ヒドラの共食い
●
平沢は脳漿をぶちまけて痙攣し、上木は臓物を垂れ流して路上に横たわり、河野は首から上を失ったまま街灯にもたれかかっている。
「勘違い、しちゃあいけねえよ悪ガキども」
左手に装着した鉤爪で、河野の生首を突き刺し掲げながら、十河は言った。
「てめえらが七星剣を脱けるのは自由だ。隔者なんてぇヤクザな商売から足洗って、清く正しく生きようってんなら、そりゃ結構な事よ。止めやしねえ。八神の大将は、去る者追わずの人だからな」
十河鋭介。八神勇雄が飼っている、鉄砲玉の1人だ。
筋骨隆々の巨体はいくらか猫背気味に前傾しつつ、大型爬虫類の尻尾を後ろ向きに伸ばしている。そのシルエットは、まるで怪獣だ。
「……辞めた奴らがよ、勝手に殺しの仕事なんかやっちゃあ駄目だろうがあ? おう」
十河が、生首を放り捨てた。
首だけになった河野が、俺の足元に転がった。
「テメエら半人前どもに市場を荒らされちゃあ、そりゃ放っとくワケにゃあいかねえ。許しとくワケにゃあ、いかねえだろうがよ」
「ゆ……許して……」
俺は土下座をしていた。
俺を含め、生き残った隔者は総勢8人。その全員が、十河1人に対して這いつくばり、路面に頭突きをするかのように平伏している。
「お願いします……ゆ、許して下さいぃ……」
「許すくれえなら来ねえよ、最初っからよ」
七星剣は、もう長くはない。
俺たち下っ端の隔者は、もう間もなく、自力で食い扶持を稼がなければならなくなる。
だから俺たちは七星剣を脱退し、かつて黒霧がやっていたような仕事を独自にやり始めた。
要人暗殺、と言えるほどの仕事はまだないが、暴力団や半グレの集団なら幾つも潰した。そこそこの稼ぎにはなった。
七星剣からの脱退者が続々と俺たちに合流し、やがて20人を超える独立隔者集団となったが今、十河1人によって8人まで減らされたところである。
非発現者のチンピラを狩り殺すだけの、ぬるい仕事ばかりしていたせいで、俺たちは久しく忘れていたのだ。
七星剣本隊の、恐ろしさを。
足音が、聞こえた。複数。こちらへ走り寄って来る
「……来たな、ファイヴ」
十河が、ニヤリと牙を剥く。
「わかってんだろうな? 隔者の仕事にゃあよ、覚者どもをブチ殺すってのも含まれてんだぜ……てめえら、死ぬ気で戦えよ。生き残った奴だけ助けてやる」
ファイヴの覚者を相手に、死ぬ気で戦う。
それは俺たちにとって死刑宣告にも等しい命令だが、七星剣本隊と戦うよりは遙かにましだ。
「俺が手ぇ下すまでもねえ……ファイヴの連中が、てめえらゴミどもを掃除してくれるかもな」
十河が笑い、呟く。
「テメエらはなあ、覚者どもに殺されるか、俺に殺されるか。それしかねえんだよ」
平沢は脳漿をぶちまけて痙攣し、上木は臓物を垂れ流して路上に横たわり、河野は首から上を失ったまま街灯にもたれかかっている。
「勘違い、しちゃあいけねえよ悪ガキども」
左手に装着した鉤爪で、河野の生首を突き刺し掲げながら、十河は言った。
「てめえらが七星剣を脱けるのは自由だ。隔者なんてぇヤクザな商売から足洗って、清く正しく生きようってんなら、そりゃ結構な事よ。止めやしねえ。八神の大将は、去る者追わずの人だからな」
十河鋭介。八神勇雄が飼っている、鉄砲玉の1人だ。
筋骨隆々の巨体はいくらか猫背気味に前傾しつつ、大型爬虫類の尻尾を後ろ向きに伸ばしている。そのシルエットは、まるで怪獣だ。
「……辞めた奴らがよ、勝手に殺しの仕事なんかやっちゃあ駄目だろうがあ? おう」
十河が、生首を放り捨てた。
首だけになった河野が、俺の足元に転がった。
「テメエら半人前どもに市場を荒らされちゃあ、そりゃ放っとくワケにゃあいかねえ。許しとくワケにゃあ、いかねえだろうがよ」
「ゆ……許して……」
俺は土下座をしていた。
俺を含め、生き残った隔者は総勢8人。その全員が、十河1人に対して這いつくばり、路面に頭突きをするかのように平伏している。
「お願いします……ゆ、許して下さいぃ……」
「許すくれえなら来ねえよ、最初っからよ」
七星剣は、もう長くはない。
俺たち下っ端の隔者は、もう間もなく、自力で食い扶持を稼がなければならなくなる。
だから俺たちは七星剣を脱退し、かつて黒霧がやっていたような仕事を独自にやり始めた。
要人暗殺、と言えるほどの仕事はまだないが、暴力団や半グレの集団なら幾つも潰した。そこそこの稼ぎにはなった。
七星剣からの脱退者が続々と俺たちに合流し、やがて20人を超える独立隔者集団となったが今、十河1人によって8人まで減らされたところである。
非発現者のチンピラを狩り殺すだけの、ぬるい仕事ばかりしていたせいで、俺たちは久しく忘れていたのだ。
七星剣本隊の、恐ろしさを。
足音が、聞こえた。複数。こちらへ走り寄って来る
「……来たな、ファイヴ」
十河が、ニヤリと牙を剥く。
「わかってんだろうな? 隔者の仕事にゃあよ、覚者どもをブチ殺すってのも含まれてんだぜ……てめえら、死ぬ気で戦えよ。生き残った奴だけ助けてやる」
ファイヴの覚者を相手に、死ぬ気で戦う。
それは俺たちにとって死刑宣告にも等しい命令だが、七星剣本隊と戦うよりは遙かにましだ。
「俺が手ぇ下すまでもねえ……ファイヴの連中が、てめえらゴミどもを掃除してくれるかもな」
十河が笑い、呟く。
「テメエらはなあ、覚者どもに殺されるか、俺に殺されるか。それしかねえんだよ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者9名の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
七星剣を脱退し、独自に闇稼業をしていた隔者たちが、七星剣本隊の放った粛清者・十河鋭介によって皆殺しにされようとしております。
生き残っているのは8名。助けてあげるかどうかは、覚者の皆様次第であります。
ただし8人とも、十河に脅され、けしかけられたばかりですので、駆けつけた皆様の姿を見るや問答無用で攻撃を仕掛けてきます。命を救うにしても、まずは普通に戦って体力をゼロにしていただかなければなりません。
8名の詳細は、以下の通り。
●火行暦(3名、前衛)
武器は日本刀。使用スキルは錬覇法、疾風双斬、豪炎撃。
●木行翼(2名、中衛左右)
武器は槍。使用スキルはエアブリット、仇華浸香。
●天行怪(3名、後衛)
武器は妖杖。使用スキルは破眼光、雷獣。
七星剣隔者・十河鋭介(男、34歳。水行獣・辰)は、8名の後衛のさらに後方から高みの見物をしており、最初のうちは戦闘に参加しません。彼が覚者の皆様に攻撃を仕掛けるのは、隔者8名全員が戦闘不能になってからです。8人目の体力がゼロになった、その次のターンから十河は行動を開始します。
8名を迂回して十河に戦いを挑む事は可能ですが、その場合、迂回移動に1ターンを消費していただく事になります。
十河の武器は装着型の鉤爪左右。使用スキルは猛の一撃、水龍牙、地烈。
時間帯は深夜。場所は都内の路上で、街灯が点っているので照明的な問題はありません。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
4/6
公開日
2018年06月10日
2018年06月10日
■メイン参加者 4人■

●
教師になる。
その夢を叶える事が出来た自分は幸運なのだろう、と『秘心伝心』鈴白秋人(CL2000565)は思う。
覚者として力に目覚めた。これが幸運であるかどうかは、まだわからない。
秋人は思う。教師という夢が、目標が、自分になかったら。
「キミたちのように、なっていた……かも知れないね」
追い詰められた鼠のように牙を剥く8人の隔者に、語りかけてみる。
教師になる。それを目標とした。
教員免許の取得に行動力の大部分を注ぎ込む一方、生活のため様々なアルバイトをこなさなければならなかった。
余計な事をしている時間は、なかったのだ。
この隔者たちには、夢も目標もなかったのか。だから、余計な事をしている暇があり過ぎたのか。
あるいは夢を断たれ、挫折した結果が、今の有り様なのか。
「何にしてもキミたちには、これからの居場所が必要だ。今からでもいい、この先どうなりたいのか何をしたいのかを考えないと駄目だよ。青臭い言い方をすれば……夢や目標を持ちなさい、という事になる。教師の言い種としては、ありきたりもいいところだけどね」
「先生はね、それでいいのよ」
銀色の髪と紫色の瞳を、夜闇の中で妖しく輝かせながら、『月々紅花』環大和(CL2000477)が微笑む。
「ありきたりな事を普通に生徒に教えるのが、先生のお仕事。変な個性は要らないわ。何だか妙にオリジナリティを出そうとする先生って、いるじゃない? 秋人さんには、そんな痛々しい教師になって欲しくないわね」
「手厳しいね」
「そうかしら? まあでも、こういう人たちに対しては厳しく行かせてもらうわよ……ねえ、あなたたち」
凶暴性を剥き出しにしている隔者8名に、大和は冷ややかな言葉を投げた。
「まさかとは思うけど。今そんな有様を晒すのが夢、だったわけではないわよね? 夢も希望もなく目標も立てず、たまたま手にしてしまった力に流されて安易な生き方を続けた結果……追い詰められて、こんな所にいる。そうよね?」
「うるせえぞ、くそメスガキがぁ……てめえらは殺す!」
隔者たちが各々の武器を振り立て、叫んだ。
「ファイヴでお気楽に過ごしてやがる女子供によォ、俺らの何がわかる!」
「こちとら毎日、命賭けてんだ! 夢なんぞ見てる暇ぁねえんだよおおおお!」
彼らにとって命がけの状況である事に、間違いはなかった。
吠える8名の後方で、9人目の隔者が笑っている。
「気をつけなぁ嬢ちゃん。こいつら確かに雑魚だがよ、ケツに火ぃ点いてやがるからよ……死に物狂いだぜ」
七星剣隔者・十河鋭介。
人体の原形を失った屍が大量に散乱する、虐殺の光景の真っただ中に、禍々しく佇んでいる。
この隔者8人も、それら屍の仲間入りをするところであった。秋人たちの到着があと5秒でも遅かったら、そうなっていたであろう。
桂木日那乃(CL2000941)が無言のまま、虐殺の光景を見回している。生存者を探しているのであろう。
無言でいられないのは『ちみっこ』皐月奈南(CL2001483)である。
「……ひどいよ、こんなの……」
拳を握りながら、彼女は言った。
「仲間だよ……悪い事でも、今まで一緒に頑張ってきた仲間だよ? なのに……なのに……こんなふうに命を奪っちゃいけないのだ!」
小さく愛らしい、ように見えて頑強に鍛え込まれた拳が、紋章を浮かび上がらせて光り輝く。
「仲間を、大切にしないなんて! 絶対ダメなのだーッ!」
「七星剣じゃ仲間ってのは、役に立つ奴の事を言うんだよ嬢ちゃん」
十河が言った。
「ま、だからって役立たずは皆殺しとか、そんな事はしねえ。てめえがもう八神の大将のお役に立てねえと思ったら、遠慮する事ぁねえ辞めりゃいい。七星剣はそこらのブラック企業たぁ違う、辞めてく奴に嫌がらせはしねえよ。ただな」
隔者8名を、十河の眼光がギラリと射すくめる。
「辞めた連中がよ、いっぱしの隔者気取りで闇稼業とか……そいつはさすがに見逃しちゃおけねえ。示しを、つけねえとよ」
「……隔者なりに筋の通った考え方、だと思うわ。だけどね、人殺しを放置しておくわけにはいかない」
言葉と共に大和が、隔者たちに向かって紫色の眼光を燃やす。
「あなたたち、悪事をやめなさい。隔者の力を悪用して、楽にお金を稼ぐ……そんな事をしていたらね、七星剣だけではなく私たちファイヴとしても、あなたたちを討伐しなければならなくなるのよ」
「させねえ! 俺たちが、てめえらをブッ殺す!」
隔者8人は猛り狂っている、ようでいて実は怯えているのを、秋人は見逃さなかった。
「そうすりゃあ……ヘへっ、十河さんが俺たちを、七星剣に戻してくれるんだよぉ」
「ふむ、なるほどね」
秋人は、十河を見据えた。
「キミが、そんな約束を守るとでも?」
「さあてなあ。とにかく今こいつらは、俺の口約束を信じて戦うしかねえワケなんだが」
十河が、見つめ返してくる。
「てめえらは、よ……暴力で楽に金儲けする事を覚えちまった連中がよ、今更まっとうなサラリーマンなり公務員なり工事現場のあんちゃんなりコンビニ店員なりに、成れると思ってんのか?」
「俺を見習え、とまでは言わないけれど」
秋人は応えた。
「職を持っている覚者は大勢いるよ。もちろん覚者一筋で、妖退治や人助けを職業にしている人もいる。キミたちにだって、そういう生き方は出来るはずだ。だから」
「冗談じゃあねえ! 発現もしてねえゴミどもにへーこら頭下げるような生き方、何で今更しなきゃなんねーのよざっけんなコラ!」
「……隔者と会話するの、無理」
生存者など1人もいない事を確認し終えた日那乃が、ようやく言葉を発した。
「ただ、助けてあげる……虐められてる動物、助けるようなもの」
●
先日、星崎玲子と玉村愛華それぞれの両親に雇われて殺人を行おうとした隔者たちは、捕縛してある。
中司令曰く、隔者専用の収容施設があるらしい。詳しい事を、日那乃は知らない。
自分たちの役割は、戦って捕えるところまでだ。それを今回も実行するだけである。
隔者8人が、各々の得物で襲いかかって来る。あるいは術式の動きに入る。
前衛でそれを見据えながら、奈南は身構え、呟いた。
「……ばか…………」
紋章輝く右拳が、いくらかテレフォンパンチ気味に引き構えられる。左掌が、照準の形に前方へと突き出される。
「ばか……ばか! ばかっ、ばかばかばかばか! ばかぁああああああああっ!」
呟きを叫びに変えながら奈南は、光まとう右拳を叩き込んだ。
紋章輝く右ストレートが、凄まじい光を迸らせる。烈空烈波。
「ラッキーちゃんのおじいちゃんだって、君たちみたいな人に殺されちゃったんだよ!? そんな事ばっかりやってたら駄目! だめダメ駄目だめ絶対ダメなのだーッ!」
迸った気の光が、隔者たちを吹っ飛ばした。
そこを狙って、秋人が式弓を引く。
「言葉だけでわかってくれる、なんて思ってはいないけど……やれやれ」
射出された光の矢が、隔者数名を貫通する。B.O.T.だった。
間髪入れず大和が、
「弱い者いじめ、みたいな戦いになってしまうわね……」
溜め息をつきながら、術符を空にかざした。
夜空である。満天の、星空である。
星々の煌めきが、豪雨の如く降って来て隔者たちを直撃した。脣星落霜だった。
飛散する光をふわふわりと回避しながら、日那乃は隔者8人に歩み寄った。否、すでに8人ではない。反撃の暇もなく力尽きた何人かが、倒れている。
1人を、日那乃は引きずって戦闘区域から遠ざけた。
「……た……たすけて……くれぇえ……」
「……言われなくても、助ける」
「そのゴミどもを、拾って帰るのかい」
十河が言った。
「ファイヴってのはゴミ拾いのボランティアもやってんのか。御苦労なこった……ゴミなんざぁ、この場で焼却処分でもしちまえばいいのによ」
「あなた……自分は、ゴミじゃない……って、思ってる……?」
2人目の戦闘不能者を引きずり、十河から遠ざけながら、日那乃は言った。
「自分が、ゴミみたいに扱われる……なんて、考えた事……ない?」
「……面白え嬢ちゃんだなァ。いいぜ、俺をよ、ゴミみたく扱ってみろやあああッ!」
十河の巨体が、猛然と襲いかかって来る。
両手に装着された鋼の鉤爪が、日那乃に叩き付けられる……寸前で火花を散らし、止まった。
奈南が、日那乃の眼前に立ち、十河の鉤爪をホッケースティックで受け止めていた。
「ナナンが守るのだ。日那ちゃんも、それに……君がゴミなんて言った人たちも……ッ!」
「……駄目よ日那乃さん、本気を出しては」
微笑みながら大和が、同じく日那乃の前方に立った。日那乃を、それに戦闘不能の隔者たちを、背後に庇う格好でだ。
「あなたはファイヴ屈指の挑発名人。その口調で発する煽り言葉はね、隔者の神経を容赦なく逆撫でするわ」
「……煽り、なら……環さんの方が、上」
そんな会話をしつつ日那乃は、動けなくなった隔者たちを片っ端から引きずり運んだ。
今や8人、全員が戦闘不能であった。
「みんな……そこにいてね。逃げちゃ駄目なのだ……」
最前線で十河と武器をぶつけ合いながら、奈南が拳の紋章を燃やす。
もはや動けぬ隔者たちだが、下手に動かれては確かに困る。逃げられたら追わねばならず、十河鋭介という難敵との戦いに集中出来ない。
「助けてあげる、ぜーったい助けてあげるから逃げちゃダメ! ナナンと約束して!」
ホッケースティックが猛回転して、十河の鉤爪をガギィンッ! と弾く。
弾き飛ばされる形に十河は後方へ飛び、着地し、牙を剥いて笑う。
「微笑ましくもあり、涙ぐましくもあり……ってぇとこだな。どうせ命懸けで守るんならよォ、もっと価値のあるモンにしたらどうだい嬢ちゃん方。おっと、野郎も1人いるんだったな。ハーレムは楽しいかい?」
「そういう意識はしていないよ」
秋人が、前衛に進み出て来た。
「覚者業界は多分この世で一番、男女差の少ない環境だからね」
「あら、秋人さん……わたしの事もしかして、女として見てくれていないのかしら?」
大和が言う。秋人が、軽く頭を掻く。
「ファイブの女性は、みんな強いと言いたいだけさ。俺なんかよりも頑丈な女の子がいくらでもいる。皐月さんみたいに、ね」
「ふふっ、ナナンは確かに強いけど女の子だよぉ鈴白センセ!」
ホッケースティックを、まるで三国志の豪傑が扱う青龍偃月刀や方天画戟の如く振るい構えながら、奈南が気合いを発した。
「とにかくっ、ナナンは人の命を守るよぉ! 価値のない命なんて、ないのだっ!」
「やれやれ、小学生レベルの小娘ばっかりか。いくら女だらけでもコレじゃあな……ああ小便臭え」
言いつつ十河が、ギラリと秋人を睨む。
「おめえを女装させた方が、俺好みになりそうだなぁ……」
「…………!」
日那乃は秋人の前に立ち、両腕を広げ、翼を広げた。小さな全身を使って、十河のぎらついた眼差しを遮断した。
「いいよ、日那ちゃん」
秋人が苦笑しながら、日那乃の前に出る。
「妄想は自由だ。まあ、妄想だけにしておいてもらおうかな」
「……ここまで感性の腐りきった隔者、初めて見るわ」
大和の声が一段、低くなった。
紫色の瞳が怒りで燃え盛り、艶やかな銀色の髪が風もないのに舞い揺らめく。
何枚もの術符が、ぼんやりと禍々しく発光しながら大和の周囲を旋回した。
「叩き直してあげる必要がありそうね……女の、まっとうな美しさと強さを思い知らせてあげるわ」
●
十河の巨体が、地を這った。
這うような体勢からの斬撃が、前衛の秋人と奈南を襲う。鋼の鉤爪が『地烈』の形に一閃していた。
直撃を喰らい、血飛沫をぶちまけ、よろめき、踏みとどまりながら、奈南は思う。
この十河鋭介という隔者が、忍耐強く努力と鍛錬を重ねてきた戦闘者である事は間違いなかった。
だから、忍耐も努力も鍛錬も足りない者たちを見下してしまう。
「違う……それは違うよ、鋭介ちゃん……」
血まみれの歯を食いしばりながら、奈南は呻く。
「強い人は……弱い子たちに、優しくしてあげなきゃ……駄目だよぉ……」
「だからよ! ゴミどもが薄汚ねえ生き様ぁ、晒さねえで済むようになあ、キッチリお掃除してやらなきゃいけねえ!」
十河の叫びと共に、流水が生じて渦を巻いた。
「それがよお! ゴミどもに対する、優しさってモンだろーがよおおおおおおッッ!」
渦巻く水が、巨大な龍となって荒れ狂う。水龍牙。
秋人が、奈南が、水の牙に噛み裂かれた。鮮血と水飛沫が、混ざり合って噴出・飛散する。
倒れそうになった奈南の腕を、秋人が掴んだ。ずぶ濡れの血まみれになりながらも、辛うじて倒れずに。
「七星剣は……いくつもの頭を生やした蛇のようなもの、と俺は思っていたよ……」
血を吐きながら、秋人が言う。
「強い頭が、弱い頭を全て食い殺して……1本首の、強大な大蛇に生まれ変わる。七星剣は今……その最中に、あるのかな」
「蛇じゃあねえ、龍だ! 七星剣はなあ、最強の龍に生まれ変わって」
最後まで言わせず、奈南はホッケースティック『改造くん』を叩き付けていった。
五織の彩。紋章の光を流し込まれたスティック先端部が、激しく輝きながら十河の顔面をグシャリと歪ませる。
「人は……ゴミじゃないのだ……」
声が、身体が、心が、怒りで震えた。
吹っ飛び、路面に激突する十河に向かって、奈南はなおも踏み込もうとするが足元が覚束ない。
「焦っては駄目よ、奈南さん」
大和の声と一緒に、水行の癒しの力が優しく降り注いで奈南の全身に沁み渡る。
大和だけではない。日那乃が、秋人が、3人がかりで『潤しの雨』を降らせてくれていた。
「落ち着いて、的確に……叩き込んであげましょう。あなたの怒りを」
「……そうだね、大和ちゃん。人の命を大事にしない鋭介ちゃんは、ナナンのおこおこパワーでやっつけちゃうんだからあ!」
「てめえらはよ……覚者のくせに、わかってねえのか……」
十河の巨体が、砲弾の如く突っ込んで来た。
「人間の命なんてものが、どの程度のもんでしかねえのか……まだわかってねえのかクソガキどもがあああああッッ!」
激烈な鉤爪の一閃を、奈南はホッケースティックで受けた。その防御もろとも、全身の骨を粉砕するかのような一撃だった。
猛の一撃。
奈南は吹っ飛び、倒れながら一転して起き上がり、即座に踏み込んだ。
血を吐きながら吼え、光り輝くホッケースティックを振るう。五織の彩・改。
十河の巨体がドグシャアッ! と激しくへし曲がった。
そこへ、水行の力の塊が超高速で突き刺さる。秋人の放った、術式の矢。
「俺は……七星剣のしている事は、共食いでしかないと思う。そのやり方じゃ、ファイヴには勝てないよ」
水行因子の矢が、そのまま膨張し、轟音を立てて渦を巻き、龍と化した。水龍牙だった。
猛る水の龍に全身を食いちぎられ、鮮血をぶちまけ吹っ飛んで行く十河に、日那乃と大和が術式の狙いを定めている。
「わたし、あなたを……ゴミ扱い、しない」
言いつつ、日那乃が羽ばたく。旋風が巻き起こり、荒れ狂う空気の塊を成してゆく。
「敵でも、敬意……みたいなもの、あるから……本気で、攻撃する、ね」
「命乞いの必要はないわ。殺しはしないから」
大和の周囲を旋回する術符の群れが、発光しながら雷鳴を発した。
「ただ懲りて欲しいだけ。物覚えの悪い人たちに何度でも言い聞かせてあげるわね。悪事は、やめなさい」
電光が、迸った。
暴風の砲弾が、発射された。
日那乃のエアブリットと大和の雷獣が、十河を直撃していた。
「……あなたたちも、よ」
倒れたまま泣きじゃくる隔者8名に、大和は眼差しと言葉を投げた。
「闇稼業から、足を洗いなさい。お願いだから……わたしたちに、もう弱い者いじめはさせないでね」
「弱い者いじめ……いいじゃねえか」
同じく倒れ、動かなくなった十河が、弱々しく言葉を発する。
「戦いってのはな……最後はどうやったって、そうなっちまう……さあ、俺を殺せ……」
「自分の命を捨てさえすれば、人を殺しても許される。その考え方をまず改めて欲しいな、キミたち隔者には」
秋人が、教師らしい事を言っている。
「まず自分の命を大切に。生きて成し遂げたい夢や目標を、キミも何か探してごらんよ」
「ざけんな……八神の大将の、お役にも立てねえで……何が、生きる目標だ……」
十河は、涙を流していた。
「頼む、殺してくれ……負けた様ぁ、大将に見られたくねえんだよぉ……」
「そんな理由なら尚更、殺すわけにはいかない」
秋人は言い放ち、十河との会話を打ち切った。
ぽつりと、奈南は呟いた。
「……かわいそう、なのかな……鋭介ちゃんも……」
「わたしたち……してあげられる事、何もない」
言いつつ日那乃が、細腕と翼で奈南を抱き起こしてくれた。
自分が倒れている事に、奈南は今まで気付かなかった。
大和が、溜め息をついている。
「捕らぬ狸の皮算用、かも知れないけれど。七星剣との決着がついたら……もちろん、わたしたちが勝つわけだけど。こういう人たちが大勢、出て来るわね」
死にかけている隔者8名に、キラキラと潤しの雨を降らせながら、大和は言った。
体力が回復し、牙を剥いてきたところで、この8人ならば何度でも無力化する事が出来る。
「中司令、何か考えてくれているのかしら」
「無理、と思う……中さん、忙しい」
「大勢の隔者が、大量失業して各地に散らばる……うん、大変な事態だね」
秋人が、天を仰いだ。
「捕らぬ狸の皮算用っていうのは、やっておかないと駄目なんだよ」
教師になる。
その夢を叶える事が出来た自分は幸運なのだろう、と『秘心伝心』鈴白秋人(CL2000565)は思う。
覚者として力に目覚めた。これが幸運であるかどうかは、まだわからない。
秋人は思う。教師という夢が、目標が、自分になかったら。
「キミたちのように、なっていた……かも知れないね」
追い詰められた鼠のように牙を剥く8人の隔者に、語りかけてみる。
教師になる。それを目標とした。
教員免許の取得に行動力の大部分を注ぎ込む一方、生活のため様々なアルバイトをこなさなければならなかった。
余計な事をしている時間は、なかったのだ。
この隔者たちには、夢も目標もなかったのか。だから、余計な事をしている暇があり過ぎたのか。
あるいは夢を断たれ、挫折した結果が、今の有り様なのか。
「何にしてもキミたちには、これからの居場所が必要だ。今からでもいい、この先どうなりたいのか何をしたいのかを考えないと駄目だよ。青臭い言い方をすれば……夢や目標を持ちなさい、という事になる。教師の言い種としては、ありきたりもいいところだけどね」
「先生はね、それでいいのよ」
銀色の髪と紫色の瞳を、夜闇の中で妖しく輝かせながら、『月々紅花』環大和(CL2000477)が微笑む。
「ありきたりな事を普通に生徒に教えるのが、先生のお仕事。変な個性は要らないわ。何だか妙にオリジナリティを出そうとする先生って、いるじゃない? 秋人さんには、そんな痛々しい教師になって欲しくないわね」
「手厳しいね」
「そうかしら? まあでも、こういう人たちに対しては厳しく行かせてもらうわよ……ねえ、あなたたち」
凶暴性を剥き出しにしている隔者8名に、大和は冷ややかな言葉を投げた。
「まさかとは思うけど。今そんな有様を晒すのが夢、だったわけではないわよね? 夢も希望もなく目標も立てず、たまたま手にしてしまった力に流されて安易な生き方を続けた結果……追い詰められて、こんな所にいる。そうよね?」
「うるせえぞ、くそメスガキがぁ……てめえらは殺す!」
隔者たちが各々の武器を振り立て、叫んだ。
「ファイヴでお気楽に過ごしてやがる女子供によォ、俺らの何がわかる!」
「こちとら毎日、命賭けてんだ! 夢なんぞ見てる暇ぁねえんだよおおおお!」
彼らにとって命がけの状況である事に、間違いはなかった。
吠える8名の後方で、9人目の隔者が笑っている。
「気をつけなぁ嬢ちゃん。こいつら確かに雑魚だがよ、ケツに火ぃ点いてやがるからよ……死に物狂いだぜ」
七星剣隔者・十河鋭介。
人体の原形を失った屍が大量に散乱する、虐殺の光景の真っただ中に、禍々しく佇んでいる。
この隔者8人も、それら屍の仲間入りをするところであった。秋人たちの到着があと5秒でも遅かったら、そうなっていたであろう。
桂木日那乃(CL2000941)が無言のまま、虐殺の光景を見回している。生存者を探しているのであろう。
無言でいられないのは『ちみっこ』皐月奈南(CL2001483)である。
「……ひどいよ、こんなの……」
拳を握りながら、彼女は言った。
「仲間だよ……悪い事でも、今まで一緒に頑張ってきた仲間だよ? なのに……なのに……こんなふうに命を奪っちゃいけないのだ!」
小さく愛らしい、ように見えて頑強に鍛え込まれた拳が、紋章を浮かび上がらせて光り輝く。
「仲間を、大切にしないなんて! 絶対ダメなのだーッ!」
「七星剣じゃ仲間ってのは、役に立つ奴の事を言うんだよ嬢ちゃん」
十河が言った。
「ま、だからって役立たずは皆殺しとか、そんな事はしねえ。てめえがもう八神の大将のお役に立てねえと思ったら、遠慮する事ぁねえ辞めりゃいい。七星剣はそこらのブラック企業たぁ違う、辞めてく奴に嫌がらせはしねえよ。ただな」
隔者8名を、十河の眼光がギラリと射すくめる。
「辞めた連中がよ、いっぱしの隔者気取りで闇稼業とか……そいつはさすがに見逃しちゃおけねえ。示しを、つけねえとよ」
「……隔者なりに筋の通った考え方、だと思うわ。だけどね、人殺しを放置しておくわけにはいかない」
言葉と共に大和が、隔者たちに向かって紫色の眼光を燃やす。
「あなたたち、悪事をやめなさい。隔者の力を悪用して、楽にお金を稼ぐ……そんな事をしていたらね、七星剣だけではなく私たちファイヴとしても、あなたたちを討伐しなければならなくなるのよ」
「させねえ! 俺たちが、てめえらをブッ殺す!」
隔者8人は猛り狂っている、ようでいて実は怯えているのを、秋人は見逃さなかった。
「そうすりゃあ……ヘへっ、十河さんが俺たちを、七星剣に戻してくれるんだよぉ」
「ふむ、なるほどね」
秋人は、十河を見据えた。
「キミが、そんな約束を守るとでも?」
「さあてなあ。とにかく今こいつらは、俺の口約束を信じて戦うしかねえワケなんだが」
十河が、見つめ返してくる。
「てめえらは、よ……暴力で楽に金儲けする事を覚えちまった連中がよ、今更まっとうなサラリーマンなり公務員なり工事現場のあんちゃんなりコンビニ店員なりに、成れると思ってんのか?」
「俺を見習え、とまでは言わないけれど」
秋人は応えた。
「職を持っている覚者は大勢いるよ。もちろん覚者一筋で、妖退治や人助けを職業にしている人もいる。キミたちにだって、そういう生き方は出来るはずだ。だから」
「冗談じゃあねえ! 発現もしてねえゴミどもにへーこら頭下げるような生き方、何で今更しなきゃなんねーのよざっけんなコラ!」
「……隔者と会話するの、無理」
生存者など1人もいない事を確認し終えた日那乃が、ようやく言葉を発した。
「ただ、助けてあげる……虐められてる動物、助けるようなもの」
●
先日、星崎玲子と玉村愛華それぞれの両親に雇われて殺人を行おうとした隔者たちは、捕縛してある。
中司令曰く、隔者専用の収容施設があるらしい。詳しい事を、日那乃は知らない。
自分たちの役割は、戦って捕えるところまでだ。それを今回も実行するだけである。
隔者8人が、各々の得物で襲いかかって来る。あるいは術式の動きに入る。
前衛でそれを見据えながら、奈南は身構え、呟いた。
「……ばか…………」
紋章輝く右拳が、いくらかテレフォンパンチ気味に引き構えられる。左掌が、照準の形に前方へと突き出される。
「ばか……ばか! ばかっ、ばかばかばかばか! ばかぁああああああああっ!」
呟きを叫びに変えながら奈南は、光まとう右拳を叩き込んだ。
紋章輝く右ストレートが、凄まじい光を迸らせる。烈空烈波。
「ラッキーちゃんのおじいちゃんだって、君たちみたいな人に殺されちゃったんだよ!? そんな事ばっかりやってたら駄目! だめダメ駄目だめ絶対ダメなのだーッ!」
迸った気の光が、隔者たちを吹っ飛ばした。
そこを狙って、秋人が式弓を引く。
「言葉だけでわかってくれる、なんて思ってはいないけど……やれやれ」
射出された光の矢が、隔者数名を貫通する。B.O.T.だった。
間髪入れず大和が、
「弱い者いじめ、みたいな戦いになってしまうわね……」
溜め息をつきながら、術符を空にかざした。
夜空である。満天の、星空である。
星々の煌めきが、豪雨の如く降って来て隔者たちを直撃した。脣星落霜だった。
飛散する光をふわふわりと回避しながら、日那乃は隔者8人に歩み寄った。否、すでに8人ではない。反撃の暇もなく力尽きた何人かが、倒れている。
1人を、日那乃は引きずって戦闘区域から遠ざけた。
「……た……たすけて……くれぇえ……」
「……言われなくても、助ける」
「そのゴミどもを、拾って帰るのかい」
十河が言った。
「ファイヴってのはゴミ拾いのボランティアもやってんのか。御苦労なこった……ゴミなんざぁ、この場で焼却処分でもしちまえばいいのによ」
「あなた……自分は、ゴミじゃない……って、思ってる……?」
2人目の戦闘不能者を引きずり、十河から遠ざけながら、日那乃は言った。
「自分が、ゴミみたいに扱われる……なんて、考えた事……ない?」
「……面白え嬢ちゃんだなァ。いいぜ、俺をよ、ゴミみたく扱ってみろやあああッ!」
十河の巨体が、猛然と襲いかかって来る。
両手に装着された鋼の鉤爪が、日那乃に叩き付けられる……寸前で火花を散らし、止まった。
奈南が、日那乃の眼前に立ち、十河の鉤爪をホッケースティックで受け止めていた。
「ナナンが守るのだ。日那ちゃんも、それに……君がゴミなんて言った人たちも……ッ!」
「……駄目よ日那乃さん、本気を出しては」
微笑みながら大和が、同じく日那乃の前方に立った。日那乃を、それに戦闘不能の隔者たちを、背後に庇う格好でだ。
「あなたはファイヴ屈指の挑発名人。その口調で発する煽り言葉はね、隔者の神経を容赦なく逆撫でするわ」
「……煽り、なら……環さんの方が、上」
そんな会話をしつつ日那乃は、動けなくなった隔者たちを片っ端から引きずり運んだ。
今や8人、全員が戦闘不能であった。
「みんな……そこにいてね。逃げちゃ駄目なのだ……」
最前線で十河と武器をぶつけ合いながら、奈南が拳の紋章を燃やす。
もはや動けぬ隔者たちだが、下手に動かれては確かに困る。逃げられたら追わねばならず、十河鋭介という難敵との戦いに集中出来ない。
「助けてあげる、ぜーったい助けてあげるから逃げちゃダメ! ナナンと約束して!」
ホッケースティックが猛回転して、十河の鉤爪をガギィンッ! と弾く。
弾き飛ばされる形に十河は後方へ飛び、着地し、牙を剥いて笑う。
「微笑ましくもあり、涙ぐましくもあり……ってぇとこだな。どうせ命懸けで守るんならよォ、もっと価値のあるモンにしたらどうだい嬢ちゃん方。おっと、野郎も1人いるんだったな。ハーレムは楽しいかい?」
「そういう意識はしていないよ」
秋人が、前衛に進み出て来た。
「覚者業界は多分この世で一番、男女差の少ない環境だからね」
「あら、秋人さん……わたしの事もしかして、女として見てくれていないのかしら?」
大和が言う。秋人が、軽く頭を掻く。
「ファイブの女性は、みんな強いと言いたいだけさ。俺なんかよりも頑丈な女の子がいくらでもいる。皐月さんみたいに、ね」
「ふふっ、ナナンは確かに強いけど女の子だよぉ鈴白センセ!」
ホッケースティックを、まるで三国志の豪傑が扱う青龍偃月刀や方天画戟の如く振るい構えながら、奈南が気合いを発した。
「とにかくっ、ナナンは人の命を守るよぉ! 価値のない命なんて、ないのだっ!」
「やれやれ、小学生レベルの小娘ばっかりか。いくら女だらけでもコレじゃあな……ああ小便臭え」
言いつつ十河が、ギラリと秋人を睨む。
「おめえを女装させた方が、俺好みになりそうだなぁ……」
「…………!」
日那乃は秋人の前に立ち、両腕を広げ、翼を広げた。小さな全身を使って、十河のぎらついた眼差しを遮断した。
「いいよ、日那ちゃん」
秋人が苦笑しながら、日那乃の前に出る。
「妄想は自由だ。まあ、妄想だけにしておいてもらおうかな」
「……ここまで感性の腐りきった隔者、初めて見るわ」
大和の声が一段、低くなった。
紫色の瞳が怒りで燃え盛り、艶やかな銀色の髪が風もないのに舞い揺らめく。
何枚もの術符が、ぼんやりと禍々しく発光しながら大和の周囲を旋回した。
「叩き直してあげる必要がありそうね……女の、まっとうな美しさと強さを思い知らせてあげるわ」
●
十河の巨体が、地を這った。
這うような体勢からの斬撃が、前衛の秋人と奈南を襲う。鋼の鉤爪が『地烈』の形に一閃していた。
直撃を喰らい、血飛沫をぶちまけ、よろめき、踏みとどまりながら、奈南は思う。
この十河鋭介という隔者が、忍耐強く努力と鍛錬を重ねてきた戦闘者である事は間違いなかった。
だから、忍耐も努力も鍛錬も足りない者たちを見下してしまう。
「違う……それは違うよ、鋭介ちゃん……」
血まみれの歯を食いしばりながら、奈南は呻く。
「強い人は……弱い子たちに、優しくしてあげなきゃ……駄目だよぉ……」
「だからよ! ゴミどもが薄汚ねえ生き様ぁ、晒さねえで済むようになあ、キッチリお掃除してやらなきゃいけねえ!」
十河の叫びと共に、流水が生じて渦を巻いた。
「それがよお! ゴミどもに対する、優しさってモンだろーがよおおおおおおッッ!」
渦巻く水が、巨大な龍となって荒れ狂う。水龍牙。
秋人が、奈南が、水の牙に噛み裂かれた。鮮血と水飛沫が、混ざり合って噴出・飛散する。
倒れそうになった奈南の腕を、秋人が掴んだ。ずぶ濡れの血まみれになりながらも、辛うじて倒れずに。
「七星剣は……いくつもの頭を生やした蛇のようなもの、と俺は思っていたよ……」
血を吐きながら、秋人が言う。
「強い頭が、弱い頭を全て食い殺して……1本首の、強大な大蛇に生まれ変わる。七星剣は今……その最中に、あるのかな」
「蛇じゃあねえ、龍だ! 七星剣はなあ、最強の龍に生まれ変わって」
最後まで言わせず、奈南はホッケースティック『改造くん』を叩き付けていった。
五織の彩。紋章の光を流し込まれたスティック先端部が、激しく輝きながら十河の顔面をグシャリと歪ませる。
「人は……ゴミじゃないのだ……」
声が、身体が、心が、怒りで震えた。
吹っ飛び、路面に激突する十河に向かって、奈南はなおも踏み込もうとするが足元が覚束ない。
「焦っては駄目よ、奈南さん」
大和の声と一緒に、水行の癒しの力が優しく降り注いで奈南の全身に沁み渡る。
大和だけではない。日那乃が、秋人が、3人がかりで『潤しの雨』を降らせてくれていた。
「落ち着いて、的確に……叩き込んであげましょう。あなたの怒りを」
「……そうだね、大和ちゃん。人の命を大事にしない鋭介ちゃんは、ナナンのおこおこパワーでやっつけちゃうんだからあ!」
「てめえらはよ……覚者のくせに、わかってねえのか……」
十河の巨体が、砲弾の如く突っ込んで来た。
「人間の命なんてものが、どの程度のもんでしかねえのか……まだわかってねえのかクソガキどもがあああああッッ!」
激烈な鉤爪の一閃を、奈南はホッケースティックで受けた。その防御もろとも、全身の骨を粉砕するかのような一撃だった。
猛の一撃。
奈南は吹っ飛び、倒れながら一転して起き上がり、即座に踏み込んだ。
血を吐きながら吼え、光り輝くホッケースティックを振るう。五織の彩・改。
十河の巨体がドグシャアッ! と激しくへし曲がった。
そこへ、水行の力の塊が超高速で突き刺さる。秋人の放った、術式の矢。
「俺は……七星剣のしている事は、共食いでしかないと思う。そのやり方じゃ、ファイヴには勝てないよ」
水行因子の矢が、そのまま膨張し、轟音を立てて渦を巻き、龍と化した。水龍牙だった。
猛る水の龍に全身を食いちぎられ、鮮血をぶちまけ吹っ飛んで行く十河に、日那乃と大和が術式の狙いを定めている。
「わたし、あなたを……ゴミ扱い、しない」
言いつつ、日那乃が羽ばたく。旋風が巻き起こり、荒れ狂う空気の塊を成してゆく。
「敵でも、敬意……みたいなもの、あるから……本気で、攻撃する、ね」
「命乞いの必要はないわ。殺しはしないから」
大和の周囲を旋回する術符の群れが、発光しながら雷鳴を発した。
「ただ懲りて欲しいだけ。物覚えの悪い人たちに何度でも言い聞かせてあげるわね。悪事は、やめなさい」
電光が、迸った。
暴風の砲弾が、発射された。
日那乃のエアブリットと大和の雷獣が、十河を直撃していた。
「……あなたたちも、よ」
倒れたまま泣きじゃくる隔者8名に、大和は眼差しと言葉を投げた。
「闇稼業から、足を洗いなさい。お願いだから……わたしたちに、もう弱い者いじめはさせないでね」
「弱い者いじめ……いいじゃねえか」
同じく倒れ、動かなくなった十河が、弱々しく言葉を発する。
「戦いってのはな……最後はどうやったって、そうなっちまう……さあ、俺を殺せ……」
「自分の命を捨てさえすれば、人を殺しても許される。その考え方をまず改めて欲しいな、キミたち隔者には」
秋人が、教師らしい事を言っている。
「まず自分の命を大切に。生きて成し遂げたい夢や目標を、キミも何か探してごらんよ」
「ざけんな……八神の大将の、お役にも立てねえで……何が、生きる目標だ……」
十河は、涙を流していた。
「頼む、殺してくれ……負けた様ぁ、大将に見られたくねえんだよぉ……」
「そんな理由なら尚更、殺すわけにはいかない」
秋人は言い放ち、十河との会話を打ち切った。
ぽつりと、奈南は呟いた。
「……かわいそう、なのかな……鋭介ちゃんも……」
「わたしたち……してあげられる事、何もない」
言いつつ日那乃が、細腕と翼で奈南を抱き起こしてくれた。
自分が倒れている事に、奈南は今まで気付かなかった。
大和が、溜め息をついている。
「捕らぬ狸の皮算用、かも知れないけれど。七星剣との決着がついたら……もちろん、わたしたちが勝つわけだけど。こういう人たちが大勢、出て来るわね」
死にかけている隔者8名に、キラキラと潤しの雨を降らせながら、大和は言った。
体力が回復し、牙を剥いてきたところで、この8人ならば何度でも無力化する事が出来る。
「中司令、何か考えてくれているのかしら」
「無理、と思う……中さん、忙しい」
「大勢の隔者が、大量失業して各地に散らばる……うん、大変な事態だね」
秋人が、天を仰いだ。
「捕らぬ狸の皮算用っていうのは、やっておかないと駄目なんだよ」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
