狩る者、狩られる者
狩る者、狩られる者



 人を殺したわけではない。
 人ではない生き物たちを使って、有意義な実験をしていただけだ。
 ファイヴによって身柄を拘束された私ではあるが、すぐに釈放された。当然だ。私は何も、悪い事などしていないのだから。
 そんな私に、ファイヴの覚者たちは容赦のない攻撃を喰らわせてくれた。
 無論、手加減はしてくれたのだろう。だが、あの連中の手加減は、辛うじて殺しはしない、という程度のものでしかない。
 私は今、車椅子に乗っている。
 覚者たちに受けた仕打ちを、私は声高に叫ぶ事も出来ない。
 ファイヴの行った、あの演説のせいだ。
 あれ以来、我々憤怒者は息を潜めて生活しなければならなくなった。世間に向かって物を言う権利を、奪われたに等しい。
「充分ではないか……罰を受けるにしても、それで充分ではないかぁ……」
 車椅子の上で、私は小便を漏らしていた。
 殺戮者が、ゆっくりと歩み迫って来る。鞘を被った日本刀を、腰に差したまま。
 抜き打ちの一閃で、私は死ぬだろう。いや、果たして一瞬で死なせてくれるものか。
 車椅子を押していた看護師は、私を置いてさっさと逃げた。
 私は1人、殺戮者の眼前に放置されたのだ。
 ここ最近、あの組織にかつて属していた者たちが、全国各地で不審死を遂げている。私の上司だった男は全身の皮膚を剥がされ、私の弟は頭蓋を叩き割られていた。
 私の親友はバラバラに引きちぎられて、いくつかの部分が見つかっていない。喰われたのだろう、と私は思う。
「仕方がなかったのだ、我々は弱いから……覚者という化け物どもから身を守るために、家族や友を守るために、お前たちの力が必要だった……お前たちが素直に力を貸してくれさえすれば、あんな事にはならなかったのだ……」
 殺戮者が、にやりと嘴を歪めた。猛禽そのものの鋭い眼光で、私を射すくめながら。
 そして、言う。
「……狩られる気分はどうだ、古妖狩人」


「恐れてた事が、始まっちまった」
 久方相馬(nCL2000004)の、口調が重い。
「今あっちこっちで、いろんな人が殺されてる。ピンポイントに、その人たちだけが殺されてるんだ。
 その人たちの共通点は1つ……全員、古妖狩人の組織にいたって事。
 詳しい説明はいらないと思う。狩る立場と狩られる立場が、逆転しちまったってわけだ要するに。
 あいつら、古妖って連中を完全に怒らせちまったんだよ。
 とりあえず……ある病院で、古妖に殺される人の夢を見た。その人は車椅子に乗ってる。
 あの戦いで、ファイヴの誰かが手加減失敗しちまったか……許せなくて、わざと食らわせた奴がいるのかは、わからない。
 場所は病院の中庭で、昼間だ。広さも明るさも問題ないと思う。
 問題があるとしたら、そう。助けてやる気が起こるかどうかだ。難しいところだよな」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・烏天狗の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 元古妖狩人・中嶋祐一氏(一般人、男性、40歳)が、とある病院の中庭で古妖・烏天狗に殺されそうになっております。出来れば助けてあげて下さい。

 烏天狗(1体)は、剣による斬撃(物近単)の他、竜巻を起こして覚者複数を切り裂く攻撃を仕掛けてきます(特遠列、特遠全)。

 中嶋氏が殺される寸前、覚者の皆様が駆け付けたところを状況開始とさせていただきます。
 烏天狗は、中嶋氏殺害を後回しにして、まずは覚者の皆様と戦うでしょう。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
公開日
2018年09月05日

■メイン参加者 5人■

『五麟の結界』
篁・三十三(CL2001480)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『地を駆ける羽』
如月・蒼羽(CL2001575)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)


 自分かも知れない。
 車椅子に乗った元・古妖狩人の姿を見て、『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は、そう思った。
 古妖狩人相手の手加減は、ある意味、大妖との戦い以上に困難を極めた。
 奏空だけではない。大勢の覚者が、懸命に殺意を抑え込みながら戦っていたはずだ。古妖狩人という、武装をしただけの普通の人間たちと。
 殺意を抑えきれなかった者も、いるかも知れない。
 ついうっかり、あるいは半ば意識的に、手加減に失敗してしまう者もいたかも知れない。
 それが自分ではないという確固たる自信が、奏空にはなかった。
「だから、ってわけじゃないけど中嶋さん……あんたを、助けるよ。死なせはしない」
 車椅子の上で怯えている男に、奏空は声をかけた。
 その男の眼前で、いつでも抜刀出来る姿勢で佇んでいる、1体の古妖にも。
「烏天狗……許してやって欲しい、とは言わない。ただ、殺す以外にも仕返しの方法はあると思わないか」
「……来てしまったのだな、覚者たち」
 烏天狗が言った。
「頼む。見て見ぬ振りを、してくれぬか」
「それが出来りゃ、最初から来ねーよ」
 ため息混じりの声を発しながら、『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)が、車椅子上の元・古妖狩人を睨む。
「なあ……おい、中嶋とかいうおっさん。これでわかったろ、自分らが一体どういう連中を怒らせちまったのかってのが」
「お見事、としか思えないよ。元・古妖狩人だけを入念に正確に突き止めて、殺害する。他の人間は一切、巻き込まない」
 言ったのは『地を駆ける羽』如月蒼羽(CL2001575)である。
「節度を持っての復讐。感服するしかない、にしても……これ以上は、させないよ」
 その近くでは『呑気草』真屋千雪(CL2001638)が、じっと目を閉じている。術式に備え、念を集中しているようだ。
 烏天狗が、眼光鋭く覚者5人を見渡す。
 その視線を受け止め、篁三十三(CL2001480)が言った。
「1つ訊きたい。この復讐は、貴方が単独で行っているものでは」
「無論ない。我ら天狗の他、鬼族や魑魅魍魎といった者たちも動いている」
 烏天狗が答える。
「節度ある復讐、と言ったな。お前たち次第では、その節度とやらも失われる……人間の最強の力とも言うべき、お前たち覚者がな、こうして古妖狩人どもを庇いだてするとなると」
「……古妖狩人を守るのは、人間という種族の総意という事になってしまう」
 三十三が、重々しく声を漏らす。
「人間全てが、貴方がた古妖の復讐対象になってしまう……という事か」
「そのあたりについては、話し合いの余地があると思う」
 蒼羽が言った。
「その中嶋氏を助けるかどうかに関しては、残念ながら話し合いの余地はなさそうだね……やろうか、奏空くん」
「はい……錬覇法、行きます!」
 蒼羽と奏空、覚者2名が揃って、前世の『誰か』との同調を果たす。
 薬壺印を結びながら、奏空は言い放った。
「烏天狗……今あんたたちがやってる事は、事情を知らない人間にしてみれば恐怖でしかない。俺たちは、人の世から恐怖を取り除かなければならないんだ。あんたを……殺したくはない……!」
「俺も、お前たち覚者を殺したくはない」
 烏天狗が、車椅子に乗った人間から、こちら5名の覚者へと、注意を移してくれたようである。
「古妖狩人の組織を潰してくれた事は感謝する。あの者ども1人1人を殺し尽くしてくれたなら、なお良かったのだがな」
「……それは、出来ない」
「で、あろう。だから我らがやるのだ。もう1度言う、見て見ぬ振りをしろ」
「こっちは何度でも言うぜ。見て見ぬ振りは出来ねー」
 翔が言った。
「なあ烏天狗、お前の気持ちはわかる。あの現場を見た時……オレもきっと、今のお前と同じ気持ちになってた。古妖狩人って連中は本当になぁ、どうにも庇いようがねえ」
「それでも、庇うのだな」
「その中嶋っておっさんは、もう罰を受けてる! そうは思わねーか!?」
 翔は、叫んでいた。
「自分のやらかした事と、ずっと向き合ってかなきゃいけねえ。不自由な身体で、この先ずっとだ!」
「貴方の抜き打ちで、一瞬で楽になってしまうよりも、過酷な罰だとは思わないか」
 三十三が言うと、烏天狗は嘴を歪めた。微笑んだのか。
「まずは、貴様から楽になってみるか……!」
 疾風、としか思えない踏み込みだった。
 抜刀、そして斬撃。抜き打ちの一閃が、三十三を襲う。
 だが、烏天狗の進行方向には、すでに蒼羽が立ち塞がっていた。
 鮮血の飛沫が、散った。
 三十三が、息を呑みながら悲鳴を発する。
「蒼羽さん……!」
「僕は大丈夫……それより、中嶋氏を……っ」
「……わかりました」
 三十三が駆け出し、烏天狗の横を通過する。
「む、貴様……」
「おっと……君の相手は、僕たちだよ……」
 迸る血飛沫を手で押さえ込みながら、蒼羽が苦しげに笑う。
「烏天狗は剣の達人、とは聞いてたけれど……想像以上だね。僕の身体がもう少し軟弱だったら、真っ二つになっていたところ。さすが……牛若丸の、武芸の先生……」
「それは俺ではない。あの少年に天狗族の武を教え授けたるは、我らの棟梁よ」
「そうなのか。では君たち天狗族が、総出で源氏のサポートをしていたという事かな」
 そんな会話の間に、三十三は中嶋の車椅子を押しながら走り、戦闘区域と化した中庭より離脱して行く。
 蒼羽が、なおも言った。
「その時代から……人と古妖は、良好な関係を築いていたんだね。それを台無しにしたのは、僕たち人間の方……」
「あの戦で我らが源氏に与力したるは思惑あっての事よ、気にするな。それよりもっ」
 烏天狗が羽ばたき、跳躍した。
 無数の蔦が、蛇の如く中庭を這いずりながら伸び、烏天狗を足元から襲ったところである。
 だが、それは回避された。
「ああもう、かわされたー残念!」
 千雪が、ようやく声を発した」
「牛若丸の話とか、参加したいの我慢して集中してたんだけどなー」
「あまりにも露骨に念を集中させている。警戒して突然であろうが……うぐっ!?」
 烏天狗が、電光に打たれて墜落した。
「千雪くん、ごめん。君の術式を、牽制と言うか囮と言うか、とにかく僕のこれを命中させるために利用しちゃった」
 言いつつ蒼羽が、両手にまとった左右のショットガントレットを、バチバチと放電・帯電させている。
 その電光が、烏天狗に絡み付いているのだ。
「雷神の檻……まずは、動きを封じさせてもらう」
「わーい、蒼羽さんと連携っぽくなった。結果オーライかなー」
 千雪が、呑気に無邪気に喜んだ。
「……なめるな、人間……」
 電光に絡まれ、束縛されたまま、烏天狗はユラリと立ち上がり、念じた。
「天狗の、風を……封じる事など出来はせん……!」


 かつてAAAが、古妖狩人の活動拠点の1つを制圧する作戦を実行した。
 その制圧部隊に、三十三は所属していた。そして古妖狩人と戦った。
 命乞いをする古妖狩人を前にして、三十三の手は止まった。
 その古妖狩人は、しかし直後、物の如く引きちぎられた。制圧部隊の、指揮官によってだ。
 三十三は思う。あれは制圧ではなく、虐殺であったと。
 古妖狩人たちを片っ端から叩き潰したり引き裂いたり灼き砕いたりしながら、その指揮官は言った。
 篁君、困りました。いくら人を殺しても一向に破綻してくれません……と。
 拠点に囚われていたキジムナーの子供が、助けに来たはずのAAA指揮官を見て怯えた。抱き合って、三十三も怯えた。
「中嶋さん……貴方たち憤怒者が、覚者を忌み嫌うのは当然なのかも知れない。あんな人がいる以上……」
 思い出しつつ、三十三は言った。
「だけど、それなら覚者だけを攻撃すれば良かった。古妖を巻き込む事に一体どんな意味が」
「お前たちのような、化け物を相手に……我々の力だけで戦え、とでも……?」
 俯いたまま、中嶋は呻いた。
 彼の車椅子を、中庭から病棟のエントランスへと押し込んだところである。
「古妖でも何でも、利用するしかないではないか……」
「利用……出来る相手だと思うのか、あれが」
 轟音を立てて、風が吹いた。
 病棟を揺るがしかねない巨大な竜巻が、中庭に発生していた。
 渦を巻く、暴風の刃。
 奏空が、翔が、蒼羽が、千雪が、よろめきながら切り裂かれ、鮮血を散らす。
 竜巻を吹かせた烏天狗自身も、しかし後方へ吹っ飛びながら血飛沫を舞わせていた。
 暴風の刃が、烏天狗をも襲ったのだ。
 煌めく光を八葉蓮華の形に咲かせた奏空と、八卦の構えを取った翔が、血まみれながら防御姿勢を維持し、佇んでいる。
「烏天狗……あんたの力は、凄まじい」
「だから……跳ね返させて、もらったぜ……」
 翔が笑い、素早く印を結び変える。
「あんたの、この力……普通の人間相手に使わせる、わけにゃいかねーんだ!」
 B.O.T.改の構え。
 よろりと立ち上がった烏天狗が、翔を見据え、それに備える。
 その時には、しかし奏空が踏み込んでいた。
 高速の踏み込み、そして抜刀。『十六夜』の連続斬撃が、烏天狗を直撃する。
「ぐっ……!」
 鮮血を噴き、よろめいた烏天狗が、次の瞬間には光に貫かれて吹っ飛んだ。
 翔のB.O.T.改が、発射されたのだ。
 吹っ飛んだ烏天狗が、地面に激突しつつも即座に起き上がり、剣を構え直す。
 その眼前に、しかし蒼羽はすでにいた。
 烏天狗が、再び地面に激突し、血を吐いた。蒼羽の『四方投げ』だった。
「化け物……」
 エントランスで、その戦いを目の当たりにしながら、中嶋が呻く。
「古妖も、覚者も、化け物だ……人間など容易く殺せる化け物が、大手を振って歩き回る社会……そこで、我々は生きなければならんのだぞ。貴様らにわかるか、この恐怖が!」
 三十三は何も言わず、中嶋を放置して歩き出し、中庭へと向かった。
 烏天狗が、立ち上がると同時に剣を一閃させている。それを蒼羽が辛うじてかわし、距離を取ったところである。
 三十三も、戦線に復帰しなければならない。
 思う事は、1つ。
 あの時の子供の両親も、中嶋と同じ事を、三十三に向かって叫びたかったに違いない。


 独善、以外の何物でもない。復讐を止めるというのは、そういう事だ。
「独り善がりに自己満足……大いに結構! 人間の行動ってさ、大抵それで説明ついちゃうんだよねー……」
 息も絶え絶えに微笑み、血を吐きながら、千雪は琴巫姫を奏でた。
 木行の癒しが、琴の音となって蒼羽と翔を包み込む。大樹の息吹。
 最優先で治療術式を施さなければならないのは、この前衛2名に対してだ。
(正直……さっきの竜巻、1発喰らっただけで僕も死にそうなんだけどねー……ああ、大樹の息吹が全員回復だったらなー)
 このまま自分が死んだら、あの人は悲しんでくれるだろうか。
 千雪が思った、その時。
 水行の癒しの力が、ひんやりと漂って、千雪の傷付いた全身に染み込んで来た。
 容赦のない治療の痛みを感じながら、千雪は振り向いた。
「篁くん……あ、いや僕もさとみんって呼んでいいかなー?」
「お好きなように。それより遅くなりました、すみません」
 三十三の、『癒しの霧』であった。
「中嶋さんは無事です。まあ……車椅子で、ここへ突っ込んで来る事もないでしょうから」
「こじらせちゃった憤怒者のお相手は大変だよねー、さとみん」
 千雪は、うんうんと頷いて見せた。
「まあ自業自得なんだけどねー中嶋氏も。だけどほら、復讐の連鎖ってやっぱり良くないよ。血で血を洗っても、ただ血まみれなだけじゃないかー。ねえ烏天狗くん」
「何を今更……俺など、すでに魂まで血にまみれておるわ!」
 烏天狗が叫ぶ。仮面のようでもある鳥類の顔が、しかし仮面ではあり得ない激情の歪み方をした。
 修羅の形相の烏天狗が、超高速で踏み込んで来る。一本下駄を履いたままだ。
 まさしく古妖、人智を超えた身体能力である。
 千雪がそんな事を思っている間、烏天狗は、電光の束縛を振りちぎるように剣を振るった。
 その斬撃を、蒼羽が受けた。ショットガントレットで、拳を握りながら。
 烏天狗と蒼羽、双方が血飛沫をぶちまけ、よろめいた。
「霞舞……やっぱり、無様な相討ちにしか……ならないね……」
「無様じゃないよ、蒼羽さん!」
 奏空が駆け、烏天狗に肉薄しながら、魔剣『MISORA』を一閃させた。
 一閃で、幾度もの斬撃が繰り出されていた。『激鱗』である。
「烏天狗! もしかして、復讐を成功させれば死んでもいいなんて思ってないか!? 駄目だよ、それは!」
「我らが同胞の復讐を果たさずして、おめおめと生きていられるものか!」
 並みの妖や隔者であれば、一瞬にして切り刻まれていたであろう。
 だが烏天狗は、それら斬撃の何発かを剣で弾き、受け流した。何発かは、直撃を喰らった。火花と血飛沫が、同時に散った。
 それらを蹴散らすように、電光が疾る。
「人間への復讐なら、オレたちが受けるぜ! まずオレを斬り殺してみろ! それまで死ねねーぞ、あんたは!」
 翔の『雷獣』だった。
 電光に灼かれ、感電しながら吹っ飛んで行く烏天狗に、三十三が略式滅相銃の狙いを定める。
「攻撃を……合わせて、くれますか? 真屋君」
「もうちょっと、お気軽な呼び方でいいよー。さとみん」
 琴巫姫を爪弾きながら、千雪は言った。
「そうだなー……呑気草のノン太、とかでも」
「……千雪君、と呼ばせてもらいます。さあ」
 略式滅相銃のマニ車が猛回転し、銃口から暴風の銃弾が速射される。エアブリットだ。
 合わせて千雪も、攻撃の楽曲を奏でた。暴風の銃撃に、木行の力が混ざり込んだ。
 三十三の銃撃が、烏天狗を撃ち抜いた。
 その銃痕から荊が生え、烏天狗の全身を切り裂きながら縛ってゆく。千雪の『棘散舞』である。
「……お見事です、千雪君」
「さとみんこそ、やっぱり鍛えられてるだけあるねー」
 常日頃、三十三を鍛え上げているのは、蒼羽の妹である女性覚者だ。
「うん、あの人のお弟子さんなら僕にとっても後輩みたいなもの。僕のコーチも受けてみる? ちょっと走り込み行ってみようか。はい、まーまえんぱーぱわぁーれーいんべーっ」
 琴巫姫で曲を奏で始めた千雪の首根っこを、蒼羽が掴んだ。
「千雪くんも、ちょっと如月流強化コースに参加してみようか。メニューは僕が組んであげるよ」
「えっ、いや蒼羽さん。僕ほんと、お仕事はキッチリやりますからブートキャンプは御勘弁……」
「きみの本質的な強さとたくましさは知っている。それに見合った外見を獲得してみたらどうかな? もしかしたら……公認片思いから、少しは進展するかも知れないよ」
「あの人は……」
 たくましい男が好みなのだろうか……などというのは、誰かに訊く事ではなかった。
 ともあれ、烏天狗は動きを止めた。
「……俺の、負けだ。さあ殺すがいい」
「だからさ、そーいうのはやめようぜって話」
 翔が、続いて蒼羽が言った。
「どこかで止めないと、こういう事はキリがない。そうは思わないかな」
「止まりはせんぞ、もはや我らの復讐は……!」
 電光と荊に縛られたまま、烏天狗が呻く。
「お前たち覚者が、こうして介入してしまった。我らの復讐は、人間そのものに向けられてしまう。もはや俺ごとき烏天狗1匹の意向では止められん……」
「だから、我らが止める」
 巨大な姿が、いつの間にか、そこにあった。
 干からびながらも引き締まった、鬼の巨体。
 奏空が、喜びの声を発する。
「カッちゃん様じゃないですかー!」
「その節は世話になった」
 鬼、だけではなかった。刀あるいは銛で武装した半魚人、いや人魚が数名。
 この全員で、何やら巨大な荷物を運び引きずっている。
 投網で一まとめに捕えられた、何体もの様々な古妖であった。網の中でじたばたと蠢きながら全員、怒り狂っている。
 この中に今、烏天狗が加わる事になるのか。
「そう……か。あんたらも、動いてくれてるか」
 翔が、俯き加減に言った。
「何か……本当に、申し訳ねー……」
「お前たちのためではない」
 病棟のエントランスから、こちらを睨んでいる中嶋に、鬼がちらりと目を向ける。
「あのような哀れな者どもを今更、追い回し狩り殺すなど……我らの誇りに関わる愚行、看過は出来ん」
「……そうだぜ、見過ごせねー! あの中嶋のおっさんに言っとかなきゃならねー事がある!」
 激昂する翔を、三十三が止めた。
「言っても無駄だ、と思う……あの人の心は、変えられはしない。むしろ余計、頑なにさせるだけだよ」
「憤怒者って連中の、話の通じなさはオレも知ってる……」
 翔が、歯を食いしばった。悔しさを噛み殺すように。
「まだ、そうだってのかよ……!」
「翔君の演説は、僕も聞いた。素晴らしかった、とは思う……だけど言葉だけでは変えられないものが、人の心には確かにある」
 空気が重くなったので、千雪は無理矢理に話を変えた。
「えーと、鬼のカッちゃん……あの子は元気? 高村くん、だっけ」
「……力彦は今、思い悩んでいる」
「わかるぜ。オレたちも多分、あいつと同じような気持ちだ」
 翔が言うと、人魚たちが、ようやく言葉を発した。
「乙姫様のお言葉を伝えておく」
 人魚の1人が、巨大な投網に親指を向ける。
「こやつらを甘やかすな。復讐の名目で、ただ人間を喰らわんとしているだけの輩もいる」
「古妖狩人と同じような事を、かつて人間たちに対して行っていた種族もある。そうであろう? 鬼よ」
「……俺自身は、それほど非道は働いておらんぞ」
 咳払いの後、鬼は言った。
「つまりはな、まあ……どちらもどちら、という事だ」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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