隠し神 討つは正義か悪党か
●隠し神
油取り――
女子供を誘拐し、油を搾り取る隠し神と呼ばれる古妖である。ハサミとよばれる肉を焼く串で肉を抉り、そこから油を抜き取るといわれている。ここでいう油というのは『高価なモノ』を意味し、その存在の魂を指す。特に女の子からは良い油が搾り取れるといわれ、狙われやすいといわれていた。
油取りが出る、と言われた地域ではよそ者に注意し、夜に出歩く者は注意するように勧告される。しかし夕闇を過ぎる時間に出歩かないことは難しい。ましてやそれが夜に仕事をする職業なら。
そういった人達は古妖に対抗できる覚者を護衛に雇うことになる。安くない買い物だが、命には代えられない。可能であれば油取りをどうにかできればいいのだが、油取りの肝心の居場所が分からない。神出鬼没の隠れ神を見つけることは偶然か、あるいは予知しかない。そして夢見の数は元々比率的にマイノリティな覚者の中でも少数なのだ。
だが、ありえない話ではない。
二者以上の夢見が、同じ予知をすることは。
●FiVE
「――今回の仕事は油取りを倒すことです」
久方 真由美(nCL2000003)の見た予知は、町はずれの空き地で油取りに襲われる女性の夢だった。場所もしっかりしており、ある程度余裕をもって現場に向かうことが出来る。
「ただ……七星剣の隔者もそこに現れる様です」
「は?」
「この女性は……その『夜のお仕事』をする女性です。そしてその店は七星剣の息がかかっています」
仕事の内容をぼかしながら、真由美は説明をする。仕事の内容自体は今回の事件に関係ないのでご了承。重要なのはこれが七星剣絡みという事である。
「女性が油取りに連絡すると同時にその隔者も動きます。目的は『油取りを倒すことで、七星剣への信用を高めよう』というものです」
隔者が信用、というと怪訝な顔をする者もいるが要は『貸しを作る』のである。一度助けたという事実があれば、その事を盾に色々要求をする可能性がある。何よりも『助けてもらった』という負い目は払拭しがたい。結果として善行でも、その裏で何を考えているのかわからないのが問題だ。
「ということは、その隔者が来る前に油取りを倒すのが一番か」
「はい。幸いその隔者が来るまでに時間はあります。来る方向も分かるので、何らかの対策はできるかもしれません」
真由美は地図を覚者達に渡す。油取りが来る場所、女性がいる場所、隔者がやってくる方向すべてが書かれてある。
「油取り自体は神出鬼没な事を除けばさして強い古妖ではありません。ですが油断しないでください」
真由美の言葉に頷き、覚者達は会議室を出た。
●作戦開始三〇秒前、携帯電話での会話
「――配置、つきました」
「おう。もう少し待ってくれ。酔いがいい感じで回ってるんだ」
「予定に間に合うのでしたら。それと予知にありましたが……」
「ああ、聞いている。千客万来だな。今宵の虎徹は血に飢えているとでも言っておこうか。それとも抜けば玉散る氷の刃の方がいいか」
「どちらでも。貝類は肝臓の活動を助けます。この時期のつまみにおすすめです」
「あいよ。……なんだよ、もうおしまいか。まあ、覚醒するから仕方ねぇか。店長、おあいそだ!」
油取り――
女子供を誘拐し、油を搾り取る隠し神と呼ばれる古妖である。ハサミとよばれる肉を焼く串で肉を抉り、そこから油を抜き取るといわれている。ここでいう油というのは『高価なモノ』を意味し、その存在の魂を指す。特に女の子からは良い油が搾り取れるといわれ、狙われやすいといわれていた。
油取りが出る、と言われた地域ではよそ者に注意し、夜に出歩く者は注意するように勧告される。しかし夕闇を過ぎる時間に出歩かないことは難しい。ましてやそれが夜に仕事をする職業なら。
そういった人達は古妖に対抗できる覚者を護衛に雇うことになる。安くない買い物だが、命には代えられない。可能であれば油取りをどうにかできればいいのだが、油取りの肝心の居場所が分からない。神出鬼没の隠れ神を見つけることは偶然か、あるいは予知しかない。そして夢見の数は元々比率的にマイノリティな覚者の中でも少数なのだ。
だが、ありえない話ではない。
二者以上の夢見が、同じ予知をすることは。
●FiVE
「――今回の仕事は油取りを倒すことです」
久方 真由美(nCL2000003)の見た予知は、町はずれの空き地で油取りに襲われる女性の夢だった。場所もしっかりしており、ある程度余裕をもって現場に向かうことが出来る。
「ただ……七星剣の隔者もそこに現れる様です」
「は?」
「この女性は……その『夜のお仕事』をする女性です。そしてその店は七星剣の息がかかっています」
仕事の内容をぼかしながら、真由美は説明をする。仕事の内容自体は今回の事件に関係ないのでご了承。重要なのはこれが七星剣絡みという事である。
「女性が油取りに連絡すると同時にその隔者も動きます。目的は『油取りを倒すことで、七星剣への信用を高めよう』というものです」
隔者が信用、というと怪訝な顔をする者もいるが要は『貸しを作る』のである。一度助けたという事実があれば、その事を盾に色々要求をする可能性がある。何よりも『助けてもらった』という負い目は払拭しがたい。結果として善行でも、その裏で何を考えているのかわからないのが問題だ。
「ということは、その隔者が来る前に油取りを倒すのが一番か」
「はい。幸いその隔者が来るまでに時間はあります。来る方向も分かるので、何らかの対策はできるかもしれません」
真由美は地図を覚者達に渡す。油取りが来る場所、女性がいる場所、隔者がやってくる方向すべてが書かれてある。
「油取り自体は神出鬼没な事を除けばさして強い古妖ではありません。ですが油断しないでください」
真由美の言葉に頷き、覚者達は会議室を出た。
●作戦開始三〇秒前、携帯電話での会話
「――配置、つきました」
「おう。もう少し待ってくれ。酔いがいい感じで回ってるんだ」
「予定に間に合うのでしたら。それと予知にありましたが……」
「ああ、聞いている。千客万来だな。今宵の虎徹は血に飢えているとでも言っておこうか。それとも抜けば玉散る氷の刃の方がいいか」
「どちらでも。貝類は肝臓の活動を助けます。この時期のつまみにおすすめです」
「あいよ。……なんだよ、もうおしまいか。まあ、覚醒するから仕方ねぇか。店長、おあいそだ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.油取りを倒す。
2.七星剣に油取りを倒させない。
3.なし
2.七星剣に油取りを倒させない。
3.なし
久しぶりの通常依頼。久しぶりの七星剣でございます。
●敵情報
・油取り(×1)
東北に伝わる隠し神です。脚絆と手差しを身に着けた壮年の男の姿をしています。
狙うのは女性や子供ですが、それはあくまで良質の『油』を得る為であって、成人男性でも普通に狙います。
攻撃方法
突き刺し 物近単 ハサミと呼ばれる串を刺し、油を抜きます。【必殺】【致命】
魂の慟哭 特遠貫2 油取りに抜き取られた魂の声です。(100%、50%)
神出鬼没 P ブロックを無視し戦場内の「実年齢15歳以下」か「女性」のキャラクターの近くに移動します。
隠し神 P 一人になると隠し神に攫われる。戦場内に『前衛』『中衛』『後衛』キャラクターが油取りを除いて一人だけの場合、そのキャラクターは油取りの攻撃に対して回避判定ができません(味方ガードを無視します)。
●NPC
・隔者1
七星剣隔者。土の翼人。二十九歳女性。紺のスーツを着ています。
それなりに戦闘力はありますが、防衛に努めます。
・隔者2
七星剣隔者。木の精霊顕現。五十二歳男性。蒼の着流しを着ています。
戦闘力高め。油取りに挑むのはこちらです。
●場所情報
戦場は『空き地』と『道』に分かれます。両戦場の移動は一ターンかかります。
とある町の空き地。照明は蛍光灯のみ。広さと足場は充分。
道は、横に三人並ぶのが精一杯です。その他の条件は『空き地』と同じです。
戦闘開始時、『空き地』には敵前衛に『油取り』『隔者1』がいます。『道』には誰もいませんが、三ターン目の開始に『隔者2』が敵前衛に現れます。覚者は待ち伏せしていたということで、好きな場所に陣取っても構いません。
事前付与は一度だけ可能とします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
7/8
公開日
2018年02月13日
2018年02月13日
■メイン参加者 7人■

●
「油取りなぁ。女子供を狙うとは最低やけど古妖に人間のモラル言うてもしょうないか」
ため息をつきながら『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は戦の準備を進める。油取りの性質は人と相容れないが、人間でない存在にそれを言っても仕方ない。勿論、仕方ないと言って放置はできない。ここで逃がせば次に夢見が予知するまで被害が増え続けるのだから。
「神隠しの類ですか。理由は良質の油を取る為……。人から油って取れるものなんですか?」
言って首をかしげる『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)。突如消えてしまう人間。それを為す神様。今回相対する油取りはその類だ。ここに住む人のためにしっかり対峙しなくてはいけない。余談だが皮下脂肪を(検閲削除)することにより油をとるとか。
「ちょっ、こ、古妖と戦わないとだめ!?」
涙目で抵抗する『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)。だが抵抗することを諦めたのか、渋々覚醒する。油取りは人の敵だが、そういう生き方をした古妖なのだからそれを責めるのは筋違いだ。穏便に済ませることができればなあ、と思うけど。
「七星剣絡みとなれば見過ごすわけにもいかん」
『献身の青』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は通りを見ながら呟く。数十秒後にこの道を通って七星剣の隔者がやってくる。彼らに古妖を討たれれば、その恩義を盾に何を要求するかわからない。厄介な状況だが、上手くこなさなければならない。
「でも今回の件に限って言えば、純粋に人の役に立ってるよな」
腕を組んで考える『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)。七星剣の悪行は数えれば限りない。だが今回の事例はそういった事とは異なる。人間に仇為す古妖を倒し、安全を確保する。そういった事のみに従事してくれればいいのに。
「そういったことも彼らの『仕事』なのですよ。地域を守る代償として、お金を要求すると言ったいわゆる『みかじめ』です」
講義をするように『教授』新田・成(CL2000538)は説明する。端的に言えば用心棒である。法的にグレーな事をしている店は警察に頼ることが出来ず、彼らのような存在にお金を払って守ってもらうという。
(七星を裏切ったのを、ちょっとだけ負い目感じてるのかしら、私)
狐のお面をつけながら『獣の一矢』鳴神 零(CL2000669)は神具を握る。かつて七星剣だった零。下っ端だったとはいえ、元自分の組織がやってくるという戦場に足を向けるのは抵抗があった。特に今宵は、脳内で警報が鳴り響いている。
「あぶら、よこせー」
どこか粘着性のある低い声。それが覚者達の意識を戦いに向ける。脚絆と手差しを身に着けた壮年の男。その手に握られた串。見た目だけなら人間に見えるが、纏う雰囲気は幽鬼のそれに近い。人間ではないことは明白だ。
それに相対するのは一人の女性。彼女も七星剣の隔者。相応に戦えるようだが、課の世はあくまで囮要因。油取りをここに足止めする楔。油取りを討つ本命は別にいる。
FiVE、古妖、七星剣。三つ巴の戦が、幕を開けた。
●
「あなたが、女性に酷いことするひと?」
最初に動いたのは燐花だ。持ち前の素早さを活かして先手を取り、初撃に最大威力を叩き込む。相手の耐久力などを計るという意味で戦術的にも戦略的にも正しい行動と言えよう。神具を構え、真っ直ぐに油取りに刃を向ける。
大地を蹴る足の力。地面から踵、膝、腰、背骨、肩、肘、そして手の平に力が伝わっていく。自らの速度をインパクトとして伝え、斬撃に乗せる。技に筋肉が痛みを訴えるが、強く歯を噛んで燐花はそれを堪えた。手の平から斬った感覚が確かに伝わってくる。
「できるものなら、やってみるといいのです」
「おんな。こども。さらう、あぶらとるー」
「あたしの油が欲しい気持ちは解るけど、あんたにくれてやる訳にはいかんなぁ」
まるで初めからそこにいたかのように、突如自分達の近くに現れた油取りに挑発するように凛は言う。夢見から情報を得ていなかったら、精神的な動揺を受けていたかもしれない。動揺することなくつま先を古妖に向け、刀を構えた。
ハサミと呼ばれる油取りの串。その動きは基本的に『刺す』ことだ。対し剣術は九の攻撃方法を基点にそれぞれの流派で多彩な斬撃を持つ。凛が見せるは古流剣術焔陰流。二十一代続く剣術の歴史が、油取りの攻撃をさばいていく。
「おい油取り。そっちの姐さんよりあたしらの方が若くてピチピチやで!」
「あらまあ。大人の魅力にかなわへんからて若さアピール? 悲しいわぁ」
「……あれ? この声って『狂い咲き蝶々』……?」
零はどこかおっとり喋る隔者の声に聞き覚えがあった。七星剣の隔者で、何度か話をしたことがある。戦闘よりも諜報的な活動をする隔者で、確か『花骨牌』の下にいたようないなかったような? いや、今はどうでもいいやと首を振った。
自分の身の丈よりも長い神具を肩に担ぐようにして古妖に向かって走る。零の戦い方は刀と一緒に回転し、その重量を叩きつけるのが主眼だ。その動きは獣の如く。大味な様に見えてその命中精度は高く、確実に油取りを追い詰めていく。
「じゃあもしかして、『花骨牌』様が関与してるの? この件?」
「さあどうやろね? 怖いんやったら尻尾巻いて逃げる?」
「出来る事ならみんな退却して終わりたいんだけどなぁ」
別に隔者の意見に賛同するわけではないが、ジャックは収まるなら戦いを収めたかった。だが油取りはこちらへの攻撃を止める様子はなく、説得も通じそうにない。今更権を下すことが出来ないことは、誰の目にも明らかだった。
書物型の神具を手に、油取りを視界にとらえる。ジャックは基本的に戦闘では回復を行うが、今回は攻勢に動いていた。隔者に油取りを討たせるわけにはいかない為、短期決戦に出ているのだ。第三の目から光を放ち、その動きを封じる。
「なあ、油取り。穏便にことを済ませようという気は……」
「はさみ、ないぞうに、さして、えぐるー。あぶら、ぬくー」
「……ない感じだよね。はい」
「そっちは任せたぞ! 強敵の予感がする……!」
脂取りがFiVE側の覚者を狙い始めたのを確認し、遥は戦線を離脱する。依頼を放棄するのではない。そちら側からやってくる隔者を迎撃するためだ。単独で古妖を撃破しようとするほどの腕前だ。かなりの相手に違いない。胸が疼くのを感じていた。
通りで待つこと数十秒。着流しを着た男が歩いてくる。背筋に走る恐怖の感覚を感じながら、拳を握りしめる。此方の戦意を悟ったのか、着流しの男は持っていた木刀を数度振るう。遥はそれをいなしながら、隔者の実力を計っていた。
「いい動きだな、坊主。こういうのはどうだ?」
「やばいやばい! 怖いなぁ……! 楽しいなぁ……!」
「どうやら酔っているようだな。ならば隙はあるはずだ」
隔者の肌の上気具合を確認し、ゲイルはそう判断する。とはいえ足がふらついているということもなく、油断できる状況ではない。指輪型の神具を起動させ、細い糸のようなものを生み出す。今は攻める時だ。
ゲイルの指輪から伸びる糸。それは装着者の霊力そのもの。青く光る神秘の糸はゲイルの意のままに宙を舞い、隔者の腕に絡まる。今やるべきことは隔者の足を止めること。傷を与える事よりも、こうした邪魔の方が効果的だ。
「大人しく引き返すというのならこちらも手はださない」
「そいつは優しいねぇ。その顔を立ててやりたいが、こちらにも事情があるんだ」
「七星剣の事情、ですか。それを汲む理由はこちらにはありませんので」
言うなり成は仕込み杖を抜刀し、隔者に斬りかかる。土の源素を用いて身を守りながら、距離を一気に詰めた。相手の動きから実力を推し量りながら、初撃を叩き込んでその強さを識る。見るだけの知識よりも実地が大事。還暦を超えた成が得た真理の一つだ。
交差は一瞬。すぐに成と隔者は距離を離し、そして切り結ぶ。。成は時折衝撃波を飛ばして牽制し、隙あらば接近して穿つ。対して隔者は山のように動かず、迫る剣戟を力で弾いていた。成の切っ先が隔者の肩に突き刺さる。互いの顔に笑みが浮かんだ。
「いいの貰っちまったな。大したもんだぜ、アンタ」
「ご謙遜を。一手間違えればこちらが倒れていた」
成は息を吐き、構えを解くことなく問いかける。
「七星剣首魁、八神勇雄殿とお見受けしました。間違いないですね?」
「そうだぜ。あんたらはFiVEの覚者でいいんだよな?」
まるで酒場であった人に自己紹介する気安さで、日本最大犯罪組織の長は覚者達に話しかけてる。
だがその場の空気と緊張は、その気安さに反比例するように重くなっていた。
●
二つに分かれた戦場で、覚者達は戦っていた。
「おじさん、ちょっとひと勝負してってくれよ!」
「いい拳だ。空手やってるのか?」
相手が七星剣のトップだからと言って遥は態度を変えることはない。そもそも遥は義憤で行動したり、誰かを憎んだりすることはない。そこに強者がいるのならまっすぐ行って戦う。鍛えた拳を八神にぶつける。これが自己紹介だと言わんばかりに。
「どうです、今度一席如何ですか? 日本酒の美味しいお店をご案内しますが」
「悪くないな。朝まで飲むか」
半ば冗談半ば本気で成は八神を酒宴に誘う。笑って頷く八神。互いを知ってこその戦だ。こうして武具を交えるよりも、別のことが分かるかもしれない。打ち合ったのは八合。まだ何かを隠しているのか、その実力の底は知れない。
「この件で七星剣がどういう意図を持っているかなど興味はないが、ここで止めさせてもらうぞ」
「威勢がいいな。ま、古妖に人を殺させたくないって辺りは本気だぜ」
犯罪組織である七星剣の所業をゲイルは許すつもりはない。だから八神の答えには少し面食らった。人の命など塵芥の如くと思っていたのだが。少なくとも言葉にこちらを騙すような意図は感じられない。だからと言ってすべてではないのだろうが。
そして油取りの方だが――
「あぶら、よこせー。おまえたち、よけるなー」
「そういうわけにはいきません」
油取りと覚者の闘いは、始終覚者のペースで進んでいた。
人の壁をものともせずに近づける油取りだが、直接的な攻撃に秀でるというわけではない。一人になれば回避不能の攻撃を繰り出すことが出来るが、逆にそうと分かっているのなら一人で行動するつもりはない。
「速攻で落します」
『疾蒼』と『電燐』を手に疾駆する燐花。あぶらとりはその動きを捕らえることが出来ず、致命打を何度も受けてしまう。だがその度にまだ小さい燐花の肉体は傷ついていく。それでも動きを止めることはない。仲間が足止めしている間に、古妖を倒す。
「こっちも一気に行くよ」
狐の仮面の奥から楽しそうに零が叫ぶ。球体関節に変化した腕を振るい、巨大な神具を振るう。回転する遠心力に神具の重量を乗せ、油取りに叩きつける様に振り下ろした。よろめく古妖に追撃を仕掛ける様に踏み込んでいく。
「おおっと、そろそろ回復しておかないとまずいか」
ジャックは仲間の傷具合を見て、回復に移行する。油取りの持つ武器の殺傷力が低いとはいえ、予期せぬ一撃を喰らう可能性がある。心情としては人間よりも古妖を癒したいのだが、その心をぐっとこらえる。油取りを放置して人が死ねば、古妖と人の仲が悪くなる。
「コイツでトドメや。おいたはここで終いやで!」
油取りの串をはね上げ、凛が油取りを間合にとらえる。驚愕に固まる古妖。慌てて空間を渡って逃げようとするが、凛の方が速い。袈裟懸けに振るわれる刀は古妖の身体を確かに切り裂いた。心の臓を捕らえた確かな感覚が伝わってくる。
「ああ……あぶ……らぁー」
それだけ言って崩れ落ちる油取り。そのまま自分自身が油のように溶け、地面に染み入るように消えていった。
「一人で油取り惹き付けようって根性は見上げたもんやけど悪かったな。邪魔させてもろたわ」
「せやね、私達の負けよ。いややわぁ。『花骨牌』に折檻されてまうわ」
ニヤリと笑う凛に女隔者は肩をすくめる。戦う意思は見られない。油取りを殺された以上、戦う理由はないのだから。
それからしばらくして、別戦場にいた覚者と隔者がやってくる。その顔を見て元七星剣の零は緊張が走る。
「……八神様、とでも呼んだ方がいいのかしら?」
「おいおい。FiVEの覚者が俺に敬称なんかつけるなよ」
その緊張など気にすることなく八神は零の肩を叩く。組織を裏切ったことを気にしていないのか、それとも零のことを知らないのか。
「暴力坂や霧山、逢魔が時たちの頭かな? きょ、今日はこれ以上死人は出したくないから穏便に」
「分かってるよ。今回はこっちの負けだ。将棋盤ひっくり返すことはしねぇ」
ジャックの提案に肩をすくめる八神。相手は隔者のドンだ。ここで覚者全部を倒して手柄を独り占め、という可能性もあったのだが――それは流儀ではないらしい。
「くっそ、おじさん強いなぁ! まだ本気出してないだろう!」
「坊主も鍛えれば俺のように強くなるさ。まだまだ修行つんどきな」
悔しそうに遥が八神の胸に拳を当てる。それを受けながら八神は笑う。それだけ見れば年の離れた師弟と見えなくもない。
「七星剣……私にはよく分からない存在です。が、信用を高めるべく動くなどと、意外と
地道な作業をなさるものなのですね」
「組織を盤石にするには必要なんよ。去年までは『結界王』様の仕事やったんやけどなぁ」
燐花の問いに答えたのは、女隔者だった。七星剣の幹部も半数が消え、その戦力も大きく削がれた。忠誠心の高い部下の離脱は、相応に堪えたようだ。
「その為にわざわざ組織の長が出張って来るとはな」
「いや、主目的はお前達だ。正確にはFiVEの覚者をこの目で拝んでおきたかったのさ」
非効率だ、と言いたげなゲイルの言葉に八神はそう答える。その言葉にゲイルは緊張を走らせる。八神本人がFiVEを『敵』と見なしたという事か。気づかれぬように拳を握る。
しばしの沈黙ののち――
「安心しな。今ここでお前らをどうこうするつもりはない。まだ飲み足りないしな」
「まだ飲むつもりなのですか」
言って背を向ける八神。それを追うように女隔者も走り出す。
「待って、その、飲み足りないなら一緒に飲みましょう? つもる話もあるの」
その背中に衝動的に語りかける零。振り返った八神にそのまま言葉を重ねていく。
「FiVEは七星とぶつかる事は本望じゃないと思うわ。無駄に死人が出るもの。
「共闘、または休戦の筋道ってのはアナタ、考えてない?」
「そうですね。それを肴に一席飲みませんか?」
零の提案を継ぐ様に成が口を開く。
「『結界王』が最期の戦いで言っていた。FiVEに代わって八神と七星剣が大妖を倒す、とね。
私は七星剣はせいぜい混乱に乗じて利益を上げ、大妖で日本が滅んだらどこかに高飛びするものかと思っていた」
成の言葉を黙って聞いている八神。それを交渉の余地ありとばかりに成は言葉を続ける。
「ところが七星剣も我々と同様、大妖を脅威と捉え、討伐を目標としている。
我々は敵対しているが、その点に於いては価値観を共有している。違いますか?」
「俺からすれば頭でっかちの研究機関が大妖や七星剣に挑もうとするのが意外だったがな」
帰ってきたのはそんな言葉だった。肯定ではない。だが否定でもない。
「興が乗った。どうせならもっと大勢連れてやろうじゃないか」
●
この発言から数時間後、七星剣からFiVEに一通の手紙が送られた。
書面の内容を要約すると、七星剣のトップである八神勇雄がFiVEの覚者を宴に誘うと言った内容だった。悪戯に思えた手紙だが、先の報告もあり真実だと思わざるを得ない。罠の可能性も考慮したが、逆に罠ならあまりにあからさますぎる。
どうあれ、七星剣の首魁がFiVEという組織を相手するに値する、と判断した証拠でもあった。
さて、油取りという古妖にはもう一つ奇妙な伝承があった。
『油取りが現れれば、戦争が起きる』
この伝承が真実なのか嘘なのか。それはまだ誰にもわからない――
「油取りなぁ。女子供を狙うとは最低やけど古妖に人間のモラル言うてもしょうないか」
ため息をつきながら『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は戦の準備を進める。油取りの性質は人と相容れないが、人間でない存在にそれを言っても仕方ない。勿論、仕方ないと言って放置はできない。ここで逃がせば次に夢見が予知するまで被害が増え続けるのだから。
「神隠しの類ですか。理由は良質の油を取る為……。人から油って取れるものなんですか?」
言って首をかしげる『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)。突如消えてしまう人間。それを為す神様。今回相対する油取りはその類だ。ここに住む人のためにしっかり対峙しなくてはいけない。余談だが皮下脂肪を(検閲削除)することにより油をとるとか。
「ちょっ、こ、古妖と戦わないとだめ!?」
涙目で抵抗する『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)。だが抵抗することを諦めたのか、渋々覚醒する。油取りは人の敵だが、そういう生き方をした古妖なのだからそれを責めるのは筋違いだ。穏便に済ませることができればなあ、と思うけど。
「七星剣絡みとなれば見過ごすわけにもいかん」
『献身の青』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は通りを見ながら呟く。数十秒後にこの道を通って七星剣の隔者がやってくる。彼らに古妖を討たれれば、その恩義を盾に何を要求するかわからない。厄介な状況だが、上手くこなさなければならない。
「でも今回の件に限って言えば、純粋に人の役に立ってるよな」
腕を組んで考える『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)。七星剣の悪行は数えれば限りない。だが今回の事例はそういった事とは異なる。人間に仇為す古妖を倒し、安全を確保する。そういった事のみに従事してくれればいいのに。
「そういったことも彼らの『仕事』なのですよ。地域を守る代償として、お金を要求すると言ったいわゆる『みかじめ』です」
講義をするように『教授』新田・成(CL2000538)は説明する。端的に言えば用心棒である。法的にグレーな事をしている店は警察に頼ることが出来ず、彼らのような存在にお金を払って守ってもらうという。
(七星を裏切ったのを、ちょっとだけ負い目感じてるのかしら、私)
狐のお面をつけながら『獣の一矢』鳴神 零(CL2000669)は神具を握る。かつて七星剣だった零。下っ端だったとはいえ、元自分の組織がやってくるという戦場に足を向けるのは抵抗があった。特に今宵は、脳内で警報が鳴り響いている。
「あぶら、よこせー」
どこか粘着性のある低い声。それが覚者達の意識を戦いに向ける。脚絆と手差しを身に着けた壮年の男。その手に握られた串。見た目だけなら人間に見えるが、纏う雰囲気は幽鬼のそれに近い。人間ではないことは明白だ。
それに相対するのは一人の女性。彼女も七星剣の隔者。相応に戦えるようだが、課の世はあくまで囮要因。油取りをここに足止めする楔。油取りを討つ本命は別にいる。
FiVE、古妖、七星剣。三つ巴の戦が、幕を開けた。
●
「あなたが、女性に酷いことするひと?」
最初に動いたのは燐花だ。持ち前の素早さを活かして先手を取り、初撃に最大威力を叩き込む。相手の耐久力などを計るという意味で戦術的にも戦略的にも正しい行動と言えよう。神具を構え、真っ直ぐに油取りに刃を向ける。
大地を蹴る足の力。地面から踵、膝、腰、背骨、肩、肘、そして手の平に力が伝わっていく。自らの速度をインパクトとして伝え、斬撃に乗せる。技に筋肉が痛みを訴えるが、強く歯を噛んで燐花はそれを堪えた。手の平から斬った感覚が確かに伝わってくる。
「できるものなら、やってみるといいのです」
「おんな。こども。さらう、あぶらとるー」
「あたしの油が欲しい気持ちは解るけど、あんたにくれてやる訳にはいかんなぁ」
まるで初めからそこにいたかのように、突如自分達の近くに現れた油取りに挑発するように凛は言う。夢見から情報を得ていなかったら、精神的な動揺を受けていたかもしれない。動揺することなくつま先を古妖に向け、刀を構えた。
ハサミと呼ばれる油取りの串。その動きは基本的に『刺す』ことだ。対し剣術は九の攻撃方法を基点にそれぞれの流派で多彩な斬撃を持つ。凛が見せるは古流剣術焔陰流。二十一代続く剣術の歴史が、油取りの攻撃をさばいていく。
「おい油取り。そっちの姐さんよりあたしらの方が若くてピチピチやで!」
「あらまあ。大人の魅力にかなわへんからて若さアピール? 悲しいわぁ」
「……あれ? この声って『狂い咲き蝶々』……?」
零はどこかおっとり喋る隔者の声に聞き覚えがあった。七星剣の隔者で、何度か話をしたことがある。戦闘よりも諜報的な活動をする隔者で、確か『花骨牌』の下にいたようないなかったような? いや、今はどうでもいいやと首を振った。
自分の身の丈よりも長い神具を肩に担ぐようにして古妖に向かって走る。零の戦い方は刀と一緒に回転し、その重量を叩きつけるのが主眼だ。その動きは獣の如く。大味な様に見えてその命中精度は高く、確実に油取りを追い詰めていく。
「じゃあもしかして、『花骨牌』様が関与してるの? この件?」
「さあどうやろね? 怖いんやったら尻尾巻いて逃げる?」
「出来る事ならみんな退却して終わりたいんだけどなぁ」
別に隔者の意見に賛同するわけではないが、ジャックは収まるなら戦いを収めたかった。だが油取りはこちらへの攻撃を止める様子はなく、説得も通じそうにない。今更権を下すことが出来ないことは、誰の目にも明らかだった。
書物型の神具を手に、油取りを視界にとらえる。ジャックは基本的に戦闘では回復を行うが、今回は攻勢に動いていた。隔者に油取りを討たせるわけにはいかない為、短期決戦に出ているのだ。第三の目から光を放ち、その動きを封じる。
「なあ、油取り。穏便にことを済ませようという気は……」
「はさみ、ないぞうに、さして、えぐるー。あぶら、ぬくー」
「……ない感じだよね。はい」
「そっちは任せたぞ! 強敵の予感がする……!」
脂取りがFiVE側の覚者を狙い始めたのを確認し、遥は戦線を離脱する。依頼を放棄するのではない。そちら側からやってくる隔者を迎撃するためだ。単独で古妖を撃破しようとするほどの腕前だ。かなりの相手に違いない。胸が疼くのを感じていた。
通りで待つこと数十秒。着流しを着た男が歩いてくる。背筋に走る恐怖の感覚を感じながら、拳を握りしめる。此方の戦意を悟ったのか、着流しの男は持っていた木刀を数度振るう。遥はそれをいなしながら、隔者の実力を計っていた。
「いい動きだな、坊主。こういうのはどうだ?」
「やばいやばい! 怖いなぁ……! 楽しいなぁ……!」
「どうやら酔っているようだな。ならば隙はあるはずだ」
隔者の肌の上気具合を確認し、ゲイルはそう判断する。とはいえ足がふらついているということもなく、油断できる状況ではない。指輪型の神具を起動させ、細い糸のようなものを生み出す。今は攻める時だ。
ゲイルの指輪から伸びる糸。それは装着者の霊力そのもの。青く光る神秘の糸はゲイルの意のままに宙を舞い、隔者の腕に絡まる。今やるべきことは隔者の足を止めること。傷を与える事よりも、こうした邪魔の方が効果的だ。
「大人しく引き返すというのならこちらも手はださない」
「そいつは優しいねぇ。その顔を立ててやりたいが、こちらにも事情があるんだ」
「七星剣の事情、ですか。それを汲む理由はこちらにはありませんので」
言うなり成は仕込み杖を抜刀し、隔者に斬りかかる。土の源素を用いて身を守りながら、距離を一気に詰めた。相手の動きから実力を推し量りながら、初撃を叩き込んでその強さを識る。見るだけの知識よりも実地が大事。還暦を超えた成が得た真理の一つだ。
交差は一瞬。すぐに成と隔者は距離を離し、そして切り結ぶ。。成は時折衝撃波を飛ばして牽制し、隙あらば接近して穿つ。対して隔者は山のように動かず、迫る剣戟を力で弾いていた。成の切っ先が隔者の肩に突き刺さる。互いの顔に笑みが浮かんだ。
「いいの貰っちまったな。大したもんだぜ、アンタ」
「ご謙遜を。一手間違えればこちらが倒れていた」
成は息を吐き、構えを解くことなく問いかける。
「七星剣首魁、八神勇雄殿とお見受けしました。間違いないですね?」
「そうだぜ。あんたらはFiVEの覚者でいいんだよな?」
まるで酒場であった人に自己紹介する気安さで、日本最大犯罪組織の長は覚者達に話しかけてる。
だがその場の空気と緊張は、その気安さに反比例するように重くなっていた。
●
二つに分かれた戦場で、覚者達は戦っていた。
「おじさん、ちょっとひと勝負してってくれよ!」
「いい拳だ。空手やってるのか?」
相手が七星剣のトップだからと言って遥は態度を変えることはない。そもそも遥は義憤で行動したり、誰かを憎んだりすることはない。そこに強者がいるのならまっすぐ行って戦う。鍛えた拳を八神にぶつける。これが自己紹介だと言わんばかりに。
「どうです、今度一席如何ですか? 日本酒の美味しいお店をご案内しますが」
「悪くないな。朝まで飲むか」
半ば冗談半ば本気で成は八神を酒宴に誘う。笑って頷く八神。互いを知ってこその戦だ。こうして武具を交えるよりも、別のことが分かるかもしれない。打ち合ったのは八合。まだ何かを隠しているのか、その実力の底は知れない。
「この件で七星剣がどういう意図を持っているかなど興味はないが、ここで止めさせてもらうぞ」
「威勢がいいな。ま、古妖に人を殺させたくないって辺りは本気だぜ」
犯罪組織である七星剣の所業をゲイルは許すつもりはない。だから八神の答えには少し面食らった。人の命など塵芥の如くと思っていたのだが。少なくとも言葉にこちらを騙すような意図は感じられない。だからと言ってすべてではないのだろうが。
そして油取りの方だが――
「あぶら、よこせー。おまえたち、よけるなー」
「そういうわけにはいきません」
油取りと覚者の闘いは、始終覚者のペースで進んでいた。
人の壁をものともせずに近づける油取りだが、直接的な攻撃に秀でるというわけではない。一人になれば回避不能の攻撃を繰り出すことが出来るが、逆にそうと分かっているのなら一人で行動するつもりはない。
「速攻で落します」
『疾蒼』と『電燐』を手に疾駆する燐花。あぶらとりはその動きを捕らえることが出来ず、致命打を何度も受けてしまう。だがその度にまだ小さい燐花の肉体は傷ついていく。それでも動きを止めることはない。仲間が足止めしている間に、古妖を倒す。
「こっちも一気に行くよ」
狐の仮面の奥から楽しそうに零が叫ぶ。球体関節に変化した腕を振るい、巨大な神具を振るう。回転する遠心力に神具の重量を乗せ、油取りに叩きつける様に振り下ろした。よろめく古妖に追撃を仕掛ける様に踏み込んでいく。
「おおっと、そろそろ回復しておかないとまずいか」
ジャックは仲間の傷具合を見て、回復に移行する。油取りの持つ武器の殺傷力が低いとはいえ、予期せぬ一撃を喰らう可能性がある。心情としては人間よりも古妖を癒したいのだが、その心をぐっとこらえる。油取りを放置して人が死ねば、古妖と人の仲が悪くなる。
「コイツでトドメや。おいたはここで終いやで!」
油取りの串をはね上げ、凛が油取りを間合にとらえる。驚愕に固まる古妖。慌てて空間を渡って逃げようとするが、凛の方が速い。袈裟懸けに振るわれる刀は古妖の身体を確かに切り裂いた。心の臓を捕らえた確かな感覚が伝わってくる。
「ああ……あぶ……らぁー」
それだけ言って崩れ落ちる油取り。そのまま自分自身が油のように溶け、地面に染み入るように消えていった。
「一人で油取り惹き付けようって根性は見上げたもんやけど悪かったな。邪魔させてもろたわ」
「せやね、私達の負けよ。いややわぁ。『花骨牌』に折檻されてまうわ」
ニヤリと笑う凛に女隔者は肩をすくめる。戦う意思は見られない。油取りを殺された以上、戦う理由はないのだから。
それからしばらくして、別戦場にいた覚者と隔者がやってくる。その顔を見て元七星剣の零は緊張が走る。
「……八神様、とでも呼んだ方がいいのかしら?」
「おいおい。FiVEの覚者が俺に敬称なんかつけるなよ」
その緊張など気にすることなく八神は零の肩を叩く。組織を裏切ったことを気にしていないのか、それとも零のことを知らないのか。
「暴力坂や霧山、逢魔が時たちの頭かな? きょ、今日はこれ以上死人は出したくないから穏便に」
「分かってるよ。今回はこっちの負けだ。将棋盤ひっくり返すことはしねぇ」
ジャックの提案に肩をすくめる八神。相手は隔者のドンだ。ここで覚者全部を倒して手柄を独り占め、という可能性もあったのだが――それは流儀ではないらしい。
「くっそ、おじさん強いなぁ! まだ本気出してないだろう!」
「坊主も鍛えれば俺のように強くなるさ。まだまだ修行つんどきな」
悔しそうに遥が八神の胸に拳を当てる。それを受けながら八神は笑う。それだけ見れば年の離れた師弟と見えなくもない。
「七星剣……私にはよく分からない存在です。が、信用を高めるべく動くなどと、意外と
地道な作業をなさるものなのですね」
「組織を盤石にするには必要なんよ。去年までは『結界王』様の仕事やったんやけどなぁ」
燐花の問いに答えたのは、女隔者だった。七星剣の幹部も半数が消え、その戦力も大きく削がれた。忠誠心の高い部下の離脱は、相応に堪えたようだ。
「その為にわざわざ組織の長が出張って来るとはな」
「いや、主目的はお前達だ。正確にはFiVEの覚者をこの目で拝んでおきたかったのさ」
非効率だ、と言いたげなゲイルの言葉に八神はそう答える。その言葉にゲイルは緊張を走らせる。八神本人がFiVEを『敵』と見なしたという事か。気づかれぬように拳を握る。
しばしの沈黙ののち――
「安心しな。今ここでお前らをどうこうするつもりはない。まだ飲み足りないしな」
「まだ飲むつもりなのですか」
言って背を向ける八神。それを追うように女隔者も走り出す。
「待って、その、飲み足りないなら一緒に飲みましょう? つもる話もあるの」
その背中に衝動的に語りかける零。振り返った八神にそのまま言葉を重ねていく。
「FiVEは七星とぶつかる事は本望じゃないと思うわ。無駄に死人が出るもの。
「共闘、または休戦の筋道ってのはアナタ、考えてない?」
「そうですね。それを肴に一席飲みませんか?」
零の提案を継ぐ様に成が口を開く。
「『結界王』が最期の戦いで言っていた。FiVEに代わって八神と七星剣が大妖を倒す、とね。
私は七星剣はせいぜい混乱に乗じて利益を上げ、大妖で日本が滅んだらどこかに高飛びするものかと思っていた」
成の言葉を黙って聞いている八神。それを交渉の余地ありとばかりに成は言葉を続ける。
「ところが七星剣も我々と同様、大妖を脅威と捉え、討伐を目標としている。
我々は敵対しているが、その点に於いては価値観を共有している。違いますか?」
「俺からすれば頭でっかちの研究機関が大妖や七星剣に挑もうとするのが意外だったがな」
帰ってきたのはそんな言葉だった。肯定ではない。だが否定でもない。
「興が乗った。どうせならもっと大勢連れてやろうじゃないか」
●
この発言から数時間後、七星剣からFiVEに一通の手紙が送られた。
書面の内容を要約すると、七星剣のトップである八神勇雄がFiVEの覚者を宴に誘うと言った内容だった。悪戯に思えた手紙だが、先の報告もあり真実だと思わざるを得ない。罠の可能性も考慮したが、逆に罠ならあまりにあからさますぎる。
どうあれ、七星剣の首魁がFiVEという組織を相手するに値する、と判断した証拠でもあった。
さて、油取りという古妖にはもう一つ奇妙な伝承があった。
『油取りが現れれば、戦争が起きる』
この伝承が真実なのか嘘なのか。それはまだ誰にもわからない――
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
