雷神狩り
雷神狩り



 金剛の命令には逆らえなかった、などというのは言い訳にもならない。
 自分・竜胆晴信を始め、あの時の金剛隔者21名は嬉々として戦闘訓練に臨んだのだ。
 封印された怪物を解き放ち、これと戦う。実戦形式の訓練、と言うより実戦そのものであった。
 あの21名の中で、難色を示していたのは朴義秀ただ1人である。
 見かけ倒しの臆病者。金剛軍において、あの男はそう蔑まれていたものだ。
 今となって、竜胆は思う。
 自分たちが臆病者の戯言と断じて聞く耳持たなかった、朴の助言忠告のことごとくが、結局は全て正しかったのだと。
 金剛隔者21名のうち、生き残ったのは果たして何人であったか。少なくとも半数は死んだ。
 あの怪物の攻撃を身体で止めてくれた朴が、瀕死の重傷を負って意識を失った。
 その間に竜胆が、怪物にとどめの一撃を叩き込む事が出来た。
 そして、竜胆も気を失った。目覚めた時、怪物の姿はなかった。屍も見つからなかった。
 本当に、とどめを刺せたのか。
 そうでなければ、意識のない自分たちなど殺されていただろう。生きているという事は、あの怪物の命を奪う事に成功していたのだ。竜胆は、そう思う。
 ならば後は、それを確認するまでだ。
 竜胆は、400㏄のオフロードバイクを止めてヘルメットを脱いだ。
 関東某県、とある採石場。
 このような場所までバイクを飛ばして来た理由を、竜胆は他人に上手く説明出来ない。
 ただ、あの戦い以降わかるようになったのだ。
 あの怪物たちが発する、禍々しい気配が。
 採石場では、恐らく何かしら工事作業が行われていたのだろう。作業員たちが悲鳴を上げ、逃げ惑っている。
 特撮番組で使われそうな採石場ではあるが、そこに出現しているのは、着ぐるみやCGの怪獣などではなかった。
 本物の、古妖である。
 姿は巨大なトカゲ、あるいは翼のない竜。
 その巨体に、1台のブルドーザーがぶつかって行く。そして横転しながら大破した。
 運転していた作業員が、地面に投げ出された。
 そこへ、無傷の竜が尻尾を叩きつける。
 竜胆は、その作業員を掴んで跳躍した。豪快に空振りをした尻尾が、暴風を巻き起こす。
 竜胆は着地しつつ、作業員を尋問した。
「おい、これは一体何事だ」
「こっちが訊きてえ! このバケモノ、いきなり出て来やがって!」
 作業員が泣き叫ぶ。
 採石場の岩壁が一部、崩落していた。この巨大な古妖は、そこから現れたのだろう。
 重機や爆発物を用いての工事が、この怪物の封印を破壊してしまったのだ。
「……まあ、お前たちは仕事をしているだけだものな。意図的に封印を解いた我々よりは、救いがある」
 言いつつ竜胆は、放り捨てるように作業員を解放した。
 そして、妖刀を抜き構える。
「こちらを向け、黄泉の禍物。貴様の相手は、この私だ」
 逃げ惑う作業員たちの虐殺に取りかかろうとしていた古妖が、太く長い頸部をうねらせ竜胆の方を向く。
 大口が開き、鋭い牙がバチッ! と電光を帯びる。
 その口が、言葉を発した。
「ひとひに、ちがしら……くらい、ころさん……」
「……違う、な。我らが仕留め損ねたのは、貴様ではない」
 今や竜胆は、確信に至っていた。
 あの怪物は生き延びている、と。
「我らの不始末……奴は無論、生かしてはおかん。そして奴の同類も、見つけてしまった以上は討つ」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・鳴雷の撃破
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 関東某県のとある採石場に、古妖・鳴雷が出現し、現場作業員たちを皆殺しにしようとしています。
 彼らを助け、鳴雷を討滅して下さい。
 元・金剛隔者の竜胆晴信(男、29歳。火行暦)が現在これと戦っていますが、覚者の皆様が到着した時点では敗れ力尽き、死にかけております。もう一撃でも喰らえば死ぬ状態です。

 術式等による回復は可能で、一緒に戦わせる事も出来ます。竜胆の武器は妖刀、使用スキルは『錬覇法』『斬・二の構え』『豪炎撃』で、皆様の指示には従います。

 古妖・鳴雷は全長約20メートルの『翼無しドラゴン』で、巨体を用いての攻撃は全て物・遠・全となります。また、口から電光を吐きます(特遠全、BS痺れ及び火傷)。

 時間帯は昼、現場では作業員たちが逃げ惑っております。鳴雷は竜胆を始末した後、すぐさま彼らへの殺戮に取りかかるでしょう。この古妖は「一日に千人を殺す」以外の思考を一切持っておりません。言葉は発しますが、会話は不可能でしょう。

 竜胆は元・金剛隔者ですが、ファイヴへの敵対心はありません。

それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2019年03月19日

■メイン参加者 6人■



「……すまぬ、本当に」
 深々と頭を下げる朴義秀に、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言った。
「気にするなって。それより、おっさん。八雷神って連中について知ってる事、聞かせてくれねーかな」
「マガヅチ様と呼ばれた個体は、もう……この下には、いないのでしょう?」
 西村邸の庭園。その中央に鎮座する要石に、そっと手を触れながら、『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が問う。口調は、重い。
「あれは、魂だけの存在となって朴さんに憑依していました。八雷神とは全て、そのような存在なのでしょうか?」
「そうとも限らん。中には、肉体を保ったものもいる」
 同じく要石に片手を置きつつ、朴が答える。
「……これは、特に強力な封印だ。これの本体である古妖は、浄化の力の塊とも言うべき存在なのだろうな。封印の対象物を、凄まじい勢いで土に還らせる。この下の地中で、マガヅチ様の肉体はもはや朽ち果て……骨のかけら、くらいは残っているかも知れんか」
 朴は、空を見つめた。
「我々が戦った個体は、これよりもずっと弱い封印に閉じ込められていた。だから叩き壊して解放し、戦い……そして、我らは敗れた。言い訳のしようもなく無様な話、責めてくれて構わん」
「……そんなに弱い封印なら、いずれ自力で破られていたかも知れないよ」
 別に朴を庇うつもりもなく、『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は言った。
「とにかく責めたって意味はない。八雷神の1つが、朴さんたちと戦った後で一体どこに行ってしまったのかって事だ」
「無責任ですまぬが、わからんのだ。我々も捜してはいるのだが……」
「我々……って事は、いるんだな。そいつを捜してる、朴さんの仲間が」
 翔の言葉に朴は、一瞬の沈思の後、応えた。懐から、1枚の写真を取り出しながら。
「……上手い具合に出会えたら、俺の名前を出してみて欲しい。会話には応じてくれると思う。中央の、この男だ。名を竜胆晴信という」


 その竜胆晴信は、地面にめり込んでいた。
「しっかりなさって下さい、竜胆さん!」
 たまきが、意外に力のある細腕で、血まみれの竜胆を掘り返し抱き起こす。
 桂木日那乃(CL2000941)が、その傍らに片膝をつき、翼を広げる。
「1人で、あれと戦おうなんて無茶……」
 その翼から、水行の癒しの力が霧状に溢れ出し、凝集して巨大な水滴となり、死体寸前の竜胆を直撃する。
「……ファイヴ……か……」
 術式治療を得た竜胆が、たまきの腕の中で目を開いた。
「お前たちが来る前に……仕留めて、おきたかったのだがな……」
「さすがに無理だろ、あれと1対1なんて」
 土行の護りを全身にまとった翔が、たまきと日那乃と竜胆をまとめて背後の庇って立つ。
「竜胆さん、だったよな。元・七星剣隔者には馬鹿にされるかも知れねーけど、ヒーロー参上だぜ! ここは一緒に戦うって選択しかねえと思うぞ。そう、アンタもヒーローなんだよ」
「……ヒーロー気取りと蔑んでいた、お前たちに……金剛軍も、七星剣も、叩き潰された」
 たまきの膝の上で、竜胆が苦笑する。
 自分のこめかみの辺りに血管が浮かぶのを、奏空は止められなかった。
「あれだけ過酷な戦いを経て、なおもヒーローを押し通す……か。敗れるわけだな、金剛様も八神勇雄も」
「……何でもいいけど竜胆さん」
 奏空は、咳払いをした。
「動けるようになったんなら立ち上がろうか、そこから」
「そうさせてもらう。すまんな、お嬢さん方。助かったよ」
 奏空と並ぶようにして竜胆は立ち上がり、剣を拾い構えた。
 彼と共に、奏空は見据えた。日那乃と翔が「あれ」と呼んだものを。
 マガヅチ様と呼ばれていた個体は、朴義秀に憑依していた。
 それと同じで、この個体は爬虫類にでも取り憑いているのか、と奏空は思ったが、どうやら違う。
 重機類よりも巨大な竜。それは、この怪物の本来の姿なのだ。
「朴さんが言ってた……本来の肉体を、保った個体」
 奏空の呟きに、竜胆が反応した。
「こやつは鳴雷。お前たちは……そうか、朴の知り合いか。ならば奴から聞いているだろうな。我らのしでかした、無様な不始末を」
「その話は後。今は……翔も言ったけど、一緒に戦おう」
 奏空は、薬壺印を結んだ。
 瑠璃色の光が、この場にいる覚者全員を包み込む。竜胆も含めて、だ。
「一緒に戦えると思うよ。だって竜胆さんは、俺たちが来るまで、あの人たちを守ってくれたんだから」
 広大な採石場である。
 大勢の現場作業員が悲鳴を上げ、逃げ惑っている。
 避難を呼びかけているのは『雷切』鹿ノ島遥(CL2000227)と『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)だ。
「ファイヴから来た! こいつはオレたちが引き受けるから安心してダッシュで逃げろ!」
「皆さんは早く安全なところへ。安全になるまで絶対、戻って来ないで下さいね!」
 ラーラの言葉と共に『妖精結界』が、作業員たちを追い払うように広がってゆく。
 結界の中央にいる巨大な竜……鳴雷を、ラーラは見つめた。真紅の瞳が、微かに震える。
「古妖も、私たちとわかり合える相手ばかりではない……と、わかってはいましたが」
 少女の言葉に応じるが如く、鳴雷が巨大な牙を剥き、声を発する。
「ひとひに、ちがしら……くだき、ころさん……」
「1日で、とにかく大量の人間を殺す……それしか頭にねえってワケだな。わかりやすいのは、いい事だ」
 遥が言った。
 がっしりと鍛え込まれたその全身で、装着武具『八雷神』がバチッ! と電光を発する。
 羽衣の如く電光をまといながら、遥は吼えた。
「わかりやすく、ぶちのめすだけだぜ……『雷切』鹿ノ島遥! 神話に挑ませてもらう!」


 奏空が、飛翔するが如く跳躍して抜刀、そのまま斬撃の旋風と化した。
 空中からの、立て続けの『飛燕』が、鳴雷の巨大な首筋に超高速で叩き込まれる。
 巨木のような頸部の表面に、どれほどの裂傷を刻み付けたのか、遥の位置からでは見えない。
 ともかく奏空が落下し、くるりと着地の体勢を取りながら叫ぶ。
「遥、尻尾! 行ったぞー!」
 その言葉通り、暴風が遥を襲った。
 鳴雷の巨大な尻尾が、横薙ぎに叩き付けられて来る。遥それに日那乃を、もろともに叩き潰す勢いだ。
 吼えながら、遥は防御の体勢を固めた。装着武具『八雷神』が雷鳴を発し、電光で遥の全身を包む。
 そこへ、列車のような尻尾が激突する。
 遥は吹っ飛び、全身で地面を擦った。
 巨大な尻尾が、いくらか苦しげにうねり揺らぐ。微かな痛み、くらいは感じているのだろうか。鳴雷が、電光の塊のような目でギロリと遥を睨む。
 直撃の瞬間の、霞舞。ぶつかって来る尻尾に、遥は肘打ちを叩き込んでいた。とてつもなく重い手応えが、右腕全体をじんわりと痺れさせている。
 日那乃が、遥の傍らでフワリと翼を広げた。
「鹿ノ島さん、今……わたしの事、庇った? 無茶……」
「な……何の事だか、わかんねえな……」
 折れた肋骨が、体内のどこかに刺さっている。血を吐きながら、遥は無理矢理に笑った。
 たまきも、翔もラーラも、竜胆晴信も、今の遥と同じような状態である。翔と竜胆は倒れ伏し、たまきとラーラは膝をついて支え合っている。
 奏空は着地にいくらか失敗し、尻餅をついていた。消耗を隠せていない。
 日那乃の小柄な細身が、宙に浮かんだ。羽ばたきが、水行の癒しの力を放散する。
 幾度目かの『潤しの雨』が、覚者たちに降り注いだ。
 術式治療が、傷だらけの体内に容赦なく染み込んで来る。折れた肋骨が無理やりに接合されてゆく、その激痛に遥は耐えた。皆も耐えているだろう。
「この、痛み……生きてるって感じ、するな! そういう事にしとくぜー!」
 翔が、痩せ我慢をしながら立ち上がり、カクセイパッドを掲げる。
 白虎が表示され、吼えた。咆哮と共に、電光が迸る。
「いけーっ! オレの白虎! ドラゴンなんかに負けるんじゃねーぞ!」
「私も今は、炎を吐く竜のように……!」
 ラーラの愛らしい指先が、空中に魔法陣を描く。
 そこから、隕石のような火球が連続で発射された。火焔連弾。
 翔の雷とラーラの炎が、鳴雷の頸部の傷を直撃する。
「効いていない……はずは、ないのだ……」
 治療の痛みに耐えながら、竜胆が立ち上がり、剣を構える。
 その刃が、炎を帯びて燃え上がる。豪炎撃。
「いずれは勝てる……我らが、倒れさえしなければ……」
「……そうだな」
 遥はいつの間にか、竜胆と並んでいた。
(……弱い者いじめしかやらねえ金剛隔者がよ、今は……オレたちが虫ケラにしか見えねえ、バカでかい敵に挑んでる……オレたちと、一緒にだぜ)
 それだけで、遥の胸は熱くなった。
「……やれるな? 竜胆」
「やるとも」
 共に、鳴雷に向かって踏み込んだ。
「八雷神は全て斃す、我が命に代えても!」
「バカ野郎、死なせねえよ!」
 電光の塊と化しながら、遥は駆けた。
(八雷神……オレの装備の名前だ。今はまだ、名前だけだ。本物になるのは、これからだぜ。お前との戦いが、オレの力になる……)
 あまりにも巨大な敵に、遥は心で語りかけ、口で叫びかけていた。
「鳴雷、お前の強さ……オレに、くれえええええええッ!」


「ひとひに……ちがしら……」
 鳴雷の大口から、言葉と共に電光が溢れ出した。
「くだ……き……ころさん……」
 落雷が、採石場を直撃したかのようであった。
 轟音を伴う稲妻の嵐の中、たまきは耐えた。全身が砕け散ってしまいそうなほどの電撃に。
「くっ……う……こ、これが……黄泉の雷……」
 香気の粒子と、瑠璃色の光の飛沫が、一緒くたになってキラキラと舞い散る。
 ラーラの清廉珀香と、奏空の魔訶瑠璃光。2人の防御術式が、電光の痛手をいくらかは軽減してくれている。
 それでも覚者7人は全員、屍の如く倒れていた。
 死体寸前の有り様で、奏空が呻く。
「た……まき……ちゃん……大丈夫……?」
「平気……では、ないですけれど……」
 奏空を庇うように、たまきは立ち上がった。
「……今は、奏空さんの方が大丈夫ではありませんね……黄泉の雷神! 奏空さんに近付く事は許しませんよ!」
 鳴雷の巨大な前足が、たまきと奏空をまとめて叩き潰そうとしている。
 尽きかけた気力を、たまきは振り絞り、その前足に叩きつけていった。
 無頼漢。気の奔流が、巨大な古妖の前足を跳ね返す。
 鳴雷が、たまきを睨み据えた。
 殺意そのものの眼光を浴びながら、たまきは倒れていた。
 力尽きた身体が、優しい腕力に包み込まれる。
 倒れていた奏空が、無理矢理に立ち上がり、たまきを抱き止めてくれていた。
「たまきちゃん……!」
「そ……奏空さん、私は大丈夫だから……逃げて!」
 鳴雷の大口が、上空から迫って来る。巨大な牙の列が、たまきと奏空をひとまとめに噛み潰さんと迫り来る。
「……ごめん、たまきちゃん」
 奏空が、たまきの身体を地面にそっと横たえて放置し、走り出す。逃げてくれたのか。いや違う。
「こっちだ、黄泉の怪物! 俺が相手になるぞーっ!」
 振り返った奏空が、剣を振りかざして挑発する。
 挑発された鳴雷が、奏空の方を向いた。
 重機類を食いちぎる牙が、稲妻のような眼光が、巨大な殺意そのものが、奏空に向けられた。
「奏空さんの馬鹿……!」
 たまきが声を漏らした、その時。
 鳴雷の横面に、燃え盛る隕石のようなものが激突した。目の辺り、だが眼球を直撃したのかどうかはわからない。
 ともかく、ラーラの火焔連弾であった。
「大丈夫ですか? たまきちゃん」
 ラーラが身を屈め、たまきと目の高さを近付けた。
「ふふ……まったく。あなたたちを見ていると何と言うか、甘い焼き菓子でお腹いっぱいになったような気分にね」
「か……からかわないで下さいラーラさん……」
 たまきの眼前、ラーラの足元に、いつの間にか1匹の仔猫が、ちょこんと佇んでいる。小さな鍵を、口にくわえている。
 ラーラはその鍵を受け取り、手にした大型魔導書を解錠した。
「羨ましくて許せない、と言っているんですよ私は……罰として。たまきちゃんにも奏空くんにも、もうひと頑張りふた頑張りしてもらいましょう」
 ラーラの細腕で保持された魔導書から、燃え上がる炎の如く力が解放され、たまきの身体に流れ込んで来て気力に変換されてゆく。
 ほぼ同時に、雨が降った。
 日那乃が空中で翼を広げ、癒しの力を散布していた。幾度目になるかわからぬ、潤しの雨。
 気力と体力、両方に回復を施されてたまきは立ち上がり、へろへろと降下して来た日那乃を抱き止めた。
「日那ちゃんも……そろそろ、無理をし過ぎのようですね」
「……そんな事……言って、られない……」
 たまきの抱擁の中で、日那乃が消え入りそうな声を発する。まともに発声する気力も、残っていないようだ。
「倒さないと……被害、出る……」
「日那ちゃんが倒れてしまっては駄目ですよ」
「こっちだ! 黄泉のドラゴン!」
 翔が、奏空のような無茶をしていた。声を張り上げ、鳴雷を挑発している。
「オレが相手になってやるぜ! ほらほら叩き潰してみろー」
 言葉通り次の瞬間、翔は叩き潰されていた。そのように見えた。
 古妖の巨大な前足が、翔に向かって振り下ろされたのだ。大量の土が、舞い上がった。
「翔さん……!」
「……大丈夫。あれを見て、たまきちゃん」
 ラーラが空を見上げ、言った。
 勾玉を持った鳥が、飛翔しながら啼いている。あるいは、唄っている。
「自分は大丈夫……翔、そう言ってる」
 その歌声が、気力の回復をもたらしたのだろう。日那乃が、たまきの細腕の中からユラリと立ち上がる。
 地響きが、起こった。
 鳴雷の巨体が、いくらか苦しげに痙攣している。
 痙攣する古妖の、巨大な腹の下から、ラーラが翔の身体を引きずり出していた。
「あ……ありがと、ラーラさん」
「無茶ですよ翔くん! 今更言う事ではないけれどっ」
「馬鹿でかくて四つん這いだからさ……もしかして、下からの攻撃が効くんじゃねーかって思ってさ。腹にB.O.T.ぶち込んでやったんだ」
「……翔さんと奏空さんを、あまり一緒に行動させるべきではないかも知れませんね」
 言いつつ、たまきは地面に平手打ちを叩き込んだ。
 こちらに向かって牙を剥いた鳴雷が、再び苦しげに痙攣した。
 巨体の下で、地面が槍状に隆起したのだ。隆神槍。その一撃が、翔のB.O.T.で穿たれた部分を正確に突き刺したところである。
「相乗効果で、2人とも際限なく無茶をやります。まったく、もう」


 鳴雷が、またしても電光を吐いた。
 雷撃が、日那乃を含む覚者全員を直撃し、そして跳ね返ってゆく。自身の稲妻を7方向から浴びた鳴雷が、硬直した。
 たまきの『桜華鏡符』が、覚者7名を防護したのだ。
 いくらかは軽減された電撃に耐えながら、日那乃は氷の蝶を飛ばした。気力尽きて膝をついている、翔に向かってだ。
「翔……わたしの、気力」
「おう……受け取ったぜ、日那乃! ありがとうよ!」
 立ち上がった翔が、カクセイパッドを掲げた。
「喰らえっ! オレの、最後の! カクセイ・サンダァアアアアアッ!」
 跳ね返したものではない、純然たる攻撃の電光が生じ、荒れ狂い、鳴雷の巨体を灼き縛る。
 感電する古妖の巨体に狙いを定めて、奏空が踏み込み、遥が跳躍し、ラーラが宙に魔方陣を描く。
「黄泉のもの……黄泉へと、帰れっ!」
 奏空の、激鱗が。
「これがオレの『鳴雷』だ! 千の命を刈り取る一撃、その身で味わえ!」
 遥の、左足による鋭刃脚が。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 ラーラの、火焔連弾が。
 黄泉の巨竜を、ついに粉砕していた。
 土塊のような破片が、大量に崩れ落ちてゆく。言葉だけが、最後に残った。
「ひとひ……に……ちがしら……くだき……ころさ……ん……」
 機械のようなものだ、と日那乃は思った。
 黄泉大神の怨念を忠実に実行する、機械。
 それが、黄泉の八雷神なのだ。
 ともあれ奏空が倒れ、たまきの膝枕に抱き止められている。
「奏空さんは……大丈夫、ではありませんね。まったくもう」
 奏空はもはや言葉を発する力もなく、ただ微笑んだ。そのまま死んでしまいそうなほど、幸せに満ちた笑顔。
 ラーラが、言葉を投げた。
「良かったですね奏空くん。たまきちゃんの膝枕、取り戻す事が出来て」
「ラーラさんは! また……もうっ」
 たまきは困惑している。
 翔と遥は、倒れた竜胆の傍らで膝をついている。
 日那乃は歩み寄り、声をかけた。
「翔、お疲れ様。鹿ノ島さんも。無茶して、わたしの事、守ってくれて」
「な、何の話かわかんねえな。それより桂木、竜胆の奴を治してやれるか?」
「……私なら、気遣いは無用だ」
 弱々しく、竜胆が上体を起こす。
「お前たちの、力……連携と、絆……金剛軍に根元から欠けていたもの、見せてもらったぞ」
「八雷神って連中……まともに戦ったら、とんでもねー強さだってのがわかった」
 翔が、そして遥が言った。
「無理強いはしねえ、アンタはアンタの道を行けばいい……力を貸してくれたら嬉しい、とだけは言っておくぜ」
 日那乃は何も言わず、ただ竜胆を見据えた。
 この男には、聞き出さねばならない事がいくつもある。
 今わかっている事は1つ。竜胆晴信は、八雷神の1体を追っている。封印を解いて仕留め損ねた、という責任感からだ。
 その1体は、どこへ行ったのか。
 八雷神には、肉体をとどめたものがいる一方、魂しか残っていないものもいる。
 朴義秀に取り憑いた、マガヅチ様のように。
 翔が、怪訝そうな顔をした。
「どうした? 日那乃」
「ん……何でも、ない」
 まだ、口に出せる事ではなかった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです