いにしえに還りゆくもの
【ひかりの目】いにしえに還りゆくもの



 僕は、お前が大嫌いだった。
 恵が、お前を神様などと呼び、お前に依存する。許せなかった。
 僕もお前を神様として祭り上げてやったけど、本当はお前が大嫌いだ。
 大嫌いなお前に、だけど僕はこうして助けられてしまった。今、お前の中にいる。
 仕方がない、感謝してやる。認めてもやる。お前には、人を守る力があると。
 だから、僕の事はもういい……これからは恵を守ってくれ。


 教祖・祁答院晃は眠り続けている。あと1日か2日で意識が戻るだろう、と医者は言っていた。
「面会謝絶よ。教祖様への御用は私が承ります」
 村はずれの雑木林。木陰の闇に、海原遼子は声を投げた。
 返答があった。
「用があるのは貴女にですよ」
「何とも予想外であった。我々にとっても、あのような妖の出現は」
「だが、そのおかげで貴女の御同胞を地の底より解き放つ事が出来ましたな」
「あとは我々にお任せいただければ、御同胞を蘇らせる事が出来る」
 様々な因子を禍々しく覚醒させながら、その男たちは、いつの間にか遼子を取り囲んでいる。
 ちらりと見回し、遼子は冷笑した。
「……勘違いをしているようね。私は、あの者を蘇らせたいわけではないのよ。魂を、海へと還してあげたいだけ」
 かつて、関東のこの地は海の底にあった。
 それが、こうして陸地となった。
 その地殻変動に、うっかり巻き込まれてしまった者がいる。
「見ての通り、あれは屍よ。屍が蘇る事など、あってはならない」
 屍を掘り起こすか、魂だけを抽出するのか、やり方を考えていたところへ、あのような妖の襲撃である。遼子にとっても想定外であった。
「妖による破壊が、結果として、うっかり者を地の底から解放してくれた。お前たちよりも遥かに役に立ってくれたという事……隔者の助力など必要ないわ。立ち去りなさい」
「そうはゆかぬ。祁答院兄妹は、隔者として有望な戦力だ。手放す事は出来ん……この教団は、そしてあの『神』は、我ら七星剣のものだ」
 隔者たちが、悪意と殺気を剥き出しにした。
「貴女の御同胞を通じて、竜宮の方々と良き関係を持つのが我らの目的であったが……こうなっては直接的な手段に出るしかない」
「私を捕え、人質に? そうすれば……竜宮の軍勢を、支配下に置けるとでも?」
 遼子も、もはや殺意を抑えてはおけなくなった。


「ありがとう……お兄様を、守ってくれて」
 妖による地震で生じた窪地の中で、祁答院恵は跪いていた。
「やっと会えた……私の、神様……」
 半ば埋もれたままの、巨人の骸骨。
「ファイヴの人たちが言っていたわ……貴方は、海から来たのね」
 この神様の、暗く、重く、冷たく、だが懐かしさに満ちた思念。その正体が、やっとわかった。
「貴方は……海に、帰りたがっていたのね……」
 地面が揺れた。またしても、妖の襲来か。
 否、あれほど凶悪な震動ではない。
 何か、とてつもないものが立ち上がって来る。恵は、そう感じた。
「え……私を、海に連れて行ってくれるの……?」
 とてつもない何かが、恵を包み込んでゆく。
「だけど私、村の人たちと、お兄様と、一緒にいたい……ファイヴの人たちとも、もっとお友達になりたい……私、ここにいたいの……」


 地上では、やはり思うように戦えない。
「無様な事……」
 大木にもたれたまま、遼子は苦笑した。
 全身が切り裂かれ、焼けただれている。完全再生まで、丸1日はかかるだろう。
 負傷した肉体から、血まみれの触手が何本か生え伸び、うねり泳いでいる。無数の吸盤を備えた触手。
 それらが、七星剣の隔者たちを1人残らず粉砕したところである。原型をなくした人体の群れが、雑木林にぶちまけられている。
 その虐殺の光景が、揺れた。
 地響きそのものの、足音であった。
「お前は……!」
 遼子は、村の方を見た。
 夕刻の空を背景に、それは窪地の中から立ち上がり、歩行を開始していた。逃げ惑う村人たちを、蹴散らすように。
 剥き出しの胸郭の中。鉄格子にも似た肋骨の内側で、祁答院恵は意識を失っていた。胎児の如く丸まって浮遊しながら、閉じ込められている。
「馬鹿! この愚か者、うっかり者!」
 遼子は叫んだ。
「祁答院晃はお前に、そういう事を言ったのではないのよ! 守るというのは、そうではないの! 彼の思い込みの激しさに、お前が影響されてどうするの!」
 もはや、言葉は届かない。
 それは今、海へ帰ろうとしている。地上のあらゆるものを蹴散らし、踏み潰しながら。守るべき1人の少女を、無理矢理に伴ってだ。
 破壊するしかない、と遼子は思った。
 同胞の、もはや骨格しか残っていない屍を破壊し、魂のみを抽出する。魂のみを、海へと還す。
 だが今の自分に、荒ぶる同胞の屍を破壊する力などない。
「お願い……力を貸して、人間の……覚者たち……」
 血を吐きながら、遼子は呻いた。
「大地に閉じ込められていた同胞を、海へと還す……それは私の、竜宮の主としての務め。なのに結局、あなたたちに頼る事になってしまう……」


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:難
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・海坊主の撃破
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 シリーズシナリオ「ひかりの目」最終回となります。

 今回の相手は古妖・海坊主の動く白骨死体。身長10メートルほどの巨大な骸骨で、その胸郭部に祁答院恵が眠ったまま閉じ込められております。

 海坊主を倒し、骨格を破壊して、彼女を救い出すのが作戦目的となります。

 場所は教団の村。村人たちが逃げ惑う中、海坊主は海の方向へと歩き出していますが、夢見の情報を得て駆けつけた覚者の皆様が妨害に入れば、足を止めて応戦するでしょう。
 時間帯は夕刻。目視戦闘が出来る程度の明るさはあります。

 海坊主は、行く手に人がいれば踏み潰し、家屋などは粉砕しながら海に向かって直進します。その破壊を未然に防いでいただくのも重要な任務であります。

 海坊主の攻撃手段は怪力による格闘戦のみですが、巨大であるため物理・遠距離・全体攻撃となります。

 近くには海原遼子がおりますが、七星剣との戦いで重傷を負い、力を使い果たした状態です。
 術式による治療は可能ですが、戦闘に参加させる事は出来ませんので御注意下さい。

 閉じ込められた祁答院恵に、覚者の皆様の攻撃が及ぶ事はありません。古妖の不思議な力で守られている、と御解釈下さい。全力で戦っていただいても大丈夫であります。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年12月30日

■メイン参加者 6人■

『鬼灯の鎌鼬』
椿屋 ツバメ(CL2001351)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『ファイブブラック』
天乃 カナタ(CL2001451)


「教祖様、お目覚めになられましたか!」
 信者たちが右往左往している。
 寝台の上で、祁答院晃は弱々しく上体を起こした。
「僕は……意識を、失っていたのか? 今、何が起こっている……」
「神が! わ、我らの神が、おみつめ様を!」
 外へ出て、自分の目で確認する必要があるか。晃がそう思った、その時。
「起きろー! シスコン兄貴!」
 何者かが、部屋の扉を蹴り開けて突入して来た。
 覚者とおぼしき、1人の少年。信者たちを蹴散らすように近付いて来て、晃の胸ぐらを掴む。
「な……何だ、お前は……!」
「人呼んで『ファイブブラック』天乃カナタ(CL2001451)! よく聞け、半分くらいはお前のせいで今えらい事になってんだよっ!」
 覚者の少年が、謎めいた事を言っている。
「妹なら、まず誰よりもお前が守れ! 神様に丸投げしてんじゃねーよ!」


 逃げ惑う村人たちを、教団の人々が上手く誘導し、避難させているようだ。
「私たちは、戦いに専念出来そうだね」
 空を飛びながら『ニュクスの羽風』如月彩吹(CL2001525)が、やや引きつった笑いを浮かべる。
「まあ……これと戦うのか、っていう話になるんだけど」
「骨骨ちゃーん、ボクたち戦いたくないよー。その子を、放してあげてくんないかなあ」
 同じく飛翔しながら『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が呼びかける。
 骨の巨人が立ち止まり、のっそりと左右を見回した。
 小鳥が2羽、人間の周りを飛び回っている様にも似ている。
「立ち止まっては、くれたね」
 彩吹が言った。
「ここで決着つけるしかなさそう。このまま進ませて、高速道路なんかに出られたら大変な事になるよ」
「海へ行きたがってるんだよね……行かせてあげたいけど」
 海坊主の、動く白骨死体。
 その胸郭の内部に、1人の少女が浮かんでいる。鉄格子のようでもある肋骨の内側に閉じ込められたまま、意識を失っている。
 彩吹が叫んだ。
「聞いて海坊主! 竜宮から迎えが来ている、貴方は海へ帰れるよ。だけど恵は連れて行かないで! その子には、待っている人がいるんだ!」
「そうだよ、オミツメちゃんの気持ちも考えないと駄目だってば。骨骨ちゃんもだけど、シスコンの教祖サマもっ」
 その教祖を引きずりだすべく、カナタが教団施設へ駆け込んで行った。
 他3名の覚者が今、地上で海坊主の足止めに取り掛かっている。
「こちらは大型通行禁止だよ! ネズミの国へ行くのなら3つ先のインターから乗ってね。もちろん、あと二回りほど小さくなってから!」
 そんな言葉と共に、海坊主の足元で機化硬・改を実行しているのは、『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)だ。
「海坊主……お前が守るべきは、その子じゃない。お前の主、乙姫だ」
 自身に灼熱化を施しながら『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)が言う。
 その近くでは『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が、負傷者と思しき1人の女性を庇い、立っている。
「……乙姫様、なんだよな?」
「……あなた方には、面倒をかけ通しね」
 海原遼子であった。
「竜宮の長として……恥ずかしいと思うわ……」
「そんな事、言うなって!」
「そうそう。ボクたちはね、骨骨ちゃんを必ず海へ帰らせてあげるよ」
 紡は、遼子の傍らに着地した。そして翼を広げ、負傷した彼女の身体を包み込む。
 癒しの滴が、遼子の全身に染み入ってゆく。
「出来れば、魂だけなんて言わずに身体ごと……海へ、連れて帰ってあげられないかな、なんて甘い?」
「……ありがとう。その優しさ、本当に嬉しいわ」
 海原遼子……乙姫が、微笑んだ。
「でもね、見て。あれは骨だけの屍……人間はどう? 屍が動き回っていたら」
「それは……」
 人間の死体も時折、妖と化す。多くの場合、それは倒して破壊する事となる。
 遼子が、さらに言った。
「……生前の分別は、ほとんど失われている状態よ。性格の名残のようなものを、辛うじて留めてはいるようだけど」
 だからこそ、祁答院恵と心を通じ合せた。生き埋めとなった祁答院晃を助けもした。
 そのために、彼の心の最も激しい部分に触れてしまった。結果が、この暴挙である。
「愚かな、うっかり者……お前を殺したのは、この地球という途轍もないものの変動よ。私たちの力をもってしても、仇を討ってあげる事など出来ない。まして生き返らせる事など」
 届かぬ語りかけを続けながら、乙姫はいつの間にか、たおやかな両手で何かを持っている。
「私に出来るのは……お前の魂を、この中に入れて海に持ち帰る事だけよ」
「そ……それって……!」
 翔が息を呑み、乙姫が微笑む。
「貴方が覗き見た箱とは、別物よ。今の私は、これの制御だけで精一杯……戦いは、貴方たちにお任せするしかないわ」
 飾り紐が巻き付いた、それは黒い箱であった。


「海坊主! 恵を連れては行かせねーぞ!」
 翔が叫びながら印を結び、B.O.T.改を発射した。
 光の矢が、海坊主の頭蓋骨を直撃する。
「恵は、そんなの望んじゃいねーって言ってたろ! それどころか兄貴の方だってなあ、大切な妹を連れて行けなんて言ってねーぞ!」
「そうだよ、海坊主……って、私たちの言う事なんか聞いてくれないよね。それならっ」
 空中から、彩吹は突っ込んで行った。海坊主の、巨大な肋骨に向かって、跳び蹴りの姿勢でだ。
「恵、起きて!」
 牢獄にも似た胸郭に、爆刃想脚が激突する。
 爆発そのものの衝撃が、彩吹を吹っ飛ばした。
 空中でバサッ! と体勢を立て直しながら、彩吹はなおも呼びかけた。
「伝えて、君の神様に! 海からの迎えが来たと、だけど自分は行くわけにはいかないと!」
 巨大な骸骨の左手が、彩吹を襲う。鬱陶しく飛び回る羽虫を、叩き落とそうとする動き。
 その左腕が、硬直・急停止した。
 肘関節に、ツバメの破眼光が突き刺さっている。
「今度は、私の意識とリンクしてみろ」
 第三の目を発光させ、古妖との意思疎通を試みながら、ツバメは言った。
「お前を、海へと帰してやる……独りぼっちで帰るのは不安だろうが、大丈夫だ。海にも、お前の仲間はきっといる」
「だから、さあ! メグ姫を解放したまえっ」
 プリンスが、海坊主の足首にしがみつき、『参点砕き』で関節を捻りにかかる。
 そのまま、プリンスは踏み潰された。
 翔が、ツバメが、蹴り飛ばされた。
 彩吹は、錐揉み状に宙を舞いながら血反吐をぶちまけていた。体内が、何ヶ所も破裂している。
 海坊主の右手が、蠅を追い払う動きで彩吹を叩きのめしていた。
 吹っ飛んだ彩吹の身体が、紡に激突する。
 双方、半ば抱き合うような格好で、民家の屋根の上に墜落していた。
「ぐっ……ご、ごめん紡……大丈夫?」
「平気……でも、ないかな……」
 弱々しく笑いながら、紡も血を吐いた。
「情けない私……紡の盾役、しっかり務めるつもりだったのにっ……!」
「いや……これは各自、自分の身は自分で守る戦い方じゃないと、キツいかも……」
 紡が翼を広げ、因子を活性化させたようだ。
「誰かを庇いながらの攻撃で……倒せる相手、じゃないよ。この骨骨ちゃん」
 潤しの雨が、覚者たちに降り注いだ。
 破裂した内臓が無理矢理に修復されてゆく痛みを感じながら、彩吹は笑ってみせた。
「倒してしまって……大丈夫なのかな? 紡としては」
「……人死にが出るよりは、ね。いぶちゃんと違って、普通の人なんか今の一撃で死んじゃうし」
「一言多いよ紡。それにしても」
 海坊主の、身体も海に帰してやりたい。それは紡の、偽りなき本心であろう。そのためには。
「囚われのお姫様に、身体の中から説得してもらうのが一番……なのかな」
「おい王子……しっかりしろー」
 地上では翔が、地面にめり込んだプリンスを懸命に発掘している。
 そこへ彩吹は、屋根の上から言葉を投げた。
「眠り姫を起こすのは、王子様の役目……現役の王子様、出番じゃない?」
「お、お目覚めのキスなんて勝手にしたら、余はあの兄者上に殺されてしまうよ」
 プリンスの視線が、ちらりと動く。
 祁答院晃が、カナタに引きずられるようにして、教団施設から出て来たところであった。


 翔の雷獣、彩吹の鋭刃脚、ツバメの地烈、紡の纏霧。
 覚者たちの攻撃を一通り叩き込まれた骨の巨体がしかし、ひび割れる事もなくプリンスの身体を踏みにじる。
 半機械化を遂げた全身各所が、海坊主の足の下でメキメキと破損し、機械油のような鮮血を噴く。
「このっ……王子を踏むんじゃねー!」
 翔のB.O.T.改が、海坊主の膝関節を直撃するが、プリンスの全身を圧迫する超重量は軽減されない。
 覚者たちを蹂躙する巨大な白骨体を、祁答院晃が呆然と見つめている。
「これが、僕の姿……そう言いたいのか、天乃カナタ」
 晃は言った。
「恵を、守るつもりで単に閉じ込めただけ……そうしながら他者を踏みにじる、醜い怪物……それが、僕だと……」
「……そこまでは言わねえよ。けどまあ、そう思っちまったんなら何すりゃいいと思う? これから」
「何が……出来ると言うんだ、僕に……」
 晃は膝をついた。
「恵のために……結局は何も出来ていなかった、僕なんかに……」
「今まではそうでも! これから出来る事いくらでもあるだろーッ!」
 晃の胸ぐらを掴み、カナタは吼えた。
「お前がそんなザマじゃ、妹だって心配で! 自己犠牲に拍車かかって、結局は閉じ込められてんのと変わんねー事になっちまうだろうがよ! 祁答院恵、お前もだ。過剰に守ってもらわなくても大丈夫だってとこ、この兄貴に見せてやろうぜ! 自分の力で未来を切り拓けるって、教えてやれ!」
 カナタが、何やらビシッ! とポーズを決めている。
「まずは、そこから出してやる。待たせたな、みんな! ファイヴブラック参戦するぜ!」
 そのポーズに合わせて伊邪波が迸り、海坊主の肋骨を直撃する。
「へっ……こちとらレッドだ。ブラックだけに、いい格好させねーって!」
「ふふっ、年下のヒーローたちが頑張ってるね。どっちかって言うと怪人な私も、負けてられないっ」
 翔が地上から雷獣を放ち、彩吹は空中から鋭刃脚を繰り出す。
 その間、プリンスは送受心・改を試みた。
『やあ……ちょっと、余と男子トークしてみない? 王子トークとも言う』
 その念が、海坊主に中継されて晃に届いた。やはり、この白骨化した古妖と同調しているようだ。
『何だ……お前は……』
『大切な妺者を胸に抱いて、海へ逃げる……その気持ち、いくらかはわかる者さ。この海坊主卿もまた、暗い地の底から海へと逃げ出したかった。ただ1人、自分の声を聞いてくれた姫君と一緒にね……貴公らの思いが同調してしまった、これが結果だよ』
 血反吐が、喉を塞ぐ。声が出ない。送受心で会話をするしかなかった。
『貴公……妹姫を連れて、この村から逃げたかった?』
『……恵が、村の連中を守りたがった。そうでなければ、とうの昔に』
『村人だけじゃないよ。メグ姫はね、兄者上の事だって守ってきたのさ。なのに貴公は……まあ辛い事ばかりだったんだろうけど、それを言い訳にして気付かずに』
「恵を……馴れ馴れしく、そんなふうに呼ぶなぁあっ!」
 晃が、念ではなく肉声で怒り叫ぶ。
「おい海坊主! 僕がやらなければならない事を、お前に押し付けてしまったのは……本当に、申し訳なかったと思う。だから恵を返してくれ。さもなくば、僕はお前と戦わなければならなくなる」
「いいぞ、しゃんとしてきたじゃねーか。だけどな、戦うのはオレたちに任しとけ!」
 翔が、カクセイパッドを掲げながら叫ぶ。
「あとは恵、頼む! 目を覚ましてくれ! お前の神様を止められるのは、お前だけだ!」
「魂だけじゃなく身体も、海に帰してやりてえ……まゆみんのお願い、叶えようってんだな」
 カナタが、翔の傍らに立った。
「こんなバケモノ相手に欲張ってると死ぬぜ? 俺、ブラック気に入ってるから。翔が死んでも、レッド襲名する気はねーぞ」
「ならサポートしてくれカナタ。行くぜ必殺! カクセイソード・ダブルスラッシャー!」
「……ま、B.O.T.なんだけどなっ」
 現の覚者2名が、揃って光の矢を射出する。
 それらは宙を裂きながら融合し、巨大な閃光の飛翔体となって、海坊主の肋骨を直撃した。
 その肋骨に、微かな亀裂が走る。
「いける……! さあ恵、お兄さんは目を覚ました。次は君だよ!」
 亀裂部に、彩吹の鋭利な美脚が連続で打ち込まれる。死を告げる、天使の舞いだった。
「傍に、いてあげなよ。じゃないと彼……泣いちゃうから、うぐっ!」
 海坊主の右手が、彩吹を鷲掴みにした。
 巨大な骨の五指が、彼女を一気に握り潰しにかかる……寸前。
 斬撃の光が一閃し、海坊主のひび割れていた肋骨を粉砕していた。
 ツバメだった。
 骨の巨人の左手から左上腕へと、彼女はいつの間にか登攀し、飛び降りるようにして疾風双斬を放ったのだ。
 海坊主が苦しげに巨体を反らせ、彩吹の身体を手離してしまう。
 プリンスも解放されていた。巨大な骨の足が浮かび上がり、だが再び、プリンスを踏みつけようとする。
 その時、巨大な水滴が飛んで来てプリンスを直撃した。
 紡の、癒しの滴だった。
 水飛沫を散らせながらプリンスは吹っ飛び、結果として海坊主の足を回避した。
「殿、生きてる?」
 くるりと杖を構え直しながら、紡が声をかけてくる。
「さすが、お金持ちのロボは頑丈だね。翔とソラノんがヒーロー、いぶちゃんが怪人なら」
「……余はロボ? 巨大化も合体も出来ないんだけどなあ」
 そんな会話の間に、空中では彩吹が、落下しかけたツバメの身体を抱き止めていた。
「す……すまない」
「恵を、お願いね」
 海坊主の、鉄格子にも似た肋骨が1本、失われている。
 そうして生じた隙間に、彩吹はツバメを押し込んでいた。


「……起きろ、祁答院恵」
 牢獄のような胸郭の中で、ツバメは恵の細身を抱き揺さぶった。
「辛いだろうが今一度……お前の神に、拒絶を告げるんだ。はっきりと、お前の意思で」
 それを拒むかのように、恵は目を覚まさない。
 海坊主は怒り狂い、己の胸郭内部に手を突っ込もうとする。
 それを阻もうとして、彩吹が叩き落とされた。
 翔が、カナタが、プリンスが、まとめて蹴り飛ばされた。
 紡が、潤しの雨を降らせた。
 だが彼女の気力が尽きる前に、この巨大な怪物を粉砕する事が出来るのか。
「恵……!」
 晃が、声を絞り出している。
「僕は、今からでも……お前を、守る事が……いや、守る! だから、お前も……僕を守って……僕の、傍にいてくれ……目を、覚ましてくれ……恵……」
 その声が、泣き声に変わってゆく。
「……難儀なものを背負い込む事になったな、恵」
 ツバメは言った。恵は、目を覚ましている。
「あれを、放っておけないと思うのなら」
「……お別れ……する、しかないの? 私の神様と……」
「人間は、海の中では生きてゆけない」
 自分と同じ3つの目を、ツバメはしっかりと見据えた。
「人と古妖は……いつかは、別れなければならない。その別離が、だけどより強い絆となる、ような気がする。私にも上手くは言えないが」
 そんな別離を、経験した事がある。
 ツバメの、それは古い朧気な記憶であった。
「私の……神様……」
 恵は言った。
「…………さようなら……」
 悲痛な、だが穏やかな思念が、ツバメの心にも伝わって来た。
 そして恵を抱いたまま、ツバメは落下した。
 海坊主の骨格が、さらさらと崩壊を開始していた。覚者6人の与えたダメージが、一気に顕在化したかのように。
 彩吹がツバメを、紡が恵を、それぞれ抱き止めながら着地する。
 粉末状に崩壊した海坊主が、空中で潮の如く渦を巻く。
 恵に別れを告げているのだ、とツバメは思った。
 乙姫が、黒い箱を開けている。
 崩壊した海坊主が、渦を巻きながら、その中に吸い込まれていった。魂も、粉末状の屍も、もろともに。
「人魚の1人がね、私に報告した事があるのよ」
 箱を閉じ、飾り紐を結びながら、乙姫が言う。
「地上には、私たちが何をしても正面から受け止めてしまう覚者たちがいる。戦いを仕掛けるのは得策ではない、とね……ふふ、思っていた以上」
「オレからも言うぜ。あんたたちと、戦いなんてしたくねえ」
 言いつつ、翔が進み出る。
「……友達に、なりてえよ。竜宮の人たちとも。それに恵と晃! いつまでも泣いてねーで、オレたちと友達になろうぜ」
「ふ、ふざけるなっ! 誰が泣いてなんか」
「翔の、純粋な思いとは違うが」
 ツバメも言った。
「ファイヴと竜宮との同盟を、私からも提案したい」
「早合点をしては駄目。私の、今後の行動をよく見極めてから判断なさいな」
「今後……乙姫サマは一体、何をするのかなぁ? あ、骨骨ちゃんを身体も回収してくれて、ありがとねー。いつか一緒に、お茶しようよ」
 紡が微笑むと、乙姫も嫣然と笑みを返した。
「地球によって陸に閉じ込められたままの同胞が、まだ大勢いる。彼らを解き放ち、海へと還す。それが竜宮の長としての、私の役目……それが済んだら、少し私情に走らせてもらうわ」
 言葉と共に乙姫が、歩き出し、翔の傍らを通り過ぎながら囁いた。
「……いるのでしょう? あなたたちの所に、あの方が」
 翔が、カナタが、息を飲む。
 プリンスは、両手でフレームを作り、その3人を囲んでいる。
「止めて、引く……うん。海坊主の出て来るお話は、やはりコレだよ」
「……王子って時々、よくわからない事を言うよね」
「寝言だから。相手しないでね、いぶちゃん」
 そんな会話も耳に入らぬ様子で翔もカナタも、乙姫の優美な後ろ姿を、じっと見送っていた。 

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです