聖王国最終戦争
●
「よう死に損ない。本懐を遂げた気分はどうよ」
言いつつ篠崎蛍は病室に踏み入り、来客用の椅子を勝手に広げた。
「結局あれか、探し求めていたものが最初っから自分の中にあったと。そうじゃないかって気はしてたのよ。言ってやろうかとも思ったけど」
「……言われても、受け入れなかったであろうな。私は」
ベッドの上で、竜胆晴信が苦笑する。
全身に包帯が巻かれているが、順調に快方へ向かってはいるようだ。
「我らのやらかしを……結局は、ファイヴに後始末してもらう事になってしまった」
「結果やる事もなくなったわけだし。ゆっくり休めばいい」
蛍は、見舞い品を掲げて見せた。果物の入った手籠である。
「本当は花でも持ってきてやろうと思ったのよ。菊とか椿とか彼岸花とかな」
「……貴様に似合いの花ばかりだな」
「お前さ、内臓やられてるの? 果物くらいは食える?」
「むしろ腹が減って難儀をしている。この身体、一日も早く回復させなければ……黄泉の雷神、残るは2体」
「何、まだやる気なの?」
蛍はナイフを取り出し、林檎を解体した。皮を剥き、身を切り分けて芯を取る。切り分けたものに楊枝を刺す。
竜胆が、感心してくれた。
「早技だな、相変わらず」
「古妖狩人とかイレブンの連中、皮剥いて切り刻んだ事もある。いい練習になったよ」
林檎の切り身が載った小皿を、蛍は差し出した。
「それよりさ、まだ続けるんなら……あたしも手伝ってやる。残りの2匹について調べて掴んだ事、何かあるなら聞かせてよ」
「……歴史を、調べてみた」
切り身を食らいながら、竜胆は言った。
「遥か昔のとある場所に、1人の巫女がいた。覚者の類ではなかったようだが」
「雷神の1匹が、暴れたりしていたわけ? その頃」
「大いにな」
「で、覚者でもない巫女さんが、そいつと戦う羽目になったと」
「文献によると……その巫女は、黄泉の雷神を『呑み込んだ』らしい」
「それって……」
「私と、同じような状態……雷神を、己の体内に宿らせたのだ。自分の身体に封印したのだろうな」
竜胆は、あっという間に林檎を平らげていた。
「そして、その巫女は自ら命を絶った。黄泉の雷神を、冥界へと道連れにしたのだ」
「……ふん。まあ御立派な自己犠牲って事で、おしまいなんじゃないの。その話」
「ここからだ」
竜胆の目が、ぎらりと緊迫した。
「まだ私の体内に黒雷がいた時、うっすらと感じた事だがな……その巫女は、どうやら転生している。そう、前世持ちだ。同じ暦の因子を持つ私が、朧げに感じた事だ」
「その巫女さんが……前世持ちの覚者に、生まれ変わってるって事?」
蛍の言葉を、竜胆が補足した。
「……道連れとなった黄泉の雷神もろとも、な」
●
あのような両親でも、両親である。今の自分が、近くにいるわけにはいかない。
今の自分の近くにいたら、どのような事になるかわからない。
だから玉村愛華は、家を出た。寝てなどいられなかった。
「……私は……聖なる光輪の戦姫アステリア……それ以外の、何者でもない……お前など、知らない……」
よろよろと大通りを彷徨いながら、愛華は呻いた。
通行人が、薄気味悪そうに視線を投げてくる。そんなものを気にしている場合ではなかった。
光輪の戦士アステリア、ではない何者かが、自分の中で何かを言っているのだ。執拗に、語りかけてくる。
その何者かは、言葉では表しようのない、とてつもなく禍々しくおぞましいものを引き連れていた。
「やめて……連れて、来ないで……そんなもの、私に押し付けないで……」
愛華はよろめき、路上に膝をついた。
「嫌……嫌よォ……助けてエスメラーダ、ニーベルレオン……私を助けてよう……」
ふわり、と眼前に気配が生じた。それは、愛華の中から出て来たように思えた。
光り輝く姿が、そこにあった。甲冑をまとい剣を携えた、神々しく凜とした美少女。
光輪の戦乙女アステリア。愛華が夢の中で思い描いていた己自身の姿が、そこにある。神々しく微笑み、愛華を背後に庇い、剣を抜いている。
可憐な唇で、呟きを紡ぎながらだ。
「ひとひに、ちがしら……くびり、ころさん……」
ふわりと足取り軽く、戦姫アステリアは人混みへと向かう。通行人たちを、斬殺せんとしている。
「……待ちなさい!」
愛華は叫び、よろよろと立ち上がった。
「それは……させない……アステリアは私よ。お前の存在など、認めない!」
「やっぱりね、そういう事か」
何者かが、愛華を支えるように立った。篠崎蛍だった。
「お前……自分の前世を受け入れられなくて、ずっと妄想に逃げ込んでいたんだな」
「先輩たちに連絡しておいたわ」
星崎玲子もいた。
「忙しい人たちだからタイミング合うかどうかわかんないけど、今は……愛華、私たちで頑張ろうね。で、そこの人!」
ゆらりと振り向いたアステリアを見据えながら、玲子が妖精の翅を広げる。
「原作者の1人として、キャラクターの不正な二次利用は認めません……アステリアを、愛華に返しなさい」
「よう死に損ない。本懐を遂げた気分はどうよ」
言いつつ篠崎蛍は病室に踏み入り、来客用の椅子を勝手に広げた。
「結局あれか、探し求めていたものが最初っから自分の中にあったと。そうじゃないかって気はしてたのよ。言ってやろうかとも思ったけど」
「……言われても、受け入れなかったであろうな。私は」
ベッドの上で、竜胆晴信が苦笑する。
全身に包帯が巻かれているが、順調に快方へ向かってはいるようだ。
「我らのやらかしを……結局は、ファイヴに後始末してもらう事になってしまった」
「結果やる事もなくなったわけだし。ゆっくり休めばいい」
蛍は、見舞い品を掲げて見せた。果物の入った手籠である。
「本当は花でも持ってきてやろうと思ったのよ。菊とか椿とか彼岸花とかな」
「……貴様に似合いの花ばかりだな」
「お前さ、内臓やられてるの? 果物くらいは食える?」
「むしろ腹が減って難儀をしている。この身体、一日も早く回復させなければ……黄泉の雷神、残るは2体」
「何、まだやる気なの?」
蛍はナイフを取り出し、林檎を解体した。皮を剥き、身を切り分けて芯を取る。切り分けたものに楊枝を刺す。
竜胆が、感心してくれた。
「早技だな、相変わらず」
「古妖狩人とかイレブンの連中、皮剥いて切り刻んだ事もある。いい練習になったよ」
林檎の切り身が載った小皿を、蛍は差し出した。
「それよりさ、まだ続けるんなら……あたしも手伝ってやる。残りの2匹について調べて掴んだ事、何かあるなら聞かせてよ」
「……歴史を、調べてみた」
切り身を食らいながら、竜胆は言った。
「遥か昔のとある場所に、1人の巫女がいた。覚者の類ではなかったようだが」
「雷神の1匹が、暴れたりしていたわけ? その頃」
「大いにな」
「で、覚者でもない巫女さんが、そいつと戦う羽目になったと」
「文献によると……その巫女は、黄泉の雷神を『呑み込んだ』らしい」
「それって……」
「私と、同じような状態……雷神を、己の体内に宿らせたのだ。自分の身体に封印したのだろうな」
竜胆は、あっという間に林檎を平らげていた。
「そして、その巫女は自ら命を絶った。黄泉の雷神を、冥界へと道連れにしたのだ」
「……ふん。まあ御立派な自己犠牲って事で、おしまいなんじゃないの。その話」
「ここからだ」
竜胆の目が、ぎらりと緊迫した。
「まだ私の体内に黒雷がいた時、うっすらと感じた事だがな……その巫女は、どうやら転生している。そう、前世持ちだ。同じ暦の因子を持つ私が、朧げに感じた事だ」
「その巫女さんが……前世持ちの覚者に、生まれ変わってるって事?」
蛍の言葉を、竜胆が補足した。
「……道連れとなった黄泉の雷神もろとも、な」
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あのような両親でも、両親である。今の自分が、近くにいるわけにはいかない。
今の自分の近くにいたら、どのような事になるかわからない。
だから玉村愛華は、家を出た。寝てなどいられなかった。
「……私は……聖なる光輪の戦姫アステリア……それ以外の、何者でもない……お前など、知らない……」
よろよろと大通りを彷徨いながら、愛華は呻いた。
通行人が、薄気味悪そうに視線を投げてくる。そんなものを気にしている場合ではなかった。
光輪の戦士アステリア、ではない何者かが、自分の中で何かを言っているのだ。執拗に、語りかけてくる。
その何者かは、言葉では表しようのない、とてつもなく禍々しくおぞましいものを引き連れていた。
「やめて……連れて、来ないで……そんなもの、私に押し付けないで……」
愛華はよろめき、路上に膝をついた。
「嫌……嫌よォ……助けてエスメラーダ、ニーベルレオン……私を助けてよう……」
ふわり、と眼前に気配が生じた。それは、愛華の中から出て来たように思えた。
光り輝く姿が、そこにあった。甲冑をまとい剣を携えた、神々しく凜とした美少女。
光輪の戦乙女アステリア。愛華が夢の中で思い描いていた己自身の姿が、そこにある。神々しく微笑み、愛華を背後に庇い、剣を抜いている。
可憐な唇で、呟きを紡ぎながらだ。
「ひとひに、ちがしら……くびり、ころさん……」
ふわりと足取り軽く、戦姫アステリアは人混みへと向かう。通行人たちを、斬殺せんとしている。
「……待ちなさい!」
愛華は叫び、よろよろと立ち上がった。
「それは……させない……アステリアは私よ。お前の存在など、認めない!」
「やっぱりね、そういう事か」
何者かが、愛華を支えるように立った。篠崎蛍だった。
「お前……自分の前世を受け入れられなくて、ずっと妄想に逃げ込んでいたんだな」
「先輩たちに連絡しておいたわ」
星崎玲子もいた。
「忙しい人たちだからタイミング合うかどうかわかんないけど、今は……愛華、私たちで頑張ろうね。で、そこの人!」
ゆらりと振り向いたアステリアを見据えながら、玲子が妖精の翅を広げる。
「原作者の1人として、キャラクターの不正な二次利用は認めません……アステリアを、愛華に返しなさい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖・柝雷の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
とある市街地に、古妖・柝雷が「光輪の戦士アステリア」の姿で出現し、殺戮を始めようとしております。
覚者の少女3名……玉村愛華、星崎玲子、篠崎蛍が、これを止めるべく柝雷と戦っていますが、皆様の到着時には敗れて力尽き、倒れております。あと1撃でも攻撃を受ければ死ぬ状態です。
術式等による回復で命を救う事は可能ですが、戦闘への参加は出来ません。あとは覚者の皆様に、柝雷を斃していただく事になります。
柝雷の攻撃手段は、剣による白兵戦(特近単、BS呪怨)、光輪の放射(特遠列または全、BS無力)。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2019年08月02日
2019年08月02日
■メイン参加者 6人■

●
「そこのキミ! ハイレベルなコスプレなのは認めるけどアウト。会場に刃物を持ち込んだら駄目でしょー」
翼を広げて軽やかに歩きながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が言った。
「人気ナンバーワン! 男の子向けの薄い本が一番大量に出回ってる、この聖霊姫リムルフェリスがね、新キャラの騎士様を引き連れて参上だよん。違法コスプレイヤーは強制退場ね」
「騎士様、というのは僕の事かな」
首を傾げているのは、『地を駆ける羽』如月蒼羽(CL2001575)である。
「僕なんかは騎士は騎士でも、主人公と王様が会話している時の背景の一部だね。まあ今回は、ちょっと出しゃばってみようか」
倒れてる少女3人を背後に庇って、蒼羽は身構え対峙した。紡が『違法コスプレイヤー』と呼んだ相手とだ。
きらびやかな甲冑をまとう、1人の美少女。
美し過ぎる。現実には存在しない美しさだ、と『陰と陽の橋渡し』賀茂たまき(CL2000994)は思う。
「『暁の聖戦士たち』は、私も読みました」
語りかけながら、巨大術符をばさりと広げる。
「光輪の戦乙女アステリアは、人々を守るために戦い抜いたのですよ。冒瀆する事は許しません」
術符に宿る土行の力が、実体化して鎧となり、たまきの細身を防護した。
「古妖・柝雷。人の純粋なる思いを、そのように奪う形でしか存在し得ぬものよ。貴方もまた世の理に背く存在……土に、還りなさい」
聖王女アステリアの姿をしたものが、たまきのその言葉に応えた、のであろうか。綺麗な唇が、呟きを紡ぐ。
「ひとひに、ちがしら……きりころさん……」
「……言わねーよ。アステリアも愛華も、そんな事」
アステリアの姿で顕現している黄泉の雷神を見据えながら、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言い放つ。
「お前はな、奪っちゃいけねえものを奪ったんだ。返してもらうぜ」
「返すのはもちろん、この子たちにね」
紡が、倒れている少女3人を翼で包み込む。『暁の聖戦士たち』の作者である玉村愛華と星崎玲子、及び彼女らの親友である篠崎蛍。
紡の翼が、水行の癒しの力を、彼女らの負傷した身体に染み込ませていった。潤しの雨。
「うっ……ん……」
まずは、蛍が目を覚ました。
「あ、お前ら……あたしたちが殺される寸前のところで、タイミング良く来やがって……」
「狙っていたわけでは、ないんだけどね」
蒼羽が微笑んだ。
蛍が、黙り込んだ。微かに、息を呑んでいるようである。
「とにかく3人とも、よく頑張ってくれた。あとの戦いは僕たちに任せて、周りの人たちの避難誘導と安全確保を頼むよ」
「…………うん、わかった」
蛍が頷いた。いや、俯いたのか。頰が、ほんのりと赤い。
たまきは一瞬、紡と顔を見合わせた。まあ、余計なお喋りをしている場合ではなかった。
玉村愛華が、続いて意識を取り戻す。
「……来て……くれたのね、ニーベルレオン……」
「おおおい、ちょっと待て」
翔が、慌てふためいている。
「ニーベルレオンって妄想の産物じゃねーのかよ!」
「……愛華の妄想を、甘く見ては駄目ですよ」
星崎玲子も、目を覚ましていた。
「原因がわかったくらいで薄れて消えるような、生易しいもんじゃありません。だからこそ、あれだけの作品が出来上がったんです」
「貴方なら、わかってくれるわよねニーベルレオン。それは、そこにいるのは私ではないわ。アステリアの姿だけを奪った、おぞましい偽物! 私たちの愛を引き裂くために破滅の使徒が化けたひいぃいいいいいいっ!」
愛華が、頭を抱えて悲鳴を上げる。
桂木日那乃(CL2000941)が、開かない本を振り上げたからだ。
「一般市民の、避難誘導……安全確保……さっさと行かないと、この開かない本で、ぶつ……わかった?」
「わわわかりました、任務拝領です。ほら行くわよ2人とも」
玲子が、蛍と愛華を促して走り出す。
半ば玲子に引きずられながら、愛華がぽつりと言葉を残す。
「……今更、アステリアを捨てる事なんて出来ないわ。だから……私が、取り戻したかったけど……」
「任せとけ」
翔が言った。
「オレたちが……アステリアに、人殺しなんてさせねえ」
「……お願いします、成瀬先輩」
ぺこりと頭を下げたまま、愛華は俯いた。
「貴方は……私にとって、輝ける黄金の竜騎士ニーベルレオンです。それはずっと変わりませんけど、これからは口に出したりしません。私の心の中だけで……ずっと……」
蛍と同じ顔をしている、とたまきは思った。
俯いたまま駆け去って行く愛華を見送りながら、翔が頭を掻く。
「……まいった、な……どうにも」
「黄金の竜騎士……ニーベルレオン」
黙って事を観察していた『五麟の結界』篁三十三(CL2001480)が、ようやく言葉を発した。
「それは一体、何者なのか……」
「いいからっ。とっとと始めようぜ、さとみん」
翔が、印を結んだ。いくらか発動に時間のかかる術式の、構えである。
「今は、こいつを!」
「……そうだ、斃さなければ」
三十三が翼を広げ、光を放散する。キラキラと清かな、気の光。
「あの土偶が、まさか神話に名をとどめる八雷神の1つであったとは……あれ以来の、黄泉の禍物との戦い」
その白い輝きが、覚者6人を包み込む。防御の術式である。
「僕の力が、どこまで通用するか……いや、通用させる。通してみせる、たとえ黄泉の神々が相手でも!」
「おおっ、さとみんが燃えてる」
紡が喜んだ、その時。
聖王女アステリアの姿をした黄泉の古妖……柝雷が、剣を振るった。
「ひとひに、ちがしら……なぎはらい、ころさん……」
斬撃の弧が一閃しながら伸び広がり、覚者6人を言葉通り薙ぎ払う。
「くうっ……!」
たまきは膝をついた。全身で、土行の鎧がひび割れた。亀裂から、鮮血がしぶく。
光輪の戦士アステリアが作中で放っていた聖なる斬撃と、形は同じだが性質は真逆だ。1日に千人を殺す。その殺意が、憎悪が、呪いが、攻撃として顕現したもの。
それが覚者たちの身体に打ち込まれ、体内にとどまっている。たまき、だけでなく紡も、翔も三十三も、蒼羽も日那乃も、体内にこびりついた呪念によって力を封じられかけている。
倒れた蒼羽を、紡が後ろから支え起こした。
「さ……さすがに、キツいね……でも頑張らなきゃ、そーちゃん……」
紡の手から蒼羽の身体へと、術式の光が流し込まれる。
「……ありがとう。僕は大丈夫だよ、つーちゃん」
術式による強化を受け、よろよろと立ち上がる蒼羽。その両手で、左右のショットガントレットがバチッ! と放電を起こす。
「憎悪と呪いの斬撃……アステリアは、そんな技を使う剣士ではないよ。設定を変えてはいけないっ」
その電光が、柝雷の身体を縛り上げた。
雷撃に束縛された黄泉の古妖に、日那乃が術式の狙いを定めている。
「……わたし、あの話、読んでない……興味ない。だけど」
ゆらりと立ち上がりながら、日那乃は猛禽の如く翼を広げた。
「ひとの、大切なもの……奪って踏みにじるの……許さない……たまきさん、一緒に」
「……ええ、やりましょう日那ちゃん」
白い光が、たまきの体内にキラキラと染み込んで来る。三十三が施してくれた術式。身体の中にこびりついた黄泉の呪いを、いくらかは和らげてくれる。
「この、殺意と憎悪……呪いの念……このようなものの塊を、御自身の前世として……ずっと抱えておられたのですね、玉村愛華さん……」
暦の覚者であるならば、己の前世は何であれ受け入れるべきだ。向き合わねばならない。
そんな事は言えない、と強く思いながら、たまきは九字を切った。
「辛かったでしょうね……!」
たまきの念が、巨大な岩石となって空中に生じた。
日那乃の羽ばたきが、暴風の砲弾を発生させる。
岩砕とエアブリット。大地と風の攻撃術式が、柝雷を直撃していた。
どれほどの痛手を与えたのかは、わからない。
聖なる少女剣士の姿をした禍物は、岩の破片と風の飛沫をゆっくりと蹴散らしながら電光の束縛を引きずり、微笑んでいる。
「ひとひに……ちがしら、うがちころさん……」
「……黄泉の、雷神……想像以上の怪物……だけどっ!」
膝をつき立ち上がれぬまま、三十三が翼を開いた。
水行の癒しの力が、拡散して降り注ぐ。潤しの雨。
治療を得た覚者6人に向かって、柝雷がまたしても横薙ぎに剣を一閃させる。聖なる斬撃、の形をした呪いの斬撃。
その悪しき一閃が覚者たちを再び直撃する、と同時に翔が吼えた。
「……させるかぁあああああっ!」
民衆に恵みの光を降らせる古代の太陽を、たまきは一瞬、幻視した。
いや。降り注ぐ陽光は、幻ではない。
天行参式・天照。
体内に打ち込まれ、こびりついた黄泉の呪いが、恵みの陽光によって灼き払われ消滅してゆくのを、たまきは感じた。
よろめく翔を、氷の煌めきが直撃する。
日那乃の術式であった。天行参式で消耗した気力は、これで回復したはずである。
「翔、お疲れ。少し休んで」
「そうはいかねー……って言いたいとこだけどよ」
翔は、片膝をついていた。
「参式は……やっぱ、キツいぜ……」
「無理をしては駄目ですよ、翔さん」
立ち上がれぬ翔を、たまきは背後に庇った。
天行参式が術者の肉体にもたらす負担まで、術式で取り除けるものではない。翔は、しばらくは動けないだろう。
「その間、貴方は私たちが守ります。そのための前衛です」
「そういう事……」
蒼羽が、たまきと並んで身構える。
「僕たちは、太陽神の加護を得た……黄泉の悪神よ、さあ次はどんな手で来るのかな」
●
こうして錬覇法を用いていると、まずは広大な大地が見えてくる。大河も見える。
誰かが、自分に向かって手を伸ばしている。
一体、誰なのか。
知ってはならないのではないか、と蒼羽は思う。
自分を含む、前世持ちの覚者たちの中で、己の前世である何者かを詳細に知っている者が、果たしてどれほどいるのか。
己の前世を知る。それが一体どういう事であるのか、玉村愛華を見ていると何となくわかってしまう。
「忌まわしいもの、見てはならないもの……なのかも知れないね。自分の前世というものは」
踏み込んで来ようとする柝雷を見据えたまま、蒼羽は腰を落とし、右の拳を握った。
「玉村さんは、それを見てしまった。結果……自分に都合の良い前世を捏造し、そこへ逃げ込まずにはいられなかった。見えてしまった前世が、あまりにも恐ろしいものだったから」
体術上級、その名も『拳』。
見た目はたおやかな美少女である敵に、蒼羽は容赦なく正拳突きを打ち込んでいた。
女の子を、と言うより人間を殴ったのではあり得ない、恐ろしく強固な手応えが返って来たので、蒼羽は安心した。
聖王女アステリアの美しい姿が、蒼羽の『拳』を喰らって一瞬、歪んだ。
その一瞬の間、とてつもなく禍々しい、おぞましいものが見えた。
「それだ……玉村さんは、それをずっと見せられていたんだ」
蒼羽は息を呑んだ。後退りをしそうな足で、懸命に路面を踏み締めながら。
「作り物の前世に逃げ込んでしまうのも無理はない。こんなもの……僕だって、耐えられはしない」
「ひとひに、ちがしら……くびり、ころさん……」
柝雷はアステリアの美貌をすぐに取り戻し、微笑み、唱えている。
「……見えました、僕にも。黄泉の悪神の、身の毛もよだつ正体が」
言いつつ三十三が、略式滅相銃を構えた。
「この恐ろしいものを……古の巫女は、もしかしたら未来に託したのかも知れない。今この時代の覚者ならば、柝雷を! 封印ではなく斃す事が出来ると!」
銃声が轟き、疾風が吹き荒れた。エアブリットのフルオート射撃が、アステリアの全身を撃ち抜いていた。
痛々しく揺らぐ聖王女の細身が次の瞬間、下方からの攻撃を喰らい、吹っ飛んだ。
「……私にも、見えました」
たまきが、路面に片手を触れている。
大地の一部が『隆神槍』となってアスファルトを粉砕し、柝雷を直撃したのだ。
「この、おぞましき存在と……玉村さんは、ずっと向き合って……苦しんで、おられたのですね……」
「ひとひ……に……」
吹っ飛んだ柝雷が、ぐしゃりと路面に激突し、歪みながら立ち上がる。
人体の動きではない、と蒼羽は思った。おぞましい何かが、またしても露わになったのだ。
「ちがしら……ころし、つくさん……」
「……安心したよ。キミ、本当に化け物だね。純度百パーの、単なるモンスター」
言葉と共に紡が、術杖の先端から水行の力を射出する。天空に向かってだ。
「ボクね、ちょっと心配だったんだ。そのアステリア、もしかしたら玉村ちゃんの魂と変に混ざり合っちゃってて……玉村ちゃんの一部みたくなってたら、どうしようってね。斃しちゃって大丈夫かなって、思ってた」
雨が、降ってきた。潤しの雨。水行の癒しが、全身に染みる。
自分は負傷していたのだ、と蒼羽は気付いた。
「たけどね、さっきの玉村ちゃんを見てわかったよ。あの子はただ、タチの悪い化け物を自分の身体から追い出しただけ」
歪みつつあるアステリアの姿を見据えて、紡は言った。
「ああもう、悪意ある二次創作みたいな作画崩壊……ファンとして、ちょっと許すワケにはいかないね」
●
柝雷の剣が、蒼羽の身体を両断した。一瞬、そう見えた。
血飛沫を噴射しながら、蒼羽はよろめいている。身を翻している。弱々しい回避の動き。辛うじて、致命傷は避けたようだ。
攻撃者である柝雷の身体も、へし曲がり揺らいでいた。
回避と同時に蹴りを叩き込んだ蒼羽の動きを、三十三がどうにか視認した、その直後。
「さっとみーん。もうひと頑張り、いけるかなっ!?」
紡が、後方から術式を撃ち込んできた。
消耗しきっていた三十三の気力が、燃え上がり高まってゆく。薬物投与にも似た気力回復。
「うっぐ……あ、ありがとう紡さん。これならっ……螺旋海楼、最後の1発を……」
燃え上がる気力を、三十三は水行術式として迸らせた。
大渦が生じ、柝雷を呑み込んで荒れ狂う。
その様を見据え、翔が天空を指差した。
「ようしっ。空丸、やろうぜ!」
1羽の守護使役が、それに応えて高らかに鳴き、後肢で保持した勾玉を激しく輝かせる。
その光が、巨大な矢となって放たれる。B.O.T.による、空爆であった。
爆撃を喰らった柝雷が、いよいよ聖王女の美しい姿を保てなくなり、歪み潰れながら蠢いている。
「……ひ……とひ、に……ちがしら……」
「あなただって……光璃みたいに、なれたかも知れない、のに……」
呟きながら日那乃が、開かない本をかざし、羽ばたく。
暴風が巻き起こり、大気の砲弾となって柝雷を直撃・粉砕した。
粉砕されたものが、飛び散り、拡散し、襲いかかって来る。呪詛と共にだ。
「くびり……くだき……つぶし、ころさん……」
「その理由なき殺意と憎悪……終わりにしましょう」
たまきが祈り、念じた。
「黄泉のものよ、あなたを土に還します。律令の如く急々に……」
岩が降り注ぎ、柝雷の破片を1つ残らず押し潰し、消滅させる。
日那乃が、その様をじっと見つめている。
「生まれ変わっても付いてくる古妖……死んだら、どうなるの……かな。天国? 地獄?」
「黄泉の国も、天国も地獄も実在する。僕たちは黄泉の怪物とも戦ったし、火車のような地獄の住人とも知り合った」
三十三は言った。
「古妖・人間を問わず、死んだ者がどこへ行くのかは……僕たち生ける人間の思考や計算が及ぶところではないと思う。神仏の領域だ」
「わたし……きっと地獄行き」
日那乃が俯いた。
「頭では、わかってる。柝雷が光璃みたいになるの、絶対無理……悠璃が、いないから……わたし、悠璃と同じ事、出来ない……殺すだけ。竜胆さんの事も、殺そうとした……」
「誰かと同じ事をする必要はない。僕は、そう思う」
自分は、偉そうな事を言っている。
わかっていても、三十三は止められなかった。
「桂木さんが地獄行きなら、僕も間違いなくそうだ。それでいい。地獄へ落ちるまでに僕は、自分に出来る事をやり尽くす。守るために、救うために。覚者は、人は、それしかないんだ」
「……篁さん……強く、なった」
日那乃の言葉に、翔が同調した。
「オレは最初っから知ってたぜー。さとみんの強さはよ」
「……これからは、翔さんの強さが試されるかも知れませんね」
含みありげな事を言いながら、たまきが視線を動かす。
愛華と玲子が、蛍が、戻って来たところである。
「あっ先輩方、お疲れ様でーす。どうも、ありがとうございました」
玲子が手を振り、たまきが応える。
「ふふっ。私、先輩なんですね……では先輩風を吹かせましょう。甘い物、おごりますよ?」
「……あんまり、そういう事は言わない方がいい。あたしも、こいつらもさ、マジで遠慮しないから」
言いつつ蛍が、蒼羽の方を見る。
「……大丈夫なのかよ」
「平気さ。こんな怪我は、いつもの事でね」
紡に助け起こされながら、蒼羽が微笑む。
「……君の事は、妹から聞いている。娘みたいなものだってね。僕から見れば可愛い姪、という事になるのかな」
「……言ってろよ、バカな事」
蛍が、顔を赤らめる。
愛華が、翔に微笑みかける。
「成瀬先輩……私もう貴方の事をニーベルレオンとは言いません。貴方が私にとって、輝かしい黄金の騎士なのは……もう、言うような事ではないですから」
「そ、そうか」
翔が、何やら途方に暮れている。
紡が、面白がっている。
「相棒も、そーちゃんも。大変な事になったねえ」
「? 何が、かな?」
きょとん、としている蒼羽に術式治療を施しながら、紡は天を仰いだ。
「ああもう、何て残念な兄妹……」
「そこのキミ! ハイレベルなコスプレなのは認めるけどアウト。会場に刃物を持ち込んだら駄目でしょー」
翼を広げて軽やかに歩きながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が言った。
「人気ナンバーワン! 男の子向けの薄い本が一番大量に出回ってる、この聖霊姫リムルフェリスがね、新キャラの騎士様を引き連れて参上だよん。違法コスプレイヤーは強制退場ね」
「騎士様、というのは僕の事かな」
首を傾げているのは、『地を駆ける羽』如月蒼羽(CL2001575)である。
「僕なんかは騎士は騎士でも、主人公と王様が会話している時の背景の一部だね。まあ今回は、ちょっと出しゃばってみようか」
倒れてる少女3人を背後に庇って、蒼羽は身構え対峙した。紡が『違法コスプレイヤー』と呼んだ相手とだ。
きらびやかな甲冑をまとう、1人の美少女。
美し過ぎる。現実には存在しない美しさだ、と『陰と陽の橋渡し』賀茂たまき(CL2000994)は思う。
「『暁の聖戦士たち』は、私も読みました」
語りかけながら、巨大術符をばさりと広げる。
「光輪の戦乙女アステリアは、人々を守るために戦い抜いたのですよ。冒瀆する事は許しません」
術符に宿る土行の力が、実体化して鎧となり、たまきの細身を防護した。
「古妖・柝雷。人の純粋なる思いを、そのように奪う形でしか存在し得ぬものよ。貴方もまた世の理に背く存在……土に、還りなさい」
聖王女アステリアの姿をしたものが、たまきのその言葉に応えた、のであろうか。綺麗な唇が、呟きを紡ぐ。
「ひとひに、ちがしら……きりころさん……」
「……言わねーよ。アステリアも愛華も、そんな事」
アステリアの姿で顕現している黄泉の雷神を見据えながら、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言い放つ。
「お前はな、奪っちゃいけねえものを奪ったんだ。返してもらうぜ」
「返すのはもちろん、この子たちにね」
紡が、倒れている少女3人を翼で包み込む。『暁の聖戦士たち』の作者である玉村愛華と星崎玲子、及び彼女らの親友である篠崎蛍。
紡の翼が、水行の癒しの力を、彼女らの負傷した身体に染み込ませていった。潤しの雨。
「うっ……ん……」
まずは、蛍が目を覚ました。
「あ、お前ら……あたしたちが殺される寸前のところで、タイミング良く来やがって……」
「狙っていたわけでは、ないんだけどね」
蒼羽が微笑んだ。
蛍が、黙り込んだ。微かに、息を呑んでいるようである。
「とにかく3人とも、よく頑張ってくれた。あとの戦いは僕たちに任せて、周りの人たちの避難誘導と安全確保を頼むよ」
「…………うん、わかった」
蛍が頷いた。いや、俯いたのか。頰が、ほんのりと赤い。
たまきは一瞬、紡と顔を見合わせた。まあ、余計なお喋りをしている場合ではなかった。
玉村愛華が、続いて意識を取り戻す。
「……来て……くれたのね、ニーベルレオン……」
「おおおい、ちょっと待て」
翔が、慌てふためいている。
「ニーベルレオンって妄想の産物じゃねーのかよ!」
「……愛華の妄想を、甘く見ては駄目ですよ」
星崎玲子も、目を覚ましていた。
「原因がわかったくらいで薄れて消えるような、生易しいもんじゃありません。だからこそ、あれだけの作品が出来上がったんです」
「貴方なら、わかってくれるわよねニーベルレオン。それは、そこにいるのは私ではないわ。アステリアの姿だけを奪った、おぞましい偽物! 私たちの愛を引き裂くために破滅の使徒が化けたひいぃいいいいいいっ!」
愛華が、頭を抱えて悲鳴を上げる。
桂木日那乃(CL2000941)が、開かない本を振り上げたからだ。
「一般市民の、避難誘導……安全確保……さっさと行かないと、この開かない本で、ぶつ……わかった?」
「わわわかりました、任務拝領です。ほら行くわよ2人とも」
玲子が、蛍と愛華を促して走り出す。
半ば玲子に引きずられながら、愛華がぽつりと言葉を残す。
「……今更、アステリアを捨てる事なんて出来ないわ。だから……私が、取り戻したかったけど……」
「任せとけ」
翔が言った。
「オレたちが……アステリアに、人殺しなんてさせねえ」
「……お願いします、成瀬先輩」
ぺこりと頭を下げたまま、愛華は俯いた。
「貴方は……私にとって、輝ける黄金の竜騎士ニーベルレオンです。それはずっと変わりませんけど、これからは口に出したりしません。私の心の中だけで……ずっと……」
蛍と同じ顔をしている、とたまきは思った。
俯いたまま駆け去って行く愛華を見送りながら、翔が頭を掻く。
「……まいった、な……どうにも」
「黄金の竜騎士……ニーベルレオン」
黙って事を観察していた『五麟の結界』篁三十三(CL2001480)が、ようやく言葉を発した。
「それは一体、何者なのか……」
「いいからっ。とっとと始めようぜ、さとみん」
翔が、印を結んだ。いくらか発動に時間のかかる術式の、構えである。
「今は、こいつを!」
「……そうだ、斃さなければ」
三十三が翼を広げ、光を放散する。キラキラと清かな、気の光。
「あの土偶が、まさか神話に名をとどめる八雷神の1つであったとは……あれ以来の、黄泉の禍物との戦い」
その白い輝きが、覚者6人を包み込む。防御の術式である。
「僕の力が、どこまで通用するか……いや、通用させる。通してみせる、たとえ黄泉の神々が相手でも!」
「おおっ、さとみんが燃えてる」
紡が喜んだ、その時。
聖王女アステリアの姿をした黄泉の古妖……柝雷が、剣を振るった。
「ひとひに、ちがしら……なぎはらい、ころさん……」
斬撃の弧が一閃しながら伸び広がり、覚者6人を言葉通り薙ぎ払う。
「くうっ……!」
たまきは膝をついた。全身で、土行の鎧がひび割れた。亀裂から、鮮血がしぶく。
光輪の戦士アステリアが作中で放っていた聖なる斬撃と、形は同じだが性質は真逆だ。1日に千人を殺す。その殺意が、憎悪が、呪いが、攻撃として顕現したもの。
それが覚者たちの身体に打ち込まれ、体内にとどまっている。たまき、だけでなく紡も、翔も三十三も、蒼羽も日那乃も、体内にこびりついた呪念によって力を封じられかけている。
倒れた蒼羽を、紡が後ろから支え起こした。
「さ……さすがに、キツいね……でも頑張らなきゃ、そーちゃん……」
紡の手から蒼羽の身体へと、術式の光が流し込まれる。
「……ありがとう。僕は大丈夫だよ、つーちゃん」
術式による強化を受け、よろよろと立ち上がる蒼羽。その両手で、左右のショットガントレットがバチッ! と放電を起こす。
「憎悪と呪いの斬撃……アステリアは、そんな技を使う剣士ではないよ。設定を変えてはいけないっ」
その電光が、柝雷の身体を縛り上げた。
雷撃に束縛された黄泉の古妖に、日那乃が術式の狙いを定めている。
「……わたし、あの話、読んでない……興味ない。だけど」
ゆらりと立ち上がりながら、日那乃は猛禽の如く翼を広げた。
「ひとの、大切なもの……奪って踏みにじるの……許さない……たまきさん、一緒に」
「……ええ、やりましょう日那ちゃん」
白い光が、たまきの体内にキラキラと染み込んで来る。三十三が施してくれた術式。身体の中にこびりついた黄泉の呪いを、いくらかは和らげてくれる。
「この、殺意と憎悪……呪いの念……このようなものの塊を、御自身の前世として……ずっと抱えておられたのですね、玉村愛華さん……」
暦の覚者であるならば、己の前世は何であれ受け入れるべきだ。向き合わねばならない。
そんな事は言えない、と強く思いながら、たまきは九字を切った。
「辛かったでしょうね……!」
たまきの念が、巨大な岩石となって空中に生じた。
日那乃の羽ばたきが、暴風の砲弾を発生させる。
岩砕とエアブリット。大地と風の攻撃術式が、柝雷を直撃していた。
どれほどの痛手を与えたのかは、わからない。
聖なる少女剣士の姿をした禍物は、岩の破片と風の飛沫をゆっくりと蹴散らしながら電光の束縛を引きずり、微笑んでいる。
「ひとひに……ちがしら、うがちころさん……」
「……黄泉の、雷神……想像以上の怪物……だけどっ!」
膝をつき立ち上がれぬまま、三十三が翼を開いた。
水行の癒しの力が、拡散して降り注ぐ。潤しの雨。
治療を得た覚者6人に向かって、柝雷がまたしても横薙ぎに剣を一閃させる。聖なる斬撃、の形をした呪いの斬撃。
その悪しき一閃が覚者たちを再び直撃する、と同時に翔が吼えた。
「……させるかぁあああああっ!」
民衆に恵みの光を降らせる古代の太陽を、たまきは一瞬、幻視した。
いや。降り注ぐ陽光は、幻ではない。
天行参式・天照。
体内に打ち込まれ、こびりついた黄泉の呪いが、恵みの陽光によって灼き払われ消滅してゆくのを、たまきは感じた。
よろめく翔を、氷の煌めきが直撃する。
日那乃の術式であった。天行参式で消耗した気力は、これで回復したはずである。
「翔、お疲れ。少し休んで」
「そうはいかねー……って言いたいとこだけどよ」
翔は、片膝をついていた。
「参式は……やっぱ、キツいぜ……」
「無理をしては駄目ですよ、翔さん」
立ち上がれぬ翔を、たまきは背後に庇った。
天行参式が術者の肉体にもたらす負担まで、術式で取り除けるものではない。翔は、しばらくは動けないだろう。
「その間、貴方は私たちが守ります。そのための前衛です」
「そういう事……」
蒼羽が、たまきと並んで身構える。
「僕たちは、太陽神の加護を得た……黄泉の悪神よ、さあ次はどんな手で来るのかな」
●
こうして錬覇法を用いていると、まずは広大な大地が見えてくる。大河も見える。
誰かが、自分に向かって手を伸ばしている。
一体、誰なのか。
知ってはならないのではないか、と蒼羽は思う。
自分を含む、前世持ちの覚者たちの中で、己の前世である何者かを詳細に知っている者が、果たしてどれほどいるのか。
己の前世を知る。それが一体どういう事であるのか、玉村愛華を見ていると何となくわかってしまう。
「忌まわしいもの、見てはならないもの……なのかも知れないね。自分の前世というものは」
踏み込んで来ようとする柝雷を見据えたまま、蒼羽は腰を落とし、右の拳を握った。
「玉村さんは、それを見てしまった。結果……自分に都合の良い前世を捏造し、そこへ逃げ込まずにはいられなかった。見えてしまった前世が、あまりにも恐ろしいものだったから」
体術上級、その名も『拳』。
見た目はたおやかな美少女である敵に、蒼羽は容赦なく正拳突きを打ち込んでいた。
女の子を、と言うより人間を殴ったのではあり得ない、恐ろしく強固な手応えが返って来たので、蒼羽は安心した。
聖王女アステリアの美しい姿が、蒼羽の『拳』を喰らって一瞬、歪んだ。
その一瞬の間、とてつもなく禍々しい、おぞましいものが見えた。
「それだ……玉村さんは、それをずっと見せられていたんだ」
蒼羽は息を呑んだ。後退りをしそうな足で、懸命に路面を踏み締めながら。
「作り物の前世に逃げ込んでしまうのも無理はない。こんなもの……僕だって、耐えられはしない」
「ひとひに、ちがしら……くびり、ころさん……」
柝雷はアステリアの美貌をすぐに取り戻し、微笑み、唱えている。
「……見えました、僕にも。黄泉の悪神の、身の毛もよだつ正体が」
言いつつ三十三が、略式滅相銃を構えた。
「この恐ろしいものを……古の巫女は、もしかしたら未来に託したのかも知れない。今この時代の覚者ならば、柝雷を! 封印ではなく斃す事が出来ると!」
銃声が轟き、疾風が吹き荒れた。エアブリットのフルオート射撃が、アステリアの全身を撃ち抜いていた。
痛々しく揺らぐ聖王女の細身が次の瞬間、下方からの攻撃を喰らい、吹っ飛んだ。
「……私にも、見えました」
たまきが、路面に片手を触れている。
大地の一部が『隆神槍』となってアスファルトを粉砕し、柝雷を直撃したのだ。
「この、おぞましき存在と……玉村さんは、ずっと向き合って……苦しんで、おられたのですね……」
「ひとひ……に……」
吹っ飛んだ柝雷が、ぐしゃりと路面に激突し、歪みながら立ち上がる。
人体の動きではない、と蒼羽は思った。おぞましい何かが、またしても露わになったのだ。
「ちがしら……ころし、つくさん……」
「……安心したよ。キミ、本当に化け物だね。純度百パーの、単なるモンスター」
言葉と共に紡が、術杖の先端から水行の力を射出する。天空に向かってだ。
「ボクね、ちょっと心配だったんだ。そのアステリア、もしかしたら玉村ちゃんの魂と変に混ざり合っちゃってて……玉村ちゃんの一部みたくなってたら、どうしようってね。斃しちゃって大丈夫かなって、思ってた」
雨が、降ってきた。潤しの雨。水行の癒しが、全身に染みる。
自分は負傷していたのだ、と蒼羽は気付いた。
「たけどね、さっきの玉村ちゃんを見てわかったよ。あの子はただ、タチの悪い化け物を自分の身体から追い出しただけ」
歪みつつあるアステリアの姿を見据えて、紡は言った。
「ああもう、悪意ある二次創作みたいな作画崩壊……ファンとして、ちょっと許すワケにはいかないね」
●
柝雷の剣が、蒼羽の身体を両断した。一瞬、そう見えた。
血飛沫を噴射しながら、蒼羽はよろめいている。身を翻している。弱々しい回避の動き。辛うじて、致命傷は避けたようだ。
攻撃者である柝雷の身体も、へし曲がり揺らいでいた。
回避と同時に蹴りを叩き込んだ蒼羽の動きを、三十三がどうにか視認した、その直後。
「さっとみーん。もうひと頑張り、いけるかなっ!?」
紡が、後方から術式を撃ち込んできた。
消耗しきっていた三十三の気力が、燃え上がり高まってゆく。薬物投与にも似た気力回復。
「うっぐ……あ、ありがとう紡さん。これならっ……螺旋海楼、最後の1発を……」
燃え上がる気力を、三十三は水行術式として迸らせた。
大渦が生じ、柝雷を呑み込んで荒れ狂う。
その様を見据え、翔が天空を指差した。
「ようしっ。空丸、やろうぜ!」
1羽の守護使役が、それに応えて高らかに鳴き、後肢で保持した勾玉を激しく輝かせる。
その光が、巨大な矢となって放たれる。B.O.T.による、空爆であった。
爆撃を喰らった柝雷が、いよいよ聖王女の美しい姿を保てなくなり、歪み潰れながら蠢いている。
「……ひ……とひ、に……ちがしら……」
「あなただって……光璃みたいに、なれたかも知れない、のに……」
呟きながら日那乃が、開かない本をかざし、羽ばたく。
暴風が巻き起こり、大気の砲弾となって柝雷を直撃・粉砕した。
粉砕されたものが、飛び散り、拡散し、襲いかかって来る。呪詛と共にだ。
「くびり……くだき……つぶし、ころさん……」
「その理由なき殺意と憎悪……終わりにしましょう」
たまきが祈り、念じた。
「黄泉のものよ、あなたを土に還します。律令の如く急々に……」
岩が降り注ぎ、柝雷の破片を1つ残らず押し潰し、消滅させる。
日那乃が、その様をじっと見つめている。
「生まれ変わっても付いてくる古妖……死んだら、どうなるの……かな。天国? 地獄?」
「黄泉の国も、天国も地獄も実在する。僕たちは黄泉の怪物とも戦ったし、火車のような地獄の住人とも知り合った」
三十三は言った。
「古妖・人間を問わず、死んだ者がどこへ行くのかは……僕たち生ける人間の思考や計算が及ぶところではないと思う。神仏の領域だ」
「わたし……きっと地獄行き」
日那乃が俯いた。
「頭では、わかってる。柝雷が光璃みたいになるの、絶対無理……悠璃が、いないから……わたし、悠璃と同じ事、出来ない……殺すだけ。竜胆さんの事も、殺そうとした……」
「誰かと同じ事をする必要はない。僕は、そう思う」
自分は、偉そうな事を言っている。
わかっていても、三十三は止められなかった。
「桂木さんが地獄行きなら、僕も間違いなくそうだ。それでいい。地獄へ落ちるまでに僕は、自分に出来る事をやり尽くす。守るために、救うために。覚者は、人は、それしかないんだ」
「……篁さん……強く、なった」
日那乃の言葉に、翔が同調した。
「オレは最初っから知ってたぜー。さとみんの強さはよ」
「……これからは、翔さんの強さが試されるかも知れませんね」
含みありげな事を言いながら、たまきが視線を動かす。
愛華と玲子が、蛍が、戻って来たところである。
「あっ先輩方、お疲れ様でーす。どうも、ありがとうございました」
玲子が手を振り、たまきが応える。
「ふふっ。私、先輩なんですね……では先輩風を吹かせましょう。甘い物、おごりますよ?」
「……あんまり、そういう事は言わない方がいい。あたしも、こいつらもさ、マジで遠慮しないから」
言いつつ蛍が、蒼羽の方を見る。
「……大丈夫なのかよ」
「平気さ。こんな怪我は、いつもの事でね」
紡に助け起こされながら、蒼羽が微笑む。
「……君の事は、妹から聞いている。娘みたいなものだってね。僕から見れば可愛い姪、という事になるのかな」
「……言ってろよ、バカな事」
蛍が、顔を赤らめる。
愛華が、翔に微笑みかける。
「成瀬先輩……私もう貴方の事をニーベルレオンとは言いません。貴方が私にとって、輝かしい黄金の騎士なのは……もう、言うような事ではないですから」
「そ、そうか」
翔が、何やら途方に暮れている。
紡が、面白がっている。
「相棒も、そーちゃんも。大変な事になったねえ」
「? 何が、かな?」
きょとん、としている蒼羽に術式治療を施しながら、紡は天を仰いだ。
「ああもう、何て残念な兄妹……」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
