わたしはどぶねずみ
●
美咲も、圭子も春香も、私に暴力を振るったり、私をトイレに閉じ込めたり、私に汚物を浴びせたり、私に虫の死骸を食べさせたり、私の恥ずかしい動画を撮ったりしている時は、本当に楽しそうだった。
だから私は、どんな目に遭っても一向に構わなかった。美咲たちが、楽しい思いをしてくれたのだから。
美咲はクラスで一番、綺麗な女の子で、成績も良くて、家がお金持ちで、本当に何もかもを持っていた。女王様だった。女帝だった。
比べて私は、奴隷ですらなかった。蛆虫だった。ゴミ虫だった。
そんな私を、美咲はグループに入れてくれた。
だから私は、美咲のためなら何でも出来た。
圭子とも春香とも、仲良くしたかった。同じ、美咲のグループの一員なのだから。
私を使って、ストレス解消をする。私で憂さ晴らしをする。私に八つ当たりをする。それで皆、仲良しでいられるのなら、私はそれで良かった。どんな目に遭っても、耐える事が出来た。
ドブネズミ久恵。美咲たちに、私はそう呼ばれた。本名が根津久恵で、身体も小さく、しかも何やらネズミっぽい尻尾が生えているからだ。
父も母も、私を気味悪がった。口もきいてくれなかった。
色々と構ってくれる美咲たちと一緒にいる方が、だから私はずっと幸せだった。
ドブネズミ。結構ではないか。美咲たちが面白がってくれるなら、私はネズミにも豚にも犬にも虫にもなれる。
私はドブネズミだから、いくら汚いものを食べさせられても大丈夫だった。見た目より身体も頑丈で、殴られても蹴られても全然平気だった。
だから美咲たちは、私に様々な事をした。
それで、美咲たちの役に立てる。私は幸せだった。
美咲の役に立つ。美咲を、守る。それが私の使命であり、あの薄情者の両親から私がこの世に生まれ出でた理由なのだ。
だから私は、美咲を守った。
美咲は男に対しても物怖じしない性格で、言い寄ってくる輩はこっぴどく拒絶してきた。
拒絶された男どもが徒党を組み、人気のない公園で美咲を襲った。圭子も春香も、襲われた。
だから、私が戦ったのだ。
男なんて、ドブネズミである私以下のケダモノばかり。私以下の糞虫ばかり。そんな身の程をわきまえず、汚い手で美咲に触ろうとする。
許せるわけがなかった。その罪、万死に値する。
私はその男どもを、引き裂いてぶちまけて公園の草木の肥やしに変えてやった。
当然の事をしたまでだ。別に、美咲に褒めてもらいたかったわけではない。ありがとう、と一言でも言ってくれればもちろん嬉しいが、そんなものを期待するほど私は浅ましくはない。いくらドブネズミでもだ。
美咲も、圭子も春香も、私を見て悲鳴を上げた。そして逃げようとした。
待って、と私は叫び、美咲たちに追いすがった。
美咲が、圭子が、春香が、逃げてしまう。私の友達で、いてくれなくなってしまう。
それは私にとって、生まれて初めて味わう恐怖だった。
私、美咲のために頑張ったよ。圭子のために、春香のために、頑張ったんだよ。
ありがとう、なんて欲しくない。私はただ、みんなと友達でいたいだけ。
だから、どこへも行かないで。
私、これからも美咲を守ってあげるよ。圭子も春香も、守ってあげるよ。
私たち、友達だよ。ずっと一緒だよ? ねえ美咲、圭子、春香、美咲、みさき、みさきけいこ、はるか、みさき、みさき、みさき、美咲みさきみさきみさきみさき。
……気が付けば、美咲も圭子も春香も動かなくなっていた。
動かなくなった3人が、すぐに動き出した。
そして私を殴る。私を蹴る。
いつも通り、美咲たちが私を構ってくれる。
私は、幸せだった。
美咲も、圭子も春香も、私に暴力を振るったり、私をトイレに閉じ込めたり、私に汚物を浴びせたり、私に虫の死骸を食べさせたり、私の恥ずかしい動画を撮ったりしている時は、本当に楽しそうだった。
だから私は、どんな目に遭っても一向に構わなかった。美咲たちが、楽しい思いをしてくれたのだから。
美咲はクラスで一番、綺麗な女の子で、成績も良くて、家がお金持ちで、本当に何もかもを持っていた。女王様だった。女帝だった。
比べて私は、奴隷ですらなかった。蛆虫だった。ゴミ虫だった。
そんな私を、美咲はグループに入れてくれた。
だから私は、美咲のためなら何でも出来た。
圭子とも春香とも、仲良くしたかった。同じ、美咲のグループの一員なのだから。
私を使って、ストレス解消をする。私で憂さ晴らしをする。私に八つ当たりをする。それで皆、仲良しでいられるのなら、私はそれで良かった。どんな目に遭っても、耐える事が出来た。
ドブネズミ久恵。美咲たちに、私はそう呼ばれた。本名が根津久恵で、身体も小さく、しかも何やらネズミっぽい尻尾が生えているからだ。
父も母も、私を気味悪がった。口もきいてくれなかった。
色々と構ってくれる美咲たちと一緒にいる方が、だから私はずっと幸せだった。
ドブネズミ。結構ではないか。美咲たちが面白がってくれるなら、私はネズミにも豚にも犬にも虫にもなれる。
私はドブネズミだから、いくら汚いものを食べさせられても大丈夫だった。見た目より身体も頑丈で、殴られても蹴られても全然平気だった。
だから美咲たちは、私に様々な事をした。
それで、美咲たちの役に立てる。私は幸せだった。
美咲の役に立つ。美咲を、守る。それが私の使命であり、あの薄情者の両親から私がこの世に生まれ出でた理由なのだ。
だから私は、美咲を守った。
美咲は男に対しても物怖じしない性格で、言い寄ってくる輩はこっぴどく拒絶してきた。
拒絶された男どもが徒党を組み、人気のない公園で美咲を襲った。圭子も春香も、襲われた。
だから、私が戦ったのだ。
男なんて、ドブネズミである私以下のケダモノばかり。私以下の糞虫ばかり。そんな身の程をわきまえず、汚い手で美咲に触ろうとする。
許せるわけがなかった。その罪、万死に値する。
私はその男どもを、引き裂いてぶちまけて公園の草木の肥やしに変えてやった。
当然の事をしたまでだ。別に、美咲に褒めてもらいたかったわけではない。ありがとう、と一言でも言ってくれればもちろん嬉しいが、そんなものを期待するほど私は浅ましくはない。いくらドブネズミでもだ。
美咲も、圭子も春香も、私を見て悲鳴を上げた。そして逃げようとした。
待って、と私は叫び、美咲たちに追いすがった。
美咲が、圭子が、春香が、逃げてしまう。私の友達で、いてくれなくなってしまう。
それは私にとって、生まれて初めて味わう恐怖だった。
私、美咲のために頑張ったよ。圭子のために、春香のために、頑張ったんだよ。
ありがとう、なんて欲しくない。私はただ、みんなと友達でいたいだけ。
だから、どこへも行かないで。
私、これからも美咲を守ってあげるよ。圭子も春香も、守ってあげるよ。
私たち、友達だよ。ずっと一緒だよ? ねえ美咲、圭子、春香、美咲、みさき、みさきけいこ、はるか、みさき、みさき、みさき、美咲みさきみさきみさきみさき。
……気が付けば、美咲も圭子も春香も動かなくなっていた。
動かなくなった3人が、すぐに動き出した。
そして私を殴る。私を蹴る。
いつも通り、美咲たちが私を構ってくれる。
私は、幸せだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の殲滅
2.破綻者・根津久恵の撃破(生死不問)
3.なし
2.破綻者・根津久恵の撃破(生死不問)
3.なし
今回は都内某所の公園内、木立に囲まれた歩道での戦いとなります。
時間帯は夜。外灯の明かりは一応あります。人通りは、全くと言っていいほどありません。
殺された男たちの残骸が、あちこちに散乱しております。
そのような光景の中。破綻者・根津久恵(女、16歳。土行獣・子。深度2)が、妖3体による攻撃を無抵抗で受けており、そこへ覚者の皆様に駆け付けていただく事になります。
この3体は久恵がうっかり殺してしまったクラスメイトの少女たちで、その屍が生物系ランク1の妖と化したものです。久恵本人は、それを知りません。3人とも生きていて、いつも通りの事をしている、と思い込んでいるのです。
皆様には当然この妖3体を討伐していただく事になりますが、この3体は久恵にとっては守るべき友達です。味方ガードを駆使しつつ全力で守ろうとするでしょう。
そんな久恵にも、覚者の皆様にも、妖3体は差別なくランダムに攻撃を加えます。
妖たちの攻撃に対しては、久恵は完全に無抵抗です。皆様に対しては無論、容赦のない猛攻を仕掛けてきます。友達を守るために。
破綻者・久恵を大人しくさせるには、まず普通に戦って体力を0にしていただく必要がありますが万が一、妖の攻撃がとどめとなった場合、久恵はそのまま死亡します。
妖たちの攻撃手段は、怪力による格闘戦(物近単)のみ。
久恵は、それに加えて『猛の一撃』を繰り出してきます。
隊列としては、久恵が前衛、妖3体が中衛という形になります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2018年02月16日
2018年02月16日
■メイン参加者 5人■

●
『ヤバくない? ねえ、ヤバくない!? 死んじゃうよぉ、このドブネズミ』
『大丈夫だって! あたし見た事あるもん。カクシャって連中ね、とにかく笑えるくらい頑丈なんだから』
『拳銃で撃たれても死なない奴がいるって、聞いた事ある……もちろん、久恵にはそんなひどい事しないよ? あたしら友達だもん、ね? ね? ねえ?』
『すごいすご一い! 血ぃドバドバ出てる、だけど生きてる! ヤバいよ久恵、超ウケる!』
『あっはははは! カクシャすご一い! マジすごいってカクシャ、こんな事されててヘラヘラ笑ってられるんだもん……きめぇんだよ、このくそドブネズミがあッ!』
こんな動画を、うっかり見てしまったので『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は思わずパソコンを叩き壊してしまうところだった。
そんな事をする必要もなく直接、当人たちに怒りをぶつける機会が巡ってきたのは、果たして幸運であるのかどうか。
「生きてる君たちをね、死なない程度にぶちのめして、思いっきり泣かせてやりたかったよ」
動画と同じ事をしている者たちに、彩吹は言葉を投げた。『ファイブブラック』天乃カナタ(CL2001451)が、それに続く。
「あの動画と同じ……に見えて、あの動画よりマシじゃねえかな」
4人の少女。うち3人が、1人を殴り、蹴り転がしている。
「だって妖が人を襲ってるだけだもんよ。人間が人間にひどい事する、よりゃずっとマシ……なあ彩吹さん、俺どっか間違ってる?」
「……間違ってるけど気持ちはわかるよ。とにかく、そこの連中!」
火行の因子を体内で燃やしながら、彩吹は叫んだ。
「生きているなら張り倒して正座させてお説教してやるとこだけど、死んじゃったのなら仕方ない。安らかに眠らせてあげるから私たちの相手をしなよ」
妖と化した3人の少女が、暴行の動きを一時的に止め、こちらを見た。どろりと濁った眼光が、彩吹たちに向けられる。
1人は首が折れて頭がおかしな方向に垂れ下がり、1人は美しかったのであろう顔面が陥没して頭蓋の中身が両耳から溢れ出し、1人は口から臓物を吐き出しぶら下げている。
人間ならば、生きていられる状態ではない。
生きていられぬ状態に陥った少女たちが、そのまま妖と化したのだ。
暴行を受けていた少女が、その3体の妖を背後に庇う形にユラリと立ち上がる。
「何……何よ、あんたたち……」
血まみれの全身で、獣の因子が凶暴に活性化し、燃え猛っている。
ズタズタに裂けたスカートの内側から、鼠の尻尾が伸び現れて鞭のように跳ねる。
「そんな、武器なんか持って……美咲たちに何しようってのよ……」
「危ない、避けて!」
叫んだのは『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)である。
妖の1体が、背後から少女に襲いかかったのだ。死体の手が、指先の骨を鉤爪の形に露出させながら怪力を振るう。
少女の背中がザックリと裂け、鮮血が噴き上がる。まるで、あの動画のようにだ。
少女はしかし歯を食いしばり、己を攻撃する者たちを背後に庇い、立ち続ける。
「美咲も……圭子も、春香も……あたしが守る、あんたたちなんか近付けさせはしないッ!」
「……そこが、あなたの……いばしょ、なの?」
ふわりと翼を広げながら、桂木日那乃(CL2000941)が言った。
「ほんとうに、そう思ってる……なら、わたしたち何も言えない、かも知れない……でも言わせて。あなた人、ころした」
「だから何!? これからも、いくらだって殺してやる! 美咲に、圭子に、春香に、ひどい事しようとする奴らは皆殺しだ!」
血まみれの少女が叫ぶ。その身を染める赤色の何割かは、自身の出血ではなく返り血だ。
原型を失った男たちが、周囲に散乱していた。
こんな光景も見慣れてしまった。彩吹も、それに日那乃も。
「ゆめみさんたち、苦しんでる……悩んでる。ころされる人、たすけられなくて……あなた、ゆめみさんたちを悲しませた。だから、わたし許さない」
「何を、わけのわからない事……!」
少女が牙を剥いた。猫を噛み殺す、窮鼠の形相だ。
「お前らも、そこにぶちまけられてる連中と同じだ! 変な言いがかりをつけて美咲たちを傷付けようとする! させないよ。美咲も圭子も春香も、あたしの友達。あたしが守る、絶対に!」
「根津久恵ちゃん……でしたね」
沈痛な声を発しているのは『居待ち月』天野澄香(CL2000194)だ。
「ごめんなさい。私たちは、貴女のお友達をこの世から消さなければならないんです。その子たちは、人を殺傷する妖……今もね、貴女を殺そうとしているんですよ?」
「美咲が死ねと言うのなら、あたしは百万回だって死んでやる!」
根津久恵が、叫んだ。
「そこの奴、居場所がどうとか言ってたな。美咲はね、あたしに居場所をくれたんだ! だから、あたしの命は美咲のもの」
「違う……それは、違うよ。あんなものが人の居場所であってたまるか!」
奏空が叫んだ。あの動画を、見たのだろう。
「人は、追い詰められると、あんな事さえ幸せと錯覚してしまう時がある。旦那さんに暴力振るわれてた女の人とか、うちのお寺にもたまに来るからね」
「そんなのと一緒にするな! あたしは美咲たちに」
「同じだよ。だから俺は……君を、そこから連れ出さなきゃいけない」
奏空の両眼が、桃色に発光し燃え上がる。前世の『誰か』との接触・同調を果たしたのだ。
「悪いけど根津久恵さん、君の自由意志は無視させてもらうよ」
●
夢見とは言え、犠牲者を1人も出さないタイミングで予知夢を見る事が出来る、わけではない。
充分な人数が揃うまで、中司令官は出撃許可をくれない。
結果こうして人死にが出てしまう。
人数が揃わぬまま先走って現場に向かったところで、妖や隔者の集団に勝てる可能性は低まるだけだ。犠牲者が増えるだけ、という事にしかならない。
「中さんがゴーを出す……そのタイミングで行くのが一番、人死にが少なくて済むんだよな。結局のところ」
カナタが呟く。
日那乃も、そんな事は理解してはいるのだ。
ただ、夢見たちが苦しんでいる。中司令官にも、思うところはあるだろう。
「ねづさん、わかる? あなたみたいな人、いるせいで……みんな、苦しむ。悲しい思い、する」
日那乃の言葉と羽ばたきに合わせ、風が巻き起こる。
翼人の少女の周囲で、風が、破壊をもたらす力の塊と化しつつある。
「奏空さん、彩吹さんも、澄香さんカナタさんも、あなたを……たすけよう、としてる。わたし1人くらい、あなたを……ゆるさなくても、いい……よね?」
「上等だよ、別に誰かに許してもらおうなんて考えちゃいない! あたしを許したり罰したり出来るのはなぁ、美咲だけなんだよぉおおッ!」
吼える久恵を、妖たちが背後から襲う。
「させない……!」
奏空が左右二刀を抜き放ち、舞った。
眠りをもたらす艶舞・寂夜であった。
妖3体が、倒れ伏して眠りに落ちる。
だが、久恵の動きは止まらない。寂夜の舞いを披露する奏空に、猛然と殴りかかる。あるいは牙を剥き、食らいつく。
それを阻んだのは、彩吹だった。
「……間違ってるよ。こんな状況は、誰にとっても間違っている」
黒い羽が舞い散った。すらりと形良く鍛え込まれた両脚が、立て続けに一閃していた。
斬撃のような蹴りが、連続で久恵を猛襲する。
「奏空も言ったけど、私も言うよ久恵。こんなものが幸せであるはずない……だから、止めるよ」
直撃を喰らいながらも、しかし久恵は止まらなかった。
彩吹の左肩の辺りで、鮮血がしぶいた。久恵の、血まみれの牙が突き刺さっている。
まさに飢えた鼠の如く彩吹に喰らいついていた少女の小柄な身体が、次の瞬間、へし曲がって吹っ飛んだ。
澄香がタロットカードを掲げ、術式を撃ち込んだところである。
「久恵ちゃん、貴女は必死に……友達を、守ろうとしている」
路上に倒れ込んだ久恵の身体に、無数の荊が凄まじい勢いで絡み付いていた。棘散舞だった。
「自分の心を、守ろうとしている……」
荊に切り裂かれ、血飛沫をぶちまけながら、久恵は暴れている。そこへ澄香が言葉をかける。
「貴女が自分の心を守ろうとすればするほど、貴女は壊れていく……そんな皮肉、私たちは受け入れられません」
「うるさい黙れ! あたしは自分の事なんか守っちゃいない! あたしが守ってるのはなぁ、美咲と圭子と春香」
「……まもって、いない。3人とも、死んでる」
誰かが言わねばならない事を告げながら、日那乃は風の塊を発射した。エアブリットだった。
自分の身体をズタズタに切り裂きながら荊を引きちぎろうとする久恵に、暴風の砲弾が激突する。
吹っ飛んで行く久恵に、日那乃はなおも言った。
「あなたが、ころした……まず、それ、うけいれないと駄目」
「わけの……わからない事! 言うなぁああああああっ!」
久恵は即座に立ち上がり、同時に疾駆した。あるいは跳躍か。
とにかく窮鼠そのものの勢いで、襲いかかって来る。
そこへ、カナタが術符を向けた。
「そのアグレッシブさをよ……何で! 自分を守る方向で使えなかったんだ!」
光の矢が迸り、久恵をまたしてもへし曲げて吹っ飛ばす。B.O.T.だった。
「奏空も、澄香さんも彩吹さんもよ、あの演説で言ってたよな。普通の人たちと仲良くしたいって……あれはな、こういう事じゃねえんだぞ! いくら仲良くしたいからって、されて嫌な事はきっちり断らなきゃ駄目だろうが! 思い出せよ久恵、最初にああいう事された時どう思った? 嬉しかったワケねえよな。嫌な気分になったんじゃねえのか!」
カナタが叫ぶ。
「それを我慢してまで、欲しいもんかよ友達なんて! なあ、あんな事する連中と無理して仲良くするくれえなら……別に、いいじゃねえか孤独だって。自慢する事じゃねえけど俺はそうだったぜ。いくら孤独にしてたってな、気付いたらいるもんだ。友達とか、仲間っつーのはな」
気付いたら、近くにいた友達……守護使役のマリンが、近くをふわりと泳いでいる。
そっと撫でながら、日那乃は言った。
「ねづさん、あなた……ともだち、欲しがった。そのともだち、じぶんで……ころした。だから、ゆめみさんたち悲しんでる……わたし、ゆるさない」
●
「殺した……だと? あたしが誰を!」
日那乃の言葉に激昂しながら、久恵が立ち上がる。
「美咲たちを殺そうとしてんのは、お前らだろーがぁああああああッ!」
その姿を奏空は見据え、エネミースキャンを行った。
幸いであった、などとは思わない。
だが生前の少女3名から受けていた仕打ちが、ある種の鍛錬のような効果をもたらしていたのは間違いないようだ。
「久恵さん……すごい、体力だよ」
「……手加減なしで、殴らなきゃ駄目って事だね」
彩吹が羽ばたき、踏み込み、鋭利な拳を連続で繰り出してゆく。『白夜』の三連撃。
合わせて、奏空は天地二刀を『地烈』の形に一閃させた。
覚者2人の大技が、今や人間大の窮鼠と言うべき少女を容赦なく直撃する。
「ぎゃああああ痛い! いッ痛い痛い、いたいよおおおお!」
久恵の悲鳴が、怒号に変わってゆく。
「許さない! お前ら、美咲たちにこんな痛い事するつもりだったのかああああっ!」
戦闘訓練など受けていないはずの少女の動きを奏空は一瞬、見失った。
その一瞬の間、奏空の全身あちこちが裂けて鮮血の霧を噴いた。久恵に、引っ掻かれたのか噛みちぎられたのか、それすらわからない。
とにかく、猛の一撃であった。
「うっ……ぐぅ……ッ!」
奏空は、よろめいて後退りをした。
なおも猛然と間合いを詰めようとする久恵の動きが、ガクンッと急停止した。
荊が、少女の小柄な身体を再び拘束し、切り裂いてゆく。
「久恵ちゃんは……本当に、友達思いなんですね」
澄香が、眼前にタロットカードをかざして念じている。ちぎれかけていた荊に、力を注ぎ込んでいる。
「お友達のために……今まで、頑張ってきたんですね。偉いですよ、久恵ちゃん」
「黙れよ……うざったい……」
「うざったい事を言う大人すら、いなかったのでしょう。貴女の周りには」
誰からも、無視された。
だから、少しでも自分を構ってくれる同級生たちに自ら隷属してしまった。
そんな少女に、澄香はなおも言う。
「友達思いの久恵ちゃんなら、これからでもお友達をたくさん作れますよ……ひどい事をしない、本当のお友達をね。だから行きましょう、私たちと一緒に」
その目が、ちらりと日那乃の方を向いた。
「日那ちゃんも……ね? 自分1人は許さない、なんて言わずに。せめて私たちだけは、久恵ちゃんを許してあげましょう。何だか傲慢な言い草になってしまいますが」
「……澄香さんが、そう……言うのなら」
言いつつ日那乃が、ふわりと翼をはためかせて癒しの力を拡散させる。
潤しの雨が、降り注いだ。
「だけど……わたしの仲間、きずつけたのは許さない。つぎにやったら……ほんとうに、許さないから」
水行の治癒力が、奏空の全身に染み渡ってゆく。
回復を体感しながら、奏空は駆け出した。
眠っていた妖3体が、ゆらりと目覚めて動き出したからだ。
荊に束縛されている久恵を、死せる少女たちが一斉に襲う。
そこへ、奏空は飛び込んで行った。血まみれの久恵を、荊もろとも抱きすくめた。
妖たちの、鉤爪と化した指の骨が、奏空の背中を引き裂いてゆく。
(君も……こんな痛みを、感じていたんだね久恵さん……毎日、毎日……)
歯を食いしばっているせいで奏空は、声に出して語りかける事が出来なかった。
だから、送受心・改を用いた。
(君と同じ痛みを、感じている……なんて、言えないけど……っ!)
その思いが届いた、か否かは、わからない。
久恵は、呟いている。
「みさき……」
血まみれの顔を、涙がつたう。
「けいこ……はるか……ぁ……」
「ハムスターとか、ハツカネズミ、ドブネズミだって……可愛いですよね、ネズミって基本」
澄香が、いつの間にか傍らにいて、久恵の頭を撫でている。
「だけど久恵ちゃん、貴女はネズミじゃなくて人間です。誰に何を言われても、それだけは……忘れないで、下さいね」
「…………」
澄香の言葉が、聞こえているのかどうか。
とにかく久恵はゆっくりと力尽き、意識を失った。
荒ぶる生き物のような流水が、周囲で渦を巻いている。水飛沫と肉片が、大量に飛散する。
「関わり方さえ間違えなきゃ、お前の本当の友達になれたかも知れねえ連中……だけどな、助けられなかったぜ」
カナタの『伊邪波』が、妖3体を粉砕したところであった。
「見てたろ久恵、お前の友達を殺したのは俺だ。いつでも来いよ、仇を討ちに……アグレッシブに、な。俺が全部、受け止めるぜ」
●
憤怒者との和解と同じだ、と澄香は思わない事もなかった。困難を極めるのは、これからなのだ。
「……中さんに報告したよ。救護班が、もうすぐ来てくれる」
スマートフォンを片手に、奏空が言う。
術式による傷の治療は、済んでいる。奏空も、それに久恵も。
彼女は今、澄香の膝枕の上で、すやすやと意識を失っていた。
目覚めて暴れるようであれば、土蜘蛛の糸で捕縛しなければならないところであるが今のところ、その必要はなさそうだ。
救護班が来たら、この少女が自分の膝の上からいなくなってしまう。そんな事を、澄香はつい思ってしまった。
理解はしている。この根津久恵という少女は、破綻者だったのだ。まず必要なのは、ファイヴの医療スタッフによる適切な処置である。
その後は、どうなるのか。
治療を終え、正気を取り戻した久恵は、まず己のした事を見つめなければならなくなる。
「久恵は、何もやらかしちゃいねえよ」
カナタが言った。
「みんなも見たろ。久恵の友達を殺したのは、俺だからな」
「そんなの、駄目」
言葉と共に日那乃が、じっとカナタを見据える。
「ねづさんが、じぶんで向き合わなきゃいけないこと……わたしたち、なにも、できない」
「おい日那乃……」
「まあまあ。これはねカナタくん、かわいそうだけど日那ちゃんの言う通りだと思います」
久恵の髪を撫でながら、澄香は言った。
「久恵ちゃんが、自分自身で向き合わなきゃいけない事……だけどね日那ちゃん、私たちに出来る事はあると思いますよ?」
「支える、励ます、声をかけ続ける。月並みだけど、それしかないんだよね……」
奏空が、沈痛な声を発する。
「それでも俺たちに……頼って欲しい、と思うよ」
「そうだね。私たちで久恵を守らなきゃいけない、のかも知れない。ファイヴじゃなく、私たちが」
彩吹の声が、低く重い。
「正直……今のファイヴ上層部は、あんまり信用出来ない。貢も、それに影虎も、まるで道具みたいに扱われてた。久恵があんな目に遭うのかと思うと……」
「いぶちゃん……」
「ねえ澄香、私って甘いと思う? いや、きっと甘いんだろうな。だけど気になってしょうがないんだよ。私たちと戦った子が、なし崩しにファイヴの戦力にされている。貢も影虎も、自分の意志で戦ってるとは言うだろうけど」
「久恵ちゃんも……ファイヴの覚者として戦う事になったとしたら、そう言うでしょうね」
「こんな、高校生の小さな女の子……戦う以外の、本当の幸せだって、あるはずじゃないか」
彩吹は微かに、唇を噛んでいるようだ。
「私たちが、とっくの昔に見失ってしまったもの……この子たちには、掴んで欲しい。それって、やっぱり……私の、勝手な思い込みなんだろうけど」
『ヤバくない? ねえ、ヤバくない!? 死んじゃうよぉ、このドブネズミ』
『大丈夫だって! あたし見た事あるもん。カクシャって連中ね、とにかく笑えるくらい頑丈なんだから』
『拳銃で撃たれても死なない奴がいるって、聞いた事ある……もちろん、久恵にはそんなひどい事しないよ? あたしら友達だもん、ね? ね? ねえ?』
『すごいすご一い! 血ぃドバドバ出てる、だけど生きてる! ヤバいよ久恵、超ウケる!』
『あっはははは! カクシャすご一い! マジすごいってカクシャ、こんな事されててヘラヘラ笑ってられるんだもん……きめぇんだよ、このくそドブネズミがあッ!』
こんな動画を、うっかり見てしまったので『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は思わずパソコンを叩き壊してしまうところだった。
そんな事をする必要もなく直接、当人たちに怒りをぶつける機会が巡ってきたのは、果たして幸運であるのかどうか。
「生きてる君たちをね、死なない程度にぶちのめして、思いっきり泣かせてやりたかったよ」
動画と同じ事をしている者たちに、彩吹は言葉を投げた。『ファイブブラック』天乃カナタ(CL2001451)が、それに続く。
「あの動画と同じ……に見えて、あの動画よりマシじゃねえかな」
4人の少女。うち3人が、1人を殴り、蹴り転がしている。
「だって妖が人を襲ってるだけだもんよ。人間が人間にひどい事する、よりゃずっとマシ……なあ彩吹さん、俺どっか間違ってる?」
「……間違ってるけど気持ちはわかるよ。とにかく、そこの連中!」
火行の因子を体内で燃やしながら、彩吹は叫んだ。
「生きているなら張り倒して正座させてお説教してやるとこだけど、死んじゃったのなら仕方ない。安らかに眠らせてあげるから私たちの相手をしなよ」
妖と化した3人の少女が、暴行の動きを一時的に止め、こちらを見た。どろりと濁った眼光が、彩吹たちに向けられる。
1人は首が折れて頭がおかしな方向に垂れ下がり、1人は美しかったのであろう顔面が陥没して頭蓋の中身が両耳から溢れ出し、1人は口から臓物を吐き出しぶら下げている。
人間ならば、生きていられる状態ではない。
生きていられぬ状態に陥った少女たちが、そのまま妖と化したのだ。
暴行を受けていた少女が、その3体の妖を背後に庇う形にユラリと立ち上がる。
「何……何よ、あんたたち……」
血まみれの全身で、獣の因子が凶暴に活性化し、燃え猛っている。
ズタズタに裂けたスカートの内側から、鼠の尻尾が伸び現れて鞭のように跳ねる。
「そんな、武器なんか持って……美咲たちに何しようってのよ……」
「危ない、避けて!」
叫んだのは『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)である。
妖の1体が、背後から少女に襲いかかったのだ。死体の手が、指先の骨を鉤爪の形に露出させながら怪力を振るう。
少女の背中がザックリと裂け、鮮血が噴き上がる。まるで、あの動画のようにだ。
少女はしかし歯を食いしばり、己を攻撃する者たちを背後に庇い、立ち続ける。
「美咲も……圭子も、春香も……あたしが守る、あんたたちなんか近付けさせはしないッ!」
「……そこが、あなたの……いばしょ、なの?」
ふわりと翼を広げながら、桂木日那乃(CL2000941)が言った。
「ほんとうに、そう思ってる……なら、わたしたち何も言えない、かも知れない……でも言わせて。あなた人、ころした」
「だから何!? これからも、いくらだって殺してやる! 美咲に、圭子に、春香に、ひどい事しようとする奴らは皆殺しだ!」
血まみれの少女が叫ぶ。その身を染める赤色の何割かは、自身の出血ではなく返り血だ。
原型を失った男たちが、周囲に散乱していた。
こんな光景も見慣れてしまった。彩吹も、それに日那乃も。
「ゆめみさんたち、苦しんでる……悩んでる。ころされる人、たすけられなくて……あなた、ゆめみさんたちを悲しませた。だから、わたし許さない」
「何を、わけのわからない事……!」
少女が牙を剥いた。猫を噛み殺す、窮鼠の形相だ。
「お前らも、そこにぶちまけられてる連中と同じだ! 変な言いがかりをつけて美咲たちを傷付けようとする! させないよ。美咲も圭子も春香も、あたしの友達。あたしが守る、絶対に!」
「根津久恵ちゃん……でしたね」
沈痛な声を発しているのは『居待ち月』天野澄香(CL2000194)だ。
「ごめんなさい。私たちは、貴女のお友達をこの世から消さなければならないんです。その子たちは、人を殺傷する妖……今もね、貴女を殺そうとしているんですよ?」
「美咲が死ねと言うのなら、あたしは百万回だって死んでやる!」
根津久恵が、叫んだ。
「そこの奴、居場所がどうとか言ってたな。美咲はね、あたしに居場所をくれたんだ! だから、あたしの命は美咲のもの」
「違う……それは、違うよ。あんなものが人の居場所であってたまるか!」
奏空が叫んだ。あの動画を、見たのだろう。
「人は、追い詰められると、あんな事さえ幸せと錯覚してしまう時がある。旦那さんに暴力振るわれてた女の人とか、うちのお寺にもたまに来るからね」
「そんなのと一緒にするな! あたしは美咲たちに」
「同じだよ。だから俺は……君を、そこから連れ出さなきゃいけない」
奏空の両眼が、桃色に発光し燃え上がる。前世の『誰か』との接触・同調を果たしたのだ。
「悪いけど根津久恵さん、君の自由意志は無視させてもらうよ」
●
夢見とは言え、犠牲者を1人も出さないタイミングで予知夢を見る事が出来る、わけではない。
充分な人数が揃うまで、中司令官は出撃許可をくれない。
結果こうして人死にが出てしまう。
人数が揃わぬまま先走って現場に向かったところで、妖や隔者の集団に勝てる可能性は低まるだけだ。犠牲者が増えるだけ、という事にしかならない。
「中さんがゴーを出す……そのタイミングで行くのが一番、人死にが少なくて済むんだよな。結局のところ」
カナタが呟く。
日那乃も、そんな事は理解してはいるのだ。
ただ、夢見たちが苦しんでいる。中司令官にも、思うところはあるだろう。
「ねづさん、わかる? あなたみたいな人、いるせいで……みんな、苦しむ。悲しい思い、する」
日那乃の言葉と羽ばたきに合わせ、風が巻き起こる。
翼人の少女の周囲で、風が、破壊をもたらす力の塊と化しつつある。
「奏空さん、彩吹さんも、澄香さんカナタさんも、あなたを……たすけよう、としてる。わたし1人くらい、あなたを……ゆるさなくても、いい……よね?」
「上等だよ、別に誰かに許してもらおうなんて考えちゃいない! あたしを許したり罰したり出来るのはなぁ、美咲だけなんだよぉおおッ!」
吼える久恵を、妖たちが背後から襲う。
「させない……!」
奏空が左右二刀を抜き放ち、舞った。
眠りをもたらす艶舞・寂夜であった。
妖3体が、倒れ伏して眠りに落ちる。
だが、久恵の動きは止まらない。寂夜の舞いを披露する奏空に、猛然と殴りかかる。あるいは牙を剥き、食らいつく。
それを阻んだのは、彩吹だった。
「……間違ってるよ。こんな状況は、誰にとっても間違っている」
黒い羽が舞い散った。すらりと形良く鍛え込まれた両脚が、立て続けに一閃していた。
斬撃のような蹴りが、連続で久恵を猛襲する。
「奏空も言ったけど、私も言うよ久恵。こんなものが幸せであるはずない……だから、止めるよ」
直撃を喰らいながらも、しかし久恵は止まらなかった。
彩吹の左肩の辺りで、鮮血がしぶいた。久恵の、血まみれの牙が突き刺さっている。
まさに飢えた鼠の如く彩吹に喰らいついていた少女の小柄な身体が、次の瞬間、へし曲がって吹っ飛んだ。
澄香がタロットカードを掲げ、術式を撃ち込んだところである。
「久恵ちゃん、貴女は必死に……友達を、守ろうとしている」
路上に倒れ込んだ久恵の身体に、無数の荊が凄まじい勢いで絡み付いていた。棘散舞だった。
「自分の心を、守ろうとしている……」
荊に切り裂かれ、血飛沫をぶちまけながら、久恵は暴れている。そこへ澄香が言葉をかける。
「貴女が自分の心を守ろうとすればするほど、貴女は壊れていく……そんな皮肉、私たちは受け入れられません」
「うるさい黙れ! あたしは自分の事なんか守っちゃいない! あたしが守ってるのはなぁ、美咲と圭子と春香」
「……まもって、いない。3人とも、死んでる」
誰かが言わねばならない事を告げながら、日那乃は風の塊を発射した。エアブリットだった。
自分の身体をズタズタに切り裂きながら荊を引きちぎろうとする久恵に、暴風の砲弾が激突する。
吹っ飛んで行く久恵に、日那乃はなおも言った。
「あなたが、ころした……まず、それ、うけいれないと駄目」
「わけの……わからない事! 言うなぁああああああっ!」
久恵は即座に立ち上がり、同時に疾駆した。あるいは跳躍か。
とにかく窮鼠そのものの勢いで、襲いかかって来る。
そこへ、カナタが術符を向けた。
「そのアグレッシブさをよ……何で! 自分を守る方向で使えなかったんだ!」
光の矢が迸り、久恵をまたしてもへし曲げて吹っ飛ばす。B.O.T.だった。
「奏空も、澄香さんも彩吹さんもよ、あの演説で言ってたよな。普通の人たちと仲良くしたいって……あれはな、こういう事じゃねえんだぞ! いくら仲良くしたいからって、されて嫌な事はきっちり断らなきゃ駄目だろうが! 思い出せよ久恵、最初にああいう事された時どう思った? 嬉しかったワケねえよな。嫌な気分になったんじゃねえのか!」
カナタが叫ぶ。
「それを我慢してまで、欲しいもんかよ友達なんて! なあ、あんな事する連中と無理して仲良くするくれえなら……別に、いいじゃねえか孤独だって。自慢する事じゃねえけど俺はそうだったぜ。いくら孤独にしてたってな、気付いたらいるもんだ。友達とか、仲間っつーのはな」
気付いたら、近くにいた友達……守護使役のマリンが、近くをふわりと泳いでいる。
そっと撫でながら、日那乃は言った。
「ねづさん、あなた……ともだち、欲しがった。そのともだち、じぶんで……ころした。だから、ゆめみさんたち悲しんでる……わたし、ゆるさない」
●
「殺した……だと? あたしが誰を!」
日那乃の言葉に激昂しながら、久恵が立ち上がる。
「美咲たちを殺そうとしてんのは、お前らだろーがぁああああああッ!」
その姿を奏空は見据え、エネミースキャンを行った。
幸いであった、などとは思わない。
だが生前の少女3名から受けていた仕打ちが、ある種の鍛錬のような効果をもたらしていたのは間違いないようだ。
「久恵さん……すごい、体力だよ」
「……手加減なしで、殴らなきゃ駄目って事だね」
彩吹が羽ばたき、踏み込み、鋭利な拳を連続で繰り出してゆく。『白夜』の三連撃。
合わせて、奏空は天地二刀を『地烈』の形に一閃させた。
覚者2人の大技が、今や人間大の窮鼠と言うべき少女を容赦なく直撃する。
「ぎゃああああ痛い! いッ痛い痛い、いたいよおおおお!」
久恵の悲鳴が、怒号に変わってゆく。
「許さない! お前ら、美咲たちにこんな痛い事するつもりだったのかああああっ!」
戦闘訓練など受けていないはずの少女の動きを奏空は一瞬、見失った。
その一瞬の間、奏空の全身あちこちが裂けて鮮血の霧を噴いた。久恵に、引っ掻かれたのか噛みちぎられたのか、それすらわからない。
とにかく、猛の一撃であった。
「うっ……ぐぅ……ッ!」
奏空は、よろめいて後退りをした。
なおも猛然と間合いを詰めようとする久恵の動きが、ガクンッと急停止した。
荊が、少女の小柄な身体を再び拘束し、切り裂いてゆく。
「久恵ちゃんは……本当に、友達思いなんですね」
澄香が、眼前にタロットカードをかざして念じている。ちぎれかけていた荊に、力を注ぎ込んでいる。
「お友達のために……今まで、頑張ってきたんですね。偉いですよ、久恵ちゃん」
「黙れよ……うざったい……」
「うざったい事を言う大人すら、いなかったのでしょう。貴女の周りには」
誰からも、無視された。
だから、少しでも自分を構ってくれる同級生たちに自ら隷属してしまった。
そんな少女に、澄香はなおも言う。
「友達思いの久恵ちゃんなら、これからでもお友達をたくさん作れますよ……ひどい事をしない、本当のお友達をね。だから行きましょう、私たちと一緒に」
その目が、ちらりと日那乃の方を向いた。
「日那ちゃんも……ね? 自分1人は許さない、なんて言わずに。せめて私たちだけは、久恵ちゃんを許してあげましょう。何だか傲慢な言い草になってしまいますが」
「……澄香さんが、そう……言うのなら」
言いつつ日那乃が、ふわりと翼をはためかせて癒しの力を拡散させる。
潤しの雨が、降り注いだ。
「だけど……わたしの仲間、きずつけたのは許さない。つぎにやったら……ほんとうに、許さないから」
水行の治癒力が、奏空の全身に染み渡ってゆく。
回復を体感しながら、奏空は駆け出した。
眠っていた妖3体が、ゆらりと目覚めて動き出したからだ。
荊に束縛されている久恵を、死せる少女たちが一斉に襲う。
そこへ、奏空は飛び込んで行った。血まみれの久恵を、荊もろとも抱きすくめた。
妖たちの、鉤爪と化した指の骨が、奏空の背中を引き裂いてゆく。
(君も……こんな痛みを、感じていたんだね久恵さん……毎日、毎日……)
歯を食いしばっているせいで奏空は、声に出して語りかける事が出来なかった。
だから、送受心・改を用いた。
(君と同じ痛みを、感じている……なんて、言えないけど……っ!)
その思いが届いた、か否かは、わからない。
久恵は、呟いている。
「みさき……」
血まみれの顔を、涙がつたう。
「けいこ……はるか……ぁ……」
「ハムスターとか、ハツカネズミ、ドブネズミだって……可愛いですよね、ネズミって基本」
澄香が、いつの間にか傍らにいて、久恵の頭を撫でている。
「だけど久恵ちゃん、貴女はネズミじゃなくて人間です。誰に何を言われても、それだけは……忘れないで、下さいね」
「…………」
澄香の言葉が、聞こえているのかどうか。
とにかく久恵はゆっくりと力尽き、意識を失った。
荒ぶる生き物のような流水が、周囲で渦を巻いている。水飛沫と肉片が、大量に飛散する。
「関わり方さえ間違えなきゃ、お前の本当の友達になれたかも知れねえ連中……だけどな、助けられなかったぜ」
カナタの『伊邪波』が、妖3体を粉砕したところであった。
「見てたろ久恵、お前の友達を殺したのは俺だ。いつでも来いよ、仇を討ちに……アグレッシブに、な。俺が全部、受け止めるぜ」
●
憤怒者との和解と同じだ、と澄香は思わない事もなかった。困難を極めるのは、これからなのだ。
「……中さんに報告したよ。救護班が、もうすぐ来てくれる」
スマートフォンを片手に、奏空が言う。
術式による傷の治療は、済んでいる。奏空も、それに久恵も。
彼女は今、澄香の膝枕の上で、すやすやと意識を失っていた。
目覚めて暴れるようであれば、土蜘蛛の糸で捕縛しなければならないところであるが今のところ、その必要はなさそうだ。
救護班が来たら、この少女が自分の膝の上からいなくなってしまう。そんな事を、澄香はつい思ってしまった。
理解はしている。この根津久恵という少女は、破綻者だったのだ。まず必要なのは、ファイヴの医療スタッフによる適切な処置である。
その後は、どうなるのか。
治療を終え、正気を取り戻した久恵は、まず己のした事を見つめなければならなくなる。
「久恵は、何もやらかしちゃいねえよ」
カナタが言った。
「みんなも見たろ。久恵の友達を殺したのは、俺だからな」
「そんなの、駄目」
言葉と共に日那乃が、じっとカナタを見据える。
「ねづさんが、じぶんで向き合わなきゃいけないこと……わたしたち、なにも、できない」
「おい日那乃……」
「まあまあ。これはねカナタくん、かわいそうだけど日那ちゃんの言う通りだと思います」
久恵の髪を撫でながら、澄香は言った。
「久恵ちゃんが、自分自身で向き合わなきゃいけない事……だけどね日那ちゃん、私たちに出来る事はあると思いますよ?」
「支える、励ます、声をかけ続ける。月並みだけど、それしかないんだよね……」
奏空が、沈痛な声を発する。
「それでも俺たちに……頼って欲しい、と思うよ」
「そうだね。私たちで久恵を守らなきゃいけない、のかも知れない。ファイヴじゃなく、私たちが」
彩吹の声が、低く重い。
「正直……今のファイヴ上層部は、あんまり信用出来ない。貢も、それに影虎も、まるで道具みたいに扱われてた。久恵があんな目に遭うのかと思うと……」
「いぶちゃん……」
「ねえ澄香、私って甘いと思う? いや、きっと甘いんだろうな。だけど気になってしょうがないんだよ。私たちと戦った子が、なし崩しにファイヴの戦力にされている。貢も影虎も、自分の意志で戦ってるとは言うだろうけど」
「久恵ちゃんも……ファイヴの覚者として戦う事になったとしたら、そう言うでしょうね」
「こんな、高校生の小さな女の子……戦う以外の、本当の幸せだって、あるはずじゃないか」
彩吹は微かに、唇を噛んでいるようだ。
「私たちが、とっくの昔に見失ってしまったもの……この子たちには、掴んで欲しい。それって、やっぱり……私の、勝手な思い込みなんだろうけど」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
