第三の目を抉り潰す
●
七星剣は、隔者の組織である。
隔者とは、人間から隔絶した者たちである。
自分が何故、人間社会から隔絶せざるを得なかったか。
それは、古妖たちと繋がりを持ってしまったからだ。
幼い頃、河童たちに水泳を教えてもらった。
暗い夜道で迷子になった時には、提灯お化けが明かりを灯してくれた。
烏天狗に抱き上げられ、一緒に空を飛んだ事もある。
人間の友達など出来なかったが、欲しいとも思わなかった。
やがて怪の因子に目覚め、古妖たちを守るために戦い始めた。古妖狩人など、何十人殺したか覚えていない。
殺戮を続けているうちに、自然な流れで七星剣に所属する事となった。
化け物しかいない組織だった。隔者とは人間ではなく、化け物。そう強く認識する事が出来た。
自分も化け物だ。古妖たちと同じなのだ。
篠崎蛍は、そう思った。
やがて、金剛という最も強大な化け物と出会い、その下に配属された。
金剛の下で、化け物として生きる日々。自分は今、本当に生きているのだ、と蛍は感じていた。
しかし自分はやがて、金剛という最強の拠り所を失ってしまう。
それに代わるものが出来たのだろうか、と蛍は思う。
『また無茶をいたしますのね、貴女は……』
古妖が、呆れている。
『何度、痛い目に遭えばおわかりになりますの? 人間のお馬鹿さ加減は重々承知、ですが貴女はまた格別ですわね』
「自分でも、そう思うよ。何言われてもしょうがない、と思う」
蛍は苦笑した。
竜宮の古妖。だが今は自力で動けぬ首長竜の全身化石であり、とある博物館に展示されている。
その博物館からは遠く離れた、某県山中の廃工場。
そこに七星剣の隔者が3人、身を潜めていた。
同じく七星剣の隔者が5人、彼らを始末するべく廃工場へ押し入ったところである。放っておけば、人数に勝る方が劣る方を殺し尽くす。それだけである。
言ってみれば七星剣の内紛で、どちらかに加勢する理由など蛍にはない。
だが蛍は、放っておけば殺される3名を背後に庇い、刺客である5人を睨み据えていた。
「金剛軍の負け犬が……一体、何の用だ」
背後の3人が、口々に言った。
「まさか、俺たちを助けようとでも……」
「笑わせるなよ、殺すしか能のない金剛隔者が!」
「お前らだって似たようなもんだろ。そんな奴ら、別に助けようなんて思っちゃいない」
振り返らず、蛍は言った。
「逃げたきゃ逃げろ。戦いたいなら戦え。あたしは勝手に、それに参加するだけだ」
「久しぶりだな篠崎。ファイヴに寝返った、と聞いていたが」
刺客5名の統率者である火行暦・秦野亮司が、嘲笑う。
「ファイヴらしく人命救助というわけか?」
「……あたしは、お前らが許せないだけだ」
ファイヴに捕縛された身ではある。が、監視役の覚者たちは現在、妖との戦いに駆り出されている最中だ。七星剣や古妖が揉め事を起こしている間は妖たちが大人しくしてくれる、わけではない。
「……あたしは今、七星剣ってえ連中に心底ムカついてんだよ。理由はわかるよな?」
「お前たちは……人間ではなく、古妖の味方をするのだな」
秦野の顔から、笑みが消えた。
「貴様らだけではない。怪・黄泉の隔者たちが大勢、八神様に叛旗を翻している」
「そして、お前らみたいなのに狩り殺されてると」
言いつつ蛍は、背後の3名に親指を向けた。
「こいつらも、今からそうなると」
「むざむざ殺されはしない……!」
3人とも、怪・黄泉である。
「八神勇雄は、俺たちを裏切った。俺たちと古妖の絆を、蔑ろにした」
「人間なんて、いくら殺しても構わんが……古妖に害をなすのは許せない!」
「聞いたろ、海竜。こいつらも、あたしも、バカなんだよ」
この場にいない古妖に、蛍は語りかけた。
「バカなりに……こんな事でもしなきゃ、君たちを守っている気になれないんだ。迷惑だろうけどさ」
『覚者たちが、そちらへ到着するまで……せいぜい粘りなさいな』
海竜が、呆れ果てている。
『命乞いをしてでも、生きていなければ駄目ですわよ』
「今の七星剣に……命乞いが通用するような奴、生き残ってるのかなあ」
「そういう事だ、篠崎蛍……それに筧利久、久住達郎、松方晴人。お前たち4人は、ここで死ぬ」
秦野が剣を抜き、前世の何者かと同調を行った。錬覇法だ。
「これからの七星剣に、怪・黄泉は要らぬ」
「ふん。古妖の力を取り除いて、人間だけの世界でも作ろうってのかい」
額で第三の目を発光させながら、蛍は嘲笑った。
「化け物のくせに今更、人間のために戦おうなんて……お笑い種だよ、八神の大将」
七星剣は、隔者の組織である。
隔者とは、人間から隔絶した者たちである。
自分が何故、人間社会から隔絶せざるを得なかったか。
それは、古妖たちと繋がりを持ってしまったからだ。
幼い頃、河童たちに水泳を教えてもらった。
暗い夜道で迷子になった時には、提灯お化けが明かりを灯してくれた。
烏天狗に抱き上げられ、一緒に空を飛んだ事もある。
人間の友達など出来なかったが、欲しいとも思わなかった。
やがて怪の因子に目覚め、古妖たちを守るために戦い始めた。古妖狩人など、何十人殺したか覚えていない。
殺戮を続けているうちに、自然な流れで七星剣に所属する事となった。
化け物しかいない組織だった。隔者とは人間ではなく、化け物。そう強く認識する事が出来た。
自分も化け物だ。古妖たちと同じなのだ。
篠崎蛍は、そう思った。
やがて、金剛という最も強大な化け物と出会い、その下に配属された。
金剛の下で、化け物として生きる日々。自分は今、本当に生きているのだ、と蛍は感じていた。
しかし自分はやがて、金剛という最強の拠り所を失ってしまう。
それに代わるものが出来たのだろうか、と蛍は思う。
『また無茶をいたしますのね、貴女は……』
古妖が、呆れている。
『何度、痛い目に遭えばおわかりになりますの? 人間のお馬鹿さ加減は重々承知、ですが貴女はまた格別ですわね』
「自分でも、そう思うよ。何言われてもしょうがない、と思う」
蛍は苦笑した。
竜宮の古妖。だが今は自力で動けぬ首長竜の全身化石であり、とある博物館に展示されている。
その博物館からは遠く離れた、某県山中の廃工場。
そこに七星剣の隔者が3人、身を潜めていた。
同じく七星剣の隔者が5人、彼らを始末するべく廃工場へ押し入ったところである。放っておけば、人数に勝る方が劣る方を殺し尽くす。それだけである。
言ってみれば七星剣の内紛で、どちらかに加勢する理由など蛍にはない。
だが蛍は、放っておけば殺される3名を背後に庇い、刺客である5人を睨み据えていた。
「金剛軍の負け犬が……一体、何の用だ」
背後の3人が、口々に言った。
「まさか、俺たちを助けようとでも……」
「笑わせるなよ、殺すしか能のない金剛隔者が!」
「お前らだって似たようなもんだろ。そんな奴ら、別に助けようなんて思っちゃいない」
振り返らず、蛍は言った。
「逃げたきゃ逃げろ。戦いたいなら戦え。あたしは勝手に、それに参加するだけだ」
「久しぶりだな篠崎。ファイヴに寝返った、と聞いていたが」
刺客5名の統率者である火行暦・秦野亮司が、嘲笑う。
「ファイヴらしく人命救助というわけか?」
「……あたしは、お前らが許せないだけだ」
ファイヴに捕縛された身ではある。が、監視役の覚者たちは現在、妖との戦いに駆り出されている最中だ。七星剣や古妖が揉め事を起こしている間は妖たちが大人しくしてくれる、わけではない。
「……あたしは今、七星剣ってえ連中に心底ムカついてんだよ。理由はわかるよな?」
「お前たちは……人間ではなく、古妖の味方をするのだな」
秦野の顔から、笑みが消えた。
「貴様らだけではない。怪・黄泉の隔者たちが大勢、八神様に叛旗を翻している」
「そして、お前らみたいなのに狩り殺されてると」
言いつつ蛍は、背後の3名に親指を向けた。
「こいつらも、今からそうなると」
「むざむざ殺されはしない……!」
3人とも、怪・黄泉である。
「八神勇雄は、俺たちを裏切った。俺たちと古妖の絆を、蔑ろにした」
「人間なんて、いくら殺しても構わんが……古妖に害をなすのは許せない!」
「聞いたろ、海竜。こいつらも、あたしも、バカなんだよ」
この場にいない古妖に、蛍は語りかけた。
「バカなりに……こんな事でもしなきゃ、君たちを守っている気になれないんだ。迷惑だろうけどさ」
『覚者たちが、そちらへ到着するまで……せいぜい粘りなさいな』
海竜が、呆れ果てている。
『命乞いをしてでも、生きていなければ駄目ですわよ』
「今の七星剣に……命乞いが通用するような奴、生き残ってるのかなあ」
「そういう事だ、篠崎蛍……それに筧利久、久住達郎、松方晴人。お前たち4人は、ここで死ぬ」
秦野が剣を抜き、前世の何者かと同調を行った。錬覇法だ。
「これからの七星剣に、怪・黄泉は要らぬ」
「ふん。古妖の力を取り除いて、人間だけの世界でも作ろうってのかい」
額で第三の目を発光させながら、蛍は嘲笑った。
「化け物のくせに今更、人間のために戦おうなんて……お笑い種だよ、八神の大将」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者9人の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
七星剣に叛旗を翻した怪・黄泉の隔者3人に元金剛隔者の少女・篠崎蛍を加えた4名が、七星剣の刺客である隔者5人と殺し合いを行っております。
放っておくと9人とも共倒れで死亡します。七星剣の戦力を削ぐ、という意味では、放置するのが正解なのかも知れません。
1人でも助けたいという事であれば、覚者の皆様に乱入していただかなければなりません。
場所は山中の廃工場、時間帯は真昼。
皆様の到着時点で、怪・黄泉側からは1名、刺客側からは2名の戦闘不能者が出ており、3対3で戦闘が続行中であります。双方、それなりの手傷を負っております。
3名の戦闘不能者は、あと一撃でもダメージを受けると死亡します。
3人とも重傷者で、術式等で治療を施しても戦闘復帰は出来ません。
隔者6名は、皆様の攻撃がとどめとなって体力が0になった場合のみ、生存状態で戦闘不能になります。相手隔者にとどめを刺された場合は普通に死亡します。
隔者6名の詳細は以下の通り。
●怪・黄泉側
篠崎蛍
女、16歳、天行怪。武器は斬撃手甲と斬撃レガース。使用スキルは破眼光、斬・二の構え、鋭刃想脚。前衛。
筧利久
男、23歳、土行怪。武器は八角棒。使用スキルは破眼光、貫殺撃、蔵王・戒。前衛。
開始時点で『蔵王・戒』使用中(4ターン目)。
松方晴人
男、15歳、水行怪。武器は弓矢。使用スキルは破眼光、水龍牙、潤しの雨。中衛。
●七星剣刺客側
秦野亮司
男、25歳、火行暦。武器は剣。使用スキルは錬覇法、豪炎撃、地烈。前衛。
開始時点で『錬覇法』使用中(4ターン目)。
楊和仁
男、24歳、木行翼。武器は槍。使用スキルはエアブリット、仇華浸香、大樹の息吹。前衛。
九戸恭太郎
男、18歳、天行獣・寅。武器は槌矛。使用スキルは猛の一撃、雷獣。前衛。
戦闘不能者は、それぞれの後衛位置で倒れております。
6名とも、相手が全員死ぬまで戦いを止めようとはしません。
止めるためには、両陣営の間に無理矢理、割って入っていただく事になるでしょう。
その場合は、挟撃の形になります。隔者たちは、殺し合う前にまず皆様を排除しようとします。
割って入らず、外側から攻撃する手もありますが、その場合は両陣営の殺し合いも続行です。例えば秦野亮司からは、覚者の皆様だけでなく、篠崎蛍や筧利久も攻撃対象となります。
どちらかの陣営が先に全滅した場合、残った方は皆様との戦いを続行しようとします。
ただし篠崎蛍は、その限りではありません。会話次第では戦闘になるかも知れませんが。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年11月19日
2018年11月19日
■メイン参加者 6人■

●
「最初に言っておく。蛍が好き勝手やってるからね、私らも好きにやらせてもらうよ」
この『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)という女が、自分は特に気に入らない。篠崎蛍は、そう思う。
「何しに来た……」
「助けに来た。私は、何しろ蛍の保護者だからね」
「うざいんだよ!」
刃の生えた手甲で、蛍は拳撃を繰り出していった。敵を切り刻む、高速のジャブ。
それを上回る超高速の衝撃が、蛍の全身を打ち据えていた。
彩吹の、鋭利な手刀。
「もちろんね、感謝なんか求めちゃいないよ」
そんな言葉と共に、蛍の全身各関節部に重圧が叩き込まれたところである。
「蛍が何回おバカをやらかしても助けてあげる。悔しいだろう」
「このっ……クソ女……ッ!」
蛍の呻きを圧倒するかのように、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が叫んでいた。
「お前ら、殺し合いなんてやめろーっ!」
「悪いけど、敵味方全員・強制生存ルートで行かせてもらうよー」
翼を広げ、何やら術式の煌めきを飛散させながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が蛍に微笑みかける。
「大丈夫だよ篠崎ちゃん。キミがボクらと知り合ったところでね、ちゃんとフラグは立ってるから」
「ファイヴ……今回ばかりは、お前たちの出る幕ではないぞ」
七星剣隔者・火行暦の秦野亮司が言った。
「妖が出たわけではない、我ら隔者が一般市民を脅かしているわけでもない。七星剣が内紛を起こしているだけだ。お前たちが介入する理由など」
秦野、それに木行翼の楊和仁と、天行獣の九戸恭太郎。この3名は、七星剣の放った刺客である。先程までは5人いた。
蛍を含む、怪・黄泉の隔者4人を始末するための刺客。
刺客5人のうち2人は倒したものの、こちらも1人が倒され、現在は3対3。人数的には互角の殺し合いに、ファイヴの覚者6人が割って入ったところである。
「……ふん、そうか。なるほど」
秦野が言った。
「その篠崎たちを、あわよくば味方に引き込もうという腹か」
「蛍だけではない……怪・黄泉の隔者は、七星剣にも大勢いるのだろう。その一大勢力を、お前たちは自軍から切り捨てようとしている。古妖を攻撃するというのは、そういう事だ」
秦野と睨み合いながら『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)が言った。
「おかしいとは思わないのか。七星剣という組織そのものの弱体化を招いてまで、八神勇雄は一体何をしようとしている?」
「知った事じゃあねえな。俺たちは八神様の御命令通りに動く。それだけよ」
言いつつ牙を剥く九戸に、桂木日那乃(CL2000941)が冷たい眼光を向ける。
「八神勇雄ってひと……あなたたちの事、あてにしてない。ひとりで何か、しようとしている。きっと」
●
日那乃は思う。
八神勇雄にとっては、七星剣という組織そのものが、巨大な囮なのではないか。自身の手で作り上げた隔者集団を、巨大な目くらましに用いているのではないのか。
七星剣がファイヴによって叩き潰される。それすら、八神にとっては陽動に過ぎないのかも知れない。
「怪・黄泉のひと、だけじゃない。あなたたちも切り捨てられる……それでいい、の?」
「捨て石は覚悟の上よ。七星剣のために……八神大人の、御ために」
楊が、続いて秦野が言った。
「八神様は、何か大きな事をなさろうとしている。それだけでいい」
「……そのために、命を捨てようと言うのか」
篁三十三(CL2001480)が、言葉と共に翼を開く。
「それは忠誠ではない、単なる思考放棄だ。僕には八神勇雄の行いが、部下の犠牲を正当化するほど崇高なものであるとは思えない。七星剣は、あの男を慕う者たちが集まって出来た組織ではないのか? そんな部下たちに八神は今、何をさせている?」
「……古妖と戦いてえなら、正々堂々とやりゃあいい」
翔が呻いた。
「河童の親分だって、鬼のカッちゃんだって、ナマズの大将だってな、正々堂々の戦いなら受けてくれらあ。もちろん殺そうってんならオレたちが止めるけどな……ともかくよ、わざわざトラブル起こして罪なすりつけて、人間と仲悪くさせる! そんな事する必要どこにあるってんだよ!」
呻きが、叫びに変わった。
「まさか、まさかとは思うけどよ、本当に救世主ヅラでもしようってのか!? お前ら、そんな事の手伝いさせられてんだぞ!? そんなんで、こんな仲間割れ起こしたり命賭けたりとか絶対おかしいだろーがッ!」
「八神様への無礼……そこまでにしておけ!」
秦野が、斬りかかって来る。
怪・黄泉の1人、筧利久が応戦しようとする。
「八神の走狗、貴様らは生かしておかん!」
「はい、そういう事を言わない」
八角棒を振りかざす筧の全身各所に、彩吹が手刀を叩き込む。
重圧が、筧の各関節部を硬直させる。
「ぐ……貴様……」
「お前たち怪の隔者の良くないところ。古妖を守るためなら人間は殺していい、なんて考えてるだろう。それじゃあ何も守れはしないよ」
彩吹の説教の間に、楊が槍をかざして術式の構えを取る。
その時には、しかし翔が踏み込んでいた。
「させねえよ。お前らには、何もさせねー」
「小僧……っ!」
螺旋崩し。翔の指が、楊の身体に、術式封じの紋様を刻み込んでいた。
固まった楊の隣で、秦野が斬撃を放つ。地烈の一閃が、翔を、ツバメを、日那乃を、薙ぎ払う。
とっさに、日那乃は翼を閉じた。その防御の上から、なかなかの剣圧がぶつかって来る。衝撃と激痛を嚙み殺すように、日那乃は歯を食いしばった。
激痛だけではなく、不満もあった。
ツバメと翔が、さりげなく動いて日那乃を庇い、地烈の大部分を受けてくれたのだ。
血飛沫を咲かせ、よろめく2人に、日那乃は声を投げた。
「ふたりとも……わたし自分の身、守れるから」
「へ……ま、そう言うなって」
微笑む翔に、術式を封じられた楊が槍を叩きつける。
それを翔は、精密機器にしか見えないカクセイパッドで受け止めていた。
「こんな事で壊れたりしねーんだぞ、こいつは……」
翔が言いかけた、その時。
光が、走った。
蛍の額、第三の目から迸った光が、彩吹の身体に突き刺さっていた。
「彩吹さん……」
「だ……大丈夫、でも……ないかな……」
三十三の言葉に弱々しく応えながら、彩吹は血を吐き、よろめいている。
一方の蛍は、関節に重圧を打ち込まれたまま呻いている。
「体術、使えなくたってね……お前なんか、これで充分……ッッ」
「……やるね、蛍」
苦しげに、彩吹は笑った。
「術式だけなら、私より上……ああ、体育会系に偏り過ぎかなあ私……」
「……私も、な」
よろめき、踏みとどまりながら、ツバメが第三の目を見開いた。
「蛍の破眼光と比べて、随分と頼りなくはあるが……まあ受けてみるといい。怪・黄泉の証たる光をな」
迸った破眼光・改が、九戸を直撃する。
「ぐうっ……てめ……」
「人と古妖の繋がりを断つのが、お前たちの目的なのだろう? ならば私を殺してみろ……私は、蛍たちの味方だ」
「だからっ! 鬱陶しいって言ってんだろ! そういうの」
「蛍、意地を張らず一緒に戦おう」
破眼光の呪いで九戸を拘束しながら、ツバメは言った。
「戦う形も立場も違うが、古妖との絆を踏みにじろうとする者は許せない……それは、私もお前たちも同じだろう。力を合わせない理由がどこにある」
「ホントはわかってるんだよね篠崎ちゃん。ボクらと力合わせるしかないってさ」
言いつつ紡が翼をはためかせ、霧を拡散させる。迷霧。白い束縛が、殺し合う隔者計6名に絡み付いてゆく。
「海骨ちゃんも心配してるよー? 一緒に帰ろう。ああ篠崎ちゃん以外のキミたちも。古妖と仲良くしたいなら、こんな戦いはやめてまず海骨ちゃんにご挨拶しなさい」
「貴様たちが……古妖狩人を皆殺しにも出来なかった、貴様らファイヴの偽善者どもが! 古妖の味方面をするなぁーッ!」
関節に重圧を打ち込まれた上、迷霧にも拘束された筧が、怒声と共に第三の目を発光させる。
破眼光が、紡を直撃した。
「俺の親代わりだった古妖はなあ、古妖狩人どもに殺されたんだよ」
怪・黄泉の松方晴人が、呻きながら弓を引く。
「お前らファイヴは連中を滅ぼしもしなかった! だから俺たちが殺してやった。七星剣は、それをサポートしてくれたんだ! 今更お前らの味方なんて出来るわけないだろうがっ!」
水行の力が、矢となって放たれた。
それが荒れ狂う流水の牙となって、彩吹と紡を切り裂きにかかる。水龍牙だった。水飛沫に、鮮血が混ざる。
「っと……まずまず、かな?」
「いや全然だね。蛍に比べたら、まるでなっちゃいない」
紡と彩吹が、負傷しながらも容赦のない事を言う。
「生き延びて、修業をやり直しなよ。何なら私たちが鍛えてやってもいい」
「…………何故だ……」
彩吹の言葉を聞かず、松方は涙を流していた。
「あの頃の七星剣は……八神様は……古妖の味方でいてくれた。なのに何故、今になって……っっ」
「あなたたち、八神勇雄に騙された、利用された。そういう事にしか、ならないと思う」
言いながら、日那乃は翼を広げた。
「騙されて利用されたまま……終わる? 今なら、まだ」
「そう、踏みとどまるなら今しかない」
三十三も、翼を広げていた。
「僕も、1つ間違えば七星剣に入っていた……あの頃、人を守る志を失いかけていた僕にとって、八神勇雄率いる隔者の大組織は1つの輝きだった。君たちも、その輝きに惹きつけられたのだろう?」
水行の力が、霧となって漂い始める。
「輝きを失った、今の七星剣に……道具として使い捨てられる運命から、君たちは脱却するべきだと思う。それは今しかない」
「わたしたち、少しだけ、助けてあげられる。から」
日那乃と三十三。翼の覚者2名による水行の癒しが、拡散し、あるいは降り注いだ。
癒しの霧と、潤しの雨。
彩吹と紡、翔とツバメ、だけではない。覚者6人が駆けつけた時点で戦闘不能に陥っていた3名にも、その術式治療が及んでいた。
「……だ、駄目だ秦野さん……」
1人が、声を絞り出している。
「こいつらの言う通り……ここは引き下がろう。今の七星剣は……やはり、何かおかしい……」
「言うな!」
秦野が叫び、剣を振りかざす。その剣が、炎をまとう。
「八神様のなさりように疑問を抱くなど許されん! 俺たちはもう、あの方を信じ抜くしかないのだ!」
「……さとみんが言ったよ。そういうの、思考放棄だって」
紡が、冷ややかな声を発した。
「ともかく。術式封じに体術封じ、パワーダウンに要救助者の治療……前準備としてやるべき事は全部、済ませちゃったわけで。ここからは攻撃モード……思考放棄なんてしてないで考え直すなら本当、今のうちだよー」
●
この隔者たちは、八神勇雄への忠誠に逃げ込んでいる。
それは誰かを信じて戦う、という事とは似て非なるものではないかと翔は思う。
「オレの頭でも、わかる事だぞ! お前らだって気付いて、気付かねーふりしてるだろ!」
叫びながら、翔はカクセイパッドを掲げた。表示された白虎が吼え、電光の嵐が発生する。
落雷が、隔者たちを打ちのめす。
「さとみんも紡も言った、オレも言うぞ。お前ら少しは自分の頭で考えろ! 今の七星剣に付いて行くってのが、どういう事なのかをよ!」
「無駄だよ。そいつらに、考える頭なんてない」
嘲笑いつつ、蛍が蹴りを跳ね上げた。斬撃レガースをまとう美脚の一閃が、彩吹を直撃する。
「自分の行き先、考える脳ミソも入ってない空っぽの生首! あたしが刎ねてやろうってんだ邪魔すんなッ!」
「……そうはいかない。殺して解決っていうところから、いい加減に脱却しないと駄目だよ蛍。もう金剛隔者じゃないんだから」
へし曲がった身体から血飛沫を散らせつつ、彩吹が苦しげに微笑む。
どうやら破眼光の呪いに縛られているようであった。まともな防御も回避も、出来ない状態である。
そんな彩吹を、しかし気遣っている暇はなかった。
電撃にどうにか耐え抜いた秦野と楊が、よろめきながらも挑みかかって来る。
翔を庇うように、ツバメが迎え撃った。
「本当は、お前たちも疑問を抱いているのだろう。今の七星剣のやりように」
彼女の強靭な繊手が、大鎌・白狼を猛回転させる。疾風双斬が、繰り出されていた。
「ファイヴと正面切っての戦いに臨もうともせず、悪事を工作して古妖に罪をなすりつける! 八神勇雄にどれほど高尚な理念があるにせよ、これは誰がどう考えても下劣な行いでしかない! お前たちも心のどこかではそう思っているのだろうがっ!」
「黙れ! 黙れぇっ、だまれぇええッ!」
かわそうともせず叫びながら、秦野が炎の剣を叩き付ける。豪炎撃。
ツバメの疾風双斬と、秦野の豪炎撃が、ぶつかり合った。鮮血の飛沫が飛び散り、炎に焼かれて蒸発した。
疾風双斬の余波を喰らった楊が、血まみれでよろめきながらも、翔に向かって槍を突き込んで来る。
「今更どうしろと言うのだ……我々は八神大人を信じて殺戮を行い、手を汚し返り血を浴びてきた! 今更それ以外の事をしろと言うのか、どうやってだ! どのようにして!」
「それを自分で考えろって言ってんだ」
その刺突を、翔はカクセイパッドで受け流した。
「日那乃も言ったけど、少しだけならオレたちだって手を貸せる。本当に少しだけだぜ」
「そこから先、考えるの……あなたたち自身」
言葉と共に日那乃が、氷の粒子をキラキラと舞わせた。
「七星剣のため戦い続ける、それも1つの選択。わたし構わない。わたしたち何度でも、あなたたち倒す……彩吹さん、大丈夫?」
「ああ、助かったよ。蛍に喰らわされた呪いが消えていく……ありがとうね日那乃」
浄化の氷の煌めきをまといながら、彩吹がユラリと身構える。
「さあて、今回の〆と行こうじゃないか。紡、ぶっつけ本番でアレやってみよう」
「ほいよー、炎と雷の鳳凰ちゃんず……鳳凰って確かオスとメスなんだよね。この場合いぶちゃんの方がオスって事で」
「何か納得いかないけど、まあいい。やるよっ!」
彩吹が羽ばたき、炎を巻き起こす。紡が羽ばたき、雷を呼び起こす。
彩吹が炎の鳳と化し、紅蓮の蹴りを隔者たちに叩き込む。
紡が雷の凰を操り、電光の翼で隔者たちを薙ぎ払う。
紅蓮と雷霆の鳳凰が荒れ狂い、鎮まり消えた、その時には、立って動いている隔者は1人もいなくなっていた。
否。篠崎蛍ただ1人が、よろよろと立ち上がってくる。
「……さすが、何だかんだで化け物だね。お前らも」
弱々しくも不敵な笑みを、蛍は浮かべた。
「上等だよ。あたしだって化け物なんだ、バケモノとしての自分を……受け入れて、生きてきたんだ……バケモノとして死ぬ、くらいの事は覚悟して」
「それは覚悟とは言わない。それもまた……何度でも言う、思考放棄だ」
言葉と共に三十三が、略式滅相銃を蛍に向けていた。
「自分は化け物だから、何をしてもされてもいい。人間としての、思考も生き方も放棄している……単なる、考え無しな開き直りだ。子供がふてくされているようでもある。見ていて気分の良いものじゃない」
「……じゃあ撃てよ。目障りなら、とっとと撃ち殺せばいいだろ」
「僕がこのままエアブリットでも撃ち込めば、君は倒れる。戦闘不能に陥るだけで、死にはしない」
三十三は、じっと蛍を見据えている。
「回復すれば、君はまた馬鹿な暴れ方をする。そしてファイヴによる討伐鎮圧を受ける……何度、同じ事を繰り返すのかな」
一瞬、三十三は仲間たちを見回したようだ。
「この場の皆は、何度だって君との戦いに付き合うつもりのようだけど……僕としては、この1度で終わりにしたい」
「そういう事。もう終わりにしよ? じゃないとね、割と容赦ないさとみんは本当に撃つよー」
紡が、続いて彩吹が言った。
「海竜だけじゃない。愛華と玲子も心配してるよ、蛍」
「……あの電波女とオタク女が、人の心配なんてするもんか」
そんな事を言いながら、蛍は俯いた。
他の隔者たちは倒れて行動不能に陥り、気絶したり呻いたりしている。
辛うじて生きている、その全員に、日那乃が最低限の術式治療を施していた。
治療の済んだ者を手際よく拘束しながら、ツバメが言う。
「この者たちは……あまり、情報を持っていそうもないな」
「だろうね。八神勇雄が何をしようとしているのか、本当に知っているのは八神本人と他数名ってところかな。お説教ついでに聞き出せればとも思ったけど」
そこで黙り込んだ彩吹に代わって、日那乃が言葉を発した。
「篠崎さん……この怪・黄泉の人たちが殺されそうって、どうしてわかった、の? もしかして、他にも」
「……何人も始末された。次はどいつが殺されるかって、予想くらいはね」
蛍が答える。
「当然、他にも狙われてる連中はいる。助けに行きたいだろうけど無駄足だと思うよ。もう動いてる奴らがいる」
「七星剣の怪・黄泉たちを助けるために? 一体、誰が」
ツバメの疑問に、翔は答えた。ふと根拠もなく、わかったのだ。
「……三枝先生や朴さんたち、か」
「あの裏切り野郎がね、格好つけてるってわけさ」
「そう言うなよ蛍。人間同士どうにか、そんなふうに助け合いが出来てるんだぜ」
翔は言った。
「古妖とも……それに七星剣のこんな連中とだって、手を取り合って大妖に立ち向かう。それが出来たらいいってオレは思うぜ」
「おめでたいね」
「何を今更、だよ。みんな仲良く出来たら、それが一番いいに決まってるじゃん」
紡が微笑み、蛍の肩をポンと叩いた。
「ま、キミはとにかく海骨ちゃんにゴメンなさいしなきゃだね」
「最初に言っておく。蛍が好き勝手やってるからね、私らも好きにやらせてもらうよ」
この『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)という女が、自分は特に気に入らない。篠崎蛍は、そう思う。
「何しに来た……」
「助けに来た。私は、何しろ蛍の保護者だからね」
「うざいんだよ!」
刃の生えた手甲で、蛍は拳撃を繰り出していった。敵を切り刻む、高速のジャブ。
それを上回る超高速の衝撃が、蛍の全身を打ち据えていた。
彩吹の、鋭利な手刀。
「もちろんね、感謝なんか求めちゃいないよ」
そんな言葉と共に、蛍の全身各関節部に重圧が叩き込まれたところである。
「蛍が何回おバカをやらかしても助けてあげる。悔しいだろう」
「このっ……クソ女……ッ!」
蛍の呻きを圧倒するかのように、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が叫んでいた。
「お前ら、殺し合いなんてやめろーっ!」
「悪いけど、敵味方全員・強制生存ルートで行かせてもらうよー」
翼を広げ、何やら術式の煌めきを飛散させながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が蛍に微笑みかける。
「大丈夫だよ篠崎ちゃん。キミがボクらと知り合ったところでね、ちゃんとフラグは立ってるから」
「ファイヴ……今回ばかりは、お前たちの出る幕ではないぞ」
七星剣隔者・火行暦の秦野亮司が言った。
「妖が出たわけではない、我ら隔者が一般市民を脅かしているわけでもない。七星剣が内紛を起こしているだけだ。お前たちが介入する理由など」
秦野、それに木行翼の楊和仁と、天行獣の九戸恭太郎。この3名は、七星剣の放った刺客である。先程までは5人いた。
蛍を含む、怪・黄泉の隔者4人を始末するための刺客。
刺客5人のうち2人は倒したものの、こちらも1人が倒され、現在は3対3。人数的には互角の殺し合いに、ファイヴの覚者6人が割って入ったところである。
「……ふん、そうか。なるほど」
秦野が言った。
「その篠崎たちを、あわよくば味方に引き込もうという腹か」
「蛍だけではない……怪・黄泉の隔者は、七星剣にも大勢いるのだろう。その一大勢力を、お前たちは自軍から切り捨てようとしている。古妖を攻撃するというのは、そういう事だ」
秦野と睨み合いながら『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)が言った。
「おかしいとは思わないのか。七星剣という組織そのものの弱体化を招いてまで、八神勇雄は一体何をしようとしている?」
「知った事じゃあねえな。俺たちは八神様の御命令通りに動く。それだけよ」
言いつつ牙を剥く九戸に、桂木日那乃(CL2000941)が冷たい眼光を向ける。
「八神勇雄ってひと……あなたたちの事、あてにしてない。ひとりで何か、しようとしている。きっと」
●
日那乃は思う。
八神勇雄にとっては、七星剣という組織そのものが、巨大な囮なのではないか。自身の手で作り上げた隔者集団を、巨大な目くらましに用いているのではないのか。
七星剣がファイヴによって叩き潰される。それすら、八神にとっては陽動に過ぎないのかも知れない。
「怪・黄泉のひと、だけじゃない。あなたたちも切り捨てられる……それでいい、の?」
「捨て石は覚悟の上よ。七星剣のために……八神大人の、御ために」
楊が、続いて秦野が言った。
「八神様は、何か大きな事をなさろうとしている。それだけでいい」
「……そのために、命を捨てようと言うのか」
篁三十三(CL2001480)が、言葉と共に翼を開く。
「それは忠誠ではない、単なる思考放棄だ。僕には八神勇雄の行いが、部下の犠牲を正当化するほど崇高なものであるとは思えない。七星剣は、あの男を慕う者たちが集まって出来た組織ではないのか? そんな部下たちに八神は今、何をさせている?」
「……古妖と戦いてえなら、正々堂々とやりゃあいい」
翔が呻いた。
「河童の親分だって、鬼のカッちゃんだって、ナマズの大将だってな、正々堂々の戦いなら受けてくれらあ。もちろん殺そうってんならオレたちが止めるけどな……ともかくよ、わざわざトラブル起こして罪なすりつけて、人間と仲悪くさせる! そんな事する必要どこにあるってんだよ!」
呻きが、叫びに変わった。
「まさか、まさかとは思うけどよ、本当に救世主ヅラでもしようってのか!? お前ら、そんな事の手伝いさせられてんだぞ!? そんなんで、こんな仲間割れ起こしたり命賭けたりとか絶対おかしいだろーがッ!」
「八神様への無礼……そこまでにしておけ!」
秦野が、斬りかかって来る。
怪・黄泉の1人、筧利久が応戦しようとする。
「八神の走狗、貴様らは生かしておかん!」
「はい、そういう事を言わない」
八角棒を振りかざす筧の全身各所に、彩吹が手刀を叩き込む。
重圧が、筧の各関節部を硬直させる。
「ぐ……貴様……」
「お前たち怪の隔者の良くないところ。古妖を守るためなら人間は殺していい、なんて考えてるだろう。それじゃあ何も守れはしないよ」
彩吹の説教の間に、楊が槍をかざして術式の構えを取る。
その時には、しかし翔が踏み込んでいた。
「させねえよ。お前らには、何もさせねー」
「小僧……っ!」
螺旋崩し。翔の指が、楊の身体に、術式封じの紋様を刻み込んでいた。
固まった楊の隣で、秦野が斬撃を放つ。地烈の一閃が、翔を、ツバメを、日那乃を、薙ぎ払う。
とっさに、日那乃は翼を閉じた。その防御の上から、なかなかの剣圧がぶつかって来る。衝撃と激痛を嚙み殺すように、日那乃は歯を食いしばった。
激痛だけではなく、不満もあった。
ツバメと翔が、さりげなく動いて日那乃を庇い、地烈の大部分を受けてくれたのだ。
血飛沫を咲かせ、よろめく2人に、日那乃は声を投げた。
「ふたりとも……わたし自分の身、守れるから」
「へ……ま、そう言うなって」
微笑む翔に、術式を封じられた楊が槍を叩きつける。
それを翔は、精密機器にしか見えないカクセイパッドで受け止めていた。
「こんな事で壊れたりしねーんだぞ、こいつは……」
翔が言いかけた、その時。
光が、走った。
蛍の額、第三の目から迸った光が、彩吹の身体に突き刺さっていた。
「彩吹さん……」
「だ……大丈夫、でも……ないかな……」
三十三の言葉に弱々しく応えながら、彩吹は血を吐き、よろめいている。
一方の蛍は、関節に重圧を打ち込まれたまま呻いている。
「体術、使えなくたってね……お前なんか、これで充分……ッッ」
「……やるね、蛍」
苦しげに、彩吹は笑った。
「術式だけなら、私より上……ああ、体育会系に偏り過ぎかなあ私……」
「……私も、な」
よろめき、踏みとどまりながら、ツバメが第三の目を見開いた。
「蛍の破眼光と比べて、随分と頼りなくはあるが……まあ受けてみるといい。怪・黄泉の証たる光をな」
迸った破眼光・改が、九戸を直撃する。
「ぐうっ……てめ……」
「人と古妖の繋がりを断つのが、お前たちの目的なのだろう? ならば私を殺してみろ……私は、蛍たちの味方だ」
「だからっ! 鬱陶しいって言ってんだろ! そういうの」
「蛍、意地を張らず一緒に戦おう」
破眼光の呪いで九戸を拘束しながら、ツバメは言った。
「戦う形も立場も違うが、古妖との絆を踏みにじろうとする者は許せない……それは、私もお前たちも同じだろう。力を合わせない理由がどこにある」
「ホントはわかってるんだよね篠崎ちゃん。ボクらと力合わせるしかないってさ」
言いつつ紡が翼をはためかせ、霧を拡散させる。迷霧。白い束縛が、殺し合う隔者計6名に絡み付いてゆく。
「海骨ちゃんも心配してるよー? 一緒に帰ろう。ああ篠崎ちゃん以外のキミたちも。古妖と仲良くしたいなら、こんな戦いはやめてまず海骨ちゃんにご挨拶しなさい」
「貴様たちが……古妖狩人を皆殺しにも出来なかった、貴様らファイヴの偽善者どもが! 古妖の味方面をするなぁーッ!」
関節に重圧を打ち込まれた上、迷霧にも拘束された筧が、怒声と共に第三の目を発光させる。
破眼光が、紡を直撃した。
「俺の親代わりだった古妖はなあ、古妖狩人どもに殺されたんだよ」
怪・黄泉の松方晴人が、呻きながら弓を引く。
「お前らファイヴは連中を滅ぼしもしなかった! だから俺たちが殺してやった。七星剣は、それをサポートしてくれたんだ! 今更お前らの味方なんて出来るわけないだろうがっ!」
水行の力が、矢となって放たれた。
それが荒れ狂う流水の牙となって、彩吹と紡を切り裂きにかかる。水龍牙だった。水飛沫に、鮮血が混ざる。
「っと……まずまず、かな?」
「いや全然だね。蛍に比べたら、まるでなっちゃいない」
紡と彩吹が、負傷しながらも容赦のない事を言う。
「生き延びて、修業をやり直しなよ。何なら私たちが鍛えてやってもいい」
「…………何故だ……」
彩吹の言葉を聞かず、松方は涙を流していた。
「あの頃の七星剣は……八神様は……古妖の味方でいてくれた。なのに何故、今になって……っっ」
「あなたたち、八神勇雄に騙された、利用された。そういう事にしか、ならないと思う」
言いながら、日那乃は翼を広げた。
「騙されて利用されたまま……終わる? 今なら、まだ」
「そう、踏みとどまるなら今しかない」
三十三も、翼を広げていた。
「僕も、1つ間違えば七星剣に入っていた……あの頃、人を守る志を失いかけていた僕にとって、八神勇雄率いる隔者の大組織は1つの輝きだった。君たちも、その輝きに惹きつけられたのだろう?」
水行の力が、霧となって漂い始める。
「輝きを失った、今の七星剣に……道具として使い捨てられる運命から、君たちは脱却するべきだと思う。それは今しかない」
「わたしたち、少しだけ、助けてあげられる。から」
日那乃と三十三。翼の覚者2名による水行の癒しが、拡散し、あるいは降り注いだ。
癒しの霧と、潤しの雨。
彩吹と紡、翔とツバメ、だけではない。覚者6人が駆けつけた時点で戦闘不能に陥っていた3名にも、その術式治療が及んでいた。
「……だ、駄目だ秦野さん……」
1人が、声を絞り出している。
「こいつらの言う通り……ここは引き下がろう。今の七星剣は……やはり、何かおかしい……」
「言うな!」
秦野が叫び、剣を振りかざす。その剣が、炎をまとう。
「八神様のなさりように疑問を抱くなど許されん! 俺たちはもう、あの方を信じ抜くしかないのだ!」
「……さとみんが言ったよ。そういうの、思考放棄だって」
紡が、冷ややかな声を発した。
「ともかく。術式封じに体術封じ、パワーダウンに要救助者の治療……前準備としてやるべき事は全部、済ませちゃったわけで。ここからは攻撃モード……思考放棄なんてしてないで考え直すなら本当、今のうちだよー」
●
この隔者たちは、八神勇雄への忠誠に逃げ込んでいる。
それは誰かを信じて戦う、という事とは似て非なるものではないかと翔は思う。
「オレの頭でも、わかる事だぞ! お前らだって気付いて、気付かねーふりしてるだろ!」
叫びながら、翔はカクセイパッドを掲げた。表示された白虎が吼え、電光の嵐が発生する。
落雷が、隔者たちを打ちのめす。
「さとみんも紡も言った、オレも言うぞ。お前ら少しは自分の頭で考えろ! 今の七星剣に付いて行くってのが、どういう事なのかをよ!」
「無駄だよ。そいつらに、考える頭なんてない」
嘲笑いつつ、蛍が蹴りを跳ね上げた。斬撃レガースをまとう美脚の一閃が、彩吹を直撃する。
「自分の行き先、考える脳ミソも入ってない空っぽの生首! あたしが刎ねてやろうってんだ邪魔すんなッ!」
「……そうはいかない。殺して解決っていうところから、いい加減に脱却しないと駄目だよ蛍。もう金剛隔者じゃないんだから」
へし曲がった身体から血飛沫を散らせつつ、彩吹が苦しげに微笑む。
どうやら破眼光の呪いに縛られているようであった。まともな防御も回避も、出来ない状態である。
そんな彩吹を、しかし気遣っている暇はなかった。
電撃にどうにか耐え抜いた秦野と楊が、よろめきながらも挑みかかって来る。
翔を庇うように、ツバメが迎え撃った。
「本当は、お前たちも疑問を抱いているのだろう。今の七星剣のやりように」
彼女の強靭な繊手が、大鎌・白狼を猛回転させる。疾風双斬が、繰り出されていた。
「ファイヴと正面切っての戦いに臨もうともせず、悪事を工作して古妖に罪をなすりつける! 八神勇雄にどれほど高尚な理念があるにせよ、これは誰がどう考えても下劣な行いでしかない! お前たちも心のどこかではそう思っているのだろうがっ!」
「黙れ! 黙れぇっ、だまれぇええッ!」
かわそうともせず叫びながら、秦野が炎の剣を叩き付ける。豪炎撃。
ツバメの疾風双斬と、秦野の豪炎撃が、ぶつかり合った。鮮血の飛沫が飛び散り、炎に焼かれて蒸発した。
疾風双斬の余波を喰らった楊が、血まみれでよろめきながらも、翔に向かって槍を突き込んで来る。
「今更どうしろと言うのだ……我々は八神大人を信じて殺戮を行い、手を汚し返り血を浴びてきた! 今更それ以外の事をしろと言うのか、どうやってだ! どのようにして!」
「それを自分で考えろって言ってんだ」
その刺突を、翔はカクセイパッドで受け流した。
「日那乃も言ったけど、少しだけならオレたちだって手を貸せる。本当に少しだけだぜ」
「そこから先、考えるの……あなたたち自身」
言葉と共に日那乃が、氷の粒子をキラキラと舞わせた。
「七星剣のため戦い続ける、それも1つの選択。わたし構わない。わたしたち何度でも、あなたたち倒す……彩吹さん、大丈夫?」
「ああ、助かったよ。蛍に喰らわされた呪いが消えていく……ありがとうね日那乃」
浄化の氷の煌めきをまといながら、彩吹がユラリと身構える。
「さあて、今回の〆と行こうじゃないか。紡、ぶっつけ本番でアレやってみよう」
「ほいよー、炎と雷の鳳凰ちゃんず……鳳凰って確かオスとメスなんだよね。この場合いぶちゃんの方がオスって事で」
「何か納得いかないけど、まあいい。やるよっ!」
彩吹が羽ばたき、炎を巻き起こす。紡が羽ばたき、雷を呼び起こす。
彩吹が炎の鳳と化し、紅蓮の蹴りを隔者たちに叩き込む。
紡が雷の凰を操り、電光の翼で隔者たちを薙ぎ払う。
紅蓮と雷霆の鳳凰が荒れ狂い、鎮まり消えた、その時には、立って動いている隔者は1人もいなくなっていた。
否。篠崎蛍ただ1人が、よろよろと立ち上がってくる。
「……さすが、何だかんだで化け物だね。お前らも」
弱々しくも不敵な笑みを、蛍は浮かべた。
「上等だよ。あたしだって化け物なんだ、バケモノとしての自分を……受け入れて、生きてきたんだ……バケモノとして死ぬ、くらいの事は覚悟して」
「それは覚悟とは言わない。それもまた……何度でも言う、思考放棄だ」
言葉と共に三十三が、略式滅相銃を蛍に向けていた。
「自分は化け物だから、何をしてもされてもいい。人間としての、思考も生き方も放棄している……単なる、考え無しな開き直りだ。子供がふてくされているようでもある。見ていて気分の良いものじゃない」
「……じゃあ撃てよ。目障りなら、とっとと撃ち殺せばいいだろ」
「僕がこのままエアブリットでも撃ち込めば、君は倒れる。戦闘不能に陥るだけで、死にはしない」
三十三は、じっと蛍を見据えている。
「回復すれば、君はまた馬鹿な暴れ方をする。そしてファイヴによる討伐鎮圧を受ける……何度、同じ事を繰り返すのかな」
一瞬、三十三は仲間たちを見回したようだ。
「この場の皆は、何度だって君との戦いに付き合うつもりのようだけど……僕としては、この1度で終わりにしたい」
「そういう事。もう終わりにしよ? じゃないとね、割と容赦ないさとみんは本当に撃つよー」
紡が、続いて彩吹が言った。
「海竜だけじゃない。愛華と玲子も心配してるよ、蛍」
「……あの電波女とオタク女が、人の心配なんてするもんか」
そんな事を言いながら、蛍は俯いた。
他の隔者たちは倒れて行動不能に陥り、気絶したり呻いたりしている。
辛うじて生きている、その全員に、日那乃が最低限の術式治療を施していた。
治療の済んだ者を手際よく拘束しながら、ツバメが言う。
「この者たちは……あまり、情報を持っていそうもないな」
「だろうね。八神勇雄が何をしようとしているのか、本当に知っているのは八神本人と他数名ってところかな。お説教ついでに聞き出せればとも思ったけど」
そこで黙り込んだ彩吹に代わって、日那乃が言葉を発した。
「篠崎さん……この怪・黄泉の人たちが殺されそうって、どうしてわかった、の? もしかして、他にも」
「……何人も始末された。次はどいつが殺されるかって、予想くらいはね」
蛍が答える。
「当然、他にも狙われてる連中はいる。助けに行きたいだろうけど無駄足だと思うよ。もう動いてる奴らがいる」
「七星剣の怪・黄泉たちを助けるために? 一体、誰が」
ツバメの疑問に、翔は答えた。ふと根拠もなく、わかったのだ。
「……三枝先生や朴さんたち、か」
「あの裏切り野郎がね、格好つけてるってわけさ」
「そう言うなよ蛍。人間同士どうにか、そんなふうに助け合いが出来てるんだぜ」
翔は言った。
「古妖とも……それに七星剣のこんな連中とだって、手を取り合って大妖に立ち向かう。それが出来たらいいってオレは思うぜ」
「おめでたいね」
「何を今更、だよ。みんな仲良く出来たら、それが一番いいに決まってるじゃん」
紡が微笑み、蛍の肩をポンと叩いた。
「ま、キミはとにかく海骨ちゃんにゴメンなさいしなきゃだね」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
