新たなる覚醒『異』
新たなる覚醒『異』



「人々の心が闇に閉ざされ、虚無と絶望が世を覆い尽くす……今、この時代! まさに聖王国最終戦争期の再来と言えるわね。光の戦士たる私たちが破滅の使徒を討ち滅ぼし、世界に希望を取り戻さなければならない。預言書に記された聖戦の時が来たのよ、エスメラーダ!」
 常日頃こんな事を言っているので、玉村愛華には友達がいない。
 エスメラーダというのは私・星崎玲子の事だ。
 愛華曰く『聖王国第3王女にして浄化の戦士・破邪の光輪の使い手アステリアの魂の盟友たる妖精族の姫騎士・慈愛の光明の使い手エスメラーダ』が私の前世であるらしい。
 愛華は、なおも言った。
「私の前世……光輪の戦士アステリアの記憶と使命が今、私の中で蘇りつつある。新たなる最終戦争の時は近いわよ、エスメラーダ」
「そ、そう。大変だね愛華……じゃなくて、アステリア」
 私の、こんな曖昧な態度が、そもそも良くないのだ。
 最初のうちに、きっぱりと愛華に言ってやるべきだったのだ。妄想は程々にして現実に戻れ、と。
 それが出来なかったのは、聖なる王女・光の戦士アステリアとしての己の前世を嬉々として語り始めた愛華が、あまりにもかわいそうだったからだ。
 何やら私の前世までも決められてしまったが、それにも付き合った。
 そのせいで、愛華はさらに深い妄想へとはまり込んでしまった。
 来年は高校受験である。担任も、愛華の両親も、途方に暮れている。
 受験など問題にならぬほど恐ろしい事がしかし今、愛華の身には起こっているのだ。
「まずは……闇に閉ざされた人々の心に、破邪の光をッ!」
 叫びながら愛華が、小さな拳を振るう。綺麗な平手を叩きつける。細い足で、蹴りを見舞う。
 柔道部員である藤川の巨体が、一方的に叩きのめされていた。
 クラスの男子で1番の乱暴者が、鼻血と涙を垂れ流し、泣き喚いている。
 泣き喚く藤川を、愛華はなおも容赦なく張り倒し、蹴り転がした。
「耐えなさい、これは浄化よ!」
 叫ぶ愛華の両眼が、赤く禍々しく光を発していた。
 彼女の妄想は、今や妄想では済まなくなっている。
 光の戦士アステリア、であるかどうかはわからない。とにかく愛華は、今や存在しない前世の誰かを、本当に見つけてしまったのだ。見つけ、繋がり、その誰かの力を手に入れてしまったのだ。
 そんな愛華に直接、手を出すのは確かに恐ろしかろう。
 だから市原たちは、愛華と親しい私を標的にした。
 私の教科書やノートを切り刻み、私の机に汚物を突っ込み、私の写真を卑猥なコラ画像に仕上げてネットに上げた。
 それに愛華が激怒して、市原を呼び出したのだ。この屋上に。
 クラスの女王である市原真由香には、藤川を筆頭にボディーガード気取りの取り巻きが大勢いる。その全員を引き連れて、市原は現れた。
 その全員が今、血まみれで泣きじゃくっている。
「やめて愛華! いいから、もういいから!」
 藤川を殺してしまいかねない愛華に、私はしがみついていた。
 市原が、怯えている。
「こ……このバケモノ女……わかってんだよ、あんた例のカクシャって奴だろ……」
「そんなものではないわ。私は浄化の戦士、光輪の使い手アステリアよ」
「偉そうに演説して、綺麗事ばっか言いやがって! 結局カクシャなんてのは頭のおかしいバケモノじゃねえかよおおおお!」
 市原の叫びを掻き消す爆音が、上空から近付いて来る。
 ヘリコプター、のようなものが3体、鋭利なローターを猛回転させながら屋上に降り立った。
 ヘリ、と言うよりはドローンか。まるでアニメロボットのように人型をしている。2メートルを超える全身各所にローターを備えた、機械仕掛けの大男たち。
 覚者たちの演説にも名が出た、妖という怪物たちであろう。
 それが3体、襲いかかって来る。猛回転するローターの刃で、市原を、その取り巻きたちを、切り刻もうとする。
 愛華が、踏み込んで行った。
「平和を愛する聖王国の民とは比べるべくもない愚民たち……だけど守ってあげる。光輪の聖戦士アステリアの名にかけて!」
 血飛沫が散った。
 人型ドローンの1体がよろめいた。愛華の全身は、ズタズタに切り苛まれている。
 血まみれのまま、愛華は叫んだ。
「エスメラーダ、この愚民たちを連れて逃げなさい!」
「逃げる……私、愛華を置いて……」
 市原も、藤川も、他の連中も、泣き喚きながら逃げ去って行く。
 そちらへ襲いかかろうとする人型ドローンたちの眼前に、愛華は回り込んでいた。鮮血を振りまきながら。
「破滅の使徒……お前たちの相手は、このアステリアよ」
(妖精族の姫騎士エスメラーダ……本当にいるのなら、私にも力を貸して!)
 私の叫びに、妖精の姫が応えてくれた、わけではないだろう。
 ただ、どこかで門が開いた。私は、そう感じた。
「愛華を、助けなきゃ……せめて愛華の、怪我を治してあげなきゃ……だから、お願い……」
 私の背中で、羽が広がった。一瞬、そんな気がしたが無論、錯覚であろう。
 


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.妖の殲滅
2.発現者・星崎玲子の生存
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 今回の敵は妖3体。違法飛行ドローンが、人型ロボット状の物質系ランク2の妖となったものであります。

 場所は某県の中学校屋上。時間帯は昼。
 女子1名男子5名、計6人の生徒が逃げ惑っており、その全員を守るべく1人の少女が妖3体と戦っています。

 彼女の名は玉村愛華。天行暦の覚者あるいは隔者。『光輪の戦士アステリア』であるかどうかはともかく前世持ちで、状況開始時点では満身創痍、妖の攻撃をあと1度受ければ死亡します。が、何かしら回復を施してあげた場合は、その限りではありません。

 その後方(愛華を前衛とすると、後衛の位置)では、愛華の唯一の親友である少女・星崎玲子が、異の因子を発現させたところですが当然、戦力にはなりません。妖の攻撃を食らえば即死します。ただ、皆様の戦闘の展開次第では覚醒まで行くかも知れません。

 妖3体は全て前衛で、攻撃手段はローターによる斬撃(物近列)。基本、近くにいる人間を襲うので、覚者の皆様がお逃げにならない限りは、妖の攻撃が非戦闘員に向かう事はないでしょう。

 玉村愛華は、生きている限り戦おうとします。使用スキルは錬覇法、正拳、鋭刃脚、召雷で、覚者の皆様の言う事は聞きません。自分の事を完全に『光の聖戦士アステリア』だと思い込んでおります。

 星崎玲子の方はもちろん『妖精族の姫騎士エスメラーダ』などという前世があるわけではありません。彼女は前世持ちではなく、異邦人です。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2018年03月11日

■メイン参加者 6人■

『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『地を駆ける羽』
如月・蒼羽(CL2001575)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)


 思い出すのは、姉の眼差しである。
「何だろうな……かわいそうな子を辛抱強く見守る保母さんの目、って言うか」
 現在『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は、空を飛んでいる。
 あの時の自分の心も、同じくらいには舞い上がっていた。
「俺の前世、忍者だぜー! ってなって、家の中はしゃぎ回って」
「お姉さん……きっと微笑ましかった、んだと思う」
 細腕で奏空を抱えて飛翔しながら、桂木日那乃(CL2000941)は言った。
「それより、着いた……」
「ん、ありがとう日那乃ちゃん。離してもらって構わないよ」
 とある中学校の、校舎の屋上である。
 機会仕掛けの大男が3体、全身各所のローターを、飛行ではなく斬撃のために猛回転させている。
 そして、逃げ惑う中学生たちを斬り殺しにかかる。
 それをさせまいと、血まみれで立ち身構える1人の少女。
「安心なさい愚民ども、お前たちであろうと守ってあげるわ。聖王国の名にかけて……第3王女たる、この光輪の戦士アステリアが! 破滅の使徒の暴虐を許しはしない!」
 あの時の自分がいる、と奏空は思った。
「だから、ってわけじゃないけど放ってはおけない。玉村愛華さん、君を助けるよ!」
 日那乃が手を離し、奏空は屋上に着地した。
 玉村愛華が、じろりと眼光を向けてくる。
「……誰、貴方は」
「ファイヴの覚者だよ。妖との戦いは俺たちに任せて、下がるんだ。君は怪我をしてるじゃないか」
 ローターによる斬撃を受けたのだろう。少女の細い身体はザックリと裂傷を負い、血に染まっている。
 そんな状態でありながら、玉村愛華は言った。
「この程度……傷のうちに入らないわ。私は光の聖戦士アステリア、破邪の光輪を持ちたる浄化の担い手! 破滅の使徒との戦いは私の使命なのよ」
「うーん……お見事。何とか病の真っ最中に因子覚醒とか」
 困ったような声を発しながら『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が、羽ばたき飛翔している。日那乃と同じく、両の細腕で1人の覚者を抱え運びながら。
「ね、そーちゃん。前世持ちの人たちって基本、こう?」
「……………………全否定は、出来ないけど」
 運ばれているのは『地を駆ける羽』如月蒼羽(CL2001575)である。
「前世は、あくまで前世だって事を忘れちゃいけない。それを、あの子に教えないとね……行ってきます」
「ほい。カッコ良く決めてねー」
 紡が手を離し、蒼羽が軽やかに着地を決める。
 奏空と2人で、愛華を含む中学生たちを背後に庇う形となった。
「何、貴方たちは……そこをどきなさい! 破滅の使徒とは、私が戦うのよ」
 元気なのは愛華1人で、他の少年少女は怯え悲鳴を上げ、あたふたと動き回ったり尻餅をついたりしている。
 いや。ただ1人だけ、微動だにせず佇んでいる少女がいた。
 眼鏡越しに愛華を見据えたまま、体内で静かに、何かを芽吹かせつつある少女。
 彼女は今、門を開こうとしている。奏空は、そう感じた。
 それは、開いてはならない門なのではないか、とも。
「星崎玲子ちゃん、だよね」
 その少女の傍らに、紡がふわりと着地する。
「お友達を、守りたいんだね。だけど戦いはボクたちに任せてくれないかな」
「ファイヴの……覚者の方々、ですか」
 星崎玲子の口調は、落ち着いたものだ。
 覚者の心構えが、すでに出来てしまっている、と奏空は思った。それが好ましい事であるのかどうかは、わからない。
「愛華を、助けて……守って、下さるんですか?」
「もちろん、キミもね」
 紡が微笑む。
 覚者の力は、誰かを守るためにある。それを紡は教えようとしている。
 今、門を開きつつある少女に。
 今は存在しない前世の誰かと、繋がってしまった少女に。
「何よ、貴方たち……私の、聖なる戦いの邪魔をしないで! 破滅の使徒を討ち倒して世に平和をもたらすのは、光輪の戦士たるこの私の使命なのよ!」
「……重症」
 容赦のない天使の如く降り立った日那乃が、愛華を細腕で捕え、翼で包み込み、引きずって行く。
「ちょっと離しなさい! 貴女は何、破滅の使徒の仲間なの!? はっ、さては貴女……聖王国の裏切り者、琥珀の剣聖ナスカローザの生まれ変わりね! 最終戦争直前に破滅の使徒と内通した罪、今こそ裁いてあげるわ! さあ剣を抜きなさい!」
「わたし剣、持ってない……いい加減にしないと、この開かない本で……ぶつ」
 引きずられて行く愛華を、蒼羽が微笑ましげに見送っている。
「面白い子だね」
「……本当に、ごめんなさい」
 玲子が、深々と頭を下げた。
「あんまり失礼が過ぎるようでしたら、ぶっていただいて構いませんから……誰に対しても、あんな調子なんです。悪い子じゃないんですけど」
「わかるよ。身を挺して、君たちを守ろうとしていた」
 ローターを荒々しく回転させて猛り狂う物質系妖3体と、油断なく睨み合ったまま、奏空は言った。
「だから次は、俺たちが守る番。蒼羽さん、行こう」
「そうだね。覚者の戦いの、お手本を見せる……なんていうのは、おこがましいけれど」
 奏空と蒼羽、暦の覚者2名の両眼が攻撃的に発光する。
 前世の、誰かとの同調。
 自分の前世は、忍びの者であるらしい。蒼羽の、それに愛華の前世は、いかなるものか。聖王国が存在していたのかどうかはともかく、同じ前世持ちの覚者として興味がないと言えば嘘になる。
 が、そんな事を考えている場合ではなかった。
 違法飛行ドローンが妖化したもの、であるらしい3体の怪物が、斬撃のローターを唸らせ襲いかかって来る。
 奏空の方からも、踏み込んで行った。
 コマンドブーツを履いた足が、左右交互に一閃する。
 蹴りによる『地烈』が、機械の妖3体を薙ぎ払っていた。
 よろめき、血飛沫の如く火花を散らせた3体が、しかし即座に反撃を繰り出してくる。
 鋭利なローターが獰猛な回転音を発し、奏空を、紡を、蒼羽を、日那乃を、それに愛華と玲子をも切り刻みにかかる。
「させない……!」
 ほっそりとした見た目に反して頑丈な蒼羽が、機械の斬撃を身体で止めた。鮮血が飛散した。
「玉村さんの方へは、行かせないよ……っ」
「星崎ちゃんの方へも、ね」
 翼ある細身をローターで激しく斬り付けられながら、紡が微笑む。青い翼が、流血で赤く汚れてゆく。
「……覚醒したての子には……ちょっとばかり、キツい相手かも。だから」
「そう……俺たちが、戦うしかない」
 回転する斬撃を喰らい、血飛沫を散らせつつも、奏空は倒れずに踏みとどまった。
(俺の前世の……たぶん忍者の人。あんたも、こんなふうに戦っていたのかな……誰かを、守るために……)


 玉村愛華の頭の上から、日那乃は『潤しの滴』をぶちまけた。
 水行の癒しが、痛々しく切り苛まれた少女の全身に染み込んでゆく。裂傷が塞がり、拭い去ったように消えてゆく。
 だが愛華の頭では、大きなタンコブが膨らんだままだ。
「……これは、治してくれないの?」
「命に関わるダメージ、じゃないから」
 開かない本を掲げたまま、日那乃は言った。
「もう1回ぶたれたく、なかったら……大人しく、して」
「何故……聖王国を、私を裏切ったの。ナスカローザ」
 壮大な物語に、どうやら日那乃も巻き込まれてしまったようである。
「貴女が、保身や我欲であんな事をするとは思えない……事情を知ったところで今更、許してあげる事など出来ないけれど」
「…………そのナスカさん、あなたの、そういうところ嫌で裏切った。わたし、そう思う」
 水行の治療を続けながら、日那乃は言った。
「今を、見つめようとしないところ」
「…………」
 愛華が俯いた、その時。
 鳥が鳴いた。高々と澄み渡る鳴き声。
 1羽の守護使役が、空中でぱたぱたと羽ばたきながら、まるで偉大なる何者かの到来を告げるが如く鳴いている。
 屋上の出入口から、1人の長身の青年が、堂々と姿を現していた。『白き光のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)だった。
「待たせたな、光輪の戦士アステリア! 正義と平和を愛する者よ」
 それは良くない、と日那乃は思ったが遅かった。
「共に戦おう。敵は複数、力を合わせる事も必要だぜ! オレたちもまた、正義と平和を愛する者。その名はファイヴ!」
「わぁー」
「おぉ〜」
 蒼羽が、紡が、血まみれのまま呑気に拍手などしている。
 愛華は、身を震わせている。
「……ニーベルレオン……貴方なのね……」
 恐れていた事が起こりつつある、と日那乃は思った。
「聖王国随一の勇者、黄金の竜騎士ニーベルレオン……」
「……………………誰が?」
 間抜けな声を発している翔に、愛華が涙をキラキラと散らせながら駆け寄って行く。
「戦いが終わったら、私の愛を受け入れてくれると約束して……帰って来なかった貴方と、幾千万の時を超えて……ようやく、巡り会えたのね! 今度こそ、私が貴方を守ってあげる。だから一緒に」
 日那乃は有無を言わせず、開かない本を愛華の頭に叩きつけた。
 目を回して気絶した愛華を、翔が呆然と見下ろす。
「……やってしまったね、成瀬君」
 共に階段を駆け上って来たのであろう『秘心伝心』鈴白秋人が、翔の肩をぽんと叩く。
「ちょっと夢見がちな子に、どれだけ話を合わせるかっていうのは、確かに難しい問題だけどね」
「いや、オレは……ちょっとノリを合わせた方が、後で説得とかしやすいかなって」
「……ダメですよ。愛華と話、合わせちゃったら」
 星崎玲子が、暗い声を発した。
「この子の妄想、際限なく広がっちゃいます……一体どうしてくれるんですか」
「そ、そんな事言われても……」
「責任取らなきゃだね、相棒」
 紡が、笑いながらフワリと翼を舞わせる。
「ま、それはともかく皆揃った事だし。テンションぎゅんぎゅん上げてこっか奏空っち」
「あの頃の俺の、恥ずかしいくらいのテンション! 思い出しちゃうなぁもう」
 紡が羽ばたき、奏空が数珠を掲げる。
 戦の風と軍神の加護が、覚者たちを包み込んだ。
「よ、よっしゃ! とにかく、こいつらを片付けねーとな」
 翔が気を取り直して印を結び、雷獣を放つ。
 妖3体が電光に灼かれている間、秋人が玲子を背後に庇って立つ。
「安心して。君も、君の親友も、俺たちが必ず守るよ」
「私が……本当は、守らなきゃいけないんです。愛華の事」
 玲子が言った。
「そのための力……今、どこかから呼べそうな気がして……ふふっ、私も愛華の事バカに出来ませんね。変な妄想しちゃって」
 雷鳴が轟いた。
 蒼羽が、翔と同じく印を結んで稲妻を召喚し、妖たちに直撃させている。3体の人型ドローンが、電光の檻の中に閉じ込められてゆく。
「……妄想でも錯覚でもないよ、星崎さん」
 秋人が、天に向かって弓を引き、水行術式を射出する。
 潤しの雨が、覚者たちに降り注いだ。
「君の祈りが今、門を開いてしまった。俺たちでも開く事が出来なかった、その門扉を押し退けて溢れ流れ来る力を……受け入れるかどうかは星崎さん次第。どういう選択をしても、君たちは必ず守るよ。俺たちに出来る事は、それだけだからね」


 自身が「光の戦士アステリア」でなければならない理由が、玉村愛華には、もしかしたらあるのかも知れない。
(自分自身が……嫌い、なのかな)
 よくある話ではある、と蒼羽は思う。もっと自分を大切に、などと軽々しく言える事でもない。
 とにかく、彼女の頭の中で展開されている物語は、あまりにも壮大だ。初対面の相手が、琥珀の剣聖であったり黄金の竜騎士であったりする。
(僕は戦士でも竜騎士でもない……単なる通行人Aとして、やれる事をさせてもらうよ)
「よしやるぞー、黄金の竜騎士」
「お、お前から蹴っ飛ばすぞ奏空!」
 翔と奏空が、妖たちに向かって猛々しく蹴り込んで行く。鋭刃想脚、それと蹴りによる激鱗。
 蒼羽は思った。奏空も翔も、それに自分も、装着武器はコマンドブーツである。
「キックの嵐だね、今回はっ」
 低い位置から繰り出す、地烈の蹴り。
 斬・二の構えから放つ、回し蹴りの一閃。
 殺陣とは違う、当てても一向に構わない足技を、蒼羽は少年たちの蹴りに合わせて叩き込んだ。電光の檻に囚われた、3体の人型ドローンに。
「とどめ……に、なるかな?」
 秋人が弓を引き、水行因子の力の矢を発射する。
 その矢が水の龍となり、妖3体を荒々しく食いちぎってゆく。
 様々な機械の破片が、水飛沫と共に飛散した。
 それらを蹴散らすように、ローターが猛回転をする。
 ほとんど残骸と化した人型ドローンが1体、最後の力を振り絞って回転斬撃を叩き付けて来る。
 そして、風の塊に粉砕された。
「狙撃はね、ちょっと自信あるんだぁボク。物理で殴るのは全然だけど」
 紡の、エアブリットであった。
「やれやれ……とどめ、取られちゃったな」
「ふふーん。美味しいとこ、もらっちゃった。ごめんね? 鈴白ちゃん」
 微笑みながら、紡が見回す。
 妖は3体とも、原形なき残骸に変わった。
 血まみれで座り込んだり泣きじゃくったりしている中学生たちには、日那乃が術式治療を施している。言葉もかけている。
「脅しになる、けど……覚者に手を出すから、こうなる。仲良くして、くれなくていい……から、お願い。変なちょっかい、出さないで」
 彼女にぶん殴られて気絶していた愛華も、玲子に抱き起こされながら目を覚ましていた。
 奏空が、疲れたように笑う。
「お転婆な子の相手は……妖と戦うより、大変だね」
「奏空くんも知ってるはずだよ」
 蒼羽は、言わずにはいられなかった。
「本当のお転婆が……一体どういうものなのか、をね」


「ニーベルレオンはどこへ行ったの。会わせなさい」
「目の前にいるだろーが……って、オレはニーベルレオンとかって奴じゃねえけど」
「当たり前でしょう、貴方は単なる小さな子供! さあ、私の竜騎士ニーベルレオンに会わせなさあああい!」
 覚醒の解けた翔を、愛華が激しく揺さぶっている。
「ち、ちょっと待て! いい加減、見ろって現実を! お前は、前世はそりゃ光輪の戦士だったのかも知れねーけど今は玉村愛華だろうが!」
 翔が、懸命に説得を試みる。
「お前にはな、守らなきゃならねー親友がいるだろ! 大昔の戦士じゃなく今、生きてる玉村愛華として守らなきゃいけねえ親友が!」
「……エスメラーダは、確かに私の親友よ。貴方に言われなくとも守ってみせる! それよりニーベルレオン!」
 日那乃が、開かない本を無言で振り上げる。
 愛華が悲鳴を上げ、星崎玲子にすがりついた。
「た、助けてエスメラーダ! 裏切り者がぁ……」
「……今日は、このくらいにしてあげて下さいませんか」
 怯える親友を抱き止めながら、玲子は微笑んだ。
「本当に、ありがとうございました。皆さん御覧の通り……この子の妄想は、時間のかかる病気みたいなものでして。1日や2日で、どうにかなるものでは」
「……みたいだね。はっきり言って、今後が心配」
 紡が言った。
「2人ともさ、志望校決まってないなら五麟学園に来ない? 玉村ちゃんくらい個性的な子、いっぱいいるから」
 五麟学園に入れば2人とも、ほぼ間違いなく覚者として戦う事になるだろう。
 その場合、特に愛華には、今を生きる「玉村愛華」という1人の人間としての自分自身を取り戻してもらわなければならない。
 親友である星崎玲子のためにも……というのは、すでに翔が言ってくれた。
 少年たちとは少し離れたところで秋人は今、蒼羽から気になる話を聞いている。
「自分自身が、光の戦士アステリアでなければならない理由……か」
「アステリアという存在に、あの子は……言ってみれば、逃げ込んでいる。僕は、そう感じたものでね」
 蒼羽が、声を潜めた。
「現実から逃げたがっている、中学生の子。鈴白先生の得意分野、という事は?」
「ないなあ残念ながら。それは熟練の教師でも難しい問題だよ」
 秋人は頭を掻いた。
「それに今、如月さんの話を聞いて思ったんだけど……玉村さんが逃げたがっているのだとしたら、それは現実から、ではなく」
 ほとんど何の根拠もない事を自分は今、口にしようとしている。それを秋人は、自覚はしていた。
「……自分の、前世から」
「前世?」
「光の戦士なんかじゃない、もっと……恐ろしい前世を、彼女は持っていて、それに薄々気付いている。気付きながら、目をそらせようとしている」
「だから、作り物の前世をでっち上げて、そこに逃げ込んでいると?」
「俺の、推測ですらない思い込みだけどね」
 秋人は、ちらりと視線を動かした。
 奏空が、玲子と共に歩み寄って来たところである。
「鈴白先生……俺やっぱりファイヴが本腰を入れて、この2人を保護するべきだと思うんだ。少なくとも、ほったらかしってわけにはいかないよ」
「そう……だね」
 七星剣ならば、妄想を巧みに刺激して玉村愛華を隔者に仕立て上げる、程度の事は容易いであろう。
 そして、星崎玲子の方も。
「私……皆さんみたいに戦える、ようになりたいです」
 眼鏡の奥で、両の瞳が仄かに燃え輝いている。
「愛華を守るため……だけじゃありません。あの子が馬鹿な事をやろうとしたら、ひっぱたいて止める。私が、それをやらなきゃいけません。皆さんに四六時中、愛華を見張ってていただくわけにもいきませんから」
「星崎さん……」
 門が、完全に開いた。秋人は、そう感じた。
(異なる世界と、繋がってしまう……暦、彩、現、械、獣、翼、怪、どの因子にもない特性……)
 玲子の細い背中から、羽が広がったように一瞬、見えた。恐らくは錯覚だろうが、秋人は思う。
(全ての因子の中で、最も危険なものを……星崎さん、君は目覚めさせてしまったのかも知れないんだよ)
 

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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