負けて嬉しい花一匁
●
まるで一面に咲く、色とりどりの花が香るような。
聖百合宮学園は、幼稚園から小学校。中学から高校。更に大学までエスカレーター式のマンモス校である。
規模としては、あの『五麟学園』に比べれば小さいものの。
関東方面有数の、全寮制お嬢様学校であり、山をひとつ買い取ってそこに学園がひとつ収まっている。小規模な学園都市に似たようなものだ。
故に、学園内には『少女』が多い。
そして、外界に触れる機会が少ないという点の意としては、『訳あり』の少女が少なくは無い――という事だ。
噂好きの女子高生が語る。
「ねぇ……前の京都の事件……逢魔ヶ時紫雨の仕業だって話ですわよ……」
「ぇぇ、何それ怖いね……新聞だと原因不明の能力者の抗争って言われてなかった?」
「くすくすくす、『お外』は大変なんですわね」
「それはアレでしょうよ。新聞各社は関わり合いになりたくなかったのよ、きっと。相手はあの『七星剣』! 目をつけたれたら、どうやったって勝てっこないわ」
「そういえば今夜。男性の配送業者が来るそうですわ。学園内に男性とは、淫らですわねー。大人たちは何をやっているのでしょう」
「あらあらあら? おかしいですわ、本日は全生徒宛てに宅配はありません事よ。それに学園宛ての荷物も無かったはず」
「うふふ、それでは『学園内のものを運びに来た』のでしょうか?」
クスクスクスクスクス。
笑い声が響く。
誰かに聞かせている様な、声で。
四人の少女がカフェテラスで紅茶を楽しみながら、外界の面白そうな話しをしている最中。席を立ち、足早にカフェテラスを後にした少女が居た。
「あら? 氷雨様のお耳に入ってしまったかしら?」
「ウフフ、それでは。本日の夜は寮から出ない方が宜しいですわね」
クスクスクスクスクス。
不気味な茶会は続く。
●
聖百合宮学園の内に入るにも外に出るにも、いくつもの書類と審査と理由が必須であるのだが。監獄から脱獄犯が絶えないように、抜け穴とはいくらでも存在している。
例えば、警備を黙らせたとか。今回はその手口であろう。
黒塗りだが全身武装を決め込んだ男達が、配送業者に似せたトラックを降りた。実際は集荷しに来た訳であるが、その『積み荷』とは。
「この中に、例の娘が?」
「ああ、この学園のOGが言ってたからな。家族を人質に脅したら、あっさり吐いたぜ」
「成程。兎に角、学生を一人でも見つけて人質にすりゃあ」
丁度良く、学生服(中等部らしい)の少女が男達の前に立った。
「おじさんたち……何、してるの?」
「何って……そりゃあ……悪い事だよ!!」
男の一人が少女に手を伸ばした――が、その腕は、途端に銃弾に抜かれてハチの巣状となり叫び声が響く。
「な、なんだぁ!?」
タタタタタン!という音と共に、また一人、また一人と男は倒れていく。
武装を見越し、武装の薄い部分を着実に狙った攻撃が来ていた。男はトラックの影に隠れ、冷静に辺りを見れば。
「ハァ!? いつからこの世界は、女子高生が武装していい世界になったんだよ!!」
かくして、男と少女達はぶつかり合った。
一人の少女を巡って、くだらないくだらないぶつかり合いが。
●
本日のファイヴの依頼は至極簡単であった。
山に出没する熊が妖化した為、元に戻して返して欲しいというもの。
無事、熊は元の状態に戻る事が出来、腹を空かせていたのかお土産に鮭を沢山咥えて帰って行った。これで終れば今日の寝ざめは良かっただろう。
だが。
「なんか、おかしくね?」
一人の覚者が開きっぱなしの門を見て、頭にハテナを浮かべた。
「ああ、ここって確か女子しかいない学園の門よね。こんな夜中の二時に、なんで。普通閉めきるわよね」
「おい……あれ」
また一人が、門付近に倒れている警備員の首に手を当てた。べったりついた血が、警備員の死を物語っている。
「やばいんじゃ」
「やばいな」
すると、学園の中から歩いてくる少女が居た。怪我をしているようには見えないが、全身血に濡れていた。泣きながら、こちらに歩いてくる。
「た、たすけ……イ、イレブンの、人、ですか?」
「イ、イレブン……!?」
「男達が、来て、仲間が応戦してて、でも、だめでっっ、人質にとられちゃっ、て、ううああああああーーん!!」
少女は続けた。
「私、名前、氷、雨、です。逢魔ヶ時、氷雨。狙いは、私、なんです、どうしたら!」
……。
………。
…………ん? 逢魔ヶ時?
まるで一面に咲く、色とりどりの花が香るような。
聖百合宮学園は、幼稚園から小学校。中学から高校。更に大学までエスカレーター式のマンモス校である。
規模としては、あの『五麟学園』に比べれば小さいものの。
関東方面有数の、全寮制お嬢様学校であり、山をひとつ買い取ってそこに学園がひとつ収まっている。小規模な学園都市に似たようなものだ。
故に、学園内には『少女』が多い。
そして、外界に触れる機会が少ないという点の意としては、『訳あり』の少女が少なくは無い――という事だ。
噂好きの女子高生が語る。
「ねぇ……前の京都の事件……逢魔ヶ時紫雨の仕業だって話ですわよ……」
「ぇぇ、何それ怖いね……新聞だと原因不明の能力者の抗争って言われてなかった?」
「くすくすくす、『お外』は大変なんですわね」
「それはアレでしょうよ。新聞各社は関わり合いになりたくなかったのよ、きっと。相手はあの『七星剣』! 目をつけたれたら、どうやったって勝てっこないわ」
「そういえば今夜。男性の配送業者が来るそうですわ。学園内に男性とは、淫らですわねー。大人たちは何をやっているのでしょう」
「あらあらあら? おかしいですわ、本日は全生徒宛てに宅配はありません事よ。それに学園宛ての荷物も無かったはず」
「うふふ、それでは『学園内のものを運びに来た』のでしょうか?」
クスクスクスクスクス。
笑い声が響く。
誰かに聞かせている様な、声で。
四人の少女がカフェテラスで紅茶を楽しみながら、外界の面白そうな話しをしている最中。席を立ち、足早にカフェテラスを後にした少女が居た。
「あら? 氷雨様のお耳に入ってしまったかしら?」
「ウフフ、それでは。本日の夜は寮から出ない方が宜しいですわね」
クスクスクスクスクス。
不気味な茶会は続く。
●
聖百合宮学園の内に入るにも外に出るにも、いくつもの書類と審査と理由が必須であるのだが。監獄から脱獄犯が絶えないように、抜け穴とはいくらでも存在している。
例えば、警備を黙らせたとか。今回はその手口であろう。
黒塗りだが全身武装を決め込んだ男達が、配送業者に似せたトラックを降りた。実際は集荷しに来た訳であるが、その『積み荷』とは。
「この中に、例の娘が?」
「ああ、この学園のOGが言ってたからな。家族を人質に脅したら、あっさり吐いたぜ」
「成程。兎に角、学生を一人でも見つけて人質にすりゃあ」
丁度良く、学生服(中等部らしい)の少女が男達の前に立った。
「おじさんたち……何、してるの?」
「何って……そりゃあ……悪い事だよ!!」
男の一人が少女に手を伸ばした――が、その腕は、途端に銃弾に抜かれてハチの巣状となり叫び声が響く。
「な、なんだぁ!?」
タタタタタン!という音と共に、また一人、また一人と男は倒れていく。
武装を見越し、武装の薄い部分を着実に狙った攻撃が来ていた。男はトラックの影に隠れ、冷静に辺りを見れば。
「ハァ!? いつからこの世界は、女子高生が武装していい世界になったんだよ!!」
かくして、男と少女達はぶつかり合った。
一人の少女を巡って、くだらないくだらないぶつかり合いが。
●
本日のファイヴの依頼は至極簡単であった。
山に出没する熊が妖化した為、元に戻して返して欲しいというもの。
無事、熊は元の状態に戻る事が出来、腹を空かせていたのかお土産に鮭を沢山咥えて帰って行った。これで終れば今日の寝ざめは良かっただろう。
だが。
「なんか、おかしくね?」
一人の覚者が開きっぱなしの門を見て、頭にハテナを浮かべた。
「ああ、ここって確か女子しかいない学園の門よね。こんな夜中の二時に、なんで。普通閉めきるわよね」
「おい……あれ」
また一人が、門付近に倒れている警備員の首に手を当てた。べったりついた血が、警備員の死を物語っている。
「やばいんじゃ」
「やばいな」
すると、学園の中から歩いてくる少女が居た。怪我をしているようには見えないが、全身血に濡れていた。泣きながら、こちらに歩いてくる。
「た、たすけ……イ、イレブンの、人、ですか?」
「イ、イレブン……!?」
「男達が、来て、仲間が応戦してて、でも、だめでっっ、人質にとられちゃっ、て、ううああああああーーん!!」
少女は続けた。
「私、名前、氷、雨、です。逢魔ヶ時、氷雨。狙いは、私、なんです、どうしたら!」
……。
………。
…………ん? 逢魔ヶ時?

■シナリオ詳細
■成功条件
1.謎組織を追い返す
2.紫雨の情報を手に入れる
3.なし
2.紫雨の情報を手に入れる
3.なし
残念! イレブンじゃない、ファイヴちゃんでしたー!
●状況
依頼が終わり、帰路へつくその前に不審な学園の門と不審な死体を発見し、立ち止まる。
すると逢魔ヶ時氷雨と名乗る少女が学園から出てきて、助けて欲しいと言われた。
氷雨は、ファイヴをイレブンと間違えているらしい。
どうやらイレブンと何かが戦っている最中であるようだ。特に氷雨は放ってはおけない為、一応介入をしてみよう
(OPの状況は氷雨から聞いた状況とし、PCの周知とします)
●前提
・逢魔ヶ時氷雨は『暗くてPCが覚者だと見えなかった』という事とし、依頼開始直後は彼女に覚者だとバレていない事とします
基本的に覚者だとバレないほうが、色々やりやすい依頼かもしれないです
・両組織とも疲労している為、序盤から体力値は低いです
●謎組織×6人
・トラックに乗って学園に乗り込んで来た男達。覚者は不在
どうやら氷雨の持つ逢魔ヶ時紫雨情報や、氷雨を使って紫雨を呼び寄せる事ができないかと考えた。
何かしらの形で紫雨に煮え湯を飲まされた武装集団です
武器は、基本的な銃やナイフ。遠距離から近距離まで行います
●学園組織の少女達×10人
・イレブンと繋がりがある女子中高生の、制服×武装集団。覚者不在
なんらかの形で覚者に恨みがあるようで、イレブンに所属。この事実を学園側の大人たちは関わりたくないようで見て見ぬふりをし、例え少女が死亡しても事故として取り扱います
武装は銃やサブマシンガン、近距離系の武器は無し
●逢魔ヶ時氷雨
・中学生前後の、黒髪黒眼低身長の少女
サブマシンガンを持っています、憤怒者
・覚者が嫌い(大体兄のせい)な為。覚者とバレた瞬間、女子高生組織と共にPCの敵となります
・嘘が嫌い(大体兄のせい)
・男が嫌い(大体兄のせい)
●場所
・どんぱちしている場所は氷雨が教えてくれます。学園ではありますが、不自然に人はいないです
暗いです。広いです。
それではご縁がございましたら、宜しくお願い致します
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
5日
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年12月19日
2015年12月19日
■メイン参加者 8人■

●
戦争の中心に立つ少女――氷雨は、不安な面持ちで八人を見ていた。
「あー、そういや」
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)はそこで言葉を切る。そういえば奴には妹が存在していたなと言い掛けて、飲み込んだ。
己が妹と比べてみれば、随分と気弱で優しそうな面影が見え隠れする普通の少女だ。こんな場所で逢うとは思いもしなかったが、どうやら世間というのは狭いようで。
どうする? と言うような目線で『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)は仲間たちを見た。『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)は、笑顔で頷き、嘘つきを悟られない様それらしい演技はしてみせる。
「あの……?」
「そうだ、イレブンだ」
氷雨の表情の雲行きが怪しくなる前に、深緋・幽霊男(CL2001229)は肯定した。ひとつ、嘘を吐いた。だが、必要な嘘である。瑠璃も同じく頷いて、学園を指差す。
「その、現場に連れて行ってくれる?」
「! そうですよね、じゃあ。案内します……お手数とらせて、申し訳ないです。見つからないように、潜んでいたはずなのですが」
氷雨は早く現場に覚者を連れて行きたいらしい。足早に奥へと誘って行く彼女の腕を、『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)は掴んだ。
「もし一緒に行かれるのでしたら一緒に行きましょう。ほんのちょっとですがお役に立てるかもしれません」
「一緒に……、わかりました」
道中。
百目鬼 燈(CL2001196)はさり気無く氷雨の隣を並走していく。
「そもそも何で狙われてんだ?」
「紫雨っていう人の……ことが、知りたいんじゃ、ないでしょうか」
「紫雨って何?」
「悪い能力者組織の、えらいひとです」
唇を噛み締めた氷雨の暗い顔を、燈は見逃さない。
「仲悪ぃーの?」
「他人です」
成程。
他人とは、好きか嫌いかの判別をつける前の存在であろう。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は、好きですとも嫌いですとも言われなかったことに、ぴくりと反応しながら、自身の妹を氷雨の後姿に重ねた。同じように紫雨がこれを知ったら、辛いと思うのだろうか。それとも、何も思わないのだろうか。
「どう、思う?」
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)は、柾をチラりと見やる。
「どう思うって?」
「言わせないで。仕組まれたか疑えるくらいの因果なのに」
「ああ……『暁』と似ているか……ていうことかな」
「そう」
「似ているといえば似ていると思えるが。彼は白髪だったが、彼女は黒髪。彼は三白眼だが、彼女は普通だ。グレーゾーンってところかな」
●
こうまで世界は反転するものか。
昼は少女たちの賑わいで埋まる世界は、今や人の吐息でさえ余裕で聞こえる程の静けさ。
少女が腰掛けていた椅子や、甘い菓子を並べられていたテーブルも、今や役目さえ忘れて蜂の巣になり転がっている。
班を分けた覚者たちは、各々のポジションに立っていた。
時折、銃声と、銃が弾丸を吐き出す一瞬に芽生える光が、小刻みに灯される。どうやらまだ、銃撃戦は続いているようだ。
有為は三式弾斧「オルペウス」を担ぎながら、氷雨が戦場を覗き込もうとしたのを掴んで引き戻す。そんな堂々見たらバレるだろうと諭しながら。
「銃撃戦してる子たちも叫び声ひとつあげないとはね。女子高生にしては訓練が行き届きすぎていない?」
「す、すいません、一応イレブンなもので」
話をあわせて、誤解は解かぬよう。
けれども、日常生活があるはずの少女たちの異様さは、世界が悪いのか世間が悪いのか。有為は現状に少しの悲しみを覚えた。同じく悲しんだのは千陽だ。嘘をつくのは悪いことである、けれども必要なときはある。積み重なる嘘に、薄く広がる罪悪感は千陽の優しさを示すものか。
燈も氷雨のすぐ隣に立ちながら、腕を掴んだ。寒さに晒された腕を暖めるように、燈は名前の通り、希望という火を燈すように氷雨に言う。
「俺はお前を守るぞ」
「ありがとうございます。でも、守らなくても、その、私なんか」
「アニスも、頑張りますから。手、離さないでくださいね」
「はい、わかりました……」
「連れて行かれたら、困っちゃいますから」
「私なんか、気遣ってくれるんですね」
少しだけ、というより、かなり。
氷雨の暗い雰囲気に燈もアニスも疑問を覚えた。何故、彼女は自分に悲観的なのか。そこには兄との姉との違いがあるかもしれない。刀嗣はあえて何も言わずに。暗黙下で行われた合図を受信した。
「そろそろイケるだろ」
「新手か!!」
割り込んだ覚者、ここれはイレブンに、謎組織の男たちが動揺したのは言うまでもない。
だが、女子高生組も訳がわからないという目線で新勢力を出迎えていた。
「大丈夫です、この方たちは味方ですので!」
氷雨が居たおかげで、敵ではないとは認識されているようだ。
柾は少女を手にかけていた男の横腹から、頭を連打で殴りつけた。
「足下がお留守っと」
連携、有為がその男の背後を取り、得物の柄で足を殴って転ばし、更に柾は仕掛けた。いつも冷静を表に出す柾ではあるが、恋人や妹に重なって見えたからこそか、ナックルを携えた両拳には何時もより明らか力が入っている。
殺しはしない、けれども黙っては見過ごせない。
泣きそうな少女が、マシンガンを持つこの現実を。
「なんだぁ!!てめえ!!」
「言わなくても、分かるだろ?」
黒ずくめの男は吠え、構わず柾は次の攻撃へと移っていく。
同じく、有為も別の男をその身で行く先を制しつつ得物を構えた。
「あ、あの、貴方たちは!?」
「氷雨嬢を助けに、いや、貴方たちを助けるようにと言われました。加勢致します」
軍服の後ろ姿が、月に映える。千陽は、当たり前に自分の妹がいない事は分かっていたが、少女たちの中に知っている顔がないか瞳を急かして動かした。矢張り、いない。そのことに安堵はできる暇では無いけれど。
男の少ない園では、見かけることの少ない男性が少女達の前に立つだけで、どれ程の頼もしさがあったことか。
千陽に殴りかかってきた敵を、刀嗣がカウンター。敵の腹部に膝で打撃を与えつつ、刀の鞘で突き飛ばす。
よろめいた男、銃を構えた刹那。千陽は腕を下から上に振り上げながら咆哮を靡かせた。下から突き上げるような、風圧のような戟が振るわれ、吹き飛んだ敵の身体。電柱の足をかける部位に服が引っかかりながら、敵一人、意識を絶っていた。
アニスと氷雨は手を繋ぎ、そして燈はそれを護る。
氷雨に伸びた敵の手に燈は嚙みつき、アニスが銃で制していく。流れるような連携に、氷雨は、ぱちくりと目を瞬かせた。イレブンとは分っている、だが、明らかに戦闘に慣れている彼等は一体、と。
されど、敵も馬鹿ではない。
人質がいるのだ、有効に使わねば。女子高生たちは、悲観の表情を浮かべながら武器のトリガーを引くのを躊躇っている。何故なら。
「大人しく、都市伝説の妹を渡せ!! さもなくば」
男は一人、銃を空に向けて放ち威嚇しながら叫んだ。
もう片方の手で、後ろに拘束された少女を掴む。
掴む。はずだ。
掴めた、はずだった。が。スカっと言う音と共に、虚空に腕が揺れただけで終わった。
「さもなくば、どうするの?」
瑠璃が男の首にクレセントフェイトの刃をぴたり、押し付けながら背後を取っている。汗が男の頬から流れ落ちて、地面に吸い込まれた。
「ね。どうするの」
「そ、それは、こうするんだよ!!」
男は後ろに銃口を向けながら、背後へ無差別にトリガーを引く。合わせて上へと跳躍した瑠璃は弾丸をかわしつつ、首につけた得物を軽く引いた。防弾可能の硬い装備であっても、付け根は割りと隙だらけであるものは多い。その間接部位に入った刃は男の肉を抉り、それだけれ断末魔が舞う。
「新手の、さらに新手か!!」
向こう組織の男一人が叫んだ。
「撃て撃て撃て!!」
向こう組織の男がまた一人叫んだ。
とろんとした瞳で、瑠璃は一周クレセントフェイトを巧みに廻す。
刃部を避け、柄に幽霊男がすとんと乗っかった。瑠璃としては救えればそれで良し、救えなかったらそれはそれ、と考えていたものの。どうやら、懸念なんて考える必要は無いのかもしれない。幽霊男と息を合わせつつ、敵を討てると確信した故の話であるからして。
「新手といえば、新手だがの。最初から居たけどな」
小脇に拘束された少女を一人抱えながら、幽霊男はもう片方の手でジギルハイドを持ち直す。ズシ、と重たいそれが重力に負けてしまう前に、
「敵奥一人、少女が刺殺されそう。いってらっしゃい」
「あいよ」
瑠璃は得物を廻し、幽霊男を投げる。
今まさにナイフを振り落としている最中の男に、ジギルハイドの重さを横からぶつけていく幽霊男。もちろん腕に持っている少女は目を廻していた。
鼻血を吹き出しながら飛んでいく男を、幽霊男は弾丸で追う。彼が地面にバウンドし、壁にぶつかるより先に、その男を撃ち抜いていく。壁に赤く染まるシミと、断末魔は地面を震わした。
男は叫ぶと、皆、機械のように氷雨を取り囲みに足を動かす。氷雨を中心に、燈とアニスは背中合わせの状態で彼女を守っていた。唯一一人、前衛達の合間を縫って、アニスと燈を苦しめていた男が一人。
「皆さんが傷つくくらいなら、私、あっちに捕まっても、いいです……っ」
「それを言ったら、俺たちが守っている意味がないだろー」
「大丈夫です! アニスたちはきちんと守りますので」
「でも」
確かに。
銃撃にやられて、燈も、アニスも体から血が流れていた。自分が居たことにより発生した事件で、自分は傷つかないなどと。あまりにも心が綺麗染みた氷雨にしてみれば、自分の身が切られたほうがまだマシであったかもしれない。けれども、アニスも燈もそれを承知で彼女を護るのだ、例えこの身に変えても。それたただ、逢魔ヶ時紫雨の情報が欲しいから護るだけの行動とは思えない程の感情が花咲かせていた事だろう。
「きゃぁぁあ!!」
銃撃に氷雨は両手で耳を押さえつつ、叫ぶ。だが弾丸は氷雨には当たらない、手前に立つ燈が両手を広げ、血塗れで立っていた。
「ぁ、あ、の」
「んー? あ、平気平気。こんなの」
燈はニコリと笑いながら足に鞭打ち立ち続けた。
なんていったって、己はパーフェクトなのだ。こんな依頼の帰りの寄り道であったとしても、パーフェクトに終わらなければ燈の名に傷がつくというものだ。もし、燈がいなければ氷雨がこうなっていたかもしれない、アニスは唇を噛んだ。もし、もし、正体を隠さずにいられるのならば、燈を治せるはずであったのに。
故に、アニスは武器を取る。
安全装置を外し、千陽に習った通りに段階を踏む。そして、撃つ。
その頃、女子高生の一人が躓き、倒れ、逃げ遅れた。迫る男、だがその手前に幽霊男と瑠璃が立った。
「なんなんだよてめえら!!」
「なんじゃろな」
「一日外をぶらついてるただの人間だよ」
吠えた男にされど怯まず。瑠璃が無表情に、花一匁は、悲しい歌だと呟いた。
一筋の希望も無い場所に落とされる少女の運命を変えるべく、少年は得物を握り、そして男の腕を吹き飛ばし、そして幽霊男は男の頭を銃で殴りつけた。
「超イケメンの天才剣士の俺様が助けに来たんだ。喜べよ女ども」
刀嗣は前進しながら、傷つき倒れる少女たちの間を縫っていく。落ち着き、一歩一歩踏みしめていく歩みに、後退していく男は勝ち目がないと悟っていたことだろう。だがそれは無意識だ。銃があれば勝てると誰しもは思っていた。だから、撃った。だが、刀嗣は贋作と知れた刀を一振りしただけで、弾いたのだ。
「なんだぁ……? 今のが攻撃かぁ? シケてんな、ちゃんと狙え。当てないと攻撃は意味ねェぞ」
「え、は、え? あ、ぅ、うわあ!!」
男は今度は連打性の弾丸で彼を射抜かんとする。その前に刀嗣は男の銃口から刀を差込み、腕を貫き、肩を真っ二つに突く。途端の返り血に頬を濡らしながら。
「オイオイ、壊れちまったら楽しくねェだろうが」
笑いながら泣いて地面を転げまわる男を蹴り飛ばし、柾が殴った敵にぶつけて男二人が共に倒れていった。
近接。
ナイフを片手に男は有為に迫った。本当はその奥の氷雨を狙いたいのだろうが、有為は進軍を許さない。
「おるぁぁ!!!」
繰り出されるナイフ。一瞬、有為は片足を上げたところで、
「ん。あ」
気づいたように戻した。体勢を後ろに下げ、頬に一寸の切り傷を作りながら。斧を下から上へと廻す。上手く、柄にあてて切り殺さぬよう。加減をするというのはなんとも難しいものだと嘆きながら、有為は男を吹き飛ばした。
男は這ってから、再び銃口は有為へ向いた。
「タフだなぁ」
細くなる有為の瞳。タタタタと小刻みに爆音が流れたとき、有為の体は闇夜を移動していく。弾丸が軌跡を辿る様に地面を撃っていた。千陽が護る少女たちがいる場所から攻撃が遠ざかるように場所を移していく。
すぐに、男のマシンガンもトリガーを引いても、うんとも、すんとも言わなくなった。男は焦ったか、あれ、あれと繰り返しながらトリガーを引く。だが撃てない。移動していた有為は大きく円を描きながら、男に迫った。
「これで終わりだね、残念」
斧を振りかぶり、落としていく。地面にめり込んだ斧は倒れた男の顔面横すれすれに着地していた。男は、泡を吹きながら気絶していた。
「凄い、こんなに、凄いんですね……」
氷雨一人、尻餅つきながら逆転の目を見せた戦いに驚いていた。
●
女子高生たちは訓練されているかのように、現場の証拠隠滅作業を行っていた。
瑠璃も現場で、イレブンが如く指示しながら少女達に混じって手を動かしている最中だ。
捕まえた男たちを一帯に固めつつ拘束。
あとはおそらくイレブンがなんとかするだろうから、覚者たちはこれ以上彼らに触れることは不可能だ。瑠璃こそ、彼等の目的を問いただそうとしたものの、氷雨を利用目的のただの寄せ集め集団に過ぎないと知る。
「ちょっと、いいかな。氷雨」
「なんでしょうか」
燈の傷に包帯を巻いていた氷雨は、柾を見上げる。
「ちょっと……紫雨について、聞きたいんだけど。いいかな?」
「前は……話せませんと言いましたが」
柾は、成程と頷いた。それはそうであろうか、あのイレブンだ。七星剣の幹部の情報は欲しいはず。先手を打って聞いていただろうが、氷雨は何も彼らに話していない。そう判断していいだろう。だからこそ、アニスは頭を下げて何度も頼みこんだ。
「なんでもいいんです、私達にも教えてください!!」
「その、えっと、わかりました、恩人、ですし、ね」
その時、アニスは氷雨が苦い表情をしていた事をよく覚えていた。
柾は問う。
「氷雨には姉がいるか?」
「いますよ。歳の離れた、姉が。智雨って言います」
「紫雨の外見は?」
「私には、似てないと思います。えっと、でも今その、いろいろ姿が変わってるから、聞いても意味ないかも、て」
「どういうこと?」
「『鏡』です」
「鏡?」
「三種の神器って知っていますか。剣と、勾玉と、鏡。あれは、何かを映す鏡ではなくて、鏡の後ろを隠す鏡だって」
「剣……は、八尺か? さておき、勾玉は?」
「勾玉って、昔の人の装飾品ですよね。今では、形が勾玉では無く、別のものになってるかと。兄は、何かしら、アクセサリーを着けているんじゃないでしょうか。こんな話、為になりますか?」
「すっごく、なるよ。ありがとう」
千陽は問う。
「……なぜそれほどまで兄を嫌うのです?」
千陽は絞りだす声が少し震えた。己の妹に質問をしているような、そんな気がして。
「いえ、くだらない、嫉妬です。兄は、私のことなんかこれっぽっちも……その」
「嘘、ですか」
「……いえ、それもそうですが。そんなのじゃ、私は、酷く屑な人間ですから」
刀嗣は問う。
「1つ、逢魔ヶ時紫雨は辰の因子の火行使いか?」
「だと、思います」
「2つ、逢魔ヶ時紫雨の使ってる得物は清光って刀か?」
「清光……? そんなの、使ってたかな……」
「3つ、アイツの得意な戦い方は何だ?」
「わかりま、せん」
「4つ、禍時の百鬼って連中はどういう奴らだ?」
「兄が動けば必ず動く方たちかと。でもこれは噂の範囲なので、私は詳しく知りません、ごめんなさい」
そうかと告げた刀嗣はそのまま氷雨の唇を奪った。少女達が皆、きゃぁと声を出している中、氷雨だけは呆然と、ただ茫然と立ち尽くしながら刀嗣を見ていた。
「俺が紫雨を殺す。その前金だ、残りは後で貰う」
「え。あ……えと……は、はひ?」
幽霊男は問う。
「血雨を起こしているのは、紫雨か?」
「いえ、兄は……誘導してるだけで、制御まで、できていないのでは、ないでしょうか。
……姉は、兄が大好きでしたから。それこそ、私なんて存在していないかのように扱われて……」
「そうか」
帰り際、氷雨は千陽の袖を引っ張り、泣きそうな顔をしていた。
戦争の中心に立つ少女――氷雨は、不安な面持ちで八人を見ていた。
「あー、そういや」
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)はそこで言葉を切る。そういえば奴には妹が存在していたなと言い掛けて、飲み込んだ。
己が妹と比べてみれば、随分と気弱で優しそうな面影が見え隠れする普通の少女だ。こんな場所で逢うとは思いもしなかったが、どうやら世間というのは狭いようで。
どうする? と言うような目線で『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)は仲間たちを見た。『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)は、笑顔で頷き、嘘つきを悟られない様それらしい演技はしてみせる。
「あの……?」
「そうだ、イレブンだ」
氷雨の表情の雲行きが怪しくなる前に、深緋・幽霊男(CL2001229)は肯定した。ひとつ、嘘を吐いた。だが、必要な嘘である。瑠璃も同じく頷いて、学園を指差す。
「その、現場に連れて行ってくれる?」
「! そうですよね、じゃあ。案内します……お手数とらせて、申し訳ないです。見つからないように、潜んでいたはずなのですが」
氷雨は早く現場に覚者を連れて行きたいらしい。足早に奥へと誘って行く彼女の腕を、『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)は掴んだ。
「もし一緒に行かれるのでしたら一緒に行きましょう。ほんのちょっとですがお役に立てるかもしれません」
「一緒に……、わかりました」
道中。
百目鬼 燈(CL2001196)はさり気無く氷雨の隣を並走していく。
「そもそも何で狙われてんだ?」
「紫雨っていう人の……ことが、知りたいんじゃ、ないでしょうか」
「紫雨って何?」
「悪い能力者組織の、えらいひとです」
唇を噛み締めた氷雨の暗い顔を、燈は見逃さない。
「仲悪ぃーの?」
「他人です」
成程。
他人とは、好きか嫌いかの判別をつける前の存在であろう。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は、好きですとも嫌いですとも言われなかったことに、ぴくりと反応しながら、自身の妹を氷雨の後姿に重ねた。同じように紫雨がこれを知ったら、辛いと思うのだろうか。それとも、何も思わないのだろうか。
「どう、思う?」
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)は、柾をチラりと見やる。
「どう思うって?」
「言わせないで。仕組まれたか疑えるくらいの因果なのに」
「ああ……『暁』と似ているか……ていうことかな」
「そう」
「似ているといえば似ていると思えるが。彼は白髪だったが、彼女は黒髪。彼は三白眼だが、彼女は普通だ。グレーゾーンってところかな」
●
こうまで世界は反転するものか。
昼は少女たちの賑わいで埋まる世界は、今や人の吐息でさえ余裕で聞こえる程の静けさ。
少女が腰掛けていた椅子や、甘い菓子を並べられていたテーブルも、今や役目さえ忘れて蜂の巣になり転がっている。
班を分けた覚者たちは、各々のポジションに立っていた。
時折、銃声と、銃が弾丸を吐き出す一瞬に芽生える光が、小刻みに灯される。どうやらまだ、銃撃戦は続いているようだ。
有為は三式弾斧「オルペウス」を担ぎながら、氷雨が戦場を覗き込もうとしたのを掴んで引き戻す。そんな堂々見たらバレるだろうと諭しながら。
「銃撃戦してる子たちも叫び声ひとつあげないとはね。女子高生にしては訓練が行き届きすぎていない?」
「す、すいません、一応イレブンなもので」
話をあわせて、誤解は解かぬよう。
けれども、日常生活があるはずの少女たちの異様さは、世界が悪いのか世間が悪いのか。有為は現状に少しの悲しみを覚えた。同じく悲しんだのは千陽だ。嘘をつくのは悪いことである、けれども必要なときはある。積み重なる嘘に、薄く広がる罪悪感は千陽の優しさを示すものか。
燈も氷雨のすぐ隣に立ちながら、腕を掴んだ。寒さに晒された腕を暖めるように、燈は名前の通り、希望という火を燈すように氷雨に言う。
「俺はお前を守るぞ」
「ありがとうございます。でも、守らなくても、その、私なんか」
「アニスも、頑張りますから。手、離さないでくださいね」
「はい、わかりました……」
「連れて行かれたら、困っちゃいますから」
「私なんか、気遣ってくれるんですね」
少しだけ、というより、かなり。
氷雨の暗い雰囲気に燈もアニスも疑問を覚えた。何故、彼女は自分に悲観的なのか。そこには兄との姉との違いがあるかもしれない。刀嗣はあえて何も言わずに。暗黙下で行われた合図を受信した。
「そろそろイケるだろ」
「新手か!!」
割り込んだ覚者、ここれはイレブンに、謎組織の男たちが動揺したのは言うまでもない。
だが、女子高生組も訳がわからないという目線で新勢力を出迎えていた。
「大丈夫です、この方たちは味方ですので!」
氷雨が居たおかげで、敵ではないとは認識されているようだ。
柾は少女を手にかけていた男の横腹から、頭を連打で殴りつけた。
「足下がお留守っと」
連携、有為がその男の背後を取り、得物の柄で足を殴って転ばし、更に柾は仕掛けた。いつも冷静を表に出す柾ではあるが、恋人や妹に重なって見えたからこそか、ナックルを携えた両拳には何時もより明らか力が入っている。
殺しはしない、けれども黙っては見過ごせない。
泣きそうな少女が、マシンガンを持つこの現実を。
「なんだぁ!!てめえ!!」
「言わなくても、分かるだろ?」
黒ずくめの男は吠え、構わず柾は次の攻撃へと移っていく。
同じく、有為も別の男をその身で行く先を制しつつ得物を構えた。
「あ、あの、貴方たちは!?」
「氷雨嬢を助けに、いや、貴方たちを助けるようにと言われました。加勢致します」
軍服の後ろ姿が、月に映える。千陽は、当たり前に自分の妹がいない事は分かっていたが、少女たちの中に知っている顔がないか瞳を急かして動かした。矢張り、いない。そのことに安堵はできる暇では無いけれど。
男の少ない園では、見かけることの少ない男性が少女達の前に立つだけで、どれ程の頼もしさがあったことか。
千陽に殴りかかってきた敵を、刀嗣がカウンター。敵の腹部に膝で打撃を与えつつ、刀の鞘で突き飛ばす。
よろめいた男、銃を構えた刹那。千陽は腕を下から上に振り上げながら咆哮を靡かせた。下から突き上げるような、風圧のような戟が振るわれ、吹き飛んだ敵の身体。電柱の足をかける部位に服が引っかかりながら、敵一人、意識を絶っていた。
アニスと氷雨は手を繋ぎ、そして燈はそれを護る。
氷雨に伸びた敵の手に燈は嚙みつき、アニスが銃で制していく。流れるような連携に、氷雨は、ぱちくりと目を瞬かせた。イレブンとは分っている、だが、明らかに戦闘に慣れている彼等は一体、と。
されど、敵も馬鹿ではない。
人質がいるのだ、有効に使わねば。女子高生たちは、悲観の表情を浮かべながら武器のトリガーを引くのを躊躇っている。何故なら。
「大人しく、都市伝説の妹を渡せ!! さもなくば」
男は一人、銃を空に向けて放ち威嚇しながら叫んだ。
もう片方の手で、後ろに拘束された少女を掴む。
掴む。はずだ。
掴めた、はずだった。が。スカっと言う音と共に、虚空に腕が揺れただけで終わった。
「さもなくば、どうするの?」
瑠璃が男の首にクレセントフェイトの刃をぴたり、押し付けながら背後を取っている。汗が男の頬から流れ落ちて、地面に吸い込まれた。
「ね。どうするの」
「そ、それは、こうするんだよ!!」
男は後ろに銃口を向けながら、背後へ無差別にトリガーを引く。合わせて上へと跳躍した瑠璃は弾丸をかわしつつ、首につけた得物を軽く引いた。防弾可能の硬い装備であっても、付け根は割りと隙だらけであるものは多い。その間接部位に入った刃は男の肉を抉り、それだけれ断末魔が舞う。
「新手の、さらに新手か!!」
向こう組織の男一人が叫んだ。
「撃て撃て撃て!!」
向こう組織の男がまた一人叫んだ。
とろんとした瞳で、瑠璃は一周クレセントフェイトを巧みに廻す。
刃部を避け、柄に幽霊男がすとんと乗っかった。瑠璃としては救えればそれで良し、救えなかったらそれはそれ、と考えていたものの。どうやら、懸念なんて考える必要は無いのかもしれない。幽霊男と息を合わせつつ、敵を討てると確信した故の話であるからして。
「新手といえば、新手だがの。最初から居たけどな」
小脇に拘束された少女を一人抱えながら、幽霊男はもう片方の手でジギルハイドを持ち直す。ズシ、と重たいそれが重力に負けてしまう前に、
「敵奥一人、少女が刺殺されそう。いってらっしゃい」
「あいよ」
瑠璃は得物を廻し、幽霊男を投げる。
今まさにナイフを振り落としている最中の男に、ジギルハイドの重さを横からぶつけていく幽霊男。もちろん腕に持っている少女は目を廻していた。
鼻血を吹き出しながら飛んでいく男を、幽霊男は弾丸で追う。彼が地面にバウンドし、壁にぶつかるより先に、その男を撃ち抜いていく。壁に赤く染まるシミと、断末魔は地面を震わした。
男は叫ぶと、皆、機械のように氷雨を取り囲みに足を動かす。氷雨を中心に、燈とアニスは背中合わせの状態で彼女を守っていた。唯一一人、前衛達の合間を縫って、アニスと燈を苦しめていた男が一人。
「皆さんが傷つくくらいなら、私、あっちに捕まっても、いいです……っ」
「それを言ったら、俺たちが守っている意味がないだろー」
「大丈夫です! アニスたちはきちんと守りますので」
「でも」
確かに。
銃撃にやられて、燈も、アニスも体から血が流れていた。自分が居たことにより発生した事件で、自分は傷つかないなどと。あまりにも心が綺麗染みた氷雨にしてみれば、自分の身が切られたほうがまだマシであったかもしれない。けれども、アニスも燈もそれを承知で彼女を護るのだ、例えこの身に変えても。それたただ、逢魔ヶ時紫雨の情報が欲しいから護るだけの行動とは思えない程の感情が花咲かせていた事だろう。
「きゃぁぁあ!!」
銃撃に氷雨は両手で耳を押さえつつ、叫ぶ。だが弾丸は氷雨には当たらない、手前に立つ燈が両手を広げ、血塗れで立っていた。
「ぁ、あ、の」
「んー? あ、平気平気。こんなの」
燈はニコリと笑いながら足に鞭打ち立ち続けた。
なんていったって、己はパーフェクトなのだ。こんな依頼の帰りの寄り道であったとしても、パーフェクトに終わらなければ燈の名に傷がつくというものだ。もし、燈がいなければ氷雨がこうなっていたかもしれない、アニスは唇を噛んだ。もし、もし、正体を隠さずにいられるのならば、燈を治せるはずであったのに。
故に、アニスは武器を取る。
安全装置を外し、千陽に習った通りに段階を踏む。そして、撃つ。
その頃、女子高生の一人が躓き、倒れ、逃げ遅れた。迫る男、だがその手前に幽霊男と瑠璃が立った。
「なんなんだよてめえら!!」
「なんじゃろな」
「一日外をぶらついてるただの人間だよ」
吠えた男にされど怯まず。瑠璃が無表情に、花一匁は、悲しい歌だと呟いた。
一筋の希望も無い場所に落とされる少女の運命を変えるべく、少年は得物を握り、そして男の腕を吹き飛ばし、そして幽霊男は男の頭を銃で殴りつけた。
「超イケメンの天才剣士の俺様が助けに来たんだ。喜べよ女ども」
刀嗣は前進しながら、傷つき倒れる少女たちの間を縫っていく。落ち着き、一歩一歩踏みしめていく歩みに、後退していく男は勝ち目がないと悟っていたことだろう。だがそれは無意識だ。銃があれば勝てると誰しもは思っていた。だから、撃った。だが、刀嗣は贋作と知れた刀を一振りしただけで、弾いたのだ。
「なんだぁ……? 今のが攻撃かぁ? シケてんな、ちゃんと狙え。当てないと攻撃は意味ねェぞ」
「え、は、え? あ、ぅ、うわあ!!」
男は今度は連打性の弾丸で彼を射抜かんとする。その前に刀嗣は男の銃口から刀を差込み、腕を貫き、肩を真っ二つに突く。途端の返り血に頬を濡らしながら。
「オイオイ、壊れちまったら楽しくねェだろうが」
笑いながら泣いて地面を転げまわる男を蹴り飛ばし、柾が殴った敵にぶつけて男二人が共に倒れていった。
近接。
ナイフを片手に男は有為に迫った。本当はその奥の氷雨を狙いたいのだろうが、有為は進軍を許さない。
「おるぁぁ!!!」
繰り出されるナイフ。一瞬、有為は片足を上げたところで、
「ん。あ」
気づいたように戻した。体勢を後ろに下げ、頬に一寸の切り傷を作りながら。斧を下から上へと廻す。上手く、柄にあてて切り殺さぬよう。加減をするというのはなんとも難しいものだと嘆きながら、有為は男を吹き飛ばした。
男は這ってから、再び銃口は有為へ向いた。
「タフだなぁ」
細くなる有為の瞳。タタタタと小刻みに爆音が流れたとき、有為の体は闇夜を移動していく。弾丸が軌跡を辿る様に地面を撃っていた。千陽が護る少女たちがいる場所から攻撃が遠ざかるように場所を移していく。
すぐに、男のマシンガンもトリガーを引いても、うんとも、すんとも言わなくなった。男は焦ったか、あれ、あれと繰り返しながらトリガーを引く。だが撃てない。移動していた有為は大きく円を描きながら、男に迫った。
「これで終わりだね、残念」
斧を振りかぶり、落としていく。地面にめり込んだ斧は倒れた男の顔面横すれすれに着地していた。男は、泡を吹きながら気絶していた。
「凄い、こんなに、凄いんですね……」
氷雨一人、尻餅つきながら逆転の目を見せた戦いに驚いていた。
●
女子高生たちは訓練されているかのように、現場の証拠隠滅作業を行っていた。
瑠璃も現場で、イレブンが如く指示しながら少女達に混じって手を動かしている最中だ。
捕まえた男たちを一帯に固めつつ拘束。
あとはおそらくイレブンがなんとかするだろうから、覚者たちはこれ以上彼らに触れることは不可能だ。瑠璃こそ、彼等の目的を問いただそうとしたものの、氷雨を利用目的のただの寄せ集め集団に過ぎないと知る。
「ちょっと、いいかな。氷雨」
「なんでしょうか」
燈の傷に包帯を巻いていた氷雨は、柾を見上げる。
「ちょっと……紫雨について、聞きたいんだけど。いいかな?」
「前は……話せませんと言いましたが」
柾は、成程と頷いた。それはそうであろうか、あのイレブンだ。七星剣の幹部の情報は欲しいはず。先手を打って聞いていただろうが、氷雨は何も彼らに話していない。そう判断していいだろう。だからこそ、アニスは頭を下げて何度も頼みこんだ。
「なんでもいいんです、私達にも教えてください!!」
「その、えっと、わかりました、恩人、ですし、ね」
その時、アニスは氷雨が苦い表情をしていた事をよく覚えていた。
柾は問う。
「氷雨には姉がいるか?」
「いますよ。歳の離れた、姉が。智雨って言います」
「紫雨の外見は?」
「私には、似てないと思います。えっと、でも今その、いろいろ姿が変わってるから、聞いても意味ないかも、て」
「どういうこと?」
「『鏡』です」
「鏡?」
「三種の神器って知っていますか。剣と、勾玉と、鏡。あれは、何かを映す鏡ではなくて、鏡の後ろを隠す鏡だって」
「剣……は、八尺か? さておき、勾玉は?」
「勾玉って、昔の人の装飾品ですよね。今では、形が勾玉では無く、別のものになってるかと。兄は、何かしら、アクセサリーを着けているんじゃないでしょうか。こんな話、為になりますか?」
「すっごく、なるよ。ありがとう」
千陽は問う。
「……なぜそれほどまで兄を嫌うのです?」
千陽は絞りだす声が少し震えた。己の妹に質問をしているような、そんな気がして。
「いえ、くだらない、嫉妬です。兄は、私のことなんかこれっぽっちも……その」
「嘘、ですか」
「……いえ、それもそうですが。そんなのじゃ、私は、酷く屑な人間ですから」
刀嗣は問う。
「1つ、逢魔ヶ時紫雨は辰の因子の火行使いか?」
「だと、思います」
「2つ、逢魔ヶ時紫雨の使ってる得物は清光って刀か?」
「清光……? そんなの、使ってたかな……」
「3つ、アイツの得意な戦い方は何だ?」
「わかりま、せん」
「4つ、禍時の百鬼って連中はどういう奴らだ?」
「兄が動けば必ず動く方たちかと。でもこれは噂の範囲なので、私は詳しく知りません、ごめんなさい」
そうかと告げた刀嗣はそのまま氷雨の唇を奪った。少女達が皆、きゃぁと声を出している中、氷雨だけは呆然と、ただ茫然と立ち尽くしながら刀嗣を見ていた。
「俺が紫雨を殺す。その前金だ、残りは後で貰う」
「え。あ……えと……は、はひ?」
幽霊男は問う。
「血雨を起こしているのは、紫雨か?」
「いえ、兄は……誘導してるだけで、制御まで、できていないのでは、ないでしょうか。
……姉は、兄が大好きでしたから。それこそ、私なんて存在していないかのように扱われて……」
「そうか」
帰り際、氷雨は千陽の袖を引っ張り、泣きそうな顔をしていた。
