《金剛布武》力の咆哮
《金剛布武》力の咆哮



 男が女を襲うのは、女が弱いからだ。
 弱い女に罪があり、力の強さで欲望を満たそうとする男の側には何の罪もない。
 金剛の掟に従うならば、そういう事になる。
 自分は今、その掟に背こうとしているのか。
 思いながら、朴義秀は拳を振るった。
 男が、砕け散った。
 襲われていた若い女が、着衣の乱れもそのままに呆然としている。
 2人がかりで彼女を襲っていた男の、もう片方が、無様に下半身を丸出しにしたまま泣き喚く。
「何だってんだよ……てめえらだって今あっちこっちで同じ事やってんだろうが!」
 五麟市周辺で、いくつもの市町村が、金剛勢力によって制圧占領され無法地帯と化している。
 強い者が弱い者を蹂躙して欲望を満たす、ある意味においては金剛の理想とも言うべき状況が現出しているのだ。
「強え奴は弱え奴をどう扱ったってイイんじゃねーのかよおおおお!」
「……だから俺は、貴様を殺す」
 義秀の巨大な両手が、男を掴んで引きちぎった。
 様々なものが噴出し、義秀の筋骨隆々たる巨体に付着する。
 その有り様を呆然と見つめながら、助かったはずの女が呻く。
「いい事でも……したつもりかよ、ゴリラ野郎……」
 呻きが、叫びに変わってゆく。
「あんたらが来なけりゃ、こんな事だって起こらないんだ……あたしの甥っ子だって、あんたらに殺されたんだ! あんな、小さな子供……」
 叫びが、嘲笑になった。
「小さな子供も、あたしら女も……弱っちいから許せないんだよね、あんたら金剛って連中は。弱い奴らは殺したっていいんだよね、ほら殺せよバケモノ野郎!」
 殺して黙らせるべきなのだろう、と義秀は思った。
 思っただけで、身体は動かない。
 だから女は、なおも叫ぶ。泣きながらだ。
「あんたらカクシャ……悪い奴らじゃないかもって、あたしあの演説見て思ってた……だけど何だよ、結局バケモノじゃねえかよ!」
「そこまでにしてやってくれんか、お嬢さん」
 その老人は、いつの間にかそこにいた。
 ヒゲの塊から短い手足が生えている、まるでシーズーかヨークシャーテリアのような小さな老人。その頭では、獣の耳がピンと立っている。
「こやつらは隔者と言うて、あの演説をしておった者たちとは別……まあ、わからんじゃろうな。しかしのう、お嬢さんの言葉は今こやつの心を確かに揺さぶったのじゃ。少しの間、優しい目で見てやってはくれんかのう」
 黙れ、殺すぞ、と義秀は怒鳴ってしまうところであった。
 殺すが良かろう、と老人は応えるに決まっていた。


 町の中心に建つ、この小さな神社が、義秀の今の住居であった。
 当然、押し入って占拠したのだ。
 神社を管理していたのは、巫女数名から成る小規模な覚者組織で、義秀1人にあっさりと降服した。
 その巫女たちが、今は食事と酒の給仕をしている。
 獣憑・戌の少女が、怯えながら酒を注いでくる。
 こんな小娘たちは、片っ端から慰み物にでもして殺すのが、本来ならば金剛直属の隔者として正しい在り方なのだろう、と思いながら義秀は酒杯を干した。
「で……おぬし、どうするのじゃ」
 シーズーあるいはヨークシャーテリアのような老人が、怪・黄泉の少女による酌を受けながら言った。
「この神社を、五麟攻撃のための拠点とやらに造り替えねばならんのじゃろ? 民を鞭打って働かせてのう。おぬし、いつになったらそれに取りかかるのじゃ」
「特異点、であるらしいな。この神社は」
「この地に宿る力をのう、みだりに使われぬようにしておるのは、社の祭神たるわしよ。おぬしはつまり、わしをも殺さねばならんのじゃが容易かろう?」
 このような小さな古妖、叩き殺すのは確かに容易い。
 容易く出来る事を、自分は先延ばしにしているのだ。
 いずれ金剛に怠慢を咎められ、殺されるだろう。
「拠点を造り、五麟市を包囲する……か。金剛様にしては、回りくどい事だ」
 山盛りの飯をがつがつと食らいながら、義秀は言った。
「直接、五麟学園に攻撃を仕掛ければ良いものを。まあ、俺ごときではわからぬ事情があるのだろうが」
「おぬし何故、隔者になどなった?」
「力こそが全て、と信じたからだ」
 焼き魚を骨ごと咀嚼しながら、義秀は思う。
 力こそが全て。
 その信念の行き着く先にあるものは、しかし何か。先程の、おぞましく不快な光景ばかりが見える世界ではないのか。
 強者が、欲望を剥き出しにして弱者を蹂躙する、おぞましい世界。
(あんなものが、我らの理想なのですか金剛様……)
 飯も魚も漬け物も、義秀は酒で一気に流し込んだ。
「……ファイヴの覚者どもが、明日にでも来るだろう。俺はまず、そやつらを皆殺しにする」
「ふむ、そして?」
「五麟学園に殴り込み、ファイヴそのものを叩き潰す。俺が、単身でだ。拠点など必要ない」
「力こそが全て。そう己を追い込みながら……救いを求めておるのう、おぬし」
 ちっぽけな古妖が、世迷い言を吐く。
「覚者たちよ……こやつらを、救うてやってはくれんかのう」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.隔者・朴義秀の撃破(生死不問)。
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 金剛直属の隔者・朴義秀が、特異点である神社を占拠しており、なおかつ五麟学園への単身特攻を企てております。
 義秀を倒し、これを阻止して下さい。

 時間帯は白昼。
 場所は神社の境内で、障害物の類はありません。

 義秀は仁王立ちで、覚者の皆様を待ち構えております。

●朴義秀
 男、37歳、土行獣の申。ゴリラそのものの巨漢で、武器は鋼の長棍。使用スキルは猛の一撃、蔵王・戒、無頼漢、貫殺撃・改。

 神社には一応は覚者である巫女たちがいますが、金剛隔者相手の戦力にはなりません。
 神社の祭神たる古妖・犬神が、立合人のような形で近くにいます。頼み込めば加勢してくれるかも知れませんが、戦闘能力に関しては期待しない方が良いでしょう。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2018年03月29日

■メイン参加者 6人■

『鬼灯の鎌鼬』
椿屋 ツバメ(CL2001351)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


「力が正義、ね。私たちが勝ったら金剛さん、言う事を聞いてくれるのかな」
 呟きつつ『ニュクスの羽風』如月彩吹(CL2001525)は肩をすくめた。
 力を正義として暴走する者たちを、結局は力で止める事になる。
 それが嫌なら、無抵抗で殺されるのが最も正しい道なのか。
「悪いけど、そこまで聖人君子にはなれない。朴義秀さん、だったね。叩きのめすよ、貴方を」
「叩きのめすなどと言わず、殺して見せろ」
 凶猛な大型類人猿のような男……金剛隔者、朴義秀。
 金属の輪を頭に巻き付け、鋼の長棍を構えて佇むその姿は、大柄な孫悟空といった風情でもある。
「我々が許せんのだろう?」
「許せないね。俺は今、破綻しそうなくらい頭に来てる」
 即答したのは『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)だ。
「けど殺しはしない。あんたたちとは違うからね」
「死に花を咲かせよう、などと考えているのだろう朴義秀。目を見ればわかるぞ」
 額に第三の目を開きながら『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)が言う。
「思い通りには、させない」
「そういう事。ゴリラのおっさん、あんたには生きて反省してもらう」
 言葉と共に『白き光のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)が、小柄な少年から長身の青年へと変わった。
「オレも学校とかでたまにやらかすから、わかる……反省させられるのって、辛いぞ」
「だろうな」
 朴が笑った。
「己のしでかした事と向き合うよりは、戦って死んだ方がまし。金剛隔者は、そのような者ばかりだ」
「わかってるのに止められない事、あるよねえ」
 言いつつ『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が翼を広げる。
 術式の光がキラキラと『最強が認めし者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)を包み込んだ。戦巫女之祝詞である。
「ありがとう麻弓さん……ふふっ。ワタシに前衛で身体を張れ、という事ですね」
 シャーロットが、朴の眼前に立つ。
「隔者に対する教導者の役目、承りました」
「ほう、俺に何を教えてくれる?」
「アナタが敗者であるという事を」
 シャーロットは言い放った。
「金剛の配下であるという事は、金剛に対する敗者であるという事実……気付いていないのですか? 気付かぬふりをしておられる? 実に、ブザマ」
「その無様な俺に、貴様たちは叩き潰され、さらに無様な屍を晒す事となる」
 朴が、鋼の棍を振るう。
「前口上はもういい、始めようか……おい、貴様らは社務所の奥にでも引っ込んでいろ」
「随分な言いようじゃの。ここは元々わしの社であると言うに」
 ヨークシャーテリアのような小さな老人が、言った。
 この神社の祭神である古妖・犬神。
 その後方では、数名の巫女が身を寄せ合い怯えている。
 彼女らを背後に庇い佇みながら、犬神は言う。
「わしはのう、おぬしがこの覚者たちに叩きのめされるところを見物したいんじゃよ」
「気持ちはわかるけど、今は安全な所まで下がってくれないかな。巫女さんたちも」
 奏空の両眼が、燃え輝く。前世の「誰か」との同調。
「犬神様には、戦いの後で朴さんにお説教をして欲しいと思うんです。で、お説教を大人しく聞いてくれる状態まで持ってくのが俺たちの役目なわけで……覚悟してもらうよ、朴さん」


 奏空が踏み込む、と同時に火花が散った。
 激鱗。双刀・天地による複数の斬撃が朴を猛襲し、いくつかが鋼の長棍に弾かれたところである。いくつかは命中し、朴の巨体から鮮血をしぶかせた。
「……やるな、小僧」
「奏空だけじゃあない。参点砕き、いくよっ」
 彩吹が、朴と擦れ違った。
 鋭利な手刀が、朴の各部関節を超高速で痛打する。紡は、それを辛うじて視認した。
「うぬ……体術封じ、か……」
 片膝をついた朴に、翔がカクセイパッドを向ける。
「今回は飛び道具メインで行かせてもらうぜ。真っ正面からバチバチやり合えねーのは残念だけどよっ!」
 B.O.T.改が、朴を直撃した。
 光の破片と血飛沫を散らせながら、しかし朴はゆらりと立ち上がる。
「それでいい……遠距離攻撃とて、立派な力よ」
 力強い全身が、岩石の鎧に覆われている。蔵王・改であった。
 岩をまとう剛腕が、鋼の長棍を振るう。
 疾風の速度で斬りかかったシャーロットが、殴り飛ばされて地面に激突し、起き上がりつつ再び斬りかかって行く。
「力が全ての組織にいながら、最強ではない己に妥協している……アナタのような隔者が」
 血を吐きながら、彼女は叫ぶ。銘刀・蓮華が一閃する。
「ここまで駆け上がってきたワタシを! これからも駆け上がり続ける、このシャーロット・クィン・ブラッドバーンを!」
 一閃で、3度の斬撃が繰り出されていた。白夜。朴の全身から、火花と血飛沫が飛び散る。
「叩き折る事が、出来るとでも? ショウシセンバン、なのですよ」
「……金剛様が、お認めになった覚者。貴様だな」
「ワタシだけではありませんし、ワタシよりもずっと強い覚者が、少なくともここに5人……」
 今度は、シャーロットが片膝をついた。
 紡は、杖の先端のスリングショットで術式を射出した。潤しの滴。水行の癒しがシャーロットを直撃し、水飛沫を散らす。
 その間ツバメが、朴を見据え、火行の因子を燃やしていた。灼熱化。
「金剛というのは……嫌になるほど、強いのだろうな」
「俺を一息で斃せんようでは、金剛様と戦うなど」
「そう言うな朴義秀、お前も強い。そんなに強くなって、一体どうするのだ」
「何……」
「その力で一体、何をするつもりだ」
 大鎌・白狼を構えたまま、ツバメは続けた。
「力を振るってまで叶えたい理想が、お前にはあったはずだ。今は、それを見失っている……私はそう思えてしまうんだよ、お前を見ていると」
 力を使って、何をするのか。
 力の無い人々を守る。例えば翔なら、そう答えるだろう。
 守るべき人々を脅かすものは結局、力で排除する事になる。
「力が全て……金剛の媼が言ってる事と何が違うんだ、ってお話になっちゃうけど」
 紡は言った。
「それはね、何もしなくていい理由にはならないんだよ。わざわざ言う事じゃないかもだけど、だからボクたちは守るために戦う」
「ならば、まず貴様たち自身の命を守って見せろ」
 各部関節に打ち込まれた重圧に耐えながら、朴が長棍を構える。
「貴様ら6名を皆殺しにした後、俺は五麟学園に殴り込んでファイヴそのものを潰す。包囲拠点など必要ない」
「それでいい。力を表看板にしてる以上、本来はそうでなきゃいけない」
 奏空が言った。
「拠点を作るためとか言って今あんたらがやってる事は何だ。覚者でもない普通の人たちを……子供まで、殺して……」
 その声が、震えている。
「力が正義? そんなのは弱い者いじめを正当化する言い訳でしかない! 弱者は悪!? ふざけるなよ、あんた方は力を持つ者として一番やっちゃいけない事をした! 妖と同じだ! それ以下だ!」
「ソラっち、落ち着いて」
 紡の声を聞かずに奏空は踏み込み、斬撃の旋風と化した。
 激鱗の、連発であった。双刀・天地が、あらゆる方向から朴に叩き付けられてゆく。
「力が全て! あんたたちは、そこに逃げ込んでるだけだ!」
 鋼の長棍が、岩の鎧が、火花を発する。血飛沫が噴出し、真紅の霧となる。
 その中で、炎が生じた。
 無数の小さな炎が、朴の巨体にまとわりついてゆく。
「奏空、熱くなり過ぎないで」
 彩吹の『火蜥蜴の牙』だった。
「だけど朴さん、私も基本的には奏空と同意見だよ。戦う力のない人に暴力で勝って、お山の大将気取り……それは馬鹿のやる事だ。貴方だって、そう思うから迷っているんだろう?」
「今ここで貴様たちを粉砕する事に対しては、何の迷いもない!」
 朴の巨体が、さらに膨れ上がったように見えた。
 闘気の噴出。無頼漢だった。奏空とシャーロットが直撃を喰らい、吹っ飛んで倒れる。
「……さすが、口で煽るほどには余裕を持てる相手……では、ありませんね……」
 闘気に圧迫されながら、よろよろと立ち上がろうとするシャーロット。その全身を、キラキラと術式の光が覆う。
 闘気による負荷が、消えてゆく。
 翔の、演舞・舞音であった。
「おっさん。あんたらの言う事、全部間違ってるとは思わねーよ。力は、あった方がいいに決まってるもんな」
 ふわりと演舞を締めくくりながら、翔は言う。
「妖とかが暴れてる時、戦う力はどうしたって必要になる。けど、それが全てじゃねえだろ? 力がなくたって、いい人や凄い人はたくさんいる。働いてる人たち、ものを作る人たち……そういう人たちがいなきゃ、世の中そのものが成り立たねえ。オレら発現者だって、そういう人たちが作る世の中に生きてるんだぜ。守らねえで、どーするよ」
「……正しいな、お前たちの言う事は。正論だ」
 火蜥蜴の牙に焼かれながら、朴は呻いた。
「そして貴様らほどの覚者であれば、わかっているはずだ。正論というものが、いかに無力であるかを」
「千の言葉より1つの暴力。そこは覚者も隔者も、違いはありませんけれど……」
 負荷から解放されたシャーロットが、猛然と朴に斬りかかる。
「ワタシとアナタ方は違う! 強さの定義において、一緒にされたくはありません」
「金剛様に認められし者よ、貴様にとっての強さとは?」
「自立意思。望みへと向かって、諦めずに歩み続ける事!」
 血まみれの石の破片が、飛び散った。シャーロットの白夜が、朴の頑強な体表面を削り取る。
「アナタ方、金剛一派は、どこかで何かを諦めた。ワタシにはそう見えてしまうのですよ」
「今からでも遅くはない。諦めてしまったものを、見つめ直してはどうだ」
 ツバメの言葉に合わせて斬撃の弧が生じ、朴の巨体を薙ぎ払って鮮血と火花を散らす。大鎌による、疾風双斬。
「本当は諦めていないものが、お前の中にあるかも知れない。そのためだけに戦ってみたらどうだ?」
「……先程も、言ったぞ……」
 よろめき、倒れず踏みとどまりながら、朴が微笑む。
「自分を、見つめ直す……そんな事をしていては、金剛様の下では生きてゆけん」
「その金剛様に疑問を持っちゃったから今、そんなふうに悩んでるワケでしょ?」
 語りかけつつ、紡は翼を広げた。
 癒しの力が拡散し、潤しの雨となって、奏空とシャーロットに降り注ぐ。
「だったら、今は静観しててもらえると助かるなあ。もちろん仲間になってくれれば一番嬉しいんだけど」
「……紡さん、ごめん。俺は……静観なんて、させる気はないよ」
 奏空が、ゆらりと踏み込んで行く。
「金剛一派の連中には……痛みを、知ってもらう」
「ソラっち……」
「金剛……俺は、あんたたちを絶対に許さない!」
 激鱗が、またしても朴を強襲する。
「仲直り、出来たんだぞ!」
 全身で双刀を振るいながら、奏空は涙を流していた。
「頑張って歩けるようになるから、お前も頑張れ、だけど無理はするなよって言ってくれたんだ! あいつと、そういう話が出来るようになったんだ! 俺だけじゃない、覚者と普通の人たちが手を取り合える世の中が、やっと来るかも知れない時に金剛一派! あんたらはっ、お前らはぁあッ!」
 朴の全身から、岩の鎧が凄まじい勢いで削り取られる。血飛沫が、火花に灼かれて異臭を発する。
 軽くない傷ではある。が、今は奏空の方が限界に達しつつあると紡は見て取った。
「無茶だよ、奏空……」
 援護の形に彩吹が踏み込み、鋭刃想脚を繰り出した。
 その直撃を喰らいながら、朴が反撃に転じた。体術封じの重圧が、地響きを伴う踏み込みに合わせて砕け散る。
 鋼の長棍が、奏空の鳩尾にめり込んだ。
 衝撃が、少年の身体を貫通しながら彩吹を直撃する。
 覚者2名が、もろともに倒れた。血を吐き、窒息しかけた奏空の細身を、彩吹が抱き止める形になった。
「ごふ……ッ、い……ぶき、さん……」
「……だから、飛ばし過ぎだよ。激鱗を、あんなに連発して……」
 苦しそうに微笑しつつ、彩吹が奏空を助け起こす。
 そこへ朴が、長棍を叩き込もうとする。
「今の調子だ。怒りと憎しみにまかせ、俺を殺してみろ!」
 吼える隔者の巨体を、稲妻が直撃した。翔の雷獣だった。
「……殺される覚悟がありゃあ何やってもいい、わけじゃねーぞ」
 電光に灼かれ縛られる朴に、翔は語りかけた。
「オレたち少し前にな、殺人犯の魂が妖に変わっちまった奴と戦ったんだ。死刑になりさえすりゃあ何やっても許される、なんて考えてる奴だった。そんなのと同じになっちゃいけねーよ、おっさん!」
「……戦っていれば、最後は死ぬ。それだけの事……ッ!」
 電撃を噛み殺すように、朴が呻く。
 何かを呟きながら、シャーロットが踏み込んだ。英語の呟きのようであったが、紡は聞き取れなかった。
 とにかく、白夜が一閃する。岩の鎧が叩き斬られ、鮮血が噴き上がる。
「何度、死ぬのですかアナタは……こうして金剛の命令に背く度に配下として死に、疑念を持つ毎に自身として死ぬ」
 シャーロットは言った。
「何度も何度も無様な屍を晒すのは、アナタの方です」
「変えて見せろ、俺を無様な屍に!」
 返礼の長棍を振るおうとする朴の巨体が、その時、霧に包まれた。
 霧の中に死神がいる、と紡は思った。大鎌の斬撃が、霧もろとも朴を叩き斬っていた。
「ぐっ……こ、これは黒霧の……ッ!」
 致命傷は辛うじて避けた朴が、よろめいて後退する。
 大鎌・白狼を構えて対峙しながら、ツバメは言った。
「奏空、前衛交代だ」
「……ごめん、ツバメさん」
「何、猛る気持ちはわかる。回復の方を頼むぞ」
「奏空とは私が交代しようと思ったけど、先を越されちゃったな」
 苦笑する彩吹の背中に、紡は片手を当てて術式を流し込んだ。戦巫女之祝詞。
「いぶちゃんに……こんな手助けしか、出来なくて」
「終わったらね、お疲れ様って言ってくれればいい。それを励みに頑張れるからっ」
 紡の術式による強化を得た彩吹が、猛禽の如く羽ばたいて跳躍し、朴に鋭刃想脚を叩き込む。
 奏空の癒力活性が、覚者たちに回復をもたらしたところである。
 彩吹だけでなく、シャーロットが白夜を、翔がB.O.T.改を、ツバメが疾風双斬を放つ。
 朴が、鋼を長棍を唸らせ応戦する。
 長期戦の様相を呈している。自分は回復に徹するべきだ、と紡は思った。


 雷鳴が轟いた。
 奏空の振るった雷の刃が、鋼の長棍を切断する。
 雷撃と斬撃を同時に喰らった朴が、しかし血を噴きながら咆哮し、拳を振るう。
 隕石にも似た正拳を、まともに受けたのは彩吹だ。
 彼女と朴、双方が吹っ飛んだ。
 石畳に叩き付けられた朴が、起き上がらない。
 彩吹は、シャーロットに肩を借りながら、辛うじて立ち上がっていた。
「霞舞……やっと上手く決まった、かな……」
「いぶちゃん、お疲れっ。クィンちゃんも」
 紡が、彩吹と、続いてシャーロットと、ハイタッチをしている。
 朴には、肩を貸してくれる仲間もハイタッチをする相手もいない。
 翔は身を屈め、声をかけた。
「みんな自分より強い奴に怯える世界なんて、オレは嫌だぜ。おっさん、あんたも本当はそうじゃねーのか」
「俺は……確かに、ただ金剛様に怯えていた……だけ、か……」
 立ち上がれぬまま、朴が呻く。
「何にせよ、俺の負けだ。殺せ……」
「おぬし人の話を全く聞いておらんのう。殺さぬ、と言うておるではないか。この覚者たちは」
 犬神が言った。
「……すまぬ。世話になってしまったのう、ファイヴの覚者たちよ」
「怪我人は、いないようだね。本当によかった」
 犬神や巫女たちを見渡しながら、彩吹が安堵している。
「……これでわかっただろう朴さん。貴方は結局、弱い者に暴力を振るえない人なんだよ。助けたり助けられたり、そういう優しい世界が本当は好きな人なんだ。勝ったのは私たちだからね、勝手にそう決めさせてもらうよ」
「本当に大切な事を、お前はまだ諦めていない。それを見つめ直せ」
 ツバメも言った。力尽きた奏空を、助け起こしながら。
「奏空は、恐らくお前たちを許してはいない。お前も、いきなり私たちの仲間になるのは無理だろう。私はただ、見つめ直し見出したもののために……朴義秀、お前のその力を尽くして欲しいと願うだけだ」
「……あんたの、これからを見せて欲しい」
 奏空が、朴を見据えた。
「これから、どこへ行こうと引き留めはしない。ただ、もう1度会えた時……同じ方向を見て、同じ敵に刃を向けられたら、いいと思う」
 朴は、何も言わなくなった。
 心の宿らない力は、ただの暴力。
 とうの昔に、本当は朴義秀も気付いていたのではないかと翔は思う。
「力が全て。そう信じ込もうとしながら、どこかで救いを求めておるのが、こやつらよ」
 犬神が言った。
「力を宗教にしてしまっておるのじゃな。たまにはのう、力などとは縁のない、わしのようなちっぽけなものを信仰してみてはどうじゃ。案外、御利益があるかも知れんぞ」
「御利益、御利益。ありがたや、ありがたや〜」
 紡が、犬神に無数のリボンを結び付けている。
 巫女たちが、血相を変えた。
「ちょっと! うちの神様を玩具にしないで下さい!」
「なるほど、これが日本の神様ですか」
 シャーロットが、興味深そうにしている。
「この神社という場所、ワタシたちの国の教会とは似ているようでもあり、異なっているようでもあり。いつか、ゆっくりと見学をさせていただければと思います」
「今は、とにかく金剛の嫗をどうにかしないとね。行こうか。みんな」
「神様を持って行かないで下さい!」
 巫女たちが、紡に追いすがって騒ぎ立てる。
 束の間の一時だ、と翔は思った。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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