≪花骨牌暗躍≫境界へ至る白
●
「どうしてひとのこが」
普段であれば「ひとのこはどうして」、そんな返答があったのだろう。
大切な相棒はそこにはいない。
「連れて行かれた、というわけか」
小さなゆきんこを抱き上げゆきめが呟いた。
「そんなことしないのがひとのこだ」
「でも、そうした、それが現実だ」
ゆきめの腕の中のゆきんこは泣きじゃくる。もうひとりのゆきのこを思い。
「とりかえそう」
「とりかえすのがゆきんこだ」
その日、季節外れの猛吹雪がとある街を襲う。
ごうごうと吹き付ける冷気は自然のものではない。
それは古妖のちから。
●
「はなせ、ひとのこ」
連れ去られたゆきんこが六花を巻き上がらせながら暴れる。
「あー、すこし静かにしてくんないっすかね。首領がくるんすから。花骨牌のねーさんもずいぶんと回りくどいやり方をするもんです。くしゅん」
吊目のネコの耳を生やした少女――片倉コハネは七星剣幹部、花骨牌の部下である。
ある時花骨牌が彼らをあつめ指示をだした。
曰く、古妖をなんでもいいからあつめよと。意味は理解はしてはいないが花ねーさんの言うことはいつだってよくわからない。でもそれが七星剣を支えてきているのも確かなのだ。
だからコハネは言われたままに任務をこなす。
ばたん、と部屋のドアが開き焚いていたストーブの火が消えた。
「きさまか? ゆきんこをうばったのは」
「ゆきめっ! ゆきんこ!」
「だいじょうぶか? ゆきんこ」
「だいじょうぶなのがゆきんこだ」
コハネの待機する家屋に――適当にあった家にこもった。中にいたじいさんは邪魔だから殺した――ゆきめとゆきんこが現れる。
「はー、おっかけてきたっすか。まあいいか」
「ゆきんこをかえさねば、ころす」
ゆきめはま白い髪をくゆらせながらコハネに最後通告する。
「へぇ、雪女っすか。こわいこわい。ああ、かえしますよかえします。だってアタシファイブですもん、しってるでしょ?」
其の名前は、ゆきんこにとっても馴染みのある名前だ。
「ふぁいぶがなぜゆきんこをさらう」
問いかけにコハネはゆきんこの首を持ち上げにぎる。
「貴様」
「ファイブはね、古妖を潰すことに決定しましたーーー!」
にやにやといたぶるように笑うコハネ。
「なぜ、なぜだ」
ゆきんこはなきそうな顔になる。
「おおっと雪女さん。だめっすよ。あんたがあたしを凍らせる前にあたしはこのゆきんこをねじり潰す。
それがいやなら、この街を凍らせてくださいよ。そしたら返します」
「お前はほんとうにふぁいぶなのか?」
「はーい質問はうけつけません! あんたらができることは街を凍らせることっすよー! じゃなきゃこいつは死ぬ。それだけの話しっすよ!」
●
「とある街が氷に閉ざされます。雪女とゆきんこによって」
久方 真由美(nCL2000003)が沈んだ顔であなたたちに告げる。
ブリーフィングルームに向かう前のラウンジで流れていたテレビの速報で季節外れの豪雪の話題が流れていた。それのことかとあなた達は問う。
「其のとおりです。逼迫した状態と言えるでしょう。もっと早く夢を見ることができたのなら状況は変わっていたかも知れませんが申し訳ありません」
真由美は用意したチャーター機で北陸方面に向かうよう伝え、概要の書かれた手書きのメモを託す。
「ご相談は機内でお願いします。状況は芳しくありません」
そう言った真由美に送り出されたあなた達は五麟病院の屋上に備え付けられたヘリポートより現場に向かって飛び立つのだった。
「どうしてひとのこが」
普段であれば「ひとのこはどうして」、そんな返答があったのだろう。
大切な相棒はそこにはいない。
「連れて行かれた、というわけか」
小さなゆきんこを抱き上げゆきめが呟いた。
「そんなことしないのがひとのこだ」
「でも、そうした、それが現実だ」
ゆきめの腕の中のゆきんこは泣きじゃくる。もうひとりのゆきのこを思い。
「とりかえそう」
「とりかえすのがゆきんこだ」
その日、季節外れの猛吹雪がとある街を襲う。
ごうごうと吹き付ける冷気は自然のものではない。
それは古妖のちから。
●
「はなせ、ひとのこ」
連れ去られたゆきんこが六花を巻き上がらせながら暴れる。
「あー、すこし静かにしてくんないっすかね。首領がくるんすから。花骨牌のねーさんもずいぶんと回りくどいやり方をするもんです。くしゅん」
吊目のネコの耳を生やした少女――片倉コハネは七星剣幹部、花骨牌の部下である。
ある時花骨牌が彼らをあつめ指示をだした。
曰く、古妖をなんでもいいからあつめよと。意味は理解はしてはいないが花ねーさんの言うことはいつだってよくわからない。でもそれが七星剣を支えてきているのも確かなのだ。
だからコハネは言われたままに任務をこなす。
ばたん、と部屋のドアが開き焚いていたストーブの火が消えた。
「きさまか? ゆきんこをうばったのは」
「ゆきめっ! ゆきんこ!」
「だいじょうぶか? ゆきんこ」
「だいじょうぶなのがゆきんこだ」
コハネの待機する家屋に――適当にあった家にこもった。中にいたじいさんは邪魔だから殺した――ゆきめとゆきんこが現れる。
「はー、おっかけてきたっすか。まあいいか」
「ゆきんこをかえさねば、ころす」
ゆきめはま白い髪をくゆらせながらコハネに最後通告する。
「へぇ、雪女っすか。こわいこわい。ああ、かえしますよかえします。だってアタシファイブですもん、しってるでしょ?」
其の名前は、ゆきんこにとっても馴染みのある名前だ。
「ふぁいぶがなぜゆきんこをさらう」
問いかけにコハネはゆきんこの首を持ち上げにぎる。
「貴様」
「ファイブはね、古妖を潰すことに決定しましたーーー!」
にやにやといたぶるように笑うコハネ。
「なぜ、なぜだ」
ゆきんこはなきそうな顔になる。
「おおっと雪女さん。だめっすよ。あんたがあたしを凍らせる前にあたしはこのゆきんこをねじり潰す。
それがいやなら、この街を凍らせてくださいよ。そしたら返します」
「お前はほんとうにふぁいぶなのか?」
「はーい質問はうけつけません! あんたらができることは街を凍らせることっすよー! じゃなきゃこいつは死ぬ。それだけの話しっすよ!」
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「とある街が氷に閉ざされます。雪女とゆきんこによって」
久方 真由美(nCL2000003)が沈んだ顔であなたたちに告げる。
ブリーフィングルームに向かう前のラウンジで流れていたテレビの速報で季節外れの豪雪の話題が流れていた。それのことかとあなた達は問う。
「其のとおりです。逼迫した状態と言えるでしょう。もっと早く夢を見ることができたのなら状況は変わっていたかも知れませんが申し訳ありません」
真由美は用意したチャーター機で北陸方面に向かうよう伝え、概要の書かれた手書きのメモを託す。
「ご相談は機内でお願いします。状況は芳しくありません」
そう言った真由美に送り出されたあなた達は五麟病院の屋上に備え付けられたヘリポートより現場に向かって飛び立つのだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.状況の打破。(ゆきめを倒すことで吹雪はおさまります)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
花骨牌さんの暗躍です。
ご相談は機内で。現地にほど近い地点で一旦ヘリから降りて、現地の方の車で現場に向かいます。
例の家屋から20m離れた場所まで送ってくれます。送ってくれるのは一般人ですので無理はさせることはできません。送ったあとは其の場から撤退していきます。
現地は猛吹雪。1m前すら霞むほどで命中率が著しく下がります。
炎系の術で雪を焼けば溶けはしますが水蒸気が出るので視界は大して変わりません。
2階建ての屋内には七星剣の片倉コハネがいます。彼女はストーブでぬくぬくしながら、花骨牌とともにくる八神勇雄をまっています。
人の身長ほどに雪は積もっているので一階から屋内にはいるには雪かきが必要です。現場は普通の住宅地ですが時期外れの豪雪で家から出ることもかなわない程に埋まっています。
もちろん家のなかに向かおうとすれば、下記ゆきめとゆきんこ、ゆきかげゆきぼうしが邪魔をします。
残念ながらおじいさんはもう冷たくなっています。
現場は雪でかなり動きにくいです。移動して攻撃する場合は5m程度しか移動することが出来ません。全力移動で10mです。
あなた方は現時点では七星剣の片倉コハネがファイブを装っていることは気づいていませんが、現地で彼女やゆきめにアプローチすることができれば、状況を理解することはできます。
あくまでも成功条件は状況の打破です。下記ゆきめを撃破すれば街の吹雪はやみます。
其の条件でノーマル。それ以上を望む場合はハードになります。
エネミー
・ゆきめ
雪女です。全範囲のブリザードを使います。この近辺を凍らせているのは彼女です。
ゆきんこの古くからの友人です。
現状ではふぁいぶの構成員がゆきんこをさらい脅迫をしていると思っています。
部屋の中には誰も入れるな。街を凍らせないとゆきんこを殺すと言われています。
古い妖ですので、あまりファイブのことはよくわかっていません。
・ゆきんこ
拙作『こなゆきこんこ、雪景色』にて登場したゆきんこですが、読んでいてもよんでなくてもかまいません。
攻撃はしてきませんが、命を賭してこの現場に雪を降らせています。
其の時間がながければ長いほどゆきんこの命はけずられていきます。
ファイブが悪いはずはないとは思っていても人質がいるので言われるままにしています。
・ゆきかげゆきぼうし
雪女から生み出される雪だるまです。体当たりでこうげきしたり、凍結効果のある吐息を吹いてきます。
熱には弱いです。具体的には火系のスキルでしたら、1.5倍のダメージになります。
5体います。ゆきめが2ターン溜めることで5体増やすことができます。
説得は可能ですが、そうするためにはさらわれたゆきんこを助けることができる力があるということを示さなくてはいけません。
もちろん説得をせずに倒してもかまいません。
ゆきめさえ倒せば街の氷漬けも解除されます。そうすることでどうなるかはわかりませんがとりあえずオーダーは完了します。
・片倉コハネ ネコの獣。 火行。 チャクラムで戦います。
体術、術式ともに二式のものをいくつか活性化。速度は高めです。決して弱くはありません。みなさんの平均よりちょっと上くらいです。 ゆきめが撃破されると撤退します。ゆきめが説得された場合は戦闘になるでしょうけれど、八神勇雄が現場にくる可能性は高まります。(説得により時間の経過が生まれます)
遅くなりすぎると花骨牌と八神勇雄が現場にくるかもしれません。その時は撤退するしかないでしょう。
(その状況でもオーダーをこなしていれば成功です)
八神たちは用事を済ませればコハネとともに退去します。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年11月02日
2018年11月02日
■メイン参加者 8人■

●移送用ヘリ内
現場に近づくにつれ、輸送用ヘリの窓の向こうの空の色は灰色を帯びた白に塗り替えられていく。
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は冷たく冷えるガラス窓にこつりと頭をあてる。
「寒いのは苦手ではありませんが、視界を遮られるほどの風雪は困りますね」
誰ともなくつぶやかれた声に、『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)もまた窓の外をみつめ答える。
「これだけ視界が塞がれちゃうと、攻撃どころか街中で遭難しちゃいそうだねぇ」
其のとおりだ。現に進行形でその被害は東北のとある街で起きている。
『モイ!モイ♪モイ!』成瀬 歩(CL2001650)はべったりと窓に手をついて、早く現場につかないかとヤキモキしている。
なぜ? どうして? 答えはでない。
彼女のしるゆきんこはひとのこが大好きだと言っていた。人間に対して牙をむくような古妖では決して無いのだ。
ふと。歩の緊張で少し冷えた手を、『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)はそっと握る。
その暖かさに、歩は従姉妹である澄香をみつめる。
「歩ちゃん、大丈夫ですよ。お友達は絶対に助けましょうね」
「うん、うん、お願い、力かして……!」
ゆきんこも、ゆきめも。そしてこの少女の心もまもると澄香は誓う。
「どういうことかはわからねーけど、吹雪はとめないとだな。巻き込まれた人たちも寒い思いしてるだろーし」
『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)はヘリの椅子に掛け、そう呟く。
そんな誰かを守るための戦いに思いを強くする飛馬を少し眩しい気持ちで見つめるのは篁・三十三(CL2001480)だ。
彼は元AAAの職員である。彼は誰かを守るためにAAAに所属した。しかし助けた子供の親からの非難のその瞳を見て信念が揺らぎ、かの組織を脱退した。その後、やはりその信念――罪無き者達の日々を守る事――を捨て去ることは出来ずにFiVEに所属したという経歴を持つものだ。
「とりあえずはゆきんこは保護。私もあのこたちは知ってる。そういうことをするような古妖じゃないよ。
ゆきめにも吹雪をとめてもらう。これが目標かな」
『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)が相談をまとめ方針を宣言する。
FiVEは事態の収束があればどのような手段をとってもかまわないと彼らに伝えた。しかし彼らはどうにもゆきんこが雪女と組んで悪さをするとは思えない。なんらかの理由があるのではないかと。だから、彼らは選ぶ。最も難しい道を。
なぜ彼らがこんなことをするのかを究明し、ゆきんこも、ゆきめも悪くないと、倒すという手段を選択しなくてもいい方法を得るために。
「そうだね。難しいかもしれないけど」
最初こそは輸送ヘリに乗せられ、はしゃいでいた『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)ではあったが、現場に近づくにつれ落ち着きを取り戻している。
やがてヘリは現場周辺に近づき、着陸の旨をパイロットから告げられ彼らは目配せをしあって頷く。ここからが正念場だ。
降り立った北陸のとある病院のヘリポートはまだ秋だというのに吹雪が舞っている。奏空は用意した外套の襟元を引き寄せた。
協力者の用意したバンの運転手が病院の出入り口に姿を現した彼らに手を振る。彼らはそのバンに乗り込んで現場に向かう。
●
「それでは、もうしわけありません。ここが限界です」
「きにしないでください。それよりお気をつけて」
運転手と別れを告げ彼らは20m先にあるという家屋を見つめる。……といっても雪の白のヴェールに閉ざされ、見えることはないのだが。
彼らは動きにくい猛吹雪の道を進む。奏空は歩をガードしながら進んでいく。1m先すらろくに見えないが、感情探知に、こんな状況にもかかわらず楽しそうにしている感情があった。きっとそれが目的地だろうとあたりをつけその方向に向かって進む。
飛馬もまた、熱源探知で、熱源の極端になさすぎる場所をゆきめと断じ進んでいく。
『モイ! モイ! ゆきんこちゃん、聞こえる?』
歩は、強く彼らゆきんこのことを思い出し送受信の念話で、ゆきんこに話しかける。
『だれだ、ひとのこか』
その答えが帰えってくる。
『あゆみだよ! 覚えてる? ねえ、どうしてゆきんこちゃんたちは吹雪をおこしているの? 迷惑をかけちゃだめだよ』
『おぼえておる。モイ、だ。ふぁいぶ、だ。うちらはふぁいぶに襲われた。どうしてふぁいぶはうちらを襲う? ふぁいぶはどうしてうちら古妖をころすことにきめたのだ? どうしてゆきんこを人質にするのだ』
その声に答えたのは吹雪を起こしていない方のゆきんこであった。ゆきんこは『友人』の少女に矢継ぎ早に現状の問いかけをする。もう片方のゆきんこからの答えはない。吹雪をだすことに集中しているゆえに答えることはできないのだろう。
『ちがうの、そのひとはFiVEじゃないの。FiVEは古妖をころすことになんてしてないよ! そんなこといったのなんていうひと?』
『片倉コハネ、となのった』
歩は自分を庇う奏空に片倉コハネって知っている? と尋ねる。
「いや、俺の知ってる範囲だけど、そんなやつFiVEには登録されてないはずだよ」
「よくわかんねーけど、そいつがFiVEだろうがそうじゃなかろーが、やってることはゆるせねー」
飛馬は憤る。
「ほんとに嫌な感じだ」
低空飛行をしながらすすむ彩吹が吐き捨てるように言う。
歩とゆきんこの送受信で、おおよその流れは掴んだ。ゆきめとゆきんこがこの北陸の街を襲った理由はゆきんこの片割れを『片倉コハネ』となのるFiVEを騙った人物に人質にされているという事情があったからだ。
そして彼らはゆきんこたちを助けるために即興で其の場で作戦を組み立てる。
彼らのとった作戦は二面作戦だ。表側からゆきめに対する説得班と、ゆきんこを助けるために向かうスニーキングミッション班の2つだ。
澄香はまずは全員に清廉珀香をかけると燐花を抱えて浮かびあがる。
すにーきんぐみっしょんというものです。と彼女にしては珍しく鼻息を荒げる姿に澄香はくすりと笑う。
一方、男性組、三十三は恭司をだきあげる。
「おっさんで、ごめんね。さすがにあの子を抱き上げてもらっちゃ僕がやきもちやいちゃうかもしれないからね?」
恭司は当の子猫には聞こえないように三十三に耳打ちする。
「それは怖い」
三十三もごちそうさまと言わんばかりに苦笑した。そして状況を思う。
自分が落胆したあの事件のときの子供の親の目の意味。今ならそれがよく分かる。
あの親はただ、守るべき者のために牙をむいたのだ。誰にでも存在しうる防衛行動として。
ゆきめも同じだ。守るべきゆきんこのために今牙を剥いているのだ。故に三十三はおもう。ゆきめのために彼女の守りたいものを守らなければ、と。それがAAAをやめた自分が未練がましくFiVEという誰かを守る組織に所属した自分のやるべきことなのだと。
「拾いました。あちらです。この温度はストーブでしょう。多分そこにいると予想されます」
燐花が炊かれたストーブの熱源を感知する。追って恭司もコハネの喋り声を感知する。どうも暇つぶしにゆきんこの片割れを、コハネがいたぶっているようだ。
彼らは細心の注意でもって音をたてないように、屋根の上に降り立つ。コハネのいる部屋の隣の部屋にあたりをつけ、燐花が物質透過で侵入し部屋の窓をあける。多少凍りついて硬いが、開けれないという程ではない。
窓をそっとあければごう、と部屋に吹雪が吹き込む音が大きく響いたことに肝をひやすが、コハネが気づいた気配はない。
恭司と三十三と澄香は部屋に乗り込み隣の部屋を澄香の透視で確認すると状況を共有しあうと、澄香は再度窓から外に出て、待機する。
途切れ途切れに表側に向かった仲間の声がする。説得は叶っただろうか? 従姉妹の冷たい小さな手を思い成功してほしいと願う。
突入の準備は整った。あとは、燐花のゴーサインに合わせるだけだ。
●
「何者だ」
まるで透明な氷のような冷たい声が彼らにも届く。説得班の歩と飛馬、彩吹と奏空は顔を見合わせ、頷く。
「ゆきめ、聞いてくれ! 俺達はファイヴだ!」
まずは奏空が名乗る。
「ふぁいぶだと? ゆきんこを攫ったものたちか!」
「待ってくれ、ゆきんこをさらったのは俺らファイヴの仲間じゃねーと思うんだ。少なくともファイブは古妖を潰す方針なんか定めちゃいねー。信じてくれ!」
飛馬が大声で叫んだ。
「戯言を」
ゆきめの着物の袂が揺れ吹雪が更に強くなる。
「俺たちの仲間に片倉コハネってやつはいないよ! ゆきんこ、この二人をしっているでしょ? 吹雪をとめてくれないかな?」
奏空が飛馬の後を次ぐように叫ぶ。
水をむけられたゆきんこは、疲れのでている顔で彼らを眺める。
「モイ! モイ! おぼえてる? 挨拶してお友達になったよね?」
「しっている。おぼえているのがゆきんこだ。もい。」
「久しぶり。去年の冬にあったよ。今年も会えるのたのしみにしていたんだ」
「ゆきんこも、だ」
そして、ゆきんこと4人の目がゆきめに集まる。
「ゆきめ、こいつらはうちらにおかしをくれた。悪いものではない」
「しかし、こいつらと同じふぁいぶがゆきんこを攫った。それに吹雪を止めればゆきんこは殺される」
ゆきめは吹雪を止めない。
「もしだ。俺らがゆきんこをさらったやつを捕まえたら、無事にゆきんこを助け出せたなら。あんたが街を凍らせる必要なんてなくなるだろ?」
飛馬が叫ぶ。ゆきかげゆきぼうしが其の叫びを止めようと巨体を飛馬にのしかからせた。
『ゆきめ、そのまま、吹雪はとめなくていい。俺たちの作戦をきいて』
奏空の送受信がゆきめにとどく。ゆきめは顔色を変えることはない。しかし、其の瞳はまっすぐに奏空を見つめている。
「酷い事する人がいたら、あゆみが、あゆみのお兄ちゃんやお友達が絶対絶対、助けに来るんだから!
だからお願い、もうやめよう? やだよう! ゆきんこちゃん苦しそう! このままじゃゆきんこちゃん死んじゃうよ!」
歩の悲痛な叫びにゆきんこは泣きそうな顔になる。止めれないのだ。止めた瞬間にゆきんこの大切なひとは殺される。
歩に襲いかかろうとするゆきかげゆきぼうしを彩吹が炎の柱で包み込む。
「私達は君たちと戦いたくない!」
それで戦わずに済むのならどんなに楽だろうか? わかっている。それでもその思いは伝えずにはいられない。
人間たちと古妖の信頼を貶めた、誰かが恨めしい。
『言ってみろ』
ややあって、奏空にゆきめが答える。奏空の表情が輝いた。
『今ゆきんこを助けるため、別働隊が動いているんだ。だから、そのまま戦うフリをしてほしい』
『わたしたちはあのひとのこの女にしてやられた。あの女は強い。故に、貴様らが負けることもあるだろう? その時はどうする?』
『安心して。俺たちは弱くはないってこと教えてあげるよ。俺たちなら、絶対にゆきんこをたすけることができる。
信じてほしい。それと、なんか嫌な予感がするんだ。ゆきんこを確保できたら、逃げてほしい』
『……』
ゆきめはだまりこみ、少年を見やる。そして、少年に向けて雪礫を撃ちつける。
『……!』
しかしその雪礫をうけても痛みは「なかった」。少年は笑みを深めると、説得の成功を送受信で全員に周知する。
『ひとのこよ。然し心得よ、もしゆきんこを助けることができなくば。この地に済むひとのこを全員殺す。古妖との約束を違えるのであれば、わたしたちはそれ相応の報いを貴様らに返すのみだ』
『ありがとう! しんじてくれて!』
飛馬もその意得たり、と増やされたゆきかげゆきぼうしにただただ、型もない暴力をたたきこんでいく。
「ゆきめ」
「おろかな、ひとのこよ、わたしたち古妖にそのちからみせてみよ」
ゆきめは笑いながらゆきんこにつげ、片目をつむった。ゆきんこはその意図をすぐに察して彼らに挑みかける。
「そうだ、みせるのがひとのこだ」
ゆきんこの笑顔に歩と彩吹も頬をゆるめこたえる。
「ええ、みせてあげるわ!」
「みせてあげるよ!」
●
瞬間青い風が部屋を吹き抜ける。片手に持たれている対象を味方ガードするのは流石に無理があると感じた燐花は一転、激麟を閃かせる。
「Fiveの名前を使うなんて小狡いことを……」
「うわっと!」
油断していたコハネはまともにくらってしまい、其の場でたたらを踏む。
「Fiveだ!大人しくしてもらうよ」
「なんすか? なんすか?」
恭司の雷獣がコハネを打ち据える。指がしびれてつい、ゆきんこを落としてしまう。
「いたいのだ!」
ゆきんこは非難の悲鳴をあげる。
其の瞬間を見計らうように大きな音をたてて、窓のガラスが砕けた。
反射的にコハネがそちらをみれば、翼をはためかせる澄香が窓をエアブリッドを撃った手のまま構えているのがみえる。
「うわっさむっ!」
吹き抜ける吹雪混じりの風がコハネを震わせた。
そこに飛び込むのは黒い影。隣の部屋から物質透過で壁を超えた三十三である。彼はそのまま転げるように、ゆきんこをキャッチすると、其の勢いのままに窓から飛び降りる。
そとは1階を埋め尽くすほどの雪のクッションがある。多少の怪我はするだろうが体の内側にゆきんこをだきしめてゆきんこにダメージを受けさせないようにする。
飛び出したときに尖ったガラスでスーツはおじゃんだ。飛び降りた場所がどうも運の悪いことに、雪で隠れていた塀のようで、したたかに背中が塀の先端に打ちつけられてしまう。
骨が多少折れたかもしれない。ゆっくりと痛みが這い上がってくる。
しかし構わず三十三はゆきんこを抱きしめたままただただ其の場を離脱し走っていく。そのさなか説得班の奏空に向けてゆきんこの奪取の成功を告げる。
ややあって、吹雪が止まった。
ほっとした三十三は其の場で座り込む。脇腹が痛い。肋骨が折れているのだろうと思う。
「だいじょうぶか? ひとのこ」
ゆきんこが心配して顔を覗き込んで頬をぺちぺちと叩いてくるのを手で制し、送受信で仲間にあとはたのんだよ、と告げた。
「うわ、不意打ちとかひっでーっすね! あんたら正義の味方でしょーが!」
外の吹雪が止まったことにコハネは舌打ちをする。
「火行の猫で、速度型。私と同じですね。ならばどちらが強いか試してみるのも一興」
燐花が両の手のナイフを構え、姿勢をひくくする。
「さて、しばらくつきあってもらうよ。名前が広がったぶん騙りがでるのはしかたないとはいえ、ずいぶんな迷惑をかけられたからね」
如才なく回り込んだ恭司が逃さないとブロッキングをかけている。
「そういうの面倒なんっすよね!」
言いながらも状況を楽しむようにコハネも姿勢をひくくして、袖を外に振る遠心力で出現させた鉄の爪を構えると、燐花に三連の火柱を食らわせる。
「燐ちゃん!」
恭司の悲鳴。其の火力は大きい。肩口から炎の三連撃の爪で切り裂かれた燐花に恭司は回復の術式を組み上げる。
澄香は部屋に飛び込み、燐花のフォローをするように捕縛蔓を展開するがコハネには避けられてしまう。
「一対三とかほんと正義の味方は数に訴えてくるのずるくないっすか?」
そういえば吹雪が止んでいる。表ではゆきめは殺されたか、説得されたか。どっちでも構わないが、まだ、こいつらの仲間はいるのは容易に想像はつく。……ってことはゆきめもゆきんこもこいつらの仲間が確保したのだろう。花ねーさんへのお土産なくなってこりゃ怒られるかなと思う。
あんたはんははでにやりすぎや、だからFiVEがくるんやで、と小言までもらってしまうのは間違いない。
はぁあ、とため息を付きながらコハネは覚者との距離をあけるため下がる。其の勢いで落ちたコハネの携帯がぴりりとなった。
FiVEの彼らは其の音に警戒を深める。
コハネは其の場で覚醒を解くと、携帯をとる。
「はーい、コハネちゃんです! へへー八神さんっすか!」
其の名前を、彼らが知らないはずはない。
「え、かわるんっすか? はい、はい」
コハネは自分の携帯を恭司に投げ渡す。
「覚醒、解かないと出れませんよ。相手は八神さんです。あんたらに話したいことがあるらしいっすよ。聞いたほうがいいとおもうっすけどね」
コハネはニヤニヤと笑う。
「其の隙に攻撃をしようとするのではないですか?」
燐花は恭司の前に立ち、しっぽをふくらませる。
「その、警戒いいっすね。ああ、大丈夫っす。そんなことしたら私が八神さんにおこられるっす。花ねーさんよりこわい人なんですよ」
「いいよ、燐ちゃん、そのとおりにするよ」
燐花を手で制し、恭司は覚醒をとく。燐花はすぐにかばえる距離にたつ。覚醒を解いた恭司は携帯を拾い上げ、耳をあてれば、聞いたことのある太い声。
「そうかい、わかったよ。僕たちは退く、彼女にもこれ以上手はださない。それでいいんだね」
恭司に告げられたのはある意味脅迫のような言葉。
撤退せざるを得ない、という状態だ。幸いゆきめもゆきんこもぶじ逃げたことは告げられている。
これ以上やりあう意味は無いにも等しい。それに、それを突っぱねて子猫がダダを捏ね始めても困ってしまう。
「わぁお! さすが八神さん寛大っすね!」
コハネは携帯を受け取るとゆうゆうと窓枠を飛び越えて身軽に外にでていく。
燐花にすれ違う瞬間、じゃぁね、子猫ちゃんと小馬鹿にしたような口調で別れを告げた。
とまれ最上といっていいい戦績で状況は終了する。
ゆきめもゆきんこも確保したうえに、吹雪は止まっている。八神との交戦も避けられた。
後ほど合流したゆきんこふたりを歩が泣きながらだきしめて、ゆきんこふたりは脱出するのに相当の苦労をしたのだった。
現場に近づくにつれ、輸送用ヘリの窓の向こうの空の色は灰色を帯びた白に塗り替えられていく。
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は冷たく冷えるガラス窓にこつりと頭をあてる。
「寒いのは苦手ではありませんが、視界を遮られるほどの風雪は困りますね」
誰ともなくつぶやかれた声に、『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)もまた窓の外をみつめ答える。
「これだけ視界が塞がれちゃうと、攻撃どころか街中で遭難しちゃいそうだねぇ」
其のとおりだ。現に進行形でその被害は東北のとある街で起きている。
『モイ!モイ♪モイ!』成瀬 歩(CL2001650)はべったりと窓に手をついて、早く現場につかないかとヤキモキしている。
なぜ? どうして? 答えはでない。
彼女のしるゆきんこはひとのこが大好きだと言っていた。人間に対して牙をむくような古妖では決して無いのだ。
ふと。歩の緊張で少し冷えた手を、『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)はそっと握る。
その暖かさに、歩は従姉妹である澄香をみつめる。
「歩ちゃん、大丈夫ですよ。お友達は絶対に助けましょうね」
「うん、うん、お願い、力かして……!」
ゆきんこも、ゆきめも。そしてこの少女の心もまもると澄香は誓う。
「どういうことかはわからねーけど、吹雪はとめないとだな。巻き込まれた人たちも寒い思いしてるだろーし」
『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)はヘリの椅子に掛け、そう呟く。
そんな誰かを守るための戦いに思いを強くする飛馬を少し眩しい気持ちで見つめるのは篁・三十三(CL2001480)だ。
彼は元AAAの職員である。彼は誰かを守るためにAAAに所属した。しかし助けた子供の親からの非難のその瞳を見て信念が揺らぎ、かの組織を脱退した。その後、やはりその信念――罪無き者達の日々を守る事――を捨て去ることは出来ずにFiVEに所属したという経歴を持つものだ。
「とりあえずはゆきんこは保護。私もあのこたちは知ってる。そういうことをするような古妖じゃないよ。
ゆきめにも吹雪をとめてもらう。これが目標かな」
『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)が相談をまとめ方針を宣言する。
FiVEは事態の収束があればどのような手段をとってもかまわないと彼らに伝えた。しかし彼らはどうにもゆきんこが雪女と組んで悪さをするとは思えない。なんらかの理由があるのではないかと。だから、彼らは選ぶ。最も難しい道を。
なぜ彼らがこんなことをするのかを究明し、ゆきんこも、ゆきめも悪くないと、倒すという手段を選択しなくてもいい方法を得るために。
「そうだね。難しいかもしれないけど」
最初こそは輸送ヘリに乗せられ、はしゃいでいた『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)ではあったが、現場に近づくにつれ落ち着きを取り戻している。
やがてヘリは現場周辺に近づき、着陸の旨をパイロットから告げられ彼らは目配せをしあって頷く。ここからが正念場だ。
降り立った北陸のとある病院のヘリポートはまだ秋だというのに吹雪が舞っている。奏空は用意した外套の襟元を引き寄せた。
協力者の用意したバンの運転手が病院の出入り口に姿を現した彼らに手を振る。彼らはそのバンに乗り込んで現場に向かう。
●
「それでは、もうしわけありません。ここが限界です」
「きにしないでください。それよりお気をつけて」
運転手と別れを告げ彼らは20m先にあるという家屋を見つめる。……といっても雪の白のヴェールに閉ざされ、見えることはないのだが。
彼らは動きにくい猛吹雪の道を進む。奏空は歩をガードしながら進んでいく。1m先すらろくに見えないが、感情探知に、こんな状況にもかかわらず楽しそうにしている感情があった。きっとそれが目的地だろうとあたりをつけその方向に向かって進む。
飛馬もまた、熱源探知で、熱源の極端になさすぎる場所をゆきめと断じ進んでいく。
『モイ! モイ! ゆきんこちゃん、聞こえる?』
歩は、強く彼らゆきんこのことを思い出し送受信の念話で、ゆきんこに話しかける。
『だれだ、ひとのこか』
その答えが帰えってくる。
『あゆみだよ! 覚えてる? ねえ、どうしてゆきんこちゃんたちは吹雪をおこしているの? 迷惑をかけちゃだめだよ』
『おぼえておる。モイ、だ。ふぁいぶ、だ。うちらはふぁいぶに襲われた。どうしてふぁいぶはうちらを襲う? ふぁいぶはどうしてうちら古妖をころすことにきめたのだ? どうしてゆきんこを人質にするのだ』
その声に答えたのは吹雪を起こしていない方のゆきんこであった。ゆきんこは『友人』の少女に矢継ぎ早に現状の問いかけをする。もう片方のゆきんこからの答えはない。吹雪をだすことに集中しているゆえに答えることはできないのだろう。
『ちがうの、そのひとはFiVEじゃないの。FiVEは古妖をころすことになんてしてないよ! そんなこといったのなんていうひと?』
『片倉コハネ、となのった』
歩は自分を庇う奏空に片倉コハネって知っている? と尋ねる。
「いや、俺の知ってる範囲だけど、そんなやつFiVEには登録されてないはずだよ」
「よくわかんねーけど、そいつがFiVEだろうがそうじゃなかろーが、やってることはゆるせねー」
飛馬は憤る。
「ほんとに嫌な感じだ」
低空飛行をしながらすすむ彩吹が吐き捨てるように言う。
歩とゆきんこの送受信で、おおよその流れは掴んだ。ゆきめとゆきんこがこの北陸の街を襲った理由はゆきんこの片割れを『片倉コハネ』となのるFiVEを騙った人物に人質にされているという事情があったからだ。
そして彼らはゆきんこたちを助けるために即興で其の場で作戦を組み立てる。
彼らのとった作戦は二面作戦だ。表側からゆきめに対する説得班と、ゆきんこを助けるために向かうスニーキングミッション班の2つだ。
澄香はまずは全員に清廉珀香をかけると燐花を抱えて浮かびあがる。
すにーきんぐみっしょんというものです。と彼女にしては珍しく鼻息を荒げる姿に澄香はくすりと笑う。
一方、男性組、三十三は恭司をだきあげる。
「おっさんで、ごめんね。さすがにあの子を抱き上げてもらっちゃ僕がやきもちやいちゃうかもしれないからね?」
恭司は当の子猫には聞こえないように三十三に耳打ちする。
「それは怖い」
三十三もごちそうさまと言わんばかりに苦笑した。そして状況を思う。
自分が落胆したあの事件のときの子供の親の目の意味。今ならそれがよく分かる。
あの親はただ、守るべき者のために牙をむいたのだ。誰にでも存在しうる防衛行動として。
ゆきめも同じだ。守るべきゆきんこのために今牙を剥いているのだ。故に三十三はおもう。ゆきめのために彼女の守りたいものを守らなければ、と。それがAAAをやめた自分が未練がましくFiVEという誰かを守る組織に所属した自分のやるべきことなのだと。
「拾いました。あちらです。この温度はストーブでしょう。多分そこにいると予想されます」
燐花が炊かれたストーブの熱源を感知する。追って恭司もコハネの喋り声を感知する。どうも暇つぶしにゆきんこの片割れを、コハネがいたぶっているようだ。
彼らは細心の注意でもって音をたてないように、屋根の上に降り立つ。コハネのいる部屋の隣の部屋にあたりをつけ、燐花が物質透過で侵入し部屋の窓をあける。多少凍りついて硬いが、開けれないという程ではない。
窓をそっとあければごう、と部屋に吹雪が吹き込む音が大きく響いたことに肝をひやすが、コハネが気づいた気配はない。
恭司と三十三と澄香は部屋に乗り込み隣の部屋を澄香の透視で確認すると状況を共有しあうと、澄香は再度窓から外に出て、待機する。
途切れ途切れに表側に向かった仲間の声がする。説得は叶っただろうか? 従姉妹の冷たい小さな手を思い成功してほしいと願う。
突入の準備は整った。あとは、燐花のゴーサインに合わせるだけだ。
●
「何者だ」
まるで透明な氷のような冷たい声が彼らにも届く。説得班の歩と飛馬、彩吹と奏空は顔を見合わせ、頷く。
「ゆきめ、聞いてくれ! 俺達はファイヴだ!」
まずは奏空が名乗る。
「ふぁいぶだと? ゆきんこを攫ったものたちか!」
「待ってくれ、ゆきんこをさらったのは俺らファイヴの仲間じゃねーと思うんだ。少なくともファイブは古妖を潰す方針なんか定めちゃいねー。信じてくれ!」
飛馬が大声で叫んだ。
「戯言を」
ゆきめの着物の袂が揺れ吹雪が更に強くなる。
「俺たちの仲間に片倉コハネってやつはいないよ! ゆきんこ、この二人をしっているでしょ? 吹雪をとめてくれないかな?」
奏空が飛馬の後を次ぐように叫ぶ。
水をむけられたゆきんこは、疲れのでている顔で彼らを眺める。
「モイ! モイ! おぼえてる? 挨拶してお友達になったよね?」
「しっている。おぼえているのがゆきんこだ。もい。」
「久しぶり。去年の冬にあったよ。今年も会えるのたのしみにしていたんだ」
「ゆきんこも、だ」
そして、ゆきんこと4人の目がゆきめに集まる。
「ゆきめ、こいつらはうちらにおかしをくれた。悪いものではない」
「しかし、こいつらと同じふぁいぶがゆきんこを攫った。それに吹雪を止めればゆきんこは殺される」
ゆきめは吹雪を止めない。
「もしだ。俺らがゆきんこをさらったやつを捕まえたら、無事にゆきんこを助け出せたなら。あんたが街を凍らせる必要なんてなくなるだろ?」
飛馬が叫ぶ。ゆきかげゆきぼうしが其の叫びを止めようと巨体を飛馬にのしかからせた。
『ゆきめ、そのまま、吹雪はとめなくていい。俺たちの作戦をきいて』
奏空の送受信がゆきめにとどく。ゆきめは顔色を変えることはない。しかし、其の瞳はまっすぐに奏空を見つめている。
「酷い事する人がいたら、あゆみが、あゆみのお兄ちゃんやお友達が絶対絶対、助けに来るんだから!
だからお願い、もうやめよう? やだよう! ゆきんこちゃん苦しそう! このままじゃゆきんこちゃん死んじゃうよ!」
歩の悲痛な叫びにゆきんこは泣きそうな顔になる。止めれないのだ。止めた瞬間にゆきんこの大切なひとは殺される。
歩に襲いかかろうとするゆきかげゆきぼうしを彩吹が炎の柱で包み込む。
「私達は君たちと戦いたくない!」
それで戦わずに済むのならどんなに楽だろうか? わかっている。それでもその思いは伝えずにはいられない。
人間たちと古妖の信頼を貶めた、誰かが恨めしい。
『言ってみろ』
ややあって、奏空にゆきめが答える。奏空の表情が輝いた。
『今ゆきんこを助けるため、別働隊が動いているんだ。だから、そのまま戦うフリをしてほしい』
『わたしたちはあのひとのこの女にしてやられた。あの女は強い。故に、貴様らが負けることもあるだろう? その時はどうする?』
『安心して。俺たちは弱くはないってこと教えてあげるよ。俺たちなら、絶対にゆきんこをたすけることができる。
信じてほしい。それと、なんか嫌な予感がするんだ。ゆきんこを確保できたら、逃げてほしい』
『……』
ゆきめはだまりこみ、少年を見やる。そして、少年に向けて雪礫を撃ちつける。
『……!』
しかしその雪礫をうけても痛みは「なかった」。少年は笑みを深めると、説得の成功を送受信で全員に周知する。
『ひとのこよ。然し心得よ、もしゆきんこを助けることができなくば。この地に済むひとのこを全員殺す。古妖との約束を違えるのであれば、わたしたちはそれ相応の報いを貴様らに返すのみだ』
『ありがとう! しんじてくれて!』
飛馬もその意得たり、と増やされたゆきかげゆきぼうしにただただ、型もない暴力をたたきこんでいく。
「ゆきめ」
「おろかな、ひとのこよ、わたしたち古妖にそのちからみせてみよ」
ゆきめは笑いながらゆきんこにつげ、片目をつむった。ゆきんこはその意図をすぐに察して彼らに挑みかける。
「そうだ、みせるのがひとのこだ」
ゆきんこの笑顔に歩と彩吹も頬をゆるめこたえる。
「ええ、みせてあげるわ!」
「みせてあげるよ!」
●
瞬間青い風が部屋を吹き抜ける。片手に持たれている対象を味方ガードするのは流石に無理があると感じた燐花は一転、激麟を閃かせる。
「Fiveの名前を使うなんて小狡いことを……」
「うわっと!」
油断していたコハネはまともにくらってしまい、其の場でたたらを踏む。
「Fiveだ!大人しくしてもらうよ」
「なんすか? なんすか?」
恭司の雷獣がコハネを打ち据える。指がしびれてつい、ゆきんこを落としてしまう。
「いたいのだ!」
ゆきんこは非難の悲鳴をあげる。
其の瞬間を見計らうように大きな音をたてて、窓のガラスが砕けた。
反射的にコハネがそちらをみれば、翼をはためかせる澄香が窓をエアブリッドを撃った手のまま構えているのがみえる。
「うわっさむっ!」
吹き抜ける吹雪混じりの風がコハネを震わせた。
そこに飛び込むのは黒い影。隣の部屋から物質透過で壁を超えた三十三である。彼はそのまま転げるように、ゆきんこをキャッチすると、其の勢いのままに窓から飛び降りる。
そとは1階を埋め尽くすほどの雪のクッションがある。多少の怪我はするだろうが体の内側にゆきんこをだきしめてゆきんこにダメージを受けさせないようにする。
飛び出したときに尖ったガラスでスーツはおじゃんだ。飛び降りた場所がどうも運の悪いことに、雪で隠れていた塀のようで、したたかに背中が塀の先端に打ちつけられてしまう。
骨が多少折れたかもしれない。ゆっくりと痛みが這い上がってくる。
しかし構わず三十三はゆきんこを抱きしめたままただただ其の場を離脱し走っていく。そのさなか説得班の奏空に向けてゆきんこの奪取の成功を告げる。
ややあって、吹雪が止まった。
ほっとした三十三は其の場で座り込む。脇腹が痛い。肋骨が折れているのだろうと思う。
「だいじょうぶか? ひとのこ」
ゆきんこが心配して顔を覗き込んで頬をぺちぺちと叩いてくるのを手で制し、送受信で仲間にあとはたのんだよ、と告げた。
「うわ、不意打ちとかひっでーっすね! あんたら正義の味方でしょーが!」
外の吹雪が止まったことにコハネは舌打ちをする。
「火行の猫で、速度型。私と同じですね。ならばどちらが強いか試してみるのも一興」
燐花が両の手のナイフを構え、姿勢をひくくする。
「さて、しばらくつきあってもらうよ。名前が広がったぶん騙りがでるのはしかたないとはいえ、ずいぶんな迷惑をかけられたからね」
如才なく回り込んだ恭司が逃さないとブロッキングをかけている。
「そういうの面倒なんっすよね!」
言いながらも状況を楽しむようにコハネも姿勢をひくくして、袖を外に振る遠心力で出現させた鉄の爪を構えると、燐花に三連の火柱を食らわせる。
「燐ちゃん!」
恭司の悲鳴。其の火力は大きい。肩口から炎の三連撃の爪で切り裂かれた燐花に恭司は回復の術式を組み上げる。
澄香は部屋に飛び込み、燐花のフォローをするように捕縛蔓を展開するがコハネには避けられてしまう。
「一対三とかほんと正義の味方は数に訴えてくるのずるくないっすか?」
そういえば吹雪が止んでいる。表ではゆきめは殺されたか、説得されたか。どっちでも構わないが、まだ、こいつらの仲間はいるのは容易に想像はつく。……ってことはゆきめもゆきんこもこいつらの仲間が確保したのだろう。花ねーさんへのお土産なくなってこりゃ怒られるかなと思う。
あんたはんははでにやりすぎや、だからFiVEがくるんやで、と小言までもらってしまうのは間違いない。
はぁあ、とため息を付きながらコハネは覚者との距離をあけるため下がる。其の勢いで落ちたコハネの携帯がぴりりとなった。
FiVEの彼らは其の音に警戒を深める。
コハネは其の場で覚醒を解くと、携帯をとる。
「はーい、コハネちゃんです! へへー八神さんっすか!」
其の名前を、彼らが知らないはずはない。
「え、かわるんっすか? はい、はい」
コハネは自分の携帯を恭司に投げ渡す。
「覚醒、解かないと出れませんよ。相手は八神さんです。あんたらに話したいことがあるらしいっすよ。聞いたほうがいいとおもうっすけどね」
コハネはニヤニヤと笑う。
「其の隙に攻撃をしようとするのではないですか?」
燐花は恭司の前に立ち、しっぽをふくらませる。
「その、警戒いいっすね。ああ、大丈夫っす。そんなことしたら私が八神さんにおこられるっす。花ねーさんよりこわい人なんですよ」
「いいよ、燐ちゃん、そのとおりにするよ」
燐花を手で制し、恭司は覚醒をとく。燐花はすぐにかばえる距離にたつ。覚醒を解いた恭司は携帯を拾い上げ、耳をあてれば、聞いたことのある太い声。
「そうかい、わかったよ。僕たちは退く、彼女にもこれ以上手はださない。それでいいんだね」
恭司に告げられたのはある意味脅迫のような言葉。
撤退せざるを得ない、という状態だ。幸いゆきめもゆきんこもぶじ逃げたことは告げられている。
これ以上やりあう意味は無いにも等しい。それに、それを突っぱねて子猫がダダを捏ね始めても困ってしまう。
「わぁお! さすが八神さん寛大っすね!」
コハネは携帯を受け取るとゆうゆうと窓枠を飛び越えて身軽に外にでていく。
燐花にすれ違う瞬間、じゃぁね、子猫ちゃんと小馬鹿にしたような口調で別れを告げた。
とまれ最上といっていいい戦績で状況は終了する。
ゆきめもゆきんこも確保したうえに、吹雪は止まっている。八神との交戦も避けられた。
後ほど合流したゆきんこふたりを歩が泣きながらだきしめて、ゆきんこふたりは脱出するのに相当の苦労をしたのだった。
