裏切りのバルチャー
裏切りのバルチャー



 寝たきりだった息子が、車椅子に乗っていた。
 看護師に車椅子を押してもらいながら、中庭で楽しそうにしている息子の姿を、田中俊彦は見て確認した。
 それだけで、病院を出た。
 息子と話をする、息子と顔を合わせる。そんな資格が、自分にあるとは思えなかった。
 自分は、古妖狩人だったのだから。
 川に毒を流し、大勢の河童を殺した。そうして多額の報酬を得た。
 おかげで息子を、この病院に入れてやる事が出来たのだ。
 今の自分の精神状態では、ようやく快方へと向かい始めた息子に、それを話してしまいそうだった。
「どうすれば……私は、どうすれば良い……」
 呟きながら田中は、病院の敷地内を歩き回っていた。
 自分が、墓の中まで持って行くべきなのか。
 いや。息子はいつか、どこかで知ってしまうような気がする。それならば話すべきか。
 どこへも辿り着けぬまま田中は、病院近くの雑木林に迷い込んでいた。
 外を出歩ける患者のための散歩コースが、整備されている。
 とぼとぼと、あてもなく歩きながら田中は、口にしても仕方のない事を呟いていた。
「やはり私は……あそこで、河童に殺されていれば良かったのか……」
 前方に人がいたので、立ち止まった。複数人で、道を塞いでいる。
「失礼……田中俊彦さん? 昔、礼京大学の大学院にいらっしゃった」
 7人。田中を、いつの間にか取り囲んでいる。
「物理化学と有機化学で、なかなかの研究成果を残されたそうではないですか」
「博士課程まで進んだところで、色々あったみたいですね。結局は古妖狩人の組織で、毒物を作る羽目に……まあ、ご愁傷様でした」
 田中は、後退りをした。
「覚者……いや、隔者か」
 自分の、かつての仲間たちを虐殺した、あの金城元という男に雰囲気が似ている7人だ。
「私の事を、随分と調べ上げているようだが……」
「とりあえず、あんたが元・古妖狩人だって事だけは確かめておきたかった」
 隔者の1人が、剣を抜いた。
「田中さん、あんたは今から古妖の復讐を受けて死ぬ。あの病院にいる、息子さんもな……ちょっと酷たらしい死体を残してもらう必要がある。悪いけど、楽には死ねないよ」
「何を言っている……」
 田中の声が、絶望でかすれた。
 息子が、隔者に命を狙われている。それ以外の事を、田中は考えられなくなった。
「頼む……息子だけは……」
「貴方だって、河童の子供たちを殺したんだ。駄目だよ、そんな事をする人が子供なんか作ったら」
 隔者たちの言葉には、哀れむような調子があった。
「田中さん親子は、今から古妖に殺される。古妖は、古妖狩人を絶対に許さない。本人はもちろん、家族も殺す……そうだな、病院の人たちにも全員、死んでもらおう。古妖は、人間を絶対に許さないって事で」
「……た、頼む……息子だけは……」
 田中は、同じ事しか言えなくなっていた。
 足音が聞こえた。続いて、声。
「古妖狩人は、随分と始末したのですがね……まだ、このような虫ケラが生き残っていましたか」
 8人目の隔者が、歩み寄って来たところである。
 禿鷹を思わせる、初老の男。右腕が、機械仕掛けの義手に見える。
「ファイヴが、虫ケラを助けてしまいますからね。仕方がありませんね」
「萩尾さん……何を、しているのかな。こんな所で」
 隔者の1人が、どうやら萩尾というらしい初老の男に問いかける。
「これは我々の仕事だ。貴方は貴方で、古妖たちの復讐行為をもっと煽り立てて欲しいな」
「古妖たちは……人間に煽り立てられて、復讐に走っているわけではありませんよ。彼ら自身の意思です」
 萩尾が言った。
「私がそれに協力しているのは、この争乱の中から破綻者が生まれる……それを期待しての事でもあります。が単純にね、古妖狩人という者どもが許せないからでもあるのですよ」
「なら、あんたが田中さんを殺すかい? 出来るだけ惨たらしく頼むよ」
「この田中氏を、ご子息を、病院の人々を、惨殺する。それを古妖の仕業に見せかける……まるで古妖狩人の所業ですねえ」
 萩尾が微笑む。
「……七星剣、落ちぶれ果てたものです。まるでAAAのように」
「萩尾さん……あんた八神様の御意向に、まさかとは思うけど逆らうつもり?」
「私の目的は、妖を滅ぼす事。吉之介君や古妖たちが、妖に脅かされない。そんな環境を作る事」
 萩尾の、機械の右手が、電光を帯びた。
「そのために、覚者・隔者を片っ端から破綻者に変えて大妖と相討ちさせる実験を行なっているところ……古妖は、私が守りますよ」
「俺たちが、この人数を揃えたのは、ファイヴに備えての事だったんだがな」
 隔者たちの殺意が、田中から萩尾に、とりあえず移ったようだ。
「萩尾さん……まずは、あんたを始末する事になっちまったよ」
「田中氏、お逃げなさい。今は見逃してあげます」
 田中を背後に庇い、萩尾は言った。
「逃げ延びて、可能な限り大声で叫びなさい……七星剣が、人間と古妖の仲違いを図っていると。騙されてはならない、と」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.隔者7人の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
お世話になっております。ST小湊拓也です。

 七星剣の隔者7人が、元・古妖狩人の一般人・田中俊彦氏を殺害しようとしています。
 そこへ同じ七星剣隔者の萩尾高房が助けに入り、田中氏は辛うじて逃したものの本人は敗れて死にかけ、隔者7人にとどめを刺されようとしております。
 そこへ覚者の皆様に、まずは乱入していただきます。
 萩尾の生死は成功条件に含まれませんが、彼以外の隔者7人は放っておくと病院を襲撃するので、この場で倒して止めて下さい。

 敵の詳細は、以下の通り。

『王将』壬幹之
 男、29歳、水行暦。後衛中央。武器は術杖。使用スキルは『錬覇法』『水龍牙』『潤しの雨』。

『飛車』権藤勝彦
 男、23歳、土行獣・辰。前衛中央。武器は鋸刀。使用スキルは『猛の一撃』『地烈』。

『角行』森村マリカ
 女、24歳、天行翼。中衛。武器は呪符。使用スキルは『エアブリット』『雷獣』。

『歩』中河原佑
 男、16歳、火行彩。前衛右。武器はトンファー。使用スキルは『五織の彩』『鋭刃想脚』。

『桂馬』杉義輝
 男、26歳、木行獣・午。前衛左。武器は槍。使用スキルは『猛の一撃』『仇華浸香』。

『金将』浦上健吾、『銀将』浦上慎吾
 双生児。共に男、19歳。火行械、後衛左右。武器は剣、使用スキルは『機化硬』『火焔連弾』。壬を常に味方ガードで守る。

 時間帯は真昼。場所は病院近くの雑木林、広い散歩コースの路上で、戦闘には支障のない広さがあります。

 隔者・萩尾高房(男、57歳、天行械)は戦闘不能で、あと一撃でも攻撃を受けると死亡します。回復を施す事は可能ですが、彼は現在『重傷』の状態ですので体力は4分の1しか回復せず、戦闘に参加させる事も出来ません。
 ただ単身でそこそこは奮戦し、田中氏を戦闘範囲外へと逃がす事には成功しております。

 戦闘終了後に萩尾が生き残っていた場合の処遇も、よろしければプレイングに記載していただければと思います。とどめを刺すか、放置するか、ファイヴへと連行するか。全て皆様にお任せいたします。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2018年10月26日

■メイン参加者 6人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『五麟の結界』
篁・三十三(CL2001480)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


 壬幹之ら8人は、各々が七星剣で頭角を現してゆく、その過程で自然に集結したようである。集団戦闘で実績を成してゆくうちに、やがて将棋の駒の名を冠されるようになった。
 うち1人、『香車』の北島元就が、とある古妖との戦いで命を落とした。
 残された7人が、だから復讐のつもりで古妖狩人のような行いに手を染めているのか、それはわからない。
 ともかく萩尾高房が、ただ1人でこの7名を相手に出来る事など限られていた。
 殺されるところであった民間人を、無傷で逃がす。ただ、それだけだ。
 自分は、無傷で逃げられなどしない。このまま殺されるだけだ。そう思っていたのだが。
「へいへい、そこのえびばりぃー。お邪魔させてもらうよ?」
 おどけながら羽ばたき、香気の粒子をキラキラと拡散させているのは『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)である。
 この覚者たちの事は、調べ上げてある。何しろ、萩尾の行っていた実験をことごとく妨害してくれた者たちだ。
「そっちは将棋ごっこ? じゃこっちはチェスで行こうかな。ボクは騎士で……いぶちゃんは女王だね」
「……チェスは、うちの兄が得意でね。私なんか潰されるばっかり。そんな私がクイーンなんて」
 体内の火行因子を燃やしつつ、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が拳を鳴らす。
 並んで前衛の位置に立ちながら『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が言った。
「チェスの女王は、ちょっと頼りない王様を守りながら盤上を縦横無尽に駆け回る最強のヒロインです。彩吹さんに、ぴったりだと思いますよ」
「うん、頼りない王様の役目は……」
 紡が、篁三十三(CL2001480)の肩をポンと叩いた。
「ボクたちが守ってあげるからね、キングさとみん」
「……お気持ちだけ。僕は、兵士の役目でいいですよ」
「そうはいかねー。さとみんは後衛の人材だぜ」
 言いつつ前衛に進み出たのは『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)である。
「兵隊の役目は、オレたちに任しときな……ってなわけで助けるぜ、萩尾さん」
「君たちが……私を……?」
 血を吐きながら、萩尾は呻いた。
「何を……一体、企んで……」
「どんな相手も、死なせはしない。こっちの命に関わりそうな時、以外は……ね」
 少女の声と共に、水行の癒しの力が、巨大な水滴の如く、萩尾の全身にぶちまけられた。
 桂木日那乃(CL2000941)の、治療術式であった。
「それに……田中さん助けてくれた、から」
「彼は……今……?」
「無事、逃げた。安心して、萩尾さん」
「私は、別に……」
 人助けをしたわけではない、と萩尾は言いかけたが、日那乃が言わせてくれなかった。
「あなたが田中さん、助けた。誰も否定、出来ない……あなた自身も、ね」
「そういう事。まあ話は後で色々聞かせてもらうとして」
 彩吹が、壬たちを睨み据える。
「七星剣、私は正直ガッカリしてるよ。これだけ人数集めて、何をやるかと思えば」
「……恥ずかしい、とか思わねーのか」
 翔が、怒り呻く。
「オレさ、お前ら七星剣の事……ライバルだって、勝手に思ってた。荒っぽい事はしても、こんな事……する連中じゃねえって」
「ライバルの落ちぶれる様を見るのは、悲しいものだねえ」
 紡が、おどけた悲しみ方をしている。
「何をしても残念な事にしかならないのが七星剣、だけどね……今回のは、ちょっとひどすぎるよ」
「ファイヴと話す事なんざぁ、何にもねえ……!」
 七星剣隔者、『飛車』の権藤勝彦が、猛然と鋸力を振りかざし、踏み込んで行く。
「邪魔する奴ぁブチ殺すだけよぉお!」
 何も応えず、彩吹が指を鳴らす。
 火花が生じて飛散し、小さな火蜥蜴の群れと化して、権藤ら隔者数名の身体にまとわりついた。
「ぐっ、てめえ……小細工を……」
「今お前たちがやってる小細工よりはね、いくらかマシだよっ」
 彩吹の鋭利な手刀が、権藤の大柄な全身各所に超高速で打ち込まれる。
 苦しげに硬直・痙攣する権藤を、電光の嵐が直撃した。
「お前ら、自分たちのやってる事どう思う!」
 翔の『雷獣』だった。
「悪い事して、それを誰かになすり付ける! 発現して覚醒して鍛え上げてきた力、使ってまでやる事かよ! かっこ悪いって思わねーのかよッ!」
「……我々にとっては、ここで君たちに負ける方が、ずっと格好悪い事なんでね」
 七星剣前衛『桂馬』の杉義輝が、権藤もろとも電撃に灼かれながらも槍を掲げる。
 猛毒の香気が生じ、激しく渦を巻いて荒れ狂い、覚者たちを襲う。仇華浸香。毒香の嵐が、彩吹を、翔を、たまきを包み込む。
 それに合わせて権藤が、彩吹に斬りかかる。彼女がそれを回避したのか、直撃を喰らったのかは、萩尾の位置からではよく見えなかった。
 もう1人。『歩』の中河原佑が、光り輝くトンファーを翔に叩き付けてゆく。五織の彩。
「俺たちは駒だ! 命令通りに戦う、そして勝つ!」
 翔が血飛沫を散らせて揺らぎ、だが倒れずに踏みとどまる。
 中河原は後方へと吹っ飛び、『銀将』浦上慎吾に抱き止められていた。
「へ……痛くも痒くもねーぜ」
 血まみれで揺らぎながらも翔が、八卦の構えをとっている。
「お前らのやってる事はな、古妖狩人と同じだ……弱い者いじめしか出来ねー奴らの攻撃、屁でもねえ!」
「翔、無茶は駄目」
 日那乃が翼を広げて水行因子の治癒力を放散し、『潤しの雨』を降らせる。
 その間、紡が、術杖の先端から電光の塊を射出した。
「ほらほらほら、ぎゅんぎゅん加速しながら丸まってぶつかる電光ハリネズミちゃんだよっ」
 雷獣の一撃。落雷にも似た電撃の爆発が、杉、権藤、中河原を灼き払う。
 その3名が感電の痙攣をしている間、『王将』の壬幹之が杖を掲げていた。
「ファイヴの妨害は、まあ想定内……予定通りの廃除を実行するまでの事。やるぞ森村、浦上兄弟」
「はい……!」
 紅一点である『角行』森村マリカが、呪符をかざす。『金将』の浦上健吾が、弟・慎吾と共に剣を抜く。
 流水が、電光が、炎が、生じていた。
 壬の『水流牙』、森村の『雷獣』、浦上兄弟の『火焔連弾』。容赦ない攻撃術式が、覚者たちに襲いかかる。
 何名かが、直撃を受けたようだ。
 その時にはしかし三十三が、術式治療の動きに入っている。
「ここで僕たちが、貴方を助ける。それだけで貴方が心を入れ替え、ファイヴの味方をしてくれると。そんな展開になれば言うこと無しですが……甘い期待というもの、ですよね」
 印を結び、翼を広げて『癒しの霧』を拡散させながら、三十三は言う。
「僕たちは、ただ貴方をお助けします。貸し借りは考えないで下さい、萩尾二等」
「……言うようになりましたね篁君。私を、あれほど恐がっていた君が」
「そうですね、僕は貴方が恐かった。貴方との会話を、可能な限り避けていた。そのせいで……とても大切な事を貴方に伝え損ねてしまった」
 三十三が、ちらりと萩尾の方を振り向く。
「あの時の、キジムナーの子供からの伝言です……ありがとう、と」
「……古妖の感謝など、私は求めてなどいませんよ」
「貴方は古妖を慈しみ、妖を憎み……それ以上に、人間を憎んでいましたね。憎んでいると言うより、蔑んでいたのかな。何が貴方をそうさせていたのか、自分にはわかるような気がします。思い違いかも知れませんが」
「……篁君は、どうなのです」
 人々からの、忌避。怪物を見る目、化け物に対する罵り言葉。覚者であれば誰もが通る道である。
 この篁三十三という青年は、それをAAAで経験したのだ。
「人間を……許して、しまうのですか? 君は」
「……自分は、人間を憎んでいたわけではありません……ただ……」
 言葉を見つけられずにいる三十三に代わって、たまきが言った。地面に杭を打ち立てながらだ。
「あの時、もしも私たちが動けなかったなら……きっと萩尾さんがお1人で、吉之介さんを助けに行かれていたのでしょうね」
 旗の如く杭に結わえ付けられた大型の術符から、目に見えぬ力が迸る。
「そうしたら吉之介さんは、貴方をお描きになっていたかも知れません……ふふ、見てみたかったですね」
 攻撃の動きに入っていた杉、権藤、中河原が、その力に叩きのめされ、吹っ飛んで倒れ、よろよろと立ち上がる。
 油断なく、それを見据えて、たまきは言った。
「吉之介さんが、紡いで下さった御縁……私は、そう思う事にいたします」


「翔、紡、連携いくよっ!」
 黒い羽を舞い散らせながら、彩吹が号令を叫ぶ。鋭利な美脚が、鋭刃想脚の形に乱舞する。
 翔は、カクセイパッドに光の剣を表示させた。紡は、術杖の先端から風の砲弾を射出していた。
 光の剣の投擲と、暴風の砲撃。
 一連の攻撃が完了した時には、杉、権藤、中河原が倒れ伏し、動かなくなっていた。死んではいない、はずである。
 戦闘中である、と言うのに翔は、いくらか余計な事を考えていた。
 七星剣は何故、このような事をしているのか。
 古妖と人間の、仲違いを画策する。そこに、いかなる狙いがあるのか。
 漁夫の利という、いささか難しい言葉を学校で習った。八神勇雄が、そのようなものを狙っているのか。
「マッチポンプって言葉、知ってる? 相棒」
 紡が、ぽつりと言った。
「悪い古妖を退治する、正義の七星剣……って感じにアピールして、一気に天下を取ると」
「だとしたら……くだらない小細工をするにも、程がある」
 彩吹が、隔者たちを睨み据える。
「自力で天下取りに行けない時点で『詰み』だって事、気付いているのかな。ファイヴが気に入らないなら直接、自分らで殴り込んで来ればいい。私たちは逃げも隠れもしない。古妖を滅ぼしたいなら直接、狩り殺しにかかればいい。もちろん私たちが止めるけどね」
「その理屈で行くと、人間が気に入らないなら直接的に大虐殺をしろと。そういう事になってしまうな」
 壬が笑う。
「まあ別に、それをやってもいいんだが……」
「私たちが手を汚すまでもない。人間なんて、古妖に滅ぼされてしまえばいい」
 森村が言った。
「あんたたちファイヴもねえ、古妖って連中に味方したいんなら、まず人間を皆殺しにしなさいよ! どっちとも仲良くしたい、悪者になりたくない、なあなあで適当に済ませて天下泰平! あんたらファイヴのそういうとこが許せないってのよ、このクソ偽善者ども」
 鮮血を飛び散らせ、吹っ飛んで倒れながら、森村はそこで黙った。暴風の砲弾の、直撃を喰らったのだ。
「許して欲しい、なんて……思ってない」
 日那乃の、エアブリットだった。
「わたしも、あなたたち許せない……でも、みんなに謝って、反省して、改心する……なら、許してあげる。さあ」
「や……やったわね、この小娘!」
 森村が、よろりと立ち上がりながら返礼のエアブリットを放つ。
 日那乃が、己の翼にくるまって防御している間。浦上兄弟が、火焔連弾を発射する。
 そして壬が、潤しの雨を降らせている。
「これは……退却を考えた方がいいかも知れないな」
「残念、ちょっと逃がすわけにはいかないんだぁ。キミら、よそでも同じ事やるつもりでしょ」
 翼の上から火焔連弾の直撃を受け、よろめきながら、紡が言う。
「ここで大人しく、お縄になりなさーい。さとみん無事?」
「無事……と言うほど、無事ではありませんが」
 同じく火焔連弾を喰らった三十三が、弱々しく立ち上がりながら、癒しの霧を発生させた。
「こちらには『河内の毒衣』があります。蝦蟇の油ですが、火気も防いでくれます……これもまた古妖との良き縁であると、僕は勝手に思っていますが」
「七星剣……あなたたちのしている事、無駄」
 日那乃が言った。
「人間と古妖の、仲違い……本当に無駄。人と古妖さんたちの間、縁がある。七星剣が何やっても、壊れない縁」
「それを紡ぐため、ほんのささやかなお手伝いは出来たと思いますよ。私たちにも」
 言いつつ、たまきが地面に手を触れる。
「日那ちゃんの言う通り、壊れはしません。壊させはしません……と言うわけで、そろそろ王手でしょうか」
 土の塊が、大地の力そのものが、槍の形に隆起して森村を直撃した。
 高々と吹っ飛んだ森村を、紡がエアブリットで狙撃する。
「んー……文句なしのコンビネーションだね、たまちゃん。練習どおりっ」
「はい、あの……三十三さん、練習台になって下さって本当にありがとうございました。ごめんなさい……」
「死ぬかと思いましたが、お役に立てて何よりです」
「次はね、お前たちに稽古相手を務めてもらうよ七星剣。私のキックミットになるといい」
 彩吹が羽ばたき、鋭刃想脚を叩き込んでゆく。
 猛禽の襲撃を思わせる蹴りに薙ぎ払われ、壬それに浦上兄弟が血飛沫をぶちまけて揺らぎよろめく。
 そこへ翔は、カクセイパッドの狙いを定めた。表示された白虎が吼えた。雷獣。
 電光の嵐が発生し、隔者たちを襲う。
 乱れた、と翔は思った。電撃の集束に失敗した。ばらばらに迸った電光の隙間から、浦上健吾が逃げ出して来る。
「翔、落ち着いて」
 言いつつ、日那乃が羽ばたいた。
 巻き起こった風が、空気の砲弾となって浦上健吾を直撃し、吹っ飛ばし、動かなくさせた。
 ぼんやりと見つめながら、翔は呻く。
「なあ日那乃、オレ……落ち着いて、ねえのかな……」
「こんなに怒ってる翔、初めて見た……かも」
 先程の紡の言葉が、翔の頭の中にこびりついている。
 マッチポンプ。何と、おぞましい単語であろうか。
「七星剣……お前ら、それでいいのかよ……」
 壬が、水龍牙を繰り出してきたようである。
 流水の刃が全身を切り裂くが、翔は痛みを感じていなかった。
 傍らでは、たまきが火焔連弾の直撃を喰らっている。
 火の粉を蹴散らしながら、たまきは踏み込んで行く。
「効きはしませんよ。紡さんがナイト、彩吹さんがクイーン、三十三さんがキングならば……私はルーク、難攻不落の城壁です!」
 壬の前方に、浦上慎吾が立ち塞がった。盾の形だ。
 たまきは構わず、掌底を打ち込んでいった。
 少女の愛らしい掌から衝撃が迸り、浦上を貫通し、壬を直撃する。
 血を吐いて硬直した両者を、氷の矢が貫いた。
「僕はキングではないよ賀茂君。僕の代わりなんて、いくらでもいる」
 三十三の滅相銃から、氷巌華が放たれたところである。
「壬さん、でしたね。あなた方も、代わりのいくらでもいる駒として使い捨てられる……何のためにか、を考えた方がいいと思います。構成員の命を使い捨てるに値するほどの目的を、七星剣という組織が見据えているのかどうかを」


 辛うじて死んではいない、壬ら7名を、紡が捕縛蔓で縛り上げている。
 同じく辛うじて死を免れた萩尾高房の上体を、三十三が抱き上げている。
「命の借りを……作ってしまいましたね、君たちに……」
「助けたわけじゃあないよ萩尾氏。もうじき本部から人手が来る。貴方を、そこの連中もろとも捕縛するためにね」
 壬たちに親指を向けながら、彩吹が言った。
「その前に私たちで、ちょっと非公式な尋問をさせてもらうよ。七星剣の目的……人間と古妖の仲違いって、どういう事なのかな」
「八神勇雄は……あの男なりに、何かを考えてはいるのでしょうが、それを知る者は七星剣中枢でもほんの一握り。私ごときに掴めるものなど何もありませんよ」
 苦笑する萩尾に、日那乃は問いかけた。
「何もわからない、のに……七星剣、裏切った、の? 古妖さんたち、守るために……」
「それは主に金城君の役目だったのですがね。彼も結局、破綻者の力を得る事は出来なかった。思い通りにいかないものです」
「もうやめなよ、破綻なんて」
 紡が言った。
「やろうとしてもボクたちが止めるよ、何度だって。人が死んだり壊れたりなんて、もう嫌だから」
「それが敵でも、ですか」
「敵でもね、一緒によっしー画伯の絵でも見てれば戦いになんてならないよ。また見に行こうよ」
 たまきが、日那乃の肩に手を置いた。
「今度は、日那ちゃんも一緒に行きましょう」
「ゾウさんの描いた絵、ネットで見た事ある……正直、半信半疑。確かめるの楽しみ」
 日那乃が言った、その時。
 地面が揺れた。一瞬で収まったが、よろめくほどの揺れであった。
「地震……」
 三十三が呟き、萩尾が笑う。
「怒り狂っている古妖がいますね……懸命に、その怒りを抑えてくれてはいるようですが。まあ時間の問題でしょう」
「その古妖さん……本当に怒ったら、どのくらいの事……起こる、の?」
「見当も付きません。ただね、何十年も前から来る来ると言われている関東直下型……それは、覚悟しておくべきだと思いますよ」
 日那乃の問いに、萩尾は応えた。
「桂木日那乃君、でしたか。君の言う通り、七星剣が何をしようと古妖と人間の仲違いなど起こりはしません。古妖という種族がその気になれば人間など、仲違いの暇もなく地上から消えて失せます。そう、私たち因子発現者が何もしなければね」
「何か……しようってのか、七星剣は」
 黙っていた翔が、ようやく言葉を発した。
「古妖を怒らせて、暴れさせて……斃して、英雄気取りで天下取り……そんな事、本当に考えてやがるんなら」
 翔が本当に怒っている、と日那乃は思った。
「オレは絶対に許さねーぞ、七星剣……!」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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