千年の友へ
【遥かな海へ】千年の友へ



 小さな生き物が2匹、とてつもなく大きなものを見上げている。
 数日前まで、1つの卵であったものたち。
 その卵の、中身と殻がそれぞれ独立したのである。
 小さな首長竜と、下肢及び尻尾の生えた卵。
 そんな2匹を、眼窩だけの両目で見下ろしながら、海竜は言う。
『息子よ、お前は……生まれて早々、途方もない事をしてくれたものですわね』
「ほらほら、お母さん。お友達を紹介したいんだってさ」
 小さな2匹を連れて来た篠崎蛍が、巨大首長竜の全身骨格に微笑みかける。
「凄いよね。狭い卵の中で、千年も一緒でさ……きっと最初の何百年かは喧嘩だったに違いないよ。喧嘩しながら、千年かけて、わかり合って……畜生、何かファイヴの連中みたいな言い草になっちゃう」
『わかり合い友情を育み、めでたしめでたし……などという単純なお話ではなくてよ』
 海竜が、己の息子を叱りつけているようだ。
『黄泉の雷神が、いかなるものか……千年もの時をかけて、お前は果たして本当に理解したのやら。今は確かに、そのような無害な存在』
 眼球のない、巨大な洞窟のような両目で、海竜は見据えた。卵殻から短い下肢と長い尻尾を生やし、力士のまわしの如く注連縄を巻いた、珍妙なるものを。
『……この先、いかなる怪物へと育ってゆくものか。お前には想像出来て? あの鳴雷や伏雷のごとき禍物と成り果て、地上の方々を殺めるような事があれば』
 小さな首長竜が、母親の巨大な骨格に向かって一声、鳴いた。
 海竜が、激昂しかけた。
『自分が責任を取る!? 軽々しく、そのような事を!』
 雷鳴が、轟いた。海竜が驚き、黙り込んでしまうほどの雷鳴。
 注連縄を巻いた卵が、電光を発している。音が大きいだけの、無害な電光。そんなものをパリパリとまとい輝かせながら、卵はぴょんぴょん飛び跳ねている。海竜に、何かを訴えかけているようだ。
『……覚悟は出来ている、と? まったく……』
 海竜は、溜め息をついたようだ。
『一日に千人を殺める事しか考えないはずの怪物が……よくわからない何かに、生まれ変わってしまったのですわね』
「よくわからない何か……この子の友達で、いいじゃんよ」
 蛍は身を屈め、2つの小さな生き物を撫でた。
 その様を見つめながら、海竜は語る。
『浄化とは、土に還す事。すなわち消滅……けれど息子よ。お前は、そうではない浄化を成し遂げましたのね。心なき黄泉の悪神に心を芽生えさせ、絆を結ぶなど……この母には出来ない事ですわ。本当に……母として、褒めてあげたいところなのですけれど……』
「褒めてあげなきゃ。褒めてあげようよ」
 帯電する卵を、蛍は撫で続けた。
「先の事なんて誰にもわかんないんだから。もしも、こいつがね、何か危険なバケモノに育って……この子の友達を、やめちゃうような事になったら。あたしが仕留めるよ。あいつらにも手伝わせて、ね」
 あの覚者たちは、思い悩んでいるかも知れない。ふと蛍は、そんな事を思った。
 すでに斃してしまった、黄泉の雷神たちにも、心を芽生えさせる事が出来たのではないか……などと、あの覚者たちの何人かは思っているかも知れない。
 だが蛍に言わせれば、それはあり得ない。
 海竜の仔という、生まれつき途方もないものが千年、同じ卵の中という環境で語りかけを続けた。
 だからこそ、心なき黄泉の殺戮機械に心が生まれたのだ。
 人間に、なせる業ではない。たとえ覚者の力をもってしてもだ。
 千年どころか百年、生きるかどうかという人間が、その生涯を費やして語りかけ続けたところで、黄泉の雷神に心は芽生えない。
 鳴雷や伏雷は、覚者たちがどう語りかけたところで、心なき黄泉の殺戮機械のままであっただろう。あれらは斃すしかなかったのだ。
 今はここにいない竜胆晴信も、話してみたところ同じ見解であった。
 去り際に、あの男は言った。
 本来ならば私が手を汚すべきなのだろうが、その資格はない。あの者たちに委ねるしかないだろう。
 黄泉の雷神であったものを……この世に残すのか、この世から消し去るか。
 それを決するのは、誰よりも命を賭して黄泉の八雷神と戦い続けてきた、あの覚者たちであるべきだ。
 そう言って、竜胆は立ち去った。
 蛍は残った。
(あたしは……この子を、守らなきゃいけない……だけど……)
 海竜の仔は、母親の巨体を見上げ見つめている。
 その、くりくりと澄んだ瞳が、ちらりと動いた。
 ここは博物館である。他にも様々な古代海洋生物の骨格が、展示されている。
 首長竜、魚竜、海トカゲ類……もしかしたら、共に古代の海を泳いでいたかも知れないものたちに、もはや古代には帰れぬ竜の仔が眼差しを向けている。じっと、見つめている。
「君……そっか。海に、帰りたいんだね……自分の力で、泳いでみたいんだね……」
 蛍が言う。
 海では生きられないであろう卵が、パチパチと帯電しながら、海竜の仔に背中と言うか尻尾を向ける。
 別れの時が近付いているのか、と蛍は思った。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:簡単
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・若雷の処遇決定
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 黄泉の八雷神の1つ若雷が、無害なもの(現時点では)に生まれ変わりました。
 今後、危険な存在に育たないという保証はありません。
 殺処分するか、生かしておくかを、覚者の皆様に決定していただきたいと思います。
 若雷は、現時点では無力な存在ですので、覚者の方でしたら始末するのは容易です。

 シリーズシナリオ『遥かな海へ』は今回で終了。海竜の仔の名前など考えていただけたら幸いであります。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2019年06月27日

■メイン参加者 6人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


 目の前に、小さな英雄がいる。『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は、そう思う。
「ありがとう……俺たちに出来ない事を、してくれたね」
 奏空は、跪く感じに片膝を折った。
 小さな首長竜が、鎌首をもたげ見上げてくる。
 古妖の幼体である。卵を出て、まだ数日。
 卵の中で、しかし千年もの時をかけ、邪悪なるものの浄化に取り組んできた存在でもある。
「千年をかけて、君はひとりの友を得た。君の友達だ……俺たちが、どうこう出来るわけはないよ」
 浄化の結果、この世に生まれたものが、そこにいる。
 注連縄を巻かれた卵。短い足と長い尻尾を生やし、直立している。
 その卵を、さすさすと撫でながら、桂木日那乃(CL2000941)が言った。
「この子なら、大丈夫……とっても、穏やか。暴れる心配、ない……殺す必要、ない」
 感情探査を、行っているようである。
「わたしたちが、殺させない」
『……よろしいんですの? それで』
 小さな首長竜の母親が、重々しく思念を降らせる。
 全長約40メートル、巨大首長竜の全身骨格。この博物館の、主と言っても良いだろう。
『黄泉の雷神が、いかなるものか。あなた方は、よくご存じのはず……人間の方々の世に、災いの種を残す事になるかも知れませんのよ』
「やめようぜ、そういうのは」
 まず応えたのは、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)である。
「将来、化け物になるかも知れないから今のうちに殺せって……そんな目に遭ってきた奴、ファイヴにだって何人もいる。オレらが同じ事やったらダメだ」
「多分ね、蛍も同じ事言ったと思うけど」
 幼体の首長竜と、歩く卵。
 2つの小さなものたちを撫でながら、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が言った。
「先の事なんて誰にもわからない。いずれ危険なものになる、かも知れない……そんな可能性の話で、この子の未来を奪う事なんて出来ないよ。というわけでチビちゃんたち、今日も元気そうで何よりだ」
「……安心したよ」
 篠崎蛍が、息をつく。
「話の流れ方、次第では……お前ら相手に、今度こそ本当に殺し合いをやらなきゃいけないって思ってたところさ」
「肩肘張ってないで、ほら。この子たちを見て和むといい」
 彩吹が、蛍に微笑みかける。
「蛍も……もう完全に、この子らのお姉さんだね」
「……この子は、自立したがっている。あたしに、お姉さんなんてさせてくれないよ」
 小さな首長竜の、鰭状の前肢と握手をしながら、蛍は呟く。
「わかるだろ……この子、海へ帰りたがっているんだ」
「卵の中で千年も、頑張ってたんだものねえ」
 頷いているのは『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)である。
「生まれたんだもの。思いっきり、海で泳ぎたいよね」
「千年の頑張りを、どうか褒めてあげて下さい。お母様」
 骨格のみとなった海竜の偉容を見上げながら、『陰と陽の橋渡し』賀茂たまき(CL2000994)が言った。
「そして、この世に生まれた祝いの御言葉を……貴女の、2人のお子様に」
『お待ちになって。そちらの丸いのも、私の子供という事になってしまいますの!?』
 海竜が、困惑している。
『た、確かに、その卵殻も私が産んだものですけれど……』
「……いいと思う。ふたりは兄弟」
 日那乃が言った。
「ひとつの卵の中で、育った子たち……」
「双子ちゃんっぽい名前、つけてあげたいよね!」
 紡が、嬉しそうな声を上げた。
「ささ、双子の海骨ちゃんジュニアーズのお誕生会! お名前つけ会! 始めようよ。今夜はここ、貸し切りって事でいいのかな? いいんだよね?」
「本当は、いけないのかも知れませんが……」
 言いつつ、たまきが床に荷物を広げた。
 度重なる黄泉醜女の出現・襲撃から、この博物館を守ってくれた。
 博物館の館長はじめ責任者一同は、ファイヴの覚者たちを、そのように認識してくれているようであった。
 だから今回のように、色々と便宜を図ってくれる。奏空も他の覚者たちも、今日ばかりは、それに甘える事にしたのだ。
 たまきが見上げ、訊いた。
「あの、海骨ちゃんさん……人間が食べるものを、お子様方に召し上がっていただいてもよろしいでしょうか?」
『私たち竜族はね、竜宮に関わりある生き物の中でも一番の大喰らいですのよ。大抵のものは食べられますわ……そちらの卵もどきは、どうか存じませんけれど』
「じゃあ、じゃあね、あのね」
 飲食の出来ない身である海竜に、紡も訊いた。
「ここで……食べたり飲んだりしても、いい? 海骨ちゃん」
『それはお気になさらず、と言うか……』
 自在に動く手があれば、この海竜は今、頭を掻いているところであろうと奏空は思った。
『黄泉の雷神であったものを……あなた方は結局、受け入れてしまいますのね。この世に生きる者として』
「人間が、この子に頼って。この子が、千年も頑張って」
 かつて1つの卵であった、2つの小さなものたちを包むように、日那乃が翼を広げる。
「その結果が、こっちの子……わたしたち人間、受け入れるしかない」
「心という『もう1つの命』を宿して、この子は産まれて来て下さいました」
 注連縄の巻かれた卵を、たまきが優しく撫でる。
「私たちは、奇跡を目の当たりにしたんです! 王子様と卵さんの、奇跡と絆を……私は、信じます。甘い考え方かも知れませんが……」
 奇跡。他に適切な表現があるだろうか、と奏空は思う。
 殺戮のみを行う。
 黄泉の雷神が生誕と同時に持たされた、呪いにも似たその本能を、海竜の仔は千年をかけて浄化したのだ。
 浄化の結果、心なきものに心が生まれた。
 たまきの言う通り、自分たちは奇跡を目の当たりにしたのだ。
 人間には出来ない事だ、と奏空は思う。
(俺たちには……出来ない……)
 戦い、排除する。覚者とは、結局のところ、そういう存在でしかないのではないか。
 自分たちに、奇跡を生む事など出来はしない。
「どうした? 奏空」
 翔が、声をかけてくる。
 自分が涙を流している事に、奏空は気付いた。
「いや……ごめん大丈夫、何でもない……」
「そうか……まあでも大丈夫だぜ、心配はいらねー」
 翔も、海竜を見上げた。
「道、踏み外しそうになった連中がさ、こっちへ戻って来てくれた。その実例ってやつをオレたちはたくさん知ってる」
「私なんかが、破綻して道を踏み外す。可能性で言えばね、そっちの方が大きいよ」
 彩吹が笑い、ぽむぽむと卵を撫でる。
「この子が、どうにかなるような事があったら……もちろん私たちが全力で止める。それが出来なくて何が覚者だって話だよ」
『乙姫様の御乱心を……力尽くで止めて下さったのは、あなた方でしたわね』
「うん。あのね、ここだけの話……あれに比べたら、大抵の事はマシって気がする」
 紡が言った。
「要するに、何が起こっても大丈夫って事! さぁさ食べよ食べよ。ソラッちも、ほら。たまちゃんが作ってくれたトマトサンドだよー」
「あ、ありがと……」
 口の中に押し込められてきたサンドイッチを、奏空はそのままむしゃむしゃと食らった。美味かった。
 他にも様々な軽食や菓子などが広げられている。
「お誕生会です!」
 たまきが、ぽんと手を叩いた。
「奏空さんは……確かそろそろ、お誕生日でしたね? 日那ちゃんも」
「そっか、俺……18歳になるんだよ」
 奏空は、天井を見上げた。
「18だよ。法律だともう大人なんだっけ? それはもうちょっと先か。でも確か選挙とかは出来るんだよね」
 18歳。もう、大人をやれる年齢なのだ。
 紡の手からおにぎりを食べている仔海竜と、奏空は目の高さを合わせた。
「俺ぜんぜん子供だよ、まだ……この子や日那ちゃんの方が、ずっと大人だよ」
「私だって一足お先に18になりましたけど、まだまだ大人とは言えません。いいじゃないですか、急ぐ事もありませんよ」
 たまきが言いながら、奏空と日那乃を上座へと押しやって配置する。
「ともかく、お誕生月会です。この六月に生まれて来て下さった、奏空さんと日那ちゃん、それに王子様と卵さんのために」
「ハッピバースデー日那ちゃあん、ハッピバースデー奏空ッちー。ハッピバースデー……う~ん」
 紡の歌が、止まった。
「やっぱり……いよいよ名前、考えないとね。はい、まずソラッちから」
「え……お、俺?」
 奏空は困惑しつつも、かつて1つの卵であった生き物たちを見比べた。
「うーん……竜太郎と、タマちゃん? とか」
「ソラッち、たまちゃんはここにいるから」
「……そうだね」
 ここにいる、たまきが続いて提案した。
「私は……王子様には『海空』ちゃん、卵さんには『雷空』ちゃん、と」
「かくちゃん、らくちゃん、か」
 翔が、顎に片手を当てる。たまきが説明をする。
「空は、海と陸と一緒に繋がっているもの……空を見る度に、お互いの事を思い出せるようにと」
「いいじゃん。だけどオレも考えてみたぜ! 海星、光星ってのはどうだ」
 仔海竜には海星、歩く卵には光星と、翔は名付けたようだ。
「海の世界の、希望の星になれるように。闇じゃなく、明るい光の中で生きていける希望の星として。そんな感じの意味だぜ。日那乃はどうだ?」
「……そのまま、みたいなのしか思いつかない……」
 いくらか俯き加減に、日那乃は言った。
「卵さんは……雷竜。生まれ変わっても、黄泉の雷神だったこととはずっと付き合うことになりそうだから。あと、しっぽとか恐竜みたい……小さい海竜さんは、聖竜。身体は小さくても、できること凄いし。浄化に近い漢字、1つ選ぶとしたら、これかなって……彩吹さんも、考えてた。よね」
「うん。ちび竜には『悠璃』、卵の子には『光璃』っていうのを考えてみた。双子っぽくね。君たちが、いつまでも仲良しで居られるように」
 ちらりと、彩吹が蛍に視線を投げる。
「蛍も考えようよ。お姉さんとして」
「……あたしはパス。ぴい助とかベヘリ人とか、アウトな奴しか思いつかないから」
「うん、アウトかな」
 紡が、こくこくと頷いて言う。
「ボクも考えてはみたよ。雨の月で、うづき。虹の星で、こうせい……とか。漢字にすると双子っぽいし。Jr.は、誰かを癒して、誰かの為に泣ける優しい雨。たまごちゃんは、雨の後にかかる希望の虹、のイメージかな」
「雨月に、虹星。うん、いいじゃない」
 彩吹が言った。
「出揃ったね、どの名前も素敵だと思う」
「……悠璃と光璃。うん、それがいいんじゃねえかな」
 翔が言い、たまきが頷いた。
「はい、とっても綺麗なお名前だと思います」
「じゃあ、決まりかな」
 奏空が言うと、彩吹が困惑した。
「え? で、でも」
「考えた名前……ぜんぶ付ける、わけにはいかないから」
 言いつつ日那乃が、名付けられたものたちを左右の翼で撫で包む。
「悠璃と、光璃……あなたたち、それで、いい?」
 海竜の仔が一声、鳴いた。注連縄を巻かれた卵が、ぴょんと跳ねた。
 紡も、喜んでいる。
「というわけでハッピバースデー悠璃ちゃん光璃ちゃん! さぁさ食べよう。甘いのもしょっぱいのも、ちょっとピリ辛なのもあるよー……ええと。光璃ちゃんは、何か食べられるのかな?」
「食べられるよ。まあ見てな」
 蛍が言った、その一瞬の間に異変が生じた。
 注連縄が緩み、卵殻の身体に亀裂が走る。
 亀裂が、そのまま巨大な口に変わった。鋭い牙の列が、獰猛にうねる舌が、一瞬だけ露わになる。
 一瞬の間、3つのオムライスおにぎりが、その大口に吸い込まれ消えた。
 大口が閉じ、亀裂が消え失せ、注連縄が何事もなく締まる。
 目も鼻も口もない卵に戻った光璃が、卵殻の内側で、もぐもぐと咀嚼を行っているようであった。
 紡が息を呑む。
「な、なかなか豪快な食べっぷりだね……」
「はっはっは。お前もオムライスが好きかー、そうかそうか」
 同じくオムライスおにぎりを喰らいながら翔が、光璃の頭と思われる部分を撫でる。
 悠璃は、小さなチューリップ唐揚げを骨もろともバリバリとかじっている。
 母親の言う通り、大抵のものは食べられるようだ。
 その気になれば人間を喰らう事も出来るのだろう、と奏空は思った。悠璃も光璃も、このまま大きくなってゆけば。
『万が一の時は、御自分の身体を差し出そうなどと……考えておられるのではなくて?』
 海竜が、声をかけてくる。
 奏空は、微笑むしかなかった。
「今、考えたって、しょうがない事ですよね。それよりも」
 見上げ、訊いてみる。
「悠璃と光璃。貴女のお子さんたちを、俺たちはそう名付けました。許して下さいますか?」
『黄泉の雷神の生まれ変わりも……結局、私の子供という事になってしまいますのね』
 海竜は、苦笑したようだ。
『悠璃。お前はその名に負けぬよう恥じぬよう、お生きなさい。そして光璃……気に入らぬ事があれば、悠璃と喧嘩をするのも良いでしょう。竜宮に歯向かうも、また一興。ただ1つ、光璃というその名を裏切る事だけは許しませんわよ』


 たまきも紡も、さすがに酒類は持って来ていない。
 軽食とケーキとお茶で、しかし紡が酔っ払ってしまったように見える。
「悠璃ちゃんは、海に帰りたいんだよねぇ。そうなると光璃ちゃんは寂しくなるねえ……そりゃまあ、今後一切会えなくなるわけじゃないんだろうけど……何百年に1度くらいは会えて、でもその時ボクもう生きてなくて」
 悠璃と光璃が、たまきのお手製のカップケーキを美味そうに食べている。
 翔が、たまきが、蛍が、奏空が、それを取り囲んで楽しそうにしている。
 見つめながら、紡が涙ぐんだ。
「ねえ、いぶちゃん! ヒトの寿命じゃ、あの子たちの成長見守る事もままならないんだよおぉ。ボク悠璃ちゃんの結婚式にだって出たいし、光璃ちゃんがどんなお嫁さん見つけるのかも興味あるのにぃ」
「ふふっ、そうだね……まあ私たちが生きてる限り、幸せは見届けてあげたいよね」
 言いつつ彩吹は、ふと気付いた。
 日那乃が1人、浮かない顔をしている。
「どうしたの? 日那乃……ああ、もしかして竜胆さんの事」
「黄泉の八雷神……残り、3体」
 日那乃は言った。
「うち1つ、どこにいるのか……みんな、何となく気付いてる……?」
「ああ……何となく、ね」
 竜胆晴信が行方を追っている、八雷神の1体。
 それが、果たしてどこにいるのか。
 竜胆はもしかしたら、恐ろしく近くに潜在するものを懸命に捜し求めているのかも知れないのだ。
「……黄泉の雷神って、さ」
 涙を拭いながら、紡が言った。
「戦って斃す、なんて方法じゃなくても……どうにか出来る相手なんだって事、あの子たちが見せてくれたじゃない」
「……竜胆さんが、悠璃と同じ事……してくれる? と思う?」
 日那乃の問いに、紡は涙ぐみながら微笑んだ。
「同じは無理にしても、さ……ボクたちがいるよ。さっき、いぶちゃんも言ってたけど、何かあったらボクたちが止める。助ける。それが出来なくて、何が覚者だっていうね」


 懐かしい砂浜だった。
 この海岸で、翔たちは七星剣と戦い、どうにかこの老人を守り抜いたのだ。
 老人が、深々と頭を下げる。
「その節は本当に、お世話になりました」
「あっ、いやオレたちの方こそ、図々しい事頼んじまって」
 翔は頭を掻いた。
 悠璃が、浅瀬でパシャパシャと泳ぎの練習をしている。
 鰭状の前肢後肢を巧みに使い、浅瀬から沖の方へと進んで行く。
「ち、ちょっと待って悠璃ちゃん! 危ないってば!」
 紡がふわりと飛翔し、後を追う。
 彩吹が、冷静な口調で言う。
「……大丈夫だよ紡、悠璃は泳げる」
「そうですね……これから1人で、泳ぎ続けなければいけないんですよね……あの子……」
 泣きそうなたまきを元気付けるように、奏空が言った。
「あの子は……俺たちが思っているより、ずっと強いよ。悠璃! 俺は、あんまり心配していないからね!」
 応えるように、悠璃が長い首を伸ばして海面に顔を出し、澄んだ声で鳴く。
 それを、光璃がじっと見つめている。目がどこにあるのかは不明だが、間違いなく見つめている。
 そんな光璃の頭に、老人がそっと片手を置いた。
「私も、人の定命から外れたる身……共に生きてゆきましょうか、光璃さん」
「ありがとう、ございます……この子を、引き受けて下さって」
 日那乃が、ぺこりと頭を下げる。
「本当に……ありがとう」
「私はね、誰かと共に生きてゆきたいと思っていたのですよ」
「それって乙」
 姫様じゃ駄目なのか、と言いかけた翔の口を、日那乃の可愛らしい片手が塞いだ。
 老人は、ただ微笑んでいる。
「かの西村老も、お力添えを下さいます。私が大変な思いをする事など、ありませんよ」
 澄んだ鳴き声が、また響き渡った。
 浅瀬よりもずっと深みのある海域を、すいすいと泳ぎ回りながら、悠璃が鳴いているのだ。
 もう少し、泳ぐ練習をしておきたいのだろう。遺伝子で知っているはずの海の感覚というものを、取り戻しておきたいのかも知れない。
 光璃が、それを黙って見つめている。もし発声の出来る身体であれば、何か叫び返しているところであろうか。
 とにかく別れの時なのだ、と翔は思った。
「悠璃さん! 大丈夫ですかーっ!」
 たまきが叫ぶ。悠璃が、右の前肢を上げる。
 少しずつ沖へと遠ざかってゆく悠璃を、紡が空から追いかける。最後の最後まで、見送るつもりであろう。
 声が、聞こえた。
『……母は、この有り様。お前と一緒に泳いであげる事が出来ませんわ』
 この場にいない存在が、別れの言葉を発しているのだ。
『1人で、泳いで御覧なさいな。お前が大きくなったら、また会いましょう……その頃は、この国もきっと海の底。母のもとへ、泳いで帰っていらっしゃい』

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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