超完結・合神雷帝ヴァルトカイザー
●
作画が安定してない。
メインヒロイン藤原沙津姫が、巨乳だったり貧乳だったりしている。
彼女に関しては胸パッド疑惑まで浮上していたようだが、この度の温泉回で、それは否定された。
温泉回であるからヒロイン5名は当然、バスタオル1枚で各カイザーマシンに搭乗し、地球殲滅帝国のメタルモンスターと戦う事になった。コックピットで、バスタオルがほどけ落ちたりもした。
これまでの12話が嘘のような神作画でだ。
第1期の最終回で賛否両論、大いに物議を醸した『合神雷帝ヴァルトカイザー』は、政変とも言える大規模な路線変更を遂げながら第2期の幕を開く事となった。
主人公は何の取り柄もない男子高校生。現代日本から時を超えて『ヴァルトカイザー』第1期終了後の時代に現れ、ヴァルトキングのパイロットに選定される。
他5機のカイザーマシンを操縦するのは、藤原沙津姫も含めた各種美少女。
重厚さと鬱展開を売りにしていた硬派ロボアニメの名作が、萌え声優だけが取り柄のハーレム物に成り下がった、としてネット上では罵詈雑言が渦巻いている。
俺は、しかし文句を垂れつつも最終回まで切る事なく視聴を終えたところである。
そう。『合神雷帝ヴァルトカイザー2』という作品の最も恐るべきところは、この温泉回が第13話すなわち最終回であるという点である。
視聴者サービス、人間関係の決着、それにラスボスとの最後の戦い。30分にも満たぬ尺内に、これらを無理なく納めた脚本家の力量は、それまでの12話分の作画崩壊を全て許せてしまうほどのものであった。
謎の感動に、俺は浸っていた。
一方このヴァルトカイザー2という作品を、どうしても受け入れられないファンが大勢いるのは理解出来る。
第1期は、それほどまでに神がかった作品であった。
監督も脚本家もプロデューサーも、1期と2期では別人である。色々ゴタゴタがあったらしい。
1期の脚本を書いたのはトラブルメーカーとしても有名な某作家で、1期終了後のゴタゴタも、この男が原因ではないかと言われている。
2期の脚本家は時原ヒノキ。特撮で、そこそこの実績を残している。
彼女に対する第1期ファンの怨念が、世間に渦巻いているのを、俺は感じざるを得なかった。
●
あざといくらいで結構。わかりやすいお話でいきましょう。
それが、プロデューサーからの要求であった。
わかりやすい話を書くのは、まあ不得意ではない。何しろ子供番組の脚本を書いていたのだ。
あざとくて結構と言われたので、色々と狙ってもみた。
それが功を奏した、わけでもなかろうが『合神雷帝ヴァルトカイザー2』は辛うじて全13話、完走する事が出来た。
罵詈雑言が渦巻いているであろうから、ネットは出来るだけ見ないようにしている。
ただ関係者の話では、自分・時原ヒノキが思っているほど悪い評判ではないらしい。
時原さんのホンのおかげですよ、などと言ってくれる人もいる。
「まあ、でも……脚本は、しばらくいいかな。小説書かなきゃ小説」
出版社からの帰り道である。プロットをいくつか提出したのだが、編集長がなかなか良い顔をしてくれない。
小説と脚本は、全くの別物である。そして、どちらが良い悪いという話ではなく、自分は小説家なのだ。
なのに脚本の依頼が来る。仕事を選べるほど大物ではないから、全て受けてはいる。
小説の方は全く、鳴かず飛ばずであった。
「……うん、自分でもわかってる。ついドロドロさせちゃうのよね私、小説だと」
苦笑しつつ、ヒノキは立ち止まった。
メタルモンスターが、前方に立ちはだかっていた。『合神雷帝ヴァルトカイザー』1期第9話に登場した、ヘラクレスガイスト。2メートルを超える巨体を構成しているのは、よく見ると瓦礫や鉄屑である。
同じく瓦礫と鉄屑で出来た怪物が、あと2種類いた。
1期第1話に登場した最初のメタルモンスター、ジェノサイドエンジェル。
第4話で初登場し、以後何度もヴァルトカイザーと死闘を繰り広げ、第11話で壮絶な戦死を遂げる敵幹部・黒竜将軍。
これらを統率するが如く、目に見える霊気が渦を巻き、禍々しい姿を形成している。
第1期における最後の敵、暗黒大帝であった。
第1話、4話、9話、11話、最終話。全て、ネット上で神回として崇められている話ばかりだ。
お前に、あの熱い話を書けるのか。オタクに媚びた話ばかり書きやがって。お前のような奴がヴァルトカイザーを書く事は許さない、死ね。
そんな第1期ファンの怒声が、聞こえて来るかのようであった。
瓦礫と鉄屑で出来た巨体に、怒りと憎悪を漲らせたまま、メタルモンスター軍団がズシリと迫り寄って来る。
ヒノキは、塀際に追い詰められていた。
「あの……でも皆さん、ああいうの……お好きなんじゃ、ないんですか? 転生してハーレムとか、水着とか温泉とか……駄目?」
そんな事を、言ってみるしかなかった。
作画が安定してない。
メインヒロイン藤原沙津姫が、巨乳だったり貧乳だったりしている。
彼女に関しては胸パッド疑惑まで浮上していたようだが、この度の温泉回で、それは否定された。
温泉回であるからヒロイン5名は当然、バスタオル1枚で各カイザーマシンに搭乗し、地球殲滅帝国のメタルモンスターと戦う事になった。コックピットで、バスタオルがほどけ落ちたりもした。
これまでの12話が嘘のような神作画でだ。
第1期の最終回で賛否両論、大いに物議を醸した『合神雷帝ヴァルトカイザー』は、政変とも言える大規模な路線変更を遂げながら第2期の幕を開く事となった。
主人公は何の取り柄もない男子高校生。現代日本から時を超えて『ヴァルトカイザー』第1期終了後の時代に現れ、ヴァルトキングのパイロットに選定される。
他5機のカイザーマシンを操縦するのは、藤原沙津姫も含めた各種美少女。
重厚さと鬱展開を売りにしていた硬派ロボアニメの名作が、萌え声優だけが取り柄のハーレム物に成り下がった、としてネット上では罵詈雑言が渦巻いている。
俺は、しかし文句を垂れつつも最終回まで切る事なく視聴を終えたところである。
そう。『合神雷帝ヴァルトカイザー2』という作品の最も恐るべきところは、この温泉回が第13話すなわち最終回であるという点である。
視聴者サービス、人間関係の決着、それにラスボスとの最後の戦い。30分にも満たぬ尺内に、これらを無理なく納めた脚本家の力量は、それまでの12話分の作画崩壊を全て許せてしまうほどのものであった。
謎の感動に、俺は浸っていた。
一方このヴァルトカイザー2という作品を、どうしても受け入れられないファンが大勢いるのは理解出来る。
第1期は、それほどまでに神がかった作品であった。
監督も脚本家もプロデューサーも、1期と2期では別人である。色々ゴタゴタがあったらしい。
1期の脚本を書いたのはトラブルメーカーとしても有名な某作家で、1期終了後のゴタゴタも、この男が原因ではないかと言われている。
2期の脚本家は時原ヒノキ。特撮で、そこそこの実績を残している。
彼女に対する第1期ファンの怨念が、世間に渦巻いているのを、俺は感じざるを得なかった。
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あざといくらいで結構。わかりやすいお話でいきましょう。
それが、プロデューサーからの要求であった。
わかりやすい話を書くのは、まあ不得意ではない。何しろ子供番組の脚本を書いていたのだ。
あざとくて結構と言われたので、色々と狙ってもみた。
それが功を奏した、わけでもなかろうが『合神雷帝ヴァルトカイザー2』は辛うじて全13話、完走する事が出来た。
罵詈雑言が渦巻いているであろうから、ネットは出来るだけ見ないようにしている。
ただ関係者の話では、自分・時原ヒノキが思っているほど悪い評判ではないらしい。
時原さんのホンのおかげですよ、などと言ってくれる人もいる。
「まあ、でも……脚本は、しばらくいいかな。小説書かなきゃ小説」
出版社からの帰り道である。プロットをいくつか提出したのだが、編集長がなかなか良い顔をしてくれない。
小説と脚本は、全くの別物である。そして、どちらが良い悪いという話ではなく、自分は小説家なのだ。
なのに脚本の依頼が来る。仕事を選べるほど大物ではないから、全て受けてはいる。
小説の方は全く、鳴かず飛ばずであった。
「……うん、自分でもわかってる。ついドロドロさせちゃうのよね私、小説だと」
苦笑しつつ、ヒノキは立ち止まった。
メタルモンスターが、前方に立ちはだかっていた。『合神雷帝ヴァルトカイザー』1期第9話に登場した、ヘラクレスガイスト。2メートルを超える巨体を構成しているのは、よく見ると瓦礫や鉄屑である。
同じく瓦礫と鉄屑で出来た怪物が、あと2種類いた。
1期第1話に登場した最初のメタルモンスター、ジェノサイドエンジェル。
第4話で初登場し、以後何度もヴァルトカイザーと死闘を繰り広げ、第11話で壮絶な戦死を遂げる敵幹部・黒竜将軍。
これらを統率するが如く、目に見える霊気が渦を巻き、禍々しい姿を形成している。
第1期における最後の敵、暗黒大帝であった。
第1話、4話、9話、11話、最終話。全て、ネット上で神回として崇められている話ばかりだ。
お前に、あの熱い話を書けるのか。オタクに媚びた話ばかり書きやがって。お前のような奴がヴァルトカイザーを書く事は許さない、死ね。
そんな第1期ファンの怒声が、聞こえて来るかのようであった。
瓦礫と鉄屑で出来た巨体に、怒りと憎悪を漲らせたまま、メタルモンスター軍団がズシリと迫り寄って来る。
ヒノキは、塀際に追い詰められていた。
「あの……でも皆さん、ああいうの……お好きなんじゃ、ないんですか? 転生してハーレムとか、水着とか温泉とか……駄目?」
そんな事を、言ってみるしかなかった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖(7体)の殲滅
2.一般人・時原ヒノキの生存
3.なし
2.一般人・時原ヒノキの生存
3.なし
人気ロボアニメ『合神雷帝ヴァルトカイザー』第2期が完結し、脚本を書いた作家の時原ヒノキ女史が妖に襲われております。助けてあげてください。
これら妖は、第1期ファンの憎悪の念が瓦礫や鉄屑に取り憑いて出来た物質系、それに憎悪の念そのものが現出した心霊系であります。内訳は以下の通り。
●ヘラクレスガイスト(ランク2、2体)
物質系、前衛左右。鎧をまとう怪獣。攻撃手段は、怪力による白兵戦(物近単)、口から吐き出す火球(特遠単、BS火傷)。
●ジェノサイドエンジェル(ランク2、2体)
物質系、中衛左右。金属製の天使ですが空は飛びません。攻撃手段は、カミソリ状の羽を発射するフェザーカッター(物遠列)、怪光線(特遠単、貫通2)。
●黒竜将軍(ランク2、2体)
物質系、前衛中央および中衛中央。メタリックな鎧武者。攻撃手段は格闘戦(物近単)、エネルギー斬撃(特遠列)。
●暗黒大帝(ランク2、1体)
心霊系、後衛。悪意と憎悪の塊。攻撃手段は、怨念の波動(特遠全、BS呪い)。
時間帯は夕刻、場所は人気のない路上。
覚者の皆様には、まず妖たちと時原女史との間に割って入っていただきます。彼女の初期位置は、後衛の方のもう1つ後ろになります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2018年12月10日
2018年12月10日
■メイン参加者 5人■

●
入浴中に、妖が出現したら。
バスタオル1枚で戦うしかないだろう、と『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は思う。自分は平気だ。兄が何と言うかは知らないが、知った事ではない。
それが戦いだ。敵は、こちらの状況を選んでくれるわけではない。海水浴や温泉旅行の最中は大人しくしてくれる、わけではないのだ。
あの5人のヒロインに、彩吹としては共感を覚えるところが多かった。
女ばかりの職場に、男の子が1人いて頑張っているとなれば、色々と構ってやりたくもなる。
「ね、三十三。まあ今回は残念ながらハーレムじゃないけど」
「彩吹さんが何を言っているのかわかりませんが……それより妖です。打ち合わせ通り僕は、要救助者の避難誘導に入りますから」
篁三十三(CL2001480)の言う通り、1人の要救助者が7体もの妖に追い詰められていた。塀際で、怯え震えている。
「やっほー、ヒノキ先生。また巻き込まれちゃってるねえ」
足取り軽く妖たちの眼前に割り込みながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が陽気な声を発する。
「それは違うよ、紡」
言いつつ彩吹は、すでに先頭の妖と対峙しながら、体内の火行因子を燃え上がらせていた。
「今回、時原さんは巻き込まれたんじゃなく狙われた。そうだよね?」
「は、はい……そうみたい、です」
女性小説家、あるいは脚本家の時原ヒノキが、塀際でへなへなと腰を落とす。
三十三が、そんな彼女の腕を取った。
「避難しますよ時原女史。さあ、こちらへ」
「ありがとうございます……」
三十三に腕を引かれ、塀際から逃げて行く時原ヒノキを、何体かの妖たちが追う。
いや。『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)と『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が、それを阻んだ。
「そうはさせねー。毎度のヒーロー参上だぜ!」
「妖……世の理に背くものたちよ、ヒノキさんを脅かす事は許しませんよ」
そんな言葉を投げられた妖たちが、怒りと憎しみで眼光を燃え上がらせる。
瓦礫や鉄屑で組成された6つの巨体。それらが、憎悪の念を燃やしているのだ。
装甲をまとった怪獣が2体、翼を生やした、天使のようなものが2体。鎧武者が2体。
そして、最後方にもう1体。これは瓦礫や鉄屑の身体を持たない、純然たる憎悪の念の塊である。それが、悪霊あるいは死神の姿を成しているのだ。
それぞれ名前があるようだが彩吹はよく知らない。
「なんだっけ、こいつら。1作目に出て来た敵だよね? 確か」
「怪獣っぽいのがヘラクレスガイスト、天使ちっくなのがジェノサイドエンジェル。真ん中のおサムライが幹部の黒竜将軍で、どれも本当はこんなに沢山いるわけないんだけどね。後ろの幽霊は、ラスボスの暗黒大帝だよー」
紡が説明してくれた。
翔が、憤慨している。
「黒竜将軍はな、正々堂々と戦ったんだぜ。こんなふうに集団で弱い者いじめなんて絶対しねえ!」
この場にいない者たちに対して、翔は怒っていた。
「こんな事したって意味ねーだろうが! 作品が気に入らねえなら、制作会社とかにちゃんと『意見』として送らねえと」
「うん。まあ意見と悪質クレームの境界って難しくてね」
説明しながら、紡が羽ばたく。香気がキラキラと拡散し、覚者たちを包み込んだ。清廉珀香。
「意見って言うか、罵詈雑言なら大いに届いたらしいよ。制作会社に」
「罵詈雑言も、殺意も憎悪も、全て私たちがお受けします」
たまきが、勇ましく身構えた。
「悪しき念を、ことごとく土に還して浄化する。それが私たち土行の覚者の務め!」
「無茶はダメだよ、たまちゃん。あと相棒もね、突っ込む前にドーピング忘れずにっ」
紡の術杖から、強化術式『戦巫女之祝詞』が射出され、翔を直撃する。
「うっぐ……あ、ありがとよ紡」
能力強化を得た翔が、光の飛沫を散らせてよろめく。
そこへ、妖たちが襲いかかる。
まずは彩吹が迎え撃った。
「瓦礫と鉄屑の怪物か、壊し甲斐がありそうだね!」
燃え上がる火行因子の力が溢れ出し、無数の小さな炎となって、敵前衛のヘラクレスガイスト2体と黒竜将軍1体を包み込む。
炎に絡み付かれて動きを止めた妖3体に、彩吹は間髪入れず、蹴りを食らわせていった。
「翔、行くよ!」
「おう、シュートを決めてやるぜっ!」
彩吹と翔、2人の飛び蹴りが乱舞した。
熱した瓦礫の破片を飛び散らせながら、妖3体が後退りをする。
もう1体の黒竜将軍に率いられらた、中衛のジェノサイドエンジェル2体が、禍々しく羽ばたいていた。
鉄片の羽が無数、飛散・飛来した。あらゆるものを切り裂く、刃の雨だった。
彩吹、たまき、翔の全身から、鮮血の霧がしぶいて散った。
浅手である。彩吹は歯を食いしばり、耐えた。たまきも耐えている。
翔は耐えるのみならず、反撃を試みていた。
「効かねーぞ、こんなもん……!」
八卦の構え、からの連続回転蹴り。翔の身体が、血飛沫を散らせながら幾度も翻り、刃の羽を蹴り返す。
蹴り返された刃が、ジェノサイドエンジェル2体を直撃して火花を散らせた。
その間、黒竜将軍が翔に殴りかかる。
瓦礫の塊そのものの拳を翔は、八卦の構えを維持したまま受けていた。
「黒竜将軍のパンチはな、こんなもんじゃねーぞ!」
翔はよろめき、だが黒竜将軍も衝撃を返されて後方へと揺らいでいた。
第1期の『ヴァルトカイザー』を、彩吹は後追いでさらりと流し見ただけである。終盤、黒竜将軍との決戦は、確かに印象には残っている。とにかく殺陣と作画が神がかっていた。
比べて第2期は、作画において、かなり残念な事になっていたのは否めない。
さほど苦痛もなく全13話、視聴する事が出来たのは、やはり脚本の力であろうと彩吹は思う。
「時原先生に万一の事があったら、エンタメ界の大損失だよ。わかってるのかな、それがッ」
衝撃に耐え、吐血を噛み殺しながら、彩吹は呻いた。ヘラクレスガイストの1体が、突進して来たところである。
高速の体当たりが、防御の構えにぶつかって来る。
その間、もう1体のヘラクレスガイストが、流星のような火球を吐き出していた。
同じく2体目の黒竜将軍が、光の剣を抜き放っていた。
燃え盛る火の玉と、エネルギー光の斬撃。その両方が、紡を直撃する。
「紡……!」
「大丈夫……だよ、いぶちゃん」
よろめき、鮮血を散らせながら、紡は微笑んだ。
攻撃を仕掛けた側であるヘラクレスガイストと黒竜将軍も、その攻撃の何割かを跳ね返され、血飛沫のような火花を散らせている。
「紫鋼塞……たまちゃんがね、最初に掛けてくれたんだよ。ありがとね」
「まだです、もう一撃! 来ます!」
たまきが叫んだ通り、敵後衛の暗黒大帝が、おぞましいものを放っていた。
毒ガスにも似た、それは怨念の波動であった。
憎悪の念そのものを、彩吹は吸い込んでしまった。
「何……何なの、お前らは……」
怨念の毒気が、全身を蝕んでゆく。彩吹は、膝をついていた。
「時原先生は、作品の恩人だよ……何で、ここまで憎めるの……」
「これだから、さ……アニオタって、嫌われるんだよねえ……」
紡も、同じような有様であった。翔は、倒れている。
たまき1人が、よろよろと立ち上がっていた。
「何度でも言いますよ……憎しみの念は全て、私が受けます」
怨念の毒気に抗いながら、たまきは印を切った。
「この凰乱演符・護りの陣! 貴方たちの身勝手な憎悪で、破れはしません!」
何枚もの術符が宙を舞い、土行の鎧に変化して、たまきの瑞々しい細身をガッチリと包み込む。
負傷したはずの紡が、呑気な声を発した。
「あれ、たまちゃん。ビキニアーマーじゃなくなっちゃったんだね」
「大騒ぎする人がいるので、ちょっと控え目にしました」
そう言えば最近、彼と一緒じゃないね、何かあったの? などと彩吹はつい訊いてしまうところであった。
●
彩吹が、翔が、連携して蹴りの嵐を食らわせてゆく。
妖たちが、怪光線を発射し、あるいは火球を吐く。巨体で突進を仕掛け、殴りかかり、あるいは光の斬撃を放つ。
覚者4名と妖7体の激戦を、熱心に見学している時原ヒノキに、三十三は言葉をかけた。
「ここまで離れれば大丈夫でしょう。彩吹さんたちが妖に撃破されなければ、の話ですが」
そんな心配をするのは百年早い、と彩吹なら言うだろう。
実際、彼女は鮮やかなカウンターの一撃を、黒竜将軍に叩き込んでいた。見事な霞舞である。
「僕は、戦いに戻ります。時原さんは……出来れば、見学などしていないで逃げて下さい」
「そ、そうですよね。ごめんなさい、皆さんの戦いにはつい見入ってしまいます」
時原女史が、俯いた。
「本当に……申し訳ありません。私のせい、なんですよね? 私が、人を怒らせるようなお話を書いたから」
「断じて、そんな事はないと思いますよ」
三十三は言った。
「作品を公表すれば、様々な人に様々な感情を抱かれる。それは当然の事……まあ、憎しみや殺意を抱かれる事もあるでしょう。そういった思念が、容易く妖に変わってしまう現状こそが問題で、それは……解決出来ずにいる、僕たちの責任で」
「……何でも自分のせいにしちゃう病気っていうのが、あるそうですよ」
時原女史が、謎めいた事を言い始めた。
「知り合いに言わせると、私なんかが典型的な症例らしいんですが……貴方も、そうみたいですねえ。残念ながら治療法は無くて、病気が重くならないためには、とにかくネガティブな事を言わない。言葉に引きずられちゃう事があるから……だそうです。難しいですよね」
「……同じ事を、言われた事がありますよ」
さとみん自虐禁止。弱音はいいけど自己否定は駄目。言霊っていうのは本当にあってね、自分は駄目だ駄目だって口に出して言ってると、その言葉に引きずられてどんどん落ちてっちゃうんだよ。だから出来なくても出来るって言うの。本当に出来れば良し、駄目でもボクたちがフォローするからさ。
紡に、そう言われた事がある。
さとみんの場合、自惚れて調子こくくらいがちょうどいいかもね……とも。
その紡が翼をはためかせて『潤しの雨』を降らせ、仲間たちに治療を施している。
妖たちがそこへ、なおも容赦無く猛攻を仕掛けてゆく。
戦いに戻らなければならない、と三十三は思った。
「……僕は、行きます」
時原ヒノキに見送られ、三十三は羽ばたいた。
●
暗黒大帝が、怨念の波動を迸らせた。
土行の鎧の上から、波動の衝撃がぶつかって来る。憎悪の毒気が、染み込んで来る。
「くぅっ……!」
たまきは膝をついた。
人間の憎悪が、怨念が、妄執が、悪意が、妖を生む。
人間がいなければ、少なくとも心霊系の妖はほぼいなくなります。生物系の一部と、物質系の大部分もいなくなるでしょう。良い事ずくめなのですがねえ……とは、萩尾高房の言葉である。
(仮に……そうであるとしても……っ)
毒気そのものの、怨念の呪いに、たまきは気力で抵抗するしかなかった。
「私たちは、人々を守ります……人々の、日々の営みの中から、妖が生まれてしまうのだとしても……ッ!」
天使が降り立った。ふと、たまきはそんな事を感じた。
ふわりとした翼の気配に合わせて、怨念の毒気が消え失せてゆく。
「……時原女史が、安全圏には至ったものの逃げてはくれません。だから早急に戦いを終わらせましょう」
三十三が、着地と同時に『気』の力を放散していた。
「おう……助かったぜ、さとみん!」
気の癒しを得た翔が、それに彩吹と紡が、立ち上がる。
「あら不思議、さとみんが立派に見える……なぁんてね。頼りになるのは、いつも通り。ボク後衛に下がってもいいかなー?」
「お願いします、紡さん。中衛は僕が務めますから」
「助かりました、三十三さん!」
たまきは、大型の術符をばさりと広げた。
術符に描かれた土行の紋様が、巨岩となって出現し、空中で砕け、隕石雨の如く妖たちに降り注ぐ。
何体かは、岩もろとも砕け崩れたようだ。
「決めどころだね、ここが……!」
彩吹が跳躍、いや飛翔した。鋭利な美脚が、猛禽の爪のように妖たちを強襲する。鋭刃想脚、蹴りによる疾風双斬。
鮮血のような火花が、瓦礫や鉄片が、大量に飛散する。その様を見据え、翔と紡が印を結ぶ。
「紡、やれるか!?」
「おっけーだよ相棒、バッチリ決めよっか!」
雷鳴が、轟いた。
雷の白虎が吼え、雷の鳳凰が激しく羽ばたいていた。雷撃の連携。電光の嵐が、瓦礫や鉄屑の破片を蹴散らして荒れ狂う。
「お見事……だけど気をつけて、何匹か生き残ってる!」
彩吹の警告通り、黒竜将軍の1体が、崩壊寸前の巨体を猛然と踏み込ませて来る。
最後の力を宿した拳を、たまきは土行の鎧で受けた。
後退りをしながら、たまきは脇腹の辺りに鋭い痛みを感じた。肋骨に亀裂が入ったかも知れない。
だが黒竜将軍の拳は、砕け散っていた。
「……憎しみを誰かにぶつけても……そのような事にしか、ならないんです……」
この場にいない者たちに、たまきは語りかけていた。
暗黒大帝が、同じく最後の力を振り絞り、怨念の波動を放ってくる。
それは覚者たちを直撃したが、当たっただけである。怨念の波が、飛沫となって砕け散り、消えてゆく。
「無駄無駄。ボクが最初にやった、ちょっと頼りない防御術式をね、さとみんがガッチリ補強してくれたんだから」
紡が、誇らしげな声を発する。
「いやあもう、さとみん最強!」
「おだてられても……僕はもう、妙な術式連携の実験台にはなりませんからね」
言いつつ三十三が、略式滅相銃を構えた。
「それはともかく、この戦いは終わらせましょう。賀茂君、合わせてくれるかな」
「お任せ下さい……!」
たまきは踏み込んだ。
三十三が狙いを定め、滅相銃の引き金を引く。
水行の力が、氷の弾丸となった。氷巖華の狙撃が、黒竜将軍と暗黒大帝を貫通していた。
硬直した妖2体に、たまきは右手を叩き込んでゆく。小さく愛らしい掌から、衝撃が迸った。
黒竜将軍も暗黒大帝も、一緒くたに砕け散っていた。瓦礫と鉄屑が大量にぶちまけられ、怨念の塊が雲散霧消していった。
「……ふう」
たまきは息をついた。
紡が、声をかけてくる。
「たまちゃん、お疲れ!」
「紡さんも。それに……ヒノキさんも」
いつも妖に狙われる一般人。精神的疲労は、自分たち覚者とは比べ物にならないのではないか、とたまきは思う。
「皆さん! 本当に、ありがとうございました! 相変わらず格好良かったですー!」
見たところ、しかし時原ヒノキは元気であった。
紡が、心配そうな声を出す。
「耐性みたいなもの、付いちゃったのかな……それはそれで、あんまりいい事じゃないような気がする」
「覚者ではない方が、妖のいる日常に慣れてしまう……これから、そんな事になっていってしまうのでしょうか……」
たまきの呟きなど聞こえてはいない時原女史が、彩吹と談笑している。
「時原さん、お疲れ様。クリエイターの皆さんは大変ですね、どこで誰にどういう恨みを持たれるかわからないなんて……私なら頭にきて、七星剣の連中に八つ当たりしちゃうかも」
「私たちは、作品の中にぶちまけるしかないですから。編集さんから駄目出しもらわない程度に、ですけど」
「ヴァルトカイザー2、見たぜーオレも」
翔が話しかけていった。
「正直、女ばっかってのはちょっと戸惑ったけどな。何で、あんな感じになったのか訊いてもいいかー?」
「相棒は、ハーレムとか全然興味ないもんねえ」
紡が、うんうんと頷いて言う。
「でもね、あのお話のターゲットって相棒よりだいぶ年上の、大っきなお友達だからねえ」
「女の子にモテモテの主人公って、どうなんだ? 見てる連中は、別に自分がモテてるわけでもねーのに楽しいのかなあ」
たまきは、ふと根拠もなく思った。
この成瀬翔という少年は、意外に女の子から人気があって、だが本人は全く気付かず意識もしない、そんなタイプではないか。愛読している少女漫画に、そんなキャラクターが何人か登場する。
「そこなんだよ相棒、主人公が露骨にモテモテじゃあ駄目なわけ。それじゃ単なる完璧超人だからね」
紡が、意味不明な事を言っている。
「こう何て言うのかな。視聴してる大きなお友達が、あっ俺もちょっと頑張ればコイツ程度にはモテるかも、って虚しい希望を抱いちゃうくらいがいいんだよ。そう、さとみんくらいかな。ね?」
「……紡さんが何を言っているのかはわかりませんが、気を付けて下さい時原さん」
三十三が言った。
「こんな事には負けず、貴女は書き続けるのでしょうから。何かあればファイヴが駆け付けます。頑張って下さい、としか僕には言えませんが」
「本当。何はともあれ、お疲れ様だよ。みんなもヒノキ先生もっ」
紡が、水行の癒しの力を空に投げた。
潤しの雨が降り注ぎ、虹が生じた。
「この虹で……懐古厨の怨念なんかも晴れればいいんだけど」
「……実はね、あったんです。ハーレム物じゃなく男女比4対2くらい、1期と同じ路線で行く案が」
ヒノキが言った。
「だけど私、駄目なんです……それだと各キャラクターが、頭の中で皆さんになっちゃって。覚者の皆さんがヴァルトカイザーに乗るお話になっちゃうんです」
「……オレ、それどっかで見た事あるぞ。いや、夢だったかな?」
「何か、変な二次創作で見たかも。ボクも」
「夢じゃない? 私も見たような気がするけど」
翔と紡と彩吹が何を言っているのか、たまきは理解出来なかった。
入浴中に、妖が出現したら。
バスタオル1枚で戦うしかないだろう、と『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は思う。自分は平気だ。兄が何と言うかは知らないが、知った事ではない。
それが戦いだ。敵は、こちらの状況を選んでくれるわけではない。海水浴や温泉旅行の最中は大人しくしてくれる、わけではないのだ。
あの5人のヒロインに、彩吹としては共感を覚えるところが多かった。
女ばかりの職場に、男の子が1人いて頑張っているとなれば、色々と構ってやりたくもなる。
「ね、三十三。まあ今回は残念ながらハーレムじゃないけど」
「彩吹さんが何を言っているのかわかりませんが……それより妖です。打ち合わせ通り僕は、要救助者の避難誘導に入りますから」
篁三十三(CL2001480)の言う通り、1人の要救助者が7体もの妖に追い詰められていた。塀際で、怯え震えている。
「やっほー、ヒノキ先生。また巻き込まれちゃってるねえ」
足取り軽く妖たちの眼前に割り込みながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が陽気な声を発する。
「それは違うよ、紡」
言いつつ彩吹は、すでに先頭の妖と対峙しながら、体内の火行因子を燃え上がらせていた。
「今回、時原さんは巻き込まれたんじゃなく狙われた。そうだよね?」
「は、はい……そうみたい、です」
女性小説家、あるいは脚本家の時原ヒノキが、塀際でへなへなと腰を落とす。
三十三が、そんな彼女の腕を取った。
「避難しますよ時原女史。さあ、こちらへ」
「ありがとうございます……」
三十三に腕を引かれ、塀際から逃げて行く時原ヒノキを、何体かの妖たちが追う。
いや。『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)と『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が、それを阻んだ。
「そうはさせねー。毎度のヒーロー参上だぜ!」
「妖……世の理に背くものたちよ、ヒノキさんを脅かす事は許しませんよ」
そんな言葉を投げられた妖たちが、怒りと憎しみで眼光を燃え上がらせる。
瓦礫や鉄屑で組成された6つの巨体。それらが、憎悪の念を燃やしているのだ。
装甲をまとった怪獣が2体、翼を生やした、天使のようなものが2体。鎧武者が2体。
そして、最後方にもう1体。これは瓦礫や鉄屑の身体を持たない、純然たる憎悪の念の塊である。それが、悪霊あるいは死神の姿を成しているのだ。
それぞれ名前があるようだが彩吹はよく知らない。
「なんだっけ、こいつら。1作目に出て来た敵だよね? 確か」
「怪獣っぽいのがヘラクレスガイスト、天使ちっくなのがジェノサイドエンジェル。真ん中のおサムライが幹部の黒竜将軍で、どれも本当はこんなに沢山いるわけないんだけどね。後ろの幽霊は、ラスボスの暗黒大帝だよー」
紡が説明してくれた。
翔が、憤慨している。
「黒竜将軍はな、正々堂々と戦ったんだぜ。こんなふうに集団で弱い者いじめなんて絶対しねえ!」
この場にいない者たちに対して、翔は怒っていた。
「こんな事したって意味ねーだろうが! 作品が気に入らねえなら、制作会社とかにちゃんと『意見』として送らねえと」
「うん。まあ意見と悪質クレームの境界って難しくてね」
説明しながら、紡が羽ばたく。香気がキラキラと拡散し、覚者たちを包み込んだ。清廉珀香。
「意見って言うか、罵詈雑言なら大いに届いたらしいよ。制作会社に」
「罵詈雑言も、殺意も憎悪も、全て私たちがお受けします」
たまきが、勇ましく身構えた。
「悪しき念を、ことごとく土に還して浄化する。それが私たち土行の覚者の務め!」
「無茶はダメだよ、たまちゃん。あと相棒もね、突っ込む前にドーピング忘れずにっ」
紡の術杖から、強化術式『戦巫女之祝詞』が射出され、翔を直撃する。
「うっぐ……あ、ありがとよ紡」
能力強化を得た翔が、光の飛沫を散らせてよろめく。
そこへ、妖たちが襲いかかる。
まずは彩吹が迎え撃った。
「瓦礫と鉄屑の怪物か、壊し甲斐がありそうだね!」
燃え上がる火行因子の力が溢れ出し、無数の小さな炎となって、敵前衛のヘラクレスガイスト2体と黒竜将軍1体を包み込む。
炎に絡み付かれて動きを止めた妖3体に、彩吹は間髪入れず、蹴りを食らわせていった。
「翔、行くよ!」
「おう、シュートを決めてやるぜっ!」
彩吹と翔、2人の飛び蹴りが乱舞した。
熱した瓦礫の破片を飛び散らせながら、妖3体が後退りをする。
もう1体の黒竜将軍に率いられらた、中衛のジェノサイドエンジェル2体が、禍々しく羽ばたいていた。
鉄片の羽が無数、飛散・飛来した。あらゆるものを切り裂く、刃の雨だった。
彩吹、たまき、翔の全身から、鮮血の霧がしぶいて散った。
浅手である。彩吹は歯を食いしばり、耐えた。たまきも耐えている。
翔は耐えるのみならず、反撃を試みていた。
「効かねーぞ、こんなもん……!」
八卦の構え、からの連続回転蹴り。翔の身体が、血飛沫を散らせながら幾度も翻り、刃の羽を蹴り返す。
蹴り返された刃が、ジェノサイドエンジェル2体を直撃して火花を散らせた。
その間、黒竜将軍が翔に殴りかかる。
瓦礫の塊そのものの拳を翔は、八卦の構えを維持したまま受けていた。
「黒竜将軍のパンチはな、こんなもんじゃねーぞ!」
翔はよろめき、だが黒竜将軍も衝撃を返されて後方へと揺らいでいた。
第1期の『ヴァルトカイザー』を、彩吹は後追いでさらりと流し見ただけである。終盤、黒竜将軍との決戦は、確かに印象には残っている。とにかく殺陣と作画が神がかっていた。
比べて第2期は、作画において、かなり残念な事になっていたのは否めない。
さほど苦痛もなく全13話、視聴する事が出来たのは、やはり脚本の力であろうと彩吹は思う。
「時原先生に万一の事があったら、エンタメ界の大損失だよ。わかってるのかな、それがッ」
衝撃に耐え、吐血を噛み殺しながら、彩吹は呻いた。ヘラクレスガイストの1体が、突進して来たところである。
高速の体当たりが、防御の構えにぶつかって来る。
その間、もう1体のヘラクレスガイストが、流星のような火球を吐き出していた。
同じく2体目の黒竜将軍が、光の剣を抜き放っていた。
燃え盛る火の玉と、エネルギー光の斬撃。その両方が、紡を直撃する。
「紡……!」
「大丈夫……だよ、いぶちゃん」
よろめき、鮮血を散らせながら、紡は微笑んだ。
攻撃を仕掛けた側であるヘラクレスガイストと黒竜将軍も、その攻撃の何割かを跳ね返され、血飛沫のような火花を散らせている。
「紫鋼塞……たまちゃんがね、最初に掛けてくれたんだよ。ありがとね」
「まだです、もう一撃! 来ます!」
たまきが叫んだ通り、敵後衛の暗黒大帝が、おぞましいものを放っていた。
毒ガスにも似た、それは怨念の波動であった。
憎悪の念そのものを、彩吹は吸い込んでしまった。
「何……何なの、お前らは……」
怨念の毒気が、全身を蝕んでゆく。彩吹は、膝をついていた。
「時原先生は、作品の恩人だよ……何で、ここまで憎めるの……」
「これだから、さ……アニオタって、嫌われるんだよねえ……」
紡も、同じような有様であった。翔は、倒れている。
たまき1人が、よろよろと立ち上がっていた。
「何度でも言いますよ……憎しみの念は全て、私が受けます」
怨念の毒気に抗いながら、たまきは印を切った。
「この凰乱演符・護りの陣! 貴方たちの身勝手な憎悪で、破れはしません!」
何枚もの術符が宙を舞い、土行の鎧に変化して、たまきの瑞々しい細身をガッチリと包み込む。
負傷したはずの紡が、呑気な声を発した。
「あれ、たまちゃん。ビキニアーマーじゃなくなっちゃったんだね」
「大騒ぎする人がいるので、ちょっと控え目にしました」
そう言えば最近、彼と一緒じゃないね、何かあったの? などと彩吹はつい訊いてしまうところであった。
●
彩吹が、翔が、連携して蹴りの嵐を食らわせてゆく。
妖たちが、怪光線を発射し、あるいは火球を吐く。巨体で突進を仕掛け、殴りかかり、あるいは光の斬撃を放つ。
覚者4名と妖7体の激戦を、熱心に見学している時原ヒノキに、三十三は言葉をかけた。
「ここまで離れれば大丈夫でしょう。彩吹さんたちが妖に撃破されなければ、の話ですが」
そんな心配をするのは百年早い、と彩吹なら言うだろう。
実際、彼女は鮮やかなカウンターの一撃を、黒竜将軍に叩き込んでいた。見事な霞舞である。
「僕は、戦いに戻ります。時原さんは……出来れば、見学などしていないで逃げて下さい」
「そ、そうですよね。ごめんなさい、皆さんの戦いにはつい見入ってしまいます」
時原女史が、俯いた。
「本当に……申し訳ありません。私のせい、なんですよね? 私が、人を怒らせるようなお話を書いたから」
「断じて、そんな事はないと思いますよ」
三十三は言った。
「作品を公表すれば、様々な人に様々な感情を抱かれる。それは当然の事……まあ、憎しみや殺意を抱かれる事もあるでしょう。そういった思念が、容易く妖に変わってしまう現状こそが問題で、それは……解決出来ずにいる、僕たちの責任で」
「……何でも自分のせいにしちゃう病気っていうのが、あるそうですよ」
時原女史が、謎めいた事を言い始めた。
「知り合いに言わせると、私なんかが典型的な症例らしいんですが……貴方も、そうみたいですねえ。残念ながら治療法は無くて、病気が重くならないためには、とにかくネガティブな事を言わない。言葉に引きずられちゃう事があるから……だそうです。難しいですよね」
「……同じ事を、言われた事がありますよ」
さとみん自虐禁止。弱音はいいけど自己否定は駄目。言霊っていうのは本当にあってね、自分は駄目だ駄目だって口に出して言ってると、その言葉に引きずられてどんどん落ちてっちゃうんだよ。だから出来なくても出来るって言うの。本当に出来れば良し、駄目でもボクたちがフォローするからさ。
紡に、そう言われた事がある。
さとみんの場合、自惚れて調子こくくらいがちょうどいいかもね……とも。
その紡が翼をはためかせて『潤しの雨』を降らせ、仲間たちに治療を施している。
妖たちがそこへ、なおも容赦無く猛攻を仕掛けてゆく。
戦いに戻らなければならない、と三十三は思った。
「……僕は、行きます」
時原ヒノキに見送られ、三十三は羽ばたいた。
●
暗黒大帝が、怨念の波動を迸らせた。
土行の鎧の上から、波動の衝撃がぶつかって来る。憎悪の毒気が、染み込んで来る。
「くぅっ……!」
たまきは膝をついた。
人間の憎悪が、怨念が、妄執が、悪意が、妖を生む。
人間がいなければ、少なくとも心霊系の妖はほぼいなくなります。生物系の一部と、物質系の大部分もいなくなるでしょう。良い事ずくめなのですがねえ……とは、萩尾高房の言葉である。
(仮に……そうであるとしても……っ)
毒気そのものの、怨念の呪いに、たまきは気力で抵抗するしかなかった。
「私たちは、人々を守ります……人々の、日々の営みの中から、妖が生まれてしまうのだとしても……ッ!」
天使が降り立った。ふと、たまきはそんな事を感じた。
ふわりとした翼の気配に合わせて、怨念の毒気が消え失せてゆく。
「……時原女史が、安全圏には至ったものの逃げてはくれません。だから早急に戦いを終わらせましょう」
三十三が、着地と同時に『気』の力を放散していた。
「おう……助かったぜ、さとみん!」
気の癒しを得た翔が、それに彩吹と紡が、立ち上がる。
「あら不思議、さとみんが立派に見える……なぁんてね。頼りになるのは、いつも通り。ボク後衛に下がってもいいかなー?」
「お願いします、紡さん。中衛は僕が務めますから」
「助かりました、三十三さん!」
たまきは、大型の術符をばさりと広げた。
術符に描かれた土行の紋様が、巨岩となって出現し、空中で砕け、隕石雨の如く妖たちに降り注ぐ。
何体かは、岩もろとも砕け崩れたようだ。
「決めどころだね、ここが……!」
彩吹が跳躍、いや飛翔した。鋭利な美脚が、猛禽の爪のように妖たちを強襲する。鋭刃想脚、蹴りによる疾風双斬。
鮮血のような火花が、瓦礫や鉄片が、大量に飛散する。その様を見据え、翔と紡が印を結ぶ。
「紡、やれるか!?」
「おっけーだよ相棒、バッチリ決めよっか!」
雷鳴が、轟いた。
雷の白虎が吼え、雷の鳳凰が激しく羽ばたいていた。雷撃の連携。電光の嵐が、瓦礫や鉄屑の破片を蹴散らして荒れ狂う。
「お見事……だけど気をつけて、何匹か生き残ってる!」
彩吹の警告通り、黒竜将軍の1体が、崩壊寸前の巨体を猛然と踏み込ませて来る。
最後の力を宿した拳を、たまきは土行の鎧で受けた。
後退りをしながら、たまきは脇腹の辺りに鋭い痛みを感じた。肋骨に亀裂が入ったかも知れない。
だが黒竜将軍の拳は、砕け散っていた。
「……憎しみを誰かにぶつけても……そのような事にしか、ならないんです……」
この場にいない者たちに、たまきは語りかけていた。
暗黒大帝が、同じく最後の力を振り絞り、怨念の波動を放ってくる。
それは覚者たちを直撃したが、当たっただけである。怨念の波が、飛沫となって砕け散り、消えてゆく。
「無駄無駄。ボクが最初にやった、ちょっと頼りない防御術式をね、さとみんがガッチリ補強してくれたんだから」
紡が、誇らしげな声を発する。
「いやあもう、さとみん最強!」
「おだてられても……僕はもう、妙な術式連携の実験台にはなりませんからね」
言いつつ三十三が、略式滅相銃を構えた。
「それはともかく、この戦いは終わらせましょう。賀茂君、合わせてくれるかな」
「お任せ下さい……!」
たまきは踏み込んだ。
三十三が狙いを定め、滅相銃の引き金を引く。
水行の力が、氷の弾丸となった。氷巖華の狙撃が、黒竜将軍と暗黒大帝を貫通していた。
硬直した妖2体に、たまきは右手を叩き込んでゆく。小さく愛らしい掌から、衝撃が迸った。
黒竜将軍も暗黒大帝も、一緒くたに砕け散っていた。瓦礫と鉄屑が大量にぶちまけられ、怨念の塊が雲散霧消していった。
「……ふう」
たまきは息をついた。
紡が、声をかけてくる。
「たまちゃん、お疲れ!」
「紡さんも。それに……ヒノキさんも」
いつも妖に狙われる一般人。精神的疲労は、自分たち覚者とは比べ物にならないのではないか、とたまきは思う。
「皆さん! 本当に、ありがとうございました! 相変わらず格好良かったですー!」
見たところ、しかし時原ヒノキは元気であった。
紡が、心配そうな声を出す。
「耐性みたいなもの、付いちゃったのかな……それはそれで、あんまりいい事じゃないような気がする」
「覚者ではない方が、妖のいる日常に慣れてしまう……これから、そんな事になっていってしまうのでしょうか……」
たまきの呟きなど聞こえてはいない時原女史が、彩吹と談笑している。
「時原さん、お疲れ様。クリエイターの皆さんは大変ですね、どこで誰にどういう恨みを持たれるかわからないなんて……私なら頭にきて、七星剣の連中に八つ当たりしちゃうかも」
「私たちは、作品の中にぶちまけるしかないですから。編集さんから駄目出しもらわない程度に、ですけど」
「ヴァルトカイザー2、見たぜーオレも」
翔が話しかけていった。
「正直、女ばっかってのはちょっと戸惑ったけどな。何で、あんな感じになったのか訊いてもいいかー?」
「相棒は、ハーレムとか全然興味ないもんねえ」
紡が、うんうんと頷いて言う。
「でもね、あのお話のターゲットって相棒よりだいぶ年上の、大っきなお友達だからねえ」
「女の子にモテモテの主人公って、どうなんだ? 見てる連中は、別に自分がモテてるわけでもねーのに楽しいのかなあ」
たまきは、ふと根拠もなく思った。
この成瀬翔という少年は、意外に女の子から人気があって、だが本人は全く気付かず意識もしない、そんなタイプではないか。愛読している少女漫画に、そんなキャラクターが何人か登場する。
「そこなんだよ相棒、主人公が露骨にモテモテじゃあ駄目なわけ。それじゃ単なる完璧超人だからね」
紡が、意味不明な事を言っている。
「こう何て言うのかな。視聴してる大きなお友達が、あっ俺もちょっと頑張ればコイツ程度にはモテるかも、って虚しい希望を抱いちゃうくらいがいいんだよ。そう、さとみんくらいかな。ね?」
「……紡さんが何を言っているのかはわかりませんが、気を付けて下さい時原さん」
三十三が言った。
「こんな事には負けず、貴女は書き続けるのでしょうから。何かあればファイヴが駆け付けます。頑張って下さい、としか僕には言えませんが」
「本当。何はともあれ、お疲れ様だよ。みんなもヒノキ先生もっ」
紡が、水行の癒しの力を空に投げた。
潤しの雨が降り注ぎ、虹が生じた。
「この虹で……懐古厨の怨念なんかも晴れればいいんだけど」
「……実はね、あったんです。ハーレム物じゃなく男女比4対2くらい、1期と同じ路線で行く案が」
ヒノキが言った。
「だけど私、駄目なんです……それだと各キャラクターが、頭の中で皆さんになっちゃって。覚者の皆さんがヴァルトカイザーに乗るお話になっちゃうんです」
「……オレ、それどっかで見た事あるぞ。いや、夢だったかな?」
「何か、変な二次創作で見たかも。ボクも」
「夢じゃない? 私も見たような気がするけど」
翔と紡と彩吹が何を言っているのか、たまきは理解出来なかった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
