空を舞う紅白
●
森の中を、少女の手を引き青年が走る。
青年の額には汗が滲み、浅く速い呼吸を繰り返す。
少女に至ってはゲホゲホと咽こみ、どう見てもこれ以上は走れそうもない。
日を遮る木々の中、ぽっかりと空が見える少し開けた空間で青年は足を止め振り返る。
「ここで迎え撃つ。 綾菜は後ろを警戒してくれ!」
「隼人…。 私は…ッケホ! ま、まだ大丈夫だから、逃げないと…」
隼人と言われた青年は少女を庇うように立つと腰に携えた剣を抜き、二人を追う妖の襲来に備える。
息と同時に唾をゴクンと大きく飲んだ綾菜と呼ばれた少女も、スタッフを具現化させ戦闘の準備を整えた。
背中合わせで敵の襲来に備える二人。
あの妖は、足音もなく羽音も立てずに現れる。
未だ全力疾走の疲れは癒えていないと言うのに、潜めるような息遣いで周囲の気配を探る。
木の隙間。 それとも地を這うように…。
隼人は眼球を素早く動かし、妖が現れうる場所を警戒する。
妖は…まだ現れない。
もしかしたら思いのほか距離をとれていて、やつらを撒く事が出来たのかもしれない。
そんな安心に似た僅かな気の緩み。 その瞬間に背後から綾菜の叫ぶような声が響く。
「隼人っ! 真上!」
綾菜の声に慌て、力を抜きかけていた剣を持つ手に力を込め真上を見上げる隼人。
その目に写ったのは、ぽっかり浮かぶ空を覆うような、白。
一旦木綿のような、長く大きな白い布だった。
「むぐぅぅぅぅ!?」
その白は瞬く間に隼人の顔にぐるりと巻き付き、その力を削いでゆく。
地面に倒れ、掻き毟るように顔に巻き付いた妖を振り払おうとする隼人。
「や…やだやだ! 隼人を放し…んむぅ!」
スタッフを振り回し隼人を救おうとする綾菜の顔にも別の個体がぐるりと巻き付き、その声遮る。
それだけで綾香は隼人と同じように地面に倒れ、バタバタともがき苦しみ始める。
顔に感じる不快な感触と息苦しさ。 それに、二人の隔者が思わず逃げを選択するほどの強烈な香り。
そう、その妖は……ふんどしの妖だったのだ。
●
「……っていう訳でね、隼人さんと綾菜さんっていう二人の隔者が妖の犠牲になる夢を見ちゃったの」
久方 万里(nCL2000005)の言葉とは裏腹に、一通りの説明を受けた覚者はげんなりした様子でため息をつく。
物質系の妖は宿るものを選ばないのかもしれないが、よりにもよってふんどしである。
「凄い攻撃力を持った物が妖になっちゃったよね。 もし攻撃されちゃったらと思うとゾっとするかも…」
茶化すような口調ではなく大真面目に身震いする万里。
確かにふんどしに巻きつかれて気絶など女性にはあまりにもキツ過ぎる。
男性であっても喰らってしまえば心と口を閉ざすほど塞ぎこんでも仕方がない程だ。
「妖は3匹、そのうち1匹は色が赤くて性能が少し高いみたいだよ。 でも、攻撃方法はどっちも巻き付いて来るだけみたい」
一つしか攻撃手段を持たない者というのは、未熟な者か、もしくはその一つで十分なほどの力を持つ者かだ。
覚者達は後者でない事を祈りつつ覚悟を決める。
「今から急いで向かえば隔者の二人が開けた所に向けて逃げ出す辺りで合流できると思うよ。 すぐに合流しなくてもいいけど、皆が森に足を踏み入れた事を妖が知ったら夢とは違う結果になるかも…」
すぐ救助に向かえば戦うには不利な場所での合流となるが、開けた場所で待てば隔者達がそこにたどり着けるかは解らなくなる。
「最悪やられちゃっても気絶して数日うなされるだけで死んじゃう事は無いと思うから安心してね!」
安心してねという言葉と、とても安心できない情報を同時に頂戴した覚者達は、表情を引きつらせたまま森へと向かうのだった。
森の中を、少女の手を引き青年が走る。
青年の額には汗が滲み、浅く速い呼吸を繰り返す。
少女に至ってはゲホゲホと咽こみ、どう見てもこれ以上は走れそうもない。
日を遮る木々の中、ぽっかりと空が見える少し開けた空間で青年は足を止め振り返る。
「ここで迎え撃つ。 綾菜は後ろを警戒してくれ!」
「隼人…。 私は…ッケホ! ま、まだ大丈夫だから、逃げないと…」
隼人と言われた青年は少女を庇うように立つと腰に携えた剣を抜き、二人を追う妖の襲来に備える。
息と同時に唾をゴクンと大きく飲んだ綾菜と呼ばれた少女も、スタッフを具現化させ戦闘の準備を整えた。
背中合わせで敵の襲来に備える二人。
あの妖は、足音もなく羽音も立てずに現れる。
未だ全力疾走の疲れは癒えていないと言うのに、潜めるような息遣いで周囲の気配を探る。
木の隙間。 それとも地を這うように…。
隼人は眼球を素早く動かし、妖が現れうる場所を警戒する。
妖は…まだ現れない。
もしかしたら思いのほか距離をとれていて、やつらを撒く事が出来たのかもしれない。
そんな安心に似た僅かな気の緩み。 その瞬間に背後から綾菜の叫ぶような声が響く。
「隼人っ! 真上!」
綾菜の声に慌て、力を抜きかけていた剣を持つ手に力を込め真上を見上げる隼人。
その目に写ったのは、ぽっかり浮かぶ空を覆うような、白。
一旦木綿のような、長く大きな白い布だった。
「むぐぅぅぅぅ!?」
その白は瞬く間に隼人の顔にぐるりと巻き付き、その力を削いでゆく。
地面に倒れ、掻き毟るように顔に巻き付いた妖を振り払おうとする隼人。
「や…やだやだ! 隼人を放し…んむぅ!」
スタッフを振り回し隼人を救おうとする綾菜の顔にも別の個体がぐるりと巻き付き、その声遮る。
それだけで綾香は隼人と同じように地面に倒れ、バタバタともがき苦しみ始める。
顔に感じる不快な感触と息苦しさ。 それに、二人の隔者が思わず逃げを選択するほどの強烈な香り。
そう、その妖は……ふんどしの妖だったのだ。
●
「……っていう訳でね、隼人さんと綾菜さんっていう二人の隔者が妖の犠牲になる夢を見ちゃったの」
久方 万里(nCL2000005)の言葉とは裏腹に、一通りの説明を受けた覚者はげんなりした様子でため息をつく。
物質系の妖は宿るものを選ばないのかもしれないが、よりにもよってふんどしである。
「凄い攻撃力を持った物が妖になっちゃったよね。 もし攻撃されちゃったらと思うとゾっとするかも…」
茶化すような口調ではなく大真面目に身震いする万里。
確かにふんどしに巻きつかれて気絶など女性にはあまりにもキツ過ぎる。
男性であっても喰らってしまえば心と口を閉ざすほど塞ぎこんでも仕方がない程だ。
「妖は3匹、そのうち1匹は色が赤くて性能が少し高いみたいだよ。 でも、攻撃方法はどっちも巻き付いて来るだけみたい」
一つしか攻撃手段を持たない者というのは、未熟な者か、もしくはその一つで十分なほどの力を持つ者かだ。
覚者達は後者でない事を祈りつつ覚悟を決める。
「今から急いで向かえば隔者の二人が開けた所に向けて逃げ出す辺りで合流できると思うよ。 すぐに合流しなくてもいいけど、皆が森に足を踏み入れた事を妖が知ったら夢とは違う結果になるかも…」
すぐ救助に向かえば戦うには不利な場所での合流となるが、開けた場所で待てば隔者達がそこにたどり着けるかは解らなくなる。
「最悪やられちゃっても気絶して数日うなされるだけで死んじゃう事は無いと思うから安心してね!」
安心してねという言葉と、とても安心できない情報を同時に頂戴した覚者達は、表情を引きつらせたまま森へと向かうのだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.ふんどしの妖(物質系ランク1)3匹の撃破。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回はふんどしの妖退治の依頼です。
クラシックパンツなんていう軟弱な呼び方はいかん!
ドンと雄雄しくふんどしと言いんしゃい!
●場所情報
郊外の森の中。 森は直径1km程度。 人がなんとか一人通れる程度の獣道が網の目のように走っています。
木々が鬱葱と茂り、やや薄暗く足場も安定しません。
森の中心には、直径7m程の、光が差し込み足場も安定しているスペースがありますが、隔者の二人の位置からは移動にはやや時間がかかります。
●敵情報
物質系妖のランク1。 赤ふんどしが1体、白ふんどしが2体の計3体。
どちらも幅40cm、長さは3m程の大きさ。 攻撃時以外もそこそこの匂いを発している。
ふわふわと漂うように飛ぶが、戦闘が始まれば近距離攻撃が届かないような高さまでは飛ばない(最大2m程度の高さまで)
白は回避がやや高い以外は特に特徴は無く、赤は回避と素早さが白よりもさらに高い。
(白と比較して高いだけで、妖ランク1相当の強さの範囲内)
攻撃方法は共通
・体に巻きつく……長い体で体にぐるぐると巻きつく。 近距離単体攻撃。
・顔に巻きつく……顔にグルグルと巻き付き悪臭を発生させる。 近距離単体にダメージ+【弱化】のバッドステータス。
●隔者情報
FiVEと敵対している訳では有りませんが、組する事無くフリーで妖などの退治をしている二人組みです。
夢見のサポートは無い為、噂話などを元に不幸を取り払う活動をしているようです。
覚者が森に駆けつける頃にはそれなりにダメージを負って、逃走を開始しはじめる頃です。
素直な二人なので、共闘の申し出には前向きに考えてくれると思います。
逆に、避難への指示は言いくるめる為に少し工夫が必要かもしれません。
ちなみに、どちらもレベル1相当の実力です。
・隼人…彩の因子を宿した16歳の青年。 勇敢で正義感が強い。 使用スキル:五織の彩
・綾菜…翼の因子を宿した14歳の少女。 優しいが少し怖がり。 使用スキル:エアブリット
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
5/8
公開日
2015年10月13日
2015年10月13日
■メイン参加者 5人■

●
覚者達は足場の悪い森を駆ける。
ボコボコと隆起した木の根を踏み越え、苔のむした幹を掴まねば乗り越えられないような段差をするりと昇り、辺りを伺いながらある物を探し必死に駆ける。
木々に日の光を阻まれた森は、外とは別の世界に足を踏み入れたような異質の雰囲気を纏っていた。
それこそ、妖精や古い神でも住まうという噂が出てもおかしくないほどの。
そんな森で覚者達が探すのは、絵本から飛び出した実体のない妖精でも、まことしやかに語られる神秘の薬草でもない。
間違いなくこの森に居る、血肉の通った「人」である。
覚者達がここまで急ぐ理由は、その人に危機が訪れているからだ。
「しかし異臭を放つ褌とは、全く無粋の極みですな」
軍人のようないでたちの『暁の脱走兵』犬童 アキラ(CL2000698)が件の妖の話を思い出し、思わず呟く。
下着とは、人の尊厳を守る最後の砦である。 それが洗うのを怠った上に事もあろうか妖化である。
百歩譲って他人に迷惑をかけないならばまだよいが、それを処理しなければならないのが自分達であるというのがことさら納得がいかない。
「エエ、洗濯はしっかりやらないとデス」
褐色の肌の少女、ターニャ・S・ハイヌベレ(CL2001103)もその意見に同意し、プンプンと可愛らしく怒りを顕にする。
日本のフンドシについて知っているかは怪しいものの、皆の反応や万里の説明でどのような物かおおよその見当はついたのかもしれない。
乙女達にとって、これほど嫌な敵というのも珍しだろう。
「しかし、この大きさの森なら声くらい届きそうなもんだが…」
先程から懐中電灯を片手に辺りに注意を払っている寺田 護(CL2001171)は、歩を進めながらも耳と目に意識を集中させる。
仲間の地面を踏みしめる音、風に揺られる草木の音。 そして………。
「……っ! 向こうだ、足音がする!」
護の指差した方向に懐中電灯を向けると、皆の視線が一斉にそちらへ向けられる。
遠くから聞こえる音は風になびく草の音にも聞こえるが、規則正しく、そして徐々にこちらへと近づいてくる。
「追われてるみたいだな。 おし、急ぐぞ!」
言うが早いか、巨体とは思えない身のこなしで懐中電灯の照らす先へと走り出す『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)。
ひょいひょいと縫うように木々の間を抜け、あっという間に少女の手を引き走る男の前に躍り出る。
「な…!? アンタは…? いや、ともかくここは危険だ! 早くここから離れるんだ!」
突然現れた男に、隼人と呼ばれていた隔者の青年は驚きの言葉を飲み込み忠告をする。
状況は飲み込めないが、とりあえず今はあの妖から逃げるのが先決。 奴等は今すぐに現れてもおかしくは無いのだ。
「そ、その……私達が退治に失敗した妖が…すぐそこにまで迫っています。 私達が引き付けますからそのうちに…」
手を引かれていた少女、綾菜も、目の前の男を守る為に覚悟を決めたようにくるりと振り返りスタッフを構える。
しかし二人の体にはすえた匂いが染み付き、足もおぼつかないように見える。
時折咳き込むのも、走り息が切れただけではないだろう。
明らかに、この二人は大きなダメージを負っている。
それでも迷い込んだ者を守る為、例え倒されようともここで妖を相手にする。 そう覚悟を決めた二人だが、予想に反し現れた男は焦る様子も逃げ出す様子もない。
それどころか笑みを浮かべて、二人に向けてこう言い放った。
「助けに来た」
駆が言葉と同時に現の因子を活性化させると、若く、力に満ちた姿へと肉体を変化させる。
「アンタ…能力者なのか?」
隼人が驚くと同時に、姿を変えた駆の後ろから仲間の覚者達も駆けつける。
「正確には、アンタじゃなくて、アンタ達だがなぁ!」
大柄なスキンヘッドの男『家内安全』田場 義高(CL2001151)は、ガハハと笑いながら腕を組む。
「さらに正確に言えば、ふんどしの妖を退治する為に共闘の提案をさせて頂きたいのでありますが…」
アキラの言葉に、隼人はハっとする。 目の前の5人は5人とも、能力者である事は間違いなさそうだ。
しかも、自分達と共闘し妖を倒そうという。
ありがたい申し出だが、全てを真に受け信じるには根拠に乏しい。
「アンタ達…そもそも何の目的で………」
隼人が疑いの言葉を向けた瞬間、木々の隙間から幽霊のようにふわりと白い布が姿を現す。
「敵発見、ここは自分が食い止めるので移動を! …解身(リリース)!」
アキラが掛け声とともに甲冑のような装甲を装着すると、機関銃へと変化させた右腕から銃弾の雨を妖へと放つ。
「ワタシも食い止めるヨ。 かかって来るといいネ」
あえてノーガードで妖を挑発するように誘うターニャ。
「は…隼人………」
綾菜が隼人の目を見る。
二人の女性が、自分達を逃がす為にあえて危険を犯すと言ってくれている。
自分達を騙すにしても、これほどの危険を冒すだろうか。
この人たちは信じてもいい気がする。 そう、綾菜の目が言っていた。
「話は後だ。 まずは開けた場所まで向かうぞ。 疑うにせよ信じるにせよ、ここに留まるのは得策じゃない!」
護が叫び、隔者たちの向かおうとしていた先へと懐中電灯を向ける。
はるか先だが、懐中電灯の明かりでは無い、ポツリと明るい空間があるのが見える。
あの場所まで行けば……。
「解った……。 綾菜、行こう!」
その言葉を聴いた護の先導で、隔者達と覚者達は光のさす場所を目指し前進を始めるのだった。
●
草を掻き分け先導する護に隔者の二人が続き、駆と義高がしんがりを勤める。
ターニャとアキラも少し離れてはいるものの、銃撃の音とターニャの掛け声から足止めをしつつゆっくりこちらへ向かってきている事が解る。
隼人と綾菜は、目的地がはっきりしているからか足取りはスムーズな物の、表情から伺える不安の色はやや濃い。
それに加え覚者達にやや警戒心があるからか、隼人は周囲だけではなく覚者へも警戒の目線を巡らせる。
「逃げながら回復は厳しいか…。 もう少しだ、頑張れるな?」
そんな目線に気づいてか駆が優しくも頼れる声をかけるが、隼人は未だにどうしてよいのか解らないようで曖昧に答えを返すのみ。
そんなやり取りの間に、明るく開けた場所へとたどり着く5人。
敵をまくことができたか…と思うのは危険だという事を、覚者達は夢見の話で聞いている。
やつらはどこからでも現れるのだから。
森の中にぽっかりと空いた草原。 絵本で動物達がお茶会でも開くような景観だが、あいにくここを訪れるのは愛らしいリス等ではなく醜悪なふんどし妖である。
「こんな雰囲気がいいところでふんどしと戦う羽目になるとはな、世も末だ。 今のうちにヒールで回復しておけ、すぐ来るぞ」
護の声かけに、助かったとばかりに深い息をついていた綾菜が慌ててスタッフを光らせる。
「どの道、一蓮托生なことにゃ変わらねえんだからさ、味方してやっからもう一度立ち上がれ」
義高が二人の背中をドンと叩き、豪快に笑う。
ほどなくしてアキラとターニャが開けた場所へと到着する。
追って来る白ふんをターニャがノーガードで引き付けアキラの機関銃で牽制し、木々を縫い近づかれればターニャの炎とアキラの鉄の拳が敵を振り払う。
近づき難いと踏んだのか、妖が少し距離をとった隙に仲間の下へ駆け寄ろうとする二人。
「なるほど、ここならかなり戦いやすいでありますな」
「戦う準備はもうオーケーですカ? 協力してフンドシ達を……」
合流し陣形を整えようとした僅かな隙。 ターニャは暗い森から眩しい場所へ出たせいか、少し目を細める。
見上げれば幾筋もの帯のように差し込む光。 その帯の一つがうねる様に動き、ターニャへと迫る!
「まじぃ、もう1匹の白い奴だ!」
駆の声も間に合わず、長い布はとぐろを巻くようにターニャの顔面へと巻き付いて行く。
突然視界を塞がれその布を剥ぎ取ろうとする腕までも巻き込み、全てが巻き付き終わる頃にはターニャは地面に倒れ伏してしまう。
「~~~~! ~~~! …っ!?」
転げ回るターニャが突然ビクっと震えると同時に、撒きついた白ふんの辺りの空気が黄色く歪む。
恐らく事前に聞いていた匂いでの攻撃を放ったのだろう。
「ぐぉ!? くっせぇな、このままじゃマズいんじゃねぇか?」
義高ほどの大男が距離をとっていても怯むほどの悪臭。 巻き付かれた状態のターニャは鼻がもげてしまってもおかしくないかもしれない。
「女の子にこんな攻撃するなんて…ド許せぬ!」
「折角の綺麗どころを汚すんじゃねえ!」
仲間のピンチに、アキラと駆が怒りを顕にしターニャへと走る。
駆が巻き付いた白ふんの端を無理やり剥がし踏みつけると、アチャラナータと名付けられた剣で地面へと縫いとめる。
その隙にアキラが力づくで白ふんを剥がしターニャを開放すると、剣に縫いとめられた白ふんに機関銃と化した右腕を向ける。
「吹っ飛べっ!」
普段の軍隊調ではないマジなトーンの言葉と共に放たれる銃弾は、逃れる事の出来ない白ふんに無数の穴を開け、霧散させてゆく。
「ウゥゥ………」
目をグルグル回したターニャに綾菜が素早く駆け寄り、杖に癒しの光を灯らせその顔へかざす。
僅か数十秒の攻撃で土気色になってしまっていたターニャの顔に少しずつ赤みが戻り、ふらふらと頭を振りながらも綾菜への礼を述べる。
「ア、アリガト……。 死ぬかと思っタ……」
仲間に手を引かれ立ち上がるターニャ。 それに合わせたかのように森の奥から紅白の影がふわふわと姿を現す。
「こいつらで全部だな! よぉし、ぶちかませぇい!」
義高の雄たけびと共にそれぞれのふんどしに己の武器を振るう覚者達。
白ふんは義高の斧とターニャのトンファーに防戦一方の様子で、引いては木々を縫い飛び回り、不意をつこうとするも失敗しまた引くというのを繰り返す。
赤ふんへと向かった駆とアキラ、それに護の3人はさらに有利な様子で、前衛に立つ駆を狙えばアキラの射撃に阻まれ、ならばと後ろを狙おうとしても護の放つ術の風圧に押し戻される。
駆の斬撃は枯葉のように柔軟な赤ふんの動きですらあと少しで捕えそうなほどに冴え、その冴えに捕らえられれば一太刀の下に2つに分断されかねない。
辺りをグルグルと飛び回り、好機をうかがうふんどし達。
これだけ開けた場所では警戒した覚者達の不意をつくのは難しい。
このまま戦っていてもいずれ追い詰められ倒される。 かといって他に取れる手段がある訳でもない。
八方手詰まりと思われたふんどし達に、偶然のチャンスが訪れる。
苦し紛れに飛び回っていた白ふんが見つけたのは、赤ふんへと風を撃ち出そうと構えた護の姿。
そう、なにも警戒した者を狙う必要は無い。 自分を見ていない獲物も、他にいるのだから。
「な…!? っむぐ!」
視界どころか意識の外からの白ふんの攻撃に、護は驚きの声すら阻まれ顔に巻き付いたふんどしを掻き毟る。
風に漂い近づく妖の気配がここまで希薄だとは…。 後悔が頭をよぎるが、それよりも今はこの危機を脱する事だ。
そうでなければターニャがされたように恐ろしい色のガスが…!
その恐怖から剥がそうとする両手になお力を込めるが抵抗むなしく…。
「っむが! むがぁぁぁぁぁぁぁ!」
護のくぐもった悲鳴が森の中に響き渡る。
叫べばそれだけ匂いを吸う事になるが、そんな事すら考えられない程にただただ地面を転げ回る。
正に、悶絶という言葉を体現したかのような悶絶ぶり。
他の者の救助すら拒む地獄の香りで捕えた者を蒸し上げてゆく白ふんだが…。
「その汚い攻撃をやめろっていうの! ……であります」
語尾を慌てて取り繕ったアキラが力任せに白ふんを剥ぎ取ると、キツく結び目を作るようにギュっと結び地面に叩きつける!
いくら風に漂い衝撃を受け流す妖であれ、結ばれてしまえば話は別。
結び目が地面にめりこまんばかりの勢いで叩きつけられた白ふんは、ビクビクと痙攣するように震えている。
「てめぇ、よくも俺にこんな事を…。 ぜってぇ許さねえ!」
その白ふんに怒りの眼差しを向けるのは、匂いに晒されたばかりの護。 肘を突き四つんばいの状態ながら怒りで何とか意識をつなぎ止め、護符へ雷の力を宿らせる。
「燃えてしまえ!」
護符を握り締めたまま地面に拳を突き立てると、その拳に同調したかのように一筋の稲妻が白ふんへと刺さる。
眩しい光の後は白ふんの姿は無く、地面に白ふんの焦げたあとが残るのみ。
これであと、1匹!
残る赤ふんへと隼人が剣を振るうも、疾風の如く飛び回る赤ふんを捉える事は出来ない。
しかし白ふんが全てやられた今、他の覚者達が体勢を立て直し攻めればあっという間に捕えられ倒される。
それを本能的に感じたのか、今まで逃げの一手だった赤ふんは突如大きく前進してくる。
狙いは…唯一の回復の術士、綾菜だ。
「や…やだ……」
襲い来る赤ふんに恐怖の声をあげる綾菜を庇うべく、隼人は剣すら落とし綾菜と妖の間へ体を滑り込ませる。
目を閉じ、赤ふんの攻撃に覚悟を決める隼人。
綾菜を護るためならば、ふんどしくらい屁でもない。
奥歯をかみ締めながら仁王立ちする隼人だが、匂いも締め付けの衝撃も、一向に訪れる気配が無い。
危機的な状況下では一瞬が何十秒にも感じられ色々と思いが巡ると言う奴かとも思ったが、どうもそうでもなさそうだ。
まさか、自分をすり抜け綾菜に…とも思ったが、自分の背にしがみ付く綾菜の悲鳴は聞こえてこない。
状況がわからずゆっくりと目を開ける隼人の目に映ったのは……
「なんだ、こんなもんかよ。 乾燥機にかけたタンクトップだってもう少し強く締めるってもんだぜ」
隼人の前に仁王立ちするスキンヘッドの巨漢、義高の姿だった。
赤ふんは義高の腰と股にグルリと巻き付き、服の上からとはいえ履いているかのような状態だ。
「う…海の男……。 大漁旗が見えそうであります……」
「ワタシ知ってるヨ! これは……スモウレスラー!」
元から履いていたのかと思ってしまうほどしっくり来る絵面に、アキラとターニャは息を呑む。
その姿には有無を言わさぬ迫力、日本男児の心意気のような物が宿っていた。
「しつらえられたように似合ってる所を悪いが、そろそろ終わりにしようや!」
攻撃されても動じない義高から慌てて離れようとした赤ふんを駆が踏みつける。
ならばこいつに巻き付いてやろうと身を伸ばした赤ふんを、ターニャがぐいっと引っ張るように拳に捕らえる。
「生まれ変わったら一反木綿になるといいんデス」
先程の悪臭攻撃の怒りと八つ当たりの炎が拳に宿り、捕えた赤ふんをも包み込んでゆく。
炎は瞬く間に妖の全身へと燃え広がると、空へ帰るかのように黒い煙になり消えるのだった。
●
「助かったよ。 それに、疑って悪かった」
安心してストンと腰を落とした隼人が、そのまま覚者達に礼を言う。
後ろで座った隼人を心配していた綾菜も、隼人の言葉に慌ててペコリとお辞儀で感謝を表す。
「いや、俺達だけで倒せるとも限らなかったからな。 お互い様だ」
覚醒を解き、山男のような姿に戻った駆がニヤッと笑い言葉を返す。
事実、手の足りない中、前衛の剣士と回復の術士が加わった事は覚者達にとっても大きかっただろう。
「今回の事でお分かりになったでしょうが、やはり2人だけでの活動には限界があると思うのです。 ですが……」
アキラが前置きの言葉を紡ぐと、理解しているとばかりに隼人がアキラの言わんとする続きを呟く。
「協力すれば、きっと出来ない事なんてない……か」
四方を全て木々に覆われた森の中、上を見上げれば果ての無い空が広がっている。
狭いと思っていた世界は少し視線を動かせばこんなにも広く、暗いと思っていた世界には眩しさが確かに存在する。
戦っているのは自分達だけでは無い。 そう、強く実感できた。
「アンタ達の組織と協力するって話、前向きに検討させて貰うよ。 もう一度こいつとよく話し合ってからな」
隼人は寄り添うように座る綾菜の頭をぽんっと撫でる。
綾菜はくすぐったそうに笑うと、少し照れながら隼人の言葉を補足する。
「きっと、良い返事ができると思います。 でも、今日は大きな判断をするには……」
そう言い少し困ったような表情を浮かべる綾菜。
その理由は、解らないでもない。
「それよりまず風呂に入りてぇな。 こんな状態じゃ考えも纏まらない」
「そうデス。 答えは焦る事ないデスけど、この状態は一刻も早くなんとかしたいデス」
ふんどしの被害にあった護とターニャは冗談半分本気半分で言うと、覚者も隔者も思わず笑ってしまう。
疲労感と匂いで最悪の気分のはずだが、不思議と清々しい気分に満たされる隼人と綾菜。
「早く帰って疲れと匂いを落とさないとだな。 それじゃ、次も仲間として戦おう。 今度は出発から一緒にな」
腰を上げ握手を求める隼人に、覚者が答える。
握手にグっと込められた隼人の拳の力。 それはまるで、覚者達との繋がりを表すかのようだった。
覚者達は足場の悪い森を駆ける。
ボコボコと隆起した木の根を踏み越え、苔のむした幹を掴まねば乗り越えられないような段差をするりと昇り、辺りを伺いながらある物を探し必死に駆ける。
木々に日の光を阻まれた森は、外とは別の世界に足を踏み入れたような異質の雰囲気を纏っていた。
それこそ、妖精や古い神でも住まうという噂が出てもおかしくないほどの。
そんな森で覚者達が探すのは、絵本から飛び出した実体のない妖精でも、まことしやかに語られる神秘の薬草でもない。
間違いなくこの森に居る、血肉の通った「人」である。
覚者達がここまで急ぐ理由は、その人に危機が訪れているからだ。
「しかし異臭を放つ褌とは、全く無粋の極みですな」
軍人のようないでたちの『暁の脱走兵』犬童 アキラ(CL2000698)が件の妖の話を思い出し、思わず呟く。
下着とは、人の尊厳を守る最後の砦である。 それが洗うのを怠った上に事もあろうか妖化である。
百歩譲って他人に迷惑をかけないならばまだよいが、それを処理しなければならないのが自分達であるというのがことさら納得がいかない。
「エエ、洗濯はしっかりやらないとデス」
褐色の肌の少女、ターニャ・S・ハイヌベレ(CL2001103)もその意見に同意し、プンプンと可愛らしく怒りを顕にする。
日本のフンドシについて知っているかは怪しいものの、皆の反応や万里の説明でどのような物かおおよその見当はついたのかもしれない。
乙女達にとって、これほど嫌な敵というのも珍しだろう。
「しかし、この大きさの森なら声くらい届きそうなもんだが…」
先程から懐中電灯を片手に辺りに注意を払っている寺田 護(CL2001171)は、歩を進めながらも耳と目に意識を集中させる。
仲間の地面を踏みしめる音、風に揺られる草木の音。 そして………。
「……っ! 向こうだ、足音がする!」
護の指差した方向に懐中電灯を向けると、皆の視線が一斉にそちらへ向けられる。
遠くから聞こえる音は風になびく草の音にも聞こえるが、規則正しく、そして徐々にこちらへと近づいてくる。
「追われてるみたいだな。 おし、急ぐぞ!」
言うが早いか、巨体とは思えない身のこなしで懐中電灯の照らす先へと走り出す『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)。
ひょいひょいと縫うように木々の間を抜け、あっという間に少女の手を引き走る男の前に躍り出る。
「な…!? アンタは…? いや、ともかくここは危険だ! 早くここから離れるんだ!」
突然現れた男に、隼人と呼ばれていた隔者の青年は驚きの言葉を飲み込み忠告をする。
状況は飲み込めないが、とりあえず今はあの妖から逃げるのが先決。 奴等は今すぐに現れてもおかしくは無いのだ。
「そ、その……私達が退治に失敗した妖が…すぐそこにまで迫っています。 私達が引き付けますからそのうちに…」
手を引かれていた少女、綾菜も、目の前の男を守る為に覚悟を決めたようにくるりと振り返りスタッフを構える。
しかし二人の体にはすえた匂いが染み付き、足もおぼつかないように見える。
時折咳き込むのも、走り息が切れただけではないだろう。
明らかに、この二人は大きなダメージを負っている。
それでも迷い込んだ者を守る為、例え倒されようともここで妖を相手にする。 そう覚悟を決めた二人だが、予想に反し現れた男は焦る様子も逃げ出す様子もない。
それどころか笑みを浮かべて、二人に向けてこう言い放った。
「助けに来た」
駆が言葉と同時に現の因子を活性化させると、若く、力に満ちた姿へと肉体を変化させる。
「アンタ…能力者なのか?」
隼人が驚くと同時に、姿を変えた駆の後ろから仲間の覚者達も駆けつける。
「正確には、アンタじゃなくて、アンタ達だがなぁ!」
大柄なスキンヘッドの男『家内安全』田場 義高(CL2001151)は、ガハハと笑いながら腕を組む。
「さらに正確に言えば、ふんどしの妖を退治する為に共闘の提案をさせて頂きたいのでありますが…」
アキラの言葉に、隼人はハっとする。 目の前の5人は5人とも、能力者である事は間違いなさそうだ。
しかも、自分達と共闘し妖を倒そうという。
ありがたい申し出だが、全てを真に受け信じるには根拠に乏しい。
「アンタ達…そもそも何の目的で………」
隼人が疑いの言葉を向けた瞬間、木々の隙間から幽霊のようにふわりと白い布が姿を現す。
「敵発見、ここは自分が食い止めるので移動を! …解身(リリース)!」
アキラが掛け声とともに甲冑のような装甲を装着すると、機関銃へと変化させた右腕から銃弾の雨を妖へと放つ。
「ワタシも食い止めるヨ。 かかって来るといいネ」
あえてノーガードで妖を挑発するように誘うターニャ。
「は…隼人………」
綾菜が隼人の目を見る。
二人の女性が、自分達を逃がす為にあえて危険を犯すと言ってくれている。
自分達を騙すにしても、これほどの危険を冒すだろうか。
この人たちは信じてもいい気がする。 そう、綾菜の目が言っていた。
「話は後だ。 まずは開けた場所まで向かうぞ。 疑うにせよ信じるにせよ、ここに留まるのは得策じゃない!」
護が叫び、隔者たちの向かおうとしていた先へと懐中電灯を向ける。
はるか先だが、懐中電灯の明かりでは無い、ポツリと明るい空間があるのが見える。
あの場所まで行けば……。
「解った……。 綾菜、行こう!」
その言葉を聴いた護の先導で、隔者達と覚者達は光のさす場所を目指し前進を始めるのだった。
●
草を掻き分け先導する護に隔者の二人が続き、駆と義高がしんがりを勤める。
ターニャとアキラも少し離れてはいるものの、銃撃の音とターニャの掛け声から足止めをしつつゆっくりこちらへ向かってきている事が解る。
隼人と綾菜は、目的地がはっきりしているからか足取りはスムーズな物の、表情から伺える不安の色はやや濃い。
それに加え覚者達にやや警戒心があるからか、隼人は周囲だけではなく覚者へも警戒の目線を巡らせる。
「逃げながら回復は厳しいか…。 もう少しだ、頑張れるな?」
そんな目線に気づいてか駆が優しくも頼れる声をかけるが、隼人は未だにどうしてよいのか解らないようで曖昧に答えを返すのみ。
そんなやり取りの間に、明るく開けた場所へとたどり着く5人。
敵をまくことができたか…と思うのは危険だという事を、覚者達は夢見の話で聞いている。
やつらはどこからでも現れるのだから。
森の中にぽっかりと空いた草原。 絵本で動物達がお茶会でも開くような景観だが、あいにくここを訪れるのは愛らしいリス等ではなく醜悪なふんどし妖である。
「こんな雰囲気がいいところでふんどしと戦う羽目になるとはな、世も末だ。 今のうちにヒールで回復しておけ、すぐ来るぞ」
護の声かけに、助かったとばかりに深い息をついていた綾菜が慌ててスタッフを光らせる。
「どの道、一蓮托生なことにゃ変わらねえんだからさ、味方してやっからもう一度立ち上がれ」
義高が二人の背中をドンと叩き、豪快に笑う。
ほどなくしてアキラとターニャが開けた場所へと到着する。
追って来る白ふんをターニャがノーガードで引き付けアキラの機関銃で牽制し、木々を縫い近づかれればターニャの炎とアキラの鉄の拳が敵を振り払う。
近づき難いと踏んだのか、妖が少し距離をとった隙に仲間の下へ駆け寄ろうとする二人。
「なるほど、ここならかなり戦いやすいでありますな」
「戦う準備はもうオーケーですカ? 協力してフンドシ達を……」
合流し陣形を整えようとした僅かな隙。 ターニャは暗い森から眩しい場所へ出たせいか、少し目を細める。
見上げれば幾筋もの帯のように差し込む光。 その帯の一つがうねる様に動き、ターニャへと迫る!
「まじぃ、もう1匹の白い奴だ!」
駆の声も間に合わず、長い布はとぐろを巻くようにターニャの顔面へと巻き付いて行く。
突然視界を塞がれその布を剥ぎ取ろうとする腕までも巻き込み、全てが巻き付き終わる頃にはターニャは地面に倒れ伏してしまう。
「~~~~! ~~~! …っ!?」
転げ回るターニャが突然ビクっと震えると同時に、撒きついた白ふんの辺りの空気が黄色く歪む。
恐らく事前に聞いていた匂いでの攻撃を放ったのだろう。
「ぐぉ!? くっせぇな、このままじゃマズいんじゃねぇか?」
義高ほどの大男が距離をとっていても怯むほどの悪臭。 巻き付かれた状態のターニャは鼻がもげてしまってもおかしくないかもしれない。
「女の子にこんな攻撃するなんて…ド許せぬ!」
「折角の綺麗どころを汚すんじゃねえ!」
仲間のピンチに、アキラと駆が怒りを顕にしターニャへと走る。
駆が巻き付いた白ふんの端を無理やり剥がし踏みつけると、アチャラナータと名付けられた剣で地面へと縫いとめる。
その隙にアキラが力づくで白ふんを剥がしターニャを開放すると、剣に縫いとめられた白ふんに機関銃と化した右腕を向ける。
「吹っ飛べっ!」
普段の軍隊調ではないマジなトーンの言葉と共に放たれる銃弾は、逃れる事の出来ない白ふんに無数の穴を開け、霧散させてゆく。
「ウゥゥ………」
目をグルグル回したターニャに綾菜が素早く駆け寄り、杖に癒しの光を灯らせその顔へかざす。
僅か数十秒の攻撃で土気色になってしまっていたターニャの顔に少しずつ赤みが戻り、ふらふらと頭を振りながらも綾菜への礼を述べる。
「ア、アリガト……。 死ぬかと思っタ……」
仲間に手を引かれ立ち上がるターニャ。 それに合わせたかのように森の奥から紅白の影がふわふわと姿を現す。
「こいつらで全部だな! よぉし、ぶちかませぇい!」
義高の雄たけびと共にそれぞれのふんどしに己の武器を振るう覚者達。
白ふんは義高の斧とターニャのトンファーに防戦一方の様子で、引いては木々を縫い飛び回り、不意をつこうとするも失敗しまた引くというのを繰り返す。
赤ふんへと向かった駆とアキラ、それに護の3人はさらに有利な様子で、前衛に立つ駆を狙えばアキラの射撃に阻まれ、ならばと後ろを狙おうとしても護の放つ術の風圧に押し戻される。
駆の斬撃は枯葉のように柔軟な赤ふんの動きですらあと少しで捕えそうなほどに冴え、その冴えに捕らえられれば一太刀の下に2つに分断されかねない。
辺りをグルグルと飛び回り、好機をうかがうふんどし達。
これだけ開けた場所では警戒した覚者達の不意をつくのは難しい。
このまま戦っていてもいずれ追い詰められ倒される。 かといって他に取れる手段がある訳でもない。
八方手詰まりと思われたふんどし達に、偶然のチャンスが訪れる。
苦し紛れに飛び回っていた白ふんが見つけたのは、赤ふんへと風を撃ち出そうと構えた護の姿。
そう、なにも警戒した者を狙う必要は無い。 自分を見ていない獲物も、他にいるのだから。
「な…!? っむぐ!」
視界どころか意識の外からの白ふんの攻撃に、護は驚きの声すら阻まれ顔に巻き付いたふんどしを掻き毟る。
風に漂い近づく妖の気配がここまで希薄だとは…。 後悔が頭をよぎるが、それよりも今はこの危機を脱する事だ。
そうでなければターニャがされたように恐ろしい色のガスが…!
その恐怖から剥がそうとする両手になお力を込めるが抵抗むなしく…。
「っむが! むがぁぁぁぁぁぁぁ!」
護のくぐもった悲鳴が森の中に響き渡る。
叫べばそれだけ匂いを吸う事になるが、そんな事すら考えられない程にただただ地面を転げ回る。
正に、悶絶という言葉を体現したかのような悶絶ぶり。
他の者の救助すら拒む地獄の香りで捕えた者を蒸し上げてゆく白ふんだが…。
「その汚い攻撃をやめろっていうの! ……であります」
語尾を慌てて取り繕ったアキラが力任せに白ふんを剥ぎ取ると、キツく結び目を作るようにギュっと結び地面に叩きつける!
いくら風に漂い衝撃を受け流す妖であれ、結ばれてしまえば話は別。
結び目が地面にめりこまんばかりの勢いで叩きつけられた白ふんは、ビクビクと痙攣するように震えている。
「てめぇ、よくも俺にこんな事を…。 ぜってぇ許さねえ!」
その白ふんに怒りの眼差しを向けるのは、匂いに晒されたばかりの護。 肘を突き四つんばいの状態ながら怒りで何とか意識をつなぎ止め、護符へ雷の力を宿らせる。
「燃えてしまえ!」
護符を握り締めたまま地面に拳を突き立てると、その拳に同調したかのように一筋の稲妻が白ふんへと刺さる。
眩しい光の後は白ふんの姿は無く、地面に白ふんの焦げたあとが残るのみ。
これであと、1匹!
残る赤ふんへと隼人が剣を振るうも、疾風の如く飛び回る赤ふんを捉える事は出来ない。
しかし白ふんが全てやられた今、他の覚者達が体勢を立て直し攻めればあっという間に捕えられ倒される。
それを本能的に感じたのか、今まで逃げの一手だった赤ふんは突如大きく前進してくる。
狙いは…唯一の回復の術士、綾菜だ。
「や…やだ……」
襲い来る赤ふんに恐怖の声をあげる綾菜を庇うべく、隼人は剣すら落とし綾菜と妖の間へ体を滑り込ませる。
目を閉じ、赤ふんの攻撃に覚悟を決める隼人。
綾菜を護るためならば、ふんどしくらい屁でもない。
奥歯をかみ締めながら仁王立ちする隼人だが、匂いも締め付けの衝撃も、一向に訪れる気配が無い。
危機的な状況下では一瞬が何十秒にも感じられ色々と思いが巡ると言う奴かとも思ったが、どうもそうでもなさそうだ。
まさか、自分をすり抜け綾菜に…とも思ったが、自分の背にしがみ付く綾菜の悲鳴は聞こえてこない。
状況がわからずゆっくりと目を開ける隼人の目に映ったのは……
「なんだ、こんなもんかよ。 乾燥機にかけたタンクトップだってもう少し強く締めるってもんだぜ」
隼人の前に仁王立ちするスキンヘッドの巨漢、義高の姿だった。
赤ふんは義高の腰と股にグルリと巻き付き、服の上からとはいえ履いているかのような状態だ。
「う…海の男……。 大漁旗が見えそうであります……」
「ワタシ知ってるヨ! これは……スモウレスラー!」
元から履いていたのかと思ってしまうほどしっくり来る絵面に、アキラとターニャは息を呑む。
その姿には有無を言わさぬ迫力、日本男児の心意気のような物が宿っていた。
「しつらえられたように似合ってる所を悪いが、そろそろ終わりにしようや!」
攻撃されても動じない義高から慌てて離れようとした赤ふんを駆が踏みつける。
ならばこいつに巻き付いてやろうと身を伸ばした赤ふんを、ターニャがぐいっと引っ張るように拳に捕らえる。
「生まれ変わったら一反木綿になるといいんデス」
先程の悪臭攻撃の怒りと八つ当たりの炎が拳に宿り、捕えた赤ふんをも包み込んでゆく。
炎は瞬く間に妖の全身へと燃え広がると、空へ帰るかのように黒い煙になり消えるのだった。
●
「助かったよ。 それに、疑って悪かった」
安心してストンと腰を落とした隼人が、そのまま覚者達に礼を言う。
後ろで座った隼人を心配していた綾菜も、隼人の言葉に慌ててペコリとお辞儀で感謝を表す。
「いや、俺達だけで倒せるとも限らなかったからな。 お互い様だ」
覚醒を解き、山男のような姿に戻った駆がニヤッと笑い言葉を返す。
事実、手の足りない中、前衛の剣士と回復の術士が加わった事は覚者達にとっても大きかっただろう。
「今回の事でお分かりになったでしょうが、やはり2人だけでの活動には限界があると思うのです。 ですが……」
アキラが前置きの言葉を紡ぐと、理解しているとばかりに隼人がアキラの言わんとする続きを呟く。
「協力すれば、きっと出来ない事なんてない……か」
四方を全て木々に覆われた森の中、上を見上げれば果ての無い空が広がっている。
狭いと思っていた世界は少し視線を動かせばこんなにも広く、暗いと思っていた世界には眩しさが確かに存在する。
戦っているのは自分達だけでは無い。 そう、強く実感できた。
「アンタ達の組織と協力するって話、前向きに検討させて貰うよ。 もう一度こいつとよく話し合ってからな」
隼人は寄り添うように座る綾菜の頭をぽんっと撫でる。
綾菜はくすぐったそうに笑うと、少し照れながら隼人の言葉を補足する。
「きっと、良い返事ができると思います。 でも、今日は大きな判断をするには……」
そう言い少し困ったような表情を浮かべる綾菜。
その理由は、解らないでもない。
「それよりまず風呂に入りてぇな。 こんな状態じゃ考えも纏まらない」
「そうデス。 答えは焦る事ないデスけど、この状態は一刻も早くなんとかしたいデス」
ふんどしの被害にあった護とターニャは冗談半分本気半分で言うと、覚者も隔者も思わず笑ってしまう。
疲労感と匂いで最悪の気分のはずだが、不思議と清々しい気分に満たされる隼人と綾菜。
「早く帰って疲れと匂いを落とさないとだな。 それじゃ、次も仲間として戦おう。 今度は出発から一緒にな」
腰を上げ握手を求める隼人に、覚者が答える。
握手にグっと込められた隼人の拳の力。 それはまるで、覚者達との繋がりを表すかのようだった。

■あとがき■
参加された皆様、お疲れ様です~~!
隔者さんたちもきっと次に会う時には覚者として皆さんの仲間に!
ふんどし依頼で爽やかからは縁が遠そうかと思いましたが、爽やかな依頼になりました…と思います!
隔者さんたちもきっと次に会う時には覚者として皆さんの仲間に!
ふんどし依頼で爽やかからは縁が遠そうかと思いましたが、爽やかな依頼になりました…と思います!
