暗黒の魔像
暗黒の魔像



 恐竜化石ばかりを展示している、わけではないようだ。
 かなり広範囲に渡って、土偶の展示ブースが設けられている。
 特に目を引くのは、禍々しく黒光りする遮光器土偶である。つい最近、九州某県で発掘されたらしい。
「これは……怪しいわね。もしや、破滅の司ドグマ・オーグの復活をもたらす暗黒の魔像!? 破壊しておくべきでは」
「いいから静かにしなさい愛華。じゃなくて光輪の聖戦士アステリア」
 そんな会話をしながら星崎玲子は、親友の玉村愛華、それにもう1人の少女を引き連れて、土偶ブースを通過した。
 その少女……篠崎蛍が、呆れている。
「まさかねえ。『暁』の原作者が、こんな電波女とオタク女のコンビだったとは……あ、ちなみにあたしアニメ版しか見てないから。原作なんか読む気にならないっつーの」
「そんな人にオタク呼ばわりされたくありません。いいから貴女も静かに歩きなさい」
 じろり、と眼鏡越しに蛍を睨み据えながら、玲子は言った。
「……おかしな真似はしないように。私たちにハニートラップは通用しませんからね」
「あいつらは本当ちょろかったねえ。ちょっとこう、胸の谷間とか見せてやっただけでパニクってやんの」
「だから、ここで胸の谷間を見せるのはやめなさい」
「……この女は、危険よ。破滅の使徒と同じくらいに、あるいはそれ以上」
 愛華が言った。
「始末するべき、だと思うわ」
「ほう……始末する? 金剛隔者をか」
 蛍が、不穏な声を発する。
「……色仕掛けなんか使わない。お前らなんか、ただ叩き殺すだけだ」
「ここで荒っぽい事・血生臭いは出来ません。貴女も、私たちも」
 言いつつ玲子は、ちらりと見回した。
 とある博物館である。
 客も、館内スタッフも展示物も、目に見えぬ力で守られている。見えない力が、博物館全域に満ちている。
 目に見えぬ守護を、玲子は見て取った。
「……わかるでしょ篠崎さん? 貴女は特に」
「……ああ」
 蛍は立ち止まった。玲子と愛華もだ。
 この博物館の、目玉と言うべき展示物の前である。
 吹き抜けの大空間で偉容を誇示する、首長竜の全身骨格。
「この方に、お会いしたかったんでしょう篠崎さんは。だから無理に許可をもらって連れて来てあげたんです。別に感謝してくれなくていいですけど、ちゃんと話し合ってきっちり反省して下さい」
「……感謝、するよ」
『私も、この子に会いたかったところ。連れて来て下さって、感謝いたしますわ』
 首長竜の化石が、覚者にしか聞こえない声を発した。
「何……これは……」
 愛華が息を呑む。
「聖なる王国の……封印されし、伝説の創造神!? まさか、こんな所に……」
「少し黙ってろ電波」
 蛍が言った。
「海竜……あたし、君にだけは謝らなきゃって……あたしの話、親身になって聞いてくれたのに……」
『まったくねえ、あんなお馬鹿をやらかして。私、あの覚者の方々に合わせる顔がありませんわ』
 骨だけになった海の古妖が、苦笑したようだ。
『少しでも申し訳ないという気持ちが、おあり? でしたら……ちょっと、手伝っていただこうかしら』
「何を……」
 それは、すぐに明らかになった。
 黒光りする遮光器土偶が、宙に浮いていた。
 蛍が身構えた。
「何なの、こいつ……」
『神』
 海竜が言った。
『私たち竜宮の眷属が、地球の変動による大量絶滅の憂き目に見舞われた……そのずっと後の時代に出現した種族ですわ』
「もしかして、日本神話の神様? 天照大神とか、須佐之男命とか」
『そのような名前を持たない神の方が、ずっと多くてよ』
 玲子の言葉を、海竜が受け継いだ。
『そういった名も無き神々のほとんどは、人間に害をなす存在であったようですわね。だから縄文期の人間たちは、このような形代を作って悪しき神を引きつけ、宿らせ、封印した……それが発掘されてしまったのですわ』
「で、君と同じ博物館に展示されちゃったと」
 蛍が、浮かぶ土偶を見据える。
「もしかして海竜ちゃん……この悪い神様の力を、押さえ込んでくれてる最中?」
『……完全には、押さえ込めませんわ。悪しき神が今、完全に目覚めようとしている……』
「させない。こんな土人形、あたしがブッ壊してやる!」
 土偶に向かって踏み込もうとする蛍の眼前に、何かが出現した。
 計4体もの、おぞましいものが、土偶を取り巻いて守護する形に出現していた。
「……ひとひに……ちがしら……」
「くびり、ころさん……ちぎり……ころさん……」
 呪詛の呻きに合わせて触手がうねり、覚者の少女3名を鞭の如く襲う。
 辛うじてかわしながら、玲子は息を呑んだ。この怪物との戦闘記録は読んだ事がある。
「黄泉醜女……!」
『この名も無き悪神は……どうやら、黄泉大神の眷属ですわね』
 海竜の口調は、いささか苦しげである。
『直接的に破壊をもたらす力は今、私が封じておりますけれど……黄泉醜女を召喚する能力だけは、押さえ込めませんわ。貴女たち……頑張って、下さる?』


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・黄泉醜女の撃破(出現しているもの全て)
2.古妖・土偶の撃破
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 とある博物館に、縄文期の名も無き悪神を宿らせた土偶が出現し、黄泉醜女を召喚し、博物館の主とも言える古妖・海竜を破壊して完全復活を遂げようとしております。これを阻止して下さい。

 黄泉醜女(4体)の攻撃手段は、伸縮自在の触手による、薙ぎ払い(物遠列)、貫通(物近単、貫通3)、乱れ打ち(物遠全)です。

 土偶(1体)は現在、海竜によって力を封じられており、戦闘行動を取る事は出来ません。攻撃も回避も不可能な状態ですが、4体の黄泉醜女によって、4方向から護衛されております。土偶に対する攻撃には、常に黄泉醜女が味方ガードに入ります。

 陣形は、どの方向からも「前衛・黄泉醜女1体 中衛・中央が土偶で左右に黄泉醜女が1体ずつ 後衛・黄泉醜女1体」という形になります。
 
 土偶が健在である限り、3ターン経過毎に1体というペースで黄泉醜女が召喚され続けます。新たに召喚された個体が前中後衛どこに配置されるかはランダムです。


 覚者3名……天行暦の玉村愛華、土行異の星崎玲子、そして元・金剛隔者である天行怪の篠崎蛍が戦っておりますが、覚者の皆様が到着した時点で全員、敗れ力尽きております。3人とも、あと1撃でも攻撃を食らえば死亡します。
 回復を施してあげる事は可能ですが、戦闘に参加させる事はできません。


 黄泉醜女の目的は海竜の破壊ですが、これを阻む覚者との戦いを優先させるでしょう。

 場所は博物館内。客が逃げ惑っておりますが、そこへ黄泉醜女の攻撃が向かう事はありません。彼女らにとってまず殲滅すべきは、目の前に出現した覚者の皆様であります。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2018年09月27日

■メイン参加者 6人■

『鬼灯の鎌鼬』
椿屋 ツバメ(CL2001351)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『五麟の結界』
篁・三十三(CL2001480)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


 これほど見事な土偶で、贋作ではないとなれば、博物館に展示されるのは当たり前ではある。篁三十三(CL2001480)は、そう思う。
 危険なものが、内部に封印されているのかどうか。
 そんな事が、展示品の選考基準になどなるわけがなかった。
「この博物館で、本当に良かったよ」
 おぞましいものたちと対峙しながら、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が笑う。
「展示品に悪いものが憑いてても、ちゃんと抑え込んでくれる、最強の学芸員さんがいるものね」
『……私は、単なる展示品ですわ。その土偶と同じ』
 吹き抜けの大空間で威容を誇示する、巨大首長竜の全身骨格が、覚者にしか聞こえぬ声を発した。
 手摺にもたれかかるようにして、3人の少女が死にかけている。血まみれで力尽きた覚者の少女3名……星崎玲子、玉村愛華、そして篠崎蛍。
 その3人と、白骨化した海の古妖、計4名を背後に庇う格好で、覚者6人が布陣していた。
 おぞましいものたちと、睨み合いながらだ。
「ひとひに、ちがしら……くびり、ころさん……」
「ちぎり、ころさん……つぶし、ころさん……」
 呪詛の呻きを漏らしながら無数の触手をうねらせる、4つの醜悪な肉塊。そんなものたちが、太古の巫女装束を身にまとっているのだ。
 古妖・黄泉醜女。
 4体ものそれらが、子供の身長ほどの高度で宙に浮かぶ小さな物体を、四方から護衛している。
 怪しく黒光りする、遮光器土偶である。
「ああ……これ、本当にヤバいよ」
 声と共に霧が発生し、黄泉醜女たちに絡み付いた。『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)の、迷霧による足止めである。
「毒ガスみたいなオーラが出まくってる。こんな危ないもの博物館に置いちゃダメでしょー、って言いたいとこだけど……普通の人から見れば、いい感じの土偶ちゃんだものね」
「これは……」
 呻いているのは『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)である。
「怪の覚者として私は、古妖と呼ばれる種族とは大抵……心を通じ合わせる事が出来る、つもりでいたが……」
 彼女の額で第三の目が、警告ランプのように赤く輝いている。『灼熱化』の光だ。
「……このものたちは、駄目だ。心が……あまりにも、異質過ぎる……」
「黄泉醜女の、親玉みてーなもんか」
 彩吹と共に黄泉醜女との戦闘経験者である『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言った。
「こいつらはな、とにかく人を殺すだけしかしねえ。ある意味まあ、わかりやすい連中なのかな」
 今は、人を殺すだけでなく、覚者たちの背後にいる巨大な古妖を破壊しようとしている。
 土偶に封じられたものを、解放するためにだ。
「……させないよ」
 彩吹が篠崎蛍を、紡が星崎玲子を、それぞれ背後に庇う格好で身構えている。
 三十三の背後では、玉村愛華が倒れていた。
 彩吹が、まずは動きながら叫ぶ。
「日那乃、回復お願い! 紡と三十三は無理せずにね!」
「……了解」
 桂木日那乃(CL2000941)が、術式の行使に入る。
 その間、彩吹が、自身に『天駆』を施しながら羽ばたき踏み込んだ。土偶に向かってだ。
「この子たちは守るし、海竜にだって触れさせはしない……友達と言うのは馴れ馴れしいかも知れないけど、私たちにとって大切な存在なんだっ!」
『私は、お友達でも一向に構わなくてよ?』
 古妖・海竜の言葉に後押しされたかの如く、彩吹は跳び蹴りで突っ込んで行く。
 黄泉醜女が1体、土偶の盾となっている。
 そこへ、彩吹の鋭利な美脚が槍のように突き刺さった。
 衝撃が、黄泉醜女を貫通して土偶を直撃する。
 この土偶が、単なる土の人形であれば、ひとたまりもなく砕け散るはずであった。
 黄泉醜女4体に囲まれたまま、土偶はしかし無傷で宙に浮いている。
「あの土偶……見た目より、ずっと頑丈だぜ」
 エネミースキャンで土偶を観測しながら、翔が印を結ぶ。
「こっちの攻撃は、間違いなく効いてる。とにかく、ひたすら喰らわせるしかねー!」
 光の矢が迸り、土偶も黄泉醜女もひとまとめに貫通した。
 間髪入れず紡が、翼を広げて術式を解放する。
「醜女ーず、ごーばっくほーむ!」
 雷の鳳凰が現れ、羽ばたいた。
 電光の翼が、土偶と黄泉醜女たちを灼き払う。
 灼き払われたものたちが、しかし電撃に抗って触手を暴れさせる。
「ひとひ……に、ちがしら……」
「くだき、ころさん……つぶし、ころさ……ん……」
「……殺させはしない、お前たちには誰も」
 ツバメが、暴れる触手の群れをかいくぐって疾駆した。
「覚者の力で、万人を守るなどというのは思い上がり……せめて、縁の繋がった者たちは必ず守る!」
 疾駆、踏み込み、しなやかな全身の捻転。
 ツバメの掌が、黄泉醜女の1体に叩き込まれる。
 叩き込まれた衝撃が、黄泉醜女を貫通して土偶を襲う。翔の言う通り、攻撃は効いているのか。
 思った瞬間、三十三は吹っ飛んだ。
 日那乃が、紡が、羽ばたきながら叩き落とされた。
 彩吹が、翔が、ツバメが、鮮血の飛沫を散らせて揺らぐ。
 黄泉醜女たちの、反撃であった。暴れうねる無数の触手たちが、覚者6名を打ち据えていた。
「くっ……だ、大丈夫か皆……」
 ツバメが、大鎌にすがりつくように立ち上がる。
 三十三に向かって来た触手の何割かは、彼女と彩吹が受けてくれた。
「……ねえツバメ……三十三を過保護に扱うの、そろそろやめようか……」
 言いつつ彩吹が、よろりと立ち上がる。
「三十三もね、このくらいの攻撃……喰らってみて、防ぎ方とかわし方……身体で、覚えよう」
 無理をするな、と言ったばかりではないですか。
 三十三はそう言おうとして失敗し、血を吐いた。折れた肋骨が、体内のどこかに突き刺さっている。
 そんな身体に、水行の癒しの力が、冷たく容赦無く染み込んで来た。
 日那乃が、血まみれのまま立ち上がり、翼を広げ、『潤しの雨』を降らせていた。
「三十三さん……動ける……? 動けたら、手伝ってくれると嬉しい……術式治療……」
「……了解です、日那乃君。前衛の方々に守ってもらった今、後衛の務めを果たさなければ」
 弱々しく立ち上がりながら、三十三は水行因子を活性化し、生まれた力を羽ばたいて拡散させた。『癒しの霧』が漂った。
 水行覚者2名による治療が、彩吹とツバメに、翔と紡に、もちろん術者である日那乃と三十三それぞれ自身に、そして要救助者である玲子、愛華、蛍にも及んでいた。
「……あれ……先輩方……」
 最初に目を覚ました玲子を、紡が翼でふわりと抱き包む。
「大変よく頑張りましたねぇ、夢天使れいちぇる先生」
「いや、あの麻弓先輩……私その名前もう使ってませんから。二次創作とか書いてる暇ないし……」
 その近くで、蛍がよろりと身を起こした。
「お前ら……何だよ、助けに来てくれなんて」
「言われなくても、するのが仕事。覚者の仕事だけじゃない、何でもそうだよ」
 言いつつ彩吹が、触手を打ち込む隙を狙う黄泉醜女たちを見据え、牽制している。
「……少しは、自分の頭で考えて動けるようになったじゃない? 前よりも、ちゃんと生きてるって感じがするよ」
「くっ、わけわかんない化け物はいるし……こんな奴らは来るし……」
 蛍に『わけわかんない化け物』と呼ばれた土偶が、黄泉醜女4体に護衛されながら浮揚している。黒光りする身体は、全くの無傷だ。
 無傷のまま土偶は、あるいは土偶の中に封じられた何かは、海竜と睨み合っているようだ。
「う……ん……聖王国の神よ……」
 愛華が、目を覚ました。
「……ここは? 失われし静寂の神殿……そ、それに貴方はニーベルレオン!」
「お、おう。玲子も蛍も、それに愛華も大丈夫か、ってオレは翔だ! ニーベルレオンはまだ会ってやるわけにいかねーって言ったろ!」
「そ、そうなのよね。私はまだ、光輪の戦士としての役割を全く果たしてはいない……貴方の前に姿を現す資格など、ないと言うのに……けれど、暗黒の魔像に率いられし破滅の使徒との戦いを、貴方1人に押し付けるわけにはいかない! 私も戦うわ!」
「落ち着いて、玉村さん」
 三十三は、やんわりと愛華を押しとどめた。
「どうやら頭を打ったようだな。黄泉醜女との戦いで、死ぬような目に遭ったのだろう……助けに来るのが遅くなって、本当に申し訳ないと思う。さあ、ここは僕たちに任せて」
「どきなさい一般兵! 私とニーベルレオンとの間に割って入る許可を、お前ごときが一体誰から与えられたの!」
 愛華が、三十三の胸ぐらを掴み、揺さぶった。
 間髪入れず日那乃が、開かない本を愛華の頭に叩き付けた。
「三十三さん……この子、甘やかしちゃ駄目」
 目を回している愛華を、まるで物の如く玲子に引き渡しながら、日那乃は言った。
 高速で襲い来る何本かの触手を、大鎌で弾きながら、ツバメが問う。
「ニーベルレオン……とは? 翔、一体何者なんだ」
「そ、その話は勘弁してくれツバメさん」
 同様の疑問を抱きながらも、三十三は呆然とするしかなかった。
 紡が、背中をポンと叩いてくる。
「その子はねー、別に頭打ったり錯乱したりじゃなく、ナチュラルにそんな感じだから。さとみんも、そのうち慣れると思うけど……じゃ星崎ちゃん、避難誘導よろしく」
 博物館内を逃げ惑う客たちに、紡が親指を向ける。
「ほらほら、なんかこっちにスマホ向けてる奴もいるし。ああいう連中を無事に強制連行してくのも、覚者の大事なお仕事だからねー」
「は、はい。わかりました」
「お前もだよ、篠崎蛍」
 彩吹が言い、蛍が睨み返す。
「……引っぱたかれたの忘れちゃいないよ、翼の女」
「リベンジマッチは、いつでも大歓迎だよ。今以外なら、ね」
 彩吹をもうひと睨みしながら、蛍が走り去る。玲子が、気絶している愛華を引きずりながら、それに続く。
 ほぼ同時に、黄泉醜女たちが一斉に触手を伸ばし放って来た。
 彩吹が、ツバメが、それを避けずに突っ込んで行く。先程と同じ、飛び蹴りと掌底でだ。
 翔が光の矢を放ち、紡が雷の鳳凰を羽ばたかせる。
 黄泉醜女たちの反撃が、しかし即座に返って来た。触手の鞭が、覚者6人を超高速で叩きのめす。
 先程のように吹っ飛んで倒れたりはせず、三十三は血飛沫をぶちまけ、よろめきながらも踏みとどまった。
 略式滅相銃を、構えたまま。
(わかる……海竜、貴女が土偶を……土偶の中にいる何者かの力を、封じてくれている……そうでなければ、もっと厳しい戦いになっていただろう)
 土偶が、自由に力を振るえる状態であったら。
 黄泉醜女の触手どころではない、もっと恐ろしい攻撃が来ていただろう。自分など今頃すでに死んでいる、と三十三は思う。
 その事態を、海竜が防いでくれているのだ。
「ならば僕たちが、一刻も早く……すべき事は1つ……!」
 三十三は、引き金を引いた。
 水行の力が、冷気の弾丸となって黄泉醜女を貫通し、土偶を直撃する。
 氷の欠片が、飛び散った。それは氷柱の弾丸だった。
 土偶が、床に落下した。
 相変わらず無傷ではある。が、浮揚する力を失ったのだ。
「やった……のか……?」
 三十三は片膝をついた。
 他の覚者5人が、そんな三十三を守るように立ち上がる。
 日那乃の降らせる潤しの雨を、キラキラと浴びながらだ。
「やったぜ、さとみん。土偶の野郎はやっつけた……まあ、完全に倒せたのかどうかはアレだけどよ」
 翔が、続いて彩吹が言った。
「よくやったよ三十三」
「僕は……とどめを刺した、だけですよ」
『お見事でしたわ、水の翼の人……』
 海竜が、ひどく疲れている。
『その土偶の中で……悪しき神は、滅びたわけではないにせよ……まあ、気絶しているような状態ですわね。もう黄泉醜女を召喚する事もないでしょう……私も少し、休ませていただきますわ……後は、あなた方に……お任せしても、よろしくて?』
「よろしくてよー海骨ちゃん。ゆっくり休んで、後でお話ししようねー」
 紡が微笑み、黄泉醜女4体の蠢く様を見やった。後は、これらを斃すだけだ。
「さて醜女ーず、イザナミ奥様のところへ帰ってもらうよ。1日千人殺すなんて絶対、させないんだから」


 翔の『雷獣』が、黄泉醜女の最後の1体を灼き砕いた。
「ふう……やれやれ。相変わらず、無駄に体力ある連中だったぜ」
「翔……お疲れ」
「おう、日那乃も」
 翔が微笑み、そして海竜を見上げる。
「あんたも。悪いもの、封じてくれてありがとなー」
『……私ね、あなたたちには合わせる顔がないと思っていましたのよ』
 海竜が言った。
『その子に、要らないお話をしてしまって……そのせいで、あのような事に』
「……君が悪いんじゃないよ。あたしがトチ狂っただけ」
 蛍が、戻って来たところである。
 玲子と愛華は、報告のため五麟学園に戻った。篠崎蛍の護衛と言うか監視は、この6名に委任された形である。
 ツバメは、問いかけた。
「篠崎蛍……お前はまだ、金剛を」
「……生き返って欲しい、って思ってる。思うくらい、いいだろ別に」
 俯き加減に、蛍が言う。
「それより。どうすんのさ、それ」
「さあて、どうしようか」
 無傷の土偶を、彩吹が拾い上げる。
「これ……生きてるんだよね? まだ」
『あなたたちに倒されて、一時的に活動を停止しているだけ……完全に息の根を止めるには、まず土偶の外に出す必要がありますわ』
「つまり、復活した状態で真っ正面から戦わなきゃいけない……と。戦って、仕留めなきゃいけないと」
 彩吹は、土偶の破壊も考えていたようである。が、その選択肢は失われてしまったというわけだ。
 貴重な展示品を破壊せずに済みそう、なのであろうか。
「なかなか危険物ばっかり展示してる博物館だね。小さなお子さんも来る場所なのに」
「……彩吹さんがお勤めの博物館は、どうなのでしょうか」
 三十三が言った。
「これと同種の何かが、知られていないだけで実はあるのかも」
「三十三は恐いこと言うね。でも確かに……博物館って、そういうものが集まりやすいのかも」
「戦って仕留めるのが困難だから、土偶に封印した。そういう事か」
 ツバメは呟き、「同族把握」を行った。
 土偶からは、しかし相変わらず、得体の知れない何か、しか感じられない。
「封印……どうやって、するの……?」
 日那乃の口調が、微かな熱を帯びたようだ。
「神様、封印出来る昔のひと……すごい」
『土偶を用いる縄文期の魔術は、もう失われておりますのよ』
 悪神が土偶から解き放たれた場合、もはや封印する手段はないのだと海竜は言っている。
「神様……か。そんなバケモノと、わざわざ戦いに来るなんて。お前らバカなの?」
 蛍が吐き捨てる。
「あたしに恩を着せようってんなら、無駄な事……」
「被害が出るなら、消す。そのために戦っただけ」
 日那乃が言った。
「海竜さん、わたしたち助けてくれた。だから助ける。星崎さんは仲間、だから助ける。もう1人も、死んだらかわいそう。だから助ける……あなた助けたの、そのついで。おまけ。それだけ。恩返し、期待してない。出来るわけない」
「お前の物言い……冗談抜きでムカつくんだけど。喧嘩売ってる?」
「待てよ、なあ蛍。オレたちが、お前に助けてもらう場面……この先、絶対あると思う」
 翔が、じっと蛍を見据える。
「怒らせるかも知れないけど言うぞ。あの大妖って連中、きっと金剛より強い。お前の力は必要なんだ」
「…………」
 別段、怒りはしない蛍に、ツバメはもう1つ問いかけた。
「私と同じく怪・黄泉である、お前に確認したい……あの声は、聞こえたか?」
「……聞こえた。けどシカトだよ、あんなの」
 蛍が、いくらか陰惨な笑みを浮かべた。
「古妖狩人の連中なら昔、殺しまくった。もう飽きた。今更あいつらに用ないから」
「……ツバメちゃんは、どう?」
 紡が訊いてくる。
「古妖狩人、許せない?」
「もちろん、許せはしないがな」
「だよねえ。まあボクだって許せないけど」
 紡は、海竜を見上げた。
「ねえ海骨ちゃん……平和って、遠いね。みんな仲良く出来たらいいのにね」
『……お気をつけなさい。あなた方が一括りに古妖と呼んでいるものたちの中にはね、その考え方が通用しない輩いくらでもおりますのよ。黄泉大神の眷属のように』
「そんな危険なものが、今になって動き出した理由や原因……何か、あるのだろうか」
 三十三が、海竜に訊く。
「ご存じ、ありませんか?」
「……あの声、かも知れない」
 海竜ではなく、ツバメが答えた。
「古妖狩人への復讐を、広く呼びかける声……それを、この土偶は傍受してしまったのかも知れない。それによって目覚め、だが古妖狩人ではなく全ての生きとし生けるものへの攻撃を始めようとした。それを海竜に止められた」
「だから海竜を狙った、ってわけか」
 翔が腕組みをした。
「生きとし生けるものへの攻撃……確かに、黄泉醜女って連中はそれだけだもんな。親玉の土偶も同じか」
『祟る、殺す、暴れる。神と呼ばれる種族の行動原理は基本それだけですわ』
「……金剛隔者と、同じ」
 日那乃が、ぽつりと言った。
「篠崎蛍さん……いいの? そんなのと同じで」
「……うるさいっての」
「祟って殺して暴れる、ね。そんな物騒な連中が出張って来るまでは」
 彩吹が、いくらか夢見るような口調で言った。
「私たちのご先祖は……名前も知らない神様や妖怪と仲良くしていたのかな」
『私を崇めて下さった方々もおりますのよ。もちろん私、その頃には地の底に埋もれておりましたけど』
「ボクは今でも崇めちゃうよ!」
 紡が、嬉しそうな声を出した。
「この博物館は、霊験あらたかな海骨ちゃん神社だね」
『こらこら、おやめなさいな。ここに展示されているのは私だけではなくてよ』

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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