来たるべき選択の日
●
「おいおい。このATMぶっ壊れてんぞ」
菅原の蹴りが、僕の身体をへし曲げた。
「金が出て来ねえ。修理しねえと駄目かなあ」
「お金出さないと分解メンテしちゃうよおおん? 増川くうん」
岸沼が、僕の身体をガスガスと踏み付ける。
頭を抱えながら、僕は泣き呻いた。
「お金……もうない……」
「だからあ、ATMは『現金をお受け取り下さい』以外のセリフ吐いちゃ駄目なの。わかる!?」
梶尾の爪先が、僕の顔面を直撃した。鼻血が飛び散った。
「ねえ増川君わかるよね。俺たち別にイジメをやってるワケじゃないよ?」
「そそ。ただ、お金下ろそうとしてるだけだから」
「なのにカネが出て来ねえ。こりゃクレームもんだろ」
菅原が、岸沼が、梶尾が、まるでサッカーボールみたいに僕を蹴り転がしている。
僕が通っている高校の、校舎裏。設計ミスとしか思えない不自然な空間があって、日頃こういう連中がよからぬ事をするために使っている。
人通りはない。あったとしても、僕を助けてくれる者などいない。
だが、今日は違った。
「ちょっと訊きたいんだけど」
女の子の声だった。
「この辺に、広い場所ないかな? 鬼とかが暴れても大丈夫そうな。化け狸やら狢やらが粗相しまくっても文句出なそうな」
「……何だぁ? てめえ」
菅原が、睨み付ける。
そこにいたのは、明らかにこの学校の生徒ではない少女だった。着ているのは制服ではなく、作務衣のような薄い和服系の衣装で、むっちりと凹凸の瑞々しい身体のラインが全く隠されていない。美少女、ではある。
「って何おめえ、グラドル? たまんねぇー身体してんじゃん。水着の撮影なら手伝うぜええ」
菅原が、梶尾が、岸沼が、劣情を燃やし始めた。
「いま金下ろすからよォ、どっか遊び行こうぜぇー」
「あ。ここ、学校?」
少女はしかし、人の話を聞いていなかった。
「ここでいいや。この学校、もらうね? お前らは……いらないから死ね」
先程の僕のように、菅原の身体がへし曲がった。
岸沼が吹っ飛んで校舎の外壁に激突し、ずり落ちた。
梶尾の鼻が折れ、大量の鼻血が噴出した。
少女が、何をしたのかはわからない。手足が動いたよう、ではある。手刀や、蹴りの形にだ。
僕は、胸ぐらを掴まれていた。
女の子の力、とは思えない。日頃、僕の胸ぐらを掴んでいる菅原たちよりも、ずっと強い力だ。
「お前、何で殴り返さないわけ? 駄目だよ、いじめられて自殺するくらいなら……殺さないと」
「き……君は……」
鼻血を飲み込みながら、僕は訊いた。
「……誰?」
「こういう者だけど」
少女の凶悪そうな美貌で、目が1つ増えていた。第三の眼球が、額でぎらりと見開かれたのだ。
僕は息を呑んだ。
噂には聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。
「君、もしかして……覚者……?」
「篠崎蛍っていうの。よろしく」
「そいつらは……」
倒れ、呻き、痙攣している菅原たちを見て、僕は確認を取った。
「まだ……生きてるの……?」
「殺す? ならやってみな。包丁でも金属バットでも持って来てさ」
「いや、お前が殺せよ! 覚者だろう!?」
僕は叫んでいた。
「覚者ってのは正義の味方なんだろ!? じゃそいつら殺せよ! 僕が殺したら犯罪になっちゃうだろ一般人なんだからあ! お前ら覚者が人殺したって、バケモノが人を食ったみたいな扱いにしかならないんだから平気だろおお」
僕の顔面に、篠崎蛍の拳がめり込んでいた。
●
今ここにはいない古妖が、頭の中に語りかけてくる。
『……人助けをした気分は、いかが?』
「最悪」
少年の身体を放り捨てながら、篠崎蛍は即答した。
「ファイヴの奴ら、こんな胸糞悪い事よく何年もやってられるよね。ちょっと理解出来ない」
『貴女も、ファイヴではなくて?』
「……あたしは、金剛軍だよ。そう簡単に変わりはしない」
ぼろ雑巾のような様を晒す少年たちを、蛍は見下ろした。
全員、歯が折れたり鼻が折れたり肋が折れたりはしているが命に別状はない。
自分も丸くなったものだ、と蛍は思う。
「……ねえ知ってる? ファイヴの連中さ、古妖を片っ端からペットみたく保護してるのはいいけど場所が不足してるんだって」
『場所に関しては……こうして安穏と博物館に飾られている私が、偉そうに言える事でもありませんわね』
「場所なんて、そこらへんの町でいいじゃん。住んでる人間ども皆殺しにしてさ。何でそれ、やんないんだろうね」
『自分に出来ない事、他の方々に押し付けるものではなくてよ』
「……あたし、出来るよ」
この学校の生徒を、教師を、皆殺しにする。この町の人間を虐殺し尽くす。そして古妖たちの住まう場所を空ける。
金剛軍にいた頃の自分なら、すでに実行していたところであろう。
泣き呻いてる少年の1人を、蛍は軽く蹴り転がした。
「人間か古妖かってなったら、あたしはこんなクソども守らないよ。皆殺しにするよ……あいつらは、どうするんだろ。覚悟みたいなもの出来てるのかな」
「おいおい。このATMぶっ壊れてんぞ」
菅原の蹴りが、僕の身体をへし曲げた。
「金が出て来ねえ。修理しねえと駄目かなあ」
「お金出さないと分解メンテしちゃうよおおん? 増川くうん」
岸沼が、僕の身体をガスガスと踏み付ける。
頭を抱えながら、僕は泣き呻いた。
「お金……もうない……」
「だからあ、ATMは『現金をお受け取り下さい』以外のセリフ吐いちゃ駄目なの。わかる!?」
梶尾の爪先が、僕の顔面を直撃した。鼻血が飛び散った。
「ねえ増川君わかるよね。俺たち別にイジメをやってるワケじゃないよ?」
「そそ。ただ、お金下ろそうとしてるだけだから」
「なのにカネが出て来ねえ。こりゃクレームもんだろ」
菅原が、岸沼が、梶尾が、まるでサッカーボールみたいに僕を蹴り転がしている。
僕が通っている高校の、校舎裏。設計ミスとしか思えない不自然な空間があって、日頃こういう連中がよからぬ事をするために使っている。
人通りはない。あったとしても、僕を助けてくれる者などいない。
だが、今日は違った。
「ちょっと訊きたいんだけど」
女の子の声だった。
「この辺に、広い場所ないかな? 鬼とかが暴れても大丈夫そうな。化け狸やら狢やらが粗相しまくっても文句出なそうな」
「……何だぁ? てめえ」
菅原が、睨み付ける。
そこにいたのは、明らかにこの学校の生徒ではない少女だった。着ているのは制服ではなく、作務衣のような薄い和服系の衣装で、むっちりと凹凸の瑞々しい身体のラインが全く隠されていない。美少女、ではある。
「って何おめえ、グラドル? たまんねぇー身体してんじゃん。水着の撮影なら手伝うぜええ」
菅原が、梶尾が、岸沼が、劣情を燃やし始めた。
「いま金下ろすからよォ、どっか遊び行こうぜぇー」
「あ。ここ、学校?」
少女はしかし、人の話を聞いていなかった。
「ここでいいや。この学校、もらうね? お前らは……いらないから死ね」
先程の僕のように、菅原の身体がへし曲がった。
岸沼が吹っ飛んで校舎の外壁に激突し、ずり落ちた。
梶尾の鼻が折れ、大量の鼻血が噴出した。
少女が、何をしたのかはわからない。手足が動いたよう、ではある。手刀や、蹴りの形にだ。
僕は、胸ぐらを掴まれていた。
女の子の力、とは思えない。日頃、僕の胸ぐらを掴んでいる菅原たちよりも、ずっと強い力だ。
「お前、何で殴り返さないわけ? 駄目だよ、いじめられて自殺するくらいなら……殺さないと」
「き……君は……」
鼻血を飲み込みながら、僕は訊いた。
「……誰?」
「こういう者だけど」
少女の凶悪そうな美貌で、目が1つ増えていた。第三の眼球が、額でぎらりと見開かれたのだ。
僕は息を呑んだ。
噂には聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。
「君、もしかして……覚者……?」
「篠崎蛍っていうの。よろしく」
「そいつらは……」
倒れ、呻き、痙攣している菅原たちを見て、僕は確認を取った。
「まだ……生きてるの……?」
「殺す? ならやってみな。包丁でも金属バットでも持って来てさ」
「いや、お前が殺せよ! 覚者だろう!?」
僕は叫んでいた。
「覚者ってのは正義の味方なんだろ!? じゃそいつら殺せよ! 僕が殺したら犯罪になっちゃうだろ一般人なんだからあ! お前ら覚者が人殺したって、バケモノが人を食ったみたいな扱いにしかならないんだから平気だろおお」
僕の顔面に、篠崎蛍の拳がめり込んでいた。
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今ここにはいない古妖が、頭の中に語りかけてくる。
『……人助けをした気分は、いかが?』
「最悪」
少年の身体を放り捨てながら、篠崎蛍は即答した。
「ファイヴの奴ら、こんな胸糞悪い事よく何年もやってられるよね。ちょっと理解出来ない」
『貴女も、ファイヴではなくて?』
「……あたしは、金剛軍だよ。そう簡単に変わりはしない」
ぼろ雑巾のような様を晒す少年たちを、蛍は見下ろした。
全員、歯が折れたり鼻が折れたり肋が折れたりはしているが命に別状はない。
自分も丸くなったものだ、と蛍は思う。
「……ねえ知ってる? ファイヴの連中さ、古妖を片っ端からペットみたく保護してるのはいいけど場所が不足してるんだって」
『場所に関しては……こうして安穏と博物館に飾られている私が、偉そうに言える事でもありませんわね』
「場所なんて、そこらへんの町でいいじゃん。住んでる人間ども皆殺しにしてさ。何でそれ、やんないんだろうね」
『自分に出来ない事、他の方々に押し付けるものではなくてよ』
「……あたし、出来るよ」
この学校の生徒を、教師を、皆殺しにする。この町の人間を虐殺し尽くす。そして古妖たちの住まう場所を空ける。
金剛軍にいた頃の自分なら、すでに実行していたところであろう。
泣き呻いてる少年の1人を、蛍は軽く蹴り転がした。
「人間か古妖かってなったら、あたしはこんなクソども守らないよ。皆殺しにするよ……あいつらは、どうするんだろ。覚悟みたいなもの出来てるのかな」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者・篠崎蛍の説得
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
元金剛軍隔者・篠崎蛍が、とある高校に不法侵入して暴力行為を働き、古妖のための皆殺しを検討しております。
検討した事を、彼女はこの場では実行しません。
ただ今の心のままであれば、いずれ本当に「古妖か人間か」という状況になった時、虐殺行為を実行する可能性は高いでしょう。
覚者の皆様に説得、説教、鉄拳制裁等、お願いしたいと思います。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2018年12月22日
2018年12月22日
■メイン参加者 5人■

●
「何て様だい、まったく」
呆れ怒りながら、山姥が鉈を振り下ろす。薪が鮮やかに、真っ二つになった。
「いっぱしの妖怪どもが、あんたがた人間に犬か猫みたく拾われて飼われて餌もらって。それで何、お前さんたちの方が餌代やら場所の確保やらで潰れそうなんだって? 馬鹿げた話さね」
「いずれそうなるかも知れない、という話だ」
初対面の古妖を、さりげなく観察しながら、『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)は言った。
和歌山県、某山中。ここで数日前、ファイヴ覚者部隊と古妖・山姥との激戦が繰り広げられたという。
ツバメは、その戦いに参加していない。別の場所で妖と戦っていたのだ。
その戦いに共に参加した星崎玲子が、言っていた。
蛍ちゃんが最近、愛華と仲がいいんです。いや、もちろん会えば口喧嘩ですけど。戦いで一緒に敵をボコる時なんか、恐いくらいに息ピッタリなんですよ。2人とも凶暴ですからねえ……と。
何となく思い出しながら、ツバメは続けた。
「五麟市で古妖たちを匿うのも、財政的に1年か2年で限界が来る、という試算が出ているらしい。だから……貴女がたに、協力を仰ぎたいのだ」
「その前にね。今の貴女の言葉、1つだけ訂正」
まっすぐに山姥を見据えて、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が言った。
「私たちは古妖を、犬か猫みたいに扱ってるつもりはないよ。ペットじゃないんだから」
「……どうなんだろうな、その辺り。ファイヴの上の方にいる連中が、どう考えてやがんのか」
難しい顔で腕組みをしているのは『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)である。
「かわいそうな動物を保護してやってる、くらいにしか思ってねーかもな確かに。オレもさ、一方的に守ってやるんじゃなくて協力を求めるのが一番だって思うんだ。アンタたちみたいな、自立してる古妖にさ」
「無論、出来る事はする」
言いつつ鬼が、大木を担いで来た。
「ただな……おぬしらが保護している者たちに、自立の意思がなければどうにもならん。人間から住む場所と食べる物を与えられ、安穏と満足しきっているようではな」
「もちろん、古妖たちには自立してもらうよカッちゃん様。この騒動が終わったら、元いた場所に戻ってもらう」
この鬼と最も馴染みのある『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が言った。
「古妖は古妖で、人間は人間で……それぞれ自立して生きてゆけると、俺は思っている。自立しながら、時には力を合わせる。それでいいじゃないか」
「力を合わせる……ね。まあ確かに、お前さん方には世話になっちまった」
巨大な薪を鮮やかに両断しながら、山姥が空を見上げる。
「本当は……あたしがね、あの子を楽にしてあげなきゃいけなかったんだ……」
「山姥さん……」
「……とにかく。住む場所がないってんなら、あんたらの飼ってる甘ったれた連中、1匹残らずこの山へ連れて来な」
散らばった薪を拾い集め、縄で束ねる。その作業に没頭している1人の少年を見やりながら、山姥は言った。
「あたしが面倒見てやる。こき使ってやるよ、そこの高村力彦みたいにね」
「山姥様には、良くしていただいています」
「……ねえ山姥さん。力彦に何か、辛い思いでもさせたりしたら。私たち許さないからね」
「はっはっは、烏天狗みたいな嬢ちゃんや。あたしゃお前さんの美味そうなはらわたに、まだ未練があるんだよ。ことこと煮込んで一杯やれたら最高だろうねえ」
「ふん、やれるもんなら……」
「駄目だよ、いぶちゃん。そういうお話しに来たワケじゃないんだから」
止めに入ったのは、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)だ。
「とにかくね、おみつめちゃんも言ってくれてた。どうしてもの時は『ひかりの目』で、古妖ちゃんたちを預かってくれるって」
「河童の親分も同じような事、言ってくれたぜ」
翔も言った。
「水の中が大丈夫な奴は、鯰の大将が面倒見てくれるらしい」
「……おぬしらも気が付けば、随分と様々なところに顔が利くようではないか」
鬼が微笑んだ。
「打算なく戦い続けてきた結果であろうな。皆、覚者たちには感謝している」
「そう……なのだろうか」
「そうだよツバメさん。別に感謝されるためじゃないけれど、俺たちは絆を紡いできたんだ」
奏空が言った。
「俺たちは……生きている人たちにも、死んでいった人たちにも後押しされて今ここにいる。バトンを預かっているんだ。古妖と人間の絆を、こんなところで終わらせるわけにはいかない」
「そのためにも……じゃあ次の場所へ行こうか」
紡が、スマートフォンを片手に何やら苦笑いをしている。
「夢見ちゃんから連絡……何かね、やらかしそうな子がいるんだって」
●
「覚者ってのは正義の味方なんだろ!? じゃそいつら殺せよ! 僕が殺したら犯罪になっちゃうだろ一般人なんだからあ! お前ら覚者が人殺したって、バケモノが人を食ったみたいな扱いにしかならないんだから平気だろおお」
一般人の叫びが聞こえた。
紡は、仲間たちを見回した。
翔は、わかりやすく眉を顰めている。ツバメと奏空は無表情だ。無表情を保つのに、奏空の方がいくらか無理をしている感じはある。
彩吹は、微笑んでいた。
これほど剣呑な笑顔を見るのは久しぶり、いや初めてかも知れない、と紡は思った。
幸い彩吹が何かする前に、暴言を吐いた一般人は篠崎蛍に殴り倒されていた。
「良かった……本当に良かったねえ、キミたち。ここにいたのが篠崎ちゃんで」
本心から、紡は言った。
蛍の周囲に横たわる、計4人の一般人に向かってだ。
「こちらの恐いお姉さんだったら今頃ね、そんなもんじゃ済まないお説教かっこ物理かっことじとじ炸裂してたところだよー。血の海かもね、この辺」
「ふふふ。一言多いよ、紡」
言いつつ彩吹は、笑顔を保ったまま蛍に歩み寄った。
倒れている4名は、この学校の男子生徒である。
校舎の裏の、この人気のない場所で、彼らが何をして蛍に叩きのめされる事になったのかは、まあ訊いてみるまでもなかった。
「やあ蛍、迎えに来たよ!」
微笑みながら彩吹は足取りを速め、男子生徒の1人をうっかり踏み付けた。本当にうっかりかどうかは不明だ。
「…………痛ぇ……」
「おっと失礼。何だ、どうして寝っ転がっているのかな酔っ払いのように」
彩吹は、その男子生徒を掴んで起こした。
「お前たち、まさか高校生のくせに酒飲んでたわけじゃないだろうね。こんな昼間から学校で。そうでなくても、何やらおかしな酔っ払い方をしているのは間違いなさそうだ。酔い醒ましを叩き込んでやろうか」
「……やめなよ。人殺しはしないんだろう? お前らは」
蛍が、溜め息混じりに声をかけてくる。
「ぶち殺すのは一向に構わないけどさ。お前らがそれやったら、あたしが、何だやっぱり自分で殺しとけば良かったってなるだろ」
「その理屈はよくわからないけど、まあでも感無量だよ。まさか、蛍に暴力を止められる事になるなんて……ああ紡、悪いけどコレ直しといてね」
掴んでいた男子生徒の胸ぐらを、彩吹がポイと解放する。
倒れ込んできた身体を、紡は術杖でつついた。
「これ欠陥品だよ。直るかなー」
「回復なんて、してやる必要ないよ。死ぬような殴り方してないからね」
そんな事を言っている蛍の頭を、翔が撫でた。
「うん、よく手加減したな。偉いぞ!」
「……よせよ、中坊」
翔の手を払いのける蛍だが、別方向から彩吹の手が伸びていた。
「本当に偉いよ蛍。お前が自分から人助けをして、しかも人死にを出さないなんて。お母さん嬉しいな」
「誰がお母さんだ! 鬱陶しい」
「母親っていうのはね、鬱陶しがられるくらいでいいのさ」
無理矢理に蛍の頭を撫でながら、彩吹は言う。
「まあ蛍は人助けのつもりなんてなかっただろうし、感謝なんて求めてもいないだろうけど……私が言うよ。困ってる人を助けてくれて、ありがとうね」
「もう2度とやらない。今決めた」
「そう言うな蛍。私たちと一緒に、これからも人を助けるための戦いをしよう」
ツバメが言った。
「人間全てが、こういったクズどもというわけではない。いわゆる一般人の中には、私にとって大切な人々が大勢いる。私をダンサーとして認めてくれたのも、一般人の芸能関係者だ。お前にとっては、どうでもいい話だろうが」
「……そういうもんだろ。誰かにとって大切な人間ってのは、別の誰かから見りゃただの他人だ」
蛍が、空を見上げた。
「……金剛様は……あたしにとって、かけがえのない人。だけど、お前らにとっては他人どころか敵だもんな」
「……金剛亡き今のお前は、古妖に対しての想いの方が強いかも知れんが……」
「おい勘違いするなよ椿屋ツバメ。あたしは確かに怪・黄泉だけどな、お前と違って古妖が一番じゃあないんだよ」
蛍の額で、第三の目が禍々しく輝いた。
「こないだみたいに、古妖をぶちのめす事だってある……あいつら、金剛様の復活を邪魔しやがったからな。あたしにとって金剛様は、そういう存在。お前らが仇だって事に違いはないんだ、馴れ馴れしくするな」
「あの時の蛍は、あれで金剛が蘇るって本気で信じていたものねえ」
彩吹が懐かしそうに言う。
「うん、蛍は純粋な子なんだよ。ちょっと考え無しなだけで。ああいうおバカをやらかしたら、私がまたぶん殴ってあげるから、その純粋な心だけはなくさないで欲しいな」
「あたしはね、ぶん殴る……じゃ済まさない。お前ぶち殺す!」
「お、いいね。篠崎ちゃん何分保つかな?」
術杖にトゥーリを止まらせて観戦しながら、紡は言った。
「3分にチョコレートサンデーってとこで。さあ、みんなも張った張った」
「5分にオムライスだぜ!」
「2分に鴨南蛮……いや、そうじゃなくて」
奏空が、咳払いをしながら止めに入る。
「やめよう篠崎さん。俺たちが、こんな事をしに来たわけじゃないのは、わかるだろう」
「お説教かい。ふん、心配しなくたって殺しはしないよ。こんな連中」
泣き呻く少年4人に、蛍が冷ややかな一瞥を投げる。
「……今は、ね」
「古妖か人間か、その選択を迫られたら……古妖の方を守る。それは、わかるけど」
奏空は言った。
「今の状況、君もわかってはいるだろ篠崎さん。戦う力のない古妖は、俺たちが守らなければ八神の神具の餌食になる。人間か古妖か、なんて話する前に八神勇雄を何とかしなきゃ」
「八神の大将ね……結局、七星剣って組織をどこへ連れてくつもりだったんだか」
蛍は過去形を使った。
「……1年も2年も保たないのは七星剣の方だっての。直接の潰し合いになれば今、誰がどう見たってファイヴが勝つよ」
「そこまでナメてるつもりはねーが、もちろん勝つためにオレたちは戦う」
翔が言った。
「その間、古妖たちの住む場所が必要で、それを確保しなきゃいけねーってのはオレもお前も考えは同じだろ」
「そこらへんの町でいいじゃん。住んでる人間は皆殺しで」
「だから冗談でも言うなよ、そんな事! 人のいないとこ探そうって思わねーのか! 廃校になった学校とか、あるかも知れねえし」
「……そういう話は、しない方がいいよ」
蛍の口調は、冷静だ。
「廃校ね。確かに、田舎の方へ行けばあるかも知れない。けどさ、そういう所って」
「何百年前に元々は古妖が棲んでた土地で、人間に奪われたとか、それ系の問題があったりするよね。確かに」
紡は、口を挟んだ。
「この町も、実はそうだったりしてね……それはともかく、そろそろ修理してあげよっか。この欠陥品たち」
返品が出来れば助かる、とまでは言わずに紡は翼を広げ、潤しの雨を降らせた。
水行の癒しの力が、男子生徒4名にゲリラ豪雨の如くぶちまけられる。
その様にちらりと横目を向けながら、蛍は言った。
「元々誰が住んでた土地なのかって話には、だから踏み込まない方がいい。正当性なんか考えないで、味方したい方に力を貸せばいいんだよ。あたしは……そいつらの味方だけは、絶対にしない」
「……古妖の味方だけを、するってのか」
翔が、睨むように蛍を見据える。
「オレたちは、古妖も人間も助ける。守る。お前にも、そうして欲しいって思うぜ。蛍」
「そんな事、出来ればいいとは、あたしだって思うさ」
蛍は正面から、翔の眼差しを受け止めた。
「何にしても七星剣はそろそろ終わり……だけど連中とは関係なしにね、いずれ来るような気がするんだよ。古妖か人間か、どっちかを選ばなきゃいけない時が。あたしの、根拠のない妄想みたいなもんだけど」
「……根拠のない思いなら、私にもある」
ツバメが言った。
「お前の言うような事になった時……私は……」
「お前は人間の方を選びそうだよな」
蛍が笑った。
「別に、それが悪いって言ってるわけじゃあない。ただ……そうなったら、お前とあたしは完全に敵同士だ。わざわざ言う事じゃないかな」
「……そうなったら、そうなった時の事。最終的に私はお前の敵かも知れない、ただ全ての人間がそうではない」
ツバメは俯き、すぐに顔を上げた。
「お前は、今は孤独なのだろう。だが、これからの事はわからない……いや。少なくとも2人、心当たりがあるんじゃないか? 友、と呼んで差し支えない者が」
「はあ? 差し支えありまくるに決まってるだろ! あんな連中」
「まあまあ。差し支えなんて、あってもいいじゃない」
紡は言った。
「あの子たちも、キミも、ボクらも海骨ちゃんたちも、いつか皆で笑って、お茶でも出来たら素敵だし楽しそうだよね? ボクは、みんな大好きだよ」
「みんな……古妖も、人間も、救ってみせる」
奏空が、言葉を重ねてくる。
「もちろん今すぐは無理かも知れない。気が遠くなるような道筋だけど、いつかは辿り着くために……篠崎さんの力も、貸して欲しいんだ。ダメかな?」
「ふん、あたしの力? 妖よりも人間を殺した数の方が多い、あたしの力をか」
「……蛍なりに、殺す人間は選んできたんだろう。だけど駄目なんだよ、それじゃ」
言いつつ彩吹は、傷が治っても泣きじゃくっている4人を睨んだ。
「こんな連中だから、殺してもいい……なんていうのはね、ただ本能で機械的に人を殺す妖よりも非道い事だと私は思う。駄目なんだよ、命を奪っちゃあ。生きるために肉を食べるとか、そういう話とは別にね」
「……だから、人間も古妖も両方守ろうってわけ?」
「蛍は、不満だろうけど」
「不満だね。何度も言うけどあたしはこんな連中、守らないよ。ま、積極的に狩り殺そうとも思わないけど。めんどいからね」
蛍は、くるりと背を向けた。
「あたしが殺すまでもない。お前らファイヴがさ、そいつらのあまりのゴミクズぶリにブチ切れて、ど派手な皆殺しをやらかす……なぁんて事、あったら痛快だと思っているよ」
言葉と共に去って行く蛍の背中を、じっと見送りながら翔が言う。
「で、あとは……コイツらを、どうするかだ」
睨まれた4名が、ビクッと震え上がる。
翔は、左掌に右拳を叩き込んだ。
「恐がらなくていいぜ、ただ歯ぁ食いしばれ。虐められるってのが、どーいうコトか! 今教えてやっから!」
紡は止めなかった。一般人を、翔が本気で殴るわけはないからだ。
案の定、翔の拳は、男子生徒の1人を直撃する寸前で止まった。
中学生の拳に怯え、青ざめている高校生たちに、奏空が声を投げた。溜め息をつきながらだ。
「篠崎さんに助けてもらったのは、この中の……君か。君にとって、ヒーローやヒロインっていうのは何だ、人殺しの事なのか? 違うだろう」
「バケモノだから人を殺せる……お前らがそんな事言うからな、本当に人を殺す奴らが出て来る」
翔も言った。
「暴力ってのは殴る蹴るだけじゃねーんだ。言葉だってな、簡単に人を壊すんだぜ……とにかく、お前はまず蛍にお礼言わなきゃダメだろうが」
「何で……」
1人が、泣きながら言った。
「あんたら、何で……あのバケモノ女、ぶっ殺してくれねえんだよ……覚者だろ? バケモノ殺して世の中、平和にするのが仕事なんじゃ」
その男子生徒の髪を、ツバメが掴んだ。
力強く優美な五指が、少年の毛髪を、頭皮を、今にも引きちぎってしまいそうである。
「出来るだけでいい、小さな声で話せ……私たちに聞こえる声を出すなよ、クズどもが」
「だ、駄目だってツバメさん!」
「そうだよ、私だって頑張って我慢してるんだから」
翔と彩吹が、やんわりとツバメを取り押さえにかかる。
蛍は言っていた。人間か古妖か、という状況になれば、ツバメは人間を選ぶであろうと。
(本当に、そうかな……)
そんな状況にならぬよう力を尽くすのが自分たちの使命なのだ、と紡は思い定める事にした。
ツバメに掴まれていた男子生徒が、解放され、尻餅をつき、小便を飛び散らせ、泣き叫んでいる。
紡は、微笑みかけた。
「警察、呼ぶ? それとも弁護士? ボクね、どっちにも知り合いいるから」
「何て様だい、まったく」
呆れ怒りながら、山姥が鉈を振り下ろす。薪が鮮やかに、真っ二つになった。
「いっぱしの妖怪どもが、あんたがた人間に犬か猫みたく拾われて飼われて餌もらって。それで何、お前さんたちの方が餌代やら場所の確保やらで潰れそうなんだって? 馬鹿げた話さね」
「いずれそうなるかも知れない、という話だ」
初対面の古妖を、さりげなく観察しながら、『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)は言った。
和歌山県、某山中。ここで数日前、ファイヴ覚者部隊と古妖・山姥との激戦が繰り広げられたという。
ツバメは、その戦いに参加していない。別の場所で妖と戦っていたのだ。
その戦いに共に参加した星崎玲子が、言っていた。
蛍ちゃんが最近、愛華と仲がいいんです。いや、もちろん会えば口喧嘩ですけど。戦いで一緒に敵をボコる時なんか、恐いくらいに息ピッタリなんですよ。2人とも凶暴ですからねえ……と。
何となく思い出しながら、ツバメは続けた。
「五麟市で古妖たちを匿うのも、財政的に1年か2年で限界が来る、という試算が出ているらしい。だから……貴女がたに、協力を仰ぎたいのだ」
「その前にね。今の貴女の言葉、1つだけ訂正」
まっすぐに山姥を見据えて、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が言った。
「私たちは古妖を、犬か猫みたいに扱ってるつもりはないよ。ペットじゃないんだから」
「……どうなんだろうな、その辺り。ファイヴの上の方にいる連中が、どう考えてやがんのか」
難しい顔で腕組みをしているのは『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)である。
「かわいそうな動物を保護してやってる、くらいにしか思ってねーかもな確かに。オレもさ、一方的に守ってやるんじゃなくて協力を求めるのが一番だって思うんだ。アンタたちみたいな、自立してる古妖にさ」
「無論、出来る事はする」
言いつつ鬼が、大木を担いで来た。
「ただな……おぬしらが保護している者たちに、自立の意思がなければどうにもならん。人間から住む場所と食べる物を与えられ、安穏と満足しきっているようではな」
「もちろん、古妖たちには自立してもらうよカッちゃん様。この騒動が終わったら、元いた場所に戻ってもらう」
この鬼と最も馴染みのある『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が言った。
「古妖は古妖で、人間は人間で……それぞれ自立して生きてゆけると、俺は思っている。自立しながら、時には力を合わせる。それでいいじゃないか」
「力を合わせる……ね。まあ確かに、お前さん方には世話になっちまった」
巨大な薪を鮮やかに両断しながら、山姥が空を見上げる。
「本当は……あたしがね、あの子を楽にしてあげなきゃいけなかったんだ……」
「山姥さん……」
「……とにかく。住む場所がないってんなら、あんたらの飼ってる甘ったれた連中、1匹残らずこの山へ連れて来な」
散らばった薪を拾い集め、縄で束ねる。その作業に没頭している1人の少年を見やりながら、山姥は言った。
「あたしが面倒見てやる。こき使ってやるよ、そこの高村力彦みたいにね」
「山姥様には、良くしていただいています」
「……ねえ山姥さん。力彦に何か、辛い思いでもさせたりしたら。私たち許さないからね」
「はっはっは、烏天狗みたいな嬢ちゃんや。あたしゃお前さんの美味そうなはらわたに、まだ未練があるんだよ。ことこと煮込んで一杯やれたら最高だろうねえ」
「ふん、やれるもんなら……」
「駄目だよ、いぶちゃん。そういうお話しに来たワケじゃないんだから」
止めに入ったのは、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)だ。
「とにかくね、おみつめちゃんも言ってくれてた。どうしてもの時は『ひかりの目』で、古妖ちゃんたちを預かってくれるって」
「河童の親分も同じような事、言ってくれたぜ」
翔も言った。
「水の中が大丈夫な奴は、鯰の大将が面倒見てくれるらしい」
「……おぬしらも気が付けば、随分と様々なところに顔が利くようではないか」
鬼が微笑んだ。
「打算なく戦い続けてきた結果であろうな。皆、覚者たちには感謝している」
「そう……なのだろうか」
「そうだよツバメさん。別に感謝されるためじゃないけれど、俺たちは絆を紡いできたんだ」
奏空が言った。
「俺たちは……生きている人たちにも、死んでいった人たちにも後押しされて今ここにいる。バトンを預かっているんだ。古妖と人間の絆を、こんなところで終わらせるわけにはいかない」
「そのためにも……じゃあ次の場所へ行こうか」
紡が、スマートフォンを片手に何やら苦笑いをしている。
「夢見ちゃんから連絡……何かね、やらかしそうな子がいるんだって」
●
「覚者ってのは正義の味方なんだろ!? じゃそいつら殺せよ! 僕が殺したら犯罪になっちゃうだろ一般人なんだからあ! お前ら覚者が人殺したって、バケモノが人を食ったみたいな扱いにしかならないんだから平気だろおお」
一般人の叫びが聞こえた。
紡は、仲間たちを見回した。
翔は、わかりやすく眉を顰めている。ツバメと奏空は無表情だ。無表情を保つのに、奏空の方がいくらか無理をしている感じはある。
彩吹は、微笑んでいた。
これほど剣呑な笑顔を見るのは久しぶり、いや初めてかも知れない、と紡は思った。
幸い彩吹が何かする前に、暴言を吐いた一般人は篠崎蛍に殴り倒されていた。
「良かった……本当に良かったねえ、キミたち。ここにいたのが篠崎ちゃんで」
本心から、紡は言った。
蛍の周囲に横たわる、計4人の一般人に向かってだ。
「こちらの恐いお姉さんだったら今頃ね、そんなもんじゃ済まないお説教かっこ物理かっことじとじ炸裂してたところだよー。血の海かもね、この辺」
「ふふふ。一言多いよ、紡」
言いつつ彩吹は、笑顔を保ったまま蛍に歩み寄った。
倒れている4名は、この学校の男子生徒である。
校舎の裏の、この人気のない場所で、彼らが何をして蛍に叩きのめされる事になったのかは、まあ訊いてみるまでもなかった。
「やあ蛍、迎えに来たよ!」
微笑みながら彩吹は足取りを速め、男子生徒の1人をうっかり踏み付けた。本当にうっかりかどうかは不明だ。
「…………痛ぇ……」
「おっと失礼。何だ、どうして寝っ転がっているのかな酔っ払いのように」
彩吹は、その男子生徒を掴んで起こした。
「お前たち、まさか高校生のくせに酒飲んでたわけじゃないだろうね。こんな昼間から学校で。そうでなくても、何やらおかしな酔っ払い方をしているのは間違いなさそうだ。酔い醒ましを叩き込んでやろうか」
「……やめなよ。人殺しはしないんだろう? お前らは」
蛍が、溜め息混じりに声をかけてくる。
「ぶち殺すのは一向に構わないけどさ。お前らがそれやったら、あたしが、何だやっぱり自分で殺しとけば良かったってなるだろ」
「その理屈はよくわからないけど、まあでも感無量だよ。まさか、蛍に暴力を止められる事になるなんて……ああ紡、悪いけどコレ直しといてね」
掴んでいた男子生徒の胸ぐらを、彩吹がポイと解放する。
倒れ込んできた身体を、紡は術杖でつついた。
「これ欠陥品だよ。直るかなー」
「回復なんて、してやる必要ないよ。死ぬような殴り方してないからね」
そんな事を言っている蛍の頭を、翔が撫でた。
「うん、よく手加減したな。偉いぞ!」
「……よせよ、中坊」
翔の手を払いのける蛍だが、別方向から彩吹の手が伸びていた。
「本当に偉いよ蛍。お前が自分から人助けをして、しかも人死にを出さないなんて。お母さん嬉しいな」
「誰がお母さんだ! 鬱陶しい」
「母親っていうのはね、鬱陶しがられるくらいでいいのさ」
無理矢理に蛍の頭を撫でながら、彩吹は言う。
「まあ蛍は人助けのつもりなんてなかっただろうし、感謝なんて求めてもいないだろうけど……私が言うよ。困ってる人を助けてくれて、ありがとうね」
「もう2度とやらない。今決めた」
「そう言うな蛍。私たちと一緒に、これからも人を助けるための戦いをしよう」
ツバメが言った。
「人間全てが、こういったクズどもというわけではない。いわゆる一般人の中には、私にとって大切な人々が大勢いる。私をダンサーとして認めてくれたのも、一般人の芸能関係者だ。お前にとっては、どうでもいい話だろうが」
「……そういうもんだろ。誰かにとって大切な人間ってのは、別の誰かから見りゃただの他人だ」
蛍が、空を見上げた。
「……金剛様は……あたしにとって、かけがえのない人。だけど、お前らにとっては他人どころか敵だもんな」
「……金剛亡き今のお前は、古妖に対しての想いの方が強いかも知れんが……」
「おい勘違いするなよ椿屋ツバメ。あたしは確かに怪・黄泉だけどな、お前と違って古妖が一番じゃあないんだよ」
蛍の額で、第三の目が禍々しく輝いた。
「こないだみたいに、古妖をぶちのめす事だってある……あいつら、金剛様の復活を邪魔しやがったからな。あたしにとって金剛様は、そういう存在。お前らが仇だって事に違いはないんだ、馴れ馴れしくするな」
「あの時の蛍は、あれで金剛が蘇るって本気で信じていたものねえ」
彩吹が懐かしそうに言う。
「うん、蛍は純粋な子なんだよ。ちょっと考え無しなだけで。ああいうおバカをやらかしたら、私がまたぶん殴ってあげるから、その純粋な心だけはなくさないで欲しいな」
「あたしはね、ぶん殴る……じゃ済まさない。お前ぶち殺す!」
「お、いいね。篠崎ちゃん何分保つかな?」
術杖にトゥーリを止まらせて観戦しながら、紡は言った。
「3分にチョコレートサンデーってとこで。さあ、みんなも張った張った」
「5分にオムライスだぜ!」
「2分に鴨南蛮……いや、そうじゃなくて」
奏空が、咳払いをしながら止めに入る。
「やめよう篠崎さん。俺たちが、こんな事をしに来たわけじゃないのは、わかるだろう」
「お説教かい。ふん、心配しなくたって殺しはしないよ。こんな連中」
泣き呻く少年4人に、蛍が冷ややかな一瞥を投げる。
「……今は、ね」
「古妖か人間か、その選択を迫られたら……古妖の方を守る。それは、わかるけど」
奏空は言った。
「今の状況、君もわかってはいるだろ篠崎さん。戦う力のない古妖は、俺たちが守らなければ八神の神具の餌食になる。人間か古妖か、なんて話する前に八神勇雄を何とかしなきゃ」
「八神の大将ね……結局、七星剣って組織をどこへ連れてくつもりだったんだか」
蛍は過去形を使った。
「……1年も2年も保たないのは七星剣の方だっての。直接の潰し合いになれば今、誰がどう見たってファイヴが勝つよ」
「そこまでナメてるつもりはねーが、もちろん勝つためにオレたちは戦う」
翔が言った。
「その間、古妖たちの住む場所が必要で、それを確保しなきゃいけねーってのはオレもお前も考えは同じだろ」
「そこらへんの町でいいじゃん。住んでる人間は皆殺しで」
「だから冗談でも言うなよ、そんな事! 人のいないとこ探そうって思わねーのか! 廃校になった学校とか、あるかも知れねえし」
「……そういう話は、しない方がいいよ」
蛍の口調は、冷静だ。
「廃校ね。確かに、田舎の方へ行けばあるかも知れない。けどさ、そういう所って」
「何百年前に元々は古妖が棲んでた土地で、人間に奪われたとか、それ系の問題があったりするよね。確かに」
紡は、口を挟んだ。
「この町も、実はそうだったりしてね……それはともかく、そろそろ修理してあげよっか。この欠陥品たち」
返品が出来れば助かる、とまでは言わずに紡は翼を広げ、潤しの雨を降らせた。
水行の癒しの力が、男子生徒4名にゲリラ豪雨の如くぶちまけられる。
その様にちらりと横目を向けながら、蛍は言った。
「元々誰が住んでた土地なのかって話には、だから踏み込まない方がいい。正当性なんか考えないで、味方したい方に力を貸せばいいんだよ。あたしは……そいつらの味方だけは、絶対にしない」
「……古妖の味方だけを、するってのか」
翔が、睨むように蛍を見据える。
「オレたちは、古妖も人間も助ける。守る。お前にも、そうして欲しいって思うぜ。蛍」
「そんな事、出来ればいいとは、あたしだって思うさ」
蛍は正面から、翔の眼差しを受け止めた。
「何にしても七星剣はそろそろ終わり……だけど連中とは関係なしにね、いずれ来るような気がするんだよ。古妖か人間か、どっちかを選ばなきゃいけない時が。あたしの、根拠のない妄想みたいなもんだけど」
「……根拠のない思いなら、私にもある」
ツバメが言った。
「お前の言うような事になった時……私は……」
「お前は人間の方を選びそうだよな」
蛍が笑った。
「別に、それが悪いって言ってるわけじゃあない。ただ……そうなったら、お前とあたしは完全に敵同士だ。わざわざ言う事じゃないかな」
「……そうなったら、そうなった時の事。最終的に私はお前の敵かも知れない、ただ全ての人間がそうではない」
ツバメは俯き、すぐに顔を上げた。
「お前は、今は孤独なのだろう。だが、これからの事はわからない……いや。少なくとも2人、心当たりがあるんじゃないか? 友、と呼んで差し支えない者が」
「はあ? 差し支えありまくるに決まってるだろ! あんな連中」
「まあまあ。差し支えなんて、あってもいいじゃない」
紡は言った。
「あの子たちも、キミも、ボクらも海骨ちゃんたちも、いつか皆で笑って、お茶でも出来たら素敵だし楽しそうだよね? ボクは、みんな大好きだよ」
「みんな……古妖も、人間も、救ってみせる」
奏空が、言葉を重ねてくる。
「もちろん今すぐは無理かも知れない。気が遠くなるような道筋だけど、いつかは辿り着くために……篠崎さんの力も、貸して欲しいんだ。ダメかな?」
「ふん、あたしの力? 妖よりも人間を殺した数の方が多い、あたしの力をか」
「……蛍なりに、殺す人間は選んできたんだろう。だけど駄目なんだよ、それじゃ」
言いつつ彩吹は、傷が治っても泣きじゃくっている4人を睨んだ。
「こんな連中だから、殺してもいい……なんていうのはね、ただ本能で機械的に人を殺す妖よりも非道い事だと私は思う。駄目なんだよ、命を奪っちゃあ。生きるために肉を食べるとか、そういう話とは別にね」
「……だから、人間も古妖も両方守ろうってわけ?」
「蛍は、不満だろうけど」
「不満だね。何度も言うけどあたしはこんな連中、守らないよ。ま、積極的に狩り殺そうとも思わないけど。めんどいからね」
蛍は、くるりと背を向けた。
「あたしが殺すまでもない。お前らファイヴがさ、そいつらのあまりのゴミクズぶリにブチ切れて、ど派手な皆殺しをやらかす……なぁんて事、あったら痛快だと思っているよ」
言葉と共に去って行く蛍の背中を、じっと見送りながら翔が言う。
「で、あとは……コイツらを、どうするかだ」
睨まれた4名が、ビクッと震え上がる。
翔は、左掌に右拳を叩き込んだ。
「恐がらなくていいぜ、ただ歯ぁ食いしばれ。虐められるってのが、どーいうコトか! 今教えてやっから!」
紡は止めなかった。一般人を、翔が本気で殴るわけはないからだ。
案の定、翔の拳は、男子生徒の1人を直撃する寸前で止まった。
中学生の拳に怯え、青ざめている高校生たちに、奏空が声を投げた。溜め息をつきながらだ。
「篠崎さんに助けてもらったのは、この中の……君か。君にとって、ヒーローやヒロインっていうのは何だ、人殺しの事なのか? 違うだろう」
「バケモノだから人を殺せる……お前らがそんな事言うからな、本当に人を殺す奴らが出て来る」
翔も言った。
「暴力ってのは殴る蹴るだけじゃねーんだ。言葉だってな、簡単に人を壊すんだぜ……とにかく、お前はまず蛍にお礼言わなきゃダメだろうが」
「何で……」
1人が、泣きながら言った。
「あんたら、何で……あのバケモノ女、ぶっ殺してくれねえんだよ……覚者だろ? バケモノ殺して世の中、平和にするのが仕事なんじゃ」
その男子生徒の髪を、ツバメが掴んだ。
力強く優美な五指が、少年の毛髪を、頭皮を、今にも引きちぎってしまいそうである。
「出来るだけでいい、小さな声で話せ……私たちに聞こえる声を出すなよ、クズどもが」
「だ、駄目だってツバメさん!」
「そうだよ、私だって頑張って我慢してるんだから」
翔と彩吹が、やんわりとツバメを取り押さえにかかる。
蛍は言っていた。人間か古妖か、という状況になれば、ツバメは人間を選ぶであろうと。
(本当に、そうかな……)
そんな状況にならぬよう力を尽くすのが自分たちの使命なのだ、と紡は思い定める事にした。
ツバメに掴まれていた男子生徒が、解放され、尻餅をつき、小便を飛び散らせ、泣き叫んでいる。
紡は、微笑みかけた。
「警察、呼ぶ? それとも弁護士? ボクね、どっちにも知り合いいるから」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
