【覚者の父】贖罪と断罪
●
「何だ、また来たのか」
祁答院晃は、つい正直な事を言ってしまった。
農道を歩いていた老人が、こちらに向かって頭を下げている。
「お久しぶりでございます……驚きました。教祖様、御自らが畑仕事とは」
「僕は元々、農家の息子だ」
鍬を振るう手を休め、汗を拭いながら、晃は言った。
宗教法人「ひかりの目」が保有している、広大な農園である。教祖たる祁答院晃の他、100名近い信者たちが農作業に勤しんでいるところだ。
「教団の食料は全て自給自足……に出来れば理想的だけど。まあ野菜くらいはね」
「私も、お手伝いを……」
「年寄りはそんな事しなくていいよ。それより辻堂さん、今夜の宿は確保したのか?」
晃は訊いた。
「まだなら、教団の宿泊施設で手続きを済ませたまえ。まだ空きがある、と思うけど……いや、もしかしたら全て埋まっているかも知れないな」
この畑からも見える教団本部施設で明日、本尊「おみつめ様」による講話が行われる。
日本全国から信者が集まって来ている、のは良いが、その集まりが予想を超えていた。宿が足りるかどうか、わからないほどにだ。
「……あんたみたいな人たちが大勢、来ているよ辻堂さん」
「そう……ですか。皆さん、おみつめ様にすがりたいのでしょうね」
老人……辻堂満彦が、うなだれた。
ファイヴによる、あの演説が全国公開されて以来、「ひかりの目」の入信希望者が増加の一途を辿っている。
この辻堂老人のように、許しを渇望する人々が増えているのだ。
信者の1人が、大きな笊で土と石を振り分けながら言った。
「空室がないようでしたら、私の家にお泊めいたしますよ。大したおもてなしも出来ませんが」
「ありがとう、ございます……本当に、私などのために……」
「……土下座はやめろ辻堂さん。迷惑だ」
晃は溜め息をついた。
●
「貴方たちを、本当に許していないのは誰ですか?」
講堂内に、少女の澄んだ声がよく通った。
「それは誰よりもまず、貴方がた御自身ではないのでしょうか。誰かに裏切られた人は、その後の状況の変わり方次第では、自分を裏切った誰かを許す事が出来ます。ですが、誰かを裏切ってしまった人は」
本名・祁答院恵。
晃が、自分の妹を教団本尊「おみつめ様」として擁立し、今はこうして演説などをさせている。
「己を取り巻く環境がどうであれ、裏切りを働いた自分自身を許す事が出来ません。まさしく、今の貴方たちです」
講堂を埋め尽くす信者たちは皆、ある者は涙を流し、ある者は青ざめ、ある者は俯いて身を震わせながら、14歳の少女の言葉に聞き入っている。
辻堂満彦もいた。
彼は因子発現者である息子を、化け物と呼んで拒絶し、AAAに走らせ、妖との戦いで死なせたらしい。
まあ、よくある話だ。
今おみつめ様の講話に聞き入っている信者たちの大半が、同じような境遇の人々である。
覚者の父、覚者の母、覚者の兄弟姉妹。
覚者となった息子を、娘を、兄弟や姉妹、友達を、受け入れる事が出来なかった人々。今になって、そんな己の行いに苦しめられている人々。
彼ら彼女らに向かって、おみつめ様は語り続ける。
「貴方たちは、許しを求めておられる……その一方で、罰を受けなければならないとも思っておられます。許しと、罰。どちらも、私が皆さんに差し上げるものではないでしょう」
先日、恵がこれを提案した時、晃はさすがに仰天したものだ。
「実は、ファイヴに講演を依頼いたしました。貴方たちに裏切られた立場の方々です。来て下さるかどうかは、わかりません。来られたとして、貴方たちを許して下さるかどうか。もちろん暴力行為は私たちが命に代えても阻止いたしますが……覚者たちの、怒りの言葉を、罵詈雑言を、あなた方は受ける事が出来ますか?」
「何だ、また来たのか」
祁答院晃は、つい正直な事を言ってしまった。
農道を歩いていた老人が、こちらに向かって頭を下げている。
「お久しぶりでございます……驚きました。教祖様、御自らが畑仕事とは」
「僕は元々、農家の息子だ」
鍬を振るう手を休め、汗を拭いながら、晃は言った。
宗教法人「ひかりの目」が保有している、広大な農園である。教祖たる祁答院晃の他、100名近い信者たちが農作業に勤しんでいるところだ。
「教団の食料は全て自給自足……に出来れば理想的だけど。まあ野菜くらいはね」
「私も、お手伝いを……」
「年寄りはそんな事しなくていいよ。それより辻堂さん、今夜の宿は確保したのか?」
晃は訊いた。
「まだなら、教団の宿泊施設で手続きを済ませたまえ。まだ空きがある、と思うけど……いや、もしかしたら全て埋まっているかも知れないな」
この畑からも見える教団本部施設で明日、本尊「おみつめ様」による講話が行われる。
日本全国から信者が集まって来ている、のは良いが、その集まりが予想を超えていた。宿が足りるかどうか、わからないほどにだ。
「……あんたみたいな人たちが大勢、来ているよ辻堂さん」
「そう……ですか。皆さん、おみつめ様にすがりたいのでしょうね」
老人……辻堂満彦が、うなだれた。
ファイヴによる、あの演説が全国公開されて以来、「ひかりの目」の入信希望者が増加の一途を辿っている。
この辻堂老人のように、許しを渇望する人々が増えているのだ。
信者の1人が、大きな笊で土と石を振り分けながら言った。
「空室がないようでしたら、私の家にお泊めいたしますよ。大したおもてなしも出来ませんが」
「ありがとう、ございます……本当に、私などのために……」
「……土下座はやめろ辻堂さん。迷惑だ」
晃は溜め息をついた。
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「貴方たちを、本当に許していないのは誰ですか?」
講堂内に、少女の澄んだ声がよく通った。
「それは誰よりもまず、貴方がた御自身ではないのでしょうか。誰かに裏切られた人は、その後の状況の変わり方次第では、自分を裏切った誰かを許す事が出来ます。ですが、誰かを裏切ってしまった人は」
本名・祁答院恵。
晃が、自分の妹を教団本尊「おみつめ様」として擁立し、今はこうして演説などをさせている。
「己を取り巻く環境がどうであれ、裏切りを働いた自分自身を許す事が出来ません。まさしく、今の貴方たちです」
講堂を埋め尽くす信者たちは皆、ある者は涙を流し、ある者は青ざめ、ある者は俯いて身を震わせながら、14歳の少女の言葉に聞き入っている。
辻堂満彦もいた。
彼は因子発現者である息子を、化け物と呼んで拒絶し、AAAに走らせ、妖との戦いで死なせたらしい。
まあ、よくある話だ。
今おみつめ様の講話に聞き入っている信者たちの大半が、同じような境遇の人々である。
覚者の父、覚者の母、覚者の兄弟姉妹。
覚者となった息子を、娘を、兄弟や姉妹、友達を、受け入れる事が出来なかった人々。今になって、そんな己の行いに苦しめられている人々。
彼ら彼女らに向かって、おみつめ様は語り続ける。
「貴方たちは、許しを求めておられる……その一方で、罰を受けなければならないとも思っておられます。許しと、罰。どちらも、私が皆さんに差し上げるものではないでしょう」
先日、恵がこれを提案した時、晃はさすがに仰天したものだ。
「実は、ファイヴに講演を依頼いたしました。貴方たちに裏切られた立場の方々です。来て下さるかどうかは、わかりません。来られたとして、貴方たちを許して下さるかどうか。もちろん暴力行為は私たちが命に代えても阻止いたしますが……覚者たちの、怒りの言葉を、罵詈雑言を、あなた方は受ける事が出来ますか?」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.語る。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
信仰宗教団体「ひかりの目」本部講堂で、演説をして下さい。
集まっているのは過去、覚者となった家族や友人を拒絶・迫害した経験を持ち、今になってそれを悔やんでいる人々です。皆、宗教に救いを求めて「ひかりの目」に入信しました。
そんな人々に、皆様には覚者としての思いを語っていただきます。許すも良し、許さずに罵詈雑言を浴びせるも良し。
家族に拒絶された、迫害を受けた過去がある、という設定をお持ちの方。
その家族が、迫害者が、講堂に集まった人々の中に、もしかしたらいるかも知れません。
直接、顔を合わせての和解をお望みの場合、あるいは謝罪されても許せず直接、恨み言をぶつける場合、あるいは殺害を決行する場合、その旨をプレイングに記述していただければ可能な限り活かします。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年03月17日
2018年03月17日
■メイン参加者 6人■

●
「俺自身には、皆さんに対して怒りも恨みもありません。だからその、気を楽にして聞いて欲しいんですが」
宗教法人「ひかりの目」本部。
講堂を埋め尽くす人々を相手に、まずは『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が語り始める。
「俺は、中学2年生の時に因子が発現して覚者になりました。で……すごく、いい気になっていたんです。ヒーロー気取りで、威張り散らして」
語りながら奏空は、俯き加減に微笑んだ。
「俺が今ここで、覚者の力を使って大暴れしたら、皆さん恐がりますよね。あの頃の俺は……それを、やらかしていたんです。友達は、俺を嫌って恐がって、悪口言ったり物を投げつけたりするようになりました。今思えば当たり前の事ですけど」
当時の奏空は、それがわからなかったのだろう。下手をすれば、そのまま隔者になっていたとしてもおかしくないケースだ。
そうならなかったのは、周囲の人々による、支えと言うか矯正があったからだろう、と『歪を見る眼』葦原赤貴(CL2001019)は思う。力に目覚め有頂天になっていた奏空に、厳しい言葉をかける人間もいたに違いない。例えば時折、彼の話に出て来る姉。
赤貴もそうだ。あの両親がいなかったら、自分は果たしてどうなっていた事か。
「だからね、俺自身が迫害みたいな目に遭ったのは自業自得なんです。だけど中には、そうじゃない……何も非がないのに酷い仕打ちを受けてきた覚者を、俺は何人も見てきました。皆さんが、ご自分のお子さんに、ご兄弟やお友達に、どんな事をしてきたのかは知りません。とにかく、それを悔いていらっしゃるんですよね。偉そうな言い方になりますけど、それは皆さんにとって大きな第一歩だと思うんです」
「……奏空ってば、早くも演説慣れしてる」
小声を発しているのは『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)だ。
「で、次は赤貴の番だけど。人前で喋れる? カンペとか、ちゃんと用意してきた?」
「……聞き苦しい罵詈雑言を吐き散らすつもりはない。気遣いは無用だ」
「罵詈雑言、ね。ここにいる民たちは皆、それを望んでいるのかも知れないよ」
奏空の言葉に聞き入っている人々を見回しながら、『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が言った。
「ちなみに余は徹夜でカンペ書いてきたよ。歴史に残る演説にして見せるさ」
「ねえ殿。奏空っちが、すごい立派な演説しちゃってるよ? それを超えられるかな〜」
プリンスを肘でつつきながら『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が言うように、奏空の演説には非の打ち所がない。
「次の一歩を、踏み出してみませんか。俺は皆さんに、その気持ちを発信して欲しいと思うんです。出来れば、貴方たちが傷付けてしまった本人に直接……それが難しいなら、匿名でもいい、自分の思いをネットや電波に乗せたり、それだけでも救われる覚者は大勢います。どうか、近くにいる覚者に手を差し伸べて下さい」
「……なあ彩吹さん、あそこにいる2人」
黙って演説を聞いていた『白き光のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)が、ようやく言葉を発した。
その目は、聴衆の一部に向けられている。
講堂の出入り口近くに、2人組の少年がいた。
1人は車椅子に乗っており、1人はそれを押している。
「片方、見覚えないか? オレの見間違い、じゃなければ」
「車椅子の子は知らないけど、もう1人は……貢の友達じゃないか」
翔と彩吹が何を言っているのか、赤貴にはわからない。
とにかく奏空は、壇上で語りを終えようとしている。
「ここにいて、閉鎖的にただ想いを燻らせているだけでは誰にも何も届きません。次の1歩を、どうか踏み出して欲しいと思います……なんて、偉そうな事を言えるほど俺も立派な人間じゃないですけど。そう、覚者だって人間です。心が未熟で、過ちだって犯します。それに気付いて、色々と改めていけるのも人間なんだと思う。ご静聴ありがとうございました」
自分には、これほどの演説は出来ない。
思うところを飾りなく語るしかなさそうだ、と赤貴は思った。
●
「自分は葦原赤貴という。まずは、そこの御老人。名を聞かせて欲しい」
覚者の少年が、壇上から私に問いかけてくる。
「懺悔と贖罪、それが望みなのだろう。罪人として晒し者になる、その覚悟はあって事とオレは解釈しているが?」
「……辻堂満彦と申します」
隠すところなく、私は名乗った。
先だって私を助けてくれた覚者の1人である少年が、なおも問う。
「では辻堂氏。御自分の行いを今、ここで告げ明かす事は出来るだろうか?」
「申し上げましょう。私には、息子がおりました。名は剛弘……強く、広い心を持った男になって欲しいと思いを込めて名付けた私どもの方が、しかし広い心を持てなかったのです」
「ふむ。その御子息の身に、一体何が起こったのだろう」
葦原少年の鋭い眼光が、言葉と共に私の心に突き刺さる。
「親御が広い心を持てなくなるほどの……一体、何が?」
「中学生の息子が……突然、20代半ばの青年に変わってしまったのです」
「現の因子だな。それは、なるほど。さぞかし肝を潰した事だろう」
少年が、容赦なく問い続けてくる。
「肝を潰すあまりアンタ方は、御子息に一体どんな言葉を投げつけてしまったのか。思い出す事は出来るか」
「お前は大人になってしまった、もう親など必要なかろう。出て行け、化け物……と」
親として、確かに気が動転した。
だが剛弘自身は、我々とは比べ物にならぬほど動揺していたはずだ。驚き、不安を感じ、恐怖心に苛まれていたはずなのだ。
今ならば、それがわかる。あの時は、わからなかった。
「……オレは、辻堂剛弘氏とは違う。家族には裏切られていない。言っている意味はわかるだろうか?」
私1人に向けられていた少年の目が、聴衆全員をギロリと見渡した。
「アンタ方の失敗は、その時、一時だけの感情や世間体に捕われてしまった事だ。その後どれほどの後悔と罪悪感に苛まれるものか、考えもしなかったところだ。それを踏まえた上で本題に入る……アンタ方が手放し、失ってしまったものは、もはや取り戻せない。後悔と罪悪感を心に抱えたまま生きていけ。罪があるのなら、それが罰だ」
そんな罰で良いのか、と私は思った。
私も含め、この場に集まった者全員……覚者たちに、殺されてしまうべきではないのか。
「最後に1つ問う。今の自分たちと同じような人々を……アンタたちは、増やしたいのか。減らしたいのか」
息を呑み、あるいは青ざめ、あるいは俯いてしまう人々に、少年の問いかけが重くのしかかる。
「道連れを増やしたいならば七星剣にでも協力するがいい。そうでないならば……今からでいい、自分たちに出来る事を考え、実行に移してくれ。これからの事に関してならば、オレも協力は惜しまない」
●
「ハーイ民のみんな! ゆるカワ愛され王家の余が来たよ☆」
壇上の人となったプリンスが、口調明るく語り始める。
その明るさから逃げるように、少年2人はひっそりと講堂を出た。
彩吹と一緒に翔は、彼らの眼前に回り込んでいた。
「君たちは、この教団へ逃げ込んだ。ここから逃げたら、もう行く場所なんて無いんじゃない?」
にこりと笑いながら、彩吹が容赦のない事を言う。
「本当は貢に直接、謝りたかったんだよね」
「……許してもらえるわけ、ないけどな」
車椅子を押している方の少年が、俯き加減に声を発した。
「あいつは……頑張って、いるのかな。その、覚者として……」
「頑張り過ぎてる。オレが知ってるだけでも2回、死にかけてるよ」
翔は応えた。
「今日は、残念ながら来られなかったけどな」
「人手不足はファイヴも同じ。あの子も忙しくてね」
彩吹が言い、車椅子の少年に視線を移した。
「君は……貢の友達じゃないね。だけど、謝りたい誰かがいる?」
「俺……工藤に……」
車椅子の少年が、それきり黙り込んだ。
プリンスの明るい声は、講堂の外にまで聞こえてくる。
「今日はね、民に恨み言を言ったり言われたりってオーダーで来たんだけど残念。我が王家は民の事めっちゃ愛するように出来てるから! そういうのは無し」
「……と、いうわけ。私たちから罵声を浴びて、罰を受けた気分になりたかったんだろうけど、そうはいかないよ」
彩吹の言葉に、口調暗く応えたのは、車椅子に乗った方の少年だ。
「俺は今日、あんたらに殺されてもいいってつもりで来たんだぜ……なのに殺すどころか、俺たちの悪口ひとつだって言ってくれねえ……」
「今、王子が言ったろ。そういうのは無しだ」
翔は言った。
「……聞いてくれ。オレにはな、アンタらを責める資格も、神様みたく許す資格もねえ。何しろオレは、覚者としちゃ極めつけに運が良かったからな」
翔が発現した時、親族に、すでに何人かの覚者がいたのだ。
「オレは辻堂さんとこと同じでさ、ある日いきなり大人になっちまった。戦う時にだけ大人になれる力。アンタたちから見りゃ気持ち悪いよな」
本当に、運が良かったとしか言いようがないと翔は思う。
何か1つ間違っていたら自分もまた、今は行方不明の辻堂剛弘のようになっていたかも知れないのだ。
「……とにかく迫害とか、そういうのはオレにはない。今しゃべってる王子にも、確かないと思う。まあ本人が言わないだけで、本当は何かあったかも知れないけど」
そのプリンスが、徹夜で書いたというカンニングペーパーを紙飛行機にして壇上から飛ばした。
「これやめ。演説内容は、前もって考えておくものじゃないね。言いたい事なんて、その場その場でコロコロ変わっちゃう……だからね、ちょっと厳しいお話させてもらおう」
口調が、少しだけ改まった。
「貴公らが昔、友や家族に石を投げた事。今それを悔やんでいる事……根っこは同じだよ。相手じゃなくて世間を見ていただけさ。前の子が言ってたけど、世間体というものに皆まだ捕われてる。違うと言うのなら」
壇上でプリンスは覚醒を遂げ、機械化した左腕をさらけ出した。
「やるべき事、出来る事が、貴公たちにはあるはずだよ。それは……こんなふうにメグ姫の握手会に通い詰める事じゃないよね。ところで、少し関係ない話をさせてもらおうかな。この腕、義手じゃあないよ。マシンガンとかドリルとか仕込んであるわけでもない。やりたいんだけどなあ」
「何か脱線し始めたけど、まあ王子の言う通りだ。アンタらには、出来る事があると思う」
翔は言った。
「伝えたい事……直接、伝えるべきだと思うぜ。オレたちなんかじゃない、アンタらが傷つけちまった本人にさ。本人に会えないなら、写真にでも墓にでも空に向かってでもいいけど会えるだろ。奏空は来てるし、貢にだって」
あいつらの事、許していいのかどうかわからない。西村貢はそう言っていた。
「余の国には『神の槌を掴む銀の腕』の神話がある」
プリンスの演説が、締めの時を迎えつつある。
「この機械化した腕が、『王家に生まれ神の恩寵を受けた証』だって、発現した時は国じゅうからメチャクチャ祝福されたんだよ。でもその時ダディ上が、余に井之頭アームロック極めながら言ったんだ。神の腕なら切り落として神に返す、これは息子の腕……ってね。超痛くてギャン泣きしたけど、嬉しかったなあ」
「お父様はそんな立派な方なのに息子ときたら、国費でオタクグッズ買いまくるし。そのせいでカードは止められるし」
言いながら、紡が出て来た。奏空と共にだ。
「相棒そろそろ出番だよ。それと……」
「……徳永」
奏空に声をかけられ、車椅子の少年が俯いて顔をそむける。
屈み込み、目の高さを合わせながら、奏空はなおも言った。
「……脚、どうしたんだ?」
「例の……妖って連中に、襲われたんだ。助けてくれたのが、覚者の人たちだった……」
消え入りそうな声で、徳永少年が答える。
「ごめんな、工藤……これって、罰だよな……」
「これで罰を受けたような気になってるんなら、俺はお前を許さない」
奏空が、徳永の手を握った。
「少しでも俺に申し訳ないって思いがあるなら、頑張って歩けるようになれ」
「工藤……」
「今言ったのと同じ話しか出来ないけど、次はオレの番だ。良かったら聞いてってくれよ」
翔は言った。
「ほんと、奏空や赤貴と同じような話しか出来ねえけどな……この先、昔のアンタたちみたいな事してる連中を見たら、止めてやって欲しい。オレが言いたいのは基本それだけさ」
●
翔の次は、彩吹の番だった。
「初めまして、覚者の如月彩吹と申します。正直、何を話せばいいのかわからないので……まずは私自身のお話をさせてもらおうかな。発現は小さい頃で、優しかった親戚の人たちが急に怖くなったのは、うっすら記憶しています」
じっと聞き入っている辻堂満彦老人に、紡は小声をかけた。
「お久しぶり……ってほどでもないかな、お爺ちゃん」
「……その節は、どうも」
辻堂が、深々と頭を下げる。
「私のような者を……」
「だからぁ、そういうのは無しで」
紡は微笑んだ。彩吹は、語り続ける。
「化け物とか、気持ち悪いとか言われたような気はしますが私は平気でした。何故なら兄が、そういう人たちに」
小さく、彩吹は咳払いをした。
「……穏やかで、いつもニコニコしてるような人。皆さんの周りにもしいたら、怒らせないように気をつけて欲しい」
「いや本当、シャレになんないからね。いぶちゃんとこの兄上は」
紡が言うと、辻堂が暗い声を発した。
「そのような人に……私は、殺されてしまうべきではないでしょうか……」
「おみつめちゃんはね、そんなふうに教えてないと思うよ」
老人ではなく幼子に言い聞かせるように、紡は囁いた。
「確かにさ、ボクらって……わかりやすく変身しちゃう子もいるし、アニメや漫画の中みたいな事も出来るし、車に轢かれたくらいじゃ死なないし。化け物呼ばわりも当たり前だと思う。調子ぶっこいて本当の化け物になっちゃうおバカちゃんもいるしね。だからお爺ちゃんも、ここに集まった人たちもね、全然悪くないと思うよ」
「私は……」
この老人は本当に罰を求めている、と紡は思った。
(だったら尚更……罰なんて、与えるわけにはいかないよね)
「恵……おみつめ様は、貴方たちが許しや罰を求めていると言っていた。はっきり言おう、そんな事は出来ない」
彩吹の口調が、強くなった。
「親にバケモノと呼ばれた子供たちを、友達に殺されかけた子を、私は知っている。捨てられて隔者どもに囚われていた子供も……私は、あの子たちを覚えている。だからね、許すなんて言葉は気軽に使えない」
「……許してないんだよね? お爺ちゃんは、自分自身を」
紡は、口調を和らげた。
「その思いをさ、息子ちゃんと会う勇気にしてみない? 親子、一緒に歩める未来が……まだ、残されているかも知れないんだから。そのためのお手伝いはね、いくらでもするよ。ボク自身が、そういう未来を見たいから」
発現者と一般人が、共に歩める未来。
それを実現するためには無論、発現者の側にも変革が必要だ。
「まずは、あの隔者って連中を何とかしなきゃいけないのはわかってる。ボクたちの、力そのものには善悪ないし、力を正しく使おうと頑張ってる子たちもいる。それを皆に知ってもらう努力は、ボクたちの方でしないとね」
「力……ですか」
それきり、辻堂は黙り込んだ。
彩吹の語りも、終わろうとしている。
「結局、皆の話と同じ結論になっちゃうけど……過去はもう取り返しようがない。本当に後悔をしているのなら、貴方たちのこれからを見せて欲しい。親に要らないと言われて泣く子を、私はもう見たくない」
追伸のように、彼女は言った。
「……私が許せるのは、私自身に向けられた悪意だけ。やはり覚者という連中は気に入らない、と思った人は遠慮せず、この如月彩吹個人を攻撃して欲しい。受けて立ち、そして許してあげます。以上」
●
トゥーリが首を傾げ、紡が小さく頷く。
主の許可を得た守護使役が、高らかに鳴いた。
祁答院兄妹が、こちらに気付いた。
彩吹は手を振った。紡は、明るい声を発した。
「おみつめちゃーん! それとシスコン兄! お茶しようよ、桜餅もあるよ〜」
「皆さん……今日は本当に、ありがとうございました」
おみつめ様……祁答院恵が、ぺこりと頭を下げる。
恐縮しきっている辻堂老人の腕を、紡はそっと掴んだ。
「ほら、お爺ちゃんも一緒に。ボクって結局、みんなでお花見したいだけの人なんだよねぇ。桜は、ちょっとまだ早いかな」
「そうだね。でもまあ、咲きかけの桜も悪くないじゃないか」
言いつつ、彩吹はちらりと見回した。
プリンスが、機械の剛腕で赤貴を引きずって来る。
「は、離せ。演説という任務は終わったのだろう、オレは帰投する」
「ふふふ、貴公もお花見に参加しなさい。王家の命令である」
少し離れた所では奏空が、車椅子の少年と話し込んでいる。
そして翔は、教祖・祁答院晃に話しかけていた。
「ここの信者も、とんでもない数になっちまったな。正直、恵1人の手に負えなくなるような気がする。兄貴として、何とかしようって気はあるのか」
「……お前たちの、あの演説番組のせいだぞ。ここまで増えるとは、僕も思っていなかった」
ぞろぞろと講堂を出て行く人々を、晃は冷ややかに見やっている。
「自身で、贖罪のための行動を起こす……それが出来る奴、あの連中の中に果たして何人いるものかな」
「俺自身には、皆さんに対して怒りも恨みもありません。だからその、気を楽にして聞いて欲しいんですが」
宗教法人「ひかりの目」本部。
講堂を埋め尽くす人々を相手に、まずは『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が語り始める。
「俺は、中学2年生の時に因子が発現して覚者になりました。で……すごく、いい気になっていたんです。ヒーロー気取りで、威張り散らして」
語りながら奏空は、俯き加減に微笑んだ。
「俺が今ここで、覚者の力を使って大暴れしたら、皆さん恐がりますよね。あの頃の俺は……それを、やらかしていたんです。友達は、俺を嫌って恐がって、悪口言ったり物を投げつけたりするようになりました。今思えば当たり前の事ですけど」
当時の奏空は、それがわからなかったのだろう。下手をすれば、そのまま隔者になっていたとしてもおかしくないケースだ。
そうならなかったのは、周囲の人々による、支えと言うか矯正があったからだろう、と『歪を見る眼』葦原赤貴(CL2001019)は思う。力に目覚め有頂天になっていた奏空に、厳しい言葉をかける人間もいたに違いない。例えば時折、彼の話に出て来る姉。
赤貴もそうだ。あの両親がいなかったら、自分は果たしてどうなっていた事か。
「だからね、俺自身が迫害みたいな目に遭ったのは自業自得なんです。だけど中には、そうじゃない……何も非がないのに酷い仕打ちを受けてきた覚者を、俺は何人も見てきました。皆さんが、ご自分のお子さんに、ご兄弟やお友達に、どんな事をしてきたのかは知りません。とにかく、それを悔いていらっしゃるんですよね。偉そうな言い方になりますけど、それは皆さんにとって大きな第一歩だと思うんです」
「……奏空ってば、早くも演説慣れしてる」
小声を発しているのは『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)だ。
「で、次は赤貴の番だけど。人前で喋れる? カンペとか、ちゃんと用意してきた?」
「……聞き苦しい罵詈雑言を吐き散らすつもりはない。気遣いは無用だ」
「罵詈雑言、ね。ここにいる民たちは皆、それを望んでいるのかも知れないよ」
奏空の言葉に聞き入っている人々を見回しながら、『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が言った。
「ちなみに余は徹夜でカンペ書いてきたよ。歴史に残る演説にして見せるさ」
「ねえ殿。奏空っちが、すごい立派な演説しちゃってるよ? それを超えられるかな〜」
プリンスを肘でつつきながら『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が言うように、奏空の演説には非の打ち所がない。
「次の一歩を、踏み出してみませんか。俺は皆さんに、その気持ちを発信して欲しいと思うんです。出来れば、貴方たちが傷付けてしまった本人に直接……それが難しいなら、匿名でもいい、自分の思いをネットや電波に乗せたり、それだけでも救われる覚者は大勢います。どうか、近くにいる覚者に手を差し伸べて下さい」
「……なあ彩吹さん、あそこにいる2人」
黙って演説を聞いていた『白き光のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)が、ようやく言葉を発した。
その目は、聴衆の一部に向けられている。
講堂の出入り口近くに、2人組の少年がいた。
1人は車椅子に乗っており、1人はそれを押している。
「片方、見覚えないか? オレの見間違い、じゃなければ」
「車椅子の子は知らないけど、もう1人は……貢の友達じゃないか」
翔と彩吹が何を言っているのか、赤貴にはわからない。
とにかく奏空は、壇上で語りを終えようとしている。
「ここにいて、閉鎖的にただ想いを燻らせているだけでは誰にも何も届きません。次の1歩を、どうか踏み出して欲しいと思います……なんて、偉そうな事を言えるほど俺も立派な人間じゃないですけど。そう、覚者だって人間です。心が未熟で、過ちだって犯します。それに気付いて、色々と改めていけるのも人間なんだと思う。ご静聴ありがとうございました」
自分には、これほどの演説は出来ない。
思うところを飾りなく語るしかなさそうだ、と赤貴は思った。
●
「自分は葦原赤貴という。まずは、そこの御老人。名を聞かせて欲しい」
覚者の少年が、壇上から私に問いかけてくる。
「懺悔と贖罪、それが望みなのだろう。罪人として晒し者になる、その覚悟はあって事とオレは解釈しているが?」
「……辻堂満彦と申します」
隠すところなく、私は名乗った。
先だって私を助けてくれた覚者の1人である少年が、なおも問う。
「では辻堂氏。御自分の行いを今、ここで告げ明かす事は出来るだろうか?」
「申し上げましょう。私には、息子がおりました。名は剛弘……強く、広い心を持った男になって欲しいと思いを込めて名付けた私どもの方が、しかし広い心を持てなかったのです」
「ふむ。その御子息の身に、一体何が起こったのだろう」
葦原少年の鋭い眼光が、言葉と共に私の心に突き刺さる。
「親御が広い心を持てなくなるほどの……一体、何が?」
「中学生の息子が……突然、20代半ばの青年に変わってしまったのです」
「現の因子だな。それは、なるほど。さぞかし肝を潰した事だろう」
少年が、容赦なく問い続けてくる。
「肝を潰すあまりアンタ方は、御子息に一体どんな言葉を投げつけてしまったのか。思い出す事は出来るか」
「お前は大人になってしまった、もう親など必要なかろう。出て行け、化け物……と」
親として、確かに気が動転した。
だが剛弘自身は、我々とは比べ物にならぬほど動揺していたはずだ。驚き、不安を感じ、恐怖心に苛まれていたはずなのだ。
今ならば、それがわかる。あの時は、わからなかった。
「……オレは、辻堂剛弘氏とは違う。家族には裏切られていない。言っている意味はわかるだろうか?」
私1人に向けられていた少年の目が、聴衆全員をギロリと見渡した。
「アンタ方の失敗は、その時、一時だけの感情や世間体に捕われてしまった事だ。その後どれほどの後悔と罪悪感に苛まれるものか、考えもしなかったところだ。それを踏まえた上で本題に入る……アンタ方が手放し、失ってしまったものは、もはや取り戻せない。後悔と罪悪感を心に抱えたまま生きていけ。罪があるのなら、それが罰だ」
そんな罰で良いのか、と私は思った。
私も含め、この場に集まった者全員……覚者たちに、殺されてしまうべきではないのか。
「最後に1つ問う。今の自分たちと同じような人々を……アンタたちは、増やしたいのか。減らしたいのか」
息を呑み、あるいは青ざめ、あるいは俯いてしまう人々に、少年の問いかけが重くのしかかる。
「道連れを増やしたいならば七星剣にでも協力するがいい。そうでないならば……今からでいい、自分たちに出来る事を考え、実行に移してくれ。これからの事に関してならば、オレも協力は惜しまない」
●
「ハーイ民のみんな! ゆるカワ愛され王家の余が来たよ☆」
壇上の人となったプリンスが、口調明るく語り始める。
その明るさから逃げるように、少年2人はひっそりと講堂を出た。
彩吹と一緒に翔は、彼らの眼前に回り込んでいた。
「君たちは、この教団へ逃げ込んだ。ここから逃げたら、もう行く場所なんて無いんじゃない?」
にこりと笑いながら、彩吹が容赦のない事を言う。
「本当は貢に直接、謝りたかったんだよね」
「……許してもらえるわけ、ないけどな」
車椅子を押している方の少年が、俯き加減に声を発した。
「あいつは……頑張って、いるのかな。その、覚者として……」
「頑張り過ぎてる。オレが知ってるだけでも2回、死にかけてるよ」
翔は応えた。
「今日は、残念ながら来られなかったけどな」
「人手不足はファイヴも同じ。あの子も忙しくてね」
彩吹が言い、車椅子の少年に視線を移した。
「君は……貢の友達じゃないね。だけど、謝りたい誰かがいる?」
「俺……工藤に……」
車椅子の少年が、それきり黙り込んだ。
プリンスの明るい声は、講堂の外にまで聞こえてくる。
「今日はね、民に恨み言を言ったり言われたりってオーダーで来たんだけど残念。我が王家は民の事めっちゃ愛するように出来てるから! そういうのは無し」
「……と、いうわけ。私たちから罵声を浴びて、罰を受けた気分になりたかったんだろうけど、そうはいかないよ」
彩吹の言葉に、口調暗く応えたのは、車椅子に乗った方の少年だ。
「俺は今日、あんたらに殺されてもいいってつもりで来たんだぜ……なのに殺すどころか、俺たちの悪口ひとつだって言ってくれねえ……」
「今、王子が言ったろ。そういうのは無しだ」
翔は言った。
「……聞いてくれ。オレにはな、アンタらを責める資格も、神様みたく許す資格もねえ。何しろオレは、覚者としちゃ極めつけに運が良かったからな」
翔が発現した時、親族に、すでに何人かの覚者がいたのだ。
「オレは辻堂さんとこと同じでさ、ある日いきなり大人になっちまった。戦う時にだけ大人になれる力。アンタたちから見りゃ気持ち悪いよな」
本当に、運が良かったとしか言いようがないと翔は思う。
何か1つ間違っていたら自分もまた、今は行方不明の辻堂剛弘のようになっていたかも知れないのだ。
「……とにかく迫害とか、そういうのはオレにはない。今しゃべってる王子にも、確かないと思う。まあ本人が言わないだけで、本当は何かあったかも知れないけど」
そのプリンスが、徹夜で書いたというカンニングペーパーを紙飛行機にして壇上から飛ばした。
「これやめ。演説内容は、前もって考えておくものじゃないね。言いたい事なんて、その場その場でコロコロ変わっちゃう……だからね、ちょっと厳しいお話させてもらおう」
口調が、少しだけ改まった。
「貴公らが昔、友や家族に石を投げた事。今それを悔やんでいる事……根っこは同じだよ。相手じゃなくて世間を見ていただけさ。前の子が言ってたけど、世間体というものに皆まだ捕われてる。違うと言うのなら」
壇上でプリンスは覚醒を遂げ、機械化した左腕をさらけ出した。
「やるべき事、出来る事が、貴公たちにはあるはずだよ。それは……こんなふうにメグ姫の握手会に通い詰める事じゃないよね。ところで、少し関係ない話をさせてもらおうかな。この腕、義手じゃあないよ。マシンガンとかドリルとか仕込んであるわけでもない。やりたいんだけどなあ」
「何か脱線し始めたけど、まあ王子の言う通りだ。アンタらには、出来る事があると思う」
翔は言った。
「伝えたい事……直接、伝えるべきだと思うぜ。オレたちなんかじゃない、アンタらが傷つけちまった本人にさ。本人に会えないなら、写真にでも墓にでも空に向かってでもいいけど会えるだろ。奏空は来てるし、貢にだって」
あいつらの事、許していいのかどうかわからない。西村貢はそう言っていた。
「余の国には『神の槌を掴む銀の腕』の神話がある」
プリンスの演説が、締めの時を迎えつつある。
「この機械化した腕が、『王家に生まれ神の恩寵を受けた証』だって、発現した時は国じゅうからメチャクチャ祝福されたんだよ。でもその時ダディ上が、余に井之頭アームロック極めながら言ったんだ。神の腕なら切り落として神に返す、これは息子の腕……ってね。超痛くてギャン泣きしたけど、嬉しかったなあ」
「お父様はそんな立派な方なのに息子ときたら、国費でオタクグッズ買いまくるし。そのせいでカードは止められるし」
言いながら、紡が出て来た。奏空と共にだ。
「相棒そろそろ出番だよ。それと……」
「……徳永」
奏空に声をかけられ、車椅子の少年が俯いて顔をそむける。
屈み込み、目の高さを合わせながら、奏空はなおも言った。
「……脚、どうしたんだ?」
「例の……妖って連中に、襲われたんだ。助けてくれたのが、覚者の人たちだった……」
消え入りそうな声で、徳永少年が答える。
「ごめんな、工藤……これって、罰だよな……」
「これで罰を受けたような気になってるんなら、俺はお前を許さない」
奏空が、徳永の手を握った。
「少しでも俺に申し訳ないって思いがあるなら、頑張って歩けるようになれ」
「工藤……」
「今言ったのと同じ話しか出来ないけど、次はオレの番だ。良かったら聞いてってくれよ」
翔は言った。
「ほんと、奏空や赤貴と同じような話しか出来ねえけどな……この先、昔のアンタたちみたいな事してる連中を見たら、止めてやって欲しい。オレが言いたいのは基本それだけさ」
●
翔の次は、彩吹の番だった。
「初めまして、覚者の如月彩吹と申します。正直、何を話せばいいのかわからないので……まずは私自身のお話をさせてもらおうかな。発現は小さい頃で、優しかった親戚の人たちが急に怖くなったのは、うっすら記憶しています」
じっと聞き入っている辻堂満彦老人に、紡は小声をかけた。
「お久しぶり……ってほどでもないかな、お爺ちゃん」
「……その節は、どうも」
辻堂が、深々と頭を下げる。
「私のような者を……」
「だからぁ、そういうのは無しで」
紡は微笑んだ。彩吹は、語り続ける。
「化け物とか、気持ち悪いとか言われたような気はしますが私は平気でした。何故なら兄が、そういう人たちに」
小さく、彩吹は咳払いをした。
「……穏やかで、いつもニコニコしてるような人。皆さんの周りにもしいたら、怒らせないように気をつけて欲しい」
「いや本当、シャレになんないからね。いぶちゃんとこの兄上は」
紡が言うと、辻堂が暗い声を発した。
「そのような人に……私は、殺されてしまうべきではないでしょうか……」
「おみつめちゃんはね、そんなふうに教えてないと思うよ」
老人ではなく幼子に言い聞かせるように、紡は囁いた。
「確かにさ、ボクらって……わかりやすく変身しちゃう子もいるし、アニメや漫画の中みたいな事も出来るし、車に轢かれたくらいじゃ死なないし。化け物呼ばわりも当たり前だと思う。調子ぶっこいて本当の化け物になっちゃうおバカちゃんもいるしね。だからお爺ちゃんも、ここに集まった人たちもね、全然悪くないと思うよ」
「私は……」
この老人は本当に罰を求めている、と紡は思った。
(だったら尚更……罰なんて、与えるわけにはいかないよね)
「恵……おみつめ様は、貴方たちが許しや罰を求めていると言っていた。はっきり言おう、そんな事は出来ない」
彩吹の口調が、強くなった。
「親にバケモノと呼ばれた子供たちを、友達に殺されかけた子を、私は知っている。捨てられて隔者どもに囚われていた子供も……私は、あの子たちを覚えている。だからね、許すなんて言葉は気軽に使えない」
「……許してないんだよね? お爺ちゃんは、自分自身を」
紡は、口調を和らげた。
「その思いをさ、息子ちゃんと会う勇気にしてみない? 親子、一緒に歩める未来が……まだ、残されているかも知れないんだから。そのためのお手伝いはね、いくらでもするよ。ボク自身が、そういう未来を見たいから」
発現者と一般人が、共に歩める未来。
それを実現するためには無論、発現者の側にも変革が必要だ。
「まずは、あの隔者って連中を何とかしなきゃいけないのはわかってる。ボクたちの、力そのものには善悪ないし、力を正しく使おうと頑張ってる子たちもいる。それを皆に知ってもらう努力は、ボクたちの方でしないとね」
「力……ですか」
それきり、辻堂は黙り込んだ。
彩吹の語りも、終わろうとしている。
「結局、皆の話と同じ結論になっちゃうけど……過去はもう取り返しようがない。本当に後悔をしているのなら、貴方たちのこれからを見せて欲しい。親に要らないと言われて泣く子を、私はもう見たくない」
追伸のように、彼女は言った。
「……私が許せるのは、私自身に向けられた悪意だけ。やはり覚者という連中は気に入らない、と思った人は遠慮せず、この如月彩吹個人を攻撃して欲しい。受けて立ち、そして許してあげます。以上」
●
トゥーリが首を傾げ、紡が小さく頷く。
主の許可を得た守護使役が、高らかに鳴いた。
祁答院兄妹が、こちらに気付いた。
彩吹は手を振った。紡は、明るい声を発した。
「おみつめちゃーん! それとシスコン兄! お茶しようよ、桜餅もあるよ〜」
「皆さん……今日は本当に、ありがとうございました」
おみつめ様……祁答院恵が、ぺこりと頭を下げる。
恐縮しきっている辻堂老人の腕を、紡はそっと掴んだ。
「ほら、お爺ちゃんも一緒に。ボクって結局、みんなでお花見したいだけの人なんだよねぇ。桜は、ちょっとまだ早いかな」
「そうだね。でもまあ、咲きかけの桜も悪くないじゃないか」
言いつつ、彩吹はちらりと見回した。
プリンスが、機械の剛腕で赤貴を引きずって来る。
「は、離せ。演説という任務は終わったのだろう、オレは帰投する」
「ふふふ、貴公もお花見に参加しなさい。王家の命令である」
少し離れた所では奏空が、車椅子の少年と話し込んでいる。
そして翔は、教祖・祁答院晃に話しかけていた。
「ここの信者も、とんでもない数になっちまったな。正直、恵1人の手に負えなくなるような気がする。兄貴として、何とかしようって気はあるのか」
「……お前たちの、あの演説番組のせいだぞ。ここまで増えるとは、僕も思っていなかった」
ぞろぞろと講堂を出て行く人々を、晃は冷ややかに見やっている。
「自身で、贖罪のための行動を起こす……それが出来る奴、あの連中の中に果たして何人いるものかな」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
