【覚者の父】殺戮者、過去より来たる
●
「こっ、この化け物め!」
黒川が、悲鳴を上げながら火焔連弾をぶっ放す。
必殺の火行術式が、その男の身体に激突して火の粉に変わり、飛び散った。
筋骨隆々たる肉体が、赤々と照らし出される。軽い火傷くらいは負ったのかどうか。
とにかく、その男が軽く片手を動かした。太い五指が、分厚い掌が、発光した。
黒川が砕け散った。B.O.T.の直撃だった。
「て……てめえ、ファイヴか……」
速水が、怯えながらも斬・二の構えを取っている。
男が、そこへゆらりと踏み込んで行った。
「ファイヴ……? 違うな。俺は……AAAだ」
筋骨たくましい素足が獰猛に躍動し、速水を粉砕する。鋭刃想脚だった。
「AAA中級捜査官……天行現、辻堂剛弘。お前たち隔者を許してはおかん。妖共々、討ち滅ぼす」
隔者たちの屍を見渡しながら、その男は名乗った。
俺は今、屍の群れに混ざり、死んだふりをしている。
無様だとは思うが、無謀よりはマシであろう。生きてさえいれば、対策を立てる事が出来る。
死んだふりをしながら、俺は可能な限り男を観察した。
若い男である。25、6歳といったところか。たくましい長身に、長い髪がまとわりついている。全裸、に近い姿である。
完全装備の隔者集団が、しかし全く歯が立たずに俺以外、虐殺された。
戦闘と言うよりは、一方的な虐殺。
七星剣の戦闘部隊を相手に、それを成し遂げた男が、呟きながら歩み去って行く。
「隔者も、妖も、世の人々を脅かすもの。生かしてはおかん。そのためのAAAだ。俺たちは……人々を守るために戦っているんだよ、父さん……」
●
化け物、消えろ。出て行け。
私が息子に浴びせた、それが最後の言葉であった。
「剛弘……」
辻堂家の墓石に、私は語りかけていた。
妻がここに入ったのは先週の事だ。息子は、入っていない。
遺体が発見されなかったからだ。
AAAは、そう言っていた。
無論、私も妻も納得しなかったが、息子を返せなどと詰め寄る資格が我々にはない。
私たちは息子を拒絶し、追い出した。だから息子はAAAに入り、妖と戦うしかなくなってしまったのだ。
そして20年ほど前、妖との戦いで命を落とした。
私たちは、この世に残された。何か罪を犯したわけでもない、ただ力に目覚めてしまっただけの息子を、化け物と罵り拒絶し放逐した両親として。
「すまなかった、許してくれ……なんて言う資格も、私たちにはないんだろうな……剛弘……」
剛弘に会える。会って、謝る事が出来る。もちろん許してはくれないだろうけど、謝罪の気持ちを伝える事は出来る。
それを喜びながら、妻は逝ってしまった。享年65歳。私も同い年である。
息子は、16歳で死んだ。
我ら両親のみならず、友達からも教師からも化け物と言われ、学校に通う事も出来ず、ただ妖と戦うだけの生き方へと追い込まれてしまったのだ。
償いなど、出来るわけがなかった。何をしても、剛弘はもう帰って来てはくれないのだ。
足音が、聞こえた。
「元AAA中級捜査官・辻堂剛弘の父親……辻堂満彦というのは、貴様だな」
声をかけてきたのは、死神のような男である。黒い翼を背負い、巨大な鎌を携えている。
そんな、わけのわからぬ男が、わけのわからぬ事を言った。
「息子はどこにいる。貴様の家にいるのなら、会わせてもらおう」
「息子は、この墓の中に……は、おりませんが。もう、この世にもおりませんよ」
私は、そう答えるしかなかった。
「20年も前に……」
「1997年、第二次妖討伐抗争時に紅蜘蛛・継美との戦いで命を落とした。そういう事に、なっているようだな」
死神のような男が、凶悪に微笑んだ。
「俺たち七星剣に喧嘩を売ってくれたのは……じゃあ幽霊か、アンデッド系の妖か何か、って事になるのかな。それも引っくるめて、調べ上げなきゃならん。とにかくなぁ爺さん、あんたの息子とおぼしき野郎が派手に殺し合いを挑んできてくれたわけよ。殺られっぱなしじゃ七星剣の面子にかかわるんでな」
男の話を聞かずに、私は逃げ出していた。
剛弘が生きている。そんな話は、言いがかりであるに決まっていた。
自慢する事ではないが、私の家にはいくらか資産がある。この20年間、贖罪の真似事のように働いた結果だ。言いがかりや因縁をつけて、私から金を奪おうとする輩が後を絶たない。
ここで私が殺されたり捕えられたりしたら、私の事業に携わる多くの人々に迷惑がかかる。
それを言い訳にして、私は逃げた。本当はただ命が惜しいだけだ。
「人質の役に立つかどうかは、わからんが……一応、身柄を確保させてもらうぜ。爺さんよ」
男の声が、背後に迫る。私など、すぐ追いつかれてしまうに決まっていた。
捕えられ、殺されてしまうべきなのかも知れない。私には、命を惜しむ資格などないのだ。
(だが……剛弘……お前が本当に、生きているのなら……)
「こっ、この化け物め!」
黒川が、悲鳴を上げながら火焔連弾をぶっ放す。
必殺の火行術式が、その男の身体に激突して火の粉に変わり、飛び散った。
筋骨隆々たる肉体が、赤々と照らし出される。軽い火傷くらいは負ったのかどうか。
とにかく、その男が軽く片手を動かした。太い五指が、分厚い掌が、発光した。
黒川が砕け散った。B.O.T.の直撃だった。
「て……てめえ、ファイヴか……」
速水が、怯えながらも斬・二の構えを取っている。
男が、そこへゆらりと踏み込んで行った。
「ファイヴ……? 違うな。俺は……AAAだ」
筋骨たくましい素足が獰猛に躍動し、速水を粉砕する。鋭刃想脚だった。
「AAA中級捜査官……天行現、辻堂剛弘。お前たち隔者を許してはおかん。妖共々、討ち滅ぼす」
隔者たちの屍を見渡しながら、その男は名乗った。
俺は今、屍の群れに混ざり、死んだふりをしている。
無様だとは思うが、無謀よりはマシであろう。生きてさえいれば、対策を立てる事が出来る。
死んだふりをしながら、俺は可能な限り男を観察した。
若い男である。25、6歳といったところか。たくましい長身に、長い髪がまとわりついている。全裸、に近い姿である。
完全装備の隔者集団が、しかし全く歯が立たずに俺以外、虐殺された。
戦闘と言うよりは、一方的な虐殺。
七星剣の戦闘部隊を相手に、それを成し遂げた男が、呟きながら歩み去って行く。
「隔者も、妖も、世の人々を脅かすもの。生かしてはおかん。そのためのAAAだ。俺たちは……人々を守るために戦っているんだよ、父さん……」
●
化け物、消えろ。出て行け。
私が息子に浴びせた、それが最後の言葉であった。
「剛弘……」
辻堂家の墓石に、私は語りかけていた。
妻がここに入ったのは先週の事だ。息子は、入っていない。
遺体が発見されなかったからだ。
AAAは、そう言っていた。
無論、私も妻も納得しなかったが、息子を返せなどと詰め寄る資格が我々にはない。
私たちは息子を拒絶し、追い出した。だから息子はAAAに入り、妖と戦うしかなくなってしまったのだ。
そして20年ほど前、妖との戦いで命を落とした。
私たちは、この世に残された。何か罪を犯したわけでもない、ただ力に目覚めてしまっただけの息子を、化け物と罵り拒絶し放逐した両親として。
「すまなかった、許してくれ……なんて言う資格も、私たちにはないんだろうな……剛弘……」
剛弘に会える。会って、謝る事が出来る。もちろん許してはくれないだろうけど、謝罪の気持ちを伝える事は出来る。
それを喜びながら、妻は逝ってしまった。享年65歳。私も同い年である。
息子は、16歳で死んだ。
我ら両親のみならず、友達からも教師からも化け物と言われ、学校に通う事も出来ず、ただ妖と戦うだけの生き方へと追い込まれてしまったのだ。
償いなど、出来るわけがなかった。何をしても、剛弘はもう帰って来てはくれないのだ。
足音が、聞こえた。
「元AAA中級捜査官・辻堂剛弘の父親……辻堂満彦というのは、貴様だな」
声をかけてきたのは、死神のような男である。黒い翼を背負い、巨大な鎌を携えている。
そんな、わけのわからぬ男が、わけのわからぬ事を言った。
「息子はどこにいる。貴様の家にいるのなら、会わせてもらおう」
「息子は、この墓の中に……は、おりませんが。もう、この世にもおりませんよ」
私は、そう答えるしかなかった。
「20年も前に……」
「1997年、第二次妖討伐抗争時に紅蜘蛛・継美との戦いで命を落とした。そういう事に、なっているようだな」
死神のような男が、凶悪に微笑んだ。
「俺たち七星剣に喧嘩を売ってくれたのは……じゃあ幽霊か、アンデッド系の妖か何か、って事になるのかな。それも引っくるめて、調べ上げなきゃならん。とにかくなぁ爺さん、あんたの息子とおぼしき野郎が派手に殺し合いを挑んできてくれたわけよ。殺られっぱなしじゃ七星剣の面子にかかわるんでな」
男の話を聞かずに、私は逃げ出していた。
剛弘が生きている。そんな話は、言いがかりであるに決まっていた。
自慢する事ではないが、私の家にはいくらか資産がある。この20年間、贖罪の真似事のように働いた結果だ。言いがかりや因縁をつけて、私から金を奪おうとする輩が後を絶たない。
ここで私が殺されたり捕えられたりしたら、私の事業に携わる多くの人々に迷惑がかかる。
それを言い訳にして、私は逃げた。本当はただ命が惜しいだけだ。
「人質の役に立つかどうかは、わからんが……一応、身柄を確保させてもらうぜ。爺さんよ」
男の声が、背後に迫る。私など、すぐ追いつかれてしまうに決まっていた。
捕えられ、殺されてしまうべきなのかも知れない。私には、命を惜しむ資格などないのだ。
(だが……剛弘……お前が本当に、生きているのなら……)

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者9人の撃破
2.辻堂満彦の保護
3.なし
2.辻堂満彦の保護
3.なし
資産家の老人・辻堂満彦氏(65歳)が、七星剣に拉致されようとしております。
場所はとある墓地と言うか霊園。駆け付けた覚者の皆様のもとへ、満彦氏が助けを求めて駆け寄ったところが状況開始となります。満彦氏を挟んで、皆様と七星剣隔者たちが対峙している形です。
オープニング中に登場する隔者は、土行翼・西尾興盛(27歳)。武器は大鎌で、使用スキルはエアブリット、疾風双斬、岩砕。彼は実は8名の手下を引き連れております。
●天行獣・酉
2名、前衛。武器は装着型の鉤爪で、使用スキルは猛の一撃、雷獣。ちなみに西尾興盛は、この2名を左右に従えて前衛中央に陣取ります。
●木行怪
6名。3名ずつ中衛・後衛を成します。僧形で、武器は妖力を秘めた錫杖。使用スキルは破眼光、棘散舞。
戦闘前、満彦氏を皆様の背後に庇う事が出来ます。そのまま逃がしていただいても構いません。隔者たちが満彦氏を追うのは、皆様を倒した後です。
逆に隔者たちを倒して、満彦氏を守って下さい。
広い霊園なので、お墓の配置など気にせず戦う事が出来ます。時間帯は昼。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年02月23日
2018年02月23日
■メイン参加者 6人■

●
両親は、自分を慈しみ育ててくれた。それは間違いない。
だが、と『歪を見る眼』葦原赤貴(CL2001019)は思う。
化け物を、人間として仕上げ直さなければならない。化け物として世に放つわけにはいかない。葦原家の名誉にかけて。
そんな思いも、両親にはあったのではないか。
そうであるにしても、化け物を化け物のまま放り捨てようとはしなかった。父も、母も。
そんな葦原家の方が、実は正常ではないのか。
家族を、化け物と呼んでひたすら拒絶する。それこそが正常な人間社会のありようである、というのであれば。
「……オレは異常者でいい。社会不適合者で一向に構わん」
赤貴は鯨骨斧を構え、前方を見据えた。
あちらから走って来た老人が、立ち竦む。
そこへ『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)が声をかける。
「御老人は私たちの後ろに! 出来れば、隙を見て逃げてクダサイネ! ここは私たちにお任せデース!」
リーネは胸を叩いた。叩いた拳が、豊満な膨らみにボヨーンと跳ね返される。
赤貴は、目を逸らせた。
立ち竦んでいた老人が、弱々しい声を発する。
「貴方がたは……もしや、覚者の方々? 私を、助けて下さるのですか……?」
「辻堂満彦さん、ですよね。俺たちは貴方を守ります!」
赤貴、リーネと並んで前衛の位置に立ちながら『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、満彦老人を己の背後に庇う。
「そして……七星剣、あんた方はぶっ飛ばす!」
「……ファイヴ、か」
辻堂満彦を追って来た男たちが、とりあえずは立ち止まった。
「まったく、どこにでも出て来る連中だな」
「いつでもどこでも登場のファイヴだからね。あんたたちが、どこでどんな悪事を働いてても止めるよ」
「今はここで、こんな悪事を働いているというわけだね」
言いつつ『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が、前衛に進み出て来て機化硬・改を発動させる。
「ううむ。物騒な民が徒党を組んでオジイチャーン1人を拉致しようとは……余の知ってるオレオレ詐欺と違うよ、ツム姫」
「七星剣は、オレオレ詐欺なんてヌルい犯罪はしないよね?」
空中でふわりと翼を広げ、演舞・清爽を披露しながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が微笑みかける。
満彦老人の身柄を狙う、七星剣の戦闘部隊にだ。
「ボクはね、ボクと関わったヒトたちが大団円に行き着ける道を模索したい……ケンカ別れしちゃったお父さんと息子さんが、もう1度会うための道を、だから切り拓くよ」
言葉と共に紡が、キラキラと術式の煌めきを降らせてくる。
「それを邪魔する、七星剣のキミたち。おとなしく退散してくれるように一応、警告だけはしておくね」
「俺たちからも警告しておこうか、ファイヴの坊ちゃん嬢ちゃん方。その爺を置いて、大人しく立ち去れ……そしてな、この件には関わらねえ方がいい」
戦闘部隊の指揮官……七星剣隔者・土行翼の西尾興盛が言った。
「皆殺しにされるぜ……あの化け物野郎に、なあ」
大鎌を振りかざす西尾の左右で、天行獣・酉の隔者2名が、装着型の鉤爪を構える。
その後方では、6人もの僧形の男たちが中衛・後衛の形に陣取っている。
計8名もの隔者を背後に従え、西尾はなおも言う。
「その前に、ここで俺たちに殺されるか?」
「……殺させマセン。死なせはしマセンヨ。私の後ろにいる人、もう誰も」
リーネが、己の頬をパンと叩いて気合いを入れる。
気合いと共に、土行の護りが彼女の全身に漲ってゆく。
「……よし、デス! ちょっと落ち込んでマシタけど、もう大丈夫。赤貴君の目の前で、いつまでも腑抜けていられマセンしネ! ってちょっと、無し! 今のセリフ無しデース!」
慌てて顔を赤らめるリーネを、赤貴は追及しない事にした。
「……まあ何でもいいが、気負い過ぎるなよリーネさん」
言いつつ赤貴は、前世の「誰か」と同調をした。錬覇法・改であった。
「老人、早く逃げろ」
「覚者の、方々が……私を、助けて下さる……」
満彦老人が、震えている。
「私には、そのような資格が……ないのですよ……」
資格云々と言うのなら、この老人にはそもそも後悔をする資格がない。赤貴は、そう思う。
今になって後悔をするのなら何故、拒絶をしたのだ。自分の家族を、息子を。
赤貴は思わず、そう叫んでしまうところだった。
「……今は、逃げようぜ。じーちゃん」
代わりのように『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言った。
「逃げて、生き延びなきゃダメだ。後悔してんなら尚更だぜ」
●
年長者に対し、偉そうな事を言っている。それは翔も、自覚はしていた。
とにかく、満彦老人の枯れ木にも似た細身を、半ば引きずるようにして走り出す。
「さ。こっちだぜ、じーちゃん」
「は、はい……」
翔に護衛され、逃げ去って行く老人を、西尾が追おうとする。それをリーネが阻んだ。
「おっと、人攫いなんてイケマセンヨ? お年寄り相手に9対1なんて恥ずかしいデショウシ、私たちがお相手しマース……もちろん恥ずかしいデスヨネ? いくら七星剣の方々でも、最低限の恥を知る心くらいはネー?」
「貴様……」
「君主たる八神卿を筆頭に、七星剣には喧嘩自慢の勇士が揃っていると聞くが」
プリンスが、煽りに参加した。
「……その割に、貴君らのやってる事は弱い者イジメばっかりではないのかね。たまには王家と遊んでいきなよ」
「有効性が不確実な人質を、確保するために……死にたいのなら来い、世の寄生虫ども」
赤貴の言葉が、西尾を本格的に激昂させたようだ。
「ガキども……ここで死ぬ道を選んじまったなあ!」
大鎌が、一閃した。
死神の斬撃を思わせる疾風双斬が、リーネと赤貴、プリンス、それに奏空を薙ぎ払う。覚者4名が、鮮血を散らせて揺らぐ。
瑠璃色の光が、飛び散った。血は、すぐに止まった。
そこへ2名の酉が、鉤爪を向ける。
鉤爪の周囲で黒雲が渦巻き、発光して雷鳴を轟かせる。雷獣。横向きの落雷が、4人の覚者を直撃する。
瑠璃色の光が、またしても飛散した。覚者たちに絡みついた電光が、消えてゆく。
「……薬師如来様が、俺たちを護ってくれる」
数珠をかざしながら、奏空が言った。
彼の術式が、瑠璃色の光となって覚者6人をキラキラと包み込んでいる。
「出血も、電撃の痺れも、この魔訶瑠璃光が消し去ってくれるよ」
「助かる……!」
赤貴が踏み込んで身を屈め、地面に拳を叩き付けた。
大量の鉱物粒子が噴出し、少年の周囲で何本もの刀剣を形成する。
それらが、一斉に発射された。
「湧いて群がる寄生虫どもを潰すには、やはり面制圧だな……坤陣・麁正」
土行術式で生み出された投剣の雨が、七星剣の中後衛を襲う。
僧形の隔者6名が、切り裂かれて血飛沫を飛ばしながらも錫杖をかざし、反撃に出た。
「危ない……これは、回復だね」
紡が羽ばたいて水行術式を放散させる。
隔者6人分の術式が、赤貴を、リーネを、プリンスを、奏空を、荊で切り裂き光で撃ち抜く。棘散舞と、破眼光だった。
直撃を受け、よろめく4人に、紡の『潤しの雨』が降り注ぐ。
そんな戦いを遠くから見守る位置まで、翔は満彦老人を引き連れて後退していた。
「ここまで下がりゃあ……ひとまずは大丈夫だぜ、じーちゃん」
「あ……あの、貴方がたは」
戦線に戻ろうとする翔を、老人が懸命に呼び止める。
「あの七星剣という方々が、息子の名を……貴方たちは、息子の……辻堂剛弘の行方を、もしやご存じでは……」
「……それをな、オレたちが知りてえ」
中司令官曰く、七星剣の戦闘部隊が1つ壊滅したのは事実であるらしい。皆殺し同然の状態であったという。
その皆殺しを実行した、辻堂剛弘なる覚者あるいは隔者に関しては、これから様々な事を調べ上げなければならない。父親であるというこの老人は、確かに情報源ではある。
そんな事とは関係なく、この辻堂満彦という人物に確認しておかなければならない事が1つある。
翔は訊いた。
「なあ、じーちゃん。息子さんが本当に生きてたとしたら……あんた、会いたいか?」
「私に……そのような資格は……」
「会いたいかどうか、それだけをオレは訊いてる」
翔は、じっと老人の目を見据えた。
「多分これから……あんた自身の意志ってもんが、重要になってくると思うんだ」
●
霧が出て来た。
術式『迷霧』が、七星剣の隔者たちに絡み付く。
その濃霧の中を、影が疾る。疾駆が跳躍、そして猛襲となった。
「コマンドブーツ……初めてだけど、どうだ! 俺の蹴りはっ!」
奏空の、珍しい蹴りによる『地烈』である。
西尾それに酉の2名が、蹴り飛ばされて吹っ飛んだ。
「こっ……このガキ……ッ!」
西尾が空中で羽ばたいて体勢を直しつつ、印を結ぶ。
暴風の塊が、砲弾の如く発射された。エアブリットだった。
その直撃を喰らったのは、奏空を半ば押しのけるようにして西尾の眼前に割り込んで来たリーネである。
鮮血の飛沫を散らせながら、リーネは仰け反り、よろめいた。
暴風の砲弾が砕け散り、その破片が小さな旋風の刃となって西尾を襲う。
「ぐっ! こ、こいつは……!」
「紫鋼塞……ふふっ。タイプじゃない殿方からのプレゼントは、そのままお返しシマスヨー」
リーネが、血まみれで微笑んだ。
「さ、もう1度アタックしてみてはイカガ? こっぴどくフラれただけで、もうあきらめてしまうのデスカー? 七星剣の殿方だらしないデスネー」
「……気色悪いんだよっ、クソ女が!」
西尾がもう1度、エアブリットを放った。
暴風の砲弾がリーネを直撃し、砕け散りながら跳ね返り、西尾の全身を切り裂いた。
「ぐわっ! きっ、貴様……」
「……そんなプレゼントでは、私の心を掴む事は出来マセンネー」
墜落した西尾に、リーネがゆらりと迫る。血まみれで、ニコニコと微笑みながら。
「殿方としての魅力……赤貴君を見て、少し勉強してはどうデスカー?」
「ひっ……!」
怯える西尾に向かって、赤貴が踏み込んで行く。
「無茶をするな、リーネさん……まあ、オレから学べるものなど何もないが」
少年とは思えぬ剛力が、鯨骨斧を猛回転そして一閃させる。
赤貴の地烈が、七星剣前衛を薙ぎ払い圧倒していた。
「オレは、キサマら七星剣を大いに……反面教師にさせてもらうぞ、その無様さ!」
前衛で、そのような戦いが繰り広げられている間。
七星剣の中後衛が、紡1人に狙いを定めていた。
僧形の隔者6人が、一斉に錫杖を掲げ、術式を放つ。棘散舞と、破眼光。
「とっ……回復要員に、狙いを絞ろうってわけだね。正解……」
紡が、翼に包まるようにして防御の構えを取った、その時。
翔が、眼前に着地した。
隔者3人分の棘散舞と、同じく3人分の破眼光が、翔1人を直撃していた。
「相棒……!」
紡は息を呑んだ。
光が翔の身体を穿ち、荊が翔の全身を切り裂いてゆく。
こんな事してくれる必要はない、術式攻撃なら自分は耐えられた。
そんな言葉が、喉元まで込み上げて来る。
(ボクが……よっぽど、頼りないって事だよね……)
紡は翼を広げ、潤しの雨を降らせた。まず行わなければならない事は、仲間たちの傷の治療である。
「……助かったぜ、紡」
水行の癒しを得た翔が、血まみれの荊を全身に絡ませたまま苦しげに微笑み、弱々しく立ち上がる。
「ありがとよ……って、どうしたんだよ紡。泣きそうじゃねーか」
「怪我した人を、治して戦場に放り込む。まるで機械を修理するみたいに……ボクのやってる事って、それだよね……」
紡は言った。
「そんなボクを、翔は守ってくれる……ボクが翔を、守らなきゃいけないのに……」
「何言ってんだ。紡が治して送り出してくれるから、オレたちは戦えるんだぜ」
言いつつ翔が、紡の頭をぽんと撫でる。
「……オレも全然だな。紡に、そんな顔させちまうようじゃ」
「相棒……」
普段の翔は、紡の方が頭を撫でてやるような少年だ。
だが今の翔は、紡を翼もろとも抱き締めてしまえそうな長身の青年である。
その長身に絡み付いていた荊が、水飛沫と共に剥がれ落ちて消滅した。
リーネの『深想水』であった。
「……自己犠牲も程々にしないと駄目デスヨー成瀬君。守ってくれる男の子はカッコいいデスケド、守ってもらう女の子の方は気が気じゃないんデスカラ、ネ」
「うん、リーネさんも程々にね」
「なっ、何デスカ工藤君。何で私が」
「リーネさんが無茶ばっかりして気が気じゃない男の子が、ここにいるよー」
「……オレの頭を撫でるな」
「はっはっは、そうだな赤貴! オレたちで、みんなを守ろうぜ」
「おい成瀬、便乗してオレの頭を撫でるな」
「うん、そろそろいいかな貴公たち」
敵陣深くに突入したプリンスが、隔者たちによる袋叩きに遭っていた。
「助けてくれると嬉しいが、どうだろう」
大鎌、鉤爪、棘散舞や破眼光。全方向から降り注ぐ攻撃を受けながら、プリンスがのんびりと言う。
リーネが感心した。
「さすが! 王子が八卦の構えを取ると、頑丈さが違いマスネ!」
「だけど何か、血がどくどく出てるよ」
「……機械油も、漏れているようだな」
「よっしゃ王子、今助けるぜ!」
奏空と赤貴がプリンスの負傷状況を分析し、翔が雷獣の印を結ぶ。
助ける。守る。そのために戦う。
結局、今はそれしかないのだと紡は思うしかなかった。
(そんな戦いを、早く終わらせるために……ひたすら戦うのがヒーロー、なの? ねえ相棒……)
●
八卦の構えによるカウンター、からの地烈。
その連撃が、僧形の隔者たちを吹っ飛ばした。
「滅殺殲光斬にも耐えた、この八卦の構え・極……打ち破る事など出来はしないさ」
言い放ちながら、プリンスは戦場を見渡した。
もはや動いている隔者は、西尾1人である。
奏空が言った。
「これまでだよ西尾さん。降服して、お縄についてくれないかな。脅すような言い方で嫌なんだけど」
「そんな事したら、お前……七星剣じゃ生きていけねえんだよ!」
西尾の気合いと共に巨岩が生じ、砕け散って覚者たちを襲う。岩砕だった。
赤貴が、リーネを突き飛ばした。
降り注ぐ岩の破片、その大部分が赤貴を直撃した。
リーネが悲鳴を上げ、西尾がなおも叫ぶ。
「殺られたら殺り返す! それが出来ねえ隔者に、生きる価値なんざぁねえんだよ!」
「だから辻堂剛弘さんを、捜し出して……殺す、か。よくわかったよ」
奏空の小柄な身体が、旋風のように回転・躍動した。
目視不可能な回し蹴りが、西尾を打ち倒す。激鱗だった。
「あんたたちは結局……こうやって止めるしかない、って事がね」
ふわりと片足を着地させる奏空。その足元に沈んだまま、西尾は動けず呻いている。
他8名の隔者は、死体寸前の状態で気を失っていた。
「結局は、生かして捕縛……か」
血まみれのまま、赤貴が言った。
「まあ、手間も内部軋轢も減る……悪くはない、か」
「赤貴君!」
リーネが、赤貴を抱き締めて黙らせた。
「無理しちゃ駄目って言ったじゃないデスカ! 怪我とか絶対駄目って言ったじゃナイデスカぁああああッ!」
「お、おいリーネさん落ち着けって。赤貴が死んじまう」
翔が言った。
リーネの胸で、赤貴は血まみれで窒息しかけている。
「もうっ! お姉さんを心配させちゃイケマセンネ!」
「……あんまりラブコメやってると、抹茶ソフトとかおごらされるよー」
奏空が、意味不明な事を言っている。
ともあれ、戦いはひとまず終わった。
要救助者であった老人に、プリンスは声をかけた。
「はーいオジイチャーン、余だよ! 健康? 余はね先週、肝臓注意されちゃった」
「……お酒、ですか? いけませんな、その若さで」
辻堂満彦老人が言った。
「ともあれ……本当に、ありがとうございました。覚者の皆様が、私を……私などを……」
「そういうのは無しで。ね? お爺ちゃん」
紡が微笑みかけた。
「もうね、息子ちゃんには会うしかないと思う。じゃないと、その心のモヤモヤ……絶対、無くならないから」
「その息子さんの事なんだけど」
奏空の口調が、改まっている。
「……満彦さんには、色々とお聞きしなきゃいけません。話すの辛いとは思いますけど」
「息子は……AAAで戦い、20年ほど前に亡くなりました。私はそのように思い込んでおりましたが」
「AAA……か」
翔が一瞬、考え込んだ。
「なあ奏空。元AAAの連中が何人か、七星剣に流れ込んでたよな」
「……辻堂剛弘さんも? いやだけど、七星剣と殺し合いを」
「隔者というのは……協調の出来ない連中だ。仲違い殺し合いなど、珍しくもない」
赤貴がようやくリーネの胸から脱出し、言った。
「あるいは……この老人の息子が、七星剣のおかしな実験で正気を失っているとも考えられる。今のところ、根拠のない推測だが」
「剛弘が……そのような事に……」
満彦老人が、懐の何かを握り締めている。ロザリオか。
いや、違う。
十字架に似てはいるが、それは「光り輝く目」をモチーフにした、ペンダント状の御守りであった。
「それは……」
プリンスは軽く、息を呑んだ。紡と、翔もだ。
老人が、なおも語る。
「これは……とある村で、いただいたものです。私、実は……許しを求めるあまり……」
「悪い事じゃねーと思うぜ。あれが、別に変な宗教じゃねえってのはオレたちも知ってる」
翔が、続いて紡が言った。
「……会ったんだ? お爺ちゃん。あの子たちに」
「私が、私自身を許さない限り、息子は……剛弘は、決して私を許してはくれない」
祈りを捧げるように、老人は言った。
「……おみつめ様は、そう……おっしゃいました……」
両親は、自分を慈しみ育ててくれた。それは間違いない。
だが、と『歪を見る眼』葦原赤貴(CL2001019)は思う。
化け物を、人間として仕上げ直さなければならない。化け物として世に放つわけにはいかない。葦原家の名誉にかけて。
そんな思いも、両親にはあったのではないか。
そうであるにしても、化け物を化け物のまま放り捨てようとはしなかった。父も、母も。
そんな葦原家の方が、実は正常ではないのか。
家族を、化け物と呼んでひたすら拒絶する。それこそが正常な人間社会のありようである、というのであれば。
「……オレは異常者でいい。社会不適合者で一向に構わん」
赤貴は鯨骨斧を構え、前方を見据えた。
あちらから走って来た老人が、立ち竦む。
そこへ『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)が声をかける。
「御老人は私たちの後ろに! 出来れば、隙を見て逃げてクダサイネ! ここは私たちにお任せデース!」
リーネは胸を叩いた。叩いた拳が、豊満な膨らみにボヨーンと跳ね返される。
赤貴は、目を逸らせた。
立ち竦んでいた老人が、弱々しい声を発する。
「貴方がたは……もしや、覚者の方々? 私を、助けて下さるのですか……?」
「辻堂満彦さん、ですよね。俺たちは貴方を守ります!」
赤貴、リーネと並んで前衛の位置に立ちながら『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、満彦老人を己の背後に庇う。
「そして……七星剣、あんた方はぶっ飛ばす!」
「……ファイヴ、か」
辻堂満彦を追って来た男たちが、とりあえずは立ち止まった。
「まったく、どこにでも出て来る連中だな」
「いつでもどこでも登場のファイヴだからね。あんたたちが、どこでどんな悪事を働いてても止めるよ」
「今はここで、こんな悪事を働いているというわけだね」
言いつつ『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が、前衛に進み出て来て機化硬・改を発動させる。
「ううむ。物騒な民が徒党を組んでオジイチャーン1人を拉致しようとは……余の知ってるオレオレ詐欺と違うよ、ツム姫」
「七星剣は、オレオレ詐欺なんてヌルい犯罪はしないよね?」
空中でふわりと翼を広げ、演舞・清爽を披露しながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が微笑みかける。
満彦老人の身柄を狙う、七星剣の戦闘部隊にだ。
「ボクはね、ボクと関わったヒトたちが大団円に行き着ける道を模索したい……ケンカ別れしちゃったお父さんと息子さんが、もう1度会うための道を、だから切り拓くよ」
言葉と共に紡が、キラキラと術式の煌めきを降らせてくる。
「それを邪魔する、七星剣のキミたち。おとなしく退散してくれるように一応、警告だけはしておくね」
「俺たちからも警告しておこうか、ファイヴの坊ちゃん嬢ちゃん方。その爺を置いて、大人しく立ち去れ……そしてな、この件には関わらねえ方がいい」
戦闘部隊の指揮官……七星剣隔者・土行翼の西尾興盛が言った。
「皆殺しにされるぜ……あの化け物野郎に、なあ」
大鎌を振りかざす西尾の左右で、天行獣・酉の隔者2名が、装着型の鉤爪を構える。
その後方では、6人もの僧形の男たちが中衛・後衛の形に陣取っている。
計8名もの隔者を背後に従え、西尾はなおも言う。
「その前に、ここで俺たちに殺されるか?」
「……殺させマセン。死なせはしマセンヨ。私の後ろにいる人、もう誰も」
リーネが、己の頬をパンと叩いて気合いを入れる。
気合いと共に、土行の護りが彼女の全身に漲ってゆく。
「……よし、デス! ちょっと落ち込んでマシタけど、もう大丈夫。赤貴君の目の前で、いつまでも腑抜けていられマセンしネ! ってちょっと、無し! 今のセリフ無しデース!」
慌てて顔を赤らめるリーネを、赤貴は追及しない事にした。
「……まあ何でもいいが、気負い過ぎるなよリーネさん」
言いつつ赤貴は、前世の「誰か」と同調をした。錬覇法・改であった。
「老人、早く逃げろ」
「覚者の、方々が……私を、助けて下さる……」
満彦老人が、震えている。
「私には、そのような資格が……ないのですよ……」
資格云々と言うのなら、この老人にはそもそも後悔をする資格がない。赤貴は、そう思う。
今になって後悔をするのなら何故、拒絶をしたのだ。自分の家族を、息子を。
赤貴は思わず、そう叫んでしまうところだった。
「……今は、逃げようぜ。じーちゃん」
代わりのように『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が言った。
「逃げて、生き延びなきゃダメだ。後悔してんなら尚更だぜ」
●
年長者に対し、偉そうな事を言っている。それは翔も、自覚はしていた。
とにかく、満彦老人の枯れ木にも似た細身を、半ば引きずるようにして走り出す。
「さ。こっちだぜ、じーちゃん」
「は、はい……」
翔に護衛され、逃げ去って行く老人を、西尾が追おうとする。それをリーネが阻んだ。
「おっと、人攫いなんてイケマセンヨ? お年寄り相手に9対1なんて恥ずかしいデショウシ、私たちがお相手しマース……もちろん恥ずかしいデスヨネ? いくら七星剣の方々でも、最低限の恥を知る心くらいはネー?」
「貴様……」
「君主たる八神卿を筆頭に、七星剣には喧嘩自慢の勇士が揃っていると聞くが」
プリンスが、煽りに参加した。
「……その割に、貴君らのやってる事は弱い者イジメばっかりではないのかね。たまには王家と遊んでいきなよ」
「有効性が不確実な人質を、確保するために……死にたいのなら来い、世の寄生虫ども」
赤貴の言葉が、西尾を本格的に激昂させたようだ。
「ガキども……ここで死ぬ道を選んじまったなあ!」
大鎌が、一閃した。
死神の斬撃を思わせる疾風双斬が、リーネと赤貴、プリンス、それに奏空を薙ぎ払う。覚者4名が、鮮血を散らせて揺らぐ。
瑠璃色の光が、飛び散った。血は、すぐに止まった。
そこへ2名の酉が、鉤爪を向ける。
鉤爪の周囲で黒雲が渦巻き、発光して雷鳴を轟かせる。雷獣。横向きの落雷が、4人の覚者を直撃する。
瑠璃色の光が、またしても飛散した。覚者たちに絡みついた電光が、消えてゆく。
「……薬師如来様が、俺たちを護ってくれる」
数珠をかざしながら、奏空が言った。
彼の術式が、瑠璃色の光となって覚者6人をキラキラと包み込んでいる。
「出血も、電撃の痺れも、この魔訶瑠璃光が消し去ってくれるよ」
「助かる……!」
赤貴が踏み込んで身を屈め、地面に拳を叩き付けた。
大量の鉱物粒子が噴出し、少年の周囲で何本もの刀剣を形成する。
それらが、一斉に発射された。
「湧いて群がる寄生虫どもを潰すには、やはり面制圧だな……坤陣・麁正」
土行術式で生み出された投剣の雨が、七星剣の中後衛を襲う。
僧形の隔者6名が、切り裂かれて血飛沫を飛ばしながらも錫杖をかざし、反撃に出た。
「危ない……これは、回復だね」
紡が羽ばたいて水行術式を放散させる。
隔者6人分の術式が、赤貴を、リーネを、プリンスを、奏空を、荊で切り裂き光で撃ち抜く。棘散舞と、破眼光だった。
直撃を受け、よろめく4人に、紡の『潤しの雨』が降り注ぐ。
そんな戦いを遠くから見守る位置まで、翔は満彦老人を引き連れて後退していた。
「ここまで下がりゃあ……ひとまずは大丈夫だぜ、じーちゃん」
「あ……あの、貴方がたは」
戦線に戻ろうとする翔を、老人が懸命に呼び止める。
「あの七星剣という方々が、息子の名を……貴方たちは、息子の……辻堂剛弘の行方を、もしやご存じでは……」
「……それをな、オレたちが知りてえ」
中司令官曰く、七星剣の戦闘部隊が1つ壊滅したのは事実であるらしい。皆殺し同然の状態であったという。
その皆殺しを実行した、辻堂剛弘なる覚者あるいは隔者に関しては、これから様々な事を調べ上げなければならない。父親であるというこの老人は、確かに情報源ではある。
そんな事とは関係なく、この辻堂満彦という人物に確認しておかなければならない事が1つある。
翔は訊いた。
「なあ、じーちゃん。息子さんが本当に生きてたとしたら……あんた、会いたいか?」
「私に……そのような資格は……」
「会いたいかどうか、それだけをオレは訊いてる」
翔は、じっと老人の目を見据えた。
「多分これから……あんた自身の意志ってもんが、重要になってくると思うんだ」
●
霧が出て来た。
術式『迷霧』が、七星剣の隔者たちに絡み付く。
その濃霧の中を、影が疾る。疾駆が跳躍、そして猛襲となった。
「コマンドブーツ……初めてだけど、どうだ! 俺の蹴りはっ!」
奏空の、珍しい蹴りによる『地烈』である。
西尾それに酉の2名が、蹴り飛ばされて吹っ飛んだ。
「こっ……このガキ……ッ!」
西尾が空中で羽ばたいて体勢を直しつつ、印を結ぶ。
暴風の塊が、砲弾の如く発射された。エアブリットだった。
その直撃を喰らったのは、奏空を半ば押しのけるようにして西尾の眼前に割り込んで来たリーネである。
鮮血の飛沫を散らせながら、リーネは仰け反り、よろめいた。
暴風の砲弾が砕け散り、その破片が小さな旋風の刃となって西尾を襲う。
「ぐっ! こ、こいつは……!」
「紫鋼塞……ふふっ。タイプじゃない殿方からのプレゼントは、そのままお返しシマスヨー」
リーネが、血まみれで微笑んだ。
「さ、もう1度アタックしてみてはイカガ? こっぴどくフラれただけで、もうあきらめてしまうのデスカー? 七星剣の殿方だらしないデスネー」
「……気色悪いんだよっ、クソ女が!」
西尾がもう1度、エアブリットを放った。
暴風の砲弾がリーネを直撃し、砕け散りながら跳ね返り、西尾の全身を切り裂いた。
「ぐわっ! きっ、貴様……」
「……そんなプレゼントでは、私の心を掴む事は出来マセンネー」
墜落した西尾に、リーネがゆらりと迫る。血まみれで、ニコニコと微笑みながら。
「殿方としての魅力……赤貴君を見て、少し勉強してはどうデスカー?」
「ひっ……!」
怯える西尾に向かって、赤貴が踏み込んで行く。
「無茶をするな、リーネさん……まあ、オレから学べるものなど何もないが」
少年とは思えぬ剛力が、鯨骨斧を猛回転そして一閃させる。
赤貴の地烈が、七星剣前衛を薙ぎ払い圧倒していた。
「オレは、キサマら七星剣を大いに……反面教師にさせてもらうぞ、その無様さ!」
前衛で、そのような戦いが繰り広げられている間。
七星剣の中後衛が、紡1人に狙いを定めていた。
僧形の隔者6人が、一斉に錫杖を掲げ、術式を放つ。棘散舞と、破眼光。
「とっ……回復要員に、狙いを絞ろうってわけだね。正解……」
紡が、翼に包まるようにして防御の構えを取った、その時。
翔が、眼前に着地した。
隔者3人分の棘散舞と、同じく3人分の破眼光が、翔1人を直撃していた。
「相棒……!」
紡は息を呑んだ。
光が翔の身体を穿ち、荊が翔の全身を切り裂いてゆく。
こんな事してくれる必要はない、術式攻撃なら自分は耐えられた。
そんな言葉が、喉元まで込み上げて来る。
(ボクが……よっぽど、頼りないって事だよね……)
紡は翼を広げ、潤しの雨を降らせた。まず行わなければならない事は、仲間たちの傷の治療である。
「……助かったぜ、紡」
水行の癒しを得た翔が、血まみれの荊を全身に絡ませたまま苦しげに微笑み、弱々しく立ち上がる。
「ありがとよ……って、どうしたんだよ紡。泣きそうじゃねーか」
「怪我した人を、治して戦場に放り込む。まるで機械を修理するみたいに……ボクのやってる事って、それだよね……」
紡は言った。
「そんなボクを、翔は守ってくれる……ボクが翔を、守らなきゃいけないのに……」
「何言ってんだ。紡が治して送り出してくれるから、オレたちは戦えるんだぜ」
言いつつ翔が、紡の頭をぽんと撫でる。
「……オレも全然だな。紡に、そんな顔させちまうようじゃ」
「相棒……」
普段の翔は、紡の方が頭を撫でてやるような少年だ。
だが今の翔は、紡を翼もろとも抱き締めてしまえそうな長身の青年である。
その長身に絡み付いていた荊が、水飛沫と共に剥がれ落ちて消滅した。
リーネの『深想水』であった。
「……自己犠牲も程々にしないと駄目デスヨー成瀬君。守ってくれる男の子はカッコいいデスケド、守ってもらう女の子の方は気が気じゃないんデスカラ、ネ」
「うん、リーネさんも程々にね」
「なっ、何デスカ工藤君。何で私が」
「リーネさんが無茶ばっかりして気が気じゃない男の子が、ここにいるよー」
「……オレの頭を撫でるな」
「はっはっは、そうだな赤貴! オレたちで、みんなを守ろうぜ」
「おい成瀬、便乗してオレの頭を撫でるな」
「うん、そろそろいいかな貴公たち」
敵陣深くに突入したプリンスが、隔者たちによる袋叩きに遭っていた。
「助けてくれると嬉しいが、どうだろう」
大鎌、鉤爪、棘散舞や破眼光。全方向から降り注ぐ攻撃を受けながら、プリンスがのんびりと言う。
リーネが感心した。
「さすが! 王子が八卦の構えを取ると、頑丈さが違いマスネ!」
「だけど何か、血がどくどく出てるよ」
「……機械油も、漏れているようだな」
「よっしゃ王子、今助けるぜ!」
奏空と赤貴がプリンスの負傷状況を分析し、翔が雷獣の印を結ぶ。
助ける。守る。そのために戦う。
結局、今はそれしかないのだと紡は思うしかなかった。
(そんな戦いを、早く終わらせるために……ひたすら戦うのがヒーロー、なの? ねえ相棒……)
●
八卦の構えによるカウンター、からの地烈。
その連撃が、僧形の隔者たちを吹っ飛ばした。
「滅殺殲光斬にも耐えた、この八卦の構え・極……打ち破る事など出来はしないさ」
言い放ちながら、プリンスは戦場を見渡した。
もはや動いている隔者は、西尾1人である。
奏空が言った。
「これまでだよ西尾さん。降服して、お縄についてくれないかな。脅すような言い方で嫌なんだけど」
「そんな事したら、お前……七星剣じゃ生きていけねえんだよ!」
西尾の気合いと共に巨岩が生じ、砕け散って覚者たちを襲う。岩砕だった。
赤貴が、リーネを突き飛ばした。
降り注ぐ岩の破片、その大部分が赤貴を直撃した。
リーネが悲鳴を上げ、西尾がなおも叫ぶ。
「殺られたら殺り返す! それが出来ねえ隔者に、生きる価値なんざぁねえんだよ!」
「だから辻堂剛弘さんを、捜し出して……殺す、か。よくわかったよ」
奏空の小柄な身体が、旋風のように回転・躍動した。
目視不可能な回し蹴りが、西尾を打ち倒す。激鱗だった。
「あんたたちは結局……こうやって止めるしかない、って事がね」
ふわりと片足を着地させる奏空。その足元に沈んだまま、西尾は動けず呻いている。
他8名の隔者は、死体寸前の状態で気を失っていた。
「結局は、生かして捕縛……か」
血まみれのまま、赤貴が言った。
「まあ、手間も内部軋轢も減る……悪くはない、か」
「赤貴君!」
リーネが、赤貴を抱き締めて黙らせた。
「無理しちゃ駄目って言ったじゃないデスカ! 怪我とか絶対駄目って言ったじゃナイデスカぁああああッ!」
「お、おいリーネさん落ち着けって。赤貴が死んじまう」
翔が言った。
リーネの胸で、赤貴は血まみれで窒息しかけている。
「もうっ! お姉さんを心配させちゃイケマセンネ!」
「……あんまりラブコメやってると、抹茶ソフトとかおごらされるよー」
奏空が、意味不明な事を言っている。
ともあれ、戦いはひとまず終わった。
要救助者であった老人に、プリンスは声をかけた。
「はーいオジイチャーン、余だよ! 健康? 余はね先週、肝臓注意されちゃった」
「……お酒、ですか? いけませんな、その若さで」
辻堂満彦老人が言った。
「ともあれ……本当に、ありがとうございました。覚者の皆様が、私を……私などを……」
「そういうのは無しで。ね? お爺ちゃん」
紡が微笑みかけた。
「もうね、息子ちゃんには会うしかないと思う。じゃないと、その心のモヤモヤ……絶対、無くならないから」
「その息子さんの事なんだけど」
奏空の口調が、改まっている。
「……満彦さんには、色々とお聞きしなきゃいけません。話すの辛いとは思いますけど」
「息子は……AAAで戦い、20年ほど前に亡くなりました。私はそのように思い込んでおりましたが」
「AAA……か」
翔が一瞬、考え込んだ。
「なあ奏空。元AAAの連中が何人か、七星剣に流れ込んでたよな」
「……辻堂剛弘さんも? いやだけど、七星剣と殺し合いを」
「隔者というのは……協調の出来ない連中だ。仲違い殺し合いなど、珍しくもない」
赤貴がようやくリーネの胸から脱出し、言った。
「あるいは……この老人の息子が、七星剣のおかしな実験で正気を失っているとも考えられる。今のところ、根拠のない推測だが」
「剛弘が……そのような事に……」
満彦老人が、懐の何かを握り締めている。ロザリオか。
いや、違う。
十字架に似てはいるが、それは「光り輝く目」をモチーフにした、ペンダント状の御守りであった。
「それは……」
プリンスは軽く、息を呑んだ。紡と、翔もだ。
老人が、なおも語る。
「これは……とある村で、いただいたものです。私、実は……許しを求めるあまり……」
「悪い事じゃねーと思うぜ。あれが、別に変な宗教じゃねえってのはオレたちも知ってる」
翔が、続いて紡が言った。
「……会ったんだ? お爺ちゃん。あの子たちに」
「私が、私自身を許さない限り、息子は……剛弘は、決して私を許してはくれない」
祈りを捧げるように、老人は言った。
「……おみつめ様は、そう……おっしゃいました……」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
