覗き駄目 だからと言って殴り過ぎ
●破廉恥野郎と入道と
覗き――正当な理由なく、人の住居や風呂場などを見たり撮影したりする軽犯罪である。状況によっては家宅侵入罪なども含まれるため、軽犯罪とはいえそれなりに社会的なダメージも多い。
だがしかし、その危険を理解してもなおこの手の犯罪はなくならない。そう。そこに秘密があるのなら見てしまいたくなるのが心理。そして三大欲求の一つを満たすことが人としての、そして生物としてごく当然の行動なのだから。
「――まあ、覚者の俺にはそれほどリスクはないのだけどな」
一年前に精霊顕現の因子を発現した浅野清彦は、鼻歌交じりに夜の街を歩く。守護使役の猫に足音を殺させ、迷彩で身をひそめる。時に透視や鷹の目などを使い、目覚めた能力をノゾキのためだけに使用していた。
「いいねー。最近のJKは。心癒されるわー。
別に撮影したり脅迫したりしていない俺、善人だよなぁ。誰にも迷惑をかけていないから、これぐらい許されるよなぁ」
というのが彼の言い分だが、言うまでもなく普通に犯罪である。
そしてそんな浅野に鉄槌が下った。トイレを除こうとした瞬間に何かに殴られて吹き飛ばされたのだ。覚醒した肉体はその一撃に耐えることが出来たが、それでも地面を転がり、一瞬意識を失いかける。
「なんだぁ! あんた何者だ!」
「ワシの名前は加牟波理(かんばり)入道! 不届き者にバツを加えてやるわ!」
言って入道――大男の古妖――を名乗ったそれは口をすぼめて息を吐く。その吐息がホトトギスになり、浅野を突きだした。
「痛い痛い!」
「最近この辺りの厠を覗いているのは貴様だな! これでもくらえ!」
「ぎゃあああああああ!」
●FiVE
「という事が起きるようで」
笑顔を崩すことなく久方 真由美(nCL2000003)は説明を終える。だが彼女と付き合いの長い覚者は知っている。この笑顔は怒っている顔だ。間違いなく覗き常習犯に対して。そこには触れずに覚者達は話の先を促す。
「問題なのはこの古妖は殺すつもりで殴っていることです。このままだとこの男は入道に殴り殺されてしまいます」
「ああ、なるほど。とりあえずそれを止めろと」
頷く真由美。古妖からすれば自分が守るべき領域を不敬な思いで覗いた存在だ。許す理由は何一つない。だからと言って殺すのはやりすぎだ。道徳的なものもあるが、人間と古妖の仲が悪くなりかねない。
「入道は頭に血が上っているので、落ち着かせる必要があります。強引ですが、力で抑え込むしかないでしょう」
困ったように真由美がため息を吐く。頭に血が上った入道は簡単には収まらない。その怒りを発散させる意味でも、力押しで大人しくさせるしかない。幸か不幸か、タフネスに長ける古妖のようなのでそう簡単に死にはしない。
「殴られてた男の方は?」
「現行犯逮捕の後、法に任せるのが一番です。――戦闘に巻き込まれて怪我をするかもしれませんが、それも自業自得ですよね」
にこり、とほほ笑む真由美に覚者達は何も言えなかった。乾いた笑いを浮かべながら、頷いて話を切り上げる。
真由美の笑顔に送られて、覚者達は会議室を出た。
覗き――正当な理由なく、人の住居や風呂場などを見たり撮影したりする軽犯罪である。状況によっては家宅侵入罪なども含まれるため、軽犯罪とはいえそれなりに社会的なダメージも多い。
だがしかし、その危険を理解してもなおこの手の犯罪はなくならない。そう。そこに秘密があるのなら見てしまいたくなるのが心理。そして三大欲求の一つを満たすことが人としての、そして生物としてごく当然の行動なのだから。
「――まあ、覚者の俺にはそれほどリスクはないのだけどな」
一年前に精霊顕現の因子を発現した浅野清彦は、鼻歌交じりに夜の街を歩く。守護使役の猫に足音を殺させ、迷彩で身をひそめる。時に透視や鷹の目などを使い、目覚めた能力をノゾキのためだけに使用していた。
「いいねー。最近のJKは。心癒されるわー。
別に撮影したり脅迫したりしていない俺、善人だよなぁ。誰にも迷惑をかけていないから、これぐらい許されるよなぁ」
というのが彼の言い分だが、言うまでもなく普通に犯罪である。
そしてそんな浅野に鉄槌が下った。トイレを除こうとした瞬間に何かに殴られて吹き飛ばされたのだ。覚醒した肉体はその一撃に耐えることが出来たが、それでも地面を転がり、一瞬意識を失いかける。
「なんだぁ! あんた何者だ!」
「ワシの名前は加牟波理(かんばり)入道! 不届き者にバツを加えてやるわ!」
言って入道――大男の古妖――を名乗ったそれは口をすぼめて息を吐く。その吐息がホトトギスになり、浅野を突きだした。
「痛い痛い!」
「最近この辺りの厠を覗いているのは貴様だな! これでもくらえ!」
「ぎゃあああああああ!」
●FiVE
「という事が起きるようで」
笑顔を崩すことなく久方 真由美(nCL2000003)は説明を終える。だが彼女と付き合いの長い覚者は知っている。この笑顔は怒っている顔だ。間違いなく覗き常習犯に対して。そこには触れずに覚者達は話の先を促す。
「問題なのはこの古妖は殺すつもりで殴っていることです。このままだとこの男は入道に殴り殺されてしまいます」
「ああ、なるほど。とりあえずそれを止めろと」
頷く真由美。古妖からすれば自分が守るべき領域を不敬な思いで覗いた存在だ。許す理由は何一つない。だからと言って殺すのはやりすぎだ。道徳的なものもあるが、人間と古妖の仲が悪くなりかねない。
「入道は頭に血が上っているので、落ち着かせる必要があります。強引ですが、力で抑え込むしかないでしょう」
困ったように真由美がため息を吐く。頭に血が上った入道は簡単には収まらない。その怒りを発散させる意味でも、力押しで大人しくさせるしかない。幸か不幸か、タフネスに長ける古妖のようなのでそう簡単に死にはしない。
「殴られてた男の方は?」
「現行犯逮捕の後、法に任せるのが一番です。――戦闘に巻き込まれて怪我をするかもしれませんが、それも自業自得ですよね」
にこり、とほほ笑む真由美に覚者達は何も言えなかった。乾いた笑いを浮かべながら、頷いて話を切り上げる。
真由美の笑顔に送られて、覚者達は会議室を出た。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.加牟波理入道のHPを一定値以下にする
2.浅野清彦を死亡させない
3.なし
2.浅野清彦を死亡させない
3.なし
たまにこういうNPCを書かないと、調子が狂うということが分かりました。
●敵情報
・加牟波理入道(×1)
古妖。身長2メートルを超える入道です。厠(トイレ)の伝承に関わっている古妖です。
細身の老人に見えますが、かなりのパワーファイター。口からホトトギスを出します。
かなり頑健なため、プレイングに明確に殺害の意志を書かない限り死ぬことはありません。
攻撃方法
見えない拳 物近単 最小限の動きで殴ってきます。命中補正高し。
水流 特遠列 どこからともなく水が流れてきます。
流水の構え 自付 流れる水のように、技を返します。【強カウ】
伸びる手 物近貫通2 物理的に腕を伸ばしたストレートパンチ。(100%、50%)
ホトトギス 特遠全 口からホトトギスを生み出し、突いてきます。突かれると運が悪くなります。【不運】【ダメージ0】
●NPC
・浅田清彦
ノゾキ野郎です。二四歳男性。現行犯で逮捕出来ます。覚醒していることもあり、そう簡単に死ぬことはありません。戦闘開始時は気を失っています。
体力を回復させると、逃げようとします。
●場所情報
とある住宅街の家の庭。時刻は夜。明かりはそこそこ。広さや足場は戦闘に支障がないものとします。人家の前ですが、困惑もあり家の人が戦闘に巻き込まれる可能性は皆無です。
戦闘開始時、『浅野』『加牟波理入道』は前衛にいます。敵前衛までの距離は十メートルとします。事前付与は不可。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年03月25日
2018年03月25日
■メイン参加者 6人■

●
覗き――正当な理由なく、人の住居や風呂場などを見たり撮影したりする軽犯罪である。軽犯罪と言えども立派な犯罪で、何よりも社会的なダメージが大きい。
「……………………」
『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)の言葉なき深いため息が、相手への軽蔑ともの悲しさを語っていた。覚者にも色々いるのは知ってはいるが、目覚めた能力をこういったことに使うというのは如何なものか。ため息にはいろいろな思いがこもっていた。
「覗きなんて最低です……! 入道さんの気持ちも分かりますが!」
言葉に怒りの感情を乗せて『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)が拳を握る。古妖に殴られる覚者(隔者?)には怒りを感じるが、かといってこのまま殺されるというのは忍びない。警察に突き出してしっかり罰を受けてもらわなくては。
「え~と……これって要約すると覗き魔の縄張り争いだから、両方お仕置きしちゃうぞ、みたいな認識でオッケー?」
夢見から聞いた情報を確認するように真屋・千雪(CL2001638)が問う。加牟波理入道と浅野の両方に成敗を喰らわせるわけだから、言い分としては間違っていない。女性陣の怒りを見ながら、怒らせちゃいけないなぁとこっそり心の中で誓った。
「まあ、同じ穴の狢……と言うのは乱暴だし偏見よね」
フルフェイスの奥から『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)の声が響く。加牟波理入道が厠を覗くのは、そこに住む者を見守るためである。邪な心をもって覗く人と同列に扱うのは、些か乱暴だろう。
「まぁ さすがに殺しちゃダメですよね」
入道に殴られている男を見て『地を駆ける羽』如月・蒼羽(CL2001575)が頷いた。女性に迷惑をかける男は厳罰に処罰すべき、というのが蒼羽の持論だがかといって命を奪うのは問題だ。この男がどうしようもないとはいえ。
「この兄ちゃんがどうしようも無い奴やってのは同意やけど、ええかげん勘弁してやってくれんかな?」
ほんまどうしようもないわな、と頷きながら『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は入道に声をかける。覗き魔を殴る分には全然問題はない。だが殺してしまうのは問題だ。人間の罪は人間が裁く。怒りを収めてほしいのだが、相手の目を見て無理か、と分かった。
「何者だぁ? そうか、お前達この男の仲間だな!」
「「「「「「断じて違う!」」」」」」
六種六様の否定の言葉を返す覚者達。それの誤解だけは受けたくないとばかりに早く、そして鋭い否定の言葉であった。
だが加牟波理入道はそれで納得することはなかった。不埒な人間への征伐を止めようとするなら、こいつらも仲間だ。頭に血が上った思考ではそれ以上の推理は働かない。助けに来た仲間なら、こいつらも不埒な奴らに違いない。
「……と言いたげな表情ですね」
「しょうがないよねー」
予想はしていたが仕方ない、とばかりに覚者達は覚醒して神具を構える。相手に悪意がないとはいえ……むしろ助ける対象は悪意たっぷりだったとはいえ、このまま放置していい案件ではないのだ。
両腕をあげて咆哮する加牟波理入道。その声に弾かれるように、覚者達は動き始めた。
●
「では行きますね」
澄香は真っ先に動き、入道に殴られて転がっていた男に近づく。正直軽蔑しか感じない相手だが、かといってこのままここに転がしておくわけにもいかない。抱えるのも嫌なので、ずるずると引きずって移動する。
安全圏まで男を引きずった後に神秘の蜘蛛糸で拘束し、入道に向き直る。木の源素を活性化させ、清風を吹かせた。風に運ばれる新緑の香。それは覚者達の鼻腔をくすぐり、悪意への耐性を増していく。そのまま入道の目を見て語りかけた。
「この不届き者は必ず警察で罰して貰います。ですからどうか命だけは助けてあげて下さい……」
「ならぬ! 我が領域を悪意で汚すのなら、それは我が敵も同然!」
「社会的には死ぬだろうけどな。まあ仕方ない」
逝は覗き魔の未来を想像する。警察に捕まり前科がつき、周囲に自分が行った犯罪が知れ渡る。周囲からの目は冷たくなり、人間関係が悪化する。それを避けるのなら自分を知らない所に引っ越すしかない。当然の報いだ。可哀想とも思えない。
土の加護で身体を強化しながら、『直刀・悪食』を抜く。神具を構えることなく、そのまま相手に斬りかかった。肉を割いた手ごたえが柄を通じて伝わってくる。硬く、鍛えられた古妖の肉質。フルフェイスで隠された表情がどうなっているのか、余人には分からない。
「うへぇ。このまま喰い散らしたいねぇ。おおっと、我慢我慢」
「やるな人間。だがその程度では倒れんぞ!」
「あかんなぁ。水と火は相性悪いねん」
古妖に斬りかかりながら凛は愚痴る。相手が水を使う入道だから、攻めにくいと嘆くが実際の所はそうではない。直進的な剣術の動きと円を描いてカウンターを放つ入道の戦い方との相性の問題だ。烈火の一閃で、流水を絶つことは容易ではない。
相性が悪いからと言って攻撃を止めることも、今まで培ってきた剣術を捨てるつもりはない。相性が悪いだけで、決して斬れない相手ではないのだ。意識を入道に集中し、余分な思考を捨てて切りかかる。無駄を削いだ鋭い一閃が入道の胸を打つ。
「どや! これが古流剣術焔陰流二十一代目継承者(予定)の一撃や!」
「古武術。古強者の技術を継ぐ者か。ならばこちらも本気を出すとしよう」
「それは恐ろしいですね。ですが二人に手出しはさせません」
入道の動きに合わせる様につばめが舞う。小袖に袴、黒いブーツの大正浪漫スタイルが回るように間合いを詰める。神具を入道の腕を押さえる様に動き、その軌跡を逸らす。責める構えではなく、受けて返す攻め。つばめの動きは加牟波理入道の動きと酷似していた。
神具ごしに入道の腕と触れ合いながら、力で押すわけではない。接触点から相手の動きを察し、次手を思考する。詰め将棋のような読み合いが一瞬で展開され、つばめと入道は同時に動く。時に上を取られ、時に上を取り。目まぐるしい回転と手の読み合い。
「貴方も一部浅野と同じ質を持った古妖の様ですから、同じ癖を持っている者同士、静かにお縄に付いてくださいな」
「失礼な。人間の行為を覗いても何ら感じるものはない」
「ああ、なるほど。種族の違いと言うやつですね」
加牟波理入道の言葉に頷く蒼羽。人間と入道では種族が違い過ぎて、性的対象に見れないのだ。人間からすれば犬や猫のトイレを見ても恥ずかしいとは思わないようなものだ。かといって、入道にみられて何も恥ずかしくないかと言われればそれは別だが。
両手にガントレットをつけて、入道との距離を測る蒼羽。思う所は色々あるが、先ずは行動をするのが蒼羽の信念だ。その信念のままに躊躇なく拳を振るう。牽制のジャブの後に繰り出されるワンツーパンチ。隙あらば、その拳を容赦なく叩きこんでいく。
「殺しは駄目ですよ。僕たちの世界にも法律というものがあります」
「人間の法に我々が従う理由はない。庇い立てするなら同罪だ!」
「そりゃそうだよねー。古妖が人間の法律知ってるわけないし」
うんうんと頷く千雪。どこか間延びした緊張感のない言い方だが、かといって油断をしているわけではない。むしろ背後にいる澄香と浅野を守るように立っていた。回復役にして知人の澄香には可能な限り傷ついてほしくない。浅野の方はついでで守る。
神具『琴巫姫』を展開する千雪。杖のように見えるが竪琴のような弦があり、源素を指先に集めてその弦を奏でた。旋律と共にはなられる源素が植物を動かし、加牟波理入道の足元に絡みつく。相手の動きを阻害し、味方を攻めやすくする。これが千雪の戦い方だ。
「でもまあ、同じ理由で古妖の法律も知らないんで庇い立てはするかな。めっちゃ回復お願いねー」
「小癪な。いいだろう、まとめて相手してやるわ!」
怒りに震える加牟波理入道。見た目は細身の老人に見えるが、そのパワーは岩をも穿つほど。その拳が多種多様な技の組み合わせで繰り出され、覚者に襲い掛かる。並の覚者ならその圧力を前に手詰まりとなっていただろう。
だがここにいるのはFiVEの覚者。数多の闘いを潜り抜けてきた猛者たちだ。加牟波理入道の一撃に意識を手放す者はいない。
戦いは少しずつ加速していく。
●
加牟波理入道の戦い方が力押しなら、覚者達の闘いはチームワークだ。
前衛の凛と逝、中衛の蒼羽が攻撃を受け持ち、つばめが入道の攻撃を遮るように立ち回る。千雪がバッドステータスで翻弄し、澄香が回復を担当していた。
「ええい、攻めきれん! そこまでしてその小物を庇おうとするか!」
とは加牟波理入道の言葉である。覗き魔を庇っていることには変わりはないが、なんとなく理不尽を感じる覚者達。
「ホトトギスに桜は似合うでしょうか? 青葉じゃなくて残念です」
入道の吐息から生まれたホトトギス。それが生み出す錯乱状態は、澄香の生み出した桜の花弁で払われる。目には青菜山ホトトギス初鰹。春から夏にかけて好まれた物を集めた俳句だ。その中に桜はないが、ホトトギスに桜もまた風流。
「覗き魔さんは放っておいてもいいとは思いますけど……」
「だよねー。でも狙われないとは限らないかな」
植物を使って入道の動きを押さえながら千雪が笑う。覗き魔も覚者なんだし、多少の打撃を喰らっても死にそうにない。でもまあ夢見のお願いだし申し訳程度に守っていた。――本命は戦略的にも個人的にも、澄香を守っているのだが。
「如月さんも守ろうか? 結構殴られているけど」
「僕は大丈夫ですよ。この程度ならいつものことです」
拳を振るいながらも、さわやかに笑みを浮かべて応える蒼羽。スタントマンの仕事は危険と隣り合わせだ。そういう意味ではFiVEの依頼の危険も『いつものこと』なのだろう。表情を崩すことなく、しかし肉体は苛烈に入道を攻める。
「むしろ前衛の方がダメージを受けているようだ。澄香ちゃん、そっちの回復を」
「おっさんはまだまだ余裕あるから、他の子優先でいいぜい」
背中ごしに手を振る逝。戦闘中とは思えない気楽な声。飲みの誘いを断るような、何処か無気力な響き。それは妖刀に感情を喰われたせいか、或いは彼の素のものか。それでも戦う意思は確かに刃に宿る。……さて、戦っているのは逝なのか妖刀なのか。
「防御固めずにガンガン殴りに行ってる焔陰ちゃんとか少し厳しそうよ」
「まだ気張れるで。あんな拳とホトホギス、あたしの刀で打ち落としたるわ」
洗い呼吸を整えながながら凛が強気で応えた。逝の言葉通り、一番疲弊しているのは彼女だ。防御に労力を割かない炎のような苛烈な攻め。草原を焼く炎の如き刃の侵略。それが入道の身体に刻まれていた。
「相性悪い、言うてもなんとかなるもんやな。もう慣れてきたで」
「ふふ。それはようございました。ではわたくしも――」
できうる限り前衛の二人を守ろうと立ち回っていたつばめが、笑みを浮かべる。その立ち回りもあって、入道の拳を受ける数は多い。戦いで乱れた小袖を直し、ふわりと構えなおす。いかなる時にも優雅を保つ。それがつばめのスタイルでもあった。
「――大きく舞うとしましょう」
両足を交差させ、つばめが進む。背骨を軸にして回転する動きで間合いを詰める。入道の拳を回転により逸らすようにしながら打撃を加えた。のけぞる古妖に迫る二本の刃。一つは元は御神刀だった妖刀『直刀・悪食』。一つは焔陰流の証ともいえる『朱焔』。食らうように、炎のように。逝と凛は古妖を攻め立てる。
入道の拳に対抗するかのごとき蒼羽の攻め。相手のパワーに心を折ることなく、ただ真っ直ぐに拳を打ち続ける。一撃一撃に精神を集中させ、強く。その隣で加牟波理入道の動きを阻害する千雪。時に植物で、時に霧で。紙一重の闘いにおいて、その一手が決定打となることもある。
その後ろで皆の戦いぶりを見ながら、癒しを施している澄香。古妖を侮ることなく、同時に皆を信頼しながら思考を巡らせる。動くたびにバニー衣装のウサミミが揺れる。タロットカードを振るい、皆の傷を癒していく。
互いが互いの役割を果たし、加牟波理入道を攻める。肉体的に人間に勝る入道だが、覚者達の連携を前に少しずつ追い込まれていく。
「個人的には喰いたいけど、我慢するとするか」
フルフェイスの奥で逝が呟く。今は個人的な楽しみよりも、夢見のお願いを優先するとしよう。剣の切っ先を心臓ではなく古妖の脇腹に向け、そのまま突き出した。
「ま、つまみ食いぐらいならいいさね」
突き出した刃が加牟波理入道の腹を突く。その一撃を受けて、入道の巨体は崩れ落ちた。
●
「色々すまなかった」
戦闘終了後、落ち着きを取り戻した所で覚者達は再度自分達の目的を語った後の加牟波理入道の言葉である。
「過ぎたるは猶及ばざるが如しって言うやろ? 何事もやりすぎはあかんで」
「返す言葉もない。頭に血が上っていたとはいえ、迷惑をかけて申し訳ない」
凛の言葉に深々と頭を下げる入道。
「そう言えば最近のトイレは昔と違うけど、その辺りはどうなの?」
「最近のは汚れにくく水を使う量も減った。技術の進化とはすばらしいものよ。かつては米ぬかで洗っていたというのに」
千雪はトイレの神様に今のトイレのことについて尋ねてみたところ、概ね好評な答えが返ってきた。時代による移り変わりを受け入れているようだ。
「…………私は、土。そう、土だからバレない……」
「いや無理さね。覚者同士には迷彩、効かないから」
意識を取り戻した浅野だが、土蜘蛛の意図に絡めとられて動けないことに気づき、やり過ごそうとじっとしていた。そんな浅野に優しく声をかける逝。他の覚者も浅野の方を見る。
そんな浅野に蒼羽がにっこり微笑んで、優しく言葉を告げる。
「安心してください。救急車を呼んでおきました。その後で警察に行きましょう」
「け、警察だけはご勘弁をー!」
「今度やったら 入道さんではなく僕が踏み抜くのでそのつもりで」
「なにを踏み抜くの!?」
騒ぐ浅野に澄香が近づく。深いため息とともに言葉を吐いた。
「せっかく目覚めた力なんです。もっと人から感謝されることに使ったらどうですか……?」
「いや、だって、ほら。誰にも迷惑かけてな、あたぁ!」
かけてない、と言い切る前に澄香の平手打ちが浅野の頬を叩いた。
「迷惑掛けなきゃ何やってもいいわけじゃないですよ」
「…………はい」
平手打ちよりもその言葉の真摯さに痛みを感じたのか、浅野は観念して脱力する。
「浅野に関しては法的措置が取られるとして……問題はこの古妖をどうするか、ですわね」
つばめは加牟波理入道の方を見て呟く。厠の神様的な存在である以上、トイレから離れたり見張らなかったりするのはその存在意義に反する。かといって、覗かれているというのはやはりいい気分ではない。
「あ、それならいい呪文があるぜ」
「呪文?」
逝の言葉に覚者達が注目した。
加牟波理入道。
厠に現れ、口からホトトギスを吐く入道である。人を攫ったりするのではなく吉兆を与える系統の古妖で、時に人を便秘にしたり時に金銭を与えたりする。必ずしも裕福にするでもなく、かといって不幸にするわけでもない。そんな存在だ。
さてこの加牟波理入道、『加牟波理入道ホトトギス』と唱えると一年間姿を表さないと言われている。詳細は不明だが、家の中で最も汚れていると言われている厠を大切にしていると相手に伝えて、安心して去っていくのかもしれない。
かくして加牟波理入道はその場から去り、覗き魔は法の裁きを受ける事になった。
そしてどこかのトイレで、ホトトギスの鳴き声が聞こえてくる――
覗き――正当な理由なく、人の住居や風呂場などを見たり撮影したりする軽犯罪である。軽犯罪と言えども立派な犯罪で、何よりも社会的なダメージが大きい。
「……………………」
『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)の言葉なき深いため息が、相手への軽蔑ともの悲しさを語っていた。覚者にも色々いるのは知ってはいるが、目覚めた能力をこういったことに使うというのは如何なものか。ため息にはいろいろな思いがこもっていた。
「覗きなんて最低です……! 入道さんの気持ちも分かりますが!」
言葉に怒りの感情を乗せて『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)が拳を握る。古妖に殴られる覚者(隔者?)には怒りを感じるが、かといってこのまま殺されるというのは忍びない。警察に突き出してしっかり罰を受けてもらわなくては。
「え~と……これって要約すると覗き魔の縄張り争いだから、両方お仕置きしちゃうぞ、みたいな認識でオッケー?」
夢見から聞いた情報を確認するように真屋・千雪(CL2001638)が問う。加牟波理入道と浅野の両方に成敗を喰らわせるわけだから、言い分としては間違っていない。女性陣の怒りを見ながら、怒らせちゃいけないなぁとこっそり心の中で誓った。
「まあ、同じ穴の狢……と言うのは乱暴だし偏見よね」
フルフェイスの奥から『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)の声が響く。加牟波理入道が厠を覗くのは、そこに住む者を見守るためである。邪な心をもって覗く人と同列に扱うのは、些か乱暴だろう。
「まぁ さすがに殺しちゃダメですよね」
入道に殴られている男を見て『地を駆ける羽』如月・蒼羽(CL2001575)が頷いた。女性に迷惑をかける男は厳罰に処罰すべき、というのが蒼羽の持論だがかといって命を奪うのは問題だ。この男がどうしようもないとはいえ。
「この兄ちゃんがどうしようも無い奴やってのは同意やけど、ええかげん勘弁してやってくれんかな?」
ほんまどうしようもないわな、と頷きながら『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は入道に声をかける。覗き魔を殴る分には全然問題はない。だが殺してしまうのは問題だ。人間の罪は人間が裁く。怒りを収めてほしいのだが、相手の目を見て無理か、と分かった。
「何者だぁ? そうか、お前達この男の仲間だな!」
「「「「「「断じて違う!」」」」」」
六種六様の否定の言葉を返す覚者達。それの誤解だけは受けたくないとばかりに早く、そして鋭い否定の言葉であった。
だが加牟波理入道はそれで納得することはなかった。不埒な人間への征伐を止めようとするなら、こいつらも仲間だ。頭に血が上った思考ではそれ以上の推理は働かない。助けに来た仲間なら、こいつらも不埒な奴らに違いない。
「……と言いたげな表情ですね」
「しょうがないよねー」
予想はしていたが仕方ない、とばかりに覚者達は覚醒して神具を構える。相手に悪意がないとはいえ……むしろ助ける対象は悪意たっぷりだったとはいえ、このまま放置していい案件ではないのだ。
両腕をあげて咆哮する加牟波理入道。その声に弾かれるように、覚者達は動き始めた。
●
「では行きますね」
澄香は真っ先に動き、入道に殴られて転がっていた男に近づく。正直軽蔑しか感じない相手だが、かといってこのままここに転がしておくわけにもいかない。抱えるのも嫌なので、ずるずると引きずって移動する。
安全圏まで男を引きずった後に神秘の蜘蛛糸で拘束し、入道に向き直る。木の源素を活性化させ、清風を吹かせた。風に運ばれる新緑の香。それは覚者達の鼻腔をくすぐり、悪意への耐性を増していく。そのまま入道の目を見て語りかけた。
「この不届き者は必ず警察で罰して貰います。ですからどうか命だけは助けてあげて下さい……」
「ならぬ! 我が領域を悪意で汚すのなら、それは我が敵も同然!」
「社会的には死ぬだろうけどな。まあ仕方ない」
逝は覗き魔の未来を想像する。警察に捕まり前科がつき、周囲に自分が行った犯罪が知れ渡る。周囲からの目は冷たくなり、人間関係が悪化する。それを避けるのなら自分を知らない所に引っ越すしかない。当然の報いだ。可哀想とも思えない。
土の加護で身体を強化しながら、『直刀・悪食』を抜く。神具を構えることなく、そのまま相手に斬りかかった。肉を割いた手ごたえが柄を通じて伝わってくる。硬く、鍛えられた古妖の肉質。フルフェイスで隠された表情がどうなっているのか、余人には分からない。
「うへぇ。このまま喰い散らしたいねぇ。おおっと、我慢我慢」
「やるな人間。だがその程度では倒れんぞ!」
「あかんなぁ。水と火は相性悪いねん」
古妖に斬りかかりながら凛は愚痴る。相手が水を使う入道だから、攻めにくいと嘆くが実際の所はそうではない。直進的な剣術の動きと円を描いてカウンターを放つ入道の戦い方との相性の問題だ。烈火の一閃で、流水を絶つことは容易ではない。
相性が悪いからと言って攻撃を止めることも、今まで培ってきた剣術を捨てるつもりはない。相性が悪いだけで、決して斬れない相手ではないのだ。意識を入道に集中し、余分な思考を捨てて切りかかる。無駄を削いだ鋭い一閃が入道の胸を打つ。
「どや! これが古流剣術焔陰流二十一代目継承者(予定)の一撃や!」
「古武術。古強者の技術を継ぐ者か。ならばこちらも本気を出すとしよう」
「それは恐ろしいですね。ですが二人に手出しはさせません」
入道の動きに合わせる様につばめが舞う。小袖に袴、黒いブーツの大正浪漫スタイルが回るように間合いを詰める。神具を入道の腕を押さえる様に動き、その軌跡を逸らす。責める構えではなく、受けて返す攻め。つばめの動きは加牟波理入道の動きと酷似していた。
神具ごしに入道の腕と触れ合いながら、力で押すわけではない。接触点から相手の動きを察し、次手を思考する。詰め将棋のような読み合いが一瞬で展開され、つばめと入道は同時に動く。時に上を取られ、時に上を取り。目まぐるしい回転と手の読み合い。
「貴方も一部浅野と同じ質を持った古妖の様ですから、同じ癖を持っている者同士、静かにお縄に付いてくださいな」
「失礼な。人間の行為を覗いても何ら感じるものはない」
「ああ、なるほど。種族の違いと言うやつですね」
加牟波理入道の言葉に頷く蒼羽。人間と入道では種族が違い過ぎて、性的対象に見れないのだ。人間からすれば犬や猫のトイレを見ても恥ずかしいとは思わないようなものだ。かといって、入道にみられて何も恥ずかしくないかと言われればそれは別だが。
両手にガントレットをつけて、入道との距離を測る蒼羽。思う所は色々あるが、先ずは行動をするのが蒼羽の信念だ。その信念のままに躊躇なく拳を振るう。牽制のジャブの後に繰り出されるワンツーパンチ。隙あらば、その拳を容赦なく叩きこんでいく。
「殺しは駄目ですよ。僕たちの世界にも法律というものがあります」
「人間の法に我々が従う理由はない。庇い立てするなら同罪だ!」
「そりゃそうだよねー。古妖が人間の法律知ってるわけないし」
うんうんと頷く千雪。どこか間延びした緊張感のない言い方だが、かといって油断をしているわけではない。むしろ背後にいる澄香と浅野を守るように立っていた。回復役にして知人の澄香には可能な限り傷ついてほしくない。浅野の方はついでで守る。
神具『琴巫姫』を展開する千雪。杖のように見えるが竪琴のような弦があり、源素を指先に集めてその弦を奏でた。旋律と共にはなられる源素が植物を動かし、加牟波理入道の足元に絡みつく。相手の動きを阻害し、味方を攻めやすくする。これが千雪の戦い方だ。
「でもまあ、同じ理由で古妖の法律も知らないんで庇い立てはするかな。めっちゃ回復お願いねー」
「小癪な。いいだろう、まとめて相手してやるわ!」
怒りに震える加牟波理入道。見た目は細身の老人に見えるが、そのパワーは岩をも穿つほど。その拳が多種多様な技の組み合わせで繰り出され、覚者に襲い掛かる。並の覚者ならその圧力を前に手詰まりとなっていただろう。
だがここにいるのはFiVEの覚者。数多の闘いを潜り抜けてきた猛者たちだ。加牟波理入道の一撃に意識を手放す者はいない。
戦いは少しずつ加速していく。
●
加牟波理入道の戦い方が力押しなら、覚者達の闘いはチームワークだ。
前衛の凛と逝、中衛の蒼羽が攻撃を受け持ち、つばめが入道の攻撃を遮るように立ち回る。千雪がバッドステータスで翻弄し、澄香が回復を担当していた。
「ええい、攻めきれん! そこまでしてその小物を庇おうとするか!」
とは加牟波理入道の言葉である。覗き魔を庇っていることには変わりはないが、なんとなく理不尽を感じる覚者達。
「ホトトギスに桜は似合うでしょうか? 青葉じゃなくて残念です」
入道の吐息から生まれたホトトギス。それが生み出す錯乱状態は、澄香の生み出した桜の花弁で払われる。目には青菜山ホトトギス初鰹。春から夏にかけて好まれた物を集めた俳句だ。その中に桜はないが、ホトトギスに桜もまた風流。
「覗き魔さんは放っておいてもいいとは思いますけど……」
「だよねー。でも狙われないとは限らないかな」
植物を使って入道の動きを押さえながら千雪が笑う。覗き魔も覚者なんだし、多少の打撃を喰らっても死にそうにない。でもまあ夢見のお願いだし申し訳程度に守っていた。――本命は戦略的にも個人的にも、澄香を守っているのだが。
「如月さんも守ろうか? 結構殴られているけど」
「僕は大丈夫ですよ。この程度ならいつものことです」
拳を振るいながらも、さわやかに笑みを浮かべて応える蒼羽。スタントマンの仕事は危険と隣り合わせだ。そういう意味ではFiVEの依頼の危険も『いつものこと』なのだろう。表情を崩すことなく、しかし肉体は苛烈に入道を攻める。
「むしろ前衛の方がダメージを受けているようだ。澄香ちゃん、そっちの回復を」
「おっさんはまだまだ余裕あるから、他の子優先でいいぜい」
背中ごしに手を振る逝。戦闘中とは思えない気楽な声。飲みの誘いを断るような、何処か無気力な響き。それは妖刀に感情を喰われたせいか、或いは彼の素のものか。それでも戦う意思は確かに刃に宿る。……さて、戦っているのは逝なのか妖刀なのか。
「防御固めずにガンガン殴りに行ってる焔陰ちゃんとか少し厳しそうよ」
「まだ気張れるで。あんな拳とホトホギス、あたしの刀で打ち落としたるわ」
洗い呼吸を整えながながら凛が強気で応えた。逝の言葉通り、一番疲弊しているのは彼女だ。防御に労力を割かない炎のような苛烈な攻め。草原を焼く炎の如き刃の侵略。それが入道の身体に刻まれていた。
「相性悪い、言うてもなんとかなるもんやな。もう慣れてきたで」
「ふふ。それはようございました。ではわたくしも――」
できうる限り前衛の二人を守ろうと立ち回っていたつばめが、笑みを浮かべる。その立ち回りもあって、入道の拳を受ける数は多い。戦いで乱れた小袖を直し、ふわりと構えなおす。いかなる時にも優雅を保つ。それがつばめのスタイルでもあった。
「――大きく舞うとしましょう」
両足を交差させ、つばめが進む。背骨を軸にして回転する動きで間合いを詰める。入道の拳を回転により逸らすようにしながら打撃を加えた。のけぞる古妖に迫る二本の刃。一つは元は御神刀だった妖刀『直刀・悪食』。一つは焔陰流の証ともいえる『朱焔』。食らうように、炎のように。逝と凛は古妖を攻め立てる。
入道の拳に対抗するかのごとき蒼羽の攻め。相手のパワーに心を折ることなく、ただ真っ直ぐに拳を打ち続ける。一撃一撃に精神を集中させ、強く。その隣で加牟波理入道の動きを阻害する千雪。時に植物で、時に霧で。紙一重の闘いにおいて、その一手が決定打となることもある。
その後ろで皆の戦いぶりを見ながら、癒しを施している澄香。古妖を侮ることなく、同時に皆を信頼しながら思考を巡らせる。動くたびにバニー衣装のウサミミが揺れる。タロットカードを振るい、皆の傷を癒していく。
互いが互いの役割を果たし、加牟波理入道を攻める。肉体的に人間に勝る入道だが、覚者達の連携を前に少しずつ追い込まれていく。
「個人的には喰いたいけど、我慢するとするか」
フルフェイスの奥で逝が呟く。今は個人的な楽しみよりも、夢見のお願いを優先するとしよう。剣の切っ先を心臓ではなく古妖の脇腹に向け、そのまま突き出した。
「ま、つまみ食いぐらいならいいさね」
突き出した刃が加牟波理入道の腹を突く。その一撃を受けて、入道の巨体は崩れ落ちた。
●
「色々すまなかった」
戦闘終了後、落ち着きを取り戻した所で覚者達は再度自分達の目的を語った後の加牟波理入道の言葉である。
「過ぎたるは猶及ばざるが如しって言うやろ? 何事もやりすぎはあかんで」
「返す言葉もない。頭に血が上っていたとはいえ、迷惑をかけて申し訳ない」
凛の言葉に深々と頭を下げる入道。
「そう言えば最近のトイレは昔と違うけど、その辺りはどうなの?」
「最近のは汚れにくく水を使う量も減った。技術の進化とはすばらしいものよ。かつては米ぬかで洗っていたというのに」
千雪はトイレの神様に今のトイレのことについて尋ねてみたところ、概ね好評な答えが返ってきた。時代による移り変わりを受け入れているようだ。
「…………私は、土。そう、土だからバレない……」
「いや無理さね。覚者同士には迷彩、効かないから」
意識を取り戻した浅野だが、土蜘蛛の意図に絡めとられて動けないことに気づき、やり過ごそうとじっとしていた。そんな浅野に優しく声をかける逝。他の覚者も浅野の方を見る。
そんな浅野に蒼羽がにっこり微笑んで、優しく言葉を告げる。
「安心してください。救急車を呼んでおきました。その後で警察に行きましょう」
「け、警察だけはご勘弁をー!」
「今度やったら 入道さんではなく僕が踏み抜くのでそのつもりで」
「なにを踏み抜くの!?」
騒ぐ浅野に澄香が近づく。深いため息とともに言葉を吐いた。
「せっかく目覚めた力なんです。もっと人から感謝されることに使ったらどうですか……?」
「いや、だって、ほら。誰にも迷惑かけてな、あたぁ!」
かけてない、と言い切る前に澄香の平手打ちが浅野の頬を叩いた。
「迷惑掛けなきゃ何やってもいいわけじゃないですよ」
「…………はい」
平手打ちよりもその言葉の真摯さに痛みを感じたのか、浅野は観念して脱力する。
「浅野に関しては法的措置が取られるとして……問題はこの古妖をどうするか、ですわね」
つばめは加牟波理入道の方を見て呟く。厠の神様的な存在である以上、トイレから離れたり見張らなかったりするのはその存在意義に反する。かといって、覗かれているというのはやはりいい気分ではない。
「あ、それならいい呪文があるぜ」
「呪文?」
逝の言葉に覚者達が注目した。
加牟波理入道。
厠に現れ、口からホトトギスを吐く入道である。人を攫ったりするのではなく吉兆を与える系統の古妖で、時に人を便秘にしたり時に金銭を与えたりする。必ずしも裕福にするでもなく、かといって不幸にするわけでもない。そんな存在だ。
さてこの加牟波理入道、『加牟波理入道ホトトギス』と唱えると一年間姿を表さないと言われている。詳細は不明だが、家の中で最も汚れていると言われている厠を大切にしていると相手に伝えて、安心して去っていくのかもしれない。
かくして加牟波理入道はその場から去り、覗き魔は法の裁きを受ける事になった。
そしてどこかのトイレで、ホトトギスの鳴き声が聞こえてくる――
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
