イレブンの亡霊
●
五麟市周辺の市町村が、壊滅的な被害を受けた。
災害によって、ではなく犯罪行為によって。
建物は破壊され、大勢の一般市民が殺傷された。
被災地、と言っていいだろう。廃墟も同然の街並みを、三枝義弘は見渡した。
群がる報道陣が、質問と共にマイクを突き付けてくる。
「覚者組織による、このような犯行に関して、どうお考えですか」
「政府与党は覚者組織と密接な繋がりを持っており、その犯罪行為を黙認している、との指摘もありますが」
「野党として、その点を追及してゆく考えはお持ちでしょうか」
破壊され尽くした街の有り様を指し示しながら、三枝は答えた。
「まず申し上げておきたいのは、この破壊と殺戮を行ったのは、覚者ではなく隔者である、という事です。隔たる者、と書きます。可能であればテロップを出して下さい。政府と連携している覚者組織は、むしろこのような暴虐を止めてくれている人々です。彼ら彼女らがいなかったら今頃もっとひどい事になっていたでしょう」
金剛一派による暴虐を、ファイヴが辛うじて止めた、という形である。
イレブンが健在であった頃ならば、全てはファイヴの仕業だ、などという報道が為されていたかも知れない。
野党の有力な支持組織であったイレブンが、少なくとも表向きには消滅した。
覚者ならびにファイヴは、人知を超えたものによる暴虐から人々を救い守る存在である、という認識が一応、世間に浸透したようではある。
だが今回のような事が起これば、覚者を、ファイヴを糾弾する声が、必ずどこかから聞こえてくる。
イレブンの思想がまだ、目に見えぬ形で社会に根を張っているのだ。
「覚者は、危険な力を持っています」
記者の1人が、言った。
「そのような力を持つ者が悪事を働いた場合、我々に止める術はないという事が今回、判明してしまいました。覚者組織が今後このような事をしないという確証はあるのでしょうか」
「君。報道関係者なら、以前ファイヴが行った演説を知っているだろう」
言いつつ三枝は、居並ぶ報道陣を見渡した。
「貴方がたの中には、あの放送に直接、関わった人もいるかも知れない。あれを見て、あれを聞いて、何を感じたか、自分自身の心に問いかけてみて欲しい。結果やはり覚者は危険で、世の中に害をなす存在であると思ってしまったのなら仕方がない。この三枝義弘は及ばずながら覚者たちに味方する者であるから、せいぜい貶めて記事に書くといい」
●
報道陣から、ようやく解放された。
今、三枝は1人、廃墟の中に佇んでいる。
生き残った住民は現在、遠く離れた仮設住宅での生活を強いられている。金剛勢力の完全消滅が確認されない限り、ここへ戻すわけにはいかないのだ。
この被災地を、野党各党の党首全員が揃って訪れ、現政権打倒のための団結をアピールする。
そんな話を打診されたが三枝は拒絶し、1人で被災地入りをした。
野党の足並みを乱していると批判を受ける事も多いが、どうせ団結など出来るわけがないのだ。
野党第一党、と呼ばれていた政党が、3つに分裂した。
自分が代表に就任してしまったからだ、と三枝は思う。与党との協調路線は、想像以上の反発を招いた。
裏切り者、と呼ばれている。
誰も裏切らない政治家などいない、と思い定めるしかなかった。
足音が聞こえた。
複数の人影が、瓦礫を踏み締め近付いて来る。
「いけないなぁ三枝先生、政治家のくせに空気読めないとか」
先頭の1人が笑う。
「野党の先生方が揃ってボイコットした国会協議にさあ、1人で参加しちゃったんだって?」
「当然だ。審議しなければならない問題は山ほどある」
三枝は答え、見回した。
包囲を狭めるように歩み寄って来る、9人の男たち。
以前もこんな事があった、と思いつつ確認する。
「君たちは……隔者だな?」
「黒霧がやってた仕事は俺たち七星剣本隊が引き継いだよ。三枝先生、あんたには死んでもらう」
自分がこの世から消えて、最も利益を得る政治関係者は誰か。三枝は考えてみたが、心当たりはいくつもある。
「与党の方々……ではないな。彼らは僕をあの手この手で懐柔しようとしている。自惚れになるが、僕にもその程度の利用価値はあるようだ」
「その通り。あんたらみたいに有能な野党を、上手く使いこなしてこその与党さ」
「では……まさか、とは思うが……」
自分が殺される、以上の絶望を三枝は感じた。
「僕を裏切り者呼ばわりしている……あの人々が……?」
「あんたがいると、野党の足並みが揃わないんだってよ」
若い隔者が、ニヤリと牙を剥く。
「ファイヴは与党の飼い犬になっちゃったろ? だから七星剣は野党に飼われてやるのさ」
「いずれ野党各党を乗っ取るつもりだな、君たちは」
「ファイヴもさ、与党を力で乗っ取っちゃえばいいのに……ってのが八神様の御言葉。覚者と隔者で与野党激突、勝った方がこの国を治める。何か問題あるかな?」
五麟市周辺の市町村が、壊滅的な被害を受けた。
災害によって、ではなく犯罪行為によって。
建物は破壊され、大勢の一般市民が殺傷された。
被災地、と言っていいだろう。廃墟も同然の街並みを、三枝義弘は見渡した。
群がる報道陣が、質問と共にマイクを突き付けてくる。
「覚者組織による、このような犯行に関して、どうお考えですか」
「政府与党は覚者組織と密接な繋がりを持っており、その犯罪行為を黙認している、との指摘もありますが」
「野党として、その点を追及してゆく考えはお持ちでしょうか」
破壊され尽くした街の有り様を指し示しながら、三枝は答えた。
「まず申し上げておきたいのは、この破壊と殺戮を行ったのは、覚者ではなく隔者である、という事です。隔たる者、と書きます。可能であればテロップを出して下さい。政府と連携している覚者組織は、むしろこのような暴虐を止めてくれている人々です。彼ら彼女らがいなかったら今頃もっとひどい事になっていたでしょう」
金剛一派による暴虐を、ファイヴが辛うじて止めた、という形である。
イレブンが健在であった頃ならば、全てはファイヴの仕業だ、などという報道が為されていたかも知れない。
野党の有力な支持組織であったイレブンが、少なくとも表向きには消滅した。
覚者ならびにファイヴは、人知を超えたものによる暴虐から人々を救い守る存在である、という認識が一応、世間に浸透したようではある。
だが今回のような事が起これば、覚者を、ファイヴを糾弾する声が、必ずどこかから聞こえてくる。
イレブンの思想がまだ、目に見えぬ形で社会に根を張っているのだ。
「覚者は、危険な力を持っています」
記者の1人が、言った。
「そのような力を持つ者が悪事を働いた場合、我々に止める術はないという事が今回、判明してしまいました。覚者組織が今後このような事をしないという確証はあるのでしょうか」
「君。報道関係者なら、以前ファイヴが行った演説を知っているだろう」
言いつつ三枝は、居並ぶ報道陣を見渡した。
「貴方がたの中には、あの放送に直接、関わった人もいるかも知れない。あれを見て、あれを聞いて、何を感じたか、自分自身の心に問いかけてみて欲しい。結果やはり覚者は危険で、世の中に害をなす存在であると思ってしまったのなら仕方がない。この三枝義弘は及ばずながら覚者たちに味方する者であるから、せいぜい貶めて記事に書くといい」
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報道陣から、ようやく解放された。
今、三枝は1人、廃墟の中に佇んでいる。
生き残った住民は現在、遠く離れた仮設住宅での生活を強いられている。金剛勢力の完全消滅が確認されない限り、ここへ戻すわけにはいかないのだ。
この被災地を、野党各党の党首全員が揃って訪れ、現政権打倒のための団結をアピールする。
そんな話を打診されたが三枝は拒絶し、1人で被災地入りをした。
野党の足並みを乱していると批判を受ける事も多いが、どうせ団結など出来るわけがないのだ。
野党第一党、と呼ばれていた政党が、3つに分裂した。
自分が代表に就任してしまったからだ、と三枝は思う。与党との協調路線は、想像以上の反発を招いた。
裏切り者、と呼ばれている。
誰も裏切らない政治家などいない、と思い定めるしかなかった。
足音が聞こえた。
複数の人影が、瓦礫を踏み締め近付いて来る。
「いけないなぁ三枝先生、政治家のくせに空気読めないとか」
先頭の1人が笑う。
「野党の先生方が揃ってボイコットした国会協議にさあ、1人で参加しちゃったんだって?」
「当然だ。審議しなければならない問題は山ほどある」
三枝は答え、見回した。
包囲を狭めるように歩み寄って来る、9人の男たち。
以前もこんな事があった、と思いつつ確認する。
「君たちは……隔者だな?」
「黒霧がやってた仕事は俺たち七星剣本隊が引き継いだよ。三枝先生、あんたには死んでもらう」
自分がこの世から消えて、最も利益を得る政治関係者は誰か。三枝は考えてみたが、心当たりはいくつもある。
「与党の方々……ではないな。彼らは僕をあの手この手で懐柔しようとしている。自惚れになるが、僕にもその程度の利用価値はあるようだ」
「その通り。あんたらみたいに有能な野党を、上手く使いこなしてこその与党さ」
「では……まさか、とは思うが……」
自分が殺される、以上の絶望を三枝は感じた。
「僕を裏切り者呼ばわりしている……あの人々が……?」
「あんたがいると、野党の足並みが揃わないんだってよ」
若い隔者が、ニヤリと牙を剥く。
「ファイヴは与党の飼い犬になっちゃったろ? だから七星剣は野党に飼われてやるのさ」
「いずれ野党各党を乗っ取るつもりだな、君たちは」
「ファイヴもさ、与党を力で乗っ取っちゃえばいいのに……ってのが八神様の御言葉。覚者と隔者で与野党激突、勝った方がこの国を治める。何か問題あるかな?」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者9名の撃破(生死不問)
2.三枝義弘の生存
3.なし
2.三枝義弘の生存
3.なし
野党議員・三枝義弘氏が、七星剣の隔者9名に命を狙われております。どうか守って下さい。
今回、近付いて来る隔者9名と三枝の間に、覚者の皆様がすでにいて布陣している、という形で始めさせていただきます。単身で被災地入りをした三枝議員の護衛として、中司令が前もって覚者を手配していたという設定です。
場所は、金剛勢力によって破壊されたままの市街地。瓦礫が散らかっておりますが、ハイバランサー等無くとも戦闘行為に支障はありません。時間帯は真昼。
敵の詳細は以下の通り
●七星剣隔者・真壁玄二
男、21歳、天行暦。武器は大小二刀で、使用スキルは錬覇法、雷獣、疾風双斬。前衛中央。
●七星剣隔者・木行獣丑(2名、前衛左右。武器は戦斧。使用スキルは猛の一撃、仇華浸香、貫殺撃・改)
●七星剣隔者・水行怪(3名、中衛。武器は槍。使用スキルは破眼光、水龍牙、潤しの雨)
●七星剣隔者・火行械(3名、後衛。使用スキルは機化硬、火焔連弾)
三枝の位置は、覚者側後衛の方のさらに後ろになります。避難を促せば、自力で逃げてくれるでしょう。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年05月08日
2018年05月08日
■メイン参加者 6人■

●
「こんにちは、ニポンの政治とはこれっぽっちも関係ない王家が来たよ!」
機化硬・改で全身の守りを固めながら『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が、そんな事を言っている。『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は、疑問を口にした。
「王子ってさ、国交結びに日本へ来たんじゃなかったっけ」
「今はそれ実質的に妹ちゃんの役目。兄貴の方は、とうの昔に本国から見放されちゃってるから」
容赦のない事を言っているのは『導きの鳥』麻弓紡(CL2000623)だ。
「だからこの王子はね、日本で世のため人のために働くしか生きる道がないんだなあ。ソラっちも、遠慮なくこき使ってくれていいからね」
「ふふふ。王家として、この逆境に耐え抜いて見せるさ」
「人のために戦うのは、私たちも同じ事……」
三枝議員を背後に庇って前衛に立ちながら、『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が決意を固める。
「今回も、三枝先生は私たちがお守りします。繋いだ御縁を途切れさせはしません」
「前回は……黒霧の連中が、失敗したんだよなあ」
隔者の1人が言った。
野党議員・三枝義弘の命を狙って群がりつつある、9人の隔者。その統率者とおぼしき、若い男である。
資料に名前のあった七星剣隔者、真壁玄二。
「俺たち七星剣本隊と、あいつらとの違い。思い知ってみるかい」
「黒霧のお下がりなんだってね。ここは、あんたたちの舞台じゃあない」
奏空は、同じく三枝議員の盾となった。
「降りてもらうよ……ここは絶対に、通さないから」
「七星剣も、いよいよ後がなくなってきたんじゃない? 露骨に政治家と手を結んで、くだらない事をやり始める……中司令の読みが当たったね。よく私たちを、ここに配置してくれたよ」
今はこの場にいない司令官を『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が誉めた。
「上層部が、やるべき事をちゃんとやってくれた。あとは現場の私たちが、きっちり仕事をしないとね」
「そういう事だ。議員のせんせーは政治の現場で、オレたちは戦いの現場で、仕事をする」
和装の似合う長身の青年が、三枝議員の腕を掴んで引いた。『不屈のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)だ。
「とりあえず安全なとこまで逃げるぜ、三枝さん」
「……全て、お任せしよう。貴方がたに」
「念のため、私の術式をっ」
たまきが、素早く印を結ぶ。
大型の術符が、三枝を防護する形に浮遊する。敵の攻撃を反射する桜華鏡符。
術式防御に守られた三枝が、翔に護衛されながら退避して行く。
それを追わせまいと、彩吹が真壁の前方に立ち塞がって火行因子を燃やす。天駆。
「翔、議員先生を頼むね。こっちはこっちで……張り切って、殴りに行くから」
「御立派な演説しちゃってたよなあ、お姉さん」
真壁が、悪意そのものの笑みを浮かべる。
「政府与党の飼い犬が吠えてただけ、とも言えるけどなあ」
「飼い犬になったつもりはないけど、まあそういう見方をされるだろうという気はしてた。だから政府公認組織になるのに反対意見が多かったんだよね」
彩吹が、牙を剥くような笑みを返している。
「……お前たちは、自分から野党の飼い犬になった。こんな所できゃんきゃん泣いてないで、犬小屋へお帰りよ」
「こちとら与野党もウヨサヨも全く興味ないんだけど……味方になってくれる人、助けない理由はないわけで」
言葉と共に、紡がふわりと翼を開く。
光り輝く香気が、キラキラと拡散し漂った。
「親友はやる気満々だし、相棒とセンセは顔馴染みらしいし。ボクはボクの役目を、ね……ソラっち、下準備いこうか」
「了解だよ紡さん……皆に、薬師如来の御加護を」
瑠璃色の煌めきが、奏空の祈りに合わせて生じ広がる。
紡の『清廉珀香』と奏空の『魔訶瑠璃光』が、覚者6名を包み込んだ。
その煌めきの中、プリンスが大仰な身振りで隔者たちに言葉を投げる。
「痛い目に遭う前の、最後のチャンスだ。大人しく退却したまえ。貴公ら七星剣はこのところ何かする度、残念な事にしかならないのだからね」
「余分なものをな、削ぎ落としただけだ」
真壁の顔から、笑みが消えた。
「黒霧も金剛も要らねえ、七星剣には八神様がおられるだけでいい。俺たち七星剣本隊の巻き返しをな、よぉく見とけクソ犬どもがぁああっ!」
真壁が、他の隔者たちが、一斉に動こうとして固まった。9名全員、白い霧に絡め取られていた。
「あんた方がいくら悪い事をしても、ちゃんと覚者と隔者の違いをわかってくれる議員さんがいる……」
印を結び、『迷霧』を操作しながら、奏空は目を見開いた。
桃色の瞳が、激しく発光した。錬覇法・改。
「……絶対に、守って見せるよ!」
「守る守る、うるせぇーんだよテメエらファイヴはよおおおおッッ!」
真壁が大小を抜刀し、迷霧を引きちぎるように踏み込んで来る。
その時には彩吹が、高らかに指を鳴らしていた。
真壁の全身が燃え上がった。無数の、小さな炎がまとわりついている。火蜥蜴の牙。
「ぐあ……てッ! てめ……!」
「よそ見しないで、私の相手をしてよ」
微笑みながら彩吹が、鋭利な美脚を一閃させる。
爆刃想脚が、七星剣前衛の隔者たちを薙ぎ払い、吹っ飛ばした。
吹っ飛んだ真壁が、しかし踏みとどまって吼えた。
「こぉのッ、犬どもがあああああああっ!」
霧も炎を吹き飛ばすかのような、激しい電光が迸った。雷獣だった。
轟音を伴う電撃が、彩吹を、プリンスを、たまきを直撃する。
奏空はしかし、1人の名前しか叫べなかった。
「たまきちゃん!」
「平気……紡さんと奏空さんの術式が、私たちを守ってくれます」
香気の煌めきと瑠璃色の光が、バリバリと3人を絡め灼く電光を薄れさせ、消滅させる。
「ふふっ、七星剣の方……おうるさい事でしょうが幾度でも申し上げますよ。三枝先生は、私たちがお守りいたします」
●
真壁の左右を固める七星剣前衛・木行獣の2名が、口から仇華浸香を吐き出した。
毒香の嵐が、しかし覚者たちを守る香気の光と瑠璃色の煌めきに中和され、消えてしまう。
紡が翼を広げ、杖を構えた。
「珍しく、たまちゃんが煽りをやってるからボクもやろうかな。息が臭いだけじゃボクたちには勝てないよー七星剣のキミたちぃ」
その先端のスリングショットから、術式の塊が射出される。
それが隔者9名の中央で爆発し、雷鳴を発して光となった。
電光の、翼であった。
雷の鳳が激しく羽ばたき、隔者たちを灼き払う。
灼き払われた隔者たちに、潤しの雨が降った。
七星剣側中衛、水行怪3名の1人による治療術式である。
他2名が、水龍牙を覚者たちに叩きつける。渦巻く水が龍の形を成し、彩吹を、プリンスを、たまきを薙ぎ払う。
その戦いを、いくらか離れて見物出来る場所に、翔は三枝議員を導いていた。
「ここで大丈夫だと思う。オレは戦いに戻らなきゃなんねーけど、ここならギリギリで目が届く。何かあったら心で思って呼びかけてくれ。送受心・改ってのがあるんだ」
「わかった。だが僕の事など気にせずに戦って欲しい」
「そうはいかねー。オレたち覚者にとって何が一番、辛いかって言ったらな、それは人を守れねえ事なんだ」
翔は言った。
「三枝先生には、だからケガ1つ無しに、この場を切り抜けてもらうぜ。オレたちのために」
「有権者の頼みとあらば」
三枝が微笑む。
(まだ選挙権ねーけどな……)
とは言わず、翔は戦場へと向かった。
七星剣後衛、火行械の3人が、砲身状の左手から一斉に火焔連弾を発射したところである。
先程の『雷鳳の舞』への報復であろう。紡1人を狙っての、術式砲撃である。
本来ならば自分が紡の盾となるべき、と翔は思うが、ここからでは間に合わない。
奏空が、その役目を果たした。隔者3人分の火焔連弾を全身に受け、炎にまみれながら倒れ伏す。
「ぐっ……う……」
「無茶はダメだよー。ソラっちはボクなんかより、たまちゃんを守らなきゃ」
紡が、吞気な声を発した。
たまきが小さく、咳払いをする。
「……誰を守るにしても、無茶はいけませんよ奏空さん。さて反撃です、参りましょう王子」
「心得た。ではカモ姫からどうぞ」
プリンスに促されるまま、たまきは踏み込んだ。
少女の一見たおやかな全身から、気合いの波動が迸って隔者たちを叩きのめす。七星剣前衛が、血飛沫を噴いて揺らぐ。
揺らぐ隔者たちに、プリンスが妖槌の一撃を打ち込んだ。彗星の衝突にも似た、貫殺撃・改。その衝撃が、七星剣戦闘部隊の前衛を蹴散らし、中衛を揺るがす。
それほど手強い敵ではない、と翔は見て取った。七星剣には、もはやこの程度の隔者しか残っていないのか。
あるいは、精鋭と呼ぶべき戦力を八神勇雄が温存しているのか。ファイヴとの、決戦に備えて。
「だったら受けて立つけどよ……覚者でも隔者でもない人たちを、こんなふうに巻き込むのは許さねーぞ八神勇雄!」
今は眼前にいない七星剣首魁に向かって叫びながら、翔はカクセイパッドを掲げた。
画面の中では、雷の龍が猛り狂っていた。
●
倒れていた奏空が立ち上がり、右手で抜き身を構えたまま左手で片手印を切る。
烈波。いくつもの気の塊が生じ、白色の流星群となって隔者たちを襲った。中衛の水行怪3名が、直撃を喰らって倒れ伏す。
「……ここまでに、しておいたらどうかな」
彩吹は、真壁に声をかけた。
「私たちもね、弱いものいじめをしたいわけじゃあないんだ」
「ぬかせ! 戦いってのはなぁ、最後は結局! 弱い者いじめにしかならねえんだよおおおっ!」
斬りかかって来た真壁と、高速で擦れ違いながら彩吹は言った。
「……こんなふうに、かな」
会心の手刀を、真壁の全身の各部関節に叩き込んだ手応え。
参点砕き、である。
全身各部に重圧を打ち込まれた真壁が、弱々しく剣を構え、彩吹に向き直ろうとする。
「ぐうっ……こ、この程度でよォ……っ!」
その精一杯の闘志を粉砕するかの如く、雷鳴が轟いた。
暴れ狂う雷の龍が、七星剣戦闘部隊を薙ぎ払っていた。
「……もうな、本当にやめとけ。命まで賭ける事はねえよ」
カクセイパッドを掲げながら、翔が歩み寄って来る。
「オレ中学生になってからさ、見ろ見ろって言われるからしょうがねえ、ニュースとか新聞とか割と見るようになったんだけど……あの野党って連中は本当にダメだ。あんな奴らのために命賭けちゃあいけねーよ」
「つまんない仕事をね、命懸けでやらされてるのがキミたち七星剣。ちょっと考えた方がいいよ? そろそろ本当に」
言いつつ紡が羽ばたき、水行の癒しを拡散させて『潤しの雨』を降らせた。
治療術式を行使中の紡に向かって、隔者後衛の火行械3名がまたしても火焔連弾を放つ。
「おっ……と。紡に怪我させたらね、踏み潰すよ?」
今度は彩吹が、紡の盾になった。黒い翼をマントの如く閉じ、防御を固める。
その上から、術式砲撃が次々とぶつかって来る。熱と衝撃に、彩吹は耐えた。
紡が、後方からすがり付いて来る。
「ああん、いぶちゃんはボクの騎士サマだよう……ところで踏み潰すって、いぶちゃん今体重なんキロ?」
「あっはははは。踏み潰されたくなかったら余計な質問しないように」
彩吹が紡の柔らかな頰を引っ張ってる間、プリンスが地響きを立てて踏み込んでいた。
「踏み潰すような戦い方なら、余にお任せさ。ムシャナイトオウジ、アクション!」
巨大な妖槌による『地烈』の一薙ぎが、火行械の3名を直撃し吹っ飛ばす。
否、1人が真壁の背後に逃げ込んでいた。
「ぐっ、ぎゃ……てめ……」
盾にされた真壁が、プリンスの地烈を食らってへし曲がり、辛うじて踏みとどまる。
盾にした火行械が、そのまま逃げに入る。
「へっへへへ、覚者の皆様のおっしゃる通りだぜ。こんな仕事はやってられねえ!」
逃げに入った隔者が次の瞬間、真壁もろとも衝撃に貫かれ、折り重なって倒れた。
たまきの『鉄甲掌・還』であった。
「逃がしはしません……法の裁きを、受けていただきます」
倒れ、吹っ飛び、動かなくなっている隔者9名を見渡し、たまきは言い放った。
「逃げるくらいなら、お願いです。最初から、悪い事をなさらないで下さいね」
●
「貴公、余と同じ目をしているね」
一国の王子が、一国の政治家と会話をしている。
「偉そうにセージがどうこう言ってはみたけれど、正直早く帰ってビール開けたい目を。あとテバサキは塩でいきたいし、時季的にブロッコリーも」
「そういう晩酌は、医者に制限されておりましてね」
三枝が、寂しそうに笑う。
「ともあれ助かりました。本当にありがとう」
「お礼なんていいよ。それより、三枝せんせーには見せとかなきゃいけねえもんがある」
言いつつ翔が覚醒を解き、長身の青年から小柄な中学生へと戻ってゆく。
三枝が、目を丸くした。
「君は……」
「あの時あんたが言ってた『和装の青年』ってのは実はオレだったんだよー! まったく、迷い込んだ子供扱いしてくれちゃって」
「そうか、君だったのか」
三枝は、感慨深げに頷いた。
「君の演説、拝聴した。誰とでも仲良くしたい……素晴らしい言葉だと思う。政治の最終目的とは、それなんだよ」
「あ、いや……その、あれは……」
翔が、さらに小さくなってゆく。
「間違った事、言ったつもりねーけどよ……自分の演説って……後から見せられると、超恥ずかしい……」
「……わかる……俺も」
奏空も、小さくなっている。
「みんなに言われてる……」
「今更何ですか2人とも。世間の方々に向けて何かを語る、それはつまりああいう事です」
たまきは言った。
「立派な演説でしたよ。翔さんも、奏空さんも」
「あ、ありがとう。たまきちゃん」
「それに、彩吹さんも」
「勝手に動画上げてる奴いたよね。何か変なコメントで私の顔よく見えなかったんだけど……ま、それはともかく。議員先生にお怪我がなくて良かった」
彩吹は微笑んだ。
「政治はさっぱりだけど、貴方みたいな人がいてくれるのは単純に嬉しいです。何か私たちは与党の飼い犬らしいですけど、野党の先生方もどうか頑張って」
「ありがとう。あなた方を飼い馴らす事など、誰にも出来はしませんよ」
三枝が言った。
「ただ……政府与党の方々に取り込まれないよう気をつけて下さい、とだけは申し上げておきましょう。あれは何しろ妖怪のような人たちだ。気がつけば、弱みを握られてしまっている」
「そんな方々と渡り合うのは……暴力を振るう事が許される私たちの戦いよりも、過酷なのでしょうね」
持参した贈り物の包みを、たまきは三枝に差し出した。
「もうお持ちかも知れませんが、ボイスレコーダーです。それと……私の実家で作っている、御守りも。神仏の御加護が、少しでも三枝先生にもたらされますように」
「ありがとう。本物の陰陽師の御守りとは、心強い」
「こっちもね、政治家のセンセ方に味方がいるのは心強いよ」
金剛勢力によって破壊された街並みを見渡しながら、紡が言った。
「ボクは、ボクのやれる事をやるだけ。流れた血の分、癒すだけ……それも出来てるかどうか怪しいもんだけど、とにかくボクらの背中は政治やってる人たちに任せるね」
「せっかく来たんだ。瓦礫の片付けの、お手伝いでもしていこうか」
彩吹が腕まくりをした。すらりと強靭な細腕が、露わになった。
「力仕事は、得意だからね」
「ボクも手伝うよ」
「……復旧作業が進んでいないのは、僕たち政治関係者の不手際によるものだ」
三枝が俯き、プリンスが言った。
「仕方あるまい。この辺り、まだ金剛の賊が潜んでいるかも知れないからね。うっかり人を入れるわけにはいかないだろう……そういう危険地帯に足を踏み入れて、政治的なアピールをする。あまり感心出来る話ではないね」
「それを言われるとぐうの音も出ないが、そこが野党政治家の辛いところでね」
三枝が苦笑いをする。
「被災地を訪れる。ただそれだけの事でも、やるとやらないでは違うんだ。ほんの少し、だけどね……ほんの少しの積み重ねを、ひたすら続ける。僕たち野党には、それしかないんだ」
「余は民主主義の事はよくわかんないけど、要は民が王を決めるんだよね」
言いつつプリンスは『危険予知』を行っているようだ。
隔者9名は全員、捕縛され、今は奏空が監視をしている。中司令には先程、彩吹が連絡をした。
伏兵の類が近くにない事を、プリンスは確認している。
「なら一番、民の事愛してる貴族が王に決まってるじゃない。ニポンは違うの?」
「国民を愛するというのは……政治家にとっては、なかなかに難しい事でね」
複雑な笑みを浮かべながら、三枝が問題発言をしている。
「正直なのは、美徳だと思いますよ」
奏空が言った。
「とにかく俺、三枝先生を応援してます。政治の事はよくわかんないけど、俺は自分が出来る事で頑張ります! だから先生も頑張って下さい。何かあったら、必ず行きますから」
「そうだな。政治方面から、少しでも君たちの力になれたらと思う」
三枝が、遠くを見つめた。
「改めて、よくわかった。この国の人々の心には……イレブンの亡霊が、まだ住み着いている。隔者たちの動き方次第では、亡霊はいくらでも蘇ってくる」
「こんにちは、ニポンの政治とはこれっぽっちも関係ない王家が来たよ!」
機化硬・改で全身の守りを固めながら『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が、そんな事を言っている。『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は、疑問を口にした。
「王子ってさ、国交結びに日本へ来たんじゃなかったっけ」
「今はそれ実質的に妹ちゃんの役目。兄貴の方は、とうの昔に本国から見放されちゃってるから」
容赦のない事を言っているのは『導きの鳥』麻弓紡(CL2000623)だ。
「だからこの王子はね、日本で世のため人のために働くしか生きる道がないんだなあ。ソラっちも、遠慮なくこき使ってくれていいからね」
「ふふふ。王家として、この逆境に耐え抜いて見せるさ」
「人のために戦うのは、私たちも同じ事……」
三枝議員を背後に庇って前衛に立ちながら、『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が決意を固める。
「今回も、三枝先生は私たちがお守りします。繋いだ御縁を途切れさせはしません」
「前回は……黒霧の連中が、失敗したんだよなあ」
隔者の1人が言った。
野党議員・三枝義弘の命を狙って群がりつつある、9人の隔者。その統率者とおぼしき、若い男である。
資料に名前のあった七星剣隔者、真壁玄二。
「俺たち七星剣本隊と、あいつらとの違い。思い知ってみるかい」
「黒霧のお下がりなんだってね。ここは、あんたたちの舞台じゃあない」
奏空は、同じく三枝議員の盾となった。
「降りてもらうよ……ここは絶対に、通さないから」
「七星剣も、いよいよ後がなくなってきたんじゃない? 露骨に政治家と手を結んで、くだらない事をやり始める……中司令の読みが当たったね。よく私たちを、ここに配置してくれたよ」
今はこの場にいない司令官を『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が誉めた。
「上層部が、やるべき事をちゃんとやってくれた。あとは現場の私たちが、きっちり仕事をしないとね」
「そういう事だ。議員のせんせーは政治の現場で、オレたちは戦いの現場で、仕事をする」
和装の似合う長身の青年が、三枝議員の腕を掴んで引いた。『不屈のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)だ。
「とりあえず安全なとこまで逃げるぜ、三枝さん」
「……全て、お任せしよう。貴方がたに」
「念のため、私の術式をっ」
たまきが、素早く印を結ぶ。
大型の術符が、三枝を防護する形に浮遊する。敵の攻撃を反射する桜華鏡符。
術式防御に守られた三枝が、翔に護衛されながら退避して行く。
それを追わせまいと、彩吹が真壁の前方に立ち塞がって火行因子を燃やす。天駆。
「翔、議員先生を頼むね。こっちはこっちで……張り切って、殴りに行くから」
「御立派な演説しちゃってたよなあ、お姉さん」
真壁が、悪意そのものの笑みを浮かべる。
「政府与党の飼い犬が吠えてただけ、とも言えるけどなあ」
「飼い犬になったつもりはないけど、まあそういう見方をされるだろうという気はしてた。だから政府公認組織になるのに反対意見が多かったんだよね」
彩吹が、牙を剥くような笑みを返している。
「……お前たちは、自分から野党の飼い犬になった。こんな所できゃんきゃん泣いてないで、犬小屋へお帰りよ」
「こちとら与野党もウヨサヨも全く興味ないんだけど……味方になってくれる人、助けない理由はないわけで」
言葉と共に、紡がふわりと翼を開く。
光り輝く香気が、キラキラと拡散し漂った。
「親友はやる気満々だし、相棒とセンセは顔馴染みらしいし。ボクはボクの役目を、ね……ソラっち、下準備いこうか」
「了解だよ紡さん……皆に、薬師如来の御加護を」
瑠璃色の煌めきが、奏空の祈りに合わせて生じ広がる。
紡の『清廉珀香』と奏空の『魔訶瑠璃光』が、覚者6名を包み込んだ。
その煌めきの中、プリンスが大仰な身振りで隔者たちに言葉を投げる。
「痛い目に遭う前の、最後のチャンスだ。大人しく退却したまえ。貴公ら七星剣はこのところ何かする度、残念な事にしかならないのだからね」
「余分なものをな、削ぎ落としただけだ」
真壁の顔から、笑みが消えた。
「黒霧も金剛も要らねえ、七星剣には八神様がおられるだけでいい。俺たち七星剣本隊の巻き返しをな、よぉく見とけクソ犬どもがぁああっ!」
真壁が、他の隔者たちが、一斉に動こうとして固まった。9名全員、白い霧に絡め取られていた。
「あんた方がいくら悪い事をしても、ちゃんと覚者と隔者の違いをわかってくれる議員さんがいる……」
印を結び、『迷霧』を操作しながら、奏空は目を見開いた。
桃色の瞳が、激しく発光した。錬覇法・改。
「……絶対に、守って見せるよ!」
「守る守る、うるせぇーんだよテメエらファイヴはよおおおおッッ!」
真壁が大小を抜刀し、迷霧を引きちぎるように踏み込んで来る。
その時には彩吹が、高らかに指を鳴らしていた。
真壁の全身が燃え上がった。無数の、小さな炎がまとわりついている。火蜥蜴の牙。
「ぐあ……てッ! てめ……!」
「よそ見しないで、私の相手をしてよ」
微笑みながら彩吹が、鋭利な美脚を一閃させる。
爆刃想脚が、七星剣前衛の隔者たちを薙ぎ払い、吹っ飛ばした。
吹っ飛んだ真壁が、しかし踏みとどまって吼えた。
「こぉのッ、犬どもがあああああああっ!」
霧も炎を吹き飛ばすかのような、激しい電光が迸った。雷獣だった。
轟音を伴う電撃が、彩吹を、プリンスを、たまきを直撃する。
奏空はしかし、1人の名前しか叫べなかった。
「たまきちゃん!」
「平気……紡さんと奏空さんの術式が、私たちを守ってくれます」
香気の煌めきと瑠璃色の光が、バリバリと3人を絡め灼く電光を薄れさせ、消滅させる。
「ふふっ、七星剣の方……おうるさい事でしょうが幾度でも申し上げますよ。三枝先生は、私たちがお守りいたします」
●
真壁の左右を固める七星剣前衛・木行獣の2名が、口から仇華浸香を吐き出した。
毒香の嵐が、しかし覚者たちを守る香気の光と瑠璃色の煌めきに中和され、消えてしまう。
紡が翼を広げ、杖を構えた。
「珍しく、たまちゃんが煽りをやってるからボクもやろうかな。息が臭いだけじゃボクたちには勝てないよー七星剣のキミたちぃ」
その先端のスリングショットから、術式の塊が射出される。
それが隔者9名の中央で爆発し、雷鳴を発して光となった。
電光の、翼であった。
雷の鳳が激しく羽ばたき、隔者たちを灼き払う。
灼き払われた隔者たちに、潤しの雨が降った。
七星剣側中衛、水行怪3名の1人による治療術式である。
他2名が、水龍牙を覚者たちに叩きつける。渦巻く水が龍の形を成し、彩吹を、プリンスを、たまきを薙ぎ払う。
その戦いを、いくらか離れて見物出来る場所に、翔は三枝議員を導いていた。
「ここで大丈夫だと思う。オレは戦いに戻らなきゃなんねーけど、ここならギリギリで目が届く。何かあったら心で思って呼びかけてくれ。送受心・改ってのがあるんだ」
「わかった。だが僕の事など気にせずに戦って欲しい」
「そうはいかねー。オレたち覚者にとって何が一番、辛いかって言ったらな、それは人を守れねえ事なんだ」
翔は言った。
「三枝先生には、だからケガ1つ無しに、この場を切り抜けてもらうぜ。オレたちのために」
「有権者の頼みとあらば」
三枝が微笑む。
(まだ選挙権ねーけどな……)
とは言わず、翔は戦場へと向かった。
七星剣後衛、火行械の3人が、砲身状の左手から一斉に火焔連弾を発射したところである。
先程の『雷鳳の舞』への報復であろう。紡1人を狙っての、術式砲撃である。
本来ならば自分が紡の盾となるべき、と翔は思うが、ここからでは間に合わない。
奏空が、その役目を果たした。隔者3人分の火焔連弾を全身に受け、炎にまみれながら倒れ伏す。
「ぐっ……う……」
「無茶はダメだよー。ソラっちはボクなんかより、たまちゃんを守らなきゃ」
紡が、吞気な声を発した。
たまきが小さく、咳払いをする。
「……誰を守るにしても、無茶はいけませんよ奏空さん。さて反撃です、参りましょう王子」
「心得た。ではカモ姫からどうぞ」
プリンスに促されるまま、たまきは踏み込んだ。
少女の一見たおやかな全身から、気合いの波動が迸って隔者たちを叩きのめす。七星剣前衛が、血飛沫を噴いて揺らぐ。
揺らぐ隔者たちに、プリンスが妖槌の一撃を打ち込んだ。彗星の衝突にも似た、貫殺撃・改。その衝撃が、七星剣戦闘部隊の前衛を蹴散らし、中衛を揺るがす。
それほど手強い敵ではない、と翔は見て取った。七星剣には、もはやこの程度の隔者しか残っていないのか。
あるいは、精鋭と呼ぶべき戦力を八神勇雄が温存しているのか。ファイヴとの、決戦に備えて。
「だったら受けて立つけどよ……覚者でも隔者でもない人たちを、こんなふうに巻き込むのは許さねーぞ八神勇雄!」
今は眼前にいない七星剣首魁に向かって叫びながら、翔はカクセイパッドを掲げた。
画面の中では、雷の龍が猛り狂っていた。
●
倒れていた奏空が立ち上がり、右手で抜き身を構えたまま左手で片手印を切る。
烈波。いくつもの気の塊が生じ、白色の流星群となって隔者たちを襲った。中衛の水行怪3名が、直撃を喰らって倒れ伏す。
「……ここまでに、しておいたらどうかな」
彩吹は、真壁に声をかけた。
「私たちもね、弱いものいじめをしたいわけじゃあないんだ」
「ぬかせ! 戦いってのはなぁ、最後は結局! 弱い者いじめにしかならねえんだよおおおっ!」
斬りかかって来た真壁と、高速で擦れ違いながら彩吹は言った。
「……こんなふうに、かな」
会心の手刀を、真壁の全身の各部関節に叩き込んだ手応え。
参点砕き、である。
全身各部に重圧を打ち込まれた真壁が、弱々しく剣を構え、彩吹に向き直ろうとする。
「ぐうっ……こ、この程度でよォ……っ!」
その精一杯の闘志を粉砕するかの如く、雷鳴が轟いた。
暴れ狂う雷の龍が、七星剣戦闘部隊を薙ぎ払っていた。
「……もうな、本当にやめとけ。命まで賭ける事はねえよ」
カクセイパッドを掲げながら、翔が歩み寄って来る。
「オレ中学生になってからさ、見ろ見ろって言われるからしょうがねえ、ニュースとか新聞とか割と見るようになったんだけど……あの野党って連中は本当にダメだ。あんな奴らのために命賭けちゃあいけねーよ」
「つまんない仕事をね、命懸けでやらされてるのがキミたち七星剣。ちょっと考えた方がいいよ? そろそろ本当に」
言いつつ紡が羽ばたき、水行の癒しを拡散させて『潤しの雨』を降らせた。
治療術式を行使中の紡に向かって、隔者後衛の火行械3名がまたしても火焔連弾を放つ。
「おっ……と。紡に怪我させたらね、踏み潰すよ?」
今度は彩吹が、紡の盾になった。黒い翼をマントの如く閉じ、防御を固める。
その上から、術式砲撃が次々とぶつかって来る。熱と衝撃に、彩吹は耐えた。
紡が、後方からすがり付いて来る。
「ああん、いぶちゃんはボクの騎士サマだよう……ところで踏み潰すって、いぶちゃん今体重なんキロ?」
「あっはははは。踏み潰されたくなかったら余計な質問しないように」
彩吹が紡の柔らかな頰を引っ張ってる間、プリンスが地響きを立てて踏み込んでいた。
「踏み潰すような戦い方なら、余にお任せさ。ムシャナイトオウジ、アクション!」
巨大な妖槌による『地烈』の一薙ぎが、火行械の3名を直撃し吹っ飛ばす。
否、1人が真壁の背後に逃げ込んでいた。
「ぐっ、ぎゃ……てめ……」
盾にされた真壁が、プリンスの地烈を食らってへし曲がり、辛うじて踏みとどまる。
盾にした火行械が、そのまま逃げに入る。
「へっへへへ、覚者の皆様のおっしゃる通りだぜ。こんな仕事はやってられねえ!」
逃げに入った隔者が次の瞬間、真壁もろとも衝撃に貫かれ、折り重なって倒れた。
たまきの『鉄甲掌・還』であった。
「逃がしはしません……法の裁きを、受けていただきます」
倒れ、吹っ飛び、動かなくなっている隔者9名を見渡し、たまきは言い放った。
「逃げるくらいなら、お願いです。最初から、悪い事をなさらないで下さいね」
●
「貴公、余と同じ目をしているね」
一国の王子が、一国の政治家と会話をしている。
「偉そうにセージがどうこう言ってはみたけれど、正直早く帰ってビール開けたい目を。あとテバサキは塩でいきたいし、時季的にブロッコリーも」
「そういう晩酌は、医者に制限されておりましてね」
三枝が、寂しそうに笑う。
「ともあれ助かりました。本当にありがとう」
「お礼なんていいよ。それより、三枝せんせーには見せとかなきゃいけねえもんがある」
言いつつ翔が覚醒を解き、長身の青年から小柄な中学生へと戻ってゆく。
三枝が、目を丸くした。
「君は……」
「あの時あんたが言ってた『和装の青年』ってのは実はオレだったんだよー! まったく、迷い込んだ子供扱いしてくれちゃって」
「そうか、君だったのか」
三枝は、感慨深げに頷いた。
「君の演説、拝聴した。誰とでも仲良くしたい……素晴らしい言葉だと思う。政治の最終目的とは、それなんだよ」
「あ、いや……その、あれは……」
翔が、さらに小さくなってゆく。
「間違った事、言ったつもりねーけどよ……自分の演説って……後から見せられると、超恥ずかしい……」
「……わかる……俺も」
奏空も、小さくなっている。
「みんなに言われてる……」
「今更何ですか2人とも。世間の方々に向けて何かを語る、それはつまりああいう事です」
たまきは言った。
「立派な演説でしたよ。翔さんも、奏空さんも」
「あ、ありがとう。たまきちゃん」
「それに、彩吹さんも」
「勝手に動画上げてる奴いたよね。何か変なコメントで私の顔よく見えなかったんだけど……ま、それはともかく。議員先生にお怪我がなくて良かった」
彩吹は微笑んだ。
「政治はさっぱりだけど、貴方みたいな人がいてくれるのは単純に嬉しいです。何か私たちは与党の飼い犬らしいですけど、野党の先生方もどうか頑張って」
「ありがとう。あなた方を飼い馴らす事など、誰にも出来はしませんよ」
三枝が言った。
「ただ……政府与党の方々に取り込まれないよう気をつけて下さい、とだけは申し上げておきましょう。あれは何しろ妖怪のような人たちだ。気がつけば、弱みを握られてしまっている」
「そんな方々と渡り合うのは……暴力を振るう事が許される私たちの戦いよりも、過酷なのでしょうね」
持参した贈り物の包みを、たまきは三枝に差し出した。
「もうお持ちかも知れませんが、ボイスレコーダーです。それと……私の実家で作っている、御守りも。神仏の御加護が、少しでも三枝先生にもたらされますように」
「ありがとう。本物の陰陽師の御守りとは、心強い」
「こっちもね、政治家のセンセ方に味方がいるのは心強いよ」
金剛勢力によって破壊された街並みを見渡しながら、紡が言った。
「ボクは、ボクのやれる事をやるだけ。流れた血の分、癒すだけ……それも出来てるかどうか怪しいもんだけど、とにかくボクらの背中は政治やってる人たちに任せるね」
「せっかく来たんだ。瓦礫の片付けの、お手伝いでもしていこうか」
彩吹が腕まくりをした。すらりと強靭な細腕が、露わになった。
「力仕事は、得意だからね」
「ボクも手伝うよ」
「……復旧作業が進んでいないのは、僕たち政治関係者の不手際によるものだ」
三枝が俯き、プリンスが言った。
「仕方あるまい。この辺り、まだ金剛の賊が潜んでいるかも知れないからね。うっかり人を入れるわけにはいかないだろう……そういう危険地帯に足を踏み入れて、政治的なアピールをする。あまり感心出来る話ではないね」
「それを言われるとぐうの音も出ないが、そこが野党政治家の辛いところでね」
三枝が苦笑いをする。
「被災地を訪れる。ただそれだけの事でも、やるとやらないでは違うんだ。ほんの少し、だけどね……ほんの少しの積み重ねを、ひたすら続ける。僕たち野党には、それしかないんだ」
「余は民主主義の事はよくわかんないけど、要は民が王を決めるんだよね」
言いつつプリンスは『危険予知』を行っているようだ。
隔者9名は全員、捕縛され、今は奏空が監視をしている。中司令には先程、彩吹が連絡をした。
伏兵の類が近くにない事を、プリンスは確認している。
「なら一番、民の事愛してる貴族が王に決まってるじゃない。ニポンは違うの?」
「国民を愛するというのは……政治家にとっては、なかなかに難しい事でね」
複雑な笑みを浮かべながら、三枝が問題発言をしている。
「正直なのは、美徳だと思いますよ」
奏空が言った。
「とにかく俺、三枝先生を応援してます。政治の事はよくわかんないけど、俺は自分が出来る事で頑張ります! だから先生も頑張って下さい。何かあったら、必ず行きますから」
「そうだな。政治方面から、少しでも君たちの力になれたらと思う」
三枝が、遠くを見つめた。
「改めて、よくわかった。この国の人々の心には……イレブンの亡霊が、まだ住み着いている。隔者たちの動き方次第では、亡霊はいくらでも蘇ってくる」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
