【儚語】胡蝶の夢
【儚語】胡蝶の夢


●人を拒む森
 行けども行けども森が続く。およそ人が足を踏み入れた事がなさそうな植物の王国はどこまでも続く。彼らはよく訓練された者達だったが、それでもここに来るまでまる1日をかけていた。
「止まれ」
 先頭の男が低く言い、手で後続の部下達を制止する。
「結界ですね。ずいぶんと古式ゆかしい方法ですが」
 すぐ後ろを歩いていた男が枯れ枝で小突く様にして地面に埋まっていたモノを掘り起こす。黄ばんだ和紙で長い黒髪が包まれている。
「……燃やせ。全部だ」
「わかりました」
 男の指示で枝に火がつき、いやな匂いと共に和紙が燃える。部下達は左右に別れて弧を描くように進んでいった。

「やめて、やめて、やめて」
 入ることも出ることも許さない結界の奥、ログハウスの様な丸太をそのまま使った家の中で少女は頭を抱えていた。見開いた目からは止めどなく涙がこぼれ、うわごとの様に『やめて』とつぶやく。彼女には見えていた。これから起こる惨劇を。巨大な2匹の蜘蛛が男達を挟撃し食らっていた。糸に巻かれて窒息する者、押しつぶされる者、足で切り裂かれる者。そしてあらかた食い散らかすと、一匹は少女のいる小屋へ、そして一匹は結界のほころびから外へ向かってゆく。人の味を覚えた蜘蛛の妖達は次なる獲物を探しているのだ。

●胡蝶の夢
 日本には八百万の神がいるという。万物に神が宿るという古く素朴な信仰だ。その中には善神もいれば悪神もいる。冥府や黄泉を司る神もいる。
「蝶は冥界の使い魔? というけれど、カザマキチョウって人は蝶になってあちこちを見て回っている……そんな夢で未来を垣間見てきたみたい。ずっと一人でね」
 久方 万里(nCL2000005)は森の中、結界にとらわれた少女の名を口にする。その夢は誰に解かれることもなく、誰を助けることもなかった。そう、今までは。
「キチョウおねーちゃんの事を知ったどこかの人たちが結界を破って罠を発動させちゃったみたい。騒がしくて巨大な蜘蛛の妖を起こしちゃったみたいなんだ」
 平穏だった森はもう戻らない。そしてこのままにしておけば組織の者たちも少女も食い、結界の外へと出てゆき、更なる殺戮を行うだろう。
「まだ間に合うと思うの。だから行って万里ちゃんの見た未来を変えてきてね!」
 万里は頼んだよ! と笑った。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:深紅蒼
■成功条件
1.巨大蜘蛛2体が結界の外で被害を出すのを防ぐ
2.なし
3.なし
 ストーリーテラーの深紅蒼です。今回は夢に未来を見る少女のいる森での事件です。

・主たる目的は危険な2対の蜘蛛を結界の外に出て、人のご迷惑になることを防ぐ! です。
蜘蛛はだいたい3メートルほどの高さ、幅、長さがあります。元々はそれほど危険な妖ではありませんでしたが、どこかの組織の人たちが攻撃したせいで興奮しています。また彼らの半数ほどを食らい人の味を覚えてしまいました。今後は人を見れば襲って食らうようになるでしょう。

 みなさんが駆けつけたときは組織の人たちは比較的広い場所に集合していて10人ぐらいが生きています。曇天の午後2時ぐらいです。彼らを全部食ったら1対は少女のいる小屋に、もう1対は結界のほころびから外へ出て行きます。広い場所を中心とすると、小屋と結界のほころびは真反対でそれぞれ直線距離で500メートルぐらいです。ただ、木々がうっそうと生えているので視界は利かず、移動もやや面倒ですばやく移動するのには工夫が必要になると思います。
 また、山にある結界はみなさんには効果はなく、それほど苦労せず到着することができます。一般の人は立ち入ることが出来ません。

・蜘蛛:糸を出してからめとり、行動できないようにして頭から食らうのが好き。2対いますが、仲間意識はない。大きさの割には俊敏に動き、頑強で毒のような侵食するような攻撃にも強い。光や炎系の魔法がほかの属性よりは弱い。生物系の妖でランクは2の上ぐらい。知性のかけらもありません。

・組織の人達。生き残りは10人ぐらい。能力は低いが身体能力は高い。助かりたい気持ちが強い。

・少女:硲 稀蝶(はざま きちょう) 16歳ぐらいに見える。人見知り。

●補足
この依頼で説得及び獲得できた夢見は、今後FiVE所属のNPCとなる可能性があります。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
サポート人数
4/4
公開日
2015年10月14日

■メイン参加者 10人■

『落涙朱華』
志賀 行成(CL2000352)
『BCM店長』
阿久津 亮平(CL2000328)
『可愛いものが好き』
真庭 冬月(CL2000134)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『黒い靄を一部解析せし者』
梶浦 恵(CL2000944)

■サポート参加者 4人■

『相棒・恋人募集中!』
星野 宇宙人(CL2000772)
『突撃巫女』
神室・祇澄(CL2000017)


 巨大な蜘蛛がただ人を襲う。特撮映画の様な光景がギャラリーもカメラもない山奥で繰り広げられていた。
「ちょっと待ちなさ~~~~いっ!!」
 一方的な虐殺の場に躍り出たのは明るい退魔の果実を呼ぶ花の髪、黄金の眼の少女だった。血なまぐさい広場に颯爽と飛び込んでくると、その中央……男を前肢に掴みあげた大蜘蛛へと炎の力をまとい赤柄の刀を大きく振るう。その刃は丁度無防備に晒されていた敵の腹を真一文字に斬りつけた。空気が震える様な音のない悲鳴が大蜘蛛から響き、喰われる寸前だった男の身体が地面に叩きつけられる。
「き、貴様は……」
 その衝撃で酷く破壊された身体になった男に駆け寄った同じ服装の男が言いかける……が、少女――『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は無造作に遮った。
「あんた達が知る必要はない。邪魔するくらいなら逃げなさい。全員が生き延びたいならこいつを再封印する方法、もしあるんなら教えなさい」
 大蜘蛛から視線を外すことなく数多が言う。
「そうそう! あのかっこいいおねーさんの言うとおり、俺達と一緒にやっつけよう!」
 いつからそこにいたのか、疲弊しきった男達の真ん中に1人の少年がしゃがみ込んでいた。いかにも苦労知らずに真っ直ぐ育ってきたような屈託のない子供っぽい笑顔だ。だが、誰かが答えるよりも早く、蜘蛛の腹で炸裂した攻撃に敵の巨体が数歩退く。
「おっと」
 金色の髪の割には派手に見えない少年『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が蜘蛛へと眼を向ける。
「薮を突いて蛇どころか妖を出し、喰われている様な輩は捨て置いても問題ありませんよ」
 反動を利用し敵との間合いをとって優雅に着地した男はグレイの髪を乱しもせず、宵色の眼に侮蔑の色をはっきりと浮かべて背後にチラリと視線を送る。その『堕ちた正義』アーレス・ラス・ヴァイス(CL2000217)へともう1体の蜘蛛のノソリと動いた。だが、その黒く巨大な前肢はアーレスに届くことなく雷光に焼かれた。
「おっとあっちは蜘蛛Aさんの相手。で、蜘蛛Bさんの相手は俺なんだ」
 小さな雷雲から雷を落とした『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)が律儀に説明する。相手に理解する知性はないだろうとわかっているが、言わずにはいられなかった。その言葉のお陰なのか攻撃されてヘイトを買ったのか、『蜘蛛B』は亮平へと身体を向けた。
「いえ、まだ効果範囲内にいてください。敵1体ずつに力を行使するのは非効率的です」
 柔らかそうなウェーブがかった新緑の髪を揺らし、暁前の色をした神秘の瞳に凍てつく星の輝きをたたえた梶浦 恵(CL2000944)の言葉は抑揚も口調もブレず、2体の蜘蛛は濃密に絡みつく濃い霧に身体を包まれてゆく。
「たぶん覚者かそれに類する者が作った封印なんでしょう? 閉じ込められていたのは『彼女』か蜘蛛か……どちらもたまたま居たようにはとても見えないけれど」
 自分自身の過去を力に変換しつつ『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)はここに来るまでの間、つらつらと考えていたことを口にする。全滅しかかった男達はさすがにうなずく者などいないが反論もしてこない。
「私達に『逆らわず』に逃げるか、一緒に戦うか選びなさい。それ以外の敵対行動を取るなら敵と見なします」
 謎の組織に属しているのだろう男達の前に立つ『一縷乃』冷泉 椿姫(CL2000364)は冷たく言い、瞬時に淡く微笑んだ。
「でも、私達は人を守る為に行動しているから……だからまぁ、個人的には貴方達にも無事でいて欲しい、かな」
 隊長格らしい男以外、もはや椿姫の申し出を断れるほど心の強い者はいなかった。皆、ずりずりと後ずさりし始める。
「お、お前ら!」
「さぁ! こんな可愛くない巨大生物……って生物でもなさそうだけど! とにかくさっさと目の前から消えてもらおうか!」
 覚醒し――――――それ以前とは随分違う外見になった『可愛いものが好き』真庭 冬月(CL2000134)は武器を構えて蜘蛛を狙うと、力なく部下を叱咤した隊長らしき男の眼前に愛らしい様子で立った。
「生き残りたいならここはみんなで協力して一緒に蜘蛛退治、だよっ!」
 ニコッと無邪気に笑う冬月。ミニスカの力って偉大だし知らなくていい真実なんてこの世にはごまんとあるよね!
「随分と閉鎖的な場所で小さくまとまってきた組織の様だな」
 過去の英霊の力を引き出しつつ蜘蛛Bさんへと向かっていた『浅葱色の想い』志賀 行成(CL2000352)がつぶやく。男達がごく小さな声で交わした言葉の端からは村落単位でのごくごく小規模な活動しか想像出来ない。
「貴様、我ら……うぉっ」
 行成に反論しようとした隊長はだが最後まで言えなかった。まばゆい光と大音響が突然この場を席巻したからだ。2体の蜘蛛も向き直る。
「天が知る地が知る人知れずっ。妖退治のお時間ですっ。さあっ、助かりたくば協力しませんかっ」
 白く長い髪を風になびかせ、同じく白い――髪であまり目立たない――マフラーも風になびかせ、金色の瞳を炯々と光らせた『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が腕組みをして立っていた。肩幅程度に開いた足は運動するのに丁度良い。空気がこすれる様な音をたて、多分怒っているのだろう2体の蜘蛛は一斉に浅葱めがけて突進してきた。
「うわっ、わわ、効果てきめんですっ」
 浅葱が結界の中心へと向かって逃げ、蜘蛛が追う。


「あれは、たぶん土蜘蛛……だよね」
 初めて見た時からそんな気がしていた。奏空は浅葱を追う巨大な蜘蛛2体へと霧を送る。蜘蛛の糸の様に白くて、蜘蛛の糸の様に身体に絡みまとわりつくうっとうしい霧だ。微妙に蜘蛛の動きが鈍る。
「ちょっと、両方ともそっちに行くんじゃないわよ。櫻花真影流、酒々井数多、往きます! 散華なさい」
 数多の燃える炎をまとった刀が蜘蛛の後肢を薙ぎ払う。黒い剛毛がごっそりと散ってゆくが肝心の足は切断出来ない。
「人の味を覚えた妖……お前達に罪は無いが、燃え尽きろ!」
 アーレスは蜘蛛の肢をかいくぐり、再びその他よりは柔らかそうな腹へと炎をまとった攻撃を叩き込む。ようやくそこで蜘蛛は進路を変えて元の場所――広場のほぼ中央へと戻ろうとする。
「遅い」
 振り返った蜘蛛の顔面に雷が落ちる。それは恵の喚んだ雷雲から放たれた雷であった。のたうつように蜘蛛が身体をよじらせ、苦し紛れかの様にカッと大量の糸を吐いた。
「敵の近くは気をつけて」
 後方から冬月の声が掛かる。淡雪の様な真っ白な糸は見ようによっては美しく、ゆっくりと空間を落ちてゆく。
「結界の触媒が少々古い。はたして何時頃から封じられてきたのか……」
 何を封じて来たのか。疑問は冬佳の心に今も溶けずにあるけれど、それは目の前の妖を倒してからでないとどうにも出来ない。
「考えるのは後です」
 自分を戒めるようにそう呟くと、足を露わにした神職風の装備となった冬佳は降りかかる糸を回避しつつ刀を振るい、残像さえ残らぬ程の猛スピードで左右に振り下ろす。それでも糸は扇状に広がり奏空、数多、アーレスの身体へと絡みついてゆく。
「怪我は? 傷はありませんか?」
 長い昼の空を映す髪を振り椿姫が言う。その視線がどうしてもアーレス中心に注がれてしまうのは仕方ない事だろう。
「ダメージはない」
 アーレスが答える。
「でも、これねばねばしているよ」
「伸縮自在って感じかしら? き、切れない~」
 奏空と数多は身をよじったり、動いたりしてみるが更に糸が絡みつくようで脱出出来ない。
「皆さんを離してください」
 椿姫の作り出す水の雫が高速で蜘蛛の顔面へと飛ぶ。水の礫は糸を吐く口の辺りへビシャリと当たって飛び散った。
「援護するから頑張って!」
 後方の冬月から心地のよい香りが広がってゆく。
「兄様がいなくてもさよは一人でも頑張れますっ」
 同じく後方から離宮院・さよ(CL2000870)が呪符を飛ばして攻撃に参加してゆく。

「こんなの俺達にどうこうできるレベルじゃない」
 へたり込んでいた男達の誰かが言った。
「ひ、ひゃあぁ」
 1人が逃げ出すと、他の者達も我先にと走り出す。気が付けば、戦闘服姿は全員が退却を始めていた。
「まって、待ってくださっ」
 神室・祇澄(CL2000017)の声は届いているだろうに誰も止まらない。仕方なく『五織の彩』を使って攻撃を仕掛けるが、距離があるからか当たらない。
「せめて1人だけでも!」
 地面を蹴った祇澄が最後尾の男に飛びかかる。

「よく頑張ったね」
 指崎 まこと(CL2000087)と星野 宇宙人(CL2000772)は夢見がいるだろう小屋をそっと開け、なるべく驚かさないようにまことが言った。
「誰?」
 暗い部屋の中に少女のシルエットだけが淡く見える。かぼそく頼りない声がした。
「よかった。夢見ちゃん無事みたいだね」
 宇宙人の口調は普段より数段優しい。
「もう大丈夫だよ。僕らは君を助けに来たんだ」
 まことは笑った。

 その間も2体の蜘蛛との戦いは続いている。大蜘蛛は巨大で強靱で、またねばつく糸に絡み取られて動きが鈍り、人数を多く裂いている方の個体であってもなかなか撃破するには至らない。それでも戦いが続きにつれて治癒の力を持たない、或いは使わない蜘蛛は徐々にダメージが蓄積されてゆく。攻撃を受け続けた前後の肢は半分以上が機能を失い、行動の迅速さを削がれている。
「静かに寝ていた所起こされて暴れ出したとはいえ、人の味を覚え襲うのなら……ここから出す訳にはいかないよ!」
 幾たびか奏空が喚ぶ雷雲から雷が蜘蛛の胴へと落下する。その胴が地面へと着き、8本の足が空を掻く。
「いい加減、この糸が邪魔なのよ。温厚なこの私でも怒るわよ」
 愛刀を手にした数多が自分や仲間達に絡んだ糸を気合い一閃、駆け抜けるように切り裂いてゆく。ぱらりとあちこちで糸が落ちる。
「助かる」
 短く言うとアーレスはさんざん焼いて黒く変色した敵の腹へともう一度、火力を集中させ炸裂させる。ボコっと異様な音がして蜘蛛の腹が割け、と、同時に動ける足の全てが四方からアーレスめがけて突き進んだ。
「っ……」
 重心を前にかけていたアーレスはその全てを回避出来ずに、2本の足が胴を貫く。逆方向から攻撃を仕掛けようとしていた恵、冬佳がそれぞれ足を吹き飛ばす。
「あの足で攻撃をするとは、なかなかにしたたかです」
「痛みなど感じないのかしら」
 けれど、恵と冬佳をすり抜けて椿姫が蜘蛛の間合いへと飛び込んでゆく。
「アーレス!」
 蜘蛛の足が引き抜かれゆらりと立っていたアーレスの身体が傾ぐ。椿姫はその倒れそうなアーレスをギュッと抱き抱えた。
「すぐに、すぐに治すから」
 椿姫は持てる力を全て注ぎ込むような勢いで癒しの雫でアーレスを癒す。擦過傷を喰らった恵と冬佳へはさよが力を使って治療する。
「オレじゃ力不足かもしれないけど……なんて言ってられないよね」
 冬月は蜘蛛の大きく開いた腹の傷めがけて種を投げ、急成長させて鋭い棘で更に傷を広げてゆく。もはや動けなくなった蜘蛛がさらにのたうつ。暴れる2本の足が治療に専念する椿姫の背に当たりそうになった。だが、立ち位置をクルリと変えたアーレスが代わって足の打撃を背で受け……いや、攻撃は来なかった。その前に炎撃が命中していたのだ。
「夢見ちゃんは無事だよ」
 高くジャンプしつつ攻撃を決めた宇宙人がニカッと笑う。
「……どうして」
「よかった。無事で」
 ずるずると椿姫に抱かれたままのアーレスが崩れ落ちる。
「一気に決めちゃうよ」
「任せてよ」
 奏空と数多の炎と雷撃がほぼ同時に蜘蛛を焼き、圧縮された高密度の空気が軽い音と共に発射され、蜘蛛の首を落とす。丸い胴のみと化した蜘蛛は緩やかにしぼみ小さくなり、やがて霧散して消えた。
「蜘蛛に糸以外に使うつもりはなかったのですが……いえ、まだもう1体いました」
 誰かが見ていることを警戒するかのように、とどめを刺した恵は周囲を見渡し結界の奥へと走り出した。


 浅葱を追ってきた蜘蛛は早々に口から淡い網の様な糸を扇状の前方範囲へとはきかけた。最初こそ余裕で回避していた浅葱であり、行成や亮平であったが、時間が経過するにつれて蜘蛛の速度が速くなる。そしてとうとうその時がやってきた。
「し、しまったなのですっ」
 長い髪、白いマフラー、そして両脚の先が蜘蛛の糸に絡め取られた。
「月歌さん、大丈夫か!」
 ほぼ追走していた亮平が浅葱の名を呼ぶ。
「わかっていたのにちょっと速度が足りなかったのですっ」
「今行く」
 苦無を手にした亮平が蜘蛛の間合いに……寸前に行成を見てから飛び込んだ。鋭い切っ先が縦横無尽に糸を斬り、。浅葱の身体が自由になる。しかし早くも蜘蛛が亮平へとのしかかる様に迫っている。
「その無駄に多い目は飾りか?」
 左の前肢の先が行成の薙刀に払われ、蜘蛛が大きくバランスを崩した。
「細い足を狙わせてもらうのですっ」
 一旦離脱したかのように見えた浅葱が地面を蹴って反転し蜘蛛へと向かう。両手にはめたナックルを浅葱は持てる力をダイレクトに蜘蛛の足……今、行成の薙刀で傷付けられたその場所めがけて叩きつける。
「もう一度落ちろ!」
 亮平が雷雲を再び喚んだ。目深にかぶったフードの奥、蛇の虹彩に変化した眼がチラリと覗く。空気を振るわせながら青白い光と共に雷が蜘蛛を焼いた。悲鳴をあげるかのようにのけぞる蜘蛛が再び空高く大量の糸を吐いた。レースの様に広がった細かい網は互いにくっつき合ってしなやかで頑強なロープの様になって落ちてくる。
「さっきより危険? な気がするですっ」
「私を喰らうか?出来るものならやってみるといい」
 完璧に構えた体勢から行成が薙刀を繰り出した。頭上から降りかかる蜘蛛の糸へと高速の突きが繰り出されていく。
「なに?」
 しかし、糸が切れたのは数回ですぐにべっとりと刃に積もる。
「志賀」
 飛び退く浅葱とほぼ同時に退きかけた亮平の動きが止まる。その2人は広範囲に吐きかけられた糸の領域から逃れられなかった。降り積もる雪があっと言う間に地面を覆い尽くすように、白い糸が行成と亮平の頭から降り注がれてゆく。喜色を身体全体で表した蜘蛛が再び攻勢に出た。左足を微妙に引きずりつつ突進してくる。
「させませんっ」
 もがく行成と亮平を庇うように浅葱が前に出る。ナックルでは切れないと思ったのか蜘蛛に正面から立ち向かう。
「私が時間を稼ぎますっ。だからその間に脱出してくださいっ」
 浅葱の拳が動きの鈍い蜘蛛の左前肢に命中した。
「やりましたっ」
 だが、次の瞬間蜘蛛は重心を後にして右前肢をあげ浅葱を打った。
「きゃああっ」
 短い悲鳴とともに浅葱の身体は地面に叩きつけられ、大きくバウンドして蜘蛛の糸が降り積もった場所へと転がる。
「「月歌!」」
 手首をひねって脱出を試みる亮平も、力ずくでもがく行成もまだ糸から逃れていない。そして倒れた浅葱は名を呼ばれて動かない。そこへ蜘蛛が向かって来る。乱暴に足が串刺すように突き刺さり、そして鋭い顎を持つ大きな口が彼等を喰らおうと迫って来た。
「それ以上はさせません」
 電光石火の早業が蜘蛛の前で2度閃いた。冬佳の刀が蜘蛛の首をザックリと斬り落とす。ボトリと地面に落ちる音がして、2体目の蜘蛛も消えていった。


「なんとかこれ以上の死人は出さずに済んだか」
「一件落着ですねっ。組織の人の目的も気になりますけどっ」
 消えてゆく蜘蛛を見ながら亮平と浅葱が言う
「おやすみなさい、どうか安らかに……ごめんね?」
 椿姫は消えてゆく不運な妖に小さく詫びの言葉を言った。
「こいつの尋問は帰ってから、か」
 行成は気を失っている戦闘服の男を一瞥して言った。
「出来れば彼らの所属と目的だけでも知りたいですね」
 情報は武器になると冬佳は思う。
「あんまり頭がいい組織じゃないみたいだけどね」
 助けた命の大半は逃げてしまったが、それでも数多は自分の行動を後悔はしていない。
「どうやら監視していた者はいなかった様ですが、安心は出来ません。早めに彼女と合流すべきかもしれませんね」
 この場に潜む存在を警戒しつつ恵は下山を促した。

 最も近い……とは言っても随分と離れたファミリーレストランで彼等はまことと一緒に待っていた夢見と合流した。彼女は白っぽい麻の古風なワンピース姿に長く伸ばした銀色の髪、抜けるような白い肌をしていた。そして伏せられた目を開くとその双眸は夜明けと宵闇、微妙に異なる青い瞳をしていて、明らかにただ人の姿ではなかった。
「辛い未来を見るより我々と共に笑顔の未来を創りませんか? 貴女の力はその為に在るのでしょう」
 傷の痛みにか少々顔を歪めながらアーレスは言う。
「これからはどんなに悲しく怖い夢を見たって、俺達がきっと笑顔の未来に変えて見せるから」
 奏空も相手を怖がらせないよう、そっと小さな声で言った。
「そういう話はあとあと! 蜘蛛は可愛くないけど蝶は可愛いよね」
 冬月はニコニコしながら稀蝶に言う。
「あの、私はどうしたら、いいのでしょうか?」
 消えそうな声で稀蝶は言う。怯えているのか手は冷たく身体はブルブルと震えている。
「一緒に帰ろうよ」
 もう一度冬月はとっておきの笑顔を見せ、稀蝶はコクンとうなずいた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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