暁の聖戦士たち
●
「破滅の使徒による暴虐は、とどまるところを知らないわね。背後で美獣王シオンヴェールが暗躍している可能性も否定は出来ない。この世界を救うためには、私たちが戦うしかないのよエスメラーダ。イシュテリアもリムルフェリスも今頃きっと、どこかで戦っているわ……ナスカローザの裏切りだけは、まだ許すわけにはいかないけれど」
常日頃こんな事を言っている玉村愛華の妄想を、星崎玲子が編集・構成して読み物に作り直し、長編ファンタジー小説『暁の聖戦士たち』としてネットに上げた。
大人気を博し、書籍化されて大いに売れた。アニメ化の話も進んでいるらしい。
「もう覚者なんて危険なお仕事、辞めちゃいなよ」
私は言った。
「作家で食べていけるって、玲子なら」
「ありがとう、お姉ちゃん。だけど無理です……『暁』は、愛華の発想あってのものですから」
星村愛。
玲子と愛華の、連名ペンネームである。原案が玉村愛華、執筆が星崎玲子という形だ。
妹の親友である玉村愛華の事も、私は昔から知っている。
彼女の書いた文章も1度、読んだ事がある。
読んでいて、私は頭が痛くなったものだ。宇宙人の書いた文章、としか思えなかった。
やはり『暁の聖戦士たち』がここまでの人気作品となったのは、玲子の構成力と文章力あっての事だ。姉として鼻が高い。自慢の妹である。覚者として不思議な力に目覚めてしまったようだが、それでこの子の文才が損なわれるわけでもない。
「そんな玲子に、はい。おみやげ」
「こ、これは……」
「こないだの即売会でゲットした、シオン×ニーベル本とギルフェイト総受け本だよー」
「アニメ化もまだなのに、もうこんなものが出回ってるんですか……」
「玲子もさあ、もう開き直って本編もこんな感じにしちゃいなよ。あんた元々こっち側でしょ」
「そ、そりゃあ私だって書きたいですよ! ニーベルレオンとギルフェイトが、あんな事こんな事そんな事」
玲子の背中から妖精の翅が広がり、羽ばたき震えて光の粒子を大量放出する。
「でもね、作者がそれをやっちゃあダメなんです! こういうのは二次創作サイドに一任しないと駄目! そこに作者本人がしゃしゃり出てっちゃあ絶対ダメなんですよぉおおお!」
「……落ち着きなさい、エスメラーダ」
愛華が、暗い声を発した。
「そんな話をしたい、わけではないのでしょう」
「そ、そうでした。実は、お姉ちゃんに相談が」
「……わかってる。お父さんとお母さんの事ね」
両親が、おかしくなってしまった。
星崎家だけではない。愛華の両親も、人が変わった。
「私のせいで……」
「そういう考え方はやめなさい玲子。これはもう当事者間の話し合いじゃ駄目、弁護士さんとかに頼まないと」
「全部……あなたたちに、あげるわ」
愛華が言った。
「元々エスメラーダが好きなように書いているだけ。私は全く関わっていないし興味もないから」
「……そういうわけには、いかないのよ愛華」
玲子も言った。
「『暁の聖戦士たち』はね、貴女の物語なんだから」
●
小説だの漫画だのといったものは、当たれば本当にでかい。
何しろ俺たち七星剣の隔者を雇えるような大金が、一般家庭の財布からポンと出て来てしまうのだから。
「オタクどもがよォ、夢見ちまうワケだぁなあヒャハハハハ」
「なあおい、そっちもか?」
「おうよ、家族もろとも皆殺しにしてくれとさ」
印税その他、『暁の聖戦士たち』がもたらした収益は例外なく折半。
原作者である少女2人の間では、そういう事になっているようである。
騒いでいるのは、彼女たち各々の両親だ。
元々うちの娘が書いたものなのに、ただ妄想しているだけの小娘が半分も持って行くのは許せない。
星崎家の夫婦は、そう言って俺たち4人を雇った。
玉村家の夫婦も、同じような事を言って隔者4人を雇った。
雇われた殺し屋8名が、仕事に行く途中、深夜の路上でこうしてばったり出会ってしまったのだ。
「ま……お互いフツーに仕事するしかねえべ」
「だな。一家皆殺しにして有り金さらう。何か印税とかで儲かってんだよなあ確か」
「……こうやって勝手に仕事してんのバレたらよぉ、ちいとヤべえかもな」
「勝手に仕事するっきゃねーだろ。正直、七星剣もう終わってるし」
「金剛のババアもどっか行っちまったし……八神の大将に、これ以上ついてくのもな」
「そーゆうコト。身の振り方ぁ自分で考えねえとよ、俺ら全員」
つまり、仕事をするしかないという事である。
予定通り、俺たちはこのまま玉村家へ出向いて皆殺しを実行する。こいつらは、俺の雇い主である星崎家の連中を皆殺しにする。
お互い、雇い主の護衛まで依頼されているわけではないのだ。
「破滅の使徒による暴虐は、とどまるところを知らないわね。背後で美獣王シオンヴェールが暗躍している可能性も否定は出来ない。この世界を救うためには、私たちが戦うしかないのよエスメラーダ。イシュテリアもリムルフェリスも今頃きっと、どこかで戦っているわ……ナスカローザの裏切りだけは、まだ許すわけにはいかないけれど」
常日頃こんな事を言っている玉村愛華の妄想を、星崎玲子が編集・構成して読み物に作り直し、長編ファンタジー小説『暁の聖戦士たち』としてネットに上げた。
大人気を博し、書籍化されて大いに売れた。アニメ化の話も進んでいるらしい。
「もう覚者なんて危険なお仕事、辞めちゃいなよ」
私は言った。
「作家で食べていけるって、玲子なら」
「ありがとう、お姉ちゃん。だけど無理です……『暁』は、愛華の発想あってのものですから」
星村愛。
玲子と愛華の、連名ペンネームである。原案が玉村愛華、執筆が星崎玲子という形だ。
妹の親友である玉村愛華の事も、私は昔から知っている。
彼女の書いた文章も1度、読んだ事がある。
読んでいて、私は頭が痛くなったものだ。宇宙人の書いた文章、としか思えなかった。
やはり『暁の聖戦士たち』がここまでの人気作品となったのは、玲子の構成力と文章力あっての事だ。姉として鼻が高い。自慢の妹である。覚者として不思議な力に目覚めてしまったようだが、それでこの子の文才が損なわれるわけでもない。
「そんな玲子に、はい。おみやげ」
「こ、これは……」
「こないだの即売会でゲットした、シオン×ニーベル本とギルフェイト総受け本だよー」
「アニメ化もまだなのに、もうこんなものが出回ってるんですか……」
「玲子もさあ、もう開き直って本編もこんな感じにしちゃいなよ。あんた元々こっち側でしょ」
「そ、そりゃあ私だって書きたいですよ! ニーベルレオンとギルフェイトが、あんな事こんな事そんな事」
玲子の背中から妖精の翅が広がり、羽ばたき震えて光の粒子を大量放出する。
「でもね、作者がそれをやっちゃあダメなんです! こういうのは二次創作サイドに一任しないと駄目! そこに作者本人がしゃしゃり出てっちゃあ絶対ダメなんですよぉおおお!」
「……落ち着きなさい、エスメラーダ」
愛華が、暗い声を発した。
「そんな話をしたい、わけではないのでしょう」
「そ、そうでした。実は、お姉ちゃんに相談が」
「……わかってる。お父さんとお母さんの事ね」
両親が、おかしくなってしまった。
星崎家だけではない。愛華の両親も、人が変わった。
「私のせいで……」
「そういう考え方はやめなさい玲子。これはもう当事者間の話し合いじゃ駄目、弁護士さんとかに頼まないと」
「全部……あなたたちに、あげるわ」
愛華が言った。
「元々エスメラーダが好きなように書いているだけ。私は全く関わっていないし興味もないから」
「……そういうわけには、いかないのよ愛華」
玲子も言った。
「『暁の聖戦士たち』はね、貴女の物語なんだから」
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小説だの漫画だのといったものは、当たれば本当にでかい。
何しろ俺たち七星剣の隔者を雇えるような大金が、一般家庭の財布からポンと出て来てしまうのだから。
「オタクどもがよォ、夢見ちまうワケだぁなあヒャハハハハ」
「なあおい、そっちもか?」
「おうよ、家族もろとも皆殺しにしてくれとさ」
印税その他、『暁の聖戦士たち』がもたらした収益は例外なく折半。
原作者である少女2人の間では、そういう事になっているようである。
騒いでいるのは、彼女たち各々の両親だ。
元々うちの娘が書いたものなのに、ただ妄想しているだけの小娘が半分も持って行くのは許せない。
星崎家の夫婦は、そう言って俺たち4人を雇った。
玉村家の夫婦も、同じような事を言って隔者4人を雇った。
雇われた殺し屋8名が、仕事に行く途中、深夜の路上でこうしてばったり出会ってしまったのだ。
「ま……お互いフツーに仕事するしかねえべ」
「だな。一家皆殺しにして有り金さらう。何か印税とかで儲かってんだよなあ確か」
「……こうやって勝手に仕事してんのバレたらよぉ、ちいとヤべえかもな」
「勝手に仕事するっきゃねーだろ。正直、七星剣もう終わってるし」
「金剛のババアもどっか行っちまったし……八神の大将に、これ以上ついてくのもな」
「そーゆうコト。身の振り方ぁ自分で考えねえとよ、俺ら全員」
つまり、仕事をするしかないという事である。
予定通り、俺たちはこのまま玉村家へ出向いて皆殺しを実行する。こいつらは、俺の雇い主である星崎家の連中を皆殺しにする。
お互い、雇い主の護衛まで依頼されているわけではないのだ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者8人の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回の敵は、殺人依頼を受けた隔者計8人。
場所は深夜の路上で、この8名が4人ずつに分かれて各々の仕事へ向かおうとしている所、覚者の皆様に乱入していただきます。
敵の詳細は以下の通り。
●土行械……3名、前衛。武器は特殊警棒。使用スキルは機化硬、蔵王・改、貫殺撃・改。
●天行翼……2名、中衛左右。武器は大型のグルカ・ナイフ。使用スキルはエアブリット、雷獣、疾風双斬。
●木行暦……3名、後衛。使用スキルは錬覇法、棘散舞。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年05月17日
2018年05月17日
■メイン参加者 6人■

●
限りなく普通のファンタジー小説。
それが『暁の聖戦士たち』だ、と『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は思う。
「7巻はいつ出るの、紡」
「まだ6巻出たばっか」
呆れ果てているのは『聖霊姫リムルフェリス』麻弓紡(CL2000623)だ。
「いぶちゃんって本当、ああいうベタなお話好きだよねー」
「ベタなお話をね、あんなに面白く書けるんだから玲子は凄いよ。うん、あのお話に捻りは要らない」
「まあ捻り過ぎてワケわかんなくなっちゃった作品いっぱいあるしねえ」
「玲子も愛華も……こんなに売れるなんて、きっと思ってなかったろうね」
「うっかり売れると、お金の亡者がたかって来て結局コンテンツそのものがダメになっちゃう。日本のエンタメの一番、良くないところだよねえ」
「おおい2人とも、そろそろ戦ってくれねえかな」
雷獣を放ちながら『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言った。
迸った電光が、隔者たちを灼き払う。
計8人の隔者たちである。
一方こちらは6名。人数では劣る。だが勝敗はもはや決している、と彩吹は思う。
「ぐぅっ……て、てめえら……」
翔の雷獣を喰らった隔者の1人が、よろよろと立ち上がる。
警察手帳の如くカクセイパッドを提示したまま、翔は言った。
「ちなみに、今のは雷獣じゃねーぜ。白虎だ!」
「また勝手に技作っちゃったよ、この子は」
「いいからっ、彩吹さんも攻撃に参加」
「私、要らないんじゃない? 今回は」
前衛に立ち、敵の攻撃を一通り受けたところで、彩吹はそう思ったものだ。
「ファイヴのガキどもが……ッ!」
闘志を燃やそうとする隔者たちに、『美獣王シオンヴェール』御影きせき(CL2001110)が、妖刀・不知火を突きつけた。
「また機化硬とか蔵王・改とか使ってみる? 無駄だよ。バフは全部、僕の『双撃』で解除しちゃうから」
赤く輝く瞳で隔者8人を観察しながら、きせきはなおも言う。
「エネミースキャン……するまでもないね。君たちはもうゲームオーバーだ。僕も死体蹴りをやろうって気はない、自力で歩けるうちに退散してくれないかな」
「その前に、ちょっと聞かせてもらいたい事がある」
きせきと並んで前衛に立ち、剣を抜き構えたまま『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が言った。
「あんたたちに……こんな仕事を依頼したのは、一体誰だ?」
「言うとでも思ってやがんのか」
「隠しても無駄、俺たちは夢見の情報で全部わかってる。ただ証言が欲しい」
「証言だけ、くれれば……あなたたちに用、ない」
翼を揺らし、水行の癒しの力をキラキラと覚者6人に拡散させながら、桂木日那乃(CL2000941)が告げる。
「逃がして、あげる」
「ガキが!」
「そうやって意気がるのが精一杯なんだろう。やめておきなよ、もう」
彩吹は言った。
「お前たちの腕じゃ、殺し屋稼業なんて絶対無理。身の振り方、もう少し真面目に考えた方がいいよ」
「黙りやがれ!」
後衛の隔者たちが、一斉に棘散舞を発射する。
それらを彩吹は、翼で受けた。
黒い翼の表面に、術式の種子が激突し、弾け、無数の荊となって絡み付く。
全て、ちぎれて飛散した。香気の粒子と瑠璃色の光が、一緒に飛び散った。
「……紡と奏空が、最初に施してくれた術式防御だよ。お前たちの攻撃なんか効きはしない」
散り消えてゆくものを払いのけるように翼を開きながら、彩吹は言い放った。
「わかったろう。隔者の力で楽して金儲けなんて、絶対無理……真面目に働きなよ。私だって頑張って就活したんだ、お前らも頑張れ」
「ぬかせ! 発現もしてねえクソゴミどもによォ、へいこら頭下げて仕事なんざぁやってられるか!」
隔者たちが喚き、猛り、襲いかかって来る。雷獣を、貫殺撃・改を、棘散舞を、ぶつけて来る。
紡が、溜め息をついた。
「……駄目だね、こりゃあ。ちょっと大人しくなってもらわないと」
日那乃が無言で、紡と一緒に羽ばたいた。
風が巻き起こり、空中の2カ所で塊となった。暴風の砲弾が2つ、発生し発射された。
「俺たちも行こうか、きせき」
「しょうがないね。手加減の練習だと思えばいいかな」
奏空が抜刀しつつ軽やかに舞い、きせきが獣の如く猛々しく踏み込んで行く。『十六夜』と『白夜』。
さすがに何もしないのは気が引けるので、彩吹も『告死天使の舞』を隔者たちに叩き付けていった。
●
どうにか殺さずに済んだ隔者8名を、縛り上げて路肩へ寄せた。
「さて……問題は、この後なんだけど」
紡が途方に暮れ、翔が難しい顔をしている。
「……オレ、やっぱ言ってやりてーよ。ひと言ふた言」
戦闘が終わって覚醒状態を解除した彼は今、年齢通りの小柄な中学生である。下手をすると小学生にも見えてしまう。
「じゃねーと同じ事やるぞ、愛華の親も玲子の親も」
「言っても、やるかも知れないけどね。だけど私も言ってやりたい。手が出ちゃいそうになったら誰か止めてね」
言いつつ彩吹が、左掌に右拳を叩き込む。良い音がした。手を出す気満々だ、と奏空は思わなくもなかった。
「ごめん、いぶちゃんが暴れ出したらボクじゃ止めらんない。まあそれはともかく」
捕縛されたまま苦痛の呻きを漏らす隔者8人を一瞥しながら、紡が言う。
「こんな連中を雇って、人殺しをさせようとする……普通に殺人教唆で、刑事案件なんだよね。それは、わからせる必要あると思うよ」
「殺人教唆をやった人たちを……どうしようか?」
きせきが、重々しい声を発する。
「警察に突き出しちゃう、べきなのかな。本当は」
「そこだよ問題は」
奏空は腕組みをした。
「こうして隔者の凶行は止めた。今回の任務は、それで終わりと言えば終わりなんだけど……俺もね、この連中を雇った人たちには少し強めに注意しておく必要あると思う。殺人教唆ってだけじゃない。一般の人たちが、隔者と関わりを持つなんて」
「だけど警察沙汰にはしたくないよね。下手するとマスゴミが寄って来るし」
紡が言った。
「ネット掲載の頃から追っかけてるファンとしてはね、マスゴミに作品と星村愛を蹂躙される事態だけは避けたいわけで……うん?」
言いつつ彼女は、何かに気付いたようだ。
奏空も気付いた。翔も、彩吹も、日那乃も、きせきも。
気配、そして足音。何者かが、夜の路上を歩いて来る。
お喋りをしながらだ。
「いやー死にかけた死にかけた。助けてくれてありがとうね愛華、じゃなくてアステリア」
「……無茶をし過ぎよエスメラーダ。あんな愚民どものために、貴女までが危険を冒すなんて」
「しょうがないじゃない? その愚民どもを助けるために、誰かさんが真っ先に飛び込んじゃうんだから……あれっ、先輩たちじゃないですかあ」
星崎玲子が、こちらに気付いてしまった。
「どうもっ。皆さんお揃いで、どうしたんですか? こんな時間に……っていうのは私たちもですけど」
「う、うん、そうだね」
奏空は、とりあえず笑って見せた。
「星崎さんと玉村さんは、こんな時間まで何を?」
「今日は編集部の人たちと打ち合わせがありまして。その帰り道でね……妖に襲われてる人を、見つけちゃったんです」
「人助けをしてたら、こんな時間になっちゃったと」
彩吹が言った。
人助けが長引いたおかげで玲子も愛華も、自宅にはいなかった。だがそれで、この隔者たちの凶刃から逃れ得ていたかどうかはわからない。
彩吹の口調は、いささか重い。
「2人とも……覚者に、なっちゃったんだね」
「破滅の使徒との戦いは、私の使命よ」
愛華が応えつつ、日那乃を睨む。
「それより、またしても会ったわね琥珀の剣聖ナスカローザ。その裏切りの罪! 今こそ私が、あっ痛い、痛い冷たい痛い冷たい、こっ、こら! やめなさい裏切り者いたい痛いつめたいよォ!」
鋭利な氷の粒子がいくつも生じ、ちくちくと愛華を襲う。
「わたしの『だいやもんど・だすと』……癒しを、もたらす……」
日那乃が呟く。
「だけど……この子のバッドステータス『妄想』を解除、出来ない……不思議」
「ごめんなさい。愛華のそれはBSじゃないんです」
玲子が、ぺこりと頭を下げる。
「ところで皆さんは、こんな所で何をなさっているんですか?」
「駄目だよ2人とも、あんまり無茶な事しちゃあ」
紡が、ごまかしにかかった。
「キミたちに万一の事があったら、黒竜城塞編のクライマックスが読めなくなっちゃうんだから」
「あっ、6巻読んでくれたんですか?」
「立ち読みじゃないよー。『暁の聖戦士たち』はね、全部買ってるんだから」
「ありがとうございます!」
「ネットのやつとは、かなり違ってきてるよね? まあ、そりゃそうか」
「あの美獣王シオンヴェールって、嫌な奴だよね」
きせきが言った。
「気障ったらしくて粘着質で、僕あいつが一番嫌い。そのせいかな、あいつが色々やらかす冥王聖典編が一番面白かったよ。ああいうキャラ作りとかお話の組み立てとか全部、玲子ちゃんがやってるの? 愛華ちゃんの方はただキャラクターの名前とか考えてるだけだって、何か訳知り顔で書き込んでる人がいたけど」
「そんな事ありません! 私はただ文章を書いてるだけ。黒竜城塞編も冥王聖典編も全部、お話作ってるのは愛華の方ですからっ」
力説しながら玲子が、鞄の中から何かを取り出した。
「ねえ愛華、じゃなくてアステリア、あれ皆さんにお見せしてもいい?」
「す、好きになさい……」
愛華が、日那乃から逃げ回って彩吹の背中に隠れ、怯えている。
許可を得た玲子が、1冊のノートを差し出してくる。
「愛華が書いた『暁の聖戦士たち』の原作です。私は、これ見て書いてるだけですから」
「これは……貴重なものだね。じゃあ見せてもらうよ」
きせきがノートを開く。翔が、覗き込む。
「オレにも見せてくれよ」
「俺も見るー!」
奏空も、参加した。
ノートに記されたものを一読した瞬間、奏空は、何かおぞましいものが頭の中に入って来るのを感じた。
「ででで電波が、電波がーっ!」
奏空は頭を抱え、のたうち回った。
翔も倒れ込み、痙攣している。
「ぐっ……な、何か……呪い系の術式でも、喰らった気分だぜ……」
きせきはノートを玲子に返しながら、頭を押さえている。
「ありがとう……いや、本当に凄い。凄いと思うよ玲子ちゃん。これを解読して、あんな読みやすい日本語に翻訳するなんて……」
「担当さんと同じような事、言いますね。私よくわかんないですけど……ところで皆さんは、ここで何を」
「夢天使れいちぇる」
紡が、謎めいた単語を口にする。
玲子が、硬直した。
「な……何故、その名前を……」
「やっぱり。玲子ちゃんさ、その名前で二次創作書いてたでしょ? さんスタとか、ふたプリとか刃剣とか。ネットで読んだよー。文体でわかっちゃうんだから」
「やめて! あれは私の黒歴史……ってわけでも、ないんですけどぉ……」
「本当は、ああいうの書きたい?」
「そりゃあ書きたいですよ、ギルフェイトやニーベルレオンがあんな事こんな事そんな事。でも作者がそれをやっちゃあ」
「思い出したわ……そう、私のニーベルレオン!」
愛華が突然、激昂し、鞄から何かを取り出した。やけに薄い本である。
「あ、それ……うちの姉ちゃんも同じの持ってる……」
どうでも良い事を奏空が呟いている間にも、愛華は怒り続ける。
「これは一体どういう事なの! 私のニーベルレオンが、よりにもよってギルフェイトと……こっ、こんな、このような……!」
「えっ、ギルフェイトって『よりにもよって』なの?」
奏空は何故か悲しくなった。本当に、何故かはわからないが。
「もっとギルフェイトに優しくしようよー」
悲しむ奏空を無視して、愛華は怒り狂う。
「許せない、これを描いたのは一体誰なのエスメラーダ! 狩り出して処刑しなければ!」
「わっ私に言われても困るけど、でもわかってあげて愛華。世の中にはね、そういう需要があるのよ」
眼鏡の下で、玲子の両眼がキラキラと輝いた。
妖精の翅が伸び、光の鱗粉を散らせた。
「でね私、そろそろ覚者モノが来ると思うんですよぉ絶対。あの工藤先輩、それに御影先輩に成瀬先輩……皆さんは、その、いいい一緒にお風呂入ったり一緒のお布団で寝たり」
衝撃が、玲子と愛華を黙らせた。
日那乃が、2人の頭に『開かない本』を叩き付けていた。
「……この子たちの御両親と、さっさとお話つける」
たんこぶを膨らませ、目を回している少女2人を、日那乃はずるずると引きずった。
「住所、中さん教えてくれなかった……から、わたし調べておいた、から」
●
「な、何ですか貴方たちは!」
「私の友達、って事にしとくわ」
仰天する両親に、星崎玲子の姉・和美は、そう微笑みかけた。
「私が頼んで来てもらったの。だから不法侵入とかじゃないよ」
「……どうも、御影きせきと言います」
「わたし、桂木日那乃……」
名乗りつつ日那乃が、背負って来た玲子の身体をソファーに横たえる。
「れ、玲子……貴方たちは! うちの娘に何を」
「わたし、殴って気絶させた……文句ある?」
「娘さんをこんな目に遭わせて、本当にごめんなさい」
きせきは、まず頭を下げた。
「だけどね……玲子ちゃんの事がそんなに心配なら、どうしてあんな事をしたんですか」
「何を言っている! 警察を呼びますよ!」
「じゃあ、お巡りさんが来る前に言いたい事言わせてもらうよ。まずひとつ、隔者が動けば僕たち覚者も動く。人を殺す仕事なんて、絶対させない」
「な……何を……」
「お願いだから、ごまかそうとしないで。見てて悲しくなるから」
きせきは懸命に、自制を保った。
「僕には友達がいます。友達が何か成功すれば、僕も嬉しい。僕の親代わりの人も……生きていれば、僕の本当のパパとママも、きっと喜んでくれる。喜んではくれないにしても……あなたたちみたいな事は絶対しない……!」
星崎家の夫婦が、怯えている。
自分が今どんな顔をしているのか、きせきは把握出来なかった。
「自分たちが何をしようとしたのか、理解しているのか……娘さんの親友に対して、だけじゃない……玲子ちゃん本人だって立ち直れなくなるような事……あなたたちは、しようとしたんだよ? わかってるのかなぁ……」
「……御影さん、駄目」
日那乃の声で、きせきは我に帰った。
玲子の両親は、心臓停止でも引き起こしそうなほど怯えている。
玲子本人は、いつの間にか目を覚ましていた。
「……本当に、御迷惑おかけしました」
「玲子ちゃんは……知って、いたの?」
「まさか、隔者まで雇うとは思いませんでしたけど」
「れ、玲子……私たちは、お前のために……」
「……それが、親の言う事か……親のする事かぁああああッ!」
怒声を轟かせながら、きせきはソファーから立ち上がっていた。
日那乃が、マリンとステーシーが、3人がかりできせきを止めにかかる。
1人で来ないで本当に良かった、ときせきは思った。
●
『や、やめろ……それを見せるな……』
『遠慮する事ないじゃない。星村愛先生の直筆原作、レアものなんてレベルじゃないよー? ほら拝んで拝んで』
『紡さん、そのノート本当にやばいから! あんた方も、電波で頭やられる前に、喋っちゃってくれないかなあ』
『わ、わかった……わかりましたぁ……俺たちに殺しを依頼したのは玉村さんです。星崎さんとこを家族もろとも皆殺しにしろって』
「……もちろんね、こんな動画が裁判で使えるなんて私らも思っちゃいない」
スマートフォンを掲げたまま、彩吹は言った。
「ただ、貴方がたは殺人教唆をした。この動画がある以上、しらを切らせはしない……私たちも殺されるところだった、とは言っておきましょう。殺されはしませんけどね」
愛華の両親は、黙って話を聞いている。
愛華本人は、布団の中で気を失ったままだ。
「……恥ずかしくないんですか」
彩吹は言った。
「自分たちの子供が稼いだお金に目がくらんで、犯罪に走る……親として、どうなのかな。それは」
「その金は玲子と愛華のもの、アンタらの金じゃねーぞ」
他人の家で、翔は怒声を張り上げていた。
「2人のうち、どっちが欠けてもあの小説は成り立たねえ。それがわかんねーのか!? アンタら、さては読んでねえだろ。自分の子供の作品をよ!」
「……見逃してくれませんか、覚者の方々」
愛華の両親が、醜く笑った。
「お金なら、ありますから……」
彩吹の美貌が、危険な強張り方をした。
彼女を止めるには、翔が激怒して見せるしかなかった。
「ふざけんな! アンタらはなあ、自分の娘の親友を殺そうとしたんだぞ!」
「親友なんて、お金さえあれば、いくらでも作れますよ」
彩吹を止めなければ、と翔は思ったが、彼女よりも先に愛華が動いていた。
布団をはねのけて疾駆し、自分の父に、母に、拳や蹴りを叩き付ける。血飛沫が舞い、悲鳴が上がる。
翔は、飛び込むしかなかった。
愛華の拳が、翔の顔面に叩き込まれる。
そこで、ようやく愛華は止まった。
「貴方は……」
「……そのパンチじゃ、妖は倒せねーぞ」
鼻血にまみれたまま、翔は微笑んだ。
愛華の両親は、鼻血どころではない血まみれのまま泣きじゃくっている。紡か日那乃に来てもらう必要が、あるだろうか。
「……ごめん、翔」
彩吹が、息をつく。
「拳骨とか平手とか、愛華に教えてあげようかと思ったけど……駄目だね、それは」
「ニーベルレオンに、会いたい……」
愛華が呟き、翔を見つめる。
「貴方また彼を、どこに隠したの?」
「ニーベルレオンから伝言。今の愛華じゃ、まだ会ってやるわけにいかねーってよ」
「……そうよね」
愛華は、天井を見つめた。
「帰りたい……聖なる王国に……」
限りなく普通のファンタジー小説。
それが『暁の聖戦士たち』だ、と『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は思う。
「7巻はいつ出るの、紡」
「まだ6巻出たばっか」
呆れ果てているのは『聖霊姫リムルフェリス』麻弓紡(CL2000623)だ。
「いぶちゃんって本当、ああいうベタなお話好きだよねー」
「ベタなお話をね、あんなに面白く書けるんだから玲子は凄いよ。うん、あのお話に捻りは要らない」
「まあ捻り過ぎてワケわかんなくなっちゃった作品いっぱいあるしねえ」
「玲子も愛華も……こんなに売れるなんて、きっと思ってなかったろうね」
「うっかり売れると、お金の亡者がたかって来て結局コンテンツそのものがダメになっちゃう。日本のエンタメの一番、良くないところだよねえ」
「おおい2人とも、そろそろ戦ってくれねえかな」
雷獣を放ちながら『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言った。
迸った電光が、隔者たちを灼き払う。
計8人の隔者たちである。
一方こちらは6名。人数では劣る。だが勝敗はもはや決している、と彩吹は思う。
「ぐぅっ……て、てめえら……」
翔の雷獣を喰らった隔者の1人が、よろよろと立ち上がる。
警察手帳の如くカクセイパッドを提示したまま、翔は言った。
「ちなみに、今のは雷獣じゃねーぜ。白虎だ!」
「また勝手に技作っちゃったよ、この子は」
「いいからっ、彩吹さんも攻撃に参加」
「私、要らないんじゃない? 今回は」
前衛に立ち、敵の攻撃を一通り受けたところで、彩吹はそう思ったものだ。
「ファイヴのガキどもが……ッ!」
闘志を燃やそうとする隔者たちに、『美獣王シオンヴェール』御影きせき(CL2001110)が、妖刀・不知火を突きつけた。
「また機化硬とか蔵王・改とか使ってみる? 無駄だよ。バフは全部、僕の『双撃』で解除しちゃうから」
赤く輝く瞳で隔者8人を観察しながら、きせきはなおも言う。
「エネミースキャン……するまでもないね。君たちはもうゲームオーバーだ。僕も死体蹴りをやろうって気はない、自力で歩けるうちに退散してくれないかな」
「その前に、ちょっと聞かせてもらいたい事がある」
きせきと並んで前衛に立ち、剣を抜き構えたまま『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が言った。
「あんたたちに……こんな仕事を依頼したのは、一体誰だ?」
「言うとでも思ってやがんのか」
「隠しても無駄、俺たちは夢見の情報で全部わかってる。ただ証言が欲しい」
「証言だけ、くれれば……あなたたちに用、ない」
翼を揺らし、水行の癒しの力をキラキラと覚者6人に拡散させながら、桂木日那乃(CL2000941)が告げる。
「逃がして、あげる」
「ガキが!」
「そうやって意気がるのが精一杯なんだろう。やめておきなよ、もう」
彩吹は言った。
「お前たちの腕じゃ、殺し屋稼業なんて絶対無理。身の振り方、もう少し真面目に考えた方がいいよ」
「黙りやがれ!」
後衛の隔者たちが、一斉に棘散舞を発射する。
それらを彩吹は、翼で受けた。
黒い翼の表面に、術式の種子が激突し、弾け、無数の荊となって絡み付く。
全て、ちぎれて飛散した。香気の粒子と瑠璃色の光が、一緒に飛び散った。
「……紡と奏空が、最初に施してくれた術式防御だよ。お前たちの攻撃なんか効きはしない」
散り消えてゆくものを払いのけるように翼を開きながら、彩吹は言い放った。
「わかったろう。隔者の力で楽して金儲けなんて、絶対無理……真面目に働きなよ。私だって頑張って就活したんだ、お前らも頑張れ」
「ぬかせ! 発現もしてねえクソゴミどもによォ、へいこら頭下げて仕事なんざぁやってられるか!」
隔者たちが喚き、猛り、襲いかかって来る。雷獣を、貫殺撃・改を、棘散舞を、ぶつけて来る。
紡が、溜め息をついた。
「……駄目だね、こりゃあ。ちょっと大人しくなってもらわないと」
日那乃が無言で、紡と一緒に羽ばたいた。
風が巻き起こり、空中の2カ所で塊となった。暴風の砲弾が2つ、発生し発射された。
「俺たちも行こうか、きせき」
「しょうがないね。手加減の練習だと思えばいいかな」
奏空が抜刀しつつ軽やかに舞い、きせきが獣の如く猛々しく踏み込んで行く。『十六夜』と『白夜』。
さすがに何もしないのは気が引けるので、彩吹も『告死天使の舞』を隔者たちに叩き付けていった。
●
どうにか殺さずに済んだ隔者8名を、縛り上げて路肩へ寄せた。
「さて……問題は、この後なんだけど」
紡が途方に暮れ、翔が難しい顔をしている。
「……オレ、やっぱ言ってやりてーよ。ひと言ふた言」
戦闘が終わって覚醒状態を解除した彼は今、年齢通りの小柄な中学生である。下手をすると小学生にも見えてしまう。
「じゃねーと同じ事やるぞ、愛華の親も玲子の親も」
「言っても、やるかも知れないけどね。だけど私も言ってやりたい。手が出ちゃいそうになったら誰か止めてね」
言いつつ彩吹が、左掌に右拳を叩き込む。良い音がした。手を出す気満々だ、と奏空は思わなくもなかった。
「ごめん、いぶちゃんが暴れ出したらボクじゃ止めらんない。まあそれはともかく」
捕縛されたまま苦痛の呻きを漏らす隔者8人を一瞥しながら、紡が言う。
「こんな連中を雇って、人殺しをさせようとする……普通に殺人教唆で、刑事案件なんだよね。それは、わからせる必要あると思うよ」
「殺人教唆をやった人たちを……どうしようか?」
きせきが、重々しい声を発する。
「警察に突き出しちゃう、べきなのかな。本当は」
「そこだよ問題は」
奏空は腕組みをした。
「こうして隔者の凶行は止めた。今回の任務は、それで終わりと言えば終わりなんだけど……俺もね、この連中を雇った人たちには少し強めに注意しておく必要あると思う。殺人教唆ってだけじゃない。一般の人たちが、隔者と関わりを持つなんて」
「だけど警察沙汰にはしたくないよね。下手するとマスゴミが寄って来るし」
紡が言った。
「ネット掲載の頃から追っかけてるファンとしてはね、マスゴミに作品と星村愛を蹂躙される事態だけは避けたいわけで……うん?」
言いつつ彼女は、何かに気付いたようだ。
奏空も気付いた。翔も、彩吹も、日那乃も、きせきも。
気配、そして足音。何者かが、夜の路上を歩いて来る。
お喋りをしながらだ。
「いやー死にかけた死にかけた。助けてくれてありがとうね愛華、じゃなくてアステリア」
「……無茶をし過ぎよエスメラーダ。あんな愚民どものために、貴女までが危険を冒すなんて」
「しょうがないじゃない? その愚民どもを助けるために、誰かさんが真っ先に飛び込んじゃうんだから……あれっ、先輩たちじゃないですかあ」
星崎玲子が、こちらに気付いてしまった。
「どうもっ。皆さんお揃いで、どうしたんですか? こんな時間に……っていうのは私たちもですけど」
「う、うん、そうだね」
奏空は、とりあえず笑って見せた。
「星崎さんと玉村さんは、こんな時間まで何を?」
「今日は編集部の人たちと打ち合わせがありまして。その帰り道でね……妖に襲われてる人を、見つけちゃったんです」
「人助けをしてたら、こんな時間になっちゃったと」
彩吹が言った。
人助けが長引いたおかげで玲子も愛華も、自宅にはいなかった。だがそれで、この隔者たちの凶刃から逃れ得ていたかどうかはわからない。
彩吹の口調は、いささか重い。
「2人とも……覚者に、なっちゃったんだね」
「破滅の使徒との戦いは、私の使命よ」
愛華が応えつつ、日那乃を睨む。
「それより、またしても会ったわね琥珀の剣聖ナスカローザ。その裏切りの罪! 今こそ私が、あっ痛い、痛い冷たい痛い冷たい、こっ、こら! やめなさい裏切り者いたい痛いつめたいよォ!」
鋭利な氷の粒子がいくつも生じ、ちくちくと愛華を襲う。
「わたしの『だいやもんど・だすと』……癒しを、もたらす……」
日那乃が呟く。
「だけど……この子のバッドステータス『妄想』を解除、出来ない……不思議」
「ごめんなさい。愛華のそれはBSじゃないんです」
玲子が、ぺこりと頭を下げる。
「ところで皆さんは、こんな所で何をなさっているんですか?」
「駄目だよ2人とも、あんまり無茶な事しちゃあ」
紡が、ごまかしにかかった。
「キミたちに万一の事があったら、黒竜城塞編のクライマックスが読めなくなっちゃうんだから」
「あっ、6巻読んでくれたんですか?」
「立ち読みじゃないよー。『暁の聖戦士たち』はね、全部買ってるんだから」
「ありがとうございます!」
「ネットのやつとは、かなり違ってきてるよね? まあ、そりゃそうか」
「あの美獣王シオンヴェールって、嫌な奴だよね」
きせきが言った。
「気障ったらしくて粘着質で、僕あいつが一番嫌い。そのせいかな、あいつが色々やらかす冥王聖典編が一番面白かったよ。ああいうキャラ作りとかお話の組み立てとか全部、玲子ちゃんがやってるの? 愛華ちゃんの方はただキャラクターの名前とか考えてるだけだって、何か訳知り顔で書き込んでる人がいたけど」
「そんな事ありません! 私はただ文章を書いてるだけ。黒竜城塞編も冥王聖典編も全部、お話作ってるのは愛華の方ですからっ」
力説しながら玲子が、鞄の中から何かを取り出した。
「ねえ愛華、じゃなくてアステリア、あれ皆さんにお見せしてもいい?」
「す、好きになさい……」
愛華が、日那乃から逃げ回って彩吹の背中に隠れ、怯えている。
許可を得た玲子が、1冊のノートを差し出してくる。
「愛華が書いた『暁の聖戦士たち』の原作です。私は、これ見て書いてるだけですから」
「これは……貴重なものだね。じゃあ見せてもらうよ」
きせきがノートを開く。翔が、覗き込む。
「オレにも見せてくれよ」
「俺も見るー!」
奏空も、参加した。
ノートに記されたものを一読した瞬間、奏空は、何かおぞましいものが頭の中に入って来るのを感じた。
「ででで電波が、電波がーっ!」
奏空は頭を抱え、のたうち回った。
翔も倒れ込み、痙攣している。
「ぐっ……な、何か……呪い系の術式でも、喰らった気分だぜ……」
きせきはノートを玲子に返しながら、頭を押さえている。
「ありがとう……いや、本当に凄い。凄いと思うよ玲子ちゃん。これを解読して、あんな読みやすい日本語に翻訳するなんて……」
「担当さんと同じような事、言いますね。私よくわかんないですけど……ところで皆さんは、ここで何を」
「夢天使れいちぇる」
紡が、謎めいた単語を口にする。
玲子が、硬直した。
「な……何故、その名前を……」
「やっぱり。玲子ちゃんさ、その名前で二次創作書いてたでしょ? さんスタとか、ふたプリとか刃剣とか。ネットで読んだよー。文体でわかっちゃうんだから」
「やめて! あれは私の黒歴史……ってわけでも、ないんですけどぉ……」
「本当は、ああいうの書きたい?」
「そりゃあ書きたいですよ、ギルフェイトやニーベルレオンがあんな事こんな事そんな事。でも作者がそれをやっちゃあ」
「思い出したわ……そう、私のニーベルレオン!」
愛華が突然、激昂し、鞄から何かを取り出した。やけに薄い本である。
「あ、それ……うちの姉ちゃんも同じの持ってる……」
どうでも良い事を奏空が呟いている間にも、愛華は怒り続ける。
「これは一体どういう事なの! 私のニーベルレオンが、よりにもよってギルフェイトと……こっ、こんな、このような……!」
「えっ、ギルフェイトって『よりにもよって』なの?」
奏空は何故か悲しくなった。本当に、何故かはわからないが。
「もっとギルフェイトに優しくしようよー」
悲しむ奏空を無視して、愛華は怒り狂う。
「許せない、これを描いたのは一体誰なのエスメラーダ! 狩り出して処刑しなければ!」
「わっ私に言われても困るけど、でもわかってあげて愛華。世の中にはね、そういう需要があるのよ」
眼鏡の下で、玲子の両眼がキラキラと輝いた。
妖精の翅が伸び、光の鱗粉を散らせた。
「でね私、そろそろ覚者モノが来ると思うんですよぉ絶対。あの工藤先輩、それに御影先輩に成瀬先輩……皆さんは、その、いいい一緒にお風呂入ったり一緒のお布団で寝たり」
衝撃が、玲子と愛華を黙らせた。
日那乃が、2人の頭に『開かない本』を叩き付けていた。
「……この子たちの御両親と、さっさとお話つける」
たんこぶを膨らませ、目を回している少女2人を、日那乃はずるずると引きずった。
「住所、中さん教えてくれなかった……から、わたし調べておいた、から」
●
「な、何ですか貴方たちは!」
「私の友達、って事にしとくわ」
仰天する両親に、星崎玲子の姉・和美は、そう微笑みかけた。
「私が頼んで来てもらったの。だから不法侵入とかじゃないよ」
「……どうも、御影きせきと言います」
「わたし、桂木日那乃……」
名乗りつつ日那乃が、背負って来た玲子の身体をソファーに横たえる。
「れ、玲子……貴方たちは! うちの娘に何を」
「わたし、殴って気絶させた……文句ある?」
「娘さんをこんな目に遭わせて、本当にごめんなさい」
きせきは、まず頭を下げた。
「だけどね……玲子ちゃんの事がそんなに心配なら、どうしてあんな事をしたんですか」
「何を言っている! 警察を呼びますよ!」
「じゃあ、お巡りさんが来る前に言いたい事言わせてもらうよ。まずひとつ、隔者が動けば僕たち覚者も動く。人を殺す仕事なんて、絶対させない」
「な……何を……」
「お願いだから、ごまかそうとしないで。見てて悲しくなるから」
きせきは懸命に、自制を保った。
「僕には友達がいます。友達が何か成功すれば、僕も嬉しい。僕の親代わりの人も……生きていれば、僕の本当のパパとママも、きっと喜んでくれる。喜んではくれないにしても……あなたたちみたいな事は絶対しない……!」
星崎家の夫婦が、怯えている。
自分が今どんな顔をしているのか、きせきは把握出来なかった。
「自分たちが何をしようとしたのか、理解しているのか……娘さんの親友に対して、だけじゃない……玲子ちゃん本人だって立ち直れなくなるような事……あなたたちは、しようとしたんだよ? わかってるのかなぁ……」
「……御影さん、駄目」
日那乃の声で、きせきは我に帰った。
玲子の両親は、心臓停止でも引き起こしそうなほど怯えている。
玲子本人は、いつの間にか目を覚ましていた。
「……本当に、御迷惑おかけしました」
「玲子ちゃんは……知って、いたの?」
「まさか、隔者まで雇うとは思いませんでしたけど」
「れ、玲子……私たちは、お前のために……」
「……それが、親の言う事か……親のする事かぁああああッ!」
怒声を轟かせながら、きせきはソファーから立ち上がっていた。
日那乃が、マリンとステーシーが、3人がかりできせきを止めにかかる。
1人で来ないで本当に良かった、ときせきは思った。
●
『や、やめろ……それを見せるな……』
『遠慮する事ないじゃない。星村愛先生の直筆原作、レアものなんてレベルじゃないよー? ほら拝んで拝んで』
『紡さん、そのノート本当にやばいから! あんた方も、電波で頭やられる前に、喋っちゃってくれないかなあ』
『わ、わかった……わかりましたぁ……俺たちに殺しを依頼したのは玉村さんです。星崎さんとこを家族もろとも皆殺しにしろって』
「……もちろんね、こんな動画が裁判で使えるなんて私らも思っちゃいない」
スマートフォンを掲げたまま、彩吹は言った。
「ただ、貴方がたは殺人教唆をした。この動画がある以上、しらを切らせはしない……私たちも殺されるところだった、とは言っておきましょう。殺されはしませんけどね」
愛華の両親は、黙って話を聞いている。
愛華本人は、布団の中で気を失ったままだ。
「……恥ずかしくないんですか」
彩吹は言った。
「自分たちの子供が稼いだお金に目がくらんで、犯罪に走る……親として、どうなのかな。それは」
「その金は玲子と愛華のもの、アンタらの金じゃねーぞ」
他人の家で、翔は怒声を張り上げていた。
「2人のうち、どっちが欠けてもあの小説は成り立たねえ。それがわかんねーのか!? アンタら、さては読んでねえだろ。自分の子供の作品をよ!」
「……見逃してくれませんか、覚者の方々」
愛華の両親が、醜く笑った。
「お金なら、ありますから……」
彩吹の美貌が、危険な強張り方をした。
彼女を止めるには、翔が激怒して見せるしかなかった。
「ふざけんな! アンタらはなあ、自分の娘の親友を殺そうとしたんだぞ!」
「親友なんて、お金さえあれば、いくらでも作れますよ」
彩吹を止めなければ、と翔は思ったが、彼女よりも先に愛華が動いていた。
布団をはねのけて疾駆し、自分の父に、母に、拳や蹴りを叩き付ける。血飛沫が舞い、悲鳴が上がる。
翔は、飛び込むしかなかった。
愛華の拳が、翔の顔面に叩き込まれる。
そこで、ようやく愛華は止まった。
「貴方は……」
「……そのパンチじゃ、妖は倒せねーぞ」
鼻血にまみれたまま、翔は微笑んだ。
愛華の両親は、鼻血どころではない血まみれのまま泣きじゃくっている。紡か日那乃に来てもらう必要が、あるだろうか。
「……ごめん、翔」
彩吹が、息をつく。
「拳骨とか平手とか、愛華に教えてあげようかと思ったけど……駄目だね、それは」
「ニーベルレオンに、会いたい……」
愛華が呟き、翔を見つめる。
「貴方また彼を、どこに隠したの?」
「ニーベルレオンから伝言。今の愛華じゃ、まだ会ってやるわけにいかねーってよ」
「……そうよね」
愛華は、天井を見つめた。
「帰りたい……聖なる王国に……」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
