【地底の雷】封印の一族
●
一種の、要石であるという。
庭園の中央に置かれた、奇妙な岩石。
横長で、いくらか湾曲している。数人が座れる大きさで、石製のベンチのようでもある。
この奇怪な要石の下に、恐ろしいものが埋まっている。封印されている。
西村貢は幼い頃から、そう聞かされて育った。
それは、この町に何代も前から住んでいる人々からは『マガヅチ様』と呼ばれていた。
西村家は、マガヅチ様の封印を守る家系であるという。
単なる伝説だ。小学生の貢は、そう思っていた。
中学生となり、因子の力が発現・覚醒した。
高校へ通いながら覚者として戦っている、今であればわかる。
この要石の下には、間違いなく何かがいる。
マガヅチ様は、確かにいるのだ。
「今は寮住まいだったな、貢」
祖父である西村祐が、言った。
「お父さんお母さんとは、会っているのか?」
「会えるわけないだろ。俺、覚者になっちゃったんだぞ」
友達、だけではない。両親も、貢から離れて行った。
ファイヴで戦い始めた頃、この祖父は1度だけ会いに来てくれた。大した話は、しなかった。
普通に接してくれた、のであろうか。
この西村祐という老人には昔から、孫の目から見ても得体の知れないところがあった。
西村家は、いわゆる素封家である。鎌倉時代の頃から、この辺り一帯に根付く土豪であったという。
現代においても、市長選挙などあって無いようなもの、西村祐の機嫌を取る事に最も成功した候補者が当選すると言われているほどだ。
ただ貢本人は、そんな名族の血を引いてはいない。
父は、西村祐の養子であった。
血の繋がらぬ祖父と並んで縁側に腰掛けながら、貢は庭園を見回した。
目に付くものは奇妙な要石、だけではない。
どうにも嫌な感じのする男が4人、庭園の四隅に佇んでいる。
視界には入らないが、屋敷の中にも4人。嫌な感じの気配を、貢は感じ取っていた。
8人で、祐を警護している。
金持ちが、荒くれ者を用心棒として雇う。珍しい事ではないのかも知れない。
貢は、訊いてみた。
「お祖父ちゃん……こいつら、隔者だよな?」
「七星剣の者どもだ。マガヅチ様を狙って、やって来た」
貢は、耳を疑った。
「まあ見ての通り、マガヅチ様の封印は容易くは解けん。悪戦苦闘している間に八神勇雄が死に、この者たちは行き場を失くした。だから私が雇ったのさ」
「何考えてんだよ一体!」
貢は、思わず立ち上がっていた。
「俺が帰省したのはさ、この町に七星剣の連中が入り込んだまま狩り出されもせず潜伏してるって情報があったからだよ。まさか実家で匿われてるなんて思わなかった!」
「落ち着け貢。この者たちには私が、悪事など働かせはしない」
祐が笑った。
相変わらず得体の知れぬ笑顔だ、と貢は思った。この老人が覚者あるいは隔者ではないかと、疑った事は1度や2度ではない。
「私が、しっかりと飼い馴らしている。お前が心配する事は何もない」
「……お前ら、この町へ来たのは例の古妖マッチポンプ計画の一環だよな」
隔者たちに、貢は声を投げた。
「八神は死んだ。もう、お前らに出来る事なんて何もない……何もするなよ、本当に」
●
マッチポンプ、と言われては返す言葉がなかった。
古妖を暴れさせ、八神勇雄に討伐させる。そのために、俺たちはこの町にやって来たのだ。
西村邸に侵入し、マガヅキ様と呼ばれる強大な古妖の封印を解こうとした。
そして叩きのめされたのだ。8人ことごとく、あの西村祐という1人の老人によって。
「あの化け物ジジイ、今日はいねえぞ」
「何とかって政治家が、地方視察に来てるんだとよ。接待やら何やらで忙しいみてえだぜ」
「ふん……俺たちを8人とも、ここへ残してか」
要石を軽く蹴りつけながら、俺は言った。
確かに、簡単には解けない封印である。俺たちがどれだけ攻撃術式を叩き込んでも、この要石には亀裂すら入らなかった。
だからと言って、七星剣隔者を8人も放置したまま家を空ける。隔者など政治家に会わせるわけにはいかない、にしてもだ。
泳がされている、という気が俺はした。
だが、そんな事はどうでも良かった。
「そうだ……そうだよ、それでいいんだ」
何をするべきかを突然、俺は理解した。
「お前ら、わかったな?」
「ああ……そうだ、簡単な事だぜ」
「マガヅキ様が……今、教えてくれた」
要石の下にいる古妖が、俺たちに語りかけてきたのだ。
神の御声を、俺たちに伝えてくれたのだ。
「お前ら、何やってる!」
翼ある少年が1人、羽ばたきながら庭園に駆け込んで来た。西村祐の孫とかいう小僧だ。
「あのクソジジイ、こんな奴ら放ったらかしで一体何やってんだよ!」
「どけよ、ガキ……いや、どかなくていい。お前から殺す」
殺す。それこそが、俺たちの使命だ。
マガヅキ様から賜った神の言葉を、俺は呟いていた。
「ひとひに、ちがしら……ちぎりころさん……」
一種の、要石であるという。
庭園の中央に置かれた、奇妙な岩石。
横長で、いくらか湾曲している。数人が座れる大きさで、石製のベンチのようでもある。
この奇怪な要石の下に、恐ろしいものが埋まっている。封印されている。
西村貢は幼い頃から、そう聞かされて育った。
それは、この町に何代も前から住んでいる人々からは『マガヅチ様』と呼ばれていた。
西村家は、マガヅチ様の封印を守る家系であるという。
単なる伝説だ。小学生の貢は、そう思っていた。
中学生となり、因子の力が発現・覚醒した。
高校へ通いながら覚者として戦っている、今であればわかる。
この要石の下には、間違いなく何かがいる。
マガヅチ様は、確かにいるのだ。
「今は寮住まいだったな、貢」
祖父である西村祐が、言った。
「お父さんお母さんとは、会っているのか?」
「会えるわけないだろ。俺、覚者になっちゃったんだぞ」
友達、だけではない。両親も、貢から離れて行った。
ファイヴで戦い始めた頃、この祖父は1度だけ会いに来てくれた。大した話は、しなかった。
普通に接してくれた、のであろうか。
この西村祐という老人には昔から、孫の目から見ても得体の知れないところがあった。
西村家は、いわゆる素封家である。鎌倉時代の頃から、この辺り一帯に根付く土豪であったという。
現代においても、市長選挙などあって無いようなもの、西村祐の機嫌を取る事に最も成功した候補者が当選すると言われているほどだ。
ただ貢本人は、そんな名族の血を引いてはいない。
父は、西村祐の養子であった。
血の繋がらぬ祖父と並んで縁側に腰掛けながら、貢は庭園を見回した。
目に付くものは奇妙な要石、だけではない。
どうにも嫌な感じのする男が4人、庭園の四隅に佇んでいる。
視界には入らないが、屋敷の中にも4人。嫌な感じの気配を、貢は感じ取っていた。
8人で、祐を警護している。
金持ちが、荒くれ者を用心棒として雇う。珍しい事ではないのかも知れない。
貢は、訊いてみた。
「お祖父ちゃん……こいつら、隔者だよな?」
「七星剣の者どもだ。マガヅチ様を狙って、やって来た」
貢は、耳を疑った。
「まあ見ての通り、マガヅチ様の封印は容易くは解けん。悪戦苦闘している間に八神勇雄が死に、この者たちは行き場を失くした。だから私が雇ったのさ」
「何考えてんだよ一体!」
貢は、思わず立ち上がっていた。
「俺が帰省したのはさ、この町に七星剣の連中が入り込んだまま狩り出されもせず潜伏してるって情報があったからだよ。まさか実家で匿われてるなんて思わなかった!」
「落ち着け貢。この者たちには私が、悪事など働かせはしない」
祐が笑った。
相変わらず得体の知れぬ笑顔だ、と貢は思った。この老人が覚者あるいは隔者ではないかと、疑った事は1度や2度ではない。
「私が、しっかりと飼い馴らしている。お前が心配する事は何もない」
「……お前ら、この町へ来たのは例の古妖マッチポンプ計画の一環だよな」
隔者たちに、貢は声を投げた。
「八神は死んだ。もう、お前らに出来る事なんて何もない……何もするなよ、本当に」
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マッチポンプ、と言われては返す言葉がなかった。
古妖を暴れさせ、八神勇雄に討伐させる。そのために、俺たちはこの町にやって来たのだ。
西村邸に侵入し、マガヅキ様と呼ばれる強大な古妖の封印を解こうとした。
そして叩きのめされたのだ。8人ことごとく、あの西村祐という1人の老人によって。
「あの化け物ジジイ、今日はいねえぞ」
「何とかって政治家が、地方視察に来てるんだとよ。接待やら何やらで忙しいみてえだぜ」
「ふん……俺たちを8人とも、ここへ残してか」
要石を軽く蹴りつけながら、俺は言った。
確かに、簡単には解けない封印である。俺たちがどれだけ攻撃術式を叩き込んでも、この要石には亀裂すら入らなかった。
だからと言って、七星剣隔者を8人も放置したまま家を空ける。隔者など政治家に会わせるわけにはいかない、にしてもだ。
泳がされている、という気が俺はした。
だが、そんな事はどうでも良かった。
「そうだ……そうだよ、それでいいんだ」
何をするべきかを突然、俺は理解した。
「お前ら、わかったな?」
「ああ……そうだ、簡単な事だぜ」
「マガヅキ様が……今、教えてくれた」
要石の下にいる古妖が、俺たちに語りかけてきたのだ。
神の御声を、俺たちに伝えてくれたのだ。
「お前ら、何やってる!」
翼ある少年が1人、羽ばたきながら庭園に駆け込んで来た。西村祐の孫とかいう小僧だ。
「あのクソジジイ、こんな奴ら放ったらかしで一体何やってんだよ!」
「どけよ、ガキ……いや、どかなくていい。お前から殺す」
殺す。それこそが、俺たちの使命だ。
マガヅキ様から賜った神の言葉を、俺は呟いていた。
「ひとひに、ちがしら……ちぎりころさん……」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者8人の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
とある地方都市。大富豪・西村家の邸宅で、ファイヴ覚者の西村貢が元七星剣隔者8人と戦い、劣勢に追い込まれ負傷しております。
隔者8名を討伐し、可能であれば貢君を助けてあげて下さい。
敵の詳細は以下の通り。
●火行獣・丑、寅、戌、巳(各1名)
前衛。武器は撲殺手甲、剣、斧、長棍。使用スキルは猛の一撃、疾風双斬。
●木行暦(4名)
中衛。武器は槍、鎖鎌、槌矛、妖杖。使用スキルは錬覇法、仇華浸香、棘散舞、大樹の息吹。
以上8名、封印されている謎の古妖『マガヅチ様』によって半ば精神支配を受けており、人を殺す事しか考えられない状態にあります。戦って体力を0にしていただければ、それはとりあえず解除されます。辛うじて生きてもいます。
ファイヴ覚者・西村貢(男、15歳、水行翼)は負傷していますが、回復を施して戦闘に参加させる事は可能です。
彼の使用スキルはエアブリット、疾風双斬、潤しの滴。武器は刃付きの弓。
場所は西村邸の庭園で、中央に奇妙な要石が鎮座しております。覚者の方々であれば、封印されたものの禍々しい気配を感じ取る事が出来るでしょう。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2019年01月29日
2019年01月29日
■メイン参加者 6人■

●
重い戦斧が、襲いかかって来る。人体を樹木の如く切り倒す一撃。
それを『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)は、八卦の構えで受けた。
土行の護りをまとう身体に、戦斧がぶつかって来る。その衝撃を翔は、
「ヘへっ……覚えたての蔵王・戒だぜ、どうだっ!」
右掌で、相手に返した。カウンターの掌底。
戦斧を携え牛の角を生やした、まるでミノタウロスのような隔者の巨体が、吹っ飛んで倒れ、だが即座に立ち上がって声を発する。
「ひとひに……ちがしら、くだきころさん……」
「こいつら……!」
翔は息を呑んだ。
手強い敵、ではなかった。8人という数がいくらか厄介ではあるが、個々の力は大したものではない。
8名全員が、しかし得体の知れぬ何者かによって、薬物投与にも似た能力強化を施されている。
「たとえ七星剣が滅びようと、俺たちには……」
「……そうよ、マガヅチ様がおられる!」
破綻に近い状態とも言える隔者たちが、槍を振りかざし、妖杖を掲げる。
荊が生じ、触手の如く伸びて桂木日那乃(CL2000941)を、それに『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)を襲撃する。棘散舞。
日那乃は、それをかわそうともしない。
「無駄……」
「ふふん。たまちゃんの『桜華鏡符』の前に、そんなものは無力の極み!」
紡は、偉そうに腕組みをしている。
両者の眼前に、鏡のような大型の呪符が浮かんだ。
そこに荊が激突し、砕け散る。
破片を蹴散らすように、水が激しく渦を巻いて龍と化す。電光が荒れ狂い、鳳凰の姿を成す。
日那乃の『水龍牙』と、紡の『雷凰の舞』であった。
隔者たちが、水の爪牙に切り裂かれ、稲妻の翼に打ち払われる。
「……逆らうなよ、ファイヴ……」
隔者8人のうち数名が、倒れつつも即座に立ち上がり、言葉と共に毒香を吐く。仇華浸香だった。
「マガヅチ様によぉ、逆らうんじゃあねえええっ!」
猛毒の香気が、翔を、そして『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)と『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)を包み込む。
瑠璃色の光と、猛毒ではない清廉なる香気の粒子が、キラキラと渦を巻いて仇華浸香とぶつかり合う。
「無駄だよ、お前たちの毒なんて効きはしない」
彩吹が言った。
「奏空と紡がね、前もって護りの術式を施してくれたんだ。こちとら下準備も万全なんだよ。とち狂って暴れるだけの連中には負けない……まあ、私も暴れるんだけどねっ」
黒い羽が舞い散り、斬撃の疾風が吹いた。
鋭刃想脚。彩吹の強靱な美脚が、隔者たちの前衛を切り苛む。
血飛沫をぶちまけながら、しかし隔者の1人が剣を構え、猛然と斬り掛かって来る。
「許せねえ……マガヅチ様に刃向かう連中、許せねえ! ひとひに、ちがしら、ぶち殺す! まずはテメーだぁそこの小娘!」
その斬撃を奏空が、鞘を被ったままのMISORAで受け止めた。標的にされた少女の、眼前でだ。
「させないよ……たまきちゃんは、俺が守るんだッ!」
敵の刃を食い止めている鞘から、斬撃の光が抜き放たれる。
抜き身となったMISORAが、『十六夜』の形に一閃していた。一閃で複数回の斬撃が繰り出され、隔者たちに容赦なく裂傷を負わせてゆく。
「……だから奏空さん。そういう事を、大声で言わないで下さい。皆さんがいらっしゃる所で」
可憐な美貌を初々しく赤らめながら、『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が手早く印を切る。
土行の力が空中に集まり、巨岩を形成する。
その岩が、隔者たちを直撃しながら砕け散った。
「今度そういう恥ずかしい事をしたら、奏空さんの頭に岩を落としますからね」
「ごめんごめん。久しぶりにたまきちゃんと一緒だから俺、張り切っちゃって」
こんなに嬉しそうな奏空を見るのは久方ぶりだ、と翔は思った。
「……奏空さんが張り切り過ぎなのは、いつもの事です」
俯き加減に、たまきは言った。
「私が、いる時もいない時も……本当に、無茶ぱかりして……」
「たまきちゃん……」
「人に心配をさせるというのが、どういう事なのか……奏空さんは、わかっていますか?」
「ごめん、たまきちゃん……だけど今は正念場なんだ。もう一踏ん張りで、この戦いはきっと終わる。みんなが平和に幸せに暮らせるようになる」
2人だけの世界が、形成されつつあった。
「俺は、たまきちゃんを守りたい。それは、たまきちゃんのいる世界を守るという事でもあるんだ」
「奏空さん……」
「その世界に、俺も……居たい、とは思う。だけど戦いだからね、どうなるかはわからない」
「奏空さんの馬鹿……」
「本当に、ごめん……たまきちゃん……」
「奏空さん……」
「たまきちゃん……」
「ああああもう、いや別にいいんだけどよ!」
翔は耐えられなくなって、雷鳴を轟かせた。
雷獣だった。翔の周囲に黒雲が生じて渦を巻き、電光の嵐を迸らせる。横向きの落雷が、隔者たちを直撃する。
「いいんだけどさ、いや本当に。けど! けどよ、ああもうお前らはッ!」
「どうどう、落ち着いて相棒。クールダウン、クールダウン」
紡が『潤しの雨』を降らせてくれた。いくらか負傷はしていたから、まあ有り難くはあった。
水行の癒しの力が、霧雨のように優しく降り注ぐ。翔に、彩吹に、たまきに、紡に、日那乃に、奏空に……いや、奏空に対してだけは霧雨ではなく集中豪雨だった。
「つ、紡さん……俺だけ、ずぶ濡れなんだけど……」
「一番クールダウンが必要なのは奏空っちかなぁってね」
「ああ本当、ごちそうさまだよ。まったく」
蹴りによる疾風双斬を隔者たちに叩き込みながら、彩吹が苦笑している。
「お腹いっぱい、胸焼けしそうだよ。ね、日那乃」
「消去」
機械のように言葉を発しながら、日那乃は羽ばたいている。
風が巻き起こり、暴風の砲弾となって速射され、隔者たちをことごとく吹っ飛ばしてゆく。エアブリットの嵐だった。
「被害者が出る、なら消す。消去。削除。抹殺。滅殺」
「お、落ち着け日那乃。そいつら、もう動いてねーから。死んじまうから」
こめかみの辺りに血管を浮かべている日那乃を、翔はとりあえず止めた。
●
確かに、この隔者8名は強敵ではなかった。
「だからって貢よー、8対1なんて無茶もいいとこだぜ」
翔が言った。
日那乃による術式治療を受けた西村貢が、縁側に座っている。
「甘く見てた、つもりはないんだけど……でもこいつら、変な感じにパワーアップしてた。多分、マガヅチ様の力で」
こいつら、と貢に言われた者たちが、庭園の片隅で縛り上げられている。
8人の隔者。辛うじて生きている、といった状態だ。
この者たちに殺される寸前だった貢が、息をつく。
「みんな来てくれて、本当に助かったよ。ありがとう……実はさ、あてにしてなかったわけじゃないんだ」
「最初っからあてにしろよ! まったく」
翔が、貢の隣に腰を下ろした。
「ま、今回は緊急だったんだろうけどさ。1人で突っ込むなよ、オレらを呼べって!」
「……自分1人しかいなくて、緊急に戦わなきゃいけなくなったら」
奏空は言った。
「8人とか10人に戦いを挑む、くらいの事……翔なら、やるよ」
「奏空に言われたかねーや」
言いつつ翔が、西村邸を見回した。
「しっかし……すげー家だよなぁ。貢の実家、昔から続く殿様か何かの一族なんだって?」
「実は俺もよくは知らないんだ。俺の……親父が、祖父さんの養子だからさ」
貢の、微かな口調の変化を、奏空は聞き逃さなかった。
いくらか心の準備をしてからでないと、この西村貢という少年は、父親の事を口には出せない。恐らくは母親の事も、友達の事も。
両親も、友達も、貢から離れて行ったのだ。
(君の友達は、自分を責めている……君に謝りたいと思っているんだよ、西村君)
奏空は、その言葉を呑み込んだ。
「そういうわけで、祖父さんと俺との間に血の繋がりはないんだ。俺は、昔から続く名族の血なんか引いちゃいない。だからどうって話じゃないんだけど」
庭園の中央に鎮座する要石を見つめながら、貢は語る。
「……祖父さんに、感謝はしてるんだ。俺が覚者になってから、普通に会いに来てくれたの祖父さんだけだから」
「いいじーちゃんじゃねえか。大事にしろよ」
翔が言った。
「でもまあ……確かに変だよな。隔者を8人も、家の中に放ったらかして出かけちまうなんて。しかも、あんなヤバそうなものまであるってのに」
湾曲した石製の長椅子、のようでもある奇怪な要石を、翔も見やった。
奏空が見ても、わかる。要石の下には、間違いなく何かがいる。
隔者8人を、発狂にも等しい状態に追い込んだ、禍々しい何者かが。
マガヅチ様。そう呼ばれているらしい何かを封印している奇妙な要石に、日那乃が間近から見入っている。
日那乃は、あの隔者たちのようにはならないだろう。だが奏空は声を投げた。
「ひ、日那ちゃん。あんまり近付かない方が……」
「平気」
日那乃は即答した。
「マガヅチ様……っていう恐ろしいもの、確かに、いる。だけど……この要石、何だか……懐かしい? 感じ」
「何か由緒ある石らしいよ。大昔に、覚者の大元みたいなものと、もしかしたら関わってたのかも知れない」
貢が言った。
「祖父さんが、そう言ってたんだけどな……とにかくさ、翔の言う通りなんだよ。絶対おかしいだろ? 隔者を8人も、マガヅチ様の近くに放置して家を空けるなんて。昔っから本当、何考えてるのかわかんないジジイでさ」
「こーらこらこら。お爺ちゃんは敬わないと大切にしないとぉ、めっ! だよ?」
そんな事を言いながら紡が、半死半生の隔者8人に、最小出力の『潤しの雨』を降らせている。癒しの力の、小雨だった。
「んー……こんなもんかな。あんまり元気になられて、また暴れられたら面倒いし。とゆうわけでキミたち」
最低限の治療回復を得た隔者たちを、紡は術杖で小突き回した。
「色々お話聞かせてもらうよん? まずキミらさあ、黄泉大神のセリフ丸パクリしてたよねえ。一日に千頭くびり殺さん、って……つまり、アレかな。マガヅチ様って黄泉国の関係者?」
「ま、マガヅチ様は……マガヅチ様だよう……」
隔者たちは、怯えている。
「俺たち、マガヅチ様をそこから出して、暴れさせようとして……そしたら、あの化け物ジジイに叩きのめされて……」
「で今度はボクたちに叩きのめされちゃったと。ああ駄目だよ、いぶちゃん拳鳴らしちゃあ。この子たち恐がって何にも喋んなくなっちゃう」
「そいつらなんか、どうでもいいよ。ねえ貢? 生きてて良かったねえ」
彩吹がポキポキと拳を鳴らしながら、隔者たちではなく貢を威圧している。にこにこと獰猛な笑顔でだ。
「まったく。貢といい蛍といい、何で1人で危ない事をするのかな? 独断専行は禁止だって、何かあったら迷わず助けを呼べって、何回言えばわかってくれるのかなぁうちの子らは」
「な、何かあるって確証が持てなかったんだよ彩吹さん」
怯える貢の隣に、彩吹はどっかと腰を下ろした。貢が、さらに怯えた。
「七星剣の連中がさ、この町に入り込んだかも知れないって情報があっただけで……みんなに無駄足、踏ませちゃいけないと思って」
「いいんだよ無駄足だって。調べて何もなければそれで良し、っていうのが私らの仕事なんだから」
彩吹は、貢の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「まあ、貢や翔の言う通り……変な話ではあるよね。お祖父さんが不在の時に偶然、啓示が下りて来る。それを偶然、そこにいた隔者の連中が受け取っちゃう。一体どこからどこまでが誰の謀り事なのか」
「ま、まあ多分うちの祖父さんが、何かしら考えての事だと思うよ」
頭蓋骨を揺すられながら、貢が言った。
「うちの家系は、マガヅチ様の封印を守るのが使命だって……だけど出来れば、そんなものは自分の代で終わらせたいって祖父さんは言ってた。だから俺にも詳しい事、教えてくれなくて」
「ちょっと無理矢理にでも、教えてもらいたいところだね。何しろ貢が危険な目に遭ったんだ」
彩吹が、その綺麗な顎に片手を当てた。
「お祖父さんは、まだ帰らないの?」
「今日は帰らないかも知れないって言ってた。何か、政治家が来るから会うって」
貢が言うと、翔が何かに思い当たったようだった。
「……その政治家ってさ、もしかして」
「出来ました!」
先程から縁側を借りて、ずっと何かをしていたたまきが、声を発した。
「どなたか一緒にやりましょう。手伝って下さい」
そう言いながら、たまきは今まで書いていたものを広げて見せた。
1枚の紙に書かれた、五十音表。数字。「はい」と「いいえ」、それに鳥居。
「ボクやるー!」
紡が手を上げた。
「でもでも、何で今ここで?」
「マガヅチ様が、黄泉の国と関わりある存在であるのなら……あの御方が、ご存じかも知れません。お伺いしてみようかと」
「そうか……くくりひめ様」
奏空は御名を口にした。
この方法でなければ、意思の疎通が不可能な相手である。
「もちろん、その御力に軽々しく縋るべきではありませんが……マガヅチ様の正体を、早急に知る必要があると思います。犠牲者が出てしまう前に、手を打たなければ」
「私もやるよ、たまき」
彩吹が言った、その時。
「おやめなさい。そのお嬢さんの言う通り、軽々しい接触が許される相手ではないのだ」
この大邸宅の主が、いつの間にか帰って来ていた。
何の変哲もない、1人の老人である。少なくとも外見は。
「マガヅチ様に関しては、私がお話をしよう。だから、それはやめておきなさい」
「お祖父ちゃん! 帰って来たのか、じゃあ訊きたい事がある。あんた一体、何考えて」
縁側から立ち上がりかけた貢を、彩吹が止めた。そして自身が立ち上がり、老人に歩み寄って一礼する。
「……西村祐さん? 初めまして、ファイヴの如月彩吹と申します」
「桂木日那乃、です……お家に、勝手に入って、ごめんなさい」
日那乃も、ぺこりと頭を下げる。
西村祐老人が、縛り上げられた隔者たちに視線を投げた。
「その連中を放置しておいたのは、あなた方が来て下さるのを見越しての事……ふふ、思惑通り私の孫を助けてくれて感謝する」
「ほう……私たちをここへ来させるために、貢を危険な目に遭わせた……と」
彩吹の口調が、いくらか剣呑な強張りを帯びた。
「それは……お祖父さんの、する事なのかな?」
「貢を、心配して下さるのだな。本当に、ありがとう」
祐が、深々と頭を下げた。
「貢は、良い人間関係を築いているようだ」
「私には、娘みたいな子がいてね。貢は、さしずめ息子だ。傷付ける連中がいたら許さない」
震え上がっている隔者たちを、彩吹は睨み据えた。
「まずは、そいつらを叩きのめした。次はマガヅチ様……その次は御老人、貴方って事にならなければいいと思うよ」
「落ち着いて、いぶちゃん。あっどーも、麻弓紡と申します」
自己紹介をしながら紡が、貢の頭をぽむぽむと撫でた。
「お祖父ちゃん! お孫さんは大変よく頑張ってますよー。今回もね、ボクたちが駆けつけるまで1人で頑張るマンでした。褒めてあげて。あとマガヅチ様についても教えて?」
「まさかとは思いますが、黄泉大神……御本人様?」
たまきの声が、震えている。
「だとしたら……1日に千人を殺めずにはいられないほどの、憎しみと悲しみを……お話だけでも聞いて差し上げたい、と思うのは自惚れなのでしょうが……」
「御本体ではないよ。黄泉大神の御身より生まれ出でし者たち……その1つを、我々は『マガヅチ様』と呼び、ここに封じてある」
祐が言うと、翔がぽんと手を叩いた。
「古文の授業で習った! 確か、何とかっていう女神様が死んじまって腐っちゃって、その腐った身体から妖みてえな連中が生まれたって。グロい話だったから覚えてるぜ」
「……黄泉の、八雷神」
息を呑みながら、紡が呻く。
「まさしく、神話級の大物じゃん……ヤバいよ」
「かつて八雷神が黄泉国から地上へと暴れ出し、大いなる災厄をもたらした時代があった」
祐が語る。
「その1つを、あなた方はすでに倒している。覚えはないかな」
「……あの、土偶」
日那乃が呟いた。
「あれ……雷神だった、の?」
「この場合の雷神は、まあ荒れ狂う雷にも等しい危険な魔物、という意味だと思って欲しい。危険な存在ではあるが……あなたたちならば、戦って倒せない事はない、と思いたいが」
「……ありゃ半分くらい、土偶に封じ込められてたからな。だから勝てた」
翔が、隔者8名に難しい顔を向けた。
「そっか、その連中……要するに、あの時の金城と同じか」
「その戦い、俺は参加してないけど……何が起こったのかは、何となくわかった。邪悪な古妖が、隔者を操る」
奏空は言った。
「……操られるような心があった、って事なのかな。七星剣が無くなっても、相変わらず暴力でしか生きられない……西村さん。貴方は、そんな連中を使って何か実験のような事をしたのか? 感心しないな」
「封印は、いずれ解ける」
祐が断言した。
「隔者たちが、それを早める存在となるのか。あなた方が、封印の寿命を延ばしてくれる存在と成り得るのか。私は、それを知りたいのだ」
「まあ私を使って実験する分には、一向に構わないけどね」
腕組みをしながら彩吹が、庭園の中央を見つめた。
「封印の、要石……か」
「……これ、石じゃないよ」
紡が、いつの間にか要石の傍にいた。
「石、って言うか……化石だよ。ね、日那ちゃん?」
「……大きな生き物の、骨……の一部……」
「まさか……」
翔が息を呑む。
紡がそっと、要石に細身を寄せた。
「悪いもの封じ込めるの、キミ得意だもんね……海骨ちゃん」
重い戦斧が、襲いかかって来る。人体を樹木の如く切り倒す一撃。
それを『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)は、八卦の構えで受けた。
土行の護りをまとう身体に、戦斧がぶつかって来る。その衝撃を翔は、
「ヘへっ……覚えたての蔵王・戒だぜ、どうだっ!」
右掌で、相手に返した。カウンターの掌底。
戦斧を携え牛の角を生やした、まるでミノタウロスのような隔者の巨体が、吹っ飛んで倒れ、だが即座に立ち上がって声を発する。
「ひとひに……ちがしら、くだきころさん……」
「こいつら……!」
翔は息を呑んだ。
手強い敵、ではなかった。8人という数がいくらか厄介ではあるが、個々の力は大したものではない。
8名全員が、しかし得体の知れぬ何者かによって、薬物投与にも似た能力強化を施されている。
「たとえ七星剣が滅びようと、俺たちには……」
「……そうよ、マガヅチ様がおられる!」
破綻に近い状態とも言える隔者たちが、槍を振りかざし、妖杖を掲げる。
荊が生じ、触手の如く伸びて桂木日那乃(CL2000941)を、それに『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)を襲撃する。棘散舞。
日那乃は、それをかわそうともしない。
「無駄……」
「ふふん。たまちゃんの『桜華鏡符』の前に、そんなものは無力の極み!」
紡は、偉そうに腕組みをしている。
両者の眼前に、鏡のような大型の呪符が浮かんだ。
そこに荊が激突し、砕け散る。
破片を蹴散らすように、水が激しく渦を巻いて龍と化す。電光が荒れ狂い、鳳凰の姿を成す。
日那乃の『水龍牙』と、紡の『雷凰の舞』であった。
隔者たちが、水の爪牙に切り裂かれ、稲妻の翼に打ち払われる。
「……逆らうなよ、ファイヴ……」
隔者8人のうち数名が、倒れつつも即座に立ち上がり、言葉と共に毒香を吐く。仇華浸香だった。
「マガヅチ様によぉ、逆らうんじゃあねえええっ!」
猛毒の香気が、翔を、そして『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)と『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)を包み込む。
瑠璃色の光と、猛毒ではない清廉なる香気の粒子が、キラキラと渦を巻いて仇華浸香とぶつかり合う。
「無駄だよ、お前たちの毒なんて効きはしない」
彩吹が言った。
「奏空と紡がね、前もって護りの術式を施してくれたんだ。こちとら下準備も万全なんだよ。とち狂って暴れるだけの連中には負けない……まあ、私も暴れるんだけどねっ」
黒い羽が舞い散り、斬撃の疾風が吹いた。
鋭刃想脚。彩吹の強靱な美脚が、隔者たちの前衛を切り苛む。
血飛沫をぶちまけながら、しかし隔者の1人が剣を構え、猛然と斬り掛かって来る。
「許せねえ……マガヅチ様に刃向かう連中、許せねえ! ひとひに、ちがしら、ぶち殺す! まずはテメーだぁそこの小娘!」
その斬撃を奏空が、鞘を被ったままのMISORAで受け止めた。標的にされた少女の、眼前でだ。
「させないよ……たまきちゃんは、俺が守るんだッ!」
敵の刃を食い止めている鞘から、斬撃の光が抜き放たれる。
抜き身となったMISORAが、『十六夜』の形に一閃していた。一閃で複数回の斬撃が繰り出され、隔者たちに容赦なく裂傷を負わせてゆく。
「……だから奏空さん。そういう事を、大声で言わないで下さい。皆さんがいらっしゃる所で」
可憐な美貌を初々しく赤らめながら、『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が手早く印を切る。
土行の力が空中に集まり、巨岩を形成する。
その岩が、隔者たちを直撃しながら砕け散った。
「今度そういう恥ずかしい事をしたら、奏空さんの頭に岩を落としますからね」
「ごめんごめん。久しぶりにたまきちゃんと一緒だから俺、張り切っちゃって」
こんなに嬉しそうな奏空を見るのは久方ぶりだ、と翔は思った。
「……奏空さんが張り切り過ぎなのは、いつもの事です」
俯き加減に、たまきは言った。
「私が、いる時もいない時も……本当に、無茶ぱかりして……」
「たまきちゃん……」
「人に心配をさせるというのが、どういう事なのか……奏空さんは、わかっていますか?」
「ごめん、たまきちゃん……だけど今は正念場なんだ。もう一踏ん張りで、この戦いはきっと終わる。みんなが平和に幸せに暮らせるようになる」
2人だけの世界が、形成されつつあった。
「俺は、たまきちゃんを守りたい。それは、たまきちゃんのいる世界を守るという事でもあるんだ」
「奏空さん……」
「その世界に、俺も……居たい、とは思う。だけど戦いだからね、どうなるかはわからない」
「奏空さんの馬鹿……」
「本当に、ごめん……たまきちゃん……」
「奏空さん……」
「たまきちゃん……」
「ああああもう、いや別にいいんだけどよ!」
翔は耐えられなくなって、雷鳴を轟かせた。
雷獣だった。翔の周囲に黒雲が生じて渦を巻き、電光の嵐を迸らせる。横向きの落雷が、隔者たちを直撃する。
「いいんだけどさ、いや本当に。けど! けどよ、ああもうお前らはッ!」
「どうどう、落ち着いて相棒。クールダウン、クールダウン」
紡が『潤しの雨』を降らせてくれた。いくらか負傷はしていたから、まあ有り難くはあった。
水行の癒しの力が、霧雨のように優しく降り注ぐ。翔に、彩吹に、たまきに、紡に、日那乃に、奏空に……いや、奏空に対してだけは霧雨ではなく集中豪雨だった。
「つ、紡さん……俺だけ、ずぶ濡れなんだけど……」
「一番クールダウンが必要なのは奏空っちかなぁってね」
「ああ本当、ごちそうさまだよ。まったく」
蹴りによる疾風双斬を隔者たちに叩き込みながら、彩吹が苦笑している。
「お腹いっぱい、胸焼けしそうだよ。ね、日那乃」
「消去」
機械のように言葉を発しながら、日那乃は羽ばたいている。
風が巻き起こり、暴風の砲弾となって速射され、隔者たちをことごとく吹っ飛ばしてゆく。エアブリットの嵐だった。
「被害者が出る、なら消す。消去。削除。抹殺。滅殺」
「お、落ち着け日那乃。そいつら、もう動いてねーから。死んじまうから」
こめかみの辺りに血管を浮かべている日那乃を、翔はとりあえず止めた。
●
確かに、この隔者8名は強敵ではなかった。
「だからって貢よー、8対1なんて無茶もいいとこだぜ」
翔が言った。
日那乃による術式治療を受けた西村貢が、縁側に座っている。
「甘く見てた、つもりはないんだけど……でもこいつら、変な感じにパワーアップしてた。多分、マガヅチ様の力で」
こいつら、と貢に言われた者たちが、庭園の片隅で縛り上げられている。
8人の隔者。辛うじて生きている、といった状態だ。
この者たちに殺される寸前だった貢が、息をつく。
「みんな来てくれて、本当に助かったよ。ありがとう……実はさ、あてにしてなかったわけじゃないんだ」
「最初っからあてにしろよ! まったく」
翔が、貢の隣に腰を下ろした。
「ま、今回は緊急だったんだろうけどさ。1人で突っ込むなよ、オレらを呼べって!」
「……自分1人しかいなくて、緊急に戦わなきゃいけなくなったら」
奏空は言った。
「8人とか10人に戦いを挑む、くらいの事……翔なら、やるよ」
「奏空に言われたかねーや」
言いつつ翔が、西村邸を見回した。
「しっかし……すげー家だよなぁ。貢の実家、昔から続く殿様か何かの一族なんだって?」
「実は俺もよくは知らないんだ。俺の……親父が、祖父さんの養子だからさ」
貢の、微かな口調の変化を、奏空は聞き逃さなかった。
いくらか心の準備をしてからでないと、この西村貢という少年は、父親の事を口には出せない。恐らくは母親の事も、友達の事も。
両親も、友達も、貢から離れて行ったのだ。
(君の友達は、自分を責めている……君に謝りたいと思っているんだよ、西村君)
奏空は、その言葉を呑み込んだ。
「そういうわけで、祖父さんと俺との間に血の繋がりはないんだ。俺は、昔から続く名族の血なんか引いちゃいない。だからどうって話じゃないんだけど」
庭園の中央に鎮座する要石を見つめながら、貢は語る。
「……祖父さんに、感謝はしてるんだ。俺が覚者になってから、普通に会いに来てくれたの祖父さんだけだから」
「いいじーちゃんじゃねえか。大事にしろよ」
翔が言った。
「でもまあ……確かに変だよな。隔者を8人も、家の中に放ったらかして出かけちまうなんて。しかも、あんなヤバそうなものまであるってのに」
湾曲した石製の長椅子、のようでもある奇怪な要石を、翔も見やった。
奏空が見ても、わかる。要石の下には、間違いなく何かがいる。
隔者8人を、発狂にも等しい状態に追い込んだ、禍々しい何者かが。
マガヅチ様。そう呼ばれているらしい何かを封印している奇妙な要石に、日那乃が間近から見入っている。
日那乃は、あの隔者たちのようにはならないだろう。だが奏空は声を投げた。
「ひ、日那ちゃん。あんまり近付かない方が……」
「平気」
日那乃は即答した。
「マガヅチ様……っていう恐ろしいもの、確かに、いる。だけど……この要石、何だか……懐かしい? 感じ」
「何か由緒ある石らしいよ。大昔に、覚者の大元みたいなものと、もしかしたら関わってたのかも知れない」
貢が言った。
「祖父さんが、そう言ってたんだけどな……とにかくさ、翔の言う通りなんだよ。絶対おかしいだろ? 隔者を8人も、マガヅチ様の近くに放置して家を空けるなんて。昔っから本当、何考えてるのかわかんないジジイでさ」
「こーらこらこら。お爺ちゃんは敬わないと大切にしないとぉ、めっ! だよ?」
そんな事を言いながら紡が、半死半生の隔者8人に、最小出力の『潤しの雨』を降らせている。癒しの力の、小雨だった。
「んー……こんなもんかな。あんまり元気になられて、また暴れられたら面倒いし。とゆうわけでキミたち」
最低限の治療回復を得た隔者たちを、紡は術杖で小突き回した。
「色々お話聞かせてもらうよん? まずキミらさあ、黄泉大神のセリフ丸パクリしてたよねえ。一日に千頭くびり殺さん、って……つまり、アレかな。マガヅチ様って黄泉国の関係者?」
「ま、マガヅチ様は……マガヅチ様だよう……」
隔者たちは、怯えている。
「俺たち、マガヅチ様をそこから出して、暴れさせようとして……そしたら、あの化け物ジジイに叩きのめされて……」
「で今度はボクたちに叩きのめされちゃったと。ああ駄目だよ、いぶちゃん拳鳴らしちゃあ。この子たち恐がって何にも喋んなくなっちゃう」
「そいつらなんか、どうでもいいよ。ねえ貢? 生きてて良かったねえ」
彩吹がポキポキと拳を鳴らしながら、隔者たちではなく貢を威圧している。にこにこと獰猛な笑顔でだ。
「まったく。貢といい蛍といい、何で1人で危ない事をするのかな? 独断専行は禁止だって、何かあったら迷わず助けを呼べって、何回言えばわかってくれるのかなぁうちの子らは」
「な、何かあるって確証が持てなかったんだよ彩吹さん」
怯える貢の隣に、彩吹はどっかと腰を下ろした。貢が、さらに怯えた。
「七星剣の連中がさ、この町に入り込んだかも知れないって情報があっただけで……みんなに無駄足、踏ませちゃいけないと思って」
「いいんだよ無駄足だって。調べて何もなければそれで良し、っていうのが私らの仕事なんだから」
彩吹は、貢の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「まあ、貢や翔の言う通り……変な話ではあるよね。お祖父さんが不在の時に偶然、啓示が下りて来る。それを偶然、そこにいた隔者の連中が受け取っちゃう。一体どこからどこまでが誰の謀り事なのか」
「ま、まあ多分うちの祖父さんが、何かしら考えての事だと思うよ」
頭蓋骨を揺すられながら、貢が言った。
「うちの家系は、マガヅチ様の封印を守るのが使命だって……だけど出来れば、そんなものは自分の代で終わらせたいって祖父さんは言ってた。だから俺にも詳しい事、教えてくれなくて」
「ちょっと無理矢理にでも、教えてもらいたいところだね。何しろ貢が危険な目に遭ったんだ」
彩吹が、その綺麗な顎に片手を当てた。
「お祖父さんは、まだ帰らないの?」
「今日は帰らないかも知れないって言ってた。何か、政治家が来るから会うって」
貢が言うと、翔が何かに思い当たったようだった。
「……その政治家ってさ、もしかして」
「出来ました!」
先程から縁側を借りて、ずっと何かをしていたたまきが、声を発した。
「どなたか一緒にやりましょう。手伝って下さい」
そう言いながら、たまきは今まで書いていたものを広げて見せた。
1枚の紙に書かれた、五十音表。数字。「はい」と「いいえ」、それに鳥居。
「ボクやるー!」
紡が手を上げた。
「でもでも、何で今ここで?」
「マガヅチ様が、黄泉の国と関わりある存在であるのなら……あの御方が、ご存じかも知れません。お伺いしてみようかと」
「そうか……くくりひめ様」
奏空は御名を口にした。
この方法でなければ、意思の疎通が不可能な相手である。
「もちろん、その御力に軽々しく縋るべきではありませんが……マガヅチ様の正体を、早急に知る必要があると思います。犠牲者が出てしまう前に、手を打たなければ」
「私もやるよ、たまき」
彩吹が言った、その時。
「おやめなさい。そのお嬢さんの言う通り、軽々しい接触が許される相手ではないのだ」
この大邸宅の主が、いつの間にか帰って来ていた。
何の変哲もない、1人の老人である。少なくとも外見は。
「マガヅチ様に関しては、私がお話をしよう。だから、それはやめておきなさい」
「お祖父ちゃん! 帰って来たのか、じゃあ訊きたい事がある。あんた一体、何考えて」
縁側から立ち上がりかけた貢を、彩吹が止めた。そして自身が立ち上がり、老人に歩み寄って一礼する。
「……西村祐さん? 初めまして、ファイヴの如月彩吹と申します」
「桂木日那乃、です……お家に、勝手に入って、ごめんなさい」
日那乃も、ぺこりと頭を下げる。
西村祐老人が、縛り上げられた隔者たちに視線を投げた。
「その連中を放置しておいたのは、あなた方が来て下さるのを見越しての事……ふふ、思惑通り私の孫を助けてくれて感謝する」
「ほう……私たちをここへ来させるために、貢を危険な目に遭わせた……と」
彩吹の口調が、いくらか剣呑な強張りを帯びた。
「それは……お祖父さんの、する事なのかな?」
「貢を、心配して下さるのだな。本当に、ありがとう」
祐が、深々と頭を下げた。
「貢は、良い人間関係を築いているようだ」
「私には、娘みたいな子がいてね。貢は、さしずめ息子だ。傷付ける連中がいたら許さない」
震え上がっている隔者たちを、彩吹は睨み据えた。
「まずは、そいつらを叩きのめした。次はマガヅチ様……その次は御老人、貴方って事にならなければいいと思うよ」
「落ち着いて、いぶちゃん。あっどーも、麻弓紡と申します」
自己紹介をしながら紡が、貢の頭をぽむぽむと撫でた。
「お祖父ちゃん! お孫さんは大変よく頑張ってますよー。今回もね、ボクたちが駆けつけるまで1人で頑張るマンでした。褒めてあげて。あとマガヅチ様についても教えて?」
「まさかとは思いますが、黄泉大神……御本人様?」
たまきの声が、震えている。
「だとしたら……1日に千人を殺めずにはいられないほどの、憎しみと悲しみを……お話だけでも聞いて差し上げたい、と思うのは自惚れなのでしょうが……」
「御本体ではないよ。黄泉大神の御身より生まれ出でし者たち……その1つを、我々は『マガヅチ様』と呼び、ここに封じてある」
祐が言うと、翔がぽんと手を叩いた。
「古文の授業で習った! 確か、何とかっていう女神様が死んじまって腐っちゃって、その腐った身体から妖みてえな連中が生まれたって。グロい話だったから覚えてるぜ」
「……黄泉の、八雷神」
息を呑みながら、紡が呻く。
「まさしく、神話級の大物じゃん……ヤバいよ」
「かつて八雷神が黄泉国から地上へと暴れ出し、大いなる災厄をもたらした時代があった」
祐が語る。
「その1つを、あなた方はすでに倒している。覚えはないかな」
「……あの、土偶」
日那乃が呟いた。
「あれ……雷神だった、の?」
「この場合の雷神は、まあ荒れ狂う雷にも等しい危険な魔物、という意味だと思って欲しい。危険な存在ではあるが……あなたたちならば、戦って倒せない事はない、と思いたいが」
「……ありゃ半分くらい、土偶に封じ込められてたからな。だから勝てた」
翔が、隔者8名に難しい顔を向けた。
「そっか、その連中……要するに、あの時の金城と同じか」
「その戦い、俺は参加してないけど……何が起こったのかは、何となくわかった。邪悪な古妖が、隔者を操る」
奏空は言った。
「……操られるような心があった、って事なのかな。七星剣が無くなっても、相変わらず暴力でしか生きられない……西村さん。貴方は、そんな連中を使って何か実験のような事をしたのか? 感心しないな」
「封印は、いずれ解ける」
祐が断言した。
「隔者たちが、それを早める存在となるのか。あなた方が、封印の寿命を延ばしてくれる存在と成り得るのか。私は、それを知りたいのだ」
「まあ私を使って実験する分には、一向に構わないけどね」
腕組みをしながら彩吹が、庭園の中央を見つめた。
「封印の、要石……か」
「……これ、石じゃないよ」
紡が、いつの間にか要石の傍にいた。
「石、って言うか……化石だよ。ね、日那ちゃん?」
「……大きな生き物の、骨……の一部……」
「まさか……」
翔が息を呑む。
紡がそっと、要石に細身を寄せた。
「悪いもの封じ込めるの、キミ得意だもんね……海骨ちゃん」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
