古妖相撲・地獄場所
●
古妖狩人は、別に犯罪者というわけではない。
当然だ。人権どころか存在すら認められていない生き物を、どう扱ったところで法には触れない。
法で裁く事は、出来ないのだ。
だから、狩った。
俺の名は金城元。怪・黄泉の隔者として、当然の事をしたまでだ。
「ひ……や、やめて……許して下さい……」
「0点! 何て独創性のねえ命乞いだよ、まったく」
俺の額で、第三の目が発光した。
泣きじゃくっていた男が、上下真っ二つになった。
俺は舌打ちをした。人間は妖と違い、容易く死んでしまう。
「もっとさあ、上半身だけで虫みたく這いずり回って泣き叫んでみるとかさあ!」
真っ二つの屍を、俺はガスガスと踏み付けた。
「てめえらみたく胸糞悪い事やらかした連中はなあ、最後そーいう死に様ぁ晒してよ、見てる人間スカッとさせなきゃ駄目だろうがあ!? エンターテイメントってもの理解してんのかクソゴミがッ!」
「……そこまでに、しておけ」
太く重い声が、俺の動きを止めた。
古妖の声だった。
とある山中の川。その岸辺に、俺の作り出した大量の生ゴミが散乱している。
それを見回し、古妖は言った。
「汚してくれたものだな……」
「あんたが全然、手伝ってくんねーからよ。俺1人でハッスルしちまったよ」
先程まで人間だったものが盛大にぶちまけられている様を、俺も見回し、笑って見せた。
「駄目だよ、あんたたちの復讐なんだからさ」
「……ここまでの事は、望んでいない」
この川の、主とも言うべき古妖である。でっぷりと肥えた巨体が、月明かりを受けてヌラリと禍々しい光沢を帯びている。
見た目は醜悪な怪物だが、虐殺の光景を苦々しく見据える眼差しは、少なくとも今の俺よりは理知的だ。その口調も。
「確かに、この者たちは許せん……だが……」
「情けは無用よ。この川に毒を流して、あんたの仲間を大勢殺した連中だぜ?」
言いつつ俺は、片手でグイと掴み寄せた。ただ1人、生き残っている男をだ。
「お許しを……」
男が、面白みのない命乞いを始める。
「私は確かに、あの毒の製造に携わっていました……妻と息子がおります、息子は病気で……組織が払ってくれる、高額の報酬が必要だったのです……」
「そういうのが一番許せねえ。命乞いの出来としちゃ最悪だな、マイナス50点」
泣き言を漏らす男の口に、俺は棘散舞を叩き込んでやる事にした。だが。
「……やめろ」
古妖が、命じてきた。
「……もういい。このような事、我らの誰も望んではおらぬ」
「知らねえと見えるな。復讐ってのはなあ、当事者よりも周りの連中の方が熱狂するモンなんだぜ」
俺は言った。
「胸糞悪い事やらかした奴はなあ、最後は苦しみながらド派手に死んで、熱狂してる見物客をスカッとさせなきゃいけねえんだよ。そう、復讐ってのはエンタメ」
そこで、俺の言葉は粉砕された。
古妖の、水掻きのある分厚い掌が、俺の顔面に叩き込まれていた。
俺が因子発現者でなかったら、首から上が綺麗に消し飛んでいたところである。
解放された男が、古妖の近くで尻餅をつく。
俺はと言うと、交通事故死者のように吹っ飛んで岩に激突していた。
鼻血だけではない、様々な場所から血を噴きながら、俺は辛うじて立ち上がった。
「お、俺ぁ……あんたらの大将からよ、命令されてんだぜ……古妖狩人どもを、殺せってなぁ……」
「御大将とは、私が直々に話をつける。貴様は去れ……いや1つだけ、聞かせてもらおう」
古妖が訊いてくる。
「古妖狩人どもが今、各地で次々と、このような死に様を晒しているそうな。烏天狗や水虎、魑魅魍魎たちの仕業かと思っていたが」
「半分くらいは、俺たちの仕事なんだなぁ……ま、いいや。力じゃあんたに勝てねえから、ここは退散する……ったくよォ。元々相撲好きな生き物が、本格的に力士の鍛錬をやってんだ。バケモノになっちまうわけだぜ」
よろめく足で、俺は立ち去った。
尻餅をついている男を、睨み据えながら。
「クソが1匹、生き残っちまった。ああ胸糞悪い。胸糞悪くて……破綻、しちまいそうだ。あんたの計画通りってか? 萩尾先生よぉ」
●
尻餅をつき、震えている男を、私は見据えた。
「お前の、病気の息子とやらは今?」
「は、はい……良い病院に入る事が出来まして」
「我が一族には、お前の作った毒で子供を失った者もいる。そうして得た報酬で、助けてやる事が出来たのだと……お前は、自分の息子に語って聞かせるのか」
「…………」
男が俯く。私は、なおも言った。
「私は、お前たちを許さぬ。殺された者どもにしても、助けてやれば良かったとは思わん。だが……そうだな。私を力で打ち倒し、お前を助ける者がいるのなら」
助けてやろう。その者たちが敗れたならば、お前を殺す。
そこまでは言わず、私は思いきり四股を踏んだ。
先程まで人間であったものが、大量に舞い上がり、ぶちまけられる。
それを見回し、私は溜め息をついた。
「……恐ろしいものだ、人間という種族は」
古妖狩人は、別に犯罪者というわけではない。
当然だ。人権どころか存在すら認められていない生き物を、どう扱ったところで法には触れない。
法で裁く事は、出来ないのだ。
だから、狩った。
俺の名は金城元。怪・黄泉の隔者として、当然の事をしたまでだ。
「ひ……や、やめて……許して下さい……」
「0点! 何て独創性のねえ命乞いだよ、まったく」
俺の額で、第三の目が発光した。
泣きじゃくっていた男が、上下真っ二つになった。
俺は舌打ちをした。人間は妖と違い、容易く死んでしまう。
「もっとさあ、上半身だけで虫みたく這いずり回って泣き叫んでみるとかさあ!」
真っ二つの屍を、俺はガスガスと踏み付けた。
「てめえらみたく胸糞悪い事やらかした連中はなあ、最後そーいう死に様ぁ晒してよ、見てる人間スカッとさせなきゃ駄目だろうがあ!? エンターテイメントってもの理解してんのかクソゴミがッ!」
「……そこまでに、しておけ」
太く重い声が、俺の動きを止めた。
古妖の声だった。
とある山中の川。その岸辺に、俺の作り出した大量の生ゴミが散乱している。
それを見回し、古妖は言った。
「汚してくれたものだな……」
「あんたが全然、手伝ってくんねーからよ。俺1人でハッスルしちまったよ」
先程まで人間だったものが盛大にぶちまけられている様を、俺も見回し、笑って見せた。
「駄目だよ、あんたたちの復讐なんだからさ」
「……ここまでの事は、望んでいない」
この川の、主とも言うべき古妖である。でっぷりと肥えた巨体が、月明かりを受けてヌラリと禍々しい光沢を帯びている。
見た目は醜悪な怪物だが、虐殺の光景を苦々しく見据える眼差しは、少なくとも今の俺よりは理知的だ。その口調も。
「確かに、この者たちは許せん……だが……」
「情けは無用よ。この川に毒を流して、あんたの仲間を大勢殺した連中だぜ?」
言いつつ俺は、片手でグイと掴み寄せた。ただ1人、生き残っている男をだ。
「お許しを……」
男が、面白みのない命乞いを始める。
「私は確かに、あの毒の製造に携わっていました……妻と息子がおります、息子は病気で……組織が払ってくれる、高額の報酬が必要だったのです……」
「そういうのが一番許せねえ。命乞いの出来としちゃ最悪だな、マイナス50点」
泣き言を漏らす男の口に、俺は棘散舞を叩き込んでやる事にした。だが。
「……やめろ」
古妖が、命じてきた。
「……もういい。このような事、我らの誰も望んではおらぬ」
「知らねえと見えるな。復讐ってのはなあ、当事者よりも周りの連中の方が熱狂するモンなんだぜ」
俺は言った。
「胸糞悪い事やらかした奴はなあ、最後は苦しみながらド派手に死んで、熱狂してる見物客をスカッとさせなきゃいけねえんだよ。そう、復讐ってのはエンタメ」
そこで、俺の言葉は粉砕された。
古妖の、水掻きのある分厚い掌が、俺の顔面に叩き込まれていた。
俺が因子発現者でなかったら、首から上が綺麗に消し飛んでいたところである。
解放された男が、古妖の近くで尻餅をつく。
俺はと言うと、交通事故死者のように吹っ飛んで岩に激突していた。
鼻血だけではない、様々な場所から血を噴きながら、俺は辛うじて立ち上がった。
「お、俺ぁ……あんたらの大将からよ、命令されてんだぜ……古妖狩人どもを、殺せってなぁ……」
「御大将とは、私が直々に話をつける。貴様は去れ……いや1つだけ、聞かせてもらおう」
古妖が訊いてくる。
「古妖狩人どもが今、各地で次々と、このような死に様を晒しているそうな。烏天狗や水虎、魑魅魍魎たちの仕業かと思っていたが」
「半分くらいは、俺たちの仕事なんだなぁ……ま、いいや。力じゃあんたに勝てねえから、ここは退散する……ったくよォ。元々相撲好きな生き物が、本格的に力士の鍛錬をやってんだ。バケモノになっちまうわけだぜ」
よろめく足で、俺は立ち去った。
尻餅をついている男を、睨み据えながら。
「クソが1匹、生き残っちまった。ああ胸糞悪い。胸糞悪くて……破綻、しちまいそうだ。あんたの計画通りってか? 萩尾先生よぉ」
●
尻餅をつき、震えている男を、私は見据えた。
「お前の、病気の息子とやらは今?」
「は、はい……良い病院に入る事が出来まして」
「我が一族には、お前の作った毒で子供を失った者もいる。そうして得た報酬で、助けてやる事が出来たのだと……お前は、自分の息子に語って聞かせるのか」
「…………」
男が俯く。私は、なおも言った。
「私は、お前たちを許さぬ。殺された者どもにしても、助けてやれば良かったとは思わん。だが……そうだな。私を力で打ち倒し、お前を助ける者がいるのなら」
助けてやろう。その者たちが敗れたならば、お前を殺す。
そこまでは言わず、私は思いきり四股を踏んだ。
先程まで人間であったものが、大量に舞い上がり、ぶちまけられる。
それを見回し、私は溜め息をついた。
「……恐ろしいものだ、人間という種族は」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖・河童の撃破(生死不問)
2.一般人・田中俊彦の生存
3.なし
2.一般人・田中俊彦の生存
3.なし
元古妖狩人複数名が、とある山中の川岸で七星剣隔者・金城元(男、24歳、木行怪)によって虐殺されました。
ただ1人の生き残りである田中俊彦氏が、古妖・河童の力士によって一応は助けられつつも、人質のような形で捕われております。助けてあげて下さい。
時刻は深夜。場所は山中の川岸で、岩の多い開けた場所です。月光が明るいので、河童力士の巨体を見失う事はないでしょう。
河童の力士(1体)の攻撃手段は、相撲技をメインとする接近戦(物近単)、突進ぶちかまし(物近単、貫通3)。
河童と言えば頭の皿が弱点ですが、この個体は力士なので頭突きも鍛えており、皿は鉄より固い凶器と化しております。ただ乾燥には弱く、火炎・高熱系の攻撃を受けた場合、通常よりもいくらか高いダメージを受けます。
救助対象である田中氏は、離れた所で座り込んでおり、逃げる気力も失っています。河童の力士は、彼を人質に取るような事はしません。
金城は、覚者の皆様の到着時にはすでに姿を消しております。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年10月04日
2018年10月04日
■メイン参加者 6人■

●
「やあ! 実はスモーにちょっと詳しい余が相手しちゃうよ」
そう言いながら挑んでいった『角界の導き手』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)の身体が、高々と宙を舞って川に落ち、派手な水音を立てた。
行司役の『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が、厳かに告げる。
「しり~こぉやまぁあ」
「……おかしな四股名を勝手に付けるな」
取組を終えたばかりの古妖力士が、じろりと紡を睨む。
睨まれた紡が、平然と言う。
「河童ちゃんと言えば、尻子玉でしょ? それ引っこ抜かれると、ふぬけになっちゃうんだってー」
「……そやつのように、か」
古妖・河童の力士が、ちらりと視線を投げる。覚者たちにとって救出対象である、1人の男に。
元・古妖狩人、田中俊彦。
地面に座り込んだまま怯え、俯いている。
失うと腑抜けになってしまうという架空の臓器を、本当に抜き取られてしまったかのような有り様だ。
そう思いつつ『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は言った。
「ありがとう尻子山関。その田中さんを、助けてくれて」
「そやつを今から助けねばならんのは、貴様たちだぞ」
言葉と共に、河童の力士が四股を踏む。
地響きが起こり、河原に散らばっているものが宙に浮いてビチャビチャと落下する。
大量の、人体の残骸であった。
「貴様らが私に敗れたなら、そやつは……私の手によって、この者どもと同じ様を晒す事となる」
「それでも、ありがとうと言っておく。そして、そんな事は絶対にさせない」
「そうだぜ! 次はオレが」
地面に描いた即席の土俵に踏み入ろうとする『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)の首根っこを、彩吹は掴み寄せた。
「前座は、王子1人で終わりにさせてもらう……悪いけど、6人がかりで行くよ」
「何人でも構わん。ふむ、見たところ翼ある者が多いようだが」
猛々しいほどに醜い河童力士の顔面が、ニヤリと歪む。
「空を飛べ。空中から、いくらでも飛び道具をぶつけてくるがいい」
「……やらない。ずっと飛んでいられる、わけじゃないから」
桂木日那乃(CL2000941)が言い、紡が頷く。
「他の因子の子たちはねえ、いまいちわかってくれないんだけど……空飛ぶのってマジしんどいんだから。ねー? いぶちゃん、さとみん」
「僕は……空を飛んでいると、地面が恋しくなります」
水中から這い上がって来たプリンスに肩を貸しながら、篁三十三(CL2001480)が言った。
「こうして歩くのが一番、安心出来る……ああ、気を付けてプリンスさん。足元、生首が転がっています」
「ふふふ、貴公も余を王子と呼ぶがいいさ。それにしても……まあ、何と言うか」
人間の残骸がぶちまけられ、生々しく月光を浴びている河原の光景。
見回しながら、プリンスは呟いた。
「相手が古妖狩人だから、こんな事をしても許される……なぁんて考えてしまうんだろうなあ、やっぱり」
「そいや昔いたね。理由のない絶対悪の、正義の味方」
紡も言った。
「や、あの世界では、あの子たちは正義の味方じゃなかったけど」
「『正義なんかないごっこ』で民が盛り上がっていたのは、もう随分昔の話だよツム姫。今は、困ってる民を助ける方がカッコいいメンの時代さ」
言葉と共に、プリンスの全身に械の因子の力が漲ってゆく。機化硬・改。
彩吹も、火行因子を燃え上がらせた。
「さすがにね、相撲じゃ勝てないって事はわかった……次は、私たちの土俵で勝負させてもらうよ」
「来るがいい。土俵は選ばぬ」
言いつつ河童力士が、呆然と怯える田中に一瞬だけ眼光を向ける。
「お前たち全員が動けなくなったところで、私はあの男を殺す。そのつもりで戦うがいい!」
凄まじい量の筋肉を脂肪で防護した巨体が、猛然と突っ込んで来る。
……否。突進が始まる寸前、その力強い肥満体に、大蛇のような蔓植物が幾重にも絡み付いていた。
紡の『捕縛蔓』だった。
「これってズル? でもゴメンね、みんなを助けるのがボクの役目だから」
言いながら紡が、ふわりと細身を躍動させた。
術式の煌めきが舞い散って、覚者全員を包み込む。演舞・清爽。
「お相撲さんって、見た目よりすばしっこいからね。動き、止めさせてもらうよ」
「うぬっ……このようなもの」
河童がそんな事を言っている間に、彩吹は踏み込んでいた。
巨体の各部関節に、鋭利な手刀を叩き込んでゆく。
恐ろしく強固な手応えが、彩吹の両手を痺れさせた。
参点砕き。この技で、隔者の体術を封じる事は出来る。だが。
彩吹は息を呑み、河童はニヤリと笑った。
間違いない。この古妖力士の戦闘技術を、封じる事は出来ない。
「……それならっ!」
彩吹は跳躍した。
すらりと鍛え込まれた長い脚が、高々と跳ね上がり振り下ろされる。炎をまといながらだ。
踵落としの形をした『豪炎撃』が、河童力士の脳天を直撃していた。
着地した彩吹の傍らを、電光の嵐が激しく通過する。
翔の『雷獣』だった。
雷鳴を伴う電光の一撃が、力士の頭に叩き込まれていた。
間髪入れず、日那乃が羽ばたく。
炎の竜巻が生じ、夜の河原を明々と照らしながら燃え盛り、河童の巨体を包み込んだ。
並の妖であれば一瞬にして灼き砕く『召炎波』である。だが。
「くっ……河童の弱点は頭の皿、それに熱、と思ったけど」
翔が呻く。
「信じられねーくらい、鍛えてありやがる!」
「……河童の弱点は当然、真っ先に克服したともさ」
炎の中で巨体をよろめかせながら、力士は言った。
「無論、皿は鍛えた。電熱に耐えるべく、雷神に稽古をつけてもらった事もある。が……お前たちの炎と雷は、なかなかに効く」
「頭の皿って、どーやって鍛えてんだ?」
「割る」
翔の問いに、河童は即答した。
「割って死にかける。運が悪ければ死ぬが、死なずに済んだら治す。またしても割る、そして治すの繰り返しよ。真似はやめておくのだな」
彩吹は、ぽつりと言った。拳を握りながら。
「……翔、やってみる? 良かったら手伝うけど」
「……やめとく」
「いいじゃない。相棒もさ、いぶちゃんブートキャンプに参加してみたら? さとみんと一緒に。あと殿も!」
紡が、杖の先端部から術式の塊を射出した。
戦巫女之祝詞。
その直撃を背後から喰らったプリンスが、押し出されるようにして古妖力士の方へと踏み込んで行く。
「ふふふ。余はね、誉められて伸びるタイプだから厳しくしちゃあ駄目」
プリンスの言葉が、潰れた。
河童の方からも、踏み込んで来ていた。
筋骨たくましい肥満体が、絡み付く捕縛蔓を引きちぎりながらプリンスを、それに翔と三十三を、まとめて轢いた。
覚者3人が、血飛沫をぶちまけ吹っ飛んで行く。
河童の巨体が、逆方向に吹っ飛んで倒れ、地響きを立てた。
「うぬ……ッ! これは……」
「お見事な……電車道……」
プリンスが、血まみれのまま、よろよろと立ち上がる。
「だけど……スモーって、パワーだけのスポーツじゃなかった……よね……?」
激突の瞬間、彼が『八卦の構え・極』で己の身を守ったのを、彩吹は辛うじて見て取った。
そして、三十三も。
「……僕の、身体的耐久力は……吹けば飛ぶようなもの、ですからね……」
翔と肩を貸し合うようにして、弱々しくも立ち上がっている。
「敵の攻撃を……いなして、受け流す……その技術は、彩吹さんに叩き込まれてきました。そこへ、この『河内の毒衣』を合わせれば……まあ、一撃で死ぬ事はない……」
まずは、死なない技術を身に付ける事。仲間の役に立とう、足を引っ張らないように、なんて考えてはいけない。
そんな事は、確かに言ったような気がする。
「……大丈夫ですか、翔君」
「さとみんこそ……ヘヘ、敬語はよせって」
「……戦闘中の君は、僕より年上に見えてしまう」
言いながら、三十三は翼を広げ、羽ばたき、『癒しの霧』を拡散させる。
「……お前たちの力は、本当に凄まじい」
河童の力士が、ゆらりと巨体を起こし、笑う。
「それでは、同じ人間たちから……さぞかし、化け物扱いをされているのだろうな」
●
かつて古妖狩人であった田中という男を、殺さない理由を、この河童は求めているのではないか。
そんな事を、日那乃は思った。
殺すつもりだったが、覚者たちに敗れてしまったので仕方がない。そんな言い訳を、欲しがっているのではないか。
だからと言って無論、わざと負けてくれるつもりなど毛頭ないであろう。
彩吹の格好良い両脚が、炎をまといながら荒々しく躍動し、河童の力士を滅多打ちにしている。
わざと負けるつもりならば、これで倒れてくれるはずだ。
だが力士は、巨体で彩吹の蹴りを押し返す感じに、猛然と反撃を行おうとする。
水掻きと鉤爪を備えた巨大な足が、地面を蹴り付ける。
そこへ、光の矢が連続で撃ち込まれた。
翔のB.O.T.だった。
古妖力士の巨体が揺らぎ、辛うじて倒れず踏みとどまっている間。紡が、術式の狙いを定めている。
「相棒直伝の雷獣ちゃん、いくよっ。日那ちゃん、一緒に悪天候アタック! ボクは雷」
「了解……わたし、風」
紡と日那乃。翼の女性覚者2人が、激しく羽ばたく。
飛翔、ではなく嵐を起こすための羽ばたき。
電光が、暴風が、轟音を発して渦を巻き、河童を直撃していた。『雷獣』と『エアブリット』の融合であった。
「うん、悪天候アタックなら雨も欲しいところだね。さとみん今度さ、潤しの雨か何かで」
「それでは相手の体力が回復してしまいますが……ああっ、それよりも紡さん」
三十三が、悲鳴に近い声を発する。
嵐に耐え抜いた河童の力士が、とてつもなく分厚い張り手を彩吹に叩き込んでいた。
鮮血を散らせ、錐揉み状に吹っ飛んで来た彩吹を、日那乃は細腕と翼で抱き止めた。
「彩吹さん、しっかり……」
「大丈夫……ありがとうね、日那乃」
血まみれの口元で、彩吹は微笑んだ。
「わざと倒されてくれる……気は、ないみたいだね」
日那乃と同じ事を、彼女は思っていたようである。
「だけど……そろそろ終わり、かな」
彩吹の視線の先ではプリンスが、機械化した剛腕で巨大な妖槌を振りかぶっている。
「さとみん卿、王家を援護してくれたまえ!」
「り、了解です王子!」
三十三の構えた略式滅相銃から、風の銃撃が迸る。エアブリットの速射。
それが、プリンスの『貫殺撃・改』と共に、河童の巨体へと撃ち込まれてゆく。
地響きが起こった。
古妖の力士が倒れ伏し、立ち上がってこない。
「……これまで、か。もはや張り手を振るう力も残っておらぬ」
倒れたまま、河童が微笑む。
その目が、怯え泣く田中を見やる。
「見事、そやつを守り抜いて見せたな覚者たちよ……さあ、私の首でも取るがいい」
「そんな事をするために来たのではないよ」
三十三が言った。
「やはり貴方は……僕たちが、人を助けに来るかどうかを試して」
「覚者たちならば……来るだろう、とは思っていた」
呻く河童の巨体を、プリンスが機械の剛腕で抱え起こす。
そこへ日那乃は『潤しの雨』を降らせた。
水行の力が、河童を含む、この場にいる全員に治療を施してゆく。
「……良いのか。私を、治してしまって」
プリンスの腕の中から、古妖力士の巨体がよろりと起き上がる。
「お前たちを叩きのめし、その男を殺しにかかるかも知れんのだぞ」
「オレたちが何度だって止める。何度だって、オレたちは受けて立つぜ。オレたちは、な」
翔が言った。
「それより河童のおっちゃん、オレ1つ気になる事があってさ……毒、流されたんだよな。その川に。今も、まだ」
「我ら河童だけではない。水に棲まう、様々な種族の尽力でな、毒は取り除かれた。今では普通に、魚も河童も泳いでいる」
「そうか! そりゃ良かった」
「だけど……毒で失われた命、戻らない」
言いつつ日那乃は、ちらりと田中を見据えた。
「田中さん、これから……どうするか、考えて。本当に考えて、ね」
「そうそう。息子さんが誇りに思える親父殿にならなきゃ、駄目だよー」
紡が明るい声を、三十三が暗い声を発した。
「難しいでしょうね……田中氏は今日、とてつもなく重いものを背負ってしまった。押し潰されそうな姿を、御子息に見せ続けてゆく事になる。この先ずっと。それが罰なのか、贖罪となり得るものか」
「この連中の方が」
河原に散乱し、今や散々に踏みにじられたものを、彩吹が見回す。
「ある意味、幸運だったのかもね……連中に代わって、人間を代表して、なんて言うのは思い上がりだろうけど」
河童に向かって、彩吹が深々と頭を下げる。
「……本当に、ごめんなさい」
「許して、なんて言えないけど……」
紡も、ぺこりと一礼する。
「よせ。お前たちが、この者どもと違う事くらいは言われずともわかる」
河童の力士が、太い腕を組んだ。
「……だがな、それがわからぬ者たちもいる。覚者も古妖狩人も一緒くたに怨み憎しみ、荒れ狂って凶行に及ぶ者どもがな」
「止める。そいつらはオレたちが」
翔が言う。
「古妖でそういう事する奴らも、人間でバカやらかす奴らも、オレたちが絶対に止める。オレ、みんなと仲良くなりてえって思ってるけどよ……その中には、あんたたち古妖だって入ってるんだぜ」
「楽な道じゃないのは百も承知さ。何しろ復讐という、あんまり解決しない話が根本にあるわけだからね」
プリンスが、珍しくと言うべきか、彼にしては難しい顔をしている。
「どちらの側にも、亡くすと悲しい大事な民がいる……それは、覚えておくといいよ。で、亡くした悲しみを利用して色々やらかそうとする、センスの悪い賊がいる。それが一番の問題なわけで」
「……金城元の事か」
「そう。その男に関して、僕たちは知らなければならない」
三十三が、言った。
「貴方たちの復讐に荷担して……と言うより、復讐を利用して、何を企んでいるのか」
「何も企んではおらんよ。あの金城は、正義感の塊のような男でな……我らに対する古妖狩人の行いを、本気で憤ってくれているのだ」
「せ、正義感の塊!? こんな事する奴が」
「翔。そういう事、あると思う」
金城という男が河原にぶちまけたものを、翔と一緒に見回しながら、日那乃は言った。
「自分が、正義……そう思い込めば、このくらいの事、平気で出来る。そういう隔者、大勢いた」
「……そうだな、確かに」
翔が、重く頷く。
日那乃は問いかけた。
「もう1つ……河童さん、教えて。わたしの仲間、怪・黄泉の人たち、不思議な声、聞いたって……たぶん、その金城さんも」
「古妖狩人への復讐を呼びかける声、か」
河童力士の口調が、重い。
「……それは、我らの御大将の声だ。古妖狩人の行いに、御大将は誰よりも怒り狂っておられる」
「なのに自らは動かず、覚者または隔者に復讐を代行させるのか」
三十三が言った。
「それは……大将と呼ばれる身分の者として、どうなのかなという気はする」
「ふふふ、さとみん卿。大魔王が自分から動き回って、レベル1の勇者を殺しに来たりとか村人殺しまくったりとか、それはちょっと崩壊しているよ色々と」
プリンスが、おどけた。
河童の力士が、微かに苦笑したようだ。
「動けないのだよ。御大将は、地の底から」
封印でもされているのか、と日那乃は思った。
古妖力士の話は続く。
「御大将は、我ら淡水に棲まう者たちの主。地の底の湖におられる、巨大な御方よ。地上へ出られるには、地上を粉砕して湖ごと浮上なさるしかない」
「地上を粉砕……そんな力が、あるってのか」
翔が息を呑み、三十三がなおも問う。
「それほど強大なる存在に……貴方は、逆らってしまった事になるのでは?」
「心配は無用だ。とにかく、そのような御大将であるがゆえ……例えば烏天狗のように、少数の人間を正確に狙って始末するなどという細々とした事は出来ん。御自ら古妖狩人どもを滅ぼすとなれば、地上もろとも、という事になってしまう。小回りの利く手駒が必要なのだ」
河童の苦笑が、ちらりと翔に向けられる。
「そんな力、しかないのだよ。あの大将にはな……地盤を揺るがし、地上にあるものを片っ端から崩壊させる力しか持たぬ、難儀な御仁なのだ」
「そんな御仁が……復讐のために地上の何もかもをぶっ壊す、事は思いとどまってくれているわけだ。今のところ」
彩吹が、決意を固めている。
「じゃあ私たちが、今のうちに解決しないとね……鬼仏様と力彦も、頑張ってくれてる。竜宮も動いてくれている。私たちが、やるべきは……変な風に乗っかってる人間を、片付ける事かな」
「……そうだね。この流れ、気持ち悪いや。早く何とかしないと」
紡が、微かに唇を噛む。
日那乃は、問う相手を変えた。
「三十三さん……萩尾二等って、どういう人か……訊いて、大丈夫?」
「あの人は、大勢の古妖を助けた。もっと大勢の古妖狩人を……虐殺しながら」
三十三が、月を見上げた。
「妖を憎み、人間を蔑み、それ以外のものに対しては……人間が犬や猫を愛でる、程度には優しい。それが僕の知る、萩尾高房という人です」
「やあ! 実はスモーにちょっと詳しい余が相手しちゃうよ」
そう言いながら挑んでいった『角界の導き手』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)の身体が、高々と宙を舞って川に落ち、派手な水音を立てた。
行司役の『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が、厳かに告げる。
「しり~こぉやまぁあ」
「……おかしな四股名を勝手に付けるな」
取組を終えたばかりの古妖力士が、じろりと紡を睨む。
睨まれた紡が、平然と言う。
「河童ちゃんと言えば、尻子玉でしょ? それ引っこ抜かれると、ふぬけになっちゃうんだってー」
「……そやつのように、か」
古妖・河童の力士が、ちらりと視線を投げる。覚者たちにとって救出対象である、1人の男に。
元・古妖狩人、田中俊彦。
地面に座り込んだまま怯え、俯いている。
失うと腑抜けになってしまうという架空の臓器を、本当に抜き取られてしまったかのような有り様だ。
そう思いつつ『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は言った。
「ありがとう尻子山関。その田中さんを、助けてくれて」
「そやつを今から助けねばならんのは、貴様たちだぞ」
言葉と共に、河童の力士が四股を踏む。
地響きが起こり、河原に散らばっているものが宙に浮いてビチャビチャと落下する。
大量の、人体の残骸であった。
「貴様らが私に敗れたなら、そやつは……私の手によって、この者どもと同じ様を晒す事となる」
「それでも、ありがとうと言っておく。そして、そんな事は絶対にさせない」
「そうだぜ! 次はオレが」
地面に描いた即席の土俵に踏み入ろうとする『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)の首根っこを、彩吹は掴み寄せた。
「前座は、王子1人で終わりにさせてもらう……悪いけど、6人がかりで行くよ」
「何人でも構わん。ふむ、見たところ翼ある者が多いようだが」
猛々しいほどに醜い河童力士の顔面が、ニヤリと歪む。
「空を飛べ。空中から、いくらでも飛び道具をぶつけてくるがいい」
「……やらない。ずっと飛んでいられる、わけじゃないから」
桂木日那乃(CL2000941)が言い、紡が頷く。
「他の因子の子たちはねえ、いまいちわかってくれないんだけど……空飛ぶのってマジしんどいんだから。ねー? いぶちゃん、さとみん」
「僕は……空を飛んでいると、地面が恋しくなります」
水中から這い上がって来たプリンスに肩を貸しながら、篁三十三(CL2001480)が言った。
「こうして歩くのが一番、安心出来る……ああ、気を付けてプリンスさん。足元、生首が転がっています」
「ふふふ、貴公も余を王子と呼ぶがいいさ。それにしても……まあ、何と言うか」
人間の残骸がぶちまけられ、生々しく月光を浴びている河原の光景。
見回しながら、プリンスは呟いた。
「相手が古妖狩人だから、こんな事をしても許される……なぁんて考えてしまうんだろうなあ、やっぱり」
「そいや昔いたね。理由のない絶対悪の、正義の味方」
紡も言った。
「や、あの世界では、あの子たちは正義の味方じゃなかったけど」
「『正義なんかないごっこ』で民が盛り上がっていたのは、もう随分昔の話だよツム姫。今は、困ってる民を助ける方がカッコいいメンの時代さ」
言葉と共に、プリンスの全身に械の因子の力が漲ってゆく。機化硬・改。
彩吹も、火行因子を燃え上がらせた。
「さすがにね、相撲じゃ勝てないって事はわかった……次は、私たちの土俵で勝負させてもらうよ」
「来るがいい。土俵は選ばぬ」
言いつつ河童力士が、呆然と怯える田中に一瞬だけ眼光を向ける。
「お前たち全員が動けなくなったところで、私はあの男を殺す。そのつもりで戦うがいい!」
凄まじい量の筋肉を脂肪で防護した巨体が、猛然と突っ込んで来る。
……否。突進が始まる寸前、その力強い肥満体に、大蛇のような蔓植物が幾重にも絡み付いていた。
紡の『捕縛蔓』だった。
「これってズル? でもゴメンね、みんなを助けるのがボクの役目だから」
言いながら紡が、ふわりと細身を躍動させた。
術式の煌めきが舞い散って、覚者全員を包み込む。演舞・清爽。
「お相撲さんって、見た目よりすばしっこいからね。動き、止めさせてもらうよ」
「うぬっ……このようなもの」
河童がそんな事を言っている間に、彩吹は踏み込んでいた。
巨体の各部関節に、鋭利な手刀を叩き込んでゆく。
恐ろしく強固な手応えが、彩吹の両手を痺れさせた。
参点砕き。この技で、隔者の体術を封じる事は出来る。だが。
彩吹は息を呑み、河童はニヤリと笑った。
間違いない。この古妖力士の戦闘技術を、封じる事は出来ない。
「……それならっ!」
彩吹は跳躍した。
すらりと鍛え込まれた長い脚が、高々と跳ね上がり振り下ろされる。炎をまといながらだ。
踵落としの形をした『豪炎撃』が、河童力士の脳天を直撃していた。
着地した彩吹の傍らを、電光の嵐が激しく通過する。
翔の『雷獣』だった。
雷鳴を伴う電光の一撃が、力士の頭に叩き込まれていた。
間髪入れず、日那乃が羽ばたく。
炎の竜巻が生じ、夜の河原を明々と照らしながら燃え盛り、河童の巨体を包み込んだ。
並の妖であれば一瞬にして灼き砕く『召炎波』である。だが。
「くっ……河童の弱点は頭の皿、それに熱、と思ったけど」
翔が呻く。
「信じられねーくらい、鍛えてありやがる!」
「……河童の弱点は当然、真っ先に克服したともさ」
炎の中で巨体をよろめかせながら、力士は言った。
「無論、皿は鍛えた。電熱に耐えるべく、雷神に稽古をつけてもらった事もある。が……お前たちの炎と雷は、なかなかに効く」
「頭の皿って、どーやって鍛えてんだ?」
「割る」
翔の問いに、河童は即答した。
「割って死にかける。運が悪ければ死ぬが、死なずに済んだら治す。またしても割る、そして治すの繰り返しよ。真似はやめておくのだな」
彩吹は、ぽつりと言った。拳を握りながら。
「……翔、やってみる? 良かったら手伝うけど」
「……やめとく」
「いいじゃない。相棒もさ、いぶちゃんブートキャンプに参加してみたら? さとみんと一緒に。あと殿も!」
紡が、杖の先端部から術式の塊を射出した。
戦巫女之祝詞。
その直撃を背後から喰らったプリンスが、押し出されるようにして古妖力士の方へと踏み込んで行く。
「ふふふ。余はね、誉められて伸びるタイプだから厳しくしちゃあ駄目」
プリンスの言葉が、潰れた。
河童の方からも、踏み込んで来ていた。
筋骨たくましい肥満体が、絡み付く捕縛蔓を引きちぎりながらプリンスを、それに翔と三十三を、まとめて轢いた。
覚者3人が、血飛沫をぶちまけ吹っ飛んで行く。
河童の巨体が、逆方向に吹っ飛んで倒れ、地響きを立てた。
「うぬ……ッ! これは……」
「お見事な……電車道……」
プリンスが、血まみれのまま、よろよろと立ち上がる。
「だけど……スモーって、パワーだけのスポーツじゃなかった……よね……?」
激突の瞬間、彼が『八卦の構え・極』で己の身を守ったのを、彩吹は辛うじて見て取った。
そして、三十三も。
「……僕の、身体的耐久力は……吹けば飛ぶようなもの、ですからね……」
翔と肩を貸し合うようにして、弱々しくも立ち上がっている。
「敵の攻撃を……いなして、受け流す……その技術は、彩吹さんに叩き込まれてきました。そこへ、この『河内の毒衣』を合わせれば……まあ、一撃で死ぬ事はない……」
まずは、死なない技術を身に付ける事。仲間の役に立とう、足を引っ張らないように、なんて考えてはいけない。
そんな事は、確かに言ったような気がする。
「……大丈夫ですか、翔君」
「さとみんこそ……ヘヘ、敬語はよせって」
「……戦闘中の君は、僕より年上に見えてしまう」
言いながら、三十三は翼を広げ、羽ばたき、『癒しの霧』を拡散させる。
「……お前たちの力は、本当に凄まじい」
河童の力士が、ゆらりと巨体を起こし、笑う。
「それでは、同じ人間たちから……さぞかし、化け物扱いをされているのだろうな」
●
かつて古妖狩人であった田中という男を、殺さない理由を、この河童は求めているのではないか。
そんな事を、日那乃は思った。
殺すつもりだったが、覚者たちに敗れてしまったので仕方がない。そんな言い訳を、欲しがっているのではないか。
だからと言って無論、わざと負けてくれるつもりなど毛頭ないであろう。
彩吹の格好良い両脚が、炎をまといながら荒々しく躍動し、河童の力士を滅多打ちにしている。
わざと負けるつもりならば、これで倒れてくれるはずだ。
だが力士は、巨体で彩吹の蹴りを押し返す感じに、猛然と反撃を行おうとする。
水掻きと鉤爪を備えた巨大な足が、地面を蹴り付ける。
そこへ、光の矢が連続で撃ち込まれた。
翔のB.O.T.だった。
古妖力士の巨体が揺らぎ、辛うじて倒れず踏みとどまっている間。紡が、術式の狙いを定めている。
「相棒直伝の雷獣ちゃん、いくよっ。日那ちゃん、一緒に悪天候アタック! ボクは雷」
「了解……わたし、風」
紡と日那乃。翼の女性覚者2人が、激しく羽ばたく。
飛翔、ではなく嵐を起こすための羽ばたき。
電光が、暴風が、轟音を発して渦を巻き、河童を直撃していた。『雷獣』と『エアブリット』の融合であった。
「うん、悪天候アタックなら雨も欲しいところだね。さとみん今度さ、潤しの雨か何かで」
「それでは相手の体力が回復してしまいますが……ああっ、それよりも紡さん」
三十三が、悲鳴に近い声を発する。
嵐に耐え抜いた河童の力士が、とてつもなく分厚い張り手を彩吹に叩き込んでいた。
鮮血を散らせ、錐揉み状に吹っ飛んで来た彩吹を、日那乃は細腕と翼で抱き止めた。
「彩吹さん、しっかり……」
「大丈夫……ありがとうね、日那乃」
血まみれの口元で、彩吹は微笑んだ。
「わざと倒されてくれる……気は、ないみたいだね」
日那乃と同じ事を、彼女は思っていたようである。
「だけど……そろそろ終わり、かな」
彩吹の視線の先ではプリンスが、機械化した剛腕で巨大な妖槌を振りかぶっている。
「さとみん卿、王家を援護してくれたまえ!」
「り、了解です王子!」
三十三の構えた略式滅相銃から、風の銃撃が迸る。エアブリットの速射。
それが、プリンスの『貫殺撃・改』と共に、河童の巨体へと撃ち込まれてゆく。
地響きが起こった。
古妖の力士が倒れ伏し、立ち上がってこない。
「……これまで、か。もはや張り手を振るう力も残っておらぬ」
倒れたまま、河童が微笑む。
その目が、怯え泣く田中を見やる。
「見事、そやつを守り抜いて見せたな覚者たちよ……さあ、私の首でも取るがいい」
「そんな事をするために来たのではないよ」
三十三が言った。
「やはり貴方は……僕たちが、人を助けに来るかどうかを試して」
「覚者たちならば……来るだろう、とは思っていた」
呻く河童の巨体を、プリンスが機械の剛腕で抱え起こす。
そこへ日那乃は『潤しの雨』を降らせた。
水行の力が、河童を含む、この場にいる全員に治療を施してゆく。
「……良いのか。私を、治してしまって」
プリンスの腕の中から、古妖力士の巨体がよろりと起き上がる。
「お前たちを叩きのめし、その男を殺しにかかるかも知れんのだぞ」
「オレたちが何度だって止める。何度だって、オレたちは受けて立つぜ。オレたちは、な」
翔が言った。
「それより河童のおっちゃん、オレ1つ気になる事があってさ……毒、流されたんだよな。その川に。今も、まだ」
「我ら河童だけではない。水に棲まう、様々な種族の尽力でな、毒は取り除かれた。今では普通に、魚も河童も泳いでいる」
「そうか! そりゃ良かった」
「だけど……毒で失われた命、戻らない」
言いつつ日那乃は、ちらりと田中を見据えた。
「田中さん、これから……どうするか、考えて。本当に考えて、ね」
「そうそう。息子さんが誇りに思える親父殿にならなきゃ、駄目だよー」
紡が明るい声を、三十三が暗い声を発した。
「難しいでしょうね……田中氏は今日、とてつもなく重いものを背負ってしまった。押し潰されそうな姿を、御子息に見せ続けてゆく事になる。この先ずっと。それが罰なのか、贖罪となり得るものか」
「この連中の方が」
河原に散乱し、今や散々に踏みにじられたものを、彩吹が見回す。
「ある意味、幸運だったのかもね……連中に代わって、人間を代表して、なんて言うのは思い上がりだろうけど」
河童に向かって、彩吹が深々と頭を下げる。
「……本当に、ごめんなさい」
「許して、なんて言えないけど……」
紡も、ぺこりと一礼する。
「よせ。お前たちが、この者どもと違う事くらいは言われずともわかる」
河童の力士が、太い腕を組んだ。
「……だがな、それがわからぬ者たちもいる。覚者も古妖狩人も一緒くたに怨み憎しみ、荒れ狂って凶行に及ぶ者どもがな」
「止める。そいつらはオレたちが」
翔が言う。
「古妖でそういう事する奴らも、人間でバカやらかす奴らも、オレたちが絶対に止める。オレ、みんなと仲良くなりてえって思ってるけどよ……その中には、あんたたち古妖だって入ってるんだぜ」
「楽な道じゃないのは百も承知さ。何しろ復讐という、あんまり解決しない話が根本にあるわけだからね」
プリンスが、珍しくと言うべきか、彼にしては難しい顔をしている。
「どちらの側にも、亡くすと悲しい大事な民がいる……それは、覚えておくといいよ。で、亡くした悲しみを利用して色々やらかそうとする、センスの悪い賊がいる。それが一番の問題なわけで」
「……金城元の事か」
「そう。その男に関して、僕たちは知らなければならない」
三十三が、言った。
「貴方たちの復讐に荷担して……と言うより、復讐を利用して、何を企んでいるのか」
「何も企んではおらんよ。あの金城は、正義感の塊のような男でな……我らに対する古妖狩人の行いを、本気で憤ってくれているのだ」
「せ、正義感の塊!? こんな事する奴が」
「翔。そういう事、あると思う」
金城という男が河原にぶちまけたものを、翔と一緒に見回しながら、日那乃は言った。
「自分が、正義……そう思い込めば、このくらいの事、平気で出来る。そういう隔者、大勢いた」
「……そうだな、確かに」
翔が、重く頷く。
日那乃は問いかけた。
「もう1つ……河童さん、教えて。わたしの仲間、怪・黄泉の人たち、不思議な声、聞いたって……たぶん、その金城さんも」
「古妖狩人への復讐を呼びかける声、か」
河童力士の口調が、重い。
「……それは、我らの御大将の声だ。古妖狩人の行いに、御大将は誰よりも怒り狂っておられる」
「なのに自らは動かず、覚者または隔者に復讐を代行させるのか」
三十三が言った。
「それは……大将と呼ばれる身分の者として、どうなのかなという気はする」
「ふふふ、さとみん卿。大魔王が自分から動き回って、レベル1の勇者を殺しに来たりとか村人殺しまくったりとか、それはちょっと崩壊しているよ色々と」
プリンスが、おどけた。
河童の力士が、微かに苦笑したようだ。
「動けないのだよ。御大将は、地の底から」
封印でもされているのか、と日那乃は思った。
古妖力士の話は続く。
「御大将は、我ら淡水に棲まう者たちの主。地の底の湖におられる、巨大な御方よ。地上へ出られるには、地上を粉砕して湖ごと浮上なさるしかない」
「地上を粉砕……そんな力が、あるってのか」
翔が息を呑み、三十三がなおも問う。
「それほど強大なる存在に……貴方は、逆らってしまった事になるのでは?」
「心配は無用だ。とにかく、そのような御大将であるがゆえ……例えば烏天狗のように、少数の人間を正確に狙って始末するなどという細々とした事は出来ん。御自ら古妖狩人どもを滅ぼすとなれば、地上もろとも、という事になってしまう。小回りの利く手駒が必要なのだ」
河童の苦笑が、ちらりと翔に向けられる。
「そんな力、しかないのだよ。あの大将にはな……地盤を揺るがし、地上にあるものを片っ端から崩壊させる力しか持たぬ、難儀な御仁なのだ」
「そんな御仁が……復讐のために地上の何もかもをぶっ壊す、事は思いとどまってくれているわけだ。今のところ」
彩吹が、決意を固めている。
「じゃあ私たちが、今のうちに解決しないとね……鬼仏様と力彦も、頑張ってくれてる。竜宮も動いてくれている。私たちが、やるべきは……変な風に乗っかってる人間を、片付ける事かな」
「……そうだね。この流れ、気持ち悪いや。早く何とかしないと」
紡が、微かに唇を噛む。
日那乃は、問う相手を変えた。
「三十三さん……萩尾二等って、どういう人か……訊いて、大丈夫?」
「あの人は、大勢の古妖を助けた。もっと大勢の古妖狩人を……虐殺しながら」
三十三が、月を見上げた。
「妖を憎み、人間を蔑み、それ以外のものに対しては……人間が犬や猫を愛でる、程度には優しい。それが僕の知る、萩尾高房という人です」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
