ディア・マイ・フレンド
ディア・マイ・フレンド



 美しく優しい、と書いて「みゆ」と読む。
 彼女にぴったりの名前だ。私の、自慢の友達である。
 美優と私は、中学生の時からの親友同士だ。
 中学高校の6年間を共に過ごした後、同じ大学に進んだ。2人で、初めての酒に酔い潰れた時の事も覚えている。
 酔い潰れた私たちを、紳士的に介抱してくれたのが、敦史だった。
 美優と私、それに敦史で、しばらくは仲良し3人組として過ごしていたものだ。
 だが敦史はやがて、美優と私のどちらか1人を選ばなければならなくなった。
 敦史は、私を選んでくれた。
 美優は、私たちを応援してくれた。
 そして大学卒業の翌年、私と敦史は結婚した。
 結婚式で、美優は言った。
 2人に会えるのは、これが最後かも知れない。だから言っておくね。本当におめでとう。絶対、幸せにならないと駄目だよ。
 美優は、覚者になっていた。妖との戦いに赴かなければならない、という。
 まだイレブンが健在で、覚者に対しては偏見の嵐が吹き荒れていた頃である。
 そんなものは関係ない。私にとっても敦史にとっても、美優は大切な友達だ。
 3人で、固い握手をした。私にも敦史にも、美優のために出来る事など何もなかった。
 笑って去って行く美優を見送りながら、敦史は言った。絶対、幸せになろうな、と。
 私たち夫婦は、美優のためにも、幸せにならなければいけない。
 そう思って、私も敦史も頑張った。
 敦史のためなら、仕事も家事も私は一向に、苦にならなかった。いくらでも頑張る事が出来た。
 敦史が私に、ひどい言葉を浴びせても、暴力を振るっても、私は耐える事が出来た。
 頑張っている敦史のために、私が耐えるのは当然の事だ。
 ある時、美優が私たちの家に押し入って来た。そして敦史を、めちゃめちゃに殴った。
 やめて、美優。そう叫んで、私は美優の身体にしがみついた。
 敦史は泣きながら、私に謝った。謝らなきゃいけない事なんてないよ、と私は応えた。
 美優のおかげで、優しい敦史が帰って来てくれた。やっぱり私の自慢の友達だ。
 そう。私たちは結局、仲良し3人組でなければ駄目なのだ。


 鐘の音が鳴り響き、フラワーシャワーが空を舞う。
 人々の祝福を受けながら、新郎新婦が教会から出て来たところである。
 新婦は二十代後半、であろうか。純白のウェディングドレスが似合ってはいるが、それよりも幸せそうな笑顔が美しい。
 あの時の、加奈子のように。
 砂原美優は、思い返してみた。
 自分の知る東山加奈子の中で、あの時の加奈子が一番、綺麗だった。可愛かった。
 敦史と並んで歩く加奈子の笑顔が、美優は自分の事のように嬉しかった。
 敦史と加奈子が幸せになれる世界を、守らなければならない。
 そう思えばこそ、妖や隔者との過酷な戦いにも耐え抜く事が出来たのだ。
 その幸せを、敦史自身が壊してしまった。
 正直あの男を見誤っていた、と美優は思う。あんな男に加奈子を託してしまった、自分にも責任がある。
 新郎新婦が、こちらを見て硬直した。
 拍手をしたりフラワーシャワーを投げたりしていた人々も、固まった。
 美優が車椅子を押して、新郎新婦の眼前に現れたからである。
 車椅子の上では加奈子が、髑髏を抱いている。作り物ではない、本物の頭蓋骨だ。
 その髑髏に、加奈子が囁きかける。幸せそうに、本当に幸せそうに。
「……謝らなきゃいけない事なんて、何にもないんだよ……敦史……」
 加奈子がこんな身体になったのは、敦史の暴力に耐え続けたせいだ。
 だから美優は、まずは敦史の両脚をへし折った。
 その他、様々な事をした結果、敦史の屍は原形を失っていた。
 そして部屋の隅に転がった敦史の生首に、加奈子が呆然とすがり付いていた。
 あの時から加奈子は、現実を見失ったままだ。
 見ているだけでうんざりするような現実など、見失ってしまった方が良い、と美優は思う。
「幸せになろうね、敦史……美優のためにも……」
 抱いた髑髏に、加奈子は語りかける。
 この2人は、ようやく理想の夫婦になれたのだ。
「……あんたたちもね、理想のカップルにしてあげるよ」
 硬直している新郎新婦に、美優は声を投げた。
 怯え始めた新婦を、新郎が背後に庇う。笑うべき光景だ、と美優は思う。
「君は俺が守る、って? 敦史のクソ野郎もさ、同じ事言ってたんだよ最初は。だけど結局……男なんてのは……ッッ!」
 美優の両眼が、赤く燃え上がる。鬼火そのものの眼光が、新郎を射竦める。
 この男は、殺す。
 新婦は悲しむだろうが、それでいい。夫の醜く暴虐な一面を知らぬまま、その死を悲しんでいられる。
 まさしく理想の夫婦だ、と美優は思う。
 加奈子が、愉しげな声を発した。
「ねえ美優……3人で、カラオケでも行こ? 昔みたいに」
「いいねえ。敦史のバカには、あたしが声当ててやるよ。けど、その前に……!」
 美優は、牙を剥いた。
「この世の……結婚なんてもの、全部ブッ潰す!」 


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.隔者・砂原美優の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 結婚式が行われている、とある教会に、隔者となった元ファイヴ覚者・砂原美優が押し入って殺戮を行おうとしています。これを止めて下さい。

 場所は教会の入り口前の広場。時間帯は真昼。
 車椅子を押しながらゆっくり歩く美優と、逃げ惑う人々、という場面が状況開始となります。
 美優は新郎に狙いを定めておりますので、覚者の皆様には、まずはここに割って入っていただく事になるでしょう。

 砂原美優(女、26歳、土行獣・猫)の使用スキルは『猛の一撃』『地烈』『隆神槍』『無頼漢』、武器は鞭。

 彼女の親友であり現在は精神を病んでいる一般人女性・東山加奈子が、車椅子に乗って近くにいますが、戦闘には何の影響もありません。位置としては、美優を前衛とすると後衛のもう1つ後ろになります。

 普通に戦って体力を0にすれば、美優は生きたまま戦闘不能になります。その後の扱いは皆様にお任せいたします。
 ちなみに彼女は現時点で1名の一般人男性(加奈子の夫・敦史)を殺害しております。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
公開日
2018年07月25日

■メイン参加者 5人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『地を駆ける羽』
如月・蒼羽(CL2001575)
『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)


 怯える新婦を背後に庇って立ちながら、新郎も怯えている。
 無理もない。どう見ても尋常ではない女性2人が、ゆっくりと近付いて来ているのだから。
 1人は、車椅子に乗っている。髑髏を抱えて時折、それに語りかけ、笑いながら。
 もう1人は、車椅子を押している。頭に獣の耳をピンと立て、肉付きの良い尻から猫科の尻尾を伸ばし揺らし、眼光を赤く輝かせて牙を剥きながら。
 怯えて当然だ。
 こんな2人が、花嫁に危害を加えようとしているのであれば、新郎としては怯えながらも逃げるわけにはいかないであろう。
「だけど今、狙われているのは旦那さんの方なんだよね……だから、お逃げ」
 真紅の眼光から新郎新婦を庇う格好で『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は割って入り、言った。
「砂原美優さん、だったよね? その猫耳と尻尾、可愛くないよ。可愛い盛りはとうの昔に過ぎ去った、海千山千の老いぼれ猫って感じ」
「こらこら。何て事を言うんですか、いぶちゃんは」
 たしなめに入って来たのは『居待ち月』天野澄香(CL2000194)である。
「美優さんはね、昔から可愛い猫ちゃんだったんです。今はちょっと、やんちゃが過ぎているだけ……そうですよね? 美優さん」
「まさか……あんたが来るとはね、澄香」
 澄香と昔馴染みであるらしい獣憑の女隔者が、牙を剥いたまま笑う。
「とびっきりのお説教が、ふふっ。聞けるわけだ」
「お説教では済まなくなる前に……やんちゃは、ここまでにしましょう」
「……婚約、したんだって? 澄香」
「思いが通じました。とても嬉しかったです。今も、幸せです」
「幸せなまま、あんたの時を止めてあげるよ。加奈子みたいに」
 車椅子に乗った女性の頭を撫でながら、砂原美優は言った。
「……あの男も、殺す」
「させません」
「なら止めてみなよ。言っとくけどね、殺さない限り止まらないよ。あたしは」
「暴力で何でもかんでも片付けようとする奴らは、大抵そう言う。自分の命を投げ出しさえすれば、何やっても許されると思ってる」
 彩吹は言った。
「貴女のやってる事はね、奥さんを殴る男と大して違いはしないよ砂原さん。私が言うのもアレだけど、力で何でも解決しようっていうのが間違いなんだ。男女、関係なしに……何、笑ってんの兄さん」
「笑ってはいない、感心しているだけだよ。成長したな、と思ってね」
 彩吹の兄……『地を駆ける羽』如月蒼羽(CL2001575)が、楽しげに微笑んでいる。
「まあ今回みたいに結局、力で解決するしかないにしても。それがわかって、いるといないでは大違いだからね」
「いいね、男もいるのか」
 美優の赤い眼光が、蒼羽を刺した。
「澄香を本気でぶちのめすのは気が引けるから、まずはお前を敦史みたいにしてやるよ」
「こんにちは砂原さん。お友達とお散歩ですか?」
 己に向けられる敵意の全てを、蒼羽は笑顔で受け止めた。
「いいお天気だからね。ゆっくり、お散歩を続けるといい」
 微笑みながら、前世の『誰か』との同調を完了させてゆく。錬覇法。
「……人様の結婚式に乱入するのは、お散歩とは言わないよ」
「へらへら優しそうに笑ってる、お前みたいな男が一番あたしは許せない。敦史のクソ野郎も、最初はそうだったからな」
 言いつつ美優がビシッ! と鞭を振るい鳴らす。
「御託はもういい、さっさと殺し合いを始めようじゃないか。そこの2匹も、無駄な事はやめなよ」
 まさしく無駄としか思えない事をしているのは『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)と『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)である。
 2人とも、美優に向かって、あるいは車椅子の女性に向かって、土下座をしていた。
「えー……っと。男のオレが何言っても、駄目かも知んねーけどよ」
「男を代表してお詫びします、なんて傲慢な事は言えませんが、どうか」
「あら可愛い、ごめん寝してる猫ちゃんみたい。ふふっ、猫耳と尻尾セットとか持ってくれば良かったですね」
 澄香が、呑気な事を言っている。
「ねえ美優さん、これで心が和んだりしませんか?」
「知ってるだろ澄香……あたしは、猫が大っ嫌いなんだっ」
 今のうちに新郎新婦その他大勢の人々を避難させておけ、という事であろうと彩吹は思った。


 自分は、夢見でもないのに夢見がちな性格なのだろう、と奏空は思う。
(別にいいさっ。夢見てる通りの幸せな結婚を俺はするんだ、あの子と……)
 薔薇色の妄想が、果てしなく広がってゆく。
 土下座の姿勢のまま、ほんわかと赤面する奏空の首根っこを、澄香が掴んだ。
「ほら2人とも、猫ちゃんの真似はおしまい。お仕事を始めましょうね」
 右手で奏空を、左手で翔を掴み起こしながら、澄香は言う。
「……いぶちゃんが、避難誘導をしてくれているうちに」
 新郎新婦その他の人々が、教会の中へと逃げ込んで行く。彩吹に誘導されて、と言うより半ば追い立てられてだ。
 ちらり、と美優の眼光がそちらを向く。
 遮るように、澄香が翼を広げた。
 香気の粒子が、キラキラと散った。清廉珀香。
 それに合わせて奏空は、薬壺印を結んだ。瑠璃色の光が拡散し、清廉珀香と一緒に覚者5名を包み込む。
「砂原さん、俺……結婚したら、努力して絶対いい旦那さんになって見せます。こんな言葉、信じてもらえないでしょうけど」
 前世の何者かと同調を行いながら、奏空は剣を構え、戦闘態勢を整えた。
「俺の両親だって、そりゃケンカはしますけど仲良く暮らしてます。貴女が見てしまった不幸な結婚だけが、結婚の全てじゃないんです! わかって下さい!」
「ふうん……結婚前提に付き合ってる子、いるわけだ」
 車椅子の女性を背後に庇う形に、美優は進み出て来た。
「相手の子は、どう思ってるのかねえ……恋愛は恋愛で楽しく済ませて、結婚はちゃんとした稼ぎのある男と。そんなふうに思ってたりして」
「え……恋愛と結婚て、違うの……?」
 奏空の戦闘態勢が、硬直した。
 その間に、美優が踏み込んで来ていた。
 踏み込みと共に、気合いの奔流が迸る。無頼漢。
 奏空、だけでなく翔も、気力の嵐に吹っ飛ばされ、顔面から地面に落ちた。
 香気の粒子と瑠璃色の光が、キラキラと散った。術式防御が、一応は機能している。
 それでも奏空は、立ち上がれなかった。
「女の子って……恋愛と結婚、別々に考えてるの? かけるー……」
「オレに訊くな!」
 翔はそれだけを言って立ち上がり、印を結び、光の矢を放つ。
 B.O.T.改。その直撃を喰らった美優が、血飛沫と光の破片を散らせて揺らぐ。
 そこへ澄香が、術式の狙いを定める。
「さすが美優さん……心理戦の冴えは健在ですね」
 植物の種が、銃弾のように飛んで弾けて芽吹き、荊となって美優の全身を縛り切り裂いた。棘散舞。
「ぐうッ……! ふ、ふふっ。澄香に効く心理戦って、どんなのがあるだろうね……」
 鮮血を霧状にしぶかせながら、美優が笑う。
「あんたを、そこの坊やみたく動揺させるには……あの男の生首、持ってくるしかない?」
「させません。何度でも言いますよ」
 タロットカードを掲げて荊を制御しながら、澄香が言う。
「私は、あの人と結ばれるんです。幸せになって見せます。万が一、不幸な事になったとしても、それは私の責任。貴女に何かしてもらう筋合いはありません……美優さん、貴女のしている事は余計なお世話です」
「責任……そう、それだよ澄香……」
 美優が流血に耐え、荊を引きちぎりにかかる。
「加奈子も、そう。敦史が暴力振るうのは自分の責任……そんなふうに考えちゃうんだよね……駄目なんだよ、それじゃああああああっっ!」
 鮮血の霧をまといながら、術式の構えに入ろうとする美優。
 その眼前に、いつの間にか蒼羽がいた。
「……同感。誰かを救おうとするなら、自己責任論だけは唱えちゃいけない」
 謎めいた紋様が、美優の全身に描き込まれていた。
 蒼羽の『螺旋崩し』だった。
「ぐっ……じ、術式封じ……か……」
「助けなきゃいけない相手の自由意志や責任なんて気にしてたら、誰も助けられないからね」
 蒼羽は言った。
「砂原さんは、お友達の加奈子さんを、本当に最悪な事になる前に助け出した……それでいいじゃないか。これ以上の事をしたところで、誰も幸せになれないよ」
「構うもんか……加奈子だって、幸せになれなかったんだ……」
 車椅子の上で、物言わぬ夫を抱いたままニコニコと笑っている親友に、美優は燃える眼差しを向けた。
「だから、どいつもこいつも不幸になればいい! 幸せなんて、あたしが全部ぶち壊してやる!」
「……違う……それは違うよ、砂原さん……」
 奏空は、ようやく立ち上がり、そして踏み込んだ。
「俺なんてまだ子供で、結婚について偉そうに語れないけど……でも、これだけはわかるぞ。砂原さん! あんたは絶対に間違ってる!」


 砂原美優は、破綻しているわけではない。正気を保ったまま、怒りと憎悪を燃やしているのだ。
 そんな美優に、奏空の『激鱗』が叩き込まれる。
「あんたのしている事は一時の自己満足だ! 蒼羽さんが言ってた事、俺も言うぞ。誰も幸せになれない! 砂原さん自身もだっ!」
「あたしは幸せだねえ! お前らみたいな男どもをぶち殺すと、最高に幸せな気分」
 暴言を断ち切るように、疾風が吹いた。
 彩吹の鋭刃想脚が、美優を黙らせていた。
「……私もね、ふざけた女をぶちのめすと爽快な気分になれるよ」
 避難誘導は、つつがなく完了したようである。
 ふわりと着地を決めながら、彩吹は問いを投げた。
「ねえ砂原さん。お友達の今の状況、本当に幸せだと思ってる? 変わり果てた旦那さんを抱いて、虚ろに笑っている……私は嫌だよ。自分の友達が、そんなふうになるのは」
「加奈子と敦史はねえ……今、学生の頃に戻っているんだよ……」
 美優もまた、虚ろに笑った。
「一番、楽しかった頃に……ずっと、戻っていられるんだ……こんな幸せが他にあるかよっ!」
 美優の鞭が、猛る毒蛇のように跳ねた。
 鞭による『地茢』が、奏空と翔を薙ぎ払っていた。
「……翔くんは。物理的に打たれ強い方ではないのに、どうして前衛に立とうとするんですか」
 血まみれで吹っ飛んだ翔を、細腕と翼で抱き止めながら、澄香が言う。
「男だから、なんて思ってますか? もしかして」
「そ、そんな事ねえ……事も、ねーかな……」
 翔は、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
 澄香の盾となる形に立って身構え、美優を牽制しながら、彩吹が笑う。
「やっぱり私が前衛じゃないと……翔が、無茶しちゃうね」
「無茶してるつもりは、ねーけどよ」
 翔は頭を掻いた。
「……男ってさ、女の人を守るもんだろ。守らねーで暴力振るうなんてのは最悪だ。だから……砂原さんの気持ち、わからねえワケでもなくてさ……もちろん、こんなのはダメだけど」
「気を付けましょうね翔くん。男の人が、男だから男だからって頑張りすぎるのも……男女関係が上手くいかなくなる原因の1つ、らしいですよ」
 言いつつ澄香が『木漏れ日の恵み』を降らせてくれた。温かいが傷にしみる治療術式だ。
「ヘヘ……オレにゃ、まだわかんねー。わかる事は1つ、おい砂原さん!」
 カクセイパッドを掲げ、翔は叫んだ。
「人にとって何が幸せか、なんてのはアンタが決める事じゃねえだろ! その人の旦那がやってた事は確かに最悪だけどよ、今のアンタはもっと最悪だ! 目を覚ませッ!」
 パッドに表示された白虎が、吼えた。
 電光が迸り、美優を直撃した。
「くそガキが……お前も、敦史と同じだ……」
 絡み付く電撃嵐に抗うが如く、美優も吼える。
「守る……守る……そう言いながら結局、加奈子をこんな目に遭わせた……男が言う、お前を守る! これほど信用出来ない言葉はないんだよこの世にはぁああああっ!」
 美優の憎悪が自分に向けられるのを、翔は感じた。
 全て受け止めるしかない、と思いかけた、その時。
「守るよ、僕は」
 前衛に出ながら、蒼羽が言った。
「お嫁さんは、全力で守りますよ。その気持ちを嘘だと言われなくはないな」
「え……お嫁さん、って……?」
「ああ、翔くんには言ってなかったっけ」
 事も無げに言いつつ蒼羽が、両手のショットガントレットをバチッ! と放電させる」
「僕、結婚するから」
「えーっ!」
 翔が驚愕している間に、その放電光が迸って美優を拘束し、『雷神の檻』を形成していた。
「……そう……かい。お前、結婚するのか……」
 電光の檻の中で、美優の何かが弾けた。翔には見えた。
 彼女が自力で、術式封じを振りほどいたのだ。
「なら死ねぇええッ!」
 石畳が砕け、岩盤層の一部が激しく隆起して蒼羽を直撃した。
 美優の激怒そのもののような、隆神槍だった。


 奏空が即座に踏み込んで、美優の全身に術式封じの紋様を刻み込む。
「ぐっ……お、お前ぇ……」
「螺旋崩しを使えるのはね、蒼羽さんだけじゃないんだ」
 奏空は言った。
「砂原さん……貴女は、自分を責めている。自殺も考えたんじゃないか? 思いとどまったのは、お友達が車椅子に乗っているからだ。そうだよ、あんたは真っ当に生きて! その人を支え続けなきゃいけないんだ!」
「利いた風な事を……!」
「言われるのは嫌だろうから、私は何も言わずに蹴っ飛ばすよっ」
 彩吹が、銃弾のような飛び蹴りで突っ込んだ。続く回し蹴りと後ろ回し蹴りが、美優を叩きのめした。『白夜』の3連蹴り。
 1度羽ばたきながら、彩吹は軽やかに着地した。
 隆神槍の直撃を喰らって吹っ飛び、地面に激突し、痺れて立ち上がれずにいる、蒼羽の傍らにだ。
「兄さん、生きてる?」
「……何とか、ね」
「そう……良かった。義姉さんを、悲しませるわけにはいかないものね」
「あ、あのう、そわさん」
 再び『雷獣』をぶっ放しながら、翔がおずおずと訊いてくる。
「オレを助けてくれるために、嘘ついただけ? それとも……ほんとに結婚するの?」
「……さて、どうかな」
 蒼羽は笑った。彩吹も、やれやれと言いたげに苦笑している。
 澄香が、傍らで細身を屈めて翼をかざす。
「迂闊に女を怒らせると、こんな反撃が来ます。気を付けないと駄目ですよ、蒼羽さん」
 その翼から、水行の癒やしが降り注ぐ。深想水。
 蒼羽の全身から、痺れが消え失せた。
 蒼羽は立ち上がり、美優も立ち上がっている。
「さあ、どうした……あたしは、まだ生きてるぞ!」
「殺すつもりはない。奏空くんも言ったよ? 貴女は生きなきゃいけないんだ。加奈子さんのために」
 美優が鞭を振るう、前に蒼羽は地を蹴った。
 斬・二の構え、からの踏み込みと拳。
 へし曲がり、血を吐きながらも、美優は倒れない。
「まだっ……まだだ、さあどうした! あたしを殺してみろ! ファイヴってのはいつからこんなにヌルく」
 暴風の砲弾の直撃が、美優を黙らせた。
「ファイヴは人殺しの集団ではありませんよ。けれど美優さん、貴女は人を殺した」
 澄香の、エアブリットだった。
「貴女は覚者として、最も安易な手段に走ってしまったんです。結果、加奈子さんの心は壊れてしまいました。同じ女として、許せません」
 人間を、殺す。
 覚者あるいは隔者として、これほど容易く安直な手段は確かにないであろう、とは蒼羽も思う。
「……違うでしょう? 美優さん。大切なお友達を本当に助けたいのであれば、もっと遠回りで時間のかかる、そして貴女も共に歩める、そんな方法があったはず。いえ、今からでも遅くはありません」
「……どうしろ、ってのさ……今更あたしに……」
 倒れたまま、美優は呻き、叫んだ。
「確かにそうさ、あたしは加奈子の目の前で敦史を……そのせいで加奈子は現実ってものを見失っちまった。それの何が悪い!? クソみたいな現実なら、見えない方がマシだろうがよ! 教えてよ澄香、この現実ってのは一体何? あんなにいい奴だった敦史が、現実ってものに何年か触れただけでクソ野郎に変わっちまった。隔者や妖になっちまう奴もいる! 一体何なんだよ、この現実の社会ってのはぁああああ!」
 物音がした。
 車椅子が横転し、歩けぬ女性の身体が石畳に投げ出されていた。
「……いじめ……ないで……」
 石畳の上を弱々しく這いながら、東山加奈子は言った。
「美優を……いじめないで……お願い……」
「ごめん……ごめんなさい……」
 彩吹が、加奈子の細身を抱き起こしていた。
「貴女の大切なお友達を、いじめて……ごめんなさい。美優さんの身柄は、これから然るべきところへ預ける事になります。貴女とも、しばらくは離ればなれ……本当に、ごめんなさい。会いに行く時は、余計なお世話でしょうけど私が車椅子を押しますから」
 その車椅子を、奏空が起こした。
 近くに転がった髑髏を、翔が拾い上げている。奏空が数珠を握り、祈りを捧げている。
「こいつは……もう、必要ねーって事かな」
「御仏の慈悲に、すがるといい……南無」
 蒼羽は思う。妹が仮に結婚をしたとして、まず起こり得ない事ではあるが、夫の暴力に苦しめられていたとしたら。
 その夫を、自分はどう扱うか。
(砂原さん……貴女は、僕かも知れない)
 その砂原美優は、石畳に突っ伏したまま震えている。無言の、嗚咽だった。
 蒼羽は、澄香と顔を見合わせた。
 加奈子が傍にいなければ駄目になってしまうのは、美優の方ではないのか、とは思う。
 お友達の、ではなく貴女自身の幸せを、どうか見つけて欲しい。
 その言葉を、蒼羽は呑み込んだ。
 かけるべき言葉など、何もないのだ

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです