海の底で炎が燃える
【地底の雷】海の底で炎が燃える



 日本全国、全ての博物館を巡っても、これほど客を呼べる展示物は見つからないのではないか、と西村貢は思う。
 全長40メートル、巨大首長竜の全身化石である。
 今日も大勢の来館客が、博物館の主とも言うべき彼女に、デジタルカメラやスマートフォンを向けている。
 万が一、マガヅチ様が消滅していなかったとしたら、真っ先に危険に晒されるのはその客たちだ。
 そのような事が起こりそうな気配を、しかし貢は全く感じなかった。博物館内は、平和なものである。
 竜宮の古妖の全身骨格を、貢は見上げた。
 巨大で虚ろな眼窩と、目が合った。
 何もない、と貢は感じた。マガヅチ様も、そして彼女自身も。
「確信して良かろう。マガヅチ様は、消滅した」
 貢の同行者が言った。
 老人である。こうして並んでいると、祖父と孫にしか見えない。
 実際そうなのだが、血の繋がりはない。
「彼女がな、黄泉の悪しき魂を浄化してくれたのだ。封印と浄化に関して、彼女の右に出る者が竜宮にはいない」
「……わかった。それは喜んでいい事なんだろうけどさ、お祖父ちゃん」
 貢は問いかけた。
「御本人は一体どこ行っちゃったんだよ。まさか……マガヅチ様と道連れ、なんて事ないよね?」
「道連れか。それが最も近いかも知れんな」
 祖父・西村祐は答えた。
「彼女はな、己の魂を大いに消耗して八雷神の1つを浄化し、消滅へと導いたのだ。有り体に言えば……そこで力尽きた、という事になる」
「勘弁してくれよ。そんな事、あの人たちに言えるわけない……」
 すがるような思いで貢は、古妖の巨大な眼窩を見上げ見つめた。
 本当に虚ろなのか。本当に、何もないのか。
「お祖父ちゃん……これ、希望的観測って奴かも知れないけどさ。この海竜さん、まだ完全には……消えてない、んじゃないかな。何か、そんな感じがする」
「確かにな。よくぞ感じ取った」
 祐が、重々しく腕組みをした。
「彼女は今、力尽きて消える寸前だ。自意識が、ほとんど残っていない。あと1日か2日で、単なる古代生物の化石に変わる……それが本来あるべき姿と、言えない事もない」
 確かに彼女は、何千万年も前に白骨死体と化している。
 そこヘ魂を、意識を、甦らせる。それは死者の安息を蹂躙する行為とも言えるのではないか、とも貢は思う。
 祐は、さらに言った。
「消えかけた魂の炎を、再び燃え上がらせるには……今こうして失われつつある竜宮の重鎮の魂に、外から無理矢理に干渉しなければならない。そのような事が出来るのは、竜宮の長のみ」
「まさか……」
「そう、乙姫だ。だが今の乙姫では……」


「というわけで」
 篠崎蛍は、老人を護衛していた。
「乙姫様に会いたいから何とかしてよ、お爺ちゃん」
「と、言われましても……」
 五麟学園で、用務員を務めている老人だ。外用を済ませ、学園への近道である公園を歩いているところだ。
 蛍は無理矢理、護衛についた。護衛ついでの説得である。
「お願い。あの海竜にはね、あたし言いたい事いっぱいあるの」
 孫娘が祖父に何かをねだっている、ようにも見えるか。
「このまま黙って消えるなんて絶対、許さないんだから」
「……篠崎さんにとって、大切な存在なのですね彼女は」
「こっ恥ずかしい事言わないでよ、暴れたくなるから」
 本当に、蛍は暴れたい気分だった。
 あの海竜が生前・全盛期の姿で眼前にいたら、迷いなく殴りかかっているだろう。
「一方的にお節介焼いといて、一方的にいなくなるなんて……許せるわけ、ないじゃんよ」
「……その通り。一方的にいなくなるなんて、許せないわ」
 声を、かけられた。
 傍らのベンチから、1人の女性がユラリと立ち上がっていた。
 人間ではない、と蛍は思った。人間の女が、これほど美しくなるわけがない。
「貴女は……」
 老人が、立ち竦んだ。
「……竜宮へお帰りになったのでは、ないのですか」
「貴方の声を聞いてしまって、帰れるわけがないでしょう……?」
 美しい姿が、メキメキと歪み始める。
 吸盤のある触手がうねり、貝殻が隆起した。何匹もの海蛇が伸びて牙を剥き、巨大な蟹の鋏がギラリと光った。
「私の、この醜悪な身体を貴方は……隅々まで、愛でてくれたわ」
「貴女も、私を愛して下さいました。人が、犬や猫を愛でるように」
 老人が言った。
「貴女に甘やかされ、夢見心地のまま数百年の時を過ごす……私は、そのような自分が堪らなく嫌だったのですよ」
「だから貴女は竜宮を去り、もう戻って来ては下さらない……」
 蛍は無言のまま、老人を背後に庇って身構えた。
 海の古妖である。本領は水中戦、とは言え陸上での戦いにかなり慣れてきているのは見ればわかる。油断のならぬ戦いとなるだろう。
「わかっているわ。今、私の長年の友が消えてしまいそうになっている。なのに私は、貴方を……貴方に何をするかわからない自分が、抑えられない……」
 人間ではない女は、微笑みながら涙を流していた。
「助けて、覚者たち……私を、止めて……殺してよう……」
 


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:難
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・乙姫の撃破
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 シリーズシナリオ『地底の雷』最終回となります。

 古妖・海竜の魂が消滅しようとしております。
 永遠の眠りにつきかけている魂を呼び覚ますには、竜宮の長たる古妖・乙姫の力が必要ですが、その乙姫は現在、正常ではありません。

 海竜の魂を甦らせるには、乙姫を叩きのめして正常に戻す必要があります。

 場所はとある公園。時間帯は夕刻。
 現場には、乙姫の執着対象である1人の老人がいます。このままでは彼の身がどうなるのかわかりません。
 両者の間には元金剛隔者の少女・篠崎蛍がいて、老人を護衛しております。覚者の皆様には、彼女に合流する形で乱入していただく事になるでしょう。

 乙姫は現在、自分自身を止められなくなっており、自分と老人の間に立ちはだかる者全てが殺戮対象という状態にあります。言葉での説得では止まりません。話を聞かせるには、普通に戦って体力を0にする必要があります(死にはしません)。

 乙姫の攻撃手段は、大量に生えた頭足類の触手(物遠列または全、BS重圧)、海蛇の牙(物遠単または列、BS猛毒)、ドリル状の貝殻による突進(物近単、貫通2)、蟹の鋏(物近単)。それに『水龍牙』と似た性質の放水攻撃(特遠列)を仕掛けてきます。

 篠崎蛍(女、17歳、天行怪)は、乙姫との戦闘に普通に参加させる事が出来ます。
 彼女は前衛で、武器は斬撃手甲と斬撃レガース。使用スキルは破眼光、斬・二の構え、鋭刃想脚。皆様の指示には従います。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2019年04月07日

■メイン参加者 6人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


 寿退職をしたはずの三國悠花が、覚者としてファイヴに復職していた。
 確かに、あのような男とは離婚して正解であろうと『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は思う。
「彩吹ちゃんも難儀なお仕事ばっかり引き当てるのねえ。男に逃げられてトチ狂った女を、また説得しなきゃいけないの?」
「まあ恋愛関係のトラブルには触らないのが私のポリシーなんだけど……今回はちょっと、ね。友達の命が、懸かってるから」
 厳密には、命とは呼べないかも知れない。
「ともかく、翔たちがもうすぐ来るから待ってるところ。まさかね、悠花さんに会うとは思ってなかったけど」
「私も今から出撃。もうちょっとしたら村井さんたちが来るから」
 五麟学園、正門前である。
「それで……私の時と、同じにやるの? とりあえずは寄ってたかって説得してみて」
「もちろん、そのつもりです。最終的には戦う事になる、にしてもです」
 彩吹の隣で『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が頷き答える。
「どんなに深い怒りや悲しみが心にある、にしても最初から暴力に訴えては駄目です。冷静に話し合い語り合う、その姿勢を……私たちの方からは、絶対に捨てません」
「あなたたちなら、そうよね」
 悠花が微笑む。
「本当は……わかっているんじゃない? 話し合いって案外、無力なものよ」
「確かにね。いろんな厄介事が今までもあったけど……話し合いや説得で解決出来た事なんて、あったかな」
 言いつつ、彩吹は思う。それで解決出来るのであれば自分のような者は要らない、と。
「それでも、です」
 ラーラの、口調の強さは変わらない。
「言葉がどれほど無力であるにしても、まずは言葉です。悠花さんの時もそうでした。話し合う姿勢を持たずに最初から戦いで臨んでいたら」
「今ここにいる3人の、誰か」
 彩吹は、空を見上げた。
「……下手したら全員、今頃この世にはいなかった……かも知れない、か」


 おとぎ話の内容を、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)は思い返してみた。
 竜宮を去り行く浦島太郎に、乙姫は餞別の品を手渡した。
 浦島太郎は、別離と退去の意思を明確に伝え、乙姫はそれを受け入れた、という事だ。
 乙姫様とは、きちんと話し合って欲しい。翔はこの老人に、そう言うつもりでいた。
 だが。話し合いなど、すでに済んでいるのではないか。
「やはり、貴方がたが来て下さるのですね」
 公園の出入り口付近まで、老人を護衛し避難誘導したところである。
 乙姫は、追って来ない。仲間たちが、止めてくれている。
 戦いの轟音が、仲間たちの叫びが、乙姫の怒声と慟哭が、ここまで聞こえてくる。
 老人が、頭を下げた。
「ありがとうございます……翔さんたちには、初めてお会いした時から御面倒をかけ通しですね」
「いや……それは別に、いいんだけどよ……」
 何を言うべきか、わからずにいる翔に対し、老人は微笑んだ。
「もしも翔さんが、誰か女性を好きになったとしたら……貴方はきっと思うでしょう。この人を守りたい、と。この人の痛みと苦しみを、全て取り除いてあげたいと。思いませんか?」
「……思う」
「乙姫様は私に、それをさせては下さいませんでした。圧倒的に一方的に私を守り、地上の憂き世における私の痛みと苦しみを……ことごとく、忘れさせて下さいました。私が守って差し上げる事など、あの方は必要となさらなかったのですよ」
 翔は想像を試みた。もしも自分が、誰かを好きになったら。
 その人が、翔のために様々な事をしてくれたら。翔が自分で何かをする必要もなくなるほどに。
「そうなると……男という脆弱な生き物は、容易く壊れてしまいます。壊れるのが心地良いと思えてしまうほどの安寧を、乙姫様は下さいました。だから私は、もはや逃げるしかなかったのですよ」
「それをさ、乙姫様に……はっきり言ったんだよな、きっと」
 翔は、老人に背を向けた。
 戦いに、戻らなければならない。
「わかるぜ。じーちゃんは乙姫様から、黙って逃げたワケじゃねえ。オレが思うレベルの話し合いなんて、玉手箱もらう前に済んじまってるんだろうけどよ……それでもオレ、思うぜ。乙姫様と、もっと話し合って欲しい。無駄な話し合いでもよ、憎み合うよりずっとマシだろ」


 吸盤のある無数の触手が、あらゆる方向から襲いかかって来る。
 全てを『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は回避した。かわしながら、苦痛の呻きを漏らす。
「く……っ……!」
 触手の群れに紛れていた海蛇が、左の太股に食らい付いている。深々と突き刺さった牙から、猛毒が注ぎ込まれる。
 桜の花びらが舞い散った。『清廉珀香』の芳しさをまとう、桃色の花弁。
 ラーラと、それに『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が最初に施してくれた、防御治療の術式である。
 流し込まれた猛毒が急速に消え失せてゆくのを感じながら、奏空は剣を振るって海蛇を切り落とした。
 その斬撃が、そのまま『飛燕』になった。
 彩吹が共に踏み込んで、鋭利な美脚を一閃させる。鋭刃想脚。
 ラーラが、火焔連弾による援護砲撃を実行する。
 全てが、乙姫を直撃した。
 青緑色の血飛沫を、紅蓮の爆炎を、凄惨に咲かせながら、乙姫はしかし間合いをゆったりと詰めて来る。
「……私を……見て……」
 頭足類の触手が、禍々しくうねる。1匹や2匹、切り落とした程度では減ったように見えない海蛇たちが、獰猛に牙を剥く。
「おぞましい私を、見て……指差して、嘲笑いなさい覚者たち……」
 そんなものたちを全身から生やした乙姫が、笑い、涙を流しながら、蟹の大鋏を振り立てる。螺旋状の巨大な貝殻を、ドリルの如く回転させる。
「さあ……さぁさあさあっ、笑いなさいよォオオオッ!」
 猛回転する巻き貝を先端として、乙姫が突っ込んで来る。
 奏空は、薬壺印を結んだ。
 八葉蓮華の形をした防壁が生じ、そこに貝殻が激突する。
 激突の衝撃が、逆流して乙姫を襲う。
 いくらか苦しげに揺らぎながらも、しかし乙姫は止まらなかった。よろめきながらの体当たりが、奏空を、中衛の『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)もろとも轢き飛ばす。
 2人とも錐揉み回転をしながら吹っ飛び、空中に血飛沫をぶちまけ、落下した。
 公園の地面に激突しながら奏空は、共に吹っ飛ばされた少女に声をかけた。
「た……たまき、ちゃん……ごめん……」
「私を守れなくて……なんて言ったら後でビンタですよ、奏空さん」
 よろよろと、たまきが立ち上がる。
「身体を張っての自己犠牲は、もう沢山です。海骨ちゃんさんの、なさりようも……私としては容認が出来ません。乙姫様に叱っていただかないと」
「たまきちゃん……それは、違う」
 たまきの細腕に助け起こされながら、奏空は言った。
「海竜に自己犠牲を強いたのは、俺たちの不甲斐なさだ。俺たちの力で、マガヅチを斃す事が出来なかったから……」
「黄泉の八雷神を2体も討ち滅ぼした貴方たちがね、そんな事を言うものではないわ」
 乙姫が、触手を揺らめかせる。
「命懸けで戦っている貴方たちに比べて、私は……私的な妄執に囚われて、醜悪な様を晒している……」
「醜悪だなんて思わないけどさ、乙ちゃん」
 紡が、姫を省略した。
「何て言うか、美味しそうな姿になっちゃったねえ。あんまりオイタが過ぎるとゲソ焙るよ? 蟹鍋壺焼きイラブー汁で海鮮フルコースだよー」
 そんな言葉に合わせて紡が翼を広げ、水行の癒しの力を拡散させる。
 潤しの雨が、負傷した覚者たちに降り注いだ。
「嬉しいね、恵みの雨だ……さあ蛍。傷も治ったところでもうひと頑張り。いってみようか」
「うっぐ……け、結局お前らが来ちゃうんだもの。やんなっちゃう」
 彩吹に引きずり起こされながら、篠崎蛍がぼやく。
「それにしても……まったく、竜宮の連中っていうのは本当にもう」
「……乙姫さん。あなたが、あのお爺さんの事をどれほど想っていらっしゃるのか」
 ラーラが言った。
「それは、あなたのその御様子を見ていれば痛いほどわかります。とにかく落ち着きましょう。あなたは1度、冷静になるべきだと思います」
「冷静に、あの方の言い分を……私、聞いてあげたのよ?」
 吸盤のある触手の群れが、ゆらりと躍った。
「冷静に話し合った結果として、私はあの方に玉手箱を差し上げたの……ところで、あの方はどこ? 私のこの醜い姿をもっと見て欲しいのに……そう、私のいない安全な場所へ逃がしてしまったのね。成瀬翔、戻って来たら〆てあげるわ」
「相棒を〆ないで」
 紡が言った。
「ちょっとね、今の乙ちゃんを翁と会わせるわけにはいかないんだよ。ビスコちゃんも言ったけど、少し落ち着こう? 翁にも、ちゃんと反省させるから」
「あのね紡さん、あの方は何も悪くないのよ。そう、これだけは……はっきりさせて、おきましょうか」
 涙を拭いながら、乙姫が微笑む。
「あの方はね、黙って竜宮からいなくなったわけではないのよ。別離の意思を明らかにして、私もそれを受け入れて……だけど必ず、あの方は私のもとへ帰って来て下さると。そう、浅はかにも目論んでいたのは私……あの方は、何も悪くないのよ……」
 無数の触手が、海蛇が、凶暴にうねり狂う。
「あの玉手箱には、私の力を詰め込んでおいたのよ。人間の肉体を、竜宮の民に近しいものへと作り変える力……もちろん、私が認めた人間に限るけれども」
「なるほど。絶望の中で、その力を身に浴びれば」
 ラーラが、可愛らしい顎に片手を当てる。
「竜宮の民として生きる道を選ぶしかない、と」
「あの方は……選んでは、下さらなかった……!」
 触手と海蛇の群れが荒れ狂い、覚者たちを襲う。
「わかったでしょう、あの方は何も悪くないの! 私が浅はかな未練に囚われているだけ、話し合いはもう済んでいるのよ! だからねぇ、話し合いが足りないなどと、あの方を責める事は許さない! 絶対に許さない! 責めるなら私を責めなさい、責めて責めて私を殺しなさぁあああああいッ!」
 その襲撃が止まった。触手が、海蛇が、痙攣する。
 乙姫の、異形化した身体が、苦しげに折れ曲がっていた。
 公園の地面の一部が、槍の形に隆起して、乙姫の腹部を直撃したところである。
「……済んでなど、いませんよ。乙姫様」
 たまきの『隆神槍』だった。
「私に言わせれば全然、お話し合いが足りていません。このような状況になっているという事は、お互いの尊重も納得も足りていないという事です!」
「乙ちゃん気を付けて。自己責任論ってね、逃げ込む場所になっちゃうんだよ」
 紡が言う。
「何もかも自分のせい、自分が悪い……そう思い込んじゃうとね、そこから先は考えなくても良くなっちゃう。ダメなんだよ、それじゃ」
「何を……この先、何を考えろと言うのよ! 一体何を!」
 乙姫の絶叫と共に、津波のような流水が生じて渦を巻き、紡とラーラを襲った。術式『水龍牙』に似た、水の刃。
「紡……!」
「ラーラさん!」
 動きかけた彩吹と奏空を、紡は言葉で止めた。
「平気……いぶちゃんもソラっちも、ボクら後衛の盾になろうなんて」
「そうです、考えては駄目ですよ……っ!」
 水流の斬撃に薙ぎ払われ、水飛沫と血飛沫を飛散させながら、ラーラも紡も苦しげに微笑んだ。
「私たちも、乙姫様の……荒ぶるものを、受け止めなければ……」
「この、荒ぶる心情……わかんなくはないよ、乙ちゃん」
 紡が、歯を食いしばる。
「自分を制御出来ない自分が嫌で、でも諦める事も出来なくて……そんな気持ち、ボクも知ってる」
「そういうものはね、ぶつけるしかないと思うよ」
 彩吹が、猛禽の如く羽ばたいた。
「私たちなら大丈夫、いくらぶつけたって壊れはしない。そうだよね? 蛍」
「ああもう、如月彩吹! お前のそういうとこだけは金剛様にそっくりだよ、忌々しい」
 荒鷲の猛襲にも等しい彩吹の鋭刃想脚に、蛍が同じ鋭刃想脚で続いて行く。
 奏空も踏み込み、飛燕の斬撃を放っていった。
 ラーラが後方で、たおやかな繊手を舞わせる。
「乙姫さん……あなたは悪い子、ではありませんが」
 空中に魔法陣が描かれ、そこから小さな太陽のような火焔連弾が射出される。
「今は、悪い子として扱います。良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 全ての攻撃が、乙姫に集中していた。
 そして直撃。異形化した乙姫の全身から、鮮血が、爆炎が、激しく噴出する。
 触手の群れが、それらを蹴散らして躍動し、無数の鞭となって覚者たちを襲う。
 彩吹も蛍も、奏空も、たまきも、紡とラーラも、血飛沫を散らせて吹っ飛んだ。
「まだ! まだよ。こんなもので、私の妄執は止まらない!」
 触手と海蛇を、貝殻を、蟹の鋏を、乙姫は荒れ狂わせている。
「こんな事なら地上に出て来なければ良かった! あの方の声を再び、聞いてしまったせいで……再び、出会ってしまったせいで……私はね、竜宮の長としての資格を失ったのよ! 今の私は単なる怪物、妖と同じもの。あなたたちにとってはねえ、全力で排除しなければいけないものでしょうがああああああああッ!」
 怒声と慟哭を響き渡らせながら、乙姫は揺らぎ、へし曲がった。
 異形化した肉体に、光の矢が突き刺さっていた。
「正直な気持ち……ちゃんと言うのは難しい事だ。そのくらい、オレにもわかるぜ」
 翔のB.O.T.改であった。
「それでもな、ちゃんと言うべきだと思う。前やった話し合いの繰り返しでも、だぜ。何回、同じ事言うんでも構わねえ……憎み合って殺し合う、よりはずっとマシだ」
「翔……浦島さんは……?」
「心配いらねーぜ奏空、ちゃんと避難してもらった。待たせちまったな」
 カクセイパッドを掲げながら、翔はいった。
「なあ乙姫様。じーちゃんが竜宮に居辛くなった理由、玉手箱渡す前にまあ聞いてはみたんだろうけどよ……そこからどうすればいいのかって考えた事はあるか? じーちゃんを、ただ守って縛り付けるだけじゃなくてさ」
「守ってあげる……それの、何が悪いと言うの……」
 様々な海の凶器をうねらせ躍動させながら、乙姫は叫んだ。
「あなたたち人間は何故、自立しようとするの!? いいじゃないの守られていれば! 古妖と一括りに呼ばれてしまう私たちが、海も地上も人間たちも守ってあげる! 隔者も大妖も全て滅ぼしてあげるわよ! あなたたちは何もしなくていいのに何故、何かをしようとするの? 戦おうとするの!? 過酷な道を選び続けるの!?」


 ラーラの持つ大判の魔導書から、炎が噴出した。力尽き座り込んだ紡に向かってだ。
 ラーラの魔力が、炎の如く燃え盛り渦巻きながら、紡の身体を包み込んだのだ。
 それが自身の気力に変換されてゆくのを、紡は感じた。
「最後の……魔力解放です、紡さん……」
 魔導書の重みに耐えかねたラーラが、そのまま弱々しく尻餅をつく。
「……ありがとね、ビスコちゃん……ボクも、これが最後だよっ」
 よろよろと立ち上がりながら紡は翼を広げ、少量だけ回復した気力を全て、癒しの力に変えて放散した。
 潤しの雨が、覚者たちに降り注ぐ。
 力尽きていた彩吹と蛍が、奏空が、たまきが、翔が、少量の体力回復を得て、よろめき立ち上がった。
 そこへ、触手の群れが容赦なく襲いかかる。
 覚者たちを打ち据えた触手が、ちぎれて破裂した。
「守りの型、桜華鏡符……ようやく皆さん全員に、行き渡りましたね……」
 たまきが微笑み、倒れかかって来たので、紡は抱き止めた。
「よっしゃ……たまちゃん抱っこ役はボクに任せて、ソラっちは決めてきなさい。相棒も、いぶちゃんも」
「り、了解」
 奏空が、踏み込んで行く。
 翔が、カクセイパッドに白虎を表示する。
「乙姫様……悪いけどよ、オレたちは戦うぜっ!」
 咆哮そのものの雷鳴が轟き、電光が迸って乙姫を灼き縛った。
 感電の痙攣を見せる乙姫に、彩吹が美脚の一閃を叩き込む。
「竜宮の長の資格……失う必要なんてない。立場のある女王様も、誰か1人を好きでたまらないお姫様も、どっちも取ればいいじゃないか」
 蹴りによる活殺打が、乙姫の異形をへし曲げていた。
「欲張りにいこうよ。喧嘩だって仲直りだって、いくらでも出来る。海竜とも、浦島さんともね」
「私……私は……」
「今は……お願いです乙姫様。海竜さんを、助けて下さい」
 懇願と共に奏空が、最後の激鱗を乙姫に打ち込んでいた。
「助ける、とは言えないかも知れないけれど……消えゆく海竜の魂を、この世にとどめる。それは、自然の理にも御仏の心にも、背く事なのかも知れないけれど」
『そのような事……お気になさる必要、ありませんわよ』
「海骨ちゃん!」
 紡は、悲鳴に近い声を発した。
「生きてた、って言うか起きてたの!? まったくもー!」
「私が……あなたたちとの戦いの痛みをね、そのまま送りつけてみたのよ……」
 倒れた乙姫が、蛍に抱き起こされながら微笑んでいる。
「そうでもしないと、絶対に目を覚まさないわ……この、竜宮きっての寝坊助は」
『この上もなく寝惚けておられた方に、言われたくありませんわね』
「どっちもどっちだよ! うわぁーん!」
 紡は、滝のような涙を流していた。
「海骨ちゃんさんの命に……間に合って良かったですね、紡さん」
 たまきが、紡の頭を撫でてくれた。
 海竜が、語りかけてくる。
『八雷神の1つ、火雷は消滅しましたわ。ご安心を……しては下さらなかったようですわね、紡さん』
「当たり前だよ!」
 紡はしゃくり上げ、声を震わせた。
「まあでも、ありがと……たまちゃんが撫で撫でしてくれたから、許したげるよ海骨ちゃん」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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