力の彷徨
力の彷徨



 人を殺した事など、ない。
 だが俺は今、間違いなく人を殺そうとしている。殺すつもりで、鉄パイプを振り下ろしている。
 殺してしまったとしても、後悔しない自信がある。
 何故なら、こいつらも大いに人を殺しているからだ。
「てめえは! 何で生きてんだよっ!」
「あんだけの事やらかしといてよォ、堂々と外歩いて俺らと同じ空気吸ってやがるたぁ」
「反省してる? 反省したから許されるとか思ってる!? んなわけねーだろクソ犯罪者がよォオッ!」
 俺だけではない。杉浦が、山田が、栗本と野村が、叫びながら鉄パイプを、金属バットや角材を、振り下ろす。叩き付ける。
 地面の上で正座をしている、この男にだ。
 まるで、ゴリラのような男である。筋骨隆々の巨体が、鉄パイプを、金属バットを、角材を、跳ね返し続ける。
 厳つい顔面は血まみれだが、額や頭皮がいくらか裂けているだけだ。
「クソが! クソがッ! クソがクソがクソがぁっ、クソがああああッッ!」
 杉浦の振り下ろした角材が、男の脳天を直撃し、へし折れ、杉浦自身の顔面に命中した。
 鼻血をぶちまけて悲鳴を上げる杉浦に、声をかける者がいる。
「それ、そういう事じゃよ。暴力はのう、最後には必ず己に返って来るものじゃて」
 小さな老人であった。毛髪とヒゲの塊から、短い手足が生えている。
 シーズーかヨークシャーテリアを思わせる、その老人がなおも言う。
「それを体現しておるのが、この金剛隔者という者どもよ。許してやれとは言わんが……こんな事をしてものう、こやつを自己満足に浸らせるだけじゃぞ」
「うるせえぞジジイ、てめえから死にてえのか!」
 毛玉のような老人に、俺が鉄パイプを叩き付けようとした、その時。
「……やめろ。殴る相手を、間違うな」
 正座のままサンドバッグと化していた男が、ようやく言葉を発した。
 その声を聞いただけで俺は、鉄パイプを振り上げたまま硬直していた。
 杉浦は血まみれで泣き喚き、山田と栗本は疲れ果てて息を切らせ、野村は座り込んでいる。
 その全員を見回しながら、老人が小さく溜め息をつく。
「……おぬし1人こんな事をして、金剛軍の行いが帳消しになるわけでもなかろうが」
「憎しみは受けねばならん。ただ、それだけだ」
 男が応えた、その時。
 足音が、聞こえた。まるで地響きのような、重い足音。
 巨大なものが、広場に突っ込んで来たところである。
 自動車ほどもある、大型四足獣。シロサイに似ている。岩石質の外皮は、銃弾でも跳ね返してしまいそうだ。
 両眼と口の中が赤く燃え上がっており、マグマを岩石で包み込んで巨獣の形を成している感じである。
 そんな岩の巨獣に、1人の大男が騎乗していた。
 同じくマグマを内包した、人型の岩石。岩の鎧をまとう騎士。
「……妖、か」
 正座をしていた男が、呟きながら立ち上がる。
 逃げる気か、と俺は叫ぼうとしたが、おかしな悲鳴が出ただけだ。
 俺だけでなく、杉浦も栗本も他の連中も、喚きながら慌てふためいている。
 そんな俺たちに向かって、岩の巨獣が炎を吐いた。紅蓮の猛火が、荒波のように俺たちを襲う。
 それを、男が受けた。巨体が、ゴリラのような両腕を広げて俺たち全員を庇う。
 猛火の波は、男の力強い背中にぶつかって拡散し、火の粉となった。
「……早く逃げろ。妖どもは、人間を見れば殺さずにはおかん」
 火傷を負ったはずだが特に苦痛を感じた様子もなく、男は言った。俺たちに、それと老人にも。
「犬神よ、貴様も神社に戻れ。巫女どもを使って、町の人間を避難させろ」
「ぬ……それしか、あるまいか」
 言いつつ老人が、小さな手で杖を振るう。
 座り込み、悲鳴を上げていた俺や野村たちの身体が、ふわりと立ち上がった。身体が、勝手に動いていた。
「さあ逃げるのじゃ、おぬしら」
「こ……こんな……」
 こんな事で、俺たちがお前を許すと思うのか。
 俺は男に向かってそう叫ぼうとしたが、やはり上手く言葉にはならなかった。


 古妖・犬神の念力で操られた男たちが、下手くそな傀儡師に使われる操り人形の如く、ひょこひょこと逃げ去って行く。
 それを確認している暇もなく、朴義秀は血を吐いた。
「ぐ……ッ……」
 衝撃の塊が、腹に叩き込まれたところである。
 岩の騎士が、巨獣の上で鎖を振るったのだ。
 鎖の先端部に取り付けられた鉄球が、朴の強固な腹筋にめり込んでいた。
 へし曲がった巨体が、次の瞬間、吹っ飛んだ。
 岩の巨獣が、騎士を乗せたまま突進して来たのだ。装甲車の衝突に等しい体当たりであった。
 錐揉み状に落下し、巨体で地面を削って大量の土を舞い上げながら、朴は弱々しく立ち上がった。
「次は、我々が……こうして暴力に蹂躙される番、というわけか……」
「夢見が見ておる……覚者たちが来るぞ」
 犬神が、言葉を投げてくる。
「それまで死んではならんぞ朴義秀。おぬしらはな、まだまだ生き恥を晒さねばならんのじゃ」
 世迷言だ、と朴は思った。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.妖の殲滅
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 とある町が、2体の妖に襲われます。これらを倒していただくだけの純戦シナリオであります。
 妖の詳細は以下の通り。

●岩の巨獣
 自然系、ランク3。攻撃手段は突進体当たり(物近単)、口から吐き出す炎(特遠列、BS火傷)、超局地的地震(物遠全、ただし飛行中の覚者には無効。ハイバランサーでダメージ軽減可能)。

●岩の騎士
 自然系、ランク3。怪力で鎖鉄球を振り回します(高威力の物遠単、もしくは中威力の物遠列)。

 共に前衛で、最初は騎乗状態ですが別々の個体として扱います。
 ノックバックで騎士を叩き落とす事が出来ます。その場合、巨獣の『突進体当たり』の破壊力が騎乗時よりも弱くなります。騎士の方を先に倒した場合も同様です。

 元金剛隔者・朴義秀がこれらと戦っておりますが、覚者の皆様が到着した時点で彼は敗れ、力尽き倒れております。あと一撃でも何かしらのダメージを受ければ死亡しますが、術式等で回復を施す事は出来ます。助けてあげるのも一興かも知れません。
 回復した朴を戦闘に参加させる事は可能ですが、体力が0になれば彼は普通に死亡します。まあ盾の役くらいには立ってくれるのではないでしょうか。
 朴義秀は土行獣の申。男、37歳。使用スキルは猛の一撃、蔵王・戒、無頼漢、貫殺撃・改。

 場所は町外れの広場で、時間帯は真昼。戦闘行為の障害となるものはないでしょう。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2018年07月06日

■メイン参加者 6人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


 魔法使いの家系である。
 魔法も、覚者の力も、まあ同じようなものであろう、と『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は思う。
 忌まわしい力、としか思えなかった。自分が多少、嫌な気分になっただけで、人を殺してしまいかねない力。
 だからこそ、向き合わなければならない。禍々しい力と、真っ正面からだ。
「私に、それが出来ているのかどうかはわかりません……貴方はどうですか?」
 屍の如く倒れている男に、ラーラは言葉をかけた。
「自分の力と、向き合う事。それがどれだけ過酷な事であるのか、貴方を見ていればわかります」
 男を見据える瞳が、赤く燃え上がる。黒髪が、銀色に輝きながら揺らめいた。前世の『誰か』との同調。
「過酷な道を歩み続けて下さい、朴義秀さん。こんな所で、貴方を死なせはしません」
「……ファイヴ……覚者たち、か……」
 朴義秀が、弱々しい声を発する。
「俺の事などいい、それよりも……この妖を……」
 巨大な妖であった。シロサイのような岩の巨獣を駆る、岩石の騎士。
 巨獣の蹄が、朴を踏み潰そうとした、その時。
 大型の猛禽が、凄まじい速度で飛来した。ラーラには、そう見えた。
 爆発、そのものの火花が散った。爆刃想脚の直撃だった。
 よろめいた巨獣の背中から、騎士の巨体が転げ落ちて地響きを立てる。
「岩のデカブツ……お前たちとは、縁があるね」
 猛禽のような人影が、くるりと着地した。『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)である。『天駆』で活性化した火行の因子が、彼女の体内で燃え盛っている。
「いいよ、何度だって相手してあげる。紡、朴さんをお願いね」
「ほいよー。意地っ張りのゴリさん、ちょっと後ろ下がろうねー」
「ゴリラのおっさん、あんたの心はわかった。けど無茶は駄目だぜ!」
 満身創痍の朴の巨体を、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)と『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)が、2人がかりで引きずって妖から遠ざける。
「は、離せ……俺などに構うなと……」
「構うよ。私は、怪我人が前線に立つ事を認めない」
 彩吹が言った。
「貴方はね、私たちに負けたんだ。言う事は聞いてもらうよ」
「私は、その戦いに参加していませんが言わせてもらいます……下がってください。そんな状態で前に立たれては、私たちの士気にも響きますから」
 ラーラが言うと、朴は呻いた。
「何故……俺などを……」
「こんな形で、あんたを死なせるわけにはいかない」
 両眼を燃え輝かせ、前世の何者かとの同調を果たしながら『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、朴を背後に庇って立ち構えた。
「違うんだよ、ゴリラのおっさん。過ちを償うっていうのは、こういう事じゃないんだ。あんたが死んだって、誰も許してなんかくれないぞ」
「許しなど……」
 求めているわけではない、と朴は言おうとしたのだろう。
 言わせず紡が、朴の顔面に巨大な水滴をぶちまけた。潤しの滴だ。
「じゃあ何、ただ殺されて逃げようとしてるだけ? それは……ずるいよ」
 紡は、唇を噛んでいる。
「世の中からおさらばしちゃえば、それっきり確かに痛くも苦しくもない。けどね、残された人はどうなるの? 自分が死んでも誰も悲しまない、なんていうのはナシね。少なくとも1人、キミのこと気にかけてるおじいちゃんをボクは知ってるから」
「人々を守るために、あんたはこうやって妖に立ち向かってくれた」
 奏空が薬壺印を結び、瑠璃色の光を発生・拡散させる。
「それだよ。償うっていうのは、そういう事だ! あんたは戦って死んじゃいけない、生きて戦い続けなきゃいけないんだ」
「来ますよ」
 鋭く声を発し、剣を抜いたのは『継承者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)である。
 ゆらりと立ち上がる岩の騎士、蒸気のような鼻息を噴射する岩の巨獣。2つの巨体を見据える彼女の両眼が、青く輝く。前世の『誰か』との同調は、すでに済んでいるようだ。
「相性の悪い相手、とは思いません。斬り甲斐のある岩の塊……両断して差し上げましょう」
「ふふっ、そうだね。試し割りにちょうどいい岩の塊!」
 鎖を振るおうとする岩の騎士に向かって、彩吹が半ば飛翔する形に踏み込んで行く。
 鋭利な手刀が、騎士の巨体あちこちに超高速で叩き込まれる。参点砕き。
 各部関節に重圧を撃ち込まれた騎士が、岩石の巨体を硬直・痙攣させる。
 動きの固まった騎士を護衛するように、岩の巨獣がずしりと踏み込んで来た、その時。
 斬撃の光が、跳ね上がるように一閃した。岩の破片が、微かに散った。
 シャーロットの『地烈』が、岩の妖2体を薙ぎ払っていた。
 騎士は、しかし重圧と斬撃に抗って鎖を振るう。巨獣も、重い蹄で地面を蹴る。
 岩石質の巨体が2つ、攻撃体勢に入るが、その前に雷鳴が轟いていた。
「お前らの相手はオレたちだぜ!」
 翔の掲げたカクセイパッドに白虎が表示され、吼える。
 その咆吼に合わせ、電光の嵐が生じ、騎士と巨獣を直撃した。
 電撃に灼かれ、岩の破片を飛び散らせながら、巨獣がしかしもう1度、蹄で大地を穿つ。
 地面が、激しく揺れた。覚者6名の立つ、この辺り一帯のみを襲う地震。
 暴れる地面が、ラーラを空中へと跳ね上げた。
 跳ね上がった少女の細身に一瞬、猫のような生き物がまとわりつく。鉄棒の逆上がりに挑む子供を、補助するかのようにだ。
 補助を受けたラーラは、そのまま鮮やかに一転して着地を決めた。
「……ありがとう、ペスカ」
 己の守護使役に一声かけながら、ラーラは周囲を見回した。
 奏空も、シャーロットも翔も、振動する地面の上で何事もなく立ち上がっている。ハイバランサーの賜物だ。
 彩吹と紡は、空中へと逃れていた。2人がかりで朴の巨体を運びながらだ。
「自然現象を操る妖とは、厄介ですが……対策は万全です」
 言いつつラーラは、左の細腕で煌炎の書を抱えたまま、右手を振るった。
「次は私……岩をも溶かす魔女の炎、受けなさい!」
 燃え盛る隕石にも似た火焔連弾が、岩の騎士を直撃した。
 岩石の破片と溶岩の飛沫を飛び散らせながら、騎士がしかし鎖を振るう。
 鎖の先端の鉄球が、流星のようにラーラを襲った。
 それを奏空が、飛び込んで受けた。
 少年の細身がグシャリとへし曲がり、落下する。
「奏空さん……!」
 ラーラは息を呑み、奏空の身体を抱き起こした。
「何を……しているんですか……!」
「おっ、俺……今回、盾の役くらいしか出来そうにないし……」
 血を吐きながら、奏空が苦しげに微笑む。
 ラーラは溜め息をついた。
「奏空さんは……朴義秀さんに、あまり偉そうな事を言えませんよ」
「……そう……かなぁ……」
 負傷した奏空を、こんなふうに膝の上に抱いている。自分の役目ではない、とラーラは思う。
「程々にして下さいね。奏空さんに何かあったら、私……あの子に、呪い殺されてしまいます」


 彩吹の強靭極まる美脚が、様々な蹴りの形に乱舞して岩の騎士を打ち据える。
 奏空が立ち上がり、血を吐きながら略式滅相銃をぶっ放す。
 紡が『潤しの雨』を降らせ、奏空そして朴に術式治療をもたらす。
 回復を得た朴が、自身に『蔵王・改』を施しながら前衛に立つ。
 翔は声をかけた。
「やるのか、おっさん」
「……勝手にやらせてもらう。俺が死んだら、放っておけ」
「そうはいかねー。やばそうな時は、ぶちのめしてでも下がらせるからな」
「俺も貴様らを叩きのめしたくて仕方がないが、まあ今はいい……斃すぞ、妖どもを」
「へへっ、そういうこったな。敵だった奴と一緒に戦うって、悪い気分じゃねーぞ!」
 朴が『無頼漢』を、翔が『雷獣』を放つ。
 気力の奔流と電光の嵐が、妖2体を直撃した。並みの妖であれば、跡形も残らぬ連携攻撃である。
「こういうのって何だ、国語の授業で習ったぞ。あれだ、呉越同舟って言うんだよな!」
 そんな事を言っている場合ではなかった。
 絡み付く電光を引きちぎるようにして、巨獣が突進して来る。
 地響きを立てての体当たりが、朴を直撃した。
「おっさん!」
「……気遣い無用だ。俺の蔵王・改、この程度では破られん」
 吹っ飛び、落下して地面を削りながらも、朴は翔の叫びに応えて立ち上がり、しかし血を吐いた。
 よろめく朴の肩に、光の鳥が止まった。
 鳥はそのまま光に戻り、朴の巨体に吸収されてゆく。
 破損した臓物や肋骨がメキメキと修理される、その痛そうな音が朴の体内から聞こえてくる。
 命力翼賛。
 自身の生命力を、光の鳥に変換して負傷者に分け与える治療術式である。
 今回、参加した覚者6人の中で、これを使える術者は1人しかいない。
 朴が、その術者の方を向いた。
「金剛様に認められし者……お前が、俺を助けてくれたのか」
「気安く話しかけないように。ワタシ、貴方の事など知りません」
 シャーロットが言った。
「どなたであろうと前衛に立った以上、盾の役くらいは務めていただきます」
「ふ……貴様なら、俺が死んでも放っておいてくれそうだな」
「そんな事ねえよ。シャーロットさんは優しいからなっ」
 翔が言うと、シャーロットはちらりと睨んできた。
「成瀬さん……呉越同舟というのは、敵対する両者が利害関係で一時的に手を結んでいるだけの状況を言うのですよ。恒久的な友好を求める時に、ふさわしい言葉ではありません」
「えっ、じゃあずっと仲良くしたい時は何て言うのかな」
「昨日の敵は今日の友、でいいと思いますよ」
 言いつつ火焔連弾を放ったのは、ラーラである。
 流星のような火球が2つ、岩の騎士の強固な体表面で爆発した。
 ひび割れ、溶岩を血飛沫の如く噴出させながらも、岩の騎士は鎖鉄球を振り回す。
 重い唸りを立てて宙を裂く、その一撃が、ラーラと紡を薙ぎ払う……寸前で、翔は飛び込んだ。
「狙わせねえ!」
 鉄球が、翔の身体に激しくめり込んだ。
 破裂した臓物の汁気を吐き散らしながら、翔は地面に叩き付けられ、転がった。
「相棒! 何やってんの、もう!」
 紡が、半ば抱きつくように翔を助け起こす。
「すぐ無茶するんだから……」
「いや……かわそうとしたんだけど、足が滑っちまった……」
 血と言い訳を、翔は同時に吐いた。
 肩に、紡の額が当たってくる。
 ラーラが呆れている。
「奏空さんも義秀さんも、翔さんも……根元は同じですね。覚者の男の人って本当、度し難いです」
「そう言わないでラーラさん。やっぱり女の子に怪我はして欲しくないよ」
 言いながら奏空が、自身の体力を波動状に放散している。癒力大活性。
 破裂した内臓が、奏空の術式治療によってメキメキと修復されてゆくのを翔は感じた。
「うっぐぐぐ……おい奏空、痛ぇぞー」
「我慢しろ。良薬口に苦しって言うだろ……うん俺、博識……」
「諺・格言の類は、もういいですから。それより工藤さん、体力を放散し過ぎです。倒れますよ」
 シャーロットが、言葉とそして光の鳥を奏空に飛ばした。
 その間、彩吹がずっと、岩の妖2体に舞踏にも似た蹴りを叩き込んでいる。
 紡が、声を投げた。
「と、いうワケで。毎回、最前線でボコられてる我が親友いぶちゃん、さっきのソラっちの御言葉に何を思う?」
「いいねえ。奏空、私の事も身体張って守ってよ」
「は、はい。お望みでしたら……」
「うふふ冗談冗談。ラーラも言ってたけどね、奏空にそんな事させたら私、あの子にどんな目に遭わされるか」
「うーん。例えば、こんな目?」
 紡が翼を広げ、術杖を掲げる。
 雷鳴が轟き、電光の鳳凰が生じた。
「いぶちゃん、こないだ話したやつ。まだ練習もしてないけど」
「心配御無用。私が本番に強いの、知ってるだろう紡!」
 雷の鳳凰が、彩吹と一体化した、ように見えた。
 電光の翼をはためかせながら、彩吹が美脚を一閃させる。稲妻をまとう蹴り。
 騎士が、巨獣が、岩の破片を撒き散らしながら吹っ飛んだ。
 紡が、喜んでいる。
「決まったー! ドヤ顔していい? 親友連撃・雷鳳羽撃の舞とか名前付けてもいい? ねえラーラちゃんも今度一緒に何かやろうよ。三位一体ファイヤー稲妻キックとか」
「お、落ち着いて下さい紡さん! 妖、まだ生きていますから!」
 彩吹を最前線に放り込んでいるのは実は紡ではないか、と翔は思わなくもなかったが、それはともかくラーラの言う通りだった。
 岩の騎士が、岩の巨獣が、ひび割れながらも勢い失う事なく起き上がり、地響きを立て、踏み込んで来る。
「手強い連中だぜ……けど、そうでなきゃいけねえ。オレたちもな、弱い者いじめはしたくねーんだ。いくら妖が相手でもな」
 翔はカクセイパッドを掲げ、朴は左右の剛腕を交差させる。
「……弱い者いじめ、でしかなかったのだろうな。我らの行いは」
「どれほど償いをしても、誰も貴方を許してくれないかも知れません」
 ラーラが言った。
「……その覚悟は、ありますか?」
「ある、などと言っても空々しいだけだな。ともかく、ここで死ねんのなら生きて戦い続けるしかない」
「それでいい。やるぜ、おっさん! ラーラさん!」
「はいっ。良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 翔の雷獣、朴の無頼漢、ラーラの火焔連弾。3種の術式攻撃が、妖2体を直撃する。
 岩の破片と溶岩の飛沫をぶちまけながら、騎士は鎖鉄球を振るい、巨獣は炎を吐く。
 戦いは、激しさを増すばかりであった。


 簡潔さこそ、剣技の神髄。
 今はもうこの世にいない、ある1人の女性覚者が、そんな事を言っていた。
 その言葉通りの簡潔さと猛々しさで、シャーロットは岩の巨獣を叩き斬っていた。
「To be, or not to be……that is not the question……」
 呟きながら彼女は、ゆらりと崩れ倒れてゆく。
 両断された岩の巨獣は、そのまま崩壊して小石の山に変わった。
 岩の騎士は、すでに同じ様を晒している。誰の一撃がとどめになったのか、奏空はもはや覚えていない。
 達人戦闘術の反動で力尽きているシャーロットに、奏空はよろよろと歩み寄って声をかけた。
「シャーロットさんも、結構……無茶するよね……」
「御自分と同類、とでもおっしゃるのですか……」
 辛うじて聞き取れる声であった。
 見回すと、ラーラも同じように力尽きている。彼女には全員、随分と気力を回復してもらった。
 自身の気力を使い果たしたラーラに、彩吹が弱々しく言葉をかける。
「ラーラ、しっかり……」
「……私、もう駄目です……悪い子には石炭を、私に甘い焼き菓子を……」
「オレには、オムライスをぉ……」
 翔は中学生に戻り、地面の上で大の字になっていた。
 奏空の近くには、いつの間にか朴が立っている。
「……命の借りが、出来てしまったな。敵であった、お前たちに」
「ゴリラのおっさん……いや、朴義秀さん。あんたはもう敵じゃないよ」
 奏空は言った。
「確かに、あんたたちのした事は許せない。俺に、許してしまう権利はないと思う。だけど、過ちに気付いて改心したのなら」
 これからも一緒に戦おう。その言葉を、奏空は飲み込んだ。口に出した瞬間、色褪せてしまう言葉というものがある。
「ソラっち、嬉しそう」
 比較的、元気な紡が、微笑みかけてくる。奏空はただ、頭を掻いた。
「チームプレイっての、悪くねーだろ。おっさん」
 翔が、むくりと上体を起こした。
 彩吹も言った。
「ねえ朴さん、貴方1人で金剛軍のやらかしを償う事は出来ないし、そんな必要はないと私は思う。だから……暴力を受けて償いをしたような気分に浸るのは、もうやめよう。今度やったら拳骨だよ?」
「……貴様の拳骨と蹴りは、散々喰らった。痛かったぞ」
 応えつつ朴は、先程まで岩の妖であった、小石の山を見つめた。
「……妖とは、恐ろしい相手だな」
「大妖って連中もいる。そいつらは、こんなもんじゃねーぞ」
 翔が言った。
「覚者と隔者……争ってる場合じゃねえんだよ。おっさんも、わかったろ」
「わかる事と出来る事が、同じとは限らん。そこが難しいところでのう」
 声がした。
 シーズーかヨークシャーテリアのような小さな老人が、いつの間にか、そこにいた。
 倒れていたラーラが、ひょこっと身を起こす。
「貴方が……犬神様、ですか」
「お疲れのようじゃの。おぬしらには世話になりっぱなしで、ろくな礼も出来ておらん。せめて、わしの社で休んでいってくれんか」
「お礼なんて、こうしてもふもふさせてくれるだけでぇ」
 紡が、犬神を弄り回す。
「意地っ張りゴリさんの事、よろしくねー。ほらほら、ゴリさんの頬っぺも。こう、むにーっと……かたっ! 人間の頬っぺが、何でこんなに固くなるわけ!? 犬神サマのもふもふを見習いなさーい」
「そんな固い顔してないで、笑ってみたら? 笑顔はコミュニケーションの基本だよ、ゴリラさん。うわ、ほんとに固い」
 彩吹も、朴を弄り始める。
 翔が、見回した。
「おっさんに暴力振るってた連中は……いねーか」
「わしが帰した。まあ許してやってくれい。こやつにとっては、あんなもの暴力のうちに入らんわけで」
「仕返しをしようってわけじゃねーよ。ただ、そいつらに言っときてえ事がな」
「……俺もだよ」
 奏空が言うと、シャーロットが身を起こした。
「私は……その輩が今ここにいなくて良かったと思いますよ。不愉快なものは見たくありませんから」
「シャーロットさん……」
「人は、群れを成すと不愉快な事しかしません。搾取と蹂躙……あの人が何故、身ひとつで旅をしていたのか、わかるようになってきました」
 群れを成して暴力を振るう。団結して、妖を倒す。紙一重なのだろうか、と奏空は思った。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです