マグロの神様、ご立腹なり!
マグロの神様、ご立腹なり!



 落日が水平線に触れるか触れないかのタイミングで、浜辺のキャンプファイヤーに火がつけられた。
 少し離れた場所に設置したバーベキューコンロでは「マグロの兜焼き」が出来上がりつつある。
 まだ日が高いうちから、みんなでワイワイ、大きなマグロの頭に塩をまぶし、アルミホイルで包み込んで焼いていたのだ。
 そろそろいいんじゃないか、と思った青年がキャンプファイヤーから離れて、「マグロの兜焼き」の出来上がり具合を確かめに行った。
 マグロの頭が二つに増えていた。
 さては酔いがまわったか、と青年はメガネを外して目をこする。
 ――と、その時。
 青年の足の先に熱い何かが当たった。
 見るとそれは煤で汚れた銀色の歪なボールだった。銀色の歪なボールからは空腹を刺激するいい匂いがしている。
 仲間たちの笑い声を後ろに聞きながら、青年はゆっくりと顔を上げた。
 マグロの頭に見えた二つの――二体のマグロ人間は、体を起こすと、手にしていた銛を青年に向かって投げつけた。
「……仲間、乱獲、絶滅ノ危機。モウ、待ッタナシ。ユルセナイ。人間赦スマジ!」
 胸から血を吹きあげて倒れた青年の体を跨ぎ越し、マグロ人間たちはキャンプファイヤーの周りにいた若者たちを次々に襲った。
 

 久方 真由美(nCL2000003)は集まった覚者に向けて、切羽詰まった声で語りだした。
「海岸でキャンプファイヤーに興じていた男女十名が、二体のマグロ人間……いえ、すみません。マグロの頭を持つ古妖たちに襲われます。今すぐ助けに向かってください」
 今回の討伐対象は古妖である。あるが……
 頭はマグロ、体はむきむきマッチョ。何故かぴっちぴちのスエットを着て、プラチナの足びれを履いている。
 銛と水中弓で武装しており、妖気の網をなげうってくるらしい。
 地元の海に古くからいる妖怪の一種らしいのだか、真由美のいうとおり、ほんとうに古妖なのだろうか?
「古妖ですよ? 地元漁師たちの間では、古くは慶応元年に目撃されたエピソードが伝わっています。必要以上に網の中に魚を囲い込むと、わざと網の中に入ってきて暴れ、船を転覆させたりしたそうです。銛で船底に穴をあけることもあるとか」
 真由美は小さく咳払いすると、話題を元に戻した。
「便宜上、マグロ神と呼びますね。マグロ神はエラ呼吸なので、そう長く陸上にいることはできないようです。夢見の中でも何度となく、網をなげうって若者たちを捉え、海中に引きずり込んで殺害しています」
 マグロ神たちの陸での活動時間はおよそ二分。頑張って三分。それ以上時間がたつと海へ逃げ込んでしまう。
 元が海の中に住まう妖怪なので、陸上での戦闘能力は低い。が、水中の中に限っては戦闘能力が格段にアップする。特殊技能『せんすい』を持つ魚系の守護使役を連れていない限り、水中戦は覚者たちの不利となるだろう。
「逆に、海の中へ入らせないようにすれば、時間とともにみなさんが有利になるということです。古妖は二体、守らなくてはならない若者は十人……」
 真由美は顔を曇らせた。
「撃破は厳しいかもしれませんね。怒りを鎮めることができれば、あるいは……ともかく、みなさんには人命第一でお願いします」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.若者たち10名全員の保護
2.二体の妖の撃退
3.なし
●敵データ
 マグロ神/2体……古妖。
 陸上での活動時間は2分からせいぜい3分が限界。
 海中での活動時間は制限なし。めっさ強くなる。
 乙姫命(ただし、150年間で一度も会ったことはない)。
 
 【錆びた銛】……物/近単貫2
 【水中銃】……物/遠単
 【マグロの体当たり・時速90km】……物/近単。物防無視、ノックB。
  ※ただし、使用できるのは海中のみ。
 【妖気の投げ網】……特/遠全。ダメージ0の拘束+鈍化、または痺れ。
  ※網は術式攻撃して破るか、這い出ない限り6T拘束継続(BS重複はなし)。
  ※マグロ神は網ごとかかった人間を海の中へ引きずり込みます。

●若者たち
男女10名(19歳~22歳)
覚者は一人もいません。全員一般人です。
マグロ神出現に驚いた後、てんでバラバラに逃げ出します。

※! 男1人が「マグロの兜焼き」の焼き加減を見に行き、妖たちと向かい合っています。
※! 男2名、女1名がパニックから海に逃げ込み沖(南)へ向かって泳ぎ出します。
※! 女2名がキャンプファイヤーの近くで腰をぬかしています。
※! 男1人、女2名がヨタヨタと波打ち際を東へ逃走。
   なお、東の端は100メートル先で崖になっていて行き止まりです。
※! 覚者たちは妖たちの後ろ、北側からのアプローチになります。


●状況
夜。とある海岸。
ちょうど引き潮から満潮に変わった頃。
海岸沿いにけっこうな広さの砂浜があり、キャンプファイヤーは波打ち際から草地までの間に設置されています。
バーベキューコンロは足場のしっかりした草地に設置。
キャンプファイヤーとバーベキューコンロの間は20メートルほど離れています。
マグロ神たちは「マグロの兜焼き」にされた仲間の姿に涙しており、焼き加減を確かめにきた青年に襲い掛かります。
覚者たちの介入は北側から、ちょうどマグロ神が立ちあがったタイミングとなります。

●その他
古妖を無理に倒す必要はありません。
犠牲者を一人も出すことなく、海にお帰りいただければ今回は成功です。
ただし。
説得して帰ってもらうにしても、ある程度は戦って覚者の強さを示す必要があります。
格下も格下、と判断されれば話も聞いてもらえません。

●STコメント
回る寿し以外で美味しいマグロ料理が食べたいそうすけです。
よろしければご参加ください。

(2015.10.4)誤記の修正が行われました。 
誤 ※! 女2名がキャンプファイヤーの近くで腰をぬかしています。
正 ※! 女3名がキャンプファイヤーの近くで腰をぬかしています。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
9日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
公開日
2015年10月15日

■メイン参加者 5人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『ヒカリの導き手』
神祈 天光(CL2001118)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『白い人』
由比 久永(CL2000540)


 砂浜に座った木舟の先を海水が洗っている。間もなく満潮だ。すぐに木舟は洋上に浮かぶだろう。
 ファイブの手配で運よく、現場近くの小さな漁港で二丁櫓の木舟が借り受けられた。帆柱の高さが約七メートル、艇長が七メートル半もある立派な舟だ。月あかりの下で木目も新しいこの舟は、聞けば祭用に作られたばかりだという。
「おっと、と……なのよ」
「大丈夫か? 気ぃつけや」
 光邑 研吾(CL2000032)の手を借りて、『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が木舟に乗り込んだ。
 飛鳥はすでに覚醒モードだ。紺地に金を履いた着物ドレスに西洋甲冑を組み合わせ、母親から借り受けて来た春ものの薄いスカーフを羽衣にみたてて肩に羽織らせている。
「おお、そういえば……拙者、いいものを借りてきているでござる」
 『直球勝負の田舎侍』神祈 天光(CL2001118)は、所属する劇団のツテを頼っていくつか舞台道具を用意してきていた。
 出発前の短い時間であわただしく交渉、受け取りとなったため、本格的な舞台を作れるほどの資材は借りられなかったのだが、場の雰囲気を盛り上げる程度の小道具はなんとか確保できいる。
 木舟の舳にかがり火を取りつけていた手を休め、カバンの中から乙姫の玉だれかんざしを取りだすと飛鳥に手渡した。
「飛鳥殿、これを髪につけるでござるよ」
「ありがとうなのよ。これでグッと乙姫らしくなるのよ」
 天光は飛鳥の頭に乙姫の髪飾りをつけてやった。
「おお、鼎はなかなか良い感じじゃな。これなら本物の乙姫と比べても遜色なかろう。光邑も腰蓑(こしみの)がよう似合っておるぞ。しかし、鯛ではなく浦島太郎役のほうがよかったのではないか?」
「うーん、乙姫知ってはるぐらいやから、浦島太郎のことも知ってはるとは思うけど……有名人は一人でええやろ。それよか、由比はんこそ、亀をやりはったらどないや?」
 由比 久永(CL2000540)は、研吾の返しに白い帆を張りながら口元をほころばせた。
「乙姫の出現とともに、『実は余は亀の化身だったのだ!』と名乗り出るか? うむ、かひごに亀の甲羅に変じてもらってもよいが……ちと小さいな」
 久永は、機会があればの、とはぐらかした。
「けど、じいちゃん。これ、少し大きすぎないか?」
 奥州 一悟(CL2000076)が木舟の下から祖父に声をかける。
 定員七名の純木造船である。一人で漕ぐには確かに大きいかもしれない。
「いらん心配せんでええ。いまはしわくちゃのジジイでも、覚醒すればぴっちぴちのええ男になる。若くてかわいい乙姫とばっちりつり合いがとれるはずや」
「いや……。一人で漕ぐには舟が大きいんじゃねって聞いたんだけど?」
 まあ、器用な研吾の事だ、舟の操舵もやれるのだろう。たぶん。
 一悟はそっとため息をついた。
 船大工の仕事から何か一つでもを学び取ろうと熱心に見つめる研吾から、月影の浮かぶ沖へ目を向ける。
 夢見が事件を予知した場所は岬を回った向こう側の浜だ。
「オレたち、そろそろ行かなきゃまずいよな」
「そうじゃの。行くか」
 久永は木舟の船尾からあでやかな着物を翻して飛び降りた。
 仕上げに天光が、舳先に取りつけたかがり火を灯す。
「水面が高くなってはきておるが、まだ全体が浮かぶほどではござらん。拙者らが舟を押し出してあげたほうがいいでござるな」
 最後に天光が舟を降りた。
 さっと船尾に回って木船を海へ押し始めた。
 一悟と久永も加わった。
「俺らが行くまで頑張っててや。ほな、先に行くで。玉竜、明かりを頼むわ」
 黒い波が押しよせては引く中を、燃え輝くかがり火と守護使役の神秘の炎が行く。飛鳥の影を写した帆が潮風を捉えると、木舟はぐん、と速度を上げて進みだした。


「……仲間、乱獲、絶滅ノ危機。モウ、待ッタナシ。ユルセナイ。人間赦スマジ!」
 火がついたコンロの向こう側で、マグロの頭をした古妖たちが長銛や水中銃を片手に立ちあがった。
 突如暗がりより姿を現した異形の化け物に呆然とする青年。
 鋭い銛の先が胸に向けて構えられ――
「待ったー!」
 マグロ神は振り返るなり、後ろから声をかけて来た者目がけて長槍を投げた。
 一悟は飛んできた長銛の先を見切ってかわすと、すぐさま土の鎧を身に纏った。
「神さまたちが怒るのももっともだけどよ、そいつら関係ねーだろ?」
 身を盾にして古妖に接近しつつ、見逃してやってくれ、と頼み込む。
「たまたまこの海に来ていて、たまたま近くの漁港かどっかでマグロの頭を手に入れて食べようってだけなんだ」
「黙レ、偶々ナドトイウ童ノ言イ訳ガ通ジルカ!」
 叫ぶなり一悟に飛びかかる。
 同時に、もう一体のマグロ神がコンロを飛び越して、砂に尻をついた青年に襲い掛かった。
ざん、と砂を蹴散らして着地すると、青年の胸を水中銃で狙う。
 天光は状況を見て取るなり駆けだした。
「久永殿、よろしく頼むでござるぞ」
 急いでも間に合わないと判断するや、言外に遠距離からの攻撃を頼んで行く。
 風を起こして走りゆく背中に、うむ、と物憂げに返えすと、久永は腕を高く上げた。
(しかし……海にはあまり縁がないのだが、奇怪な者がおるのだなぁ)
 夢見から古妖たちの風体を知らされていたのだが、聞くのと実際に目にしたのとではやはり感じが変わる。
 百五十年以上も前に海で目覚めて神化したといえば恭しいが、マグロの頭に人の体はどう見ても奇怪だ。
 それはさておき――
(止めねばの)
 天光が助けに駆けつける前に、青年を死なせてしまっては意味がない。
 久永は天に向けた手のひらより念を放つと、頭上に一片の雨雲を作り上げた。
 召喚された雨雲の腹の中で雷が青白く光り、夜の闇の中をジグザグとくねりながら青年に襲い掛かったマグロ神の頭に落ちる。
「マ、ググッ!?」
 落雷のショックでマグロ神は的を大きく外した。
 飛び出した短い銛が、青年の股の間に突き刺さる。
「ジ、次郎丸ッ!」
 銛を取り返すために、一悟と組み合っていたマグロ神が叫んだ。
 どうやら水中銃を持っているほうのマグロ神には、次郎丸という名があるらしい。
「キャー?!」
「あれはなんだ!」
「マグロの化け物だ、逃げろ!!」
 昼のような明るさに照らされた一瞬を経て、ようやくキャンプファイヤーまわりにいた若者たちも異変に気づいたようだ。
 マグロ神の異様な姿を目にするや、次々と悲鳴を上げ、ちりぢりになって逃げ出し始めた。
 兜焼きの焼き加減を見に来た青年も、下半身を弛緩させたまま後ずさりする。
「……ヌ」
 次郎丸は太く青光りする首を振って意識をシャッキリさせると、再び水中銃を構えた。
「待テ。逃ガサン!」
「待つのはそのほうでござる!」
 天光は護刀『流転』を鞘に納めたまま回し返し、腰を低く落とした。
 青年に水中銃を向けるマグロ神の両膝の裏を、鞘で強く叩く。
 マグロ神は体を前につんのめるようにして、砂にがっくりと膝を落とした。
「御免!」
 引き戻しざまに鞘から護刀を抜き放ち、正しく構えを取ると、そのままマグロ神に切りかかった。
 ――と、目の前に網が落ち、気がついたときには砂の上に横倒しにされていた。
 ずるり、被った網ごと体が陸側へ引きずられていく。
 長銛を持っていたマグロ神の仕業だった。
「……くっ」
 天光は痺れた体に鞭うってなんとか頭を持ち上げると、次郎丸の姿を探した。
 傷を負った古妖は、肩口を手で押さえながら夜の海へ駆けこんでいくところだった。
「太郎丸、必ズ助ケニ戻ルカラナ!」
「いま、戻ってこい! 文句は全部、オレたちが聞くって言ってんだろ! 聞けよ、人の話!」
 一悟は太郎丸と呼ばれたマグロ神の背中から覆いかぶさり、投げた網を引かせないよう羽交い絞めにした。
 密着しながら太郎丸の脇腹に固めた拳を何度も叩き込む。
「効いてねぇのか……、ならこれはどうだ?!」
 太郎丸の背から一歩離れると、一悟は拳に炎を纏わせた。
 脇腹を押さえて振り返ったマグロの横面に渾身の一撃を叩き込む。
 マグロ神はその場でくるりと一回転すると、ばったりと横倒れた。
 見届けて一悟も体を折る。
「き、きついぜ……」
 太郎丸が網をうつ少し前、一悟はマグロの体当たりを喰らって吹っ飛ばされていた。
 追撃を仕掛けようとしたマグロ神――太郎丸を久永がエアブリットを飛ばして牽制している隙に命を燃え立たせて復活したのだが、体には結構なダメージが残ったままになっている。
 回復してもらおうにも、回復手の一人は海の上にいて、もう一人の回復手は網に囚われたままになっていた。
 一悟の足元に倒れた太郎丸がいつ起き上がるか気が気ではなかったが、久永は天光の救助を優先することにした。
 網に駆け寄り、闇に赤き翼を広げて浄化の舞いを奉じる。
「おお、痺れが取れたでござる。助かった」
 天光は『流転』を振るって網を切り裂いた。
 それから腰をぬかした青年のところへ行き、腕を取って立たせてやった。
「助けに来たでござるよ。大丈夫。落ち着いて拙者らの指示に従って欲しいでござる」
 キャンプファイヤーへ戻って他の者たちと一緒にいるように、と言い聞かせ、背中を押しやる。
 後ろで久永がつぶやいた。
「海に逃げたマグロ神の姿がどこにも見当たらぬ。まずいぞ。光邑たちの舟があそこに見えて――」
 危ない、と一悟が叫ぶ。
 久永の目の前で、天光が吹っ飛んだ。
 海から時速九十キロの速さで飛び出した次郎丸に突撃されたのだ。
 天光の飛ばされた先を追った久永の目に、逃げ去る次郎丸と、一悟の後ろで立ちあがる太郎丸の姿が映り込んだ。
「伏せろ、奥州!」
 再び網が投げられた。
 今度は天光ばかりか、久永と青年も一緒に網にかかってしまった。
 一悟は久永の機転に助けられてとっさに身を屈めたおかげで、網に捕らわれなかったが……。
 呼吸が苦しくなっていた太郎丸から網を引き継いだ次郎丸に、水中銃で腹を撃たれてしまった。
 次郎丸は網の端を持ち上げてると、倒れた一悟の体を蹴り入れた。
「海ヲ穢ス愚カナ人間ドモメ、海ノ藻屑ニシテクレル。太郎丸ッ!」
「オウ、次郎丸ッ! 引クゾ!」
 海にひと浸かりして回復した太郎丸が網を引く。
 このまま海に引きずり込まれてしまっては分が悪いどころか、死が待っている。説得のきっかけを作ってくれるであろうニセ乙姫たちが来るまで、なんとしても時間を稼がなくては。
 久永はキリとまなじりを上げると、網の下で声をはった。
「無礼者! 余をなんと心得る。余は竜宮の使いにして乙姫の家臣、海亀なるぞ!」
 守護使役のかひごは久永の背にこっそり回ると、亀の甲羅に変じて折りたたまれた翼の間に張りついた。
「ナント……乙姫様ノ……」
 マグロ神たちが丸い目をキョトキョトと泳がせる。
 網を引く手が止まった。
「イヤ、待テ。ニワカニ信ジラレヌ話。ク、口カラ出マカセヲ言ウ出ナイ……」
「でまかせではござらんよ。拙者らは乙姫の使いでござる」
 天光は網を持ち上げると、まず青年を外へ出した。
 それから自身の回復を後回しにして、一悟の傷に癒しの滴を滴らせた。
「ああ……。嘘だと思うなら……後ろを振り返って、見てみやがれ」



 風に助けられたこともあり、研吾と飛鳥の二人を乗せた木舟は想定していたよりも早く岬を回って件の浜辺に近づいていた。
「あ! いたのよ! 光邑のおじいさん、あそこに人が泳いでいるのよ!」
「飛鳥ちゃん、俺、いま、おじいさんとちゃうで。カッコイイ鯛のお兄さんや」
 研吾は沖に向かって漕ぎだしてすぐ覚醒していた。現の因子が活性化し、姿が若返っている。若返ると、なるほど孫の一悟と顔つきが似ていた。
 どうやら一悟は研吾の娘、母親に似ているらしい。
「おじいさんでもお兄さんでもどっちでもいいのよ。はやくあの人たちを助けるのよ」
 偽乙姫は、鯛に冷たく舟を寄せてと命じた。
「はいはい。ただいま」
 研吾は巧に櫓を繰って、今にも溺れそうになっている若者たちのそばへ舟を寄せた。
 男と女。夢見の予知通りの組み合わせと数だ。
 陸側では三人がマグロ神とやりあっている最中のはずだが、今のところ未来は大きく変わっていないらしい。
 若者たちのほうでも木舟に気づいたらしく、バシャバシャと水を跳ね上げながら近づいてきた。
「このまま沖に行くと危ないのよ、おぼれてドザエモンさんになってしまうのよ。舟に上がってください」
 研吾が手を伸ばして女のほうから先に舟の上へ引き上げてやる。続いて男を引き上げた。
「マ、ママ、出た……あや、あやや、妖が。化け物が出たの」
「分かってる。そやからこうして俺らが助けに来てるんや」
 一般人からすれば、ただ人に仇するだけの存在である妖も、数百年を生きた古妖も同じ『化け物』になるようだ。
 研吾は苦笑いしながら積んできた毛布を女性に手渡した。
 助けた二人の様子を見ようと、飛鳥が帆の下をくぐって後ろへ来た。
 ともしびを点けた玉竜がそっと飛鳥の横について、足元から飛鳥を照らしだす。
 若い男が毛布で体を包むのも忘れて、呆けたように口を開けながら飛鳥に見とれる。
「乙姫さまや。ちゃんとお礼を言うんやで」
 若い男ががくがくと頭を倒して頷いた。
「助けていただいてありがとうございます。……あの、ボクたち、いまから竜宮城へ?」
「あほ! 誰でも彼でも連れていけるかい。騒ぎが片付くまで、お前さんたちは浜に戻って他の仲間と一緒にひと塊になっとれ」
「マグロたちを許してあげて欲しいのよ。悪気はないのよ。だから今夜のことは忘れてください」
 飛鳥はぺこりと頭を下げた。
 はい、と素直に返事する二人。
「その前に楽しいキャンプファイヤーの続きをやって帰り」
 浜へ向かって櫓をこぎながら、研吾はちゃっかり『マグロの兜焼き』をみんなで食べようと持ちかけた。
 ――え。乙姫、海の仲間を食べるの?
「ちゃんと供養せんかったら、もったいないオバケ出るやろ。たたられるで~」
 軽く脅しをかけたところで舟が浜に乗り上げた。
 二人を降ろす。
 崖へ向かったほかの仲間たちと一緒にいるよう命じて、急いで舟を沖へ戻した。
 舳を反転させて、今度はキャンプファイヤーの火を目印に浜へ向かう。
「あわわ、大変。みんながピンチなのよ! 光邑のおじいさん、急いでくださいなのよ!」
 二体のマグロ神が網にかかった人を海の中へ引きずり込もうとしていた。
 陸側から向かったものたちの姿がどこにも見当たらないところをみると、どうやらあの網の中で倒れている影がそうらしい。
 飛鳥から報告を受けると、研吾は櫓をこぐ腕に一層力を込めた。
 浜へ向きを変えた潮風の助けを得て、飛鳥は船の舳から大声でマグロ神たちに呼びかけた。
「控えい、控えーい! わらわは乙姫なるぞ。この印籠が目に入らぬか! マグロたちよ、いますぐ争いをやめて海に帰るのじゃ!」
 岡山のとある事件で入手した『桃もる太郎ストラップ』を印籠に見立てて突きだす。
 ……マグロ神たちは水戸の御隠居さまのことを知らないと思うのだが。
 だが、マグロ神たちは『桃もる太郎ストラップ』をつきだす飛鳥の姿を見てたちまちのうちにひれ伏した。
「ハハァ~乙姫様! カ、亀ハ……亀タチヲ苛メルツモリナドナカッタノデス。オ、許シクダサイマセ」


 キャンプファイヤーの前で酒盛りが始まっていた。
 マグロ神たちのことが怖い若者たちは、火の向こう、陸側で固まって食事をしている。
 飛鳥乙姫にこってり叱られたマグロ神たちは、波打ち際で正座していた。
「生きるために他者の命を喰らうのは、動物であればどれも同じこと。人間に魚を食うな、とは言えぬでござるからなあ」
 天光はため息をつくと升になみなみと酒を継ぎ足した。酒は研吾が持ってきたものだ。一悟と飛鳥は未成年なので、若者たちからジュースを貰って飲んでいる。
「シカシ、ヒラメ殿。人ノ子ノ所業、近年目ニ余ルモノガ……」
 太郎丸は飛鳥乙姫のご機嫌を目の端で探りつつ、それでも己たちの主張を訴えて来た。
 ちなみに、ヒラメ殿とは天光のことである。こちらが海亀殿であちらが鯛殿、であれば貴殿は、と問われてとっさに返した答えがヒラメだった。深い意味はない。
 同じ質問に一悟はエビと答えていた。こちらも深い意味はない。ただ頭に浮かんだ魚介類の名を口にしただけだ。
 朱色の杯に浮かんだ月を愛でていた久永が、おもむろに口を開いた。
「たしかに古に比べて獲る量も格段に増えておるし、絶滅の危機も捨て置けん話だ。だが、それゆえ今は人の子たちもマグロを守ろうとしておるのだぞ?」
 獲る量を制限したり、養殖に力を入れたり……。
「仲間の死を悼む気持ちは分かるが、もう少し人間に猶予を与えてやってはもらえぬか」
「こんだけ海を汚して魚を乱獲してたら、そら怒りはるわな。そやけど、太郎はんも次郎はんももう分かってくれてはる。そやからもうこの辺で話を切り上げて、みんなで楽しもうやないか」
 研吾は次郎丸と幕末の話ですっかり盛り上がって仲良くなっていた。
「あ、そうだ。じいちゃん、確か重箱におにぎり詰めて来てたよな? 兜焼きと一緒に食べようぜ」
 一悟がそういうと、飛鳥がすかさず重箱をでん、とマグロ神たちの前に置いた。
「さっさく開けるのよ」
 すると――
「玉手箱?! ゴ勘弁ヲ~」
 重箱を玉手箱と勘違いして、老化を恐れたマグロ神たち。
 朗らかな笑い声を後ろに、海へ逃げ帰って行ったとさ。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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