妖を倒す力を願い乞い ただ破壊を生む修羅とならん
【合縁鬼縁】妖を倒す力を願い乞い ただ破壊を生む修羅とならん



『黄泉路行列車』が連れてきた妖の群れに襲われた村。
 そこの一人の覚者がいた。
 頭に角を生やしたその覚者は、圧倒的な数のふりを顧みずに戦ったのだろう。しかし力及ばず、村は蹂躙された。大妖を恐れるようにその村へは誰も近づく者はいなかった。――非情なようだが、結果として多くの命が無駄に散ることはなかったのである。
 己の無力を嘆き、不甲斐なさを嘆く覚者。力が欲しい。この妖達を引き裂く力を。村を滅ぼす奴らを退治する力を!
 咆哮に似た慟哭。村全体を震わす叫び。
 それが源素が暴走した引き金だと気付く者はいない。妖には知識がなく、その覚者を知る村人はすでにこの世にいない。破綻者と呼ばれる覚者の状態。力に振り回される壊れた覚者。それと引き換えに、絶大な力を得た。
 その日からたった一人と戦う戦争が始まった。その鉤爪が、力が、妖を駆逐していく。そうして三年の月日が流れる。
 しかし限度はあった。肉体的なダメージではなく、源素という力の暴走に肉体と精神が耐えられないという限界。三年をかけて深度は1から3に上がり、そして極限ともいえる深度4になろうとしていた。 深度4に上がれば、もはや人としての心は崩壊する。ただ力という現象になり果てて、災厄となって暴れるだろう。
 いずれその力は、人に向けられることは間違いない。
 ならばそうなる前に――


「深度3の破綻者をを元に戻せる保証はない」
 幾多の破綻者を戻してきたFiVEのスタッフは、誤魔化すことなく事実を告げる。
「それでも、破綻者をこのまま放置していい理由にはならない」
 三年間妖と戦い続けた覚者の最後を、人を襲う怪物にしていい理由はない。
 神社に続く階段をのぼりながら、覚者達はFiVEスタッフの言葉を思い出していた。
 咆哮が空気を震わす。その震えを感じながら、神具を握りしめた。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:難
担当ST:どくどく
■成功条件
1.藤原守の戦闘不能
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 力を欲した者。それを選択せざるを得なかった者。

 難易度が『難』になっています。ご参加の際はご注意を。

●敵情報
・藤原守(×1)
 破綻者。深度3。ここで倒せなければ深度4になり、容易に手が付けられなくなります。
 元は『角が生えた』覚者です。元々パワーファイターだったのが、破綻者になったことでさらに破壊力が増しました。
 調査の結果、年齢は高校生程度。妖と戦ううちに破綻者となったことが分かっています。あと社務所の跡にある『何か』を、失われていく理性を絞って必死に守ろうとしています。
 覚者や妖関係なく攻撃します。

 攻撃方法
殴打     物近列 対象列を力任せにぶん殴ります
斬・二の構え 物近単   同名のスキル参照
重突・改   物近列貫2 同名のスキル参照
烈空烈波   物遠列貫2 同名のスキル参照

・妖(数不明)
 動物系妖。ランク1。戦いの気配を察知してやってきました。
 物近単の噛み付きしかできません。覚者や破綻者関係なく、襲い掛かってきます。

●場所情報
 崩壊した神社の境内。所々に破壊された跡がありますが、戦闘には支障なし。
 三ターンごとに妖が二体、『敵前衛』に乱入してきます。
『敵後衛』に社務所だった瓦礫があり、その場所まで行ければ戦闘中の行動でそこを調べることが出来ます。
 戦闘開始時、『敵前衛』に『藤原守』がいます。敵との距離は一〇メートルとします。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2018年02月07日

■メイン参加者 8人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)


 冬の冷たい風が境内を通り過ぎる。だがそれを凌駕するほどの熱量が闘気となって渦巻いていた。
 渦中にあるのは一人の破綻者。頭に角を生やした一人の男。妖に破壊された村の中、一人で挑んだ狂える鬼。
 トンファー片手に『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は破綻者に挑む。取っ手を持って回転させながら、リーチを変化させつつ殴打を続ける。背中に淡く光る炎の紋様。その力がトンファーから伝わり、破綻者の源素を散らしていく。
 狐の仮面をかぶった『獣の一矢』鳴神 零(CL2000669)は刃こぼれの酷い太刀を振るい、破綻者を攻めていた。自ら回転するように攻撃する様はまさに台風。止まることのない颶風。遠心力の乗ったい一撃は少女とは思えない打撃力を生み出していた。
 拳を握り、大地を踏みしめる。『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)は空手の構えを取り、呼気を吐いた。暴走する破綻者から目を逸らすことなく、一人の『覚者』として相対する。突き出される拳の如く、闘争心は真っ直ぐに。
 守護使役の『朧』に偵察させながら上月・里桜(CL2001274)は破綻者と酔ってきた妖を見やる。戦いの気配にやってきた妖。それを見ながら源素を足元に集中させる。境内の槌が隆起し、岩のように硬くなったかと思うと爆ぜる様に礫となって妖と破綻者を撃つ。
 破綻者の暴走度合いを何度も確認しながら『静かに見つめる眼』東雲 梛(CL2001410)は第三の目を開く。深度3の破綻者が元のように戻る可能性は低い。その言葉を振り払うように頭を振り、破綻者に光の矢を放つ。呪いの一撃が破綻者の動きを止めた。
 破綻者の剛腕によるダメージ。それを見ながら『献身の青』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は回復の術式を展開する。傷の熱を冷ますような霧雨を降らし、破綻者から受けた傷を塞いでいく。余裕などない。流れる汗を拭い、心を沈めようとする。
 突撃してくる妖を見て『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)はその咆哮めがけて星を降らせる。正確には星のような源素の光だ。いのりの頭上で煌めいた幾数の光は破綻者に近寄らせまいと、流星のように矢となって降り注ぐ。
 ヴィオラを奏でながら『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)は仲間を癒していた。その音色は境内中に響き渡り、戦場を彩っていく。音に回復の術式を乗せ、味方を聴覚だけではなく物理的に癒していた。
 八人の覚者はそれが一つの生命体であるかのように、連携だって攻めていく。
 だがこの連係があってもこの破綻者が崩れる様子はない。三年間一人で戦い続けてきた破綻者は、その本能で連携に対応し剛腕を振るう。ダメージを受けながらも近寄ってきた妖ごと、覚者を殴っていく。
 咆哮。虎のような叫び声。それは己の強さを誇示するようでもあり、近寄る者に対する警告のようでもあった。あるいはその両方か。それともそんな心は既になく、意味のない叫び声なのか。
 闘気の嵐はまだ収まりそうもない。


「くそっ! 交代だ!」
「あいよ、了解!」
 覚者達は前衛を中衛を流動的に入れ替えながら戦っていた。破綻者の攻撃が近距離の体術中心の為、一旦下がれば届かない。下がった後に回復を施して前衛に戻れば――
「ガアアアアアア!」
「拳圧でここまでの威力を……!」
 だが体術にも遠距離攻撃はある。広範囲の衝撃波は後衛にまでは届かないものの中衛まで貫通する技も多い。破綻者は下がった覚者に追い打ちをかける様に狙いを定め――
「おおっと! そうはさせないぜ!」
 その動きを封じたのは遥だ。稲妻を纏った精霊顕現の一撃が破綻者の剛腕を弾く。体幹をわずかにずらすだけで格闘技は大きく威力を減ずる。最小限の衝撃で動きを止め、流れるように覚者は攻める。
 だが――
「それでもこのフルスイングは止まらないか……!」
「この因子が持つ特殊な技のようだな」
 発現して得た生来ともいえる力任せの殴打。如何に格闘の技を封じても、これだけは止まりそうにない。幸い近接でなければ届きそうにないのが強みだった。
「守、痛みを感じるうちにこっちへ戻って来い!」
 トンファーに源素を乗せて戦いながら一悟が叫ぶ。痛くないはずがない。それは妖と戦い続けた肉体的な傷もある。だがそれよりも三年間戦い続けた精神的な痛みの方が深刻だ。その痛みを感じる心が摩耗しないうちに――
 相手のリーチを見きり、一撃離脱で攻める。一悟の本来の戦い方だ。早く、出来るだけ早く。破綻者の腕をかいくぐり、その胸にトンファーを突きつける。その状態で差rない衝撃を加える様に地面を踏みしめた。突き上げるような衝撃と共に言葉を放つ。
「守、もういいんだ。一人で頑張らなくてもいいんだ。オレたちと一緒に戦おう!」
「そうだ! こっからはオレらが引き継ぐ! お前が護ってるモノはオレらも一緒に護る!」
 破綻者から目を離さずに、壊れた社務所の方を見る遥。この破綻者が守ろうとしたものの一つ。そこには誰も近づけさせない。破壊尽されたこの村の中で、唯一彼が守ることに成功している何かがあるのだから。
 技と体において覚者は破綻者に劣る。だがそれが勝敗に直結するとは限らない。弱者が強者に挑むが武。空手とは空の手で武装した者に挑むが本懐。その心をもって遥は拳を握った。突き立てた拳は、確かに破綻者をよろめかせる。
「尊敬するぜ、藤原。後でゆっくり話そうな!」
「頭に角が生えた覚者か。鬼の覚者? だったら社務所にあるのは鬼に関しての文献とかそんなものかしら」
 依頼の経緯を思い出しながら零は思考する。古妖の武術大会で出会った鬼。そこから得た『鬼のような人間』の情報。それが滅ぼされた村にいて、そして破綻者となった。覚者にせよ鬼にせよ、その文献が残っている可能性は低くはない。
 トン、と地面を蹴ると同時に零の神具は振るわれる。止まることのない鉄の風。神具を振るった遠心力を殺すことなく、さらに加速する。縦横斜め、ありとあらゆる角度に斬撃を仕掛け、破綻者とそして近づく妖を傷つけていく。
「どの道、守は回収する。可能性がゼロじゃないなら元に戻してみせる!」
「もちろんです! 可能性があるならあきらめるつもりはありません!」
『力を持つ者はそれを人々の為に役立てないといけない』……それはいのりの精神的な支柱となる言葉だった。そして眼前の破綻者は、それを為そうとした成れの果てでもある。村を護ろうとし奮闘した覚者。その結果が暴走の末に死ぬなど悲しすぎる。
 仲間の様子を見て、攻撃から回復に移行する。呼吸を整えて『冥王の杖』を振るった。誰かを助けたいといういのりの誇り。源素は誇りを伝達させるように仲間に伝わっていく。奮い立つ心は戦意を高め、同時に術への力となっていく。
「人は誰かが覚えて居てくれる限り決して死なない。貴方の心が消えたら、この村で貴方と共に生きた人々は本当に死んでしまいますわ!」
「あなたまで失ったら、村や村のみんなの記憶は完全に失われてしまうのよ。早く目を覚ましなさい」
 諭すように御菓子は破綻者に語りかける。音楽でひとの心を癒し、何かを伝え続けてきた『音楽教諭』として、ここで彼を失うわけにはいかない。確かに音楽には悲劇を示す曲もある。だがこの事件を悲劇とて奏でるつもりはない。
 先手先手を打ち、予想外の事態に備える。それが御菓子の戦術。知を巡らせ、体を動かし、いざとなれば身を投げ出す。その気迫を音符に乗せ、強くそして速く奏でていく。弦楽器の音色に乗った回復の力は確かに覚者達を後押ししていた。
「あなたまで失われたら、この村は名実ともに無くなってしまう。これ以上、この村に悲しみや、苦しみが続いちゃいけないわ」
「あなたがいなくなれば、本当に妖に負けた事になってしまう。だから……」
 里桜は何かを堪える様に破綻者に語りかけていた。境内から見える村の状況は燦燦たるものだ。人は滅び、妖が跋扈する村。勝ち負けを論じるなら、人の負けは火を見るより明らかだろう。これが未来の日本の縮図となるのだろうか。……否、そうはならないと発起する。
 自身に土の加護を施し、里桜は術符を地面に張り付ける。神具を通して大地に源素の力が伝わり、破綻者に向かって一直線に走った。破綻者の足を止める様に大地が隆起し、槍となって突きあがる。生まれた隙はわずかだが、戦闘においては千金の時間。
「……今更ですけれど、あなたの妖を倒す手伝いをさせてください」
「君が守るものはきっと、村人達にとって大切だったものだと思う」
 社務所の方を見ながら梛が口を開く。推測以上の根拠はないが、深度3になってまで守ろうとするのなら、やはりそういう事なのだろう。それが何なのかを今調べるつもりはない。それは激しい戦闘という状況的な意味もあるが、義憤的な意味でもある。
 龍の意匠を持つ銀色の棍を手にする。幾多の戦場を潜り抜けた神具。その重さも間合も梛は全て理解していた。棍を盾にするように破綻者の攻撃を逸らし、回転するような動きで棍を振り回して殴打し、神具を通して木の源素を伝達させていく。
「俺達と一緒に行こう。大丈夫、俺達は今、確かにここにいるから」
「守、もう一人だけで背負わなくていいんだ」
『天煌星』を手にゲイルが破綻者に話しかける。突如村を襲われて生活を破壊され、その復讐に文字通り心身を摩耗させられ、その果てに尽き果てようとしている。三年の月日は取り戻すことはできないけど、これからは取り戻すことが出来る。
 印を刻むように、大地にステップを踏む。蝶が舞うように扇の角度を変えながらゲイルは舞う。ゲイルの足が大地を踏み度に源素の波紋が広がっていく。波紋は覚者達に触れると活力に変わり、破綻者の剛腕により失われた体力を回復していく。
「深度3を戻せた前例はない。ただそれだけで簡単に諦めてなるものか」
 ゲイルの言葉は覚者達の総意だ。前例がないことが、可能性が低いことが、救いを諦めていい理由ではない。
 だがその想いを果たすためには、まず破綻者を戦闘不能にして大人しくさせないといけない。暴れる破綻者を大人しくさせない事には、治療もできないのだ。そして深度3の破綻者の攻撃は、覚者の体力をハイペースで削っていく。
「きゃん!?」
「簡単にはいかないか……!」
「こんなの納得いかねぇ! まだ戦うぞ!」
 前衛で戦う零、梛、一悟が破綻者の剛腕で命数を削られる。だがその程度では屈しないと闘志を燃やし立ち上がる。
 境内に吹く風は、まだ冷たかった。


 破綻者と戦う傍らで里桜は社務所の方を気にかけていた。
 仲間と話し合った結果もあり戦闘中に手を出すつもりはない。それでも調査はできるのではないかと思ってはいたが、戦闘を優先しなければならないこともあり断念せざるを得なかった。感情を探査する方に手間を獲れば、回復が疎かになってしまう。
「藤原ァ! 今までよく頑張ったな! あとはオレ達に任せて休め!」
 胸を殴打されて膝をつきながら遥が叫ぶ。命数を燃やしながらなんとか意識を保っていた。そんな状況でも遥は相手を恨まない。むしろここまで戦ったことを労っていた。その頑張りを無駄にするつもりはない。
「いのり達は決して貴方が大切にしている物を無理に奪う気はありません。どうかいのり達を信じて下さいませ!」
 声の限りにいのりは破綻者に語りかける。暴走する破綻者がその言葉に応じることはない。だが声はきっと届いているといのりは信じて叫び続けていた。無駄かもしれない。それでもわずかでも確率があるならあきらめるつもりはない。
「お前、ボロボロになってまで一体何を守ってたんだ? それはお前が壊れてしまっても守れるものなのか?」
 破綻者の目を見ながら問いかける一悟。自分がFiVEで戦っている間、この破綻者は一人で戦っていたのだ。誰の助けもなく、たった一人で。遊ぶこともなく、楽しむこともなく。問いに対する答えはない。それでもなお、一悟は問い続ける。
「君が愛した人達は、もうここにはいない。哀しくて、辛くてもう守る以外は辛すぎて、戻りたくはないのかもしれない」
 梛の言葉は破綻者が暴走する理由そのものだった。失った者は多く、かろうじて守れたものにすがる。それだけが人の心を保つ唯一の拠り所。だがそれは心を『ギリギリ保っている』だけでしかない。
「ああ、もう! お前達は来るな!」
 零は破綻者を攻撃するついでに迫る妖を排除することに従事していた。破綻者の治療はFiVEのスタッフが行ってくれる。今自分がやるべきことはできるだけ早く破綻者を無力化する事だ。
「強い感情は力の源ではあるけれど、それに飲み込まれたのは正直感心しないわ。力を持つ以上、飲み込むくらいの強い覚悟をもたなきゃね」
 御菓子は能力者としての理想を語る。力に飲まれることの愚行を。だがそれは逆効果だった。力無き理想は人を護れない。時には愚行であっても力がなければ、命を失ってしまうこともある。針に刺されような殺気が戦場を駆け巡った。
「……っ!」
 火山の噴火を思わせる力強い一撃。それが零と梛を襲い、その意識を刈り取った。
「さすが深度3だな」
 底が見えない、というのが素直な感想だった。高深度の破綻者の能力は、経験豊富な覚者の比ではない。力も体力も深度2の破綻者と比べても大きく違う。どれだけ攻撃を重ねれば倒せるのか分からないのだ。前衛二人が倒れ、火力が大きく減衰したのは痛手である。
「――こんなところで終わりだなんて、そんな悲しい結末を認めてなどなるものか」
 ゲイルは扇を閉じて破綻者を見る。ただこの村に生まれたというだけで、三年間も戦い続けなければならないなんてひどすぎる。その果てが身も心も摩耗して、ろうそくのように痕跡すら残らず消えてしまう。そんな未来のために戦うつもりはない。
 だが、現状ではその未来が濃厚だ。戦力はこのまま減り続けるだろう。破綻者が倒れるよりも先に、此方が瓦解する恐れすらある。破綻者を見捨てて、退却しなければならないかもしれない。
「もう一人で戦わせない」
 ゲイルの中の、何かが燃える。燃焼とは何かを燃料とし、熱を生む行為。
「もう一人で背負わせない」
 熱量が空間を包む。夕方であった朱の境内は、空のように青いドームに包まれ、足場も青く染まっていた。まるで清らかな水に包まれたかのように。
「もう、傷つかなくていいんだ」
 それは癒しの水。三年間の闘いで失われた藤原守の心身を癒すように青の空間は展開される。その浮力が重力から解放させ、全身を包むこむように覆う。心音に合わせて揺り篭のように破綻者を振るい、優しく誘眠していく。
 それは癒しの極み。暴走する源素そのものを優しく包み込み、、失われた心と体を補完するように同化していく。火山のように激しい源素の暴走は、大量の水に包まれて少しずつ小さくなっていく。険しい顔は少しずつ緊張がほぐれ、年齢相応の少年の顔になっていく。
 それは奇跡。暴走する源素を発散させるのではなく、源素を包み込んで当人に緩やかに戻す新たな破綻者の治療法。
「声、届いて、た。あり……がと、う」
 鬼の口から洩れる拙い言葉。境内に吹く冷たい風は、何時しか止んでいた。


 横たわる元破綻者――藤原守の意識は戻らないが、呼吸は安定していた。山場は越えたが今までの疲労が溜まっているのだろう。安全な場所で療養する必要があった。
 覚者達は覚醒を解除し、携帯で村の外に控えているFiVEスタッフに連絡する。流石に妖が跋扈する村に非戦闘要員を入れるわけにはいかないため、治療スタッフは外で待機していた。藤原を運ぶものと、社務所を調べる者に分かれて行動する。
「中には……怯えと飢餓の感情があります」
「うん? じゃあ社務所の中に誰かいるのかしら?」
 感情捜査を行った里桜の言葉に、御菓子が首をかしげる。そう言えば前回の調査で熱源があったとか。
 慎重に瓦礫をどかす覚者達。一気にどかせば倒壊するため、作業は慎重に行われた。そして彼らは『それ』を見つける。
 瓦礫に囲まれ奇跡的に生まれた小さな空間に丸まっているやせ細った一匹の猫を。
「……この猫を守っていたってこと?」
「だろうな。飼い猫か、それとも無関係の村の猫か。瓦礫の中で逃げられなくなった猫に隙間から水や餌を与えていたんだろう」
「なんともまあ……でもそれが心の支えになっていたのね」
 蓋を開ければどうということのないことだ。だが藤原からすれば、踏みとどまる理由になっていたのだろう。
 覚者達は弱っている猫を抱え、社務所を後にした。

 FiVEスタッフの治療もあり、藤原の容態は安定していく。源素の暴走も収まり、点滴などの一般的な治療に移行していく。目を覚ますまで時間はかかるが、それでも危険領域は越えた。
 妖が跋扈する村の鬼を戻したという噂は瞬く間に広がり、その姿等から人目を避けていた同じ因子を持つ覚者がFiVEのことを知る。そして一人、また一人と鬼の覚者が五麟市に足を運ぶようになった。
 藤原守が目覚めるころには、多くの仲間が出来ているだろう。
 失った村人は戻らないが、新たな絆を得ることはできるのだから――

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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