳ね上げたのは騎士の剣である。
空中を回転して飛ぶ剣。
その隙をついて突撃する四月二日。体重を乗せて繰り出した剣のスイングが騎士の頭部をとらえ、重い鎧ごと彼を撥ね飛ばす。
「キミはお嬢様に後に死ねって言われたらしいよね。でもそれ、今は死ぬなって意味じゃねえの? キミに、遺していきたかったんじゃない?」
空中で回転する剣がおかしな軌道を描いて騎士の手元へと吸い寄せられる。騎士はそれをキャッチしつつ両足でブレーキ。吹き上がる小石と灰。
「騎士が仕えてた人の願いを、無視しちゃだめでしょ!」
槍を投擲する雷鳥。
それを、騎士は剣ではねのけた。
近くの柱がぐらりと崩れ始める。
それをかわそうとした隙に、後ろへ回っていた恵がエアブリットを連射。直撃をうけた騎士は柱の倒壊に巻き込まれた。
ちらりと振り返る恵。
「まだかかりますか」
「……今回はひどく集中が要りそうなんです。いましばらく」
珍しく額に大粒の汗を浮かべ、誠二郎は地面に手を突いていた。彼が今使っているのは交霊術である。ここにあるであろう無数の残留思念の中から『お嬢様』だけを見つけ出し、直接交渉しようとしているのだ。かなり使用条件の限られた、しかし強力な効果をもつ対応手段である。
倒れた柱が爆発したように吹き飛び、中から槍が飛んでくる。
「ぬぐっ!」
両手で掴み取るように押さえ込むアキラ。
が、槍が雷を帯びていることに気づいてすぐさまそれを投げ捨てた。
周囲に激しい電撃が走る。
それこそ爆発だ。崩れた木製ベンチの破片や金属の燭台が四方八方へ吹き上がっていく。
しかしアキラは吹き飛ばない。地面をしっかりと踏み込み、一直線に走り出した。
がれきの中から飛び出した騎士へと殴りかかる。
アキラのアーマーと騎士の鎧が拳部分で衝突。相殺されて残った衝撃がアキラの肩関節を崩壊させた。
「貴様には、まだやるべきことがある! 人として生き、弱き者を理不尽から守れ! そのためだけの騎士となれ! 貴様が守りたかったものを、生かし続ける道となれ!」
「……まもる、もの」
くぐもった声がかぶとの内側から聞こえた。
「そうだ! 貴様が――!」
肩関節の外れた腕を無理矢理振り込み、叩きつける。
その直後、騎士の前を槍が駆け抜けアキラを周囲の柱や焼け残りごと吹き飛ばしていった。
アキラのもとに走り、癒やしの滴を投与する秋人。
「あなたの命、無駄にはできません」
小さく呟いて、術式を発動。彼がシグナルをきった途端、周囲に癒やしの霧が現われた。
騎士の放った雷を拡散し、空へと解き放っていく。
「あなたが守った場所を、あなたはこんなに壊して」
灯は鎖分銅を引き出した。分銅をスイングし、勢いをつけて騎士へ放つ。
腕へ巻き付く鎖。振り払おうと腕を引いた力を利用して、灯は一気に騎士へと接近。手にした鎌を繰り出す。
鎧が斜めに削られていく。
反撃にと振り込んだ騎士の剣をかわして飛び退く灯。代わりに天光が滑り込み、剣を刀で受け止める。西洋剣を叩き付けたというのに鋭い刃は刃こぼれひとつしていない。
「未来に絶望することも、過去を悔いることもあるでござろう。しかし……!」
一度体当たりで壁際まで押し込み、飛び退くと同時に刀を振り込む。
「失ったものの生を証明するべく、生きるべきでござるよ!」
本能的に歯を食いしばる天光。
騎士の後ろにあった壁が斜めに切断され、同時に天光の腹を剣が切り裂いた。
着地のバランスを崩して転がる天光。
「誠二郎殿。早く」
橘誠二郎の感じているものを明文化することは難しい。
ゆえに、彼のやりとりを空想で補完することとする。
「あなたが『お嬢様』ですね」
帽子を脱ぐ誠二郎。
そこは美しくも巨大な教会の中央だった。
手燭を持って振り返る少女。
「今あなたの騎士は破綻者化しています。今の状況は、望まぬことでしょう?」
手燭を持って振り返る少女。映像を繰り返すように。
しかし周囲の風景は小さくて汚れた教会に変わっていた。
「そうですか。ならば、僕も全力を尽くします。彼を正気に戻すために今、沢山の言葉を投げかけています。しかし破綻者化の理由があなたなら、僕のことばではダメなのです。あの騎士に届けたい言葉はなんですか? 必ず、届けてみせます」
「あら、嫌だわ」
手燭を持って振り返る少女。
くりかえすように。
「私はもう、ちゃんとお願いしたじゃない」
手燭を持って振り返る少女。
くりかえすように。
「――」
唇が動く。
「あなたは……」
「そうよ」
「本当に、よろしいのですか?」
手燭を持って振り返る少女。
くりかえすように。
教会から灯りが消え、炎が上がる。
誠二郎は帽子を被り尚した。
「その依頼。引き受けましょう」
騎士と覚者たちの戦いはまだ続いていた。
「これでもまだわっかんねーのか、こらぁ!」
クナイを投げつける雷鳥。剣ではねのけたその隙に接近し、蹴りを繰り出す。騎士はそれをバックステップで回避。槍を地面に突き立てて雷を起こす。
「皆さん伏せて!」
腕を右から左へと、空を薙ぐように払う秋人。
雷へのカウンターヒールを放ち、拡散した電撃の中を四月二日と灯が駆け抜け、絶え間ない連携連続攻撃を叩き込む。
それを半歩ずつ下がりながら剣で払う騎士。しかし騎士は再び柱に背をつけた。
十字架のさがった柱である。
はたと見上げる騎士。
「おじょう、さま……」
狙い澄ましたよに空圧弾を放つ恵。かぶとにぶつかり、宙へ飛ぶ。騎士の顔がそうして露わになった。
「準備ができたようです。皆さん」
「――!」
何を恐れたものか。暴れようとする騎士にアキラが肉薄し、両腕を押さえつける。
「聞け! 貴様には今から新たな使命が――」
「ありませんよ、そんなものは」
誠二郎が立ち上がった。
アキラは動きを止め、騎士もまた、動きを止めていた。
小さく頷く誠二郎。
「『お嬢様』の残留思念と深く対話しました。通常なら難しいことですが、死して間もなく、そして強い意志を持って死んでいた者の思念は強く残っていたようです」
「……」
「今から『お嬢様』の意志と言葉を代弁します。嘘偽り無く」
呼吸を、一度挟んだ。
「『騎士よ今すぐに死ね』」
「なんだって!? ふざけ――」
「ふざけていません。嘘偽り無く。お嬢様はそうおっしゃいました」
身を乗り出す雷鳥。その肩を、四月二日が掴んだ。悲しげな目で首を振る。
「なんで止めてんだ、こんなこと」
「最後まで聞きなよ。『お嬢様』が願ったことと……本当は願っちゃ行けなかったこと」
四月二日は話を続けた。
「彼女は、あなたと一緒に死にたかった。いや、あなたと一緒に生きたかった。最後まで何者にも染まること無く、二人の時間だけを生きて、生きて、幸せに死にたかったのです」
「……」
目を瞑り、歯を食いしばる天光。
アキラは何も言えずに停止していた。
「しかし彼女は立場上、あなたを残さねばならなかった。自分よりも地位が高く、覚者の力を使えば貧しくとも生きていくことのできるあなたを。そしてそれにあたって、自分の存在が邪魔になることも分かっていました」
「どういう、意味ですか」
灯の呟きに、秋人は小さく応えた。
「教会を維持するために彼女が何者かに染まる必要があったのでしょう。日本でカルト宗教を続けるのは難しいですからね。騎士が仕えるほどの立場にある彼女が、他の宗教に利用されることをさけたんです」
「ああ、いえ、そこまでのことはわかりません。思念から読み取るには難しすぎる話ですしね。全く別の事情かもしれない。それに重要なのは……」
手を翳し、穏やかに微笑む誠二郎。
「彼女は自らの手で死なねばならなかった。騎士はそれを、止める権利などもたなかったということです」
「……おじょう、さま」
呟く騎士。
誠二郎はゆっくりと歩み寄った。
「だから今こそ、お嬢様の本心をお伝えします。『騎士よ今すぐに死ね』……いいえ、より感情的に述べるならこうです」
まるでそこに彼女がいるかのように、誠二郎は述べた。
「『私と一緒に死んで』」
静寂。
「死は彼女にとっての救済でした。彼女はあなたも救いたかった。あなたが生きながら『亡霊の使徒』となることを、彼女は本当は嫌がったのです。ですから――」
「ぐううう!」
それまで全く戦う様子を見せなかった騎士が、剣を振り上げた。
糸目の奥を一瞬だけ覗かせる誠二郎。
瞬間。天光が自らの刀で騎士の喉を貫いた。
刀を引き抜く。
騎士はその場に崩れ落ち、うつ伏せに倒れた。
手を当て、死亡を確認する誠二郎。
「天光くん、彼はいま……」
「だとしても、拙者は彼を斬ったでござる」
刀を納め、瞑目する。
「二人を知っている人間は、今ここにいる。拙者たちが、代わりに生きていくでござるよ」
二人の死者を軽く弔い、遺品があるならばと一度探し、彼らは引き上げる準備をした。
「そうしなければならない人間の気持ち。それを強いなければならない人間の気持ち。そして彼らが望んでも、できなかったこと……」
まだ残る灰が、寒空へと舞い上がっていく。
この日、騎士と彼が守ったお嬢様は死んだ。
「それを、自分たちは……遂げさせることが、できた」
結末を最初に語る。
やけ崩れた教会跡地に、八人の覚者がいた。
彼らは騎士鎧を脱いだ男の死体と、身元が分からないほどになった焼死体。その二つを前に手を合わせていた。
日本は未だ法治国家だ。正規手続きのもと、すぐに彼らは共同墓地へと埋葬されるだろう。
「なんで」
それまで黙って遺体発掘作業をしていた『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)が、持っていたスコップを地面に叩き付けた。
「なんでこんなことになっているんですか。この人は、女の子が焼身自殺をしているのを黙ってみていた上に、私たちを利用して遠回しに自殺したっていうんですか? こんな、他人の迷惑にしかならないようなこと――」
「まあまあ、しかたないじゃありませんか」
防止につもった灰をはらってかぶり直す『便利屋』橘 誠二郎(CL2000665)。
「僕らはいわゆるワイルドカードを切ったんです。手元にそのカードがないから、他人から借りて。ならその他人に主導権が移るのは仕方ないですよ」
「だったら『伝えなかったら』よかったんです。この人は他人に迷惑をかけた分、きちんと償うべきだったんじゃないんですか?」
「それを決めるのは拙者たちではないでござるよ。それに償うというなら、死より重い罰は無いはずでござる……」
『直球勝負の田舎侍』神祈 天光(CL2001118)はそう言って、倒れた柱に腰を下ろした。
「なんでそんなことが言えるんですか。この人は生きるべきだったって、そう思わないんですか?」
「思うでござるよ。この場の全員、そう思っていた筈でござる」
そうだろうという視線を向けられて、四月一日 四月二日(CL2000588)は気まずそうに目をそらした。
「そりゃあね、関わるならハッピーエンドがいいじゃん。その後なんかツライことになってもさ、そういう……なんていうか、波? みたいにさ。悲しいことばっかじゃなくて、いいこともあるんじゃないかって」
言いながら、四月二日は再び焼死体に目を向ける。
「死ぬのって、そういうのが終わることじゃん? だから、未来があってもいいだろってさ」
「それは、可能だったと思います」
服のほこりを払う梶浦 恵(CL2000944)。
「そしてそれだけの労力は払っていました。それこそ橘さんのように、全てを薙ぎ払うようなワイルドカードを切ってしまったと、考えるべきでしょう」
「俺は納得しないよ、そんな理屈」
視線を向けられて、鈴白 秋人(CL2000565)は咳払いした。
「俺は……仮に『あんな風に願われた』のだとしても、あの人は生きるべきだったと思います。大切な人が残していったものを、紡いでいく役目が、彼にはあったんだと……その、思います」
「だあああっ! ごちゃごちゃややっこしいな!」
頭をがしがしとかきまぜる『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)。
「ンなこと言ったって、『お嬢様』はあいつに死んで欲しいなんて思ってなかったんだろ? 親密な人が死ぬってのは……こう、なんていうかさ……死ぬほど苦しいもんだよ。自ら願う奴なんて……」
言いながら、雷鳥は唸った。
「…………」
沈黙して、スコップで地面を掘り続ける『暁の脱走兵』犬童 アキラ(CL2000698)。
貴重そうな遺品があるなら彼らと一緒にしておきたいと考えているからだ。
「たとえば」
手を止める。
「騎士が『お嬢様』の意志を継いで教会を復興させようとして……いわゆる聖戦を起こすかもしれなかった。自分たちはそれを防げたし、支えられた。けれど『お嬢様』は恐れたんだ。彼が本当の闇に落ちる可能性を。だから」
「だから、だからどうだっていうんですか」
肩を怒らせる灯。
「この人たちの気持ちが分かりません。あなたには分かるって言うんですか、大切な人が目の前で自殺しようとしているのを、黙って見過ごす人の気持ちなんて――!」
「わかる」
小さく呟く天光。
「そうしなければならない人間の気持ち。それを強いなければならない人間の気持ち。そして彼らが望んでも、できなかったこと……」
まだ残る灰が、寒空へと舞い上がっていく。
この日、騎士と彼が守ったお嬢様は死んだ。
「それを、自分たちは……」
●『子供にとっては、家族が世界のすべてなのだ』――オーストリアの個人心理学者
時間を遡る。
雷鳥と騎士の突撃が衝突し、粉塵と灰を嵐のように巻き上げた頃だ。
二人の武器は同じく突撃槍。騎士の鎧と硬化した雷鳥の胸でそれぞれ止まる。
腰の鞘から素早く剣を抜く騎士。
雷鳥は槍を手放し鋭い蹴りを繰り出した。護身格闘において相手の銃やナイフを跳ね上げる技だが、今回跳ね上げたのは騎士の剣である。
空中を回転して飛ぶ剣。
その隙をついて突撃する四月二日。体重を乗せて繰り出した剣のスイングが騎士の頭部をとらえ、重い鎧ごと彼を撥ね飛ばす。
「キミはお嬢様に後に死ねって言われたらしいよね。でもそれ、今は死ぬなって意味じゃねえの? キミに、遺していきたかったんじゃない?」
空中で回転する剣がおかしな軌道を描いて騎士の手元へと吸い寄せられる。騎士はそれをキャッチしつつ両足でブレーキ。吹き上がる小石と灰。
「騎士が仕えてた人の願いを、無視しちゃだめでしょ!」
槍を投擲する雷鳥。
それを、騎士は剣ではねのけた。
近くの柱がぐらりと崩れ始める。
それをかわそうとした隙に、後ろへ回っていた恵がエアブリットを連射。直撃をうけた騎士は柱の倒壊に巻き込まれた。
ちらりと振り返る恵。
「まだかかりますか」
「……今回はひどく集中が要りそうなんです。いましばらく」
珍しく額に大粒の汗を浮かべ、誠二郎は地面に手を突いていた。彼が今使っているのは交霊術である。ここにあるであろう無数の残留思念の中から『お嬢様』だけを見つけ出し、直接交渉しようとしているのだ。かなり使用条件の限られた、しかし強力な効果をもつ対応手段である。
倒れた柱が爆発したように吹き飛び、中から槍が飛んでくる。
「ぬぐっ!」
両手で掴み取るように押さえ込むアキラ。
が、槍が雷を帯びていることに気づいてすぐさまそれを投げ捨てた。
周囲に激しい電撃が走る。
それこそ爆発だ。崩れた木製ベンチの破片や金属の燭台が四方八方へ吹き上がっていく。
しかしアキラは吹き飛ばない。地面をしっかりと踏み込み、一直線に走り出した。
がれきの中から飛び出した騎士へと殴りかかる。
アキラのアーマーと騎士の鎧が拳部分で衝突。相殺されて残った衝撃がアキラの肩関節を崩壊させた。
「貴様には、まだやるべきことがある! 人として生き、弱き者を理不尽から守れ! そのためだけの騎士となれ! 貴様が守りたかったものを、生かし続ける道となれ!」
「……まもる、もの」
くぐもった声がかぶとの内側から聞こえた。
「そうだ! 貴様が――!」
肩関節の外れた腕を無理矢理振り込み、叩きつける。
その直後、騎士の前を槍が駆け抜けアキラを周囲の柱や焼け残りごと吹き飛ばしていった。
アキラのもとに走り、癒やしの滴を投与する秋人。
「あなたの命、無駄にはできません」
小さく呟いて、術式を発動。彼がシグナルをきった途端、周囲に癒やしの霧が現われた。
騎士の放った雷を拡散し、空へと解き放っていく。
「あなたが守った場所を、あなたはこんなに壊して」
灯は鎖分銅を引き出した。分銅をスイングし、勢いをつけて騎士へ放つ。
腕へ巻き付く鎖。振り払おうと腕を引いた力を利用して、灯は一気に騎士へと接近。手にした鎌を繰り出す。
鎧が斜めに削られていく。
反撃にと振り込んだ騎士の剣をかわして飛び退く灯。代わりに天光が滑り込み、剣を刀で受け止める。西洋剣を叩き付けたというのに鋭い刃は刃こぼれひとつしていない。
「未来に絶望することも、過去を悔いることもあるでござろう。しかし……!」
一度体当たりで壁際まで押し込み、飛び退くと同時に刀を振り込む。
「失ったものの生を証明するべく、生きるべきでござるよ!」
本能的に歯を食いしばる天光。
騎士の後ろにあった壁が斜めに切断され、同時に天光の腹を剣が切り裂いた。
着地のバランスを崩して転がる天光。
「誠二郎殿。早く」
橘誠二郎の感じているものを明文化することは難しい。
ゆえに、彼のやりとりを空想で補完することとする。
「あなたが『お嬢様』ですね」
帽子を脱ぐ誠二郎。
そこは美しくも巨大な教会の中央だった。
手燭を持って振り返る少女。
「今あなたの騎士は破綻者化しています。今の状況は、望まぬことでしょう?」
手燭を持って振り返る少女。映像を繰り返すように。
しかし周囲の風景は小さくて汚れた教会に変わっていた。
「そうですか。ならば、僕も全力を尽くします。彼を正気に戻すために今、沢山の言葉を投げかけています。しかし破綻者化の理由があなたなら、僕のことばではダメなのです。あの騎士に届けたい言葉はなんですか? 必ず、届けてみせます」
「あら、嫌だわ」
手燭を持って振り返る少女。
くりかえすように。
「私はもう、ちゃんとお願いしたじゃない」
手燭を持って振り返る少女。
くりかえすように。
「――」
唇が動く。
「あなたは……」
「そうよ」
「本当に、よろしいのですか?」
手燭を持って振り返る少女。
くりかえすように。
教会から灯りが消え、炎が上がる。
誠二郎は帽子を被り尚した。
「その依頼。引き受けましょう」
騎士と覚者たちの戦いはまだ続いていた。
「これでもまだわっかんねーのか、こらぁ!」
クナイを投げつける雷鳥。剣ではねのけたその隙に接近し、蹴りを繰り出す。騎士はそれをバックステップで回避。槍を地面に突き立てて雷を起こす。
「皆さん伏せて!」
腕を右から左へと、空を薙ぐように払う秋人。
雷へのカウンターヒールを放ち、拡散した電撃の中を四月二日と灯が駆け抜け、絶え間ない連携連続攻撃を叩き込む。
それを半歩ずつ下がりながら剣で払う騎士。しかし騎士は再び柱に背をつけた。
十字架のさがった柱である。
はたと見上げる騎士。
「おじょう、さま……」
狙い澄ましたよに空圧弾を放つ恵。かぶとにぶつかり、宙へ飛ぶ。騎士の顔がそうして露わになった。
「準備ができたようです。皆さん」
「――!」
何を恐れたものか。暴れようとする騎士にアキラが肉薄し、両腕を押さえつける。
「聞け! 貴様には今から新たな使命が――」
「ありませんよ、そんなものは」
誠二郎が立ち上がった。
アキラは動きを止め、騎士もまた、動きを止めていた。
小さく頷く誠二郎。
「『お嬢様』の残留思念と深く対話しました。通常なら難しいことですが、死して間もなく、そして強い意志を持って死んでいた者の思念は強く残っていたようです」
「……」
「今から『お嬢様』の意志と言葉を代弁します。嘘偽り無く」
呼吸を、一度挟んだ。
「『騎士よ今すぐに死ね』」
「なんだって!? ふざけ――」
「ふざけていません。嘘偽り無く。お嬢様はそうおっしゃいました」
身を乗り出す雷鳥。その肩を、四月二日が掴んだ。悲しげな目で首を振る。
「なんで止めてんだ、こんなこと」
「最後まで聞きなよ。『お嬢様』が願ったことと……本当は願っちゃ行けなかったこと」
四月二日は話を続けた。
「彼女は、あなたと一緒に死にたかった。いや、あなたと一緒に生きたかった。最後まで何者にも染まること無く、二人の時間だけを生きて、生きて、幸せに死にたかったのです」
「……」
目を瞑り、歯を食いしばる天光。
アキラは何も言えずに停止していた。
「しかし彼女は立場上、あなたを残さねばならなかった。自分よりも地位が高く、覚者の力を使えば貧しくとも生きていくことのできるあなたを。そしてそれにあたって、自分の存在が邪魔になることも分かっていました」
「どういう、意味ですか」
灯の呟きに、秋人は小さく応えた。
「教会を維持するために彼女が何者かに染まる必要があったのでしょう。日本でカルト宗教を続けるのは難しいですからね。騎士が仕えるほどの立場にある彼女が、他の宗教に利用されることをさけたんです」
「ああ、いえ、そこまでのことはわかりません。思念から読み取るには難しすぎる話ですしね。全く別の事情かもしれない。それに重要なのは……」
手を翳し、穏やかに微笑む誠二郎。
「彼女は自らの手で死なねばならなかった。騎士はそれを、止める権利などもたなかったということです」
「……おじょう、さま」
呟く騎士。
誠二郎はゆっくりと歩み寄った。
「だから今こそ、お嬢様の本心をお伝えします。『騎士よ今すぐに死ね』……いいえ、より感情的に述べるならこうです」
まるでそこに彼女がいるかのように、誠二郎は述べた。
「『私と一緒に死んで』」
静寂。
「死は彼女にとっての救済でした。彼女はあなたも救いたかった。あなたが生きながら『亡霊の使徒』となることを、彼女は本当は嫌がったのです。ですから――」
「ぐううう!」
それまで全く戦う様子を見せなかった騎士が、剣を振り上げた。
糸目の奥を一瞬だけ覗かせる誠二郎。
瞬間。天光が自らの刀で騎士の喉を貫いた。
刀を引き抜く。
騎士はその場に崩れ落ち、うつ伏せに倒れた。
手を当て、死亡を確認する誠二郎。
「天光くん、彼はいま……」
「だとしても、拙者は彼を斬ったでござる」
刀を納め、瞑目する。
「二人を知っている人間は、今ここにいる。拙者たちが、代わりに生きていくでござるよ」
二人の死者を軽く弔い、遺品があるならばと一度探し、彼らは引き上げる準備をした。
「そうしなければならない人間の気持ち。それを強いなければならない人間の気持ち。そして彼らが望んでも、できなかったこと……」
まだ残る灰が、寒空へと舞い上がっていく。
この日、騎士と彼が守ったお嬢様は死んだ。
「それを、自分たちは……遂げさせることが、できた」
