十年の 支配今こそ打ち砕け
●悲劇
その街を悲劇が襲ったのは十年前。大妖『斬鉄』による襲来だ。
大妖は街を守っていた土蜘蛛の古妖を両断すると、満足したのかそのままどこかに去っていく。守りを失った町は大妖のおこぼれに預かろうとついてきた妖達に目をつけられることになった。必死に抗するが街は一年を持たず陥落。
妖は心を持たない。妖は知性を持たない。
慈悲なく打算なく意味もなく。妖はそこの住まう人々を殺し続ける。最後の一人が倒れ、そこを住家とする妖達。別の街に進むための拠点として妖の住処が誕生し、その街は人の営みの刺となっていた。
もはや一軍ともいえる妖の群れ。個々の能力のみではなく、数の上でも手が出せない街。
しかし群れという特性上、それは一つの弱点を抱えていた。
統括する存在を倒せば、烏合の衆と化す――
●FiVE
「簡単に言えば陽動作戦だ。元AAAの部隊が妖の群れを引き付けている間に、それを統括しているランク3の妖を倒す」
中 恭介(nCL2000002)は街の地図を机の上に広げながら、作戦を説明する。青の駒と赤の駒を地図に置き、説明しながら駒を動かしていく。
「夢見の情報でランク3の妖はこの交差点で指揮をとっている事が分かっている。妖の全軍が陽動部隊に向かっている隙を縫って、ランク3妖を討ってくれ。
大勢で奇襲をかければ直前で気づかれてしまうだろう。なので少数精鋭の実力者が求められる」
多少の護衛を残してはいるが、この妖を討つ機会はこれを除けばまずない。そう思っての作戦敢行である。
「危険を察したランク3はすぐさま部隊の一部を呼び戻すだろう。それらが戻れば勝機は薄い。すぐさま撤退してくれ」
しかも制限時間付きである。楽な戦いとはいかないだろう。それでも――
「博打に近い作戦だが、上手くいけば街を一つ妖の支配から解放することが出来る。すんでいた人々の無念を晴らすのと同時に、周囲の人たちの安心を得ることが出来るだろう。
やってくれるか?」
強制はできない。危険な任務だから。
貴方の答えは――
その街を悲劇が襲ったのは十年前。大妖『斬鉄』による襲来だ。
大妖は街を守っていた土蜘蛛の古妖を両断すると、満足したのかそのままどこかに去っていく。守りを失った町は大妖のおこぼれに預かろうとついてきた妖達に目をつけられることになった。必死に抗するが街は一年を持たず陥落。
妖は心を持たない。妖は知性を持たない。
慈悲なく打算なく意味もなく。妖はそこの住まう人々を殺し続ける。最後の一人が倒れ、そこを住家とする妖達。別の街に進むための拠点として妖の住処が誕生し、その街は人の営みの刺となっていた。
もはや一軍ともいえる妖の群れ。個々の能力のみではなく、数の上でも手が出せない街。
しかし群れという特性上、それは一つの弱点を抱えていた。
統括する存在を倒せば、烏合の衆と化す――
●FiVE
「簡単に言えば陽動作戦だ。元AAAの部隊が妖の群れを引き付けている間に、それを統括しているランク3の妖を倒す」
中 恭介(nCL2000002)は街の地図を机の上に広げながら、作戦を説明する。青の駒と赤の駒を地図に置き、説明しながら駒を動かしていく。
「夢見の情報でランク3の妖はこの交差点で指揮をとっている事が分かっている。妖の全軍が陽動部隊に向かっている隙を縫って、ランク3妖を討ってくれ。
大勢で奇襲をかければ直前で気づかれてしまうだろう。なので少数精鋭の実力者が求められる」
多少の護衛を残してはいるが、この妖を討つ機会はこれを除けばまずない。そう思っての作戦敢行である。
「危険を察したランク3はすぐさま部隊の一部を呼び戻すだろう。それらが戻れば勝機は薄い。すぐさま撤退してくれ」
しかも制限時間付きである。楽な戦いとはいかないだろう。それでも――
「博打に近い作戦だが、上手くいけば街を一つ妖の支配から解放することが出来る。すんでいた人々の無念を晴らすのと同時に、周囲の人たちの安心を得ることが出来るだろう。
やってくれるか?」
強制はできない。危険な任務だから。
貴方の答えは――

■シナリオ詳細
■成功条件
1.21ターン開始時までに幾何学ナイトメアを撃破する
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
久しぶりの純戦でござる。
●敵情報
・幾何学ナイトメア(×1)
自然系妖。ランク3。形状は正八面体の結晶体。様々な色に発光しながら、覚者達を惑わしてきます。
曰く『妖に対する町の人の恐怖の具現化』のようです。
攻撃方法
赤色発光 特近列 赤く発光し、近くにいる者に衝撃波を放ちます。【二連】
橙色発光 物遠列 橙に発光し、ホルモンバランスを狂わせます。【麻痺】【猛毒】
青色発光 物近貫3 青い光線を放ち、直線状の敵を薙ぎ払います。(100%、50%、25%)
紫色発光 特遠敵味全 紫色の光線を放ち、悪夢に誘います。【睡眠】【Mアタック100】【不安】【溜1】
白色発光 特遠列貫2 白く発光し、冷気で敵の動きを止めます。(100%、50%)【氷結】
・節足ピースメーカー(×3)
物質系妖。ランク1。同名の銃が大型犬程度まで巨大化し、銃座から虫のような節足が生えた妖です。
銃撃 物遠単 弾丸を放ち、敵を穿ちます。
血宴 物近単 節足で近寄る物を切り裂きます。【出血】
●NPC
・陽動部隊
元AAA隊員が主体で構成された部隊です。
妖の一軍を受け持っています。作戦中は出会うことはありません。
●場所情報
妖に蹂躙された街。その道路。十字路の真ん中。
時刻は昼。足場や広さは戦闘に支障なし。
戦闘開始時、敵前衛に『節足ピースメーカー(×3)』が。中衛に『幾何学ナイトメア』がいます。
事前付与は可能ですが、その分時間は流れます。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
7/8
公開日
2018年03月12日
2018年03月12日
■メイン参加者 7人■

●
遠くの方で妖の雄叫びが響き、それを打ち消すように鬨の声が上がる。この町を占拠していた妖の大部分と、FiVEの部隊が交戦しているのだ。
そしてその戦場を避けるように迂回する七人の覚者がいた。
「妖の手に落ちた街……別の街への足掛かりになってしまっているのであれば、捨て置く訳にはいきませんね」
本型の神具を握って『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が自らを奮い立たせる。この町を中心として妖が人間の住む場所を襲う事態が発生している。逆に言えば、この町の妖を退散させれば周囲の安全が確保されるのだ。
「こんな、妖の巣みたいなところがあるってだけで……周辺の街の人も、落ち着いて暮らせるわけない、よね……」
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は憂いを含んだ声を出し、唇をかみしめる。この町に来るまでに見た妖の爪痕。怯える人々の表情。それを思い出していた。悪夢をここで終わらせて、明るい朝を迎えるのだ。
「……今更ですけれど、街を取り戻せたら少しくらいは古妖さんのお弔いになるかしら……?」
この町を守った土蜘蛛のことを思い、上月・里桜(CL2001274)は祈るように胸に手を当てる。過去は取り戻せない。死んだ古妖は蘇らない。だけど街を奪還すればその無念は晴れるかもしれない。
「そうだな。だが今は――」
里桜の言葉に頷く『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)。言葉を飲み込んだのはこの戦いへの緊張から。ランク3の妖を短時間で撃破。それがこの街の平和につながっているのだ。拳を強く握り、その重圧をはねのける。
「どうあれやるべきことは妖退治や。結晶体の妖とか初めて見るけどな」
戦いのプレッシャーを受けながら『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)はカラカラと笑う。ランク3の妖の強さを侮っているわけではない。むしろその強さと相手することを楽しみにしていた。
「ええ。私達ならできる」
強く頷く三島 椿(CL2000061)。幼いころに両親を失った椿は、誰かを失うという悲しさをよく知っている。この町は妖により多くの者が多くの何かを失っていた。その悲劇を止める為にもここで妖を討たねばならないのだ。
「この街の人々と街を守って来た古妖の無念、晴らさせて貰うよ!」
視界に入った結晶体の妖を見ながら『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は覚醒する。群れを成す妖の統括者。それを倒せば妖は蜘蛛の子を散らすようになるだろう。数こそ多く手間ではあるが、殲滅しやすくなるのは確かだ。その為にも――
結晶体が緊急事態を告げる様に明滅する。一部の妖はこちらに戻ってくるだろうが、それまでには幾分かの猶予がある。約二百秒。戦場においては千金ともいえる時間。
カウントダウンが始まる。覚者と妖は刻まれる時の元、ぶつかり合った。
●
「いくよ!」
真っ先に動いたのは奏空だ。靴の神具で地面を踏みしめ、真っ直ぐに銃の妖に向かった。最優先で倒すべきは結晶体の妖だが、統率者の妖を庇う可能性があるとりまきを放置するわけにはいかない。自慢の速度を活かし、速攻で倒すのだ。
走った速度を殺すことなく蹴りを放つ。背骨を軸に体を半回転させての回し蹴り。そこからさらに体をもう半回転させて再度蹴りを放った。足から伝わる確かな感覚。悲鳴のようなうめき声をあげるピースメーカー。
「ピースメーカーは任せて!」
「ほなら結晶体はあたしに任せや!」
前世との繋がりを強く意識しながら凛が抜刀する。もはや無意識とも言えるレベルで行える動作。それは凛の心のスイッチ。鞘走る音と刃のきらめきが心を剣士に変えていく。軽口をたたきながらも、その瞳は熟練の古武術士のそれだった。
精神の昂りに比例するように『朱焔』が赤く燃え上がる。揺らめく炎が風になびく。燃える炎刀を携えて、結晶体の妖に迫る。相手は人型ではないが『中心線』はある。それが見えるならそこを中心に攻めるだけ。踏み込み、刀を真正面から振り下ろす。
「悲鳴上げへんから効いてるかどうかわからんなぁ」
「だったら粉々に砕くまでだ!」
トンファーを手にして一悟が吼える。どれだけ固い妖だろうとも、諦めずに戦えば勝てる。それは今まで自分達が証明してきたことだ。時間もなく、相手の強さも高い。だがそれは諦める理由にはならない。鳳凰が羽ばたくように舞い、味方の治癒力を高めていく。
弓を引き絞るようにトンファーで突きの構えを取る。鋭く、強く。イメージするのは一本の槍。それが妖二体を貫くように。裂帛と同時に突き出したトンファー。そこからhなたれる衝撃波がピースメーカーとナイトメアを揺らした。
「この町は解放させてもらうぜ!」
「妖の一群を引き受ける陽動部隊の負担は計り知れません」
遠くで戦う別動隊のことを思いながらラーラは神具を握りしめる。街の妖の大部分を引き付けるために、派手に攻めている仲間達。危険度は高く、下手をすると命を落とすかもしれない。心配だが、だからこそここで決めなくてはいけない。
『煌炎の書』を手に意識を集中する。ラーラの体内で源素が回転し、収束し、本に宿る。炎は魔導書の表紙で球を形成し、魔術的な文字を描きながら炎の密度を増していく。ララの意志と同時に炎球から放たれる炎の弾丸。連続して放たれる弾丸が結晶体を穿つ。
「この危険を顧みない協力を無駄にしないのはもちろん、少しでも早く戦闘を終わらせましょう」
「ええ。陽動してもらっている方達の為にも頑張らなくてはいけません」
ラーラの言葉に頷く里桜。この戦いは自分達だけのものではない。陽動を買って出た人達や、その武装を用意した裏方の皆。この地点を予測した夢見。色々な人の後押しがあって七人がここにいる。その努力を無為になどできようものか。
里桜の手から数枚の術符が舞う。それはひらりと舞った後に空中に固定されるように動きを止める。符の位置、太陽からの角度、互いの符の距離とそれらが織りなす図形。それが一つの陣となり、仲間を癒す結界となった。温かな熱が仲間の傷を癒していく。
「回復は私に任せてください。皆さんは妖を!」
「ええ。今回の私は攻撃中心で行くわ」
和弓を構え、椿は妖を射抜くように睨む。普段は回復を中心に戦っている椿だが、今回は攻撃を優先していた。短時間でランク3を打破しなくてはいけないのだ。守りに徹していては勝てない。
弓の弦に指をかけ、精神を集中させる。体内で活性化させた水の源素を矢のように鋭く尖らせる。狙うは節足ピースメーカーとその後ろに控えている幾何学ナイトメア。弦をはじくと同時にその二体を貫くように氷の矢が飛来し、貫いた。
「大丈夫。私達なら出来る」
「うん……全力で、攻撃だよ」
途切れ途切れに、しかしはっきりとミュエルが戦いの意志を見せる。理不尽な暴力や状況に口を閉ざし、俯いてしまう辛さを彼女はよく知っている。その痛みを知るからこそ、それを晴らすことが出来るこの機会を逃すつもりはない。
守護使役の『レンゲさん』と視線をかわし、植物の力を解放する。鼻腔をくすぐる新緑の香り。意識を覚醒させ、体内の治癒力を増す香しい風。幾何学ナイトメアからの攻撃に対抗する為に、仲間の耐性を高めていく。
「負けない……絶対に、倒れない、から」
その言葉は仲間全員の代弁。ここで負けるつもりも、簡単に倒れるつもりもない。
覚者達は皆理解していた。敵は妖だけではない。
刻一刻と流れる時間。これもまた、覚者達を追い込む敵となっていた。
●
幾何学ナイトメア。
そう名付けられた妖はランク3の火力としては弱く、どちらかというとバッドステータスで足止めしながらじわじわと追い詰めるタイプだ。それは直接的に街を壊滅させた『斬鉄』とは違い、街の恐怖を長引かせる妖の特性を示しているのかもしれない。
「ダメージはきつくないけど……厄介やなぁ!」
「妖が戻ってくるまでの時間稼ぎをするにはうってつけだな。この能力!」
眠り、麻痺、そして氷での行動制限。僅か一手の遅れが絶望的に影響する。
「大丈夫です。その回復は私が受け持ちます」
だがそれらのバッドステータスは里桜の癒しにより取り払われる。清らかな水が、悪夢のよどみを洗い流す。元来付与された自然回復力増加も含めて、覚者達が二〇秒以上足止めを受けることはなかった。
「次、紫の光が来るよ!」
節足ピースメーカーを相手しながら奏空は幾何学ナイトメアの動きを走査していた。相手が恐怖の感情から生まれた妖なら、感情を読む術式で動きが読める。動きを読み、次の手を打つ。この一手先を行く行動が、妖打破に大きく貢献していた。
「攻撃こおへんのやったら全力でいったるわ!」
大技の溜め状態に叩き込まれる日本刀。その技名は『古流剣術焔陰流・煌焔』。踏み込んで、手首を返しての三連斬。ナイトメアの攻撃に傷つきながらも、凛の動きは止まらない。絶望を知りながら笑顔で戦う。それが彼女の強み。
だが、妖はまだ止まらない。眠りを促す紫の光が放たれ、悪夢が心に植え付けられる。不安で足を止めれば、それだけ勝機は失われていく――
「アタシは……アタシ達は……負け、ないから……!」
勝機を繋ぎとめたのは、ミュエルの克己心。紫光の眠りからいち早く覚め、眠っている仲間のために動く。守護使役と連動して仲間を起こし、態勢を整えた。倒れない。悪意に負けない。その事に努力した少女の、渾身の一手。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
ミュエルに起こされたラーラの放つ炎が戦場を走る。高熱を伴った弾丸がナイトメアに命中し、その体力を大きく削っていく。魔術と共に歩むと決めた少女の詠唱によどみはない。その決意が強さとなったかのように、炎の矢は叩き込まれていく。
「これで最後だ!」
一悟のトンファーが振るわれ、最後のピースメーカーが倒れた。拳銃が元の大きさに戻っていくのを目にしながら、視線はナイトメアの方を向く。苦しめられている街を解放する。その為にこいつを倒さなくてはいけない。源素より熱い闘志を燃やし、神具を握る。
「残り時間は多くないわ。全力で行きましょう」
思考を止めることなく椿が妖に攻撃を加えていく。相手がどれだけ強かろうが、状況がどれだけ悪かろうが、私達は乗り越えてきた。だから今回も乗り越えられる。心を落ち着かせて、水の源素で仲間の傷を癒していく。
状況は確かに覚者が押していた。このまま戦えば、確実に妖を打破できるだろう。
だが問題は時間だ。数名の覚者は、強化された五感で迫ってくる妖の群れを察知していた。こちらに来るまで百秒足らず。夢見の予測とほぼ同じ。
「回復は俺がやる! オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ!」
走る緊張の中、真っ先に動いたのは奏空。真言を唱え、仲間の傷を癒す為に動く。物理攻撃に耐性のある自然系妖に攻撃は通じにくい為、回復役に移行したのだ。睡蓮からこぼれた水が波紋となって広がっていく。
「わかりました。私も攻撃に加わります」
そして今まで回復を担っていた里桜が口を開く。だいじょうぶ、うまくいく。慣れない攻撃だが、自分に暗示をかけて意識を切り替えた。術符を地面に張り付け、それを媒体に大地に源素を流し込む。ナイトメア真下の槌が隆起し、槌となって妖を穿つ。
「早く、しないと……妖、が……」
焦りを感じながらミュエルがナイトメアを攻める。三色スミレの造花を握りしめ、結晶体をしっかりとみる。妖を中心に高濃度の香が発生し、妖の肉体にダメージを与え、弱体させていく。
「てめぇは自分自身が出す恐怖を喰らいながら、地獄へ帰りやがれ!」
一悟の咆哮と同時に火柱が上がる。幾何学ナイトメアはこの町に住む者の恐怖がカタチとなった妖。その強さはこの街の絶望そのもの。燃える炎がその恐怖を晴らす希望の篝火となる。ここにお前の場所はないと、怒りの一撃が燃えあった。
「ここに残った人々の想いも辛さも全部全部。ここに溜まったものを解放してみせる」
時間がない。それを察しながら椿も攻勢に出た。青の羽根をはためかせ、風の弾丸を妖に叩き込む。妖のしぶとさはこの町の恐怖そのもの。妖の硬さはこの街の不安そのもの。そんなものには負けやしない。希望の風が妖を包み、悪夢を砕かんと爆ぜる。
「とっとと砕け散れ、このミョウバン野郎!」
叫びながら凛が刀を振るう。結晶体と鉄がぶつかり合い、耳障りな音が響く。二度、三度、四度。結晶体に傷を与えているのは間違いないが、砕くまでには至らない。繰り返される刀舞。そして金属音。
「ペスカ、お願い!」
ラーラは守護使役に短く言い、魔導書を向ける。呼ばれた守護使役は亜空間から金色の鍵を取り出し、魔導書の鍵穴にはめて回した。魔導書を中心に渦巻く熱気と赤光。封印を解かれた『煌炎の書』を手に、ラーラは焔弾を放つ。
幾何学ナイトメアが青く発光し、直線状にいる者を薙ぎ払う。覚者達はそれを避け、あるいは受け流す。回復に手を割いている余裕はない。秒針が半分まわるまでが撤退ライン。
里桜の土術がナイトメアに迫る。大地の隆起を避けきれず、妖の動きが止まった。その隙を逃すことなく一悟のトンファーが右から、凛の刃が左から幾何学ナイトメアに迫る。突き、叩き、燃やす一悟。二十一代続いた剣術を駆使し、妖を刻む凛。
白く発光するナイトメア。だがその冷気を打ち消すようにラーラの炎が戦場に広がる。封印を解かれた魔導書を手に最後の力を振り絞って炎を放った。冷気が消えた戦場を椿の風が走る。鋭い風の一閃がナイトメアを揺るがした。
力尽きそうな覚者達を支える奏空。薬師如来の加護はここにあると、皆を励まし奮い立たせる。悪意、恐怖、そして絶望。それらを込めた幾何学ナイトメアの攻撃に、一度も屈することのないミュエル。けして一撃に秀でることのない彼女だが、継続的にダメージを積み重ねられたのは大きな要素だ。
秒針は進む。妖の雄叫びが聞こえる。もはや目視できるレベルにまで迫った援軍。
だが覚者達の心に焦りはない。焦りはもう必要ない。
「消えなさい、悪夢。この町を解放させてもらうわ」
椿の羽根が羽ばたき、風の弾丸が放たれた。それは絶望の霧を払う清風となって、幾何学ナイトメアに迫る。
ガラスが割れるように、妖は砕け散った。
●
勝利の余韻に浸る余裕もなく、覚者達は逃走を開始する。あの数を相手に戦うつもりはない。確保してあった退路を使い、一目散に走りだす。
「大丈夫か!? けが人はいないか!?」
無事合流地点にまでたどり着き、保護を受ける覚者達。陽動部隊も戻ってきており、治療を受けている。無事ナイトメアを倒したことを告げると、合流地点に歓声が沸き上がった。
「やったぜ!」
「ありがとう!」
「後は残った妖を掃討するだけだ!」
街に残った妖は多いが、それでも統率者を失っているのなら大がかりな作戦は必要ない。分散している所を各個撃破していけばいいだけだ。
「これでこの場所は解放されたのよね? 良かった」
安堵する椿。完全に妖を駆逐するまで時間はかかるだろうが、それでも大きな一歩を進んだのは間違いない。ようやく人の営みが戻ってくるのだ。
「いつかきっと、人間が妖への恐怖に怯える時代を終わらせるんです」
歓声を聞きながらラーラは静かに呟く。それがどれだけ苦難かは想像すらできない。だけど今日、この町は人の手に戻った。ならばいつかは。
「あんたたちのおかげで助かったぜ。そっちの被害はどれぐらいなんだ?」
一悟は陽動部隊と話していた。彼らが多数の妖を引き付けていてくれれば、そもそも幾何学ナイトメア挑むことすらできなかったのだ。幸い陽動部隊の方の被害も大きくなく、一悟は安堵したように笑みを浮かべた。
「あれだけの数の妖を倒すのは大変だろうし、何かあったら手伝うよ」
胸を叩いて奏空が妖掃討の手伝いを買って出る。ナイトメアに指揮されていないとはいえ、多数の妖を排除するのは楽ではない。腕のいい覚者の協力はむしろ臨むところだ。
「流石に疲れたで。ま、あたしにかかればこんなもんやな」
緊張が解けて座り込む凛。だがこういう時こそ笑うものだと笑みを浮かべた。その笑顔につられるように陽動部隊の人達も笑う。この光景こそが、望んだものだった。
「本当に、よかった……。レンゲさんも、お疲れ、様……」
守護使役を撫でながらねぎらいの言葉をかけるミュエル。この街の復興はこれからで、いろいろ苦労はあるのだろう。先ずは一歩。その一歩に貢献できたことに喜びを感じていた。
「…………」
無言で祈りを捧げる里桜。この町を守っていた土蜘蛛に、これで街は救われましたと祈りを捧げていた。どうか安らかに眠ってほしい。
その想いが伝わったのか、暖かい春風が吹いた。
街の不安そのものと言える幾何学ナイトメアは倒れた。
まだ街に妖は残っているが、時間をかければその数はゼロになるだろう。
十年間という時間は取り戻せない。失った命は帰らず、苦しんだ時間は消え去らない。
だからこそ、ここから未来は大事にするしかない。
悪夢の支配は、人の手により砕けたのだから。
遠くの方で妖の雄叫びが響き、それを打ち消すように鬨の声が上がる。この町を占拠していた妖の大部分と、FiVEの部隊が交戦しているのだ。
そしてその戦場を避けるように迂回する七人の覚者がいた。
「妖の手に落ちた街……別の街への足掛かりになってしまっているのであれば、捨て置く訳にはいきませんね」
本型の神具を握って『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が自らを奮い立たせる。この町を中心として妖が人間の住む場所を襲う事態が発生している。逆に言えば、この町の妖を退散させれば周囲の安全が確保されるのだ。
「こんな、妖の巣みたいなところがあるってだけで……周辺の街の人も、落ち着いて暮らせるわけない、よね……」
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は憂いを含んだ声を出し、唇をかみしめる。この町に来るまでに見た妖の爪痕。怯える人々の表情。それを思い出していた。悪夢をここで終わらせて、明るい朝を迎えるのだ。
「……今更ですけれど、街を取り戻せたら少しくらいは古妖さんのお弔いになるかしら……?」
この町を守った土蜘蛛のことを思い、上月・里桜(CL2001274)は祈るように胸に手を当てる。過去は取り戻せない。死んだ古妖は蘇らない。だけど街を奪還すればその無念は晴れるかもしれない。
「そうだな。だが今は――」
里桜の言葉に頷く『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)。言葉を飲み込んだのはこの戦いへの緊張から。ランク3の妖を短時間で撃破。それがこの街の平和につながっているのだ。拳を強く握り、その重圧をはねのける。
「どうあれやるべきことは妖退治や。結晶体の妖とか初めて見るけどな」
戦いのプレッシャーを受けながら『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)はカラカラと笑う。ランク3の妖の強さを侮っているわけではない。むしろその強さと相手することを楽しみにしていた。
「ええ。私達ならできる」
強く頷く三島 椿(CL2000061)。幼いころに両親を失った椿は、誰かを失うという悲しさをよく知っている。この町は妖により多くの者が多くの何かを失っていた。その悲劇を止める為にもここで妖を討たねばならないのだ。
「この街の人々と街を守って来た古妖の無念、晴らさせて貰うよ!」
視界に入った結晶体の妖を見ながら『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は覚醒する。群れを成す妖の統括者。それを倒せば妖は蜘蛛の子を散らすようになるだろう。数こそ多く手間ではあるが、殲滅しやすくなるのは確かだ。その為にも――
結晶体が緊急事態を告げる様に明滅する。一部の妖はこちらに戻ってくるだろうが、それまでには幾分かの猶予がある。約二百秒。戦場においては千金ともいえる時間。
カウントダウンが始まる。覚者と妖は刻まれる時の元、ぶつかり合った。
●
「いくよ!」
真っ先に動いたのは奏空だ。靴の神具で地面を踏みしめ、真っ直ぐに銃の妖に向かった。最優先で倒すべきは結晶体の妖だが、統率者の妖を庇う可能性があるとりまきを放置するわけにはいかない。自慢の速度を活かし、速攻で倒すのだ。
走った速度を殺すことなく蹴りを放つ。背骨を軸に体を半回転させての回し蹴り。そこからさらに体をもう半回転させて再度蹴りを放った。足から伝わる確かな感覚。悲鳴のようなうめき声をあげるピースメーカー。
「ピースメーカーは任せて!」
「ほなら結晶体はあたしに任せや!」
前世との繋がりを強く意識しながら凛が抜刀する。もはや無意識とも言えるレベルで行える動作。それは凛の心のスイッチ。鞘走る音と刃のきらめきが心を剣士に変えていく。軽口をたたきながらも、その瞳は熟練の古武術士のそれだった。
精神の昂りに比例するように『朱焔』が赤く燃え上がる。揺らめく炎が風になびく。燃える炎刀を携えて、結晶体の妖に迫る。相手は人型ではないが『中心線』はある。それが見えるならそこを中心に攻めるだけ。踏み込み、刀を真正面から振り下ろす。
「悲鳴上げへんから効いてるかどうかわからんなぁ」
「だったら粉々に砕くまでだ!」
トンファーを手にして一悟が吼える。どれだけ固い妖だろうとも、諦めずに戦えば勝てる。それは今まで自分達が証明してきたことだ。時間もなく、相手の強さも高い。だがそれは諦める理由にはならない。鳳凰が羽ばたくように舞い、味方の治癒力を高めていく。
弓を引き絞るようにトンファーで突きの構えを取る。鋭く、強く。イメージするのは一本の槍。それが妖二体を貫くように。裂帛と同時に突き出したトンファー。そこからhなたれる衝撃波がピースメーカーとナイトメアを揺らした。
「この町は解放させてもらうぜ!」
「妖の一群を引き受ける陽動部隊の負担は計り知れません」
遠くで戦う別動隊のことを思いながらラーラは神具を握りしめる。街の妖の大部分を引き付けるために、派手に攻めている仲間達。危険度は高く、下手をすると命を落とすかもしれない。心配だが、だからこそここで決めなくてはいけない。
『煌炎の書』を手に意識を集中する。ラーラの体内で源素が回転し、収束し、本に宿る。炎は魔導書の表紙で球を形成し、魔術的な文字を描きながら炎の密度を増していく。ララの意志と同時に炎球から放たれる炎の弾丸。連続して放たれる弾丸が結晶体を穿つ。
「この危険を顧みない協力を無駄にしないのはもちろん、少しでも早く戦闘を終わらせましょう」
「ええ。陽動してもらっている方達の為にも頑張らなくてはいけません」
ラーラの言葉に頷く里桜。この戦いは自分達だけのものではない。陽動を買って出た人達や、その武装を用意した裏方の皆。この地点を予測した夢見。色々な人の後押しがあって七人がここにいる。その努力を無為になどできようものか。
里桜の手から数枚の術符が舞う。それはひらりと舞った後に空中に固定されるように動きを止める。符の位置、太陽からの角度、互いの符の距離とそれらが織りなす図形。それが一つの陣となり、仲間を癒す結界となった。温かな熱が仲間の傷を癒していく。
「回復は私に任せてください。皆さんは妖を!」
「ええ。今回の私は攻撃中心で行くわ」
和弓を構え、椿は妖を射抜くように睨む。普段は回復を中心に戦っている椿だが、今回は攻撃を優先していた。短時間でランク3を打破しなくてはいけないのだ。守りに徹していては勝てない。
弓の弦に指をかけ、精神を集中させる。体内で活性化させた水の源素を矢のように鋭く尖らせる。狙うは節足ピースメーカーとその後ろに控えている幾何学ナイトメア。弦をはじくと同時にその二体を貫くように氷の矢が飛来し、貫いた。
「大丈夫。私達なら出来る」
「うん……全力で、攻撃だよ」
途切れ途切れに、しかしはっきりとミュエルが戦いの意志を見せる。理不尽な暴力や状況に口を閉ざし、俯いてしまう辛さを彼女はよく知っている。その痛みを知るからこそ、それを晴らすことが出来るこの機会を逃すつもりはない。
守護使役の『レンゲさん』と視線をかわし、植物の力を解放する。鼻腔をくすぐる新緑の香り。意識を覚醒させ、体内の治癒力を増す香しい風。幾何学ナイトメアからの攻撃に対抗する為に、仲間の耐性を高めていく。
「負けない……絶対に、倒れない、から」
その言葉は仲間全員の代弁。ここで負けるつもりも、簡単に倒れるつもりもない。
覚者達は皆理解していた。敵は妖だけではない。
刻一刻と流れる時間。これもまた、覚者達を追い込む敵となっていた。
●
幾何学ナイトメア。
そう名付けられた妖はランク3の火力としては弱く、どちらかというとバッドステータスで足止めしながらじわじわと追い詰めるタイプだ。それは直接的に街を壊滅させた『斬鉄』とは違い、街の恐怖を長引かせる妖の特性を示しているのかもしれない。
「ダメージはきつくないけど……厄介やなぁ!」
「妖が戻ってくるまでの時間稼ぎをするにはうってつけだな。この能力!」
眠り、麻痺、そして氷での行動制限。僅か一手の遅れが絶望的に影響する。
「大丈夫です。その回復は私が受け持ちます」
だがそれらのバッドステータスは里桜の癒しにより取り払われる。清らかな水が、悪夢のよどみを洗い流す。元来付与された自然回復力増加も含めて、覚者達が二〇秒以上足止めを受けることはなかった。
「次、紫の光が来るよ!」
節足ピースメーカーを相手しながら奏空は幾何学ナイトメアの動きを走査していた。相手が恐怖の感情から生まれた妖なら、感情を読む術式で動きが読める。動きを読み、次の手を打つ。この一手先を行く行動が、妖打破に大きく貢献していた。
「攻撃こおへんのやったら全力でいったるわ!」
大技の溜め状態に叩き込まれる日本刀。その技名は『古流剣術焔陰流・煌焔』。踏み込んで、手首を返しての三連斬。ナイトメアの攻撃に傷つきながらも、凛の動きは止まらない。絶望を知りながら笑顔で戦う。それが彼女の強み。
だが、妖はまだ止まらない。眠りを促す紫の光が放たれ、悪夢が心に植え付けられる。不安で足を止めれば、それだけ勝機は失われていく――
「アタシは……アタシ達は……負け、ないから……!」
勝機を繋ぎとめたのは、ミュエルの克己心。紫光の眠りからいち早く覚め、眠っている仲間のために動く。守護使役と連動して仲間を起こし、態勢を整えた。倒れない。悪意に負けない。その事に努力した少女の、渾身の一手。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
ミュエルに起こされたラーラの放つ炎が戦場を走る。高熱を伴った弾丸がナイトメアに命中し、その体力を大きく削っていく。魔術と共に歩むと決めた少女の詠唱によどみはない。その決意が強さとなったかのように、炎の矢は叩き込まれていく。
「これで最後だ!」
一悟のトンファーが振るわれ、最後のピースメーカーが倒れた。拳銃が元の大きさに戻っていくのを目にしながら、視線はナイトメアの方を向く。苦しめられている街を解放する。その為にこいつを倒さなくてはいけない。源素より熱い闘志を燃やし、神具を握る。
「残り時間は多くないわ。全力で行きましょう」
思考を止めることなく椿が妖に攻撃を加えていく。相手がどれだけ強かろうが、状況がどれだけ悪かろうが、私達は乗り越えてきた。だから今回も乗り越えられる。心を落ち着かせて、水の源素で仲間の傷を癒していく。
状況は確かに覚者が押していた。このまま戦えば、確実に妖を打破できるだろう。
だが問題は時間だ。数名の覚者は、強化された五感で迫ってくる妖の群れを察知していた。こちらに来るまで百秒足らず。夢見の予測とほぼ同じ。
「回復は俺がやる! オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ!」
走る緊張の中、真っ先に動いたのは奏空。真言を唱え、仲間の傷を癒す為に動く。物理攻撃に耐性のある自然系妖に攻撃は通じにくい為、回復役に移行したのだ。睡蓮からこぼれた水が波紋となって広がっていく。
「わかりました。私も攻撃に加わります」
そして今まで回復を担っていた里桜が口を開く。だいじょうぶ、うまくいく。慣れない攻撃だが、自分に暗示をかけて意識を切り替えた。術符を地面に張り付け、それを媒体に大地に源素を流し込む。ナイトメア真下の槌が隆起し、槌となって妖を穿つ。
「早く、しないと……妖、が……」
焦りを感じながらミュエルがナイトメアを攻める。三色スミレの造花を握りしめ、結晶体をしっかりとみる。妖を中心に高濃度の香が発生し、妖の肉体にダメージを与え、弱体させていく。
「てめぇは自分自身が出す恐怖を喰らいながら、地獄へ帰りやがれ!」
一悟の咆哮と同時に火柱が上がる。幾何学ナイトメアはこの町に住む者の恐怖がカタチとなった妖。その強さはこの街の絶望そのもの。燃える炎がその恐怖を晴らす希望の篝火となる。ここにお前の場所はないと、怒りの一撃が燃えあった。
「ここに残った人々の想いも辛さも全部全部。ここに溜まったものを解放してみせる」
時間がない。それを察しながら椿も攻勢に出た。青の羽根をはためかせ、風の弾丸を妖に叩き込む。妖のしぶとさはこの町の恐怖そのもの。妖の硬さはこの街の不安そのもの。そんなものには負けやしない。希望の風が妖を包み、悪夢を砕かんと爆ぜる。
「とっとと砕け散れ、このミョウバン野郎!」
叫びながら凛が刀を振るう。結晶体と鉄がぶつかり合い、耳障りな音が響く。二度、三度、四度。結晶体に傷を与えているのは間違いないが、砕くまでには至らない。繰り返される刀舞。そして金属音。
「ペスカ、お願い!」
ラーラは守護使役に短く言い、魔導書を向ける。呼ばれた守護使役は亜空間から金色の鍵を取り出し、魔導書の鍵穴にはめて回した。魔導書を中心に渦巻く熱気と赤光。封印を解かれた『煌炎の書』を手に、ラーラは焔弾を放つ。
幾何学ナイトメアが青く発光し、直線状にいる者を薙ぎ払う。覚者達はそれを避け、あるいは受け流す。回復に手を割いている余裕はない。秒針が半分まわるまでが撤退ライン。
里桜の土術がナイトメアに迫る。大地の隆起を避けきれず、妖の動きが止まった。その隙を逃すことなく一悟のトンファーが右から、凛の刃が左から幾何学ナイトメアに迫る。突き、叩き、燃やす一悟。二十一代続いた剣術を駆使し、妖を刻む凛。
白く発光するナイトメア。だがその冷気を打ち消すようにラーラの炎が戦場に広がる。封印を解かれた魔導書を手に最後の力を振り絞って炎を放った。冷気が消えた戦場を椿の風が走る。鋭い風の一閃がナイトメアを揺るがした。
力尽きそうな覚者達を支える奏空。薬師如来の加護はここにあると、皆を励まし奮い立たせる。悪意、恐怖、そして絶望。それらを込めた幾何学ナイトメアの攻撃に、一度も屈することのないミュエル。けして一撃に秀でることのない彼女だが、継続的にダメージを積み重ねられたのは大きな要素だ。
秒針は進む。妖の雄叫びが聞こえる。もはや目視できるレベルにまで迫った援軍。
だが覚者達の心に焦りはない。焦りはもう必要ない。
「消えなさい、悪夢。この町を解放させてもらうわ」
椿の羽根が羽ばたき、風の弾丸が放たれた。それは絶望の霧を払う清風となって、幾何学ナイトメアに迫る。
ガラスが割れるように、妖は砕け散った。
●
勝利の余韻に浸る余裕もなく、覚者達は逃走を開始する。あの数を相手に戦うつもりはない。確保してあった退路を使い、一目散に走りだす。
「大丈夫か!? けが人はいないか!?」
無事合流地点にまでたどり着き、保護を受ける覚者達。陽動部隊も戻ってきており、治療を受けている。無事ナイトメアを倒したことを告げると、合流地点に歓声が沸き上がった。
「やったぜ!」
「ありがとう!」
「後は残った妖を掃討するだけだ!」
街に残った妖は多いが、それでも統率者を失っているのなら大がかりな作戦は必要ない。分散している所を各個撃破していけばいいだけだ。
「これでこの場所は解放されたのよね? 良かった」
安堵する椿。完全に妖を駆逐するまで時間はかかるだろうが、それでも大きな一歩を進んだのは間違いない。ようやく人の営みが戻ってくるのだ。
「いつかきっと、人間が妖への恐怖に怯える時代を終わらせるんです」
歓声を聞きながらラーラは静かに呟く。それがどれだけ苦難かは想像すらできない。だけど今日、この町は人の手に戻った。ならばいつかは。
「あんたたちのおかげで助かったぜ。そっちの被害はどれぐらいなんだ?」
一悟は陽動部隊と話していた。彼らが多数の妖を引き付けていてくれれば、そもそも幾何学ナイトメア挑むことすらできなかったのだ。幸い陽動部隊の方の被害も大きくなく、一悟は安堵したように笑みを浮かべた。
「あれだけの数の妖を倒すのは大変だろうし、何かあったら手伝うよ」
胸を叩いて奏空が妖掃討の手伝いを買って出る。ナイトメアに指揮されていないとはいえ、多数の妖を排除するのは楽ではない。腕のいい覚者の協力はむしろ臨むところだ。
「流石に疲れたで。ま、あたしにかかればこんなもんやな」
緊張が解けて座り込む凛。だがこういう時こそ笑うものだと笑みを浮かべた。その笑顔につられるように陽動部隊の人達も笑う。この光景こそが、望んだものだった。
「本当に、よかった……。レンゲさんも、お疲れ、様……」
守護使役を撫でながらねぎらいの言葉をかけるミュエル。この街の復興はこれからで、いろいろ苦労はあるのだろう。先ずは一歩。その一歩に貢献できたことに喜びを感じていた。
「…………」
無言で祈りを捧げる里桜。この町を守っていた土蜘蛛に、これで街は救われましたと祈りを捧げていた。どうか安らかに眠ってほしい。
その想いが伝わったのか、暖かい春風が吹いた。
街の不安そのものと言える幾何学ナイトメアは倒れた。
まだ街に妖は残っているが、時間をかければその数はゼロになるだろう。
十年間という時間は取り戻せない。失った命は帰らず、苦しんだ時間は消え去らない。
だからこそ、ここから未来は大事にするしかない。
悪夢の支配は、人の手により砕けたのだから。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
