空を泳ぐ人魚の涙
空を泳ぐ人魚の涙



 聴いた者は自殺する、と言われている歌がいくつかある。まあ大半は眉唾物だ。
 この『空を泳ぐ人魚の涙』は、数少ない本物であると僕は思う。
 とてつもなく長い髪をツインテールに束ねた美少女が、透き通った声で、空への憧れを歌い上げる。
 生身の汚らわしさを感じさせない、透明な声。
 僕の心も、透明になってゆく。
 僕の身体は、しかし透明にはならない。酒と甘物と油物で、無様に肥え太った肉体。脂肪の重みで、地に押し付けられた肉体。
 こんな身体で、空を飛ぶ事など出来はしない。
 生まれてから三十数年間、嫌々付き合ってきたこの肉体を、だから僕は捨てる事にした。
 未練はない。愛着など、あるはずがない。僕は自分自身に、ほとほと愛想が尽きていたのだ。
 仕事を辞めて、もう何年も経つ。実家とも連絡を取っていない。友達もいない。
 強がりではなく、僕は思う。一向に構わない、と。
 僕には、彼女がいる。
 ディスプレーの中で、長いツインテールを軽やかに跳ね上げながら舞い踊り、『空を泳ぐ人魚の涙』を切々と歌い続ける美少女。再生回数61329886回。まだ伸びる。
 そう、残念ながら僕には彼女を独り占めする事が出来ない。
 この歌を聴いた者は皆、彼女と一緒に空を泳ぎたくなるのだ。地上に縛り付けられている自分に別れを告げて。
 楽曲・動画の作成者に関しては、明らかではない。
 聴くと自殺したくなる曲、として話題になり始めたのは最近の事だ。実際、何名かの自殺者が出ているらしい。
 作成者は最初に自殺した、という未確認情報も出回っている。
 とにかく僕は今から、彼女と一緒に空を泳ぐ。
 運動不足の肉体だが、まだ首を吊るくらいの余力はあるのだ。


 懐かしい、と俺は思った。
 某ポップミュージックの王様が、大勢のダンサーと共にゾンビに扮して練り歩く、あのMVそのままの光景である。
 いや、あれとは少し違う。
 10体前後、であろうか。本物としか思えないゾンビたちが、全身をバキバキ鳴らしつつ、滑稽なほどに軽快なダンスを披露している。通行人を片っ端から撲殺し、引きちぎり、肉片を蹴散らしながらだ。
 そのゾンビどもを率いているのは、1人の美少女だった。
 あり得ないほど長いツインテールの髪を軽やかに振り乱し、綺麗な手足を躍動させて踊り歩き、そして歌っている。
 ぞっとするほど、綺麗な声だった。人間が出せる声ではない、と俺は思った。
 聴いた事のある歌だ。確か『聴いた人間は自殺する』歌として、ちょっとした話題になった。
 興味本位で、俺も聴いてみた。良い楽曲だとは思ったが、別に死にたくはならなかった。
 今こうして聞かされていても、自殺したいとは思えない。
 その代わり、ゾンビどもに殺されそうではある。
 道行く人々は恐慌に陥り、交差点は地獄と化した。
 悲鳴のような急ブレーキ音を響かせ、突っ込んで来た車を、少女が踊りながら迎え撃つ。すらりと美しく伸びた脚が、車体を運転者もろともグシャリと凹ませた。
 激しく横転した車の残骸を、鮮やかに回避しながら、1体のゾンビが俺に襲いかかって来る。
 生前さぞかし不摂生な生活をしていたのであろう肥満体。肥え太りながらも青ざめ腐りかけた巨体が、しかし少女の澄んだ歌声に合わせて俊敏に舞い踊り、そして俺を叩き潰す。
 砕けた頭蓋骨から、潰れた脳髄が噴出した。空に向かってだ。
 空を飛ぶ。空を泳ぐ。
 それが俺の、最後の思考となった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.妖(10体)の殲滅
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 街中に妖の群れが出現し、殺戮を行います。これを阻止して下さい。
 敵の詳細は以下の通り。

●歌姫(1体)
 心霊系、ランク3、前衛中央。聴いた人間は自殺する、と言われる歌を聴いて本当に自殺した人々の、怨念の集合体が妖と化したもの。その歌を歌い、踊りながら、格闘戦を仕掛けてきます(特近単)。
 歌を聴いても覚者の皆様が自殺願望に取り憑かれる事はありませんが時折、本物の呪いの歌を歌います(特遠全、BS呪い)。

●自殺者の屍(9体)
 生物系、ランク1。4体が前衛(歌姫の左右)、他5体が後衛。歌を聴いて本当に自殺してしまった者たちの死体が、妖となったものです。攻撃手段はゾンビらしい白兵戦のみ(物近単)ですが、ゾンビにしては動きが俊敏です。

 場所は白昼の街中、市街地の交差点。
 オープニング中では人死にが出ておりますが、覚者の皆様には殺戮が始まる寸前に到着していただく事になります。
 妖は基本、最も近い位置にいる人間を攻撃するので、皆様に間合いを詰めていただければ、通行人が襲われる事はありません。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
公開日
2018年12月28日

■メイン参加者 5人■

『鬼灯の鎌鼬』
椿屋 ツバメ(CL2001351)
『五麟の結界』
篁・三十三(CL2001480)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『地を駆ける羽』
如月・蒼羽(CL2001575)


 ずっと昔。『地を駆ける羽』如月蒼羽(CL2001575)が、生まれる前の話である。
 当時とある特撮ヒーロー番組が、子供たちの絶大な人気を得ていた。蒼羽も名前だけは知っているヒーローだ。
 子供たちが、そのヒーローの真似をして高所から飛び降り、怪我をする。そんな事故が相次いで起こり、番組には親御からの苦情が殺到したという。
 番組制作者側が、しかし苦情に屈して危険なスタントを自粛する、という事はなかった。
 その代わり、主役の俳優が子供たちに向かって「危険だから真似をしてはいけない」というメッセージを発するシーンが増えたようだ。そういうものの書き足しを要求された脚本家が、難色を示したという裏話もある。
「まあ僕も映像で見た事はあるけれど。あの頃のスタントっていうのは本当、僕が見ても気が狂ってるとしか思えないけれど」
 言いつつ蒼羽は『呑気草』真屋千雪(CL2001638)の肩をポンと叩いた。
「そういう危険な事、本当に真似しちゃうんだよね。子供って」
「そそそうですねー」
 愛想笑いを浮かべながら、千雪が琴巫姫を爪弾いた。
 香気の粒子がキラキラと飛散し、覚者5名を包み込む。守りの術式・清廉珀香。
 その香しさの中で、蒼羽も微笑んだ。
「子供番組を作る人たちの気持ちがね、ちょっとわかるような気がするよ。危険な事は真似しちゃいけないっていうメッセージ、大切だよね」
 前世の何者かと同調を行いながら、蒼羽は言った。
「千雪くんは……子供じゃないから、わざわざ言わなくてもわかってくれるよね?」
「そそそ蒼羽さん、目が笑ってないような……」
「錬覇法を使っているだけさ」
 発光する瞳で、蒼羽は戦場を見渡した。
 今から、ここは戦場となる。
 市街地の路上で、明らかに無許可のライブが行われていた。
 青ざめ、腐りかけた屍が9体、硬直した手足をバキバキと躍動させ、踊り歩いている。
 1人の少女に、率いられてだ。
 頭の両側で束ねられ、長大なツインテールを成した髪。透明感のある美貌、すらりと伸びた肢体。
 それら全てが、霊体である。自殺者9名の怨念で組成された少女。
 その可憐な唇から、人間では絶対に出せない、と思えてしまえるほど綺麗な歌声が紡ぎ出される。
 歌いながら、少女は歩いている。歩行が、そのまま舞踏であった。
 少女の歌に、踊りに、導かれて、9つの屍たちが一糸乱れぬダンスを披露している。
 このダンスが、襲撃へとリズミカルに移行する。歌い舞う霊体の少女と踊る屍たちによって、これから通行人が大いに殺戮される。それが、夢見の見た夢である。
 その夢が現実となる前に、しかし『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)が、屍たちの眼前に踊り出ていた。
「ほう、これがゾンビの動き……今後のダンスに活かせるかな」
 屍たちを牽制するように、ツバメはステップを踏んでいる。少女の、歌に合わせてだ。
「これが……聴いた人間が自殺するという歌か。私も今、聴いてしまったわけだが」
「オレも聴いちまった。つーか、ここにいる皆も周りの人たちも、やべえって事になるよな」
 今回のメンバーの中で、自殺とは最も縁遠いと思われる『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言った。
「歌聴いただけで死にたくなるとか……そんな事、あんのかな。ま、実際に死んじまった奴らが少なくとも9人はいるって事か」
「単純に、良い歌だとは思う」
 言いつつ篁三十三(CL2001480)が、じっと聴き入っている。
「空を泳ぐ人魚の涙……動画も見た。作成者に関しては、ネットでは大した事は調べられなかった。この妖たちと戦う事で、何かわかればいいと思う。あ、皆さんは早く避難して下さい」
 恐慌に陥りかけた通行人たちに声をかけながら、三十三は印を結び、翼を広げた。
「これはアトラクションの類ではありません……覚者と妖の、実戦です。速やかに避難をして下さい」
 気の力が拡散し、覚者5人を包み込む。防御の術式だ。
「……強くなったよね、三十三くん」
 蒼羽は言った。
「最初の頃は、それこそ本当に……こういう歌を聴きながら自殺してしまいそうなところがあったけど」
「今でも、どうですか。ないわけではないと思いますが」
 辛い事ばかりの地上を離れて、大空を泳ぎ回ろう。
 そんな内容の歌詞を聴きながら、三十三は言った。
「僕は……地面を這い回る事に、まだ未練があります。空を飛ぶのは苦手なもので」
「ああ、飛ぶのは大変らしいね」
 妹を見ていれば、よくわかる。
「空を泳ぐ……か。綺麗なフレーズだとは思う。だけどね、地上に繋ぎ止める役目も大切だよ。僭越ながら僕たちが、それを務める事にしよう」
 ツバメ、翔と並んで、蒼羽は前衛で身構えた。
 屍たちが、少女の歌に合わせて一斉に襲いかかってくる。殺陣としても通用するほど、敏捷な動きで。
 何年か前、とある遊園地のハロウィン・イベントで、ゾンビの役をやった。何となく蒼羽は思い出していた。
 メイクに時間がかかった。大変なのは、それだけだったような気がする。
「着ぐるみの怪人より、ずっと楽だったなあ」
 思い出しながら蒼羽は、人体を引き裂く怪力で掴み掛かって来る屍たちの腕を、ことごとく回避した。
 回避不可能の一撃が、しかし間近に迫っていた。
 豊かなツインテールが、目くらましの如く舞う。それが一瞬だけ見えた後。
 少女の綺麗な脚線が、鞭の如くしなっていた。超視力をもってしても見切れぬ高速の蹴り。
 霊体とも思えぬ強烈な質量が、蒼羽の脇腹に叩き込まれていた。
「ぐっ……ぅ……」
 苦痛の呻きが、吐血に潰された。
 折れた肋骨が体内のどこかに突き刺さる、その激痛を噛み殺しながらも蒼羽は返礼の拳を繰り出した。
 フック気味の一撃を、少女はふわりと回避した。跳躍、と言うより空を飛ぶように。
 歌いながら宙を舞い、しなやかな美脚を振り下ろす。翔に向かって、まるで斬撃の如く。
 叩き斬るような蹴りを喰らった翔が、鮮血を散らせて倒れ、転がり、すぐさま起き上がる。
「……いい蹴り持ってんじゃねーか、ちょっとサッカーやらせてみてえくらいだぜっ」
 左手で口元の血を拭いながら、翔は右手でカクセイパッドを掲げた。
 龍が、表示された。
 雷鳴が轟き渡り、雷の龍が出現して荒れ狂い、妖の群れを薙ぎ払う。
 屍たちが電熱に灼かれ、腐肉の焦げる悪臭を発しながら痙攣する、凄惨な光景の中。
 軽やかに着地を決めた霊体の少女が、龍の形をした電光をかわしながら舞い踊り、歌い続ける。
 攻撃と回避の動きをこなしつつ、その綺麗な歌声を乱す事のない霊体の少女に、蒼羽は語りかけていた。
「きみは……元々、CGなんだっけ。生身じゃ難しいアクションを、軽々と見せ付けてくれるね。CGか……そのうちスタント・パーソンなんて仕事はなくなって……僕なんかも、要らなくなってしまうのかな」
「そんな事はない……そんな事には絶対、させない」
 蒼羽の隣で、ツバメが気合いを燃やした。
「生身でしか出来ない事を、私たちは魅せ続けなければならないんだ。そうは思わないか!」
 燃え盛る火行因子の光が、彼女の額、第三の目から迸った。灼熱化、そして破眼光。
 炎のような赤色の光が、霊体の少女を直撃する。俊敏な踊りが一瞬、硬直したように見えた。
 それを見据えながら、ツバメがくるりと大鎌・白狼を振るい構える。
「あの動画は私も見た。歌も動画作成技術も、素晴らしいものだと思う。私たちが、あれと何も張り合う必要はない……だけど生身で動き続ける事を諦めてもならない。私は、そう思う」
「……そうだね、椿屋さん」
 蒼羽は、踏み込んで行った。
「お互い、アナログ職種を代表して……意地を見せないとね」
 ショットガントレットをまとった両手で、拳を握り固める。踏み込みながら身を捻る。折れた肋骨が体内を抉る、その激痛を噛み殺してだ。
 血を吐きながら蒼羽は、踏み込んだ足から全身へと回転を伝え、拳を放っていった。左右4連の正拳突き。拳による『十六夜』の型。
 翔の雷龍に灼かれ、痙攣していた屍が4体、吹っ飛んで砕け散った。
 残る5体の屍が、腐肉の焦げる臭いを発しながらも蒼羽を襲い、そして同じく砕け散っていた。
 三十三が、略式滅相銃で掃射を行ったのだ。水行の力が銃撃となって迸り、屍たちを粉砕していた。伊邪波。
「すみません蒼羽さん、それに翔君……今回は治療よりも、攻撃を優先しました」
「それでいい。まずは、妖の数を減らさないとね」
「オレたちなら大丈夫だからよっ」
 元気を振り絞りながら翔が、霊体の少女にカクセイパッドを向ける。
 少女は相変わらず歌い、踊っている。踊りが、そのまま攻撃の挙動となった。歌に合わせての、超高速の蹴りが放たれる……寸前で、アスファルトが砕け散った。
 地中から無数、伸び現れた蔦が、少女の細い全身に絡み付いていた。
「駄目だよ……それじゃあ、全然だめ」
 琴巫姫を爪弾いて蔦を操り、霊体の少女の動きを封じながら、千雪が言った。
「音楽は、人を癒すもの。人に寄り添うもの。人を傷付けるものじゃあないと僕は思う……そりゃ確かに、悲痛悲壮ネタは昔から多いんだけどさー。その綺麗な声、そんな使い方をしちゃあ駄目だよ」


 千雪の言葉に反発するかのごとく、少女は歌い続ける。
 涼やかだった歌声の響きが突然、変わった。
 美しく、だが禍々しく響く歌。
 まさしく呪いの歌だ、と千雪は思った。
 怨念が、耳から脳漿へと流し込まれて来るかのようだ。
「これ……ヤバいよ、僕たちは覚者だから……何とか、耐えていられるけど……」
 普通の人間が聞いたら、ひとたまりもない。聞いたら自殺どころではなく、即座に脳を破壊される。
 逃げ惑っている通行人たちが、危ない。
 思いつつも千雪は、大いなる雷の力が、この場を包み込んでいるのを感じた。
 雷獣結界。
 覚者たちも、妖も、呪いの歌も、その中に閉じ込められている。外の通行人たちに、呪いの力が及ぶ事はない。
 蒼羽が片膝をつき、呪いの歌に耐えながらも、両手のショットガントレットをバチバチと帯電させている。雷獣の力は、そこから発生している。
 これが、この如月蒼羽という覚者なのだ。
 あれだけの痛手を負い、反撃を繰り出しながらも、周囲への気配りを決して忘れない。
(こんな人がお兄さんで、いつも一緒にいる……他の男なんて、特に僕なんて……お子様にしか、見えないよねー……)
 よろり、と千雪は立ち上がった。
 聞いた者は自殺するという、呪いの歌。
 今の自分であれば、そういう歌をうっかり歌ってしまうかも知れない、と千雪は思う。
 周囲では、香気の粒子と、気の力の煌めきが、削られるが如く飛散している。千雪と三十三、2人で施した防御術式が、呪いの歌を防いでくれてはいるのだ。
 だが脳漿に毒を流し込まれるかのような精神的痛手は、覚者たちを容赦なく蝕んでゆく。
「この歌……僕もねー、聴いた事あるよ」
 普通に動画を見た。その時は単に、良い歌だとしか思わなかった。
「こんな歌じゃなかった……空を泳ぐ人魚の涙はね、こんな歌じゃあない……この歌を、呪いの歌にしちゃってるのはねー……きみたち、なんだよ。わかるかなー……」
 粉砕された9人分の屍の破片に、千雪は声を投げた。
 彼らの怨念で組成された少女が、蔦の束縛に抗うようにして襲いかかって来る。踊りが、そのまま攻撃の動きとなっている。
 すらりと美しい脚が、回し蹴りの形に跳ね上がって千雪を襲う。
 そして、ツバメを直撃した。
「ちょっ……だ、駄目だよー椿屋くん! 僕を、女の子を盾にするような」
「……中後衛の盾になるのも、前衛の役目だ。気にするなっ」
 吐血を噛み殺しながら、ツバメは大鎌を一閃させた。一閃で、幾度もの斬撃が繰り出されていた。
 疾風双斬。
 それは、舞踏をそのまま攻撃としている霊体の少女とは違う。目にも留まらぬ、他人に見せる要素など一切ない、純粋な戦闘の動きだった。ダンスと戦闘は動きが違う、とはツバメ本人の談である。
 叩き斬られた少女の細身が揺らぎ、霊気の粒子が鮮血の如く飛び散った。
 そこへ翔が、カクセイパッドを向ける。
「お前ら……こんな怨念、残すくらいならさ。何で自殺なんかしたんだよ……」
 光の剣が表示され、そして射出された。
「ほんとは死にたくなんか、なかったんじゃねーのか!」
 B.O.T.改。光が、少女の姿を形成する霊体を穿ち切り裂いた。
 美しい少女の姿が一瞬、揺らいで歪んで失われ、そうではないものが出現した。ほんの一瞬だけだ。
 悲しいほどにおぞましく、痛ましくなるほどに醜悪なもの。
 それは一瞬で、取り繕うかのように、少女の姿に戻って歌い踊り続ける。
「そんな、おぞましく痛ましいものを心に抱いたまま……あなたたちは、自ら命を絶ったのか」
 三十三が、語りかけながら翼を揺らす。
 水行の癒しの力が霧状に拡散し、覚者たちを包み込んで治療をもたらす。
「僕は……だけど、それを見た事があるかも知れない……自分の、心の中に」
「それは目の錯覚だよー、さとみん」
 言いつつ千雪は、琴巫姫を鳴らし奏でた。
 少女の身体に絡み付く蔦が、その音色に合わせて荊に変わった。棘散舞。無数の棘が少女を切り裂き、血飛沫のように霊気を飛散させる。
 痛ましいほど醜悪な何かが、また一瞬、見えた。
「自殺する人たちってさー、きっと……こういうもの、見ちゃうんだろうね。そんなの錯覚だって、気付かせてあげられたらなー……」
「最後はね、自分でそれに気付く事が出来るかどうか」
 言葉と共に、蒼羽が踏み込む。
 荊に切り裂かれながらも無理矢理、襲いかかって来た少女の身体が、猛回転しながら路面に叩き付けられる。
 蒼羽の、四方投げだった。
「もちろん周りの人の助けは重要だけど、最後は自分なんだよね」
 厳しいが、その通りなのだろうと千雪は思う。
 自殺した9人も、最後は自分しかいなかったのだろう。周りに、誰もいなかった。
 自分はどうか。最後は自分1人、などという状況に耐えられるのか。
 耐えられない、だから彼女と一緒に行く事が出来れば……という思いが、あの時、全くなかったと言えるのか。


 ツバメの破眼光が、ここに来て効いた。
 霊体の少女が呪いに縛られ、動きを止める。美しい少女の姿は半ば崩壊し、おぞましく痛ましいものが露わになっている。
 そこへ翔は踏み込み、右掌を叩き込んだ。光を孕む右掌。
「これで成仏っ、しやがれーッ!」
 その光が迸り、崩れ歪んだ少女の姿を粉砕した。B.O.T.改の零距離射撃。
 霊気の粒子がキラキラと飛散し、消えてゆく。
 少女の姿が消え失せても、『空を泳ぐ人魚の涙』はしばらくの間、聞こえていた。
 それも、やがて聞こえなくなった。
 代わりに、穏やかな楽の音が聞こえる。
 千雪が、琴巫姫を弾き奏でていた。鎮魂の調べ、であった。
「……終わった、ね」
 蒼羽が言った。
「自殺した人たちを救う事は、出来ない。僕たち覚者に出来るのは、被害を広げないようにする事だけ……もちろん、それに意味がないとは思わないけれど」
「聴くと自殺する歌、か……オレは別に、死にたくはならなかったけど」
 翔も、その動画は見た。
 あの少女が、軽やかに踊りながら悲しげな歌を歌う。それだけの動画だった。
 覚者ではない人間が見たら、危険なのだろうか。
「その動画……調べた方がいいんじゃねーのか。9人も死ぬ前に、誰かやろうと思わなかったのかな」
「僕は……あれは、単なる楽曲動画でしかないと思う。今の戦いで、わかったような気がする」
 三十三が言った。
「聴くと死ぬ曲、見ると死ぬ絵画、そういったものはネット上にいくらでも出回っているからね。確かに、あの歌を聴いてから自殺した人はいるんだろう。歌と因果関係があるのかどうか、わからない自殺。それが面白おかしく喧伝されて……『空を泳ぐ人魚の涙』は、死をもたらす呪いの歌になってしまった」
「そうなると確かに、あの歌を聴きながら自殺しようという者も出てくるかもな」
 ツバメが腕組みをした。
「元々、心が弱り果てて自殺を考えてしまう。そういう時に、最後の一押しが欲しくて……ネットで評判の、呪いの歌を聴いてしまう。歌そのものに罪はない、というわけか」
「作った奴は自殺した、とかいう話もあるけど……実は普通に生きてて、呪いの歌なんて言われて迷惑してるだけかもな。しっかし、わかんねー」
 翔は、そう言うしかなかった。
「オレやっぱり、自殺しようって奴の気持ちは……わからねえよ。冷たい奴なのかな、オレ」
「わからないのが正常、だと思うよー。僕だってわかんない」
 弔いの調べを奏でながら、千雪が言った。
「あんな悲しい歌、作る人の気持ちだってねー。わかんないよ僕。悲しい事あった? くらいにしか思わないしー」
「音楽を作る人間というのは、きっと理解を求めているわけではない。ただ表現したいだけだ」
 ツバメが空を見上げた。
「私の知る音楽関係者は、ことごとくそうだよ。あの『空を泳ぐ人魚の涙』も……作った人間は、表現したかっただけだと思う。ただ喋るだけでは表現出来ない何かを、な。本当に呪いの歌であれば、エレクトロテクニカでも駆使して作り替えようかとも思ったが、その必要はない。あれは単なる歌として完成されている、手を加えてはいけないんだ」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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