金剛隔者の復活
金剛隔者の復活



 天国と地獄が本当にあるとしたら、金剛隔者は間違いなく地獄へ落ちているだろう。
 死に損なった自分が、こうして祈りを捧げたところで、地獄へ落ちた者を救えるとは思えない。
 祈りとは、死者に捧げるものではないのだ。
 生き残ってしまった者が、心にいくばくかの安らぎを求めて祈るのだ。仏に、あるいは神に。
「罪無き者のみが石を投げよ……と、イエス・キリストは言ったそうだな」
 十字架に拘束された聖人の像に、跪いて祈りを捧げながら、竜胆晴信は言った。
「その理屈を通すなら、人が誰かを罰する事など出来なくなってしまう。金剛隔者のような鬼畜生が、のさばり放題ではないか」
「私どもイレブンも、のさばり放題でございましたよ」
 この教会の神父・谷岡幸信氏が、竜胆の傍らで応える。
「自分たちは正しい、我らに罪なし……と、思い込んでおりました」
「まるで金剛隔者のように、か」
 力が正義。それが金剛軍であった。力と正義を信奉していた憤怒者たちと、同じ熱狂を味わっていたのか。
 キリスト像を見上げ、谷岡神父は言った。
「こちらの主イエスは、かつて1度、妖と化しました。人々の負の感情を、長らく受けてこられた結果です」
「ほう。では心の髄まで返り血まみれの私などが祈りを捧げたら、また同じ事になってしまうかも知れんな」
「貴方の祈りは……とても穏やかですよ、竜胆さん」
 イレブンという組織において、それなりの立場にあった人物である。詳しい事は、竜胆も知らない。
 月に幾度か、この教会で祈るようになって、何となくこうして会話をするようになった。それだけの間柄だ。
「以前はもっと、何と言うか切迫しておられた。今は……焦るまい、というお気持ちでいらっしゃる」
「焦っても仕方がない……そんなふうに思わせてくれる存在と、私は出会った」
 他人に語っても意味のない事を、竜胆は言った。
「それは、ある禍々しいものと永い年月をかけて向き合い、それを己の友として受け入れた。私に……同じ事が、出来るのだろうか……」


「隔者が出入りしているようだな。最近この教会に」
 礼拝堂に入って来るなり、男たちが口々に言った。
「礼拝に来る人々を、危険に晒しているとは思わんのか」
「人々にとっては、今の貴方がたの方がよほど危険です」
 谷岡は、言葉を返した。
「独り善がりな正義と力を、一体いつまで後生大事に抱えておられるのか。そのようなものは捨てて、早く新しい生き方を始めなさい。我々の仲間の多くは、そうしている」
「新しい生き方だと!? 裏切り者の生き方と言うのだ、それは!」
 男たちが、懐から1枚のカードを取り出して誇らしげにかざす。
 タロットカードであった。『正義』と『力』が、裏表になっている。
「谷岡神父、我らと共に来い。イレブンを再興する」
「あんたが戻って来れば、裏切った連中も戻って来る。俺たちは寛容の心を失ってはいない、そいつらを1度は許してやるよ」
「……新しい道を歩み始めた仲間たちに、その出来損ないのタロットカードをまた押し付けるのですか」
 谷岡は言った。
「今すぐ、それを捨てなさい。貴方たちこそ、ここで神に許しを請うべきなのだ」
「谷岡! お前は許されない!」
 男の1人が、ナイフを突き込んで来る。
 谷岡は倒れた。礼拝堂の床に、どくどくと血が広がってゆく。
「あんたを殺したのはな、ここに出入りしている、あの竜胆という隔者だ」
 竜胆晴信の事が、調べ上げられている。
「これで人々の心に再び火が点るだろう。正義の炎がな!」
「……何をしている」
 その竜胆が、本日の礼拝に来たところだった。
「貴様たち……一体、何をしている!」
 なりません、落ち着きなさい竜胆さん。
 そう叫ぼうとして、谷岡は血を吐いた。
 その間に、男たちは人体の残骸に変わっていった。
「あの覚者たちが……一体、誰を守るために……苦しみ、戦っていると思うのだ? 貴様らは……」
 男たちに返り血にまみれたまま、竜胆が呻き、震える。
 竜胆の、鍛え抜かれた筋肉が、骨格が、メキメキと震えながら変異してゆく。
「……すまぬ、海竜の仔よ……私は、貴公のようには……なれない……」
 人ならざるものに変わりながら、竜胆は涙を流していた。
「気付いていた……実は、最初から気付いていたのだ。お前は、あれからずっと……ここにいた……私が、それを認められず……遠回りを、していただけだ……」
 何者かに、竜胆は語りかけている。
 それは今、竜胆の中にいて、目覚めつつある。
「……すまぬ……覚者たちよ……」
 辛うじて人の体型を保った、異形の戦士へと変わりながら、竜胆は吼えた。
「我は……金剛隔者、竜胆晴信……一日に千頭を砕き殺す者なり!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・黒雷の撃破
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 元金剛隔者の竜胆晴信が、実はずっと以前から取り憑いていた古妖・黒雷に今は完全に乗っ取られ、殺戮を始めようとしております。これを止めて下さい。

 場所は、とある教会の礼拝堂。イレブンの残党である男たちの屍が散乱しております。
 また神父・谷岡幸信氏(以前、拙シナリオ『覚者、ゴルゴダを往く』に登場した人物です)が重傷を負って倒れており、死亡寸前です。最初のターンで術式等による治療を施してあげた場合に限り、彼は生存します。

 古妖・黒雷(大柄な人間サイズの怪人)は竜胆晴信の自我をいくらかは維持しており、谷岡神父の救助活動に限り黙認しますが、それが済めば後は殺戮一直線であります。会話は可能ですが、止めるには戦って普通に体力を0にする必要があります。

 黒雷は、手持ちの剣を用いて白兵戦(物近単)を行う他、何種類かの炎を巻き起こします(特遠、単または列または全。BS火傷)。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2019年07月17日

■メイン参加者 6人■



 武人埴輪。
 最も近いものを1つ挙げるとしたら、それであろう。『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)の勤めている博物館にも、重要文化財に指定されているものが1つ展示されている。
 体表面は黒光りする甲冑と化し、力強い筋肉もろとも隆起していた。がっしりとした体格が一回り以上、巨大さを増している。
 首から上は兜と面頬。目と口は単なる横一直線の裂け目で、禍々しい光を漏らし溢れさせている。頭蓋の内部で、何かが燃え盛り発光しているかのように。
 そんな異形の戦士と化した竜胆晴信が、覚者たちに背を向けたまま言った。
「お前たちは……気付いていたのだろう? とうの昔に。それでも私を始末せずにいてくれた……私を、信じてくれたのだろうな……」
 竜胆が振り向く。溢れる光が、まるで涙のようだ。
「……すまぬ……私は、この様だ……」
「謝る事はない。ただ、ちょっと諦めが早くはないかな」
 体内で火行因子を燃やしながら、彩吹は言った。
「千年耐えろ、とは言わないけれど……もう少し頑張れ。金剛隔者の心意気、見せて欲しい」
「竜胆さん。あんたは、あんたなりに覚悟を決めているんだろう。それはわかるよ」
 彩吹と並んで『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、前衛の位置に立つ。
「死ぬ覚悟ではなく、生きる覚悟を見せて欲しい……日那ちゃん、神父さんを頼む」
「……任せて」
 倒れ伏している谷岡神父の身体を、桂木日那乃(CL2000941)が抱き起こし、翼で包む。
 その翼から、水行の癒しの力が発生し、神父の負傷した肉体へと染み込んでゆく。『潤しの滴』であった。
「桂木日那乃……お前、だったな。私が気付かぬふりをしていたものを、最初に見抜いたのは」
 竜胆が言う。
「お前ならば、私を……殺して、くれるだろうか?」
「……それが、救いになるかも……最初は、そう思っていた……」
 術式治療によって一命を取り留めた神父に肩を貸し、竜胆に背を向けながら、日那乃は答えた。
「今は……違う。あなたの命、奪ったら……まず誰よりも、わたしたち救われない……」
「青少年にね、そういう事をさせないのが大人の役目だと思うなー」
 言葉と共に『呑気草』真屋千雪(CL2001638)が、琴巫姫を爪弾いた。
「多分ねー竜胆氏。貴方は、大勢の人々を守るために自分の命を捨てようとしている。そういう自己犠牲をまるっきり否定する気はないけれど……大勢の人たちだけじゃなく、今この場にいる未成年の心も守ってみようよ大人として」
「そう。年長者として、私たちが頑張らないとね」
 最年長者である彩吹は、千雪の頭をぐしゃぐしゃと撫でてみた。今回、集まった覚者6名のうち、酒が飲める年齢に達しているのは、この2人だけである。
「千雪も、気が付いたら大人だね。一緒に竜胆さんを助けるよ」
「助ける……かー。彩吹さんは、やっぱりお人好しだよ」
 千雪が言った。
「ここはさー、涙を飲んで苦渋の決断を下す……竜胆さんのお望み通りにするのが、きっと一番効率的なやり方なんだよねー」
「まさしく教科書通りのね。だけど今回のメンツ、教科書通りにやれる優等生なんて1人もいないよ。ね? 翔」
「え、真っ先にオレ? まあそうなんだけど」
 1度、咳払いをしてから、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言った。
「なあ竜胆さん。朴さんもそうだったけどアンタたちってさ、脳みそ筋肉っぽく見えて実はかなり頭のいい人たちなんじゃねーかってオレは思う。だから一番、効率のいいやり方ってのを自分で思いついて、それにこだわっちまう。他のやり方がバカみてえに思ちまうんだろう。オレたちはバカのやり方で行かせてもらうぜ」
「効率の良いやり方……それは、狡いやり方でもありますよ。竜胆さん」
 煌めく土行の鎧を身にまといながら『陰と陽の橋渡し』賀茂たまき(CL2000994)が言う。
「ご自身の弱い部分を、誰かに押し付けてしまう事。死を望み、それによって贖罪まで得ようとするところ……狡い、と私は思います」
「……贖罪……では、ないのだよ……」
 古妖・黒雷と化したまま、竜胆は微笑んだようだ。
「私はな、こうして身体で思い知ったのだ。この竜胆晴信……どこまで行っても所詮、黄泉の殺戮機械どもと相性の良い、金剛隔者でしかないとな」
 禍々しく燃える眼光を、黒雷はちらりと周囲に向けた。
 礼拝堂の床に、死体、と言うより人体の残骸がぶちまけられている。
「このような者どもを、生かしておく事が出来ぬ……一日に千頭、叩き斬らねばならぬ。打ち砕かねばならぬ。引き裂かねばならぬ」
 竜胆が、力強く甲冑化した手で剣を抜いた。古代の、両刃の直刀。
「それが私の、七星剣に身を投じた若き日の志……久しく忘れていたものを思い出した。ただ、それだけの話よ」
「……ねえ竜胆さん。ここで貴方がやらかした事、責める資格が私にはないよ」
 彩吹は言った。
「そんな連中、私だって無傷で済ませた自信はないからね」
「黒雷の封印を解いてしまった事に責任を感じておられるとしたら……その責任の取り方は間違っている、と申し上げておきます」
 たまきの口調が、厳しい。
「私は貴方が、大勢の人々を救って下さる方である事を知っています。あの鳴雷と戦った時のように……貴方のその力、どうか未来に活かして下さい! 過去を変える事は、出来ないのですから」
「戦いはまだ続く。あんたの力が必要なんだよ、竜胆さん。だから一緒に戦おう……俺は勝手に思っている。竜胆さんは俺たちの仲間だって」
 奏空の言葉に竜胆は、
「仲間……だと……」
 激昂したようである。
「貴様、私のこの姿が見えんのか! 黄泉の殺戮者と化した、この有り様が!」
 人外のものとなった隔者の怒りをなだめるかのように、ぽろん……と琴の音が流れた。
「伝言……分かち合うのが仲間だよ、ってね」
 千雪が、琴巫姫を爪弾いていた。
「あきらめた方がいいよー。竜胆さんはね、もう仲間認定だから……あきらめられないなら、あきらめてもらうしかないのかなー。ねえ工藤くん?」
「……俺も、話だけで済むなんて最初から思っちゃいない。やろうか、千雪さん」
 奏空は薬壺印を結び、千雪は琴巫姫で即興曲を奏でる。
 瑠璃色の光と、清廉な香気の粒子が、覚者6人を包み込んだ。
「下準備は万全、というわけか……面白い、行くぞ」
 黒雷の巨体が、ゆらりと踏み込んで来る。両刃の剣が一閃する……よりも早く、奏空が床を蹴った。
 斬撃の嵐が、黒雷を直撃していた。奏空の『白夜』。甲冑状に異形化した竜胆の肉体に、どれほどの痛手を与えたのかは不明だ。
 立て続けに、打ち込むしかない。彩吹は踏み込んだ。
「ごめん、悠璃……ごめんよ光璃。私は、君たちのようには出来ない」
 黄泉の雷神との、良き共存。
 人間に出来る事ではなかった。たとえ因子の力に目覚めたとしても、だ。
「仲間を、助ける……そこまでしか私には出来ない!」
 古妖と化した竜胆の巨体。その各部関節に、彩吹は高速の手刀を叩き込んでいった。参点砕き。
 凄まじく強固な手応えが返って来た。彩吹の両手の方が、砕けてしまいそうなほどに。
「……お前たちと手合わせをしてみたい、とは思っていた」
 古妖・黒雷が、竜胆の声を発しながら両眼を燃え上がらせる。
「このような形は想定外だが、まあ良かろう!」
 炎が発生し、轟音を立てて渦を巻く。
 覚者5人、一緒くたに焼き払われていた。彩吹のみならず奏空と翔が、たまきと千雪が、燃え盛る熱風に吹っ飛ばされて光を散らす。香気の粒子を、飛び散らせる。
 最初の防御術式が、火傷の痛手を軽減してくれてはいる。
 それでも彩吹は、倒れたまま立ち上がる事が出来なかった。いや、それでも立ち上がらなければならない。
 日那乃だけが、谷岡神父を支えながら炎を避け、後退して行く。彼女には、要救助者の安全確保という重要な役目があるのだ。
「……参った……桂木くんが戻って来るまで、僕が……回復に専念……しないと……」
 息も絶え絶えに、千雪が儚げな楽曲を奏でる。
 早朝の森林を思わせる爽やかな気が、彩吹の全身に満ちた。木行の癒しの力。『大樹の息吹』であった。
「僕も……攻撃の補助とか、やりたいんだけどなー……」
「……実戦だからね。やりたい事、何もかも出来るわけじゃあない」
 よろりと立ち上がりつつ、彩吹は苦笑した。
「ごめん。私、今すごく先輩風吹かせちゃった。助かったよ、千雪」
「……そう、それで良い」
 黒雷が、剣を構える。
「お前たちならば、幾度でも立ち上がる事が出来るはずだ……」
 そのまま斬撃に移行せんとする黒雷を、電光と岩塊が直撃する。武人埴輪のような甲冑姿が、よろめき後退する。
 木行治療を受けた翔が『雷獣』を放ち、土行の鎧で身を護ったたまきが『岩砕』を喰らわせたところであった。
 踏みとどまった黒雷が、剣を構え直す。
「……足りぬ。お前たちの力、そんなものではあるまい? 私の命を奪うには、まだまだ足りんぞ」
「勝手に死に場所を見つけてしまう。男性の覚者さんたちの、特に良くないところの1つだと思います」
 たまきが言った。
「先程も言いました。何度でも言いますよ。竜胆さん、貴方には未来に生きていただきます。死なせはしませんよ」
「…………」
 カクセイパッドをかざしたまま、翔は無言である。
(翔……?)
 彩吹は、嫌な予感がした。
 馬鹿のやり方で行く、と翔は確かに言った。
 それにしても、あまりにも常軌を逸した何かを、翔は考えているのかも知れなかった。


 彩吹の鋭刃想脚、翔のB.O.T.改、たまきの隆神槍。
 それら全てに耐え抜いた異形の甲冑姿に、毒蛇のような蔦が絡み付いている。千雪の、捕縛術式だった。
 蔦に束縛されつつも、黒雷が剣を振るう。
 その一閃が、奏空の斬撃を迎え撃つ。超高速の剣舞。白夜の連撃であった。
 斬撃と斬撃が、ぶつかり合う。
 黒雷の巨体は後方に揺らぎ、倒れず踏みとどまる。
 奏空の細身は吹っ飛んで、床に激突していた。
「奏空さん!」
「だ、大丈夫……」
 たまきに助け起こされながら、奏空が呻く。
「……はっきり、わかったよ竜胆さん。あんたの剣技、あんたの炎……そこにはね、火行覚者・竜胆晴信の原形が間違いなく残っている」
「それは……つまり……」
 声が震えるのを、たまきは止められなかった。
「竜胆さん、貴方は黄泉の雷神に取り憑かれていらっしゃる……その一方で黄泉の雷神を、御自身の力として……取り込んでもおられる、と」
「海竜の仔らの、ようには出来ぬ……」
 竜胆は言った。
「どちらかが、どちらかを力で支配する……我らと、こやつらはな、そのような関係にしかならんのだよ……」
 灰が、漂っている。
 竜胆が殺戮した男たちの屍。それらが黒雷の炎によって遺灰と化し、熱風に舞っているのだ。
 それほどの熱量でありながら、礼拝堂は火事にならずに済んでいる。炎が、制御されている。
 たまきは、そこにも人間・竜胆晴信の原形を感じ取らずにはいられなかった。
 漂う遺灰を睨みながら、黒雷は吼えた。
「私はな、このような者どもを皆殺しにせずにはおれぬ! だから灼き払うのだよ、黒雷の力をもって! この者どもの這いずり蔓延る、腐りきった世界をなぁああッ!」
 雨が、降った。
 水行の癒しの力が、負傷した覚者たちに優しく降り注ぐ。
「……悠璃と、光璃」
 日那乃が、天使の如く羽ばたき滞空し、『潤しの雨』を放散していた。
「あの子たちの名前……竜胆さん、忘れないで」
「悠璃と光璃……か」
「世界を、灼き払う……そんな事したら、悠璃も光璃も悲しむ」
「だからだよ桂木日那乃!」
 竜胆が叫ぶ。
「あのものたちを……金剛隔者の、血まみれの心にすら光を点してくれた者たちを、悲しませぬためにもだ! お前は、当初の予定通り私を殺さねばならんのだぞ。お前は、お前たちは!」
「…………わからないの、ですか……」
 奏空を放り捨てるようにして、たまきは踏み込んでいた。
「まだっ、わからないのですか! このお馬鹿さんはあああああああッ!」
 小さな掌に、怒りを、力を、己の全てを宿し、竜胆に叩き込む。『鉄甲掌』が、黒雷の巨体をへし曲げていた。
「ぐっ……か、賀茂たまき……貴様は……っ」
「貴方が、そのような命の捨て方をして! 悠璃さんも光璃さんも悲しまないわけがないでしょう!」
「……たまきさん、あんまり怒らねえでやってくれねーかな」
 言いつつ翔が、ゆらりと身構えている。
「なあ竜胆さん。オレに、あんたを責める資格はねえと思う。八雷神のどれかが、もしもオレに取り憑いたら……多分オレも、今のあんたとそう違わねー考え方するだろうしな」
「駄目だよ、翔」
 倒れた千雪を抱き起こしながら、彩吹が言った。
「何をしようとしているのか、何となくわかる……それは駄目だ」
「成瀬くん……きみは……」
 彩吹の膝の上で、千雪が呻く。
「……人間を、やめようとしている……無茶だよー……」
「その通りだぜ千雪さん。オレ、悠璃や光璃みてえに……おっ母さんの海竜みてえに、ならなきゃいけねえ」
 長身の青年と化した翔の、すらりと長い四肢が、神々しく禍々しくうねり舞う。
 浄化の術式、演舞・舞音……いや何かが違うと、たまきは感じた。
「あの浄化の力……ほんの一瞬でいい。オレの力を、あそこまで高める……!」
「やめろ翔……!」
 奏空が、翔に走り寄ろうとして踏みとどまった。
 翔の全身からは、すでに尋常ならざる浄化の力が溢れ出している。止めようとする者に対する障壁となるほどに。
「翔、わかってるのか……人間の微弱な浄化力を、竜宮族の領域にまで高めようと思ったら……魂を、消費するしかないんだぞ……」
「言われるまでもねーよ奏空。オレの頭じゃ、このやり方しか思いつかねえ」
 目に見えるほどの浄化力を、炎のように立ちのぼらせながら、翔は微笑んだ。
「……言ったぜ。バカのやり方で行くってよ」
「翔!」
「……翔、何かやり始めたらもう止まらない」
 言葉と共に、日那乃が風をまとった。
 天使のような少女の細身を、激しい旋風が取り巻いている。
 日那乃も、翔と同じような何かをしようとしているのだ。
「させん……」
 動こうとした竜胆を見据え、彩吹が羽ばたく。黒い羽が、大量に舞い散る。
「ああもう……千雪! もうひと頑張り、いけるよね!?」
「彩吹さんにそう言われたらねー。返事は『はい』か『イエス』の二択なわけで」
 千雪が立ち上がり、琴巫姫で即興を奏でる。楽曲と共に、毒花の芳香が迸る。仇華浸香。
「……少年の無茶なやらかしをフォローするのも、年長者の役目だからねー」
「そういう事。翔は後でデコピンの刑だよ!」
 彩吹が、天空に人差し指を向ける。
 無数の黒い羽が渦を巻き、仇華浸香の嵐と一体化して竜胆を襲う。
 猛毒を宿した無数の羽に全身甲冑のあちこちを穿たれ、黒雷が痙攣し。動きを止める。
「……勘弁、だぜ。彩吹さん……」
 翔が、演舞・舞音を完遂した。
 炎のような浄化の力が、爆炎となって迸り、黒雷を直撃する。
 結局、翔を止めようともしなかった自分に、竜胆の狡さを糾弾する資格などないのだ、とたまきは思った。
 黒雷の、甲冑が砕け散った。
 その破片と一緒に、形のない、禍々しい何かが舞い上がって空中にとどまり渦を巻く。
 甲冑の中身であったものが、よろりと倒れる。たまきは駆け寄り、抱き止めた。
 力尽きた竜胆晴信。辛うじて、死んではいない。
 ちらりと空中からそれを確認しつつ、日那乃が激しく羽ばたいた。
「ごめんなさい、竜胆さん……あなたが追いかけていたもの、わたしたちが討つ……」
 旋風の塊が、轟音を響かせながら宙を裂く。そして、禍々しく渦巻くものを直撃する。
 エアブリット、などと呼べるものではなかった。
 桂木日那乃という1人の覚者の、魂そのものが、風となって吹き荒れたのだ。
 音のない悲鳴が響き渡った、とたまきは感じた。
 禍々しいものが粉砕され、飛散した。
 飛散したものを、1つ残らず斬り砕く疾風が吹いた。
 奏空の、激鱗であった。
 斬撃の疾風を吹かせながら跳躍していた奏空が、着地に失敗して倒れ伏す。
 千雪が、声をかける。
「工藤くん、もしかして……ドーピング、した?」
「うん……思いっきり……それより、翔と日那ちゃんは」
「まずはご自分の心配をしましょう。超、を使ったのですね」
 たまきは、溜め息をついた。
「毎度ながら無茶ばかり……結局のところ私にも、奏空さんにも翔さんにも、竜胆さんを非難する資格などないという」
「日那乃も、だよ」
 言いつつ彩吹が、墜落して来た日那乃を抱き止める。
 強靭な細腕による抱擁の中、日那乃は、
「竜胆さん……あなたにも、わたしにも……悠璃の真似、無理……」
 言葉を残し、気を失った。
 翔はすでに、意識を失っている。単に疲れて眠っているようにも見える。
 両名とも、魂を消耗したのだ。安静が必要な状態である。
「デコピンは、目が覚めてからだね……というわけで」
 彩吹が、竜胆の額を指で弾いた。
「……倒した相手に、追い討ちとはな……」
 竜胆が、弱々しく苦笑する。
「……まったく、金剛様に引けを取らぬ冷酷非情よ……」
「彩吹さんだけじゃない、いろんな人のお説教が待ってるからねー。ゆっくりお休みよ、竜胆さんも」
 意識のない翔に肩を貸しながら、千雪が笑う。
「貴方は負けたんだからね、もう僕たちの仲間。拒否権はないよー」


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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