窃盗者と追跡者
【遥かな海へ】窃盗者と追跡者



 朽ちかけた注連縄が巻き付けられている、丸い石。テレビで見た限りでは、それだけのものでしかなかった。
 大きさは赤ん坊ほど。洞窟の奥に、埋まっていたと言うより安置されていたという。
 とある大学の調査団が、どこかの山奥で発見したものである。
 恐竜の卵の化石、であるらしい。
 それが注連縄を巻かれ、飾られていたのだ。
 祀られていた、と言ってもいいだろう。
 太古の人々が、その時すでに化石であった恐竜の卵を、神聖なものとして洞窟の奥に祀った。
 祀った人々は、もういない。祀られた卵化石だけが残った。
 X線撮影の結果、孵化寸前まで育った古代生物の幼体が内部に確認されたという。いかなる生物であるのかは、殻を割ってみなければわからないようだ。
 もちろん生きているわけはないが、生物学上・考古学上の大発見であるのは間違いない。
 それが、その大学の研究室から盗み出された。
 死者も怪我人も出てはいないが、研究室の窓や扉が破壊されていたという。限りなく強奪に近い、窃盗である。
「……隔者じゃないの? 犯人」
 朝のニュースを思い返しながら、星崎玲子は五麟学園への通学路を歩いていた。ファイヴの覚者でも、学校へは通わなければならない。
 もしも本当に隔者の仕業であれば、ファイヴが扱う案件となるのか。
 ぼんやり思いながら、玲子は立ち止まった。
 高架線の下である。
 1人の少女が、いささか疲れた様子で支柱にもたれていた。
 玲子は声を投げた。
「蛍ちゃん……何やってるの、こんな所で。いやまあ学校行く途中なんだろうけど」
「お前か……」
 篠崎蛍が、ちらりと顔を上げた。
「1人なんて珍しいな。愛華のバカはどうしたの」
「今日は休み。具合悪いんだって」
 玉村愛華は、このところ学校を休みがちであった。
「ふん、いよいよ頭が電波でやられちゃったかな。後で顔見に行ってやろうか」
「……そうね。ちょっと無理矢理、引っ張り出す必要はあるかも知れない。まあそれはともかく」
 玲子は、学校へ行く途中とも思えぬ蛍の姿を、ちらりと観察した。
 制服ではなく、作務衣のようなものを着ている。玲子ではどう身体を作っても獲得出来ない豊麗なボディラインが、ぴっちりと露わである。
 その深い谷間の出来た胸に、蛍は大きめのボストンバッグを抱えていた。
 玲子は、とてつもなく嫌な予感がした。
「篠崎さん……それ、何?」
「……どうせ、いつかはバレるよね」
 言いつつ蛍は、ファスナーを開いて中身を見せた。
 注連縄の巻かれた、赤ん坊ほどの丸石だった。
「何やってんの一体!」
 玲子は怒鳴った。蛍は冷静である。
「人はぶん殴ってないよ。誰もいない時に窓ぶっ壊してお邪魔しただけ。かなり穏便にやったつもりだけどね」
「貴女ね、そういう問題じゃ……」
 そこで玲子は、息を呑んだ。
「……こ、これって」
「いやしくも覚者の端くれなら、わかるよな。これが一体、何なのか……この中に、何が入ってるのか」
 恐竜の卵の化石を、ボストンバッグごと抱えたまま、蛍は重く微笑んだ。
「これは化石なんかじゃない、生きてる卵だよ。孵る寸前……さあ何が生まれるかな」
「篠崎蛍、とりあえずは誉めておこう」
 男が1人、歩み寄って来て声をかける。
「お前がそうして盗み出さなければ……一般人しかいない大学の研究室で、禍々しいものが孵化していただろうな」
「……やっぱり、嗅ぎ付けて来たね」
「孵化する前に、この世から消す」
 男が剣を抜いた。その剣が、燃え上がった。豪炎撃である。
「ちょっと、ちょっと待って下さい銃刀法違反です!」
 玲子は叫んだ。
「貴方、元金剛軍の竜胆晴信さんですよね!?」
「ブラックリストにでも載っていたのかな、お嬢さん」
「まあ、それっぽい資料に。いやそれよりも」
「仕留める機会は、今しかないのだよ……その卵の中で、無力な幼体と一体化している、今をおいて他にはな」
「……させないよ」
 蛍が、炎の剣から卵を庇う。
「この子は今、頑張ってるんだ。人間どもに押し付けられた禍物を、浄化するために……お母さんの真似して、一生懸命!」
「それの母親は、浄化の力の塊とも言うべき大いなる古妖」
 炎の剣を構えたまま、竜胆は言う。
「その力を、確かに受け継いではいる……とは言え幼体だ。いずれ黄泉の雷神に身を乗っ取られ、おぞましいものとして孵化するだろう。そうなる前に卵もろとも破壊する!」
 太古の人々が、その時にはすでに化石であった卵に、禍々しいものを封じ込めて祀った。その卵が、悪しきものを浄化する力を秘めていたからだ。
 そこまでは、玲子にも理解が及んだ。
「させないって言っただろ。あたしはね、この子をお母さんに会わせなきゃいけないんだ」
 蛍の額で、第三の目が炯々と光を放つ。
「お母さんに、助けてもらうんだ……くそったれな人間どもに厄介物を押し付けられた、赤ちゃんをね」


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.隔者2名、篠崎蛍と竜胆晴信の戦いを止める
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 元・七星剣金剛軍の隔者、篠崎蛍と竜胆晴信が、『恐竜の卵の化石』を巡って殺し合いを始めようとしております。覚者の皆様に、これを対話もしくは物理的手段によって仲裁していただきたいと思います。

 時間帯は朝。場所は、人通りの少ない高架下。

 竜胆晴信(男、29歳。火行暦)の使用スキルは『錬覇法』『斬・二の構え』『豪炎撃』で、武器は妖刀。
 彼の目的は、悪しきものが封印された『恐竜の卵の化石』を破壊する事です。

 篠崎蛍(女、17歳、天行怪)の使用スキルは『破眼光』『斬・二の構え』『鋭刃想脚』。武器は斬撃手甲と斬撃レガース。彼女の目的は『恐竜の卵の化石』を守る事です。

 篠崎蛍の後方(彼女を前衛とすると、中衛の位置)では覚者の少女、星崎玲子(15歳、土行異)が、『恐竜の卵の化石』を一方的に預けられて右往左往しております。仮に蛍が倒された場合、竜胆の攻撃は彼女に向かうでしょう。

 竜胆晴信も篠崎蛍も、皆様の攻撃によって体力が0になった場合にのみ、生存状態のまま行動不能になります。ただし皆様のお声かけ次第では、そうなる前に殺し合いを止めてくれるかも知れません。本気の殺し合いですので、互いの攻撃が最後の一撃になった場合、普通に死亡します。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2019年05月18日

■メイン参加者 6人■

『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


「そっか……そうだよね。海骨ちゃんは、その時はもうとっくに化石で」
『ええ、地の底に埋もれておりましたから……竜宮の長ともあろう御方がね、人間相手の色恋に狂い果てる、その痴態を私、目の当たりにはしておりませんの。見逃してしまいましたのよ。本当、一生の不覚ですわ』
「あはははは。ボクも見てみたかったけど、1度見たらお腹いっぱいになって胸焼け起こしてもういいよってなるくらいラブラブだったんだよねえ。きっと」
『……実はね紡さん。その時の亀が、まだ生きておりますのよ。海の底で御隠居中』
「えっ本当? 会ってみたい! お話聞きたーい!」
 とある博物館。展示物である巨大首長竜と『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)との会話が弾んでいる。
 全長約40メートルの、巨大なる古妖。
 今は、見せ物として展示された全身骨格である。
 生前の強大な力を、いくらかは残している、とは言え生物としてはすでに死せる身だ。
 本来ならば、と『陰と陽の橋渡し』賀茂たまき(CL2000994)は思う。自分たち生ある者が、解決しなければならなかった問題だ。それを、死せる古妖に押し付けてしまった。
『この度もね、乙姫様の御乱心を見事、鎮めていただいて』
 骨格だけの海竜が頭を下げた、ように見えた。
『感謝いたしますわ……本当、あなた方には面倒事を押し付けてばかりですわね私たち』
「そのような事、どうかおっしゃらないで下さい」
 たまきも頭を下げた。
「戦うべき相手を、貴女に押し付けてしまったのは私たちです。本当に……」
『私が勝手にやらかした事ですわ。お気になさらず』
「じゃボクたちも、勝手に何かやりたいな。海骨ちゃんたちの、ためになる事」
 紡が、手摺から身を乗り出した。
「ボクの事、便利にこき使ってくれて構わないからさ」
『ありがとう……それでは1つ、お願いをしておきますわ』
 海竜が、眼窩だけの目で、遠くを見つめたようである。
『あなた方ならば今後も、私のような者に出会う事があるかも知れませんわね』
「何らかの原因で地上に埋もれてしまわれた、竜宮の方に……という事ですね」
 たまきは言った。
「もちろん、お助けします」
『そのために無理はなさらないで、と申し上げておりますのよ』
 海竜の口調は、静かで、重い。
『死して埋もれた者たちのために、生きた人間の方々が脅かされる事など……あっては、なりませんわ』


 見殺しにしろ、と彼女は言ったのだ。
「……海骨ちゃん、ごめんね。そのお願いは、ちょっと聞けない」
 今はここにいない、先程までの会話相手に対して、紡は呟いた。
 たまきと2人で駆けつけた紡に『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が声をかける。
「また、あの博物館にいたんだ?」
「そうそう、たまちゃんと2人っきりで博物館デート! やいこらソラっち、羨ましいかっ」
「う、羨ましい。でも今はそうじゃなくて」
 咳払いをしながら『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、前衛の位置で剣を抜き、対峙する。
 炎の剣を構えた、1人の覚者あるいは隔者と。
「……早まった事、して欲しくはないな、竜胆さん」
「やはり、お前たちが来てしまうのだな」
 豪炎撃を発動させたまま、竜胆晴信が苦笑気味に牙を剥く。
「夢見の力か」
「あんたが連絡してくれねーからよ」
 竜胆と殺し合う寸前であった、もう1人の隔者を背後に庇いながら、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)は言った。
「八雷神を1つ、見つけたんなら……こないだみたく連絡、して欲しかったぜ」
「お前たちの手を煩わせるまでもない、と思ってな」
 竜胆の視線が、翔の背後にいる1人の少女に向けられる。
「……何しろ、卵を叩き潰すだけの事だ」
「させない。何度でも言うよ」
 言いつつ篠崎蛍が、集まった覚者たちをじろりと見回した。
「で、お前らは……何しに来たのか、はっきりさせてもらいたいな」
「……あなたの、味方」
 桂木日那乃(CL2000941)が言った。
「篠崎さんが、守りたいもの……わたしたち、守る」
 蛍が、微かに息をついた。安堵の吐息だ、と紡は思った。
「……助かるよ。礼を言っとく。ありがとう」
「どうしちゃったの蛍。いつの間に、そんな素直な子に」
 彩吹が、蛍をいじり始める。
「いや元々、素直な子だったんだよねえ。うんうん」
「あ、頭を撫でるな! 脳みそが揺れる!」
 蛍が、悲鳴に近い声を発した。
「……あたし1人の問題じゃないからな。今回は、何が何でも守らなきゃいけない子がいる。使えるものは、お前らの力でも何でも使わないと」
 蛍の目が、ちらりと後方を向いた。
 覚者の少女が、もう1人いる。
「せ、先輩たち……助かりましたぁ、来て下さったんですね」
 ボストンバッグを抱えた、星崎玲子。
 バッグのファスナーは開いており、中身が見える。
 注連縄の巻かれた、丸い石。
 本物、である事が紡にはわかった。
「うっ……海骨ちゃんJr.……」
 恐竜の卵化石、とされているものに、紡はおずおずと手を触れていった。
 微かな、だが確かな、生命の鼓動が感じられた。
「初めまして、だね……お母さんの友達ですよー。ふふっ、近所のおばさん、みたいなもの? あはははは」
 笑いながら、紡は涙を流していた。
 今、竜胆に斬り掛かって来られたら、ひとたまりもない。そこは仲間たちを信じるしかなかった。
「……はい。近所のおばさん、その2です」
 紡を庇うようにしながら、たまきが竜の卵に手を触れる。
「よろしくお願いしますね、海の王子様……貴方は、私たちがお守りいたします」
 人の命と、同じである。
 この卵の中にいるものも、たまきにとっては、守るべき存在なのだ。
「……申し訳ありませんが竜胆さん。貴方のなさろうとしている事、私たちは容認する事が出来ません」
 たまきは言った。
「この卵は……赤ちゃんは、化石ではありません。まだ『生きている命』です」
「その通り、だから生かしておくわけにはいかんのだよ」
 燃え盛る切っ先を、竜胆は卵に向けた。
「……頼む、ファイヴの覚者たち。見て見ぬ振りを、してくれぬか」
「それが出来る子は、残念ながらここには1人もいないよ」
 彩吹が笑う。
「黄泉の雷神退治だけならね、また竜胆さんと御一緒したいところだけど……今回は、私たちに譲って欲しい」
「……竜胆さん。あなたも、わたしたちも、この卵どうするか勝手に決めたら駄目」
 言いつつ日那乃が、結界をすでに展開させていた。元より人通りの少ない高架下だが、これで一般人がうっかりこの場へ近付く事はなくなったと言って良いだろう。
「……これは、海竜さんの子供。だから」
「だから、親御である古妖に許可をもらいに行けと?」
 竜胆が、日那乃を睨み据える。
「ならば行こう、そして言おう。お前の子を殺す、怨むならばいくらでも怨め、とな」
「…………させない」
 日那乃が、その眼光を正面から受け止める。
 紡は手を叩いた。
「はい却下却下。駄目だよ、海骨ちゃんに押し付けたら」
 見殺しにしろ、と言われたばかりである。
「今ここにいるのはボクたちなんだから、ボクたちで何とかしないと」
「何とかするってのは要するにだ。海竜の子供を助けて、母ちゃんに会わせてやるって事だぜ!」
 翔が言った。
「なあ蛍、今回ばかりはオレたち、お前に賛成だぜ。竜胆さんは必ず止める、だからお前は玲子と一緒に後ろへ下がって卵、守っててくれねーか。オレらの事、信じられないんなら、後ろから撃ってくれていい」
「……そうしてやりたいのは、山々だけどね。出来ないよ」
 蛍が、卵を撫でた。
「この子が、見てる」
「聞いたかい。蛍も、私たちも、誰もが君の誕生を心待ちにしている」
 彩吹が、卵に語りかけた。
「皆で、君を守って見せるよ。だから、もう少しだけ我慢してね? 私も早く君に会いたいよ。近所のおばさん・その3としてね」
「竜胆さん、あなた……八雷神の1つに仲間、大勢殺されて、きっと焦ってる」
 日那乃が、近所のおばさん・その4などと名乗ったりはせずに言う。
「何とかしなきゃ、いけない……その気持ち、強過ぎる」
「わかるよ竜胆さん。あんたのやろうとしている事の方が、もしかしたら」
 奏空が、日那乃に同調した。
「……他の人から見たら、正しいのかも知れない。だけど俺たちは、万に一つでも助かるかも知れない命を見殺しにしたくないんだ。守りたいんだ。綺麗事でしかないだろうけど」
「綺麗事を……お前たちは、これまで命懸けで押し通してきた」
 竜胆が言った。
「完全な状態にある八雷神との戦いを、お前たちはすでに知っている。いざとなれば、あれと同じ戦いをする覚悟が出来ているのだろう。血を流しながら綺麗事を推し進める。そこが、お前たちの恐るべきところよ」
「鳴雷な。ありゃ本当キツい戦いだったぜ」
 紡が参加していない戦いを、翔は思い出しているようだった。
「あんなのが卵から出て来るのを、竜胆さんは警戒してるんだよな。わかるぜ……けど頼む、時間をくれ」
「母親のもとへ、連れて行こうと言うのだろうが」
 竜胆が、難しい顔で翔を睨む。
「竜宮の重鎮たる古妖、とは言え万能ではないのだぞ」
「オレらが力貸せば、何か出来るかも知れねーだろ!」
 翔は叫び、日那乃は静かに言った。
「海竜さん、マガヅチ様の浄化で消えかけた……復活した、ばかり。病み上がり。無理、させられない。だから、わたしたちが」
 言葉と共に、日那乃の小さな手が、傍に浮かぶ謎の生き物をそっと撫でる。
 宙を泳ぐ大型の金魚、のようなもの。日那乃の、守護使役そして唯一の家族。
 誰かの家族を、日那乃は見捨てる事が出来ないのだ。
「わたしたちが……何とか、する。邪魔しないで、竜胆さん」
「ほう」
 竜胆が、にやりと笑った。
「邪魔をするならば……生かしてはおかぬ、というわけかな。お嬢さん」
「待って! 待って下さい、日那ちゃんも竜胆さんも」
 たまきが声を上げた。
「……おっしゃる通りです。海骨ちゃんさんにばかり、頼るわけにはいきません。だから私たちが……この子が封じて下さっている『悪しきもの』を、それだけを滅する手段、必ず見つけ出してみせます!」
「手立てはある。必ず」
 たまきを支えるかのように、奏空は口調を強めた。
「根拠は何かと訊かれたら、答えられないけれど……きっと悪あがきにしか見えないだろうけど、手を尽くしたいんだ」
「やれる事は全部やる」
 翔が言った。
「それで、どうにもならなかったら……オレたちが、手を汚す」
「手を汚す……か。それが一体どういう事か、わかっているのかな」
 手を汚す。そんな生き方を続けてきた金剛軍の生き残りが、暗く微笑む。
 暗い笑顔が、計8人の覚者たちにぐるりと向けられる。
「お前たちの何人かが考えている事を当ててやろう。黄泉の禍物を、その卵から己自身へと……いざとなれば、移してしまえば良い。八雷神の1つを、自分に憑かせてしまえば良い。どうだ?」
「……よく、わかるね」
 彩吹が、同じような笑みを浮かべた。
「多分ね、この中じゃ私が一番、適任じゃないかと思う。身体は丈夫だし、荒事には慣れているし」
「却下、却下、大却下!」
 術杖の先端から、紡は力の塊を射出した。
 術式・戦巫女之祝詞。
 その直撃を食らった彩吹の身体がズドッ! と歪みへし曲がる。
「おうっ……き、今日のドーピングはまた随分と強烈だね紡……」
「ちょっと強めのツッコミが必要かなってね。ったくもーダメだよいぶちゃん。こないだ朴ゴリちゃんに偉そうな事言ったばっかりなのに、同じ事してどうすんの。誰かを犠牲にしないためにボクらがいるんでしょ」
「はっきり言っておこう。八雷神を身に憑かせるのは、お前たちでは無理だ」
 朴と同じ事を、竜胆は言った。
「確かにな、お前たちほどの覚者、物質的な素材としては申し分ない。だが、黄泉の悪神を受け入れるには血生臭さが足りな過ぎる。お前たちは我ら金剛軍とは違う……真の意味で、手を汚すという事を知らん。お前たちに人を殺す事は出来まい?」
 言葉と共に竜胆が、覚者8名をじろりと見回す。
「血生臭さをまとい、黄泉の怪物を身に受け入れる。それが出来る者は、お前たちの中に……いるとしても、せいぜい1人か」
 その視線が一瞬、日那乃に止まった、ように紡には見えた。
「まず、この私を殺して止めようとしないようではな」
「竜胆さん……私たちが何故、これだけの人数を揃えて来たのか。おわかりですか?」
 たまきが、ゆらりと身構えた。『無頼漢』の構え。
「あんたとは1対1で戦ってみたい……守らなきゃいけねーもの、何もないんならな」
 翔が、カクセイパッドを掲げる。牙を剥く白虎が、表示される。
「身も蓋もない6対1で行かせてもらう。もし戦うのなら、ね」
 彩吹が静かに、火行因子を燃やしている。『天駆』だった。
「竜胆さん、あんたは手加減して勝てる相手じゃあない。1対1で戦ったら……余裕のない、殺し合いになってしまう」
 奏空が、薬壺印を結んだ。光の八葉蓮華が出現した。
 日那乃は、無言で羽ばたいている。風が巻き起こり、巨大な暴風の砲弾を成す。
 轟音を立てて渦を巻く、台風のようなエアブリットであった。
 紡は、息を呑んだ。
「ひ、日那ちゃん。ちょっと本気過ぎだってば」
「…………」
 日那乃は、とりあえず発射は思いとどまってくれたようである。
「……ま、そうゆうワケだからさ竜胆ちゃん」
「……わかっている。お前たち6人に連携を取られたら、仮に私が6人いたところで勝てはしない」
 竜胆の剣から、炎が消えた。
「引き下がるしか、ないようだな」


 金剛隔者が、人間を殴りもせずに己の目的を遂行する。
 奇跡である、とすら言えるだろう。
 だが、と日那乃は思う。篠崎蛍が行った事は、言い逃れの出来ない窃盗行為である。それを忘れてはならない。
 しかしまあ褒めて育てる事は重要であろう、とも日那乃は思う。
「蛍がなあ。人に暴力振るわねーで済ますなんてなあ」
 まずは翔が感心している。
「彩吹さんの、教育の賜物かなっ」
「……黙れよ中坊。あたしはこの女に、教育なんか」
「まあ、あれだね蛍」
 彩吹が、容赦なく蛍の頭を撫でた。
「こういう事、実行前に私たちに相談出来るようになればね。お母さん言う事ないんだけどなあ」
「誰が母親だ! いいから頭を撫でるな、脳漿がたぷたぷ言ってる!」
「じゃあ俺が頭撫でてやるよ。卵、守ってくれてさんきゅな蛍、それに玲子も!」
 翔の言葉に、玲子はおずおずとボストンバッグを抱えたまま応えた。
「わ、私は何もしてませんから……」
「放り出して逃げる事も、出来たと思う」
 奏空が言った。
「でも星崎さんは、それをしなかった。ずっと守っていてくれた」
「奏空っち、いい事言うね。その通り、ありがとね星崎ちゃん」
 卵を撫でながら紡が、いくらか声を落とした。
「……玉村ちゃん、具合悪いって?」
「いつもの事ですよ。多分ね、また何か壮大なストーリーを設定って言うか妄想中なんだと思います」
「おおっ、じゃ『暁』のシーズン2! 期待しちゃっていいかな?」
「いやあ、あれは綺麗に終わったばっかりですから。でもギルフェイト主人公のスピンオフなら私、構想ありますよ。あのね、ギルフェイトが復活したシオンヴェールの罠にかかって捕まって」
「やめようよー!」
 奏空の悲鳴を聞き流しながら、日那乃は思う。
(海竜さんの卵と、竜胆さん……状況、ちょっとだけ似てる……?)
 確証が掴めない。確かめる手段が、あるわけでもない。
 確かな事は1つ。あの海竜には、悪しきものを浄化する力がある。彼女が産み落とした卵も、その力を受け継いでいる。
 日那乃には、そんな力はない。浄化は無論、悪しきものの憑依を解除する事も出来ない。
(だから、もし……本当に、どうにもならなくなったら……)
「桂木日那乃、だったな」
 竜胆が、声をかけてきた。
 日那乃は振り向いた。竜胆は、微かに笑っているようだ。
「……お前しかいない、という気がする」
「…………何、が?」
「本当に、どうにもならなくなったら……お前に任せるしかない、かも知れんという事だ」
 言い残し、竜胆は歩み去って行く。
 日那乃の傍に、たまきがいた。
「……駄目ですよ、日那ちゃん」
 竜胆の背中を見送りながら、たまきは囁く。
「……駄目です」
「…………」
 日那乃は応えない。
 翔が、大声を発した。
「おーい竜胆さん、一緒に行こうぜ。これから皆で、海竜のとこ行くんだ」
 海竜と聞いて、竜胆は立ち止まった。
 翔が、にっこりと、あるいはニヤリと笑う。
「今回、勝ち負けで言えばオレたちの勝ちだ。あんたには、オレたちに協力する義務あると思うぜ」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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