断罪者、過去より来たる
【覚者の父】断罪者、過去より来たる



「隔者や妖が、ことごとく討伐と言うか虐殺されている」
 中恭介(nCL2000002)の口調は重い。
「ファイヴの手によって、ではなくだ」
「自分にも幾度か経験があります。我々が現場に到着した時にはすでに、討伐予定であった妖や隔者が斃されておりました」
 村井清正は言った。
「ファイヴに所属していない、覚者か隔者か判然としない者たちが、まだいくらでもおります。そういった輩が、正義の味方を始めてしまうのは珍しい事例ではありませんが……あれほどの大虐殺をやってのける強者となると」
「例の……AAA中級・辻堂剛弘と名乗る男。本物だろうか?」
「……辻堂は、紅蜘蛛との戦いで行方知れずとなりました。あれからもう20年になりますか」
 地獄の戦場を、村井は思い返した。
「戦闘中の行方不明は戦死とほぼ同義。あの状況で、辻堂が生き残っているとは考えにくく」
「ふむ。まあ何にせよ、その辻堂剛弘を名乗る何者かは、ファイヴの仕事を横取りする形で数々の戦闘を経験してきた……今や歴戦の殺戮者である、と言っていいだろう。彼の攻撃対象は今のところ、隔者と妖に限られているようだが」
 この先どうなるかは、わからない。
 一般の人々が、彼による殺戮の犠牲にならないとは限らないのだ。
(辻堂よ……仮に、本当にお前であるとしたら……)
 この場にいない、この世にいるかどうかもわからない、かつての仲間に、村井は語りかけていた。
(お前はまだ……自分の家族を、憎んでいるのか?)


 剛弘は、私を憎んでいるに決まっていた。
 息子が今すぐ私を殺しに来てくれるのであれば、逃げも抗いもせずに私はその復讐を受け入れるだろう。
 だが、息子は来てくれない。
 死体も見つかっていないという剛弘の行方を、この20年の間、私なりに探ってもみた。
 息子の、行方も、屍や遺骨の在り方も、探り出す事は出来なかった。
「お前は、いない……だが私はいる。この辻堂満彦という蔑むべき罪人が、この世に残ってしまった……」
 どこへも辿り着かない思考を頭の中で渦巻かせながら、私は山林の中をさまよっていた。
 宗教法人『ひかりの目』。その本部施設を取り囲む山林。
 歩きながら、ちらりと目を動かすと、壮麗な本部施設の威容が木々もろとも視界に入る。
 先日あの講堂で、覚者たちは語った。大切なのは、これからであると。
 覚者たちは我々を、殺してはくれなかった。罵ってすら、くれなかった。
 己の罪を見据えたまま、これからを生きる。
 最も過酷な罰を、覚者たちは我々に課したのだ。
「とてつもなく重い罪を、背負い抱えたまま……これからを歩む……? ふふ、そのような事……出来るわけがないではありませんか……あのような者たちに……」
 自分の、息子や娘を、兄弟を、友を、1度は拒絶しておきながら今になってそれを悔やみ、宗教にすがるしかなくなってしまった者たち。
 覚者の父、覚者の母、覚者の兄弟、覚者の友。この世で最も愚かしく卑劣な者たち。
 まだ大勢、この村に居残っている。おみつめ様にすがろうとしている。覚者たちの言う「これから」の1歩など、踏み出せずにいるのだ。
 この私も含めて、もはや哀れみすら受ける資格のない者ども。
「そう……殺してしまう、べきではないのか……私も含めて、あの愚か者どもは……ことごとく」
 私は呟いた。
「殺す……皆殺しにする……」
 私の中で、剛弘が呟いた。
「貴方の中に、御子息はおられませんよ。満彦さん」
 声をかけられた。
 人影が2つ、いつの間にか佇んでいる。すらりとした長身の青年と、小柄で可憐な少女。
「教祖様……それに、おみつめ様」
「いないはずの御子息を、貴方は心の中に生み出してしまったのです」
 祁答院恵が、続いて晃が言った。
「今あんたの中にいる息子さんは、あんたの悔恨と自責の念の塊だ。息子は、自分を憎んでいるに違いない。そう思い込むあまり……本当に自分を憎んでいる息子さんを、あんたは心の中に作り出してしまったんだよ」
 この兄妹が何を言っているのかは不明だが、とにかく私は今、幸せな気分だった。
 老いさらばえていた私の肉体が、若々しく力強く隆起しながら引き締まる。
 息子が、剛弘が、私の中から出て来たのだ。
「満彦さん、駄目! どうか御自分を取り戻して!」
「無駄だ、恵。もう会話が出来る状態じゃない」
 祁答院晃が、仕込み錫杖を抜き放つ。
「お前の恐れた通りだったな、恵……この男は僕が止める。お前は戻れ、そして全員を避難させろ」
「貴様たち……隔者だな」
 俺は言った。
 俺とは誰か。
 AAA中級捜査官、辻堂剛弘。それが俺だ。
「隔者も妖も、世の人々を脅かすもの。生かしてはおかん。そのためのAAAだ……俺たちは、人々を守るために戦っているんだよ。父さん……だけど、とうとうわかってくれなかったね……だから殺す。今になって後悔だの反省だのと、ふざけた連中は殺し尽くす!」


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.隔者・辻堂満彦の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 シリーズシナリオ【覚者の父】最終回となります。

 今回の敵は天行現の隔者、辻堂満彦。
 彼は己自身の事を「自分を捨てた家族を絶対に許さない辻堂剛弘」であると思い込んでおり、教団『ひかりの目』に集まった人々を皆殺しにしようとしています。
 教祖・祁答院晃が、それを止めるために戦い、敗れ、殺されかけているところが状況開始です。

 場所は山林の中の開けた場所で、少人数の集団戦であれば問題なく動き回れる程度の広さはあります。
 時間帯は昼。
 辻堂満彦の足元には『ひかりの目』教祖の祁答院晃が半殺し状態で倒れております。最初のターンで皆様のどなたかが回復を施して下されば一命を取り留めますが、そうでなければ彼はそのまま死亡します。
 晃の妹で教団本尊「おみつめ様」たる少女・祁答院恵が、その近くで力尽きています。彼女は負傷こそしていませんが気力を完全に使い果たした状態で、戦力にはなりません。

 辻堂満彦(男、65歳。天行現。覚醒時の肉体年齢は25歳)の使用スキルはB.O.T.、雷獣、正鍛拳、鋭刃想脚。
 彼は破綻寸前の状態ですが、皆様との戦闘中に破綻する事はありません。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2018年04月21日

■メイン参加者 6人■

『鬼灯の鎌鼬』
椿屋 ツバメ(CL2001351)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


 覚者が、悪の心を持って隔者となる。
 あってはならない事だが、ありふれた事例ではある。
 だが、と『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は思う。悪しき心ではなく、良心が隔者を生み出してしまう事もあるのだ。
「良心の呵責に耐えられなくなって、息子さんを……いなくなってしまった息子さんを、自分の中に作り出してしまう」
 それが原因で、という事はないであろうが、とにかく辻堂満彦は発現し覚醒を遂げた。
 筋骨たくましく、凶悪なほどに力強く若返った姿を今、彼は山道に佇ませている。
 その近くでは祁答院晃が屍の如く倒れ伏し、彼の妹である恵が弱々しく座り込んで、それでも懸命に兄を守ろうとしている。
「辻堂さん……どうか、御自分を取り戻して……」
「おみつめ様、無理をしないで! あとは俺たちがっ」
「教祖様が、また死んでおられる!」
 奏空と共に駆け付けた『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が、そんな事を言いつつ祁答院兄妹を背後に庇って辻堂と対峙する。機化硬・改で守りを固めながらだ。
「やあオジイチャーン、何か身体膨らんでない? 太った? ステロイドとか打ちまくった?」
「……貴様らも、隔者か……」
 辻堂満彦の両眼が、殺意の光を漲らせる。
「……ならば、殺す」
「本物の殺意じゃないねえ、それは」
 言葉と共にキラキラと、術式の光が降り注ぐ。
 天使のような人影が2つ、上空で羽ばたいていた。『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)と『ニュクスの羽風』如月彩吹(CL2001525)だ。
 羽ばたきながら『清廉珀香』を降らせているのは、紡の方である。
「AAAは妖や隔者と戦うもの。そんな知識しか持ってないでしょ、お爺ちゃん。だからAAAに入った息子ちゃんなら、こう思うに違いないって……そんな勝手な思い込みで、いない息子ちゃんを捏造しちゃあダメだよ」
「何を、言っている……」
「誰も恨まず、誰かを守る。そんな人かも知れないわけでしょ? 剛弘ちゃんは」
 紡は、ふわりと着地した。
「恨みの塊に仕立て上げちゃダメでしょー。お父さんが、自分の子供をさ」
「……親父か。あの男は、許せん」
 自身がその父親である事を忘れてしまった男が、言った。
「自分の家族を捨てておきながら、それを悔いて無様を晒す……生かしておく価値もない屑どもよ。だから殺す」
「私も言うよ。それは、本物の殺意じゃあない」
 彩吹が着地しながら、火行因子を燃やす。
「息子さんが、こう思っているに違いない……貴方の、そんな勝手な思い込みでしかないんだよ。まあ、言ってわかってくれるとは思わない。だから力でわからせてあげる。お年寄りに手をあげるのは主義じゃないけれど」
 一瞬、彩吹は微笑んだ。
「見た目、若者だし。今回は問題なしという事で……現の人たちって、こういうところ少し面倒は面倒だよね? 翔。見た目大人の小学生とかもいるし」
「知らんっ。ちなみにオレはとっくに中学生だからな」
 言いながら『白き光のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)が、祁答院晃を助け起こす。
「それより晃おい、しっかりしろ」
「……また、貴方たちに御面倒をかける事になってしまいました」
 恵が俯き、泣きそうな声を漏らす。
 その傍らに『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)が立った。
「お前たちを助けるためなら、私は何度だって来る。お前たちが迷惑がってもだ」
「オレもだぜ。別にお前らのためじゃねー……特に今回はな、このじーちゃんに個人的に言ってやりてえ事がオレにはある」
 翔が、辻堂を見据えた。奏空もだ。
「まずは貴方が、辻堂満彦さんである事を思い知ってもらう」
「たわ言を! 俺は辻堂剛弘だ。満彦は、殺す」
「違う、貴方は満彦さんだ。AAAの辻堂剛弘さんじゃあない! その証拠にっ」
 奏空が、疾風の如く踏み込んだ。
 忍びとして鍛え込まれた鋭利な指が、辻堂の分厚い胸板に紋章を刻み込む。封印の紋章。
「この技、知らないでしょ。AAA直伝の『螺旋崩し』さ」
「ぐっ……術式封じ、か。猪口才な……」
「猪口才な俺たちを、倒す事が出来るかなっ!」
 銘刀『MISORA』の抜き打ちを、奏空は立て続けに繰り出した。十六夜の連撃。
 天行の力を漲らせた筋肉で、辻堂はそれを受けた。微量の鮮血がしぶいた。
 辻堂が、即座に反撃を繰り出して来る。
 筋骨たくましい素足が高速離陸し、鋭刃想脚の形に一閃して奏空を叩き斬る……寸前で、止まった。
 辻堂の全身が、硬直していた。
 彩吹が踏み込み、擦れ違いざまに叩き込んだところである。辻堂の各部関節に、優美な手刀を。
「参点砕き……悪いけど術式だけじゃない、体術も封印させてもらうよ。紡、今のうちに」
「ほい。教祖サマ、お目覚めの時間だよー」
 死にかけている祁答院晃に、紡が『潤しの滴』を降らせた。
 弱々しい呻きを発しながら、うっすらと目を開きつつある晃に、翔が無理矢理、肩を貸す。
「よし行くぜ、晃」
「立てるか? 恵。私につかまれ」
 翔とツバメが、祁答院兄妹を半ば引きずりながら駆け去って行く。
 紡が、声を投げた。
「おみつめちゃーん、こっちは任せてねー」
「待て、隔者ども……」
「おっと、行かせはしないよオジイチャーン」
 立ち塞がるプリンスに、辻堂が拳を叩き込む。
 術式も体術も封じられ、原始的な殴り合いしか出来なくなってしまった辻堂の攻撃で、しかしプリンスは錐揉み回転をしながら吹っ飛んで大木に激突し、ずり落ちた。
「す……んごいパワー……やっぱり、いけないステロイドをキメちゃってるみたいだね……」
 よろよろと、しかし即座に立ち上がったプリンスが、妖槌を振りかざして地を蹴った。
「そのせいで、自分が誰なのかもわからなくなっちゃってる。貴公は誰なの? 御子息?」


「なら御子息は一体、誰に会いに行ったらいいのかなあ!?」
 プリンスが、そんな事を言いながら妖槌の一撃を叩き込む。
 筋骨隆々たる変異を遂げた辻堂の身体が、へし曲がりながらも倒れず、変わらぬ勢いで覚者たちに殴りかかる。
 いくらか離れた場所から、翔はその戦闘を注視していた。祁答院晃を、そっと大木の幹に寄り掛からせながら。
「……すまない。また、お前たちに厄介事を」
「いいから、ここ動くなよ」
「辻堂さんを……どうか、助けて……」
 ツバメに抱き支えられて来た恵が、声を震わせる。
「教団に救いを求めて来られた方を、私が結局……お救い出来ずに……」
「誰も彼も救おうなどと思うのは自惚れだぞ。たとえ宗教でもだ」
 ツバメが言った。
「辻堂満彦は、私たちが力で止める。宗教の出番は、その後だ。正気に戻った老人を慰める言葉、考えておくといい」
「人は、自分自身を許す事が出来ないもの……」
 恵が、俯いたまま呟く。
「あれほどお年を召されるまで、御自身の罪に苦しんでおられる……」
「……自分の罪なんてもの、都合良く忘れて次へ行く。人間って、そんな奴ばっかりだと思ってたよ」
 教祖にあるまじき、とも思える事を晃が言った。
「だけど……いるんだな。何年経っても、自分のやらかした事を忘れられない連中が」
「……厄介だぜ、自分のやらかしってのは。何年経っても心に残るもんだ」
 翔は言った。
「あの時、ああしておけば、こうしておけば、もっと頑張れば……もっと、自分に力があれば……ファイヴも基本、そんな奴らばっかりだ」
「人の想いの強さ、心の方向性……それが、自分を責める方へと向き過ぎてしまうと」
 言葉と共にツバメが第三の目を見開き、戦場を見据えた。
 自身の心の中にしかいない息子を、己の肉体に具現化させ、老人は暴れ狂っている。奏空を、彩吹を、紡を、プリンスを相手に。
「あのように、なってしまう。ひたすらに荒れ狂い、最後には私たちに殺される……辻堂老人は、心の奥底でそれを望んでいるのではないかな」
 ツバメの体内で火行の因子が燃え上がるのを、翔は感じた。灼熱化だ。
「無論、そんな望みは……」
「ああ、叶えてやるわけにいかねー!」
 戦場へと向かって、ツバメが駆け出す。翔も、それに続いた。


 奏空が何をしたのかは、よく見えない。
 とにかく、辻堂の拳が跳ね返されていた。筋骨たくましい身体が、後方によろめく。
「うぬ……これは……」
「雪月花・花の構え……AAA伝授の秘技を、俺なりにアレンジしてみました!」
 間髪入れずに奏空が剣を振るい、猛攻を仕掛ける。
 激鱗の斬撃が、辻堂に叩き込まれてゆく。奏空の叫びに合わせてだ。
「勝手な事、言わせてもらうよ。剛弘さんは、貴方の事を恨んじゃいない! だって家族じゃないか、家族ってのはそうでなきゃいけないんだ! たとえ一時、喧嘩別れをする事があったとしても!」
「わかっているのかな辻堂さん。御家族を一番、大切にしていないのは貴方だよ」
 彩吹が、それに続いた。鋭刃想脚の嵐が、辻堂を襲う。
「剛弘さんて、本当にこんな人? 怒り狂って人殺しに走るような人だったのかな? 貴方の心の中にいる息子さんに訊いてみてよ。訊けるものなら、ね」
「貴様……!」
 凶器そのものの美脚に打ち据えられながら、辻堂が牙を剝く。
 彩吹は、なおも言った。
「いないんだろう、本当は心の中に息子さんなんて。いるのはね、貴方が勝手に作り上げたバケモノだけだ。自分の子供をバケモノと決めつけて追い出した、その時から貴方は何も進歩していないんだよ御老人!」
「そんな弱くて狡いお爺ちゃんはねえ、自分のお孫くらいの子たちからお仕置きお説教喰らうといいよ」
「煽るねえツム姫」
「殿の真似だよ。ほら鉄砲玉と壁の役、頑張ってね」
 言いつつ紡がプリンスに向かって、杖の先端のスリングショットで『戦巫女之祝詞』を射出する。
 その隙をついて辻堂が、猛然と憤怒を露わにして紡に殴り掛かろうとする。
「隔者どもが、世迷言を……!」
「世迷言ぬかしてんのはアンタの方だぜ、じーちゃん!」
 荒れ狂う電光と、一筋の閃光が、辻堂を直撃していた。
 翔の『雷獣』と、ツバメの『破眼光』だった。
「目を覚ませ、辻堂老人……お前は息子と似て非なるものを心の中に飼っているだけだ。それは死せる者への想いとは違う、単なる妄執でしかない」
「そうだぜ、じーちゃん。アンタはな、実のところ息子さんの事なんて何にも考えちゃいねえ! 自分の中で勝手にバケモノを作って、それを息子だと思い込んでるだけだ!」
 翔がここまで怒るのは久しぶりかも知れない、と紡は思った。
 怒りの電光に灼かれ縛られる辻堂の身体が次の瞬間、激しく歪んだ。
 プリンスの『貫殺撃・改』が叩き込まれていた。
「オジイチャーンをぶん殴るのは気がひけるけどね……バケモノ退治なら、むしろ余たちの本領だから」
「そうだよ。だから貴方の中にいるバケモノを、俺たちが退治……」
 踏み込もうとした奏空が、そのまま膝を折って倒れ込む。
 守るように、彩吹が前に出た。
「雪月花・花の構え……消耗が、ちょっと大き過ぎるみたいだね。改良の余地あり、かな?」
「うう……そ、そうみたい……」
「まあ前衛は私に任せて、少し休んでおいでっ」
 彩吹が疾駆・跳躍し、蹴りによる『白夜』を放つ。
 血飛沫を飛ばし、揺らぐ辻堂の身体が一瞬、膨れ上がったように紡には見えた。
 その膨張に合わせ、何かが弾け飛んだようにも。
 体術封じをもたらす重圧を、辻堂は自力で解除していた。
 筋骨隆々たる身体が、暴風の如く躍動する。
 体術封じから解放された鋭刃想脚が、彩吹とプリンスを薙ぎ払い、吹っ飛ばしていた。
 地面あるいは樹木に激突し、血を吐いて呻く両名を、辻堂が睨み据える。ひび割れたように血走る両眼でだ。
「俺は……AAA中級捜査官、辻堂……剛弘だ……」
「まだそんな事言ってんのかあああああッ!」
 翔が叫び、印を結び、B.O.T.改を発射する。
 巨大な光の矢が、辻堂の分厚い胸板に突き刺さる。
 翔が、なおも吼えた。
「アンタ結局、自分のやらかした事を真っ正面から見つめるのが恐いんだろ! だから自分の心に逃げ込んで、扉閉めて鍵かけて、そんなバケモノを作って門番にしてる! それじゃ駄目だって事をオレたちはあの演説で言ったんだ。わからねーなら何度だって言うぞ、逃げるな! 目を覚ませ!」
「たわ言を……戯れ言を、世迷い言をッ!」
 即座に戦闘態勢を取り戻し、踏み込みの構えを取った辻堂の身体が、霧に包まれた。
 その霧の中で、大鎌・白狼が閃く。霧に潜む、死神の斬撃。
 鮮血をしぶかせて揺らぐ辻堂の傍らに、ツバメが着地した。
「お前は……あの朴義秀と同じだ。己の罪を直視出来ず、闘争の中へと逃げ込んでいる。そこで死んでしまえば、もう苦しまずに済むものな」
「だけどね、そうは問屋が卸さないと。こういうわけ」
 紡は羽ばたき、水行の力を拡散させた。『潤しの雨』が、覚者たちに降り注いだ。
「ねえ……もうやめよう? 息子ちゃんのためにしてあげる事って、こんなのじゃないはずだよ」
「御子息の……本当の御子息の、笑顔を思い出せ。親子として過ごした日々を、思い出せ」
 ツバメが言った。
「出来る事など、それしかないだろう……」
 その言葉を遮り、断ち切るかのように、辻堂が吼えた。
 表記の不可能な、それは獣の咆哮だった。
 咆哮を伴う、襲撃。辻堂の拳が、ツバメに向かって空を裂く。
 空を裂く剛腕を、プリンスが横合いから捕らえた。
「貴殿の体術、どれほど危険なものかは体感した。何度でも、封印させてもらうよっ!」
 参点砕き。
 辻堂の身体が、関節を極められたまま地面に叩き付けられる。
「貴殿……本当に、御子息になってみる? いや余のじゃなくて」
 辻堂を押さえ込んだまま、プリンスは囁いた。
「覚者として……人を守るお仕事をしてみてはどうかなって事さ。御子息の想い、少しはわかるんじゃないかな。そうすれば」
 返答は、ない。
 その代わりに、雷鳴が轟いた。
 電撃の光が迸り、プリンスを、彩吹を、奏空を、灼き払い吹っ飛ばす。
「……殺して……どうか私を、殺して下さい……覚者の方々……」
 筋骨たくましい全身に、放電する黒雲をまといながら、辻堂は涙を流していた。
「今になって、剛弘の笑顔を思い出すくらいであれば……私は、死にたい……何故、殺して下さらないのですかぁあ……」
 術式封印までも、この男は自力で解除してしまったのだ。
 自分が最初に施した清廉珀香が、いくらかでも役に立ってくれれば良い、と紡は願うしかなかった。


 疾風双斬。
 並の隔者や妖であれば確実に絶命させていたであろう手応えを、ツバメは大鎌の長柄もろとも握り締めた。
 だが、辻堂は立っている。
「まだっ……この程度で!」
 血を吐き、涙を流し、その涙を蹴散らすが如き眼光を燃やしながら、辻堂は牙を剥く。
「この程度で、私を! 殺せるとでも」
 牙を剥く口元に、翔が拳を叩き込んでいた。
 今、自分が喰らわせた会心の疾風双斬よりも、ある意味においては効いただろう、とツバメは思う。
「何度でも言うぞ……目を覚ませ、じーちゃん」
 翔は言った。
「こいつはな、アンタの息子さんからの一撃だと思え」
「……貴方たちは……私に……」
 辻堂の身体が、小さく萎れてゆく。
「この上なく過酷な罰を……与えるのですね……」
「そーいう事だ。死のうなんて甘いぜ、じーちゃん」
「あんまりだ……あまりに、ひどすぎる……」
 年齢相応の萎れた身体に戻った老人が、泣き崩れてゆく。
 それはやがて、慟哭に変わった。
「……剛弘さんの思いを背負って、生きる。月並みですけど、それしかないと思います」
 奏空が、言葉をかける。
「俺の使った一連の技……AAAの人たちから、教わったものです。剛弘さんからバトンを預かった。俺は勝手に、そう思い込んでいます」
「息子さんが貴方を、許してくれるかどうかは私にはわからないけれど」
 彩吹が身を屈め、辻堂老人の肩に片手を置く。
「お父さんが、ちょっとおかしくなるくらいに自分の事を思っていてくれた。私が剛弘さんなら、嬉しいな」
 どんな慰めの言葉も今は届くまい、とツバメは思う。
 辻堂満彦という1人の人間が、本当に立ち直るには、時間が必要だ。
「難しい顔をしているね、姫君」
 プリンスが、声をかけてきた。
 最初から気になっていた事を、ツバメはぽつりと口にした。老人に聞こえぬ小声でだ。
「……辻堂剛弘は、本当に死んでいるのだろうか?」
「死んでいる、と思う」
 プリンスは即答した。
「あのオジイチャーン、覚醒して間もないにしては強すぎた。力の継承、が行われた可能性があると余は思うよ」
「力の継承、か……」
 死せる覚者が、近しい人間の1人に己の全てを託す……現象、と言うべきであろうか。しばしば起こってはいる。
「だとしたら。死にゆく自分の力の全てを、憎んでいる人間に託すとは考えにくいね」
「……辻堂老人にとっては、何の救いにもならないだろうな」
 ちらりと、ツバメは視線を動かした。
 晃と恵が、歩み寄って来る。
「おみつめちゃーん。教祖サマも、こっちこっち」
 紡が、彩吹が、手を振った。
「2人とも、怪我がなくて良かった……いや、兄貴の方は死にかけていたんだっけ。頑張ったね」
「桜もギリギリ咲いてる事だし、お花見しよう。お花見」
 紡が半ば無理矢理、辻堂老人を立ち上がらせる。
「お爺ちゃんも。佐保姫さまの加護の元でなら、思い出せるんじゃない? なくしちゃった面影も……いつか見た笑顔も」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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