古妖会議
●
乙姫が暴れたので、あの日の会議は結局あのまま解散となった。
後日、すなわち今日、改めて行われる事となった会議に、俺は高村力彦を伴い出席した。
俺は鬼である。干からびて、生きているやら死んだのやら判然としない状態ではあるが、鬼である。
力彦は、出席者の中では唯一の人間だ。10歳、半人前とは言え覚者である。
乙姫もいる。
あの日とは別人のように、大人しくなってしまった。しおらしくなってしまった。
「あの方に……叱られてしまったわ。何百年ぶりかしら……」
落ち込んでいる、ようでもある。ほんのりと喜んでもいる。
「取り乱したところを、あの方に見られてしまった……いやまあ見えてはいないのだけど、恥ずかしい……」
「……まあ、落ち着いてもらえたようで何よりだ」
叱られた、というほどのものではないと俺は思う。あの男は、穏やかな口調で懇々と、乙姫を説諭していたものだ。
直接、会ったわけではない。竜宮の眷族を介して間接的に、とは言え、あの男と乙姫が数百年ぶりの会話をした。
竜宮の長ともあろう者が、それだけで、まるで人間の乙女のようになってしまった。
「あの方に、会いたい……」
乙姫が、ぽろぽろと泣き出した。
「でも私には、竜宮の長としての務めが……私情に走る資格が、まだ私にはない……ああ、だけど会いたい……」
俺は、力彦と顔を見合わせるしかなかった。
「あの男は、もはや戻らんよ乙姫。おぬしのもとにはのう」
声を発したのは、包帯でぐるぐる巻きにされ車椅子に載せられた、ぬらりひょんである。車椅子を押しているのは俺だ。
「そもそも、あやつが竜宮を出て行ったのはのう乙姫。おぬしの毎晩の求めに辟易」
俺は、ぬらりひょんの口を片手で塞いだ。
議長の大天狗が、咳払いをしてから告げる。
「それでは、本日の会議を始めたいと思う。議題はまあ前回と同じく古妖狩人に関して……だけではなく。ご存じの事と思うが、あの七星剣という者たちが今、少しばかり困った事をしている」
「悪さをして、それを俺たちの仕業に見せかけるってぇアレか」
俺と違って干からびてはいない鬼が、ニヤリと牙を剥く。
「構わねえ、ホントに俺らの仕業にしちまおうじゃねえか」
「おうよ。その七星剣とやらいう輩、我らと人間の仲違いでも狙っているのであろうが……なぁに、元々さほど仲が良いわけでもない」
水虎が、続いて釣瓶落としが言った。
「人間どもがその気なら、俺たちもその気になるまでよ。人間は、片っ端から押し潰す。あるいは引きずり上げて喰らう。それが、そもそも我々のあるべき姿ではないのか? なあ、ひょうすべよ」
「茄子。茄子くれ茄子、俺ぁ茄子さえ喰えりゃあ何だってイイんだよぉ。とっとと茄子よこせ茄子茄子なすナス茄子、じゃねーと毒ぶちまくぞオラァ人間ども!」
「落ち着け、ここで毒をぶちまけてどうする」
俺は言った。自然に、溜め息が出た。
「乙姫よ、貴女も何か言ってはくれぬか」
「あの玉手箱に入っていたのは、私の力の一部……人間を、私たちと同じ存在へと近付けるもの……」
乙姫は、泣きながら笑っていた。
「貴方には、私と共に竜宮で永遠の時を過ごすしか道はないのよ……もう2度と、逃がしはしない……」
「……なあ力彦。これがな、お前たち覚者が古妖と呼ぶものの姿なのだよ」
頭痛に耐えながら、俺は言った。
「まともな会議など、出来た例しがない」
「……そう言ってくれるな」
大天狗が、難しい顔をしている。
「時に……河童族の代表が、来てはおらんな?」
「あの親分なら、地の底の湖に行ったよ」
蟹坊主が言った。
「御大将と、直に話をするんだとさ」
「直に……お話をしていただく、わけにはいきませんでしょうか」
力彦が、ようやく言葉を発した。
「人間の、代表者と……僕のような半人前ではない、本物の覚者の方々と」
●
「と、いうわけで。
直にお話をする、というわけには参りませんわね。妖怪たちの会合が行われているのは、あなた方の言う『隠れ里』に近い場所。人間の方々が立ち入るには、少しばかり面倒な手続きが必要になりますのよ。
ですから、この博物館までお越しいただければ私が、あなた方のお声を妖怪たちに届けますわ。私を介して……あの、まともに話し合いも出来ない愚か者たちを、どうか思いきり叱りつけて下さいませ。まったく、乙姫様までが何たる事。
私も、あの土偶をまんまと盗み出されてしまった身。あまり偉そうな事は言えませんわね……」
乙姫が暴れたので、あの日の会議は結局あのまま解散となった。
後日、すなわち今日、改めて行われる事となった会議に、俺は高村力彦を伴い出席した。
俺は鬼である。干からびて、生きているやら死んだのやら判然としない状態ではあるが、鬼である。
力彦は、出席者の中では唯一の人間だ。10歳、半人前とは言え覚者である。
乙姫もいる。
あの日とは別人のように、大人しくなってしまった。しおらしくなってしまった。
「あの方に……叱られてしまったわ。何百年ぶりかしら……」
落ち込んでいる、ようでもある。ほんのりと喜んでもいる。
「取り乱したところを、あの方に見られてしまった……いやまあ見えてはいないのだけど、恥ずかしい……」
「……まあ、落ち着いてもらえたようで何よりだ」
叱られた、というほどのものではないと俺は思う。あの男は、穏やかな口調で懇々と、乙姫を説諭していたものだ。
直接、会ったわけではない。竜宮の眷族を介して間接的に、とは言え、あの男と乙姫が数百年ぶりの会話をした。
竜宮の長ともあろう者が、それだけで、まるで人間の乙女のようになってしまった。
「あの方に、会いたい……」
乙姫が、ぽろぽろと泣き出した。
「でも私には、竜宮の長としての務めが……私情に走る資格が、まだ私にはない……ああ、だけど会いたい……」
俺は、力彦と顔を見合わせるしかなかった。
「あの男は、もはや戻らんよ乙姫。おぬしのもとにはのう」
声を発したのは、包帯でぐるぐる巻きにされ車椅子に載せられた、ぬらりひょんである。車椅子を押しているのは俺だ。
「そもそも、あやつが竜宮を出て行ったのはのう乙姫。おぬしの毎晩の求めに辟易」
俺は、ぬらりひょんの口を片手で塞いだ。
議長の大天狗が、咳払いをしてから告げる。
「それでは、本日の会議を始めたいと思う。議題はまあ前回と同じく古妖狩人に関して……だけではなく。ご存じの事と思うが、あの七星剣という者たちが今、少しばかり困った事をしている」
「悪さをして、それを俺たちの仕業に見せかけるってぇアレか」
俺と違って干からびてはいない鬼が、ニヤリと牙を剥く。
「構わねえ、ホントに俺らの仕業にしちまおうじゃねえか」
「おうよ。その七星剣とやらいう輩、我らと人間の仲違いでも狙っているのであろうが……なぁに、元々さほど仲が良いわけでもない」
水虎が、続いて釣瓶落としが言った。
「人間どもがその気なら、俺たちもその気になるまでよ。人間は、片っ端から押し潰す。あるいは引きずり上げて喰らう。それが、そもそも我々のあるべき姿ではないのか? なあ、ひょうすべよ」
「茄子。茄子くれ茄子、俺ぁ茄子さえ喰えりゃあ何だってイイんだよぉ。とっとと茄子よこせ茄子茄子なすナス茄子、じゃねーと毒ぶちまくぞオラァ人間ども!」
「落ち着け、ここで毒をぶちまけてどうする」
俺は言った。自然に、溜め息が出た。
「乙姫よ、貴女も何か言ってはくれぬか」
「あの玉手箱に入っていたのは、私の力の一部……人間を、私たちと同じ存在へと近付けるもの……」
乙姫は、泣きながら笑っていた。
「貴方には、私と共に竜宮で永遠の時を過ごすしか道はないのよ……もう2度と、逃がしはしない……」
「……なあ力彦。これがな、お前たち覚者が古妖と呼ぶものの姿なのだよ」
頭痛に耐えながら、俺は言った。
「まともな会議など、出来た例しがない」
「……そう言ってくれるな」
大天狗が、難しい顔をしている。
「時に……河童族の代表が、来てはおらんな?」
「あの親分なら、地の底の湖に行ったよ」
蟹坊主が言った。
「御大将と、直に話をするんだとさ」
「直に……お話をしていただく、わけにはいきませんでしょうか」
力彦が、ようやく言葉を発した。
「人間の、代表者と……僕のような半人前ではない、本物の覚者の方々と」
●
「と、いうわけで。
直にお話をする、というわけには参りませんわね。妖怪たちの会合が行われているのは、あなた方の言う『隠れ里』に近い場所。人間の方々が立ち入るには、少しばかり面倒な手続きが必要になりますのよ。
ですから、この博物館までお越しいただければ私が、あなた方のお声を妖怪たちに届けますわ。私を介して……あの、まともに話し合いも出来ない愚か者たちを、どうか思いきり叱りつけて下さいませ。まったく、乙姫様までが何たる事。
私も、あの土偶をまんまと盗み出されてしまった身。あまり偉そうな事は言えませんわね……」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖の会議で意見を述べる
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
過去における古妖狩人の所業や、現在進行中である七星剣の暗躍によって、古妖と人間との関係が悪化しつつあります。
人間との友好関係を維持するか否かを、会議で検討している古妖たちがおります。この会議では、どちらかと言うと人間に対する攻撃的姿勢を支持する意見が優勢です。
親・人間派の最大勢力たる竜宮の乙姫は現在、正常に意見を言える状態ではありません。
覚者の皆様に、人間側の代表として、間接的ながらこの会議に出席していただきたいと思います。
場所は、とある博物館。
巨大首長竜の化石として展示されている古妖・海竜が、中継者となって皆様の声を古妖会議の議場に届けてくれます。向こうの声を、皆様に届けてもくれます。
海竜を介して、古妖たちと会話をしていただく事になります。
人間を代表しての、謝罪や弁明。攻撃的な古妖に対する説得。
あるいは、宣戦布告。
何でも構いません。最前線で古妖たちと向き合っている覚者としての意見を、述べていただければと思います。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年11月02日
2018年11月02日
■メイン参加者 6人■

●
妹が何故、学芸員を目指したのか、『地を駆ける羽』如月蒼羽(CL2001575)は知らない。進路に関して、如月家ではあまり込み入った話をしていないのだ。
まさか博物館で働きたかっただけか。恐竜の化石が好き。案外、そんな理由なのかも知れない。何しろ幼い頃から、大きな動物が大好きな妹だった。
ともかく、妹の職場とは別の博物館である。
通路を歩きながら蒼羽は『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)に会話を振った。
「ラッキーは元気?」
「何とかね。コロとも上手くやってる」
奏空が答える。
「前の飼い主さんの躾が良かったみたいでさ、大人びてるんだよラッキーは。コロの事も兄貴分として立てて、コロが調子に乗って失敗して、ラッキーがフォローしてって感じ」
「……ラッキーを、2度と妖には」
「するわけにいかない。そのためには、古妖とも仲良くしなきゃ」
奏空は立ち止まった。
蒼羽も立ち止まり、まずは挨拶をした。この博物館の、主とも言うべき展示物に。
「如月蒼羽と申します。妹が、お世話になっておりまして」
『あの烏天狗のようなお嬢さん、ですわね』
海竜は、微笑んだようである。
吹き抜けの展示空間に巨体をとどめた、首長竜の全身骨格。
その威容を、覚者6名で見上げているところだ。
『御足労、感謝いたしますわ……本当、皆様には御迷惑をおかけしてばかり。私の不注意で、あの縄文の悪しき神を』
「あんなの、海骨ちゃんのせいじゃないって」
言ったのは『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)である。
「あの土偶ちゃんは本当、みんなで対処しなきゃいけない案件だったもんね」
「そうだぜ。覚者も古妖も、みんなで力合わせてだ」
拳を握りながら『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言う。
「今こっちで起こってるのは、人間が色々やらかしちまってる事で……それはオレたち人間が解決しなきゃいけねー、だけど古妖のみんなも力貸してくれると嬉しいぜ」
「古妖さんたち、わたしたち助けてくれる……雷獣さんも、乙姫さまや鬼仏さん、海竜さんも。どうも、ありがとう」
桂木日那乃(CL2000941)が、ぺこりと頭を下げる。
「わたしたちの声……届いて、いる?」
『届いておりますわよ。あちらの声も今、お届けいたしますわね』
『……覚者たちが、そこにいるのか』
ここではないどこかで会合を開いている古妖たちの、声が聞こえる。
『そうよな。人間の代表者たる貴殿らとは、まず話し合っておかねばなるまい。この先、戦うか手を取り合うかは、まだわからぬにせよだ』
「人間の代表なんて、そんな……あの、それよりも海竜さん」
何やら膨らんだナップサックを片手に、奏空が進み出る。
「声のやり取り、だけじゃなくて……物を、そちらへ送ったりとかは出来ませんでしょうか? 実はその、お土産を」
『あら、まあ』
「檀家の人たちから、お野菜をいただいたんです。でその、茄子をね」
悲鳴じみた声が聞こえた。
「くくくくくくれー! 茄子くれ茄子」
『お黙りなさい』
ぴしゃりと命じながらも、海竜は苦笑したようである。
『……まあ、せっかくの頂き物。届けて差し上げると、いたしましょうか』
気配が生じた。
半魚人、いや人魚が1体、そこに立っていて、奏空からナップサックを受け取っている。
「それじゃ、よろしくお願いします。ナップサックは返してもらわなくて大丈夫ですので」
「……あまりな、ひょうすべの阿呆を甘やかしてくれるなよ」
そう言って人魚は、奏空からの土産を手にしつつ姿を消した。
蒼羽は、海竜に問いかけてみた。
「もしかして……物だけでなく、僕たちの身柄をそちらへ送る事も出来るのかな? 出来れば古妖の方々と、直にお話を……ああ、でも確か手続きが必要なのでしたっけ」
『それにね、行ったら戻って来られなくなる方がいらっしゃるかも知れませんわ。そこの貴女のように、ね』
そこの貴女、と呼ばれたのは『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)である。
一瞬、遠くを見つめた後、ツバメは言った。
「そうだな……そちらから、とても懐かしい空気を感じてしまう。今もしも道が繋がっているのであれば、ふらふらと迷い込んでしまいそうなほどに」
彼女の額では第三の目が、ここではないどこかを見つめている。
「幼い頃から私は、古妖たちには色々と良くしてもらった。あの頃の空気だ……本当に、懐かしい」
「……行ったら、駄目」
日那乃が言った。
「ツバメさん……こっちで、やる事たくさんある。わたしたちと、一緒に」
「わかっているさ。私は人間を守りたい、古妖たちを守りたい……そのための話をしに来たんだ」
『……仮に、だぜ。俺たちの方から人間どもを狩り殺しにかかったら、どうするよ』
古妖の誰かが、言った。
『それでもテメエら、俺たちを守るとか言えんのかあ? おう』
「オレたちが止める。させねーよ、そんな事は」
翔が、断言をした。
「アンタたちが人間を攻撃しようってんなら、何があっても止めるぜオレは。戦ってでも……破綻して、大妖の類になっちまってもだ」
『よくぞ言った。そうでなければならん……実際、お前たちは古妖狩人を止めてくれた。あの七星剣という者どもの行いを、止めてくれてもいる。我らは、それを知っている』
「……アンタたち古妖とは、仲良くしてーからな」
いささか照れくさそうに、翔は言った。
「オレ今、白兵戦も出来るようになりたくてさ。烏天狗に剣とか教わってみてーし、河童の親分と相撲も取りてえ。二十歳になったら、アンタらと一緒に宴会もやりてえよ」
『ふん、本当に鬼を殺せる酒がある。呑めるものなら、いくらでも呑ませてやるわ』
「あ、それイイなあ。呑んでみたい。ね、そーちゃん。ツバメちゃんも、なったんだっけハタチ」
紡が、微笑みかけてくる。
「今度、一緒に呑もうよ……乙姫サマも。いるんでしょ? そこに」
『……私の無様さが、そちらにも伝わっているというわけね』
陰鬱な、女性の声が聞こえた。
『いいわ。好きなだけ、私を嘲笑いなさい』
「まあまあ。海骨ちゃんに聞いたよー? 愛しの彼と、何百年かぶりのもつれ話をやったんでしょ」
言いつつ紡が、うんうんと頷いている。
「まあねえ。何百年ぶりの再会で、スーパーおこおこタイムなとこ見られて、しかも大人な態度で宥められたりとかね。何かもう、僕は君のこと何でも知ってるよ大丈夫ぜんぶ受け入れてあげるよー的な上から目線? 男にそうゆう態度取られるのって、女としちゃ許せないよねー確かに」
『……あの方は、私に対していつも上からの目線……私の方が年上、なのに……なのに……』
「ついつい許しちゃうんでしょ? ある意味すごくタチ悪い男に引っかかっちゃったよね、乙姫サマ」
男が踏み入ってはならない話だ、と蒼羽は思った。
なので、他大勢の古妖たちに語りかけた。
「古妖狩人の行いに関しては、思い上がりでしょうが人間を代表して謝罪をします。本当にごめんなさい。僕が謝って済む事ではないけれど……思い上がりついでに言わせていただきますが、僕には人間を許せない貴方がたの気持ちがわかります。大切な誰かを、傷つけられたり……殺められたり、したら。僕は間違いなく、自分を止められなくなる」
自分の顔に、微笑が浮かぶのを、蒼羽は止められなかった。
「さらに言うならば……貴方たちの復讐に便乗して残虐行為を働いた怪・黄泉の覚者たち。彼らの思いもね、わかるような気がしてしまうんです。復讐というものは間違いなく、復讐と無関係なところにまで拡大してゆく。無関係な者までが憎しみに囚われてしまう」
「無関係な、そして無力な者たちもいる。人間にも、古妖にも」
ツバメが言った。
「そういった者たちを巻き込みたくないのは、お前たちも同じだろう」
『だから復讐をするなと、憎しみは捨てろと、お前たちは言うのだな』
古妖の誰かが応え、そして問いかけてくる。
『そう理解はしていても止められぬ、捨てられぬのが憎しみであると。戦い続けてきたお前たちであれば、本当は知っているのではないのか?』
「……憎しみは、私にぶつければいい。受けて立つ」
この場にいない古妖たちと、ツバメは今、対峙している。
「好きなだけ、私を殴るといい……無論、殴り返す。対等にな」
『ふん……気に入ったぜ。今すぐ殺り合うか?』
『やめんか。まったく、こんな事では古妖狩人どもを悪くは言えまい』
「その声は……」
奏空が、嬉しそうな声を発した。
「カッちゃん様! いらっしゃるんですね」
『おう。あの一件で、竜宮と縁が出来たのでな。力彦もいる』
『ど、どうも……その節は、本当に』
「海竜さんから聞いたよ力彦君。その会議に俺たちを参加させてくれたのは、君なんだってね」
この場に古妖たちがいるかのように、奏空は見回し、語った。
「聞いて下さい。古妖狩人に関してだけど、彼らの中で本当に問題があるのは一握りの人間だけで、その連中に従わざるを得ない立場の、弱い人たちが大勢いるんだ。だから……許してあげて欲しい、なんて言えないけど……」
「罰、与えるの、少し待って欲しい」
奏空を助けるように、日那乃が言った。
「自分のした事、後悔して、苦しんでる人……少なくとも1人、わたし知ってる。きっと、もっといる。その人たち、これからどうするか……わたし、見届けたい。あなたたち、見届けて欲しい。だから待って、お願い、します」
『ふむ。我らにあっさり殺されるよりも、苦しい思いをしておるか。そ奴らは』
古妖たちは、いくらか考え込んでいるようだ。
『よし、古妖狩人の事はそれで良いとしてだ。あの七星剣という者たちに関して、貴殿らは何を思う』
「止める」
日那乃は即答した。
「七星剣が何、考えているのかは、まだよくわからない。でもきっと、止めなきゃいけない事。だから、私たち止めるから」
古妖の報復行動が活発化し、各地で戦いが増える。それによって夢見の負担も増し、七星剣の目的を探るのが難しくなる。
ここへ来る前に、日那乃はそんな事を言っていた。
(それも七星剣の狙い、か)
思いつつ、蒼羽は言った。
「僕は……憎しみに囚われ、復讐と無関係な者にまで暴虐を働くような化け物にはなりたくない。あなたたちにも、そうなって欲しくはない。ここにいる中ではきっと僕が一番、そうなりやすいだろうから」
●
八神勇雄の目的は何か。
古妖を殺し、その力を奪う。
無論それは、自分たちファイヴが止める。そのための戦いが、激化の一途を辿る。
それこそが、八神の真の目的を隠すための陽動ではないのか、と日那乃は思わない事もなかった。
そのような思いとは無関係に、紡は乙姫と語り合い続けている。
「でもさぁ乙姫サマ。そんな拗れた感情丸出しじゃ、せっかくの美貌も翳りまくりだよ? いや見えないけど、わかるから。本当すっごい美人なのに、もったいない」
『美人……美貌と、本当にそう思うの? ふふっ、あなたたちは私の本当の姿を知らないから……それを知っているのは、あの方だけ……』
『毎晩のう。真の姿を丸出しにして、あの男に迫ってのう』
ぐしゃり、と何かが飛び散る音が聞こえた。
『ぐわっ、ぬらりひょん殿がまた!』
『あーあ。こりゃ再生するのに半年かかるぞ』
『ぐへへへへ美味え、茄子うめえ。おい人間ども、この俺様が100年くれえは守ってやっからよぉ、オメーらをよお』
「……学級崩壊だね」
紡は言った。
「ま、こんな教育困難校のホームルームはちゃっちゃと終わらせて。いろんな厄介事さっさと片付けちゃってさ。今度は海骨ちゃん中継じゃなく、直接会ってお話ししないとね。服買わなきゃ、おめかししなきゃ。古妖狩人やら七星剣やら、そんなのよりずっと大事なコトだよ」
『……そう、なの……?』
「そう。七星剣のつまらない企みに踊らされて、本当に大切なものを見落としてはいけない」
蒼羽が言った。
「あなたたちを煽り、利用しようとしている者がいる。それがわかった以上、あとはもう冷静になるしかないと思います……これも、まあ思い上がった言い種ですよね」
「気に入らないんなら、ツバメちゃんも言ってたけど喧嘩相手になるよー……ボクの親友がね」
へらへらと笑う紡の後ろで、日那乃は囁いた。
「わたし傷、治してあげる。だから紡さんも参加」
「勘弁だよー日那ちゃん」
「けど、その前に七星剣。止めないと」
七星剣首魁の魁偉な容貌を、日那乃は思い浮かべた。
「……人間と古妖の仲、悪くして……古妖、斃して英雄になる……マッチポンプ? 八神勇雄、そんな事、考える人? わたし宴会の時、ちょっと話しただけ。あの人、よくわからない」
「オレもよくわかんねー。ちょっと戦っただけだからな」
翔が、腕組みをしている。
「ま、何かしら考えてるんだろうよ。オレなんかじゃ、いくら考えたってわかんねえ事をな……関係ねー。奴らのやろうとしてる事、今やってる事、オレは絶対許さねえぞ」
日那乃は思う。この成瀬翔という少年は、目の前にあるものしか見ていない。
目の前の物事に、全力でぶつかる。そうしているうちに、いつの間にか真実に行き当たる。
あの八神勇雄という男は、目の前にあるものだけではない、もっと様々な何かが見えているのだろう。それらを上から見下ろしている。
高みから観察した結果、古妖を殺して力を奪う、という結論に至ったのだろう。
翔も日那乃も、それを止める、という結論しか導き出せずにいる。
(……わたしも、翔と同じ。目の前しか、見えていない……それでいい、の……かな)
「とにかくな、やらかしてるのは一握りの連中だけなんだ」
姿の見えない者たちに、翔は語りかけている。
「そいつら以外にも……まあ八つ当たりみたいに古妖を攻撃するような奴らはいる。そんな連中もな、ちょっと強めに話すれば、わかってくれる事多いんだ。人間の本質はそっちなんだって、思ってもらえねえかな? ほら昔話とかでもさ、古妖と人間が仲良くする話あるだろ?」
「もちろん、人間に都合良く書かれてるものはあると思う」
奏空も言った。
「だけど……例えば乙姫様とあの人の物語みたいに、人間と古妖は昔から色々な縁を紡いできたのは間違いないと思う。物語だけじゃない、古妖と人との絆の証はこの国のあちこちに残っているんだ。それらの神秘を解明する……少しばかりの手助け、くらいは俺たちにも出来てるはず。今の日本人は、これまでになく古妖を身近に感じてると思うよ」
「種族を越えて誰かを想い、誰かと寄り添い、ボクらを見守ってくれる子だっている」
紡が言うのは、乙姫とあの老人の事であり、鬼仏と力彦の事であり、この海竜の事であろう、と日那乃は思う。
「七星剣の小細工くらいで、それ全部ダメになっちゃうの? ボクは、そうは思わないなー。甘いとか、頭の中お花畑とか言われてもね、思わない。基本ハッピーエンドしか認めないからボク」
「アンタたちってさ、信じらんねーくらい寿命長いんだろ」
翔は言った。
「その時間、少しだけいい。オレたちにくれねーかな……オレたちだけじゃなく、一握りのやらかし連中だけでもなく、人間ってものを見ていて欲しいんだ」
「……駄目なんだよ、人間だけじゃ」
奏空が、この場にはいない古妖たちを見つめる。
「大妖を討つ、それにラッキーたちが妖に変わってしまうような状況を終わらせる。それには人間と古妖の絆が必要なんだと俺は思う。これまで共に日本を守ってきたように、どうか俺たちに力を貸して欲しい!」
『……よくわかった。やはり貴殿らと話をして良かったと思う』
古妖たちも、こちらを見つめている、と日那乃は感じた。
『最後に、もう1つ問う事にしよう。あなた方には、七星剣と手を結んで我らを攻撃する、という選択肢もあるはずだ……何故、それをしないのか?』
「知りたいのか、それを。言葉にすると、とてつもなく陳腐なものにしかならない……それでも聞きたいのなら言おう」
ツバメが、はっきりと告げた。
「お前たちがいなくなれば、私は寂しい。悲しい。だから、お前たちを守る。私が、そうしたいからだ」
『……最後と言ったが、もう1つだけ言っておこう』
古妖たちの気配が、遠ざかってゆく。
会議はお開き、という事であろうと日那乃は思った。
『お前たちが古妖と呼ぶものは、我々が全てではない。古妖狩人や七星剣以上に、話の通じぬ者たちもいる……全てのものと良き縁を、絆を、紡ぐ事が出来るなどと思ってはならぬぞ。どうか気を付けて欲しい』
「あ、おーい乙姫様」
遠ざかってゆく気配に向かって、翔が声を投げる。
「浦島のじーちゃんにさ、何か伝言しておこうか?」
「だから翔、そういうの駄目」
日那乃が言うと、蒼羽が同調した。
「そうだよ翔くん。恋愛問題に他人の口出しは御法度……大妖なんかよりも、ずっと危険な事態になりかねないからね」
「えー、何でだよー」
目の前の事しか見ていないにも程がある、と日那乃は思うしかなかった。
妹が何故、学芸員を目指したのか、『地を駆ける羽』如月蒼羽(CL2001575)は知らない。進路に関して、如月家ではあまり込み入った話をしていないのだ。
まさか博物館で働きたかっただけか。恐竜の化石が好き。案外、そんな理由なのかも知れない。何しろ幼い頃から、大きな動物が大好きな妹だった。
ともかく、妹の職場とは別の博物館である。
通路を歩きながら蒼羽は『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)に会話を振った。
「ラッキーは元気?」
「何とかね。コロとも上手くやってる」
奏空が答える。
「前の飼い主さんの躾が良かったみたいでさ、大人びてるんだよラッキーは。コロの事も兄貴分として立てて、コロが調子に乗って失敗して、ラッキーがフォローしてって感じ」
「……ラッキーを、2度と妖には」
「するわけにいかない。そのためには、古妖とも仲良くしなきゃ」
奏空は立ち止まった。
蒼羽も立ち止まり、まずは挨拶をした。この博物館の、主とも言うべき展示物に。
「如月蒼羽と申します。妹が、お世話になっておりまして」
『あの烏天狗のようなお嬢さん、ですわね』
海竜は、微笑んだようである。
吹き抜けの展示空間に巨体をとどめた、首長竜の全身骨格。
その威容を、覚者6名で見上げているところだ。
『御足労、感謝いたしますわ……本当、皆様には御迷惑をおかけしてばかり。私の不注意で、あの縄文の悪しき神を』
「あんなの、海骨ちゃんのせいじゃないって」
言ったのは『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)である。
「あの土偶ちゃんは本当、みんなで対処しなきゃいけない案件だったもんね」
「そうだぜ。覚者も古妖も、みんなで力合わせてだ」
拳を握りながら『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言う。
「今こっちで起こってるのは、人間が色々やらかしちまってる事で……それはオレたち人間が解決しなきゃいけねー、だけど古妖のみんなも力貸してくれると嬉しいぜ」
「古妖さんたち、わたしたち助けてくれる……雷獣さんも、乙姫さまや鬼仏さん、海竜さんも。どうも、ありがとう」
桂木日那乃(CL2000941)が、ぺこりと頭を下げる。
「わたしたちの声……届いて、いる?」
『届いておりますわよ。あちらの声も今、お届けいたしますわね』
『……覚者たちが、そこにいるのか』
ここではないどこかで会合を開いている古妖たちの、声が聞こえる。
『そうよな。人間の代表者たる貴殿らとは、まず話し合っておかねばなるまい。この先、戦うか手を取り合うかは、まだわからぬにせよだ』
「人間の代表なんて、そんな……あの、それよりも海竜さん」
何やら膨らんだナップサックを片手に、奏空が進み出る。
「声のやり取り、だけじゃなくて……物を、そちらへ送ったりとかは出来ませんでしょうか? 実はその、お土産を」
『あら、まあ』
「檀家の人たちから、お野菜をいただいたんです。でその、茄子をね」
悲鳴じみた声が聞こえた。
「くくくくくくれー! 茄子くれ茄子」
『お黙りなさい』
ぴしゃりと命じながらも、海竜は苦笑したようである。
『……まあ、せっかくの頂き物。届けて差し上げると、いたしましょうか』
気配が生じた。
半魚人、いや人魚が1体、そこに立っていて、奏空からナップサックを受け取っている。
「それじゃ、よろしくお願いします。ナップサックは返してもらわなくて大丈夫ですので」
「……あまりな、ひょうすべの阿呆を甘やかしてくれるなよ」
そう言って人魚は、奏空からの土産を手にしつつ姿を消した。
蒼羽は、海竜に問いかけてみた。
「もしかして……物だけでなく、僕たちの身柄をそちらへ送る事も出来るのかな? 出来れば古妖の方々と、直にお話を……ああ、でも確か手続きが必要なのでしたっけ」
『それにね、行ったら戻って来られなくなる方がいらっしゃるかも知れませんわ。そこの貴女のように、ね』
そこの貴女、と呼ばれたのは『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)である。
一瞬、遠くを見つめた後、ツバメは言った。
「そうだな……そちらから、とても懐かしい空気を感じてしまう。今もしも道が繋がっているのであれば、ふらふらと迷い込んでしまいそうなほどに」
彼女の額では第三の目が、ここではないどこかを見つめている。
「幼い頃から私は、古妖たちには色々と良くしてもらった。あの頃の空気だ……本当に、懐かしい」
「……行ったら、駄目」
日那乃が言った。
「ツバメさん……こっちで、やる事たくさんある。わたしたちと、一緒に」
「わかっているさ。私は人間を守りたい、古妖たちを守りたい……そのための話をしに来たんだ」
『……仮に、だぜ。俺たちの方から人間どもを狩り殺しにかかったら、どうするよ』
古妖の誰かが、言った。
『それでもテメエら、俺たちを守るとか言えんのかあ? おう』
「オレたちが止める。させねーよ、そんな事は」
翔が、断言をした。
「アンタたちが人間を攻撃しようってんなら、何があっても止めるぜオレは。戦ってでも……破綻して、大妖の類になっちまってもだ」
『よくぞ言った。そうでなければならん……実際、お前たちは古妖狩人を止めてくれた。あの七星剣という者どもの行いを、止めてくれてもいる。我らは、それを知っている』
「……アンタたち古妖とは、仲良くしてーからな」
いささか照れくさそうに、翔は言った。
「オレ今、白兵戦も出来るようになりたくてさ。烏天狗に剣とか教わってみてーし、河童の親分と相撲も取りてえ。二十歳になったら、アンタらと一緒に宴会もやりてえよ」
『ふん、本当に鬼を殺せる酒がある。呑めるものなら、いくらでも呑ませてやるわ』
「あ、それイイなあ。呑んでみたい。ね、そーちゃん。ツバメちゃんも、なったんだっけハタチ」
紡が、微笑みかけてくる。
「今度、一緒に呑もうよ……乙姫サマも。いるんでしょ? そこに」
『……私の無様さが、そちらにも伝わっているというわけね』
陰鬱な、女性の声が聞こえた。
『いいわ。好きなだけ、私を嘲笑いなさい』
「まあまあ。海骨ちゃんに聞いたよー? 愛しの彼と、何百年かぶりのもつれ話をやったんでしょ」
言いつつ紡が、うんうんと頷いている。
「まあねえ。何百年ぶりの再会で、スーパーおこおこタイムなとこ見られて、しかも大人な態度で宥められたりとかね。何かもう、僕は君のこと何でも知ってるよ大丈夫ぜんぶ受け入れてあげるよー的な上から目線? 男にそうゆう態度取られるのって、女としちゃ許せないよねー確かに」
『……あの方は、私に対していつも上からの目線……私の方が年上、なのに……なのに……』
「ついつい許しちゃうんでしょ? ある意味すごくタチ悪い男に引っかかっちゃったよね、乙姫サマ」
男が踏み入ってはならない話だ、と蒼羽は思った。
なので、他大勢の古妖たちに語りかけた。
「古妖狩人の行いに関しては、思い上がりでしょうが人間を代表して謝罪をします。本当にごめんなさい。僕が謝って済む事ではないけれど……思い上がりついでに言わせていただきますが、僕には人間を許せない貴方がたの気持ちがわかります。大切な誰かを、傷つけられたり……殺められたり、したら。僕は間違いなく、自分を止められなくなる」
自分の顔に、微笑が浮かぶのを、蒼羽は止められなかった。
「さらに言うならば……貴方たちの復讐に便乗して残虐行為を働いた怪・黄泉の覚者たち。彼らの思いもね、わかるような気がしてしまうんです。復讐というものは間違いなく、復讐と無関係なところにまで拡大してゆく。無関係な者までが憎しみに囚われてしまう」
「無関係な、そして無力な者たちもいる。人間にも、古妖にも」
ツバメが言った。
「そういった者たちを巻き込みたくないのは、お前たちも同じだろう」
『だから復讐をするなと、憎しみは捨てろと、お前たちは言うのだな』
古妖の誰かが応え、そして問いかけてくる。
『そう理解はしていても止められぬ、捨てられぬのが憎しみであると。戦い続けてきたお前たちであれば、本当は知っているのではないのか?』
「……憎しみは、私にぶつければいい。受けて立つ」
この場にいない古妖たちと、ツバメは今、対峙している。
「好きなだけ、私を殴るといい……無論、殴り返す。対等にな」
『ふん……気に入ったぜ。今すぐ殺り合うか?』
『やめんか。まったく、こんな事では古妖狩人どもを悪くは言えまい』
「その声は……」
奏空が、嬉しそうな声を発した。
「カッちゃん様! いらっしゃるんですね」
『おう。あの一件で、竜宮と縁が出来たのでな。力彦もいる』
『ど、どうも……その節は、本当に』
「海竜さんから聞いたよ力彦君。その会議に俺たちを参加させてくれたのは、君なんだってね」
この場に古妖たちがいるかのように、奏空は見回し、語った。
「聞いて下さい。古妖狩人に関してだけど、彼らの中で本当に問題があるのは一握りの人間だけで、その連中に従わざるを得ない立場の、弱い人たちが大勢いるんだ。だから……許してあげて欲しい、なんて言えないけど……」
「罰、与えるの、少し待って欲しい」
奏空を助けるように、日那乃が言った。
「自分のした事、後悔して、苦しんでる人……少なくとも1人、わたし知ってる。きっと、もっといる。その人たち、これからどうするか……わたし、見届けたい。あなたたち、見届けて欲しい。だから待って、お願い、します」
『ふむ。我らにあっさり殺されるよりも、苦しい思いをしておるか。そ奴らは』
古妖たちは、いくらか考え込んでいるようだ。
『よし、古妖狩人の事はそれで良いとしてだ。あの七星剣という者たちに関して、貴殿らは何を思う』
「止める」
日那乃は即答した。
「七星剣が何、考えているのかは、まだよくわからない。でもきっと、止めなきゃいけない事。だから、私たち止めるから」
古妖の報復行動が活発化し、各地で戦いが増える。それによって夢見の負担も増し、七星剣の目的を探るのが難しくなる。
ここへ来る前に、日那乃はそんな事を言っていた。
(それも七星剣の狙い、か)
思いつつ、蒼羽は言った。
「僕は……憎しみに囚われ、復讐と無関係な者にまで暴虐を働くような化け物にはなりたくない。あなたたちにも、そうなって欲しくはない。ここにいる中ではきっと僕が一番、そうなりやすいだろうから」
●
八神勇雄の目的は何か。
古妖を殺し、その力を奪う。
無論それは、自分たちファイヴが止める。そのための戦いが、激化の一途を辿る。
それこそが、八神の真の目的を隠すための陽動ではないのか、と日那乃は思わない事もなかった。
そのような思いとは無関係に、紡は乙姫と語り合い続けている。
「でもさぁ乙姫サマ。そんな拗れた感情丸出しじゃ、せっかくの美貌も翳りまくりだよ? いや見えないけど、わかるから。本当すっごい美人なのに、もったいない」
『美人……美貌と、本当にそう思うの? ふふっ、あなたたちは私の本当の姿を知らないから……それを知っているのは、あの方だけ……』
『毎晩のう。真の姿を丸出しにして、あの男に迫ってのう』
ぐしゃり、と何かが飛び散る音が聞こえた。
『ぐわっ、ぬらりひょん殿がまた!』
『あーあ。こりゃ再生するのに半年かかるぞ』
『ぐへへへへ美味え、茄子うめえ。おい人間ども、この俺様が100年くれえは守ってやっからよぉ、オメーらをよお』
「……学級崩壊だね」
紡は言った。
「ま、こんな教育困難校のホームルームはちゃっちゃと終わらせて。いろんな厄介事さっさと片付けちゃってさ。今度は海骨ちゃん中継じゃなく、直接会ってお話ししないとね。服買わなきゃ、おめかししなきゃ。古妖狩人やら七星剣やら、そんなのよりずっと大事なコトだよ」
『……そう、なの……?』
「そう。七星剣のつまらない企みに踊らされて、本当に大切なものを見落としてはいけない」
蒼羽が言った。
「あなたたちを煽り、利用しようとしている者がいる。それがわかった以上、あとはもう冷静になるしかないと思います……これも、まあ思い上がった言い種ですよね」
「気に入らないんなら、ツバメちゃんも言ってたけど喧嘩相手になるよー……ボクの親友がね」
へらへらと笑う紡の後ろで、日那乃は囁いた。
「わたし傷、治してあげる。だから紡さんも参加」
「勘弁だよー日那ちゃん」
「けど、その前に七星剣。止めないと」
七星剣首魁の魁偉な容貌を、日那乃は思い浮かべた。
「……人間と古妖の仲、悪くして……古妖、斃して英雄になる……マッチポンプ? 八神勇雄、そんな事、考える人? わたし宴会の時、ちょっと話しただけ。あの人、よくわからない」
「オレもよくわかんねー。ちょっと戦っただけだからな」
翔が、腕組みをしている。
「ま、何かしら考えてるんだろうよ。オレなんかじゃ、いくら考えたってわかんねえ事をな……関係ねー。奴らのやろうとしてる事、今やってる事、オレは絶対許さねえぞ」
日那乃は思う。この成瀬翔という少年は、目の前にあるものしか見ていない。
目の前の物事に、全力でぶつかる。そうしているうちに、いつの間にか真実に行き当たる。
あの八神勇雄という男は、目の前にあるものだけではない、もっと様々な何かが見えているのだろう。それらを上から見下ろしている。
高みから観察した結果、古妖を殺して力を奪う、という結論に至ったのだろう。
翔も日那乃も、それを止める、という結論しか導き出せずにいる。
(……わたしも、翔と同じ。目の前しか、見えていない……それでいい、の……かな)
「とにかくな、やらかしてるのは一握りの連中だけなんだ」
姿の見えない者たちに、翔は語りかけている。
「そいつら以外にも……まあ八つ当たりみたいに古妖を攻撃するような奴らはいる。そんな連中もな、ちょっと強めに話すれば、わかってくれる事多いんだ。人間の本質はそっちなんだって、思ってもらえねえかな? ほら昔話とかでもさ、古妖と人間が仲良くする話あるだろ?」
「もちろん、人間に都合良く書かれてるものはあると思う」
奏空も言った。
「だけど……例えば乙姫様とあの人の物語みたいに、人間と古妖は昔から色々な縁を紡いできたのは間違いないと思う。物語だけじゃない、古妖と人との絆の証はこの国のあちこちに残っているんだ。それらの神秘を解明する……少しばかりの手助け、くらいは俺たちにも出来てるはず。今の日本人は、これまでになく古妖を身近に感じてると思うよ」
「種族を越えて誰かを想い、誰かと寄り添い、ボクらを見守ってくれる子だっている」
紡が言うのは、乙姫とあの老人の事であり、鬼仏と力彦の事であり、この海竜の事であろう、と日那乃は思う。
「七星剣の小細工くらいで、それ全部ダメになっちゃうの? ボクは、そうは思わないなー。甘いとか、頭の中お花畑とか言われてもね、思わない。基本ハッピーエンドしか認めないからボク」
「アンタたちってさ、信じらんねーくらい寿命長いんだろ」
翔は言った。
「その時間、少しだけいい。オレたちにくれねーかな……オレたちだけじゃなく、一握りのやらかし連中だけでもなく、人間ってものを見ていて欲しいんだ」
「……駄目なんだよ、人間だけじゃ」
奏空が、この場にはいない古妖たちを見つめる。
「大妖を討つ、それにラッキーたちが妖に変わってしまうような状況を終わらせる。それには人間と古妖の絆が必要なんだと俺は思う。これまで共に日本を守ってきたように、どうか俺たちに力を貸して欲しい!」
『……よくわかった。やはり貴殿らと話をして良かったと思う』
古妖たちも、こちらを見つめている、と日那乃は感じた。
『最後に、もう1つ問う事にしよう。あなた方には、七星剣と手を結んで我らを攻撃する、という選択肢もあるはずだ……何故、それをしないのか?』
「知りたいのか、それを。言葉にすると、とてつもなく陳腐なものにしかならない……それでも聞きたいのなら言おう」
ツバメが、はっきりと告げた。
「お前たちがいなくなれば、私は寂しい。悲しい。だから、お前たちを守る。私が、そうしたいからだ」
『……最後と言ったが、もう1つだけ言っておこう』
古妖たちの気配が、遠ざかってゆく。
会議はお開き、という事であろうと日那乃は思った。
『お前たちが古妖と呼ぶものは、我々が全てではない。古妖狩人や七星剣以上に、話の通じぬ者たちもいる……全てのものと良き縁を、絆を、紡ぐ事が出来るなどと思ってはならぬぞ。どうか気を付けて欲しい』
「あ、おーい乙姫様」
遠ざかってゆく気配に向かって、翔が声を投げる。
「浦島のじーちゃんにさ、何か伝言しておこうか?」
「だから翔、そういうの駄目」
日那乃が言うと、蒼羽が同調した。
「そうだよ翔くん。恋愛問題に他人の口出しは御法度……大妖なんかよりも、ずっと危険な事態になりかねないからね」
「えー、何でだよー」
目の前の事しか見ていないにも程がある、と日那乃は思うしかなかった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
