夢のうち、月日の果てに
夢のうち、月日の果てに



「竜宮の長が直々に、我らを妨げるとは」
 大天狗が、剣呑な口調で問う。
「……何を、考えておられる?」
「それは、こちらの台詞。一体全体あなた方は、何を考えているのかしら」
 乙姫が言った。
「まさか、とは思うけれど……古妖狩人への復讐にかこつけて、人間を喰い殺しているだけ? だとしたら許しはしない。竜宮には、貴方がた全種族と一戦を交える用意があります。一戦でも、二戦三戦でも」
「上等だ。てめえら魚ども、1匹残らず刺身にしたらぁなああああ!」
 鬼たちが騒ぎ始めた。
 干からびてはいるが、俺も鬼である。干からびていない同族に、言葉を投げた。
「落ち着け。古妖狩人の中でも特にたちの悪い者どもは、殺し尽くしたのだろう? 生き残っているのは、流れに巻き込まれただけの哀れな者どもばかりだ。見逃してやれ」
「流れに巻き込まれ、己の考えも持たずに蛮行凶行をやらかす。そこが人間どもの度し難いところでな」
 大天狗の口調が、重い。
「そのような者どもこそ、許せん。殺し尽くす」
「させない……!」
 乙姫が、何本もの触手を獰猛にうねらせる。
 そこへ、小さな少年が割って入った。
「どうか……もう、やめて下さい」
 この場にいる唯一の人間……高村力彦であった。
 引っ込んでいろ、と俺は言おうとしたが遅かった。
「人間が原因で、古妖の方々が争うなんて……」
「止めるために、己の命を投げ出してみるか? 人間の童よ」
 本当に命を投げ出してしまいかねない力彦を、俺は無理やりに掴んで捕えた。
「……いい加減にしておけ、大天狗。他の者もだ」
「貴方が思い悩む事ではないのよ、力彦君」
 乙姫が言った。
「この場で殺し合いになったとしても……人間は、私たち竜宮が守って見せる」
「人間どもに、また随分と入れ込んでおるのう。乙姫様や」
 ぬらりひょんが笑った。
「否。人間に、と言うよりも……あの男に、人間の男1人に、竜宮の乙姫ともあろう者が、ものの見事にのう。たらし込まれてしまったもの」
 乙姫の触手が、ぬらりひょんを叩き潰した。この程度で死ぬ妖怪ではないのだが。
 とにかく、乙姫は止まらなくなっていた。
「お前たちごときが……軽々しく、あの方に触れるなど……ッッ!」
 無数の触手が、一斉に暴れ出した。
「許しはしない……この場で、殺し尽くす!」
「待て、落ち着け乙姫、うおおお」
「お、鬼仏様ぁ!」
 俺も力彦も、吸盤ある触手で、ぐるぐる巻きに捕えられていた。
 力彦もろとも高々と掲げられながら、俺は叫んでいた。面識のない、だが妖怪たちの間では伝説に等しい存在である、1人の人間の男に向かって。
「おい、助けてくれ! 乙姫を止められるのは貴殿しかおらぬ!」


『なるほど、貴方が……』
 彼女は言った。
 基本的には、覚者にしか聞こえない声。
 私は覚者ではない。五麟学園の用務員である。今日は休日なので、この博物館を訪れた。
 彼女に、会っておきたかったからだ。
 吹き抜けの展示空間で威容を誇示する、巨大首長竜の全身骨格。
 竜宮と関わりを持ってしまった私であれば、竜宮の眷族たる彼女の声を聞く事が出来る。
『乙姫様の御心を乱す、唯一の殿方……お会い出来て光栄ですわ』
「乙姫様が、私ごときに御心を乱されるなど」
 今の私は、みすぼらしい単なる老人だ。あの時から、ずっと老人なのだ。
 無様に老いさらばえながら数百年間、生き延びているだけの男など、もはや乙姫の眼中にあるはずがない。
 だが彼女は言った。
『乙姫様はね、貴方の事となると正気を失ってしまわれますのよ……今が、まさにその状態。お助け下さいな』
「助け……ですか?」
『貴方のお声を、お届けいたしますわ。乙姫様を、どうか説得なさって下さいませ』


 1人の老人が、海竜に何事か話しかけている。
 老人の声を海竜は、どこかへと送っているようだ。送受心、のようなものであろうか。
 何をしているのかは、わからない。どうでも良い事だ、と七星剣隔者・金城元は思う。
 重要な事は、ただ1つ。
 海竜が、その何事かに集中している今だからこそ、これを盗み出す事が出来た。
 黒光りする遮光器土偶。
 博物館の、展示品の1つである。海竜が、これをずっと封印監視していたのだ。
 あの老人のおかげで一時的に、その監視が解けた。
「へ……誰かは知らねえが、ありがとうよ爺さん」
 博物館の敷地外に建つ雑居ビル。その屋上で、金城は土偶を掲げた。
 博物館の正式な展示品である土偶を、ファイヴの管理下へ移すための、煩雑な交渉事が進行中であったようだが、遅かったという事だ。
「古妖の中でも、ぶっちぎりに凶悪な連中……その力が、俺に……」
 海竜による封印を失った土偶が、ねじ曲がりながら巨大化してゆく。
「破綻……出来る……この力なら……古妖狩人! 妖! くそったれイレブンの生き残りども! この世の胸糞悪いもの全部、掃除しちまいたいんだよぉおお……」
 笑いながら、金城は泣きじゃくっていた。
「だから、俺を……破綻者に、してくれよう……」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・土偶の撃破
2.隔者・金城元の撃破(生死不問)
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 縄文期の邪悪な古妖を封じてある土偶(以前の拙シナリオ『暗黒の魔像』に登場したものです)が、七星剣隔者・金城元によって、とある博物館から盗み出されました。

 博物館の守護者である古妖・海竜から解放された土偶が、人間サイズに巨大化・異形化しております。
 これは、内部に封じられている邪悪な古妖が、不完全な形で溢れ出した状態です。
 覚者の皆様によって1度は倒されたため、まだ復活が完全ではありません。
 不完全なうちに戦って撃破し、とどめを刺していただくのが作戦目的となります。普通に戦って体力を0にしていただければOKです。

 時間帯は真昼。場所は、博物館近くに建つ雑居ビルの屋上。
 怪物化した土偶の近くには、七星剣隔者・金城元がいて、土偶の影響で正気を失いかけていますが破綻しているわけではありません。覚者の皆様に対しては問答無用で攻撃を仕掛けてきます。
 それは土偶も同様ですが、両者は共闘しているわけではありません。土偶の攻撃対象には、覚者の皆様だけでなく金城も含まれます。
 土偶の攻撃がとどめとなった場合に限り、金城は普通に死亡します。

 土偶と金城は共に前衛で、詳細は以下の通り。

●金城元
 男、24歳、木行怪。武器はヌンチャク。使用スキルは『破眼光』『棘散舞』『地烈』。

●土偶
 攻撃手段は格闘戦(物近単)、邪悪な霊気の噴射(特遠列、BS麻痺)、怪光線(特近単、貫通3、BS封印)。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2018年10月18日

■メイン参加者 6人■

『鬼灯の鎌鼬』
椿屋 ツバメ(CL2001351)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『五麟の結界』
篁・三十三(CL2001480)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


 土偶が、そうではないものへと変わりつつあった。
 土塊であるはずの身体はグネグネと柔らかく隆起し、それでいて土の硬い質感を維持しながら膨れ上がり、プロレスラー並みの巨体と化している。
 とある雑居ビルの屋上に、そんな異形が出現していた。
 遮光器土偶そのままの巨大な両眼は禍々しい光を放ち、覚者6人を見据えている。
 その顔面で、口が縦に開き、牙を見せながら声を発した。
「ひとひに、ちがしら……くびり、ころさ……ん……」
 これが、しかしこの怪物の正体ではあるまい、と桂木日那乃(CL2000941)は思う。
 縄文時代の能力者が、1日に千人を殺さんとする黄泉の怪物を、土偶に封じ込めた。
 その封印が、まだ辛うじて機能している。だからこの怪物は、土偶の原形をとどめた姿を保っているのだ。今は、まだ。
 正体と呼ぶべきものが、露わになりかけていながら、まだ抑え込まれている。縄文期の術者によって。
「昔の、ひと……安心して。あなたが封じた怪物、わたしたちが仕留める」
 時を超えた共感を、感謝の念を、日那乃は勝手に抱く事にした。
「怪物を……止めてくれて、ありがとう」
 当時は恐らく戦力が足りず、この怪物を封印する事しか出来なかったのだろう。
「来やがったな、ファイヴ……」
 一応は古妖に分類される怪物の傍で、1人の若い男が笑っている。涙ぐんでもいる。激怒してもいる。
 七星剣隔者・金城元である。
「正義の味方ヅラして、俺を止める資格がよォ、てめえらにあんのかよ! おい!」
「資格を認めてもらおうとは思わないよ。私たちはただ、お前を止めるだけ」
 金城に対し、口元で微笑みかけ、目で睨み据えながら、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は言った。
「お前こそ、正義の味方を気取って、はた迷惑な事をやらかそうとしている。1度だけは警告してあげよう、大人しく投降しなさい」
「おい金城。お前まさか、その化け物を利用出来るつもりでいるんじゃねーだろうな?」
 彩吹と並んで前衛に立ちつつ、『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が怒声を発する。
「古妖をさんざん利用しようとした、あの古妖狩人って連中と、お前それじゃ何も変わんねーぞ!」
「古妖狩人……あのクソどもをよぉ、てめえらファイヴは何で皆殺しにしねえ? 特に、そこの怪・黄泉の女!」
 金城の怒りが、『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)に向けられる。
「てめえらがよォ、率先してそれをやんなきゃ駄目だろーがぁあ!?」
「……古妖狩人の件は、すでに終わった事だ。掘り返したところで何も出ては来ない」
 ツバメは応えた。
「出て来るものがあるとしたら……お前の、そのような憎しみだけだ。そんなものを掘り起こして何になる」
「わからねえのか。憎しみってモンはなあ、わざわざ掘り出さなくたって出て来ちまうんだよ。胸ん中で勝手に燃え上がってよぉ、ひたすら俺をモヤモヤさせやがる。俺をな、1歩も先へ進ませてくれねえ」
 第三の目を凶暴に輝かせながら、金城が牙を向く。
「このモヤモヤがなぁ、胸糞悪さがなああ、俺を……破綻、させてくれるかも知れねえんだよおお!」
「……それが、萩尾二等の狙いですか」
 篁三十三(CL2001480)が言った。
「あの人の、やりそうな事です。実験台にされているという事、あなたは承知の上なのでしょうが」
「自分1人が承知ならいいってものじゃあない。周りが迷惑するからね」
 彩吹が、それにツバメも、己の体内で火行因子を燃え上がらせた。『天駆』と『灼熱化』である。
「金城……怪の因子を持つ者ならば、お前こそ理解しろ。お前のしている事は、古妖たちのためにはならない」
「今からね、理解させてあげるよ……ほら紡、いつまでも盗み聞きしてないで」
 彩吹の言う通り『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が、聞き耳を立てたり、片手を庇にして観察を試みたりしている。雑居ビルの近くの、博物館に向かってだ。
「えー、だって今あれでしょ。浦島太郎と乙姫サマの、何百年か越しの恋バナだか痴話喧嘩だかが絶賛展開中なんでしょ!? 超聞きたいよー、聞き耳立ちまくりだよー」
「後で海竜にでも内容教えてもらいなさい」
 彩吹が、紡を掴んで引き寄せて中衛に配置した。
「今は仕事、仕事」
「ま、泣いちゃってる子を放置しとくわけにもいかないからねえ」
 怒り狂い涙ぐんでいる金城に微笑みかけながら、紡は翼を広げた。香気の粒子がキラキラと舞い散って、覚者6人を包み込む。
「青少年・涙の主張とか胸アツ案件だけど、まあ方向性についてはね。こちらのお姉さんと、ちょっとお話し合いする必要ありかもね……優しく教えてくれるよ? 物理で」
「一言多いよ、紡!」
 彩吹が、金城に向かって踏み込んで行く。
「くそファイヴが……!」
 ヌンチャクを振るいながら、金城の方からも踏み込んで来る。
「てめえらはなぁ、古妖狩人もイレブンも皆殺しにしねえ! 中途半端に叩いただけで放置してやがる! クソどもが、のうのうと! 俺らと同じ空気吸ってやがる! 全部テメエらのせいだろうがあああッ!」
「気に入らないなら、私は受けて立つよ。いつでも叩き潰しに来るといい」
 彩吹の、鋭利な手刀が閃いた。
 金城の全身、各部関節に、衝撃と重圧が打ち込まれるのを、日那乃は見て取った。
「手段を選ぶ必要はない、破綻でも何でも試せばいい……全部、薙ぎ払う」
 痙攣する金城、その傍らに控える縄文の古妖。
 彩吹の強靭な美脚が、両者を言葉通り薙ぎ払った。
 金城は血飛沫を散らせ、古妖は微動だにしない。
 彩吹と入れ代わるようにして、翔が踏み込んで行く。
「金城……悪いけどよ、お前にゃ何にもさせねー。その八つ当たり、受け止めてやりてえのは山々だけどよっ」
 翔の指が、金城の身体に術式封じの紋様を刻み込む。
 硬直した金城に、翔は間髪入れず、掌を押し当てた。雷雲をまとう掌。
「そっちの化け物とも、戦わなきゃいけねーからな!」
 電光が迸り、金城と古妖をまとめて灼き払った。
 金城は、苦しげな感電の踊りを披露している。古妖の巨体は、電光に絡まれて少しだけ揺らいだ。
「続いて行くよ……何か、ジェットストリーム何ちゃらみたいだね」
 そんな事を言いながら、紡も雷雲を召喚していた。
 雷鳴が轟き、稲妻の塊が、金城と古妖を直撃する。
 バチバチと電撃に灼かれながら、金城が呻く。
「……負けねえ……こんなとこで、負けてられっかよ……胸糞悪い連中が、まだ大量に生き残ってやがんのにぉ……どいつもこいつもブチ殺さねえと……妖ども、古妖狩人にイレブンの残りカスども……それに、八神勇雄……ッッ!」
「何だと……」
 ツバメが息を呑む。
 金城は、なおも叫ぶ。
「あの野郎! 俺たち怪・黄泉を一体、何だと思ってやがる! 七星剣がよ、ここまでクソッタレな組織だとは思わなかったぜクソがよぉお!」
 日那乃は、紡と顔を見合わせた。
 七星剣が、首魁・八神勇雄直々の意向で、何かを始めた。怪の覚者にとっては受け入れ難い、何かを。
 そういう事であるにしても、詳細を聞き出している余裕はなさそうである。
「クソは殺す! どいつもこいつも! そのためによ、古妖の中でも最高にヤバい連中の力」
 叫ぶ金城を、傍らの古妖がグシャリと黙らせた。
 土塊か有機物か判然としない豪腕が、金城を容赦なく殴り倒していた。
「ひとひに、ちがしら……つぶし、ころさん……」
 倒れた金城を、古妖が巨体で踏み潰しにかかる。
 日那乃は、羽ばたいた。
「させない……」
 巻き起こった風が、暴風の砲弾となって古妖を直撃する。
 よろめく巨体の足元から、血まみれの金城が弱々しく立ち上がって来る。
「へ……百パー思い通りになるたぁ、最初っから思っちゃいねえよ……」
「……もうやめておけ、金城」
 ツバメが、いつの間にか金城の傍らにいた。擦れ違いざまに大鎌・白狼を一閃させながら。
 疾風双斬が、金城を、古妖を、薙ぎ払っていた。
「お前の憎しみは、純粋な正義に基づくものなのかも知れん。だがそれは今、とある者の思いと同調し、必要以上に燃え盛り……暴走している」
 よろりと前のめりに倒れゆく金城の背中に、ツバメは声を投げた。
「その者はな、あまりにも強大過ぎる力を持つが故に自らは何も出来ず、古妖狩人への怒りを他者に託すしかないまま、地の底で憎悪に苦しみもがいているのだ」
「その憎しみ、苦しみ……同調すれば破綻、出来なくはないかも知れない」
 倒れ込んで翔に抱き止められた金城に、日那乃も言葉をかけた。
「だけど破綻したって、大妖には勝てない……それ以外のもの、あなたがお掃除したいもの全部、消えてなくなる。あなたが守りたいものも、消えてなくなる……大妖だけ、残る。それで、いい?」
「いいわけがないと、貴方もわかっているはずだ」
 三十三が、翔から受け取った金城の身柄を背後に庇い、略式滅相銃を構える。
「もしも貴方が破綻者と成ったら……いくつか名前の挙がった、貴方の憎むべき者たちと、同じ事を貴方はするだろう。それが望みか? いや、違うはずだ!」
 銃口から、風の銃撃が迸る。
 金城を追わんとしていた古妖の巨体に、エアブリットの速射が突き刺さった。
「上手いよ、三十三!」
 彩吹が羽ばたき、古妖にぶつかって行く。
 古妖を斃して土偶は無傷、などという幸運は、今回は望めそうになかった。
「博物館の人……ごめんなさい」
「しょうがねえさ日那乃、こういう事もある」
 そう言う翔の方を、日那乃はちらりと見た。
「翔も、いろいろ壊した……サッカーボールで、窓ガラスとか。その度、同じ事言って」
「それ小学校ん時の話だろー。勘弁してくれ」
 こんな会話をしている場合でもなかった。


 黒い羽を舞い散らせながら、彩吹が着地し、よろめいた。
「くっ……効いているんだか、いないんだか」
 彼女の手刀が、蹴りが、ことごとく古妖に叩き込まれたところである。
 土偶の原形をとどめた巨体が、痛がる事もなくユラリと前のめりに動いて、彩吹に殴りかからんとする。
 それをツバメが、第三の目で睨み据えた。
「やはり、この敵は……私の知る古妖たちと比べて、あまりにも異質だ」
 破眼光が迸り、古妖を直撃する。巨体が、一瞬だけ硬直した。
 その一瞬で体勢を立て直しながら、彩吹が言う。
「異質、ね……確かに、何だか宇宙人をぶん殴ってるような気分だよ。こんなおかしな手応えは初めてだ」
「土偶イコール宇宙人説、やっぱり本当なのかなー」
 言いながら紡が術杖を掲げた。雷雲が生じた。
「ほら相棒、何とか星人が相手なら光線撃たなきゃ」
「おうよ! けど……オレたちの術式も、効いてるのか? これ」
 翔は、カクセイパッドを掲げていた。
 電光の嵐と、光の矢の雨が、古妖を猛襲する。紡の雷獣と、翔のB.O.T.。
 直撃を受けながらも古妖は、遮光器土偶そのままの両眼を見開き、発光させていた。
「ひとひに、ちがしら……うがちころさ……ん……」
 光が、覚者たちを一直線に貫通した。
 香気の粒子が、キラキラと散った。紡が最初に施してくれた術式防御。それが果たして、どれほど効いているか。
 ともかくツバメが、日那乃が、光に刺し貫かれて膝をつく。
 女性覚者2人が、自分を庇い守ってくれた。三十三はつい、そんな事を思ってしまう。
 思っている間に光は、いくらか勢いを弱めながらも、三十三の薄い胸板に突き刺さっていた。
 痛みはない。体内のどこかが灼けちぎれて出血し、その血が口と胸から大量に流れ出してゆく。それが感じられるだけだ。
 痛いという感覚すら、破壊されている。自分は、このまま死ぬのか。いや、その前に治療術式を。
 癒しの霧が、しかし発生しない。水の因子が、凍り付いてしまったかのように。
「……三十三さん、しっかり」
 日那乃が、血を吐きながらも弱々しく立ち上がり、三十三を翼で包み込んだ。
 癒しの力が全身に染み込んで来るのを、三十三は感じた。深想水。凍結していた水行の因子が、解かされながら活性化を再開する。
 三十三は翼を広げた。癒しの霧が生じ広がり、負傷した覚者たちに治療を施してゆく。
 ツバメが、大鎌にすがりついて立ち上がる。
「……すまん、三十三。助かった」
「いや、僕の方こそ……」
 三十三は俯いた。
「皆に守られてしまう位置から……僕は、なかなか動けない……」
「さとみんが、また自虐モードに入った!」
 紡が言った。
「いぶちゃん、気合い入れてあげなきゃ」
「前も言ったよ三十三。皆の足を引っ張らないように、なんて考えてちゃ駄目」
 言いつつ彩吹が羽ばたき、半ば飛翔するように古妖へとぶつかって行く。黒い羽根を散らせながらの猛回転、そして蹴り。死を告げる天使の舞であった。
 土偶の原形をとどめる巨体が、微かに揺らいだ。
 そこへカクセイパッドを向けながら、翔が叫ぶ。
「そうだぜ、さとみん! 自分に出来る事だけを、ひたすらやる。それが結局みんなを助ける事になるんだよな!」
 表示された白虎が吼え、電光が迸る。雷獣の一撃が、古妖を直撃した。
 土塊か有機物か判然としない身体が、電光に灼かれ絡まれ、硬直する。
 その周囲に霧が生じ、斬撃の光が閃いて消えた。古妖の巨体の、どこかが斬れたようではある。
 着地したツバメが、強固な手応えに歯を食いしばる。
「っ……まさか本当に、効いていないとでも」
「大丈夫、やせ我慢してるだけだって。そのポーカーフェイス、光るハリネズミちゃんでぶっ飛ばす!」
 紡が、術杖の先端から電光の塊を射出する。
 ハリネズミに見えない事もないそれが、古妖を直撃した。
 電光の嵐に全身をバリバリと打ちのめされながら、古妖がしかし反撃を繰り出して来る。
「ひとひに、ちがしら……ころし、つくさん……」
 縦に裂けた口から、言葉と共に何かが溢れ出した。目に見えぬ気体、と言うより霊体。
 それは有毒ガスのような毒気の他、凄まじい物理的破壊力をも有しているようであった。不可視の攻撃が、彩吹を、翔を、ツバメを叩きのめす。香気の粒子が、またしても散った。
「ぐぅっ……こいつは本当に、1日千人殺すって事しか考えてねーみてえだな……」
 翔が、よろよろと起き上がる。
 彩吹も、ツバメに肩を貸しながら立ち上がっていた。
「わかりやすくて結構な事だと思うよ。正義のためだ何だと、理由を付けたりしない辺りはね……ほらツバメ、しっかり」
 動かぬまま立たされたツバメの身体が、痙攣している。古妖の霊気によって、麻痺毒に侵されたようだ。
 三十三はとっさに印を結び、生命の力を放出した。
 放出されたものが、小さな火の鳥となって飛翔し、ツバメの身体に吸収される。
 ツバメの痙攣が、止まった。
「……助かった。やはりな、三十三がいないと駄目だ」
「そう……なのかな」
 それなら嬉しい、とまでは言わず三十三は、古妖に略式滅相銃を向けた。
 日那乃が翼を広げて水行因子の力を放散し、潤しの雨を降らせている。こまめな術式治療が欠かせぬほどの強敵である。
 長い戦いに、なりそうだった。


 古妖の巨体が、硬直した。
 何かしらの攻撃を繰り出そうとして、止まったのだ。まるで機械が不具合を起こしたかのように。
「よし……破眼光が効いたよ、ツバメ!」
 彩吹の、何度目になるかわからぬ鋭刃想脚が、古妖を直撃する。
 土偶の原形をとどめた巨体が、ひび割れ、崩れ砕けた。
 いや、土偶が砕けていた。
 巨大な怪物の姿はなく、そこには土偶の破片が散らばっているだけである。
「斃した……か……」
 ツバメが、もはや大鎌にすがりついても立ち上がれず、座り込んだまま声を漏らす。
 翔は、倒れていた。
「あー……そりゃまあ楽な戦いなんて、ねーけどよ……今回は、特にキツかったぜ……」
 そんな言葉を発しながら、翔はちらりと視線を動かした。
 三十三は、死にかけていた。
 体力も気力も使い果たした状態で、死体のような様を晒している。そこへ日那乃が、潤しの滴をぶちまけている。
 金城元も、同じように生ける屍と化していた。
 縛り上げられ、生きてはいる。だが心は折れている。何かしら情報を聞き出すにしても、少し時間が必要だろう。
「……さて、ボクにはやらなきゃいけない事がある」
 翔と同じく、大の字になって倒れていた紡が、いきなり起き上がった。
 そして、土偶の破片を拾い集める。
「おい紡、まさか……それ、組み立てて直そうってのか?」
「当然だよ相棒、中身はともかくイレモノは貴重な文化財だもの。悪い中身が無くなった今こそ、展示品としての本来の役割を果たしてもらわなきゃ」
「……そうだな」
 翔は身を起こし、博物館の方を見た。
 日那乃が、訊いてくる。
「翔、あの用務員さん、本当に……そう、なの?」
「信じらんねーだろうけどな」
 五麟学園の関係者の大部分は、あの老人を、単なる物腰柔らかな用務員としか思っていない。
 玉手箱の煙によって、あの老人は半ば古妖のような存在と化している。老人のまま、数百年を生きている。
 彼をそのような存在にする事が、乙姫の目的であったのか。彼女は何故、玉手箱を贈ったのか。
 いや。それよりも、もっと根本的な問題がある、と翔は思う。
「あの爺ちゃんは、何で乙姫サマから離れたんだろうなあ……」
「それ、踏み込んじゃいけない問題」
 日那乃が言った。
 手際良く土偶を組み立てながら、紡が笑う。
「日那ちゃんの言う通りだよ相棒。男と女のね、他人が入り込んじゃいけない問題……海骨ちゃんに、お話きっちり聞かせてもらわなきゃ」
 日那乃と紡が何を言っているのか、翔にはわからなかった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです