外道を目指す者たち
●
雨男とか雨女とか呼ばれる人々がいる。
自分は、さしずめ妖女か。「ようじょ」ではなく「あやかしおんな」である。
自分がいる所には、妖が出現する。
「だっ、誰か死んだら私のせい? 私のせいなのーっ!?」
悲鳴を上げながら、女流小説家・時原ヒノキは走っていた。逃げていた。
路面に亀裂を広げながら迫り来る、巨大なものから。
アスファルトやコンクリートの破片、建物の一部や、乗用車の残骸。
様々な廃棄物が、身長4メートルほどの人型に集まり固まっている。瓦礫の巨人、であった。
それが地響きを立て、歩いている。鈍重な歩行、に見えて意外に速く、歩幅も大きい。運動のあまり得意ではないヒノキなど、今にも追いつかれ踏み潰されてしまいそうだ。
巨人は、全身あちこちから炎を噴出させている。瓦礫の塊である体内に、発火性のある物質を内包しているのであろう。ガスか、ガソリンか。
炎に追い立てられて、通行人たちが逃げ惑う。ヒノキも、迫り来る熱さを後頭部の辺りに感じていた。髪が、もしかしたら焦げているかも知れない。
「わ、私がシナリオ書くとしたら、ここで……ああんもう御都合主義でいいです! ヒーロー出します、ヒロイン出します!」
ヒノキは泣き叫んだ。
「ファイヴの方々が、助けに来てくれますぅー!」
「はいはい、呼ばれて飛び出て何とやらだ」
誰かが、ヒノキの肩をポンと叩いて擦れ違う。
瓦礫の巨人が、揺らぎながら立ち止まった。
擦れ違った何者かが跳躍し、飛び蹴りを叩き込んだところである。
猛禽の翼を生やした、若い男。
その男が着地し、ヒノキを背後に庇う。
ヒノキの左右にも、いつの間にか人影があった。
「私たちが来たからには、もう大丈夫。早く逃げてね」
右の人影は、眼鏡の似合う知的な女性。その眼鏡の奥では、紫色の眼光が妖しく灯っている。
左の人影は、蛮族のような仮面を被った大男。巨大な拳の甲で、紋様を輝かせている。
「おらぁああ、てめえらもとっとと逃げて散れ! 俺らの視界から消え失せろや雑魚どもがあ!」
ヒノキ以外の通行人たちが、大男の怒号に圧され、逃げ散って行く。
ファイヴの覚者たちが、来てくれた……にしては何かがおかしい、とヒノキは思った。
翼ある若者が、瓦礫の巨人の掌に叩き落とされ、路面に激突して血飛沫をぶちまける。
眼鏡の女と仮面の大男が、声援を送る。
「ほらほら、頑張って藤くん! 上手いこと死にかければ破綻出来るかも!」
「駄目でもよ、萩尾先生にゃ良く報告しといてやっからよお。藤は一生懸命やりましたってよォ」
やはりおかしい、と思いつつヒノキは声をかけた。
「あ、あのう……」
「うるさいわね、早く逃げなさいってば……あ、いやちょっと待って! 貴女もしかして時原ヒノキ先生!?」
眼鏡の女性が、一方的な握手を仕掛けてきた。
「『閃光のカオスダイバー』読みました! あんなに読んでてモヤモヤするライトノベルなかなかないですよー。モヤモヤすらしない駄作ばっかりのラノベ界に、毒ガス撒き散らすような作品ですよねえ!」
「あ、ありがとうございます……いや、それよりも」
女性とは思えぬ力で、ヒノキがぶんぶんと振り回されている間。
藤と呼ばれた翼の若者が、血まみれの顔面をニヤリと歪め、瓦礫の巨人に挑みかかって行った。
ヒノキは言った。
「一緒に……戦って、あげない……んですか?」
「藤くんにはねえ、死ぬ寸前ギリギリの戦いをしてもらわなきゃいけないから。それがね、破綻者への近道なわけ」
眼鏡の女性が、謎めいた事を言う。
「私と島津くんが来たのはね、多分まあファイヴが邪魔しに来るだろうから、それに備えての事」
「えっ、あなたたちファイヴじゃあ……」
「悪いな、お姉さん。呼ばれて飛び出た俺たちはファイヴじゃねえ、七星剣だ!」
瓦礫の巨人に槍を突き込みながら、藤が叫ぶ。
島津と呼ばれた仮面の大男が、続いて言う。
「七星剣だってよォー、人助けはするんだぜぇえ。文句あんのかああ」
「ありません! ありませんけど、あんまりです。1人に戦いを押し付けるなんて、イジメじゃないですか!」
「しょうがねえんだよ。俺、七並べで負けちまったからよおおぉ……」
藤が巨人の拳を喰らい、言葉を引きずりながら吹っ飛んで行く。
島津が、片手を庇にした。
「ありゃー……駄目かなぁ、こりゃあよォー」
「まだ! まだよ、ほら藤くん空中で踏みとどまってる。ここからよ!」
「おおお、藤くんのォー」
「ちょっとイイとこ、見てみたいっ! 頑張れー!」
ヒノキは頭を抱えた。
「駄目……この人たちじゃ全然駄目! ファイヴのどなたか、助けに来てー!」
雨男とか雨女とか呼ばれる人々がいる。
自分は、さしずめ妖女か。「ようじょ」ではなく「あやかしおんな」である。
自分がいる所には、妖が出現する。
「だっ、誰か死んだら私のせい? 私のせいなのーっ!?」
悲鳴を上げながら、女流小説家・時原ヒノキは走っていた。逃げていた。
路面に亀裂を広げながら迫り来る、巨大なものから。
アスファルトやコンクリートの破片、建物の一部や、乗用車の残骸。
様々な廃棄物が、身長4メートルほどの人型に集まり固まっている。瓦礫の巨人、であった。
それが地響きを立て、歩いている。鈍重な歩行、に見えて意外に速く、歩幅も大きい。運動のあまり得意ではないヒノキなど、今にも追いつかれ踏み潰されてしまいそうだ。
巨人は、全身あちこちから炎を噴出させている。瓦礫の塊である体内に、発火性のある物質を内包しているのであろう。ガスか、ガソリンか。
炎に追い立てられて、通行人たちが逃げ惑う。ヒノキも、迫り来る熱さを後頭部の辺りに感じていた。髪が、もしかしたら焦げているかも知れない。
「わ、私がシナリオ書くとしたら、ここで……ああんもう御都合主義でいいです! ヒーロー出します、ヒロイン出します!」
ヒノキは泣き叫んだ。
「ファイヴの方々が、助けに来てくれますぅー!」
「はいはい、呼ばれて飛び出て何とやらだ」
誰かが、ヒノキの肩をポンと叩いて擦れ違う。
瓦礫の巨人が、揺らぎながら立ち止まった。
擦れ違った何者かが跳躍し、飛び蹴りを叩き込んだところである。
猛禽の翼を生やした、若い男。
その男が着地し、ヒノキを背後に庇う。
ヒノキの左右にも、いつの間にか人影があった。
「私たちが来たからには、もう大丈夫。早く逃げてね」
右の人影は、眼鏡の似合う知的な女性。その眼鏡の奥では、紫色の眼光が妖しく灯っている。
左の人影は、蛮族のような仮面を被った大男。巨大な拳の甲で、紋様を輝かせている。
「おらぁああ、てめえらもとっとと逃げて散れ! 俺らの視界から消え失せろや雑魚どもがあ!」
ヒノキ以外の通行人たちが、大男の怒号に圧され、逃げ散って行く。
ファイヴの覚者たちが、来てくれた……にしては何かがおかしい、とヒノキは思った。
翼ある若者が、瓦礫の巨人の掌に叩き落とされ、路面に激突して血飛沫をぶちまける。
眼鏡の女と仮面の大男が、声援を送る。
「ほらほら、頑張って藤くん! 上手いこと死にかければ破綻出来るかも!」
「駄目でもよ、萩尾先生にゃ良く報告しといてやっからよお。藤は一生懸命やりましたってよォ」
やはりおかしい、と思いつつヒノキは声をかけた。
「あ、あのう……」
「うるさいわね、早く逃げなさいってば……あ、いやちょっと待って! 貴女もしかして時原ヒノキ先生!?」
眼鏡の女性が、一方的な握手を仕掛けてきた。
「『閃光のカオスダイバー』読みました! あんなに読んでてモヤモヤするライトノベルなかなかないですよー。モヤモヤすらしない駄作ばっかりのラノベ界に、毒ガス撒き散らすような作品ですよねえ!」
「あ、ありがとうございます……いや、それよりも」
女性とは思えぬ力で、ヒノキがぶんぶんと振り回されている間。
藤と呼ばれた翼の若者が、血まみれの顔面をニヤリと歪め、瓦礫の巨人に挑みかかって行った。
ヒノキは言った。
「一緒に……戦って、あげない……んですか?」
「藤くんにはねえ、死ぬ寸前ギリギリの戦いをしてもらわなきゃいけないから。それがね、破綻者への近道なわけ」
眼鏡の女性が、謎めいた事を言う。
「私と島津くんが来たのはね、多分まあファイヴが邪魔しに来るだろうから、それに備えての事」
「えっ、あなたたちファイヴじゃあ……」
「悪いな、お姉さん。呼ばれて飛び出た俺たちはファイヴじゃねえ、七星剣だ!」
瓦礫の巨人に槍を突き込みながら、藤が叫ぶ。
島津と呼ばれた仮面の大男が、続いて言う。
「七星剣だってよォー、人助けはするんだぜぇえ。文句あんのかああ」
「ありません! ありませんけど、あんまりです。1人に戦いを押し付けるなんて、イジメじゃないですか!」
「しょうがねえんだよ。俺、七並べで負けちまったからよおおぉ……」
藤が巨人の拳を喰らい、言葉を引きずりながら吹っ飛んで行く。
島津が、片手を庇にした。
「ありゃー……駄目かなぁ、こりゃあよォー」
「まだ! まだよ、ほら藤くん空中で踏みとどまってる。ここからよ!」
「おおお、藤くんのォー」
「ちょっとイイとこ、見てみたいっ! 頑張れー!」
ヒノキは頭を抱えた。
「駄目……この人たちじゃ全然駄目! ファイヴのどなたか、助けに来てー!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
七星剣の隔者3名が、街中に現れた妖を相手に『破綻者になるための戦い』を始めました。と言っても戦っているのは1人で、他2人は妨害への備えであります。
隔者、及び妖の詳細は以下の通り。
●藤駿一郎
火行翼、男、22歳。武器は槍で、使用スキルは『エアブリット』『鋭刃想脚』『豪炎撃』。
●眉村慧
水行暦、女、27歳。武器は刃の扇。使用スキルは『練覇法』『水龍牙』『斬・二の構え』『潤しの滴』。
●島津電三
土行彩、男、25歳。武器は撲殺手甲。使用スキルは『五織の彩』『無頼漢』。
●瓦礫の巨人
妖、物質系、ランク3。攻撃手段は格闘戦(物近単)、炎の噴射(特近列・BS火傷)、瓦礫散布(物遠全)。
藤と妖が1対1で戦っておりますが、放置しておくと藤は敗れて死にます(破綻はしません)。
眉村と島津は、それを見届けると退却します。
覚者の皆様が藤を助けるべく介入しようとした場合、眉村と島津は全力でこれを妨害するでしょう。両名共に前衛として、皆様に戦いを挑んできます。
もちろん2人しかおりませんので、どなたか最低2名様で眉村と島津を足止めし、他の方々が藤の救助に向かう、といった方法も可能です。
助けに来た覚者に対しても、藤は「邪魔をするな」とばかりに攻撃を仕掛けます。共闘は不可能、藤の攻撃が妖か覚者どちらに向かうかはランダムです。
術式等で藤を治療する事は可能ですが、恩に着る事はないでしょう。
藤の体力が0になった場合、とどめの一撃が妖によるものであったなら、彼はそのまま死亡します。
妖の撃破後、隔者たちは行動可能であれば諦めて退却しますが、逃したくないのであれば戦って負かして殺すなり捕縛するなりは可能です。もちろん勝てれば、ですが。
時間帯は真昼、場所は街中の路上であります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年09月20日
2018年09月20日
■メイン参加者 6人■

●
「おら邪魔だ邪魔だあ! とっとと散りやがれ!」
七星剣隔者が、人々を守って妖と戦っている。逃げ惑う人々の、避難誘導をしている。そのように見えてしまう。
これは夢か、と『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)は一瞬、本気で思った。
無論、今ここにいる七星剣隔者たちは、人工的に破綻を引き起こすなどという馬鹿げた実験を行なっているだけだ。その過程で偶然、人助けにも見えてしまう作業が発生したに過ぎない。
だが翔は、思ってしまう。
(七星剣とだって、協力できる……妖と戦うために!)
「だから尚更、こんなバカな実験させるワケにはいかねー!」
「ふふん、来たわねファイヴ」
避難誘導に当たっていた七星剣の女隔者・眉村慧が、指先で眼鏡を押し上げ微笑む。
「馬鹿な実験と言われるのは承知の上。破綻はね、発現そして覚醒の先にある通過点。私たちも貴方たちも、避けて通る事は出来ないのよ」
「……と、萩尾二等が言っていたのでしょう。あなた方には、自分の考えというものが無いのですか」
篁三十三(CL2001480)が言った。
「あの人に吹き込まれ、そそのかされ、操られ、自分の命を捨てようとしている……それに、気付かないのですか」
「命なんてモノはよぉ、いくら大事にしてたってよォー、なくなる時ゃなくなっちまう」
七星剣隔者、巨漢の島津雷三が吼える。
「俺ぁ死ぬ前に1度でいいから破綻者に成りてえ! 妖どもを殺しまくりてーんだよぉおおお!」
「妖に何か恨みでもある……のは、まあ当然かな」
足取り強く進み出て翼を広げながら、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が火行因子を燃やした。天駆だ。
「お前たちのその暴走、ちょっと軌道修正すれば、世のため人のために役立つかもね。叩き直してあげるよ」
「皆さん、来て下さったんですね」
時原ヒノキが、駆け寄って来た。
「本当に助かりました! 何かもう、この人たちは全然駄目で」
「だろうねえ」
巨大な物質系妖……瓦礫の巨人と、3人目の七星剣隔者との戦いを見物しながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が言う。
その隔者が、巨人に叩き落とされて路上に激突し、よろりと血まみれで立ち上がりながら闘志を燃やす。
「よし……いいぞ、新しい力が目覚めて来やがった……破綻まで、あともうちょい……」
「うん。それはキミ、死にかけてハイになっちゃってるだけだと思う」
紡が声をかけながら、杖で術式を射出した。
強化術式『戦巫女之祝詞』が、彩吹を直撃した。
「いいかげん止めないと。ね? いぶちゃん。それにカナたん」
「命なんてもの、なくなる時はなくなっちまう……なあ紡、こいつらの言ってる事ぁ何にも間違っちゃいねえよ」
拳を握り、震わせながら『ファイブブラック』天乃カナタ(CL2001451)が呻く。
「無実の罪で、死んじまった爺ちゃんだっている……死にたくなかったに決まってる。なのに、こいつら……自分の命、捨てるような事……ッッ!」
「カナタさん、落ち着いて」
澄んだ大きな瞳で真紅の眼光を燃やし、前世の何者かと同調を果たしながら、『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が声をかける。
「思いは、私たちも同じです。止めましょう……ご自身の命すら大切に出来ず、だから他の全ての命をも見下してしまう、そんな方々の愚かな行いを」
「そういう事。まずはね、そこの鉄砲玉っぽい同類! お前を止めるよ」
彩吹は羽ばたき、飛翔に等しい跳躍を行った。死にかけながら闘志を燃やしている七星剣隔者……翼人・藤駿一郎に向かってだ。
島津が、それを阻もうとする。
「待てコラ、邪魔はさせねえ……」
「それは、こちらの台詞。貴方のお相手は私がいたします」
たまきが、島津の眼前に立ち塞がる。
同じように翔は、眉村に人差し指を向けた。
「オレの相手をしてもらうぜ、おばさん」
「おばさん呼ばわりすれば冷静さを失う、とでも?」
眉村が、扇子を広げた。刃の扇子である。
「20代も後半になれば、おばさん扱いも織り込み済みで日々を過ごせるってものよ。ちなみに今は27歳だけど」
「はっはっ! オレから見れば充分おばさんだぜ!」
「なるほど……27歳は、おばさんか」
藤の全身、各部関節に鋭利な手刀を叩き込みながら、彩吹が言った。
「私、24歳。そろそろレッドゾーンという事になるのかな? 翔に言わせると」
「あっいや、それはその」
ウォータージェットを思わせる高圧流水の一撃が、翔を黙らせた。
眉村の『水龍牙』だった。
「おばさん呼ばわりは想定内だけどね、怒らないとは言ってないわけで……くそガキ、殺す」
「こっ、殺されたくねえからよ……術式封じ、いかせてもらうぜ!」
水龍の牙に切り裂かれ、水飛沫と鮮血を飛び散らせながら、翔は指圧で紋様を描いた。
術式封じの紋様が、眉村の身体に刻み込まれた。
「く……猪口才な!」
刃の扇子による斬撃を、翔は危うくかわした。
かわした翔に、後方から術式が叩き込まれる。
紡の術杖から射出された『戦巫女之祝詞』である。
「相棒はこのところ前衛戦闘が増えてきたからねえ。物理系ドーピングで、ガンガン行っとく?」
「ガンガン行っとく。力、湧いてくるな! これ」
紡にけしかけられた感じに、翔は踏み込んで行った。
●
各関節に重圧を打ち込まれた藤が、よろめいている。
「ぐぅっ……き、貴様ぁ……」
「あきらめるんだね。お前はもう、体術の類は使えない」
そんな藤を庇う形に彩吹は身構え、瓦礫の巨人と対峙した。
「妖は、私たちが退治してやる」
「させねえ! そのバケモノはなぁ、俺が破綻するのに必要だってんだよ!」
藤が、彩吹の背後から槍を突き込んで来る。その穂先が炎をまとう。
豪炎撃だった。体術は使えなくとも、術式は使える。
それを彩吹は、跳んでかわした。
「お前、翼人だろう。困るんだよね、お前みたいな考え無しがいると翼の覚者全員がお馬鹿だと思われ」
かわした所へ、瓦礫の巨人の拳が来た。
思った以上に、動きが速い。
隕石にも似た拳の一撃を、彩吹はまともに喰らった。
血まみれのまま路面にめり込みながら、彩吹は見た。
たまきが、自身の倍はあろうかという島津の巨体と、真っ向から激突している。
鋼の撲殺手甲をまとう島津の拳が、光を発しながら、たまきを直撃した。五織の彩だった。
「たまちゃん!」
「だ……大丈夫です、紡さん……っ!」
たまきは血飛沫を散らせて揺らぎ、踏みとどまり、踏み込んだ。
少女のたおやかな細身から闘気の嵐が噴出し迸り、島津と眉村を吹っ飛ばす。
「ふ……私と同系の戦いで、たまきが頑張ってる……負けてられないっ」
彩吹はよろよろと起き上がり、血まみれの美貌で藤に微笑みかけた。
「お前の事、馬鹿に出来ない様を晒しているね。今の私」
「痛い目に遭ったんなら引っ込んでなよ、お姉さん」
「そうはいかない……さっきの話だけどね、お前みたいな考え無しのせいで、私みたいな淑女系翼人まで馬鹿だと思われる。迷惑だと思わないのかな? 思うよね、紡、三十三」
「淑女って言葉、辞書で調べてみたらどうですかー。脳筋と同義語ではないですよー……以上、さとみんの心の声でした」
「三十三は特訓メニュー追加だね。紡も一緒に」
「ちょっとー、さとみん!」
「……人のせいにしないで下さい」
言いつつ三十三が翼を広げ、水行の癒しの力を拡散させる。
癒しの霧が、負傷者全員を包み込んだ。翔、たまき、彩吹、そして藤。
「おい……何の真似だ……」
水行術式による拒絶不可能な治療を施されながら、藤が怒りの呻きを漏らす。
「俺まで助けようってのか、ファイヴども……!」
「貴方は、このままでは妖に殺されてしまう。まあ、その前に……いえ、何でもありません」
彩吹に殺されてしまうかも知れない、などと三十三は言おうとしたようである。
「ともかく。死ぬ間際に都合良く破綻など、出来るわけがない」
「余計な事を……!」
「おう、余計な事やりに来たんだよ俺たちはッ!」
怒声と共に、光の矢が宙を切り裂き、瓦礫の巨人に突き刺さった。建物や車の残骸で出来た巨体が、揺らいだ。
カナタのB.O.T.である。
「死にかけで都合良く破綻者に成れるもんなら、それを目指して命削ってみるのもアリかも知れねえよ。けどよ、そりゃ何のための命だ……お前ら、何のために命削ってんだよ!」
●
(このクソッタレな世の中を、俺は……孤児院の奴らが、先生たちが、無事で幸せで笑っていられる世界にしたい。そのために命、削ってる! お前らはどうなんだよ!)
そう叫ぼうとして、カナタは言葉を呑み込んだ。
「不幸自慢……恵まれてないけど頑張って生きてますアピール? にしかならねえもんな……」
この隔者たちとて、そうだ。彩吹の言う通り、妖を憎んでいるのは間違いない。
妖に、大切な誰かを殺された。
そんな過去があるにしても、それを声高に叫ばれたところで、破綻などという手段を認めるわけにはいかないのだ。
ともかく彩吹が、翔が、同時に鋭刃想脚を繰り出していた。
彩吹のそれは猛禽の爪の如く、空中から藤それに瓦礫の巨人を襲撃する。鮮血の飛沫と瓦礫の破片が、一緒くたに飛んだ。
翔のそれは斬撃の疾風と化し、島津と眉村を薙ぎ払う。
「何のために……だぁ? んなもん……」
薙ぎ払われた島津が、血飛沫を咲かせながらも踏みとどまる。
その巨体から、憎しみの闘気が溢れ迸った。
「妖をブチ殺すために決まってンだろーがぁああああッ!」
先程の返礼とも言える『無頼漢』が、たまきと翔を直撃する。
血を噴いてよろめく翔に、眉村が斬りかかった。刃の扇子が一閃する。
翔はかわせず、裂傷を負った。
翔、だけではない、たまきも、動きが鈍い。
両名とも『無頼漢』によって負荷を叩き込まれている。
2人を守るように紡が翼を広げ、舞った。
「ま……そりゃあ色々あるよね、みんな。口で言ったって、意味ないかもだけど」
演舞・舞音が、たまきと翔から負荷を取り去った。
「世の中、意味ある物事ばっかりじゃないからね……不幸自慢、健気に生きてますアピール、いいじゃない。ぶちまけてごらんよ、カナたん」
「……また、今度な」
カナタは苦笑し、術式の構えに入った。
彩吹が、藤の豪炎撃を今度はかわせず、直撃を喰らっている。
全員に、治療が必要だ。
「七星剣、お前らもだ。何度でも言うぞ、俺は余計な事をしてやる!」
カナタは叫び、『潤しの雨』を降らせた。水行の力が、彩吹と藤の双方に癒しをもたらす。
「もう諦めて下さい、七星剣の皆さん。私たちは貴方がたを、倒しはしません。助けます!」
たまきが、愛らしい手で路面を叩く。
「傲慢でしょう? ですが貴方たちは拒めません。私たちが勝つからです! 隆神槍、律令の如く急々にッ!」
アスファルトが砕け、大地の力そのものが隆起して島津を直撃し、その巨体をへし曲げ吹っ飛ばした。
そこへ三十三が、略式滅相銃の狙いを定める。
「貴方たちは萩尾二等に利用されている……それを承知の上で、こんな愚かな実験をしているのだろうけどっ」
水行の力が銃撃となって迸り、島津と眉村を薙ぎ払った。
「人を利用しておきながら、利用されている当人には己の意思だと思わせてしまう……それが、あの人です」
「何だっていい……萩尾先生の、操り人形だろうが……道具だろうが……」
島津の巨体に肩を貸しながら、眉村が立ち上がる。
「妖を……斃す力が、手に入るのなら……」
「妖をブッ殺しまくる、バケモノに成れるンならよォ! あとの事ぁどーだってイイに決まってらあなぁあああ!」
島津の叫びに応える、かの如く。
瓦礫の巨人が、破裂した。一瞬、そう見えた。
コンクリ一トやアスファルト、ガラス、車体、鉄骨。
様々なものの残骸・破片が超高速で飛散し、覚者6名と隔者3名を正確に直撃していた。
カナタは血を吐いた。
コンクリートの塊が、腹にめり込んでいる。それを抱えるようにして、カナタは倒れていた。
全員、同じような有り様である。
覚者と隔者、計9人が倒れ伏す光景の真っ只中で、瓦礫の巨人だけが立っていた。身体の一部を飛び散らせたくらいでは小さくなったように見えない巨体。そのあちこちから、炎が噴出する。
「……わからねーのか……これが、このバケモノが……妖、なんだぜ……ッ」
血まみれの翔が、よろよろと立ち上がる。
「ファイヴと七星剣……力、合わせなきゃならねえって事……まだわかんねえのかよ!」
「……翔、そりゃ無理だ」
吐血の咳をしながら、カナタは微笑み、身を起こした。
「ちっとばかり妖が強えからってよ、覚者と隔者がそう簡単に手ぇ組めるもんじゃねえ……」
「カナタ……」
「思うところあって隔者やってる連中、なんだぜ……おい七星剣、俺たちゃいつだって相手になる。お前らと戦ってやる……自分だけの、戦う理由ってやつを見つけてこい」
●
どうにも馴染めない相手が、ファイヴにもいないわけではないのだ。
「七星剣と……ま、仲良くするなんてのは無理にしても」
紡は翼を広げ、力を解放した。
「相容れない、で終わらせたくはないよね……難しいんだけどさっ!」
雷鳴が轟き、電光の翼が羽ばたき広がって、覚者たちを包み込む。
「よしっ……やろうぜ、彩吹さん!」
「翔に合わせる。豪快なシュート、決めてよねっ」
覚者2人の鋭刃想脚が、稲妻をまといながら一閃する。
「俺たちもいくぜ、さとみん!」
「天乃君まで……まあ、いいですけどね」
カナタが右手を掲げ、三十三が滅相銃をぶっ放す。
電撃と融合したB.O.T.が迸り、電光を帯びたエアブリットが発射された。
「紡さんの雷、使わせていただきます……世の理から外れたるものよ、土へと還りなさいっ!」
たまきが、放電光の輝きを翼の如く広げながら踏み込んで行く。雷の天使。紡は本気で、そう思った。
「や、やっぱり、たまちゃんが一番綺麗……」
紡がそんな事を呟いている間に、たまきの鉄甲掌が、衝撃と電撃を叩き込んでゆく。
電光を得た覚者5名の攻撃が、瓦礫の巨人を直撃した。
それはまるで、5方向からの落雷であった。
瓦礫の巨人は砕け散り、単なる構造物の残骸に戻っていった。
「……と、いうわけ」
紡は声を投げた。捕縛蔓でがんじがらめに拘束された、七星剣隔者3名にだ。
「妖ってのはね、こうやってチームプレイで仕留めるのが一番、効果的なわけよ。破綻者のワンマン・パワープレイじゃ、命の無駄遣いにしかならないよ?」
「破綻は通過点……そう言っていましたね」
三十三が、口調重く言う。
「破綻の先にあるもの……それは、大妖。この世で最も禍々しい存在、それが破綻者の行き着く果てです。誰よりも妖を憎む萩尾二等が、その忌まわしさを知らないはずはありません」
「……そこまで、わかっていて……どうして、思い至らないの」
眉村が呻く。
「破綻は、人を妖へと至らしめる道……森羅万象、全てが妖へと変わってしまう忌まわしい現象を、解明そして根絶するための鍵……ふ、ふふっ。これも萩尾先生の受け売りだけどね」
「……確かにな。妖って連中、斃しても斃してもキリがねー。そりゃそうだ、何でもかんでも妖に変わっちまうんだから」
翔が言った。
「その原因を突き止めなきゃいけねえ、ってのはわかる。けどよ、そのために破綻ってのは、やっぱり違うぜ」
「……かも知れねえ、な」
藤が言った。
「けど俺たちは、力を求める道しか見えなかった……隔者だから、かな……」
「破綻者になれば、よ……力で、妖ぶっ殺せる……」
島津がそう漏らすと、彩吹がようやく言葉を発した。
「妖を……よっぽど憎んでいるんだね。どういう恨みがあるのか、話してみる気はない?」
「不幸自慢でもいいじゃない、ぶちまけてごらんよ」
紡が言うと、眉村が苦笑したようだ。
「大した事じゃないわ。例えば私の場合はね……自分の、旦那と息子を守れなかったってだけの話。藤君と島津君も、似たようなものよ」
藤と島津は、何も言わない。
時原ヒノキが、進み出て来た。
「皆さん……本当に、ありがとうございました。私のような、あやかし女を助けていただいて」
「巻き込まれ体質の時原先生。さ、どうぞこちらへ」
彩吹が、たまきの眼前にヒノキを導いた。
「ちょうどいい。こちらにファイヴ屈指の巫女さんがいるから、お祓いをしてもらうといいよ。ね? たまき」
「え……お祓い、ですか?」
「あっ駄目、たまちゃんの巫女さんルックとか……想像しただけで萌え死ぬ……」
紡は鼻血を噴いた。カナタが無言で、ポケットティッシュを差し出してくれた。
たまきは困惑している。
「私は、どちらかと言うと陰陽師で巫女さんではないのですが……でもヒノキさんは大丈夫ですよ。何かありましたら私たちが、僭越ながらお助けいたしますから!」
「ありがとうございます。でも私なんかより、こういう人たちを助けてあげて下さい」
隔者3人を見据えて、ヒノキは言った。
「助けて下さって、本当にありがとうございました。もう2度と、こんな事はしないで下さい」
隔者とは相容れない、にしても。この3人は最初に、ヒノキを助けてくれたのだ。それを忘れてはなるまいと紡は思う。
「ヒノキさん、さ……もう特撮の脚本、書かねえの?」
カナタが訊いた。
「俺、ギガントピテクス男の話とか好きでさ」
「うふふ、ありがとうございます。『龍牙』も終わっちゃいましたからね……大変でしたよ。子供たちが見るお話ですからね、とにかく明るくスカッとさせなきゃいけなくて」
だから『閃光のカオスダイバー』はあんなにドロドロしているのか、と紡は思った。
「おら邪魔だ邪魔だあ! とっとと散りやがれ!」
七星剣隔者が、人々を守って妖と戦っている。逃げ惑う人々の、避難誘導をしている。そのように見えてしまう。
これは夢か、と『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)は一瞬、本気で思った。
無論、今ここにいる七星剣隔者たちは、人工的に破綻を引き起こすなどという馬鹿げた実験を行なっているだけだ。その過程で偶然、人助けにも見えてしまう作業が発生したに過ぎない。
だが翔は、思ってしまう。
(七星剣とだって、協力できる……妖と戦うために!)
「だから尚更、こんなバカな実験させるワケにはいかねー!」
「ふふん、来たわねファイヴ」
避難誘導に当たっていた七星剣の女隔者・眉村慧が、指先で眼鏡を押し上げ微笑む。
「馬鹿な実験と言われるのは承知の上。破綻はね、発現そして覚醒の先にある通過点。私たちも貴方たちも、避けて通る事は出来ないのよ」
「……と、萩尾二等が言っていたのでしょう。あなた方には、自分の考えというものが無いのですか」
篁三十三(CL2001480)が言った。
「あの人に吹き込まれ、そそのかされ、操られ、自分の命を捨てようとしている……それに、気付かないのですか」
「命なんてモノはよぉ、いくら大事にしてたってよォー、なくなる時ゃなくなっちまう」
七星剣隔者、巨漢の島津雷三が吼える。
「俺ぁ死ぬ前に1度でいいから破綻者に成りてえ! 妖どもを殺しまくりてーんだよぉおおお!」
「妖に何か恨みでもある……のは、まあ当然かな」
足取り強く進み出て翼を広げながら、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が火行因子を燃やした。天駆だ。
「お前たちのその暴走、ちょっと軌道修正すれば、世のため人のために役立つかもね。叩き直してあげるよ」
「皆さん、来て下さったんですね」
時原ヒノキが、駆け寄って来た。
「本当に助かりました! 何かもう、この人たちは全然駄目で」
「だろうねえ」
巨大な物質系妖……瓦礫の巨人と、3人目の七星剣隔者との戦いを見物しながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が言う。
その隔者が、巨人に叩き落とされて路上に激突し、よろりと血まみれで立ち上がりながら闘志を燃やす。
「よし……いいぞ、新しい力が目覚めて来やがった……破綻まで、あともうちょい……」
「うん。それはキミ、死にかけてハイになっちゃってるだけだと思う」
紡が声をかけながら、杖で術式を射出した。
強化術式『戦巫女之祝詞』が、彩吹を直撃した。
「いいかげん止めないと。ね? いぶちゃん。それにカナたん」
「命なんてもの、なくなる時はなくなっちまう……なあ紡、こいつらの言ってる事ぁ何にも間違っちゃいねえよ」
拳を握り、震わせながら『ファイブブラック』天乃カナタ(CL2001451)が呻く。
「無実の罪で、死んじまった爺ちゃんだっている……死にたくなかったに決まってる。なのに、こいつら……自分の命、捨てるような事……ッッ!」
「カナタさん、落ち着いて」
澄んだ大きな瞳で真紅の眼光を燃やし、前世の何者かと同調を果たしながら、『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が声をかける。
「思いは、私たちも同じです。止めましょう……ご自身の命すら大切に出来ず、だから他の全ての命をも見下してしまう、そんな方々の愚かな行いを」
「そういう事。まずはね、そこの鉄砲玉っぽい同類! お前を止めるよ」
彩吹は羽ばたき、飛翔に等しい跳躍を行った。死にかけながら闘志を燃やしている七星剣隔者……翼人・藤駿一郎に向かってだ。
島津が、それを阻もうとする。
「待てコラ、邪魔はさせねえ……」
「それは、こちらの台詞。貴方のお相手は私がいたします」
たまきが、島津の眼前に立ち塞がる。
同じように翔は、眉村に人差し指を向けた。
「オレの相手をしてもらうぜ、おばさん」
「おばさん呼ばわりすれば冷静さを失う、とでも?」
眉村が、扇子を広げた。刃の扇子である。
「20代も後半になれば、おばさん扱いも織り込み済みで日々を過ごせるってものよ。ちなみに今は27歳だけど」
「はっはっ! オレから見れば充分おばさんだぜ!」
「なるほど……27歳は、おばさんか」
藤の全身、各部関節に鋭利な手刀を叩き込みながら、彩吹が言った。
「私、24歳。そろそろレッドゾーンという事になるのかな? 翔に言わせると」
「あっいや、それはその」
ウォータージェットを思わせる高圧流水の一撃が、翔を黙らせた。
眉村の『水龍牙』だった。
「おばさん呼ばわりは想定内だけどね、怒らないとは言ってないわけで……くそガキ、殺す」
「こっ、殺されたくねえからよ……術式封じ、いかせてもらうぜ!」
水龍の牙に切り裂かれ、水飛沫と鮮血を飛び散らせながら、翔は指圧で紋様を描いた。
術式封じの紋様が、眉村の身体に刻み込まれた。
「く……猪口才な!」
刃の扇子による斬撃を、翔は危うくかわした。
かわした翔に、後方から術式が叩き込まれる。
紡の術杖から射出された『戦巫女之祝詞』である。
「相棒はこのところ前衛戦闘が増えてきたからねえ。物理系ドーピングで、ガンガン行っとく?」
「ガンガン行っとく。力、湧いてくるな! これ」
紡にけしかけられた感じに、翔は踏み込んで行った。
●
各関節に重圧を打ち込まれた藤が、よろめいている。
「ぐぅっ……き、貴様ぁ……」
「あきらめるんだね。お前はもう、体術の類は使えない」
そんな藤を庇う形に彩吹は身構え、瓦礫の巨人と対峙した。
「妖は、私たちが退治してやる」
「させねえ! そのバケモノはなぁ、俺が破綻するのに必要だってんだよ!」
藤が、彩吹の背後から槍を突き込んで来る。その穂先が炎をまとう。
豪炎撃だった。体術は使えなくとも、術式は使える。
それを彩吹は、跳んでかわした。
「お前、翼人だろう。困るんだよね、お前みたいな考え無しがいると翼の覚者全員がお馬鹿だと思われ」
かわした所へ、瓦礫の巨人の拳が来た。
思った以上に、動きが速い。
隕石にも似た拳の一撃を、彩吹はまともに喰らった。
血まみれのまま路面にめり込みながら、彩吹は見た。
たまきが、自身の倍はあろうかという島津の巨体と、真っ向から激突している。
鋼の撲殺手甲をまとう島津の拳が、光を発しながら、たまきを直撃した。五織の彩だった。
「たまちゃん!」
「だ……大丈夫です、紡さん……っ!」
たまきは血飛沫を散らせて揺らぎ、踏みとどまり、踏み込んだ。
少女のたおやかな細身から闘気の嵐が噴出し迸り、島津と眉村を吹っ飛ばす。
「ふ……私と同系の戦いで、たまきが頑張ってる……負けてられないっ」
彩吹はよろよろと起き上がり、血まみれの美貌で藤に微笑みかけた。
「お前の事、馬鹿に出来ない様を晒しているね。今の私」
「痛い目に遭ったんなら引っ込んでなよ、お姉さん」
「そうはいかない……さっきの話だけどね、お前みたいな考え無しのせいで、私みたいな淑女系翼人まで馬鹿だと思われる。迷惑だと思わないのかな? 思うよね、紡、三十三」
「淑女って言葉、辞書で調べてみたらどうですかー。脳筋と同義語ではないですよー……以上、さとみんの心の声でした」
「三十三は特訓メニュー追加だね。紡も一緒に」
「ちょっとー、さとみん!」
「……人のせいにしないで下さい」
言いつつ三十三が翼を広げ、水行の癒しの力を拡散させる。
癒しの霧が、負傷者全員を包み込んだ。翔、たまき、彩吹、そして藤。
「おい……何の真似だ……」
水行術式による拒絶不可能な治療を施されながら、藤が怒りの呻きを漏らす。
「俺まで助けようってのか、ファイヴども……!」
「貴方は、このままでは妖に殺されてしまう。まあ、その前に……いえ、何でもありません」
彩吹に殺されてしまうかも知れない、などと三十三は言おうとしたようである。
「ともかく。死ぬ間際に都合良く破綻など、出来るわけがない」
「余計な事を……!」
「おう、余計な事やりに来たんだよ俺たちはッ!」
怒声と共に、光の矢が宙を切り裂き、瓦礫の巨人に突き刺さった。建物や車の残骸で出来た巨体が、揺らいだ。
カナタのB.O.T.である。
「死にかけで都合良く破綻者に成れるもんなら、それを目指して命削ってみるのもアリかも知れねえよ。けどよ、そりゃ何のための命だ……お前ら、何のために命削ってんだよ!」
●
(このクソッタレな世の中を、俺は……孤児院の奴らが、先生たちが、無事で幸せで笑っていられる世界にしたい。そのために命、削ってる! お前らはどうなんだよ!)
そう叫ぼうとして、カナタは言葉を呑み込んだ。
「不幸自慢……恵まれてないけど頑張って生きてますアピール? にしかならねえもんな……」
この隔者たちとて、そうだ。彩吹の言う通り、妖を憎んでいるのは間違いない。
妖に、大切な誰かを殺された。
そんな過去があるにしても、それを声高に叫ばれたところで、破綻などという手段を認めるわけにはいかないのだ。
ともかく彩吹が、翔が、同時に鋭刃想脚を繰り出していた。
彩吹のそれは猛禽の爪の如く、空中から藤それに瓦礫の巨人を襲撃する。鮮血の飛沫と瓦礫の破片が、一緒くたに飛んだ。
翔のそれは斬撃の疾風と化し、島津と眉村を薙ぎ払う。
「何のために……だぁ? んなもん……」
薙ぎ払われた島津が、血飛沫を咲かせながらも踏みとどまる。
その巨体から、憎しみの闘気が溢れ迸った。
「妖をブチ殺すために決まってンだろーがぁああああッ!」
先程の返礼とも言える『無頼漢』が、たまきと翔を直撃する。
血を噴いてよろめく翔に、眉村が斬りかかった。刃の扇子が一閃する。
翔はかわせず、裂傷を負った。
翔、だけではない、たまきも、動きが鈍い。
両名とも『無頼漢』によって負荷を叩き込まれている。
2人を守るように紡が翼を広げ、舞った。
「ま……そりゃあ色々あるよね、みんな。口で言ったって、意味ないかもだけど」
演舞・舞音が、たまきと翔から負荷を取り去った。
「世の中、意味ある物事ばっかりじゃないからね……不幸自慢、健気に生きてますアピール、いいじゃない。ぶちまけてごらんよ、カナたん」
「……また、今度な」
カナタは苦笑し、術式の構えに入った。
彩吹が、藤の豪炎撃を今度はかわせず、直撃を喰らっている。
全員に、治療が必要だ。
「七星剣、お前らもだ。何度でも言うぞ、俺は余計な事をしてやる!」
カナタは叫び、『潤しの雨』を降らせた。水行の力が、彩吹と藤の双方に癒しをもたらす。
「もう諦めて下さい、七星剣の皆さん。私たちは貴方がたを、倒しはしません。助けます!」
たまきが、愛らしい手で路面を叩く。
「傲慢でしょう? ですが貴方たちは拒めません。私たちが勝つからです! 隆神槍、律令の如く急々にッ!」
アスファルトが砕け、大地の力そのものが隆起して島津を直撃し、その巨体をへし曲げ吹っ飛ばした。
そこへ三十三が、略式滅相銃の狙いを定める。
「貴方たちは萩尾二等に利用されている……それを承知の上で、こんな愚かな実験をしているのだろうけどっ」
水行の力が銃撃となって迸り、島津と眉村を薙ぎ払った。
「人を利用しておきながら、利用されている当人には己の意思だと思わせてしまう……それが、あの人です」
「何だっていい……萩尾先生の、操り人形だろうが……道具だろうが……」
島津の巨体に肩を貸しながら、眉村が立ち上がる。
「妖を……斃す力が、手に入るのなら……」
「妖をブッ殺しまくる、バケモノに成れるンならよォ! あとの事ぁどーだってイイに決まってらあなぁあああ!」
島津の叫びに応える、かの如く。
瓦礫の巨人が、破裂した。一瞬、そう見えた。
コンクリ一トやアスファルト、ガラス、車体、鉄骨。
様々なものの残骸・破片が超高速で飛散し、覚者6名と隔者3名を正確に直撃していた。
カナタは血を吐いた。
コンクリートの塊が、腹にめり込んでいる。それを抱えるようにして、カナタは倒れていた。
全員、同じような有り様である。
覚者と隔者、計9人が倒れ伏す光景の真っ只中で、瓦礫の巨人だけが立っていた。身体の一部を飛び散らせたくらいでは小さくなったように見えない巨体。そのあちこちから、炎が噴出する。
「……わからねーのか……これが、このバケモノが……妖、なんだぜ……ッ」
血まみれの翔が、よろよろと立ち上がる。
「ファイヴと七星剣……力、合わせなきゃならねえって事……まだわかんねえのかよ!」
「……翔、そりゃ無理だ」
吐血の咳をしながら、カナタは微笑み、身を起こした。
「ちっとばかり妖が強えからってよ、覚者と隔者がそう簡単に手ぇ組めるもんじゃねえ……」
「カナタ……」
「思うところあって隔者やってる連中、なんだぜ……おい七星剣、俺たちゃいつだって相手になる。お前らと戦ってやる……自分だけの、戦う理由ってやつを見つけてこい」
●
どうにも馴染めない相手が、ファイヴにもいないわけではないのだ。
「七星剣と……ま、仲良くするなんてのは無理にしても」
紡は翼を広げ、力を解放した。
「相容れない、で終わらせたくはないよね……難しいんだけどさっ!」
雷鳴が轟き、電光の翼が羽ばたき広がって、覚者たちを包み込む。
「よしっ……やろうぜ、彩吹さん!」
「翔に合わせる。豪快なシュート、決めてよねっ」
覚者2人の鋭刃想脚が、稲妻をまといながら一閃する。
「俺たちもいくぜ、さとみん!」
「天乃君まで……まあ、いいですけどね」
カナタが右手を掲げ、三十三が滅相銃をぶっ放す。
電撃と融合したB.O.T.が迸り、電光を帯びたエアブリットが発射された。
「紡さんの雷、使わせていただきます……世の理から外れたるものよ、土へと還りなさいっ!」
たまきが、放電光の輝きを翼の如く広げながら踏み込んで行く。雷の天使。紡は本気で、そう思った。
「や、やっぱり、たまちゃんが一番綺麗……」
紡がそんな事を呟いている間に、たまきの鉄甲掌が、衝撃と電撃を叩き込んでゆく。
電光を得た覚者5名の攻撃が、瓦礫の巨人を直撃した。
それはまるで、5方向からの落雷であった。
瓦礫の巨人は砕け散り、単なる構造物の残骸に戻っていった。
「……と、いうわけ」
紡は声を投げた。捕縛蔓でがんじがらめに拘束された、七星剣隔者3名にだ。
「妖ってのはね、こうやってチームプレイで仕留めるのが一番、効果的なわけよ。破綻者のワンマン・パワープレイじゃ、命の無駄遣いにしかならないよ?」
「破綻は通過点……そう言っていましたね」
三十三が、口調重く言う。
「破綻の先にあるもの……それは、大妖。この世で最も禍々しい存在、それが破綻者の行き着く果てです。誰よりも妖を憎む萩尾二等が、その忌まわしさを知らないはずはありません」
「……そこまで、わかっていて……どうして、思い至らないの」
眉村が呻く。
「破綻は、人を妖へと至らしめる道……森羅万象、全てが妖へと変わってしまう忌まわしい現象を、解明そして根絶するための鍵……ふ、ふふっ。これも萩尾先生の受け売りだけどね」
「……確かにな。妖って連中、斃しても斃してもキリがねー。そりゃそうだ、何でもかんでも妖に変わっちまうんだから」
翔が言った。
「その原因を突き止めなきゃいけねえ、ってのはわかる。けどよ、そのために破綻ってのは、やっぱり違うぜ」
「……かも知れねえ、な」
藤が言った。
「けど俺たちは、力を求める道しか見えなかった……隔者だから、かな……」
「破綻者になれば、よ……力で、妖ぶっ殺せる……」
島津がそう漏らすと、彩吹がようやく言葉を発した。
「妖を……よっぽど憎んでいるんだね。どういう恨みがあるのか、話してみる気はない?」
「不幸自慢でもいいじゃない、ぶちまけてごらんよ」
紡が言うと、眉村が苦笑したようだ。
「大した事じゃないわ。例えば私の場合はね……自分の、旦那と息子を守れなかったってだけの話。藤君と島津君も、似たようなものよ」
藤と島津は、何も言わない。
時原ヒノキが、進み出て来た。
「皆さん……本当に、ありがとうございました。私のような、あやかし女を助けていただいて」
「巻き込まれ体質の時原先生。さ、どうぞこちらへ」
彩吹が、たまきの眼前にヒノキを導いた。
「ちょうどいい。こちらにファイヴ屈指の巫女さんがいるから、お祓いをしてもらうといいよ。ね? たまき」
「え……お祓い、ですか?」
「あっ駄目、たまちゃんの巫女さんルックとか……想像しただけで萌え死ぬ……」
紡は鼻血を噴いた。カナタが無言で、ポケットティッシュを差し出してくれた。
たまきは困惑している。
「私は、どちらかと言うと陰陽師で巫女さんではないのですが……でもヒノキさんは大丈夫ですよ。何かありましたら私たちが、僭越ながらお助けいたしますから!」
「ありがとうございます。でも私なんかより、こういう人たちを助けてあげて下さい」
隔者3人を見据えて、ヒノキは言った。
「助けて下さって、本当にありがとうございました。もう2度と、こんな事はしないで下さい」
隔者とは相容れない、にしても。この3人は最初に、ヒノキを助けてくれたのだ。それを忘れてはなるまいと紡は思う。
「ヒノキさん、さ……もう特撮の脚本、書かねえの?」
カナタが訊いた。
「俺、ギガントピテクス男の話とか好きでさ」
「うふふ、ありがとうございます。『龍牙』も終わっちゃいましたからね……大変でしたよ。子供たちが見るお話ですからね、とにかく明るくスカッとさせなきゃいけなくて」
だから『閃光のカオスダイバー』はあんなにドロドロしているのか、と紡は思った。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
