【太古の怒り】地上の竜宮
●
警報が鳴らない。
セキュリティの類が一切、機能していない、ように思えてしまう。
主に恐竜化石などを展示している博物館である。化石など盗まれても構わない、とでも言うのだろうか。
少女は、しかし窃盗のために忍び込んだわけではない。
忍び込んだ、と言うより逃げ込んだのだ。
もはや戦う力など残ってはいない。逃げるしかなかった。
夜の街を逃げ回っているうちに、この博物館の敷地内に足を踏み入れていた。
そこで、少女は聞いたのだ。自分を呼び招く、何者かの声を、館内のどこかから。
覚者、あるいは自分のような隔者にしか、聞こえない声であろう。
その声に導かれて少女は今、ここにいる。
博物館内の、最も広大な区域であった。
夜闇の中、恐ろしく巨大なものが展示されている。
暗黒の深海を悠然と泳ぐ、太古の巨大生物の姿を、少女は一瞬、幻視した。
それは全長40メートルに達する、首長竜の化石であった。吹き抜けの区域を、占領している。
闇の中の威容に、少女は呆然と見入った。己の額で第三の目が発光するのを、ぼんやり感じながら。
『ようこそ。ここにいれば、差し当たっては安全ですわよ』
声が、またしても聞こえた。
深海の如き闇の中、悠然と巨体を誇示しているものに、少女は恐る恐る問いかけた。
「君が……あたしを、助けてくれたの……?」
『貴女、殺されそうですのね。気付いてしまったものを、見過ごすわけにはいきませんわ』
「君……大きいねぇ……」
少女は、ぽろぽろと泣き出していた。
「あたし、ね、大切な人に会いたくて……でもね、その人にはもう会えなくて……その人の事、懐かしんだり思い出したり、しただけで……命、狙われちゃったの。ねえ君、あたしの大切な人のお話、聞いてくれる?」
●
「治療中の高村力彦だが、随分と落ち着きを取り戻してはいるようだ」
中恭介(nCL2000002)は語る。
「だが、1人で飛び出してしまいかねない危うさはある。かけがえのない庇護者……鬼仏を、救出するためにな」
その鬼仏は現在、とある山中の洞窟に埋まっている。
「神、と呼ばれるものが眠る洞窟。その神の正体だが、やはり竜宮と関わりある古妖、の可能性が高い。洞窟を掘り起こして鬼仏を助け出すとなれば最悪、一戦交える事にもなりかねん。となれば一体どのような力を持つ古妖であるのか、知る必要がある。それを知れば、あるいは……神を眠らせたまま鬼仏だけを穏便に救出する手段が、見つからないとも限らない。そこまで都合良くゆかずとも、情報は必要だ。その情報源だが、同じ竜宮の古妖に話を聞くのが良いと思う」
以前、数名の覚者が、とある古妖と縁を持った。
その古妖は現在、とある博物館に展示されている。
中は言った。
「ただ……夢見の話では、その博物館で少しばかり面倒な事が起こるようだ」
●
「何人、生き残っている?」
「7人です」
最初は12人いた。単純計算で5人、殺された事になる。
七星剣本隊の精鋭たる隔者5人が、あの篠崎蛍という小娘1人にだ。
「化け物め……とは言え、さすがにもう戦う力など残ってはおるまい。ここにいる7人で、仕留めるまでよ」
「あの小娘……ここに逃げ込んだのは、間違いないのですが」
とある博物館。
その正門前で、俺たちは今、立ち往生にも等しい事態に陥っていた。
正門だけではない。職員専用の出入り口、窓、その他あらゆる所から侵入を試みたのだが。
「ぐうっ! 畜生がッ!」
火行翼の宮嶋が、墜落して来た。
「駄目だ、空からも入れねえ……結界みてえなもんに、ぶち当たっちまう」
「ふむ。何者かが、篠崎蛍を館内に匿っている……という事ですか」
「結界を張れるほどの何者か、がな」
俺は呻いた。
「ファイヴの連中、か?」
『私でしてよ』
声が聞こえた。覚者あるいは隔者にしか、聞こえない声。
『この博物館は、今や私のお城。私にとって、言わば第二の竜宮……招かれざる者たちよ、立ち去りなさい』
「な、何だ! てめえは!」
宮嶋は叫ぶ。何者かが、笑う。
『単なる屍ですわ。今の私に、お前たちを斃す力はなく、こうして近付けずにおくのが精一杯……夜が明ける前に立ち去りなさい。さもなくば、ほら』
気配が、足音が、近付いて来る。
ファイヴの、覚者たちだった。
警報が鳴らない。
セキュリティの類が一切、機能していない、ように思えてしまう。
主に恐竜化石などを展示している博物館である。化石など盗まれても構わない、とでも言うのだろうか。
少女は、しかし窃盗のために忍び込んだわけではない。
忍び込んだ、と言うより逃げ込んだのだ。
もはや戦う力など残ってはいない。逃げるしかなかった。
夜の街を逃げ回っているうちに、この博物館の敷地内に足を踏み入れていた。
そこで、少女は聞いたのだ。自分を呼び招く、何者かの声を、館内のどこかから。
覚者、あるいは自分のような隔者にしか、聞こえない声であろう。
その声に導かれて少女は今、ここにいる。
博物館内の、最も広大な区域であった。
夜闇の中、恐ろしく巨大なものが展示されている。
暗黒の深海を悠然と泳ぐ、太古の巨大生物の姿を、少女は一瞬、幻視した。
それは全長40メートルに達する、首長竜の化石であった。吹き抜けの区域を、占領している。
闇の中の威容に、少女は呆然と見入った。己の額で第三の目が発光するのを、ぼんやり感じながら。
『ようこそ。ここにいれば、差し当たっては安全ですわよ』
声が、またしても聞こえた。
深海の如き闇の中、悠然と巨体を誇示しているものに、少女は恐る恐る問いかけた。
「君が……あたしを、助けてくれたの……?」
『貴女、殺されそうですのね。気付いてしまったものを、見過ごすわけにはいきませんわ』
「君……大きいねぇ……」
少女は、ぽろぽろと泣き出していた。
「あたし、ね、大切な人に会いたくて……でもね、その人にはもう会えなくて……その人の事、懐かしんだり思い出したり、しただけで……命、狙われちゃったの。ねえ君、あたしの大切な人のお話、聞いてくれる?」
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「治療中の高村力彦だが、随分と落ち着きを取り戻してはいるようだ」
中恭介(nCL2000002)は語る。
「だが、1人で飛び出してしまいかねない危うさはある。かけがえのない庇護者……鬼仏を、救出するためにな」
その鬼仏は現在、とある山中の洞窟に埋まっている。
「神、と呼ばれるものが眠る洞窟。その神の正体だが、やはり竜宮と関わりある古妖、の可能性が高い。洞窟を掘り起こして鬼仏を助け出すとなれば最悪、一戦交える事にもなりかねん。となれば一体どのような力を持つ古妖であるのか、知る必要がある。それを知れば、あるいは……神を眠らせたまま鬼仏だけを穏便に救出する手段が、見つからないとも限らない。そこまで都合良くゆかずとも、情報は必要だ。その情報源だが、同じ竜宮の古妖に話を聞くのが良いと思う」
以前、数名の覚者が、とある古妖と縁を持った。
その古妖は現在、とある博物館に展示されている。
中は言った。
「ただ……夢見の話では、その博物館で少しばかり面倒な事が起こるようだ」
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「何人、生き残っている?」
「7人です」
最初は12人いた。単純計算で5人、殺された事になる。
七星剣本隊の精鋭たる隔者5人が、あの篠崎蛍という小娘1人にだ。
「化け物め……とは言え、さすがにもう戦う力など残ってはおるまい。ここにいる7人で、仕留めるまでよ」
「あの小娘……ここに逃げ込んだのは、間違いないのですが」
とある博物館。
その正門前で、俺たちは今、立ち往生にも等しい事態に陥っていた。
正門だけではない。職員専用の出入り口、窓、その他あらゆる所から侵入を試みたのだが。
「ぐうっ! 畜生がッ!」
火行翼の宮嶋が、墜落して来た。
「駄目だ、空からも入れねえ……結界みてえなもんに、ぶち当たっちまう」
「ふむ。何者かが、篠崎蛍を館内に匿っている……という事ですか」
「結界を張れるほどの何者か、がな」
俺は呻いた。
「ファイヴの連中、か?」
『私でしてよ』
声が聞こえた。覚者あるいは隔者にしか、聞こえない声。
『この博物館は、今や私のお城。私にとって、言わば第二の竜宮……招かれざる者たちよ、立ち去りなさい』
「な、何だ! てめえは!」
宮嶋は叫ぶ。何者かが、笑う。
『単なる屍ですわ。今の私に、お前たちを斃す力はなく、こうして近付けずにおくのが精一杯……夜が明ける前に立ち去りなさい。さもなくば、ほら』
気配が、足音が、近付いて来る。
ファイヴの、覚者たちだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者7人の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回の目的は、以前の拙シナリオ『いにしえの海より荒波来たる』に登場した古妖・海竜(首長竜の化石です)と接触し、前作の『禍津神』に関する情報を入手する事。ですが現在、彼女の展示されている博物館は、結界によって閉ざされています。
海竜は現在、七星剣からの逃亡者である隔者の少女・篠崎蛍(女、16歳、天行怪)を館内に匿っております。彼女の身の安全が確保されるまで、すなわち追手である七星剣隔者7人が行動不能となるまで、海竜が結界を解く事はありません。
博物館へ入るには、この7人を倒していただく必要があります。
7人の詳細は、以下の通り。
●津久井峻
男、25歳、土行暦。前衛中央。武器は妖刀。使用スキルは錬覇法、蔵王・改、疾風双斬。
●木行獣・寅(2名)
前衛左右。武器は牙付きの手甲。使用スキルは猛の一撃、仇華浸香。
●宮嶋保仁
男、22歳、火行翼。中衛右。武器は魔杖。使用スキルはエアブリット、火炎連弾、炎柱。
●白神慧
男、24歳、水行現。中衛左。武器は槍。使用スキルはB.O.T.、潤しの雨、斬・二の構え。
●天行械(2名)
後衛左右。武器は電磁警棒。使用スキルは機化硬、雷獣。
時間帯は深夜。場所は博物館の正門前で一応、外灯は点いております。館内に入れずにいる隔者たちの所へ皆様が駆け付けた、ところから始めさせていただきます。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年07月16日
2018年07月16日
■メイン参加者 6人■

●
桂木日那乃(CL2000941)は、とっさに左右の翼を閉じた。
翼による防御の上から、衝撃と熱量がぶつかって来る。火焔連弾の直撃。
日那乃は、小さな歯を食いしばった。
「日那ちゃん!」
悲痛な声を発したのは『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)である。
翼にくるまったまま、日那乃は応えた。
「大丈夫……わたし術式攻撃、平気。物理で殴られたら、ちょっと……痛い、けど」
「心配無用。物理的殴り合いは、私たちが全て引き受ける」
言いつつ『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)が、鋭利な人差し指による指圧を、七星剣隔者の1人に叩き込む。
「ぐッ……て、てめ……何しやがった……っ!」
「螺旋崩し。これで、お前の術式は封じた。さあ殴り合おうか、物理的に」
殴り合おう、などと言いつつ死神の如く大鎌を構えるツバメ。
その近くで『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)が、カクセイパッドを掲げる。
「いいな。オレも前衛でガンガン行く系の戦い方、出来るようになりてーけど……今回は、こっち。やるぜ紡!」
「あーもう、暑いし、やる気出ないし、けど日那ちゃんに攻撃喰らわせたのは許せないから龍鳳の舞っと」
雷鳴が轟き、電光が龍と鳳凰を形作って荒れ狂い、隔者7名を灼き払った。
灼かれながらも、隔者たちは反撃に転じて来る。
荒れ狂う電撃の中から、獣憑の2名が飛び出して鉤爪を振るう。
直撃を喰らい、微量の血飛沫を散らせながら、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が笑った。
「大した事はない。紡の迷霧が効いてるね」
「縁の下の力持ち的なポジション目指そうと思ってねー。ちょっと小技を使いこなしてみました」
きりっ、と眼鏡の位置を直すような仕草を紡は見せたが、彼女は眼鏡などしていない。
そこへ、激しい電光が襲いかかる。
隔者7人のうち械の2名が、放電する電磁警棒をかざしていた。雷獣だった。
迸る放電光が、紡と日那乃を直撃する。
「……徹底的に、後衛から叩き潰す方針だね。いいやり方だけど……日那ちゃん、大丈夫?」
「平気。最初の防御術式、効いてる」
紡と日那乃の周囲で、瑠璃色の光と香気の粒子が、電光を蹴散らすが如くキラキラと乱舞した。
迷霧、魔訶瑠璃光、清廉珀香。
敵を弱めて味方の守りを固める、補助系術式の仕込みは完璧である。全員、敵の攻撃を何かしら喰らっているものの、治療を必要としている者はいない。
なので、日那乃は攻撃を行う事にした。
「……そこ、どいて」
隔者たちに言葉を投げながら、羽ばたき、風を起こす。
「博物館の古妖さんに、話、聞かないといけない……鬼さん、助けないといけない、から」
●
暴風の砲弾が、隔者前衛に撃ち込まれる。日那乃の、エアブリットである。
それに合わせて『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、
「七星剣! あんたたちに用はないけど、そこにいられると邪魔だから! ぶっ飛ばして通るよ!」
理不尽な事を言いながら抜刀し、『十六夜』の連撃で隔者前衛を薙ぎ払う。
七星剣隔者・津久井峻が、その斬撃に耐えながら叫ぶ。
「我ら七星剣の問題に……介入は許さんぞ、ファイヴ!」
「七星剣の仲間割れは大歓迎だけどね。それはそれとして、犯罪行為は許さないよ」
彩吹は言った。
「大の男どもが目の色変えて、未成年の女の子を追いかけ回す。犯罪だよね?」
「あれが……単なる小娘だと、思っているのか……」
津久井が、よろよろと剣を振るおうとする。疾風双斬でも放とうとしているようだ。
「あれは……篠崎蛍はな、貴様らファイヴにとっても警戒すべき存在……くっ、身体が動かん……」
「私の『参点砕き』が効いている。必殺技頼みの戦い方は、出来ないよ」
彩吹は言い、そして奏空は踏み込んだ。
「一方こっちは必殺技使い放題!」
必殺の『激鱗』が、津久井を叩きのめしていた。
彼の仲間である七星剣隔者・白神慧が、激昂しながら術式の構えに入る。
「ファイヴ……お前たちは! わけのわからぬ古妖まで味方に引き入れて一体、何を企んでいるのですかッ!」
「何も企んではいないよ。四六時中、悪巧みばかりの七星剣と一緒にしないでもらおうかっ」
彩吹は、羽ばたきながら踏み込んだ。
白神が怯え、隔者の1人を掴み引きずり寄せて盾にした。
構わず彩吹は、掌打を叩き込む。鎧通し。衝撃が、隔者2名を貫通した。
盾にされた方が、崩れ倒れて白目を剥き、動かなくなる。
白神は、血を吐き、よろめきながらも世迷い言を漏らす。
「ま……待ちなさいファイヴ、取引をしましょう。篠崎蛍の身柄を我々に引き渡してくれるなら、八神勇雄の今後の動きに関する重要な情報を貴方がたに」
「お前たちの世迷い言は聞き飽きてるし、顔も見飽きてる」
彩吹が言い、紡が合わせた。
「ボクたちは海骨ちゃんに会いに来たんであって、キミら七星剣はお呼びじゃないんだよねー。さくっと終わらせよっか、いぶちゃん」
「そういう事。マナー守って見学なんか出来るわけがないお客様は……強制退去、という事で」
彩吹の微笑みに、七星剣隔者・宮嶋保仁が怒声を返してくる。
「ぬかせ! この世から退去すんのぁテメーらの方だ!」
羽ばたきながら術式の構えに入ろうとする宮嶋を、彩吹は睨み据えた。
「……言っておくけど。マナー違反の客を叩き出すのはね、これが初めてじゃあないんだよっ」
彩吹の跳躍に合わせて、雷鳴が轟いた。
紡が、雷の鳳凰を発生させていた。
「はい、雷鳳羽撃の舞。ま、相棒と同じで適当に名前付けただけなんだけど」
「おっ、オレのカクセイソードは適当技じゃねーぞ! 一晩考えて付けた名前だ!」
言いつつ翔が高速で印を結び、光の矢を放つ。
その間、彩吹は雷の鳳と半ば合体し、電光まとう蹴りを白神と宮嶋に叩き付けていた。
吹っ飛んだ白神を巻き込んで、カクセイソード、ではなくB.O.T.改が、隔者の陣を切り裂いて走る。
「一晩、考えて……カクセイソード?」
「い、いいじゃねーか別に!」
紡と翔が、そんな言い合いをしている間。
倒れた白神が、死んだふりをしながら路上を這い、逃げようとする。
逃がさず、ツバメが大鎌を振りかぶる。
白神が怯えた。
「ひ……ま、待って……」
「殺しはしない。大人しくなってもらうだけだ」
「まずは! 篠崎蛍が何者であるのか、知りたいとは思わないのですか! 正体のわからぬ相手を、貴女たちは助けようと言うのですかああっ!」
ツバメの疾風双斬が、白神と宮嶋を薙ぎ払った。
白神は倒れて黙り、宮嶋は血飛沫をぶちまけながら羽ばたき揺らぐ。
彩吹は、ツバメに声をかけた。
「……少し喋らせても良かったんじゃない? 篠崎蛍って子について、いくらかでも前もってわかるなら」
「七星剣に命を狙われる少女……私の予想が、正しければ……」
「……わかるの? ツバメ」
「いや……済まない、私の妄想かも知れない」
ツバメは言った。
宮嶋が、叫んだ。
「てめえらファイヴ! 古妖の化け物と結託しやがってよォ、俺ら七星剣以上にこの世の厄介者になりかけてンのがわかんねーのかぁああ!」
叫びながらの火焔連弾が、日那乃を直撃した。
翼で火の粉を払いのけながら、日那乃は言った。
「あなたたち、古妖さんと仲良く、なれない……わたしたち、なれる。それだけ、の事……」
言葉と共に放たれたエアブリットが、上空へ逃げようとする宮嶋を撃墜していた。
●
警報も鳴らない。
セキュリティーの類は一切、機能していないようであった。一時的に、であろうが。
「海骨ちゃーん、キミの仕業ですかぁー!?」
紡の声が、闇の中に響き渡る。
闇の中にいるものが、穏やかに応えた。
『貴女たちとも、お話がしたいので……お元気なようですわね、相変わらず』
暗い海の中を悠然と泳ぐ、太古の巨大生物の姿を、奏空は一瞬、幻視した。
照明の落ちた博物館内に展示されている、首長竜の化石。
その傍らでは、1人の少女が手摺にもたれかかっている。
「私の同類……怪・黄泉か。覚者、それとも隔者なのか、判然とはしないが」
ツバメが、少女に向かって第三の目を発光させる。
「それはともかく……貴女も元気そうだな、海竜よ」
『あらあら。骨だけの私が、そう見えまして?』
「ダイエットの必要もない。それだけは、羨ましく思うよ」
彩吹が笑い、日那乃が進み出る。
「……海竜さん、初めまして。わたし、ファイヴの桂木日那乃……です」
『初めまして、空を飛べる方。私から見れば、それこそ羨ましいですわ』
「空飛ぶのって、めっちゃしんどいよー」
紡が言った。
「で。今日はね、海骨ちゃんに会いに来たってのもあるんだけど……そこのキミ? もう大丈夫だよー。表のいじめっ子連中は、蹴っ倒してふん縛って、うちの本部に引き渡したから」
手摺にすがりついている少女に、紡が微笑みかける。
「ボクは紡、こちらの海骨ちゃんのお友達。通りすがりのお人好しだよー。出会いの記念に、苺ミルクの飴ちゃん。おひとつ如何?」
「あたしは、篠崎蛍……」
おずおずと飴を受け取りながら、少女が名乗る。
「……君たちは……ファイヴ?」
「そうだ。お前ら七星剣とは敵同士、って事になっちまうのかな」
頭を掻きながら、翔が言う。
「お前……怪我、してるのか?」
「七星剣の連中に、追われてたんだよね」
彩吹が、蛍に身を寄せる。
「酷い目に遭ったね……痛いところはある?」
「……わたしに、任せて」
日那乃が近付いて行くと、蛍は怯えた。
「君たちファイヴが……七星剣のあたしを、助ける理由は?」
「こちらの海竜さん、が、篠崎さん助けた。だから、わたしたちも助ける……それだけ」
怯える蛍を、日那乃が翼で抱き包む。
その抱擁の中で、水行の癒しが蛍の全身に染み込んだ。潤しの滴だった。
「危害加えるつもりはないって事だけ、わかってくんねーかな」
翔は言った。
「オレは成瀬翔。お前を助けてくれた海竜に、ちょっと話を聞きに来たんだ」
『この子を助けたのは貴方がた、でしてよ?』
「じゃ協力して人助けをした、って事にしとこうぜ」
翔が手摺を掴み、海竜を見上げる。
「そのついでに、ってワケじゃねえけど……助けて欲しい奴がいる。いや助けに行くのはオレたちだけど、その前に情報が欲しいんだ。あんたか乙姫様に聞くのが一番だと思ってな」
『……竜宮の眷属が、厄介事を?』
「うーん。ちょっと、厄介な事にはなってるのかな」
彩吹に続いて、奏空は言った。
「俺たちの大事な友達が、ある洞窟に閉じ込められてしまったんです。そこは、恐ろしい神が祀られている洞窟神社で……その恐ろしい神様というのが、何と言うかその、貴女と同じ竜宮の方ではないかという」
「竜宮の民にさえ、禍津神と呼ばれている」
ツバメが、問いかけに加わった。
「それほど、とてつもない存在と……私たちは対峙しなければならない。その禍津神に関して、何か知らないか?」
『竜宮きっての暴れ者……それが乙姫様による、私への評価ですわ』
海竜が応えた。
『そんな私以上の暴れん坊・聞かん坊が、あの洞窟には閉じ込められておりますのよ』
「なるほど。やっぱり、あんたの知り合い……って言うか……」
翔が、息を呑んだ。
「もしかして……オレたちの事情、知ってたりする?」
『貴方がたの大切なお友達、それは鬼族のどなたかでしょう? 鬼と覚者に近付かれて、あの暴れん坊が興奮しているのですわ。それはもう、ここまで伝わって来るほど大人げない興奮』
「知っているなら話が早い。その鬼の事を、とっても大切に思っている男の子がいるんだ」
彩吹が、手摺を掴んで身を乗り出した。
「その子に、悲しい思いをさせたくない。だから……その暴れん坊が貴女の知り合いなら、何か口利きのような事をしてくれると本当に助かる」
「せめて、その暴れん坊ちゃんと、どう会話すれば穏便に事が進むか……教えて? 海骨様。お願い」
紡が、ぺこりと頭を下げる。
海竜は、熟考しているようだ。
『……会話は無理、ですわね。あなたたち覚者が近付いた時点で、あの子は冷静さを失ってしまいますわ』
「やっぱり、そうですか……」
奏空も考えた。
「覚者が、あの洞窟に近付く……それは、腹ペコの翔にオムライス差し入れるようなもの? 冷静でいられるわけないなあ」
「それはもういいから! なあ海竜さん。その暴れん坊ってのは一体、どんな奴?」
『うっかり地殻変動に巻き込まれて地に埋もれ、数千年経った今でも、それを腹立たしく思っている。そんな子ですわ』
翔の問いに、海竜は答えた。
『暴れん坊でもあり、怒りん坊……乙姫様も私も、随分と言って聞かせたのですけれど』
「地殻変動を……大昔に地球が引き起こした現象を、腹立たしく思ってる。怒ってる」
奏空は、顎に片手を当てた。
「……地球そのものに対して、怒ってる?」
『まさしく。自分たちに滅びをもたらした、この地球という大いなる存在を、許せなく思っているのですわ。あの身の程知らずの聞かん坊と来た日には』
「もしかして……」
日那乃が言った。
「覚者の力、欲しがってる? 地球に、勝つため、に」
「覚者を捕まえて食っちまえば、覚者の力が手に入る。そんな事、思ってんのか? あの洞窟の神様は」
翔が、難しい顔をした。
「とんでもねえな……」
『竜宮の恥。本当に、申し訳なく思っておりますわ』
海竜が動ければ、長大な首を動かして頭を下げたかも知れない。そう思える口調だった。
『そのような愚かな考えは捨てて、鬼族の方を解放し、そして乙姫様による魂の解放を心静かに受け入れるよう……私が、今から説得いたしますわ。あの愚かな聞かん坊に、数千年ぶりのお説教を』
「え、そんな事出来るの……」
紡が呆然と、そして嬉しそうに言った。
「お説教って、今ここで? 送受心みたいなもの? それとも……ねえ、ボクたちにも声、聞けたりする? その怒りん坊ちゃんの」
『あなたたちなら、思念の一部くらいは感じられると思いますわ。では』
海竜は一度、咳払いをしたようだ。
『……聞こえまして? 我が同胞、と呼ぶにはあまりにも考え無しな迂闊者の暴れ者。同じ海竜族として、私がどれほど恥ずかしい思いをしているか』
海竜の、この場にいない会話相手が、何かを叫んだ。吼えた。
咆哮が、覚者たちを打ちのめしていた。
翔は頭を抱えて尻餅をつき、彩吹と紡は抱き合って座り込み、ツバメと日那乃は2人がかりで蛍を庇い、結局は3人もろともに倒れ伏す。
奏空も、倒れていた。
「くっ……これは……」
怒り。それだけを、奏空は感じた。
地球が、自分たちを理不尽に滅ぼした。
洞窟に祀られた太古の生命は、そんな事を思っているのだろう。そして、地球に復讐するための力を欲している。
その怒りを、復讐心を、海竜が懸命になだめている。それを、奏空は感じた。
「すごい……」
蛍が、よろりと立ち上がった。
「すごい……すごいよぉ……これが、古妖……骨だけになっても、地に埋もれて骨すら無くなっちゃっても……失われる事のない、魂……」
震えながら、蛍は涙を流していた。
「この魂の力があれば……甦る……あたしの、大切な人……」
「……死んだ人は、生き返らないよ」
奏空もよろよろと立ち上がり、言った。
「君の大切な人が、誰なのかは知らないけど……」
「懐かしんだり、思い出したり、しただけで……七星剣にとって都合、悪い事になる?」
翔を助け起こしながら、日那乃が言う。
「死んだ人、なのに……七星剣が、警戒する……そんな人……」
「あたしにとっては、大切な人なんだ!」
蛍が叫んだ。
「だけど殺された! お前たちファイヴにだ!」
「……そういう事も、ある。ファイヴと七星剣は、戦ってるんだからな」
涙を流しながら燃え上がる蛍の目を、奏空は正面から見据えた。
「だけど、ここで戦っちゃいけない。この海竜さんと、しばらくでも一緒に過ごしたのなら、わかるだろう?」
「……ごめん。オレ今、感情探査使った」
片手で頭を押さえつつ、翔が言う。
「勝手に、お前の感情を探っちまった。本当にごめん……蛍、お前その人の事、本当に大切に思ってるんだな」
「あたしの心! 調べたって、わかるもんかあ!」
蛍は泣きじゃくった。
「死んだ人が生き返らない! そんなクソみたいな世の中に、あたしが今どんだけムカついてるか! お前らなんかにわかってたまるかあああああ!」
地球に対して怒りを燃やす太古のもの、に負けず劣らず蛍は今、怒り狂っているのだ。涙を、流しながら。
「篠崎さん……」
慰める。
そんな傲慢な事が、出来るはずはない。わかっていながら奏空は、声をかけてしまう。
弱々しく泣きじゃくる少女が、しかしその瞬間、疾風と化した。
疾風が、まっすぐ奏空を狙って吹きすさぶ。短剣のように鋭利な、貫手。
それを、ツバメが受けた。
奏空の眼前に着地したツバメの、鳩尾の辺りに、蛍の右貫手がめり込んでいる。
「ツバメさん!」
「……大丈夫」
呼びかける奏空の腕の中で、ツバメは呻き、血を吐いた。
「この娘が……万全の状態であったら、危なかったかもな……」
篠崎蛍という少女を、ツバメは最後まで疑っていたのだ。
紡が、すぐさま『潤しの雨』を降らせた。
彩吹が、蛍を取り押さえている。
取り押さえられている蛍に向かって、ツバメが眼光を燃やした。
「戦って死んだ者が、神になってしまう……それは確かに、八神勇雄にとっては都合が悪かろうな」
「死んじゃいないよ」
彩吹に取り押さえられたまま、蛍が牙を剥く。
「あたしの大切な人……金剛様は、死んじゃいない。古妖の力でも何でも使って、あたしが絶対……生き返らせて見せる……!」
桂木日那乃(CL2000941)は、とっさに左右の翼を閉じた。
翼による防御の上から、衝撃と熱量がぶつかって来る。火焔連弾の直撃。
日那乃は、小さな歯を食いしばった。
「日那ちゃん!」
悲痛な声を発したのは『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)である。
翼にくるまったまま、日那乃は応えた。
「大丈夫……わたし術式攻撃、平気。物理で殴られたら、ちょっと……痛い、けど」
「心配無用。物理的殴り合いは、私たちが全て引き受ける」
言いつつ『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)が、鋭利な人差し指による指圧を、七星剣隔者の1人に叩き込む。
「ぐッ……て、てめ……何しやがった……っ!」
「螺旋崩し。これで、お前の術式は封じた。さあ殴り合おうか、物理的に」
殴り合おう、などと言いつつ死神の如く大鎌を構えるツバメ。
その近くで『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)が、カクセイパッドを掲げる。
「いいな。オレも前衛でガンガン行く系の戦い方、出来るようになりてーけど……今回は、こっち。やるぜ紡!」
「あーもう、暑いし、やる気出ないし、けど日那ちゃんに攻撃喰らわせたのは許せないから龍鳳の舞っと」
雷鳴が轟き、電光が龍と鳳凰を形作って荒れ狂い、隔者7名を灼き払った。
灼かれながらも、隔者たちは反撃に転じて来る。
荒れ狂う電撃の中から、獣憑の2名が飛び出して鉤爪を振るう。
直撃を喰らい、微量の血飛沫を散らせながら、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が笑った。
「大した事はない。紡の迷霧が効いてるね」
「縁の下の力持ち的なポジション目指そうと思ってねー。ちょっと小技を使いこなしてみました」
きりっ、と眼鏡の位置を直すような仕草を紡は見せたが、彼女は眼鏡などしていない。
そこへ、激しい電光が襲いかかる。
隔者7人のうち械の2名が、放電する電磁警棒をかざしていた。雷獣だった。
迸る放電光が、紡と日那乃を直撃する。
「……徹底的に、後衛から叩き潰す方針だね。いいやり方だけど……日那ちゃん、大丈夫?」
「平気。最初の防御術式、効いてる」
紡と日那乃の周囲で、瑠璃色の光と香気の粒子が、電光を蹴散らすが如くキラキラと乱舞した。
迷霧、魔訶瑠璃光、清廉珀香。
敵を弱めて味方の守りを固める、補助系術式の仕込みは完璧である。全員、敵の攻撃を何かしら喰らっているものの、治療を必要としている者はいない。
なので、日那乃は攻撃を行う事にした。
「……そこ、どいて」
隔者たちに言葉を投げながら、羽ばたき、風を起こす。
「博物館の古妖さんに、話、聞かないといけない……鬼さん、助けないといけない、から」
●
暴風の砲弾が、隔者前衛に撃ち込まれる。日那乃の、エアブリットである。
それに合わせて『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、
「七星剣! あんたたちに用はないけど、そこにいられると邪魔だから! ぶっ飛ばして通るよ!」
理不尽な事を言いながら抜刀し、『十六夜』の連撃で隔者前衛を薙ぎ払う。
七星剣隔者・津久井峻が、その斬撃に耐えながら叫ぶ。
「我ら七星剣の問題に……介入は許さんぞ、ファイヴ!」
「七星剣の仲間割れは大歓迎だけどね。それはそれとして、犯罪行為は許さないよ」
彩吹は言った。
「大の男どもが目の色変えて、未成年の女の子を追いかけ回す。犯罪だよね?」
「あれが……単なる小娘だと、思っているのか……」
津久井が、よろよろと剣を振るおうとする。疾風双斬でも放とうとしているようだ。
「あれは……篠崎蛍はな、貴様らファイヴにとっても警戒すべき存在……くっ、身体が動かん……」
「私の『参点砕き』が効いている。必殺技頼みの戦い方は、出来ないよ」
彩吹は言い、そして奏空は踏み込んだ。
「一方こっちは必殺技使い放題!」
必殺の『激鱗』が、津久井を叩きのめしていた。
彼の仲間である七星剣隔者・白神慧が、激昂しながら術式の構えに入る。
「ファイヴ……お前たちは! わけのわからぬ古妖まで味方に引き入れて一体、何を企んでいるのですかッ!」
「何も企んではいないよ。四六時中、悪巧みばかりの七星剣と一緒にしないでもらおうかっ」
彩吹は、羽ばたきながら踏み込んだ。
白神が怯え、隔者の1人を掴み引きずり寄せて盾にした。
構わず彩吹は、掌打を叩き込む。鎧通し。衝撃が、隔者2名を貫通した。
盾にされた方が、崩れ倒れて白目を剥き、動かなくなる。
白神は、血を吐き、よろめきながらも世迷い言を漏らす。
「ま……待ちなさいファイヴ、取引をしましょう。篠崎蛍の身柄を我々に引き渡してくれるなら、八神勇雄の今後の動きに関する重要な情報を貴方がたに」
「お前たちの世迷い言は聞き飽きてるし、顔も見飽きてる」
彩吹が言い、紡が合わせた。
「ボクたちは海骨ちゃんに会いに来たんであって、キミら七星剣はお呼びじゃないんだよねー。さくっと終わらせよっか、いぶちゃん」
「そういう事。マナー守って見学なんか出来るわけがないお客様は……強制退去、という事で」
彩吹の微笑みに、七星剣隔者・宮嶋保仁が怒声を返してくる。
「ぬかせ! この世から退去すんのぁテメーらの方だ!」
羽ばたきながら術式の構えに入ろうとする宮嶋を、彩吹は睨み据えた。
「……言っておくけど。マナー違反の客を叩き出すのはね、これが初めてじゃあないんだよっ」
彩吹の跳躍に合わせて、雷鳴が轟いた。
紡が、雷の鳳凰を発生させていた。
「はい、雷鳳羽撃の舞。ま、相棒と同じで適当に名前付けただけなんだけど」
「おっ、オレのカクセイソードは適当技じゃねーぞ! 一晩考えて付けた名前だ!」
言いつつ翔が高速で印を結び、光の矢を放つ。
その間、彩吹は雷の鳳と半ば合体し、電光まとう蹴りを白神と宮嶋に叩き付けていた。
吹っ飛んだ白神を巻き込んで、カクセイソード、ではなくB.O.T.改が、隔者の陣を切り裂いて走る。
「一晩、考えて……カクセイソード?」
「い、いいじゃねーか別に!」
紡と翔が、そんな言い合いをしている間。
倒れた白神が、死んだふりをしながら路上を這い、逃げようとする。
逃がさず、ツバメが大鎌を振りかぶる。
白神が怯えた。
「ひ……ま、待って……」
「殺しはしない。大人しくなってもらうだけだ」
「まずは! 篠崎蛍が何者であるのか、知りたいとは思わないのですか! 正体のわからぬ相手を、貴女たちは助けようと言うのですかああっ!」
ツバメの疾風双斬が、白神と宮嶋を薙ぎ払った。
白神は倒れて黙り、宮嶋は血飛沫をぶちまけながら羽ばたき揺らぐ。
彩吹は、ツバメに声をかけた。
「……少し喋らせても良かったんじゃない? 篠崎蛍って子について、いくらかでも前もってわかるなら」
「七星剣に命を狙われる少女……私の予想が、正しければ……」
「……わかるの? ツバメ」
「いや……済まない、私の妄想かも知れない」
ツバメは言った。
宮嶋が、叫んだ。
「てめえらファイヴ! 古妖の化け物と結託しやがってよォ、俺ら七星剣以上にこの世の厄介者になりかけてンのがわかんねーのかぁああ!」
叫びながらの火焔連弾が、日那乃を直撃した。
翼で火の粉を払いのけながら、日那乃は言った。
「あなたたち、古妖さんと仲良く、なれない……わたしたち、なれる。それだけ、の事……」
言葉と共に放たれたエアブリットが、上空へ逃げようとする宮嶋を撃墜していた。
●
警報も鳴らない。
セキュリティーの類は一切、機能していないようであった。一時的に、であろうが。
「海骨ちゃーん、キミの仕業ですかぁー!?」
紡の声が、闇の中に響き渡る。
闇の中にいるものが、穏やかに応えた。
『貴女たちとも、お話がしたいので……お元気なようですわね、相変わらず』
暗い海の中を悠然と泳ぐ、太古の巨大生物の姿を、奏空は一瞬、幻視した。
照明の落ちた博物館内に展示されている、首長竜の化石。
その傍らでは、1人の少女が手摺にもたれかかっている。
「私の同類……怪・黄泉か。覚者、それとも隔者なのか、判然とはしないが」
ツバメが、少女に向かって第三の目を発光させる。
「それはともかく……貴女も元気そうだな、海竜よ」
『あらあら。骨だけの私が、そう見えまして?』
「ダイエットの必要もない。それだけは、羨ましく思うよ」
彩吹が笑い、日那乃が進み出る。
「……海竜さん、初めまして。わたし、ファイヴの桂木日那乃……です」
『初めまして、空を飛べる方。私から見れば、それこそ羨ましいですわ』
「空飛ぶのって、めっちゃしんどいよー」
紡が言った。
「で。今日はね、海骨ちゃんに会いに来たってのもあるんだけど……そこのキミ? もう大丈夫だよー。表のいじめっ子連中は、蹴っ倒してふん縛って、うちの本部に引き渡したから」
手摺にすがりついている少女に、紡が微笑みかける。
「ボクは紡、こちらの海骨ちゃんのお友達。通りすがりのお人好しだよー。出会いの記念に、苺ミルクの飴ちゃん。おひとつ如何?」
「あたしは、篠崎蛍……」
おずおずと飴を受け取りながら、少女が名乗る。
「……君たちは……ファイヴ?」
「そうだ。お前ら七星剣とは敵同士、って事になっちまうのかな」
頭を掻きながら、翔が言う。
「お前……怪我、してるのか?」
「七星剣の連中に、追われてたんだよね」
彩吹が、蛍に身を寄せる。
「酷い目に遭ったね……痛いところはある?」
「……わたしに、任せて」
日那乃が近付いて行くと、蛍は怯えた。
「君たちファイヴが……七星剣のあたしを、助ける理由は?」
「こちらの海竜さん、が、篠崎さん助けた。だから、わたしたちも助ける……それだけ」
怯える蛍を、日那乃が翼で抱き包む。
その抱擁の中で、水行の癒しが蛍の全身に染み込んだ。潤しの滴だった。
「危害加えるつもりはないって事だけ、わかってくんねーかな」
翔は言った。
「オレは成瀬翔。お前を助けてくれた海竜に、ちょっと話を聞きに来たんだ」
『この子を助けたのは貴方がた、でしてよ?』
「じゃ協力して人助けをした、って事にしとこうぜ」
翔が手摺を掴み、海竜を見上げる。
「そのついでに、ってワケじゃねえけど……助けて欲しい奴がいる。いや助けに行くのはオレたちだけど、その前に情報が欲しいんだ。あんたか乙姫様に聞くのが一番だと思ってな」
『……竜宮の眷属が、厄介事を?』
「うーん。ちょっと、厄介な事にはなってるのかな」
彩吹に続いて、奏空は言った。
「俺たちの大事な友達が、ある洞窟に閉じ込められてしまったんです。そこは、恐ろしい神が祀られている洞窟神社で……その恐ろしい神様というのが、何と言うかその、貴女と同じ竜宮の方ではないかという」
「竜宮の民にさえ、禍津神と呼ばれている」
ツバメが、問いかけに加わった。
「それほど、とてつもない存在と……私たちは対峙しなければならない。その禍津神に関して、何か知らないか?」
『竜宮きっての暴れ者……それが乙姫様による、私への評価ですわ』
海竜が応えた。
『そんな私以上の暴れん坊・聞かん坊が、あの洞窟には閉じ込められておりますのよ』
「なるほど。やっぱり、あんたの知り合い……って言うか……」
翔が、息を呑んだ。
「もしかして……オレたちの事情、知ってたりする?」
『貴方がたの大切なお友達、それは鬼族のどなたかでしょう? 鬼と覚者に近付かれて、あの暴れん坊が興奮しているのですわ。それはもう、ここまで伝わって来るほど大人げない興奮』
「知っているなら話が早い。その鬼の事を、とっても大切に思っている男の子がいるんだ」
彩吹が、手摺を掴んで身を乗り出した。
「その子に、悲しい思いをさせたくない。だから……その暴れん坊が貴女の知り合いなら、何か口利きのような事をしてくれると本当に助かる」
「せめて、その暴れん坊ちゃんと、どう会話すれば穏便に事が進むか……教えて? 海骨様。お願い」
紡が、ぺこりと頭を下げる。
海竜は、熟考しているようだ。
『……会話は無理、ですわね。あなたたち覚者が近付いた時点で、あの子は冷静さを失ってしまいますわ』
「やっぱり、そうですか……」
奏空も考えた。
「覚者が、あの洞窟に近付く……それは、腹ペコの翔にオムライス差し入れるようなもの? 冷静でいられるわけないなあ」
「それはもういいから! なあ海竜さん。その暴れん坊ってのは一体、どんな奴?」
『うっかり地殻変動に巻き込まれて地に埋もれ、数千年経った今でも、それを腹立たしく思っている。そんな子ですわ』
翔の問いに、海竜は答えた。
『暴れん坊でもあり、怒りん坊……乙姫様も私も、随分と言って聞かせたのですけれど』
「地殻変動を……大昔に地球が引き起こした現象を、腹立たしく思ってる。怒ってる」
奏空は、顎に片手を当てた。
「……地球そのものに対して、怒ってる?」
『まさしく。自分たちに滅びをもたらした、この地球という大いなる存在を、許せなく思っているのですわ。あの身の程知らずの聞かん坊と来た日には』
「もしかして……」
日那乃が言った。
「覚者の力、欲しがってる? 地球に、勝つため、に」
「覚者を捕まえて食っちまえば、覚者の力が手に入る。そんな事、思ってんのか? あの洞窟の神様は」
翔が、難しい顔をした。
「とんでもねえな……」
『竜宮の恥。本当に、申し訳なく思っておりますわ』
海竜が動ければ、長大な首を動かして頭を下げたかも知れない。そう思える口調だった。
『そのような愚かな考えは捨てて、鬼族の方を解放し、そして乙姫様による魂の解放を心静かに受け入れるよう……私が、今から説得いたしますわ。あの愚かな聞かん坊に、数千年ぶりのお説教を』
「え、そんな事出来るの……」
紡が呆然と、そして嬉しそうに言った。
「お説教って、今ここで? 送受心みたいなもの? それとも……ねえ、ボクたちにも声、聞けたりする? その怒りん坊ちゃんの」
『あなたたちなら、思念の一部くらいは感じられると思いますわ。では』
海竜は一度、咳払いをしたようだ。
『……聞こえまして? 我が同胞、と呼ぶにはあまりにも考え無しな迂闊者の暴れ者。同じ海竜族として、私がどれほど恥ずかしい思いをしているか』
海竜の、この場にいない会話相手が、何かを叫んだ。吼えた。
咆哮が、覚者たちを打ちのめしていた。
翔は頭を抱えて尻餅をつき、彩吹と紡は抱き合って座り込み、ツバメと日那乃は2人がかりで蛍を庇い、結局は3人もろともに倒れ伏す。
奏空も、倒れていた。
「くっ……これは……」
怒り。それだけを、奏空は感じた。
地球が、自分たちを理不尽に滅ぼした。
洞窟に祀られた太古の生命は、そんな事を思っているのだろう。そして、地球に復讐するための力を欲している。
その怒りを、復讐心を、海竜が懸命になだめている。それを、奏空は感じた。
「すごい……」
蛍が、よろりと立ち上がった。
「すごい……すごいよぉ……これが、古妖……骨だけになっても、地に埋もれて骨すら無くなっちゃっても……失われる事のない、魂……」
震えながら、蛍は涙を流していた。
「この魂の力があれば……甦る……あたしの、大切な人……」
「……死んだ人は、生き返らないよ」
奏空もよろよろと立ち上がり、言った。
「君の大切な人が、誰なのかは知らないけど……」
「懐かしんだり、思い出したり、しただけで……七星剣にとって都合、悪い事になる?」
翔を助け起こしながら、日那乃が言う。
「死んだ人、なのに……七星剣が、警戒する……そんな人……」
「あたしにとっては、大切な人なんだ!」
蛍が叫んだ。
「だけど殺された! お前たちファイヴにだ!」
「……そういう事も、ある。ファイヴと七星剣は、戦ってるんだからな」
涙を流しながら燃え上がる蛍の目を、奏空は正面から見据えた。
「だけど、ここで戦っちゃいけない。この海竜さんと、しばらくでも一緒に過ごしたのなら、わかるだろう?」
「……ごめん。オレ今、感情探査使った」
片手で頭を押さえつつ、翔が言う。
「勝手に、お前の感情を探っちまった。本当にごめん……蛍、お前その人の事、本当に大切に思ってるんだな」
「あたしの心! 調べたって、わかるもんかあ!」
蛍は泣きじゃくった。
「死んだ人が生き返らない! そんなクソみたいな世の中に、あたしが今どんだけムカついてるか! お前らなんかにわかってたまるかあああああ!」
地球に対して怒りを燃やす太古のもの、に負けず劣らず蛍は今、怒り狂っているのだ。涙を、流しながら。
「篠崎さん……」
慰める。
そんな傲慢な事が、出来るはずはない。わかっていながら奏空は、声をかけてしまう。
弱々しく泣きじゃくる少女が、しかしその瞬間、疾風と化した。
疾風が、まっすぐ奏空を狙って吹きすさぶ。短剣のように鋭利な、貫手。
それを、ツバメが受けた。
奏空の眼前に着地したツバメの、鳩尾の辺りに、蛍の右貫手がめり込んでいる。
「ツバメさん!」
「……大丈夫」
呼びかける奏空の腕の中で、ツバメは呻き、血を吐いた。
「この娘が……万全の状態であったら、危なかったかもな……」
篠崎蛍という少女を、ツバメは最後まで疑っていたのだ。
紡が、すぐさま『潤しの雨』を降らせた。
彩吹が、蛍を取り押さえている。
取り押さえられている蛍に向かって、ツバメが眼光を燃やした。
「戦って死んだ者が、神になってしまう……それは確かに、八神勇雄にとっては都合が悪かろうな」
「死んじゃいないよ」
彩吹に取り押さえられたまま、蛍が牙を剥く。
「あたしの大切な人……金剛様は、死んじゃいない。古妖の力でも何でも使って、あたしが絶対……生き返らせて見せる……!」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
