隔絶者の迷走
隔絶者の迷走



 俺の親友は、川に棲んでいて身長が3メートルくらいあって、長い尻尾があって、手足には水掻きと鉤爪があって、首も長くて口は大きく、鋭い牙がびっしりと生えてて、川魚を生きたままバリバリと食らう。その気になれば人間を食らう事も出来るだろう。
 村の連中が恐がるのも、まあ無理はない。
 だが俺にとっては、たった1人の親友である。
 みずち、とかいう種族らしいので、俺は『水太郎』と呼んでいた。
 人間の友達など、俺にはいなかった。
 昔から可愛げの欠片もなく、しょっちゅう暴力沙汰を引き起こしては、水太郎に叱られていたのが俺である。
 そんな俺が中学生の時。
 この村を含む地域一帯で、大規模な開発計画が持ち上がった。
 開発が始まれば、山は削られ、森も林も伐採され、そして水太郎の棲む川は埋め立てられる。
 地上げに来た連中のもとへ、俺は1人で殴り込んだ。そして袋叩きにされた。
 俺は懸命に抵抗した。
 気が付いたら、そいつら全員の死体が周囲に散らばっていた。
 水太郎が、俺に力をくれたのだ。俺は、そう信じる事にしている。
 俺は警察に捕まったが脱走し、七星剣に拾われ、総帥・八神勇雄と会話をする機会に恵まれた。
 友達を、救って欲しい。
 怖いもの知らずのガキだった俺は、そんな話をした。八神は、ただ笑って聞いていた。
 その後、何があったのかは不明だが、例の開発計画は潰れた。いくらか人死にが出たようではある。
 俺は疑いもなく八神に忠誠を誓い、七星剣の尖兵として大いに戦った。七星剣に命を捧げる事に、俺は何の迷いも持たなかった。
 だが、七星剣の方が俺を裏切った。
 だから俺は七星剣を脱け、村へ帰って来た。
 親父にもおふくろにも顔を合わせたくないので、まずは水太郎に会いに行った。
 懐かしい、この河原で、俺を待っていたのはしかし水太郎だけではなかった。
「戻って来い、大滝。七星剣には、お前が必要なのだ」
 天行暦の松倉幸治が、猫撫で声を発している。
 ひとまとめに縛り上げられた中年夫婦に、抜き身を突き付けながらだ。
 脅され、怯えているのは、俺の両親だった。
「八神様の亡き今、新しい七星剣は我々の手で作り上げてゆかねばならん。それには、お前の力が」
「俺の力、ではないだろう松倉さん」
 俺は遮り、睨み据えた。
「……水太郎の力、だろう?」
「わかっているなら話が早い。そうだよ大滝くん、君には古妖と話をつけて欲しいのだ」
 土行獣・寅の黒沢一益が言った。
「我ら七星剣と古妖たちとの、新たなる絆のために」
「あれだけの事をやらかしておいて今更、古妖の力にすがろうと言うのか……」
 俺は、呆れ果てるしかなかった。
「古妖の力を利用して、七星剣を立て直そうとでも?」
「利用出来るものは使う。このように、な」
 松倉が、俺の親父に刃を近付ける。
 火行翼の飯島佑が、へらへらと笑う。
「なあ、いいじゃねえか大滝。過去の事ぁ水に流して、な?」
「貴様が流れろ」
 俺は、飯島を殴り飛ばしていた。
 吹っ飛んだ飯島が、川に落ちた。水太郎の川に。
 溺れもがいていた飯島が、やがて大人しく浮かんだ。皮膚が紫色に変色している。水死体か、毒殺死体か。
 俺は、囚われの両親に微笑みかけた。
「父さん……川に毒、流した?」
「そ、村議会で決まったんだ……この川の化け物は、人を喰う……古妖狩人とかいう人たちの使っていた毒が、手に入ったから……」
 七星剣に見事、してやられたというわけだ。
 村の連中が、しかし自力で水太郎の毒殺を敢行したのは、七星剣にとっても計算外であったろう。
 笑うしかないまま、俺は両親に歩み寄った。松倉が、狼狽している。
「や、やめろ大滝。お前の両親がどうなっても」
 俺の額、第三の目から破眼光が迸り、松倉を粉砕した。
 呆然とする黒沢に、俺は問いかけた。
「何人か殺して、水太郎のせいにしたのは……あんただな? 黒沢さん」
「め、命令で……」
「まあ、それはいい。俺も村の連中は今から殺す」
 俺は抜刀し、黒沢を斬殺した。
 その刃を、親父に向ける。
「わかるよ父さん。例の開発計画、また招致しようって話が出ているんだろう?」
「村が! 村が、豊かになるんだぞ!」
「もう、やめましょう……」
 おふくろは、諦めていた。
「源一、どうか私たちの命だけで勘弁して……村の人たちは、悪くないから……」
「……全員、殺す」
『やめろ、源一』
 水太郎が、川から顔を出していた。
 声が震えるのを、俺は止められなかった。
「……生きていたのか」
『この程度の毒で、自然界の毒気を操る僕は殺せない。それより源一……それ以上をやろうと言うのなら、僕は君と戦わなければならなくなる』
「お前と、本気で喧嘩した事はなかったよな水太郎」
 何年かぶりに出会った友と、俺は睨み合っていた。
「言っておくぞ水太郎……殺さなければ、俺は止まらない」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.隔者・大滝源一郎と古妖・蛟の和解
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 とある村、大型河川の岸辺で、旧友同士である隔者・大滝源一郎と古妖・蛟が戦闘状態に入ろうとしております。
 両者とも相手を殺したくない心は持っていますが、戦闘になれば、どうなるかはわかりません。
 確実な助命には、覚者の皆様の介入が必要となります。

 場所は真昼の河原。
 睨み合う両者の他、源一郎の両親が縛り上げられた状態でそこにおります。

 源一郎は、両親も村の人々も皆殺しにする気でいます。言葉では止まりません。
 普通に戦って体力を0にしていただければ、生存状態のまま行動不能になります。

 蛟の方は、いくらかは会話が通じます。
 彼は、源一郎に殺戮を行わせないためであれば何でもします。会話の流れ次第では、覚者の皆様も攻撃対象に入ってしまうかも知れません。例えば、源一郎の憎悪と殺意に共鳴・同意してしまう方が、覚者の皆様の中にいらした場合などです。
 そうなった場合も、普通に戦って体力を0にしていただければ、生存状態のまま行動不能になります。

 戦力は以下の通り。

●大滝源一郎
 男、18歳、水行怪。武器は妖刀。使用スキルは破眼光、水龍牙、斬・二の構え、潤しの滴。

●蛟
 鉤爪や牙による攻撃(物近単)の他、口から毒気を吐いてきます(特遠、単または列または全。BS猛毒、麻痺)


 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
公開日
2019年01月23日

■メイン参加者 4人■

『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『地を駆ける羽』
如月・蒼羽(CL2001575)


 河川に毒物を流す。立派な犯罪行為である。
 そんなものは地域ぐるみで隠蔽してしまえば良い、という計算が働いていたのかも知れない。
 まさしく村社会、田舎の人間にはそういうところがある、などと得意げに語るつもりは『地を駆ける羽』如月蒼羽(CL2001575)には無論ない。
「けれど……そう思われても仕方のない事を、あなた方はしているんですよ」
 縛り上げられた中年夫婦に語りかけながら、蒼羽は無造作に手刀を振るった。
 縄が切断され、夫婦は自由になった。
 夫も妻も、縛られていた時よりも怯えている。青ざめ震え上がり、身を寄せ合っている。
「ありがとうくらい言ったらどうだい、お父さんもお母さんも」
 夫婦の息子である大滝源一郎が、声を投げてくる。
「良かったじゃないか、正義の味方が助けに来てくれて。まあ俺としては、まとめて皆殺しにするだけだがな」
「正義の味方を気取ろうって気はねえが、お節介は焼かせてもらうぜ」
 源一郎と対峙し、睨み合いながら『雷切』鹿ノ島遥(CL2000227)が言った。
「お前、大滝っつったか? まあ偉そうに説教たれる気はねえが、数少ねえ友達の言葉くらいはちゃんと聞けよ」
 その友達が、川の中から長い首を伸ばしている。
『……僕と源一のつまらない喧嘩に、覚者たちを巻き込みたくはないが』
 水棲恐竜を思わせる姿。全長5メートルには達するだろう。その巨体は水中にあって、長い首だけを水面上に現している。いや、尻尾の一部も見える。
 古妖・蛟であった。
 河原に佇む隔者・大滝源一郎と睨み合っていたところである。
 そこへ、ファイヴの覚者4名が割って入って行く。蒼羽、遥、それに『居待ち月』天野澄香(CL2000194)と『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)。
「……初めまして、ファイヴの天野澄香と申します」
 蛟に向かって、澄香がしとやかに一礼する。
「水太郎さん、ですね? 貴方と源一郎くんの喧嘩を止めに来ました。余計なお世話は承知の上です」
「力尽くで余計な世話を焼くのが、貴様らファイヴの方針だものな」
 源一郎が暗く笑った。
「まあ止めてみるがいい。殺さなければ俺は止まらない、とだけは言っておこう」
「……その台詞は聞き飽きた。うんざりだよ。隔者って連中、それしか言わないんだもの」
 奏空が言った。
「どいつもこいつも、殺す事でしか道を切り開けないのか……大滝さん、あんたもそうだけど、この村の人たちも!」
 桃色に輝き燃える奏空の瞳が、源一郎の両親を睨み据える。
 怯え抱き合う大滝夫妻を、蒼羽は背後に庇った。
「その話は後にしようか。今はね、戦えない人たちの身の安全を確保しないと……さあ、動けますか。お2人とも」
「助けるのか、そいつらを」
 蒼羽に護衛される両親を、源一郎は第三の目で睨み据えた。今にも破眼光が迸りそうだ。
「助けてやれば、そいつらが感謝する、反省する、心を入れ替える……などと思っているわけではないよな?」
「反省して心を入れ替えるのは、お前だ」
 遥の全身がバチッ! と電光を帯びた。装着武具『八雷神』が、放電を起こしたのだ。
 電撃まとう拳を、遥は源一郎に向けた。
「お前よ……一体、何がやりてえ? 七星剣を抜けてまで故郷へ帰って来たのは何のためだ。気に入らねえ奴らを皆殺しにするためか? 友達を傷付けるためか、おい!」
「……水太郎はな、俺が暴れたくらいで傷付きはしない」
 源一郎の額で燃える第三の目が、遥に向けられた。
「俺が帰って来たのは……ふっ、そうだな。それで行こう。気に入らない連中を、皆殺しにするためだ」
「違うでしょう源一郎くん。貴方が故郷へ帰って来たのは、お友達に会うためです」
 言葉と共に、澄香が翼を広げる。
「少し、落ち着きましょう? 貴方がそこまで怒りを燃やしているのは、水太郎さんの身に危険が及んだからではないのですか。なのに貴方が水太郎さんに危害を加えてどうするんです。思慮のない怒りは何も生まない、どころか大切なものを壊してしまうんですよ?」
「あんたの演説は聞いた」
 源一郎が言った。
「聖人君子の心を持てと、高みから随分とまあ傲慢な事を言ってくれたじゃないか。あんたの頭の中に、たいそう綺麗なお花畑が広がっているのはわかったが、それを見せつけられたところでな。こちらとしては白けるしかないんだよ」
「言葉だけで人の心を変えられるとは思っていません。ですが源一郎くん、貴方は」
「もうやめよう、澄香さん。この野郎には何言っても無駄だ」
 遥の声が、低くなった。
「……ごめんな水太郎。お前の友達、ぶちのめす事になっちまった」
『お手並み拝見といこう。くれぐれも源一の馬鹿を甘やかしてくれるなよ』
「おい、見損なったぞ水太郎」
 源一郎が、燃え盛る第三の目を親友に向けた。
「お前、俺を殺す役目をファイヴの連中に押し付けるのか」
「……やっぱり、そういう事か……」
 奏空の両眼も、燃え輝いていた。前世の何者かと、同調が行われている。
「大滝さん、あんた水太郎に殺されるつもりだったんだな。殺して、止めてもらう。そんな事考えていたんだろ。あんたこそ友達に汚れ役を押し付けるつもりか! 友達を人殺しにするつもりかあああッ!」
「奏空くんも落ち着きましょうね」
 言いつつ澄香が、タロットカードをかざした。
 河原の地面から蔓植物が生え伸び、源一郎の身体に巻き付いてゆく。捕縛蔓。その生長を操りながら、澄香は言う。
「……許して良いのかどうか、わからない人たちなら私にもいます。人を許すには、きっと恐ろしく長い時間が必要なんです。だから源一郎くん、どうか焦って答えを出さないで下さい」
 言葉と共に、澄香は羽ばたいた。
 風が巻き起こり、暴風の砲弾となって源一郎を直撃する。
「許していいのか、わからない……」
 血飛沫をぶちまけ、仰け反りながら、源一郎は言った。
「……ならば許すな。そいつらを皆殺しにしろ。俺が力を貸す」
「お前もう黙れこの野郎!」
 遥が吼え、全身に電光をまとい、踏み込んだ。横向けの落雷が、源一郎を直撃したように見えた。
 その間、蒼羽は大滝夫妻の背中をそっと押した。
「お怪我がないようでしたら自力で走って下さい。ここから離れますよ」
「わ、私たちを助けて下さるのですか」
 源一郎の父が言った。蒼羽は、微笑んだ。
「僕たちが、ではありませんよ」
 夫妻の顔が、青ざめ引きつった。
 自分が今、どんなふうに微笑みかけているのか、蒼羽にはわからない。
「貴方がたに化け物と蔑まれ、命まで奪われそうになった水太郎さんがね、お2人を助けたんです。はっきり言いますが、御子息は本気で貴方たちを殺すつもりですよ。水太郎さんが居なければ今頃お2人とも生きてはいません」
 両親を斬殺するところであった刃を、源一郎は遥に叩き込んでいた。『斬・二の構え』からの一撃。
 鮮血の飛沫を霧状に散らせながら、遥は揺らいだ。
 それは『霞舞』の動きでもあった。よろめいた遥の片足が、雷鳴を発しながら跳ね上がる。
 電光まとう蹴りを喰らった源一郎が、吹っ飛んで地面に激突し、一転して立ち上がり身構えた。
 親友である隔者の戦いぶりを、水太郎がじっと見据えている。
(……わかっているよ水太郎さん。大丈夫、源一郎くんに人殺しはさせない。遥くんも、奏空くんも澄香ちゃんも、殺されるような覚者じゃないから)
 心の中で蛟に語りかけながら、蒼羽は大滝夫妻にさらなる避難を促した。
 言っても無駄、であるにしても、これだけは言っておかねばならない。
「貴方たちは、水太郎さんを殺そうとした。水太郎さんは貴方たちを助けた……言える事は、それだけです」


 大滝源一郎の『斬・二の構え』は、少なくとも破壊力は自分よりも上だ、と奏空は思った。
「けど、速度は俺の方が上だ!」
 奇跡の日本刀『MISORA』を、斬・二の構えから一閃させる。
 一閃で、複数回の斬撃が繰り出される。疾風そのものの猛攻が、源一郎の全身から鮮血の霧をしぶかせる。
「自分のやらかしを、自分じゃ止められない……そういう事も確かにあるだろうけど、だからって! 友達に殺してもらおうなんて!」
 斬撃の疾風を吹かせながら、奏空は吼えた。
「わかるぞ大滝さん。あんた昔っから何かやらかす度、水太郎に怒られて止められて、だから今度も止めてもらえると思ってる! 甘え過ぎなんだよ、水太郎に!」
「……オレもな、やらかしてソラに怒られた事はある」
 奏空の攻撃に合わせて、遥が踏み込んで来る。
「ソラと2人でやらかして、澄香さんに怒られた事もある。だから偉そな事ぁ言えねえ、ただお前をぶちのめすぜ大滝!」
「えーと……そんな事、あったっけ」
 という奏空の言葉を無視して、遥は雷鳴を轟かせた。
 電光の塊と化した拳が、源一郎を高々と吹っ飛ばしていた。轟雷そのもののアッパーカットであった。
 バチバチと電光に絡まれた源一郎が、錐揉み状に落下して河原に激突する。
「ぐっ……こ、この雷……体術封じ、か……」
「五織の彩・改……お前のさっきの技、効いたぜ。だから封じておく」
 残心の構えを取りながら、遥が言う。
 よろりと立ち上がりながら、源一郎が目の前に刃を立てる。剣技ではなく術式の構え。
「俺の力の、全てを……封じたつもりか貴様!」
 流水が生じて激しく渦巻き、龍と化した。水龍牙。
 荒れ狂う水の牙が、奏空と遥を薙ぎ払う。
 血飛沫と水飛沫を散らせながら、両名とも辛うじて倒れず、踏みとどまった。
 耐えながら奏空は一瞬、森を幻視した。
 木漏れ日が降り注いで、全身の傷に染み込んでくる。
 容赦なく傷が癒されてゆく、痛みを伴う心地良さが奏空の全身で疼く。遥も、同じものを感じているだろう。
「ねえ遥くん……私、怒ってなんかいませんよ?」
 澄香の、治療術式であった。
「あの時は、ちょっとお話をしただけです」
「お話つうか、お説教……あ痛、あつつつつ」
「ふふ……源一郎くんにもね、お説教をしてあげます。私の綺麗事、大いに聞いてもらいますよ」
 森の中を風が吹いた、と奏空は感じた。
 その風が、暴風の弾丸となった。澄香のエアブリット。
「私の頭の中のお花畑をね、嫌と言うほど見せてあげますから」
「……うんざりなんだよ。貴様らファイヴの、そういうところが……」
 吹っ飛び、落下した源一郎が、血まみれになって立ちあがる。
「何故……それだけの力がありながら、貴様たちは何故……その力で、古妖と人の絆を守ろうとしない!? それを脅かす者どもを何故、殺し尽くそうとしない! 七星剣は、それを……してくれる、はずだった……」
 源一郎の額で、第三の目が輝きを増してゆく。激しく、禍々しく。
「だが七星剣は結局、俺を裏切った! 無論、許せはしないが今はそれ以上に貴様らが許せん!」
 その輝きが破眼光となり、覚者たちに向かって迸る……寸前、人影がゆらりと源一郎の眼前に割り込んだ。
「ごめん、遅くなりました」
 蒼羽だった。
 その手が、奏空の動体視力をもってしても捉えられぬ速度で小刻みに動く。
 源一郎の身体が、硬直した。
 胸板の辺りに、封印の紋様が刻み込まれている。
 迸る寸前だった破眼光が、消えて失せた。
「螺旋崩し……きみの術式は封印させてもらった」
 蒼羽が言う。
「ここまでにしよう、源一郎くん」
「黙れ……!」
 剣術も術式も封じられた源一郎が、硬直・痙攣する腕を無理矢理に動かして妖刀を振るう。
 蒼羽が、浅手を負ったようだ。
 源一郎の身体は、しかし宙を舞っていた。
「まずは問いかけに答えておこうか。僕たちが何故、理想の妨げとなる人々を力で滅ぼそうとしないのか」
 蒼羽の、四方投げであった。
「答えは簡単。そのやり方で守れるものなど、たかが知れているからだよ。きみのような隔者たちが教えてくれた事さ」
 源一郎は、河原に倒れたまま動かない。ただ、声を発するだけだ。
「殺せ……」
「独創性のない事を言うものじゃあないよ」
 蒼羽が微笑んだ。
「……御両親と少しお話をしたよ。まあ何と言うか、僕がきみでも暴れたくなったかも知れないね。身内でも、わかり合うのは難しい。それを痛感させてくれるような人たちだったよ」
「……ねえ蒼羽さん」
 澄香が問いかける。
「だからと言って、何か手荒な事はしていないでしょうね?」
「ははは、ひどいなあ。澄香ちゃんが僕をそんなふうに思っていたなんて」
「如月さん御兄妹の場合、一抹の不安が拭えないので……それより源一郎さん。最後に殺されさえすれば何をしても許される、というところから脱却しなければいけませんよ。貴方たち隔者という方々は」
 澄香は身を屈め、源一郎と目の高さを近付けた。
「……もしも、ですよ。私たちが貴方の命を奪ったりしたら、まずは水太郎さんが私たちを許してはくれません。負の連鎖とは、そういう事です」
『…………』
 水太郎は何も言わない。
 源一郎が何か言おうとしたので、奏空は睨み付けた。
 彼は今、間違いなく言おうとした。殺せ、と。
「わかり合えない、だから殺してしまえというのは少しばかり短絡的に過ぎると思わないかな」
 蒼羽が言った。
「時間が解決してくれる、かも知れないじゃないか。もちろん、解決してくれないかも知れない。だけど優しい選択肢は残しておいても損にはならないと思うよ」
「……水太郎が見てるぜ、お前の事」
 立ち上がれない源一郎の傍らで、遥が片膝をつく。
「今じゃなくていい、お前もちゃんと水太郎の目ぇ見て話しろよ」
「話す事など……」
「お前、この村で開発計画が持ち上がった時に身体張って止めたんだよな。地上げ屋に喧嘩売って、ぶちのめされて……そこまでやったのは、何のためだ。誰のためだ」
 遥が、懇々と問いかける。
「色々やり過ぎて七星剣に入っちまった、けど戻って来た。誰に会うためだ」
『……もういい。面倒をかけたな、覚者たち』
 水太郎が、言葉を発した。
『源一の阿呆を、まあ死なない程度に叩きのめしてくれた事、感謝する。死んでしまったら、それはそれで仕方がないと思っていたところさ』
「死なせはしないよ。大滝さんには生きてもらう。自分のやらかしを、しっかり見つめてもらわないと」
 奏空は言い放った。
「……最後は活殺打で決めようと思ったけど、その前に終わっちゃったね。無茶だよ大滝さん、4対1なんて」
「お前たち4人なら……俺を、殺してくれるかと思っていた」
 源一郎が、上体だけを弱々しく起こした。
「俺は……村の連中を、許したわけではないんだぞ。俺を生かしておけば、いつか奴らを皆殺しに」
『僕がさせない。わかっていると思うが源一、僕はその覚者たちほど優しくはないぞ』
 水太郎が牙を剥く。
『もっと容赦なく、お前の心をへし折る。泣かせてやるよ、昔のようにな』
「ほう……やれるものなら……」
「ああもう、やめなさい。私たちが何のために来たと思っているんですか」
 澄香が割って入った。仲裁と言うより、源一郎を一方的に庇う格好となってしまう。
 水太郎は、蒼羽が気遣った。
「川に毒を流す、人間たちの行い……傲慢でしょうが、僕が謝罪します。本当にごめんなさい。お身体の具合は」
『平気さ。僕は蛟、君たちが古妖と呼ぶものの中では毒に縁深い方でね』
「川の浄化や解毒は、僕たちファイヴが行います。何としても」
『それも大丈夫。川の浄化は今、僕たちがやっている。間に合わずに死んでしまった人間もいるけれど』
 ふと奏空は、おかしな気配を感じた。
 古妖がもう1体、いるのではないか。
『以前、河童たちの川にも同じように毒を流された事があってね。その時も我々が浄化を担当した。毒は僕の得意分野……だけど僕なんかよりも、もっとずっと毒に強い妖怪がいる。紹介しようか』
 という水太郎の言葉が終わらぬうちに、おかしな生き物が水中からザバァーと出現した。
 毛むくじゃらの河童、とでも言うべき古妖が、奏空の方を向いてニタリと笑う。
「よう。こないだは茄子ごっそさん。美味かったぜぇー」
「あ……ええと、ひょうすべさん?」
「あの村の連中ムカつくから皆殺しにしようと思ったけどよォー、おめえが茄子くれたから今回だけは許してやらあ」
『川の浄化は、ほぼ終わったようだな。ひょうすべよ』
「おうよ。人間どもの使う毒なんざぁ、俺様の毒に比べりゃ何て事ぁねえ」
『……そうだな、だからお前あまり人間に近付くな。ここにいるのが覚者たちでなかったら今頃、下手をすると人死にが出ている』
「面白そうな奴がいるじゃねえか」
 近付くなと蛟が言っているのに、遥が近付いて行く。
「川の浄化か。水太郎の住む場所は、ちゃんと守られたって事だな」
『自分の住処くらいは自分で守るさ。開発云々という話も出ているようだが、僕がここにいる限り、人間たちの好きにはさせない』
「何かあったらオレたちがまた来るぜ。ま、出来れば人間と仲良くやって欲しいけどよ」
 遥が、ニコリと笑った。
「人も古妖もみんな、ソラとあの子みたいに仲良しならいいのにな!」
「な、何でそこであの子が出て来るんだよ遥」
 うろたえる奏空を、澄香が心配してくれた。
「ねえ奏空くん、最近あの子と会っていますか? 女の子はね、見切りを付けるのが本当に早いんですから」
「み、見切るって何を」
 泣きそうな奏空を、澄香はそれきり放置した。
「それにしても……村の人たちとも、お話をしたいところですね。行ってみましょうか」
「……今は、やめた方がいいと思う」
 源一郎に肩を貸しながら、蒼羽が言う。
「御両親を村まで送り届けた時に、僕は痛感したよ。人々の心は……そう簡単には、変わらない」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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