怪老・西村祐
【地底の雷】怪老・西村祐



 お前は養子だ。私の、実の息子ではない。
 父・西村祐は、私が子供の頃、かなり早い段階でそう告げた。
 何であれ、西村家のこの莫大な資産がいずれ私のものになるのならば、構わなかった。
 仕打ちにも、耐えられた。
 あの西村祐という男は、自分が金持ちであるくせに、息子の私が金持ちとして振る舞う事を許さなかったのだ。
 例えば、私が金で女を釣る。トラブルが起こり、金で解決しなければならなくなる。
 そういう事がある度に、父は私を折檻した。
 血が繋がっておらぬからこそ、私はお前を西村家の人間として間違いなく育てねばならぬ。そんな綺麗事を吐きながら。
 この男が死ぬまでの辛抱だ。そう思い、私は耐えた。
 やがて私は大学へ進み、それをきっかけに家を出た。西村家の資産はいずれ全て私のものになる、にしても父からは離れたかったのだ。
 大学卒業後、私は西村家と関わり深い地元企業に就職した。
 そして結婚し、一人息子の貢が生まれた。
 この息子のせいで今、私の運命は暗転しつつあるのだ。


『使命を放棄する、とおっしゃるの?』
 西村邸の庭園。中央に鎮座する要石が、声を発した。
 正確には、要石を通じて会話をしているところである。
「使命、か……確かに私は使命として、長くこの封印を守り続けてきた」
 1人、要石と向かい合って西村祐は言った。
「だが、もはや限界だという事は貴女も実感しておられると思う」
『確かに……その封印は日毎、弱まりつつありますわね』
 この要石をかつて己の身体の一部としていた女性が、無念そうな声を発する。彼女は現在、とある博物館に展示されている。
『私の力が、衰えているという事……』
「そうではないよ。貴女ご自身がおられるならともかく、ここにあるのは御骨のひとかけらのみ。それだけで八雷神の一つを封じておこうというのが、そもそも無理なのだ」
 慰めたわけでもなく、祐は言った。
「すでに覚者たちが、土雷を討滅してくれた」
『あの方々が、だから火雷をも斃して下さると?』
「ここではマガヅチ様と呼んでいる。まあ何にせよ、いずれ封印は解けてしまう。で、あるならば」
 そこで、祐は言葉を切った。
 男が1人、ずかずかと庭園に踏み入って来たのだ。太り気味の、神経質そうな中年の男。
「独り言が多くなったようだな、父さん。そろそろ隠居でもしたらどうだ」
 そんな言葉と共に、血走った眼球がじろりと向けられてくる。
「西村家の資産運用は、俺に任せておけばいい」
「帰っていたのか、憲吾」
「ここは、俺の家だからな」
 息子・西村憲吾が、無遠慮に邸内を見回す。
「……貢が、ここにいると聞いたが」
「いたのは昨日までだ。あの子は忙しいのだよ、お前と違ってな」
 血の繋がらぬ息子に、祐は冷めた視線を送った。
「会社を辞めたのだろう? と言うより、辞めさせられたのか」
「父さんの差し金だという事はわかってる!」
「私はただ、お前を庇い立てしなかっただけだ。いくら私でも庇いきれんよ。会社の金を、随分とまあ使い込みおって」
「父さんが、俺に早く資産を譲ってくれないからだ!」
 憲吾が叫ぶ。
「もうわかっているぞ。あんたは俺ではなく貢に全て譲るつもりでいるんだろう!」
「あの子は、こんなものを欲しがってはいないが……そうか、その手があるか。お前よりも貢の方が、西村家の財力を有効に使ってくれそうだ」
 祐の身体がメキッ……と痙攣した。
 人間の姿を保つのは、やはり疲れる。
 この息子には、そろそろ本当の姿を見せても良いだろう。
 思いつつ、祐はニヤリと牙を剥いた。
「……美奈子さんが、私に泣きついてきた。お前に暴力を振るわれているとな」
「化け物を生むような女は要らん! 切り捨てる。離婚だ!」
「化け物……貢の事か」
「化け物の分際で、私から西村家の資産を横取りしようなどと……」
 怒りで紅潮した憲吾の顔が、青ざめてゆく。
 無理もない、と祐は思う。化け物が、眼前にいるのだ。
「と……父さん、あんたは……」
「私が、封印守護の使命を乙姫より賜ったのは……千年と少し前、であったかな」
 老いさらばえた身体のあちこちで筋肉が隆起し、鎧のような鱗が生じてゆく。
 衣服が破け散り、鋸にも似た鰭が広がった。
「人に混ざって生きてゆくには金が要る。だから私は千年の間、竜宮のもののふとして封印を守る、その片手間に少しずつ富を貯めてきた。そうだな、お前の言う通り貢に遺すとしよう」
 鰭と鉤爪を備えた右手に、三又の槍が生じた。
 青ざめ尻餅をついた息子に、祐はなおも語りかける。
「私がな、身寄りのない赤ん坊を適当に見繕って養子に迎えたのは、ふと人間の真似事をしてみたくなったからだが……駄目だな。それでは、このような出来損ないしか育たない。だが息子よ、お前は貢をこの世に残してくれた」
 貢と、その仲間たちに、未来を託す事が出来る。たとえ悪しきものの封印が解かれたとしても。
「ありがとう。そして貴様は用済みだ……死ね、人間」


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・人魚の説得あるいは撃破(生死不問)
2.一般人・西村憲吾の生存
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 大富豪・西村家の邸宅で、古妖・人魚の武将である西村祐が、養子である一般人・西村憲吾氏を殺害しようとしております。
 憲吾氏を助けるには、人魚の将を戦って止めていただく必要があります。普通に体力が0になれば、彼は生存状態のまま止まりますが、戦いながらの説得でも何とか思いとどまってくれるかも知れません。

 人魚・西村祐の攻撃手段は、まず三又槍による白兵戦(物近単)。その他、『水龍牙』によく似た流水攻撃を仕掛けてきます(特遠列)。また再生能力を有しており、毎ターン『潤しの滴』と同程度の体力が回復します。

 場所は前回『封印の一族』と同じく西村家の庭園で、中央に要石(古妖・海竜の骨の一部)が鎮座しております。
 人魚の将は憲吾氏を殺す寸前ですが、覚者の皆様が視界に入った時点で、それはひとまず置いて強敵との戦いを優先させるでしょう。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2019年02月18日

■メイン参加者 6人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)


 五麟学園、通用門近くで、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)と『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は立ち止まった。
「貢……」
「あ、おはよう彩吹さん。紡さんも」
 覚者の少年が2人、向こう側から歩いて来たところである。
 水行翼の西村貢と、火行彩の五樹影虎だった。
「これから出動?」
「ま、まあね。翔たちを待ってるんだ」
 貢の問いに、彩吹が歯切れ悪く答えた。
「貢と影虎は……司令室へ行くところかな?」
「おうよ。相馬がまた変な夢見たって言うからな」
 影虎が言った。
「そう言や2人とも、こないだ仕事で貢の実家へ行ったんだっけ? あそこの爺ちゃん強えよなあ」
「影虎も知ってるんだ? あのお爺さん」
「前、遊びに行った時にさ、ちょっと稽古つけてもらったんだ。いや強えの何の……なあ貢。あの爺ちゃん、強えけど覚者じゃあねえよな?」
「……俺も、知らない。でも覚者と違うのは確かだと思う」
 言いつつ貢が、彩吹と紡に微笑みかける。
「2人ともさ、もしかして今回の任務も……俺の実家絡み?」
「……まあ、ね」
 紡は頭を掻いた。
「貢ちゃん、さ。お祖父ちゃんの事なんだけど……」
「祖父さんは俺に色々よくしてくれた。感謝してるよ」
 貢は言った。
「紡さんの言う通り、敬って大事にしなきゃとは思う。けどまあ、何かやらかして彩吹さんにぶん殴られたとしても、それはそれでしょうがないと思うよ」
「……ぶん殴るのは私なわけ?」
「彩吹さんには俺もぶん殴られてるからなあ」
 影虎が笑った。
「ま、日頃の行いって奴じゃねえかな。さ、行こうぜ貢」
「ああ……それじゃ彩吹さん、紡さん、また」
「どんな任務もらうにしても、気をつけなよ2人とも」
 彩吹に続いて、紡は言った。
「特にね、ハニートラップには御用心だよー」
「ま、まだ言われるのかよ! それ」
「蛍が言ってた。貢はね、胸の谷間と鎖骨の組み合わせに弱いんだって。影虎は、太股を擦り寄せられると何も出来なくなるんだって」
 彩吹が、ニヤリと笑う。
「娯楽を提供してくれてありがとう。私たち、ずっといじり続けるからね?」
「ちきしょーっ!」
 影虎が、泣きながら走り出す。それを貢が追う。
「あ、ちょっと影虎さん……もう、勘弁してよ2人とも」
 走り去る2人を見送りながら、彩吹は笑った。紡も笑った。
 ひとしきり笑い合った後、2人で重い溜め息をついた。
「まあ……お祖父ちゃんお孫さんの関係は、問題なさそうだよね」
「それは私も心配してないよ紡。問題なのは……」
 そこで、彩吹は言葉を止めた。
 紡は、空を見上げた。
「人間でも、そうじゃない子でも……愛情の形は違うし、見えないし、理解出来るとも限らないわけで。難しいよねー」
「……子育ては大変、って事になっちゃうのかな」
 彩吹は呟く。
「親の思った通りに育ってくれるわけじゃなし、親子だからって似るとも限らないし」
 親子はともかく、兄妹は似るのではないか、と紡は思わなくもなかった。


 血が繋がっていない、どころか生物としての種も違う。
 それでも、父子なのである。
 息子は、小太りの中年男。西村邸の庭園で尻餅をつき、怯え青ざめ、わけのわからぬ悲鳴を発している。
 父親は、何の変哲もない老人の姿を脱ぎ捨てていた。
 がっしりと筋骨たくましい全身に鎧のような鱗をまとい、各所でノコギリにも似た鰭を広げている。
 凶猛なる半魚人。
 ホオジロザメを思わせる顔面が、駆け付けた覚者6名に向かってニヤリと牙を剝く。
「やはり来たか、あなた方が」
「……気のせい、かな。俺たちが来るのを貴方は待っていたんじゃないかなって、思えてしまうんだ」
 怯え喚く小太りの男……西村憲吾に、ちらりと視線を投げつつ『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は言った。
「まあ何でもいい。この人を殺させはしないよ。本当の親子じゃないとは言ってもね、親が子を殺すのなんて見たくはない」
「ならば見て見ぬふりをしてくれぬか、覚者たちよ」
 三又の槍をブンッ! と振るい構えながら、半魚人は言った。
「貢に、もはや父親は必要ない」
「必要なくてもね、簡単にデリートして終わりってわけにはいかないんだよ人間の世界じゃあ」
 父子の間にふわりと割って入りながら、紡が言う。
「ダメだよ翁。長いこと人間に紛れて暮らしてるんでしょ? 郷に入れば郷に従えってね……この可愛くないお子様の扱いはね、まあボクらに任せといてよ」
 冷たい一瞥が、西村憲吾に投げられる。
 これほど冷ややかな目をした紡を見るのは初めてかも知れない、と奏空は思った。
 紡と並んで、憲吾を後方に庇いながら、桂木日那乃(CL2000941)が声を発した。
「人魚の、西村祐さん……ずっと封印、守ってくれて。どうも、ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げ、翼を広げつつ、日那乃は訊く。
「……封印を守る、家系……一族、って言うより……祐さん、1人だけ?」
「そういう事だ。我ら人魚は、人間に化ける事が出来る……化け方に長じてくれば、若者の姿や老いた姿を使い分ける事も可能となる」
 人魚の武将としての姿を明らかにしたまま、祐が語る。
「やり方次第では、そうして幾度も代替わりしているよう見せかける事が、まあ出来なくもない。ただな、この町の古参の住民は皆、薄々気付いているよ」
「幾度も代替わりをしているはずの、西村家の当主が……実は全員、貴方という一個人であったという事に。ですね」
 奏空の傍らで、『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が言った。
「この町の方々は、ぼんやりと受け入れておられるのですね。人ならざる貴方が、町の有力者である事を」
「実はさ、ちょっと話したんだ。町の人たちと」
 三又槍を構えた半魚人に、恐れもなく歩み寄りながら『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言う。
「みんな言ってるよ。西村さんとこの爺ちゃんは、やっぱりちょっと得体が知れねーけど、いい人だって。いつも、お世話になってるって」
 得体の知れなさなど、西村祐がこの町にもたらした貢献を思えば、どうという事はない。
 町の人々の見解をまとめると、ほぼ、そうなる。
「アンタを恐がって、そう言ってるわけでもなさそうだった。古妖と人間が、上手く仲良くやってるって事だよな。嬉しいぜ、オレは……だからこそ、だよ貢のじーちゃん! アンタに、こんな事して欲しくねえんだ」
「ふむ」
 翔の言葉を、祐は聞いてはいる。
「我ら親子の問題に、敢えて踏み込んで来るのだな覚者たちよ。図々しさを、承知の上で」
「そーいう事だぜ。親子だからこそ、余計な世話を焼かせてもらう! 殺しはダメだ……こんな奴でも息子だろ。息子として、育ててきたんだろ」
 じろり、と憲吾を見据えながら、翔はなおも言う。
「たとえ、こんな奴でもだ!」
「化け物……バケモノ、どもがぁ……」
 憲吾は、正気を失いかけていた。否、これがこの男の正気なのか。
「化け物どもが……つるんで、束になって、寄ってたかって……俺から、全てを奪うのか……何もかも、貢が化け物なせいで……そ、そうか! わかったぞ父さん、怪しいとは思っていた! あんたが美奈子に手を出して化け物を産ませたんだろう!」
 小太りの男の身体が、宙に浮いた。
 彩吹が、憲吾の胸ぐらを掴んでいた。
「貢のお父さん? 初めまして、如月彩吹と申します」
 綺麗な口元が、ニコリと歪む。鋭い双眸が、猛禽の眼光を放つ。
「ファイヴって職場は、アンガーマネジメントが今ひとつでね。怒りっぽくて暴力的な奴ばかり……私なんか特にそう。機嫌の悪い自分を今ちょっと抑えられなくて何するかわからないから、そろそろ黙ってもらえますか。それとも黙らせてあげましょうか?」
「彩吹さん駄目。こんな人でも、殺したら人殺し」
 日那乃が言った。
「この人わたし、安全な場所まで持って行く、から」
「……そうだね、日那乃にお願いしようか。私はじゃあ、こっちの頑丈そうなお爺さんに怒りをぶつける事にするよ」
 彩吹が火行因子を燃やし、紅蓮の眼光を人魚に向ける。
「貢の、お父さんとお祖父ちゃんの殺し合いなんて……させるわけにはいかない」
「ありがとう。貢は、良い仲間たちを持ったようだ」
 人魚の将が、牙を剥いた。
 獲物を見つけた鮫の形相だ、と奏空は感じた。
「だが今少し、試させてもらおう。私を倒して、その愚か者を守り抜く事が出来るかな」
「っと、やる気になっちゃったみたいだねえ翁」
 言いながら紡が、術状の先端から光を射出した。
 術式の塊。それが彩吹を直撃する。
「もしかして、バトルジャンキー系お爺ちゃん? いぶちゃんの類友? じゃあ頑張ってもらおうかな、ドーピングしたげるから」
「うっぐ……わっ私、戦いが好きってわけじゃないんだけど」
 戦巫女之祝詞を得た彩吹が、拳を鳴らす。日那乃に引きずられて行く憲吾を、ちらりと見送りながら。
「……まあ、弱い者いじめよりはマシかな」
「オレもな、アンタがいねーと親父の方をぶん殴っちまいそうだ」
 翔が身構え、拳を握り、土行の護りを全身にまとった。蔵王・戒。
「……なあ祐さん。悪いけど、オレはアンタにも問題あると思うぜ」
「失礼を承知の上で……私の、子供じみた理想や偏見も含めて、お話をさせていただきます」
 たまきが言った。
「祐さん、貴方は憲吾さんに愛情を注いでこられたのでしょうね……ですが愛情も躾も、伝わらなければ意味がないのです。貴方は憲吾さんにとって、安心出来る場所となり得る父親でしたか? 憲吾さんを、いくらかは肯定してあげましたか? 人は、産まれた時から心が強いわけではありません。心は、育ててあげなければいけないんです」
 たまきの瞳が、赤く輝き始める。前世の『誰か』と、同調が行われている。
「偉そうな物言い……祐さん、貴方を怒らせてしまいましたね。お怒りは受けます。さあ、戦いましょう」
「たまきちゃん1人に受けさせはしない。祐さん、ご子息への許せない思いは俺にぶつけてもらうよ」
 奏空も、前世の己と接触を試みた。
 覚者2人が、同時に錬覇法を行使していた。
 一瞬、それは見えた。
 木陰で寄り添う、可憐な姫君と忍びの若者。
 すぐに消えた。ほんの一瞬の、幻視であった。
 たまきが、呆然としている。
「奏空さん……」
「たまきちゃん……今のは……」
「……何やら懐かしいものが見えた、ような気がする」
 言葉と共に、祐が猛然と踏み込んで来た。三又槍が、たまきと奏空を襲う。
「前世のあなた方と、我ら竜宮は関わりがあったのかも知れん。私も、どこぞで会っているのか!?」
「……また何か見せつけられちゃった気がするけど、まあそれはそれで」
 微かに苦笑しつつ彩吹が、奏空とたまきを庇うように前衛へ出た。
 紡が、いくらか荒っぽく翼を広げる。
「ソラっちの野郎、たまちゃんとは前世からラブラブってワケ? あったま来るなあ、もう」
 術式の煌めきが飛散し、覚者たちを包み込む。演舞・清爽の輝きだった。
 その光を浴びながら奏空も、彩吹に続くが如く踏み込んで行く。そして抜刀。
「と、とにかく今は祐さん! あんたを止める。俺の絶界・撃を、まずは受けてもらうよ!」


 彩吹の強靱な美脚が、鋭刃想脚の形に荒れ狂って祐を乱打する。
 それに続いて奏空が、気をまとう斬撃を叩き込んでいった。
「祐さん……俺は貴方が本心から、御子息を殺そうとしているとは思えない。思いたくない」
 言葉と、共にだ。
「殺すと脅して、憲吾さんと縁を切る。貢君のために……違いますか?」
「……すまぬ、覚者の少年よ」
 彩吹と奏空、立て続けの攻撃をまともに受けてよろめきながら、人魚の将は念じたようだ。
「私は本心から、あの愚か者を殺そうとしているのだ。すまんな、本当にすまん」
 水飛沫と血飛沫が、同時に散った。
 流水が生じて渦を巻き、ウォータ一ジェットの如く奏空を襲う。たまきを襲う。
 前衛の彩吹と翔が、その2人を庇い、水の斬撃を食らったところである。
 彩吹が吹っ飛び、翔が倒れた、そして祐も後方へ大きく揺らいだ。水圧の一部が跳ね返り、彼を直撃したのだ。
「ぬ……なるほど、噂に聞く『八卦の構え』か」
「ヘヘ……練習したんだぜ。いろんな奴の攻撃食らって死にかけながら」
 血を流しながら、翔はよろりと頼りなく立ち上がる。奏空が、それを支える。
「おい翔、無茶するなよ」
「奏空と、たまきさんはな、何としても守ってやらなきゃいけねーって気になっただけだ。何となくな」
「何だよそれ!」
「宇宙一、幸せだからに決まってんじゃ~ん? キミら2人が、さっ」
 言葉と共に紡が、術杖の先端から風の塊を飛ばした。
 合わせて翔が、カクセイパッドを掲げる。表示された白虎が、吼えた。
 電光が、迸っていた。
「なあ祐さん! アンタら親子さ、1度くらい話し合ったのかよ! ちゃんと!」
「今からでも、お話をする事で……貴方たちは、本当の親子になれるのではないのですか。祐さん、憲吾さん」
 たまきが、愛らしい片手で地面を叩く。庭園の一部が、槍の如く隆起した。
 紡のエアブリット、翔の雷獣、たまきの隆神槍。
 風と雷と大地の術式が、祐を直撃していた。
 吹っ飛んで倒れる人魚の将に、翔はなおも言う。
「そりゃ話し合ってどうにかなるなら、最初っからこんな事になってねーだろうけどよ。でも貢はどうなる! 自分の親父が祖父ちゃんに殺されたら、あいつの心は! 貢のためにもさ、もう1回バカ息子と話し合ってみようって気にならねえか」
「……どう、なの。お父さんと、話し合い」
 人魚の流水が届かぬであろう所まで西村憲吾を引きずりながら、日那乃は言った。
「ちゃんと会話、した? 1度くらい」
「……化け物相手に、何を話せと言うんだ……」
 憲吾が呻く。
「化け物が、お前ら化け物を呼んで……世の中、化け物だらけだ……」
 化け物と呼ばれるのも久し振り。日那乃が思ったのは、それだけだ。
「覚者の悪口……化け物は、ありきたり。そろそろ違う言葉、考えた方がいい、かも」
 言い残し、日那乃は憲吾をそこに放置した。言うべき事も、するべき事も、他にはない。
 日那乃は羽ばたき、地を蹴って飛翔し、戦いの場へと向かった。
 祐と彩吹が、ほぼ同時に立ち上がり、踏み込み、ぶつかり合っている。三又の槍と美脚の一閃が、激突する。
 黒い羽と、火花と血飛沫が散った。双方、後方へとよろめく。
 祐の方がいくらか早く踏みとどまり、槍を構え直し、三又の穂先を彩吹に向ける。
 そこへ日那乃は、空中から突っ込んで行った。飛翔する少女の周囲で、空気が激しく渦巻き、巨大な旋風を成す。
 それがエアブリットとなり、祐を直撃して吹っ飛ばした。
「日那乃……ありがと、助かったよ」
「遅くなって、ごめんなさい。あの人とお話、してたら、もっと遅くなりそうだった」
 ふわりと着地しながら、日那乃は言った。
「おじいさん……あんな人でも、殺したら駄目。お孫さん疑われる、財産目当てだって……ひとは、そんなふうにしか、見ないから」


「はああああああああッ!」
 小柄な細身に気力を漲らせながら、たまきは人魚の将に激突して行った。
 吹っ飛んだ祐が、庭園の土と砂利を大量に舞い上げて倒れ、だが起き上がる。
「ぐっ……さすが、手強い。これほどとは……」
「お言葉、お返しします……祐さん、貴方もお強い。このままでは……」
 生かして戦いを終える事が、出来なくなるかも知れない、とたまきは思った。
 氷の蝶が、キラキラと飛んだ。
「6対1。わたしたち、勝って当然」
 日那乃の術式だった。冷たく煌めく癒しの力が、たまきに降り注ぐ。
「まあ実戦はね。なかなか正々堂々タイマンバトルってわけにもいかなくてね」
 紡が、6名全員に潤しの雨を降らせた。
 水行の癒しを得ても倒れたままの奏空を、たまきは抱き起こした。
「ほら、しっかりして下さい奏空さん……まったく、激鱗を使い過ぎですよ」
「だ、だって……たまきちゃんが、無茶するから……」
「これは間違いなく尻に敷かれるねえ、奏空」
 彩吹が笑う。
「それはともかく……祐さん、ここまでにしよう。馬鹿な子ほど可愛いってわけにいかないのはわかる、けど殺しちゃ駄目だ。死なせるわけにはいかない、憲吾さんも貴方も」
「ふ……私を殺さずに、あの愚か者を守れるとでも」
「やめようぜ、そういうの」
 翔が言った。
「殺さなきゃ止まらねえ、なんてのは隔者だけで充分だ」
「私は……」
『そこまで』
 声が聞こえた。
 庭園の中央で、要石が喋っている。
 正確には、要石を通じて、何者かが言葉を送っているのだ。
『敗北を認めるのも、竜宮のもののふとしての潔さ……ですわよ』
「海骨ちゃん! もー、やっと入って来てくれたよ」
 紡が、要石に擦り寄った。
「この頭も身体もガッチガチに固くて頑丈な翁をさ、最初っから説得して欲しかったよー」
『ふふふ。殿方という生き物はね、とりあえず戦ってみなければお話が出来ないもの。それは地上も竜宮も同じですのよ』
「……貴女の介入を招いてしまった時点で、確かに私の負けか」
 半魚人の姿のまま、祐はよろりと縁側に腰を下ろした。
 紡が、その隣に座った。
「一件落着って事でさ、今後についてのお話し合いをしたいんだけど。海骨ちゃんに、あと乙姫サマも混ぜての三者面談」
「む……それは……」
 祐が、何やら言葉を濁した。
「乙姫は……今の、乙姫は……」
「な、何だ。乙姫様、どうかしちまったのか」
『竜宮の恥を晒しておられますわ』
 翔の言葉に、要石が答えた。
『今の乙姫様は……八雷神の封印に関して、建設的なお話が出来る状態ではありませんのよ』

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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