黄泉の殺戮機械
●
地底である。
ぼんやりと薄明るいのは、どこかに謎めいた光源があるのか。古妖の力か。
ともかく。見渡す限りの岩と水面に、竜胆晴信は見入っていた。
「日本列島の地下に、こんな湖が広がっていたとはな……」
広大な地底湖の、一角である。
湖の主と言うべき巨大なものが、弱々しく湖面に浮かび、呻いている。
『うぅ……す、すまぬ人間よ。あやつを……地上へ、逃がしてしまった……』
負傷している、ようであった。
部隊規模の河童たちが忙しく泳ぎ回り、湖の主に手当を施しているようだ。河童の傷薬は効く、という話は竜胆も聞いた事がある。
「戦ってくれた事は感謝する。後は、まあ我ら人間どもに任せておけ」
「多少の手傷は与えた、つもりではあるが……弱められたかどうかは、わからん」
湖岸の岩にもたれかかったまま、河童の頭領である力士が言った。その巨体には包帯が巻かれ、河童と言うより大柄なミイラ男のようでもある。
「あれは我らにとっても、お主ら覚者たちにとっても、難儀な相手だ。容易くはいかんぞ」
「容易い戦いには興味がないのでな」
言いつつ竜胆は、ちらりと視線を動かした。
包帯まみれの巨体がもう1つ、力尽きた様子でぐったりと湖岸に打ち上げられている。
蛟であった。
その傍らで、1人の人間の若者が、心配そうな声を発している。
「お、おい。しっかりしろ水太郎……」
『……情けない声を出すなよ、源一』
言葉を発するのが、蛟は精一杯のようであった。
傍で、もう1体、古妖が死にかけている。毛むくじゃらの河童、のような生き物。
「畜生……茄子が、茄子が足りねえ……」
「馬鹿が言えているようであれば心配はいらんな、ひょうすべよ」
『河童の親分、それに御大将……動いてくれた事、感謝する。あなた方が戦ってくれなければ……奴は、人里の近くに浮上するところだった。源一の村が、まずは滅ぼされていただろう』
「あんな村、どうなったって……」
「そう言うな、大滝源一郎」
河童の頭領が言った。
「あれを野放しにしておけば、我ら河童族とて無事ではいられん。だから戦ったまで……結果、無様に敗れたわけだが」
「そうとも言いきれん。あれを、人里ではない場所へと追い込んでくれたのだろう?」
竜胆は言い、そして大滝源一郎を見据えた。
「そこまでしてもらって、後は我々が何もしないのでは金剛軍の名折れというもの……やれるか、大滝源一郎」
「……言われるまでもない、やってやる」
『本当にすまぬ……』
御大将と呼ばれた巨大なものが、地底湖に浮かんだまま言った。
『過酷な戦いを……結局は、おぬしら覚者に押し付けてしまうのだな、我々は……』
●
自衛隊の演習にも使われる、広い場所である。
原野に、それは横たわっていた。いや、ゆっくりと這い進んでいる。言葉を発しながらだ。
「ひとひに、ちがしら……つぶし、ころさん……」
巨大な人魚。一言で表現すれば、そのようになるか。
竜宮の尖兵である人魚族は、半魚人そのものの姿をしているが、これは違う。
上半身は、骸骨の如く痩せこけた巨人。下半身は怪魚の尾鰭。全長は、20メートルに達するであろうか。
地を這う腕は平たく広がり、人間の五指よりもオコゼ類の胸鰭を思わせる。
そんな鰭状の両手からは、バチバチと電光が漏れ溢れて地面に流れ広がっていた。近付く者を感電させる罠が、形成されている。
水太郎、それに大鯰や河童たち、水中の古妖は大いに苦しめられた事だろう、と大滝源一郎は思った。
電光を垂れ流す巨大な怪物が、市街地の方向へと向かっている。
その行く手に、源一郎は佇み身構えていた。竜胆晴信と共にだ。
「あれを解き放ったのは、貴様ら金剛軍か?」
「あれではない。が、同類だ。黄泉の八雷神……生かしては、おかん」
竜胆が、妖刀を抜き放つ。
「無理をするなよ若造。恐ければ、いつでも逃げるがいい」
「俺は貴様ら金剛軍の、そういうところが大嫌いだった。死に損ないが調子に乗るなっ!」
叫びながら、源一郎は跳躍していた。
おぞましく巨大な人魚が、口を開いたところである。
炎が、吐き出されていた。大鯰たちとの水中戦では、発揮されなかったであろう能力。
巨大な火球が、隕石の如く飛来する。
源一郎も竜胆も、それぞれ別方向に跳躍し、かわしていた。
火球が、原野にクレーターを穿つ。
「七星剣の死に損ないは、俺も同じ……か」
爆発を避けて着地しつつ、源一郎は苦笑した。
「死に損ない2匹で、あの化け物と刺し違えるわけだな」
「早まるな大滝、助けは呼んである。連絡済みだ」
竜胆の言う「助け」が何者であるのかは、源一郎にも見当はつく。
「忙しい連中だから、都合良く来てくれるかどうかはわからんが……」
「いや……来たぞ、どうやら」
駆け付けて来た者たちを、源一郎は見やった。
「まったく、本当に……忙しい連中だ」
地底である。
ぼんやりと薄明るいのは、どこかに謎めいた光源があるのか。古妖の力か。
ともかく。見渡す限りの岩と水面に、竜胆晴信は見入っていた。
「日本列島の地下に、こんな湖が広がっていたとはな……」
広大な地底湖の、一角である。
湖の主と言うべき巨大なものが、弱々しく湖面に浮かび、呻いている。
『うぅ……す、すまぬ人間よ。あやつを……地上へ、逃がしてしまった……』
負傷している、ようであった。
部隊規模の河童たちが忙しく泳ぎ回り、湖の主に手当を施しているようだ。河童の傷薬は効く、という話は竜胆も聞いた事がある。
「戦ってくれた事は感謝する。後は、まあ我ら人間どもに任せておけ」
「多少の手傷は与えた、つもりではあるが……弱められたかどうかは、わからん」
湖岸の岩にもたれかかったまま、河童の頭領である力士が言った。その巨体には包帯が巻かれ、河童と言うより大柄なミイラ男のようでもある。
「あれは我らにとっても、お主ら覚者たちにとっても、難儀な相手だ。容易くはいかんぞ」
「容易い戦いには興味がないのでな」
言いつつ竜胆は、ちらりと視線を動かした。
包帯まみれの巨体がもう1つ、力尽きた様子でぐったりと湖岸に打ち上げられている。
蛟であった。
その傍らで、1人の人間の若者が、心配そうな声を発している。
「お、おい。しっかりしろ水太郎……」
『……情けない声を出すなよ、源一』
言葉を発するのが、蛟は精一杯のようであった。
傍で、もう1体、古妖が死にかけている。毛むくじゃらの河童、のような生き物。
「畜生……茄子が、茄子が足りねえ……」
「馬鹿が言えているようであれば心配はいらんな、ひょうすべよ」
『河童の親分、それに御大将……動いてくれた事、感謝する。あなた方が戦ってくれなければ……奴は、人里の近くに浮上するところだった。源一の村が、まずは滅ぼされていただろう』
「あんな村、どうなったって……」
「そう言うな、大滝源一郎」
河童の頭領が言った。
「あれを野放しにしておけば、我ら河童族とて無事ではいられん。だから戦ったまで……結果、無様に敗れたわけだが」
「そうとも言いきれん。あれを、人里ではない場所へと追い込んでくれたのだろう?」
竜胆は言い、そして大滝源一郎を見据えた。
「そこまでしてもらって、後は我々が何もしないのでは金剛軍の名折れというもの……やれるか、大滝源一郎」
「……言われるまでもない、やってやる」
『本当にすまぬ……』
御大将と呼ばれた巨大なものが、地底湖に浮かんだまま言った。
『過酷な戦いを……結局は、おぬしら覚者に押し付けてしまうのだな、我々は……』
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自衛隊の演習にも使われる、広い場所である。
原野に、それは横たわっていた。いや、ゆっくりと這い進んでいる。言葉を発しながらだ。
「ひとひに、ちがしら……つぶし、ころさん……」
巨大な人魚。一言で表現すれば、そのようになるか。
竜宮の尖兵である人魚族は、半魚人そのものの姿をしているが、これは違う。
上半身は、骸骨の如く痩せこけた巨人。下半身は怪魚の尾鰭。全長は、20メートルに達するであろうか。
地を這う腕は平たく広がり、人間の五指よりもオコゼ類の胸鰭を思わせる。
そんな鰭状の両手からは、バチバチと電光が漏れ溢れて地面に流れ広がっていた。近付く者を感電させる罠が、形成されている。
水太郎、それに大鯰や河童たち、水中の古妖は大いに苦しめられた事だろう、と大滝源一郎は思った。
電光を垂れ流す巨大な怪物が、市街地の方向へと向かっている。
その行く手に、源一郎は佇み身構えていた。竜胆晴信と共にだ。
「あれを解き放ったのは、貴様ら金剛軍か?」
「あれではない。が、同類だ。黄泉の八雷神……生かしては、おかん」
竜胆が、妖刀を抜き放つ。
「無理をするなよ若造。恐ければ、いつでも逃げるがいい」
「俺は貴様ら金剛軍の、そういうところが大嫌いだった。死に損ないが調子に乗るなっ!」
叫びながら、源一郎は跳躍していた。
おぞましく巨大な人魚が、口を開いたところである。
炎が、吐き出されていた。大鯰たちとの水中戦では、発揮されなかったであろう能力。
巨大な火球が、隕石の如く飛来する。
源一郎も竜胆も、それぞれ別方向に跳躍し、かわしていた。
火球が、原野にクレーターを穿つ。
「七星剣の死に損ないは、俺も同じ……か」
爆発を避けて着地しつつ、源一郎は苦笑した。
「死に損ない2匹で、あの化け物と刺し違えるわけだな」
「早まるな大滝、助けは呼んである。連絡済みだ」
竜胆の言う「助け」が何者であるのかは、源一郎にも見当はつく。
「忙しい連中だから、都合良く来てくれるかどうかはわからんが……」
「いや……来たぞ、どうやら」
駆け付けて来た者たちを、源一郎は見やった。
「まったく、本当に……忙しい連中だ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖・伏雷の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
破壊と殺戮、以外の行動を一切取らない古妖・伏雷が地上に現れ、市街地に向かおうとしております。これを止めて下さい。
場所は某山麓の原野、時間帯は夕刻。
古妖・伏雷の攻撃手段は、広範囲に渡る電撃放射(特遠全、BS痺れ)及び口から吐き出す火球(特遠、単または列または全。BS火傷)、巨体による押し潰し(物近、単または列)。
なお伏雷は、大鯰ら水棲古妖との戦いでいくらか負傷し、弱体化しております。
今回は元七星剣隔者、大滝源一郎と竜胆晴信が、前衛として伏雷との戦闘に参加します。
●大滝源一郎
男、18歳、水行怪。武器は妖刀。使用スキルは破眼光、水龍牙、斬・二の構え、潤しの滴。
●竜胆晴信
男、29歳、火行暦。武器は同じく妖刀、使用スキルは錬覇法、斬・二の構え、豪炎撃。
両名とも、覚者の皆様の指示には従ってくれるでしょう。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2019年04月26日
2019年04月26日
■メイン参加者 6人■

●
今なお物議を醸している『合神雷帝ヴァルトカイザー』第1期のOPテーマ『荒野の雷帝合身』を、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)は思わず口ずさんでいた。
原野に鎮座する、巨大なものを見据えながらだ。
「……巨大ロボがあればと思うぜ、ああいうの見てるとよ」
古妖・伏雷。
その醜悪な巨体が、胸鰭のような両腕で這いずりながら、地鳴りにも似た呻きを発している。
「ひとひに、ちがしら……くだき、ころさん……」
「カクセイベルトのパワーを上げて、カクセイロボを召喚! ……とか、出来たらいいんだけどね」
そんな事を言いながら『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が走り寄って行く。伏雷と対峙する、2人の剣士に。
「それはともかく暇人参上! しばらくだね竜胆さん、それに大滝。張り切りすぎは良くない、俺たちにも手伝わせてもらうよっ」
「ふん……やっぱり、貴様らが来てしまうのか」
大滝源一郎が、続いて竜胆晴信が言った。
「助かる。正直なところ、あてにしていたのだ」
「ご期待に沿えるよう頑張ります。前衛はお任せしますが、くれぐれも無理はなさらないように」
言葉と共に『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が、己の周囲に炎を咲かせた。
それら炎が、花に変わり、芳香を噴射・放散する。清廉珀香だった。
「まずは下準備と参りましょう。奏空くん、ご一緒に」
「心得たよラーラさん!」
奏空が薬壺印を結び、瑠璃色の光を飛び散らせる。
芳香の渦と瑠璃色の光の粒子が、この場にいる覚者8名全員を包み込んだ。
癒しと護りの術式。その煌めきと香気は、しかし黄泉の禍物にとっては害悪であるのかも知れなかった。伏雷が、こちらに向かって牙を剥き、呪詛の呻きを漏らす。
「ひとひ……に、ちがしら……くびり、ころさん……」
「黄泉大神の御言を、ただ実行し奉る……そのためにのみ生を受けた存在なのですね。黄泉の雷神とは」
両の瞳を赤く燃え輝かせながら、『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が言った。
「このようなもの、市街地へ向かわせるわけにはいきません。何としても、ここで」
「……そうだな、倒さねえと」
呟く翔の傍に、桂木日那乃(CL2000941)がフワリと着地した。
「……翔、悩んでる」
「悩んでる、ってほどじゃねーと思う。ただ、な……」
自分たちの前にこの伏雷と戦った、大鯰や河童たちの事を、翔は思った。
「古妖ってさ、仲良くなれる奴らが多かったから……この八雷神って連中も、そうだったらなって。ヘヘっ、大甘だよな」
「気持ちはわかる。が、その気持ちは捨てた方がいい」
妖刀を構えながら、竜胆が言った。
「八雷神という者ども、まず意思の疎通が出来ん。何故ならそもそも己の意思というものを持っていないからだ。一日に千人を殺める……これは意思と言うより、刻み込まれた命令だ。ただ、それに従うだけの存在。生き物と呼べるかどうかすら」
「……機械」
ぽつりと、日那乃が呟く。
「命令、1つだけ実行する……そのために存在、している」
「ふん、まるで七星剣にいた時の俺じゃないか。親近感が湧かんでもない」
大滝が、暗く微笑む。
「自分をぶった斬るような戦いだ。嫌いじゃあないぜ……」
「はいそこ、安直な自己犠牲願望が芽生えかけている。要注意!」
猛禽のような人影が、竜胆と大滝の間に降り立っていた。『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)である。
「竜胆さんだね、朴さんから聞いているよ。それと大滝源一郎、君の事もうちの兄者から聞いている。私は如月彩吹、よろしくね」
「……俺も聞いている。あの人から、妹がいるってね」
「ふふん。あの男が、自分の妹について他人にどう喋ったのかは気になるけれど……今は、それよりもっ」
彩吹が、火行因子を燃やしている。
「古妖の皆が頑張ってくれた。ここから先は、私たち人間の番! 行くよ、お二方。私が言うのもあれだけど、突っ込み過ぎないようにね!」
激しく羽ばたきながら彩吹が、大滝と竜胆の背中を叩いた。良い音がした。
●
当人たちにそんなつもりはないであろうが、やはり彩吹が、屈強な男2人を左右に従えている、ように見えてしまう。
鋭利な美脚を、彩吹が『鋭刃想脚』の形に乱舞させる。それに合わせて大滝と竜胆が各々、斬・二の構えから妖刀を一閃させる。
それら全てが、伏雷の巨大な顔面に叩き込まれるが、どれほどの痛手となったのかは不明だ。
前衛3名を援護するように、疾風が吹いている。
奏空の、超高速の剣舞であった。『白夜』の連続斬撃が、伏雷の頸部を猛襲する。
それは、蜂が人間の首筋を襲う様にも似ていた。
「ロボがねえから生身で戦うしか……へへっ、ヒーローが出てくる前の地球防衛軍みてえだな!」
言いつつ翔が印を結び、光の矢を速射する。B.O.T.改。伏雷の、暗黒そのもののような両眼に突き刺さってゆく。
仲間たちの戦いを見つめながら今ラーラは、前世の何者かと同調を行っていた。
「私は、あなたの事が……恐ろしくて仕方がありませんでした」
魔法使いの家系に生まれながら、幼い頃のラーラは魔法を忌避していた。
魔法を、恐れていた。それと同時に、今は存在せぬ身でありながら時折どこかから語りかけてくる、この前世の何者かに対しても、今思えば自分は恐れを抱いていた。
「今は、あなたと正面から向き合わなければと思っております。あなたが……我が一族に御名の伝わる、あの御方であるのかどうかは存じ上げませんが」
イタリアの本家では、伝説の魔女の生まれ変わりを自称する者が何人もいて、一族の主導権争いを繰り広げているらしい。
ラーラの命も狙われている、と聞いた事がある。
「……雑念ですね。今は、目の前の敵を」
ラーラは微かに苦笑し、その可憐な口元をすぐに引き締めた。
「共に戦いましょう。確かに存在した、かつての私よ……!」
少女の瞳で、真紅の眼光が燃え上がる。
周囲に咲き乱れる魔法の花が、清廉珀香を放散し続ける。
瑠璃色に輝く、炎の花。それは、奏空と力を合わせての複合防御術式であった。
その花が全て、ちぎれて散った。
伏雷の、巨大な胸鰭にも似た両手が、発電・放電を起こしていた。凄まじい電光が、土を粉砕しながら大地を駆ける。
そして瑠璃色の花を粉砕し、覚者たちを襲う。
電光に灼かれ、感電の衝撃に揺らぎ痙攣する8人の覚者。
その全員に、ちぎれ飛んだ瑠璃色の花弁がキラキラと降り注ぎ、まとわり付く。
防御術式の破片が全身に染み込んで、感電の痺れを溶かしてゆくのを、ラーラは感じた。
「……耐えられます、これなら……ッ」
歯を、食いしばる。
「あの、鳴雷の電光と比べれば……この程度っ!」
「……かなり弱ってる、みてーだな伏雷。大鯰や河童の連中と戦って……」
電撃に耐え、片膝をついたまま、翔が呻く。
「それでも休まねえで……1日千人、殺さずにいられねーのか……オレたちと、戦ってまで」
「破壊と殺戮しか行動しない……神代の頃に命ぜられた事を、封印が解けた今でも忠実に……」
翔に肩を貸しながら、奏空がよろよろと立ち上がる。
「……解放する。俺たちに出来る事は、それだけ……」
「……その前に治療」
日那乃が、電光に灼かれた翼を痛々しく広げた。
水行の癒しの力が解放され、『潤しの雨』となって覚者8人に降り注ぐ。
「弱っていても、危険……わたし今回たぶん、回復しか出来ない」
「充分過ぎますよ日那ちゃん。攻撃は私たちに任せて下さい!」
たまきが治療を得て立ち上がり、愛らしい平手で地面を殴打する。
電光まとう伏雷の巨体が、痙攣・硬直した。
その腹部に、大地の一部が隆起して突き刺さったところである。隆神槍。
「全てを守る。そう、私は覚悟を決めました。負けるわけにはいきません。黄泉の雷神……たとえ黄泉大神ご自身がお相手であったとしても」
「気負い過ぎは駄目だよ、たまき」
彩吹が、猛禽の如く飛翔した。
「……なぁんて、私が言える事じゃないかもだけどっ!」
荒鷲の襲撃を思わせる蹴りの乱舞。それに奏空が、白夜の猛攻を合わせてゆく。
「だけどさ、水太郎たちが頑張ったんだ。俺たちだって張り切らないと、そうだろ大滝!」
「……あの馬鹿は、無茶をしただけだ」
彩吹の蹴撃と奏空の斬撃を援護する形に、大滝が第三の目を発光させる。破眼光が迸る。
全ての攻撃が、伏雷を直撃していた。
「オマエが言うなよ、って話にしかならねえぞ源一郎」
カクセイパッドを掲げながら、翔が笑う。
「オレはな、従姉妹の姉ちゃんから頼まれてるんだよ。大滝源一郎と会う事がもしあったら、出来るだけ気にかけてやって欲しいってな!」
表示された白虎が吼え、それと共に横向けの落雷が起こった。雷獣だった。
電光の嵐が、伏雷の巨体を灼く。
そこへ破眼光を突き刺したまま、大滝が呟く。
「あの人は……嫌いってわけじゃないが、苦手だぜ」
「ふふっ。多いですよ、そういう人」
言いつつラーラは、可憐な指先で宙に魔法陣を描いた。煌びやかに紅く輝く、炎の魔法陣。
覚者たちによる集中攻撃の中、伏雷が巨体を震わせ、呻きを発している。
「ひとひに……ちがしら、くらい……ころさん……」
その口内に向かって、魔法陣から大型の火球が射出された。
「呪詛しか吐き出さないお口にはね、甘い焼き菓子ではなく燃え盛る石炭を……イオ・ブルチャーレ」
ラーラの言葉に合わせ、溶岩の塊のような火の玉が、伏雷の巨大な口中で爆発していた。
●
まるで、空が落ちて来たかのようであった。
伏雷の巨大な上半身が、地響きを立てて這いずりながら浮かび上がる。そして彩吹を、竜胆と大滝を、まとめて押し潰しにかかる。
たまきが施してくれた『桜華鏡符』を身にまとったまま、彩吹は八卦の構えを取った。
そこへ、建造物の崩落にも等しい衝撃と重量が降り注いで来た。
歯を食いしばりながらも、彩吹は倒れていた。一瞬、気を失った、のかも知れない。
その一瞬の間、伏雷の巨体は火球と光の矢の直撃を受け、仰け反りながら後退していた。ラーラの火焔連弾と、翔のB.O.T.改である。
その間、倒れた彩吹たちに雨が降り注いだ。
日那乃が上空で天使の如く羽ばたき、水行の癒しの力を降らせてくれている。
「痛ッ……た、助かったけど日那乃……染みるね、相変わらず」
「我慢」
容赦なく、日那乃は言った。
「たぶん、もう一押し……前衛の人たち、中衛の人たち。まだ、いける……?」
「当然。頑丈なのが私の取り柄だからね」
後退した伏雷に対し、彩吹は身構えた。
そこへ、同じく日那乃による治療を受けた竜胆が、よろりと立ち上がりながら声をかけてくる。
「……ここまでして、お前たちは戦うのか。巨大な敵に、押し潰されながら……」
「それも当然。この先には市街地がある。こんな化け物を、行かせるわけにはいかないよ」
「その市街地に住む人々は……お前たちに、果たして感謝をしてくれるかな」
竜胆の口調は、重い。
「力のない人々にとって我々は所詮、化け物でしかない。それでも構わぬ、感謝など求めてはいないと、お前たちは言うのだろうが」
「わかってくれる人、結構いるもんだぜ。竜胆さん」
翔が言った。
「アンタたちもさ、七星剣に入っちまうくれーだから色々あったんだろうけど……これからだぜ、何もかも」
「不謹慎かも知れないけど私は嬉しいんだよ、竜胆さん。それに源一」
彩吹は微笑んだ。
「古妖たちと、それに元々七星剣だった人たちとも協力して、一緒に戦える……いいじゃないか。誰にも感謝してもらえない戦いを、皆でやろうよ」
●
「はああああああッ!」
たまきの可愛らしい声が、凜と響き渡る。
可憐な足型を地面に穿ち込みながら、彼女は踏み込んでいた。たおやかな全身に気を漲らせ、伏雷の巨体にぶつかって行く。
それに合わせて、奏空は跳躍していた。旋風の如く身を捻り、腕だけでなく全身で剣を振るう。
斬撃の豪雨が、巨大なる黄泉の古妖に降り注ぐ。
たまきの『微塵不隠』が地上から、奏空の『激鱗』が空中から、伏雷を直撃していた。
とどめの一撃、であった。
「ひとひ……に……ちがしら……」
最後の呻きを漏らしながら、伏雷が干からび、ひび割れ、崩れ落ちてゆく。粉末状の屍が、土埃と一緒くたに舞い散った。
「お見事……」
幾度も回復を施してくれた日那乃とラーラが、力尽き、背中合わせで座り込んだまま言った。
「最後に……ふふっ、完璧な連携を見せてもらいました。お腹がいっぱいです」
「ら、ラーラさんが何をおっしゃっているのかはわかりませんが」
たまきが、小さく咳払いをした。
「……ともかく助かりました。竜胆さんが、いち早くファイヴに連絡をして下さったおかげです。大勢の人々を、救う事が出来ました」
「なんて言うか、1人で突っ走る連中ばっかりでね」
彩吹が苦笑する。
「助けを求めるのが格好悪いとか思っちゃうんだろうね。気持ちはわからなくもないけれど」
「俺もな、自分たちの不始末を、出来れば俺1人の力で片付けたい。だが出来ないから仕方がない」
気絶している大滝に肩を貸しながら、竜胆は言った。
「ともかく。お前たちに助けてもらったのは、俺の方だ」
「竜胆さんは……」
たまきが言った。躊躇いながら、だ。
「何故……八雷神の動きが、おわかりになるのですか」
「わかってしまうから、としか言いようがないのだが」
呻き、身じろぎをする大滝を翔に押し付けながら、竜胆が応える。
そして、ちらりと視線を動かす。
じっと見つめる日那乃と、目が合った。
竜胆に対して、最初にその疑念を抱いたのは、恐らく彼女であろうと奏空は思う。
「……お前たちの疑念は、至極当然のものだな」
竜胆は言った。
「私自身にも、わからぬ。お前たちの疑っている通り、なのかも知れん」
「疑ってなど……いえ、疑っているのでしょうね。私は、竜胆さんを」
たまきが、はっきりと告げた。
「これは綺麗事では済みません。明確にしておかなければ、ならない事です」
「どうする? 今が、好機ではある」
竜胆が、全員を見回した。
「お前たちがその気なら、私は……抵抗をしない」
「幸か、不幸か……わたしたち今、そんな事する余力、ない」
日那乃が、続いてラーラが言った。
「こうして力尽きるまで、私たちは共に戦ったんです。竜胆さん……私は貴方を、仲間だと勝手に思っていますよ」
「オレはな、竜胆さんとも、この源一とも、一緒に戦えて楽しかったんだぜ。アンタら2人がどう思うかは知らねーけどな」
翔が笑う。
「……何かあったら、オレたちが止める。今、言えるのはそれだけだ」
●
奏空が風呂敷に包んで来た土産を、ひょうすべが涙を流しながらガツガツと食らう。
「うおおお美味え、茄子うめええ」
「ふふふ。たんとお食べ」
「おいおい、ひょうすべを甘やかしてはいかんぞ。あまり」
河童の親分が、奏空に声を投げる。
「そやつは、すぐ調子に乗って毒を振りまく」
『それは僕が止めるよ、河童の親分』
水太郎が言った。
『本当に……覚者たちには、面倒をかけた。まあ源一の奴も、そこそこは頑張ったようだな』
「ふん、お前程度にはな」
「まあ皆、頑張ったって事だ」
翔が、持って来た荷物を地面に広げた。
「オレもお土産。きゅうりとトマトなんだけど」
「あ、それはいかん……」
河童の親分が危惧した時には、すでに遅い。
河童の大群が殺到し、きゅうりを食らう。きゅうりにありつけなかった者は、トマトを食らう。その中で、翔が揉みくちゃにされている。
見つめながら日那乃は、心の中で呟いた。
(古妖さんたち、って……どういう存在? 大抵、わたしたちと仲良くしてくれて……色々なこと、出来て……)
『おぬしらに、厄介事を押し付けてしまったなあ。すまん』
地底湖の水面に巨体の一部を露わにしている大鯰が、語りかけてくる。
大いなる、地球の先住者。
古妖とは何であるのか。人間が理解出来る事ではないのかも知れない。
思いつつ、日那乃は言った。
「御大将……術式治療、いる? 痛い、けど。染みるけど」
『わしは大丈夫。河童たちが、わしのために薬を使い果たしてしまった。なので河童たちを治してやって欲しい』
「すこぶる、お元気そうに見えますが……」
言いつつラーラが、目を回している翔を、河童たちの中から引きずり出す。
「本当、みんな元気そうで良かったよ」
彩吹が、河童の親分の分厚い背中を軽く叩く。
「尻子山関もね。あの化け物と相撲を取るのは大変だったでしょう」
「……最近そこの河童どもがな、私をそう呼ぶようになってしまったぞ」
その河童たちに、癒しの霧を振りまきながら、たまきが囁きかけてくる。
「日那ちゃんは、竜胆さんを……」
「疑ってる。この中で、きっと一番」
日那乃は即答した。
「だけど四六時中、監視とか……無理」
「そう……ですよね。そこまで手の空いている人が、ファイヴにいるわけでもありませんし」
「放っておけば竜胆さん、八雷神……探し当ててくれる」
泳がせる。利用する。嫌な言い方をすれば、そうなるのか。
「最後の、1体……竜胆さんに何か、あるなら……その時?」
今なお物議を醸している『合神雷帝ヴァルトカイザー』第1期のOPテーマ『荒野の雷帝合身』を、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)は思わず口ずさんでいた。
原野に鎮座する、巨大なものを見据えながらだ。
「……巨大ロボがあればと思うぜ、ああいうの見てるとよ」
古妖・伏雷。
その醜悪な巨体が、胸鰭のような両腕で這いずりながら、地鳴りにも似た呻きを発している。
「ひとひに、ちがしら……くだき、ころさん……」
「カクセイベルトのパワーを上げて、カクセイロボを召喚! ……とか、出来たらいいんだけどね」
そんな事を言いながら『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が走り寄って行く。伏雷と対峙する、2人の剣士に。
「それはともかく暇人参上! しばらくだね竜胆さん、それに大滝。張り切りすぎは良くない、俺たちにも手伝わせてもらうよっ」
「ふん……やっぱり、貴様らが来てしまうのか」
大滝源一郎が、続いて竜胆晴信が言った。
「助かる。正直なところ、あてにしていたのだ」
「ご期待に沿えるよう頑張ります。前衛はお任せしますが、くれぐれも無理はなさらないように」
言葉と共に『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が、己の周囲に炎を咲かせた。
それら炎が、花に変わり、芳香を噴射・放散する。清廉珀香だった。
「まずは下準備と参りましょう。奏空くん、ご一緒に」
「心得たよラーラさん!」
奏空が薬壺印を結び、瑠璃色の光を飛び散らせる。
芳香の渦と瑠璃色の光の粒子が、この場にいる覚者8名全員を包み込んだ。
癒しと護りの術式。その煌めきと香気は、しかし黄泉の禍物にとっては害悪であるのかも知れなかった。伏雷が、こちらに向かって牙を剥き、呪詛の呻きを漏らす。
「ひとひ……に、ちがしら……くびり、ころさん……」
「黄泉大神の御言を、ただ実行し奉る……そのためにのみ生を受けた存在なのですね。黄泉の雷神とは」
両の瞳を赤く燃え輝かせながら、『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が言った。
「このようなもの、市街地へ向かわせるわけにはいきません。何としても、ここで」
「……そうだな、倒さねえと」
呟く翔の傍に、桂木日那乃(CL2000941)がフワリと着地した。
「……翔、悩んでる」
「悩んでる、ってほどじゃねーと思う。ただ、な……」
自分たちの前にこの伏雷と戦った、大鯰や河童たちの事を、翔は思った。
「古妖ってさ、仲良くなれる奴らが多かったから……この八雷神って連中も、そうだったらなって。ヘヘっ、大甘だよな」
「気持ちはわかる。が、その気持ちは捨てた方がいい」
妖刀を構えながら、竜胆が言った。
「八雷神という者ども、まず意思の疎通が出来ん。何故ならそもそも己の意思というものを持っていないからだ。一日に千人を殺める……これは意思と言うより、刻み込まれた命令だ。ただ、それに従うだけの存在。生き物と呼べるかどうかすら」
「……機械」
ぽつりと、日那乃が呟く。
「命令、1つだけ実行する……そのために存在、している」
「ふん、まるで七星剣にいた時の俺じゃないか。親近感が湧かんでもない」
大滝が、暗く微笑む。
「自分をぶった斬るような戦いだ。嫌いじゃあないぜ……」
「はいそこ、安直な自己犠牲願望が芽生えかけている。要注意!」
猛禽のような人影が、竜胆と大滝の間に降り立っていた。『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)である。
「竜胆さんだね、朴さんから聞いているよ。それと大滝源一郎、君の事もうちの兄者から聞いている。私は如月彩吹、よろしくね」
「……俺も聞いている。あの人から、妹がいるってね」
「ふふん。あの男が、自分の妹について他人にどう喋ったのかは気になるけれど……今は、それよりもっ」
彩吹が、火行因子を燃やしている。
「古妖の皆が頑張ってくれた。ここから先は、私たち人間の番! 行くよ、お二方。私が言うのもあれだけど、突っ込み過ぎないようにね!」
激しく羽ばたきながら彩吹が、大滝と竜胆の背中を叩いた。良い音がした。
●
当人たちにそんなつもりはないであろうが、やはり彩吹が、屈強な男2人を左右に従えている、ように見えてしまう。
鋭利な美脚を、彩吹が『鋭刃想脚』の形に乱舞させる。それに合わせて大滝と竜胆が各々、斬・二の構えから妖刀を一閃させる。
それら全てが、伏雷の巨大な顔面に叩き込まれるが、どれほどの痛手となったのかは不明だ。
前衛3名を援護するように、疾風が吹いている。
奏空の、超高速の剣舞であった。『白夜』の連続斬撃が、伏雷の頸部を猛襲する。
それは、蜂が人間の首筋を襲う様にも似ていた。
「ロボがねえから生身で戦うしか……へへっ、ヒーローが出てくる前の地球防衛軍みてえだな!」
言いつつ翔が印を結び、光の矢を速射する。B.O.T.改。伏雷の、暗黒そのもののような両眼に突き刺さってゆく。
仲間たちの戦いを見つめながら今ラーラは、前世の何者かと同調を行っていた。
「私は、あなたの事が……恐ろしくて仕方がありませんでした」
魔法使いの家系に生まれながら、幼い頃のラーラは魔法を忌避していた。
魔法を、恐れていた。それと同時に、今は存在せぬ身でありながら時折どこかから語りかけてくる、この前世の何者かに対しても、今思えば自分は恐れを抱いていた。
「今は、あなたと正面から向き合わなければと思っております。あなたが……我が一族に御名の伝わる、あの御方であるのかどうかは存じ上げませんが」
イタリアの本家では、伝説の魔女の生まれ変わりを自称する者が何人もいて、一族の主導権争いを繰り広げているらしい。
ラーラの命も狙われている、と聞いた事がある。
「……雑念ですね。今は、目の前の敵を」
ラーラは微かに苦笑し、その可憐な口元をすぐに引き締めた。
「共に戦いましょう。確かに存在した、かつての私よ……!」
少女の瞳で、真紅の眼光が燃え上がる。
周囲に咲き乱れる魔法の花が、清廉珀香を放散し続ける。
瑠璃色に輝く、炎の花。それは、奏空と力を合わせての複合防御術式であった。
その花が全て、ちぎれて散った。
伏雷の、巨大な胸鰭にも似た両手が、発電・放電を起こしていた。凄まじい電光が、土を粉砕しながら大地を駆ける。
そして瑠璃色の花を粉砕し、覚者たちを襲う。
電光に灼かれ、感電の衝撃に揺らぎ痙攣する8人の覚者。
その全員に、ちぎれ飛んだ瑠璃色の花弁がキラキラと降り注ぎ、まとわり付く。
防御術式の破片が全身に染み込んで、感電の痺れを溶かしてゆくのを、ラーラは感じた。
「……耐えられます、これなら……ッ」
歯を、食いしばる。
「あの、鳴雷の電光と比べれば……この程度っ!」
「……かなり弱ってる、みてーだな伏雷。大鯰や河童の連中と戦って……」
電撃に耐え、片膝をついたまま、翔が呻く。
「それでも休まねえで……1日千人、殺さずにいられねーのか……オレたちと、戦ってまで」
「破壊と殺戮しか行動しない……神代の頃に命ぜられた事を、封印が解けた今でも忠実に……」
翔に肩を貸しながら、奏空がよろよろと立ち上がる。
「……解放する。俺たちに出来る事は、それだけ……」
「……その前に治療」
日那乃が、電光に灼かれた翼を痛々しく広げた。
水行の癒しの力が解放され、『潤しの雨』となって覚者8人に降り注ぐ。
「弱っていても、危険……わたし今回たぶん、回復しか出来ない」
「充分過ぎますよ日那ちゃん。攻撃は私たちに任せて下さい!」
たまきが治療を得て立ち上がり、愛らしい平手で地面を殴打する。
電光まとう伏雷の巨体が、痙攣・硬直した。
その腹部に、大地の一部が隆起して突き刺さったところである。隆神槍。
「全てを守る。そう、私は覚悟を決めました。負けるわけにはいきません。黄泉の雷神……たとえ黄泉大神ご自身がお相手であったとしても」
「気負い過ぎは駄目だよ、たまき」
彩吹が、猛禽の如く飛翔した。
「……なぁんて、私が言える事じゃないかもだけどっ!」
荒鷲の襲撃を思わせる蹴りの乱舞。それに奏空が、白夜の猛攻を合わせてゆく。
「だけどさ、水太郎たちが頑張ったんだ。俺たちだって張り切らないと、そうだろ大滝!」
「……あの馬鹿は、無茶をしただけだ」
彩吹の蹴撃と奏空の斬撃を援護する形に、大滝が第三の目を発光させる。破眼光が迸る。
全ての攻撃が、伏雷を直撃していた。
「オマエが言うなよ、って話にしかならねえぞ源一郎」
カクセイパッドを掲げながら、翔が笑う。
「オレはな、従姉妹の姉ちゃんから頼まれてるんだよ。大滝源一郎と会う事がもしあったら、出来るだけ気にかけてやって欲しいってな!」
表示された白虎が吼え、それと共に横向けの落雷が起こった。雷獣だった。
電光の嵐が、伏雷の巨体を灼く。
そこへ破眼光を突き刺したまま、大滝が呟く。
「あの人は……嫌いってわけじゃないが、苦手だぜ」
「ふふっ。多いですよ、そういう人」
言いつつラーラは、可憐な指先で宙に魔法陣を描いた。煌びやかに紅く輝く、炎の魔法陣。
覚者たちによる集中攻撃の中、伏雷が巨体を震わせ、呻きを発している。
「ひとひに……ちがしら、くらい……ころさん……」
その口内に向かって、魔法陣から大型の火球が射出された。
「呪詛しか吐き出さないお口にはね、甘い焼き菓子ではなく燃え盛る石炭を……イオ・ブルチャーレ」
ラーラの言葉に合わせ、溶岩の塊のような火の玉が、伏雷の巨大な口中で爆発していた。
●
まるで、空が落ちて来たかのようであった。
伏雷の巨大な上半身が、地響きを立てて這いずりながら浮かび上がる。そして彩吹を、竜胆と大滝を、まとめて押し潰しにかかる。
たまきが施してくれた『桜華鏡符』を身にまとったまま、彩吹は八卦の構えを取った。
そこへ、建造物の崩落にも等しい衝撃と重量が降り注いで来た。
歯を食いしばりながらも、彩吹は倒れていた。一瞬、気を失った、のかも知れない。
その一瞬の間、伏雷の巨体は火球と光の矢の直撃を受け、仰け反りながら後退していた。ラーラの火焔連弾と、翔のB.O.T.改である。
その間、倒れた彩吹たちに雨が降り注いだ。
日那乃が上空で天使の如く羽ばたき、水行の癒しの力を降らせてくれている。
「痛ッ……た、助かったけど日那乃……染みるね、相変わらず」
「我慢」
容赦なく、日那乃は言った。
「たぶん、もう一押し……前衛の人たち、中衛の人たち。まだ、いける……?」
「当然。頑丈なのが私の取り柄だからね」
後退した伏雷に対し、彩吹は身構えた。
そこへ、同じく日那乃による治療を受けた竜胆が、よろりと立ち上がりながら声をかけてくる。
「……ここまでして、お前たちは戦うのか。巨大な敵に、押し潰されながら……」
「それも当然。この先には市街地がある。こんな化け物を、行かせるわけにはいかないよ」
「その市街地に住む人々は……お前たちに、果たして感謝をしてくれるかな」
竜胆の口調は、重い。
「力のない人々にとって我々は所詮、化け物でしかない。それでも構わぬ、感謝など求めてはいないと、お前たちは言うのだろうが」
「わかってくれる人、結構いるもんだぜ。竜胆さん」
翔が言った。
「アンタたちもさ、七星剣に入っちまうくれーだから色々あったんだろうけど……これからだぜ、何もかも」
「不謹慎かも知れないけど私は嬉しいんだよ、竜胆さん。それに源一」
彩吹は微笑んだ。
「古妖たちと、それに元々七星剣だった人たちとも協力して、一緒に戦える……いいじゃないか。誰にも感謝してもらえない戦いを、皆でやろうよ」
●
「はああああああッ!」
たまきの可愛らしい声が、凜と響き渡る。
可憐な足型を地面に穿ち込みながら、彼女は踏み込んでいた。たおやかな全身に気を漲らせ、伏雷の巨体にぶつかって行く。
それに合わせて、奏空は跳躍していた。旋風の如く身を捻り、腕だけでなく全身で剣を振るう。
斬撃の豪雨が、巨大なる黄泉の古妖に降り注ぐ。
たまきの『微塵不隠』が地上から、奏空の『激鱗』が空中から、伏雷を直撃していた。
とどめの一撃、であった。
「ひとひ……に……ちがしら……」
最後の呻きを漏らしながら、伏雷が干からび、ひび割れ、崩れ落ちてゆく。粉末状の屍が、土埃と一緒くたに舞い散った。
「お見事……」
幾度も回復を施してくれた日那乃とラーラが、力尽き、背中合わせで座り込んだまま言った。
「最後に……ふふっ、完璧な連携を見せてもらいました。お腹がいっぱいです」
「ら、ラーラさんが何をおっしゃっているのかはわかりませんが」
たまきが、小さく咳払いをした。
「……ともかく助かりました。竜胆さんが、いち早くファイヴに連絡をして下さったおかげです。大勢の人々を、救う事が出来ました」
「なんて言うか、1人で突っ走る連中ばっかりでね」
彩吹が苦笑する。
「助けを求めるのが格好悪いとか思っちゃうんだろうね。気持ちはわからなくもないけれど」
「俺もな、自分たちの不始末を、出来れば俺1人の力で片付けたい。だが出来ないから仕方がない」
気絶している大滝に肩を貸しながら、竜胆は言った。
「ともかく。お前たちに助けてもらったのは、俺の方だ」
「竜胆さんは……」
たまきが言った。躊躇いながら、だ。
「何故……八雷神の動きが、おわかりになるのですか」
「わかってしまうから、としか言いようがないのだが」
呻き、身じろぎをする大滝を翔に押し付けながら、竜胆が応える。
そして、ちらりと視線を動かす。
じっと見つめる日那乃と、目が合った。
竜胆に対して、最初にその疑念を抱いたのは、恐らく彼女であろうと奏空は思う。
「……お前たちの疑念は、至極当然のものだな」
竜胆は言った。
「私自身にも、わからぬ。お前たちの疑っている通り、なのかも知れん」
「疑ってなど……いえ、疑っているのでしょうね。私は、竜胆さんを」
たまきが、はっきりと告げた。
「これは綺麗事では済みません。明確にしておかなければ、ならない事です」
「どうする? 今が、好機ではある」
竜胆が、全員を見回した。
「お前たちがその気なら、私は……抵抗をしない」
「幸か、不幸か……わたしたち今、そんな事する余力、ない」
日那乃が、続いてラーラが言った。
「こうして力尽きるまで、私たちは共に戦ったんです。竜胆さん……私は貴方を、仲間だと勝手に思っていますよ」
「オレはな、竜胆さんとも、この源一とも、一緒に戦えて楽しかったんだぜ。アンタら2人がどう思うかは知らねーけどな」
翔が笑う。
「……何かあったら、オレたちが止める。今、言えるのはそれだけだ」
●
奏空が風呂敷に包んで来た土産を、ひょうすべが涙を流しながらガツガツと食らう。
「うおおお美味え、茄子うめええ」
「ふふふ。たんとお食べ」
「おいおい、ひょうすべを甘やかしてはいかんぞ。あまり」
河童の親分が、奏空に声を投げる。
「そやつは、すぐ調子に乗って毒を振りまく」
『それは僕が止めるよ、河童の親分』
水太郎が言った。
『本当に……覚者たちには、面倒をかけた。まあ源一の奴も、そこそこは頑張ったようだな』
「ふん、お前程度にはな」
「まあ皆、頑張ったって事だ」
翔が、持って来た荷物を地面に広げた。
「オレもお土産。きゅうりとトマトなんだけど」
「あ、それはいかん……」
河童の親分が危惧した時には、すでに遅い。
河童の大群が殺到し、きゅうりを食らう。きゅうりにありつけなかった者は、トマトを食らう。その中で、翔が揉みくちゃにされている。
見つめながら日那乃は、心の中で呟いた。
(古妖さんたち、って……どういう存在? 大抵、わたしたちと仲良くしてくれて……色々なこと、出来て……)
『おぬしらに、厄介事を押し付けてしまったなあ。すまん』
地底湖の水面に巨体の一部を露わにしている大鯰が、語りかけてくる。
大いなる、地球の先住者。
古妖とは何であるのか。人間が理解出来る事ではないのかも知れない。
思いつつ、日那乃は言った。
「御大将……術式治療、いる? 痛い、けど。染みるけど」
『わしは大丈夫。河童たちが、わしのために薬を使い果たしてしまった。なので河童たちを治してやって欲しい』
「すこぶる、お元気そうに見えますが……」
言いつつラーラが、目を回している翔を、河童たちの中から引きずり出す。
「本当、みんな元気そうで良かったよ」
彩吹が、河童の親分の分厚い背中を軽く叩く。
「尻子山関もね。あの化け物と相撲を取るのは大変だったでしょう」
「……最近そこの河童どもがな、私をそう呼ぶようになってしまったぞ」
その河童たちに、癒しの霧を振りまきながら、たまきが囁きかけてくる。
「日那ちゃんは、竜胆さんを……」
「疑ってる。この中で、きっと一番」
日那乃は即答した。
「だけど四六時中、監視とか……無理」
「そう……ですよね。そこまで手の空いている人が、ファイヴにいるわけでもありませんし」
「放っておけば竜胆さん、八雷神……探し当ててくれる」
泳がせる。利用する。嫌な言い方をすれば、そうなるのか。
「最後の、1体……竜胆さんに何か、あるなら……その時?」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
