不敗の闘神
●
かつて仲間であった男たちが、倒れ、呻いている。
「ぐっ……こ、この……ッ」
「恥知らずの……裏切り者がぁ……」
ぎろりと見回し、全員に戦闘能力が残っていない事、それと死に至る重傷者がいない事を確認しつつ、朴義秀は言い放った。
「いかにも俺は金剛様を裏切り、恥知らずにも生き延びている。そのおかげで貴様らの愚行を、こうして止める事が出来る」
「裏切り者が! 金剛様の御名を口にするな!」
元・金剛隔者の1人が叫ぶ。叫びながら、弱々しく人差し指を向ける。
朴の背後にいる、1人の男に。
「恥知らずの裏切り者は……弱者に、たやすく飼い馴らされる……」
「朴よ貴様、わかっているのか……その男はな、我ら隔者を利用せんとしているのだぞ……」
元・金剛隔者の、別の1人が呻く。
「己の、政治的野心のために……そのような者を何故、守る……」
「守るための、力だからだ」
どの口で、そんな台詞を吐いているのだ。
そう自嘲しつつも、朴は言った。
「……金剛様はな、憎悪のみを力の糧となさった。憎しみに根差した強さのみを、追求してこられた。そしてその限界をも、御自らの死をもって体現なされたのだぞ。お前たちが見て見ぬ振りをするな」
「……殺せ……!」
「そこだよ。君たち金剛隔者は、まずそこから脱却しなければいけない」
朴の背後の男が、言葉を発した。
「この朴義秀氏のようにね……ありがとう、助かったよ朴さん。いささか強引にでも貴方をスカウトして、本当に良かったと思っている」
「果たして、そうかな」
朴は、暗く微笑みかけた。
「俺のような隔者を身近に置く……風当たりが強くなる、どころでは済まんぞ。わかっているのか三枝先生」
「貴方のような隔者であるからこそ、僕の同志に引き入れなければならない」
野党議員・三枝義弘が、演説時の口調で語る。
「ファイヴと七星剣との決戦が、遠からず行われる。無論ファイヴが勝利し、七星剣という組織は失われる……大勢の隔者が散り散りとなり、統制を失った凶悪な能力犯罪者となって国民を脅かす。その事態を防ぐためには」
「組織を失った隔者たちの受け皿を、今から作っておく。というわけか」
朴は、空を見上げた。
「俺に出来る事があるとすれば……確かに、まずはその辺りからであろうな」
空に金剛の面影を浮かべたりはせず、朴は呟いた。
「金剛様は、ファイヴとの壮絶な戦いの果てに戦場で死なれた。結果……生き残った金剛隔者たちの心の中で、あの方は神になってしまわれた」
この場に倒れている元・金剛隔者の中にはいない、1人の男に、朴は語りかけていた。
「隔者を狂気へと駆り立てる、戦いの神に……お前も、取り憑かれたままなのか? 米良よ……」
●
七星剣内部でも、金剛軍生き残り連中の扱いにくさは増してゆく一方だった。
何しろ狂信者の集団である。死んだ金剛を、唯一絶対の神にしてしまっている。
八神勇雄に忠誠を尽くす一派とは、当然ながら対立している。あの篠崎蛍のように、命を狙われる事もある。
愚かな事だ、と俺は思う。
扱いにくい連中であっても、1人1人が屈強な隔者である事に違いはないのだ。有効活用するべきではないか。
「金剛ンとこの負け犬連中……本当に、役に立つんですか」
串崎が言った。
「例の野党政治家……まだ生きてやがるんでしょう? 暗殺の仕事も満足にこなせねえ」
「同じ金剛軍の朴義秀が、護衛についていたからな」
あの男を手懐ける事は結局、出来なかった。
ならば、この米良修三を使いこなすだけだ。
「……と、いうわけだ米良さん。失われつつある金剛軍の誇りを取り戻せるのは、あんたしかいないよ」
「金剛様は……」
米良が呻いた。
「ファイヴに敗れた、のではない……御自身の、病魔に……」
「わかつているさ。あの人は誰にも負けちゃいない……敗れざる、戦いの神」
俺は、米良の背中を軽く叩いた。
「その輝きを、さあ示して見せてくれないか」
「金剛様の……敗れざる、輝きを……」
米良は1歩、踏み出した。通行人の行き交う、交差点へと向かって。
この通行人どもは、今から米良に殺し尽くされる。
結果、この米良修三という隔者が、どのような事になるか。
「上手いこと、破綻してくれますかねえ」
「駄目なら駄目でいいさ。元手がかかっているわけでもない」
人工的に、破綻者を作り出す。かつてAAAでも検討されていた実験。
その成功に最も近い位置にいるのが、この金剛隔者という狂信者たちだ。有効活用しない手はない。
立ち竦む通行人たちに向かって、ゆらりと歩を進めながら、米良は呻いた。
「朴……裏切り者の貴様が、失った輝きを……俺は、示す……」
かつて仲間であった男たちが、倒れ、呻いている。
「ぐっ……こ、この……ッ」
「恥知らずの……裏切り者がぁ……」
ぎろりと見回し、全員に戦闘能力が残っていない事、それと死に至る重傷者がいない事を確認しつつ、朴義秀は言い放った。
「いかにも俺は金剛様を裏切り、恥知らずにも生き延びている。そのおかげで貴様らの愚行を、こうして止める事が出来る」
「裏切り者が! 金剛様の御名を口にするな!」
元・金剛隔者の1人が叫ぶ。叫びながら、弱々しく人差し指を向ける。
朴の背後にいる、1人の男に。
「恥知らずの裏切り者は……弱者に、たやすく飼い馴らされる……」
「朴よ貴様、わかっているのか……その男はな、我ら隔者を利用せんとしているのだぞ……」
元・金剛隔者の、別の1人が呻く。
「己の、政治的野心のために……そのような者を何故、守る……」
「守るための、力だからだ」
どの口で、そんな台詞を吐いているのだ。
そう自嘲しつつも、朴は言った。
「……金剛様はな、憎悪のみを力の糧となさった。憎しみに根差した強さのみを、追求してこられた。そしてその限界をも、御自らの死をもって体現なされたのだぞ。お前たちが見て見ぬ振りをするな」
「……殺せ……!」
「そこだよ。君たち金剛隔者は、まずそこから脱却しなければいけない」
朴の背後の男が、言葉を発した。
「この朴義秀氏のようにね……ありがとう、助かったよ朴さん。いささか強引にでも貴方をスカウトして、本当に良かったと思っている」
「果たして、そうかな」
朴は、暗く微笑みかけた。
「俺のような隔者を身近に置く……風当たりが強くなる、どころでは済まんぞ。わかっているのか三枝先生」
「貴方のような隔者であるからこそ、僕の同志に引き入れなければならない」
野党議員・三枝義弘が、演説時の口調で語る。
「ファイヴと七星剣との決戦が、遠からず行われる。無論ファイヴが勝利し、七星剣という組織は失われる……大勢の隔者が散り散りとなり、統制を失った凶悪な能力犯罪者となって国民を脅かす。その事態を防ぐためには」
「組織を失った隔者たちの受け皿を、今から作っておく。というわけか」
朴は、空を見上げた。
「俺に出来る事があるとすれば……確かに、まずはその辺りからであろうな」
空に金剛の面影を浮かべたりはせず、朴は呟いた。
「金剛様は、ファイヴとの壮絶な戦いの果てに戦場で死なれた。結果……生き残った金剛隔者たちの心の中で、あの方は神になってしまわれた」
この場に倒れている元・金剛隔者の中にはいない、1人の男に、朴は語りかけていた。
「隔者を狂気へと駆り立てる、戦いの神に……お前も、取り憑かれたままなのか? 米良よ……」
●
七星剣内部でも、金剛軍生き残り連中の扱いにくさは増してゆく一方だった。
何しろ狂信者の集団である。死んだ金剛を、唯一絶対の神にしてしまっている。
八神勇雄に忠誠を尽くす一派とは、当然ながら対立している。あの篠崎蛍のように、命を狙われる事もある。
愚かな事だ、と俺は思う。
扱いにくい連中であっても、1人1人が屈強な隔者である事に違いはないのだ。有効活用するべきではないか。
「金剛ンとこの負け犬連中……本当に、役に立つんですか」
串崎が言った。
「例の野党政治家……まだ生きてやがるんでしょう? 暗殺の仕事も満足にこなせねえ」
「同じ金剛軍の朴義秀が、護衛についていたからな」
あの男を手懐ける事は結局、出来なかった。
ならば、この米良修三を使いこなすだけだ。
「……と、いうわけだ米良さん。失われつつある金剛軍の誇りを取り戻せるのは、あんたしかいないよ」
「金剛様は……」
米良が呻いた。
「ファイヴに敗れた、のではない……御自身の、病魔に……」
「わかつているさ。あの人は誰にも負けちゃいない……敗れざる、戦いの神」
俺は、米良の背中を軽く叩いた。
「その輝きを、さあ示して見せてくれないか」
「金剛様の……敗れざる、輝きを……」
米良は1歩、踏み出した。通行人の行き交う、交差点へと向かって。
この通行人どもは、今から米良に殺し尽くされる。
結果、この米良修三という隔者が、どのような事になるか。
「上手いこと、破綻してくれますかねえ」
「駄目なら駄目でいいさ。元手がかかっているわけでもない」
人工的に、破綻者を作り出す。かつてAAAでも検討されていた実験。
その成功に最も近い位置にいるのが、この金剛隔者という狂信者たちだ。有効活用しない手はない。
立ち竦む通行人たちに向かって、ゆらりと歩を進めながら、米良は呻いた。
「朴……裏切り者の貴様が、失った輝きを……俺は、示す……」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者7名の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
元・金剛隔者の米良修三が、七星剣本隊にそそのかされて殺戮を行おうとしております。これを止めて下さい。
場所は都内の交差点、時間帯は真昼。
通行人たちに米良が襲いかかろうとするところが状況開始となります。
米良の後方には七星剣本隊の隔者6名が控えており、覚者の皆様に対しては米良を前衛に押し立てて戦うでしょう。
詳細は以下の通り。
●米良修三
男、30歳、天行彩。武器は三節棍。使用スキルは『五織の彩』『鋭刃想脚』『雷獣』。前衛。
●椚啓介
男、29歳、火行翼。武器は刃付き長弓。使用スキルは『エアブリット』『斬・二の構え』『火焔連弾』。中衛中央。
●木行獣・丑(2名)
武器は槌矛。使用スキルは『猛の一撃』『棘散舞』。中衛左右。
●串崎伸吾
男、22歳。天行械。武器は電磁警棒。使用スキルは『機化硬』『雷獣』。後衛中央。
●水行現(2名)
武器は妖杖。使用スキルは『B.O.T.』、『潤しの雨』。後衛左右。
米良は通行人を殺そうとしていますが、覚者の皆様が現れれば、皆様との戦いを優先させます。
金剛軍にとって、ファイヴは不倶戴天の敵だからです。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年08月15日
2018年08月15日
■メイン参加者 6人■

●
禍々しいものが降臨するかの如く、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は路上に降り立った。
燃え盛る火行因子の輝きをを両眼に宿し、暗黒色の翼を揺らめかせる。その姿は、威圧感の塊だ。
威圧され逃げ散って行く通行人たちに、落ち着いての避難を勧告しつつ、『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)は思う。
この如月彩吹という女性はやはり、これからの戦い方次第では、あの金剛のような女覚者になりかねないのではないか、と。
「……で、私が誰に似てるって?」
彩吹の美貌が、にこりと威圧的に歪んだ。
「そんな話してたよね翔、この前。奏空も、結婚し損ねたらどうとか」
「え、いや、あれはその」
「それ言ったの、俺じゃないよー」
避難誘導に当たっていた『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、泣きそうな声を発した。
「何で俺、巻き込まれてるの?」
「奏空だからだ。ま、それよりも」
咳払いをしつつ、翔は見据えた。
「……おい、わかるな米良修三。あんたが戦う相手は、オレたちだぜ」
「……ファイヴ……か……」
ゆらりと三節棍を構えながら、元金剛軍隔者・米良修三は言った。
翔たちファイヴ覚者6名の到着が、あと数秒でも遅かったら、その三節棍は通行人たちを容赦なく撲殺していただろう。
「……思い違いをするなよファイヴ。金剛様はな、貴様たちに敗れたのではない……」
「米良さんの中では、まだ金剛が生きているんだね」
静かな声を発したのは『秘心伝心』鈴白秋人(CL2000565)である。
「だけど、それは本物の彼女ではない……」
「その通り、本物の金剛は死んだ。死んで神様になっちまったんだよ」
言ったのは、米良ではない。
米良1人を盾の如く前衛に押し出しつつ中・後衛で群れ固まっている、6名の七星剣隔者。
その隊長格である椚啓介が、嘲笑う。
「だったらさ、神様に近付ける道を歩ませてやりたいじゃないか望み通り。仲間だものな」
「仲間に対して……する事ですか? これが……」
言葉と共に、翼ある人影がもう1つ、軽やかに着地していた。『居待ち月』天野澄香(CL2000194)だった。
「仲間であるはずの人を……こんな、実験に……!」
「俺たち七星剣にとっちゃあ、仲間ってのは役に立つ奴の事を言うんだよ」
七星剣隔者、串崎伸吾が言った。
「上手いこと破綻してくれりゃあ良し。駄目でもな、てめえらファイヴを1人2人は道連れにしてくれるかも知れねえ。データも採れる。仲間ってやつは有効活用しねえとな」
「……ふん? なるほど」
彩吹が、ちらりと見回した。
「データを採ってる奴が、どこかにいると」
「喋り過ぎだ、串崎」
椚が翼を広げ、長弓をブンッと回転させる。
「まあ俺も言っておくけどなあ、ファイヴのお兄さんお姉さん方。この実験は元々あんたらの上司だか先輩だかのAAAがやり始めたんだ。それを俺たちが引き継いでる。ファイヴは引き継がなかった。あんた方が試しもせずに捨てちまった可能性を、俺たちが開花させてやるよ」
「……耳が、痛いな」
3人目の翼人が、着地に失敗して片膝をついた。篁三十三(CL2001480)だった。
「人工的に破綻者を作り出す実験……まさか今頃になって、目の当たりにする事になるとは」
「三十三くん、大丈夫ですか?」
「ありがとう、澄香さん……空の飛び方、かなり忘れている……足手まといになったら切り捨てて下さい、皆さん」
「そんな事、言わないで!」
奏空が、薬壺印を結んだ。瑠璃色の光が生じ漂った。
「大丈夫だよ三十三さん。仲間っていうのがどういうものか、七星剣の連中に教えてやろう」
「そうですよ。私たちは、この人たちとは違います」
澄香が翼を広げ、香気の粒子を拡散させる。
覚者2人による術式防御が、翔たちを包み込んだ。
その防御を突き破るべく、米良が踏み込んで来る。
「ファイヴ……貴様らは皆、殺す! 我ら金剛軍の、新たなる輝きを示すために!」
●
錬覇法・改を自身に施した奏空が、米良に指圧を喰らわせ、封印の紋様を刻み込む。螺旋崩し。
彩吹が、米良の各部関節に鋭利な手刀を叩き込む。参点砕き。
術式・体術を封印する秘技が、米良を直撃した。傍目には、そう見えた。
だが。三節棍を大蛇の如く身に巻き付けながら、米良は斬撃のような回し蹴りを放っていた。鋭刃想脚。
奏空と彩吹が、薙ぎ払われて後方によろめき、鮮血を散らせる。
「くっ……封印と、重圧が……効いてない? って言うか、かわされた……」
「見切りの回避は……朴さんよりも、上みたいだね」
呻く彩吹を、炎の矢が直撃した。
椚が、飛翔しつつ長弓を引き、火焔連弾を射放ったのだ。
「ッ……ふ、ふふっ。頑丈な金剛隔者を盾にして、後ろから飛び道具。文句なしの連携だよ」
翼で炎を打ち払いながら、彩吹が苦しげに笑う。
「金剛軍と、七星剣本隊。もう少し連携して動いていれば、ファイヴも危なかったかもね」
「私たちの連携は、貴方がた七星剣を確実に追い詰めますよ」
澄香がタロットカードを、翔がカクセイパッドを掲げた。
「というわけで翔くん。技の名前、付けてみますか?」
「おうよ! 必殺カクセイ、サンダーファイヤ一、ストーム、ドラゴンえーと」
「はい時間切れです」
炎の嵐と雷の龍が、発生し荒れ狂って隔者7人を灼き払った。
そこに、水の龍が加わった。
秋人の『水龍牙』だった。
「仲間とは、役に立つ者の事……同じ事を言っていた隔者を1人、俺は知っているよ。そのやり方を押し通した結果、キミたち七星剣が今どれだけ追い詰められているのか、そろそろ考えてみてはどうかな」
「黙りやがれえッ!」
炎・雷・流水に抗いながら、串崎が電磁警棒を振り上げて電光を放つ。
ほぼ同時に七星剣中衛、木行獣の隔者2名が礫を弾き飛ばす。
いや、礫ではなく種だった。それが芽吹いて荊の塊となり、襲い来る。
電光が、澄香と翔を直撃した。
バチバチと帯電しながら翔が両腕を広げ、荊の塊を2つとも受けた。澄香を庇ったようだ。
「翔くん! ……もう、無茶をして」
荊に切り裂かれ、よろめく翔を、澄香が抱き止めた。
「ありがとう、だけど無茶は駄目ですよ。いくら私より大きくなったとは言っても……ね」
「ヘヘっ……そ、そうだよ。オレ身長伸びてるんだぜー」
翔が微笑む。
瑠璃色の光と香気の粒子が、電光と荊をキラキラと粉砕してゆく。
その間、七星剣後衛の2名が『潤しの雨』を降らせ、味方の治療を行っていた。
敵味方の一連の動きに、三十三は息を呑むしかなかった。
(戦いに……ついて、行けない……)
AAAの戦闘員であったのは、もう何年前の事になるのか。
逃げるようにAAAを脱退してから今に至るまで、三十三はずっと物陰に潜んでいた。
物陰の外で吹き荒れる嵐から、目をそらせながら。
その間、奏空も彩吹も、秋人も、翔も澄香も、ずっと戦い続けてきたのだ。
(そんな皆と、僕が……一緒になんて、戦えるわけがない……)
「ファイヴ……滅ぼす、貴様らを……」
米良が、呪詛のように呟き続ける。
「金剛様は、敗れざる御方……貴様たちに、敗れたわけではない……貴様たちなど、我ら金剛軍の足下にも及ばぬ! それを今、証明してくれる……」
「不敗がそんなに凄い事か! それは無力な人たちに暴力を振るう事でしか示せないのか!?」
奏空が叫んだ。
「そういうのは弱い者いじめとしか言わない! いつまで勘違いしてるんだよ、あんたたち金剛軍はっ!」
「お前さん方も知ってるだろう? 弱い者いじめしかしないのが、金剛軍さ」
椚が言った。
「弱い奴はクズだから、殺してもいい。何してもいい……その理屈で随分、好き勝手してくれたよ。七星剣の中でもな」
「でけえツラしてやがったよ。金剛のババアが生きてる間はなぁ」
串崎が、嘲笑う。
「そん時のまんま、時間が止まっちまってやがんだよなぁ。金剛軍の敗残兵どもはよォ。過去の栄光にすがるしかねえ負け犬の群れ! そんなゴミどもは、こーゆう実験で有効活用するっきゃねえだろ! 地球に優しい廃物利用ってヤツ?」
敗残兵、負け犬、ゴミに廃物。
そんな悪口雑言は、しかし米良の耳には入っていないようであった。
「滅ぼす……ファイヴ、貴様らを……示す……金剛軍の、輝きを……」
「あーあー、こりゃホントに廃棄物だ。完全にブッ壊れちまってやがんなぁ。廃棄物を破綻者に変える、そりゃゴミをお宝に変えるようなモンかあ!? ヒャハッ、ぎゃははははははは!」
串崎の笑いに、他の隔者たちも合わせた。
哄笑が、嘲笑が響き渡った。
それを掻き消すような絶叫が、三十三の喉の奥、身体の奥から迸り、響き渡った。
奏空に借りた略式滅相銃を、三十三はぶっ放していた。荒れ狂う水行の力が、フルオートで射出される。
伊邪波が、串崎を中心とする隔者数名を薙ぎ払っていた。
「がっ……! て、てめ……」
「人を……何だと、思っている……?」
三十三は、絶叫でかすれた声を漏らした。
「許さない……君たちだけは……ッ!」
「落ち着け篁さん、オレも気持ちは同じだ」
翔が言った。
「こいつら……絶対に、許せねー」
「米良さん、まだわからないのか! 自分が一体どういう連中に利用されてるのか!」
奏空が踏み込み、抜刀し、十六夜の連撃を叩き込む。
彩吹が、それと連携し、蹴りを放った。黒い羽を舞い散らせての、連続蹴り。
血飛沫を舞わせ、よろめいた米良に次の瞬間、
「金剛軍の輝きとやらを、見せたいなら……っ」
彩吹の掌底が、めり込んだ。
衝撃が、米良の身体を貫通し、後方にいた椚を直撃して吹っ飛ばした。
「普通の人たちにじゃなく、せめて私たちに勝ってごらん」
という彩吹の言葉に応じた、わけでもあるまいが、へし曲がった米良の全身から黒いものが溢れ出し、轟音を立てて発光した。
雷雲であった。
落雷が、彩吹と奏空を直撃する。瑠璃色の光と香気の渦が、砕け散った。
「あうっぐ……ッ! こ……これは……っ」
電光に灼かれながら奏空が、彩吹が、倒れ伏す。
「術式の冴えは……朴さんよりも上、かもね……ぐうっ!」
暴風の砲弾が、彩吹を吹っ飛ばした。
椚の、エアブリットだった。
「少し……調子に乗りすぎたねえ、お姉さん」
「……ふん、お前の術式なんて……米良さんのに比べたら、そよ風みたいなもの……」
「無理は駄目ですよ、いぶちゃん」
澄香が、タロットカードを掲げた。
電光に縛られた彩吹の身体が、炎に包まれた。
生命の炎だ、と三十三は感じた。
「浄化の炎よ、穢れを灼き払って下さい……」
澄香の祈りに合わせて、その炎は、電光を灼き砕きながら彩吹の身体に宿ってゆく。
「いいね……澄香の、新しい治療術式」
彩吹は微笑んだ。
「見ての通りだよ米良さん、私の仲間は頼りになる。貴方がいくら強くてもね、そんな連中と一緒じゃ勝てはしないよ」
「……俺1人で、貴様らを斃し尽くす……!」
「駄目だな。そんなんじゃあオレたちにゃ勝てねー」
翔が、印を結んだ。
「朴さんは、オレたちと力を合わせてくれた。だから妖にも勝てた……今のアンタじゃ、誰にも勝てはしねえよ。鈴白先生、一緒に!」
「心得たよ……」
秋人は、弓を引いた。
「力を合わせようともせず、仲間をただ嘲笑う。そんな戦い方で……俺たちに、勝てるとでも?」
じっと串崎を見据えながら、秋人は弦を手放した。大量の水飛沫が散った。
秋人の水龍牙と、翔の雷獣。
流水と電撃が、七星剣後衛を粉砕していた。
水行現の隔者2名が、路面に倒れて動かなくなった。
「ぐうっ……ひぃ……」
串崎は辛うじて起き上がりながらも怯え、自身に機化硬を施しながら防御の構えを取る。自分自身のみを守る姿勢に入っている。
もはや戦力外も同然だろう、と三十三は思った。
ふと見れば、木行獣の隔者2人が、奏空に向かって猛然と槌矛を振るっている。
いくらか危なっかしい動きで、奏空はかわした。米良の電撃光が、全身に絡み付いた状態である。
水行の癒しを、三十三は念じた。
深想水が、奏空を縛る電光を消し去った。
「ありがとう、篁さん!」
僕は役に立てたのか、という問いかけを、三十三は呑み込んだ。
自分は、仲間の役に立つために戦っているわけではないのだ。
●
彩吹の鋭利な美脚が、斬撃の如く一閃した。鋭刃想脚。
直撃を喰らった米良が、よろめきながらも耐える。だが衝撃の余波を受けた木行獣の2名は、吹っ飛んで倒れて動きを止めた。
「……ここまで、かな。だけど米良さんには、最低でも1人は殺してもらわないとね」
言いつつ椚が、串崎の胸ぐらを掴み寄せる。
「米良さん、戦う気を無くした奴がここにいるよ! 金剛軍として、見逃しておくのかい!?」
「金剛軍の掟……不覚悟は、許さん。殺す」
「ひいい! た、助けてくれええ!」
串崎が悲鳴を上げ、そして奏空が叫んだ。
「……いい加減にしろ、あんたたちはぁああああッ!」
叫び、抜刀し、駆ける。米良、椚、串崎、3名を貫通するかのような疾駆。
米良が倒れ、椚と串崎は吹っ飛んだ。
吹っ飛びながらも椚から解放された串崎が、そのまま逃げようとする。
そこへ、暴風の砲弾が飛んだ。
「死なせはしません。が、逃がしもしませんよ」
澄香の、エアブリットだった。
直撃を受けた串崎が、錐揉み状に吹っ飛んで路面に激突し、痙攣する。
ただ1人、残った椚が、もはや飛翔する力も失ったまま、よろよろと徒歩で逃げ去って行く。
「くっ……お、おい萩尾先生! 何やってる、こんな状態になる前に加勢してくれるって」
「おっと、オレだって逃がしゃしねーぞ」
翔が印を結び、B.O.T.改の狙いを定めながら、息を呑んだ。
椚の身体が、宙に浮いている。
その頸部を、金属製の鉤爪が掴んでいた。械の因子の発現によって、機械化した右手。
「1人でも殺せば、かなり破綻に近付く……米良修三君は、そのような状態にあるのですが」
禿鷹を思わせる、初老の男が、椚の頸部を鉤爪で捕らえている。
「その一押しも出来ないとは……無能ばかりが残ってしまいましたねえ七星剣にも。まるでAAAのように」
「誰……いや、まずはその男を放してもらおうか」
彩吹が言った。
「そんな奴でも殺したくはないからね。私たちは、血迷った奴を止めるだけ……ははん、なるほど」
「貴方ですね。このような実験の、主謀者……」
澄香の優しげな美貌が、青ざめ強張っている。
激怒している、と秋人は感じた。
その怒りを受け流すように、初老の男が微笑む。
「初めましてファイヴの皆さん。私、萩尾高房と申します……おや、そこにいるのは」
「何を……一体、何をしているんですか萩尾二等……」
三十三の声が、震えている。
「この馬鹿げた研究を……七星剣で、続けているのですか……っ!」
「AAAでは、君を実験台にし損ねました。それだけが残念ですよ、篁君」
萩尾が言った。
「1つ断言しておきましょう。AAAが破綻者という戦力の確保に成功していたら、あの忌まわしい大妖一夜は起こらなかったと」
「……付ける薬がねーたぁ、この事だな」
言いつつ翔は、B.O.T.改の構えを解かない。
「いいから、そいつを放せ。殺させはしねーぞ」
「人命尊重、ですか……」
米良、串崎他、戦闘不能状態ながら辛うじて生きている隔者たちを、萩尾は見渡した。
「その甘さを押し通しながら、これほどの戦闘能力を持つに至るとは興味深い事。少年、私は君を破綻させてみたい」
「てめえ……!」
「おっと、ここで貴方がたと戦うほど私は命知らずではありませんよ」
白目を剥いた椚の身体を放り捨てながら、萩尾はくるりと背を向けた。
「いいでしょう、米良君は差し上げます。破綻寸前の金剛隔者など、いくらでもいますからねえ」
「逃がすとでも……!」
「待って、天野さん」
秋人は、遮断機の形に腕を伸ばして澄香を止めた。
複数の人影が、萩尾を護衛する形に、いつの間にか佇んでいる。
七星剣隔者。見ただけでわかる。全員、椚や串崎よりはずっと手練だ。
「この人数でも、あなた方に勝てるかどうはわかりませんからね……また、いずれ」
萩尾を中心とする隔者たちが、立ち去って行く。
睨み見送りながら、翔は言った。
「あんな奴らの掌で、踊ってやる事はねーんだぜ。なあ、米良のおっさん!」
米良は何も言わない。気を失っている。
いや。目を閉じたまま、涙を流している。
「パワーと頑丈さは、朴さんの方が上みたいだね」
彩吹が微笑みかけた。
「大丈夫?」
「……朴は……」
米良が、辛うじて聞き取れる声を発した。
「何故……我らを、裏切ったのだ……」
「何で裏切ったって決めつけるんだよ。朴のおっさんはアンタの友達だろ? ちゃんと話してみたのかよ!」
翔は怒り、奏空は静かに言った。
「追い求めていたものが、実は間違っていた。でもそこで終わりじゃあない、それを受け入れた上で何かを学ぶ、先へ進む……朴さんは、それが出来た。あんたは出来るかな」
米良は何も応えず、ただ涙を流している。
彩吹が言った。
「金剛に、ここまでの求心力があったとはね。あれでも好かれていたのかな」
「好かれていた、と言うより崇拝されていたんだろう」
秋人は、思うところを述べた。
「金剛は、戦場で雄々しく戦って死んだ。だから神になってしまったんだ。彼女が普通の老婆として、介護でも受けながら穏やかに死んでいったとしたら、死後ここまで崇拝される事はなかった」
秋人は思う。
金剛という老婆は、まさしく、そのような死に方をするべきだったのだ。
禍々しいものが降臨するかの如く、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は路上に降り立った。
燃え盛る火行因子の輝きをを両眼に宿し、暗黒色の翼を揺らめかせる。その姿は、威圧感の塊だ。
威圧され逃げ散って行く通行人たちに、落ち着いての避難を勧告しつつ、『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)は思う。
この如月彩吹という女性はやはり、これからの戦い方次第では、あの金剛のような女覚者になりかねないのではないか、と。
「……で、私が誰に似てるって?」
彩吹の美貌が、にこりと威圧的に歪んだ。
「そんな話してたよね翔、この前。奏空も、結婚し損ねたらどうとか」
「え、いや、あれはその」
「それ言ったの、俺じゃないよー」
避難誘導に当たっていた『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、泣きそうな声を発した。
「何で俺、巻き込まれてるの?」
「奏空だからだ。ま、それよりも」
咳払いをしつつ、翔は見据えた。
「……おい、わかるな米良修三。あんたが戦う相手は、オレたちだぜ」
「……ファイヴ……か……」
ゆらりと三節棍を構えながら、元金剛軍隔者・米良修三は言った。
翔たちファイヴ覚者6名の到着が、あと数秒でも遅かったら、その三節棍は通行人たちを容赦なく撲殺していただろう。
「……思い違いをするなよファイヴ。金剛様はな、貴様たちに敗れたのではない……」
「米良さんの中では、まだ金剛が生きているんだね」
静かな声を発したのは『秘心伝心』鈴白秋人(CL2000565)である。
「だけど、それは本物の彼女ではない……」
「その通り、本物の金剛は死んだ。死んで神様になっちまったんだよ」
言ったのは、米良ではない。
米良1人を盾の如く前衛に押し出しつつ中・後衛で群れ固まっている、6名の七星剣隔者。
その隊長格である椚啓介が、嘲笑う。
「だったらさ、神様に近付ける道を歩ませてやりたいじゃないか望み通り。仲間だものな」
「仲間に対して……する事ですか? これが……」
言葉と共に、翼ある人影がもう1つ、軽やかに着地していた。『居待ち月』天野澄香(CL2000194)だった。
「仲間であるはずの人を……こんな、実験に……!」
「俺たち七星剣にとっちゃあ、仲間ってのは役に立つ奴の事を言うんだよ」
七星剣隔者、串崎伸吾が言った。
「上手いこと破綻してくれりゃあ良し。駄目でもな、てめえらファイヴを1人2人は道連れにしてくれるかも知れねえ。データも採れる。仲間ってやつは有効活用しねえとな」
「……ふん? なるほど」
彩吹が、ちらりと見回した。
「データを採ってる奴が、どこかにいると」
「喋り過ぎだ、串崎」
椚が翼を広げ、長弓をブンッと回転させる。
「まあ俺も言っておくけどなあ、ファイヴのお兄さんお姉さん方。この実験は元々あんたらの上司だか先輩だかのAAAがやり始めたんだ。それを俺たちが引き継いでる。ファイヴは引き継がなかった。あんた方が試しもせずに捨てちまった可能性を、俺たちが開花させてやるよ」
「……耳が、痛いな」
3人目の翼人が、着地に失敗して片膝をついた。篁三十三(CL2001480)だった。
「人工的に破綻者を作り出す実験……まさか今頃になって、目の当たりにする事になるとは」
「三十三くん、大丈夫ですか?」
「ありがとう、澄香さん……空の飛び方、かなり忘れている……足手まといになったら切り捨てて下さい、皆さん」
「そんな事、言わないで!」
奏空が、薬壺印を結んだ。瑠璃色の光が生じ漂った。
「大丈夫だよ三十三さん。仲間っていうのがどういうものか、七星剣の連中に教えてやろう」
「そうですよ。私たちは、この人たちとは違います」
澄香が翼を広げ、香気の粒子を拡散させる。
覚者2人による術式防御が、翔たちを包み込んだ。
その防御を突き破るべく、米良が踏み込んで来る。
「ファイヴ……貴様らは皆、殺す! 我ら金剛軍の、新たなる輝きを示すために!」
●
錬覇法・改を自身に施した奏空が、米良に指圧を喰らわせ、封印の紋様を刻み込む。螺旋崩し。
彩吹が、米良の各部関節に鋭利な手刀を叩き込む。参点砕き。
術式・体術を封印する秘技が、米良を直撃した。傍目には、そう見えた。
だが。三節棍を大蛇の如く身に巻き付けながら、米良は斬撃のような回し蹴りを放っていた。鋭刃想脚。
奏空と彩吹が、薙ぎ払われて後方によろめき、鮮血を散らせる。
「くっ……封印と、重圧が……効いてない? って言うか、かわされた……」
「見切りの回避は……朴さんよりも、上みたいだね」
呻く彩吹を、炎の矢が直撃した。
椚が、飛翔しつつ長弓を引き、火焔連弾を射放ったのだ。
「ッ……ふ、ふふっ。頑丈な金剛隔者を盾にして、後ろから飛び道具。文句なしの連携だよ」
翼で炎を打ち払いながら、彩吹が苦しげに笑う。
「金剛軍と、七星剣本隊。もう少し連携して動いていれば、ファイヴも危なかったかもね」
「私たちの連携は、貴方がた七星剣を確実に追い詰めますよ」
澄香がタロットカードを、翔がカクセイパッドを掲げた。
「というわけで翔くん。技の名前、付けてみますか?」
「おうよ! 必殺カクセイ、サンダーファイヤ一、ストーム、ドラゴンえーと」
「はい時間切れです」
炎の嵐と雷の龍が、発生し荒れ狂って隔者7人を灼き払った。
そこに、水の龍が加わった。
秋人の『水龍牙』だった。
「仲間とは、役に立つ者の事……同じ事を言っていた隔者を1人、俺は知っているよ。そのやり方を押し通した結果、キミたち七星剣が今どれだけ追い詰められているのか、そろそろ考えてみてはどうかな」
「黙りやがれえッ!」
炎・雷・流水に抗いながら、串崎が電磁警棒を振り上げて電光を放つ。
ほぼ同時に七星剣中衛、木行獣の隔者2名が礫を弾き飛ばす。
いや、礫ではなく種だった。それが芽吹いて荊の塊となり、襲い来る。
電光が、澄香と翔を直撃した。
バチバチと帯電しながら翔が両腕を広げ、荊の塊を2つとも受けた。澄香を庇ったようだ。
「翔くん! ……もう、無茶をして」
荊に切り裂かれ、よろめく翔を、澄香が抱き止めた。
「ありがとう、だけど無茶は駄目ですよ。いくら私より大きくなったとは言っても……ね」
「ヘヘっ……そ、そうだよ。オレ身長伸びてるんだぜー」
翔が微笑む。
瑠璃色の光と香気の粒子が、電光と荊をキラキラと粉砕してゆく。
その間、七星剣後衛の2名が『潤しの雨』を降らせ、味方の治療を行っていた。
敵味方の一連の動きに、三十三は息を呑むしかなかった。
(戦いに……ついて、行けない……)
AAAの戦闘員であったのは、もう何年前の事になるのか。
逃げるようにAAAを脱退してから今に至るまで、三十三はずっと物陰に潜んでいた。
物陰の外で吹き荒れる嵐から、目をそらせながら。
その間、奏空も彩吹も、秋人も、翔も澄香も、ずっと戦い続けてきたのだ。
(そんな皆と、僕が……一緒になんて、戦えるわけがない……)
「ファイヴ……滅ぼす、貴様らを……」
米良が、呪詛のように呟き続ける。
「金剛様は、敗れざる御方……貴様たちに、敗れたわけではない……貴様たちなど、我ら金剛軍の足下にも及ばぬ! それを今、証明してくれる……」
「不敗がそんなに凄い事か! それは無力な人たちに暴力を振るう事でしか示せないのか!?」
奏空が叫んだ。
「そういうのは弱い者いじめとしか言わない! いつまで勘違いしてるんだよ、あんたたち金剛軍はっ!」
「お前さん方も知ってるだろう? 弱い者いじめしかしないのが、金剛軍さ」
椚が言った。
「弱い奴はクズだから、殺してもいい。何してもいい……その理屈で随分、好き勝手してくれたよ。七星剣の中でもな」
「でけえツラしてやがったよ。金剛のババアが生きてる間はなぁ」
串崎が、嘲笑う。
「そん時のまんま、時間が止まっちまってやがんだよなぁ。金剛軍の敗残兵どもはよォ。過去の栄光にすがるしかねえ負け犬の群れ! そんなゴミどもは、こーゆう実験で有効活用するっきゃねえだろ! 地球に優しい廃物利用ってヤツ?」
敗残兵、負け犬、ゴミに廃物。
そんな悪口雑言は、しかし米良の耳には入っていないようであった。
「滅ぼす……ファイヴ、貴様らを……示す……金剛軍の、輝きを……」
「あーあー、こりゃホントに廃棄物だ。完全にブッ壊れちまってやがんなぁ。廃棄物を破綻者に変える、そりゃゴミをお宝に変えるようなモンかあ!? ヒャハッ、ぎゃははははははは!」
串崎の笑いに、他の隔者たちも合わせた。
哄笑が、嘲笑が響き渡った。
それを掻き消すような絶叫が、三十三の喉の奥、身体の奥から迸り、響き渡った。
奏空に借りた略式滅相銃を、三十三はぶっ放していた。荒れ狂う水行の力が、フルオートで射出される。
伊邪波が、串崎を中心とする隔者数名を薙ぎ払っていた。
「がっ……! て、てめ……」
「人を……何だと、思っている……?」
三十三は、絶叫でかすれた声を漏らした。
「許さない……君たちだけは……ッ!」
「落ち着け篁さん、オレも気持ちは同じだ」
翔が言った。
「こいつら……絶対に、許せねー」
「米良さん、まだわからないのか! 自分が一体どういう連中に利用されてるのか!」
奏空が踏み込み、抜刀し、十六夜の連撃を叩き込む。
彩吹が、それと連携し、蹴りを放った。黒い羽を舞い散らせての、連続蹴り。
血飛沫を舞わせ、よろめいた米良に次の瞬間、
「金剛軍の輝きとやらを、見せたいなら……っ」
彩吹の掌底が、めり込んだ。
衝撃が、米良の身体を貫通し、後方にいた椚を直撃して吹っ飛ばした。
「普通の人たちにじゃなく、せめて私たちに勝ってごらん」
という彩吹の言葉に応じた、わけでもあるまいが、へし曲がった米良の全身から黒いものが溢れ出し、轟音を立てて発光した。
雷雲であった。
落雷が、彩吹と奏空を直撃する。瑠璃色の光と香気の渦が、砕け散った。
「あうっぐ……ッ! こ……これは……っ」
電光に灼かれながら奏空が、彩吹が、倒れ伏す。
「術式の冴えは……朴さんよりも上、かもね……ぐうっ!」
暴風の砲弾が、彩吹を吹っ飛ばした。
椚の、エアブリットだった。
「少し……調子に乗りすぎたねえ、お姉さん」
「……ふん、お前の術式なんて……米良さんのに比べたら、そよ風みたいなもの……」
「無理は駄目ですよ、いぶちゃん」
澄香が、タロットカードを掲げた。
電光に縛られた彩吹の身体が、炎に包まれた。
生命の炎だ、と三十三は感じた。
「浄化の炎よ、穢れを灼き払って下さい……」
澄香の祈りに合わせて、その炎は、電光を灼き砕きながら彩吹の身体に宿ってゆく。
「いいね……澄香の、新しい治療術式」
彩吹は微笑んだ。
「見ての通りだよ米良さん、私の仲間は頼りになる。貴方がいくら強くてもね、そんな連中と一緒じゃ勝てはしないよ」
「……俺1人で、貴様らを斃し尽くす……!」
「駄目だな。そんなんじゃあオレたちにゃ勝てねー」
翔が、印を結んだ。
「朴さんは、オレたちと力を合わせてくれた。だから妖にも勝てた……今のアンタじゃ、誰にも勝てはしねえよ。鈴白先生、一緒に!」
「心得たよ……」
秋人は、弓を引いた。
「力を合わせようともせず、仲間をただ嘲笑う。そんな戦い方で……俺たちに、勝てるとでも?」
じっと串崎を見据えながら、秋人は弦を手放した。大量の水飛沫が散った。
秋人の水龍牙と、翔の雷獣。
流水と電撃が、七星剣後衛を粉砕していた。
水行現の隔者2名が、路面に倒れて動かなくなった。
「ぐうっ……ひぃ……」
串崎は辛うじて起き上がりながらも怯え、自身に機化硬を施しながら防御の構えを取る。自分自身のみを守る姿勢に入っている。
もはや戦力外も同然だろう、と三十三は思った。
ふと見れば、木行獣の隔者2人が、奏空に向かって猛然と槌矛を振るっている。
いくらか危なっかしい動きで、奏空はかわした。米良の電撃光が、全身に絡み付いた状態である。
水行の癒しを、三十三は念じた。
深想水が、奏空を縛る電光を消し去った。
「ありがとう、篁さん!」
僕は役に立てたのか、という問いかけを、三十三は呑み込んだ。
自分は、仲間の役に立つために戦っているわけではないのだ。
●
彩吹の鋭利な美脚が、斬撃の如く一閃した。鋭刃想脚。
直撃を喰らった米良が、よろめきながらも耐える。だが衝撃の余波を受けた木行獣の2名は、吹っ飛んで倒れて動きを止めた。
「……ここまで、かな。だけど米良さんには、最低でも1人は殺してもらわないとね」
言いつつ椚が、串崎の胸ぐらを掴み寄せる。
「米良さん、戦う気を無くした奴がここにいるよ! 金剛軍として、見逃しておくのかい!?」
「金剛軍の掟……不覚悟は、許さん。殺す」
「ひいい! た、助けてくれええ!」
串崎が悲鳴を上げ、そして奏空が叫んだ。
「……いい加減にしろ、あんたたちはぁああああッ!」
叫び、抜刀し、駆ける。米良、椚、串崎、3名を貫通するかのような疾駆。
米良が倒れ、椚と串崎は吹っ飛んだ。
吹っ飛びながらも椚から解放された串崎が、そのまま逃げようとする。
そこへ、暴風の砲弾が飛んだ。
「死なせはしません。が、逃がしもしませんよ」
澄香の、エアブリットだった。
直撃を受けた串崎が、錐揉み状に吹っ飛んで路面に激突し、痙攣する。
ただ1人、残った椚が、もはや飛翔する力も失ったまま、よろよろと徒歩で逃げ去って行く。
「くっ……お、おい萩尾先生! 何やってる、こんな状態になる前に加勢してくれるって」
「おっと、オレだって逃がしゃしねーぞ」
翔が印を結び、B.O.T.改の狙いを定めながら、息を呑んだ。
椚の身体が、宙に浮いている。
その頸部を、金属製の鉤爪が掴んでいた。械の因子の発現によって、機械化した右手。
「1人でも殺せば、かなり破綻に近付く……米良修三君は、そのような状態にあるのですが」
禿鷹を思わせる、初老の男が、椚の頸部を鉤爪で捕らえている。
「その一押しも出来ないとは……無能ばかりが残ってしまいましたねえ七星剣にも。まるでAAAのように」
「誰……いや、まずはその男を放してもらおうか」
彩吹が言った。
「そんな奴でも殺したくはないからね。私たちは、血迷った奴を止めるだけ……ははん、なるほど」
「貴方ですね。このような実験の、主謀者……」
澄香の優しげな美貌が、青ざめ強張っている。
激怒している、と秋人は感じた。
その怒りを受け流すように、初老の男が微笑む。
「初めましてファイヴの皆さん。私、萩尾高房と申します……おや、そこにいるのは」
「何を……一体、何をしているんですか萩尾二等……」
三十三の声が、震えている。
「この馬鹿げた研究を……七星剣で、続けているのですか……っ!」
「AAAでは、君を実験台にし損ねました。それだけが残念ですよ、篁君」
萩尾が言った。
「1つ断言しておきましょう。AAAが破綻者という戦力の確保に成功していたら、あの忌まわしい大妖一夜は起こらなかったと」
「……付ける薬がねーたぁ、この事だな」
言いつつ翔は、B.O.T.改の構えを解かない。
「いいから、そいつを放せ。殺させはしねーぞ」
「人命尊重、ですか……」
米良、串崎他、戦闘不能状態ながら辛うじて生きている隔者たちを、萩尾は見渡した。
「その甘さを押し通しながら、これほどの戦闘能力を持つに至るとは興味深い事。少年、私は君を破綻させてみたい」
「てめえ……!」
「おっと、ここで貴方がたと戦うほど私は命知らずではありませんよ」
白目を剥いた椚の身体を放り捨てながら、萩尾はくるりと背を向けた。
「いいでしょう、米良君は差し上げます。破綻寸前の金剛隔者など、いくらでもいますからねえ」
「逃がすとでも……!」
「待って、天野さん」
秋人は、遮断機の形に腕を伸ばして澄香を止めた。
複数の人影が、萩尾を護衛する形に、いつの間にか佇んでいる。
七星剣隔者。見ただけでわかる。全員、椚や串崎よりはずっと手練だ。
「この人数でも、あなた方に勝てるかどうはわかりませんからね……また、いずれ」
萩尾を中心とする隔者たちが、立ち去って行く。
睨み見送りながら、翔は言った。
「あんな奴らの掌で、踊ってやる事はねーんだぜ。なあ、米良のおっさん!」
米良は何も言わない。気を失っている。
いや。目を閉じたまま、涙を流している。
「パワーと頑丈さは、朴さんの方が上みたいだね」
彩吹が微笑みかけた。
「大丈夫?」
「……朴は……」
米良が、辛うじて聞き取れる声を発した。
「何故……我らを、裏切ったのだ……」
「何で裏切ったって決めつけるんだよ。朴のおっさんはアンタの友達だろ? ちゃんと話してみたのかよ!」
翔は怒り、奏空は静かに言った。
「追い求めていたものが、実は間違っていた。でもそこで終わりじゃあない、それを受け入れた上で何かを学ぶ、先へ進む……朴さんは、それが出来た。あんたは出来るかな」
米良は何も応えず、ただ涙を流している。
彩吹が言った。
「金剛に、ここまでの求心力があったとはね。あれでも好かれていたのかな」
「好かれていた、と言うより崇拝されていたんだろう」
秋人は、思うところを述べた。
「金剛は、戦場で雄々しく戦って死んだ。だから神になってしまったんだ。彼女が普通の老婆として、介護でも受けながら穏やかに死んでいったとしたら、死後ここまで崇拝される事はなかった」
秋人は思う。
金剛という老婆は、まさしく、そのような死に方をするべきだったのだ。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
