守るべきものを見つめて
守るべきものを見つめて



「初めに言っておこう。俺は、金剛隔者だ」
 朴義秀は言った。
「こんな場所に、立ち入らせてしまって良かったのか?」
「僕も、かつては七星剣の手先のような隔者でしたから」
 その若者は、微笑んだ。
 とある新興宗教団体の、本部。その一室である。
 朴を引き連れて来た政治家の方から、まずは名乗った。
「改めまして……三枝義弘です」
「宗教法人『ひかりの目』代表、祁答院晃です」
 三枝の側からアポイントメントを取り、こうして教団幹部との会談に漕ぎ着けたのだ。
 朴は、立場としては、この野党議員・三枝義弘の、護衛という事にでもなるのであろうか。
「事前にお話は伺っています。ファイヴとの戦いの結果、行き場を失った隔者たちの……受け皿を、三枝先生は作ろうとしておられる」
「あなた方『ひかりの目』のお力添えなくしては、成し遂げられません」
 三枝は言った。
 祁答院が、ちらりと朴の方を見る。
「……行き場を失った金剛隔者たちを、導くところから始めておられるのですね。三枝先生」
 朴も、覚者としての祁答院晃を観察した。
 そこそこは手練れである。が、自分が戦って負ける相手ではない。
 思った瞬間、悪寒に似たものが、朴の全身を駆け抜けた。
 部屋の隅に、いつの間にか1人の老人がいる。まるで執事のように。
 彼の存在に気付きもせず、三枝は語る。
「導くなどと、大それた事は……ただ、いわゆる隔者と呼ばれる人々と、我々はいずれ正面から向き合わなければならなくなります」
「非覚者の方が、そう考えておられる。取り組んで下さる。ありがたい事だとは思いますが……」
 祁答院が言葉を切った、その時。
 教団信者の1人が、部屋に駆け込んで来た。
「教祖様! あ、あっあああああ妖でございます! 妖の群れが、攻めて参りました!」
「またか……!」
 祁答院が立ち上がり、そして執事のような老人が、ゆらりと動いた。
「教祖様は、信者の避難を……妖は、私が」
「やってくれるか辻堂さん。だが群れとなると、あんた1人では」
「俺も戦う。いいな? 三枝先生」
「……無論だ。頼む、としか僕には言えない。死ぬなよ、朴さん」
 約束は出来ぬまま、朴は部屋を出た。執事のような老人と共にだ。
「辻堂満彦と申します」
 老人が名乗った。
「……先程、教祖様の戦闘能力を測っておられましたな」
「許せ、金剛軍にいた時の癖だ」
 この老人の力は測れない、と朴は思った。


 これだから、政治家は信用が出来ない。
 野党議員・三枝義弘は、隔者を集めて違法な私兵集団を組織し、暴力による政権奪取を企てている。
 ネット上で噂されている通りの事が今、起ころうとしているのだ。
 金剛軍の暴虐で、私たちは、それまでの生活を、何人もの親しい人々を、失った。
 全てを失い、逃げ出し、流れ歩いていた私たちを、「ひかりの目」は受け入れてくれた。
 私たちは安息の地を得た、はずだった。
 だが、教祖の祁答院晃は結局、我々を裏切った。よりにもよって金剛隔者を引き連れた政治家と、手を結ぼうとしているのだ。
 私は走っていた。もう、こんな教団には居られない。
 妖が、どうやら攻めて来たらしい。
 教祖や辻堂老人と共に、あの金剛隔者が、私たちを守るために妖と戦ってくれているらしいが信用など出来ない。味方のふりをして、いずれ村人たちに暴虐を働くに決まっている。何しろ、金剛隔者なのだ。
 そんな輩を信用してしまう、あの祁答院姉妹も、結局は隔者でしかないという事だ。
 村を出て、かなり走ったところで、私は立ち止まった。山林の中である。
 1人の少女が、木陰から現れて私の行く手を塞いでいた。
「お……おみつめ様……」
「……村に戻りましょう、岩本さん」
 祁答院恵が、静かに言った。
 教団で、本尊「おみつめ様」として祭り上げられている少女である。兄が教祖、妹が本尊。そんな教団なのだ。
「妖の群れが来ています。村の中にいる限り、教祖様や辻堂さん、それにあの朴義秀さんが守って下さいますが、村の外は危険ですから」
「嫌だ……金剛隔者に、守ってもらうなんて……」
 私は、後退りをした。
「あの連中は、用心棒面をしながら露骨に恩を着せてくるぞ……あんたみたいな可愛い女の子に、何をするかわからない……」
「朴さんは、そんな人ではありませんよ。だから恐がらずに」
「恐がるな、だと!? 金剛軍の連中が実際に何をやらかしたのか、見たわけでもないくせに!」
 私の叫びに応えるかの如く、木陰で不穏な音が生じた。
 木陰が……いや、木そのものが動いていた。
 それと共に、ゆらり、のたり、と山道に踏み出して来たものたちがいる。
 腐敗臭を発する、巨大な影が複数。
「妖……こんな所に!」
 おみつめ様が、尻餅をついた私を庇って立ち、おぞましいものたちと対峙した。
「岩本さん、どうか恐がらないで。貴方は、私が守ります……覚者とは、貴方たちを守る存在です。だから、どうか恐がらないで下さい」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.妖の殲滅
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 宗教団体「ひかりの目」が、妖の群れに襲われました。
 信者の1人(一般人男性、岩本良夫。28歳)が村を逃げ出して妖の集団と遭遇し、危機に陥っております。助けてあげて下さい。
 妖は全6体。詳細は以下の通り。

●動く巨木(1体)
 生物系ランク3、中衛中央。根で大地を掘り進みながら歩行する樹木。
 以前の拙シナリオ『正義と力が堕ちてゆく』に登場したものと同種ですが、より大型です。
 攻撃手段は、怪力の枝による接近戦(物近単)。
 もう1つ、触手状の根による生命力吸収があります。これが命中した場合、与えたダメージ分だけ体力が回復します。対象1名から多量の体力を奪うパターン(物遠単)と、対象複数から少量ずつ体力を奪うパターン(物遠列)があります。

●熊の屍(5体)
 生物系、ランク2。中衛左右、及び前衛。死んだ熊が、妖と化したものです。
 攻撃手段は、怪力による接近戦のみ(物近単)ですが、命中すると腐敗毒に侵される危険性があります(BS毒)。

 現場には「ひかりの目」本尊である覚者の少女・祁答院恵(女、15歳、水行怪)がいて単身、岩本氏を守って妖たちと戦っています。覚者の皆様が駆けつけた時には消耗し、危機に陥っているでしょう。
 回復を施し、味方として戦わせる事は可能です。彼女の使用スキルは破眼光、伊邪波、海衣、潤しの滴、潤しの雨です。共闘すれば、皆様のために治療術式を使ってくれるでしょう。

 時間帯は真昼、場所は教団の村を囲む山林の中。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2018年09月13日

■メイン参加者 6人■

『鬼灯の鎌鼬』
椿屋 ツバメ(CL2001351)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『五麟の結界』
篁・三十三(CL2001480)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


 ある日、森の中で熊と出会う。
 その歌を口ずさみながら、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は火行因子を体内で燃やした。『天駆』の発動である。
 今この山林の中では、1人の少女が、イヤリングなど拾ってくれそうにない熊たちに襲われていた。
 死んで、腐敗しながら妖と化した熊が、5匹。
 腐敗毒にまみれた爪や牙を近付けられながら、その少女は大木の幹にもたれていた。大木がなければ、座り込んでいたところであろう。ほとんど力尽きている。
 大木の根元では、1人の男が尻餅をつき、呆然と怯えていた。
 要救助者が2名、という事だ。
「似たもの兄妹だよね。1人で、無茶をしたがる」
 少女を背後に庇って彩吹は立ち、死せる熊たちと対峙した。
「兄貴の方も今頃きっと無茶をして、まあ朴さんや辻堂さんがついてるから大丈夫だろうけど……恵はね、私たちが守るよ」
「彩吹さん……来て……下さったのですね……」
 少女……水行怪の覚者・祁答院恵が、可憐な美貌に弱々しい笑みを浮かべる。
 傷を負っている。治療術式のための気力も、使い果たしているようだ。
「ごめんなさい……期待していなかった、と言えば嘘になります……」
「期待してよー、おみつめちゃん」
 宙に護符を投げながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が笑う。
「熊さんから毒、もらっちゃってるみたいだね。これで大丈夫……ふっふふふ。おみつめちゃんと同じくらい可愛い陰陽師の女の子にね、作ってもらった護符だよー。きゅーきゅー、に、にょりつにょ、あれ?」
 護符が、舞い散る花びらと化し、恵を含む覚者7名全員を芳香で包み込む。毒に抗う力をもたらす芳香。
 続いて霧が漂い、水滴が恵に降った。『癒しの霧』と『潤しの滴』。
 水行覚者2名……篁三十三(CL2001480)と桂木日那乃(CL2000941)による、治療術式であった。
「はじめまして……桂木日那乃、です」
「あ、どうも……祁答院恵と申します」
 恭しく頭を下げ合う少女2人を護衛する形に、『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)が身構える。
「人であろうと獣であろうと、死せる者は安らかに眠るべきだな。今、楽にしてやる」
 火行因子を、燃え上がらせながらだ。
 彼女の額で灼熱の輝きを宿す第三の目が、妖たちを睨み据える。
 5頭もの、死せる熊たち。
 そして、それらを操るが如く後方で巨体を誇示する樹木。鋭利な枝は鉤爪を成し、根は触手のように蠢いている。
 ぽん、と恵の肩を叩きながら『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が進み出た。
「あいつの同種とは戦った事がある。なかなか厄介な奴だぜ……恵は下がっててくれ。その人、連れてな」
 ただ肩を叩いたわけではない。『大填気』である。消耗した恵に、翔の気力が注入されていた。
 翔の言う「その人」は、まだ大木の根元に座り込み、怯えている。
「さあ、立って」
 三十三が、半ば無理やりに彼を掴んで立たせた。
「祁答院恵さん、でしたね。彼と一緒に避難を……ここは、僕たちが」
「は、はい。お願い、いたしますね。さあ行きましょう、岩本さん」
 岩本と呼ばれた男は何も言わず、恵に手を引かれるまま逃げ去って行く。
 死せる熊たちが、それを追うべく、のそりと動く。いや動こうとしたところへ、
「吉之介は助けられたけど……ごめん、お前たちは助けてやれない!」
 彩吹は突っ込んで行った。鋭利な美脚が、連続回し蹴りの形に一閃し、熊たちの腐敗した巨体を切り裂く。
 合わせるように、翔が印を結ぶ。
「続いて行くぜ!」
「ああ待って相棒、今ドーピングしたげるから」
 紡の細身が、翼を広げて舞った。
 演舞・清爽の光がキラキラと拡散し、覚者6名に降り注ぐ。
「よし……もらったぜ、紡の強化術式!」
 翔が拳を握り、改めて印を結んだ。
 雷鳴が轟き、電光が迸って妖たちを直撃した。雷獣。
 彩吹に蹴り裂かれた熊たちが、稲妻に灼かれて痙攣し、焦げた腐肉を飛散させる。
 そんな有様を晒しながらも、死せる熊たちは、のそりと突進を仕掛けて来る。
 迎え撃ったのは、ツバメだった。大鎌・白狼が立て続けに斬撃の弧を描き、腐乱した巨体の群れを薙ぎ払う。
 1体が、半ば両断された。真っ二つになりかけた状態で、のけ反っている。
 そこへ、暴風の塊が砲弾の如くぶつかって行く。日那乃のエアブリット。熊の腐乱死体が完全にちぎれ、飛び散った。
 残り4体となった、死せる熊たちの突進が、覚者前衛を直撃する。
 腐敗毒にまみれた爪が、牙が、彩吹を切り裂き、翔を吹っ飛ばし、ツバメを叩きのめしていた。
「ぐっ……う……」
 血飛沫をぶちまけながら彩吹は、花の芳香を感じた。紡が最初に施してくれた防御術式が、辛うじて毒を防いでくれた。
 同じく血まみれでよろめきながらツバメが、倒れた翔を助け起こそうとする。
「翔、大丈夫か……」
「オレは平気……あ、危ないツバメさん!」
 翔の叫びと同時に、ツバメは宙を舞った。鮮血の飛沫を空中に咲かせながら。
 巨木の妖。その鉤爪のような枝が、彼女を引き裂き殴り飛ばしていた。


「日那ちゃん、一緒に行こっか!」
「了解……紡さんに、合わせる」
 暴風の砲弾が2つ、妖たちに撃ち込まれる。熊の屍が2体、砕け散った。
 死せる熊の残り2頭が、動く巨木の左右を固めながら、のろりと突進して来る。鈍重に見えて、意外に速い。
 紡は術杖を構え、術式を射出した。妖に、ではなく彩吹に向かって。
「ドーピングその2、戦巫女之祝詞!、いぶちゃん、ボクを守ってねー」
「了解了解。紡に手を出す奴は許さないよっ」
 吹っ飛ばされたように妖へと向かった彩吹が、美しくも強靭な両脚を斬撃の如く一閃させる。蹴りによる疾風双斬。
 それに合わせて、翔がカクセイパッドを掲げる。表示された白虎が吼え、電光が迸る。
 斬撃と雷撃が、死せる熊たちと動く巨木を激しく直撃した。
 よろめき、突進を止めた妖たちを、続いて霧が包み込む。
 その霧の中で、死神が舞った、ように紡には見えた。大鎌が、熊の屍2体と巨木の妖を叩き斬る。
 叩き斬られた妖たちが、しかし再び動き出す。
 大鎌を担いだツバメが、その行く手に着地した。大鎌の重さに潰されそうなほど負傷した身体でだ。
「行かせはしない……」
「ツバメさん、無茶をしないで!」
 声と共に、水行の癒しの力が降り注いだ。潤しの雨。
 紡が振り向くと、1人の少女がそこにいた。
「おみつめちゃん! え、戻って来ちゃったの?」
「岩本さんには、安全な場所に避難していただきました……私も戦います、紡さん」
 額で第三の目を発光させながら、祁答院恵が意志を固めている。
 同じく第三の目を輝かせながらツバメが、
「来てしまったものは仕方がない。あてにさせてもらうぞ、恵……ッ!」
 死せる熊の攻撃を、身体で止めた。潤しの雨による治療を受けたばかりの身体が、腐敗した豪腕に叩きのめされる。
「ツバメ……うっぐ!」
 彩吹が、死せる熊のもう1体に殴り飛ばされて樹木に激突した。
 幹を擦りながら、ずり落ちてゆく彼女に、三十三が寄り添う。
「大丈夫ですか、彩吹さん……貴女はまあ、死にかけている時でも大丈夫としか言わない人ですけど」
「ふ……今のは、ちょっと痛かったよ。三十三なら、2回は死んでいたかな……」
「僕は毎日、彩吹さんに殺されかけていますけどね。今、治療を」
 治療術式の構えに入った三十三が次の瞬間、絡め取られた。蛇のようなものが地中から伸び現れ、彼の全身にビシッ! と巻き付いていた。
 動く巨木の、根であった。
 妖の体表面で、斬られ焼け焦げた樹皮がボロボロと剥がれ落ち、新たな樹皮が隆起する。
 妖が、三十三の生命力を吸引し、再生を行っているのだ。
「さとみん……!」
「……大丈夫」
 紡の呼びかけに、三十三が口調弱く応える。
 彼の細身に絡み付く木の根が、ちぎれて飛んだ。三十三が剛力で引きちぎった、ようにも見えてしまう。
「そんな……いぶちゃんじゃあるまいし……」
「こら紡……」
 彩吹の声が、弱々しい。滴り落ちる鮮血が、禍々しい紫色を帯びている。
 腐敗毒。
 彩吹だけではなくツバメも、毒々しく変色した血を流し、よろめいている。
 紡は、打ちひしがれた。
「ボクが最初……急々如律令って、ちゃんと言えなかったから?」
「そんなわけはないです。とにかく、治療を」
 三十三が、印を結んで翼を広げ、治療術式を拡散させる。癒しの霧。これでは、しかし傷の治療は出来ても、毒消しまでは不可能である。
 妖の、腐敗毒。
 それとは全く異質の猛毒が、三十三の全身を包み込んでいるのを、紡は見て取った。その毒性が、巨木の根を粉砕したのだ。
「河内の毒衣……だね? さとみん」
「ようやく御披露目の機会を得ました。この古妖の毒を分析・応用などして……毒消しが出来れば、良いのですが」
「毒消し、任せて」
 日那乃が、ぱたぱたと翼をはためかせ、氷の粒子をキラキラと舞い散らせる。今回は翼人が多い、と今更ながら紡は思った。
 それはともかく、煌めくダイヤモンド・ダストが、彩吹とツバメの身体から腐敗毒を消滅させてゆく。
 彩吹が、三十三に支えられて立ち上がった。
「……やれやれ、助かったよ日那乃。2人揃ってゾンビになっちゃうかと思った。ね? ツバメ」
「ゾンビメイクなら、田沢社長のPVでやらされた事がある」
 紡は、ぽんと手を叩いた。
「あ、いいねえゾンビメイク。今度のハロウィンで、やってみよっか。ねえ相棒」
「ハロウィンかー。けど本物のゾンビはいらねえ、成仏しろ!」
 翔の雷獣が迸り、妖たちを直撃する。荒れ狂う電光の中、死せる熊の残り2体が砕け散った。
 動く巨木は、しかし灼け焦げた樹皮を剥離させながら電撃に抗い、迫って来る。
 電光に続いて、炎が巨木に絡み付いた。蜥蜴の形をした、無数の小さな炎。
 彩吹の『火蜥蜴の牙』である。
 間髪入れずにツバメが踏み込み、大鎌で疾風双斬を叩き込んでゆく。すれ違いざまに、第三の目を激しく発光させながら。
 巨木の幹にざっくりと刻まれた裂傷。そこに、ツバメの破眼光が突き刺さった。
 硬直した妖の巨体に、何発もの暴風の砲弾が激突する。
 紡が、三十三が、連携してエアブリットを撃ち込んだのだ。
 大量の木片を飛散させながらも、動く巨木はしかし原形を失わず、触手のような根を暴れさせて突っ込んで来る。
 紡は、舌を巻いた。
「しぶとい……うどの大木、ってわけじゃあないんだねえ」
「これが……妖……」
 三十三が呻く。
「この怪物たちを倒すために、手段を選んではいられない……萩尾二等、それが貴方の言い分だとしても……!」
「え……萩尾、二等……?」
 潤しの雨を降らせながら恵が、萩尾という人名に反応を示した、その時。
 土を砕いて蠢き暴れる巨木の根が、彩吹を、翔を、ツバメを、絡め取り締め上げた。
「くっ、この……!」
 彩吹が本当に、絡み付く根を引きちぎりにかかる。
 それに成功したのは、しかし彩吹ではなく翔だった。巨木の根をちぎり飛ばしながら、ゆらりと身構えている。
「八卦の構え・極……へへっ、さとみんの真似みたくなっちまったけど」
「……僕に、そんな力技は無理ですよ」
 三十三が言った、その時。嵐が吹いた。
 暴風の砲弾が、動く巨木の根元近くを直撃していた。何本もの蠢く根が、ちぎれ飛んだ。
 ちぎれた根が、彩吹とツバメの身体から、ほどけ落ちる。
 日那乃のエアブリットだった。
「妖……ただ、人を襲う……わたし、ただ斃す。被害者が出る前に」
「うーん、力技」
 紡は、とりあえず感心するしかなかった。
 動く巨木が、怒り狂ったように土を舞い上げ、突っ込んで来る。
「ここからは、ひたすら……力技で、行くしかないって事だね」


 日那乃の言う通りだ、とツバメは思う。
 妖は、ただ人間を殺傷する。だから人間の敵として、殺処分する事が出来る。
 これが隔者となると、いささか面倒な事になるのだ。
 先程、逃げ去って行った岩本のように、隔者を憎む者も出て来る。
(お前がこの先、因子の力に目覚めないとは限らない……そうなったら、どうする? 憎い金剛隔者を虐殺でもするのか? それとも誰かを守るために行動するか? お前の忌み嫌う、朴義秀のように)
 岩本がこの場にいたとしたら、ぶつけてみたい言葉ではある。
 ともあれ、この場における妖との戦いは終わった。
 動く巨木は、動かぬ倒木となって横たわり、急速に枯れてゆく。山林の土に、返ってゆく。
 誰の攻撃がとどめとなったのか、ツバメは覚えていない。
「大丈夫ですか? ツバメさん」
 恵が、気遣ってくれる。ツバメは、弱々しい笑みを返した。
「助かった、恵……お前を助けに来たはずが、助けられてしまったな」
「治療術式に専念してくれる人が、1人でも増えると違うね。やっぱり」
 彩吹が言い、紡が微笑む。
「揉め事でもないと、おみつめちゃんに会えないってのがアレだけど……でも会えたから! お茶しよ、お茶!」
「実は三枝先生から、御茶請けのお菓子をいただいたんです。贈収賄には当たらない、とおっしゃってました」
「おおっ、いいねー。山吹色のお菓子とかじゃない、本物のお菓子!」
 紡が喜び、三十三がいくらか重い表情を浮かべる。
「祁答院恵さん……貴女は、萩尾高房という人物を」
「……私と兄は、七星剣で隔者としての戦闘訓練を受けました」
 恵が答えた。
「その時の教官が、元AAA二等捜査官・萩尾高房先生です。あの方には本当に、良くしていただきました」
「……実は会ったんだよ、オレたち。その人に」
 翔の口調が、重い。
「多分、戦わなきゃならなくなる」
「……でしょうね。私たちにとっては恩人ですが、良からぬ考えをお持ちの方でもありますから」
「萩尾二等は、妖を憎んでいる。その心にだけは偽りはないと断言出来ますが……」
 三十三が言うと、彩吹が腕組みをした。
「妖って連中、何でこんな所を襲うんだろうね……って、ごめん恵。こんな所なんて」
「ふふっ、そうですよね。どうしてこんな所に来るんでしょう」
 恵が言った、その時。足音が近付いて来た。
「こちらも、片付いているようだな」
 ゴリラのような大男が1名、執事風の老人が1名。
 彩吹が、まずは声を上げた。
「朴さん、それに辻堂さん! 久しぶり、お疲れ様!」
「どの面を下げて、あなた方にお会い出来るものかと思っておりました」
 辻堂と呼ばれた老人が、彩吹にばしばしと背中を叩かれ苦笑する。
 三十三が、控え目な声を発した。
「い、彩吹さん。あまり御老人を叩くのは……」
「三十三は知らないよね。このお爺さん、強いんだから」
「辻堂氏のおかげで死傷者もなく、妖の群れを殲滅する事が出来た」
 朴が言う。
「我々やお前たちが、いくらか傷を負った程度かな」
「本当に大切なものを……見つめ直しているようだな、朴義秀」
 ツバメが言葉をかける。朴が、微笑む。
「己自身を見つめる、という事を俺はお前たちから、そしてその少女から教わった気がする……おみつめ様。教祖がな、貴女がいなくなって大騒ぎをしている。早く無事な姿を見せてやって欲しい」
「しょうがねえなあ、晃は」
 翔が笑い、すぐ真顔になった。
「朴のおっさんは、何か知らねーかな。この教団、やたらと妖に襲われるんだけど何でかなって話」
「人がいれば襲う、殺す。それが妖だ。金剛隔者と同じよ」
 朴が自嘲する。
「三枝先生が今、村人相手に演説をぶっているところだ。金剛隔者を許してやれ、とな」
「自衛力として、この教団のために戦う。それは悪い選択ではないと思う」
 三十三が言った。
「あの岩本氏のように、貴方がたを許さない人々はいるだろうけど……彼は、今?」
「村の避難所で、膝を抱えておりますよ」
 答えたのは、辻堂老人である。
「彼は金剛隔者を憎み、恐れておりましたが今……それ以上に、妖を恐れております」
「これから、ゆっくり……わかってもらうしか、ねーんだろうな」
 そこで翔は黙り込み、代わるように日那乃が言葉を発した。
「朴義秀さんは……金剛隔者を辞めて、覚者になったの?」
「それを判断するのは俺自身ではない。例えばその岩本という男のように、我らを憎んでいる者たちだろうな」
「あなた、きっと七星剣しか行く所なかった。だから隔者……わたし、ファイヴに入ったから最初から覚者のまま。七星剣に入っていたら、あなたと同じ隔者で……覚者になるのは難しい、と思う」
 日那乃が、じっと朴を見つめる。
「……隔者の受け皿って、どうすればいいと思う? 隔者を無理矢理、覚者にする?」
「妖と戦う。今は、それしかない」
 朴は言った。
「そうすれば、俺のような者でもいくらかは人の役に立てる……妖あっての我々、という事になってしまうのかな」
「朴さん……」
 言葉をかけようとしながら恵が突然、己の頭を押さえた。
「お、おい。どうした恵……」
 翔が気遣う。大丈夫です、と恵が蚊の鳴くような声を発する。
 彼女に何が起こったのか、理解しているのは、この場では自分だけであろうとツバメは思う。
「恵……お前にも、聞こえたのか……」
「ツバメさん……貴女も……」
 聞こえた、わけではないのかも知れない。
 耳で聞くもの、ではない声が、頭の中に響き渡ったのだ。
 片手で側頭部を押さえながら、ツバメはそれを反芻した。
『人の中に在る、我らの同胞よ……第三の眼で、我らの心を見つめる者たちよ……力を貸して欲しい。我らの復讐が、人間そのものに向かぬよう……我が怨みの念が、地上を打ち砕く前に……狩れ、殺せ、憎き古妖狩人どもを!』

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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