血まみれの力と魂
【地底の雷】血まみれの力と魂



 西村家の庭園に、奇妙な要石が置かれている、と言うよりも。
 まずは要石が在って、それを取り囲む形に、この豪邸は建てられたようだ。
「これが……マガヅチ様、ですか」
「眉唾とお思いでしょうな、三枝先生」
 豪邸の主である老人……西村祐が、笑った。
 この老人は、何としても味方に引き入れておきたいところである。党としても、政治家・三枝義弘個人としても。
 党首自ら足を運ぶ事で、接触と面会の機会は得た。訪問すれば、こうして邸内に通してもくれる。
「ですが、そちらの御仁……朴義秀さん、でしたか。貴方ならば、おわかりと思うが」
「確かに……この要石の下には、いるようだな」
 三枝のボディーガードを勤める大男が、分厚い胸板の前で左右の剛腕を組んだ。
「マガヅチ様……禍々しい雷、というわけか。黄泉の、八雷神の1つ」
「ほう、ご存じとは」
「これの同族と戦った事がある。金剛軍の、戦闘訓練の一環として」
 朴義秀が語った。
「そやつは、とある場所に封印されていた。この要石よりも、いくらか弱い封印だった。だから我々でも、容易に解き放つ事が出来たのだ」
「解き放ってしまわれたのか、八雷神の1つを」
「解き放ち、斃した……のかな、果たして」
 朴が、暗く重く微笑んだ。
「それなりの痛手は与えたようだが、仕留めきれたのかどうかは確認する余裕がなかった。俺を含め、金剛軍でもそこそこの隔者20名近くが、ほぼ全滅でな。生き残ったのは数人、俺自身は死にかけて気を失っていた。まあ言い訳のしようもない愚行だったと思う。八雷神の封印を守っておられる貴公にしてみれば、さぞかし許せぬ事だろうな」
「……どうでしょう。頑なに封印を守り続ける事が、果たして正しいのかどうか。実は私は迷っておりましてな」
 西村祐老人が、言った。
「封印の中に閉じ籠っておられたのでは、こちらからも手が出せません。ならば封印の外へと引きずり出し、確実に息の根を止める……貴方がた金剛軍がそれに成功したのか否かはともかく、手段の1つとして選択肢に加えておくべきかと」
 言葉と共に、老人の目がちらりと三枝の方を向く。
「……三枝先生。私を味方に引き入れれば、このような厄介事をも抱え込む事になるのですぞ」
「僕はどうやら、お役に立てそうにありませんね。ですが朴義秀君は、その厄介事の解決に随分と乗り気のようです」
 三枝は語った。
「彼のような元・隔者が大勢います。皆、世の人々のために働く機会を渇望しているのです」
「七星剣が滅びた今、組織を失った隔者たちの受け皿が必要。それが三枝先生の理想でしたな」
「……どうか西村さん、力をお貸し下さい」
 三枝は頭を下げた。西村は、即答はしなかった。
「こちらの朴氏を見る限り……三枝先生が、その理想に命を賭けておられるのはわかりますが」
「……話は、そこまでだ」
 朴が呻いた。
「三枝先生……あんたは、やはり俺を伴うべきではなかった」
「何が……」
「マガヅチ様が、今……俺の中に、入って来た」
 朴の両眼で、禍々しい光が燃えた。
「西村氏、この怪物の肉体は……要石の下で、ほぼ朽ち果てているようだな。魂が……魂だけが……」
 呻く口から、血が滴り落ちる。朴は、口中を噛み切っていた。
「一日に千頭、縊り殺さん……その思念の塊だけが今、封印を抜け出して俺の中に……こやつは待っていたのだ! 新たな肉体となり得る隔者が、やって来るのを……!」
「……数日前、8人の隔者がマガヅチ様に乗っ取られた。操り人形の役目も務まらぬような者たちであったが」
 西村祐の全身で、筋肉が、鱗が、衣服を破って隆起する。鋸のような鰭が広がる。
「朴氏は……マガヅチ様に、選ばれてしまったようだな」
「……光栄な……事だ……」
 朴が、にやりと血まみれの牙を剥いた。
「まあ頑丈さには自信がある。そして、身も心も返り血にまみれている……殺戮しか取り柄のない金剛隔者の肉体、黄泉の怪物にとってはさぞかし居心地が良かろう! ふふ、ずっと居てくれて構わんぞ」
 燃え盛る両眼が、三枝に向けられた。
「すまぬ三枝先生、俺はここまでだ……さあ西村氏、俺を殺せ! 俺もろとも、化け物の魂を滅ぼすのだ。早くしろ! 俺が……この凄まじい殺戮欲の塊を、抑えているうちに……」
「……そうすべき、なのであろう。だが」
 西村が、三又の槍を振るい構える。
 おぞましい姿がいくつか、朴を警護するように出現していた。触手を揺らめかせ、声を発している。
「ひとひに、ちがしら……くびり、ころさん……」
「つぶし、ころさん……」
「黄泉醜女を召喚する力までもが、蘇ってしまったか」
 言いつつ西村が、三枝を背後に庇った。
「先生、お逃げなさい。私は……朴義秀氏の覚悟を、受け止めねばならん」


「させませんわよ」
 要石の本体とも言うべき、とある存在が、博物館に飾られたまま力を振るう。
「悪しき魂は、私が……封印の中に、戻して見せますわ」


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・黄泉醜女の撃破(出現しているもの全て)
2.隔者・朴義秀の殺害。または状況変化までの生存
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 元金剛隔者・朴義秀が、悪しき古妖『マガヅチ様』に憑依されました。

 場所は大富豪・西村家の豪邸。その庭園。

 朴を殺せば、憑依した悪しき魂も消滅します。現在、邸宅の主である西村祐氏が、それを実行しようとして、古妖・黄泉醜女の群れに妨害されているところであります。

 黄泉醜女は、覚者の皆様の到着時点で5体。
 全て前衛で、古妖・人魚としての正体を現した西村老人が、これらと戦っているところ。そこへ皆様に駆け付けていただく事となります。

 現場には非覚者である野党政治家・三枝義弘氏がおります。彼のみならず生きた人間全てが黄泉醜女の殺戮対象となりますので、まずは黄泉醜女の殲滅を最優先に戦っていただく事になるでしょう。

 黄泉醜女の攻撃手段は、伸縮自在の触手による、薙ぎ払い(物遠列)、貫通(物近単、貫通3)、乱れ打ち(物遠全)です。

 彼女らの後方(中衛位置)には朴義秀がいて、マガヅチ様を己の体内に押さえ込んでおります。彼を殺害すればマガヅチ様も消滅し、シリ一ズシナリオ『地底の雷』は今回で終了となります。朴は完全無抵抗なので、普通に攻撃して体力をゼロにしていただければ死亡します。

 それをさせまいとしているのが、マガヅチ様によって召喚された黄泉醜女たち。これらは2ターン目に1体のペースで新しく召喚され、その時点から前衛として戦闘を開始します。

 人魚・西村祐の目的はマガヅチ様=朴義秀の殺害で、それを達成するために黄泉醜女と戦っています。
 覚者の皆様が朴の助命をも目的となされた場合、彼とも戦う事になるかも知れません。
 西村祐の攻撃手段は、まず三又槍による白兵戦(物近単)。その他、『水龍牙』によく似た流水攻撃を仕掛けてきます(特遠列)。また再生能力を有しており、毎ターン『潤しの滴』と同程度の体力が回復します。

 朴を殺さない限り終わらない戦いですが、要石の本体たる古妖が、何タ一ン目かに、もしかしたら何かをしてくれるかも知れません。

 西村祐は現在「悪しきものを、ただひたすら封印しておくよりも解き放って確実に仕留める」考えに傾いております。これについて皆様のお考えをプレに記載していただけると嬉しいです。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2019年03月13日

■メイン参加者 6人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


 1つ朗報がある、と『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は思う。
 黄泉醜女たちが朴義秀に攻撃を加える事はない、という事だ。
「ひとひに、ちがしら……」
「ちぎり……ころさん……」
 言葉と共に触手をうねらせる、5体もの黄泉醜女。
 彼女らの後方では、朴義秀の巨体が苦しげに佇んでいる。
 苦の塊とも言うべきものを彼は今、体内に宿しているのだ。
 その名は、マガヅチ様。
 黄泉大神より生まれ出でたる八雷神、の一柱。
 それが黄泉醜女たちを召喚し、己を防護させている。
 何からの防護か。
 マガヅチ様を、朴もろとも討滅せんとする、1人の異形の戦人からである。
 三又の槍を構えて黄泉醜女5体と対峙する、筋骨たくましい半魚人。
「……やはり、あなた方が来てしまうのだな」
 竜宮の戦人が、にやりと牙を見せる。
 大富豪の老人、西村祐。それが彼の、人間としての姿だ。
 ここは西村家の豪邸、奇妙な要石の置かれた庭園である。
 その要石の下に封じられていたものが、朴義秀の中に入り込んだところであった。
「苦しめる事なく速やかに、朴義秀氏を討ち取る……ために来てくれたわけでは」
「ないんだなぁコレが。残念だったね、西村の翁」
 微笑みながら『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が言う。
「まあね、封印から飛び出しちゃったものをやっつけるのは当たり前だと思う。攻撃は最大の防御、攻めに転じるのは悪い事じゃあない……んだけども。そのために誰か犠牲にしようってのは違うよ翁。その誰かが、例えばお孫さんだったら嫌でしょ?」
 紡がそんな事を言っている間に、黄泉醜女たちは攻撃を開始していた。
 無数の触手が、超高速で一斉に伸びて来る。人体を粉砕する、肉質の鞭。
 襲い来るそれらに向かって、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が踏み込んで行く。
「させない……!」
「いつもボクを守ってくれる親友いぶちゃんに、ほぉら友情のドーピングだよー」
 紡が、術杖の先端から光の球を射出する。
 能力強化の術式『戦巫女之祝詞』。
 背後からその直撃を喰らった彩吹が、黄泉醜女たちの方へと吹っ飛ばされて行く。
「うっぐ……わ、私何だか、紡んちの王子様と扱い同じになってない!?」
 言葉と共に、彩吹の肢体が揺らぎ翻った。触手の一撃を喰らって、よろめいた、ように見える。
 その触手が、彩吹の鋭利な手刀で切断されていた。霞舞だった。
「さすが彩吹さん……よしっ、俺も!」
 前世の何者かと同調を行いながら、奏空は薬壺印を結んだ。
 光の八葉蓮華が、結界となって生じた。
 そこに触手の群れが激突し、ちぎれ飛ぶ。
 衝撃に歯を食いしばりながら、奏空は声を投げた。
「翔……平気か?」
「平気に決まってらぁあああ!」
 叫びながら『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が、何本もの触手の直撃を喰らい、吹っ飛んでいた。吹っ飛ぶ直前、八卦の構えを取ったようではある。
 直撃した触手は、すべて破裂していた。
 全身に土行の護りをまとった翔が、よろりと立ち上がる。
「痛ぇえ……蔵王・戒があってもキツいな、やっぱコイツらの攻撃は」
「どっちかって言うと相棒の方が、うちの殿と同じ枠だねえ」
 紡が呆れている。
「アレと違って後衛向きなんだから相棒は、無茶はダメだよ?」
「……翔、見た目より頑丈」
 言いつつ桂木日那乃(CL2000941)が翼を広げ、この場にいる朴以外の要救助者を背後に庇った。
 西村祐の後方で戦いを見守っている、野党政治家・三枝義弘。
 覚者ではないが、このような現場には慣れた人物である。
「わたし、三枝さん避難させる……から翔、それまで壁の役。頑張って」
「へへっ、日那乃の頼みじゃあな。頑張らねーワケにはいかねえ」
「本当に、無茶はいけませんよ翔さん。日那ちゃんも、三枝先生も」
 言葉と共に『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が、奏空と並んで前衛に立った。
「……それに、朴さんも」
「……当てて……やろうか。お前たちの、考えている事を……」
 ゴリラを思わせる朴義秀の形相が、苦しげに歪む。笑った、ようである。
「俺の代わりの、依り代を……何か用意しようと言うのだろう? そんな事が出来れば……確かに俺も、助かるのだがな……」
「安心したよ朴さん。助かりたいっていう思い、ある事はあるんだね」
 彩吹が言った。
「貴方がどう思うかは考慮しない。私は朴さんの事、友達だと勝手に思ってるよ。友達を犠牲にしての悪霊退治なんて、認めるわけにはいかない」
「……マガヅチ様を、朴さんから別の依り代へと移し降ろす事が出来れば、と私は考えていました。例えば、この大護符に」
 ポスターのような大型の護符を、たまきが広げて見せた。
「……やはり甘い、のでしょうか?」
「あの土偶も……駄目らしいね。俺たちが破壊したせいで、もう封印としての力は失われてるみたい」
 奏空が、続いて翔が言った。
「にしても朴さんが依り代をやる必要はねーだろ。貢のじーちゃんもさ。マガヅチを朴さんの身体から引きずり出して、別の、壊しても良さそうなもんに封印し直すとか、やり方もっと考えてみようぜ!」
「壊しても良さそうなもの。ふふ、例えば私の息子か」
 冗談とも思えぬ、西村祐の口調であった。
「あやつもな。マガヅチ様の依り代が務まるほど剛の者であれば、いくらかは見直してやっても良いのだが」
「剛の者……じゃないと、駄目なわけ?」
 何本か砕いてちぎった、とは言え触手が全く減ったように見えない黄泉醜女たちを見据えながら、彩吹が言う。
「それじゃあ……ふふっ、私なんてどうかな」
「彩吹さん。御冗談でも、そんな事はおっしゃらないで」
「ごめんよ。たまきは怒るよね、そりゃあ……聞いたろう朴さん。貴方のやろうとしている事、まずはこの子が許しちゃくれないよ」
「……などと言いながら、いざとなれば……依り代として身を投げ出そうという気でいる……お前たちの、何人かは……そうだろう……」
 禍々しく燃え盛る朴の眼光が一瞬、日那乃に向けられる。
「お前たち6人、確かに並ぶ者なき剛の者……だが、お前たちには血生臭さが圧倒的に足りん! ひとたびトチ狂えば、本当に……1日に、千人を殺す……それほどの大外道でなければ、いかんのだよ……つまりは金剛隔者……!」
「……朴さん。あんたはやっぱり、金剛隔者だった自分を許せないと思ってる。罰を受けたいと、願っているんだな」
 奏空は言った。
「仕方ないのかもね。俺だって何かやらかしたら、罰を受けたい気持ちになるだろう。だけど……これは駄目だよ、やっぱり。ここで朴さんがいなくなったら三枝先生はどうなる!」
「……1つ、はっきりと言っておこうかな」
 三枝義弘が、ようやく言葉を発した。
「我々が孤児のように預かっている隔者たちは皆、僕の言う事など聞いてはくれないよ。彼らが大人しくしてくれているのは、朴さんがいるからだ。君がいなくなれば、それはそれは大変な事になる」
「……祁答院兄妹がいる……俺など、いなくとも……」
「未成年の女の子に全てを押し付けるのかい」
 口元で微笑みながら、三枝は目で、しっかりと朴を見据えた。
「僕の理想を成し遂げるためには……元金剛軍隔者、朴義秀。まずは君に生き延びてもらわなければならないんだよ」


 日那乃は思う。朴義秀には、見抜かれた。
 そして恐らく、この三枝義弘にも。
「僕には、詳しい事はよくわからないが」
 庭園で繰り広げられる戦いを一望出来る場所まで、三枝は日那乃に導かれて避難したところである。ここなら黄泉醜女の触手も届かない。彼女らが、覚者たちを突破して距離を詰めて来なければの話だが。
「良くないものが朴さんに取り憑いていて、それを……桂木日那乃さん、だったね。君が肩代わりしようと」
「……たまきさんに知られたら、きっと怒られる。だけど、他に方法ないなら」
 彩吹が、黄泉醜女たちに火蜥蜴の群れをばら撒いている。
 炎に包まれた古妖5体に、奏空が疾風の如く斬りかかる。十六夜の斬撃。
 その戦いを見つめながら、日那乃は言った。
「三枝先生にも、朴さんにも……元・七星剣の人たち、面倒見てもらわないと。だから元に戻ってもらわないと。わたしが、そうして欲しいだけ、だから。朴さんの意思、尊重する気ない、から」
「そして万が一、君が今の朴さんのようになってしまったら」
 紡が、翔が、雷の嵐を巻き起こしていた。
 電光の翼が、雷獣の咆哮が、黄泉醜女5体を激しく灼き払う。
 荒れ狂う稲妻を押しのけるように、しかし黄泉の怪物たちは反撃に転じていた。触手の群れが、無数の鞭の如く、彩吹を、奏空を、翔を、たまきを、打ち据える。
 三枝は、言った。
「あの仲間たちが、命をかけて君を助けるだろう。君を元に戻す、そのために死をも厭わないだろう。それこそ、君の自由意思など尊重も考慮もしないだろうね」
 鮮血の飛沫を散らせながら、たまきが倒れず踏みとどまり、踏み込んだ。
 少女のたおやかな細身から、気の力が迸り、黄泉醜女たちを打ちのめし吹っ飛ばす。無頼漢だった。
 たまき、だけではない。翔も彩吹も、紡も奏空も、あんなふうに血を流しながら戦うのだろうか。今の朴のようになってしまった日那乃を、助けるために。
「……ここに、いて。三枝先生」
 言い残して日那乃は羽ばたき、飛翔し、飛燕の速度で戦いの場へと向かった。


 奏空の斬撃が荒れ狂い、黄泉醜女の1体を切り刻んだ。激鱗。
「やっと1匹……」
 呟きながら奏空は見回し、息を呑んでいる。1体を斃した、にもかかわらず黄泉醜女の数が減っていない。
「ひとひに、ちがしら……つぶし、ころさん……」
 無傷の1体が、いつの間にか出現していた。朴の、盾となる形にだ、
 いや違う。この怪物たちは、朴を守ろうとしているわけではない。
 朴に取り憑いている禍物を、護衛しているのだ。
「キリがない……いや、ものは考えようだ。ひたすら黄泉醜女を召喚しないと身を守れないくらい、マガヅチ様は弱ってると」
 襲い来る触手たちを鋭刃想脚で切り払いながら、彩吹は言った。
「なるほどね。これは確かに……仕留める機会と、言えない事もないか」
「唯一の機会を……このままでは、逃す事になるのだぞ……!」
 朴が呻き、牙を剥く。
 人間の歯ではない、黄泉の怪物の牙になりかけている。
「弱りかけた悪霊が……このままでは、俺という肉体を得て復活を遂げる……一刻の猶予もないと、貴様らもわかっているのだろうが!」
「急ぐと焦るは違うのだよ朴ゴリさん」
 翼を広げながら、紡が言った。
 水行の癒しの力が拡散し、降り注ぐ。潤しの雨だった。
「焦って慌てて悪手を選んじゃったら、元も子もないわけで……うん。自分が犠牲になればいいっていうのは、悪手の最たるものだからね?」
「オレたちはな、マガヅチの同類と戦って勝った事がある! まあ、昔の人の土偶に助けられたけどなっ」
 治療を得た翔が、カクセイパッドを掲げた。表示された白虎が、吼えた。
 電光が迸り、黄泉醜女たちを直撃する。荒れ狂う雷霆の輝きの中で、何本もの触手が焦げ砕けてゆく。
「黄泉の八雷神、だったよな……とにかく、そいつらを普通に戦って斃すのは不可能じゃねーって事だぜ! だから早まるなよ、朴のおっさん。オレたちと一緒に」
 焦げ砕けていない触手が鞭のように伸びて、翔を黙らせた。
 血飛沫を咲かせ、吹っ飛んで行く翔を気遣う暇もなく、彩吹もまた肉質の鞭に猛襲されていた。
 その襲撃を、西村祐が受けていた。
 頑強、なおかつ再生能力を有する人魚の肉体が、何本もの触手に打ち据えられて揺らぎよろめく。
「西村さん! ……やれやれ。誰かに盾になってもらうのは、意外と悔しいもんだね。ああ、もちろん助かったよ。ありがとう」
「……その悔しい思いを貴女は、お仲間たちにさせてきたのではないかな。これまで幾度も」
 よろめき、踏みとどまって三又槍を構え直しながら、祐は言った。
 黄泉醜女たちを強引に突破して、朴に攻撃を喰らわせようという構えだった。
「させないよ、西村さん……」
 祐の眼前に立ち塞がろうとして、彩吹は止まった。祐の動きも、止まっていた。
 佇む朴の眼前に、大型の呪符が浮かんでいる。盾の形にだ。
「桜華鏡符……朴さんは、私が守ります」
 たまきの、防御術式だった。
「私は……誰にも、命を落として欲しくありません。私の我儘です」
「その我儘に、海骨ちゃんだって協力してくれるよ」
 紡が言う。
「朴ゴリちゃん、だから頑張って。死んだら三途の川から釣り上げちゃうよ!」
「……あの海竜が絶対、何とかしてくれる……」
 翔が、よろよろと立ち上がってくる。
「だから西村のじーちゃん、朴のおっさんも……戦おうぜ、オレたちと一緒に!」
「偉大な古妖の力に、結局はすがってしまう。俺たちの非力は、言い訳のしようもない」
 奏空が言った。
「だけど人を助けるのに、なりふり構ってはいられない。他力本願でもいい! 朴さんも西村さんも、俺たちと一緒に抗おう。神話時代から続く、悪しき呪いに!」
「他力本願……良いと思う。かの海竜の力にすがるのは、悪い事ではない」
 祐の口調が、不穏な響きを帯びる。
「だが、どうかな……彼女が今から行おうとしている事。それは、あなた方にとっても受け入れ難いものではなかろうか」
「何……」
 彩吹は息を呑んだ。
 奏空も、たまきも紡も翔も、硬直した。全員の視線が、意識が、ほんの一瞬だけ祐に集中する。
 その一瞬を狙い澄ましたかの如く、黄泉醜女たちが一斉に、触手を伸ばし放ってきた。肉質の鞭打が、覚者たちを襲う。
 そして、激しく渦巻く流水に切り刻まれた。
 荒れ狂う水が、龍の姿を成しながら黄泉醜女たちを薙ぎ払う。肉片が、触手の断片が、水飛沫と一緒に飛び散った。
「そう……みんなの力、必要」
 水行の力の煌めきを、羽ばたいてキラキラと放散しながら、日那乃がふわりと降りて来る。
「誰か1人、犠牲になっても……きっと駄目」


「はいっ!」
 たまきが、愛らしい片手で地面を殴打する。
 庭園の一部が「隆神槍」となって、黄泉醜女の最後の1体を粉砕した。
 出現しているものたちの中では最後の1体、という事である。
「お見事……後、なすべき事は1つ」
 負傷し、奏空に助け起こされていた西村祐が、三又槍を朴に向ける。
「新たに黄泉醜女が召喚されてしまう、よりも早く……朴氏を」
「だからぁ、そういうのはダメだって」
 紡が、祐の眼前にやんわりと立ち塞がる。
「まったく、近頃のお年寄りは思い込み激し過ぎだよ。もうちょい若人へ事前にほうれんそうしてくれれば、もっといい手が」
「見つかりはせん……そのようなもの、都合良く……」
 血を吐くように、朴は呻き叫んだ。
「早くしろ……俺を、殺せ! さもなくば、また黄泉醜女どもが溢れ出す! もっと禍々しいものが……俺の中から、溢れ出す……」
 朴の口元で、怪物の牙が剥き出しになった。言葉と共にだ。
「……ひとひ……に……ちがし……ら……」
 その口元に、彩吹が拳を叩き込んでいた。
 朴の巨体がよろめき、要石の上に倒れ込む。
 その要石が、ぼんやりと光った。声も聞こえた。
『……お待たせ、いたしましたわね。ようやく準備が整いましたわ』
「海骨ちゃん!」
 紡が、嬉しそうな声を発した。
「待ってたよ、でも何するの? それがわかればボクたちも、もっと上手くお手伝い出来たかも知れない! 海骨ちゃんもホウレンソウしなきゃ駄目だよー」
『事前にお話をしていたら……ふふっ、あなたたちに却下されていましたわ。きっと』
「え……それって」
『さあ黄泉の雷神よ! 海に抱かれて、お眠りなさい!』
 要石が一際、激しく発光した。
 光の消えた要石の上で、朴が意識を失っている。
「おい、おっさん……」
 翔は声をかけ、朴の巨体を軽く揺さぶった。
 意識がないだけだ。治療術式1つで、目を覚ますだろう。
 その体内に、マガヅチ様はもういない。それはわかった。
 安堵するべき、なのであろうと翔は思う。だが。
「マガヅチは……どこへ、行っちまったんだ……?」
 翔の問いに、誰も答えてはくれない。
 彩吹が、たまきが、青ざめて息を呑んでいる。
 奏空が、皆の思いを言葉にした。
「マガヅチは……要石を通じて、送り込まれた……要石の、本体と言うべきところへ。そうですね? 西村さん」
「海骨ちゃんの……中に……」
 紡が、呆然と膝をついている。
 祐は言った。
「彼女が、己の体内でマガヅチ様を浄化する。封印の力そのものと言える存在が、あの海竜だ。朴氏のように乗っ取られてしまう事もなく、彼女はやり遂げるだろう」
「己の魂を犠牲にして……なんて話じゃないですよね、もちろん……」
 奏空は激怒していた。西村祐に対して、ではないにしてもだ。
「言ったはずだ、いや何度でも言う! 俺たちは犠牲を認めない!」
「……1つ、わかって欲しい事がある」
 口調静かに、竜宮の戦人は語った。
「犠牲は出てしまうかも知れないという事だ。戦いなのだ。それも、人間だけを守るための戦いではない。あなた方が古妖と呼ぶものたち全てにとって、黄泉の八雷神は忌むべき存在。一日に千の首を取る……生きとし生けるもの全てが、その対象となる」
 地面が、激しく揺れた。翔は尻餅をついていた。
 一瞬の地震、であった。
 祐は、なおも語る。
「マガヅチ様、以外の八雷神が今、各地で目覚め動き始めている。それらと戦っているのは、あなた方だけではない。我ら竜宮の眷属だけでもない」
 ぽつりと呟いたのは、日那乃である。
「……鯰の、大将」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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